SCP-719-JP

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SCP-719-JP - (2021/10/14 (木) 22:56:01) の編集履歴(バックアップ)


登録日:2017/01/09 (月) 04:10:00
更新日:2023/02/24 Fri 07:53:07
所要時間:約 8 分で読めます






絶望の果てに見た犀の世界。



SCP-719-JPとは、怪異創作コミュニティサイト「SCP Foundation」に登場するオブジェクトの一つである。
項目名は『災』。日本支部によって生み出されたオブジェクトであり、オブジェクトクラスは「Keter」に指定されている。

SCP-719-JPは、日本各地の劇場やイベント会場のフリーペーパー配布コーナーなどに何の脈絡もなく突如出現する演劇の台本である。
内容は、不条理劇の大家であるウジェーヌ・イヨネスコ (Eugène Ionesco) 先生*1が1960年に発表した、流行や大衆心理を皮肉った不条理劇『犀』の翻案ものだ。

翻案元である『犀』の内容を要約するとこんな感じである。

主人公の酔っ払い、ベランジェが友人と会話をしていると、なぜかその眼前を犀が通り過ぎて行く。

何で犀がこんな街中に?

その翌日、町中が何の脈絡もなく出現した犀の話題で持ちきりになる中、今度は「夫が犀に変身した」と言いながら一人の女性が駆け込んできたのだ。
結局、町は人間が変身した犀の群れで溢れかえってしまい、一人だけ人間の姿で取り残された形になったベランジェは徹底抗戦を宣言するのであった。

さて、このオブジェクトはこの不条理劇の王様をどのように翻案しているのかと言うと。

1 舞台は明治時代の日本に変更。それに合わせ、主人公も日本人に改変されている。ただし、当時の日本には存在していなかったラジオに言及しているなど、時代考証は不十分。
2 セリフにやたらと韻や言葉遊びが多用されており、翻案元よりも20分近くも上演時間が伸びてしまっている。
3 どう考えても本筋には絡まない、小道具の材質や配色、効果音や演者の立ち振る舞いに至るまで細々と指定されている。
4 細かいところに異常なほど気を配っているにもかかわらず、肝心の『犀』に関する描写はおざなり。演者が犀に変身したことを表すツノなどの小道具すら指定されていない。
5 翻案元の主人公、ベランジェはたった一人になろうとも人として生き抜いていこうと徹底抗戦の構えを見せるのに対し、こちらの主人公『朔次郎』はアッサリと犀に屈服してしまう。



もしイヨネスコ先生がこの台本を読んだら、文句を言いに化けて出てきそうなほどの改変が加えられている。
しかし、精神を麻痺させる微弱な作用が演劇そのものに含まれているのか、台本を読んだ人は概ねこの劇に対して好意的になってしまうのだ。

そんな能力、私もほしい。

もっとも、この精神作用は強い口調で否定すれば簡単にぶっ飛んでしまうほど微弱なものであるため、台本を見たからといって必ず公演したくなるわけでは無いのであるが。

さて、この台本の真の異常性であるがそれは、この台本どおりの演劇が20名以上の観客が存在する劇場で、冒頭から通しで公演されてしまった際に発生する。
全ての条件が整ってしまうと、舞台上に異世界(SCP-719-JP-1)へと通じるポータルが出現し、そこから異常な生命体(SCP-719-JP-2)が出現するようになってしまうのである。



SCP-719-JP-1内は、犀もどきであるSCP-719-JP-Aのテリトリーになっており、万が一探索中に犀もどきに発見されると襲われます。
しかも、軍隊並みの統制のとれた動きで。
タチの悪いことに、犀もどきはマグナム弾の直撃に5発も耐えきれるほどの頑丈な皮膚の持ち主である上、頭部に存在している神経束を装甲板まがいの皮膚ごとピンポイントで狙い撃ちしないと倒すことができない。

更に、この犀もどきは手段は不明であるものの、テリトリー内で交わされる無線通信に介入し、地響きや鳴き声などから構成される『放送』を行う能力を持っているのである。
この『放送』に30分以上曝露してしまうか、あるいは犀もどきの姿を至近距離で直接目にしてしまった人間は70%という高確率で…ミーム汚染に感染した挙句、犀もどきに変身してしまう。

…なんなんだよ、このオブジェクトは。

記憶処理をすることで、被曝者が犀もどきになることを妨害することが可能だが、その成功率は時間とともに低下して行く。

進行段階 症状 記憶処理の有効性
1 怒りを抑制する能力や、衛生観念の著しい欠如。 70% 一部の罹患者は即座に第二段階に移行する危険性あり。
2 体温の上昇に伴い、罹患者は常時興奮状態となる。攻撃性と食欲の増加。 55% ミーム汚染を除去できても、第一段階時に被った汚染が残る危険性があり。
3 皮膚が変色し始め、「ぶるるる」と鼻を鳴らすようになる。 35% 皮膚の変色過程は、最初緑色に変色し、やがて灰色に変色する。灰色になったら次の段階へ移行。
4 鼻や額などにコブが形成され始める。 0% もはやSCP-719-JP-Aへの変態を阻止することは不可能。
5 急激に体が膨張し、約20秒ほどでSCP-719-JP-Aに変態。

公演が進めば進むほどポータルは拡大し、そこから出てくる犀もどきの数も増加する。
しかし、舞台関係者や観客は目の前で異常事態が起こっているにも関わらず舞台を続けなければならない・見続けなければならないという強固な暗示にかかっているため、逃げようというそぶりすら見せないのである。
ポータルの拡大を阻止するためには、外部から催眠ガスを投入するなどによって、関係者の90パーセントの意識を喪失させることが有効とされている。


財団との関わり

通常、オブジェクトが財団に確保される過程は、そのオブジェクトが効果を発揮してなんらかの騒動が起き、それを各種団体に潜入しているSCP財団のエージェントが察知。
彼らの報告に基づいて、機動部隊などが派遣されて確保に至るのが通常の流れである。

しかし、このオブジェクトが財団の目に触れたきっかけは少々特殊…いや、かなり異常なものであった。

なんとこのオブジェクト、何者かの手によって2枚の添付資料とともに財団が有する機動部隊の一つである『び-1〈通称・美術館〉*2』に所属する研究員の一人、鷲岡博士の元へ直接送りつけられてきたのである。

台本に添付されていた文章を調査した結果、この台本の作者は幻覚作用をもたらすオブジェクトを用いた演劇をゲリラ的に上演したり、自律性を持つオブジェクトを各地の劇場にこっそりと仕込むなどしていた演劇集団、『劇団火輪』に所属していた來野彩造(らいの さいぞう)なる人物であることが明らかとなっている。
添付されていた資料の一枚目は、この來野なる人物が劇団に所属していた仲間にあてた直筆の手紙であった。

私にとって、あの戯曲に出てくる犀は、ファシズムの台頭でも群衆の盲従でもなく、ただ純粋に力の象徴だった。
彼らはひたすらに強く、日々のくだらない因習に縛られた登場人物たちを翻弄する。
人間たちが次々と己を見失う中で、犀たちは幸福に歌い、踊り、新たな世界を着実に築き上げていく。
それは混沌ではなく、秩序の誕生のように私には思われた。
【 中略 】
私がこれまでどれほど鬱々とした日々を送ってきたかを君に分かってもらおうとは思わない。
劇団火輪の空中分解以来、私は比喩でもなんでもなく、路傍の野草を毟って食らいながら生きてきた。

実はこの劇団、活動方針などをめぐるいざこざに端を発する内輪もめにより、2013年に解散してしまっていたのである。

その絶望が私の全てを占めていたからこそ、あの世界を見つけることが出来たのかもしれない。
どんなに粗雑な物語も唯一無二の世界を内包しているとかつて君は言った。
今の私にとって、この空間がどのような原理に基づいているのか、どのようにして創造されるに至ったかは関係ない。
重要なのは、求めた物がそこにある、という事だ。
人間は醜い。身勝手で、狡く、内容はどうでも常に声の大きい者ばかりが世界を回す権利を握っている。
自分の意に即わないものを決して理解せず、それでいて時には不釣り合いなまでに繊細だ。
それに比べてイヨネスコの描いた犀たちの何と純粋なことか。
【 中略 】
劇団火輪さえも、舞台芸術が先鋭化の末に上流階級だけの特権となることを危惧した者たちの集まりだった。
それが結局はあんな惨めな終わりを迎えるようならば、人類の発想と英知にどれほどの価値がある。
いっそ何もかも忘れてしまえばいい。
そこは原始の旋律が、魂を震わせる野生のリズムが共有された世界だ。
人の手で醜悪に歪められたものがない、自然の美へのパラダイムシフトだ。
もうあんな思いをするのは私はうんざりなんだ。

そう、この男は自らの台本を用いてK-クラスシナリオ…中でも対処がかなり厄介な『CK-クラス:再構築シナリオ』を引き起こしてやろうと画策していたのである。

当然、こんなものを送りつけられた元劇団仲間は度肝を抜かれたことだろう。
イヨネスコの理想から完全に脱線している上、下手したら地球が猿の惑星ならぬ『犀の惑星』になりかねない。
なんとか阻止したいと考えたこの人物は、おそらく自らの芸術を妨害しかねない相手として財団の存在を認知していたのだろう。
一人の男が絶望の果てに抱いた、世界改変の夢をなんとか阻止してほしいという願いを込め、手紙と台本に以下の一言を添えて財団に送りつけてきたのだろうと推測される。

あのバカを止めてくれ

台本が世に出現し始めたのはそれから14ヶ月後。
宮城県の財団施設付属図書館を含む数カ所の図書館の書架に出現したのが初であった。


類似するオブジェクト

  • SCP-701(吊られた王の悲劇)
演劇台本の形で突如出現し、上演すると予期せぬ登場人物の出現と同時に大惨事に陥るなど、非常に共通点の多いオブジェクト。
こちらの場合は、客席は暴力の渦に包まれ、舞台上では演者がみんな仲良く首を吊るという大惨事が展開される。
――首吊りますか?
――それとも、人間辞めますか?

  • SCP-515-JP(軍用犬の駒)
視認した人間を犬の獣人に変えてしまうオブジェクト。
変身後の習性が動物学に基づいた緻密なものではなく、大衆がその動物に対して抱きがちなイメージをもとに構成されている点が共通している。

  • SCP-2191(ドラキュラ工場)
  • SCP-2480(未完の儀式)
共に最凶クラスの要注意団体、『サーキック・カルト』が関わるオブジェクト。
記事中に登場する異常生物が遺伝子的に「概ねヒト」、「元ヒト」であり、脳や肺などの
一部を除く主要な臓器を殆ど持たないなど、身体構造に犀もどきと共通点が見られる。


追記・修正は、お近くの図書館でイヨネスコの『犀』の台本を探してみてからお願いします。
…間違えて來野の方を借りてきたりしないでくださいね…ぶるるるるる!


CC BY-SA 3.0に基づく表示

SCP-719-JP - 災
by C-Dives
http://ja.scp-wiki.net/scp-719-jp

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