ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko2077 むこうがわ
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公園の入り口には傾いた案内板が立てられていて、すっかり薄くなった文字で『磯賀市第三公園』と書かれていた。
しかし、そんな素っ気ない本名で呼ぶ人間は皆無といってよい。何故なら、その公園はやたら広いことの他に、ちょっと変わった特徴があったからである。
第三公園は、遊具等は少ないが美しい場所だった。園内の木々や植物はよく手入れをされていて、ゴミひとつ落ちていることさえ稀である。
きちんと整備された場であれば、人の足も軽くなる。今日も子供連れを中心に多くの人々が、穏やかな顔で遊歩道を歩いたり、芝生に寝そべったりしていた。
ある幼子が母の手を離れ、どこかを目指してまっしぐらに進んでいく。
その先には、小ぶりの刈込みばさみを手にした小さな人影。ヒバの木に向かってちまちまと剪定をやっているようである。
元気な足音に気付いたのか作業の手が止まり、それは振り返る。
凝った装飾の帽子の下には丸い笑顔。手の平さえも楕円形をしていて、申し訳程度に生えた親指がグリップ式の刈込みばさみを握り締めていた。
人間ではない。胴付きゆっくり、種類はゆっくりえーきだ。それは手早くはさみを手放すと、駆け寄ってくる幼女を受け止め、互いにもちっとした抱擁を交わした。
「しろ!」
「えーきさま、今日も柔らかいね!」
「しーろっ!」
2・3度頬ずりして満足したのか、幼子がちょっとだけ離れた。
えーきは相変わらず満面の笑み。女の子は沸騰しかけのヤカンのような勢いで、まくしたてる。
「あのね、あのね、えーきさま! この前は、私のオモチャ、見つけてくれてありがとう!」
「しろっ」
「あの小さくて可愛い熊さんね、お父さんが買ってくれたんだよ。無くしたら」
「くーろ!」
「そうだよ、黒だよ。
だからね、えーきさまと、この公園のゆっくりさんたちが探してくれて、いっしょーけんめー探してくれて、ありがとー!」
幼女がまた抱きつく。胴付きと背丈が同じくらいなので、まるで子供同士がじゃれあっているようだった。
「今日はね、お母さんと、お父さんも来ているんだよ。あ、お母さんが呼んでる。またね、バイバイ!」
「しろ!」
かなり一方的ではあったが、精一杯の感謝を述べて幼子は母の下へ去っていった。
えーきは刈込みばさみを再び手にして、またパチリパチリと剪定を始めた。胴付きにしては、手慣れた手つきである。
そこへ、ゆっくりまりさがお馴染のぽよんぽよんとした足取りで、えーきの足元に近づいてきた。
「えーきさま。おちたえださんはっぱさん、まりさがかいしゅーするね」
「しろっ!」
まりさは帽子を下し、せっせせっせと口を動かして刈られた枝葉をお飾りの中へ詰め込んでいった。
えーきとまりさの後にある遊歩道を、ちぇんとみょんが駆け抜けていく。その2匹はスーパーのマークが付いた袋を頭に乗せ、元気に跳ねまわっていた。
「ちぇんは、もえないごみさんなんだよー」
「みょんは、もえるごみさんだみょん」
別に自虐的なことを言っているのではない。このチョコ饅頭どもは、ゴミ拾いの真っ最中であったのだ。
ちぇんみょんばかりではない。よく辺りを見渡してみると、ありすが草むらから空き缶を拾って来たり、ぱちゅりーが吸殻を目ざとく見出したりしている。
れいむは芝生から飛び出した雑草を抜いて、緑の小山を作り上げていた。
彼らは紛れもない野良ゆっくり。しかし、世間一般の野良と違うのは、公園に住みつきながらも環境の美化に一役買っていたいたことである。
公園の整備には、手間と金が掛かる。必要な植物には世話を施し、不必要な植物は取り除く。ゴミを拾い、トイレも掃除しなければならない。
それらはボランティアの善意で行われるか、さもなければ税金によって賄われている。
しかし、この公園ではそのどちらも必要としていない。今、磯賀市第三公園を整備しているのは、胴付きえーきを中心とする野良ゆっくり達であった。
いつからそんなことになったのか、ちゃんと把握しているものはいないが、この公園に珍しい胴付きがふらりと訪れるようになってから、園内の野良は変わった。
物乞いしたり、食べられもしないものを食べて中毒を起こしたりする馬鹿饅頭から、人間の役に立ちながらも、食べられる草やゴミを分け合って生活する、賢いゆっくりになっていった。
こうなると、公園を跳ねまわる姿も健気に思えてくるもので、今ではこの公園は「ゆっくりえーきの公園」としてすっかり親しまれている。
行政としても、タダで公園を綺麗にしてくれるのは願ってもないことなので、住み着いた野良どもに対して黙認という形を取っていたのだ。
今までは。
剪定えーきと回収まりさの下へ、先ほどより大きな影が迫ってきていた。
砂色の服を着た背の高い男で、ゆっくりに読めるはずもないが、胸には『磯賀市役所』と刺繍されている。
「ゆ? えーきさま、おっきなにんげんさんが、こっちくるよ」
「ぱんだー?」
「やあ、精が出るな」
男は薄く微笑みながら、剪定ゆっくりの側に腰を掛けた。
まりさはそれを見上げながら、頭を傾げる。
「おにーさん、しやくしょのひと?」
「そうだ」
「でも、いつものひとと、ちがうね」
「あかー、あかー」
「ゆ! えーきさま、ゆっくりしないでよんでくるね」
枝葉を満載した帽子を被り、回収まりさが走り去る。おぼうしの中ちくちくするーとか言いながらも、結構な速さで遊歩道の曲がり角を曲がっていった。
ゆっくりえーきが剪定の手を止め、男の隣に座る。役人が来る前も来た後も、ずーっと掛け値なしの笑顔のままだ。
「なあ、えーき」
「ぱんだー?」
「いや、ぱんだじゃなくて」
「しろ? くろ? ぴんく?」
「あ、そうか。色に関することしか話せないのか。いや待て、じゃパンダって何だ」
「灰色、つまり、よく分かんないってことなんだぞー」
羽音を響かせながら、声が舞い降りる。驚いたことに、それはれみりゃであった。
夜行性の胴無し捕食種が真昼間に、野良ゆっくりが往来する中に出現する。
「えーき様は頭がいいけど、言葉が独特だから、れみぃが通訳するんだぞー。」
「本当によく分からん群れだな、ここは。なんでゆっくり食いのお前がここにいるんだよ」
「よくぞ聞いてくれたんだぞ! 話せば長くなるけど」
「じゃ、いいや」
「うーーーーーーー!」
「しろ? くろ? ぴんく?」
「で、えーきは何って言ってるんだ?」
「市役所のお兄さんが来たのは、良いことがあったからですか、それとも悪いことですか? だぞー」
「ぴんくってのは?」
「HENTAIなことなんだぞー」
「大馬鹿野郎。俺は巨乳のお姉さんが好きなんだ」
「でも、ここに来るHENTAIさんは紳士なんだぞ。イエス・胴付き、ノー・すっきりーを守ってるんだぞー」
「そうか、ここは紳士連中が守ってるってわけだな」
いくら善良なゆっくりだからといって、それだけで生きていけるほど野良は甘くない。
人間の中で生きるなら、当然、人間の手が必要になる。
「さて、そろそろ話を始めてもいいかな」
「しろ!」
「オッケーなんだぞ」
「えーき、お前はさっき白か黒かと聞いてきたが、今から話すことは、黒だ」
「くーろ?」
「そうだ。結論から言うと、明日の午前10時に磯賀市第一・第二・第三公園を中心に、野良ゆっくりの一斉駆除がある」
「く、くろ!」
「何で、何でなんだぞ! れみぃ達は、この公園を綺麗にしてきたんだぞ。人間さんの役にも立ってるんだぞー!」
「野良ゆっくりだから駆除される。意味は分かるな?」
「……しろ」
納得せざるを得ない。どんなに利益をもたらそうと、人の役に立とうと、ゆっくりはゆっくりなのだ。先人の言葉を借りれば、命の価値が違う。
しかもえーき達は野良だ。たとえ違法ではなくても、適法ではない。
「しかし、お前達は善行を積んできた。それも紛れもない事実だ」
「ぱんだ?」
「どういうことなんだぞ?」
「この公園のゆっくりを好いている奴も大勢いるってことさ。
HENTAI連中じゃなくても、ゴミ拾ったり雑草を抜いたりするゆっくりは可愛いもんだ」
「しーろっ」
「そう言ってくれると、嬉しいんだぞー。れみぃとしても、高いところの枝を綺麗にした甲斐があったんだぞー。
葉っぱさんばかり食べてたから、れみぃは今や、高級ハーブ肉まんなんだぞー」
「れみりゃ、お前は通訳に集中しろ」
「うー」
「で、そんな可愛いゆっくりをみすみす殺したら、市としても寝覚めが悪い。だから、俺が来たってわけだ」
「きーろ?」
「助けてくれるの? だぞー」
「まあ、そういうことだ。これを見ろ」
役人は懐から紙を取り出すと、それを2匹の前に広げた。
磯賀市の地図。えーき達の公園が大きな赤丸で囲われていて、地図の端っこには赤い線が引かれていた。
「この公園が赤い丸だ。駆除が始まる前、まあ午前7時に出発するとして、この赤い線を越えることができたら、お前達は助かる」
「あかぱんだ?」
「この線は何なんだぞ?」
「市の境だ。ここを越えると磯賀市じゃなくなる。一斉駆除は市が行うからな。磯賀から出れば、駆除の対象にはならない」
「くろぱんだ」
「でも、そこから先はどうしたらいいんだぞ?」
「大丈夫だ、優しい人間さんが待ってるよ」
「みどり、くろ!」
「もしかして、ゆっくりんピースなんだぞ? あそこは、ゆっくりできないぞ」
「驚いたな。お前ら、馬鹿なのは顔だけなんだな」
「くーろ!」
「どういう意味なんだぞ!」
男は笑いながら、胴付きと胴無しの頭を撫でる。
2匹はたちまち、まんざらでも無い表情になってゆっくりしているようだった。
ただ、会話の最中から今に至るまでも、えーきは笑顔を崩してはいない。
「じゃあ、ちょっと込み入ったことも話しておこうか。
ゆっくりんピースという奴らがいる。まあ磯賀では何とかジャパンって名前に変わったようだが。
こいつらは、ゆっくり愛護を謳っているが、実際は自分がゆっくりするために、ゆっくりを利用している」
「しーろ」
「よく分かるんだぞー」
「それとはある意味反対に、自分達がゆっくりするために、ゆっくりを潰して回る人間もいる」
「くろ、くろっ」
「虐待鬼威惨だぞ?」
「いや、それだけじゃない。磯賀には、野良も野生も飼いゆっくりさえも皆殺しにすべきだという集団がいる。
ゆっくりは悪であり、それを殲滅することが正義だと声高に主張する危ない人間の集まりだ。
名前は、憂饅会(ゆうまんかい)。そいつらが今回の一斉駆除を決め、実行にも移す」
「ぱんだ?」
「ちょっと待って欲しいぞ。さっき、駆除は市がやるって言ってたぞ。市のことは、市長さんか議員さんか役人さんが決めるんだぞ?」
「その市議会議員に、憂饅会の連中が大勢いるのさ。昨日の議会で決まって、明日決行だ。通常じゃ考えられない。
そんな冷静さを欠いた連中が、ボランティアという名目で駆除を行う。ゆっくりしてれば、確実に全滅だ」
「こうしちゃいられないんだぞ、えーき様。すぐにカリスマ☆脱出大作戦を立てるんだぞー! 皆を呼んでくるんだぞー!」
今まさに飛び立とうとするれみりゃの後頭部を、男ががっちりとつかんだ。
そして不機嫌なコンビニの店員のように、胴付きの側に肉まんを押し付ける。
「まだ話は終わってないぞ。もうちょっとゆっくりしてろ」
「くろ!」
「ごめんだぞ…」
「話した通り、磯賀には自分達がゆっくりしたいために作られた愛護団体と排斥団体がある。
だが、この市境を越えたところには、人間と共にゆっくりもゆっくりさせようとする会がある」
「しろ?」
「それが優しい人間さん?」
「そうだ。霧雨協会。そこは善良なゆっくりに限り、保護を行っているそうだ。
お前達の話をしたら、市境さえ越えられるなら、喜んで迎えてくれるとさ。これが、善行の報いというわけだ」
「しろぱんだ」
「どうして、そんなことやってるんだぞ?」
「さあな。何でも、善良なゆっくりはどんな希少種よりも珍しいんだそうだ。
このままじゃ絶滅するとか。まあ、俺にはよく分からん話だがな。取りあえず、話はここまでだ」
「じゃじゃじゃ、れみぃは皆を呼んで来るんだぞ! 全力でれーみりーあーうー☆」
燕のような弧を描きながら、れみりゃが飛んでいく。
男もふと立ち上がって、胴付きえーきを見下ろした。
「ちょっと、トイレ行ってくる」
市役所の服が公衆便所の前まで来ると、何やら擦るような音が聞こえてきた。
そっと中を覗くと、歯ブラシをくわえたれいむが、タイルの床を磨いている。
「……ここでは、常識に囚われてはいけないようだな」
「ゆゆ! にんげんさん、ごめんなさい! すぐにれいむ、でていきます!」
「いや、謝らなくてもいいんだが。それにしても」
男子便所は、冗談みたいにピカピカになっていた。
代わりにれいむの口にある歯ブラシはボロボロだ。
「おい、まさかお前、その歯ブラシでここを掃除してるのか?」
「ごめんなさぃぃぃいい! にんげんさんから、いらなくなったはぶらしさん、もらってるんですぅぅぅ。
あんまりぴーかぴーかしてなくて、ごめんなさぃぃいいい!!!」
「いや、あのな、その、あー、面倒くせぇなあ、おい!
お前、これって相当凄いことだぞ。もっと胸張って生きろよ」
「れいむ、あごしかないんですぅぅぅう! おっぱいなくて、ごめんなさぃぃぃいい」
「えーと、もう、何か悪かったよ。ちょっと用を足すから、な」
「はい、くそまんじゅうはでていきます」
思わず舌打ちしながら、ネガティブの化身のようなれいむを男は見る。
お飾りも、肌もボロボロだった。裂傷、火傷、得体のしれない亀裂。それは歴史そのものだ。
用を足しながら、役人は話しかける。
「おい、くそまんじゅう。そこにいるか」
「は、はい! くそまんじゅうはここにいます!」
「お前は、長生きする」
「ゆ?」
「れいむとは思えない能力もあるし、度し難いほど謙虚だ。そんな奴は、長生きできる」
「で、でも」
「俺が、人間さんがそう決めたんだ。さっさと死んで、俺に恥をかかせるなよ」
「ゆっ」
小用が終わり、手を洗いながら、彼は言葉を継ぎ足した。
「あと、掃除が終わったらちゃんと水浴びしろ。そのまんまじゃ、本当に糞饅頭だ」
男がえーきの下へ戻ると、そこは緊急対策本部と化していた。
胴付きのリーダーは、枝で地図を指し示しながら、何やら指示を出しているようだった。
「あかくろ、しろ、くろ、ぱんだ?」
「いや、このみちは、ねこさんがおおいからゆっくりできないよ」
「しろくろ、くろ、しろ、ぱんだ?」
「このちかくには、しょうがっこうさんがあるのぜ。ずっとゆっくりしちゃうのぜ」
「しろ、しろくろ、しろ!」
「わかったよー。ひなんばしょは、ちぇんとみょんにまかせてほしいよー」
「ここのかいありすと、おにーさんとは、しりあいだみょん。
ゆっくりできないときは、ちょっとだけゆっくりさせてもらえるように、たのんでみるみょん」
「ぴんく?」
「ざんねんだけど、へんたいおにーさんたちは、ながのに、りょこーちゅーだよ」
ただ一匹、所在なさげにパタパタ飛んでいた肉まんが、男を見付けたようだった。
えーきの側に陣取り、羽で役人の方を指す。
「皆、あの人がお兄さんだぞー。えーき様の次に、ゆっくりしてるんだぞー」
「俺は胴付きの次か」
「その名も……、えーと、お兄さん、名前は何なんだぞ?」
「八津(はちつ)だ」
「はちさんなんだぞー」
「はちつ、だ」
「ゆわぁぁああ! はちさん? はちさんはどこ?」
「はちさんにさされたら、ゆっくりできなぃぃいい」
「落ち着くんだぞー。このお兄さんは、良いはちさんなんだぞー」
八津は頭を掻いた。所詮はお饅頭であることを、改めて自覚する。
パニックが治まると、野良ゆどもは散り散りになっていく。ある者は経路の調査のため、ある者は飼いゆと飼い主に頭を下げに。
その場には、えーきとれみりゃ、そして八津だけが取り残されていた。
「おい肉まん、お前は行かなくていいのか?」
「れみぃは、えーき様を守るんだぞ」
「まるで、めーりんみたいなこと言うんだな」
「えーき様は、命の恩ゆんなんだぞ。恩ゆんはカリスマだから、れみぃはめーりんや、さくやになるんだぞ」
「ボディガードであり、従者ってことか。見上げたもんだよ、ここのゆっくりどもは」
どこかれみりゃらしくない口調も、えーきを思う気持ちからなのだろうか。
そこまでさせるえーきの魅力。
尊敬を集める胴付きは、出会った頃と同じ微笑みを浮かべている。
「なあ、えーき。お前、何で野良なんてやってるんだ」
「はちさん、その質問はNGなんだぞ」
「NGって、そんな言葉どこで覚えたんだ」
「れみぃは、教養溢れる飼いゆっくりだったんだぞー」
「そして、捨てられた、と」
「捨てられたんじゃないぞー!
新入りの胴付きふらんに、ボッコボコにされて逃げ出しただけなんだぞー」
「余計みっともないな」
「うー。でもえーき様に拾われて良かったんだぞー」
「しろ!」
止まない笑みの向こう側に、赤黒い夕闇が迫っていた。
月並みだが、八津にはそれが血のように見える。過去に流されたものか、それとも明日滴り落ちるものなのか。
「もうすぐ、帰ってくるかな」
「夜は、ぐっすり眠る時間なんだぞ。
皆が帰ってきたのを確かめたら、れみぃもえーき様と一緒に木製こーまかんに帰るんだぞー」
「俺もお邪魔していいかな?」
「えーき様と同じくらいの大きさになってくれるのなら、いいぞー」
「できるか。俺はここで寝ることにするよ」
「人間さんは、ふかふかのお布団さんで寝るものだぞー?」
「野宿だの徹夜だのは、慣れてるんだ」
そう言いながら、八津は芝生の上に寝転んだ。本気で公園にて一夜を明かす気でいた。
やがて一匹また一匹と野良饅頭の姿が戻ってくる。
最後のちぇんみょんコンビが帰ってくると、すっかり辺りは暗くなっていた。
「お兄さん、本当にここにいるつもりなんだぞ?」
「そうだ、気にすんな。お前達は休んどけ」
「そうするぞー」
不意に、えーきだけがトコトコと男の耳元まで近づいてきて、一言だけ囁いた。
「みどり……」
八津が身を起こすと、既に2匹とも小さな後姿となっていた。
役人は、言葉を反芻する。
えーきの声、或いは回答、「どこから来た?」ということに対する。
みどり、ゆっくりできないグリーン、つまりはゆっくりんピース。
夜明けまでの有り余る時間の中、八津は携帯端末を弄びながら、情報の海を泳ぐ。
ゆっくりんピース、2年前の会報。
見出しは、ゆっくりえーきと行く全国保護ツアー。賢い賢いえーきちゃんの笑顔に、会員も思わずえびす顔。
さっきまでそこにあった微笑みと、全く同じ表情が次々と映し出される。
その密度は時の経過と共に薄くなっていき、10か月ほど前に、遂に消えてなくなった。
男は端末を閉じて空を見上げた。こんなこと調べて何になる。今は悲劇を掘り起こすよりも、自分の役割を果たすべきだ。
視線をぼんやりと伸びている樹木に移すと、その陰に細いシルエットがちらつく。夕方から公園をコソコソと動き回る女の影を、男は認めていた。
八津は目を閉じ、眠ったフリを決め込んだ。
夜明けとほぼ同時に、公園のお饅頭がズラリと勢揃いした。
その光景をポカンと眺めている爺様がいたが、八津は気にしないことにする。
まるで学校の朝礼のように、整列した野良ゆの対岸に胴付きえーきとれみりゃが立っていた。
「それじゃ出発前に、えーき様のありがたいお話なんだぞー!」
「ゆーーーーーーーーー!!!」
れみりゃの宣言の後、ゆっくりえーきが軽く咳払いをする。
気管とか無いだろとツッコミたい衝動を、男は抑えていた。
「しろ! くろくろ、くろ! しろ! しーーーーろ、くーーーーろっ。
ぴんく、ぴんく、くろ、しろ! ぱんだ? ぱんだー!
しろ、くろ、ぱんだ、きいろ、あか、むらさき、おれんじ、なないろ、ぱんだ、しろーーーっ!」
「ゆっくりりかいしたよ!」
「それじゃ、いつものやつ、いくぞー!」
「ゆっくりえーきとぉぉぉおおおおお!!!」
「らぶらぶちゅっちゅぅぅぅううううう!!!」
「あーーーーーーっ!!!」
「どうしたんだぞ、お兄さん?」
「ツッコムまいと思っていたが我慢できん! なんだ、らぶらぶちゅっちゅって?」
「HENTAIさん達が教えてくれた、ゆっくりできる掛け声なんだぞー。
えーき様を心から愛してるものだけに許された、友情努力勝利な合言葉なんだぞー」
「ゆっくりえーきとぉぉぉおおおおお!!!」
「らぶらぶちゅっちゅぅぅぅううううう!!!」
「よーし分かった。お前ら馬鹿だ。HENTAI含めどうしようもない馬鹿ばっかりだ」
生死がかかっているとは思えない和やかな雰囲気の中、野良の群れは移動を始めた。
静止したままの爺さんを横目に、八津を含んだ列は遂に脱出行を開始する。
「二手に分かれるのか?」
「しろ!」
「その通りなんだぞ」
「俺がいるんだから、まとまっていた方がよくないか?」
「しろ、くろっ」
「はちさんは1人、ゆっくりは大勢なんだぞ。全部面倒見てもらうなんて、大変だし申し訳ないんだぞ。
それに塊になっているより、ある程度バラバラの方が被害を減らせるかもしれないんだぞ」
「割かしシビアに考えてるんだな」
「くろ、しーろ」
「優先すべきなのは群れの存続なんだぞ。ゆっくりしあえる群れを、全滅させたくはないんだぞ」
れみりゃは再び、えーきの通訳として動いていた。
人間の言葉は通じるのにその言葉が話せないことに、八津は今さらながら歪(いびつ)なものを感じている。
「ぎーん、おーれんじ、しーろ」
「離れる隊は、ちぇんとみょんが率いるんだぞー。いざという時は、人間さんの家に避難できるルートなんだぞー」
「お前らは賢いな。何でそんな群れがらぶらぶちゅっちゅっなんだ」
「くーろ」
「ひとつのことに拘り過ぎると、ハゲるんだぞー」
「れみりゃ、今のはてめーのオリジナルだな。怒らないから言ってみろ」
「えーきさま、そろそろおわかれなんだねー」
「おわかれとか、いうなみょん。きっと、またあえるみょん」
「しろ、しろー!」
「だいじょーぶなんだよー、わかるよー!」
「あかくてたくさんの、じどーはんばいきさんで、おちあうみょん!」
まるで剥がされるように、群れから群れが分かれていく。
八津はえーき達と共にちぇんみょんの隊列を見送った後、遅い歩みを再開した。
「自動販売機?」
「赤い自動販売機がたくさん並んでる家があるんだぞ。そこから入った道が、市の境に出るのに都合がいいんだぞー。
他の道は猫さんの溜まり場だったり、気の毒な鬼威惨の家があったりして、危ないんだぞ」
「気の毒言うな」
「くろ……」
「うー? えーきさま、どーしたんだぞ?」
「あかー、あかー!」
「まだ別れたばっかりなんだぞ。連絡を取り合う時間じゃないんだぞ?」
「くろ! くろー!」
「おいれみりゃ、えーきは何か感じ取ってるみたいだ」
「わ、分かったんだぞ! 全速全開でちぇんみょん隊へ向かうんだぞ! れーみりーあうー!」
飛んで行く。眩い空の中を捕食しない捕食種が。
澄み切った青、それさえ不吉な前兆に見えることがあるのだろうか。
ちぇんもまた、不吉な影を見ていた。
スポーツタイプの自転車。おおよそ住宅街にはふさわしくないものだ。それが、恐ろしい速さでこちらへ向かってくる。
避けてくれるのか、それとも避けるべきなのか。
悩むよりも早く、自転車が通り過ぎる。
嫌な臭いが背中を刺した。ちぇんが恐る恐る振り向くと、タイヤ痕が仲間だったものの上にくっきりと描かれている。
死でできた線の向こう側。二輪の上にまたがった女が、刺すような笑みを浮かべていた。
「ぜんゆん、ひなん!」
走り出す、逃げ出す。それは誰よりも高く跳ねた。これは大事なお飾りが落ちるのも構わない。あれは子供を頭に乗せて必死の形相を浮かべていた。
虐殺は唐突に始まり、それだけに一切の容赦がない。一陣の狂風が貫くと、その度に無数の生命が一本のラインに加工された。
叫び声を上げているのは、まだ生きているものだけだった。断末魔さえ許されない、一方的な殺戮が繰り返される。
ちぇんの視界に、相棒たるみょんの姿が入る。
「もうすぐ、もうすぐ、ありすのおうちだみょん。あそこまでいけば、たすかるかもしれないみょん!」
「にげるんだよー! いっぴきでもおおく、たどりつくんだよー!」
ちぇんの尻尾が、車輪に踏まれた。一瞬のこと過ぎて、態勢を崩す暇さえない。
苦悶の息、苦痛の声が少しずつ消えていく。蹂躙する輪の響きだけが増えていくようだった。
終わりが見えた。死ぬより先に、見覚えのある門構えが。
「ありすー! たすけてねー!! わかってねー!!!」
飼いありすが暮らす家。
その庭までが見渡せる場所まで至ると、器用に窓を開けるクリームゆっくりの姿も現れる。
「こっちよ、みんな! ありすのおうちに、ひなんするのよ!」
「ゆっくりりかいしたよ!」
ちぇんが、みょんが、れいむが、まりさが、生き残ることを許されたゆっくり達が、次々と人間の家へと飛び込んでくる。
「もう、だいじょうぶよ。 おにーさんもおねーさんも、ゆっくりしていってねって、いってくれてるから」
「ありがとうなんだね、ありす……」
「でも、ほとんどつぶされちゃったみょん……」
飼いゆの住む家にたどり着けたものは、10分の1にも満たなかった。
他は全て、アスファルトの上に引かれた最も新しい線だ。
「なにがあったの?」
「きっと、ぎゃくたいおにーさんなんだよ。いや、おねーさんだったんだよー」
「なら、もうあんしんね。いくらぎゃくたいおねーさんでも、にんげんさんのおうちには、はいれないから」
もう入ってくるものはいない。それを確かめると、飼いありすは再び窓ガラスを締めた。
それとほぼ同時だった。自転車に乗った女。その姿が、透明な板の向こう側からこちら側へとあっという間に大きくなっていく。
何かが派手に割れる音がする。それを目指してれみりゃは飛んだ。
眼下に、飼いゆっくりが住んでいる家があった。そこで暮らすありすが不良野良に絡まれていた時、えーきの群れゆが助けたことがあった。
それ以来、そこの飼い主とも面識ができて、雨宿りくらいはさせてもらえるようになったのだ。
そして今回は、いざという時の避難所にもさせてもらった。
優しい人間さんのお家。その窓ガラスが、というより窓自体が壊されていた。
「どうしたんだぞー!」
「きちゃだめ!」
飼いありすの声に打たれて、れみりゃは空中で静止する。
しかし、そこからでも見て取れた。散乱するガラス。屋内で横倒しになった自転車。そして今まさに消えようとする、仲間達の生命。
ちぇんが、踏み抜かれた。安全靴を履いた女の足が、ぞっとする程黒く染まる。その傍らには、蹴られたというより吹き飛ばされたように顔が欠けたみょん。
死んでいた。家の周りで、家の中で、赤い自動販売機の角で落ち合って、再びゆん生を共にしようと誓ったもの達が。
「何を、何してるんだぞ!」
牙を生やしながら、れみりゃが激高する。
女は一瞥することもなく、飼いありすをじっくりと踏みつけていた。
「にんげんさん、ありすは、ここのおにーさん、おねーさんのものよ。
にんげんさんでも、ひとのものにてをだしちゃ、いけないのよ……」
「関係ないわね。私は博愛主義者だから、野良も飼いも同じように殺してあげるのよ」
飼いありすのバッチに、女の目元が写る。血走っていて、それでいてどこか遠くを見つめるような目。
普通のゆ虐趣味人にはない、思想的な狂気を孕んだ瞳。
ありすが白目を剥き、中身が止めどなく吐き出される。誰が見ても明らかな絶命のしるしであった。
「それにね、どうせ、ゆっくりを飼っている奴なんて、胴付きでしょ。胴付きなら殺しても構わないわよね」
未だ会話を止めない人間を見て、れみりゃは悟る。
「おねーさんは、クレイジーなんだぞ。もしかして、憂饅会の人なんだぞ?」
女の手がテーブルの上の花瓶に伸びる。瞬きする程の間に、それは空飛ぶ肉まん目掛けて投擲された。
凶器は僅かにれみりゃから外れ、落下する。
憂饅会の女は姿勢を崩していた。そのズボンの裾を、もう動かないはずのみょんが噛み締めている。
遺志。それを確かに受け取り、れみりゃは高く高く飛び立つ。そして、長の下へ。
地獄の鬼のような罵声が、どこまでも肉まんを追いかけてくる。空飛ぶゆっくりは根本が折れそうな痛みに耐えながら、羽ばたき続けた。
肉まんがそうなるというのも奇妙な話だが、実際にれみりゃは青ざめていた。
飛ぶ気力もなくした元捕食種を抱えながら、八津はその話を聞いて、確信する。
「間違いない。憂饅会の構成員・丸井だ」
「はちさん、その丸井って女の人、ありすも人間さんのお家も潰していたんだぞ。そんなことすれば、おまわりさんに怒られるんだぞ……」
「磯賀市警は、憂饅会には手を出せない。構成員が事件を起こしても、市議や警察内部の人間が揉み消す」
「くろ! くろ!」
「そうだ、黒だ。どうしようもない黒なんだよ」
「おにーさん、えーきさま、たすかるの?」
八津に足元から話しかけたのは、あの便所掃除れいむだった。
ちゃんと人間の忠告を守ったらしく、今日は野良なりに身綺麗にしていた。
「大丈夫だ。えーきもれみりゃもお前達も助かる。そのために、俺が来たんだ」
「くろ…くろ…」
「どうした、えーき」
一瞬、役人は腕の中の肉まんを落としそうになった。
あれだけ笑顔を絶やさなかった胴付きの顔が、初めて、曇っている。
「えーき様のせいじゃ、ないんだぞ。二手に分かれるのが、一番確実な作戦だったんだぞ。
人間のおまわりさんだって、勝てない相手なんだぞ……」
「くろっ。くろっ!」
れみりゃが惨状を明かしても、第三公園の野良どもは行進を止めなかった。
そんな群れが、えーきの悲しみもがく様に対しては余りにも脆かった。歩みは止まり、ゆっくりらしいざわめきに包まれ始める。
「えーきさま、ゆっくりしてね!」
「ゆっくり、ゆっくりだよ!」
「ゆーん、えーきさまがゆっくりできないと、まりさもゆえーんゆえーんだよ!」
「ゆっくち、えーきしゃま、ゆっくちぃ!」
励ましが励ましにならない。ただひたすら重い空気が場を支配していく。
それを破ったのは、八津の思いも寄らない一言。
「ゆっくりえーきとぉぉぉおおおおお!!!」
「らぶらぶちゅっちゅぅぅぅううううう!!!」
男の掛け声を、野良ゆどもは反射的に返す。
そしてみるみる耳まで真っ赤になる八津。
「そ、それぐらい元気があれば大丈夫だ! 落ち込んでる暇があるなら歩け! それと」
赤面が止まない役人は、右手で胴付きえーきの頬を引っ張り上げる。
「お前は笑っていろ。いつもはうんざりするくらいヘラヘラしてるだろ。
お前が笑ってくれれば、こいつらも、俺も、ゆっくりできるんだからな!」
えーきの顔に日が昇る。そんな表現ができるほど、長の顔にいつもの明るさが勢いよく戻っていった。
「しろっ!!!」
「それでいい。
饅頭どもよく聞け。まだ駆除開始には間がある。丸井は単独で勝手に行動してるんだ。
その1人さえ凌げば、市境を越えてゆっくりできる」
「しろ!」
「また落ち込むんじゃないぞ。2度とあんな恥ずかしい掛け声はやらないからな!」
腕の中で肉まんがニヤニヤしていたので、八津はそれを放り投げた。
ゆっくりえーきと公園野良達は、力を取り戻し、向こう側を目指す。
目印は赤い自動販売機のある角。もうそれほど離れていない。
思いのほか、細い道に見えた。
確かにその角には赤い自動販売機が4台。何故に同じメーカーのものが固まって並んでいるのか、人間でも理解に苦しむ。
えーき達が知恵を絞って選んだ、唯一の脱出口。遂にそこに至る事が出来たのだ。
しかし、野良どもは一様にしかめっ面を浮かべている。
八津は数あるゆっくりの中から馴染深いれいむを見出すと、尋ねてみることにした。
「なあ、れいむ。お前ら何て顔してるんだ」
「ゆぅ。なんだかくさいんだよ、おにーさん」
「臭いって、お前ら鼻無いだろ」
「おはながなくても、からだじゅうが、くさいくさいっていってるんだよ。ゆっくりできないよ」
「お前がボヤくってのは、相当だな。でも、えーきやれみりゃは平気そうに見えるが」
「れいむみたいな、ふつーなゆっくりにしか、わからない……ゆげぇ」
「おいおいおい、大丈夫かよ」
「はちさん、はちさん! 大変なんだぞ! こっちに来て欲しいんだぞ!」
促されるままに八津が駆ける。
列の先端。その先にあった光景は、流石の彼にもおぞましく感じられるものだった。
道の上に、壁に、マンホールの上に、小さな染みがまるで水玉模様のように敷き詰められていた。
目を凝らす。全て赤ゆの死体だった。成ゆでも子ゆでもない、産まれたての生命でできた無数の餡溜まり。
ゆっくり、中でも通常種が最も嫌うもの。即ち死臭が人間には分からない形で漂っている。
不規則なドットの中に、打ち捨てられた塊があった。髪にバッチを付けた、2匹のゆっくり。ありふれたれいむとまりさの、恐らくは番だったのだろう。
双方の額からは黒ずんだ茎が伸び、生殖器のあった場所は無残に切り開かれていた。
八津は理解してしまう。この2匹は死ぬまで赤子を作らされ続けていたことを。
執拗で異様な風景、殺されるために産まれてきた生命の模様。それを描き出せるのは、憎悪と狂気でしかない。
車輪の鳴く声がした。主が近づいてくる。
八津は下がれ、とれみりゃに目で合図した。
ぬちゃり、ぬちゃりと餡を噛む音。悪びれた様子もなくサイクリングを楽しむ女が、不快なものとともにやってくる。
「ここにいたんだ」
「待ち伏せていたのか、丸井」
「いいえ、ここらの道という道に、同じことしてるのよん。ゆっくりは、いくらでも子供を作れるしー。
……なんで私の名前知ってるの?」
「れみりゃの言う通りだな。この女は、どうかしてる」
丸井は脈絡なく腹を抱えて笑い出した。
笑いながら自転車を降り、すぐさまそれを蹴り飛ばし、番の死骸に命中させる。
「どうかしてるのは、あなたよお兄さん。ゆっくりは人間の敵よ。いいえ、人間はゆっくりに支配されてるの。
なんで、そんなのと一緒にいるのよ? あなた馬鹿なの? 売人奴なの?
社会が不景気なのは、ゆっくりが仕事を奪っているからよ。
治安が悪いのは、ゆっくりが犯罪を犯しているからよ。
異常気象なのも、ゆっくりが増え過ぎたせいよ。
だから私は、私達はゆっくりを殺すのよ。正しいことだから、正しいことだから、正しいことだから。
ねえ、これ見て」
女はサイドバッグから、植物のようなものを取り出した。
それは、赤ゆが生った茎。よく見れば、そのひとつひとつに、何やら光るものがくっ付いていた。
「ね、笑えるでしょ? こいつら、もうバッチなんか付けてるのよ。これこそ堕落の極みよ」
「それは、どうやって手に入れた?」
「あんまり目障りだから、盗ってきちゃった」
丸井の細い掌が、茎を赤ゆごと握り潰す。
手が開くと、指の間から小さな金属片がこぼれ落ちた。
「確かに見たぞ」
「確かに見せたわ。あら、そこにいるのは胴付きね。あなたのお子さん?」
「あいにく、俺は巨乳のお姉さんが好みなんだ。俺はHENTAIじゃないし、あんたみたいな細身もタイプじゃないな」
憂饅会の女は、最初から最後まで藪から棒であった。
彼女の蹴りがえーきの胴を狙う。鉄の入った爪先による、致命の一撃。
庇うものがいた。あの便所掃除が上手なれいむだ。細い足と太い胴体の間に割り込んで、目をつぶって大きく膨らんだ。
蹴りは止まっていた。もちろん、ぷくーが効いたのではない。
丸井の右手首に手錠が嵌められていて、それを八津が引っ張っていた。必殺の間合いが、ずるずると離されていく。
「丸井薫子。器物破損の現行犯、及び飼いゆ連続損壊事件の容疑で逮捕する」
「……何を言ってるの? 警察みたいなこと言って」
「みたいじゃない。俺は刑事だ」
「ふふふ。磯賀の警察は憂饅会には逆らえないのよ、知らないの?」
「市警ならな。残念ながら俺は双葉県警の者だ。県議か国会議員に、知り合いはいたかな?」
憂饅会は磯賀市限定の暴力組織だ。
丸井の顔が怒りの相のまま青くなっていく。
「なんで、ゆっくりなんかの肩を持つのさ」
「理由は2つある。1つは、お前が紛れもない立派な犯罪者だからだ」
「ゆっくりは悪、汚物なのよ」
「だからといって、他人のものまで潰しちゃいけない。それは犯罪で、まだこの国は法治国家だからな。
そしてもう1つは、娘が世話になったんだ」
「ゆっくりに?」
「娘がうっかり落とした子熊の人形を、こいつらが見つけてくれたんだよ。少なくとも憂饅会よりは、恩義がある」
「そんなことで、そんなことで」
「大事なことさ。この野良どもは、いつも正しい手段で生きようとしてきた。お前達とは正反対だ」
刑事が懐の携帯端末を弄ると、間を置かずに双葉県警と書かれたパトカーがやってきた。
同僚に犯人を引き渡すと、八津は泣きながら膨らみ続けているれいむの前に屈む。
饅頭の下唇を親指と人差し指で挟んで、絞る。ひゅるるるるという間抜けな音と共に、れいむはあっという間に萎んでいった。
「こら、くそまんじゅう」
「ゆ? こわいおねーさんは?」
「ゆっくりできない場所にいったよ。
それにしてもお前、えーきの代わりに死ぬつもりだったんだろう。便所の誓いを忘れたか? 俺に恥をかかせる気だったな?」
「ご、ごめんなさい。れいむは、その」
「もう一度言っておくぞ。お前は長生きする。そうやって、えーき達を守ってやるんだ」
「り、りかいします!」
れいむっぽくないれいむの側を離れると、そこにはまたしてもらしくない顔をしたえーきが立っていた。
「歩きながら、話そうか」
八津とえーき達は死臭を避け、迂回を繰り返して大通りに出た。このまま真っ直ぐ進むと、市の境に出る。
時刻は既に一斉駆除の開始を告げて久しかったが、もうそれどころではなくなっているのだろう。街はいつも通りだった。
列は規則正しく進む。行儀のよい野良を見て、通行人が可愛いとか何とか呟いたりしているが、ゆっくり達の顔は暗かった。
えーきと共に男は進む。先頭から振り返ると、群れの長さが驚くほど小さくなっているのに気付く。
別働隊の全滅だけではなく、長旅や死臭騒ぎで脱落していったものも少なくなかったのだろう。
歩きながら話そうかと言ってはみたものの、胴のある1人と1匹はしばらく無言だった。見かねたように、1匹の捕食種が飛んできて八津の肩に止まった。
「はちさんは、市役所の人じゃなかったんだぞ?」
「そうだ。俺は双葉県警の刑事。この服装は、お飾りみたいなもんだ」
「確かに、それを着てると市役所の人にしか見えないぞー」
「市警の怠慢が、県にまで聞こえてきた。それで、俺が潜入捜査することになったんだ。
憂饅会の人間は現行犯でなきゃ逮捕できない。そこで、ゆっくりと行動を共にして誘き寄せることにしたんだ。
……お前達を、俺は利用したんだよ」
えーきだけでなく、れみりゃの顔まで薄暗くなっていく。
石畳を幾度も踏みつける音で振り返ると、あの便所れいむが近寄ってきていた。
「おにーさん、おにーさんのおかげで、れいむたちはたすかったんだよ」
「ちぇんやみょん達は、死んだじゃないか」
「でも、もしおにーさんがえーきさまのところにこなければ、いっせーくじょで、みんなずっとゆっくりしちゃってたよ。
はちのおにーさんは、れいむたちの、おんじんさんだよ!」
「お前、俺を庇っているつもりか? 生意気だ、くそまんじゅうのくせに」
「ゆっくりは、そんなに賢くないぞ! 本気で、はちさんには感謝してるんだぞ!」
小さな群れの表情を、八津は見渡す。確かに、恨みがましい顔をしているものは誰一匹としていない。
せめて一匹くらいは、燃えるような目でこちらを睨んでいて欲しいと、男は思った。
霧雨協会の人間は語った。善良なゆっくりは絶滅に瀕するほど珍しい。それは当然のことだったのだ。
善良な奴らは反省するし、後悔もする。そんなものを背負ったまま生きるには、この世は辛く重過ぎる。荷物を捨ててゲスになった方が気楽だ。
八津は、えーきの頭に手を置く。そして、優しく左右に動かした。
「なあ、えーき。今日は思いっきり泣いていい。そして、明日から笑って暮らすんだ」
「しろ?」
「白だ。なんだか分からんが、白だ」
市の境を越えた。終わってみれば、あっけない気もした。
さらに歩き続けると、5分も経たないうちに空き地が見えてくる。仮設テントとマイクロバスで埋められた、落ち着かない場所。備品にはどれも霧雨協会と記されていた。
そこから1人の男が駆け寄ってきて、八津に話しかけてくる。
「八津さん、わざわざすいません。こちらからもお迎えに上がりたかったんですが」
「捜査のこと抜きにしても、ややこしい奴らが多いからな。霧雨協会は、磯賀には入らないほうがいい」
「この子達が」
「ああ。どうしようもなく善良な、野良ゆっくりどもだ」
「どうしようもなく善良、ですか」
八津はしゃがんで、胴付きえーきに視線を合わせる。
もう一度撫でやすそうな頭に手を置いて、告げた。
「ここでお別れだ、えーき。世話になったな」
えーきは顔を震わせながら、目を潤ませつつあった。
何もいえない長の代わりに、空気を読まない肉まんが、えーきの頭の上に乗った。
「はちさん、苦しかったけど、楽しかったんだぞ!」
「俺もだ、れみりゃ」
「はちのおにーさん、れいむ、ながいきします! こんどこそ、やくそくします!」
「お前なら、大丈夫だ。くそまんじゅう」
「おにーさん!」
この2日間、本当に驚かされることばっかりだった。
しかし、最後の最後に来てえーきが喋る。
それは、八津だけではなく、れみりゃも、れいむも、その場にいた全てを唖然とさせるほど、インパクトがあった。
「えーきさまが、しゃべった」
「いろいがいのことばを、はなしたよ」
「れみぃも、初めて聞いたんだぞ…」
胴付きの拙い手が、八津の服の袖を握る。
「おにーさん、しろ! まっしろ!」
そう言うと、胴付きは涙目のまま、とびっきりの笑顔を咲かせる。
「良い笑顔だ。それでこそ、えーき様だな」
八津も、初めて弾けるような笑顔を見せた。
こうして1人の刑事と、野良ゆっくり達の旅が終わった。
饅頭どもがマイクロバスに乗り込む頃には、もうあの男の姿は消え失せていた。
えーき達は車内から、遠くなる磯賀の街並みを見つめていた。八津の顔を重ね合わせていたのかもしれない。
あの日から、ほんの少しの時間が経ち。
見晴らしの良い野山で、えーき達は暮らしていた。霧雨協会が管轄する、ゆっくり保護区。各地から集められた気立ての良いゆっくり達が、ひとつの群れを作っていた。
緩い傾斜を、子ゆっくりどもが転がっていく。ついでに大人達もその遊びに加わってゆっくりしている。
山の頂上には、ドスまりさとゆうかにゃんがいて、穏やかな光景を見守っているようだった。
胴付きえーきは中腹にある石の台座にちょこんと腰かけて、爽やかな風を受けていた。隣には、便所掃除で名を馳せたれいむも座っている。
空気の流れに忙しない羽音が混ざる。まったりとしていた2匹の下へ、れみりゃが慌てたように飛び込んできた。
「えーき様! おにーさんが、はちさんが来るぞー!」
「ぱんだ!」
「ゆゆ? なんではちのおにーさんが?」
「様子を見に来たついでに、こっそりと近づいてれみぃ達を驚かすつもりらしいぞー。
でも、事務室の天井に張り付いていたれみぃには、筒抜けだったんだぞ!」
「あーお!」
「そうだぞ、逆に、はちさんを驚かすんだぞ!」
「そういえば、おにーさんは……」
それから3匹でこーそこーそと内緒話をした後、何か良い案が出たらしく、れみりゃは胴付きえーきの服の下にもぐりこんだ。
もぞもぞと肉まんは移動し、ちょうど胴付きの胸にあたる部分で停止した。
「えーちちのえーきさまの、かんせいっ!」
「このれみりゃおっぱいで、巨乳好きのはちさんを悩殺できるんだぞ!」
「ぴんく、しろ!」
「それじゃ、さっそくはちさんを驚かせに行くんだぞ!」
「ゆーっ!」
「おにーさん、しろーっ!」
れみりゃを胸に詰め込んだ胴付きえーきと、単なるれいむが元気よく山を駆け下りていく。
この坂の向こう側。そこにいる人をゆっくりさせたい。3匹の笑顔の下には、今、それしかなかった。
(終)
【キーワードについて】
玩具:八津の娘が落とした、小さな熊の人形。
赤ゆ:悪趣味な足止めに使われる。
飼いゆと野良ゆ:飼いありすと野良の群れ。及びそれらを等しく潰さんとする憂饅会の思想。
捕食種:追い出されみりゃ。
ゆっくりの大量死:丸井大暴れ。
ゆっくりえーきとらぶらぶちゅっちゅ:HENTAI紳士考案の掛け声。及び群れゆの愛情。
愛で:霧雨協会の存在。及び本作品の最終的な方向性。
【感想等】
感想板:http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/13854/1274852937/
過去作:『二行』でタグ検索orふたばSS@WIKI内『二行の作品集』
しかし、そんな素っ気ない本名で呼ぶ人間は皆無といってよい。何故なら、その公園はやたら広いことの他に、ちょっと変わった特徴があったからである。
第三公園は、遊具等は少ないが美しい場所だった。園内の木々や植物はよく手入れをされていて、ゴミひとつ落ちていることさえ稀である。
きちんと整備された場であれば、人の足も軽くなる。今日も子供連れを中心に多くの人々が、穏やかな顔で遊歩道を歩いたり、芝生に寝そべったりしていた。
ある幼子が母の手を離れ、どこかを目指してまっしぐらに進んでいく。
その先には、小ぶりの刈込みばさみを手にした小さな人影。ヒバの木に向かってちまちまと剪定をやっているようである。
元気な足音に気付いたのか作業の手が止まり、それは振り返る。
凝った装飾の帽子の下には丸い笑顔。手の平さえも楕円形をしていて、申し訳程度に生えた親指がグリップ式の刈込みばさみを握り締めていた。
人間ではない。胴付きゆっくり、種類はゆっくりえーきだ。それは手早くはさみを手放すと、駆け寄ってくる幼女を受け止め、互いにもちっとした抱擁を交わした。
「しろ!」
「えーきさま、今日も柔らかいね!」
「しーろっ!」
2・3度頬ずりして満足したのか、幼子がちょっとだけ離れた。
えーきは相変わらず満面の笑み。女の子は沸騰しかけのヤカンのような勢いで、まくしたてる。
「あのね、あのね、えーきさま! この前は、私のオモチャ、見つけてくれてありがとう!」
「しろっ」
「あの小さくて可愛い熊さんね、お父さんが買ってくれたんだよ。無くしたら」
「くーろ!」
「そうだよ、黒だよ。
だからね、えーきさまと、この公園のゆっくりさんたちが探してくれて、いっしょーけんめー探してくれて、ありがとー!」
幼女がまた抱きつく。胴付きと背丈が同じくらいなので、まるで子供同士がじゃれあっているようだった。
「今日はね、お母さんと、お父さんも来ているんだよ。あ、お母さんが呼んでる。またね、バイバイ!」
「しろ!」
かなり一方的ではあったが、精一杯の感謝を述べて幼子は母の下へ去っていった。
えーきは刈込みばさみを再び手にして、またパチリパチリと剪定を始めた。胴付きにしては、手慣れた手つきである。
そこへ、ゆっくりまりさがお馴染のぽよんぽよんとした足取りで、えーきの足元に近づいてきた。
「えーきさま。おちたえださんはっぱさん、まりさがかいしゅーするね」
「しろっ!」
まりさは帽子を下し、せっせせっせと口を動かして刈られた枝葉をお飾りの中へ詰め込んでいった。
えーきとまりさの後にある遊歩道を、ちぇんとみょんが駆け抜けていく。その2匹はスーパーのマークが付いた袋を頭に乗せ、元気に跳ねまわっていた。
「ちぇんは、もえないごみさんなんだよー」
「みょんは、もえるごみさんだみょん」
別に自虐的なことを言っているのではない。このチョコ饅頭どもは、ゴミ拾いの真っ最中であったのだ。
ちぇんみょんばかりではない。よく辺りを見渡してみると、ありすが草むらから空き缶を拾って来たり、ぱちゅりーが吸殻を目ざとく見出したりしている。
れいむは芝生から飛び出した雑草を抜いて、緑の小山を作り上げていた。
彼らは紛れもない野良ゆっくり。しかし、世間一般の野良と違うのは、公園に住みつきながらも環境の美化に一役買っていたいたことである。
公園の整備には、手間と金が掛かる。必要な植物には世話を施し、不必要な植物は取り除く。ゴミを拾い、トイレも掃除しなければならない。
それらはボランティアの善意で行われるか、さもなければ税金によって賄われている。
しかし、この公園ではそのどちらも必要としていない。今、磯賀市第三公園を整備しているのは、胴付きえーきを中心とする野良ゆっくり達であった。
いつからそんなことになったのか、ちゃんと把握しているものはいないが、この公園に珍しい胴付きがふらりと訪れるようになってから、園内の野良は変わった。
物乞いしたり、食べられもしないものを食べて中毒を起こしたりする馬鹿饅頭から、人間の役に立ちながらも、食べられる草やゴミを分け合って生活する、賢いゆっくりになっていった。
こうなると、公園を跳ねまわる姿も健気に思えてくるもので、今ではこの公園は「ゆっくりえーきの公園」としてすっかり親しまれている。
行政としても、タダで公園を綺麗にしてくれるのは願ってもないことなので、住み着いた野良どもに対して黙認という形を取っていたのだ。
今までは。
剪定えーきと回収まりさの下へ、先ほどより大きな影が迫ってきていた。
砂色の服を着た背の高い男で、ゆっくりに読めるはずもないが、胸には『磯賀市役所』と刺繍されている。
「ゆ? えーきさま、おっきなにんげんさんが、こっちくるよ」
「ぱんだー?」
「やあ、精が出るな」
男は薄く微笑みながら、剪定ゆっくりの側に腰を掛けた。
まりさはそれを見上げながら、頭を傾げる。
「おにーさん、しやくしょのひと?」
「そうだ」
「でも、いつものひとと、ちがうね」
「あかー、あかー」
「ゆ! えーきさま、ゆっくりしないでよんでくるね」
枝葉を満載した帽子を被り、回収まりさが走り去る。おぼうしの中ちくちくするーとか言いながらも、結構な速さで遊歩道の曲がり角を曲がっていった。
ゆっくりえーきが剪定の手を止め、男の隣に座る。役人が来る前も来た後も、ずーっと掛け値なしの笑顔のままだ。
「なあ、えーき」
「ぱんだー?」
「いや、ぱんだじゃなくて」
「しろ? くろ? ぴんく?」
「あ、そうか。色に関することしか話せないのか。いや待て、じゃパンダって何だ」
「灰色、つまり、よく分かんないってことなんだぞー」
羽音を響かせながら、声が舞い降りる。驚いたことに、それはれみりゃであった。
夜行性の胴無し捕食種が真昼間に、野良ゆっくりが往来する中に出現する。
「えーき様は頭がいいけど、言葉が独特だから、れみぃが通訳するんだぞー。」
「本当によく分からん群れだな、ここは。なんでゆっくり食いのお前がここにいるんだよ」
「よくぞ聞いてくれたんだぞ! 話せば長くなるけど」
「じゃ、いいや」
「うーーーーーーー!」
「しろ? くろ? ぴんく?」
「で、えーきは何って言ってるんだ?」
「市役所のお兄さんが来たのは、良いことがあったからですか、それとも悪いことですか? だぞー」
「ぴんくってのは?」
「HENTAIなことなんだぞー」
「大馬鹿野郎。俺は巨乳のお姉さんが好きなんだ」
「でも、ここに来るHENTAIさんは紳士なんだぞ。イエス・胴付き、ノー・すっきりーを守ってるんだぞー」
「そうか、ここは紳士連中が守ってるってわけだな」
いくら善良なゆっくりだからといって、それだけで生きていけるほど野良は甘くない。
人間の中で生きるなら、当然、人間の手が必要になる。
「さて、そろそろ話を始めてもいいかな」
「しろ!」
「オッケーなんだぞ」
「えーき、お前はさっき白か黒かと聞いてきたが、今から話すことは、黒だ」
「くーろ?」
「そうだ。結論から言うと、明日の午前10時に磯賀市第一・第二・第三公園を中心に、野良ゆっくりの一斉駆除がある」
「く、くろ!」
「何で、何でなんだぞ! れみぃ達は、この公園を綺麗にしてきたんだぞ。人間さんの役にも立ってるんだぞー!」
「野良ゆっくりだから駆除される。意味は分かるな?」
「……しろ」
納得せざるを得ない。どんなに利益をもたらそうと、人の役に立とうと、ゆっくりはゆっくりなのだ。先人の言葉を借りれば、命の価値が違う。
しかもえーき達は野良だ。たとえ違法ではなくても、適法ではない。
「しかし、お前達は善行を積んできた。それも紛れもない事実だ」
「ぱんだ?」
「どういうことなんだぞ?」
「この公園のゆっくりを好いている奴も大勢いるってことさ。
HENTAI連中じゃなくても、ゴミ拾ったり雑草を抜いたりするゆっくりは可愛いもんだ」
「しーろっ」
「そう言ってくれると、嬉しいんだぞー。れみぃとしても、高いところの枝を綺麗にした甲斐があったんだぞー。
葉っぱさんばかり食べてたから、れみぃは今や、高級ハーブ肉まんなんだぞー」
「れみりゃ、お前は通訳に集中しろ」
「うー」
「で、そんな可愛いゆっくりをみすみす殺したら、市としても寝覚めが悪い。だから、俺が来たってわけだ」
「きーろ?」
「助けてくれるの? だぞー」
「まあ、そういうことだ。これを見ろ」
役人は懐から紙を取り出すと、それを2匹の前に広げた。
磯賀市の地図。えーき達の公園が大きな赤丸で囲われていて、地図の端っこには赤い線が引かれていた。
「この公園が赤い丸だ。駆除が始まる前、まあ午前7時に出発するとして、この赤い線を越えることができたら、お前達は助かる」
「あかぱんだ?」
「この線は何なんだぞ?」
「市の境だ。ここを越えると磯賀市じゃなくなる。一斉駆除は市が行うからな。磯賀から出れば、駆除の対象にはならない」
「くろぱんだ」
「でも、そこから先はどうしたらいいんだぞ?」
「大丈夫だ、優しい人間さんが待ってるよ」
「みどり、くろ!」
「もしかして、ゆっくりんピースなんだぞ? あそこは、ゆっくりできないぞ」
「驚いたな。お前ら、馬鹿なのは顔だけなんだな」
「くーろ!」
「どういう意味なんだぞ!」
男は笑いながら、胴付きと胴無しの頭を撫でる。
2匹はたちまち、まんざらでも無い表情になってゆっくりしているようだった。
ただ、会話の最中から今に至るまでも、えーきは笑顔を崩してはいない。
「じゃあ、ちょっと込み入ったことも話しておこうか。
ゆっくりんピースという奴らがいる。まあ磯賀では何とかジャパンって名前に変わったようだが。
こいつらは、ゆっくり愛護を謳っているが、実際は自分がゆっくりするために、ゆっくりを利用している」
「しーろ」
「よく分かるんだぞー」
「それとはある意味反対に、自分達がゆっくりするために、ゆっくりを潰して回る人間もいる」
「くろ、くろっ」
「虐待鬼威惨だぞ?」
「いや、それだけじゃない。磯賀には、野良も野生も飼いゆっくりさえも皆殺しにすべきだという集団がいる。
ゆっくりは悪であり、それを殲滅することが正義だと声高に主張する危ない人間の集まりだ。
名前は、憂饅会(ゆうまんかい)。そいつらが今回の一斉駆除を決め、実行にも移す」
「ぱんだ?」
「ちょっと待って欲しいぞ。さっき、駆除は市がやるって言ってたぞ。市のことは、市長さんか議員さんか役人さんが決めるんだぞ?」
「その市議会議員に、憂饅会の連中が大勢いるのさ。昨日の議会で決まって、明日決行だ。通常じゃ考えられない。
そんな冷静さを欠いた連中が、ボランティアという名目で駆除を行う。ゆっくりしてれば、確実に全滅だ」
「こうしちゃいられないんだぞ、えーき様。すぐにカリスマ☆脱出大作戦を立てるんだぞー! 皆を呼んでくるんだぞー!」
今まさに飛び立とうとするれみりゃの後頭部を、男ががっちりとつかんだ。
そして不機嫌なコンビニの店員のように、胴付きの側に肉まんを押し付ける。
「まだ話は終わってないぞ。もうちょっとゆっくりしてろ」
「くろ!」
「ごめんだぞ…」
「話した通り、磯賀には自分達がゆっくりしたいために作られた愛護団体と排斥団体がある。
だが、この市境を越えたところには、人間と共にゆっくりもゆっくりさせようとする会がある」
「しろ?」
「それが優しい人間さん?」
「そうだ。霧雨協会。そこは善良なゆっくりに限り、保護を行っているそうだ。
お前達の話をしたら、市境さえ越えられるなら、喜んで迎えてくれるとさ。これが、善行の報いというわけだ」
「しろぱんだ」
「どうして、そんなことやってるんだぞ?」
「さあな。何でも、善良なゆっくりはどんな希少種よりも珍しいんだそうだ。
このままじゃ絶滅するとか。まあ、俺にはよく分からん話だがな。取りあえず、話はここまでだ」
「じゃじゃじゃ、れみぃは皆を呼んで来るんだぞ! 全力でれーみりーあーうー☆」
燕のような弧を描きながら、れみりゃが飛んでいく。
男もふと立ち上がって、胴付きえーきを見下ろした。
「ちょっと、トイレ行ってくる」
市役所の服が公衆便所の前まで来ると、何やら擦るような音が聞こえてきた。
そっと中を覗くと、歯ブラシをくわえたれいむが、タイルの床を磨いている。
「……ここでは、常識に囚われてはいけないようだな」
「ゆゆ! にんげんさん、ごめんなさい! すぐにれいむ、でていきます!」
「いや、謝らなくてもいいんだが。それにしても」
男子便所は、冗談みたいにピカピカになっていた。
代わりにれいむの口にある歯ブラシはボロボロだ。
「おい、まさかお前、その歯ブラシでここを掃除してるのか?」
「ごめんなさぃぃぃいい! にんげんさんから、いらなくなったはぶらしさん、もらってるんですぅぅぅ。
あんまりぴーかぴーかしてなくて、ごめんなさぃぃいいい!!!」
「いや、あのな、その、あー、面倒くせぇなあ、おい!
お前、これって相当凄いことだぞ。もっと胸張って生きろよ」
「れいむ、あごしかないんですぅぅぅう! おっぱいなくて、ごめんなさぃぃぃいい」
「えーと、もう、何か悪かったよ。ちょっと用を足すから、な」
「はい、くそまんじゅうはでていきます」
思わず舌打ちしながら、ネガティブの化身のようなれいむを男は見る。
お飾りも、肌もボロボロだった。裂傷、火傷、得体のしれない亀裂。それは歴史そのものだ。
用を足しながら、役人は話しかける。
「おい、くそまんじゅう。そこにいるか」
「は、はい! くそまんじゅうはここにいます!」
「お前は、長生きする」
「ゆ?」
「れいむとは思えない能力もあるし、度し難いほど謙虚だ。そんな奴は、長生きできる」
「で、でも」
「俺が、人間さんがそう決めたんだ。さっさと死んで、俺に恥をかかせるなよ」
「ゆっ」
小用が終わり、手を洗いながら、彼は言葉を継ぎ足した。
「あと、掃除が終わったらちゃんと水浴びしろ。そのまんまじゃ、本当に糞饅頭だ」
男がえーきの下へ戻ると、そこは緊急対策本部と化していた。
胴付きのリーダーは、枝で地図を指し示しながら、何やら指示を出しているようだった。
「あかくろ、しろ、くろ、ぱんだ?」
「いや、このみちは、ねこさんがおおいからゆっくりできないよ」
「しろくろ、くろ、しろ、ぱんだ?」
「このちかくには、しょうがっこうさんがあるのぜ。ずっとゆっくりしちゃうのぜ」
「しろ、しろくろ、しろ!」
「わかったよー。ひなんばしょは、ちぇんとみょんにまかせてほしいよー」
「ここのかいありすと、おにーさんとは、しりあいだみょん。
ゆっくりできないときは、ちょっとだけゆっくりさせてもらえるように、たのんでみるみょん」
「ぴんく?」
「ざんねんだけど、へんたいおにーさんたちは、ながのに、りょこーちゅーだよ」
ただ一匹、所在なさげにパタパタ飛んでいた肉まんが、男を見付けたようだった。
えーきの側に陣取り、羽で役人の方を指す。
「皆、あの人がお兄さんだぞー。えーき様の次に、ゆっくりしてるんだぞー」
「俺は胴付きの次か」
「その名も……、えーと、お兄さん、名前は何なんだぞ?」
「八津(はちつ)だ」
「はちさんなんだぞー」
「はちつ、だ」
「ゆわぁぁああ! はちさん? はちさんはどこ?」
「はちさんにさされたら、ゆっくりできなぃぃいい」
「落ち着くんだぞー。このお兄さんは、良いはちさんなんだぞー」
八津は頭を掻いた。所詮はお饅頭であることを、改めて自覚する。
パニックが治まると、野良ゆどもは散り散りになっていく。ある者は経路の調査のため、ある者は飼いゆと飼い主に頭を下げに。
その場には、えーきとれみりゃ、そして八津だけが取り残されていた。
「おい肉まん、お前は行かなくていいのか?」
「れみぃは、えーき様を守るんだぞ」
「まるで、めーりんみたいなこと言うんだな」
「えーき様は、命の恩ゆんなんだぞ。恩ゆんはカリスマだから、れみぃはめーりんや、さくやになるんだぞ」
「ボディガードであり、従者ってことか。見上げたもんだよ、ここのゆっくりどもは」
どこかれみりゃらしくない口調も、えーきを思う気持ちからなのだろうか。
そこまでさせるえーきの魅力。
尊敬を集める胴付きは、出会った頃と同じ微笑みを浮かべている。
「なあ、えーき。お前、何で野良なんてやってるんだ」
「はちさん、その質問はNGなんだぞ」
「NGって、そんな言葉どこで覚えたんだ」
「れみぃは、教養溢れる飼いゆっくりだったんだぞー」
「そして、捨てられた、と」
「捨てられたんじゃないぞー!
新入りの胴付きふらんに、ボッコボコにされて逃げ出しただけなんだぞー」
「余計みっともないな」
「うー。でもえーき様に拾われて良かったんだぞー」
「しろ!」
止まない笑みの向こう側に、赤黒い夕闇が迫っていた。
月並みだが、八津にはそれが血のように見える。過去に流されたものか、それとも明日滴り落ちるものなのか。
「もうすぐ、帰ってくるかな」
「夜は、ぐっすり眠る時間なんだぞ。
皆が帰ってきたのを確かめたら、れみぃもえーき様と一緒に木製こーまかんに帰るんだぞー」
「俺もお邪魔していいかな?」
「えーき様と同じくらいの大きさになってくれるのなら、いいぞー」
「できるか。俺はここで寝ることにするよ」
「人間さんは、ふかふかのお布団さんで寝るものだぞー?」
「野宿だの徹夜だのは、慣れてるんだ」
そう言いながら、八津は芝生の上に寝転んだ。本気で公園にて一夜を明かす気でいた。
やがて一匹また一匹と野良饅頭の姿が戻ってくる。
最後のちぇんみょんコンビが帰ってくると、すっかり辺りは暗くなっていた。
「お兄さん、本当にここにいるつもりなんだぞ?」
「そうだ、気にすんな。お前達は休んどけ」
「そうするぞー」
不意に、えーきだけがトコトコと男の耳元まで近づいてきて、一言だけ囁いた。
「みどり……」
八津が身を起こすと、既に2匹とも小さな後姿となっていた。
役人は、言葉を反芻する。
えーきの声、或いは回答、「どこから来た?」ということに対する。
みどり、ゆっくりできないグリーン、つまりはゆっくりんピース。
夜明けまでの有り余る時間の中、八津は携帯端末を弄びながら、情報の海を泳ぐ。
ゆっくりんピース、2年前の会報。
見出しは、ゆっくりえーきと行く全国保護ツアー。賢い賢いえーきちゃんの笑顔に、会員も思わずえびす顔。
さっきまでそこにあった微笑みと、全く同じ表情が次々と映し出される。
その密度は時の経過と共に薄くなっていき、10か月ほど前に、遂に消えてなくなった。
男は端末を閉じて空を見上げた。こんなこと調べて何になる。今は悲劇を掘り起こすよりも、自分の役割を果たすべきだ。
視線をぼんやりと伸びている樹木に移すと、その陰に細いシルエットがちらつく。夕方から公園をコソコソと動き回る女の影を、男は認めていた。
八津は目を閉じ、眠ったフリを決め込んだ。
夜明けとほぼ同時に、公園のお饅頭がズラリと勢揃いした。
その光景をポカンと眺めている爺様がいたが、八津は気にしないことにする。
まるで学校の朝礼のように、整列した野良ゆの対岸に胴付きえーきとれみりゃが立っていた。
「それじゃ出発前に、えーき様のありがたいお話なんだぞー!」
「ゆーーーーーーーーー!!!」
れみりゃの宣言の後、ゆっくりえーきが軽く咳払いをする。
気管とか無いだろとツッコミたい衝動を、男は抑えていた。
「しろ! くろくろ、くろ! しろ! しーーーーろ、くーーーーろっ。
ぴんく、ぴんく、くろ、しろ! ぱんだ? ぱんだー!
しろ、くろ、ぱんだ、きいろ、あか、むらさき、おれんじ、なないろ、ぱんだ、しろーーーっ!」
「ゆっくりりかいしたよ!」
「それじゃ、いつものやつ、いくぞー!」
「ゆっくりえーきとぉぉぉおおおおお!!!」
「らぶらぶちゅっちゅぅぅぅううううう!!!」
「あーーーーーーっ!!!」
「どうしたんだぞ、お兄さん?」
「ツッコムまいと思っていたが我慢できん! なんだ、らぶらぶちゅっちゅって?」
「HENTAIさん達が教えてくれた、ゆっくりできる掛け声なんだぞー。
えーき様を心から愛してるものだけに許された、友情努力勝利な合言葉なんだぞー」
「ゆっくりえーきとぉぉぉおおおおお!!!」
「らぶらぶちゅっちゅぅぅぅううううう!!!」
「よーし分かった。お前ら馬鹿だ。HENTAI含めどうしようもない馬鹿ばっかりだ」
生死がかかっているとは思えない和やかな雰囲気の中、野良の群れは移動を始めた。
静止したままの爺さんを横目に、八津を含んだ列は遂に脱出行を開始する。
「二手に分かれるのか?」
「しろ!」
「その通りなんだぞ」
「俺がいるんだから、まとまっていた方がよくないか?」
「しろ、くろっ」
「はちさんは1人、ゆっくりは大勢なんだぞ。全部面倒見てもらうなんて、大変だし申し訳ないんだぞ。
それに塊になっているより、ある程度バラバラの方が被害を減らせるかもしれないんだぞ」
「割かしシビアに考えてるんだな」
「くろ、しーろ」
「優先すべきなのは群れの存続なんだぞ。ゆっくりしあえる群れを、全滅させたくはないんだぞ」
れみりゃは再び、えーきの通訳として動いていた。
人間の言葉は通じるのにその言葉が話せないことに、八津は今さらながら歪(いびつ)なものを感じている。
「ぎーん、おーれんじ、しーろ」
「離れる隊は、ちぇんとみょんが率いるんだぞー。いざという時は、人間さんの家に避難できるルートなんだぞー」
「お前らは賢いな。何でそんな群れがらぶらぶちゅっちゅっなんだ」
「くーろ」
「ひとつのことに拘り過ぎると、ハゲるんだぞー」
「れみりゃ、今のはてめーのオリジナルだな。怒らないから言ってみろ」
「えーきさま、そろそろおわかれなんだねー」
「おわかれとか、いうなみょん。きっと、またあえるみょん」
「しろ、しろー!」
「だいじょーぶなんだよー、わかるよー!」
「あかくてたくさんの、じどーはんばいきさんで、おちあうみょん!」
まるで剥がされるように、群れから群れが分かれていく。
八津はえーき達と共にちぇんみょんの隊列を見送った後、遅い歩みを再開した。
「自動販売機?」
「赤い自動販売機がたくさん並んでる家があるんだぞ。そこから入った道が、市の境に出るのに都合がいいんだぞー。
他の道は猫さんの溜まり場だったり、気の毒な鬼威惨の家があったりして、危ないんだぞ」
「気の毒言うな」
「くろ……」
「うー? えーきさま、どーしたんだぞ?」
「あかー、あかー!」
「まだ別れたばっかりなんだぞ。連絡を取り合う時間じゃないんだぞ?」
「くろ! くろー!」
「おいれみりゃ、えーきは何か感じ取ってるみたいだ」
「わ、分かったんだぞ! 全速全開でちぇんみょん隊へ向かうんだぞ! れーみりーあうー!」
飛んで行く。眩い空の中を捕食しない捕食種が。
澄み切った青、それさえ不吉な前兆に見えることがあるのだろうか。
ちぇんもまた、不吉な影を見ていた。
スポーツタイプの自転車。おおよそ住宅街にはふさわしくないものだ。それが、恐ろしい速さでこちらへ向かってくる。
避けてくれるのか、それとも避けるべきなのか。
悩むよりも早く、自転車が通り過ぎる。
嫌な臭いが背中を刺した。ちぇんが恐る恐る振り向くと、タイヤ痕が仲間だったものの上にくっきりと描かれている。
死でできた線の向こう側。二輪の上にまたがった女が、刺すような笑みを浮かべていた。
「ぜんゆん、ひなん!」
走り出す、逃げ出す。それは誰よりも高く跳ねた。これは大事なお飾りが落ちるのも構わない。あれは子供を頭に乗せて必死の形相を浮かべていた。
虐殺は唐突に始まり、それだけに一切の容赦がない。一陣の狂風が貫くと、その度に無数の生命が一本のラインに加工された。
叫び声を上げているのは、まだ生きているものだけだった。断末魔さえ許されない、一方的な殺戮が繰り返される。
ちぇんの視界に、相棒たるみょんの姿が入る。
「もうすぐ、もうすぐ、ありすのおうちだみょん。あそこまでいけば、たすかるかもしれないみょん!」
「にげるんだよー! いっぴきでもおおく、たどりつくんだよー!」
ちぇんの尻尾が、車輪に踏まれた。一瞬のこと過ぎて、態勢を崩す暇さえない。
苦悶の息、苦痛の声が少しずつ消えていく。蹂躙する輪の響きだけが増えていくようだった。
終わりが見えた。死ぬより先に、見覚えのある門構えが。
「ありすー! たすけてねー!! わかってねー!!!」
飼いありすが暮らす家。
その庭までが見渡せる場所まで至ると、器用に窓を開けるクリームゆっくりの姿も現れる。
「こっちよ、みんな! ありすのおうちに、ひなんするのよ!」
「ゆっくりりかいしたよ!」
ちぇんが、みょんが、れいむが、まりさが、生き残ることを許されたゆっくり達が、次々と人間の家へと飛び込んでくる。
「もう、だいじょうぶよ。 おにーさんもおねーさんも、ゆっくりしていってねって、いってくれてるから」
「ありがとうなんだね、ありす……」
「でも、ほとんどつぶされちゃったみょん……」
飼いゆの住む家にたどり着けたものは、10分の1にも満たなかった。
他は全て、アスファルトの上に引かれた最も新しい線だ。
「なにがあったの?」
「きっと、ぎゃくたいおにーさんなんだよ。いや、おねーさんだったんだよー」
「なら、もうあんしんね。いくらぎゃくたいおねーさんでも、にんげんさんのおうちには、はいれないから」
もう入ってくるものはいない。それを確かめると、飼いありすは再び窓ガラスを締めた。
それとほぼ同時だった。自転車に乗った女。その姿が、透明な板の向こう側からこちら側へとあっという間に大きくなっていく。
何かが派手に割れる音がする。それを目指してれみりゃは飛んだ。
眼下に、飼いゆっくりが住んでいる家があった。そこで暮らすありすが不良野良に絡まれていた時、えーきの群れゆが助けたことがあった。
それ以来、そこの飼い主とも面識ができて、雨宿りくらいはさせてもらえるようになったのだ。
そして今回は、いざという時の避難所にもさせてもらった。
優しい人間さんのお家。その窓ガラスが、というより窓自体が壊されていた。
「どうしたんだぞー!」
「きちゃだめ!」
飼いありすの声に打たれて、れみりゃは空中で静止する。
しかし、そこからでも見て取れた。散乱するガラス。屋内で横倒しになった自転車。そして今まさに消えようとする、仲間達の生命。
ちぇんが、踏み抜かれた。安全靴を履いた女の足が、ぞっとする程黒く染まる。その傍らには、蹴られたというより吹き飛ばされたように顔が欠けたみょん。
死んでいた。家の周りで、家の中で、赤い自動販売機の角で落ち合って、再びゆん生を共にしようと誓ったもの達が。
「何を、何してるんだぞ!」
牙を生やしながら、れみりゃが激高する。
女は一瞥することもなく、飼いありすをじっくりと踏みつけていた。
「にんげんさん、ありすは、ここのおにーさん、おねーさんのものよ。
にんげんさんでも、ひとのものにてをだしちゃ、いけないのよ……」
「関係ないわね。私は博愛主義者だから、野良も飼いも同じように殺してあげるのよ」
飼いありすのバッチに、女の目元が写る。血走っていて、それでいてどこか遠くを見つめるような目。
普通のゆ虐趣味人にはない、思想的な狂気を孕んだ瞳。
ありすが白目を剥き、中身が止めどなく吐き出される。誰が見ても明らかな絶命のしるしであった。
「それにね、どうせ、ゆっくりを飼っている奴なんて、胴付きでしょ。胴付きなら殺しても構わないわよね」
未だ会話を止めない人間を見て、れみりゃは悟る。
「おねーさんは、クレイジーなんだぞ。もしかして、憂饅会の人なんだぞ?」
女の手がテーブルの上の花瓶に伸びる。瞬きする程の間に、それは空飛ぶ肉まん目掛けて投擲された。
凶器は僅かにれみりゃから外れ、落下する。
憂饅会の女は姿勢を崩していた。そのズボンの裾を、もう動かないはずのみょんが噛み締めている。
遺志。それを確かに受け取り、れみりゃは高く高く飛び立つ。そして、長の下へ。
地獄の鬼のような罵声が、どこまでも肉まんを追いかけてくる。空飛ぶゆっくりは根本が折れそうな痛みに耐えながら、羽ばたき続けた。
肉まんがそうなるというのも奇妙な話だが、実際にれみりゃは青ざめていた。
飛ぶ気力もなくした元捕食種を抱えながら、八津はその話を聞いて、確信する。
「間違いない。憂饅会の構成員・丸井だ」
「はちさん、その丸井って女の人、ありすも人間さんのお家も潰していたんだぞ。そんなことすれば、おまわりさんに怒られるんだぞ……」
「磯賀市警は、憂饅会には手を出せない。構成員が事件を起こしても、市議や警察内部の人間が揉み消す」
「くろ! くろ!」
「そうだ、黒だ。どうしようもない黒なんだよ」
「おにーさん、えーきさま、たすかるの?」
八津に足元から話しかけたのは、あの便所掃除れいむだった。
ちゃんと人間の忠告を守ったらしく、今日は野良なりに身綺麗にしていた。
「大丈夫だ。えーきもれみりゃもお前達も助かる。そのために、俺が来たんだ」
「くろ…くろ…」
「どうした、えーき」
一瞬、役人は腕の中の肉まんを落としそうになった。
あれだけ笑顔を絶やさなかった胴付きの顔が、初めて、曇っている。
「えーき様のせいじゃ、ないんだぞ。二手に分かれるのが、一番確実な作戦だったんだぞ。
人間のおまわりさんだって、勝てない相手なんだぞ……」
「くろっ。くろっ!」
れみりゃが惨状を明かしても、第三公園の野良どもは行進を止めなかった。
そんな群れが、えーきの悲しみもがく様に対しては余りにも脆かった。歩みは止まり、ゆっくりらしいざわめきに包まれ始める。
「えーきさま、ゆっくりしてね!」
「ゆっくり、ゆっくりだよ!」
「ゆーん、えーきさまがゆっくりできないと、まりさもゆえーんゆえーんだよ!」
「ゆっくち、えーきしゃま、ゆっくちぃ!」
励ましが励ましにならない。ただひたすら重い空気が場を支配していく。
それを破ったのは、八津の思いも寄らない一言。
「ゆっくりえーきとぉぉぉおおおおお!!!」
「らぶらぶちゅっちゅぅぅぅううううう!!!」
男の掛け声を、野良ゆどもは反射的に返す。
そしてみるみる耳まで真っ赤になる八津。
「そ、それぐらい元気があれば大丈夫だ! 落ち込んでる暇があるなら歩け! それと」
赤面が止まない役人は、右手で胴付きえーきの頬を引っ張り上げる。
「お前は笑っていろ。いつもはうんざりするくらいヘラヘラしてるだろ。
お前が笑ってくれれば、こいつらも、俺も、ゆっくりできるんだからな!」
えーきの顔に日が昇る。そんな表現ができるほど、長の顔にいつもの明るさが勢いよく戻っていった。
「しろっ!!!」
「それでいい。
饅頭どもよく聞け。まだ駆除開始には間がある。丸井は単独で勝手に行動してるんだ。
その1人さえ凌げば、市境を越えてゆっくりできる」
「しろ!」
「また落ち込むんじゃないぞ。2度とあんな恥ずかしい掛け声はやらないからな!」
腕の中で肉まんがニヤニヤしていたので、八津はそれを放り投げた。
ゆっくりえーきと公園野良達は、力を取り戻し、向こう側を目指す。
目印は赤い自動販売機のある角。もうそれほど離れていない。
思いのほか、細い道に見えた。
確かにその角には赤い自動販売機が4台。何故に同じメーカーのものが固まって並んでいるのか、人間でも理解に苦しむ。
えーき達が知恵を絞って選んだ、唯一の脱出口。遂にそこに至る事が出来たのだ。
しかし、野良どもは一様にしかめっ面を浮かべている。
八津は数あるゆっくりの中から馴染深いれいむを見出すと、尋ねてみることにした。
「なあ、れいむ。お前ら何て顔してるんだ」
「ゆぅ。なんだかくさいんだよ、おにーさん」
「臭いって、お前ら鼻無いだろ」
「おはながなくても、からだじゅうが、くさいくさいっていってるんだよ。ゆっくりできないよ」
「お前がボヤくってのは、相当だな。でも、えーきやれみりゃは平気そうに見えるが」
「れいむみたいな、ふつーなゆっくりにしか、わからない……ゆげぇ」
「おいおいおい、大丈夫かよ」
「はちさん、はちさん! 大変なんだぞ! こっちに来て欲しいんだぞ!」
促されるままに八津が駆ける。
列の先端。その先にあった光景は、流石の彼にもおぞましく感じられるものだった。
道の上に、壁に、マンホールの上に、小さな染みがまるで水玉模様のように敷き詰められていた。
目を凝らす。全て赤ゆの死体だった。成ゆでも子ゆでもない、産まれたての生命でできた無数の餡溜まり。
ゆっくり、中でも通常種が最も嫌うもの。即ち死臭が人間には分からない形で漂っている。
不規則なドットの中に、打ち捨てられた塊があった。髪にバッチを付けた、2匹のゆっくり。ありふれたれいむとまりさの、恐らくは番だったのだろう。
双方の額からは黒ずんだ茎が伸び、生殖器のあった場所は無残に切り開かれていた。
八津は理解してしまう。この2匹は死ぬまで赤子を作らされ続けていたことを。
執拗で異様な風景、殺されるために産まれてきた生命の模様。それを描き出せるのは、憎悪と狂気でしかない。
車輪の鳴く声がした。主が近づいてくる。
八津は下がれ、とれみりゃに目で合図した。
ぬちゃり、ぬちゃりと餡を噛む音。悪びれた様子もなくサイクリングを楽しむ女が、不快なものとともにやってくる。
「ここにいたんだ」
「待ち伏せていたのか、丸井」
「いいえ、ここらの道という道に、同じことしてるのよん。ゆっくりは、いくらでも子供を作れるしー。
……なんで私の名前知ってるの?」
「れみりゃの言う通りだな。この女は、どうかしてる」
丸井は脈絡なく腹を抱えて笑い出した。
笑いながら自転車を降り、すぐさまそれを蹴り飛ばし、番の死骸に命中させる。
「どうかしてるのは、あなたよお兄さん。ゆっくりは人間の敵よ。いいえ、人間はゆっくりに支配されてるの。
なんで、そんなのと一緒にいるのよ? あなた馬鹿なの? 売人奴なの?
社会が不景気なのは、ゆっくりが仕事を奪っているからよ。
治安が悪いのは、ゆっくりが犯罪を犯しているからよ。
異常気象なのも、ゆっくりが増え過ぎたせいよ。
だから私は、私達はゆっくりを殺すのよ。正しいことだから、正しいことだから、正しいことだから。
ねえ、これ見て」
女はサイドバッグから、植物のようなものを取り出した。
それは、赤ゆが生った茎。よく見れば、そのひとつひとつに、何やら光るものがくっ付いていた。
「ね、笑えるでしょ? こいつら、もうバッチなんか付けてるのよ。これこそ堕落の極みよ」
「それは、どうやって手に入れた?」
「あんまり目障りだから、盗ってきちゃった」
丸井の細い掌が、茎を赤ゆごと握り潰す。
手が開くと、指の間から小さな金属片がこぼれ落ちた。
「確かに見たぞ」
「確かに見せたわ。あら、そこにいるのは胴付きね。あなたのお子さん?」
「あいにく、俺は巨乳のお姉さんが好みなんだ。俺はHENTAIじゃないし、あんたみたいな細身もタイプじゃないな」
憂饅会の女は、最初から最後まで藪から棒であった。
彼女の蹴りがえーきの胴を狙う。鉄の入った爪先による、致命の一撃。
庇うものがいた。あの便所掃除が上手なれいむだ。細い足と太い胴体の間に割り込んで、目をつぶって大きく膨らんだ。
蹴りは止まっていた。もちろん、ぷくーが効いたのではない。
丸井の右手首に手錠が嵌められていて、それを八津が引っ張っていた。必殺の間合いが、ずるずると離されていく。
「丸井薫子。器物破損の現行犯、及び飼いゆ連続損壊事件の容疑で逮捕する」
「……何を言ってるの? 警察みたいなこと言って」
「みたいじゃない。俺は刑事だ」
「ふふふ。磯賀の警察は憂饅会には逆らえないのよ、知らないの?」
「市警ならな。残念ながら俺は双葉県警の者だ。県議か国会議員に、知り合いはいたかな?」
憂饅会は磯賀市限定の暴力組織だ。
丸井の顔が怒りの相のまま青くなっていく。
「なんで、ゆっくりなんかの肩を持つのさ」
「理由は2つある。1つは、お前が紛れもない立派な犯罪者だからだ」
「ゆっくりは悪、汚物なのよ」
「だからといって、他人のものまで潰しちゃいけない。それは犯罪で、まだこの国は法治国家だからな。
そしてもう1つは、娘が世話になったんだ」
「ゆっくりに?」
「娘がうっかり落とした子熊の人形を、こいつらが見つけてくれたんだよ。少なくとも憂饅会よりは、恩義がある」
「そんなことで、そんなことで」
「大事なことさ。この野良どもは、いつも正しい手段で生きようとしてきた。お前達とは正反対だ」
刑事が懐の携帯端末を弄ると、間を置かずに双葉県警と書かれたパトカーがやってきた。
同僚に犯人を引き渡すと、八津は泣きながら膨らみ続けているれいむの前に屈む。
饅頭の下唇を親指と人差し指で挟んで、絞る。ひゅるるるるという間抜けな音と共に、れいむはあっという間に萎んでいった。
「こら、くそまんじゅう」
「ゆ? こわいおねーさんは?」
「ゆっくりできない場所にいったよ。
それにしてもお前、えーきの代わりに死ぬつもりだったんだろう。便所の誓いを忘れたか? 俺に恥をかかせる気だったな?」
「ご、ごめんなさい。れいむは、その」
「もう一度言っておくぞ。お前は長生きする。そうやって、えーき達を守ってやるんだ」
「り、りかいします!」
れいむっぽくないれいむの側を離れると、そこにはまたしてもらしくない顔をしたえーきが立っていた。
「歩きながら、話そうか」
八津とえーき達は死臭を避け、迂回を繰り返して大通りに出た。このまま真っ直ぐ進むと、市の境に出る。
時刻は既に一斉駆除の開始を告げて久しかったが、もうそれどころではなくなっているのだろう。街はいつも通りだった。
列は規則正しく進む。行儀のよい野良を見て、通行人が可愛いとか何とか呟いたりしているが、ゆっくり達の顔は暗かった。
えーきと共に男は進む。先頭から振り返ると、群れの長さが驚くほど小さくなっているのに気付く。
別働隊の全滅だけではなく、長旅や死臭騒ぎで脱落していったものも少なくなかったのだろう。
歩きながら話そうかと言ってはみたものの、胴のある1人と1匹はしばらく無言だった。見かねたように、1匹の捕食種が飛んできて八津の肩に止まった。
「はちさんは、市役所の人じゃなかったんだぞ?」
「そうだ。俺は双葉県警の刑事。この服装は、お飾りみたいなもんだ」
「確かに、それを着てると市役所の人にしか見えないぞー」
「市警の怠慢が、県にまで聞こえてきた。それで、俺が潜入捜査することになったんだ。
憂饅会の人間は現行犯でなきゃ逮捕できない。そこで、ゆっくりと行動を共にして誘き寄せることにしたんだ。
……お前達を、俺は利用したんだよ」
えーきだけでなく、れみりゃの顔まで薄暗くなっていく。
石畳を幾度も踏みつける音で振り返ると、あの便所れいむが近寄ってきていた。
「おにーさん、おにーさんのおかげで、れいむたちはたすかったんだよ」
「ちぇんやみょん達は、死んだじゃないか」
「でも、もしおにーさんがえーきさまのところにこなければ、いっせーくじょで、みんなずっとゆっくりしちゃってたよ。
はちのおにーさんは、れいむたちの、おんじんさんだよ!」
「お前、俺を庇っているつもりか? 生意気だ、くそまんじゅうのくせに」
「ゆっくりは、そんなに賢くないぞ! 本気で、はちさんには感謝してるんだぞ!」
小さな群れの表情を、八津は見渡す。確かに、恨みがましい顔をしているものは誰一匹としていない。
せめて一匹くらいは、燃えるような目でこちらを睨んでいて欲しいと、男は思った。
霧雨協会の人間は語った。善良なゆっくりは絶滅に瀕するほど珍しい。それは当然のことだったのだ。
善良な奴らは反省するし、後悔もする。そんなものを背負ったまま生きるには、この世は辛く重過ぎる。荷物を捨ててゲスになった方が気楽だ。
八津は、えーきの頭に手を置く。そして、優しく左右に動かした。
「なあ、えーき。今日は思いっきり泣いていい。そして、明日から笑って暮らすんだ」
「しろ?」
「白だ。なんだか分からんが、白だ」
市の境を越えた。終わってみれば、あっけない気もした。
さらに歩き続けると、5分も経たないうちに空き地が見えてくる。仮設テントとマイクロバスで埋められた、落ち着かない場所。備品にはどれも霧雨協会と記されていた。
そこから1人の男が駆け寄ってきて、八津に話しかけてくる。
「八津さん、わざわざすいません。こちらからもお迎えに上がりたかったんですが」
「捜査のこと抜きにしても、ややこしい奴らが多いからな。霧雨協会は、磯賀には入らないほうがいい」
「この子達が」
「ああ。どうしようもなく善良な、野良ゆっくりどもだ」
「どうしようもなく善良、ですか」
八津はしゃがんで、胴付きえーきに視線を合わせる。
もう一度撫でやすそうな頭に手を置いて、告げた。
「ここでお別れだ、えーき。世話になったな」
えーきは顔を震わせながら、目を潤ませつつあった。
何もいえない長の代わりに、空気を読まない肉まんが、えーきの頭の上に乗った。
「はちさん、苦しかったけど、楽しかったんだぞ!」
「俺もだ、れみりゃ」
「はちのおにーさん、れいむ、ながいきします! こんどこそ、やくそくします!」
「お前なら、大丈夫だ。くそまんじゅう」
「おにーさん!」
この2日間、本当に驚かされることばっかりだった。
しかし、最後の最後に来てえーきが喋る。
それは、八津だけではなく、れみりゃも、れいむも、その場にいた全てを唖然とさせるほど、インパクトがあった。
「えーきさまが、しゃべった」
「いろいがいのことばを、はなしたよ」
「れみぃも、初めて聞いたんだぞ…」
胴付きの拙い手が、八津の服の袖を握る。
「おにーさん、しろ! まっしろ!」
そう言うと、胴付きは涙目のまま、とびっきりの笑顔を咲かせる。
「良い笑顔だ。それでこそ、えーき様だな」
八津も、初めて弾けるような笑顔を見せた。
こうして1人の刑事と、野良ゆっくり達の旅が終わった。
饅頭どもがマイクロバスに乗り込む頃には、もうあの男の姿は消え失せていた。
えーき達は車内から、遠くなる磯賀の街並みを見つめていた。八津の顔を重ね合わせていたのかもしれない。
あの日から、ほんの少しの時間が経ち。
見晴らしの良い野山で、えーき達は暮らしていた。霧雨協会が管轄する、ゆっくり保護区。各地から集められた気立ての良いゆっくり達が、ひとつの群れを作っていた。
緩い傾斜を、子ゆっくりどもが転がっていく。ついでに大人達もその遊びに加わってゆっくりしている。
山の頂上には、ドスまりさとゆうかにゃんがいて、穏やかな光景を見守っているようだった。
胴付きえーきは中腹にある石の台座にちょこんと腰かけて、爽やかな風を受けていた。隣には、便所掃除で名を馳せたれいむも座っている。
空気の流れに忙しない羽音が混ざる。まったりとしていた2匹の下へ、れみりゃが慌てたように飛び込んできた。
「えーき様! おにーさんが、はちさんが来るぞー!」
「ぱんだ!」
「ゆゆ? なんではちのおにーさんが?」
「様子を見に来たついでに、こっそりと近づいてれみぃ達を驚かすつもりらしいぞー。
でも、事務室の天井に張り付いていたれみぃには、筒抜けだったんだぞ!」
「あーお!」
「そうだぞ、逆に、はちさんを驚かすんだぞ!」
「そういえば、おにーさんは……」
それから3匹でこーそこーそと内緒話をした後、何か良い案が出たらしく、れみりゃは胴付きえーきの服の下にもぐりこんだ。
もぞもぞと肉まんは移動し、ちょうど胴付きの胸にあたる部分で停止した。
「えーちちのえーきさまの、かんせいっ!」
「このれみりゃおっぱいで、巨乳好きのはちさんを悩殺できるんだぞ!」
「ぴんく、しろ!」
「それじゃ、さっそくはちさんを驚かせに行くんだぞ!」
「ゆーっ!」
「おにーさん、しろーっ!」
れみりゃを胸に詰め込んだ胴付きえーきと、単なるれいむが元気よく山を駆け下りていく。
この坂の向こう側。そこにいる人をゆっくりさせたい。3匹の笑顔の下には、今、それしかなかった。
(終)
【キーワードについて】
玩具:八津の娘が落とした、小さな熊の人形。
赤ゆ:悪趣味な足止めに使われる。
飼いゆと野良ゆ:飼いありすと野良の群れ。及びそれらを等しく潰さんとする憂饅会の思想。
捕食種:追い出されみりゃ。
ゆっくりの大量死:丸井大暴れ。
ゆっくりえーきとらぶらぶちゅっちゅ:HENTAI紳士考案の掛け声。及び群れゆの愛情。
愛で:霧雨協会の存在。及び本作品の最終的な方向性。
【感想等】
感想板:http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/otaku/13854/1274852937/
過去作:『二行』でタグ検索orふたばSS@WIKI内『二行の作品集』