P40

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&font(#6495ED){登録日}:2010/03/16(火) 19:51:49
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カーチスP-40とは第二次世界大戦期にアメリカ陸軍が開発した中低高度用戦闘機。
これといった特徴は無いが安定した性能を誇り、連合国各国に重宝された。
ウォーホークやトマホーク、キティホークの愛称を持つ。

■P-40Nの性能
乗員 1名
全長 10.10m
全幅 11.38m
全高 3.70m
最高速度 565km/h
巡航速度 467km/h
航続距離 5000km
実用上昇限度 10270m
武装 12.7mm機銃6挺
爆弾 225kg


1938年、アメリカ陸軍がP-36の後継機として開発したのが始まり。
ただ実際のところ、P-36の改造型の空冷エンジンを液冷のアリソンエンジンに換装しただけである。
しかし、テスト飛行をしたところ空冷エンジン搭載時より70kmも早かったため、フランスの援助機として急遽量産された。

また、1940年のフランス敗北後はイギリスにトマホークの名で援助機として送られている。

その後1941年日本と開戦し、フィリピンに配備されていたP-40は零式艦上戦闘機や一式戦闘機「隼」にフルボッコにされた。
圧倒的な空戦能力の差と貧弱な武装が原因であった。


これを受けアメリカ陸軍は、武装の強化と高度性能の向上を図り、マーリンエンジンを搭載したF型を投入した。
F型はウォーホークと呼ばれている。

その後もエンジンと武装の改良を続けQ型まで作られ、地味ながらも総数13738機も生産された。

最終的にイギリスやオーストラリア等の英連邦や中華民国などの連合国各国で使われた。


  
◎P-40ファミリー一覧

◆XP-40 試作機

◆P-40 初期量産型。199機生産され、後に1機がA型に44機がG型に改修されている。

◆P-40A 非制式の写真偵察機。1機のみ改造。

◆P-40B 翼内7.62mmとM2(12.7mm)を1挺ずつ増やし、計4挺とした。

◆P-40C 燃料タンクの防弾性能が向上したが、空戦能力がかなり犠牲になっている。

◆P-40D エンジンを換装。22機のみの生産。

◆P-40E 翼内武装をM2(12.7mm)六挺とした。

◆P-40F 発動機をマーリン28型に換装。武装は変わらない。
  
◆P-40G P-40の主翼を7.7mm機銃4挺の仕様に変えた機体。防弾鋼板、防弾ガラスを装備する。試作機1機、43機改修。

◆P-40J 高高度戦闘機型。排気タービンを装備。計画のみ。

◆P-40K E型のエンジン換装型。安定性向上の為に垂直安定板前縁にフィンを追加。

◆P-40L F型の軽量型。性能はあまり向上しなかった。

◆P-40M K型のエンジン換装型。
  
◆P-40N 軽量化された最終量産型。なんと約5000機生産されている。

◆P-40P マーリンエンジンで計画されたが完成せず。

◆P-40R F型、L型のエンジンを換装した機体。123機の改修にとどまり、練習機として使われた。

◆XP-40Q 二段式スーパーチャージャー装備のエンジンに換装。徹底的な改良が加えられ680km/hの高速を出すP-40最高性能機だったが、P-51などの新鋭機には及ばなかったので採用されなかった。
  

第二次世界大戦期で最も「シャークマウス塗装」が似合う機体である(と思う)。


有名なのは、
・フライングタイガーズ
・アリューシャンタイガー

1970年の映画「トラ・トラ・トラ!」や

1979の映画「1941」

そして、

2001年に公開された映画「パール・ハーバー」では、この機体の勇姿を存分に味わうことができる。
格闘戦で[[零戦>ゼロ戦(零式艦上戦闘機)]]に競り勝つSFチックな活躍もタップリ。


映画「スカイ・キャプテン」では、バルキリーもびっくりの多段変形を披露してくれる。


ひじょうにイカつくて「シャークマウス」ペイントと濃色の迷彩がカッコいい姿見の本機だが、米国機特有の鈍重さ故か、アジアの小国と油断していた為か、旧日本国軍所属の軽快な戦闘機達の前では今一つ活躍の機会に恵まれなかった。

  
中国大陸配備の日本軍新人パイロット達にとっては、ある意味教官的な存在。


#center(){&font(#ff0000){P-40を墜とす=一人前}}

とも言われ、後のエース達にとっての登龍門と言える。
日本軍パイロット達のお父さん。



ちなみにベースになったフランス軍のP-36(ホーク75)も精鋭を誇るドイツ空軍を相手には奮わず、「空飛ぶ的」と見られていたようだ。

だが、フランス戦後ドイツ経由でフィンランド空軍に送られたがそれなりに活躍したそうだ。




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