SCP-1080-JP

登録日:2022/05/13 Fri 23:41:02
更新日:2024/04/14 Sun 16:43:45
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言えない全てをたまご綴じ。

SCP-1080-JPは、シェアード・ワールド「SCP Foundation」に登場するオブジェクトの一つ。オブジェクトクラスSafe

概要、特別収容プロトコル

SCP-1080-JPは小さめのステンレス鍋。
若干塗装の剥げや傷・へこみがあったりと、年季の入っている様子がうかがえるが、異常なのはその中身。

SCP-1080-JP-Aと指定されるこの空間内部は下側に引力が働く実質無限大の非常に大きな空間に繋がっていて鍋の中のSCP-1080-JP-aと指定される溶き卵、水、食塩、鶏むね肉、玉ねぎを刻んで加熱した…………要は半熟状態の親子丼の具で満ちている。どういうわけかこの親子丼、腐ることもないし、冷めることもないので試食された実験記録は無い。

そしてこの鍋にはSCP-1080-JP-bと指定される経年劣化しない浮遊物が浮いている。大部分は外から投げ込まれたものだが、浮かんでくることはなく、だんだん下に沈んでいく。


回収経緯

2018年7月、とある放棄された給水塔からあふれ出すほどに卵が流出していた状態で発見される。
当時、この給水塔の中には鍋を被った状態で投身した三嶋 由紀氏(死亡時15歳)の死体が入っていて、この少女の頭には鍋の直径と同じ円形の痣、その他転落による傷がついていた。
遺体は冷凍保存されたが、飛散した脳の一部は…………おそらく、鍋の中に混入したのだろう。回収は絶望的である。

特に脅威的でもないが、明らかに鍋の直径を超えた大きさのものもあったので「何かはある」のに確認できないのが歯がゆいし、具が溢れた場合はどこからか補充しているしで、SCP-1080-JPの中で湧いているのでは無いかという仮説も立てられているので、下手したら例のケーキ状態

財団は口の部分を強化ガラスで密閉し、この鍋を金具によって固定して耐震性の収容庫に保管している。中身が流出した場合は元のように起こして対処し、SCP-1080-JPから回収できるものは、適切に処理して保管する。

探査記録

鍋の口径が小さすぎて、人間を潜らせるわけにもいかないので、財団は探査機を投入。

深度10.72m SCP-1080-JP-b-1 現在3m程度の楕円球状硬質物体

内部が空洞になった純白の………つまりでっかい卵。
だんだん巨大化している中からは調理、会話、掃除といった、一般的な生活音・振動が発生している。まあSCP-1080-JP-Aが本当に無限大の空間なら心配は要らないか

深度13.34m SCP-1080-JP-b-2 ナップサック

文房具、おもちゃ、スマホ、アルバムなどが入っている。
たぶん手作りなんだろうが、なんでこんな物を入れたんだ?

深度55.36m SCP-1080-JP-b-3 業務用ポリエチレン袋

ノコギリや金槌、包丁など複数の凶器道具と、男女の衣服が一組ずつ。道具と衣服にそれぞれ違う血痕付き。
…ん?

深度61.25m SCP-1080-JP-b-4 日本人女性の死体

分析結果から三嶋 光保氏(死亡時42歳)と特定されたバラバラ死体。首元の痣から窒息死したと予想されるが、血液の大部分を失っている。また、断面の特徴がすべて同じことから、解体に使われた道具は一つと思われる。
案の定死体が出てきた。

深度73.89m SCP-1080-JP-b-5 ポリエチレン製フィンバッグ

巾着袋に入った電話、ラップトップ、スマホは壊されている

深度86.47m SCP-1080-JP-b-6 アルコール飲料

ほとんどが未開封の酒瓶や缶であり、すべて近い日に製造されている。回収できる範囲外でも同じような飲料が確認されている。

深度123.85m SCP-1080-JP-b-7 日本人男性の死体

またバラバラ死体が出てきた。
頭部挫傷で死亡した、三嶋 悠也氏(死亡時42歳)と特定。
同b-4と比較すると出血量は少なく、断面に2パターンあり、バラバラにするのに使われた凶器は2つと考えられる。
先に言ってしまうが、この人物と先述の光保氏は夫婦関係、そして由紀氏は二人の娘だった。


補遺

由紀氏が友人の川畑百奈氏(当時15歳)に宛てて残した遺書。

半年ぶりくらいだね。前に連絡したときは「高校の制服で会おう」って約束したっけ。
(前置き略)
百奈はたまごとじって好き? 私が作ってたのは親子丼みたいな何かだけど。
私はママの作るたまごとじが好きだった。味がやさしくて、何でも包んでくれそうだった。
料理に失敗しても、たまごで包めば一つにまとまるんだって。ママがよく言ってた。
もう長いこと食べてないけど、いつかまた食べたかった。振り返れば、ずっとそう思ってた気がする。
私が料理するときによく作ってたのは、そういうのがあったからなんだろうね。疲れてるところにお願いするわけにもいかないし。
あのことが起きたのも、たまごの神様がいい感じにやってくれたから、とかだったりして。

一般的な遺書の前置きに不穏な空気が漂う。

そう、たまごとじ。百奈もあの赤いなべのことは知ってるよね。
小5くらいとき、私がママの代わりにごはんを作ってたら、おたまが赤いなべの中に沈んでいったよね。
百奈が引っこす前で、家に遊びに来てた日。パパは奥の部屋で寝てた。
パパを怒らせるとなぐられるから、しずかに百奈を台所に呼んで、スプーンをなべに落とした。

悠也氏はDVの常習犯だったらしい。クズめ。

シンクロみたいに沈んでいくスプーンを見た百奈の顔、今もはっきり思い出せる。百奈は手を入れて取ろうとしたけど、できなくて。
でも、私にはできた。よくわかんなかったけど。こんなこと起きるんだって、2人でさわいだ。

秘密は守ってるよね。それとも忘れた?
私がたまごとじを作ると、赤いなべに魔法が起こるってことは、さすがに覚えてるよね?

この鍋の異常性は少女が親子丼…ではなく、"たまごとじ"を作ることで制御できる仕組みらしい。

とにかく私たちはたくさんなべを使って、たくさんのものをたまごとじに包んだ。使う回数が多かったのは百奈のほうだと思うよ。
ひどい点数のテストとか、没収されそうになったゲームとか。整理してたらいろいろ出てきたから。
箱にはそういうのが入ってる。もう使えなくなるかもだし、返しておきたかった。
私には隠すものがなかった。百奈も知ってる通り、貧乏だったから。

百奈氏に宛てられた荷物には、彼女が能力で取り出した物品が入っていたのだ。

パパの会社がつぶれたのがいつだったかは覚えてない。
パパはふてくされてて。ママは働きづめで。私は家のことを手伝ってて。
昔はこうじゃなかったはずなんだけどね。お金があって、みんな笑ってた。普通の家族ではあったと思う。
別に、3人いたらよかったんだ。私は。
今は違うから。

そして由紀氏の家庭環境が悪化した原因は、悠也氏の失業によるものだったらしい。

実は1年くらい前から、パパの酒グセが悪くなってた。(隠してたわけじゃないけど、言えなかった)
ママをなぐる回数も増えたし、私も危なくなってた。
まず、ときどきパパのお酒を隠すことにしたんだ。ちょいちょいね。絶対に見つかりようがないから、これで良い方向に向かってくれたらいいなと思った。実際、結構長い間はそれで大人しくなってたし。
けど、パパはママがお酒を盗んで売り払ってると思ったみたい。お金のことでグチってるのを聞かれて、それでお酒が無くなってるのと絡めたらしい。
パパはママを殺そうとした。いや、気がすむまでなぐればよかったのかも。もう聞きようはない。

彼女は失業のストレスで酒に走り、DVを起こした父親を何とかしようとたまごとじの中に酒を隠した。
確かに最高の隠し場所だが、「気がすむまでなぐればよかったのかも」という一文からは、もう改善しなかっただろうという絶望すら感じ取れる。

ママは必死に抵抗したみたいでさ。
それで、私が学校から帰ったら、パパが死んでた。頭から血を流して。ママは手にフライパンを持ってて、フライパンはへこんでた。
私も全身から血の気が引いたけど、ママのほうがひどかった。
どうすればよかったんだろう。

そして、犠牲者が出てしまった

ママは私のことを気にしてた。捕まって残されたらどうするって。捕まりたくなさそうだった。私もこれ以上家族が減るのはイヤだった。
だから、ママに赤いなべのことを教えた。ドラマでやってるみたいにバラバラにして、なべの中に入れたら、バレないんじゃないかって言った。
秘密をしゃべっちゃうの、どっちが先かなって話をしたよね。好きな人にはバラしていいってルールで。私だったみたい。

情状酌量こそありそうなものだが、殺してしまっている以上塀の向こうに行くのは避けられない。二種類の道具が使われているので、恐らく親子で協力してバラバラにしたのだろう。

しばらくはそれでよくて、パパがいなくなったことは誰にも気づかれなかった。ママも働けるようになった。
また前と同じ、同じじゃないけど、生活ができるんだって考えた。結局、手遅れなのに。

彼女は自身の能力で闇に葬る決意をしたが、得られた平穏は一時的なものにすぎなかったらしい。

ダメなことはやっぱりダメっぽくてさ。
ママが病んじゃった。
殺したことがよみがえるようになって、パパの幻を見たんだって。誰かに相談とかできるわけないよね。そうなると、もう追い詰められるしかないみたいだった。お酒にも頼るようになって、パパと同じようになった。
私は不十分だったみたい。

人を殺したトラウマで光保氏がPTSDを発症してしまった。
こうなると悠也氏にように酒に頼りだし、DVに走る。

またお酒を隠した。こうすることくらいしか私にはできなくて、できることを探した。
私もバレることが怖くなってたんだよね。たぶん。
電話機とパソコンと、ママのスマホも隠した。ママが私じゃない誰かに話すのがイヤだった。自首してママがいなくなるなんてことを、頭に浮かべたくなかったんだと思う

由紀氏が取れる行動も、やはり以前と同じ。加えて、母親を失いたくないという感情から連絡手段を絶つ。

改めて考えると逆効果だし意味ないんだよ、これ。バカみたい。
ママを守れるのは私だけだったのに、苦しめてるって気づけなかった。
どうすればよかったんだろう。

希望が見えない中で、自分一人で罪を抱えて生きる。
そんな苦痛、誰が耐えられるだろうか?

ママも死んだ。お酒が無くなって、頼るものが無くなって、首吊った。
誰が隠したか知ってたのに。
誰を残したくなかったのか、前は見えてたのに。

そして、また犠牲者が出た

ママもバラバラにして、なべに入れた。
今だったら、なんでママが自殺したのかわかるよ。
生きたくないんだもん。こんな生活で、やったことは絶対に消えなくて、これ以上なにができるの。
1人しかいない。
バレるのも怖い。
家族がこわれたとか、信じたくない。
でも、今から戻れるわけもないし。

彼女の遺体もまた、鍋の中に葬られた。家庭を壊した責任が由紀氏にあるわけではないが、だとしても残酷な事実は変わらない。

だから今書いてるこれ、遺書。
遺品整理は終わってるよ。
あの高い給水塔、覚えてる? 晴れてる日にあそこから飛ぶ予定。
あとついでに、私にまだできることがないか試すことにした。
今、赤いなべの中にはパパとママがいるでしょ?

彼女が望むもの。それは家族で平穏無事に過ごすことである。

最近、ずっとこの中に入りたいと思ってる。無理だよ、普通は。頭つっかえるし。
落ちたときに頭になべを引っ掛けてたら、床にぶつかったときに入れないかな、って。

たった一つしかないその鍋に、彼女は身を委ねたのである。

失敗したら、たまごに全部包んじゃえばいいからさ。
パパがいて、ママもいて、たまごとじが包んでくれる場所に私がいるなら、それは失敗じゃない。

じゃあ、百奈は受験、頑張って。

結局、負の連鎖は止められなかった。

追伸

何が起きたか不安にさせたくなかったから、百奈には打ち明けた。
人って本気になったら意外と止まらないみたい。これも最後まで書いたら気が変わるかもって思ってた。ダメかも。やっぱり変われそうにない。まだ怖いけど、生きるほうがよっぽど怖い。

百奈には弱いところとずるいところがあるの、私は知ってる。そのぶん、根が強くって頭がいい。
私なんか気にしないで、まっすぐ進んでいって。

秘密に続けて約束も守れなくて、ごめん。

「高校の制服で会う」約束を果たせないまま。

ある鍋が引き起こした、一つの家庭の崩壊。
…皮肉にも、飛散した脳が鍋に入った彼女もたまごとじ内部に移動したらしく、「パパがいて、ママもいて、たまごとじが包んでくれる場所」に行きたいという願いは通じたことになる。

異常性も制御不可能になったが、鍋の中の巨大な卵には、死亡した三人の精神があるのかもしれない。
もしそうだとしたら…彼女は、やっと平穏な家庭を手に入れることができたのだろう。
もう二度と出られないが、そんなことは大した問題ではない。
失業も、トラウマも、もう気に病むことは何もない。

もう大丈夫。彼女の秘密を、いや彼女の家族にとって邪魔の入らない平穏を、全てを優しく包んでくれているたまごとじは、まさに天国なのだ。



SCP-1080-JP


たまご綴じ





余談

財団の調査時点で遺書と同時に送られた荷物は回収されたが、肝心の川端百奈氏は失踪している。
彼女も後を追った可能性もあるが…………

「空白期間に超常団体と接触した可能性を含め、以降も捜索を継続します。」

…あの鍋には、あと何人いるんだろう?


追記・修正は、温かい家庭を持つ方がお願いします。

CC BY-SA 3.0に基づく表示

SCP-1080-JP - たまご綴じ
by aisurakuto
http://scp-jp.wikidot.com/scp-1080-jp

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最終更新:2024年04月14日 16:43