夢追人の妄想庭園内検索 / 「『ひょひょいの憑依っ!』Act.6」で検索した結果

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  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.6
      『ひょひょいの憑依っ!』Act.6 「あーん、もうっ。カナ、独りぼっちで寂しかったんだからぁ。  ジュンったら、どこ行ってたかしら~」 帰宅早々、熱烈歓迎。 甘えた声色に相反して、金糸雀の腕は、容赦なくジュンの頸を絞めます。 猫のように、頬をスリスリしてくる仕種は『可愛いな』と想わせるのですが、 これではまるで、アナコンダに締め上げられるカピバラ状態。 喜びの抱擁が、悲しみの法要になってしまいます。 無防備に押し当てられる、彼女の柔らかな胸の感触を名残惜しく思いつつ、 ジュンはこみあげてくる鼻血を、理性でググッと我慢するのでした。 「ちょっと、外でメシ食ってきただけだって。  お前に作ってもらおうと思ってたけど、ちっとも風呂から出てこないから」 真紅のところに行ったことは、伏せておくのが吉でしょう。 とかく人間関係には、ヒミツがつきもの。 それがあるから、この世は歪みながら...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.2
      『ひょひょいの憑依っ!』Act.2 ――チュンチュン……チュン カーテンを取り付けていない窓辺から、朝の光が射し込んできます。 遠くに、早起きなスズメたちの囀りを聞きながら、ジュンは布団の中で身を捩りました。 春は間近と言っても、朝晩はまだまだ冷え込むのです。 「……うぁ~」 もうすぐ会社の新人研修が始まるので、規則正しい生活を習慣づけないと―― そうは思うのですが、4年間の学生生活で、すっかりグータラが染みついてるようです。 結局、ぬくぬくと二度寝モードに入ってしまいました。 すると、その時です。 「一羽でチュン!」 ジュンの耳元で、聞き慣れない声が囁きました。若い女の声です。 寝惚けた頭が、少しだけ目覚めます。 「二羽でチュチュン!!」 小学校に通学する子供たちの騒ぎ声が、近く聞こえるのかも知れません。 うるさいなぁ。人の迷惑も考えろよ。胸の内で、大人げなく...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.3
      『ひょひょいの憑依っ!』Act.3 朝方のゴタゴタから心機一転、ジュンは梱包されていた品々の荷ほどきを始めました。 こういう事は、先延ばしにすると絶対に片づかないもの。 研修が始まれば、尚のこと、時間は割きづらくなるでしょう。 独り暮らしの荷物など、それほど多くありませんから、ここは一念発起のしどころです。 「いいか、邪魔すんなよ。ドジなお前が手を出すと、余計に散らかしかねないからな」 『ふーんだ! こっちからお断りかしら』 釘を刺すジュンの身体から、金糸雀はするすると抜け出して、アカンベーをしました。 ちょっと幼さを残す仕種は微笑ましいのですが―― (なんと言っても、天下無敵の自爆霊だもんなぁ) 触らぬカナに祟りなし。素晴らしい格言です。 やれやれ……と頭を掻きながら、服や食器などの日用品から開梱し始めます。 殆どの服は冬物で、夏服は6月のボーナスをもらったら、買い揃える...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.9
      『ひょひょいの憑依っ!』Act.9 「死んだ人間は、人を好きになっちゃいけないの?  幸せを夢見ることすら、許されないの?」 金糸雀は、濡れた睫毛を鬱陶しそうに、指先で拭いました。 けれど、枯れることを知らない涙泉は、苦い雫を際限なく溢れさせます。 ――ジュン、お願い。言って。そんなコトないって。 問いかけた唇をキュッと引き結んだまま、瞳で縋りつく彼女。 どこまでも白く、透けるような白皙の頬を、なお蒼ざめさせながら…… ただただ、ジュンが答えるのを、待つばかり。 待ちかまえているのは、めぐも、そして水銀燈も、同じでした。 ジュンが、なんと答えるのか。金糸雀の想いに、どう応えるのか。 結果如何では……金糸雀の出方によっては、攻撃も辞さない。 そんな覚悟を胸に秘めたまま、固唾を呑んで、向かい合う二人を見守っていたのです。 「聞いてくれ……金糸雀」 ジュンの乾いた唇から、...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.7
      『ひょひょいの憑依っ!』Act.7 大笑いしている水銀燈は放っておいて、めぐは再び、襟元を広げました。 そして、ふくよかな双丘の上端を指さしながら、ジュンに語りかけたのです。 「ほら、ここ。私の左胸に、黒い痣があるでしょ」 「なるほど……勾玉というか、人魂みたいなカタチの痣がありますね、確かに」 確認を済ませたジュンは、気恥ずかしさから、すぐに目を逸らしました。 ジロジロ見て、懲りずに水銀燈のまさかりチョップを食らうのも馬鹿げています。 めぐの方も、水銀燈の手前とあってか、すぐに襟を閉じました。 「つまり、水銀燈さんは禍魂っていう存在で、柿崎さんに取り憑いてるってワケか」 「うん。きっと……これは報いなのよ。命を粗末にした、傲慢に対する罰ね」 つ――と、めぐは悲しげな眼差しを空に向けましたが、すぐに表情を切り替え、 顎のラインをするりと指でなぞりつつ、ジュンを見つめました。...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.5
      『ひょひょいの憑依っ!』Act.5 夕闇が迫る下町の風景は、どうして、奇妙な胸騒ぎを運んでくるのでしょう? どこからか漂ってくる、夕飯の匂い。お風呂で遊ぶ子供の、はしゃぎ声。 車のエンジン音と、クラクション。遠く聞こえる電車の警笛。その他、様々な雑音―― 闇が世界を塗りつぶしていく中、人影の群は黒い川となって、足早に流れてゆきます。 毎日、繰り返される平穏な日常の、何の変哲もないワンシーン。 なのに、ジュンはそれらを見る度に、家路を急ぎたい衝動に駆られるのでした。 黄昏時は、逢魔が刻。 そんな迷信じみた畏れが、連綿と魂に受け継がれているのかも知れません。 ――などと、しっとりとした雰囲気に包まれながら、ジュンは、ある場所を目指していました。 それは……ズバリ、近所の銭湯です。 タオルやボディソープ、シャンプーなど、入浴に必要な物はバッグに詰めて、背負っています。 にしても、自...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.4
      『ひょひょいの憑依っ!』Act.4 ちゃぶ台に置かれた料理の数々が、ジュンの目を惹きつけます。 驚くべきコトに、それらは全て、金糸雀のお手製と言うではあーりませんか。 玄関を開けたときに、鼻腔をくすぐった美味しそうな匂いは、気のせいではなかったのです。 「ジュンの帰りを待ち侘びながら、あの女が持ってきた食材を使って、  お昼ご飯を作っちゃったかしら~」 金糸雀は、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、幸せそうに話します。 もし、ジュンが帰ってこなかったら、無駄になってしまうと考えなかったのでしょうか。 おっちょこちょいな、彼女のことです。そんな仮定など、していたかどうか……。 「ホントに、お前が作ったのか? 近所の食卓から、かっぱらって来たんじゃあ――」 「むぅ~。侮辱かしら。失礼しちゃうかしらっ!  この部屋から出られないカナが、そんなこと出来っこないじゃない」 「ああ、それ...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.8
      『ひょひょいの憑依っ!』Act.8 カナ縛りに捕縛された真紅は、声ひとつ出せず、指の一本すら動かせず…… 出来ることと言えば、にじり寄るビスクドールに、恐怖の眼差しを向けることだけ。 「来たわ来たわ来たわ。ついに、この時が来ちゃったかしらー!」 人形に取り憑いた金糸雀が、嬉々として、言葉を紡ぎだします。 地縛霊として、ずっとアパートの一室に閉じこめられていた彼女にしてみれば、 自分の意志で思いどおりに歩き回れることは、この上ない喜びでした。 でも、所詮は人形の身。まだまだ、不便なことが多々あります。 「苦節5年――やっと手に入れた自由だもの。これを活用しない手はないかしら」 わけても『死』という烙印は、とてつもなく重い枷でした。 自由になりたい。胸を焦がす渇望を潤したいのに……独りでは、何もできなかった日々。 でも、自由への扉を開く鍵――真紅の身体――は、今、目の前に転がっ...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.10
      『ひょひょいの憑依っ!』Act.10 金糸雀を、成仏させてやって欲しい―― それは元々、ジュンが頭を下げて、めぐと水銀燈に請願したこと。 カゴの中の小鳥に等しい生活を、半永久的に強いられている金糸雀が哀れで、 大空に解き放ってあげたいと思ったから……。 でも……四肢を失い、力無く横たわったままの金糸雀と、 その彼女を、無慈悲に始末しようとする水銀燈を目の当たりにして、疑問が生じました。 ――違う。これは、自分の期待していた結末じゃない。 金糸雀を捕らえている縛鎖を断ち切ってあげてくれとは頼みましたが、 こんな、一方的かつ事務的な…… 害虫駆除さながらに排斥することなど、望んではいなかったのです。 (僕が、あいつの立場だったなら、こんなの――) とても受け入れられずに、猛然と刃向かったでしょう。 手も足も出ない状況でも。逆立ちしたって敵わないと、解っていても。 権利は自ら勝ち...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.12
        『ひょひょいの憑依っ!』Act.12 玄関に立つ眼帯娘を目にするなり、金糸雀は凍りついてしまいました。 そんな彼女に、「おいすー」と気の抜けた挨拶をして、右手を挙げる眼帯娘。 ですが、暢気な口調に反して、彼女の隻眼は冷たく金糸雀を射竦めています。 「あ、貴女……どうし……て」 辛うじて訊ねた金糸雀に、眼帯娘は嘲笑を返して、土足で廊下に上がりました。 ヒールの高いブーツが、どかり! と、フローリングを踏み鳴らす。 その重々しい音は、ピリピリした威圧感を、金糸雀にもたらしました。 「……お久しぶり。元気そう……ね?」 どかり……どかり……。 眼帯娘は、一歩、また一歩と、竦み上がったままの金糸雀に近づきます。 妖しい笑みを湛えた唇を、ちろりと舌で舐める仕種が、艶めかしい。 その眼差しは、小さな鳥を狙うネコのように、爛々と輝いて―― 「……イヤ。こ、こないで……かしら」 ...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』エピローグ
        『ひょひょいの憑依っ!』エピローグ 春一番かと思えるほど強い風に四苦八苦しながら、私は懸命に羽ばたいて、 この辺りで最も高いマンションの屋上で待つ彼女の元へと、辿り着きました。 「ただいま、薔薇水晶」 カナリアの姿から、人の姿に戻って話しかけましたが、 薔薇水晶は機嫌が悪いのか、私に背を向けたまま、ウンともスンとも言いません。 居眠りしてるのかと思うほど、静かなものです。 「なぁに? シカトだなんて、感じ悪いのね。  言いつけどおり、彼の手にマスターキーを付与しに行った私に、  労いの言葉ひとつ無いの?」 春風に乱された金髪を撫で付けながら、文句ひとつを浴びせて歩み寄った私は、 そこでやっと、彼女の傍らに置かれているモノに気付きました。 普段から、滅多に外されることのない眼帯に。 「薔薇水晶…………貴女、まさか泣い――」 「ふふ……まさか」 彼女は眼帯を鷲掴みにする...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.11
      『ひょひょいの憑依っ!』Act.11 白銀のステージライトを浴びて、ゆるゆると路上に佇む、眼帯娘。 だらりと肩を下げ、今にも大きな欠伸をしそうな、さも怠そうな様子は、 立ちはだかるというより寧ろ、寝惚けてフラフラ彷徨っていた感が強い。 冷えてきた夜風を、緩くウェーブのかかった長い髪に纏わせ、遊ばせて…… 水晶を模した髪飾りが、風に揺れる度に、鋭い煌めきを投げかけてきます。 でも、人畜無害に思えるのは、パッと見の印象だけ。 めぐと水銀燈の位置からでは逆光気味でしたが、夜闇に目が慣れた彼女たちには、 ハッキリと見えていたのです。 眼帯娘の面差し、金色に光る瞳、口の端を吊り上げた冷笑さえも。 「貴女……どっかで見た顔ねぇ」 水銀燈は、一歩、めぐを庇うように脚を踏み出します。 午前一時を回った深夜まで、独りでほっつき歩いている娘―― しかも、出会い頭に妙なコトを口走ったとあれば、胡乱...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.13
        『ひょひょいの憑依っ!』Act.13 ――こんなに、広かったんだな。 リビングの真ん中で胡座をかいて、掌の中でアメジストの欠片を転がしながら、 ぐるり見回したジュンは、思いました。 間取りが変わるハズはない。それは解っているのに…… なぜか、この狭い部屋が、茫洋たる空虚な世界に感じられたのです。 一時は、本気で追い祓おうと思った、地縛霊の彼女。 だのに……居なくなった途端、こんなにも大きな喪失感に、翻弄されている。 彼のココロに訪れた変化――それは、ひとつの事実を肯定していました。 はぁ……。 もう何度目か分からない溜息を吐いたジュンの右肩に、とん、と軽い衝撃。 それは、あの人慣れしたカナリアでした。 左肩に止まらなかったのは、彼のケガを気遣ってのこと? それとも、ただ単に、医薬品の臭いを忌避しただけなのか。 後者に違いない。すぐに、その結論に至りました。 意志の疎通...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.1
      『ひょひょいの憑依っ!』 凍てつく冬が、静かに舞台を降りてゆく頃。 それは、春という再生の訪れ。 多くの若者たちが、新しい世界に旅立っていく季節。 彼……桜田ジュンもまた、新たな道に歩を踏み出した若者の一人でした。 「今日から僕は、ここで――」 穏やかに、昼下がりの日射しが降り注ぐ空間。 薄汚れた壁際に、山と積まれた段ボール箱を眺め回して、独りごちる。 大学を卒業したジュンは、首都圏に本社のある企業に、就職が決まっていました。 そこで、これを機に親元を離れ、独り暮らしを始める予定なのです。 彼が借りたのは、都心から電車で30分ほど離れた下町の、ボロアパートでした。 築20年を越える5階建てのコンクリート家屋ですが、立地条件は悪くありません。 勤務先にも、公共の交通手段を用いれば、1時間以内に辿り着けます。 そんなアパートならば、家賃だって安かろう筈もなく―― 最低でも、一...
  • 保管場所 その2
     【ローゼンメイデンが普通の女の子だったら】編  ・長編『真夏の夜の夢想』 『日常の、非現実』    (※百合) 『真夜中の告白』 『もしも・・・』 『絵のココロ』 『コワイ話』 『秘密の庭園』 『君と、いつまでも』 『退魔八紋乙女・狼漸命伝』~御魂の絆~ 『愛って、なんですか?』    (※百合) 『貴女のとりこ』    (※百合) 『甘い恋より 苦い恋』 『寝かせた恋は 甘い恋』 『褪めた恋より 熱い恋』 『約束の場所へ』    (※百合) 『家政婦 募集中』 『山桜の下で』 『ひょひょいの憑依っ!』 『ある休日のこと』 『Panzer Garten』 †アリスの胎動† 『冬と姉妹とクロスワード』 『メビウス・クライン』 『孤独の中の神の祝福』    (※百合) 『誰より好きなのに』『パステル』『カムフラージュ』【愛か】【夢か】『歪みの国の少女』 ~繋げる希望~【雨の】【歌声】『七夕の...
  • 中編 ささやかな愛情を
    強風に煽られ、大粒の雨に打たれているのに…… ナニか薄膜のようなモノが、私の身体を優しく包み込んでいた。  『王子さまに会うために、人魚姫は、魔女と取引をしたのよ。   そして、自分の美声と引き替えに、人として生きるための両脚を得たの』 なぜだか、ふと、とある物語が思い出された。 聴いたのは、ずっと昔。ああ……そうそう。私たちが出逢って、すぐの頃だ。 私はベッドに入っても、悪夢に魘されてばかりで、ちっとも眠れなかった。 そんな私を見かねて、お母さま――真紅が、絵本を読んでくれたのだ。 8歳にもなった私に『人魚姫』なんてと、いまなら笑えてしまう。 けれど、あの頃の私は、童話なんて知らなかった。字さえ満足に読めなかったし。 だから、彼女が語ってくれる物語は、すべてが新鮮で、面白くて―― いつしか、夜の訪れを待ち遠しく思うようになっていた。 ...
  • 第18話  『あなたを感じていたい』
    逸るココロが、自然と足取りを軽くさせる。 募る想いが、蒼星石の背中を、グイグイ押してくる。 あの街に、姉さんが居るかも知れない。 もうすぐ……もう間もなく、大好きな翠星石に会えるかも知れない。 蒼星石の胸に込みあげる喜びは、留まることを知らない。 早く、触れ合いたい。 強く、抱きしめたい。 今の彼女を衝き動かしているのは、その想いだけだった。 「結菱さん! 早く早くっ!」 「気持ちは解るが、少し落ち着きたまえ、蒼星石。  そんなに慌てずとも、この世界は無くなったりしないよ」 苦笑する二葉の口振りは、春の日射しのように温かく、とても優しい。 蒼星石は、先生に叱られた小学生みたいに、ちろっと舌を出して頸を竦めた。 言われれば確かに、はしゃぎすぎだろう。 端から見れば、双子の姉妹が、再会を果たすだけのこと。 でも、逢いたい気持ちは止められない。蒼星石をフワフワとうわつかせる。 無邪気...
  • ―皐月の頃 その2―
          ―皐月の頃 その2―  【5月5日  端午】前編 みっちゃんのお供で、蒼星石の留学先を訪れて、早三日が過ぎ―― 明日には帰国の途に就かねばならないのに、翠星石は依然として、 蒼星石に会えずにいた。 日中は、みっちゃんの手伝いでキャンパスに詰めているから、 昼食時や休み時間などに、ひょいと再会できると思っていたのだが……。 「……どうにも、私の考えが甘かったみてぇです」 雛苺と、みっちゃんに挟まれ、食堂のテーブルに着いていた翠星石が、 白いソーセージの付け合わせであるザワークラウトをフォークで突き突き、 憮然と呟いた。それを聞きつけて、みっちゃんがチラと視線を向ける。 「どうかしたの、翠星石ちゃん? もしかして、ザワークラウト嫌い?  まさか、ヴァイスブルストが苦手ってワケないよね」 「好き嫌いはダメなのー。だから、翠ちゃんはアタマに栄養が回らなくて、  肝心なとこ...
  • 『昼下がりの邂逅』
      『昼下がりの邂逅』 ――つまんない。 土曜日の午後なのに、薔薇水晶は独りだった。 みんなは部活や、諸々の用事に追われていて、遊ぶ約束も出来なかった。 退屈だけが、薔薇水晶の心に鬱積していく。 ベッドに寝転がったまま、窓の外に目を向ける。 よく晴れている。雲が高い。それに、とっても青い空。  「なんか……勿体ないなぁ」 宿題は無いし、急用が有るわけでもない。 と言って、このまま惰眠を貪る気分にもなれなかった。 少し、散歩でもしてこよう。薔薇水晶はベッドから跳ね起きると、 ジャケットを羽織って外に出た。 ――さて、何処へ行こうか?  「城址公園にでも行ってみよう。この間、植えたバラの苗を見に」 学園の緑化運動により、園芸部が接ぎ木・栽培した苗を植えたのは、一ヶ月前。 花が咲くには早いだろうが、どうせ暇つぶし。 長い石段を登っていると、上から運動部の一年生部員たちが駆...
  • 『ある休日のこと』
      『ある休日のこと』 なんとなーく気怠い、五月の日曜日の、午後のこと。 庭木の手入れを終えた翠星石は、髪を纏めているバンダナもそのままに、 リビングのソファに身体を横たえ、マターリとくつろいでいた。 穏やかな陽気と、休日の解放感。それに、庭いじりの軽い疲労も相俟って、 じっとしていると、なんだか……アタマが、ポ~ッと白く―― 昨夜は、小説を読む手が止まらなくて、ほんの小一時間くらいだけれど、 いつもより夜更かしした。それも、原因かも知れない。 ソロリ忍び足で近づいてきた睡魔が、妖しく腕を伸ばしてきて…… 翠星石の意識を、どこかに連れ去ってしまおうとする。 「……ぁふ……」 ちょっと気を許せば、ほら、お行儀悪く大欠伸。 翠星石は瞼を閉じたまま、もそもそと背中に当たるクッションを手探りして、 それをアタマの下に敷いた。たまには、睡魔に攫われてみよう。 数秒、据わりのいい位置を探し...
  • ~第二十六章~
        ~第二十六章~  「よりにもよって、なんてモノに寄生されているの、彼女は」 緊張のためか、真紅の口調は硬い。そして、結菱老人も、重々しく唸っている。 この二人、明らかにナニかを知っている様子だった。  「ちょっと、真紅ぅ。アレは、一体なんなのよぉ?」  「ボクも訊きたいな。普通の植物じゃないって事は、一目瞭然だけどさ」 水銀燈と蒼星石に問われて、真紅と結菱は、  「あれは……穢れた土地に自生する植物なのだわ」  「種を飛ばす事はなく、千切れた一部分からでも根付いて、繁殖するのだ」  「しかも、宿主の意識を乗っ取って、新たな繁殖先を探し回るのよ」 かわるがわるに答えた。まるで、独りで全てを語ると呪われる……と、言わんばかりに。 宿り木という常緑小低木は、実際に存在する。 ひとえに生存競争を生き抜く為だが、この花も、その点では目的を同じくしている。 ただ、前者は宿主を生...
  • 『日常の、非現実』
          『日常の、非現実』     穏やかな日射しが降り注ぐ、春先のこと。 その日も水銀燈は、珍しく独りで下校していた。これで、二日連続だ。 普段なら、大抵、薔薇水晶がくっついているのだが、今日も今日とて彼女は居ない。 なんでも、ジュンと帰りがけに用事があるとか……。  「最近、あの二人って妙に仲が良くなったわよねぇ」 校門で待ち合わせして、親しげに腕を組み、駅前の方角へ去って行く二人。 彼等の背中が頭の中に浮かび、水銀燈は慌てて、妄想を止めた。 ちょっとだけ、嫉妬心が頭をもたげる。 暫く前なら、薔薇水晶は水銀燈にベッタリだった。 まあ、今でも普段の学園生活ではベタベタだけれど、微妙に、以前と違う。 薔薇水晶の雰囲気が、全体的に変わったのだ。 それも、ごく最近になって、特に――  「思えば、バレンタインの頃から予兆みたいなものは、有ったわねぇ」 やたらと気合い入りまくってい...
  • 『古ぼけた雑貨店』
      『古ぼけた雑貨店』 午前1時を過ぎる頃、私の足は、いつもの場所に向かう。 持ち物は、財布と携帯電話。それと、マフラー。 私のお目当ては、24時間営業のコンビニではない。 如月の夜風に揺れる、赤提灯でもない。 なにを隠そう、古ぼけた雑貨店なのだ。 その店を見つけたのは、去年の夏ごろ……蒸し暑い夜のことだったと記憶している。 会社の同僚と飲みに行って泥酔した私は、うっかり電車で寝過ごしてしまったのだ。 乗っていたのは終電で、反対方向の電車も既に走っていない。 と言って、乗り越したのは二駅だったから、タクシーを拾うのも馬鹿馬鹿しい。 やや迷った挙げ句、酔いざましも兼ねて、歩いて帰ることにした。 そして、普段は通ることのない路地裏で、件の雑貨店に巡り会ったというワケである。 ――こんな夜遅くまで、営業しているなんて。 我知らず、双眸を見開いていた。 辺り一面の夜闇の中で、明...
  • ―如月の頃 その1―
          ―如月の頃―  【2月3日  節分】 二月――後期の期末考査が無事に終わると、学生たちの長い春休みも幕を開ける。 受験シーズンと重なるため、二月初頭から四月の中頃まで、休暇となるのだ。 補習やら卒論研究などの理由で、他の学生より少しだけ長く大学に通う者も居るが、 殆どの学生は、この長い休暇を思い思いに過ごす。 ある者は交遊にうつつを抜かし、また、ある者はアルバイトに精を出した。 翠星石はと言うと、専ら後者の方だった。 祖父母の家は自営業で、世間のお父さん方のように、定年退職があるワケではない。 けれど、時計屋という職業柄、安定した収入が望めないのも、厳然たる事実だ。 そこで、彼女は自発的にアルバイトをして、教科書代や交通費を稼ぐばかりか、 学費の補助として、月々五万円を家に納めていた。 そのくらいで事足りているのは、国立大に進んだからである。 私立大の学費となると、と...
  • ~第三十三章~
        ~第三十三章~ 武将が右腕に握る槍の穂先が、松明の炎を受けて、ぎらりと残忍な輝きを放つ。  (生贄になんて、なって堪るかですっ!) 翠星石は痛みを堪えて、左手のクナイを、武将の顔面に投じた。 クナイは兜の内へと吸い込まれていった……が、頭蓋を砕くには力が足りない。 穢れの武将は槍を地面に突き立てると右手で翠星石の頸を掴み、髪を手放した。 翠星石は息苦しさに堪えながら、右手に握った短刀で、 頸を掴む武将の腕をめったやたらに斬りつける。 しかし、その行為は武将の激昂を誘っただけ。 穢れの武将は、怒りに任せて翠星石を地面に叩きつけた。  「くぁっ!」 背中を強かに打ち付けて、喉の奥から息が漏れる。 その結果、出したくもないのに、呻き声を発してしまった。 カタカタカタ……。 穢れの者どもの嘲笑に、憎悪と憤怒の感情が燃え上がる。 仰向けに倒れたまま、翠星石は緋翠の瞳に憎しみを宿...
  • 第一話 『Face the change』
        ――1932年 南フランス。 夜……雲が月を遮って、いつもより暗い夜。煤煙を撒き散らしたような、漆黒。 陰鬱たる森の静寂を、無粋なエンジン音で破りながら疾駆する黒塗りの車が、一台。 1929年のパリ・モーターショーで華麗にデビューした、プジョー201だ。   山間の閑散とした田舎道に立ちこめた夜霧は、いつになく濃い。 それが為だろう。通い慣れた道であるにも拘わらず、薄気味悪くて仕方がなかった。 運転手も不穏な気配を感じているのか、普段より更に、飛ばしている。 いくら煌々とヘッドライトを灯したところで、夜霧を消せる訳もないのに…… こんなに早く走ったりして、危なくはないのかしら? 轍とか、張りだした根に車輪を乗り上げて、横転したりはしない? 僅かでも不安を抱いてしまうと、それが呼び水となって、更なる不安に苛まれる。   「ねえ……霧が深いから、怖いわ。どうせ家に帰るだけだもの。  ゆ...
  • ここだけの話
         もうお気づきとは思いますが、予告の一行目は、実際の歌詞を用いています。  (綴りや区切りは変えてますが)   P 出会いはいつでも、偶然の風の中   「天までとどけ」 さだまさし     (ずっと以前に、学校の合唱コンクールで歌った憶えが……) 1 迷子の迷子の仔猫ちゃん。貴女のおうちは、どこですか   「いぬのおまわりさん」     (くんくん探偵から、安易に連想)   2 名前……それは、燃える命   「ビューティフル・ネーム」 ゴダイゴ       (生命という当て字が正解。最近では、エグザイルが999をカバーしてますな、ゴダイゴ)   3 この世でたった一度、巡り会える明日。それを信じて   「涙をこえて」     (心の中で明日が、明るく光る――これも、やっぱり合唱コンクールで歌ったっけ)   4 きっと、何年たっても……こうして、変わらぬ気持ちで   「未来予想図Ⅱ」...
  • 【みっちゃんの野望 覇王伝】 -2-
    会場ホールの壁際に近づくにつれ、人混みも稀薄になってゆく。 ようやく過度の緊張状態から解放されそうな予感に、ボクの足取りも軽くなった。 ――と、なにげなく眼を向けた壁際に、意味不明な机の列が……。 そこは閑散としていて、休憩スペースか資材置き場の様相を呈していたが、どうも違うようだ。 なんだろう? 首を捻ったところで、ふと、みっちゃんの声が脳裏に甦った。 「そうそう。『壁』と呼ばれる、特別な売場があるって言ってたっけ」 なんでも、ここに配置されるのが、超人気サークルのステイタスなのだとか。 真偽のほどは確かでないけれど、一日で百万円以上も売り上げがあったり、開場して二時間と経たない間に、完売御礼となったりするらしい。 「これ……どこも、もうみんな完売したってコト? すごい勢いだなあ」 どのサークルのスタッフも、既に撤収した後みたいだ。 よく...
  • ―水無月の頃 その3―
          ―水無月の頃 その3―  【6月11日  入梅】 入梅。 読んで字の如く、暦の上で梅雨に入る頃を指している。 だが、世の中では既に、六月初旬から梅雨が始まっていた。 折角の日曜日だというのに、朝から雨のそぼ降る景色を見せられては、 気力も意欲も急降下。一気に、倦怠感と脱力感に襲われる。 翠星石も、カーテンを開いて窓に付く水滴を見た途端、二度寝モードに突入してしまった。 カリッ……カリカリカリッ……。 例によって、チビ猫が起こしに来たが、翠星石は瞼を閉じたまま、聞き流した。 やがて、ドアを爪で引っ掻く音が止み、チビ猫も諦めたものと思いきや、 今度はニャ~ニャ~と悲しげな声で鳴きだす始末。 (うっ…………流石に、胸が痛むですぅ……いやいやいや。  ここで起きたら、ヤツの思う壺です! 意地でも二度寝してやるですぅ!) すると、今度はトントンと階段を昇ってくる足音が響い...
  • 『パステル』 -7-
    「まったく、おめーらときたら!」 早朝の静けさを引き裂いて、応接間に轟く、ヒステリックなキンキン声。 遠慮会釈もない衝撃波が、酒気の抜けきらない4人娘の脳天を突き抜ける。 酔っていようが素面だろうが、むりやり眠りを破られるのは、不快なもの。 真紅たちは顔を顰め、しょぼしょぼと恨みがましい双眸で、声の主を睨みつけた。 「騒がしいわ、翠星石……静かにしてちょうだい」 「まぁだ寝言ほざいてやがりますか、真紅っ!  朝っぱらに呼びつけといて、酔いつぶれてるなんて、以ての外ですよ。  ほんっとに、もう――呆れ果てて、言葉もないですぅ」 「ウルサイなぁ、翠星石は。だったら、黙ってればいいのに」とサラ。 「……気が利かない……かしら~。うぅっ……アタマ痛ぃ」そこに金糸雀も続いた。 「きぃ――っ! 口の減らねえサラ金コンビですね。ムカツクですぅ!」 翠星石と...
  • 第十五話  『負けないで』
    かさかさに乾いた肌に引っかかりながら流れ落ちてゆく、紅い糸。 心臓の鼓動に合わせて、それは太くなり……細くなる。 けれど、決して途切れることはなくて―― 「……ああ」 蒼星石は、うっとりと恍惚の表情を浮かべながら、歓喜に喘いだ。 これは、姉と自分を繋ぐ、たった一本の絆。 クノッソスの迷宮で、テセウスが糸を辿って出口を見出したように、 この絆を手繰っていけば、きっと翠星石に出会える。 そう信じて、疑いもしなかった。 命を育む神秘の液体は、緩く曲げた肘に辿り着いて、雫へと姿を変える。 そして、大地を潤す恵みの雨のごとく、降り注ぎ…… カーペットの上に、色鮮やかな彼岸花を開かせていった。 「そうだ…………姉さんの部屋に……行かなきゃ」 足元に広がっていく緋の花園を、ぼんやりと眺めながら、蒼星石は呟いた。 自分が足踏みしていた間に、翠星石はもう、かなり先に行ってしまっている。 だから、...
  • ―睦月の頃 その5―
          ―睦月の頃 その5―  【1月20日  大寒】 雛苺の家で完成させたレポートを、教授に提出する日が、遂にやって来た。 結末は、二つに一つ。 今日は金曜日。レポートを受理されて、愉しい週末を過ごすか。 それとも、突き返されて、泣く泣く土日の間に書き直す羽目になるのか。 もっとも、受理されたからと言って、悠長に遊び回っても居られない。 週が明ければ、後期の期末試験に突入するのである。 進級に必要な単位数を取得できなければ、どのみち留年が待っていた。 翠星石は大学の図書館で、レポートの最終確認を済ませた。 ……が、待ち時間の長さだけ、不安も募る。 完成した大切なレポートを胸に抱えて、心配そうに、重い溜息を吐いた。 「ああ……心臓がバクバクするですぅ。こういうの、得意じゃねぇですよ」 「平気だと思うのよ。翠ちゃんのレポート、良く纏まってたもの」 雛苺の慰めを耳にして、一緒に...
  • 『約束の場所へ』 第三話
    金縛りのせいで、瞼が開かなかった。見えないことで、恐怖がいや増す。 ぐい……と、足を引っ張られる感覚。 何者かが私の足に掴まって、ぶら下がっている。 程なく、私の両脚は、闖入者の両腕に掴まれてしまった。 しかも、フリークライミングでも楽しむかの様に、登ってくるではないか。 右手、左手、右手、左手……交互に繰り返しながら。 素足の爪先を、さらりと撫でていく謎の物体。 感触からして、髪の毛だと見当が付いた。 足首から脹ら脛、次は、膝、太股……と、冷たい手が掴みかかってくる。 ああ……来る。 どんどん、どんどん…………登ってくる。 ぞくぞくと背中を震わせる快感が、甘美な死を携えて、私の頭に駆け上がってくる。 闖入者の腕に力が込められる度に、引きずり下ろされそうな感覚。 実際、私の身体は少しずつズレていって、今や、頭が枕から落っこちていた。 でもね、そのままズレて、ベッドからずり落ちたりはし...
  • 気ままにヘタレ日記 7
      -09’1.11   明けてました。おまでとうごぢいます!   今年のワタクシ的目標は、アグレッシブ。いろいろと……ね。 -09’3.1 ほんの気分転換のはずが東方幻想麻雀のネット対戦にハマって、書き物は停滞中。   3周年関連で何か書きたいけれど、その思いだけが空回ってる感じ……。 -09’3.31   編集は週末にまとめてやろう! なんて思っていたら、ずるずると一ヶ月が経過する、と。   『今日の一針、明日の十針』とは、よく言ったものですにゃぁ。     この時期は毎年、あれやこれやと文書を作成しなきゃいけなかったりする関係で、   SS書きも停滞しがち……。しかも、これから釣りシーズン本番だし。   うん。実は、もう土曜日に行ってきた。フライフィッシング楽しいですぅ。   寒くて風邪ひきそうになったけどねっ!      なんだか、あらぬ方向へとアグレッシブに進んじゃってたりします...
  • 『冬と姉妹とクロスワード』
        『冬と姉妹とクロスワード』     「蒼星石……ちょっと、良いですか」   双子の姉、翠星石は、ノックも無しに開けたドアの陰から、ひょいと顔を覗かせた。 年の瀬も近い、底冷えのする週末の夜のことだ。 ボクは炬燵に足を突っ込んで、時折、お茶とKit Katを口に運びながら、 センター試験に向けて、微分積分の問題集を片っ端から解いているところだった。   「ん? なぁに、姉さん」 「ほんの少しだけ、知恵を貸して欲しいです」   心底、申し訳なさそうな声色―― 悩ましげな彼女の表情は、ボクの胸にも、別の意味での悩ましさを植えつけた。 いったい何が、姉さんをこんな顔にさせているのだろう。 ボクで手伝えることなら、力になってあげることに吝かじゃあない。   「とにかく、入っちゃってよ。ドアを開けっ放しにされてると寒いから」 「じゃあ、お邪魔するですよ」   井ゲタ模様の半纏を引っかけた彼女は...
  • ~終章~
        ~終章~     鈴鹿御前を討ち倒し、祓って凱旋した八犬士たちを、万民が諸手を上げて歓待した。 しかも、桜田藩の次期当主を奪還、救出してきたのだから、尚更のこと。 ジュンの父親は無論のこと、家老たちも、犬士たちの功績を認めた。   最早、蒼星石を平民の娘と蔑む者は、ひとりも居ない。 ジュンと彼女は、凱旋から数日の後に祝言を挙げ、死線をかいくぐってきた仲間たちや、 領民すべてに祝福されながら、晴れて夫婦となったのである。 ジュンは心から蒼星石を愛していたし、 蒼星石もまた、この世に彼を繋ぎ止めてくれた巴も含めて、ジュンを愛していた。 二人は寄り添い、城の天守閣から復旧していく街並みを見下ろしていた。 ちょっとだけ貫禄が増したジュンと、男装の麗人から一躍、美しい姫君となった蒼星石。 若い二人の姿を見て、人々の心には、新しい時代の到来を予感するのだった。  「ふふふっ」  「どうし...
  • 1947.4.18
          1947.4.18   オルシュティン近郊       真夜中の廃墟に蠢く、何者かの気配―― 雨の後の湿った夜風が、ピリピリした緊迫と、一触即発のニオイを運んでくる。 それを嗅いでしまうと攻撃されそうな気がして、知らず、真紅は息を詰めていた。 注意深く、物陰を見回していく……と、潜んでいる人影が複数、確認した。 服装は統一されておらず、正規軍でないことは明らかだった。 つい最近に、レジスタンスや難民が流れてきて、住み着いたのかも知れない。 「……撃ってこないわねぇ。ホントに囲まれてるのぉ?」 砲塔に設けられたピストルポートで、水銀燈は外の様子を窺いつつ訊いた。 ポートが小さすぎて、全体が見渡せないらしく、声に苛立ちが紛れている。 「ああ、もうっ……あったまくるわねぇ」 焦れた水銀燈は舌打ちすると、真紅の隣に上がって、むりやり頭を並べた。 ただでさえ狭いキューポラは...
  • ~第四章~
        ~第四章~ うらぶれた廃屋の中、真紅は未だ目覚めない隻眼の娘に付き添い、看護を続ける。 発汗量も減り、だいぶ穏やかな寝顔になったものの、意識を戻さないことには予断を許さない。 夜も更けてきて、些か眠い。 真紅は瞼が下がってくる度に、ぱしぱしと頬を叩いて眠気を堪えていた。  「絶対に、死なせる訳にはいかないのだわ。だって、この娘は――」 かけがえのない、同志なのだから。 手当の最中、偶然に触れ合った左手に電流が走った時は、流石に驚いた。 水銀燈だけでなく、【忠】の御魂を持つ五人目の同志にまで巡り会えるとは、 なんという偶然だろうか。 真紅たちは、この娘を休ませるため峠道を下って、件の村へと脚を踏み入れたのだった。 ところが、やっとの思いで辿り着いた村は、既に死に絶えていた。 田畑は雑草に覆われ、最早、その辺の草原と何ら変わらなくなっている。 家屋は倒壊こそしていない...
  • ―葉月の頃 その3―
          ―葉月の頃 その3―  【8月13日  混家】後編 作者の名前を、じぃ……っと眺めていた蒼星石の唇が、物思わしげに動く。 「これって――」 そこは、ジュンと巴と、翠星石の時が止まった世界。 三人が三人とも、塑像のように固まったまま、続く蒼星石の言葉を待っていた。 心境は、さながら、裁判長の判決を待つ被告人といったところか。 本心では聞きたくないと思いながらも、 彼らは現実逃避――耳を塞ぎもせず、その場から逃げ出しもしなかった。 カラーコピーの表紙を眺めながら、蒼星石が口にしたのは―― 「外人さんが書いたマンガなんだね」 途端、硬直していた三人が、詰めていた息を吐き捨て肩を落とす。 翠星石は引きつった笑みを貼り付かせつつ、蒼星石の手から冊子をかっさらった。 「そそ、そうですぅ。きっと、ジュンたちは……えぇっと、そう!  雛苺の参考になればと思って、持ってきたですよ...
  • ~第四十七章~
          ~第四十七章~     真紅の繰り出した突きと、鈴鹿御前の突き出した皇剣『霊蝕』が交差して、 切っ先は互いの身体へと吸い込まれていった。 鈴鹿御前の剣は、法理衣に遮られて、真紅には届かない。 対して、鈴鹿御前には、もう身を護る障壁がなかった。 ――これで終わった。 敵も味方も、誰もが、そう思っていた。 その予測が覆ることなど、有り得ないとすら考えていた。 しかし、その直後、鈴鹿御前は予想もしていなかった行為に出る。 突如として、右手の皇剣『霊蝕』を手放したのだ。 これには、真紅も意表をつかれて絶句した。 すんでの所で身を捩り、神剣を躱した鈴鹿御前は、伸びきった真紅の右腕を掴んで、 しっかりと右脇に挟み込んだ。 法理衣の防御効果で、鈴鹿御前の手や腕から、白煙が立ち上り始める。 だが、真紅の右腕を放したりはしなかった。  「かかったな、真紅っ!」 嬉々として叫び、左手の龍剣『緋后』...
  • 第十三話  『痛いくらい君があふれているよ』
    「うーん……どれが良いかなぁ」 ケーキが並ぶウィンドウを覗き込みながら、蒼星石の目は、ココロの動きそのままに彷徨う。 どれもこれも、とっても甘くて美味しそう。 だけど、水銀燈の好意に応えるためにも、翠星石に喜んでもらえるケーキを選びたかった。 「……よし、決めたっ。すみません、これと、これと……これを」 選んだのは、苺のショートケーキ。祖父母には、甘さ控えめなベイクド・チーズケーキを。 それと、絶対に外せないのは、姉妹と亡き両親を繋ぐ、思い出のケーキ。 甘~いマロングラッセをトッピングした、モンブランだった。 (これなら姉さんだって、少しくらい具合が悪くても、食べてくれるよね) そうでなければ、苦心して選んだ意味がない。 一緒に、ケーキを食べて……にこにこ微笑みながら、仲直りがしたいから。 いま、たったひとつ蒼星石が望むことは、それだけだった。 会計を済ませて、ケーキ屋のガラス...
  • 第十七話  『明日を夢見て』
    「こんにちは。足の具合、どう?」 金曜日の、午後四時。 気遣わしげなノックに続いて、ドアの隙間から、巴が控えめの笑顔を覗かせる。 蒼星石が目を覚ましてからと言うもの、彼女は毎日、学校帰りに病室を訪れていた。 一人部屋で退屈三昧の蒼星石にとっては、待ち侘びた時間でもある。 「だいぶ、よくなったよ。歩くのが、まだちょっと億劫なんだけどね」 言って、蒼星石は深まる秋の早い夕暮れを正面に受けて、眩しげに瞬きした。 抗生物質を点滴したお陰か、両脚の腫れは、もうすっかり治まっている。 今では、塞がりかけの傷口が、むず痒くて仕方ないほどだ。 どうにも我慢できなくて、蒼星石は包帯を巻かれた足を、もぞもぞ摺り合わせた。 蒼星石の血色よい顔を見て、巴は「よかった」と、にっこり白い歯を見せた。 「今日は、おみやげを持ってきたの」 言って、ひょいと持ち上げたのは、病院の側にある和菓子屋の箱。 「柏...
  • 『山桜の下で…』
        その山桜は一本だけ、周囲の緑に溶け込みながら、ひっそりと咲き誇っていた。 満開の白い花と赤褐色の新芽に染まる枝を、私はただ、茫然と見上げているだけ。 時折、思い出したように花弁が降ってくる。青空との色合いが、とっても良い。 いつもなら、衝動的にスケッチブックを開いて、ペンを走らせているところだ。 でも、今は何も持っていない。持っていたとしても、描く気が湧かなかった。   そのときの私は、小学校低学年くらいの小さな女の子で―― どうしてなのか思い出せないけれど、泣いていた。   『…………』   ふと、誰かが私の名前を呼んだ。男の子と、女の子の声。 二人の声が重なって、なんだか奇妙な余韻を、私の胸に刻みつけた。 だぁれ? 止まっていた私のココロが、静かに動きだす。 身体を揺さぶられる感覚。そして――         気付けば、レールの継ぎ目を踏む車輪の音が、規則正しく私の耳を叩いてい...
  • 『パステル』 -10-
    家人と客人、4人で囲む、和やかで温かい食卓。 それは、どこにでもありがちな、ささやかで飾らない宴だった。 話題にのぼるのは、もっぱら、雛苺のこと。 友人を家に招くのが、よほど珍しいと見えて、家人たちは彼女を質問ぜめにした。 口達者ではない雛苺は、終始、会話のイニシアティブを掴めずじまいだった。 客間のソファに場所を移しても、語らいのペースは、相も変わらず。 有栖川の煎れてくれた紅茶、ローザミスティカの3番をチビチビと嗜みつつ、 雛苺はただ、問われることに答えるばかりで……。 (うー。2人っきりで、お話したいのにー) 薔薇水晶や、彼女の父――槐に、さも屈託なさげな笑顔を振りまく反面、 キッチンで洗い物をしている有栖川の背中へと、雛苺の意識は向けられていた。 それを具現したならば、鋭利な棘となって突き刺さっただろうほど一心に。 ――夜の更...
  • ―水無月の頃 その1―
          ―水無月の頃―  【6月6日  芒種】前編 梅雨入りして間もない、六月初頭。 ここ数日、曇天ながら雨の降らない日が続いている。 そんな、ある日のこと。真紅の家の庭に、翠星石と雛苺が集っていた。 今日は、二十四節気のひとつ、芒種。 芒(のぎ)とは、稲や麦の種に付いている針状の毛のことを言う。 この時期、農家は田植えや畑仕事で、大忙しとなる。 だが、モチロン、翠星石たちは農作業を手伝いに来たのではない。 紫陽花の手入れが、イマイチよく分からないという真紅に、 梅雨の止み間を見計らって、駆り出されたのだ。 「まぁた随分と、健やかに伸びてるですねぇ。深ぁい愛情を感じるですぅ」 生い茂る紫陽花を見るなり、翠星石が放った感想である。 良い意味に聞こえるけれども、裏を返せば、伸び放題。 つまりは、全く手入れがされていないコトへの皮肉だった。 「……意地の悪いことを言わないでち...
  • ―文月の頃 その1―
          ―文月の頃―  【7月2日  半夏生】 夏至から11日が過ぎても、依然として梅雨が明けない、七月最初の日曜日。 翠星石は、週末恒例ゆるゆる朝寝を楽しんだ後、机上のノートパソコンに向かい、 文月の名に相応しく、蒼星石からの電子メールを確認していた。 この作業も、すっかり日常生活に織り込まれてしまった感がある。 「うふふ……今日も来てるですね。流石は、私の妹。律儀で感心ですぅ」 気忙しく、新着メールを開く。 ここ数日の話題は、専ら、夏休みのことばかりだった。 気が早いとアタマで解っていても、会いたい気持ちは抑えられない。 【おはよ、姉さん。そっちは、もう梅雨明けした?  こっちでは、だいぶ気温が上がって、夏らしくなってきたよ。  昨日は、オディールが――】 そこまで読むと、翠星石は眉間に深い皺を刻んで、メールを閉じてしまった。 昨夜から、心待ちにしていたにも拘わらず、...
  • 第二話 『Graceful world』
        夜霧に染まり尽くした山道を抜けるまで、延々と続けられる徐行運転。 そのため、コリンヌが屋敷に帰り着いたのは、すっかり夜も更けた頃だった。   キィ―― 深夜の静穏にあって、車の甲高いブレーキノイズは、やたらと大きく響く。 それを聞きつけたのだろう。屋敷のドアが開いて、小柄な侍女が幼顔を覗かせる。 侍女は、車を目にするや瞳を輝かせ、スカートを翻しながら車窓に縋りついた。   「コリンヌお嬢様ー、おかえりなさいませなのっ。  あんまり帰りが遅いから、旦那様もヒナも、いーっぱい心配してたのよ?」 「ごめんなさい、雛苺。山で霧に巻かれて、立ち往生していたの」 「それはお疲れさ……まな……の」   明るい声を振りまいていた侍女は、しかし、車内を見るや、俄に眉を曇らせた。 彼女の碧眼が向けられた先には、見ず知らずの娘の、苦しげな寝顔。   「お嬢様…………その子……誰なの?」 「山道を彷徨って...
  • 第十話  『こんなにそばに居るのに』
    ひたと正眼に構えられた木刀は、木枯らしに煽られようと、微塵も揺るがない。 巴の真剣な眼差しは、真っ直ぐ前方に向けられていた。 まるで、眼前に敵が立ちはだかっているかの様に、虚空を睨んでいる。 凛とした立ち居振る舞いから放たれる緊張感。 ひしひしと蒼星石の肌を刺激するのは、冷たい風ばかりではないのだろう。 学校で目にする、物静かで淑やかな彼女からは、想像もつかない。 どちらが、柏葉巴という娘の、本当の姿なのだろうか。 社殿の階段に腰を下ろした蒼星石は、膝を抱えて、巴の仕種を眺めていた。 「なんだか……素敵だなぁ」 思わず、心に浮かんだ感想が、言葉に変わっていた。 かっこいいでも、凛々しいでもなく、素敵。 ただ一心に、剣の道に打ち込む巴は、全身から不思議な輝きを放っている。 他人の目を惹きつけてやまない、独特の雰囲気を。 巴が、静から動へと移る。 対峙していた仮想の敵に、猛烈な斬撃を浴...
  • ―皐月の頃 その4―
          ―皐月の頃 その4―  【5月6日  立夏】 僅かに開いたカーテンの隙間を縫って、眩い光が、暗がりを割って射し込んでくる。 それは太陽の移動と共に位置を変え…… 今や、ベッドで寝息を立てていた翠星石の横顔を炙っていた。 ジリジリと日焼ける頬が熱を帯びて、とても暑い。 今日は立夏。暦の上では夏に入る。いわば季節の変わり目だった。 「…………んぁ? もう、朝……ですぅ?」 重い瞼を、しょぼしょぼと瞬かせ、起き上がった翠星石は、 隣に誰かの気配を感じて、ぎょっと眼を見開いた。 なんと! 自分が寝ていたシングルベッドに、もう一人いるではないか。 その人物は窮屈そうに縮こまって、いかにも寝苦しそうに、眉間に皺を寄せていた。 「み……みみ、み……みっちゃんっ?!  どうして私のベッドに、みっちゃんが居るですかぁっ!」 おまけに、よく見れば翠星石は、一糸纏わぬ姿だった。 「ひえ...
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