うれしいひなまつり

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うれしいひなまつり - (2021/09/05 (日) 13:13:08) の編集履歴(バックアップ)


登録日:2016/03/06 Sun 16:05:53
更新日:2024/03/17 Sun 23:23:35
所要時間:約 9 分で読めます




あかりをつけましょ
バクダンに
ドカンといっぱつ
ハゲあたま


うれしいひなまつり』は、童謡である。
ご存じの通り「雛祭り」について歌った歌である。

ヘタに歌詞を書くととても怖い音楽著作権団体が現れかねないので歌詞については伏せる。
なにしろこの歌の作詞を行った人物・サトウハチローは、とある恐怖の音楽著作権団体の会長を務めた人物なので、歌詞の扱いについては極めて慎重を期す必要があるのだ。
この「うれしいひなまつり」であるが、とにかく替え歌が多いことで知られる。
そして替え歌の歌詞については恐らく誰も実際コワイ音楽著作権団体に申請を出していないと思われるので、これらについては堂々と掲載することにする。

あかりをつけたら きえちゃった
おはなをあげたら かれちゃった

というとりあえず否定しとけば面白い的な代物(子供はこういう替え歌を作りたがるが、概ね成長とともに面白みを感じなくなる)や、

あかりをつけましょ バクダンに
おはなをあげましょ きくのはな
ごにんばやしも ふっとんだ
きょうはかなしい おそうしき

という無駄にゴロがいいが救いもクソもない(そして子供というのは得てしてこういうのが好きである)代物、

おはなをあげましょ 貴ノ花

という今の子供には通じなさそうなネタや

あかりをつけましょ テポドンに

という時事ネタや

あかりをつけたら モンゴル人

という伝説的一発ネタもある。とにかくそういう歌である。

これだけ替え歌のバリエーションを挙げれば、どのような文化環境で育った方であれ1つくらい聞き覚えのある歌詞があるだろう。
この記事をお読みになっている皆様は今1人残らず「ああ、あの歌ね」と理解されているハズだ。その歌である。
暗黒メガ著作権組織の逆鱗に抵触しないよう歌について伝えるためにはこれほどの苦労が必要なのだ。
これでようやく本題に入ることができる。


さて、ここで皆様に簡単なクイズをお出ししたい。安心してほしい、幼稚園児でも答えられる代物だ。
この2人の名前はな~んだ?








「おだいりさまとおひなさま」だと思ったアナタは間違いである。
(わざわざ『うれしいひなまつり』の話をした後にコレを出したので、極めて多くの方が「おだいりさまとおひなさま」と考えてしまったのではないだろうか?
これは「ピザと10回言った後はヒジをヒザと言っちゃう現象」と呼ばれる高度なメンタリズムである。
なお抗議は受け付けておりません。幼稚園児でも「答えられる」とは言ったが、「正解できる」とは言っていないからだ。)
ではなぜ彼らが「おだいりさまとおひなさま」と呼ばれるようになったのだろうか?
時は今から80年ほど昔、昭和10年(西暦1935年)に遡る。








徐々に戦争の影が濃くなりつつも、まだ多くの国民は戦火と無縁の日常を送っていた昭和10年の3月。
当時飛ぶ鳥を落とす勢いであった作詞家・サトウハチローは女癖が悪く、1人目の妻と別れその3人の子供を引き取ったばかりであった。
母なき子らへのせめてもの心づくしなのか、ハチローは小6と小4の娘のために当時の価格で200円(大卒初任給の約4倍)という超高級雛人形を購入する。
ハチローは巨大な雛人形セットを子供部屋に持ち込むと、「俺が全部用意をするから誰も手を出すな」と使用人たちに言い放ち、意気揚々と子供部屋の半分を占める巨大雛壇の準備を始めた。
…そして数時間の後、すっかり意気消沈したハチローが部屋から出てきた。彼は雛人形についてずぶの素人であり、並べ方が全然わからなかったのである。
『うれしいひなまつり』は恐らくこの頃に作詞されたと見られ、翌昭和11年に曲をつけられレコードとして世にでることになる。

重要なのは、サトウハチローは雛人形についてずぶの素人だったという事である。
彼は雛人形について十分な知識を持たぬまま、勢いに任せて(かどうかは分からないが)『うれしいひなまつり』を書き上げてしまった。
そして彼は致命的なミスを犯してしまった。「おだいりさまとおひなさま」である。


これはお笑いコンビ「爆笑問題」である。
2人併せて爆笑問題である。
左側の人物は田中、右側の人物は太田である。


                             三三――  \
                             /     \  |
                            / ー   ー  | |
    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ミ               | (・)   (・)  | |
    /    ――――-ミ              |   L     つ
  /  /  /   \ |               |  __      |
  |  /   ,(・) (・) |                 /_ \ 》  / \
   (6       つ  |                 \  ̄       \
   |      ___  |             ┌────────┐
   |      /__/ /              | 爆笑問題 太田光 .|
 /|         /\                └────────┘
 ┌─────────┐
 │爆笑問題 田中裕二 │
 └─────────┘

雛人形に対するサトウハチローの認識を爆笑問題に当てはめると、こうなる。


                             三三――  \
                             /     \  |
                            / ー   ー  | |
    / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ミ               | (・)   (・)  | |
    /    ――――-ミ              |   L     つ
  /  /  /   \ |               |  __      |
  |  /   ,(・) (・) |                 /_ \ 》  / \
   (6       つ  |                 \  ̄       \
   |      ___  |              ┌───────┐
   |      /__/ /               | 爆笑問題 爆 笑│
 /|         /\                 └───────┘
  ┌───────┐
  │爆笑問題 問 題│
  └───────┘ 


つまり、こっちが「内裏」で
\男雛で~す/
 

こっちが「雛」というのは誤りであり、
\女雛で~す/
 

あくまでも2人のコンビ名が「内裏雛」なのだ。
\2人併せて「内裏雛」で~す!/
 

これ以前のひな祭り系童謡にも「おだいりさま」という表現は登場する。
しかし「おだいりさまとおひなさま」が並んで使われることはない。「おだいりさま」だけで内裏雛の2人をまとめて表す表現だったからだ。
ハチローは不思議に思っていたに違いない。「なんでお内裏さまの話しかしないんだろう?」と。
そして決心したのだ。「俺の書く詞にはちゃんと両方を出すぞ」と。


ハチローの犯した誤りはこれだけではない。
『うれしいひなまつり』の中では右大臣が赤い顔をしている事になっているが、実際の右大臣は白面の貴公子であり、赤い顔をしているのは年老いた左大臣の方である。
どうやらハチローは「自分から見て右にいるほうが右大臣」と考えてこの詞を書いたようなのだが、実際には逆。
つまりおだいりさまとおひ…は要らないんだった、おだいりさまズ2名から見て右にいる方が右大臣なのだ。
人違いで酒飲んで酔っ払っていることにされてしまった右大臣はいい迷惑である。





2つの大きな誤りをはらんだまま、この詞はそのままレコードとなって世に出てしまった。
当時のレコード会社では誤りに誰も気づかなかったのか、あるいは異母妹である佐藤愛子をして「センチメンタリズムとエゴイズムが同居している」(引用:佐藤愛子『血脈』)と評された程の我が儘で短気でもあるハチローに誤りを指摘できる人間がいなかったのかは定かではないが、とにかく世に解き放たれてしまった。
幸か不幸かわからないことに、この曲は売れた。

苦悩すべきことに、他にも複数存在したひなまつりに関する童謡をすべて駆逐し、よりによってこの曲はひなまつり音楽界の押しも押されもせぬ第一人者となった。なってしまった。
たとえば「端午の節句の歌」と言って思い出すのはどのような歌だろうか?
「こいのぼりが屋根より高い」ヤツ(冥府魔道著作権組織に配慮した表現)が最もメジャーだろうが、「いらかとか雲の波の中をこいのぼりが高く泳ぐ」ヤツや、「柱にある傷は一昨年にチマキを食べながらせいくらべ」なヤツも割りと現役である。
しかしひなまつりについてはどうだろうか?『うれしいひなまつり』以外に知名度のあるひなまつりソングがあるだろうか?寡聞にして筆者には思いつかない。

更に不幸な事に、この歌の代わりとなる歌が育つ土壌がない
例えば「クリスマスの歌」であれば、海外でも盛んにクリスマス・ソングは作られているし、毎年流行りの歌手が大抵恋愛ネタの新たなクリスマス歌を作っては新たな歴史を刻んだり、泡沫のように消えたりしている。
しかし「ひなまつり」は外国にはないし、子供のための行事なので流行りの歌手が色恋沙汰に絡めた歌を歌うこともない。
そして『うれしいひなまつり』がマイク□ソフトもかくやの独占状態にある為、後年の童謡作家はこの史上最強絶対無敵雛祭ソング帝王に対抗馬をけしかけるような愚かな行為を誰も行おうとはしない。
したがって日本中ドコに行っても、3月3日に流れるのはこの曲である。

さらにさらに不幸な事に、雛祭り自体がなくなってくれる気配もない
戦中・戦後・高度成長期と時代が進むにつれ、古くから日本に伝わる行事や風俗は徐々にその姿を消していった。
コンクリート・ジャングルの中では『村祭り』は行われないし、スーパーマーケットの広まりと共に『かわいい魚屋さん』が天秤棒をかついで魚を売りに来る事もなくなった。
『早春賦』や『夏は来ぬ』に歌われる様な季節の機微を敏感に感じ取れる日本人も減った。
必定、そうした行事や風俗を背景とする歌は、徐々に存在感を失っていった。
だが雛祭りは違う。小さい雛壇を飾るわずかなスペースさえあれば、全国津々浦々で個人的に開催できる行事である。
そしてカネが動く。3月3日が近づく度に人形のQ月は盛んにTVCMを打ち、玩具店は雛人形特需に湧き、菓子メーカーは福豆の在庫が掃けた倉庫にひなあられを山と積み上げる。こんな美味しい行事を消滅させる事は、天が許してもK団連が許さないだろう。
かくして雛祭りは衰退する様子を見せず、毎年春が来る度にTVも児童雑誌も各店舗も大々的にひなまつりをアピールし、その度に『うれしいひなまつり』が流される。




誤りに気づいたハチローは、ひどくこの歌を嫌った。
公開から数十年が経った晩年になってもテレビからこの歌が流れるたびにテレビを消させていたという。
考えてもみて欲しい。自身の無知を証明するかのような言い間違いが、日本全国で毎年公共の電波に乗り、あらゆる百貨店や商店街で流され、小学校や幼稚園で子供たちによって高らかに歌い上げられるのだ。
「毎年3月になる度に厨二病黒歴史ノートが全TV局とあらゆる店の店内放送で流され全国すべての幼稚園&保育園で朗読される」様子をご想像頂きたい。
あなたは正気を保てるだろうか?
ことにプライドが高く批判をされるのが大嫌いなハチローにとっては、毎年3月は針のむしろに寝るがごとき苦痛であったことだろう。
それだけでも苦痛だろうが、さらに悪いことにこの曲の2番の歌詞で「お嫁にいらした姉様によく似た官女」が出てくるが、
これは嫁ぎ先が決まった直後に結核で亡くなってしまったハチローの姉の事を歌っているとも言われている。
つまり、「毎年3月になる度に死んだ姉ちゃんへの思いを紛れ込ませた厨二病黒歴史ノートが全TV局とあらゆる店の店内放送で流され全国すべての幼稚園&保育園で朗読される」わけである。
色々と救えねぇ…
結局誤りを訂正する機会を得られぬまま、ハチローは延べ37回の全然うれしくないひなまつりを針のむしろの上で過ごし、昭和48年にこの世を去った。




サトウハチローが生涯で残した詩は約2万件にのぼる。
そのうち曲がついたものだけでもその数は膨大であり、校歌を中心にJASRACに登録されていない歌も多い為、その総数は誰にも分からない。
(あと、お金欲しさに専属契約中に別名義で発表した詩作や曲が多数ある事も、総数の把握を困難にしている)
その膨大な作品の内、歌謡曲で最大のヒットが『リンゴの唄』ならば、童謡は『うれしいひなまつり』と『ちいさい秋みつけた』が双璧であろう。
ハチロー本人があれほど嫌った『うれしいひなまつり』は彼の代表作となり、彼の意志に反し多くの日本人に愛されている。
ハチローには2つの誤算があった。1つは「おだいりさまとおひなさま」という表現が誤っていたこと。
そしてもう1つは、国民の誰もがこの歌でひな祭りを学ぶ為、この歌の内容こそが国民の共通意識となっていったことだ。
今や内裏雛を「おだいりさまとおひなさま」と呼ぶことに異論を差し挟む者は誰もいない。
1人の男の勘違いが、日本語の定義を書き換えたのだ。




彼が没して40年あまり。サトウの霊は今『うれしいひなまつり』が歌われるたびにどのような顔をしているのだろうか?
「俺が日本語を書き換えたのだ」と開き直って堂々としているのか、
それとも生前同様、相変わらず苦虫を噛み潰したような顔をしているのか。
もしも後者なら、むしろ彼の誤りを指摘することにならない替え歌を歌ったほうが、彼にとっては幸福なのかもしれない…。

あかりをつけましょ バクダンに
ドカンといっぱつ ハゲあたま…


追記・修正は、爆笑問題は爆笑と問題のコンビだと思っていない方にお願いします。


画像出典:フリー素材サイト「いらすとや」
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