ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko0682 けがれなきゆっくりパーク
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※独自設定垂れ流し
※人間虐め要素あり
「ゆっくりしていってね!」
まどろむように穏やかで、しかし底抜けに朗らかな声が響く。
野生のゆっくりのような余裕のない響きも、野良のゆっくりのような下卑た響きも、飼い
ゆっくりのような人に媚びた響きも、その声には全く含まれていない。
世に有象無象とあふれた生首ナマモノ、普通のゆっくりの発するそれとは明らかに違う声。
まさに純粋無垢なゆっくりとしたその言葉は、しかしこの場所でだけはありふれたものだ
った。ここはゆっくりパーク。
「原初に限りなく近いゆっくり」が住まうという触れ込みのテーマパークなのだ。
けがれなきゆっくりパーク
ゆっくりパークは、ドームの中に作られた広大な自然公園だ。敷き詰められた芝生に、木
々や茂みが適度に配置されている。小高い丘や噴水などもある。人間が散歩できるよう沿
道や、休憩できるベンチもある。見た目は普通の自然公園とそう変わるものではない。
その最大の特徴はもちろん、そこにいるゆっくりたちだ。
「ゆっくり!」
「ゆっくりしてるね!」
「ゆっくり! ゆっくり! ゆっくりー!」
元気にはね回るのは、れいむ種とまりさ種の二種だ。ゆっくりの始まりにしてもっともポ
ピュラーなこの二種がこのゆっくりパークの主役だ。
ゆっくりパークを回るときは気軽に声をかけるといい。
「れいむ、まりさ、ゆっくりしていってね!」
「ゆ! おにいさん、ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
どこか得意げな、それでいて憎めない特徴的な笑顔、そして「ゆっくりしていってね」と
いうセリフ。
ゆっくりたちは、遊びに来る人間を心から歓迎してくれる。
その実にゆっくりとした挨拶だけで、誰もがゆっくりとした気分になれることだろう。
それだけでも心が和むものだが、ゆっくりたちも触れ合うこともゆっくりパークの大きな
楽しみのひとつだ。
「れいむの髪、サラサラだなあ」
「ゆっくりー!」
「まりさのほっぺも! もっちもちで気持ちいい!」
「まりさもきもちいいよ! ゆっくりできるよ!」
「ほーら、たかいたかーい」
「ゆうう! おそらをとんでるみたい! ゆっくりー!」
素朴なゆっくりたちとのふれあいは、つかの間、人を童心に帰らせてくれる。
食べ物の持ち込みは禁止されているが、公園内ではゆっくりにあげるお菓子が売られてい
る。機会があれば、これらを購入してゆっくりに与えることをお勧めする。
「むーしゃ、むーしゃ! しあわせー!」
食事のおいしさに打ち震えしあわせを叫ぶゆっくりの姿は、見ている方もしあわせ気分に
浸らせること請け合いだ。現代人が忙しさの中で忘れがちな食事の楽しさというものを、
ゆっくりたちは思い出させてくれる。
もちろん、ゆっくりたちは眺めているだけで楽しいものだ。
「ちょうちょさんまって! ゆっくりー!」
「ゆっくりまわるよ! こーろころ! ゆっくり!」
「のーびのびするよ! ゆっくりー!」
「むーにゃ、むーにゃ! すーや! すーや!」
ドームに包まれた自然公園は、柔らかな人工灯に照らされ、空調により常に春の気温と湿
度が保たれている。ゆっくりたちはこの常春の楽園でのびのびとゆっくりするのだ。
その姿を見て、触れて、聴いて、味わう。そうすれば、きっと誰もが心休まるしあわせに
なれる。ゆっくりできる。
ゆっくりを見る、というだけならこのゆっくりパークでなくてもいいだろう。世にゆっく
りはあふれている。
だが、それらは実のところ、その名ほどゆっくりしていない。
野生のゆっくりは厳しい自然を生き抜くのに必死で余裕がない。都会の薄汚れた野良もま
た同じ。飼いゆっくりにしても、人間の都合にあわせて躾られており、従順ではあっても
純粋ではない。加工場の製品はもともとゆっくりさせてはもらえない。
どのゆっくりも、ゆっくりを餡子の底から求めながら、ゆっくりしているとはほど遠い状
況にある。だから人間の畑に忍び込んだり、人の家に押し入ったり、あるいは人間に無謀
な要求を突きつけたりする。その行動の根元は、よりゆっくりしたいから、だ。
このゆっくりパークのゆっくりたちは違う。これ以上ないほど純粋にゆっくりとしている。
だから人に今以上のなにかを求めたりはしない。無垢に無邪気にゆっくりとしているだけ
なのだ。
だからここのゆっくりは評されるのだ。「原初のゆっくりに限りなく近いゆっくり」だ、
と。
純粋にして無垢。けがれなきゆっくりたち。
このパークのゆっくりを求めるものたちは多い。だが、残念ながら一般に販売はされてい
ない。
禁じられれば欲しくなるのが人の性。だが、このゆっくりパークのゆっくりに手を出すの
はやめたほうがいい。パークの各所には死角なく監視カメラが設置されており、ゆっくり
たちのお飾りには発信機能つきのICタグがつけられている。ゆっくりたちは厳密管理さ
れ、大切に守られているのだ。
まさに地上に現れたゆっくりたちの楽園。それがここ、ゆっくりパークなのだ。
「ゆっくりしていってね!」
ゆっくりパークでは、いつもゆっくりたちの声が響き渡る。その声には、生きることのし
あわせが、満ち足りた穏やかさがある。
だが、なにより。
――みんなにゆっくりしてほしい。
その願いが、つまっている。
だからここ、ゆっくりパークを訪れる者はみな、ゆっくりできるのだ。
ゆっくりパークは口コミで伝わり、日に日に訪れるものは増えていった。
・
・
・
「おにいさん! ゆっくりしていってね!」
ある日のこと。ゆっくパークの従業員である男は、二匹のゆっくり、れいむとまりさに呼
び止められた。
「ああ、ゆっくりしていって……ね」
男の言葉を詰まらせたのは、れいむの頭から生えた茎と、鈴なりに生った赤ゆっくりだっ
た。
「まりさ、れいむとずっとゆっくりすることにしたよ!」
「かわいいあかちゃんができたよ! ゆっくりしていってね!」
男は目をしばたたかせ、「ちょっと待ってろ」と告げると足早にその場を去った。
れいむとまりさはきりっとしたゆっくり特有の表情を浮かべてじっと待つ。
ほどなくして、男は乳母車のようなものを持ってきた。
「さ、ここに行こうか」
乳母車はれいむとまりさが乗るのにちょうどいい大きさだった。乳母車のクッションの心
地よさに、れいむとまりさはぐんにょり乳母車に同化するみたいに潰れた。
そして、男は乳母車を押し歩き始めた。
「ゆ? れいむ、まりさ、どうしたの?」
「ゆっくりしてる? ゆっくり! ゆっくりー!」
道すがら問いかけてくるゆっくりたちに、男は二人に子供ができたのでしばらくパークを
離れることを告げた。
「れいむ、まりさ! ゆっくりしていってね!」
みんなの祝福を受け、乳母車の上のれいむとまりさは実に誇らしげだった。
だが、男の表情はどこか暗い。
パークの入り口にさしかかったところ、男は先輩の従業員に呼び止められた。
「どうした?」
「先輩、この子たちが……」
「……ああ、そうか。子供ができたんだな」
「ええ、そうなんです……」
男の沈んだ声と表情を、先輩と呼ばれた男は見とがめた。
「……そうか、お前は初めてだったな。よし、俺も同行しよう」
「すみません……」
そして、二人と二匹はゆっくりパークの外へとでた。
外、と言ってもまだパークの敷地内、パークに隣接する建物の中だ。
無機質なリノリウムの廊下を足音が高く響く。
乳母車の上のゆっくりたちは、希望に瞳が輝かせている。この廊下の先にはどんなゆっく
りしたことが待っているのだろう。そんな期待で全身を膨らませていた。赤ゆっくりの生
った茎は、そんな親ゆっくりの上で穏やかに揺れていた。
そして、その部屋についた。
「ゆ?」
「ゆ、ゆっくり……?」
れいむもまりさも疑問の声を上げた。
殺風景な部屋だった。床も壁もコンクリートの打ちっ放し。木片やアルミの板などの資材
が並べられている。
そこは部屋、というより舞台裏と称した方がふさわしい、どこか寒々とした場所だった。
これからゆっくりたちは子供を産む。だから、すごくゆっくりした場所に行くはずだと思
いこんでいたのだろう。きょろきょろと、物珍しそうに辺りを見回している。
不安は感じていないようだった。信じているのだ。世の中のなにもかもが、ゆっくりでき
るものだと。
男は痛ましげな瞳でそんなれいむとまりさを見つめる。
「先輩、こいつら、どうにかなりませんか?」
「ダメだ。例外は許されない」
「でも……!」
「規則だ。お前がやらないのなら、俺がやる」
男達のやりとりに、れいむとまりさにもようやく不安の影が射した。二人の声も様子もゆ
っくりしていないことがわかったのだろう。
「おにいさん、ゆっくりしてないの?」
「ゆっくり! ゆっくりしていってね!」
「ああ、大丈夫だよ」
自分ではなく、まず相手をゆっくりさせようというゆっくりたちに、男は弱い微笑みを返す。
「すぐ終わらせる。だから、心配しないで」
そして男は強く奥歯を噛みしめ、心を決めた。
部屋の一角からずた袋をひっぱり出す。そして、近くに立てかけられていたバットも手に
取る。それらを手にすると、ゆっくりたちの載る乳母車へと戻った。
「ゆっくり……?」
「ゆっくりしてね……?」
不安げなゆっくりたち。
男はもうためらわなかった。覚悟を決めていた。
そして、有無を言わさずゆっくりたちをずた袋に放り込むと、ひもで袋の口を縛った。
「ゆゆゆ!? どうしたの? なにするの?」
「ゆっくり!? ゆっくりしようよーっ!?」
戸惑いの声。だが、非難の言葉はない。信じているのだ。ゆっくりパークの男を。
男は唇を噛み、その言葉に耐える。
そして、バットを振りあげると、ゆっくりたちの入った袋へと叩き下ろした。
「ゆぐううううっ!?」
「まりさ、どうしたの? ゆっくりしてる?」
「いだいいいいい! ゆっぐじでぎないいいい!」
どうやらまりさに当たったらしい。男はゆっくり達の戸惑いの声を振り払うように、再び
バッドを降り下ろした。
「ゆぎゃあああ! めがああああ! まりさのおめめがあああああ!」
「まりさ! まりさああああ!」
「いぢゃい! いぢゃい! いぢゃいよおおお!」
「やめてあげてね! まりさ、いたがってるよ!」
袋がうごめく。中では何が起こっているのか、外からではよくわからない。いや、見えな
いからこそいっそうその声に、悲惨な状況が思い浮かべさせられる。
ゆっくりたちの苦しみの声に、男は手を止めた。
「休むな。一気にやれ。時間をかける方が残酷だ」
「わかってます!」
先輩に促され、男は再びバットを振るい始めた。
やすまず、何度も、何度もたたきつける。
「ゆべ! ゆぎっ! ゆぐうう!」
「ゆぎゃあっ! ゆびぃ! ゆびゅうう!」
ゆっくりたちは何度も叫んだ。ゆっくりパークでずっと暮らしてきたゆっくり。痛みも苦
しみもない、ゆっくりすることだけが全てだった無垢なゆっくり。
初めての痛みはどれほど激しく感じるだろう。今まで感じたことのない苦しみはどれほど
のものだろう。理由もわからない暴力は、どれほど理不尽に思えることだろう。
それなのに。
「おにいざん、ゆっりじでえええ!」
「ゆっぐじ、ゆっぐじ、ゆっぐじぃぃぃ!」
ゆっくりたちは男を非難しなかった。ただ、男がゆっくりすることを願った。
それを叩き伏せるように、ただ一心不乱に男はバッドを振るい続けた。
やがて声は止み、袋も動かなくなった。
「確認しろ」
先輩の指示に、男は荒い息を吐きながらバッドを投げ捨て、袋の紐をほどいた。中をのぞ
き込もうとし、
「ゆーっ!」
飛び出してきたものに驚きのけぞった。
れいむだ。
しかし、ひどい有様だった。どこもかしこもぱんぱんに腫れ上がり、その顔は袋に入る前
より一回りは大きくなっている。それとは逆に頭の後ろ半分は完全に陥没しており、ひど
くアンバランスだった。
そんなひどい有様でありながら、まだかろうじて生きていた。
だが、限界は近い。袋から跳ねて出てきただけでも奇跡的といえる。ずりずりと這い進む
後には、体のそこかしこから漏れ出た餡子の道ができている。
「まりざあああ……あがぢゃん……」
乱れた髪に隠れて見えないが、おそらくその目も潰れてしまっているのだろう。どこへ向
かうともなくふらふらと這い進むばかりだった。
驚いたことに頭から茎はもげていなかった。だが、そこに実っていた赤ゆっくりは、いず
れもれいむの黒髪に沈み込むようにして潰れていた。
あまりにも悲惨な姿だった。
見かねて、先輩が動こうとしたとき、男はバットを拾い、れいむの前に立った。れいむは
男の足にぶつかり、「ゆっ」と呻いて止まった。
「れいむ」
「おにいざん……?」
「すまない……こんなことを言えた立場じゃないが、でも言わせてくれ。すまない」
「どうじで……ごんなごど……ずるの……?」
地の底から響くようなれいむの問いかけに、男は震えた。バットを振りかぶり、男は努め
て事務的に言った。
「……規則なんだ。『こどもをつくったゆっくりは処分する』。それが、このゆっくりパ
ークで決められた、絶対守らなくちゃいけない規則なんだ」
「ぞんな……あがぢゃんは、ゆっくりできるんだよ……」
「そうかもしれない。でも、ここではだめなんだ」
「れいむたち……ゆっぐりしてたんだよ……」
「そうだったな。でも、だめなんだ」
男はバットを振り下ろそうとした。
れいむは顔を上げた。黒髪の隙間から、眼下からこぼれた右目と、潰れた左目が見えた。
機能してないはずのそれらが、男をにらんだ。男はバットを振りかぶったまま固まった。
「しねえ……」
ぞくり、と男の背筋を冷たいものがかけた。
その言葉。とてつもない恨みのこもったそれは、「原初のゆっくり」ならば決して発しな
いはずのものだった。
れいむは、叫んだ。
「こんなことをするおにいさんは、ゆっくりしないでしねええええええ!」
その声に引きずり込まれるように、声もなく男はバットを振り下ろした。
そうして、れいむとまりさは「永遠にゆっくり」した。
・
・
・
「……あいつらは、いったい何なんですか……」
ゆっくりパークの外。「永遠にゆっくり」したれいむとまりさをゴミ捨て場に片づけたと
ころで、男は先輩に問いかけた。
「俺は、あいつらは原初のゆっくりそのものだと思っていました。なのに、あいつらは普
通のゆっくりみたいに子供を作ってしまった。それに、それに、最後のあの言葉……!」
男は震える自らの身を抱いた。
「こんなことをするおにいさんは、ゆっくりしないでしねええええええ!」
あれは一生忘れられないのではないかと思った。
先輩はため息をついた。
「あれは原初のゆっくりなんかじゃない。触れ込み通り、『限りなく近い』ってだけだ」
「でもっ……!」
「落ち着け。お前もゆっくりにあんな言葉を吐かれるのは初めてじゃないんだろう? 元
加工場職員のくせに、ビクついてるんじゃない」
「!?」
男の目が驚きに見開かれた。
先輩はやれやれと肩をすくめた。
「ここのことをなにも知らずに働いてたのか。噂も聞いたことはないのか?」
「し、知りませんよ。ただ、俺はゆっくり加工場になんだか嫌気がさしてやめて……それ
から、ここのことを知って、ぜひ働きたいって志願して……!」
「特殊なパターンだな。元加工場職員ってことで仕事に就けたんだろうが……採用したや
つも、本当になにも知らずにお前がここに来たなんて、夢にも思わなかったんだろうなあ」
「さっきからなに言ってるんですか? 加工場加工場って……ここ、加工場となにか関係
があるっていうんですか?」
「関係もなにも、ここはゆっくり加工場の施設のひとつさ。表向きはまったく別系統の会
社が運営していることになっているが、な。ここの職員はみんな、加工場からの転属だよ。
ああ、お前は例外らしいがな」
男はあんぐりと口を開けた。
純粋で無垢なゆっくりがゆっくりと過ごすゆっくりパーク。ゆっくりの天国であるはずの
ここが、ゆっくりの地獄である加工場のものだったとは、男は想像だにしなかったのだ。
先輩は完全にあきれていた。
「そもそもガキを作ったゆっくりをつぶすなんて規則がある時点で気づけよ」
「でもっ……それはパークの環境を適性数を保つためで……!」
「そんなの表向きの言い訳に決まってるだろ。ズレてんなあ……まあ、そんなだから加工
場を辞めて、なにも知らないままにここに就職なんておかしなことになってるんだろうけ
どな。まあ、いい機会だ。一から教えてやる」
男は深々と息を吐き、ゴミ捨て場の外壁によりかかると語り始めた。
「まずこのゆっくりパークについてだ。ここはな、元々は野生のゆっくりの生産場だった
んだ」
「野生のゆっくりを? なんでまた」
「野生のゆっくりは加工場産と比べて甘みの質が違う。あいつら、駆除を名目に大量に手
に入るものの、手に入るタイミングが安定しない。安定した供給を保つってことでここが
できたんだが、結局採算があわなくて頓挫した」
「野生のゆっくりなんていくら駆除してもわいてきますしね」
「あいつら流に言えば『勝手に生えてくる』からな」
先輩はククッと笑った。
「で、廃棄されたその施設が、加工場で新たに生まれたゆっくりによって復活した」
「新たに生まれたゆっくり……でも、原初のゆっくりなんですよね? 新たにって言うの
とは違うんじゃ……」
「何度も言わせるな。原初のゆっくりじゃない。限りなく近い、というだけだ。まがいも
のだよ、あんなの」
先輩は顔をしかめ、吐き捨てるように言った。男にとっては好ましい、ゆっくりパークの
ゆっくりたち。だが先輩は、それを嫌っているようだ。
「先輩。結局、あのゆっくりたちはどういうものなんですか? 俺にはどうしても、加工
場であんな純粋なゆっくりが生まれるとは思えません」
「純粋、か。ああ、純粋さ、あいつらは。紛れもなく純粋培養。無菌状態の箱入りゆっく
りってやつだ」
「……?」
「お前、機械式生産場は知っているか?」
「……ええ、一応は」
今度は男が顔をしかめた。
機械式生産場。それは、加工場の新たな大量生産手段だ。
従来の加工場では、ゆっくりの大量生産といえばれいぱーありすが利用されることが一般
的だった。
ところが、ついに加工場の技術陣は精子餡の秘密を解き明かし、低コストで大量に生産す
る術を確立した。
機械式生産場は、それを最大限に活かした大量生産の極地だった。
機械式生産場で母体として選別されたゆっくりは、生まれた瞬間に目と口とお飾りと髪、
およそゆっくりがゆっくりであるもの全てを奪われ、あんよも焼かれる。そして成長促進
剤とオレンジジュースによって急速に成長、成体まで育った時点で定期的に精子餡をそそ
ぎ込まれ、子を産む。
見えず、動けず、喋れない。その苦しみの中で生み出されるゆっくりは、良質な甘さを持
つ。
この機械式生産場の最大の利点は、ゆっくりの成長・生産を厳密に管理できることと、そ
の手間が少ないことだ。なにしろ母体ゆっくりはうごきもしゃべりもしない。成長するの
も子を産むのもチューブでそそぎ込むオレンジジュースや精子餡で完全に制御できる。機
械式生産場は、ゆっくりをまさに饅頭を産む機械として運用するのだ。
今や、維持に手間がかかり品質も機械式に比べればバラツキのあるれいぱーありすは、大
量生産には不要なものとなった。大量生産においては生産の安定、品質の均一化の方が重
要事項なのだ。
だが、それでもやはり通常のすっきりーの方が高品質なものができやすい。れいぱーあり
すは今では高級品の生産に使用されている。皮肉にも、ありす種の望む「とかいは」に近
い扱いを受けているのだ。もっとも、当のれいぱーありすはそんなことを知る由もないこ
とだが。
男は機械式生産場の光景を思い出し、気分が悪くなった。
整然と並んだ母体ゆっくりと、機械的に産み落とされる赤ゆっくり。ゆっくりをまったく
生き物として扱わない、加工場ではなく「工場」と呼ぶべき光景。
男が加工場をやめるきっかけになったことのひとつだった。
だから、
「ゆっくりパークのゆっくりは、加工場の母体ゆっくりだ」
先輩の言葉を男はすぐには理解できなかった。
「……え? えと、あの……なにを言っているんですか?」
「だから、ゆっくりパークのゆっくりどものことだ。あのゆっくりどもは、加工場の母体
として数世代を過ごした末に生まれたものだ」
「だって……あいつら、機械みたいに扱われて……」
「そうだ。今まで誰も母体ゆっくりがどんなゆっくりか知らなかった。なにしろ生まれた
瞬間なにもかも失うんだ。わかりるはずもない。それがあるとき、品質チェックの一環と
して母体ゆっくりを普通に育ててみることになった。そうしたら、あの通りさ」
先輩はゆっくりパークのドームを指さした。
男の脳裏にゆっくりたちの姿がよぎる。
実にゆっくりした、無垢で無邪気で純粋で、なにより相手をゆっくりさせようという気持
ちにあふれた、愛すべきゆっくりたち。
それが、機械の部品のように扱われた、その慣れの果てだなんて。
「どうして……なんで……」
男にはなにもかもわからなくなっていた。
呆然と空を仰ぎ、ぶつぶつとつぶやいていた。
「どうして、か。俺は知らねえ。まったくわからねえ。わかりたくもないね!」
先輩はまくし立てた。まるで、何かから目を背けているようだと男は思った。
「……あのゆっくりたちが、機械式生産場出身なのはわかりました。でも、どうして子供
を産んだらつぶしてしまうんですか? 生まれがどうあれ、あんなにゆっくりとした無垢
で純粋で、いいやつらなのに……」
先輩はくくっと笑った。
「無垢? 純粋? そんなゆっくりが、すっきりーして子を産むのか?」
「そ、それは……!」
「だめなんだよ。確かに、母体ゆっくりは原初のゆっくりに近いくらい、純粋にゆっくり
とした存在だ。だが子供を作るようになったらだめだ。普通のゆっくりになっちまう。だ
から処分する」
「だって、あいつらあんなにゆっくりして……」
「だめだだめだ。所詮ゆっくりだ。長く生きれば自分をゆっくりさせることを優先させる
ようになる。子供を作るようになるのはその兆候だ」
「子供ができても、あいつらならみんなをゆっくりさせてくれるかもしれない!」
「いいや、ありえない。あいつらは原初じゃない。限りなく近いってだけだ。一般に販売
されないのもそのせいだ。飼われるうちにあいつらは普通のゆっくりになっちまう。ゲス
なった例すらある。だからゆっくりパークに限定して開放してるんだ」
「でも、でも……!」
男は言い返したかった。
だが、耳に残るあの声が邪魔をする。
「ゆっくりしないでしねええええええ!」
死の間際、ゆっくりパークのれいむは普通のゆっくりだけが使う、最低の言葉を残したの
だ。
「人間だって大人になれば汚れていく。いつまでも子供じゃいられない。綺麗なままでな
んていられない。ゆっくりならなおさらだ」
先輩はそっぽを向き、独り言のようにつぶやいた。
「先輩……?」
「まあ、今日のところはお前はもう、帰れ。いろいろ考えを整理したいだろう。それで、
これからどうするか決めろ」
「これから、どうするか……?」
「お前はここ向きじゃないかもしれない。イヤなら辞めたっていい。ただ、ここの秘密は
墓までもってけ。ゆっくりパークの本当のことなんて、きっと誰も知らない方がいいに決
まっている」
先輩の言葉に、男はうなずきもせず、ただボウッとしていた。
・
・
・
「ああ、ちくしょう! なんだってんだ!」
あれから、男は家には帰らず飲み歩いた。
納得いかなかった。
もともと男はゆっくりが嫌いではなかった。だから加工場で働きもした。だが、気づいた
のだ。
「嫌いではない」、ではなかった。「好き」だったのだ。あの小生意気で憎らしい生首饅
頭を、男はなぜだか好きだったのだ。それに気がついたら、ゆっくりが苦しみ続ける加工
場の仕事はやっていられなかった。
だからゆっくりパークのことを知ったときは喜び、そしてそこで働けるようになったとき
は飛び上がってはしゃいだものだ。子供をつくったゆっくりを処分しなくてはならないと
いうのも、適正数の管理のためやむをえないことだと思いこんで自分をごまかしていた。
しかし今日、現実を知ってしまった。
離れたはずの加工場から離れていられなかった。それも、自分が愛したゆっくりパークの
ゆっくりたちが、加工場の、それも最悪の場所で生まれたものだなんて。
男はヘベレケに酔って、どこともしれない電信柱に寄っかかって座り込んでいた。
そんなときだった。
「や、やいじじい! ゆっくりしないでさっさとあまあまをよこすんだぜ!」
「あん?」
男に声をかけるものがいた。
男は首を左右に回してみるが、声の主は見当たらない。上を見て、次に下を見て、ようや
く気がついた。
ゆっくりまりさだ。
「なんだおまえ、きったないなあ……」
酔った意識のまま、男はとりあえず見たままの感想を言った。
「なにいってるんだぜええ!? ぜっせいのびゆっくりのまりささまをつかまえて、なに
を……」
「いや、お前汚いって。みたところ、山で暮らしてたんだろ? それを何の用意もなく町
中うろついて、すっかり埃まみれってわけだ」
「ゆ、ゆゆう!?」
まりさは激しく動揺した。図星だったようだ。酔ってはいても男のゆっくりに対する審美
眼は確かだった。
確かにこのまりさ、泥も油汚れもそう深いものではない。街に降りてきて間がないのだろ
う。人間を侮り、不用意にあまあまを要求するのもその証拠と言えた。
「お前らはあ、そんなふうに地面をはいずってるからすぐによごれちまうんだよお……」
「ま、まりさはよごれてなんかいないんだぜえええ!」
「汚れてる汚れてる。地べたをはいずって、人間が吐き出した汚いものみーんな体中にこ
すりつけて……」
「ゆがあああ! じじいい! だまるんだぜええええ! このまりささまのうつくしさも
わからないばかでむのーなじじいは、さっさとあまあまだすんだぜええ!」
男は苦笑した。
ゆっくりパークのゆっくりたちとはえらい違いだ。
あそこのゆっくりたちは、純粋で無垢で、綺麗だ。こんな汚い言葉遣いなんて決してしな
い。
そう、こんな人間が吐き捨てたような汚い言葉なんて決して使わない。
いったいこのまりさはどこでこんなに汚れてしまったのだろう。
体も汚れ、汚い言葉を使う心もまた汚いに違いない。
せめて、街に降りてこなければ体がこんなに汚れてしまうこともなかっただろうに。
「ああっ!?」
叫びとともに男は立ち上がった。
足下のまりさをまじまじとみる。
地べたをはいずるゆっくりは、土ボコリも車の排気ガスもまともに浴びることになる。だ
から、体が汚れる。
では心はどうだ?
原初のゆっくりは「ゆっくりしていってね!」以外の言葉をほとんど使わず、実にゆっく
りしていたのだという。
心は、どうして汚れた? 汚い言葉は、どこで覚えた?
酔いはすっかり醒めた。
男の中で、引っかかっていたものがつながった。男は、わかってしまった。
「お前は、お前らは……人に触れて、けがれてしまったのか……?」
先輩は言った。
ゆっくりパークの純粋で無垢なゆっくりたちは、機械式生産場で代を重ねたゆっくりだと
いう。
機械式生産場では、その名の通り機械化されており、人間がゆっくりに触れることはほと
んどない。
だから、母体ゆっくりは人にまったく触れないままに代を重ねたことになる。
そしてその純粋培養された母体ゆっくりも、飼えば普通のゆっくりのようになり、時には
ゲス化してしまうという。
ゆっくりパークのゆっくりたちでさえも、やがて子供を作り、そして普通のゆっくりとな
り、汚い言葉も使うようになってしまうのだろう。
先輩は言った。
「ゆっくりパークの本当のことなんて、きっと誰も知らない方がいいに決まっている」
そうだ、誰だってこんなこと知りたくないに違いない。
人に触れて、ゆっくりはけがれていく、なんてこと。
「お前らがそんなに醜いのは、醜く見えるのは……人の醜さそのものだからか……?」
「じ、じじいはなにをいってるんだぜ……?」
「お前らをそんなにけがしてしまったのは、俺たちなのか……?」
「じじいはわけのわからないことをいってないで、とっととあまあまをよこすんだぜええ
ええ!」
男はまりさの要求には応えなかった。
ただ、冷めた瞳でまりさをじっと見つめた。
そして、
「……すまない」
まりさを踏みつぶし、永遠にゆっくりさせた。
・
・
・
あれからも、男はゆっくりパークで勤めている。
男はゆっくりの醜さを、その正体を知った。
だが、男は好きなのだ。そんな醜さを持つゆっくりたちのことが。
男は考えようと思っている。美しさと醜さ。誰もが、ゆっくりさえも持つそれらとどう向
き合い、どう折り合いをつけ、どう受け入れるか。ゆっくりと、欺瞞に満ちたこの場所で、
目を背けることなく考えていこうと思っている。
「ゆっくりしていってね!」
今日もゆっくりパークでは、ゆっくりたちの純粋で無垢で、実にゆっくりとした声が響い
ている。
了
by触発あき
・過去作品
ふたば系ゆっくりいじめ 163 バトルゆ虐!
ふたば系ゆっくりいじめ 172 とてもゆっくりした蛇口
ふたば系ゆっくりいじめ 180 ゆっくりばけてでるよ!
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ふたば系ゆっくりいじめ 469 おぼうしをぶん投げて
ふたば系ゆっくりいじめ 478 おぼうしのなかにあったもの
ふたば系ゆっくりいじめ 513 ネリアン
ふたば系ゆっくりいじめ 534 ラストれいむロストホープ
ふたば系ゆっくりいじめ 537 地べたを這いずる饅頭の瞳に映る世界
上記以前の過去作品一覧は下記作品に収録
ふたば系ゆっくりいじめ 151 ゆっくりみわけてね!
※人間虐め要素あり
「ゆっくりしていってね!」
まどろむように穏やかで、しかし底抜けに朗らかな声が響く。
野生のゆっくりのような余裕のない響きも、野良のゆっくりのような下卑た響きも、飼い
ゆっくりのような人に媚びた響きも、その声には全く含まれていない。
世に有象無象とあふれた生首ナマモノ、普通のゆっくりの発するそれとは明らかに違う声。
まさに純粋無垢なゆっくりとしたその言葉は、しかしこの場所でだけはありふれたものだ
った。ここはゆっくりパーク。
「原初に限りなく近いゆっくり」が住まうという触れ込みのテーマパークなのだ。
けがれなきゆっくりパーク
ゆっくりパークは、ドームの中に作られた広大な自然公園だ。敷き詰められた芝生に、木
々や茂みが適度に配置されている。小高い丘や噴水などもある。人間が散歩できるよう沿
道や、休憩できるベンチもある。見た目は普通の自然公園とそう変わるものではない。
その最大の特徴はもちろん、そこにいるゆっくりたちだ。
「ゆっくり!」
「ゆっくりしてるね!」
「ゆっくり! ゆっくり! ゆっくりー!」
元気にはね回るのは、れいむ種とまりさ種の二種だ。ゆっくりの始まりにしてもっともポ
ピュラーなこの二種がこのゆっくりパークの主役だ。
ゆっくりパークを回るときは気軽に声をかけるといい。
「れいむ、まりさ、ゆっくりしていってね!」
「ゆ! おにいさん、ゆっくりしていってね!」
「ゆっくりしていってね!」
どこか得意げな、それでいて憎めない特徴的な笑顔、そして「ゆっくりしていってね」と
いうセリフ。
ゆっくりたちは、遊びに来る人間を心から歓迎してくれる。
その実にゆっくりとした挨拶だけで、誰もがゆっくりとした気分になれることだろう。
それだけでも心が和むものだが、ゆっくりたちも触れ合うこともゆっくりパークの大きな
楽しみのひとつだ。
「れいむの髪、サラサラだなあ」
「ゆっくりー!」
「まりさのほっぺも! もっちもちで気持ちいい!」
「まりさもきもちいいよ! ゆっくりできるよ!」
「ほーら、たかいたかーい」
「ゆうう! おそらをとんでるみたい! ゆっくりー!」
素朴なゆっくりたちとのふれあいは、つかの間、人を童心に帰らせてくれる。
食べ物の持ち込みは禁止されているが、公園内ではゆっくりにあげるお菓子が売られてい
る。機会があれば、これらを購入してゆっくりに与えることをお勧めする。
「むーしゃ、むーしゃ! しあわせー!」
食事のおいしさに打ち震えしあわせを叫ぶゆっくりの姿は、見ている方もしあわせ気分に
浸らせること請け合いだ。現代人が忙しさの中で忘れがちな食事の楽しさというものを、
ゆっくりたちは思い出させてくれる。
もちろん、ゆっくりたちは眺めているだけで楽しいものだ。
「ちょうちょさんまって! ゆっくりー!」
「ゆっくりまわるよ! こーろころ! ゆっくり!」
「のーびのびするよ! ゆっくりー!」
「むーにゃ、むーにゃ! すーや! すーや!」
ドームに包まれた自然公園は、柔らかな人工灯に照らされ、空調により常に春の気温と湿
度が保たれている。ゆっくりたちはこの常春の楽園でのびのびとゆっくりするのだ。
その姿を見て、触れて、聴いて、味わう。そうすれば、きっと誰もが心休まるしあわせに
なれる。ゆっくりできる。
ゆっくりを見る、というだけならこのゆっくりパークでなくてもいいだろう。世にゆっく
りはあふれている。
だが、それらは実のところ、その名ほどゆっくりしていない。
野生のゆっくりは厳しい自然を生き抜くのに必死で余裕がない。都会の薄汚れた野良もま
た同じ。飼いゆっくりにしても、人間の都合にあわせて躾られており、従順ではあっても
純粋ではない。加工場の製品はもともとゆっくりさせてはもらえない。
どのゆっくりも、ゆっくりを餡子の底から求めながら、ゆっくりしているとはほど遠い状
況にある。だから人間の畑に忍び込んだり、人の家に押し入ったり、あるいは人間に無謀
な要求を突きつけたりする。その行動の根元は、よりゆっくりしたいから、だ。
このゆっくりパークのゆっくりたちは違う。これ以上ないほど純粋にゆっくりとしている。
だから人に今以上のなにかを求めたりはしない。無垢に無邪気にゆっくりとしているだけ
なのだ。
だからここのゆっくりは評されるのだ。「原初のゆっくりに限りなく近いゆっくり」だ、
と。
純粋にして無垢。けがれなきゆっくりたち。
このパークのゆっくりを求めるものたちは多い。だが、残念ながら一般に販売はされてい
ない。
禁じられれば欲しくなるのが人の性。だが、このゆっくりパークのゆっくりに手を出すの
はやめたほうがいい。パークの各所には死角なく監視カメラが設置されており、ゆっくり
たちのお飾りには発信機能つきのICタグがつけられている。ゆっくりたちは厳密管理さ
れ、大切に守られているのだ。
まさに地上に現れたゆっくりたちの楽園。それがここ、ゆっくりパークなのだ。
「ゆっくりしていってね!」
ゆっくりパークでは、いつもゆっくりたちの声が響き渡る。その声には、生きることのし
あわせが、満ち足りた穏やかさがある。
だが、なにより。
――みんなにゆっくりしてほしい。
その願いが、つまっている。
だからここ、ゆっくりパークを訪れる者はみな、ゆっくりできるのだ。
ゆっくりパークは口コミで伝わり、日に日に訪れるものは増えていった。
・
・
・
「おにいさん! ゆっくりしていってね!」
ある日のこと。ゆっくパークの従業員である男は、二匹のゆっくり、れいむとまりさに呼
び止められた。
「ああ、ゆっくりしていって……ね」
男の言葉を詰まらせたのは、れいむの頭から生えた茎と、鈴なりに生った赤ゆっくりだっ
た。
「まりさ、れいむとずっとゆっくりすることにしたよ!」
「かわいいあかちゃんができたよ! ゆっくりしていってね!」
男は目をしばたたかせ、「ちょっと待ってろ」と告げると足早にその場を去った。
れいむとまりさはきりっとしたゆっくり特有の表情を浮かべてじっと待つ。
ほどなくして、男は乳母車のようなものを持ってきた。
「さ、ここに行こうか」
乳母車はれいむとまりさが乗るのにちょうどいい大きさだった。乳母車のクッションの心
地よさに、れいむとまりさはぐんにょり乳母車に同化するみたいに潰れた。
そして、男は乳母車を押し歩き始めた。
「ゆ? れいむ、まりさ、どうしたの?」
「ゆっくりしてる? ゆっくり! ゆっくりー!」
道すがら問いかけてくるゆっくりたちに、男は二人に子供ができたのでしばらくパークを
離れることを告げた。
「れいむ、まりさ! ゆっくりしていってね!」
みんなの祝福を受け、乳母車の上のれいむとまりさは実に誇らしげだった。
だが、男の表情はどこか暗い。
パークの入り口にさしかかったところ、男は先輩の従業員に呼び止められた。
「どうした?」
「先輩、この子たちが……」
「……ああ、そうか。子供ができたんだな」
「ええ、そうなんです……」
男の沈んだ声と表情を、先輩と呼ばれた男は見とがめた。
「……そうか、お前は初めてだったな。よし、俺も同行しよう」
「すみません……」
そして、二人と二匹はゆっくりパークの外へとでた。
外、と言ってもまだパークの敷地内、パークに隣接する建物の中だ。
無機質なリノリウムの廊下を足音が高く響く。
乳母車の上のゆっくりたちは、希望に瞳が輝かせている。この廊下の先にはどんなゆっく
りしたことが待っているのだろう。そんな期待で全身を膨らませていた。赤ゆっくりの生
った茎は、そんな親ゆっくりの上で穏やかに揺れていた。
そして、その部屋についた。
「ゆ?」
「ゆ、ゆっくり……?」
れいむもまりさも疑問の声を上げた。
殺風景な部屋だった。床も壁もコンクリートの打ちっ放し。木片やアルミの板などの資材
が並べられている。
そこは部屋、というより舞台裏と称した方がふさわしい、どこか寒々とした場所だった。
これからゆっくりたちは子供を産む。だから、すごくゆっくりした場所に行くはずだと思
いこんでいたのだろう。きょろきょろと、物珍しそうに辺りを見回している。
不安は感じていないようだった。信じているのだ。世の中のなにもかもが、ゆっくりでき
るものだと。
男は痛ましげな瞳でそんなれいむとまりさを見つめる。
「先輩、こいつら、どうにかなりませんか?」
「ダメだ。例外は許されない」
「でも……!」
「規則だ。お前がやらないのなら、俺がやる」
男達のやりとりに、れいむとまりさにもようやく不安の影が射した。二人の声も様子もゆ
っくりしていないことがわかったのだろう。
「おにいさん、ゆっくりしてないの?」
「ゆっくり! ゆっくりしていってね!」
「ああ、大丈夫だよ」
自分ではなく、まず相手をゆっくりさせようというゆっくりたちに、男は弱い微笑みを返す。
「すぐ終わらせる。だから、心配しないで」
そして男は強く奥歯を噛みしめ、心を決めた。
部屋の一角からずた袋をひっぱり出す。そして、近くに立てかけられていたバットも手に
取る。それらを手にすると、ゆっくりたちの載る乳母車へと戻った。
「ゆっくり……?」
「ゆっくりしてね……?」
不安げなゆっくりたち。
男はもうためらわなかった。覚悟を決めていた。
そして、有無を言わさずゆっくりたちをずた袋に放り込むと、ひもで袋の口を縛った。
「ゆゆゆ!? どうしたの? なにするの?」
「ゆっくり!? ゆっくりしようよーっ!?」
戸惑いの声。だが、非難の言葉はない。信じているのだ。ゆっくりパークの男を。
男は唇を噛み、その言葉に耐える。
そして、バットを振りあげると、ゆっくりたちの入った袋へと叩き下ろした。
「ゆぐううううっ!?」
「まりさ、どうしたの? ゆっくりしてる?」
「いだいいいいい! ゆっぐじでぎないいいい!」
どうやらまりさに当たったらしい。男はゆっくり達の戸惑いの声を振り払うように、再び
バッドを降り下ろした。
「ゆぎゃあああ! めがああああ! まりさのおめめがあああああ!」
「まりさ! まりさああああ!」
「いぢゃい! いぢゃい! いぢゃいよおおお!」
「やめてあげてね! まりさ、いたがってるよ!」
袋がうごめく。中では何が起こっているのか、外からではよくわからない。いや、見えな
いからこそいっそうその声に、悲惨な状況が思い浮かべさせられる。
ゆっくりたちの苦しみの声に、男は手を止めた。
「休むな。一気にやれ。時間をかける方が残酷だ」
「わかってます!」
先輩に促され、男は再びバットを振るい始めた。
やすまず、何度も、何度もたたきつける。
「ゆべ! ゆぎっ! ゆぐうう!」
「ゆぎゃあっ! ゆびぃ! ゆびゅうう!」
ゆっくりたちは何度も叫んだ。ゆっくりパークでずっと暮らしてきたゆっくり。痛みも苦
しみもない、ゆっくりすることだけが全てだった無垢なゆっくり。
初めての痛みはどれほど激しく感じるだろう。今まで感じたことのない苦しみはどれほど
のものだろう。理由もわからない暴力は、どれほど理不尽に思えることだろう。
それなのに。
「おにいざん、ゆっりじでえええ!」
「ゆっぐじ、ゆっぐじ、ゆっぐじぃぃぃ!」
ゆっくりたちは男を非難しなかった。ただ、男がゆっくりすることを願った。
それを叩き伏せるように、ただ一心不乱に男はバッドを振るい続けた。
やがて声は止み、袋も動かなくなった。
「確認しろ」
先輩の指示に、男は荒い息を吐きながらバッドを投げ捨て、袋の紐をほどいた。中をのぞ
き込もうとし、
「ゆーっ!」
飛び出してきたものに驚きのけぞった。
れいむだ。
しかし、ひどい有様だった。どこもかしこもぱんぱんに腫れ上がり、その顔は袋に入る前
より一回りは大きくなっている。それとは逆に頭の後ろ半分は完全に陥没しており、ひど
くアンバランスだった。
そんなひどい有様でありながら、まだかろうじて生きていた。
だが、限界は近い。袋から跳ねて出てきただけでも奇跡的といえる。ずりずりと這い進む
後には、体のそこかしこから漏れ出た餡子の道ができている。
「まりざあああ……あがぢゃん……」
乱れた髪に隠れて見えないが、おそらくその目も潰れてしまっているのだろう。どこへ向
かうともなくふらふらと這い進むばかりだった。
驚いたことに頭から茎はもげていなかった。だが、そこに実っていた赤ゆっくりは、いず
れもれいむの黒髪に沈み込むようにして潰れていた。
あまりにも悲惨な姿だった。
見かねて、先輩が動こうとしたとき、男はバットを拾い、れいむの前に立った。れいむは
男の足にぶつかり、「ゆっ」と呻いて止まった。
「れいむ」
「おにいざん……?」
「すまない……こんなことを言えた立場じゃないが、でも言わせてくれ。すまない」
「どうじで……ごんなごど……ずるの……?」
地の底から響くようなれいむの問いかけに、男は震えた。バットを振りかぶり、男は努め
て事務的に言った。
「……規則なんだ。『こどもをつくったゆっくりは処分する』。それが、このゆっくりパ
ークで決められた、絶対守らなくちゃいけない規則なんだ」
「ぞんな……あがぢゃんは、ゆっくりできるんだよ……」
「そうかもしれない。でも、ここではだめなんだ」
「れいむたち……ゆっぐりしてたんだよ……」
「そうだったな。でも、だめなんだ」
男はバットを振り下ろそうとした。
れいむは顔を上げた。黒髪の隙間から、眼下からこぼれた右目と、潰れた左目が見えた。
機能してないはずのそれらが、男をにらんだ。男はバットを振りかぶったまま固まった。
「しねえ……」
ぞくり、と男の背筋を冷たいものがかけた。
その言葉。とてつもない恨みのこもったそれは、「原初のゆっくり」ならば決して発しな
いはずのものだった。
れいむは、叫んだ。
「こんなことをするおにいさんは、ゆっくりしないでしねええええええ!」
その声に引きずり込まれるように、声もなく男はバットを振り下ろした。
そうして、れいむとまりさは「永遠にゆっくり」した。
・
・
・
「……あいつらは、いったい何なんですか……」
ゆっくりパークの外。「永遠にゆっくり」したれいむとまりさをゴミ捨て場に片づけたと
ころで、男は先輩に問いかけた。
「俺は、あいつらは原初のゆっくりそのものだと思っていました。なのに、あいつらは普
通のゆっくりみたいに子供を作ってしまった。それに、それに、最後のあの言葉……!」
男は震える自らの身を抱いた。
「こんなことをするおにいさんは、ゆっくりしないでしねええええええ!」
あれは一生忘れられないのではないかと思った。
先輩はため息をついた。
「あれは原初のゆっくりなんかじゃない。触れ込み通り、『限りなく近い』ってだけだ」
「でもっ……!」
「落ち着け。お前もゆっくりにあんな言葉を吐かれるのは初めてじゃないんだろう? 元
加工場職員のくせに、ビクついてるんじゃない」
「!?」
男の目が驚きに見開かれた。
先輩はやれやれと肩をすくめた。
「ここのことをなにも知らずに働いてたのか。噂も聞いたことはないのか?」
「し、知りませんよ。ただ、俺はゆっくり加工場になんだか嫌気がさしてやめて……それ
から、ここのことを知って、ぜひ働きたいって志願して……!」
「特殊なパターンだな。元加工場職員ってことで仕事に就けたんだろうが……採用したや
つも、本当になにも知らずにお前がここに来たなんて、夢にも思わなかったんだろうなあ」
「さっきからなに言ってるんですか? 加工場加工場って……ここ、加工場となにか関係
があるっていうんですか?」
「関係もなにも、ここはゆっくり加工場の施設のひとつさ。表向きはまったく別系統の会
社が運営していることになっているが、な。ここの職員はみんな、加工場からの転属だよ。
ああ、お前は例外らしいがな」
男はあんぐりと口を開けた。
純粋で無垢なゆっくりがゆっくりと過ごすゆっくりパーク。ゆっくりの天国であるはずの
ここが、ゆっくりの地獄である加工場のものだったとは、男は想像だにしなかったのだ。
先輩は完全にあきれていた。
「そもそもガキを作ったゆっくりをつぶすなんて規則がある時点で気づけよ」
「でもっ……それはパークの環境を適性数を保つためで……!」
「そんなの表向きの言い訳に決まってるだろ。ズレてんなあ……まあ、そんなだから加工
場を辞めて、なにも知らないままにここに就職なんておかしなことになってるんだろうけ
どな。まあ、いい機会だ。一から教えてやる」
男は深々と息を吐き、ゴミ捨て場の外壁によりかかると語り始めた。
「まずこのゆっくりパークについてだ。ここはな、元々は野生のゆっくりの生産場だった
んだ」
「野生のゆっくりを? なんでまた」
「野生のゆっくりは加工場産と比べて甘みの質が違う。あいつら、駆除を名目に大量に手
に入るものの、手に入るタイミングが安定しない。安定した供給を保つってことでここが
できたんだが、結局採算があわなくて頓挫した」
「野生のゆっくりなんていくら駆除してもわいてきますしね」
「あいつら流に言えば『勝手に生えてくる』からな」
先輩はククッと笑った。
「で、廃棄されたその施設が、加工場で新たに生まれたゆっくりによって復活した」
「新たに生まれたゆっくり……でも、原初のゆっくりなんですよね? 新たにって言うの
とは違うんじゃ……」
「何度も言わせるな。原初のゆっくりじゃない。限りなく近い、というだけだ。まがいも
のだよ、あんなの」
先輩は顔をしかめ、吐き捨てるように言った。男にとっては好ましい、ゆっくりパークの
ゆっくりたち。だが先輩は、それを嫌っているようだ。
「先輩。結局、あのゆっくりたちはどういうものなんですか? 俺にはどうしても、加工
場であんな純粋なゆっくりが生まれるとは思えません」
「純粋、か。ああ、純粋さ、あいつらは。紛れもなく純粋培養。無菌状態の箱入りゆっく
りってやつだ」
「……?」
「お前、機械式生産場は知っているか?」
「……ええ、一応は」
今度は男が顔をしかめた。
機械式生産場。それは、加工場の新たな大量生産手段だ。
従来の加工場では、ゆっくりの大量生産といえばれいぱーありすが利用されることが一般
的だった。
ところが、ついに加工場の技術陣は精子餡の秘密を解き明かし、低コストで大量に生産す
る術を確立した。
機械式生産場は、それを最大限に活かした大量生産の極地だった。
機械式生産場で母体として選別されたゆっくりは、生まれた瞬間に目と口とお飾りと髪、
およそゆっくりがゆっくりであるもの全てを奪われ、あんよも焼かれる。そして成長促進
剤とオレンジジュースによって急速に成長、成体まで育った時点で定期的に精子餡をそそ
ぎ込まれ、子を産む。
見えず、動けず、喋れない。その苦しみの中で生み出されるゆっくりは、良質な甘さを持
つ。
この機械式生産場の最大の利点は、ゆっくりの成長・生産を厳密に管理できることと、そ
の手間が少ないことだ。なにしろ母体ゆっくりはうごきもしゃべりもしない。成長するの
も子を産むのもチューブでそそぎ込むオレンジジュースや精子餡で完全に制御できる。機
械式生産場は、ゆっくりをまさに饅頭を産む機械として運用するのだ。
今や、維持に手間がかかり品質も機械式に比べればバラツキのあるれいぱーありすは、大
量生産には不要なものとなった。大量生産においては生産の安定、品質の均一化の方が重
要事項なのだ。
だが、それでもやはり通常のすっきりーの方が高品質なものができやすい。れいぱーあり
すは今では高級品の生産に使用されている。皮肉にも、ありす種の望む「とかいは」に近
い扱いを受けているのだ。もっとも、当のれいぱーありすはそんなことを知る由もないこ
とだが。
男は機械式生産場の光景を思い出し、気分が悪くなった。
整然と並んだ母体ゆっくりと、機械的に産み落とされる赤ゆっくり。ゆっくりをまったく
生き物として扱わない、加工場ではなく「工場」と呼ぶべき光景。
男が加工場をやめるきっかけになったことのひとつだった。
だから、
「ゆっくりパークのゆっくりは、加工場の母体ゆっくりだ」
先輩の言葉を男はすぐには理解できなかった。
「……え? えと、あの……なにを言っているんですか?」
「だから、ゆっくりパークのゆっくりどものことだ。あのゆっくりどもは、加工場の母体
として数世代を過ごした末に生まれたものだ」
「だって……あいつら、機械みたいに扱われて……」
「そうだ。今まで誰も母体ゆっくりがどんなゆっくりか知らなかった。なにしろ生まれた
瞬間なにもかも失うんだ。わかりるはずもない。それがあるとき、品質チェックの一環と
して母体ゆっくりを普通に育ててみることになった。そうしたら、あの通りさ」
先輩はゆっくりパークのドームを指さした。
男の脳裏にゆっくりたちの姿がよぎる。
実にゆっくりした、無垢で無邪気で純粋で、なにより相手をゆっくりさせようという気持
ちにあふれた、愛すべきゆっくりたち。
それが、機械の部品のように扱われた、その慣れの果てだなんて。
「どうして……なんで……」
男にはなにもかもわからなくなっていた。
呆然と空を仰ぎ、ぶつぶつとつぶやいていた。
「どうして、か。俺は知らねえ。まったくわからねえ。わかりたくもないね!」
先輩はまくし立てた。まるで、何かから目を背けているようだと男は思った。
「……あのゆっくりたちが、機械式生産場出身なのはわかりました。でも、どうして子供
を産んだらつぶしてしまうんですか? 生まれがどうあれ、あんなにゆっくりとした無垢
で純粋で、いいやつらなのに……」
先輩はくくっと笑った。
「無垢? 純粋? そんなゆっくりが、すっきりーして子を産むのか?」
「そ、それは……!」
「だめなんだよ。確かに、母体ゆっくりは原初のゆっくりに近いくらい、純粋にゆっくり
とした存在だ。だが子供を作るようになったらだめだ。普通のゆっくりになっちまう。だ
から処分する」
「だって、あいつらあんなにゆっくりして……」
「だめだだめだ。所詮ゆっくりだ。長く生きれば自分をゆっくりさせることを優先させる
ようになる。子供を作るようになるのはその兆候だ」
「子供ができても、あいつらならみんなをゆっくりさせてくれるかもしれない!」
「いいや、ありえない。あいつらは原初じゃない。限りなく近いってだけだ。一般に販売
されないのもそのせいだ。飼われるうちにあいつらは普通のゆっくりになっちまう。ゲス
なった例すらある。だからゆっくりパークに限定して開放してるんだ」
「でも、でも……!」
男は言い返したかった。
だが、耳に残るあの声が邪魔をする。
「ゆっくりしないでしねええええええ!」
死の間際、ゆっくりパークのれいむは普通のゆっくりだけが使う、最低の言葉を残したの
だ。
「人間だって大人になれば汚れていく。いつまでも子供じゃいられない。綺麗なままでな
んていられない。ゆっくりならなおさらだ」
先輩はそっぽを向き、独り言のようにつぶやいた。
「先輩……?」
「まあ、今日のところはお前はもう、帰れ。いろいろ考えを整理したいだろう。それで、
これからどうするか決めろ」
「これから、どうするか……?」
「お前はここ向きじゃないかもしれない。イヤなら辞めたっていい。ただ、ここの秘密は
墓までもってけ。ゆっくりパークの本当のことなんて、きっと誰も知らない方がいいに決
まっている」
先輩の言葉に、男はうなずきもせず、ただボウッとしていた。
・
・
・
「ああ、ちくしょう! なんだってんだ!」
あれから、男は家には帰らず飲み歩いた。
納得いかなかった。
もともと男はゆっくりが嫌いではなかった。だから加工場で働きもした。だが、気づいた
のだ。
「嫌いではない」、ではなかった。「好き」だったのだ。あの小生意気で憎らしい生首饅
頭を、男はなぜだか好きだったのだ。それに気がついたら、ゆっくりが苦しみ続ける加工
場の仕事はやっていられなかった。
だからゆっくりパークのことを知ったときは喜び、そしてそこで働けるようになったとき
は飛び上がってはしゃいだものだ。子供をつくったゆっくりを処分しなくてはならないと
いうのも、適正数の管理のためやむをえないことだと思いこんで自分をごまかしていた。
しかし今日、現実を知ってしまった。
離れたはずの加工場から離れていられなかった。それも、自分が愛したゆっくりパークの
ゆっくりたちが、加工場の、それも最悪の場所で生まれたものだなんて。
男はヘベレケに酔って、どこともしれない電信柱に寄っかかって座り込んでいた。
そんなときだった。
「や、やいじじい! ゆっくりしないでさっさとあまあまをよこすんだぜ!」
「あん?」
男に声をかけるものがいた。
男は首を左右に回してみるが、声の主は見当たらない。上を見て、次に下を見て、ようや
く気がついた。
ゆっくりまりさだ。
「なんだおまえ、きったないなあ……」
酔った意識のまま、男はとりあえず見たままの感想を言った。
「なにいってるんだぜええ!? ぜっせいのびゆっくりのまりささまをつかまえて、なに
を……」
「いや、お前汚いって。みたところ、山で暮らしてたんだろ? それを何の用意もなく町
中うろついて、すっかり埃まみれってわけだ」
「ゆ、ゆゆう!?」
まりさは激しく動揺した。図星だったようだ。酔ってはいても男のゆっくりに対する審美
眼は確かだった。
確かにこのまりさ、泥も油汚れもそう深いものではない。街に降りてきて間がないのだろ
う。人間を侮り、不用意にあまあまを要求するのもその証拠と言えた。
「お前らはあ、そんなふうに地面をはいずってるからすぐによごれちまうんだよお……」
「ま、まりさはよごれてなんかいないんだぜえええ!」
「汚れてる汚れてる。地べたをはいずって、人間が吐き出した汚いものみーんな体中にこ
すりつけて……」
「ゆがあああ! じじいい! だまるんだぜええええ! このまりささまのうつくしさも
わからないばかでむのーなじじいは、さっさとあまあまだすんだぜええ!」
男は苦笑した。
ゆっくりパークのゆっくりたちとはえらい違いだ。
あそこのゆっくりたちは、純粋で無垢で、綺麗だ。こんな汚い言葉遣いなんて決してしな
い。
そう、こんな人間が吐き捨てたような汚い言葉なんて決して使わない。
いったいこのまりさはどこでこんなに汚れてしまったのだろう。
体も汚れ、汚い言葉を使う心もまた汚いに違いない。
せめて、街に降りてこなければ体がこんなに汚れてしまうこともなかっただろうに。
「ああっ!?」
叫びとともに男は立ち上がった。
足下のまりさをまじまじとみる。
地べたをはいずるゆっくりは、土ボコリも車の排気ガスもまともに浴びることになる。だ
から、体が汚れる。
では心はどうだ?
原初のゆっくりは「ゆっくりしていってね!」以外の言葉をほとんど使わず、実にゆっく
りしていたのだという。
心は、どうして汚れた? 汚い言葉は、どこで覚えた?
酔いはすっかり醒めた。
男の中で、引っかかっていたものがつながった。男は、わかってしまった。
「お前は、お前らは……人に触れて、けがれてしまったのか……?」
先輩は言った。
ゆっくりパークの純粋で無垢なゆっくりたちは、機械式生産場で代を重ねたゆっくりだと
いう。
機械式生産場では、その名の通り機械化されており、人間がゆっくりに触れることはほと
んどない。
だから、母体ゆっくりは人にまったく触れないままに代を重ねたことになる。
そしてその純粋培養された母体ゆっくりも、飼えば普通のゆっくりのようになり、時には
ゲス化してしまうという。
ゆっくりパークのゆっくりたちでさえも、やがて子供を作り、そして普通のゆっくりとな
り、汚い言葉も使うようになってしまうのだろう。
先輩は言った。
「ゆっくりパークの本当のことなんて、きっと誰も知らない方がいいに決まっている」
そうだ、誰だってこんなこと知りたくないに違いない。
人に触れて、ゆっくりはけがれていく、なんてこと。
「お前らがそんなに醜いのは、醜く見えるのは……人の醜さそのものだからか……?」
「じ、じじいはなにをいってるんだぜ……?」
「お前らをそんなにけがしてしまったのは、俺たちなのか……?」
「じじいはわけのわからないことをいってないで、とっととあまあまをよこすんだぜええ
ええ!」
男はまりさの要求には応えなかった。
ただ、冷めた瞳でまりさをじっと見つめた。
そして、
「……すまない」
まりさを踏みつぶし、永遠にゆっくりさせた。
・
・
・
あれからも、男はゆっくりパークで勤めている。
男はゆっくりの醜さを、その正体を知った。
だが、男は好きなのだ。そんな醜さを持つゆっくりたちのことが。
男は考えようと思っている。美しさと醜さ。誰もが、ゆっくりさえも持つそれらとどう向
き合い、どう折り合いをつけ、どう受け入れるか。ゆっくりと、欺瞞に満ちたこの場所で、
目を背けることなく考えていこうと思っている。
「ゆっくりしていってね!」
今日もゆっくりパークでは、ゆっくりたちの純粋で無垢で、実にゆっくりとした声が響い
ている。
了
by触発あき
・過去作品
ふたば系ゆっくりいじめ 163 バトルゆ虐!
ふたば系ゆっくりいじめ 172 とてもゆっくりした蛇口
ふたば系ゆっくりいじめ 180 ゆっくりばけてでるよ!
ふたば系ゆっくりいじめ 181 ゆっくりばけてでるよ!後日談
ふたば系ゆっくりいじめ 199 ゆっくりたねをまいてね!
ふたば系ゆっくりいじめ 201 ゆっくりはじけてね!
ふたば系ゆっくりいじめ 204 餡小話の感想れいむ・その後
ふたば系ゆっくりいじめ 211 むかしなつかしゆーどろ遊び
ふたば系ゆっくりいじめ 213 制裁は誰がために
ふたば系ゆっくりいじめ 233 どすらりー
ふたば系ゆっくりいじめ 465 おぼうしをおいかけて
ふたば系ゆっくりいじめ 469 おぼうしをぶん投げて
ふたば系ゆっくりいじめ 478 おぼうしのなかにあったもの
ふたば系ゆっくりいじめ 513 ネリアン
ふたば系ゆっくりいじめ 534 ラストれいむロストホープ
ふたば系ゆっくりいじめ 537 地べたを這いずる饅頭の瞳に映る世界
上記以前の過去作品一覧は下記作品に収録
ふたば系ゆっくりいじめ 151 ゆっくりみわけてね!