夢追人の妄想庭園内検索 / 「1947.4.17」で検索した結果

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  • 1947.4.17
          1947.4.17   ラステンブルク       昨夜から降り続く雨が、彼女が見つめる世界の全てを覆い尽くしていた。 砲爆撃で半壊した街並み。宿営のテント。 道行く兵士の、くたびれた軍服や軍靴。幽鬼のように流れていく難民たちの衣服。 水たまりの雨水を必死になって舐めている、痩せこけた野良犬。 みんな、くすんでいる。水のヴェールを纏い、ひっそりと屏息している。 心ですら例外なく、霧雨に濡れそぼって……重い。 「――どこも似たり寄ったりの景色ばかり。酷いものね。  まあ……死体が放置されていないだけ、マシだけれど」 あの耐え難い腐臭と、何万というハエが立てる唸りのような羽音が耳に甦って、 真紅は軽い吐き気を催した。なんど体験しても、あれだけは慣れない。 ちょっとだけ、意気消沈。 だが、すぐに気を取り直すと、飛沫を跳ね散らして走り出す。 戦時下の、荒んだ光景を横目に、軒...
  • 『Panzer Garten』 †アリスの胎動†
    ... Szene-2: 1947.4.17 Szene-3: 1947.4.18 Szene-4: 1947.4.19 Szene-5: 1947.4.19 未明 Szene-6: 1947.4.20 払暁    
  • 1947.4.19 未明
          1947.4.19 未明   “兎の砦”     LM計画――それは、真紅が初めて耳にする言葉だった。 それも、当然のことだ。国家的な極秘プロジェクトを、一個人が知る術はない。 たとえRM計画の主任だった男の娘であっても、例外ではなかった。   「槐さん……その、LM計画って、なんなの?」 「LMとは――」   槐は、まるで禁忌の呪詛の詠唱を躊躇うかのように、暫し、口を噤んだ。 室内が静寂で満たされ、僅かな仕種の衣擦れでさえ、ハッキリ聞こえる。 真紅は、逸る気持ちを抑えながら、槐の言葉を待ち続けていた。     「LMとは『Laplace Material』の頭文字なのだよ」 「ラプラス……素材?」 「真紅。君は、ラプラスの悪魔という言葉を、聞いたことがあるかい?」   彼の問いに、真紅は首を横に振る。だいたい、悪魔だなんて縁起でもない。 それが当然の反応と言わんばかりに、槐は...
  • 1947.4.19
          1947.4.19   オルシュティン     もしかしたら、彼――槐は父の消息を知っているかもしれない。 そう思うと、真紅は気もそぞろで、矢も楯もたまらなくなった。 車長席に座って、ペリスコープを覗いている間も、 忙しなく揺すられる爪先が止まることはない。 無意識の内に、彼女の焦燥が、動作となって表れているのだった。 当初の行軍予定は、想定外の事態により、かなりの遅れをきたしている。 本来ならば、脇目もふらず、ワルシャワを目指さなければならないところだ。 なのだが……。 「どぉしたの、真紅ぅ?」 「ひあっ?!」 物思いに耽っていたところへ、思いがけず間近で水銀燈に話しかけられて、 真紅は珍妙な声を出した挙げ句、危うく車長席からズリ落ちそうになった。 車内に、娘たちの陽気な笑い声が広がる。 赤面した真紅も、気恥ずかしさを誤魔化すように、口元を引きつらせた。 ひと頻り笑いの輪...
  • 1947.4.18
          1947.4.18   オルシュティン近郊       真夜中の廃墟に蠢く、何者かの気配―― 雨の後の湿った夜風が、ピリピリした緊迫と、一触即発のニオイを運んでくる。 それを嗅いでしまうと攻撃されそうな気がして、知らず、真紅は息を詰めていた。 注意深く、物陰を見回していく……と、潜んでいる人影が複数、確認した。 服装は統一されておらず、正規軍でないことは明らかだった。 つい最近に、レジスタンスや難民が流れてきて、住み着いたのかも知れない。 「……撃ってこないわねぇ。ホントに囲まれてるのぉ?」 砲塔に設けられたピストルポートで、水銀燈は外の様子を窺いつつ訊いた。 ポートが小さすぎて、全体が見渡せないらしく、声に苛立ちが紛れている。 「ああ、もうっ……あったまくるわねぇ」 焦れた水銀燈は舌打ちすると、真紅の隣に上がって、むりやり頭を並べた。 ただでさえ狭いキューポラは...
  • 1947.4.16
          1947.4.16   東プロイセン ラステンブルク郊外 「距離…………3000。11時方向」 赤色灯が点された薄暗い空間に、若い娘の、低く押し殺した固い声が流れる。 狭い室内に立ちこめる空気はピリピリと張り詰めて、息苦しいほどだ。 ――とても蒸し暑い。気流というものが、殆ど感じられなかった。 だが、その場にいる誰もが、白く瑞々しい柔肌に汗をまとわりつかせていながら、 文句のひとつも言わず、黙々と人いきれを堪えていた。 「翠星石、貴女の方でも『毒ヘビ』との距離を、見積もってちょうだい。  索敵状況は、どうなっているの、金糸雀?」 カールツァイスの双眼鏡を目元から離すことなく、真紅は指示を飛ばす。 すぐに、打てば響くような反応があった。 ヘッドホンを通じて、最初は操縦手席にいる翠星石から。 それが終わるのを待って、無線手である金糸雀からの報告が続く。 「距離は……...
  • 1947.4.20 払暁
          1947.4.20 払暁   “兎の砦”     薔薇水晶に先導されて、薄暗く、入り組んだ壕内を進む。 天井に設けられた電球の間隔が広くて、隅々まで電灯が届かないのだ。 本当に、ウサギの巣穴みたい。歩きながら、真紅は思った。     「ここが……貴女の部屋」   前を行く薔薇水晶が足を止め、ロングブーツの踵を軸に、くるりと振り返る。 彼女が差し示す先には、物々しい鉄扉が、鈍色の輝きを放っていた。   「部屋数が少ないから……相部屋になる。それでも良い?」 「イヤとは言えないでしょう。寝泊まりできれば構わないわ」   キッパリと言い切ったところで、真紅は泣き腫らした瞼を細めた。   「……と言いたいところだけど、私も一応、女の子なのでね。  同居人は、男? だとしたら、お断りよ。廊下で眠った方がマシなのだわ」 「潔癖……見かけどおりね。安心して……ここは女の子だけの居住区だから」...
  • 気ままにヘタレ日記 7
      -09’1.11   明けてました。おまでとうごぢいます!   今年のワタクシ的目標は、アグレッシブ。いろいろと……ね。 -09’3.1 ほんの気分転換のはずが東方幻想麻雀のネット対戦にハマって、書き物は停滞中。   3周年関連で何か書きたいけれど、その思いだけが空回ってる感じ……。 -09’3.31   編集は週末にまとめてやろう! なんて思っていたら、ずるずると一ヶ月が経過する、と。   『今日の一針、明日の十針』とは、よく言ったものですにゃぁ。     この時期は毎年、あれやこれやと文書を作成しなきゃいけなかったりする関係で、   SS書きも停滞しがち……。しかも、これから釣りシーズン本番だし。   うん。実は、もう土曜日に行ってきた。フライフィッシング楽しいですぅ。   寒くて風邪ひきそうになったけどねっ!      なんだか、あらぬ方向へとアグレッシブに進んじゃってたりします...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』
      『ひょひょいの憑依っ!』     就職を機に、ジュンは故郷を離れ、独り暮らしを始めました。 ところが…… 破格の値段で借りた事故物件には、金糸雀という娘の幽霊が住み着いていたのです。  『ひょひょいの憑依っ!』Act.1  『ひょひょいの憑依っ!』Act.2  『ひょひょいの憑依っ!』Act.3  『ひょひょいの憑依っ!』Act.4  『ひょひょいの憑依っ!』Act.5  『ひょひょいの憑依っ!』Act.6  『ひょひょいの憑依っ!』Act.7  『ひょひょいの憑依っ!』Act.8  『ひょひょいの憑依っ!』Act.9  『ひょひょいの憑依っ!』Act.10  『ひょひょいの憑依っ!』Act.11  『ひょひょいの憑依っ!』Act.12  『ひょひょいの憑依っ!』Act.13  『ひょひょいの憑依っ!』エピローグ          次回から、第二部。 はいはーい。私、柿崎めぐ...
  • 『Just believe in love』
      『 Just believe in love 』  第一話  『揺れる想い』  第二話  『眠れない夜を抱いて』  第三話  『運命のルーレット廻して』  第四話  『今日はゆっくり話そう』  第五話  『もう少し あと少し…』  第六話  『心を開いて』  第七話  『ハートに火をつけて』  第八話  『愛が見えない』  第九話  『もっと近くで君の横顔見ていたい』  第十話  『こんなにそばに居るのに』  第十一話 『かけがえのないもの』  第十二話 『君がいない』  第十三話 『痛いくらい君があふれているよ』  第十四話 『君に逢いたくなったら…』  第十五話 『負けないで』 ・ある乙女の愛の雫  第十六話 『サヨナラは今もこの胸に居ます』  第十七話 『明日を夢見て』  第十八話 『さわやかな君の気持ち』  第十九話 『き...
  • 第19話  『星のかがやきよ』
    何を言ってるの? 蒼星石には、悪い冗談としか聞こえなかった。 翠星石は、自分の気持ちを表現するのが下手な女の子。 気恥ずかしさから、つい、意地悪をしてしまう精神的な幼さを残していた。 本当は嬉しいのに、素直に喜びを言い表せなくて…… からかい口調で茶を濁した結果、落ち込む彼女を宥めることは、幾度もあった。 きっと、今の冗談も、いつもの悪ふざけに違いない。 蒼星石は、そう思おうとした。からかわれているのだ、と。 だから、翠星石が「ウソですよ」と戯けてくれるコトを大いに期待していたし、 その時には、ちょっと拗ねて見せて……そして、一緒に笑い飛ばすつもりだった。 ――なのに、蒼星石の期待は、あっさりと裏切られた。 「私……誰……です?」 「な、なに言ってるのさ。やだな……いい加減にしないと、怒るよ」 「ふぇ?」 「どうして、再会できたことを、素直に喜んでくれないのさ。  ボクが、どんな想...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.4
      『ひょひょいの憑依っ!』Act.4 ちゃぶ台に置かれた料理の数々が、ジュンの目を惹きつけます。 驚くべきコトに、それらは全て、金糸雀のお手製と言うではあーりませんか。 玄関を開けたときに、鼻腔をくすぐった美味しそうな匂いは、気のせいではなかったのです。 「ジュンの帰りを待ち侘びながら、あの女が持ってきた食材を使って、  お昼ご飯を作っちゃったかしら~」 金糸雀は、ニコニコと満面の笑みを浮かべながら、幸せそうに話します。 もし、ジュンが帰ってこなかったら、無駄になってしまうと考えなかったのでしょうか。 おっちょこちょいな、彼女のことです。そんな仮定など、していたかどうか……。 「ホントに、お前が作ったのか? 近所の食卓から、かっぱらって来たんじゃあ――」 「むぅ~。侮辱かしら。失礼しちゃうかしらっ!  この部屋から出られないカナが、そんなこと出来っこないじゃない」 「ああ、それ...
  • 第17話  『風が通り抜ける街へ』
    あの男の人は、何の目的があって、この丘の頂きに近付いてくるのだろう。 分からない。解らないから、怖くなる。 もしかしたら、ただの散歩かも知れない。 でも、もしかしたら蒼星石の姿を認めて、危害を加える腹づもりなのかも。 (どうしよう……もしも) 後者だったら――と思うと、足が竦んで、膝がカクカクと震えだした。 住み慣れた世界ならば気丈に振る舞えるけれど、今の蒼星石は、迷子の仔猫。 あらゆる物事に怯えながら、少しずつ知識を蓄え、自分の世界を広げていくしかない。 「こんな時、姉さんが居てくれたら」 蒼星石は、そう思わずにいられなかった。 知らず、挫けそうなココロが、弱音を吐き出させていた。 彼女だったら、どうするだろう? なんと言うだろう? 止まらない身体の震えを抑えつけるように、ギュッと両腕を掻き抱いて、考える。 答えは、拍子抜けするほど呆気なく、蒼星石の胸に当たった。 もし彼女だっ...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.10
      『ひょひょいの憑依っ!』Act.10 金糸雀を、成仏させてやって欲しい―― それは元々、ジュンが頭を下げて、めぐと水銀燈に請願したこと。 カゴの中の小鳥に等しい生活を、半永久的に強いられている金糸雀が哀れで、 大空に解き放ってあげたいと思ったから……。 でも……四肢を失い、力無く横たわったままの金糸雀と、 その彼女を、無慈悲に始末しようとする水銀燈を目の当たりにして、疑問が生じました。 ――違う。これは、自分の期待していた結末じゃない。 金糸雀を捕らえている縛鎖を断ち切ってあげてくれとは頼みましたが、 こんな、一方的かつ事務的な…… 害虫駆除さながらに排斥することなど、望んではいなかったのです。 (僕が、あいつの立場だったなら、こんなの――) とても受け入れられずに、猛然と刃向かったでしょう。 手も足も出ない状況でも。逆立ちしたって敵わないと、解っていても。 権利は自ら勝ち...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.11
      『ひょひょいの憑依っ!』Act.11 白銀のステージライトを浴びて、ゆるゆると路上に佇む、眼帯娘。 だらりと肩を下げ、今にも大きな欠伸をしそうな、さも怠そうな様子は、 立ちはだかるというより寧ろ、寝惚けてフラフラ彷徨っていた感が強い。 冷えてきた夜風を、緩くウェーブのかかった長い髪に纏わせ、遊ばせて…… 水晶を模した髪飾りが、風に揺れる度に、鋭い煌めきを投げかけてきます。 でも、人畜無害に思えるのは、パッと見の印象だけ。 めぐと水銀燈の位置からでは逆光気味でしたが、夜闇に目が慣れた彼女たちには、 ハッキリと見えていたのです。 眼帯娘の面差し、金色に光る瞳、口の端を吊り上げた冷笑さえも。 「貴女……どっかで見た顔ねぇ」 水銀燈は、一歩、めぐを庇うように脚を踏み出します。 午前一時を回った深夜まで、独りでほっつき歩いている娘―― しかも、出会い頭に妙なコトを口走ったとあれば、胡乱...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.12
        『ひょひょいの憑依っ!』Act.12 玄関に立つ眼帯娘を目にするなり、金糸雀は凍りついてしまいました。 そんな彼女に、「おいすー」と気の抜けた挨拶をして、右手を挙げる眼帯娘。 ですが、暢気な口調に反して、彼女の隻眼は冷たく金糸雀を射竦めています。 「あ、貴女……どうし……て」 辛うじて訊ねた金糸雀に、眼帯娘は嘲笑を返して、土足で廊下に上がりました。 ヒールの高いブーツが、どかり! と、フローリングを踏み鳴らす。 その重々しい音は、ピリピリした威圧感を、金糸雀にもたらしました。 「……お久しぶり。元気そう……ね?」 どかり……どかり……。 眼帯娘は、一歩、また一歩と、竦み上がったままの金糸雀に近づきます。 妖しい笑みを湛えた唇を、ちろりと舌で舐める仕種が、艶めかしい。 その眼差しは、小さな鳥を狙うネコのように、爛々と輝いて―― 「……イヤ。こ、こないで……かしら」 ...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.13
        『ひょひょいの憑依っ!』Act.13 ――こんなに、広かったんだな。 リビングの真ん中で胡座をかいて、掌の中でアメジストの欠片を転がしながら、 ぐるり見回したジュンは、思いました。 間取りが変わるハズはない。それは解っているのに…… なぜか、この狭い部屋が、茫洋たる空虚な世界に感じられたのです。 一時は、本気で追い祓おうと思った、地縛霊の彼女。 だのに……居なくなった途端、こんなにも大きな喪失感に、翻弄されている。 彼のココロに訪れた変化――それは、ひとつの事実を肯定していました。 はぁ……。 もう何度目か分からない溜息を吐いたジュンの右肩に、とん、と軽い衝撃。 それは、あの人慣れしたカナリアでした。 左肩に止まらなかったのは、彼のケガを気遣ってのこと? それとも、ただ単に、医薬品の臭いを忌避しただけなのか。 後者に違いない。すぐに、その結論に至りました。 意志の疎通...
  • 『パステル』 -17-
    大地を埋め尽くす、紅い薔薇の園。 その中央には、どこか気怠そうに佇む、緑髪の乙女。 若く張りのある肌は、生命の色で溢れていて、病人めいたところなど欠片もない。 ――柿崎めぐ。それが、彼女の名前。 めぐの右側から、墓場から這い出たばかりのような薄汚れた骸骨が、馴れ馴れしく抱きついている。 白骨と化した右手が、豊かに隆起する彼女の左胸へと伸ばされ、いましも愛撫しようとしていた。 けれども、伸ばされたその手は、目的を達成できはしない。 左から、めぐを支えるジュンが、そうはさせじと掴み、引き剥がしているからだ。 ジュンは、骸骨と奪い合うように、右腕で彼女の腰を抱き寄せている。 骸骨の右腕を掴む彼の左手――その薬指には、金属特有の光華を放つ、薔薇の指輪。 だが、生々しく絡みあう3体の人影以上に異様なものも、描き込まれていた。 彼らを取り囲む、緻密な装飾を施され...
  • 気ままにヘタレ日記 8
      -09’8.11   今年も半分が過ぎたので、後半分として日記も改ページ。   このところ、めっきり諸事に忙殺されてばかりですが、そこは要領よく進めていけばいいワケで。   普通の女の子スレ以外でも、なんやかや手慰みに書いてたりします。      さておき。かねてからの予定どおり、8/9の日曜日に、台場まで足を運んできました。   お目当ては無論、ようつべやdannychooのブログでも話題となった実物大ガンダムですがな。   今回は折角なので、JR田町駅から歩いてレインボーブリッジを渡り、台場入りを果たした!   画像は▼のとおり。(クリックで元画像サイズ)                    アンカレイジと呼ばれる、この建物から      お分かり頂けただろうか?   エレベーターで7階まで登ります。         なんて言われても、サムネじゃムリポ。   向かって右側となるサ...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.1
      『ひょひょいの憑依っ!』 凍てつく冬が、静かに舞台を降りてゆく頃。 それは、春という再生の訪れ。 多くの若者たちが、新しい世界に旅立っていく季節。 彼……桜田ジュンもまた、新たな道に歩を踏み出した若者の一人でした。 「今日から僕は、ここで――」 穏やかに、昼下がりの日射しが降り注ぐ空間。 薄汚れた壁際に、山と積まれた段ボール箱を眺め回して、独りごちる。 大学を卒業したジュンは、首都圏に本社のある企業に、就職が決まっていました。 そこで、これを機に親元を離れ、独り暮らしを始める予定なのです。 彼が借りたのは、都心から電車で30分ほど離れた下町の、ボロアパートでした。 築20年を越える5階建てのコンクリート家屋ですが、立地条件は悪くありません。 勤務先にも、公共の交通手段を用いれば、1時間以内に辿り着けます。 そんなアパートならば、家賃だって安かろう筈もなく―― 最低でも、一...
  • 幕間1 『恋文』
        ひとりの乙女が綴った、手紙。 想いを包み込んだ、日焼けした封筒は、いま―― 知り合って間もない、純朴そうな男性の手の中に横たわり、眠りに就いている。   遠くて高い青空に、真一文字の白線が、引かれてゆく。 彼は、その飛行機雲を目で追いながら、ふぅん……と、呻るように吐息した。 そんな彼の横顔を見つめながら、私は温いコカ・コーラを口に含む。 ワインのテイスティングをするみたいに、そっと舌先で転がすと、しゅわぁ…… 弾ける泡の音が、耳の奥で、蝉時雨とひとつに溶けあった。     「大きなお屋敷に住んで、お抱えの運転手がいたり、使用人を雇ったり……  話を聞いてる限りじゃあ、君の家は、随分と資産家だったんだね」   やおら口を開いたかと思えば、その三秒後。 彼はいきなり、あっ! と大きな声をあげて、気まずそうに頭を掻いた。 本当に突然だったので、私は危うく、飲みかけのコーラで咽せ返りそう...
  • 『カムフラージュ』 3
    寄り添いながら、パーティー会場を出て、エレベーターに向かう。 覚束ない足取りの彼女を支えているため、どうしても身体が密着しがちになる。 鼻先を、コロンの甘い薫りにくすぐられて、僕はクシャミをひとつ放った。 「普段から、あんまり飲まない方なのかい?」 「……んふぅ。実は、そうなんでぇ~すぅ」 「だったら、やっぱり、やめておこうか」 「うぅん。構いませんよぉ。今夜は、めいっぱい飲みた~い気分ですからぁ」 とても愉しいから、メチャクチャに酔ってしまいたいの。 じっくり噛みしめるように呟いて、彼女は白い腕を、僕の腰に絡みつかせた。 「連れていって。ね? もう少し、楽しくお喋りしましょぉ」 「――しょうがない娘だな。ま、誘ったのは僕だし、トコトン付き合うよ」 からっぽのエレベーターに乗り込んで、上へのボタンを押す。 僕らの目当ては、ホテルの最上階にある...
  • 第一話 『Face the change』
        ――1932年 南フランス。 夜……雲が月を遮って、いつもより暗い夜。煤煙を撒き散らしたような、漆黒。 陰鬱たる森の静寂を、無粋なエンジン音で破りながら疾駆する黒塗りの車が、一台。 1929年のパリ・モーターショーで華麗にデビューした、プジョー201だ。   山間の閑散とした田舎道に立ちこめた夜霧は、いつになく濃い。 それが為だろう。通い慣れた道であるにも拘わらず、薄気味悪くて仕方がなかった。 運転手も不穏な気配を感じているのか、普段より更に、飛ばしている。 いくら煌々とヘッドライトを灯したところで、夜霧を消せる訳もないのに…… こんなに早く走ったりして、危なくはないのかしら? 轍とか、張りだした根に車輪を乗り上げて、横転したりはしない? 僅かでも不安を抱いてしまうと、それが呼び水となって、更なる不安に苛まれる。   「ねえ……霧が深いから、怖いわ。どうせ家に帰るだけだもの。  ゆ...
  • プロローグ  『愛のカケラ』
        彼女を見かけたのは、夏の暑さも真っ盛り、八月初旬の昼下がりだった。   焼けたアスファルトから、もやもやと立ちのぼる陽炎を抜けて、歩いてくる乙女。 つばの広い麦わら帽子で強い日射しを避けつつ、鮮やかなブロンドを揺らめかせていた。 右肩から吊したハンドバッグの白が、やたらと眩しい。   僕は、彼女を目にしたとき、一瞬だけれど、幻かナニかだと思ってしまった。 ――何故って? そのくらい、彼女は人間ばなれした美貌を、兼ね備えていたからさ。 陳腐だけど、もしかしたら本当に美の女神なんじゃないかと、思えるほどにね。     さて……男だったら誰しも、こんな美人とお近づきになりたいと思うはずだ。 かく言う僕のココロも、その意味では健全な男子として、素直に反応してしまう。 日常会話でもいい。ほんの挨拶だって構わない。 とにかく、なんでもいいから、彼女と言葉を交わす方便を探した。 目を皿にして、お...
  • 第五話 『Dear My Friend』
        ――どこからか、途切れ途切れにグランドピアノの妙なる調べが、流れてくる。 初めて耳にする旋律なのに、なんだか……ずっと以前に聞いたことがあるような。 そのくせ、記憶を辿ろうとすると、ちぐはぐなメロディしか浮かんでこない。   「うーん……なにか引っかかるんですけどぉ……思い出せませんわねぇ」   そう口にする雪華綺晶は、しかし、大して考え悩んだ様子でもなかった。 漏れ聞こえるピアノに合わせ、ふんふんとハミングしながら、腰を揺らしている。 彼女は今、コリンヌの部屋を掃除している最中だった。   窓辺に据え置かれた広い机の上を、おろしたての布巾で丁寧に拭いてゆく。 ひととおり拭いた後で、布巾を裏返してみても、塵芥は殆ど付いていなかった。 埃が積もる間もないほど、頻繁に使われている証しだろう。   「本当に勤勉な方ですのね、マスターは」   雪華綺晶は感嘆の息を吐きながら、机の隣に鎮座し...
  • 幕間4 『Old Dreams』
        「――その後の、雪華綺晶の行方は判りません。  お祖母様も、手を尽くし探したそうですが……何も。  今となっては、これだけが彼女の名残……存在した証です」   言うと、彼女は胸元のペンダントを手にとり、物悲しそうな眼差しを注いだ。 そして、気持ちを切り替えるように、少しだけ残っていたお茶を飲み干した。 僕も、彼女に倣って缶を呷る。 仰ぎ見た夏空は、より蒼を深くして、夕暮れの近いことを仄めかしていた。   それからの数分の間、僕らは、言葉を探していた。 ――と言うか。ただ、お互いを気遣い、遠慮し合ってたんだと思う。 僕も、彼女も……。 時折、もごもごと、言葉と呼ぶにはほど遠い音を、口の中で転がすだけで。   相も変わらず、四方八方から、アブラセミの喧しい声が降ってくる。 なんだか囃し立てられているようで、黙ったままでいるのは面白くなかった。   「もしかしたら――」   だから僕は、...
  • 第九話  『キヲク』
        ――明けて、1933年。 1月の冷えた空気は、音をよく響かせる。広い室内に、四つの音が余韻を引いた。 悲痛な声は短く、物の砕ける音は長く―― 柱時計の振り子と、ミストラルと呼ばれる季節風に揺れる窓の音が、それらを包み込む。   雪華綺晶が、己が主である少女の部屋を、掃除しているときのコトだった。 いつものように、サロンから聞こえるピアノの旋律に聴き入るあまり、つい――   「あぁ……どうしましょう……」   コリンヌが大切にしている人形を清掃中、うっかり、床に落としてしまったのだ。 18世紀ごろの著名な錬金術師の手によるモノらしく、その造形は精巧の極致。 眩い銀色の髪に、寂しげな目元、なめらかな光沢を放つ肌の質感……そして、黒い翼。 逆十字をあしらった黒いドレスと相俟って、なんともデカダンな美しさを醸している。 無垢な幼女のようで、完熟した妖女にも見える面差しは、畏怖の念すら抱かせ...
  • 第一話  『揺れる想い』
    公園の木の下で……ふたり、肩寄せ合って座り込み、夕立を眺めていた。 夏にありがちな、タライをひっくり返した様な集中豪雨。 見上げる暗い空に、雨の降り止む気配はない。 日中の強い日差しに熱せられた地面で砕けた雨の滴でさえ、 靄となって空へ帰ろうとしているのに、二人には帰る術がなかった。 水たまりに落ちる水滴が広げる波紋を、ぼんやりと数えるだけ。 「どうしよう…………これじゃ、おうちに帰れないよぉ」 「心配しなくても、きっと、もうすぐ雨は止む――」 突然、雲間を閃光がのたうち、やや遅れて、轟音が空気を震わせた。 「きゃっ!」 びくりと肩を震わせて、髪を短く切りそろえた女の子が、隣の子の腕にしがみつく。 少女の小さな手に、同じくらい小さな手が、優しく添えられた。 大丈夫。どんな事があっても、守ってあげる。 降りしきる雨の音にかき消されないように、その子は少女の耳元で、そう囁いた。 「い...
  • 第十一話  『Rescue me』
        生まれ変わった、僕の大切な一人娘だ――     雪華綺晶の中で、あの人形師が吐いた言葉が、コールタールの如くどろりと渦巻いている。 自転車に飛び乗り、頭痛を堪えて必死にペダルを漕いでいたときも。 総身、冷や汗まみれになりながら、這々の体で屋敷に戻ってきたときも。 使用人部屋のベッドに、着の身着のままで倒れ込んでから、寝ても覚めても、ずっと。   かなり眠っていたらしい。窓の外は、夜の闇で満たされていた。雨も降ったようだ。 雪華綺晶は深く息を吐いて、額に貼りつく髪を掻きあげた。 コリンヌに薬を飲ませてもらったのに、頭痛は幾らも収まっていない。 そればかりか、右眼の奥底に、虫が這い回るようなムズ痒さを感じるほどだ。 どうにも不快で、彼女は苛立たしげに眼帯を毟りとると、瞼をぐしぐし擦った。   それにしても……この突発的な変調は、何だというのだろう? あの山小屋と、人形師の青年と、薔薇水...
  • 第18話  『あなたを感じていたい』
    逸るココロが、自然と足取りを軽くさせる。 募る想いが、蒼星石の背中を、グイグイ押してくる。 あの街に、姉さんが居るかも知れない。 もうすぐ……もう間もなく、大好きな翠星石に会えるかも知れない。 蒼星石の胸に込みあげる喜びは、留まることを知らない。 早く、触れ合いたい。 強く、抱きしめたい。 今の彼女を衝き動かしているのは、その想いだけだった。 「結菱さん! 早く早くっ!」 「気持ちは解るが、少し落ち着きたまえ、蒼星石。  そんなに慌てずとも、この世界は無くなったりしないよ」 苦笑する二葉の口振りは、春の日射しのように温かく、とても優しい。 蒼星石は、先生に叱られた小学生みたいに、ちろっと舌を出して頸を竦めた。 言われれば確かに、はしゃぎすぎだろう。 端から見れば、双子の姉妹が、再会を果たすだけのこと。 でも、逢いたい気持ちは止められない。蒼星石をフワフワとうわつかせる。 無邪気...
  • 第16話  『この愛に泳ぎ疲れても』
    どちらかを、選べ―― そう言われたところで、蒼星石の答えは、既に決まっていた。 こんな場所まで歩いてきた今更になって……躊躇いなど、あろうハズがない。 二つの目的を果たすためならば、地獄にすら、進んで足を踏み入れただろう。 ただ夢中で、翠星石の背中を追い続け、捕まえること。 そして、夜空に瞬く月と星のように、いつでも一緒に居ること。 たとえ、それが生まれ変わった先の世界であっても――ずっと変わらずに。 蒼星石は無言で、右腕を上げた。そして……偶像の手を、しっかりと握った。 置き去りにする人たちへの後ろめたさは、ある。 けれど、今の蒼星石のココロは、出航を待つ船に等しい。 姉を求める気持ちの前では、現世への未練など、アンカーに成り得なかった。 過ちを繰り返すなと諫めた声など、桟橋に係留するロープですらない。 「いいのですね?」 こくりと頷きながら、なんとは無しに、蒼星石は思ってい...
  • 『七夕の季節に君を想うということ』
    「今年も、見れなかったね」 夜空を見上げながら、君は呟いたんだ。 つまらなそうに。でも、ちょっとだけ嬉しそうに。 そんな天の邪鬼ぶりが、いかにも君らしくて…… あの時、僕が浮かべた苦笑いに、君は気づいていただろうか。 「うん。結局、晴れなかったな」 僕も、隣に佇む彼女に倣って、想いを虚空に放った。 病院の屋上から、どんよりと曇った夜空へと。 「折角、ここまで天体望遠鏡を担いできたってのにさ。とんだ草臥れもうけだ」 「ごくろうさま」 彼女――柿崎めぐは、いつになく優しい笑顔を作った。 自然に生まれただろう微笑なのに、僕には、それが文字どおりの作り物に見えた。 やっぱり、天の川を見ることができなかったから、フラストレーションを持て余しているのかな。 そのときの僕は、まだ人間的に幼稚で、そんな野暮な見立てしかできなかった。 「ねえ...
  • 気ままにヘタレ日記 3
    さてさてさて……8月に入って、街中にも夏休みムードが色づいてきましたね。朝の電車も、少しだけ空いているカンジぃ?今年は久々に、ちゃんとお盆の時期に休みを頂けそうなので、ちょっと嬉しいですね。夏コミにも行けそうですし。まぁ、遊びに行くなら、お盆休みを外した方が良いんですけどね。東北道で100km以上の渋滞とか、マジ有り得ないのよー。さておき、7月最後の週末は、近所のお祭りでした。お祭り大好き人間としては、放っておけんです。日中は渓流で釣り。日が暮れてから祭り見物。うーん、いよいよ夏本番って感じですかね。しかーし……タコ焼きで舌を火傷し、じゃがバターを食べては胃もたれ。あんまり良いコトありませんでした。orz良いコトない、と言えば――私、手に入れてしまったんです。ある筋では(つまらない事で)有名な、アレを。その名も『アーリャマーン EPISODEⅠ:帝国の勇者』。インド映画のDVDですがな。早...
  • エピローグ 『ささやかな祈り』 2
        彼女と手を繋ぎ、雑踏を縫うように、長い橋を歩いていたら、ふと―― 昨夜、夢うつつに浮かんだ疑問が、頭に甦ってきた。   「あのさ、ちょっと気になってたんだけど」 「……なんでしょう?」 「結菱グループと言えば、国内でも屈指の巨大資本なんだよ。その影響力は、計り知れない。  そのトップに位置する人物なら……二葉氏ならば、大概のことは可能だったはず。  君のお祖母さんを探し、連絡をとることだって、できたはずなんだ。  それなのに、なぜ、彼は――それを、しなかったんだろう?」   そう訊いた僕を、彼女はまじまじと見上げて、やおら、口元を綻ばせた。   「してましたよ」 「えっ?」 「二葉さまは、お祖母様の安否を、ずっと気に掛けてくださってました。  だから、消息が掴めるなり、幾日と置かず、お手紙を出してくれたんです。  お互いの無事を喜ぶ内容と……近く再会して、フランスで一緒に暮らそう、...
  • エピローグ 『ささやかな祈り』 3
        鐘の櫓を『コ』の字に囲むフェンスには、夥しい数の南京錠が、くくりつけてあった。 結ばれるための、おまじない。女の子の心情としては、こういうの、嫌いじゃない。   「ね、ね。折角ですから、私たちも、記念に鳴らしましょうよ。それから、アレも!」 「えぇ? アレって……南京錠なんか持ってきてないよ」 「ここの入り口にあった売店に、売ってましたよ」 「そうだった? 気づかなかったな……。よし、ちょっと待ってて。買ってくるから」   彼を待つ間、私は案内板の『天女と五頭龍』伝説でも読むことにした。 この地に棲みついて悪事を働いていた五頭龍が、江ノ島に降り立った天女に恋をして、 更生することを誓い、天女と結ばれた――という。いつの時代も、こういったロマンスは好まれるものね。 さしずめ、私は悪い龍かしら。そして彼は、私の前に、突如として降り立った天女の役で……。   「やあ、お待たせ! 買ってき...
  • ―如月の頃 その4―
          ―如月の頃 その4―  【2月19日  雨水】 入院騒動があってから、早、半月が過ぎようとしていた。 結局、検査入院では何も異常が見られず、翌日の日曜日には退院できたのだ。 そして、月曜日からは通常どおり、バイトに勤しむ日々が訪れていた。 今日は日曜日だけれど、早起きをして通院し、経過を診てもらった。 問診だけで、もう精密検査などは行わない。お陰で、用件は直ぐに済んだ。 もう心配ないだろうと、医師の太鼓判(或いは、お墨付き)を頂けたので、 翠星石の気分は、頗る良かった。 取り敢えず、家に帰って祖父母に診察の結果を知らせてこよう。 それから、蒼星石にメールを送って―― そんなコトを考えながら、独り歩いていると、やや前方に見知った姿を認めた。 声を掛けようとして、思い留まる。相手はまだ、こっちに気付いていない。 翠星石は足音を忍ばせつつ、小走りに近付いて、バシン! と...
  • ―卯月の頃 その2―
          ―卯月の頃 その2―  【4月17日  春の土用入り】 自室のベッドに深々と身を沈めながら、翠星石は、悶々と喘いでいた。 胸の上に重石を載せられているような、鬱陶しくて、異様な息苦しさ。 払い除けようとする右手は、虚しく空を切る。 (……なんなのです、一体) 意識が明瞭になるにつれて、全身に重みを感じるようになっていた。 まるで、誰かに――のし掛かられているみたいに。 だがモチロン、そんなイタズラをする者は、居ない。 この家から蒼星石の姿が消えた日を境に、二度と起こり得なくなったのだ。 ならば、いま感じている、この重みは一体……なに? 圧迫された肺を、風船のように膨らませるべく、翠星石は大きく息を吸い込む。 すると、懐かしい匂いが、彼女の鼻腔をくすぐった。 いつか、どこかで嗅いだ憶えのある匂い。 胸がキュンとなる、愛しい匂い。 (まさか、蒼星石っ!?) ビック...
  • ―睦月の頃 その4―
      ―睦月の頃 その4―  【1月17日  冬の土用入り】 冬休みも呆気なく過ぎ去り、大学の講義が始まって暫く経った、ある日の夕方。 翠星石は、雛苺を待つ傍ら、キャンパス内の図書館で課題レポートを書いていた。 館内には一人掛けのテーブルが、幾つも据え付けられていて、自由に使えるのだ。 あれこれと参考文献を漁りながら、レポートを書くには、もってこいである。 肩の凝りを覚えて、翠星石が頭を上げると、首がコキコキ鳴った。 なんだか気怠い。でも、今日は火曜日。今週も、まだ長い―― 「あー。流石に、くったびれたですぅ」 夕焼けに染まる窓辺の机で、翠星石は周囲を憚りつつ、大欠伸した。 椅子の背もたれにのし掛かって、縮こまっていた背筋を伸ばす。 すると、身体の節々から、小さな悲鳴が上がった。 まだ半分も纏まっていない内から、こんな事では先が思いやられる。 気分転換も兼ねて、翠星石は前後の机...
  • 『カムフラージュ』 2
    てっきり、今日が初対面だとばかり思っていたけれど、彼女は違うと言う。 それは……いつ、どこで? 僕は、何度となく記憶を辿ってみた。 だが、どれだけ脳内検索を繰り返したところで、悉く空振りに終わった。 鳶色のロングヘアー。紺碧の双眸。容姿端麗。 これだけキーワードを並べれば、直撃はせずとも、少しぐらい掠るだろう―― そんな僕の認識は、この会場にあるどんなデザートよりも、甘かったらしい。 眉間に皺を寄せ、ジリジリと回想に耽るも、所詮は悪あがき。 程なく、僕は溜息まじりに両手を肩まで上げて、彼女に掌を見せた。「ごめん。降参だ」 「私のこと、ホントに思い出せないんですか?」 「うん。きみみたいに可愛い女の子を忘れるなんて、考え難いんだけど」 なんて言ってはいるが、あり得ないことでもないと、僕は思っている。 メイク、ヘアスタイル、衣装やアクセサリ、光の加減、そ...
  • 『黄昏と、夜明けの記憶』
      『黄昏と、夜明けの記憶』  【――ダメって言われたら、どうすればいい?】 放課後の教室。二人だけの世界。 今日……勇気を振り絞って、ジュンは何年間も胸に秘め続けた想いを伝えた。  「これからも、ずぅっと……一緒に居てね」 不安に押し潰されかけていた臆病な少年の胸に、彼女の言葉が届く。 夕日射す窓辺で、彼女は柔らかく微笑み、ジュンの想いに応えてくれた。  「もちろんさ。僕は、ずっとキミの側に居るよ。約束する」 そして、ジュンも誓いの言葉を口にする。 それだけの事でしかないのに、心が幸福に満たされていくのが分かった。 一歩、二歩……。なんだか、踏み出す足下がおぼつかない。 高熱に浮かされているみたいだと、ジュンは思った。 体育で使う安全マットの上を歩いているかの様な、心許ない浮遊感。 やっとの想いで、腕を伸ばせば触れ合える距離に辿り着いたジュンは、 華奢な彼女の肩に手を遣っ...
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