250セーブ(プロ野球)

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250セーブ(プロ野球) - (2015/12/14 (月) 16:08:37) の編集履歴(バックアップ)


登録日:2015/10/01 (木) 21:34:55
更新日:2023/10/11 Wed 00:44:55
所要時間:約 3 分で読めます







ストレスから逃げるのではなく、 当たり前だと考えなくちゃ、この仕事はできません。




250セーブとは、項目名の通りプロ野球で投手として250回セーブを達成することである。


解説


プロ野球の投手にとっては、一つの目標となる数字。

この数字を残した投手は、伝説的存在として語り継がれていくこととなる。
しかし、どうにも200勝2000本安打と比べて話題にされにくい風潮がある。

それは、上記の200勝や2000本安打と比べて達成難易度が緩く見えるからだろう。

200勝や2000本安打などの記録は、プロ野球人生の中で最低でも15年の時間は必要となる。
それに対して、抑え投手の年間セーブ数はおよそ30~45セーブほどは稼ぐことができる。
つまり、250セーブに必要な年数は8~10年程度と比較的易しく見えるからだ。

ところが、実際に250セーブ達成者が非常に少ないことから分かるように、この記録は滅茶苦茶難しい。

基本的に、リリーフ投手が壊滅状態になっている球団でもなければ抑え投手は一人に固定される。
つまり、抑え投手はチーム内において『最高のリリーフ投手』『絶対的な信頼』がある訳だ。
このような立場を10年近く守り続けなければならないという負担がある。

そしてリリーフ投手の最大の敵となるのは身体の疲労。

年間50試合前後の登板を続けるリリーフは負担が大きいため、怪我をしやすい。
通常の先発投手よりも身体能力が劣化するスピードも速く、選手としての寿命が短い立場にある。
年間であまり休みが無いという酷使に耐え続け、大きな故障をしない身体を持つことが望ましくなる。
先発投手やチームの勝利条件を絶対に死守しなければならないという立場でも動揺しない精神力も必要となる。

さらに、セーブ数という物はチーム環境にも左右されやすい。

当然ではあるが、セーブという物はチームが勝利しなければ記録されない。
チームが敗北すれば、当然抑え投手の出番などは無くなる。
連勝して日夜出番があるよりは身体的負担は少なくなるが、そういう問題でもない。

言ってしまえば、年間に稼げるセーブ数はチームの強さに影響されるという事を意味する。
強いチームに所属していた方が、年間に残せるセーブ数は安定すると言えるだろう。
弱いチームではセーブ数を稼げないという訳でもないが、そういう場合は酷使されていることが多い。

加えてセーブは点差の詰まった試合でないと記録されないため、打線がバカスカ打って大量点を取るくらい打撃好調な状態だと逆に稼ぎにくいという性質も持つ。

見た目に反して難しい記録、それが250セーブだろう。


名球会との関係


250セーブは、名球会の入会条件でもある。

入会が認められるための注意点としては、NPBからスタートして250セーブでないといけない。
つまり、NPB以前のMLBや韓国リーグでのセーブ数は250セーブの計算外となる。
ただし『NPB→MLB』の場合は日米通算記録として250セーブの中に含ませることが可能。

名球会員は2015年時点で15人ほど投手が所属している。
その中で250セーブ達成者は僅か3人。

実は、元々250セーブは名球会の入会条件では無かった。

ところが、投手分業制の浸透によってリリーフの働きが評価される時代になる。
そんな訳で、無事250セーブは2003年に名球会の入会条件として認められたわけである。
投手の入会条件である200勝の達成者が非常に少ないため、その影響もあるか。
このように導入時期が遅いため、200勝や2000本安打よりイメージ的にはややマイナー。

一時期は、この250セーブという入会条件に疑問視する声も多かった。

疑問視されるきっかけを作った代表的投手は、広島東洋カープの永川勝浩選手だろう。
彼は当時弱小だった広島において、ルーキーイヤーに25セーブという高い数字を記録。
その後も2006年-2009年の4年間で132セーブを記録し、広島にとって頼もしい抑え投手となっていた。

その反面好不調の波が激しく、結構黒星を稼ぐことも少なくなかった。
同時期に活躍していた抑え投手たちと比べ、永川は安定感に欠けるイメージを抱かれていた。
防御率などの指標においても平凡な数値を記録しており、そのイメージは強くなっていたと考えられる。

そのような状況を受け、「通算250セーブ」という基準についてファンの間で議論が加速。
ファンの中では『安定しなくても(無理して)使い続ければ達成できるんじゃね?』という風潮が広がった。
それと同時に、抑え投手の名球会入りの条件を小馬鹿にする言葉として「永川でも入れる名球会」が登場。
議論の内容を一言で的確に表現したこの言葉は一部のファンの間で定着した。

しかし、議論の中心であった永川は2009年を最後に故障や不調により登板機会が激減。
抑え投手の地位を剥奪され、現在までにおいて殆どセーブを記録していないような状態となっている。
同様に話題に上がることが多かった馬原孝浩などの抑え投手も故障に苦しみ、250セーブは遠のいた。

これらの事態を受け、何だかんだで250セーブは見た目の割にかなり困難な記録であること証明された形となる。
そのため、現在では「永川でも入れる名球会」という単語も見かけなくなった。

結局のところ、250セーブという記録はちょうど良い入会条件なのかもしれない。


主な達成者


ここでは250セーブ達成者を記載する。


選手名 通算セーブ数 備考
佐々木主浩 381セーブ 日米通算/300セーブ達成者/350セーブ達成者
高津臣吾 313セーブ 日米通算/300セーブ達成者
岩瀬仁紀 402セーブ 300セーブ達成者/350セーブ達成者/400セーブ達成者/プロ野球最多セーブ記録保持者/9年連続30セーブ







追記・修正は、250セーブを達成してからお願いします。

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