ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko0187 まりさに目を覚まして欲しかっただけなのに
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ankoss
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※独自設定垂れ流し
全ては私が悪かったのだ。
まりさがこんなことになってしまったのは、私の甘さのせい。
きっともう、取り返しがつかない。
私は飼い主失格なのだろう。
でも、まりさ。
これだけは信じて。
そんな風になってしまっても。
私はあなたのことを、愛しているんだよ。
まりさに目を覚まして欲しかっただけなのに
「あんた、飼い主失格」
私の悩みを聞いた友人の第一声は、情けの欠片もない一言だった。
「ちょっとぉ……その言い方あんまりじゃない?」
「あんまりなのはあんたよ。まったくもう! ゆっくりを甘やかすなんて、バカなの?
死ぬの?」
「その言い方やめて……頭痛くなる」
友人の言葉遣いに、家で飼っているゆっくりまりさの顔を思い出し、私は頭を振った。
ゆっくりまりさ。
寂しい女の独り身、一人暮らし。帰ってきた時の家の暗さと静けさが嫌で、ちまたでブー
ムのゆっくりを飼うことにした。
ゆっくりショップでちょっと奮発して買ったまりさはなかなか優秀で、とてもかわいかっ
た。
だからついつい甘やかしてしまった。
だっておいしいものをあげればあげるだけ喜んでくれるし、とってもいい顔で笑ってくれ
るのだ。そんなまりさが可愛くて仕方なかった。ちょっとしてお茶目もゆるしてあげたく
なってしまうし、世話だって焼きたくなってしまう。
「ゆっくりを甘やかしてはいけない」
これはゆっくりを飼う上での常識。わかっていたつもりだったし、それなりに程度をわき
まえていたつもりだった。
でも、甘かった。私が間違いに気がついたときには遅かった。
「おねえさん! まりさはあまあまがほしいんだよ! さっさともってきてね! なにぐ
ずぐずしてるの? ゆっくりしないでさっさとしてね! そんなこともわからないなんて、
ばかなの? しぬの?」
「どうしてざんぎょうなんてしてくるのぉぉぉ!? まりさ、おなかがすいてゆっくりで
きなかったんだよぉぉ!? そんなにむのうだからおねえさんはざんぎょうするはめにな
るんだよ! げらげらげら! ばかなの? しぬの?」
「なにこれ? このぷりんのしーる、『たいむせーるのやすうり』だよね? まりさしっ
てるんだよ! かわいいまりさにこんなやすものたべさせるなんてばかなの? しぬの?」
ワガママ三昧、言いたい放題。もう手がつけられなくなってしまった。
二言目には「ばかなの? しぬの?」。
頭が痛くなってくる。
「あのね。そんなになっちゃったんなら、躾を一からやりなおさないとダメよ」
友人の言葉に現実に引き戻される。
世間で言うところの「ゲスゆっくり」になってしまった私のまりさ。どうしたものか途方
に暮れた私は、ゆっくりに詳しい友人の家までこうして相談に来たのだ。
「躾って……どうすればいいの?」
「あんただって知ってるでしょ? ゆっくりは言葉が通じるけれど、物覚えが悪い。身体
に覚えさせるしかないわ。悪いことをしたら、オシオキ。これが一番」
「オシオキって……痛いことするの?」
「痛くなければ覚えません」
「か、かわいそうよ。できないわ……」
相手は仮にも人の言葉を喋り、人の顔をしているのだ。
それに、私のまりさはとてもかわいいのだ。暴力を振るうなんて、とてもできそうにない。
そんな私のことを心底呆れたように、友人はわざとらしいぐらい深いため息を吐いた。
「あのね……躾をしない方がかわいそうなの。あんたみたいなバカな飼い主がゆっくりを
不幸にするのよ」
「バカって……」
「バカよバカバカバーカ。あんたがバカなせいで、ゆっくりショップの優秀まりさはすっ
かりゲスの仲間入り。あなたは確かに不幸かも知れないけど、自業自得。まりさは被害者
よ。加害者と被害者、どっちが不幸なのかしらね?」
「ううっ……」
そう言われてしまうと返す言葉はない。
思い出されるのは、ゆっくりショップから連れてきたばかりの頃のまりさの姿。
「ゆっくり」の名の通り、本当にゆっくりとしていて、私のこともゆっくりさせてくれた。
今は正反対。まったく私はゆっくりできず、まりさだっていつもイライラして、とてもゆ
っくりしているようには思えない。
その原因は確かに私。私がしっかりしていれば、そんなことにはならなかったのだ。友人
の言うとおり、飼い主失格だ。
それなのに、厳しく躾する覚悟もできない。
まりさがかわいそう? ううん、それだけじゃない。まりさに酷いことをする自分がイヤ
なんだ。まりさに嫌われたくないんだ。
結局のところ、私は自分がかわいいだけなんだ。なんて酷い人間なんだろう。
改めて自覚した罪の重さに耐えきれず、私はテーブルに突っ伏してしまう。
「……そんなに落ち込まないでよ。ごめん。ちょっと調子に乗って言い過ぎたわ」
「ううん、あなたは間違ってない……私が悪かったの。あのかわいいまりさから『ゆっく
り』を奪ってしまったのは、私がダメな飼い主だったから。でも……いえ、だからこそ。
まりさにあまり痛い思いはさせたくないの。なにかいい方法はない?」
「んー、そうねぇ……色々言っちゃったけど、あんたが優しいやつなのはわかってる。オ
シオキを続けるって言うのは確かにちょっとキツイわよねぇ……」
「そうね……でも、やらなきゃいけないのよね……!」
「うん……あ、そうだ! あれならちょうどいいかもしれない」
そう言って、友人はある道具を持ってきた。
「これは……?」
「ちょっと曰く付きのゆっくり用品。こいつはゆっくりに最上級の痛みを与えることがで
きるのよ」
「最上級の痛み……?」
「そう。だから、実際に使うのは、一回だけで十分。一回だけ心を鬼にして使いなさい。
あとはその道具を見せるだけで、躾ができるはずよ」
「一回だけ、鬼に……」
最上級の痛み。それを、まりさに与える。それは、簡単には決心できないことだった。
でも、私は結局、その道具を受け取った。
なぜなら、友人の指摘の通り、毎日躾のためにまりさをオシオキするなんてきっと私には
できないだろう。これしか手はないのだ。
自分のため、まりさのため。私はやらなくてはならないのだ。
*
*
*
愛くるしい瞳。蜂蜜のような金髪。かわいらしいリボンのついた、素敵なおぼうし。
大好きなまりさ。
でも。
「おねえさんいつまでそとであそんでるの!? まりさがたいくつでしょ! むのうなお
ねえさんはやすみのひぐらいしかいえにいられないでしょ!? まりさがせっかくあそん
であげようとおもってたのに、それをむだにするなんてばかなの? しぬの?」
友人の家から帰った私を迎えたのは、まりさの罵詈雑言だった。
「ねえ、まりさ。いつも言っているけど、そんな汚い言葉遣いしちゃだめよ。それにお姉
さんが出かけてくるのはちゃんと説明したでしょ? それに、出かける前に言った時間よ
り早く帰ってきているでしょう?」
「おねえさんのつごうなんてきいてないでしょぉぉぉ!? かわいいまりさがたいくつし
てたんだよぉぉぉ!? そんなこともわからないの? ばかなの? しぬの?」
ダメだ。
いつものように、口で言い聞かせたぐらいではまりさは態度を改めようとなんてしない。
でも、できれば例の「道具」は使いたくない。口で言ってわかってくれるなら……。
「まりさ、お願いだから目を覚まして……」
「ばかなこといってないで、さっさとまりさのためにあまあまをよういしてね! むのう
なおねえさんにはそれぐらいしかできることがないでしょ!? まっててあげるから、ゆ
っくりしないでさっさとよういしてね!」
ああ、口でダメだから友人に相談したというのに。
私はなんて甘い。その甘さが、あのかわいかったまりさをこんなひどいゆっくりに変えて
しまったのだ。
ためらっちゃだめ。覚悟を決めなさい、私。
「まりさ……私の言うことを聞けないのなら、オシオキをします」
「道具」を取り出すと、まりさはせせら笑った。
「なにそれ? まりさをおしおき? まりさがそんなのこわがるとおもってるの? ばか
なの? しぬの? おねーさんなんかちっともこわくないよ!」
私は、心の中でまりさに謝りながら、「道具」を振るった。
「ゆぎゃるげっぱゆぎゅるぐりゅるぷぷぷぅぅぅぅ!?」
その効果は驚くほどのものだった。
まりさは今まで聞いたこともないような声で絶叫し、苦しみながら七転八倒している。
痛みが激しいとゆっくりは餡子を吐くと言うが、それすらなく転げ回るばかり。まるで、
痛みのあまり餡子を吐くことすら忘れてしまったみたい。
驚きなのは帽子が脱げてしまったことだ。
まりさ種に限らず、ゆっくりの飾りは意外と外れない。人間の手で取ったり木の枝などに
引っかけたり外的が力が加われば簡単に外れるものの、ゆっくり自身がどんなに跳ね回っ
ても不思議と外れないようになっている。
ところが今、まりさの帽子は脱げてしまっている。ゆっくりにとって時に命より大事なお
飾り。それを保持することができない程に痛いのだろうか。
信じられない。軽く叩いただけなのに。
私は手の中の「道具」――「スーパーゆっくり叩き」を身ながら、友人の説明を思い出し
ていた。
*
*
*
「ゆっくりに最上級の痛みを与えるって……こんなもので?」
友人が持ってきてくれた道具。その外見は少し大きめのハエ叩きと言ったところだ。最上
級の痛みと言うからにはもっと物々しい道具が出てくると思ったのに、正直なところ拍子
抜けだった。
「スーパーゆっくり叩き」という名前も、仰々しいと言うよりはなんだか人をバカにして
いるような感じだ。
「ん~、それの効果を知るには、まずゆっくりの『皮』のことを説明しないといけないわ
ね」
友人曰く、ゆっくりの皮は人間と違って色々な機能を持っているらしい。
ゆっくりには外見上、鼻と耳がない。それでも匂いは感じるし、音も聞こえる。それらは
すべて皮で感じているというのだ。
つまり、ゆっくりは触覚、嗅覚、聴覚と、三つもの機能を全身に張り巡らされていること
になる。
「ゆっくりってちょっとした傷でもすごく痛がるでしょ? あれは、そのせい。皮が傷つ
けばその部分の触覚が失われるだけじゃなくて、嗅覚と聴覚もその削られる。ゆっくり自
身そんなこと理解してないだろうけど、本能的にはわかってるんだろうね。そりゃ、恐く
て痛がりもするさ」
この「スーパーゆっくり叩き」は、そのゆっくりの皮を徹底的に「刺激」する。
まず、触覚。
「スーパーゆっくり叩き」の外見はハエ叩き。叩かれれば当然痛い。だが見たところなん
の変哲もない網の目には、微細な棘が立っている。これは小さすぎて、ゆっくりの肌は傷
つけることはない。しかし、叩かれた瞬間、衝撃によって棘は特殊な周波数で震える。そ
の棘の刺激と振動が、触覚を通じてゆっくり激痛を感じさせる。
次に、聴覚。
「スーパーゆっくり叩き」は、表面に特殊な加工をしており、軽く叩いただけでも大きな
音が出る。その音は大きいだけでなく、ゆっくりにとって「すごくゆっくりできない音」
だそうだ。人間でも黒板をひっかく音を嫌がる人がいるが、そういう音を特大スピーカー
で聴かされるようなものらしい。
たとえ叩かれた場所が一部であろうとも、全身の皮で音を聴くことになる。この音により、
聴覚を通じてゆっくりに激痛を感じさせる。
そして、嗅覚。
「スーパーゆっくり叩き」には香料が仕込んであり、それが叩かれた瞬間拡がる。その香
料はゆっくりにとって「すごくゆっくりできない匂い」だそうだ。ゆっくりは辛味に弱い
が、それに近い刺激臭らしい。
それが嗅覚を通じて、ゆっくりに激痛を感じさせる。
嗅覚は味覚にも関連している。匂いによって料理の味が変わるのが言い例だ。副次的な効
果として、この香料はゆっくりの味覚――即ち、舌を麻痺させる。舌があまり動かないた
め、ゆっくりは餡子を吐き出すこともろくにできなくなる。
「この『スーパーゆっくり叩き』の最大の特徴は、ゆっくりをほとんど傷つけることなく
最上級の痛みを与えられること。ゆっくりは痛がるだけで傷つくことはないの。餡子を吐
き出すのにさえ注意すれば、いくら叩いても命に別状はないわ」
「なんだか躾にはとても向いてそうに思えるけど……ゆっくりショップで見かけたことは
ないわね」
「ゆっくりが傷つかないっていうのが問題でね。ついつい、叩きすぎてしまうらしいのよ。
そうすると大変なことになって……で、一般のお店では販売が停止されたの。でも、あん
たなら大丈夫よね」
*
*
*
ふと、目を向けると、痛みが治まったのか、まりさは転げ回ることを止めていた。
だが痛みがよほど激しかったのだろう。顔は涙でべたべたになり、しーしーまで漏らして
しまっている。なにより、大切な帽子を拾おうともしない。
「あ……」
私が一歩踏み出すと、まりさはびくんと震えた。今まで見たこともない、ひどい脅えよう
だ。
かわいそうだ。いますぐ抱きしめてやりたい。そんな衝動に駆られる。
ダメだ。
それでは今までと変わらない。
それに、友人に言われたじゃないか。「一度だけ、鬼になれ」、と。
「まりさ。お姉さんのいうことをちゃんと聞きなさい。そうしないと、またコレで叩きま
す」
私が軽く「スーパーゆっくり叩き」を振る仕草をすると、まりさは目を見開きガタガタと
震えだした。涙としーしーの勢いが増す。
「わかった?」
「ゆ、ゆぐぅ……」
「お返事は?」
ぴしり、とゆっくり叩きで空を叩く。
まりさは震え上がった。
「わ、わがりばじだああああ! わがりばじだがらもうたたかないでくだざいぃぃぃ!」
涙としーしーをスプリンクラーのように吹き出しながら、まりさは額をこすりつけて謝っ
た。
なんてかわいそうな姿だろう。酷い目に遭わせてしまった。
けど、これでまりさも目を覚ましてくれただろう。これからは私の言うことを聞いてくれ
るはずだ。
私は「スーパーゆっくり叩き」をまりさが怖がらないよう、机の奥にしまった。
そして、涙としーしーで濡れた床を掃除した。
まりさは部屋の隅でぶるぶると震え、脅えきった目で掃除する私を見ていた。
少し、辛い。でも仕方ない。これは私が原因。自分の辛さより、まりさの辛さに目を向け
るべきなのだ。
それに、こんなことはこれっきり。
これからはきっとうまくやっていける。
そう考えると、脅えたまりさがなんだかかわいく見えてくるのだった。
ゆっくりは物忘れが激しいと言うが、「スーパーゆっくり叩き」の痛みは忘れられるよう
なものではなかったらしい。あれ以来、まりさはいつもおどおどと、どこか脅えているよ
うだった。おいしいものを食べているとき、髪をブラッシングしてあげているとき。笑っ
ているのに、不意に不安そうな目になる。
かわいそうだとは思う。
でも、それもしばらくの我慢。すぐにまた昔のように、素直に笑いあえる。そう思ってい
た。
そんなある日のことだった。
「ゆうううう!? ごべんなざいぃぃ!」
夕飯を終えたときのことだった。
私が食器を流しに運んでいたとき。まりさは私を避けようと、大きく跳ねた。別に避けて
もらわなくても平気だったのだが、未だ「スーパーゆっくり叩き」の痛みの記憶が強いの
か、まりさは過敏に反応したのだ。
だが、それがよくなかった。まりさはテーブルの足にぶつかってしまったのだ。
運が悪いことに、まりさがぶつかったテーブルの足は前からぐらついていた。いずれ直そ
うと思っていたが、後回しにしてしまっていた足だった。
結果、テーブルは揺れ、まだ片づけていなかったコップは床に落ちて割れてしまったのだ。
「ごべんなざぃぃぃ! あやまりますからたたかないでくださぃぃぃ! ぱんぱんしない
でぇぇぇ!」
まりさは必死に謝っている。
それはとてもいいことだ。嬉しいことだ。
だが、問題がある。
まりさ自身が、今回のことを「叩かれても仕方ない」と考えているように見えることだ。
叩かないで許すのは簡単だ。でも、それで安心して、またワガママになってしまうかもし
れない。そうしたら全てが無駄になってしまう。
どうするべきか。まりさをじっと見る。
目が合った。
涙に濡れたまりさの瞳は、なぜだかとってもかわいく見えた。
それが、私に決心させた。
「ゆっぎょるぺれぷぱゆばあああああああああ!」
再び、私はまりさを「スーパーゆっくり叩き」で叩いた。
まりさは前回以上にもだえ苦しんだ。
かわいそうだ。だが、これは仕方ないことなのだ。かわいいまりさの為なのだ。
そう自分に言い聞かせた。
まるで、何かを覆い隠すみたいに、何度も何度も自分にそう言い聞かせた。
私はなんだか恐ろしくなった。ぞくり、と背筋を怖気が走った。
それからも、まりさは脅え、それが原因で失敗を犯した。
私は仕方なく、そんなまりさを「スーパーゆっくり叩き」でオシオキした。
そして、気づけば。そんなやりとりは日常化していった。
*
*
*
「あんた、飼い主失格」
私の悩みを聞いた友人の第一声は、情けの欠片もない一言だった。
今回は友人の家ではなく、私の家で相談だ。とにかく変わり果ててしまったまりさを見て
もらわなくては話にならない思ったのだ。
「だって……まさかこんなことになるなんて……!」
「まあ今回は仕方ない部分もあるか。あんたなら大丈夫と、『スーパーゆっくり叩き』を
使いすぎたらどうなるかきちんと説明しなかったあたしにも責任はあるかもしれないわね
ぇ。でも……」
ちらり、と友人はまりさの方に目をやる。
そこでは目を覆うような醜態が繰り広げられていた。
「ゆふ~ん、おねえさぁぁん。わるいまりさをしかってぇぇぇ。ぱんぱんしてぇぇぇ」
くねくねと身をよじらせ媚びを売るまりさ。
「スーパーゆっくり叩き」によるオシオキ。それを繰り返した結果、まりさは自ら進んで
叩かれる変態ゆっくりなってしまったのだ。
確かに、私はまりさに目を覚まして欲しかった。
でもこんなことに目覚めて欲しくなんて無かった。
「どぼじでごんなごどに?」
「ゆっくりみたいな言い方はやめなさい。……わかった。説明するから」
――ゆっくりは、苦しむと甘くなると言われている。
だが、ゆっくりにはもう一つ甘くなる方法がある。
「さあ、おたべなさい」だ。それは、人間との親交を深めたゆっくりが、自らの身を食べ
物として人間に捧げる行為。「さあ、おたべなさい」をしたゆっくりは、苦しめたゆっく
りとはひと味違う甘さになるという。
苦しみの果てに生まれる甘さと、しあわせに満たされ生まれる甘さ。本来、交わることは
ありえない二つの甘味。
だが、ひとつの例外が発生した。
それが「スーパーゆっくり叩き」だ。自然ではあり得ず、通常の虐待でも起こり得ない強
烈でありながら身体は傷つかない異常な激痛。それは偶然にも、ゆっくりを「さあ、おた
べなさい」の甘さに極めて近い状態にした。
感じるのは苦痛。しかし、体内の餡子の状態は「さあ、おたべなさい」をしたときと同じ。
この矛盾が、回数を重ねることによって結びつく。
ゆっくりはやがて、苦痛をしあわせと感じるようになってしまうのだ。
「これが『スーパーゆっくり叩き』が出回らなかった理由。使いすぎれば躾にならない。
痛みを喜ぶようになるんじゃ虐待にも向かない。使い道がないのよ」
「どうしてそんなの持ってたの?」
「その問題が発覚したのは発売してしばらくしてから。あたしは出たばっかりの時に買っ
ちゃったのよ。回収もされたけど、もったいないしなんかに使えるかと思ってとっておい
たの。使い出すと止まらないって噂は聞いてたけど、あんたなら大丈夫だと思ってたんだ
の。でも、ダメだったかあ……」
ため息と共に二人してまりさを見る。
「ゆふ~ん、ゆふ~ん、ゆふ~ん。まりさはまだまだわるいこだよぉぉ。ぱんぱんしてぇ
ぇ。おしおきして、いいこにしてぇぇ」
ぶりんぶりんとお尻を振るまりさ。なんて下品。ああ、嘆かわしい。
「これからどうすればいいのかしら……?」
手の中で「スーパーゆっくり叩き」をいじると、まりさの目が輝き、息が荒くなる。
今日もまた、叩いてあげるしかないのかしら?
「どうするもこうするも、あんた次第だよ。何も問題ない。じゃ、あたしは帰るよ」
言うなり、友人はさっさと玄関まで行ってしまう。本当に帰ってしまうつもりらしい。
「ちょ、ちょっと! 冷たくない!? 人がこんなに悩んでるのに……」
「ん、まあ……本当に悩んでるんなら相談に乗るのはやぶさかじゃないよ。でも、違うで
しょ?」
友人は、人の悪い笑みを浮かべながら、私の顔を指さした。
「あんた、自分じゃ気がついてないらしいけど……困った顔して、目が笑ってるよ」
「……え?」
「じゃ、ごゆっくり」
そう言って、友人は行ってしまった。
さて、困った。友人は帰ってしまった。
振り返れば期待に瞳を輝かすまりさがいる。私の手の中には「スーパーゆっくり叩き」が
ある。
まりさがこうなってしまったのは私のせい。最後まで面倒を見なくてはいけない。
そんな理屈を免罪符にして。
とっくの昔に気づいていた、胸の内からわき上がる暗い悦びから目を逸らして。
私は今日も、まりさに「スーパーゆっくり叩き」を振るう。
了
by触発あき
全ては私が悪かったのだ。
まりさがこんなことになってしまったのは、私の甘さのせい。
きっともう、取り返しがつかない。
私は飼い主失格なのだろう。
でも、まりさ。
これだけは信じて。
そんな風になってしまっても。
私はあなたのことを、愛しているんだよ。
まりさに目を覚まして欲しかっただけなのに
「あんた、飼い主失格」
私の悩みを聞いた友人の第一声は、情けの欠片もない一言だった。
「ちょっとぉ……その言い方あんまりじゃない?」
「あんまりなのはあんたよ。まったくもう! ゆっくりを甘やかすなんて、バカなの?
死ぬの?」
「その言い方やめて……頭痛くなる」
友人の言葉遣いに、家で飼っているゆっくりまりさの顔を思い出し、私は頭を振った。
ゆっくりまりさ。
寂しい女の独り身、一人暮らし。帰ってきた時の家の暗さと静けさが嫌で、ちまたでブー
ムのゆっくりを飼うことにした。
ゆっくりショップでちょっと奮発して買ったまりさはなかなか優秀で、とてもかわいかっ
た。
だからついつい甘やかしてしまった。
だっておいしいものをあげればあげるだけ喜んでくれるし、とってもいい顔で笑ってくれ
るのだ。そんなまりさが可愛くて仕方なかった。ちょっとしてお茶目もゆるしてあげたく
なってしまうし、世話だって焼きたくなってしまう。
「ゆっくりを甘やかしてはいけない」
これはゆっくりを飼う上での常識。わかっていたつもりだったし、それなりに程度をわき
まえていたつもりだった。
でも、甘かった。私が間違いに気がついたときには遅かった。
「おねえさん! まりさはあまあまがほしいんだよ! さっさともってきてね! なにぐ
ずぐずしてるの? ゆっくりしないでさっさとしてね! そんなこともわからないなんて、
ばかなの? しぬの?」
「どうしてざんぎょうなんてしてくるのぉぉぉ!? まりさ、おなかがすいてゆっくりで
きなかったんだよぉぉ!? そんなにむのうだからおねえさんはざんぎょうするはめにな
るんだよ! げらげらげら! ばかなの? しぬの?」
「なにこれ? このぷりんのしーる、『たいむせーるのやすうり』だよね? まりさしっ
てるんだよ! かわいいまりさにこんなやすものたべさせるなんてばかなの? しぬの?」
ワガママ三昧、言いたい放題。もう手がつけられなくなってしまった。
二言目には「ばかなの? しぬの?」。
頭が痛くなってくる。
「あのね。そんなになっちゃったんなら、躾を一からやりなおさないとダメよ」
友人の言葉に現実に引き戻される。
世間で言うところの「ゲスゆっくり」になってしまった私のまりさ。どうしたものか途方
に暮れた私は、ゆっくりに詳しい友人の家までこうして相談に来たのだ。
「躾って……どうすればいいの?」
「あんただって知ってるでしょ? ゆっくりは言葉が通じるけれど、物覚えが悪い。身体
に覚えさせるしかないわ。悪いことをしたら、オシオキ。これが一番」
「オシオキって……痛いことするの?」
「痛くなければ覚えません」
「か、かわいそうよ。できないわ……」
相手は仮にも人の言葉を喋り、人の顔をしているのだ。
それに、私のまりさはとてもかわいいのだ。暴力を振るうなんて、とてもできそうにない。
そんな私のことを心底呆れたように、友人はわざとらしいぐらい深いため息を吐いた。
「あのね……躾をしない方がかわいそうなの。あんたみたいなバカな飼い主がゆっくりを
不幸にするのよ」
「バカって……」
「バカよバカバカバーカ。あんたがバカなせいで、ゆっくりショップの優秀まりさはすっ
かりゲスの仲間入り。あなたは確かに不幸かも知れないけど、自業自得。まりさは被害者
よ。加害者と被害者、どっちが不幸なのかしらね?」
「ううっ……」
そう言われてしまうと返す言葉はない。
思い出されるのは、ゆっくりショップから連れてきたばかりの頃のまりさの姿。
「ゆっくり」の名の通り、本当にゆっくりとしていて、私のこともゆっくりさせてくれた。
今は正反対。まったく私はゆっくりできず、まりさだっていつもイライラして、とてもゆ
っくりしているようには思えない。
その原因は確かに私。私がしっかりしていれば、そんなことにはならなかったのだ。友人
の言うとおり、飼い主失格だ。
それなのに、厳しく躾する覚悟もできない。
まりさがかわいそう? ううん、それだけじゃない。まりさに酷いことをする自分がイヤ
なんだ。まりさに嫌われたくないんだ。
結局のところ、私は自分がかわいいだけなんだ。なんて酷い人間なんだろう。
改めて自覚した罪の重さに耐えきれず、私はテーブルに突っ伏してしまう。
「……そんなに落ち込まないでよ。ごめん。ちょっと調子に乗って言い過ぎたわ」
「ううん、あなたは間違ってない……私が悪かったの。あのかわいいまりさから『ゆっく
り』を奪ってしまったのは、私がダメな飼い主だったから。でも……いえ、だからこそ。
まりさにあまり痛い思いはさせたくないの。なにかいい方法はない?」
「んー、そうねぇ……色々言っちゃったけど、あんたが優しいやつなのはわかってる。オ
シオキを続けるって言うのは確かにちょっとキツイわよねぇ……」
「そうね……でも、やらなきゃいけないのよね……!」
「うん……あ、そうだ! あれならちょうどいいかもしれない」
そう言って、友人はある道具を持ってきた。
「これは……?」
「ちょっと曰く付きのゆっくり用品。こいつはゆっくりに最上級の痛みを与えることがで
きるのよ」
「最上級の痛み……?」
「そう。だから、実際に使うのは、一回だけで十分。一回だけ心を鬼にして使いなさい。
あとはその道具を見せるだけで、躾ができるはずよ」
「一回だけ、鬼に……」
最上級の痛み。それを、まりさに与える。それは、簡単には決心できないことだった。
でも、私は結局、その道具を受け取った。
なぜなら、友人の指摘の通り、毎日躾のためにまりさをオシオキするなんてきっと私には
できないだろう。これしか手はないのだ。
自分のため、まりさのため。私はやらなくてはならないのだ。
*
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愛くるしい瞳。蜂蜜のような金髪。かわいらしいリボンのついた、素敵なおぼうし。
大好きなまりさ。
でも。
「おねえさんいつまでそとであそんでるの!? まりさがたいくつでしょ! むのうなお
ねえさんはやすみのひぐらいしかいえにいられないでしょ!? まりさがせっかくあそん
であげようとおもってたのに、それをむだにするなんてばかなの? しぬの?」
友人の家から帰った私を迎えたのは、まりさの罵詈雑言だった。
「ねえ、まりさ。いつも言っているけど、そんな汚い言葉遣いしちゃだめよ。それにお姉
さんが出かけてくるのはちゃんと説明したでしょ? それに、出かける前に言った時間よ
り早く帰ってきているでしょう?」
「おねえさんのつごうなんてきいてないでしょぉぉぉ!? かわいいまりさがたいくつし
てたんだよぉぉぉ!? そんなこともわからないの? ばかなの? しぬの?」
ダメだ。
いつものように、口で言い聞かせたぐらいではまりさは態度を改めようとなんてしない。
でも、できれば例の「道具」は使いたくない。口で言ってわかってくれるなら……。
「まりさ、お願いだから目を覚まして……」
「ばかなこといってないで、さっさとまりさのためにあまあまをよういしてね! むのう
なおねえさんにはそれぐらいしかできることがないでしょ!? まっててあげるから、ゆ
っくりしないでさっさとよういしてね!」
ああ、口でダメだから友人に相談したというのに。
私はなんて甘い。その甘さが、あのかわいかったまりさをこんなひどいゆっくりに変えて
しまったのだ。
ためらっちゃだめ。覚悟を決めなさい、私。
「まりさ……私の言うことを聞けないのなら、オシオキをします」
「道具」を取り出すと、まりさはせせら笑った。
「なにそれ? まりさをおしおき? まりさがそんなのこわがるとおもってるの? ばか
なの? しぬの? おねーさんなんかちっともこわくないよ!」
私は、心の中でまりさに謝りながら、「道具」を振るった。
「ゆぎゃるげっぱゆぎゅるぐりゅるぷぷぷぅぅぅぅ!?」
その効果は驚くほどのものだった。
まりさは今まで聞いたこともないような声で絶叫し、苦しみながら七転八倒している。
痛みが激しいとゆっくりは餡子を吐くと言うが、それすらなく転げ回るばかり。まるで、
痛みのあまり餡子を吐くことすら忘れてしまったみたい。
驚きなのは帽子が脱げてしまったことだ。
まりさ種に限らず、ゆっくりの飾りは意外と外れない。人間の手で取ったり木の枝などに
引っかけたり外的が力が加われば簡単に外れるものの、ゆっくり自身がどんなに跳ね回っ
ても不思議と外れないようになっている。
ところが今、まりさの帽子は脱げてしまっている。ゆっくりにとって時に命より大事なお
飾り。それを保持することができない程に痛いのだろうか。
信じられない。軽く叩いただけなのに。
私は手の中の「道具」――「スーパーゆっくり叩き」を身ながら、友人の説明を思い出し
ていた。
*
*
*
「ゆっくりに最上級の痛みを与えるって……こんなもので?」
友人が持ってきてくれた道具。その外見は少し大きめのハエ叩きと言ったところだ。最上
級の痛みと言うからにはもっと物々しい道具が出てくると思ったのに、正直なところ拍子
抜けだった。
「スーパーゆっくり叩き」という名前も、仰々しいと言うよりはなんだか人をバカにして
いるような感じだ。
「ん~、それの効果を知るには、まずゆっくりの『皮』のことを説明しないといけないわ
ね」
友人曰く、ゆっくりの皮は人間と違って色々な機能を持っているらしい。
ゆっくりには外見上、鼻と耳がない。それでも匂いは感じるし、音も聞こえる。それらは
すべて皮で感じているというのだ。
つまり、ゆっくりは触覚、嗅覚、聴覚と、三つもの機能を全身に張り巡らされていること
になる。
「ゆっくりってちょっとした傷でもすごく痛がるでしょ? あれは、そのせい。皮が傷つ
けばその部分の触覚が失われるだけじゃなくて、嗅覚と聴覚もその削られる。ゆっくり自
身そんなこと理解してないだろうけど、本能的にはわかってるんだろうね。そりゃ、恐く
て痛がりもするさ」
この「スーパーゆっくり叩き」は、そのゆっくりの皮を徹底的に「刺激」する。
まず、触覚。
「スーパーゆっくり叩き」の外見はハエ叩き。叩かれれば当然痛い。だが見たところなん
の変哲もない網の目には、微細な棘が立っている。これは小さすぎて、ゆっくりの肌は傷
つけることはない。しかし、叩かれた瞬間、衝撃によって棘は特殊な周波数で震える。そ
の棘の刺激と振動が、触覚を通じてゆっくり激痛を感じさせる。
次に、聴覚。
「スーパーゆっくり叩き」は、表面に特殊な加工をしており、軽く叩いただけでも大きな
音が出る。その音は大きいだけでなく、ゆっくりにとって「すごくゆっくりできない音」
だそうだ。人間でも黒板をひっかく音を嫌がる人がいるが、そういう音を特大スピーカー
で聴かされるようなものらしい。
たとえ叩かれた場所が一部であろうとも、全身の皮で音を聴くことになる。この音により、
聴覚を通じてゆっくりに激痛を感じさせる。
そして、嗅覚。
「スーパーゆっくり叩き」には香料が仕込んであり、それが叩かれた瞬間拡がる。その香
料はゆっくりにとって「すごくゆっくりできない匂い」だそうだ。ゆっくりは辛味に弱い
が、それに近い刺激臭らしい。
それが嗅覚を通じて、ゆっくりに激痛を感じさせる。
嗅覚は味覚にも関連している。匂いによって料理の味が変わるのが言い例だ。副次的な効
果として、この香料はゆっくりの味覚――即ち、舌を麻痺させる。舌があまり動かないた
め、ゆっくりは餡子を吐き出すこともろくにできなくなる。
「この『スーパーゆっくり叩き』の最大の特徴は、ゆっくりをほとんど傷つけることなく
最上級の痛みを与えられること。ゆっくりは痛がるだけで傷つくことはないの。餡子を吐
き出すのにさえ注意すれば、いくら叩いても命に別状はないわ」
「なんだか躾にはとても向いてそうに思えるけど……ゆっくりショップで見かけたことは
ないわね」
「ゆっくりが傷つかないっていうのが問題でね。ついつい、叩きすぎてしまうらしいのよ。
そうすると大変なことになって……で、一般のお店では販売が停止されたの。でも、あん
たなら大丈夫よね」
*
*
*
ふと、目を向けると、痛みが治まったのか、まりさは転げ回ることを止めていた。
だが痛みがよほど激しかったのだろう。顔は涙でべたべたになり、しーしーまで漏らして
しまっている。なにより、大切な帽子を拾おうともしない。
「あ……」
私が一歩踏み出すと、まりさはびくんと震えた。今まで見たこともない、ひどい脅えよう
だ。
かわいそうだ。いますぐ抱きしめてやりたい。そんな衝動に駆られる。
ダメだ。
それでは今までと変わらない。
それに、友人に言われたじゃないか。「一度だけ、鬼になれ」、と。
「まりさ。お姉さんのいうことをちゃんと聞きなさい。そうしないと、またコレで叩きま
す」
私が軽く「スーパーゆっくり叩き」を振る仕草をすると、まりさは目を見開きガタガタと
震えだした。涙としーしーの勢いが増す。
「わかった?」
「ゆ、ゆぐぅ……」
「お返事は?」
ぴしり、とゆっくり叩きで空を叩く。
まりさは震え上がった。
「わ、わがりばじだああああ! わがりばじだがらもうたたかないでくだざいぃぃぃ!」
涙としーしーをスプリンクラーのように吹き出しながら、まりさは額をこすりつけて謝っ
た。
なんてかわいそうな姿だろう。酷い目に遭わせてしまった。
けど、これでまりさも目を覚ましてくれただろう。これからは私の言うことを聞いてくれ
るはずだ。
私は「スーパーゆっくり叩き」をまりさが怖がらないよう、机の奥にしまった。
そして、涙としーしーで濡れた床を掃除した。
まりさは部屋の隅でぶるぶると震え、脅えきった目で掃除する私を見ていた。
少し、辛い。でも仕方ない。これは私が原因。自分の辛さより、まりさの辛さに目を向け
るべきなのだ。
それに、こんなことはこれっきり。
これからはきっとうまくやっていける。
そう考えると、脅えたまりさがなんだかかわいく見えてくるのだった。
ゆっくりは物忘れが激しいと言うが、「スーパーゆっくり叩き」の痛みは忘れられるよう
なものではなかったらしい。あれ以来、まりさはいつもおどおどと、どこか脅えているよ
うだった。おいしいものを食べているとき、髪をブラッシングしてあげているとき。笑っ
ているのに、不意に不安そうな目になる。
かわいそうだとは思う。
でも、それもしばらくの我慢。すぐにまた昔のように、素直に笑いあえる。そう思ってい
た。
そんなある日のことだった。
「ゆうううう!? ごべんなざいぃぃ!」
夕飯を終えたときのことだった。
私が食器を流しに運んでいたとき。まりさは私を避けようと、大きく跳ねた。別に避けて
もらわなくても平気だったのだが、未だ「スーパーゆっくり叩き」の痛みの記憶が強いの
か、まりさは過敏に反応したのだ。
だが、それがよくなかった。まりさはテーブルの足にぶつかってしまったのだ。
運が悪いことに、まりさがぶつかったテーブルの足は前からぐらついていた。いずれ直そ
うと思っていたが、後回しにしてしまっていた足だった。
結果、テーブルは揺れ、まだ片づけていなかったコップは床に落ちて割れてしまったのだ。
「ごべんなざぃぃぃ! あやまりますからたたかないでくださぃぃぃ! ぱんぱんしない
でぇぇぇ!」
まりさは必死に謝っている。
それはとてもいいことだ。嬉しいことだ。
だが、問題がある。
まりさ自身が、今回のことを「叩かれても仕方ない」と考えているように見えることだ。
叩かないで許すのは簡単だ。でも、それで安心して、またワガママになってしまうかもし
れない。そうしたら全てが無駄になってしまう。
どうするべきか。まりさをじっと見る。
目が合った。
涙に濡れたまりさの瞳は、なぜだかとってもかわいく見えた。
それが、私に決心させた。
「ゆっぎょるぺれぷぱゆばあああああああああ!」
再び、私はまりさを「スーパーゆっくり叩き」で叩いた。
まりさは前回以上にもだえ苦しんだ。
かわいそうだ。だが、これは仕方ないことなのだ。かわいいまりさの為なのだ。
そう自分に言い聞かせた。
まるで、何かを覆い隠すみたいに、何度も何度も自分にそう言い聞かせた。
私はなんだか恐ろしくなった。ぞくり、と背筋を怖気が走った。
それからも、まりさは脅え、それが原因で失敗を犯した。
私は仕方なく、そんなまりさを「スーパーゆっくり叩き」でオシオキした。
そして、気づけば。そんなやりとりは日常化していった。
*
*
*
「あんた、飼い主失格」
私の悩みを聞いた友人の第一声は、情けの欠片もない一言だった。
今回は友人の家ではなく、私の家で相談だ。とにかく変わり果ててしまったまりさを見て
もらわなくては話にならない思ったのだ。
「だって……まさかこんなことになるなんて……!」
「まあ今回は仕方ない部分もあるか。あんたなら大丈夫と、『スーパーゆっくり叩き』を
使いすぎたらどうなるかきちんと説明しなかったあたしにも責任はあるかもしれないわね
ぇ。でも……」
ちらり、と友人はまりさの方に目をやる。
そこでは目を覆うような醜態が繰り広げられていた。
「ゆふ~ん、おねえさぁぁん。わるいまりさをしかってぇぇぇ。ぱんぱんしてぇぇぇ」
くねくねと身をよじらせ媚びを売るまりさ。
「スーパーゆっくり叩き」によるオシオキ。それを繰り返した結果、まりさは自ら進んで
叩かれる変態ゆっくりなってしまったのだ。
確かに、私はまりさに目を覚まして欲しかった。
でもこんなことに目覚めて欲しくなんて無かった。
「どぼじでごんなごどに?」
「ゆっくりみたいな言い方はやめなさい。……わかった。説明するから」
――ゆっくりは、苦しむと甘くなると言われている。
だが、ゆっくりにはもう一つ甘くなる方法がある。
「さあ、おたべなさい」だ。それは、人間との親交を深めたゆっくりが、自らの身を食べ
物として人間に捧げる行為。「さあ、おたべなさい」をしたゆっくりは、苦しめたゆっく
りとはひと味違う甘さになるという。
苦しみの果てに生まれる甘さと、しあわせに満たされ生まれる甘さ。本来、交わることは
ありえない二つの甘味。
だが、ひとつの例外が発生した。
それが「スーパーゆっくり叩き」だ。自然ではあり得ず、通常の虐待でも起こり得ない強
烈でありながら身体は傷つかない異常な激痛。それは偶然にも、ゆっくりを「さあ、おた
べなさい」の甘さに極めて近い状態にした。
感じるのは苦痛。しかし、体内の餡子の状態は「さあ、おたべなさい」をしたときと同じ。
この矛盾が、回数を重ねることによって結びつく。
ゆっくりはやがて、苦痛をしあわせと感じるようになってしまうのだ。
「これが『スーパーゆっくり叩き』が出回らなかった理由。使いすぎれば躾にならない。
痛みを喜ぶようになるんじゃ虐待にも向かない。使い道がないのよ」
「どうしてそんなの持ってたの?」
「その問題が発覚したのは発売してしばらくしてから。あたしは出たばっかりの時に買っ
ちゃったのよ。回収もされたけど、もったいないしなんかに使えるかと思ってとっておい
たの。使い出すと止まらないって噂は聞いてたけど、あんたなら大丈夫だと思ってたんだ
の。でも、ダメだったかあ……」
ため息と共に二人してまりさを見る。
「ゆふ~ん、ゆふ~ん、ゆふ~ん。まりさはまだまだわるいこだよぉぉ。ぱんぱんしてぇ
ぇ。おしおきして、いいこにしてぇぇ」
ぶりんぶりんとお尻を振るまりさ。なんて下品。ああ、嘆かわしい。
「これからどうすればいいのかしら……?」
手の中で「スーパーゆっくり叩き」をいじると、まりさの目が輝き、息が荒くなる。
今日もまた、叩いてあげるしかないのかしら?
「どうするもこうするも、あんた次第だよ。何も問題ない。じゃ、あたしは帰るよ」
言うなり、友人はさっさと玄関まで行ってしまう。本当に帰ってしまうつもりらしい。
「ちょ、ちょっと! 冷たくない!? 人がこんなに悩んでるのに……」
「ん、まあ……本当に悩んでるんなら相談に乗るのはやぶさかじゃないよ。でも、違うで
しょ?」
友人は、人の悪い笑みを浮かべながら、私の顔を指さした。
「あんた、自分じゃ気がついてないらしいけど……困った顔して、目が笑ってるよ」
「……え?」
「じゃ、ごゆっくり」
そう言って、友人は行ってしまった。
さて、困った。友人は帰ってしまった。
振り返れば期待に瞳を輝かすまりさがいる。私の手の中には「スーパーゆっくり叩き」が
ある。
まりさがこうなってしまったのは私のせい。最後まで面倒を見なくてはいけない。
そんな理屈を免罪符にして。
とっくの昔に気づいていた、胸の内からわき上がる暗い悦びから目を逸らして。
私は今日も、まりさに「スーパーゆっくり叩き」を振るう。
了
by触発あき