REAL RIDERS 駆紋戒斗外伝

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REAL RIDERS 駆紋戒斗外伝 - (2014/06/14 (土) 09:46:12) の編集履歴(バックアップ)


登録日:2014/05/25 (日) 00:05:16
更新日:2022/09/14 Wed 16:14:43
所要時間:約 21 分で読めます




彼はまだ、何者でもない――。



これはチームバロン、始まりの物語。




仮面ライダー鎧武』の公式スピンオフストーリー。
星海社の「仮面ライダー鎧武ザ・ガイド」(2014年3月20日 刊行)に書き下ろし小説として収録された。


別表記:『Real Riders 駆紋戒斗外伝』


監修:虚淵玄
文章:江波光則
表紙:serori



本作では、ライバルキャラクターである駆紋戒斗の過去、彼の高校時代の様子やチームバロンのリーダー「駆紋戒斗」に至るまでの道のりが明かされる。

本編において度々見られるコミカルな描写は影を潜め、周囲に翻弄される人々の哀愁や悲哀が描かれている。


時期としては、ロックシードインベス アーマードライダー といった要素が表に現れる前なので、それらに関する記述は出てこない。


テレビ放送中にスピンオフ小説が発表される例はあまりないという。
(過去の作品としては『劇場版 仮面ライダーW』の『Nのはじまり/血と夢』等が当てはまる)

また、東映の英断に応えるべく、最高の小説を作るという思いで取り組んだとのこと。




【登場人物】



本作の主人公。
彼は聡明で、平均を遥かに凌駕する能力を持ち合わせて生まれ育った。

脚が長く、そのままファッションモデルでもやれそうなスタイルで、美原武史からはビジュアル系と言われた。


教師にとっては扱いにくい生徒だったが、彼に引き寄せられた同級生や下級生、先輩といった周囲の人々からは認められ、慕われ、頼りにされ、追従された。
同学年からは敬語まで使い「駆紋さん」「戒斗さん」と呼ばれ、上級生も自分が好かれる先輩であろうと振る舞う。

戒斗は、その環境を少なくとも「敵」とは思っておらず、長い間「友達」のありようだと勘違いしていた。


当然ながら、彼に対して妬みがあり自尊心を傷つけられるような劣等感を抱いていた「敵」と呼べる人間も何人かいたが、この頃の彼は自身が優れているという自覚はまだ希薄だった。
そのため、裏には粘つくような暗く醜い感情があること、そして自身の中にもそういった感情があることにはまだ気づいていなかった。

彼は、「名のあるバカ」を数人叩きのめしたことがきっかけで、ろくでもない連中に注目されるようにもなっていった。



高校にはろくに登校していなかったが、ある日たまたま出席した日本史の授業で教師が雑談として語った坂本龍馬の怪しげな陰謀論に、自分の直感をそれほど疑わない戒斗は興味を示す。
それは、「坂本龍馬は武器商人や戦争屋といった悪の手先で、結果として世界を変えた」という、空想に等しい奇説である。

歴史に興味がない彼を楽しませたのは、「どんな背景や動機があろうと、国一つの統治システムを叩き壊し新たなシステムが定着した」という一点だった。


争いが世界を変革し、それを決するのは力比べであり知恵比べである。

正しいか間違っているかで何かが決まった訳ではなく、勝った者がそれを決める。

支配権とそのシステムの譲渡が行われたに過ぎず、それは革命ではなく禅譲と呼ぶに相応しい。

「何の意味もなく敗れ去り浪漫を貫いた赤報隊や新撰組」ではなく「大資本と先端技術を背景にあちこちで弁舌を揮い続けた坂本龍馬」を、戒斗は「好き」ではなく「気に入った」



また、坂本龍馬が他の歴史上の人物と持っていた関係は、「友情」とは違うと考えている。
そして、自分は上の人間であるという自負と共に、周囲との関係が「友情」ではないことに気づく。


戒斗は自分が恵まれすぎていることが不安だったが、周囲との繋がりを否定して1人でいたい訳でもない。
むしろ、繋がり方の加減が分からないと、美原武史のように1人になるだろう。

彼自身、自分が「友情」を欲しがっているのか、どんな形が「友情」なのか、それが分かっていない。
それを探る代替行為として、彼は「仲間」を出来る限り守ろうとする。



戒斗は、殊更オートバイには興味を抱いていなかった。

ただ、美原武史の所有する、「ハスラー」というペットネームを冠されたバイクは中々良いと思い、バイクの免許を取ろうと思った理由でもあるが…




◇美原武史 (みはら たけし)

駆紋戒斗の同級生。
全身に筋肉のついた身体に、丸坊主のヘアスタイルが特徴の、大柄な男。
その性格は粗暴で気まぐれである。

学校にはしっかり通うものの授業にはろくに出席せず、出たとしても漫画を読んだり携帯で音楽を聴いたりして過ごしており、教師に質問されても「知りません」と敬語で答える。


美原武史と駆紋戒斗は、自身の持つ能力でも、周囲との関係についても、それぞれ対極に位置している。
外見も頭の良さも人に好かれるのも勝てないが、殴り合いなら負けない自信があるという。


戒斗と武史の関係は険悪ではないものの、戒斗にとっては分かりやすい「敵」である。
「友達」にはなれないだろうし「友情」も生まれないだろうと思っている。

武史からは呼び捨てで「戒斗」と呼ばれ、本気で敵視されているかも曖昧である。
また、戒斗は彼のことを「おかしな男」「お前の幼稚さが不思議だ」と思っており、その振る舞いに首を傾げ、何かはよく分からないが彼のことが気になっている。



武史は体育会系のような男であり、同級生が下級生に対していじめるのも扱き使うのも気にしない。
しかし、それが同級生に対しての場合は気に入らないのかそれを許さず、弱い物いじめにも等しい暴力で両方を叩きのめし、正座させて泣かせ続ける。

逆に年上には従順になり、教師に注意されたら歯向かわずに素直に謝り、顔に反省の態度を示す。
上級生に頼みごとをされたら、どんな条件と相手であろうと、彼は必死で応えようと動き回る。


このように彼は年齢の序列を必ず守っている。
そのため、戒斗は「儒教精神とでも言えば聞こえがいいのか」と思っていた。

戒斗の身内は、武史のことを「正気じゃない」と言ったが、戒斗は、その連中自身も本当に「正気」と言えるのか分からなかった。



武史の力強さは、生まれつき恵んで貰ったものではない。

彼の頭部には子供の頃に事故で出来た醜い大きな痣がある。
そのことで幼年時代にからかわれ、いじめられたことが、美原武史という人間を変えた。

髪を伸ばせば痣は隠せるのだが、彼は隠すような真似を選ばず丸坊主でいることを選んだ。


そして、周囲に強く言えるだけの身体能力と威圧感を身につけた。
その力は、屈辱を受けた彼が、過酷な環境の中で自分を丹念に、几帳面に責め立てて、鍛え上げ、育て上げ手に入れた、たった一つの「勲章」である。

それを周囲に遠慮なく行使しており、彼に太刀打ちできる者は、まずいない。


彼には冗談も本気もなく、口にした時点では自分でもどちらか分からず、次の瞬間に殴りかかるのか飽きて帰るのか、どうなるかは気まぐれな彼次第である。
その暴力は、戒斗ですら「無意識の用心」を引き出すほど。



彼は坂本龍馬のことを知らないようで、戒斗に聞かれた際に「知らん。どこの喧嘩自慢だ?」と返している。

剣術の達人なのに銃を使うようになったこと、剣より銃の方が強く合理的なこと、やれそうもなかった事をやれば、美原武史という男をもっと違う人間にする気がすることを、戒斗が説明したが、聞く耳を持たなかった。

当の戒斗自身も、何故、突然そんな話を彼にしたのかは分からなかった。


ただ、坂本龍馬を知らなかったことは恥ずかしかったようで、身勝手にも正座させていたクラスの2人に照れ隠しの八つ当たりをして、追い払っている。

戒斗は「一言半句も褒め言葉など出て来ない傍若無人を極めた行為」と評した。



武史は先輩から「買わされた」、古くさい2ストロークのオフロードバイクと、シールドすらないフルフェイスタイプのヘルメットを所有していたが…




◇駆紋戒斗の身内や仲間

駆紋戒斗を慕う取り巻きグループ。
彼らはいつも褒めて貰いたがっており、彼の前でいいところを見せようとする。
そんな彼らのことを、戒斗は「無邪気で幼い子供」のように思っている。


校舎裏での騒ぎの時は4人が駆け寄り、美原武史に容赦なく「ハゲ」「バカ」といった攻撃的な罵詈雑言を浴びせ煽った。
それに対して武史は特に反応することもなく「5人」を眺めていたが、戒斗は自分もその数の中に加えられていることに少し不満を覚えいた。

そもそも彼はうろついていた時に武史の起こした騒ぎを覗いていただけであり、戦意そのものが湧いていなかった。
周りから戦うことを煽られるのが腹立たしく苛立っていたため、身内に向かい「俺に面倒をかけて面白いのか、お前らは?」と言い放った。


結局は、武史が面倒くさくなり飽きて帰ったことで身内が勝ち誇ることになったが、気が乗らないという彼の意思は誰も汲み取ってくれなかった。



戒斗は一人ひとりでは敵わない、一対一では絶対に「弱い」と判断している。
彼らにとって四体一という数字は圧倒的に有利であり、その頂点に駆紋戒斗がいることが、「弱い」はずの人間を「強い」人間に変えた。


彼は周囲が押し上げて座らせた自分の立ち位置にまだ慣れておらず、居心地の悪さを感じていた。

それでも「仲間」のことが嫌いな訳ではなく、どれだけ愚かで弱くて自分に及ばない格下の人間でも、無碍にせず、庇い、味方をし、面倒を見るのは、上にいる人間として当然と考えている。


しかし、それは「友情」などという物ではないという。
ある時、そのことについて「支配」という言葉を口にしている。



彼らと武史の会話には、同じく『 東映作品のヒーロー 』のネタが例えとして出てきている。


「んで、どうなの、やっちゃうの、お前ら5人対俺1人。やるってんならやるよ、俺は。戦隊モノの怪人になったみてぇで面白いよ、その数字。俄然やる気が湧いてきた」


「俺は全くその気にならない」


レッドがその調子でどうするんだよ、俺ァ悪モンなんだろうから、成敗したらどうなんだよ、5人がかりで。おら、来いよ、連携技で俺をやっつけちゃえよ」




【用語】


◇ダンスパフォーマンス

沢芽市において、「ある企業」が巨大なビルの建設を始めた頃から流行りだした。
創作ダンスはソロよりもグループが主流である。


若者の間では、主に建前として広まり、田舎街における地元意識や縄張り争いは、ただの暴力からダンスに少しずつシフトしていった。
表向きはダンスサークルとして活動し、悪さをしたければ裏に回り、揉め事はダンスによる対決で解決するという形は、警察の目を欺くことにも効果的だった。

また、本当は誰も殴り合いなど望んでおらず、楽しくもあるダンスによる決着は彼らにとって都合が良かったという事情や、時代の移り変わりと共に暴力は違法行為という認識が高まり影を潜めていったという背景もある。



暴力の代替行為としてダンスで競うのはおかしくないし、欧米のアウトローが抗争ではなくダンスの競い合いという表向きの合法さを採用しているので珍しくもない。
戒斗は直感でそう思った。

それは、多くの住民にとって歓迎すべきことでもある。


しかし、「何処か性急で、不自然で、他意を勘ぐれる流れ」にも見えたという。
不良やギャングが悪さを繰り返し、治安を乱されるのは、街を思い通りにしたい連中にとって不都合であり、そのような動きは駆逐され、矯正されると考えている。


かつての沢芽市は、厄介な若者の行為を、さまざまな理由で容認してきた。

若者はそういうものだ、どうしたらいいか分からない、何をしてもいなくなる筈がない。


街を思い通りにしたい連中は、それを強制的に、秘密裏に排除する。



学校の授業にも創作ダンスが組み込まれている。
ある意味、「沢芽市の人間は全員が踊ることを強要されている」とも言える。

難しいことを考えず、普通にしていればそれでよく、「みんな」の動きに合わせ、「みんな」と同じでいればいい。
それすらできないのなら、「みんな」から弾き出されるのも仕方がない。


駆紋戒斗は普通以上のことができ、美原武史は普通のこともできなかった。



踊ることが楽しかった戒斗は授業にも出席していた。
彼の突出した技術レベルは人並みを凌駕しており、それは生まれつきの才覚である。

その演舞に圧倒された人々は集まり、バックダンサーとして彼に付き従う。


そして戒斗は、多数のチームから「是非、上に立って前に出て欲しい」という誘いを受けている。
しかし、彼は「気が乗らない」として断っており、それらのチームからは「勿体ぶってる」「高く売ろうとしている」といった陰口を叩かれている。


彼は、今の自分が「何かに踊らされている」とも思っている。



一方、ダンスを踊れないので面白くない武史は授業に出席していなかった。


そして、「蒼天」というダンスチームの跡目にするという言葉を信じ、チームに媚びを売り言いなりになっていた。

しかし、結局は踊れないことが原因で継がせないと言われてしまい、その腹いせとしてここ最近はいつも以上に暴力を振るっていた。

他のチームからも、「腕力バカに用事はない」と言われ続けている。



沢芽市では、不真面目な輩が何処のチームに入るのか、学校によって決められているという。




◇ユグドラシル・コーポレーション

世界に名立たる外資系の医薬品メーカー。
およそ10年前、戒斗が物心ついた頃に、沢芽市を丸ごと買い取って再開発し、この街に唯一の日本支部を打ち立てた。


地方都市である沢芽市は、土地を持て余し大した観光資源もない赤字経営の行政区画であり、かろうじて国からの補助金で賄っていた。
大きな港もなく、新幹線すら停まらず、一番広い道路でも片側二車線が1本で、高速道路が延ばされ、お情け程度のインターチェンジが建てられる。

沢芽市はそんな一都市に過ぎなかった。


巨大企業が都市計画において、何もない田舎街を近未来のように作り替えることを選んだ理由は、よく分かっていない。

ユグドラシル社は既存のインフラを必要とせず、人々の間では「街を自分たちの思い通りにしたかったからだろう」といった噂も広まっていた。


土地の大部分を買い上げて容赦なく潰し、放射状に6本もの片側三車線道路を広げ、更に2本の同心円上の道路で連携させる。
自分たちの所有する金庫やオフィスビルを、既存の賃貸ではなく自前で建設し配置する。

これらの都市開発は、中心部に打ち立てた、洗練された派手な建造物を基準に進められた。

無論、公道を始めとして沢芽市が自ら行った開発もあり、表向きは大規模な公共事業としているものの、誰がどう見てもすべては企業の都合で決められている。



ユグドラシル・コーポレーションは、地元意識の残る住民にも一切遠慮などしない程に、街並みをまるで八つ裂きにするかのように、価値観もルールもシステムも、何もかも作り替えてしまったのである。



中には反対運動を起こす者もいたが、それは一時の郷愁や憧憬、そして反発心から来るものであり、再開発計画の支障にはなり得なかった。
同じ沢芽市の住民でさえ、そうした人々のことを「変わり者」「頑固」「神経質」と評していた。

この変化がもっと緩やかなものであれば、不安に苛まれる者も少なずに済んだのだろうか。



何にせよ、環境の「良い」変化に適応できず破滅するというのなら、それは仕方のないことであり、ユグドラシル・コーポレーションにとっては「どうでもいい事」でしかなかった。



持て余していた土地には、まるで余り物のように神社や公園といった施設が配置されていた。

住民にとって自分たちの記憶そのものだったはずが、今ではそれに目を向ける必要もなくなくなり、完全に過去の物に変わってしまっている。


あちこちでユグドラシルの社旗が翻る沢芽市が、以前の何も無かった頃よりも好景気になり、遥かに住みやすくなったのは、紛れもない事実である。

他の企業も先を争って続々と参入し、ユグドラシル社の建物に重ならない場所に配置されていった。

それに伴い、たった数年の内に転入者が転出者の倍を記録し、都市人口は今でも増大し続けており、新興住宅地も作られ続けている。


また、医薬品メーカーらしく街を医療福祉都市として機能させ、医療のみならず教育の面でも支援している。

街をもり立てる力もない旧来の行政ならば重税も課せられていたところを、支配者である巨大企業がやりたいようにやったので、住民が負担を強いられることもない。



ユグドラシル・コーポレーションは、沢芽市を支配し、征服し、人々に「豊かでより良い街、新しい記憶」を提供してくれたのである。



駆紋戒斗も、美原武史も、沢芽市の変化を決して好もうとはしなかった。
少年だった戒斗は、それを上手く言葉で言い表せなかった。
武史は一生それができないだろうし、やろうともしないだろう。


戒斗は書き換えられた沢芽市に適合したが、武史はそれができなかった。



ユグドラシル・コーポレーションは、政治的な交流を求める「黒船」ではなく、馴染みのない武器を流して自分たちの野心と金儲けに利用する「武器商会」に近い代物である。

戒斗は、それが酷く似合うと感じていた。




◇駆紋工業所

駆紋戒斗の父が経営していた、工員数名の小さな街工場。
地元の人間を雇用し、小さなおもちゃや工業部品を下請けで製造していた。

戒斗は、父が工場でどのような仕事をしていたか知らなかったが、父が一から築き上げた工場のことを「城」のように思っており、遊びに行くだけで自分まで誇らしく思っていた。


再開発の際、ユグドラシル・コーポレーションに土地ごと買収された。
工場が叩き壊された場所は当時の面影が消え、替わりに何かの建物が建てられた。

これは「悪辣な土地売買」ではなく、「真っ当な商談」の末に決められたことであり、戒斗の父は工場を手放すことに合意した。



戒斗は、父が金銭に飛びついたのではなく、意地を張っても先細りになるのは目に見えており、「家族」のことを思い、妥協し、屈服し、「誇りと自負」「味気ない金」と交換したと考えている。

この時に受け取った金のお陰で、戒斗は高校に行くことができており、希望すれば大学に行くことさえできる。

今の進路が工場を潰したことで得られた選択肢だとして、彼は申し訳ないと感じつつ、ろくに学校に行っていない。


また、真面目にどこかの企業に就職し、平凡な日々を過ごすのも良いと思っているが、彼はそれを納得しきれていない。










駆紋戒斗は、ユグドラシル・コーポレーションの社屋を眺めていた。

彼の目の前には、修復ができないほどに叩き壊された、美原武史のオフロードバイクがある。

それは、まるで美原武史という男の行く末を暗示しているようだった。


戒斗は、身内グループが総出で武史を追い込んでいること、そしてバイクを奪い叩き潰したことを聞かされ、彼はそのバイクを見に来ていた。

武史はゲリラ戦術で少数ずつ叩き潰しており、たった1人で既に十数人に重傷を負わせていた。

戒斗の前に武史が現れないのは、彼の指示もないままに、身内が集団で余計な手出しをしているからである。



「駆紋戒斗を潰せ。そうすれば次のリーダーにお前を選んでやる。」



戒斗が他のダンスチームに取られると思い焦った「先輩」は、美原武史にこう持ちかけた。
彼はその戯言を真に受け、躊躇いもなくそれに応じた。

リーダーを継いだところで、そう遠くない内に消えるということに、武史は思い至らない。
彼は、殴り合いでの勝ち負け以外の学び方を知らない。


戒斗が1人でその場にいたのは、殴り合いがしたかった訳ではなく、教科書の知識すら持ち合わせていない武史に「坂本龍馬は武家社会を終わらせた立役者の1人」であることを説明してみたかったからである。

自分が敗北しても、武史の中に「坂本龍馬」という名前を残したいという意欲があった。



そして、美原武史は駆紋戒斗のもとに姿を現した。
戒斗は、武史がバイクの所に戻ってくると確信していたのである。

来ないのなら、大切にしていた物を一つ手放すことになり、ひょっとしたら、武史にとってそれは幸せかもしれないとも考えた。


彼は満身創痍で血塗れであり、覇気というものを感じさせない、まるで「擬態」した状態だった。

それでも、戒斗に就いていた1人の身内が飛びかかった際、前蹴りで腹筋を蹴りつけ、悶絶させている。


沢芽市の裏通りや抜け道を知り尽くしていた武史は、それを利用して敵を分断していた。

しかし、その戦術も限界に達し、ユグドラシル・コーポレーションによる「改変」は、彼の知っていた道や隠れ場所を使い物にならないものに変えた。



武史はバイクを気に入っていたらしく、その残骸を見て残念そうな顔をしていた。

また、バイクが動くなら、戒斗を殴り倒した後、それに乗り街を出るつもりだった。


あくまでもリーダーを継ぐというのは「おまけ」であり、二度と蹴らられないように膝の骨を砕くよう命令されたという。

戒斗には年上にしか蹴り飛ばす相手がおらず、「先輩」というのは、かつて彼が足技で狩った相手だった。


自分が負けたら、もうどこからも頼み事はして貰わず、自分が勝ったらまたバイクを貰い街を出る。
そのように武史は宣言した。



お互いに傷ついていく内に、武史は笑いながら言った。


「お前は強い。強いけど、何というか……そう、『そんなに』強くはない」


「ほざいたな」


戒斗の中に「単純な怒り」「明確な殺意」が湧いた瞬間である。

常人には10年、20年の歳月をかけても得られない柔軟な動きを見せ、膝から下を敵に当てるという目的をたやすくこなす。

それは彼の足技を無敵のものとしてきた。



それは、いつでも不意打ちだった。


中学1年の時から、彼はずっと「格上」を狩ってきた。

自分は不利な条件下にいると思い続けてきたが、それは『誤解』だった。

相手は自分に油断しない訳がなく、むしろ「格下」であることは有利だったのである。


人が予想もしない動きをする彼に、誰も勝つことはなかった。



しかし、武史の右フックはガードをすり抜け、戒斗の顔面に凄まじいヘビーブローが決まる。
ほんの数瞬、戒斗は気を失っていた。

武史はユグドラシル・コーポレーションを見上げた。


「……お前ってさ。ひょっとして喧嘩じゃなくて別の才能があるんじゃねえの?それをたまたま喧嘩で人、蹴るのに使ってただけっつうかさ。本当の使い方じゃないって感じがして仕方ねぇんだよな」

「戒斗が『そんなに』強くないってのが驚きだよ、俺には」

「お前を舐めて、こう言ってるんじゃねぇんだ、俺は。本当に驚いている。……つまりその、俺はバカだからはっきりと言えないんだが……『こんなに』強くても俺にゃ味方はいないのに、『そんなに』強くなくても、お前には味方がたくさんいる」



駆紋戒斗にとって、美原武史のそれは「大切な言葉」にもなり得た、彼がもう少し「賢ければ」。
そうすれば、何かとても大切なことを伝えてくれていたはずである。


何故、お前はバカだったのだと。

何故、ちゃんとした言葉で言ってくれなかったのだと。

こんな、とか、そんな、とか繰り返されたって、分かる筈が無いではないか。


「お前の膝はちゃんと砕く。命令だからな」


その命令に従ってくれた方が、駆紋戒斗は救われていた。

その激痛は「いかなる感情」も押し流してくれる。

何も考えず、何も見なくて済んでいた、彼はそう思っていた。



美原武史が彼に劣っていたのは、「味方」がいるかいないか、その一点である。

倒れていた戒斗の「仲間」が武史に組み付き、叩き壊されたバイクの上にその巨体を押し倒した時、「嫌な音」がした。


それは「肉が裂ける音」であり、折れたマフラーが美原武史の腹を貫き、バイクは鮮血に浸され、「仲間」は訳も分からず動揺していた。



目が虚ろな武史のもとに、意識をはっきりさせた戒斗は近づいた。

武史は、戒斗の為にやった「仲間」のことを叱らないよう言った。


「武史」


「何だよ」


「お前は弱かったから、そんなに強くなった。強くならなきゃ生き残れなかった」


「こんなに強くなったと思ったらこのザマだぜ」


「遣り方を間違えたんだ、お前は」


「……俺にも、お前みてぇに友達がたくさんいりゃあな」



それは「友達」「友情」というものではない。

戒斗は、武史と同じく自分が「孤独」であると感じた。



「俺は俺のチームを立ち上げる。誰の背景も俺は必要としていない」


「何を目指してんだよ、お前は」


2人の視線は、ユグドラシル・コーポレーションに向いている。

武史は苦笑する。


「……無理すんなよ。お前は『そんなに』強くないんだからよ」


戒斗は「仲間」に警察と救急を呼ばせた。



他人に「酷な支配者」と呼ばれようと、これまでの「不器用な自分」から変わり、もっと器用に賢しく立ち回り、金では決して売り渡せない「自分の城」を築き上げる。



武史の呼吸は荒くなり、そして静かになっていく。


「駆紋戒斗の顔面を殴った。その程度の勲章でいいよ、俺は」


そう呟いたのを最後に、美原武史は言葉を発さなくなった。



彼らの近くでは、サイレンの音が鳴っていた。


駆紋戒斗と「仲間」たちが警察で何を聞かれたか、何か罰せられたのか、それは明かされていない。










駆紋戒斗は、美原武史の墓の前にいた。

言っておきたいことを思い出したので来ただけだという。


「友情」という概念は、突出した才能や周囲の環境により、彼の中から既に失われていた。


墓前に坂本龍馬の三門小説を置き、彼は呟いた。


「……俺は坂本龍馬なんてのは嫌いだよ」

「お前もこれを読めば嫌いになる。きっとな。そうしたらいつか、あいつの悪口を語り合ってみたいと思う。お前が何を言うのか、俺は結構楽しみにしている。ちゃんと読め」



「チーム・ハスラー」

たった1人きりのメンバーである美原武史に、駆紋戒斗はチーム名を送る。

実は、彼にもチームに入るよう持ちかけたい気持ちはあった。



「チーム・バロン」

この名前で戦っていくことを、駆紋戒斗は決意する。



「お前みたいなのが、そういう風にならない世界を俺はきっと望んでいる」



「……ところで、お前が強すぎたというだけで、俺は『そんなに』弱くない」



心配するなとも、お前がいてくれたらとも、彼は言わなかった。

それでは「友情」になってしまうからである。



きっと「友情」ではないに違いない。

駆紋戒斗は、そのように思っていた。










本作は「バッドエンド」を迎えてしまうのでは、そんな予想もされていた。
この結末が明るいのか、悲しいのか、それともまた違うのか、一人ひとりで解釈は異なると思われる。

ただ、少なからず「希望」の見える終わりを迎えたのは確かである。



駆紋戒斗と美原武史の間には、本当に「友情」がなかったのか、それは定かではない。
しかし、両者の間には「友情」を超えた「何か」があり、2人はそれを感じていたのではないだろうか。


もしかしたら、ザックやペコといったチームバロンのメンバー、そして葛葉紘汰や高司舞に対して、駆紋戒斗は、かつての「仲間」や美原武史と似たような感情を抱いているのかもしれない。


また、彼は呉島光実のことを「敵」と断言しているが、それがかつての「敵」と似たようなものかは分からない。



表紙イラストを飾ったserori氏は、戒斗の儚い青春時代、過去の話ということで、水墨画風にしたとのこと。

墓前に本を置いている左側を過去、バイクがあり「仲間」がいる右側を未来としている。

先が明るいことを暗示して花を付けた木も描かれているが、同時に不安もあり、散る花もあるイメージらしく、花びらが散っている。

また、バイクだけが未来を見ており、「今すぐにでも全力で駆け上がっていく」戒斗の気持ちを表現したという。


氏は他にも、イラストギャラリーにおいて、お気に入りだという仮面ライダー龍玄を描いている。



余談だが、文中における戒斗と武史に対する三人称は、すべて「駆紋戒斗」「美原武史」である。










それ、は「友情」ではない。

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