ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1422 まりさたちは生きてるの?
最終更新:
ankoss
-
view
季節は春。
厳しい冬を乗り越えておうちから出たまりさとれいむを待っていたのは、緑の生命に溢れる世界だった。
群れのゆっくりの姿は見えない。どうやらまりさたちが一番乗りのようだ。
ふたりは飛んだり跳ねたり、おうたを歌ったりして、希望に満ちた生活の始まりを実感していた。
「ゆっゆ~ん!! まりさ! こっちに きれいなおはなさんが さいてるよ! こんにちは、おはなさん!」
「ゆゆっ!! ほんとだ! きれいだね! ……でも、れいむのほうが もっときれいだよ!」
「ま、まりさ、はずかしいよ。おはなさんが みてるよぉ」
「ゆふふ。だって まりさ、ほんとに そうおもってるもん!」
「も、もう! ……あっ! こっちには とってもゆっくりした ばったさんがいるよ!」
長い冬を狭いおうちの中で過ごしてきたふたりには、やりたい事や食べたい物がたくさんあった。
真っ暗闇の中で体をすり寄せ、お互いの温もりを感じながら、春が来たら何をしよう、あれを食べようとたくさん考えていた。
実際、そのように楽しい春を想像してゆっくりすることが、過酷な冬を乗り切るためには必要なのだ。
けれども、いざ外に出てみると想像以上に多くのものに出迎えられ、頭に想い描いていた計画なんて吹き飛んでしまった。
「れーいむっ!」
「ゆわぁ!」
頬を引っ張りっこして、じゃれあうふたり。
群れの友達はまだやって来ないけど、ちっとも寂しくなかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
おひさまが真上に昇る頃になって、まりさが言った。
「ねぇ、れいむ。おひさまも ぽかぽかしてて あったかいし、すこしとおくへ おでかけしようよ!」
蟻の行列を見つめて、「ゆっくりしてるね!」と声をかけていたれいむが振り向く。
「ゆぅ……。でも、あんまり とおくへいくと あぶないよ……」
心配そうに呟くれいむ。
「だいじょうぶ! まりさは なにがあっても れいむを まもってみせるよ!」
冬篭りを無事に終えたという自信が、まりさをほんのちょっぴり大胆にさせていた。
その目を見て、れいむの心からも不安が吹き飛ぶ。
「……うん。……そうだね! わかった! いこう、まりさ!」
「もっと いっぱいゆっくりしようね!」
「れいむ、まりさと いっしょなら どこでもゆっくりできるよ!」
こうしてふたりは、生まれてから一度も言ったことの無い場所を目指して、ぴょんぴょんと元気に跳ねていった。
まりさとれいむの瞳は、優しい陽射しと、これから始まる冒険への期待で、きらきらと輝いていた。
まりさとれいむが、冒険の終着点である小高い丘の上に登ったときには、おひさまは山の向こうに沈むところだった。
空は茜色に染まり、山の稜線は、まるでそれ自身が輝いているかのように光を湛えている。
その雄大な光景に、ふたりはしばらく何も言えなかった。
「……きれいだね」
「……うん」
ぽつりと呟くまりさと、それに相槌を打つれいむの顔も、夕陽で赤く染まっている。
今まで見たこともない圧倒的な景色を、ふたりは頬をくっつけるようにして眺めていた。
「ねぇ、まりさ」
「なぁに、れいむ?」
「……れいむ、まりさのこと だいすきだよ」
「……うん。まりさも、れいむのこと だいすきだよ」
まりさとれいむの頬が、夕日よりも赤くなる。
寄り添うふたりを、いつの間にか昇った月が、優しく見守っていた。
月明かりが煌々と照らす森の中を、まりさとれいむはおうちに向かって急いでいた。
「ちょっと ゆっくりしすぎちゃったね!」
「でも、たのしかったね!」
楽しそうに跳ねる、まあるい影がふたつ。
「こんどは、ありすやぱちゅりーも さそってあげよう!」
「うん! みんなといっしょに ゆっくりしようね!」
もうそろそろ目覚めているであろう友達の顔を思い浮かべ、笑い合う。
明日も、あさっても、それから先も、ずっとずっとゆっくりしよう。
ふたりのステップはとても軽やかだ。
おうちまであともう少し、というところまで来たときだった。
ふたりの前に、いきなり黒い影が現れた。
「二匹か……」
まりさとれいむを見下ろす、大きな体。長い手足。
それは人間で、山歩きの服装をした男だった。
「ゆっ……!?」
「ゆゆっ!? にんげんさん……?」
ふたりとも、人間を間近で見るのは初めてだった。
突然の出会いに驚き、少しだけ緊張する。
でも、大丈夫。どんな相手とも仲良くなれる、魔法の言葉を知っているから。
「にんげんさん、ゆっくりしていってね!」
「いっしょに ゆっくりしようね!!」
とびきりのスマイルで挨拶する。
しかし、男は応えてくれない。
「……この辺りのは、全部××したと思っていたが……。どうして、まだまだいるものだな」
男が小声で何かを言い、笑った。
まりさにもれいむにも、男の言葉はよく聞き取れず、意味が解らなかった。
一瞬きょとんとして、ふたりは顔を見合わせたが、相手の笑顔に安心する。
「にんげんさん、ゆっくり……」
満面の笑みを浮かべて、もう一度挨拶をしようとしたれいむに、男の腕が伸びる。
「ゆっ……!?」
男の素早い動きに反応できず、れいむは顔を掴まれた。
男の手からは、甘く、どこか懐かしい匂いがした。
* * *
「やめてぇえぇぇええっ!! れいむが かわいそうだよぉおぉぉぉおおお!!」
まりさの悲痛な叫びが森の中に響き渡る。
その目の前で、男はれいむを殴り続けていた。
「ゆぎっ! いっ! いだっ! ゅぶっ! ゆべっ! べっ! ゆぎぃ!」
もちもちで柔らかいれいむのほっぺに、男の拳が何度もめり込む。
その度に悲鳴を上げるれいむと、暴力を振るいながら微笑む男を、まりさはただ見ることしかできない。
男に体当たりしても、なんの効果も無かった。
男は、「逃げたければ逃げてもいいぞ。無駄だから」と言っていた。
けれども、まりさにはれいむを見捨てて逃げることなどできない。
「や……やべで……。ばりざ、だずげ……で……。ゆっぐり……じだい……」
助けを請うれいむの声も、途切れ途切れになってきた。
何とかしたいけど、何にもできない。早くしないとれいむが死んでしまう。
水気をたっぷり含んだ餅を叩くような、規則的な音が、どこか遠い。
どうしようもない焦燥感にとらわれ、まりさはひたすら叫び続けた。
「やめてよぉっ! にんげんさん、ゆっくりしてよぉおぉぉおおっ!!」
まりさの叫びは届かない。
男はまるで、まりさなどいないかのようにれいむを殴る。
「まりさたち、なにか わるいことしたなら あやまりますっ! だから れいむを なぐらないでぇえぇぇぇえええっ!!」
男は殴り続ける。れいむの声は弱々しくなる。
「まりさたちはっ、まりさたちは いきてるんだよっ!! にんげんさんと おなじだよっ!!
だからもうやめてよぉおぉぉぉおおお!!」
打撃音が途絶えた。
れいむを殴りつけるのを止め、男は緩慢な動作でまりさを振り返る。
「今、なんて言った……?」
深く澄みきった、しかしどこか虚ろな瞳に見つめられ、まりさは竦みあがる。
今や、男の興味は完全にまりさに移っていた。
ボロ雑巾のようになったれいむを打ち捨て、れいむの吐き出した餡子で汚れた手を拭いつつ、男はまりさに向き直る。
「まりさ。お前は、今、なんて言ったんだ?」
「あ……、ま、まりさ……」
まりさは男の顔を見ることすらできない。
そのとき、まりさの視線が、地面に転がるれいむを捉えた。
顔は黒く腫れ上がり、口の周りには生乾きの餡子がこびりついていたが、まだ微かに息がある。
れいむは、生きている。
その事実が、まりさに勇気を与えた。
震える体を必死に動かし、男の目を見つめて、言う。
「ま、まりさたちはいきてるよ……! いたいことされたら、かなしいし、くるしいよ……!
だから、こんなこと、もう、やめて……!」
「ハッ!!」
男は嬉しそうに笑った。
まりさの訴えを聞いて、どうしてこんな笑顔になれるのか、まりさにはまるでわからない。
いや、そもそも男がれいむに暴力を振るった理由もわからなかった。
次から次へと押し付けられる理解不能な現実を目の当たりにして、まりさの体を再び恐怖が支配し始める。
そんなまりさに構わず、男は腰を下ろし、楽しそうに話し出す。
「そうか、お前たちは『生きている』のか。それは知らなかった。もしそうなら、こんなことをしてはいけないよな。
だけど、まりさ。お前たちは本当に『生きている』のか?」
「……ゆ?」
男の言っている意味がわからず、まりさは呆けたような顔をした。
この人間は何を言っているのだろう。
まりさたちが生きているかどうかなんて、見ればわかることだ。
だが、まりさの考えは、続く男の言葉に打ち砕かれた。
「『見ればわかる』なんて言うなよ? そんな曖昧なことじゃなく、もっとはっきりとした理由を教えてくれ。
どうしてお前たちが『生きている』と言えるのか、証明しろ。俺を納得させてみろ。
それができたら解放してやる。できなければ、潰す」
「ゆ、ゆぅうぅぅぅううううううっ!?」
男の提案、いや、宣告に、まりさは驚愕した。
生きているからここにいる。ここにいるということが生きていることの証明ではないのか。
いったいどうすれば、男を納得させることができるのか。
みるみるうちに蒼白になるまりさの顔面を可笑しそうに見つめながら、男はまりさに助け舟を出してやった。
「まりさ、あまり難しく考えるな。お前たちが普段、どんなことをしたら生きていると感じるのか、それを教えてくれればいいんだ」
「いきているとかんじる……?」
「そうだ。それに俺が納得できたら、お前たちは自由だ。簡単だろう?」
こんな状況でなければ、とてもゆっくりできる笑顔で男は言う。
まりさは怖くて堪らなかったが、やらなければ殺されるのだ。
もう一度だけ、痛々しい姿のれいむを見る。
まりさは、何があってもれいむを守ると約束した。
意を決して、まりさは口を開く。
「まりさたちは むーしゃむーしゃすると ゆっくりできるよ! だから まりさたちは いきてるよ!」
「草や花や木はどうなるんだ? 『むーしゃむーしゃ』しないだろう? お前たちがいつも挨拶する『おはなさん』は生きていないのか?」
自信満々だったまりさの言葉は、男に届いた瞬間、両断された。
これで助かる、れいむとゆっくりできる、と思っていたまりさは、しばらく動けなかった。
「もう終わりか? 残念だな……」
男は立ち上がろうとした。
その動作が、まりさの意識に鞭を打って覚醒させる。
「……ま、まだまだ いっぱいあるよ! ゆっくりきいてねっ!」
「それは良かった。それじゃあ、続けてくれ」
まりさにとっては地獄のような、男にとっては児戯のような問答が始まった。
「まりさたちは ぴょんぴょんしたり、のーびのーびしたら ゆっくりできるよ! だから まりさたちは いきてるよ!」
「まりさ、これは腕時計だ。よく見ろ。針が動いているのがわかるだろう。こいつは生きているのか?」
「ま、まりさたちはおちびちゃんをうむよっ! おちびちゃんはかわいいよっ! だから まりさたちは いきてるよっ!」
「年を取ったら子供を産めなくなるぞ。おばあさんは生きていないのか?」
「まりさたちは……、まりさたちは うまれたときは ちっちゃかったけど、いまは こんなにおおきいよ……! だから まりさたちは いきて……!」
「空に浮かぶ雲は大きくなったり、小さくなったりするが、雲は生きているのか?」
「まりさはっ、まりさは れいむをみて きれいだなっておもうと しあわせだよっ……! だから……!」
「俺はれいむを見ても綺麗だとは思わないな。俺は生きていないのか?」
まりさは死に物狂いで、自分たちが『生きている』ということを叫び続けた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
全身汗まみれで、目からはとめどなく涙が溢れているまりさとは対照的に、男は涼しい顔をしている。
まりさは、男を納得させることができなかった。
それどころか、自分たちが生きていると思えることをことごとく否定され、言いようの無い喪失感に包まれていた。
「こんなところか。まあ、よく頑張ったとは思うよ」
男のねぎらいの言葉に、まりさは反応しない。
精も根も尽き果てたまりさを一瞥すると、男は腰を上げようとした。
その脚に、まりさが力無くぶつかった。
「……てる」
「ん? 何だって?」
「いきてる……。まりさたち いきてるよ……。にんげんさんと おはなしできるよ……。いたいのは いやだよ……。
おうちにかえりたいよ……。ゆっくりしたいよ……。れいむ……」
ややあって顔を上げ、縋るような目で男を見つめた。
「納得できないか? それなら、もっとわかりやすい方法で考えてみるか」
男はそう言うと、適当に殴ってから放置していたれいむを掴み上げ、まりさの前に置いた。
幾分回復したのか、まりさの姿を見て、れいむは「まりさ……」と呟く。
腫れ上がった瞼の隙間から、涙が零れた。
その悲惨な姿を、まりさは見ていたくなかった。
それでも、目を逸らすことができず、二匹は悲しげに見つめ合った。
れいむ。ごめんね、れいむ。まりさ、やくそくまもれなかったよ……。
まりさがれいむに声をかけようとしたとき、
「よく見ておけよ、まりさ」
男はごく自然な動作で、れいむの両目を抉った。
「い゙あ゙あ゙あ゙っぁあ゙ぁあ゙あ゙あ゙ぁぁぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」
どこにそんな力が残っていたのかと思えるほど、れいむは激しく暴れ、絶叫する。
「まりさ、これでもう、れいむは何かを見て綺麗だなんて思うことはできない。
れいむは、『生きている』のか?」
まりさは答えることができない。目の前の出来事を理解したくなかった。
男はれいむの口をこじ開け、舌を掴むと、勢い良く引き千切った。
「んぐびゅぅゔゔゔぅぅぅゔゔゔゔゔゔっ……!!」
れいむの口からだらだらと餡子が漏れ出す。
「まりさ、これでもう、れいむは何かを食べておいしいとは感じない。
れいむは、『生きている』のか?」
まりさの頬を涙が伝う。
男はれいむの上顎と下顎に手をかけ、そのまま引き裂いた。
「お゙ごぉっ……」
れいむは二つになった。
「まりさ、これでもう、れいむは赤ちゃんを産むことができない。
れいむは、『生きている』のか?」
まりさの視界は滲んで、何が何だかよくわからなくなっていた。
男は立ち上がると、まりさの目の前にれいむを叩きつけた。
餡子と皮が降り注いだが、まりさは目を瞑ることもせずに立ち尽くしていた。
「まりさ。れいむは動かなくなったぞ。それ、『生きている』のか?」
『れいむ』を見つめたまま、まりさは何事かを呟いた。
「そうか。じゃあ、“殺して”やるよ」
男は笑った。
これまでの微笑とは違う、本性を垣間見せるような笑みだった。
「ゆあ゙……」
見上げたまりさの顔に、男の履いているブーツのつま先がめり込む。
まりさはもう何も感じなかった。
まりさは××された。
(了)
やっと十作目。
そうだね、ゆっくりだね。
厳しい冬を乗り越えておうちから出たまりさとれいむを待っていたのは、緑の生命に溢れる世界だった。
群れのゆっくりの姿は見えない。どうやらまりさたちが一番乗りのようだ。
ふたりは飛んだり跳ねたり、おうたを歌ったりして、希望に満ちた生活の始まりを実感していた。
「ゆっゆ~ん!! まりさ! こっちに きれいなおはなさんが さいてるよ! こんにちは、おはなさん!」
「ゆゆっ!! ほんとだ! きれいだね! ……でも、れいむのほうが もっときれいだよ!」
「ま、まりさ、はずかしいよ。おはなさんが みてるよぉ」
「ゆふふ。だって まりさ、ほんとに そうおもってるもん!」
「も、もう! ……あっ! こっちには とってもゆっくりした ばったさんがいるよ!」
長い冬を狭いおうちの中で過ごしてきたふたりには、やりたい事や食べたい物がたくさんあった。
真っ暗闇の中で体をすり寄せ、お互いの温もりを感じながら、春が来たら何をしよう、あれを食べようとたくさん考えていた。
実際、そのように楽しい春を想像してゆっくりすることが、過酷な冬を乗り切るためには必要なのだ。
けれども、いざ外に出てみると想像以上に多くのものに出迎えられ、頭に想い描いていた計画なんて吹き飛んでしまった。
「れーいむっ!」
「ゆわぁ!」
頬を引っ張りっこして、じゃれあうふたり。
群れの友達はまだやって来ないけど、ちっとも寂しくなかった。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
おひさまが真上に昇る頃になって、まりさが言った。
「ねぇ、れいむ。おひさまも ぽかぽかしてて あったかいし、すこしとおくへ おでかけしようよ!」
蟻の行列を見つめて、「ゆっくりしてるね!」と声をかけていたれいむが振り向く。
「ゆぅ……。でも、あんまり とおくへいくと あぶないよ……」
心配そうに呟くれいむ。
「だいじょうぶ! まりさは なにがあっても れいむを まもってみせるよ!」
冬篭りを無事に終えたという自信が、まりさをほんのちょっぴり大胆にさせていた。
その目を見て、れいむの心からも不安が吹き飛ぶ。
「……うん。……そうだね! わかった! いこう、まりさ!」
「もっと いっぱいゆっくりしようね!」
「れいむ、まりさと いっしょなら どこでもゆっくりできるよ!」
こうしてふたりは、生まれてから一度も言ったことの無い場所を目指して、ぴょんぴょんと元気に跳ねていった。
まりさとれいむの瞳は、優しい陽射しと、これから始まる冒険への期待で、きらきらと輝いていた。
まりさとれいむが、冒険の終着点である小高い丘の上に登ったときには、おひさまは山の向こうに沈むところだった。
空は茜色に染まり、山の稜線は、まるでそれ自身が輝いているかのように光を湛えている。
その雄大な光景に、ふたりはしばらく何も言えなかった。
「……きれいだね」
「……うん」
ぽつりと呟くまりさと、それに相槌を打つれいむの顔も、夕陽で赤く染まっている。
今まで見たこともない圧倒的な景色を、ふたりは頬をくっつけるようにして眺めていた。
「ねぇ、まりさ」
「なぁに、れいむ?」
「……れいむ、まりさのこと だいすきだよ」
「……うん。まりさも、れいむのこと だいすきだよ」
まりさとれいむの頬が、夕日よりも赤くなる。
寄り添うふたりを、いつの間にか昇った月が、優しく見守っていた。
月明かりが煌々と照らす森の中を、まりさとれいむはおうちに向かって急いでいた。
「ちょっと ゆっくりしすぎちゃったね!」
「でも、たのしかったね!」
楽しそうに跳ねる、まあるい影がふたつ。
「こんどは、ありすやぱちゅりーも さそってあげよう!」
「うん! みんなといっしょに ゆっくりしようね!」
もうそろそろ目覚めているであろう友達の顔を思い浮かべ、笑い合う。
明日も、あさっても、それから先も、ずっとずっとゆっくりしよう。
ふたりのステップはとても軽やかだ。
おうちまであともう少し、というところまで来たときだった。
ふたりの前に、いきなり黒い影が現れた。
「二匹か……」
まりさとれいむを見下ろす、大きな体。長い手足。
それは人間で、山歩きの服装をした男だった。
「ゆっ……!?」
「ゆゆっ!? にんげんさん……?」
ふたりとも、人間を間近で見るのは初めてだった。
突然の出会いに驚き、少しだけ緊張する。
でも、大丈夫。どんな相手とも仲良くなれる、魔法の言葉を知っているから。
「にんげんさん、ゆっくりしていってね!」
「いっしょに ゆっくりしようね!!」
とびきりのスマイルで挨拶する。
しかし、男は応えてくれない。
「……この辺りのは、全部××したと思っていたが……。どうして、まだまだいるものだな」
男が小声で何かを言い、笑った。
まりさにもれいむにも、男の言葉はよく聞き取れず、意味が解らなかった。
一瞬きょとんとして、ふたりは顔を見合わせたが、相手の笑顔に安心する。
「にんげんさん、ゆっくり……」
満面の笑みを浮かべて、もう一度挨拶をしようとしたれいむに、男の腕が伸びる。
「ゆっ……!?」
男の素早い動きに反応できず、れいむは顔を掴まれた。
男の手からは、甘く、どこか懐かしい匂いがした。
* * *
「やめてぇえぇぇええっ!! れいむが かわいそうだよぉおぉぉぉおおお!!」
まりさの悲痛な叫びが森の中に響き渡る。
その目の前で、男はれいむを殴り続けていた。
「ゆぎっ! いっ! いだっ! ゅぶっ! ゆべっ! べっ! ゆぎぃ!」
もちもちで柔らかいれいむのほっぺに、男の拳が何度もめり込む。
その度に悲鳴を上げるれいむと、暴力を振るいながら微笑む男を、まりさはただ見ることしかできない。
男に体当たりしても、なんの効果も無かった。
男は、「逃げたければ逃げてもいいぞ。無駄だから」と言っていた。
けれども、まりさにはれいむを見捨てて逃げることなどできない。
「や……やべで……。ばりざ、だずげ……で……。ゆっぐり……じだい……」
助けを請うれいむの声も、途切れ途切れになってきた。
何とかしたいけど、何にもできない。早くしないとれいむが死んでしまう。
水気をたっぷり含んだ餅を叩くような、規則的な音が、どこか遠い。
どうしようもない焦燥感にとらわれ、まりさはひたすら叫び続けた。
「やめてよぉっ! にんげんさん、ゆっくりしてよぉおぉぉおおっ!!」
まりさの叫びは届かない。
男はまるで、まりさなどいないかのようにれいむを殴る。
「まりさたち、なにか わるいことしたなら あやまりますっ! だから れいむを なぐらないでぇえぇぇぇえええっ!!」
男は殴り続ける。れいむの声は弱々しくなる。
「まりさたちはっ、まりさたちは いきてるんだよっ!! にんげんさんと おなじだよっ!!
だからもうやめてよぉおぉぉぉおおお!!」
打撃音が途絶えた。
れいむを殴りつけるのを止め、男は緩慢な動作でまりさを振り返る。
「今、なんて言った……?」
深く澄みきった、しかしどこか虚ろな瞳に見つめられ、まりさは竦みあがる。
今や、男の興味は完全にまりさに移っていた。
ボロ雑巾のようになったれいむを打ち捨て、れいむの吐き出した餡子で汚れた手を拭いつつ、男はまりさに向き直る。
「まりさ。お前は、今、なんて言ったんだ?」
「あ……、ま、まりさ……」
まりさは男の顔を見ることすらできない。
そのとき、まりさの視線が、地面に転がるれいむを捉えた。
顔は黒く腫れ上がり、口の周りには生乾きの餡子がこびりついていたが、まだ微かに息がある。
れいむは、生きている。
その事実が、まりさに勇気を与えた。
震える体を必死に動かし、男の目を見つめて、言う。
「ま、まりさたちはいきてるよ……! いたいことされたら、かなしいし、くるしいよ……!
だから、こんなこと、もう、やめて……!」
「ハッ!!」
男は嬉しそうに笑った。
まりさの訴えを聞いて、どうしてこんな笑顔になれるのか、まりさにはまるでわからない。
いや、そもそも男がれいむに暴力を振るった理由もわからなかった。
次から次へと押し付けられる理解不能な現実を目の当たりにして、まりさの体を再び恐怖が支配し始める。
そんなまりさに構わず、男は腰を下ろし、楽しそうに話し出す。
「そうか、お前たちは『生きている』のか。それは知らなかった。もしそうなら、こんなことをしてはいけないよな。
だけど、まりさ。お前たちは本当に『生きている』のか?」
「……ゆ?」
男の言っている意味がわからず、まりさは呆けたような顔をした。
この人間は何を言っているのだろう。
まりさたちが生きているかどうかなんて、見ればわかることだ。
だが、まりさの考えは、続く男の言葉に打ち砕かれた。
「『見ればわかる』なんて言うなよ? そんな曖昧なことじゃなく、もっとはっきりとした理由を教えてくれ。
どうしてお前たちが『生きている』と言えるのか、証明しろ。俺を納得させてみろ。
それができたら解放してやる。できなければ、潰す」
「ゆ、ゆぅうぅぅぅううううううっ!?」
男の提案、いや、宣告に、まりさは驚愕した。
生きているからここにいる。ここにいるということが生きていることの証明ではないのか。
いったいどうすれば、男を納得させることができるのか。
みるみるうちに蒼白になるまりさの顔面を可笑しそうに見つめながら、男はまりさに助け舟を出してやった。
「まりさ、あまり難しく考えるな。お前たちが普段、どんなことをしたら生きていると感じるのか、それを教えてくれればいいんだ」
「いきているとかんじる……?」
「そうだ。それに俺が納得できたら、お前たちは自由だ。簡単だろう?」
こんな状況でなければ、とてもゆっくりできる笑顔で男は言う。
まりさは怖くて堪らなかったが、やらなければ殺されるのだ。
もう一度だけ、痛々しい姿のれいむを見る。
まりさは、何があってもれいむを守ると約束した。
意を決して、まりさは口を開く。
「まりさたちは むーしゃむーしゃすると ゆっくりできるよ! だから まりさたちは いきてるよ!」
「草や花や木はどうなるんだ? 『むーしゃむーしゃ』しないだろう? お前たちがいつも挨拶する『おはなさん』は生きていないのか?」
自信満々だったまりさの言葉は、男に届いた瞬間、両断された。
これで助かる、れいむとゆっくりできる、と思っていたまりさは、しばらく動けなかった。
「もう終わりか? 残念だな……」
男は立ち上がろうとした。
その動作が、まりさの意識に鞭を打って覚醒させる。
「……ま、まだまだ いっぱいあるよ! ゆっくりきいてねっ!」
「それは良かった。それじゃあ、続けてくれ」
まりさにとっては地獄のような、男にとっては児戯のような問答が始まった。
「まりさたちは ぴょんぴょんしたり、のーびのーびしたら ゆっくりできるよ! だから まりさたちは いきてるよ!」
「まりさ、これは腕時計だ。よく見ろ。針が動いているのがわかるだろう。こいつは生きているのか?」
「ま、まりさたちはおちびちゃんをうむよっ! おちびちゃんはかわいいよっ! だから まりさたちは いきてるよっ!」
「年を取ったら子供を産めなくなるぞ。おばあさんは生きていないのか?」
「まりさたちは……、まりさたちは うまれたときは ちっちゃかったけど、いまは こんなにおおきいよ……! だから まりさたちは いきて……!」
「空に浮かぶ雲は大きくなったり、小さくなったりするが、雲は生きているのか?」
「まりさはっ、まりさは れいむをみて きれいだなっておもうと しあわせだよっ……! だから……!」
「俺はれいむを見ても綺麗だとは思わないな。俺は生きていないのか?」
まりさは死に物狂いで、自分たちが『生きている』ということを叫び続けた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。
全身汗まみれで、目からはとめどなく涙が溢れているまりさとは対照的に、男は涼しい顔をしている。
まりさは、男を納得させることができなかった。
それどころか、自分たちが生きていると思えることをことごとく否定され、言いようの無い喪失感に包まれていた。
「こんなところか。まあ、よく頑張ったとは思うよ」
男のねぎらいの言葉に、まりさは反応しない。
精も根も尽き果てたまりさを一瞥すると、男は腰を上げようとした。
その脚に、まりさが力無くぶつかった。
「……てる」
「ん? 何だって?」
「いきてる……。まりさたち いきてるよ……。にんげんさんと おはなしできるよ……。いたいのは いやだよ……。
おうちにかえりたいよ……。ゆっくりしたいよ……。れいむ……」
ややあって顔を上げ、縋るような目で男を見つめた。
「納得できないか? それなら、もっとわかりやすい方法で考えてみるか」
男はそう言うと、適当に殴ってから放置していたれいむを掴み上げ、まりさの前に置いた。
幾分回復したのか、まりさの姿を見て、れいむは「まりさ……」と呟く。
腫れ上がった瞼の隙間から、涙が零れた。
その悲惨な姿を、まりさは見ていたくなかった。
それでも、目を逸らすことができず、二匹は悲しげに見つめ合った。
れいむ。ごめんね、れいむ。まりさ、やくそくまもれなかったよ……。
まりさがれいむに声をかけようとしたとき、
「よく見ておけよ、まりさ」
男はごく自然な動作で、れいむの両目を抉った。
「い゙あ゙あ゙あ゙っぁあ゙ぁあ゙あ゙あ゙ぁぁぁあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!」
どこにそんな力が残っていたのかと思えるほど、れいむは激しく暴れ、絶叫する。
「まりさ、これでもう、れいむは何かを見て綺麗だなんて思うことはできない。
れいむは、『生きている』のか?」
まりさは答えることができない。目の前の出来事を理解したくなかった。
男はれいむの口をこじ開け、舌を掴むと、勢い良く引き千切った。
「んぐびゅぅゔゔゔぅぅぅゔゔゔゔゔゔっ……!!」
れいむの口からだらだらと餡子が漏れ出す。
「まりさ、これでもう、れいむは何かを食べておいしいとは感じない。
れいむは、『生きている』のか?」
まりさの頬を涙が伝う。
男はれいむの上顎と下顎に手をかけ、そのまま引き裂いた。
「お゙ごぉっ……」
れいむは二つになった。
「まりさ、これでもう、れいむは赤ちゃんを産むことができない。
れいむは、『生きている』のか?」
まりさの視界は滲んで、何が何だかよくわからなくなっていた。
男は立ち上がると、まりさの目の前にれいむを叩きつけた。
餡子と皮が降り注いだが、まりさは目を瞑ることもせずに立ち尽くしていた。
「まりさ。れいむは動かなくなったぞ。それ、『生きている』のか?」
『れいむ』を見つめたまま、まりさは何事かを呟いた。
「そうか。じゃあ、“殺して”やるよ」
男は笑った。
これまでの微笑とは違う、本性を垣間見せるような笑みだった。
「ゆあ゙……」
見上げたまりさの顔に、男の履いているブーツのつま先がめり込む。
まりさはもう何も感じなかった。
まりさは××された。
(了)
やっと十作目。
そうだね、ゆっくりだね。