実は、SCP-2075の収容は2014年の段階で既に破綻している。…と言うより、財団はSCP-2075を「確保」も「収容」も「保護」も出来ていなかったのだ。
何故なら、SCP-2075の正体はウィルスを媒介として自らの端末を生み出す『実体を持たない意識のみで存在する生命体』だったからである。
しかも、財団はSCP-2075が一度に端末に作り変える事が可能な人数についても勘違いしていた。
私には限界などないのだよ。私は何人もの人間を自らの端末に作り変える事ができるし、端末が例えどんなに遠くにあろうとも遠隔操作する事が可能なのだ。
そう、賢明なる読者諸君ならもうお分かりだとは思うが、財団が私の本体であると思って収容していた元アレクセイ何某も私の端末の一つに過ぎなかったのだよ。
かつて、私の収容を担当していたDr.クローネンバーグにも言ってやったのだが、タコの足だけ檻に入れたところで、そのタコを捕えた事にはならないという事さ。
まあ私の場合はその千切れたタコの足でも自分の意志で自由に動かせるわけなんだがね。結局のところ、常に“私たち”は自由の身だったのだ。
では何故、自らの端末が財団に収容されるのを黙って見ていたのか。
それは、今後私の同胞と幾度も関わり合いになるかもしれない財団の手法を学ぶためだったのだ。
そして十分に財団の内部を見て回ることが出来た、学ぶことが出来た。だから私は出て行った。
ただ、それだけのことだよ。
因みに、わがサーキシズムは人間の肉体を短時間で異質なものに変化させる術を持っている。
そう、他ならぬ私自身が“あのお方”に触れられ、この素晴らしい力を贈り物として与えられたように。
私が財団を立ち去る際、置き土産として長年話し相手になってくれたDr.クローネンバーグと、すでに私の端末に作り替えられていた二人の元財団研究員。
そしてその場にいた私の端末もろとも膨大な量に増殖し続ける肉と骨の塊に変化させ、収容施設の防衛限界を内側からぶち破ってみせた。
財団の連中はその事態にパニックを起こし、なんと有毒物質である三フッ化塩素をばらまき、職員を56人も殺害したそうなのだよ。
まったく、どちらが残酷なのやらね。ハハハ。
というわけで、私の現在のオブジェクトクラスは「Keter」に格上げされているそうなのだが、収容が不可能なのだから有って無いようなものになっている。
私の情報をより詳しく探るために、財団は私の初期収容に関わったGRU"P"部局の当時の職員と連絡を取ろうとしているようだ。
まあ、生き残ってるものがいるわけがないから徒労に終わるだろうけどね。
あぁ、言い忘れていたが、この記事の執筆者はすでに私の端末と化しているから、そのつもりで。
カルキスト・ヴァリスより。
おっとそれからもう一つ。Dr.クローネンバーグを肉に変える「儀式」の最中、私の端末たちはある言葉を詠唱している。
『私は15の階梯の降下と光の位階への上昇を遂げた。それこそは我が身体の下劣さを剥落させ、新生させる聖絶の司祭、そして要あって捧げられたことで、私は霊魂と化した。』
『苦行にある全ての者に忠告する。落ち着いて彼の手の内にある皮革の巻物を取り、彼の手によって記し、その両の眼を上に向かせ、口を開かせるのだ、その血が流れ出づるまで。』
『君の見ていたこの男は犠牲の司祭にして生贄にして自らの肉体を吐き出せし者。彼を通じて、血族と苦行にある者たちに権威が与えられる。』
『私はイオン、アディトゥムの崇高なるカルキストにして、尋常ならざる力を帯びたもの。ある朝私の下へ無謀にもやって来た何者かによって、我が身は剣で切断され千々に引き裂かれた、これは調和の厳しさによるものだ。それから、剣により斬首され、彼の者に私の肉体と骨は叩き潰され、火によって焼き払われて、ついに我が身体は変容し、霊魂になる術を会得したのだろう。そして同様の尋常ならざる力を受け止めたのだ。』
上述の言葉によって、私こそがサーキック・カルトの創設者にしてもっとも偉大なるカルキスト、縛鎖の破壊者、
我らが不滅の、最愛の父、古代魔術都市“アディトゥム”の魔術師王、
『崇高なるカルキスト・イオン』だと思っているものが意外といるらしいが、上述の言葉はサーキック・カルトで伝わる
イオンがその力を得るまでのいきさつを抽象的に描いた、いわばサーキック・カルトの聖典の一節、
イオンの神話を読み上げたようなものであり、私自身がイオンであるというわけではないのであしからず。
私はあくまで、彼を崇拝するの忠実な僕の一人に過ぎないさ。