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anko2646 らんしゃまとちぇんの楽園(繁栄編)
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『らんしゃまとちぇんの楽園(繁栄編)』 36KB
差別・格差 同族殺し 野良ゆ 赤ゆ 子ゆ 希少種 現代 八作目 公餡 前と色々ネタ被っている
「ゆぐ……うぅ……お姉さん……お母さん……お父さん……どうして……」
暗い路地を、一匹のゆっくりがその体をずりずりとアスファルトに這わせていた。
おかざりも髪もボロボロに毟られ、体中は傷だらけの泥だらけで種は判別し難いが、片方だけ残っている動物型の耳や尻部に三、四ほど残っている尻尾の色からして、ゆっくりらんであろう。
らんの通ってきた道のりにてかてかと光る酢がまるでなめくじが這った跡のように残っている。
エアコンの室外機の前まで来て、らんは疲れ果てたようだ。体を止めて荒い呼吸を地面に向けて吐くと、額に生えた茎がつっかえた。
「どうして……どうしてこんなことに……」
ぽろぽろとらんの目から涙が零れ、アスファルトに染みる。
らんは、つい昨日まで飼いゆっくりだった。
生後一ヶ月で金バッジを取得し、娘一人の三人家族に買われて昨日まで何不自由のない幸せでゆっくりした生活を送ってきた。
そのことにらんは米粒一欠けら分ほどの不満も覚えなかったし、自分を可愛がってくれる家族に感謝と愛情を忘れたことはなかった。
なのに、捨てられた。車で見知らぬ遠くの町に連れられて、バッジを毟られて放置された。
――ありがとうらん。君が良く娘の面倒を見てくれて、本当に助かりました。でも、その役目はこれからさなえっていうゆっくりが引き継いでくれます。ええ、娘は、君に飽きちゃったんです。本当に今までありがとう。それじゃ、達者でね
お父さんはそんな言葉だけ残して、さっさと車に乗り込んで行ってしまった。
それかららんは、一晩明けただけでこんな有様になってしまった。
この町に住む野良ゆたちがらんを囲んで徹底的に痛めつけたのだ。毎日生と死の綱渡りをしている野良ゆたちから見て、燃え上がるような黄金の尻尾を揺らして主人の名を泣き叫ぶばかりのらんは、彼らの飼いゆに対する嫉妬と羨望で凝り固まった鬱憤を晴らす、これ以上ない捌け口だった。
らん種は野良ゆが束になっても敵わないほど高い戦闘能力を持つが、産まれてこの方ずっと家の中で花よ蝶よと愛でられていたらんに、命を懸けた殺し合いなどできるはずもなかった。瞬く間に組み伏せられ、いいように嬲られ、痛めつけられ、すっきりー! され、なんとか逃げ出してきたが、既にもう体力が残っていない。
「どぼしで……どぼしで……らんがこんな目に……」
これだけ酷い目に合っても、当たり前のように主人たちは助けに来なかった。それが自分はやはり捨てられたのだという証左として感じられ、らんの中に溜まった悲しみや絶望が、暗い怒りにかわって行く。
自分勝手にらんを愛でて、玩具のように捨てた人間。わけのわからない理由でらんを攻撃してきた野良ゆたち。
みんなゆっくりできないようになって、らんのように惨めに這いつくばって、死ねばいい。
そう思った瞬間、らんは自分はもう助からないのだと悟った。故になおさら怒りの濃さが増し、天を呪うように睨みつける。
すると、その見上げた視界に、室外機の上から垂れ下がる二本の紐状のものが見えた。
「…………ちぇん?」
本能からこみ上げてくるゆっくりできる心から、らんはその尻尾の持ち主の名前を呼んだ。
尻尾がぴくりと反応し、それはそれは愛らしい顔立ちをした一匹のゆっくりが室外機の下を覗き込んでらんと目を合わせた。
「……らんしゃま?」
まりさが嘲け笑いながら体当たりをしてきた。
よろけた所にれいむが何か口汚く罵りながら、毎日お姉さんにブラッシングしてもらっていたらんの髪を涎を引く口で噛み、毟る。
らんが悲鳴を上げるとみょんが下品な言葉を吐きながら口にくわえた枝で、らんの柔肌を切り裂いた。
れいぱーありすが性器を勃起させてらんのまむまむを蹂躙し、溢れ出すほどのカスタードクリームを注ぎ込んだ。
アスファルトに果てたらんを見て、ぱちゅりーが偉そうにらん種の尻尾はとてもゆっくりできるあまあまだと野良ゆたちに教え、おぞましい晩餐が始まる。
「うわああああああああああああ!!!」
「ゆにゃん!?」
らんは目覚め、今まで見ていたものが悪夢だったことを理解した。
ならばここは暖かい我が家で、お姉さんが「どうしたの? そんなに怯えて」と優しく声をかけてくれるはず――そう一瞬だけ期待して、らんは目の前に広がる光景に現実を突きつけられた。
何十年も暗い影の中で佇んできた、限りなく黒色に近い罅割れたコンクリート壁。
傍らで唸りを上げる室外機。
体を包む、ごわごわした新聞紙。
足下は体の芯まで冷えそうな、硬い硬いアスファルト。
らんはまだ、自分が悪夢の中に居続けていることを思い知った。
「う……うぅ……おねーさん……」
「わかるよー、らんしゃま。つらいことがあったんだねー。でも、らんしゃまはちぇんがまもってあげるよー。だからゆっくりしていってね!!!」
「……ゆ?」
ゆっくりした声が隣から聞こえ、らんはそちらを振り向いた。
帽子はどこか湿ってドブ臭く、皮に無数の泥の染みがあるものの、そこにはとてもゆっくりした一匹のちぇんが悠然と立っており、二本の尻尾をらんの体に巻きつかせていた。
そこで、はたとらんは最後の記憶を思い出す。
「ちぇぇぇぇん! まさか、ちぇんがらんのことを助けてくれたのか?」
「そうだよー。らんしゃまはちぇんのことをみたとたんきぜつしちゃったんだねー。すっごくつかれているみたいだったし、けがさんでたいへんそうだったから、ちぇんはできるかぎりのことをしてらんしゃまをたすけようとしたんだよー。
でも、からだをきれいきれいにして、ごはんさんをたべさせることくらいしかできなかったんだよー……らんしゃまのゆっくりしたおかざりさんも、もふもふしっぽさんも、もとにはもどせなかったんだよー……えーん! ごめんね、らんしゃまー!」
「そんな、謝ることはない! ちぇんは精一杯やってくれたじゃないか。らんが今こうして生きていられるのも、全部ちぇんのおかげだ!」
涙ぐむちぇんに、こちらも感極まって鼻がかった声でらんはお礼を言う。
今まで出会ってきた他の野良ゆのせいで、らんはこんなにゆっくりできない体にさせられてしまったのだ。それをこの野良ちぇんはらんを傷つけるどころか、助けてくれた。
らんはちぇんと向き合うために居住まいを正す。そして、頭にぶら下がっていたはずの茎が無くなっていることに気づいた。
視線かららんの意図を悟ったらしいちぇんは、少し目を伏せて説明した。
「らんしゃまのあたまにみのったおちびちゃんたちは、みんなありすだったよー……。このままにんっしんっ、していたららんしゃまはずっとゆっくりしちゃうっておもったから、ちぇんはゆっくりごろしをしたんだよー。わかってねー……」
「そうか、ちぇん。らんのためを思ってやってくれたんだな。ありがとう……」
「わかるよー。らんしゃまはやさしーんだねー。それじゃあ、らんしゃまもおきたことだしちぇんはかりにいくんだねー。らんしゃまはここでおるすば――」
「ゆげっへっへっへ!」
路地裏に、下品な感じの甲高い声が響き渡った。
そちらを見ると、ぱちゅりーにれいぱーありすを後ろに従えたゲスまりさが路地からの出口を塞ぐように立っていた。そのお飾りに見覚えがあることにらんは気づき、先ほど見た悪夢と記憶が結びつく。
「ちぇんがうすのろのらんをかくまったっていうのはほんとうだったのぜ! さあちぇん、らんをこっちにわたすのぜ。きのうたべそこねたあまあまなしっぽさんを、きょうこそぜんぶたべつくしてやるんだぜ!」
「んほおおおおおおおおおお!! かいゆのきつきつなまむまむもさいこうよねえええええええええ!!」
「むきゅ! もしらんのおちびちゃんがうまれたら、そいつをりようしてかいゆになれるわ!」
勝手なことばかり口にするゲスどもに、らんが怒りを表す前にちぇんが激怒して跳ね、三匹の前にたった一匹で立つ。
「わかるよー! おまえらがらんしゃまをいじめたゲスどもなんだねー! ゆっくりしねえええええええべにゃ!?」
「ちぇぇぇぇぇぇぇん!?」
「へっへっへ。ちぇんなんかがまりささまにかてるわけがないのぜ」
ちぇんはゆっくりとしてはとてつもない速度で飛び出し、まりさに体当たりを仕掛けたがみえみえの正面突撃だった。まりさは身を屈めて正面からぶつかってきたちぇんを受け止め、ウェイト差を利用して逆に弾き返し、壁に叩きつけた。
通常種最速の身のこなしを誇るちぇん種だが、体が小さいため単純な力比べでは不利なのだ。
すぐさまちぇんを助けに行こうとすると、まりさは壁にぶつけられて目を回すちぇんの傍に寄り、尻尾をあんよで踏みつける。
「ゆぎにゃ!? わがらないよー!!」
「おおっとらん、うごくななのぜー。らんがにげるとちぇんはぷちっ、なんだぜー?」
「な……卑怯な、このゲスめ!」
「へっへっへ。のらゆはゲスでなんぼなんだぜ! さーおしりをこっちにむけるんだぜ。しっぽさんをたべてやるんだぜー♪」
「んほおおおおお!! そのあとはおたのしみのとかいはなあいのじかんなのねえええ!!」
絶体絶命の危機だった。らんは歯を折れそうなほどに食い縛る。自分さえいなければ、ちぇんをこんな危険な目に合わせずに済んだものを……。
屈辱と悔しさを抱えるらんに、ダメ押しするようにまりさがさらに深くちぇんの尻尾を踏みつけた。「わがらな!?」という叫びに心が痛み、らんは泣く泣くまりさに背中を向ける。
「よーし、それじゃちぇんはありすにやるんだぜ。いっただきまーす!」
「んほおおおお!! ちぇんのまむまむもちっちゃくてきつそうだわああああああ!!」
「わかならないよおおおおおお!!? らんしゃまあああああああ!!」
背後から聞こえてくるそんなゆっくりできない声に、らんの中で死にかけた時に覚えた怒りが甦る。
そうだ、なぜ自分や、あんなにゆっくりしていたちぇんがこんなゲスどもの食い物にならねばいけないのだ。ゆっくりさせられなくされてしまうのだ。
お前らこそ、ゆっくりできなくしてやる。
「ちぇんをいじめるゲスどもは、ゆっくりしね!」
この時、生まれてこの方飼いゆとしてのゆっくりしたゆん生を送ってきたらんの中で、初めて闘争本能に火が点いた。それはらん種の能力を呼び覚ますトリガーだった。
酢飯を中に詰めたらん種の尻尾は、ただの非常食ではない。強い怒りと闘争本能によって圧力が尻尾内部に生じ、先端に空けられたごく小さな穴からエネルギーを逃がそうとすることによって、作動する――
「あべにゃ!?」
米粒弾発射装置なのだ。
らんの尻尾にかぶりつこうと大口を空けていたまりさは、無防備な口中にBB弾よろしく撃ち出された米粒弾を喰らって仰向けに倒れた。おそらく中枢餡をやられたのだろう。即死だった。
その戦果を確認する間もなく、らんは身を翻してちぇんを組み伏せるれいぱーありすに突撃する。
ちぇんのまむまむに挿入しようとしたぺにぺにに、らんは牙を剥いて思い切り噛みついた。
「あぎゃあああ!? ありすのとかいはなぺにぺにさんがああああ!?」
「どこが都会派だ、日本語喋れ!!」
ぺにぺにを路上に吐き捨て、痛みに悶えるありすの上にらんは飛び乗る。
上から押し付けられたらんの重みによって、ありすはぺにぺにの傷口から大量のカスタードクリームを噴出し、死んだ。
血走った目で、らんは次の標的であるぱちゅりーを睨みつける。しかしわざわざをとどめを刺すまでもなく、ぱちゅりーは既にこの光景と次に殺されるのは自分であるというプレッシャーに負けたのか、勝手にえれえれしてて永遠にゆっくりしていた。
気を取り直し、らんはアスファルトに横たわるちぇんに駆け寄る。
「大丈夫か、ちぇぇぇぇん!」
「だいじょうぶなんだねー! それより、らんしゃまってめちゃくちゃつよかったんだねー! わかるよー!」
「ちぇんのためだからこそ、出せた力だ。らんだって自分がこんなに強かったなんて知らなかった……」
本心かららんはそう言った。事実、らん種は温厚な性格で争いを嫌い、不必要な戦いは避ける傾向にある。そんならん種が秘めたる高い戦闘能力を発揮するのは、正にちぇん種に危険が及んだ時だ。
そもそもらん種の因子は劣性遺伝であり、個体数が少ない。そのためらん種はまずほぼ間違いなくちぇん種を番に選び、ちぇん種の子供を得る。この本能は、自分の遺伝餡子を守るため本能に刻まれたプログラムなのである。
ずっと人間の手によって餌も寝床も与えられ、バッジ試験ですら『人間の協力があってこそ取得できた』と教育されてきたらんにとって、この戦果は初めて自覚した『自分の実力』だった。
ちぇんにひたすら褒めちぎられてもどう対応していいのかわからず、呆然とするらんの腹がぐーと鳴る。
「あ、らんしゃま、おなかがすいたんだねー。わかるよー」
「あはは、そういえばちぇんが狩りに行くって話をしていたんだったな……でも、こんなことがあったばかりじゃちぇんを一人で出歩かせるのは心配だ。らんがボディーガードをしよう」
「わかるよー! らんしゃまとデート! なんだねー!」
そう言って、ちぇんはらんと頬をすり合わせて二本の尻尾の先端をハートマーク型にくっつけ合わせた。
ちぇんに案内された場所は、ゴミ捨て場だった。
すえるような生ゴミの臭いに、その臭いの元を食べなければいけないという事実にらんは気圧されたが、もうあの暮らしには戻れないのだ。
ちぇんは透明なゴミ袋の中身を物色してから、特に食べ物がたくさん入っていそうな袋を噛み切って中身を漁りだす。アスファルトにばら撒かれるゴミを見たらんは、ゴミ収集する人間さんにごめんなさい、と心の中だけで謝った。
「らんしゃま! らんしゃま! みてみてー! おさかなさんのあたまがあったんだねー!」
「そ……そーか。ちぇんはお魚さんが好きだもんな」
「そうなんだよー! おさかなさんはゆっくりできるんだねー! それじゃ、いっただきまー――」
「待て、ちぇん」
魚の頭や骨をはじめとした生ゴミばかりが入れられた、スーパーのゴミ袋を噛み切ろうとしたちぇんをらんは制止した。ちぇんは呆けた顔をする。
「にゃんで? わからないよー?」
「ここで食べていると、人間さんにやってきてゆっくりできなくさせられてしまうかもしれない。それに、他の野良ゆが来てもちぇんは喧嘩では勝てないだろう?」
「そうだよー。だからちぇんはそういうとき、おなかがへっていてもがまんして、にげるんだねー……」
「うん、その判断は間違っていない。でも、今日はらんがいるんだ。このくらいの大きさの袋さんなら、持ち運べる。安全な場所に移ってからゆっくり食べるとしよう」
「わかるよー! おうちにかえるんだねー!」
「いや、だめだ。あの室外機の近くのお家にはもう帰っちゃだめだ」
「にゃんでー!? わからないよー!?」
盲信と言っても良いらん種への信頼感から、ちぇんはらんの言うことを素直に聞いていた。だがさすがにねぐらを捨てろと言われて素直にはいそうですかとまではいかなかったようである。
むしろその事実に安心して、らんは事情を説明した。
「あそこにはあのゲスグズ通常種の死体があるだろう? そろそろ死臭が酷くなってきている頃だろうし、人間さんに見つかってあのあたり一帯が野良ゆを警戒する地域になってしまったかもしれない。……ったく、本当死んでも迷惑しかかけることしかできないな、あのゴミどもは……」
「ゆ、ゆぅー。わかるよー。わかったけど、それじゃちぇんたちはこれからどこでくらせばいいのー? わからないよー!」
「そうだな……ん? まずい、ゆっくりが来た。隠れるぞ、ちぇん」
「わかるよー、ゆっくりかくれるんだねー」
帽子に隠されたらんの大きな耳が、ゆっくりの声を逸早く感知した。らんとちぇんは生ゴミの入った袋を持ってゴミ捨て場の塀の後ろに隠れる。
しばらくすると、一匹のれいむがゴミを漁りに来た。れいむはらんたちが開けたゴミ袋の中身を調べ、牛乳パックやお菓子の袋の中身を舐めたりする。そしてまた他のゴミ袋を破き、めぼしいものを見つけるとがつがつとその場で貪り始めた。
十分ほどれいむは食事を続けていたが、まだ少し残っている生ゴミを全部食べきらず持ち帰ることにしたようだ。その時にれいむが零した独り言を、らんはしっかりと聞き届ける。
「ゆっゆー! これはおちびちゃんのためにとっておくごはんさんだよ! おちびちゃんたち、れいむはゆっくりしないですぐかえるからゆっくりまっててね!」
れいむの食事中にまとめていた算段が、その一言で完全に決定された。らんはちぇんに小声で話しかける。
「ちぇん、あのれいむを追うぞ。けど、気づかれないように、そーろそろとだぞ」
「わかるよー。そーろそろれいむをおいかけるんだねー」
「よし、いい子だぞちぇん」
無防備に背中を見せ、れいむはぽよんぽよんと跳ねて家路についたようだ。その後ろを、らんとちぇんはぴったりつけて後を追う。
れいむのねぐらはゴミ捨て場から少し離れた場所にある、自販機のようだった。ゴミ袋を引きずって歩くれいむを見つけ、自販機の裏から子ゆっくりのれいむが一匹、まりさが一匹現れにこやかな笑顔を浮かべる。
「おかーさん! ゆっくりおかえりなさい!」
「おちびちゃん! ゆっくりただいばぁ!?」
「「おかーさん!?」」
子ゆっくりたちに挨拶し返したれいむを、らんは背後から思い切り体当たりして突き飛ばした。れいむは路上に顔面をぶつけて倒れこむ。
その隙に、らんは猛然と自販機に近づいた。子ゆたちの怯えた表情が近づき、遂に泣き顔がらんの目の前に二つつ並ぶ。
らんは子れいむのリボンをくわえ、地面から浮かしてやった。びくりと驚く子まりさを尻尾で打ち払い、倒れたところに体重を軽くかけてやる。
「ゆぎいいいいい!! ゆっくりできないいいい! やめてえええ!」
「やめてね! やめてね! まりさがゆっくりできなくなるよ! ゆっくりしないでいますぐれいむをはなしてまりさからどいてね!」
「ゆああああ!? れいむのおちびちゃんたちがあああ!!」
地面から親れいむが体を起こすと、ついさっきまでゆっくりしていた子供たちはらんによってその命を危機に晒されていた。その驚愕の顔を堪能したらんは、子れいむのリボンを噛み切って口を自由にすると、親れいむに平坦な口調で話しかけた。
「おい、れいむ。おちびちゃんたちを返してほしいか?」
「かえしてね! れいむのおちびちゃんたちをゆっくりしないですぐかえしてね!」
「それじゃ、そこのごはんさんと、このお家をらんたちに寄越せ」
「なにいってるのおおおお!? そんなことできるわけないでしょおおおお!?」
「なら、おちびちゃんたちがゆっくりできなくなってもいいんだな?」
おかざりが不完全になって泣き喚く子れいむを噛み殺そうするかのように、らんは大口を開けてやる。びくりと震えた親れいむは大きく目を見開き、しかし、すぐに頷いた。
「わかったよ! おうちもごはんさんもらんにあげるよ! だからおちびちゃんたちをかえしてね!」
「バカか!? この程度のごはんさんで返してあげるわけないだろぉ!? もっと持ってこい! 今すぐだ! ゆっくりしないで早く行け! じゃないとおちびちゃんたちが永遠にゆっくりしちゃうぞぉ!?」
らんにそう言われたれいむの顔は、いっそ傑作ですらあった。ぼろぼろと涙を零しながら親れいむは我が子に視線を投げかけると、キッと目を吊り上げて叫ぶ。
「おちびちゃんたち! まっててね! すぐにおかーさんがたくさんごはんさんもってきて、ゆっくりさせてあげるからね!」
走り去って行くれいむの後ろ姿を見送ったらんは、さて、と一息ついて子まりさを解放した。自由になったまりさはれいむの傍に駆け寄ると、らんを睨みつけてぷくーっ、と体を膨らませながら威嚇する。
「このおお! ゲスならんはゆっくりしぬんだぜ!」
「そうだよ! ゲスらんはゆっくりしんでね!」
「うるさいな、お前らはもう用済みだ」
「ああ!? まりしゃのおぼーし!?」
威嚇するばかりで攻撃する気配のない子ゆっくりたちに辟易したらんは、子まりさの帽子を奪い取った。続けてれいむのリボンも髪ごと引きちぎり、泣き叫ぶ子ゆっくり二匹を踏み潰して殺す。
一仕事終えたらんは、ふぅと一息ついて事の成り行きを呆然と見ていたちぇんに笑顔を向けた。
「さ、ちぇん。新しいお家が手に入ったぞ」
「にゃ……にゃ……わからないよおおお!? いくららんしゃまでも、あんまりだよおお!! れいむたちがなにしたっていうのおお!?」
地面に顎をつけんばかりに大声を上げて糾弾するちぇんの言葉にらんはきょとんと目を丸くした。
「さっきのゲスを片付けた時は、あんなに喜んでいたじゃないか、ちぇん。なんで今回はそんなにゆっくりできない顔をするんだい?」
「なんでって、れいむはおちびちゃんとゆっくりしたかっただけなんだねー! わかるよー! ゲスじゃないゆっくりをころすなんて、らんしゃまはゲスだったの!? わからないよー!!」
信じていたのに裏切られた、と言わんばかりにちぇんは目尻に涙を浮かべる。
その姿を見て、らんは納得すると共に未だかつてない感情を――まるで母ゆっくりが赤ゆっくりに抱くような、保護欲をちぇんに対して抱いた。
「そうか……ちぇんは優しいな」
「……ゆ? わからないよ?」
「いいか、ちぇん……通常種のゆっくりというのはな、ゴミなんだ。クズなんだ。この世界にいるだけで永遠にゆっくりしなければいけないくらい、どうしようもなくゆっくりしてない糞饅頭なんだよ。だから、いくら潰したって構わないんだよ」
「……え? え?」
らんの言葉にちぇんは理解が追いつけず、ただただ戸惑うばかりだった。
無理もない。野良ゆにとって通常種だの希少種だのは関係のないことで、生まれた頃から野良ゆっくりである個体は、人間の区分である通常種や希少種などという言葉すら知らないからだ。
今やらんの通常種に対する目線は歪みきっていた。理不尽な理由で捨てられた怨み、捨てられた直後に通常種から受けた仕打ち、ちぇんと自分の命を危険に晒したこと、他ゆんを蹴落とさなければ野良ゆは生きていくのが難しいと直感的に判断したこと、何よりいざ戦えば自分は通常種より何倍も強いという自負が、らんの中の何かを捻じ曲げた。
「でも、ちぇんがそう言うんなら、これから殺すのはできるだけやめよう。クズ通常種どもはみんならんとちぇんの奴隷にして、ご奉仕させてあげるんだ」
「ゆ……?」
「そして、この町をらんとちぇんの楽園にしよう。面倒なことや危険なことは全部クズ通常種どもに押しつけて、らんとちぇんはずっとずっと楽しくゆっくりし続けるんだ」
「……わからないよ……わからないけど……」
野良ゆ生活を生まれてこの方ずっと続けてきたちぇんにとって、らんの言葉はさっぱり何がなんだわからなかった。ただ一つわかったことは、らんはこれからも変わらずちぇんを愛し続けてくれるということだけであった。
そもそも、ちぇん種はらん種の言うことならばほとんど何も考えずに丸呑みして信じてしまう傾向にある。
だからちぇんは、ぴょこんぴょこんと飛び跳ねてらんに近づくと、頬をすりすりとすり合わせた。
「わかるよー! らんしゃまはゆっくりできるんだねー!」
思考停止そのものであった。しかしらんはこれを了承と受け止め、野良ゆたちにとっては恐るべき計画を言い放つ。
「よし、それじゃあこの町のちぇんたちをみんな仲間に引き入れて、クズ種どもをゆ畜にしてやるぞ!」
「わかるよーーー!!」
そして、らんの計画はあまりにもあっさりと順調に進んで行った。
野生と違い、野良ゆというものは基本的に群れない。一箇所に集中し過ぎると人間に駆除されるからだ。また、食糧の確保も狩場争いが野生以上に多発するため、すぐいがみ合いに発展するのだ。
だが、ちぇん種にとってらんの存在はそんなゆっくり同士の不信や人間に対する警戒感をぶっ飛ばすほどの威力を伴っていた。番を見捨ててらんの下に下ったちぇんに、親下から逃げ出してらんについてきた子ちぇん、挙句らんと一緒にいられるという噂だけで飼いゆの身分を捨てて家出してきたちぇんまで現れ、見る見るうちにらんの傘下に集うちぇんたちは数を増やしていった。
個体や家族でばらばらに暮らしている野良ゆたちにとって、らんという強い絆で結ばれたちぇんの群れに対抗する術は絶無であった。子持ちの野良ゆは子供をゆん質に取られ、その子供はおかざりをゆん質の証拠という形に残すだけで、本ゆん自身は殺された。独身のゆっくりは適度に痛みつけられて、奴隷になることを了承すれば命を見逃され、拒めば殺された。
さらに、らんは傘下のちぇんたちと数え切れないくらいのすっきりーを行った。野良ゆたちを搾取しているらんたちにとって子育ては通常の野良ゆより楽で、また、親であるらんの言うことを聞くちぇんばかりが生まれたので教育もまた容易に進んだ。
生まれてくる赤ゆの中には、稀にらん種が混じっていることもあった。そのらん種たちは特別に英才教育を受け、らん一匹では面倒を見切れないほどに数を増やしたちぇんたちを分担して統率する長として育てられた。
こうして、らんが捨てられて一年が経つ頃。
異常に増えた野良ちぇんに対する被害報告と原因究明の要請が、市民から役所へと数多く届けられた。
「被害報告についてですが……まず、もっとも大きい声が騒音です。
ご存知のように、らん種とちぇん種は異常なまでに強固な結びつきが確認されており、その愛情表現のもっとも顕著な発露と言えるものが『ちぇぇぇん』『らんしゃまー』というお互いの名の呼びかけです。
このコミュニケーションはらん種とちぇん種を飼う上でも、近隣での迷惑になることを考慮され厳しく躾けられるものですが、野良のゆっくりにそのようなものは関係ありません。連中の住処の近隣住民は、四六時中、間断的に行われる呼びかけ行為に強いストレスを抱えており、早急な対処を要求しています。
また、糞被害報告も多く届けられています。説明を補足しますが、らん種の構成食物は酢飯であり、当然排泄物も酢飯です。
我々日本人にとって白米は国と同じ歴史を持つソウルフードでありますが、近年では欧米食も広く受け入れられ子供たちにとって米食は過去のものとなりつつあります。
その状況下で、道端に酢飯が糞として落ちるというシチュエーションが発生しているわけです。
この被害報告は、子供たちが米を食べなくなったというものや、粗末に扱うようになったという内容になります。また、成人した市民にとっても気分が良いものではありません。
また、この野良のらん種とちぇん種たちのコミュニティは、お互い以外の種のゆっくりたちについて極めて排他的な姿勢を取っており、野良の通常種はもちろん放し飼いや散歩中の飼いゆっくりたちにすら襲い掛かり、殺害したという報告が届けられております。その逆に、ちぇん種を捕食した飼い犬や飼い猫が食中毒を起こしたという被害報告も次いで多く届いています。
その他、野良ゆ被害では定例の被害報告も当然、多く出ています。それらについての被害内容と件数は各自資料に目を通して確認してください。
以上が、野良のらん種とちぇん種の異常大量発生に伴う特殊な被害状況についての報告になります。質問はありますか」
グラフや被害状況の写真、様々な資料を貼り付けたホワイトボードの前に立ったスーツ姿の男が、会議室に集まった面々の前で居住まいを正した。
公共生活環境部餡子型生物対策課、通称《公餡》。
本日、黒浦市役所で行われている公餡課の会議議題は、最近急激に大量発生した野良のらん種とちぇん種に対する被害状況の確認と、対策方法についてである。
ぎしり、とパイプ椅子を軋ませ、年若い顔立ちの課員が手を挙げた。
「そもそも、なぜこれほどちぇん種とらん種ばかり増えたんですか?」
「語弊がありました。配布した資料をご覧になれば理解していただけるかと思いますが、増えているのは正確にはちぇん種ばかりです。劣性遺伝であるらん種の個体数は、予測数ちぇん種の1/30程度としています」
「それでも、普通らん種の野良などそうそう目にするものではないからな。この資料が正確であるとするならば、この町にはびこる野良らんは100匹を越える計算になる。これほど狭い範囲に野良らんが集まったケースはごく稀だ」
議長席に腰を下ろす課長が説明を補足した。だが、年若い課員は面白くなさそうに眉間に皺を寄せ、ぴんとクリップで止めた資料束を指で弾く。
「だから、説明になってないじゃないですか。異常大量発生の理由は、なぜなんですか」
「根本原因は不明です。ですが、らん種の特性を鑑みれば大量発生に繋がる経緯は推測可能です。
ゆっくりらん。このゆっくりは俗に希少種と呼ばれる、劣性遺伝の因子から産まれるゆっくり種です。
希少種は概ね、ゆっくり特有の《思い込み》による恐るべき超自然現象を起こす能力を保有していますが、らん種はそういった能力は今の所全く確認されていません。
しかし、そのかわり全てのスペックが通常種を大きく上回ります。
つまり――れいむ種より出産成功率も養育能力も高く、まりさ種より狡猾にしてタフ、ありす種より器用で視界が広く、ぱちゅりー種より知能が高く記憶能力に優れ、みょん種より勇敢で戦闘に長け、ちぇん種より素早い。
また、種特有の大きな特徴としてゆっくりの中でも最高クラスの数学学習能力の高さを保有しています。おそらく、野良であろうとも小学生低学年レベルの加減乗除くらいならこなすでしょう。
これらの高い能力と、最大の特徴であるちぇん種との強いコミュニケーションがあれば――通常種の野良ゆなど、ひとたまりもなく駆逐されるでしょう」
「でも、自然環境下ではそういった現象は見られていないんですよね」
「いえ、報告はあります。ですが、最終的に個体数を増やしすぎて自滅するか、どこからともなく現れたゆかり種によって統制されるかという形で、バランスが取られているようです」
「わかりました。続けてください」
年若い課員は納得したように、背もたれに深く腰掛ける。
ホワイトボードの前に立つ課員は、手元の資料をめくり上げた。
「先ほどの説明でも申し上げましたが、らん種は知能が高く、数字に強いという特徴があります。これらの武器が、我々にお鉢が回ってきた原因でもあるのです。
先月、この町で一斉駆除が行われました。しかし被害は一時減ったものの、すぐ持ち直しています。一ヶ月という短い間に、いくらゆっくりであろうと元通りの数に戻るわけがありません。
そう、そもそも一斉駆除は失敗したのです。駆逐できた個体数が、常例より圧倒的に少なかった。完全に、ゆっくりに一斉駆除のタイミングを読まれて対策されたのです。結局、駆除要員の方々は通常種の住処をいくつか潰しただけで、ちぇん種が隠れ潜む場所をほとんど見つけられもできませんでした。
一斉駆除のタイミングを読むことは、らん種にとっては容易でしょう。人間の噂に上りますし、飼いゆっくりの散歩も前後にはぱたりと止む。そしてちぇん種に絶大な信頼を寄せられているらん種が逃亡を指揮すれば、杜撰な一斉駆除などやり過ごすことは容易なのです」
「餡子脳餡子脳とバカにし続け、我々人間のやり口も相当お粗末になっていたというわけだ。だが、らんどもにそれは通用しない」
課長の言葉に大きく頷いた進行役の課員は、ホワイトボードに描かれた図を指示棒で指摘した。
「諜報員がちぇん種の帽子を被り、情報を得たこの群れの構造です。
おおよそ、ちぇん種五十匹に対してらん種一匹。これが連中の基本的な群れ構造です。群れのリーダーはらん種が務めており、カリスマ的な指示力による絶対的な指揮能力を誇ります。反面、ちぇん種一匹一匹の判断能力は通常の野良ゆより劣っており、いわゆる『わからないよー』と口にするようなことが起こると、らん種に判断を任せるという形になっています。
これは一見弱点のように思えますが、知能が低い通常種のゆっくりであるちぇん種にとってはむしろ迅速な逃走に繋がっており、個体の安全を確保する戦略であると判断すべきです。
また、ちぇん種は必ず最低でも二、三匹で連携行動を取り、単独行動はまずありえません。それでも単独行動を取っている個体が確認されたならば、まず間違いなくどこかに他の固体が見張りとして隠れているでしょう。
通常、野良どころか野生であってもこれほど確かな命令遵守の群れはありえません。らん種に絶対の信頼を本能から預け置くちぇん種たちであるからこそ実現し得た生き残り戦略と言えるでしょう。
全ての『規則』を調査したわけではありませんが、諜報員が入手した『規則』は資料に記しています。ゆっくりでも覚えられる単純で少ない内容なので、皆さん必ず頭に叩き込んでおいてください」
紙をめくる音が会議室にがさがさと響き渡り、課員たちは各々に「規則」を確認し始めた。
間が置かれた会議室で、ほぼ全員が「規則」に目を通した様子を確かめると、課長は厳かに口を開く。
「それでは、具体的な対策方法を練るとしよう――とは言っても、もう既に私の案があるのだがな」
「手強そうな群れですけど、何か方法でもあるんですか?」
「簡単だよ。強い結束によってこの群れは形成されている。ならば、その結束を崩壊させれば良い。
内部から攻め落とすのだ。本当の駆除というものを、人間の恐ろしさというものを、ゆっくりに教育してやろうではないか」
マンション脇に建てられた公園に、一匹のゆっくりまりさが忙しげな様子で入っていった。
まりさは一目散に四、五本の桜が植えられた一角へと向かい、木陰の下でげっそりと痩せ細ったありすに声をかける。
「ありす、ただいまなのぜ。いまごはんさんをたべさせてやるのぜ」
「ありがとう……まりさ……」
礼を言うありすの頭には細く心なしか萎れた茎が生えており、その半ばほどには一匹の実ゆがぶら下っている。実ゆの表情も親の栄養が足りていないのか苦しげであった。
まりさはおぼうしを脱ぎ、その中に詰めていた生ゴミを取り出した。そうしてニンジンのヘタをありすの口元に持っていこうとした時、後ろからたどたどしく甲高いゆっくり特有の声がかけられる。
「まりさぁー。ゆっくりしていってねぇー?」
びくりっ、とまりさは体を硬直させた。ニンジンのヘタがぽとりと地面に落ち、砂まみれになる。
まりさが振り返ると、そこには五匹ばかりのちぇんと、一匹のらんが立っていた。ちぇんの内二匹はまだ小さな赤ゆで、一匹ずつ成体ちぇんの頭に乗せてもらっている。もう一匹のちぇんも成体ちぇんより一回り小さい子ちぇんだ。
らんもまた、まだ若い子らんであるのか成体ちぇんと同じ程度のハンドボールサイズしかない。しかしこの場にいるどのゆっくりよりも余裕と自信に満ち溢れた、ゆっくりした表情をしていた。
「ま、まつんだぜちぇん――ゆぶ!?」
おどおどとした様子で話しかけてきたまりさの頬を、成体ちぇんが尻尾ではたく。もう一匹の成体ちぇんが頭上の赤ちぇんにゆっくりした声で話しかけた。
「ちぇんのおちびちゃん、おちびちゃんはこんなゆっくりしてないクズまりさみたいに、ごあいさつされたのにごあいさつしかえすこともできない、ゆっくりしてないゆっくりになっちゃだめなんだねー」
「わきゃりゅよー! ちぇんはちゃーんと、ごあいさちゅできゅりょー!」
「ははは、全くもうちぇんはいつでもどこでも教育熱心だなぁ。らんは鼻が高いぞ」
和やかなようすで語り合うちぇんとらんたちの一挙手一投足に、びくびくとまりさは怯えながらも背後のありすを庇うように立って、口を開いた。
「まってくれなんだぜ! このごはんさんはありすのぶんなんだぜ! もうありすはきのうからなんにもたべてないのぜ! まりさはたべられなくていいから、このごはんさんだけはとっちゃだめなんだぜ!」
「わからないよー? そんなの、まりさのかりがへたなだけだったんだねー。ちぇんのものはらんしゃまのもの、まりさのものもらんしゃまのものなんだねー。わかれよー。ありすにごはんさんをたべさせたいなら、もっともっとたくさんのごはんさんをとってくればいいだけなんだねー。りかいできるー?」
「お、おねがいします! これいじょうありすがなんにもたべないと、まりさとありすのおちびちゃんがえいえんにゆっくりするんだぜ! だから、だからぁ!」
「わかったわかった。ちぇんの前でそんな下品な顔を晒すな。まったく、これだから通常種は品が無い……」
額を地面に何度も当てて頭を下げるまりさの姿に、らんはあからさまに顔をしかめて大きくため息を零した。
しかし路傍の糞でも見るかのような目で見られたまりさは、歓喜に涙を零し、ばっと顔を上げる。
「じゃあ、きょうのぶんの『みつぎもの』はゆるしてくれるんだぜ!?」
「アホか。こうすれば手間が省けるだろ?」
温度の無い声で言うや否やらんはありすの前まで一足飛び、実ゆをくわえて茎から引きちぎった。
力任せにちぎられた実ゆは、断末魔の声を上げる暇もなく体の半ばからちぎられ、微量のカスタードクリームを地面に撒き散らして生まれる前の命を散らした。
まりさとありすの顔色が変わり、絶叫を上げる。
「ゆがああああああああ!!? まりさのおちびちゃんがああああああ!!」
「おちびちゃん! ありすのおちびちゃん! ゆっくりしでえええええ!!」
らんがぷっ、と吹き捨てた実の残骸をありすはぺーろぺろと舐め、まりさは滂沱と涙を流す瞳を憤怒の色に染める。
「このおおお! なんでおちびちゃんをおおおおお!!」
「そんなのがいるから、いつまでたってもちぇんたちのごはんさんが用意できないんだろう。間引きしてやったんだ。感謝しろ」
「そうだよー! まりさとありすはやさしくってあたまのいーらんしゃまにありがとうっていうべきなんだねー! わかるよー!」
「おちびちゃんのかたきだあああ! ゆっくりし――ゆ!?」
まりさは怒りの衝動に身を任せ、らんを押し潰そうと跳ねようとした。しかしその前にらんが尻尾の先端でまりさの腹を一突きする。
顔色を真っ青に変えたまりさは、茶碗一杯分ほどの餡子を吐き出して力なく倒れこんだ。
「都合の悪いことが起きたらすぐ暴力に頼ろうとする……本当にどうしようもないな、通常種というクズどもは。こんなのに付き合っている分だけ時間の無駄だ。さ、ごはんさんを持っていって、さっさと次に行こうか、ちぇん」
「わかるよー、らんしゃま! こんなクズでもころさないなんて、らんしゃまはほんとーにやさしーんだねー!」
ぴくぴくと痙攣し、気を失っているまりさの横から生ゴミの食料を奪い取り、ちぇんたちは意気揚々と公園から引き上げる。
この町ではもうありふれた光景であった。ちぇん種以外の全ての野良ゆは毎日このように食糧や巣作りに必要な物資などを取り上げられ、取るものすら持たない個体は気晴らしのためになぶり殺される。正にこの町はらんとちぇんの天下である。
成体ちぇんの帽子に乗せられた赤ちぇんが、ぶんぶんと尻尾を振って子らんに話しかけた。
「らんちゃま! らんちゃま! しゃっきごみくじゅまりしゃにあんこしゃんをはきゃせちゃわじゃは、なんちぇいうのきゃきになりゅんだねー! ちぇんも、らんちゃまみたいにちゅよくなりちゃいよー!」
「ん? そうかそうか、ちぇんがその志を忘れないでいたら、きっと強くなれるぞ! そうだ、次に行くクズ種どもの所には、ちょうどクズのガキがいたな。あれでさっきの技を練習させてあげよう」
「わーい! くずじゃりをふるぼっこさんにしゅるのは、ゆっくりできりゅんだねー! わきゃりゅよー!」
「うふふ、ちぇんのおちびちゃんはやんちゃさんなんだねー。でもしょーらいたのもしいらんしゃまのしもべになるんだねー。わかるよー!」
にこにこと話し合いながららんとちぇんたちは道路を歩く。すると、その向こうから三匹のちぇんがやってきた。
同じ群れの仲間同士であるので、らんはすかさず挨拶をした。
「ちぇぇぇぇぇぇん! ゆっくりしていってね!」
「ん……らんしゃまー。ゆっくりしていってね」
先頭を歩く向こうのちぇんの挨拶に、らんは心配そうに首を傾げた。
「どうした、ちぇん? ちょっと挨拶に元気が足りないぞ? どこか具合でも悪いのか?」
「ああ……それは多分、この白い粉さんで幸せーな気分になってたせいなんだねー」
「しろいこなさん? わからないよー?」
らんとついていたちぇんたちが、一斉に首を傾げた。らんは訝しげに眉間に皺を寄せ、少し怖い顔つきをして向かい側のちぇんたちに低い声を放った。
「コラッ。なんだかよくわからないものがあったら、まずらんに聞いてから口にするようにって教えただろう?」
「ごめんなさいなんだねー。でも、らんしゃまもきっとこの白い粉さんを吸うと、ゆっくりできるんだねー」
「もう、らんはちぇんのことが心配で叱っているんだぞ。もしその白い粉さんが毒だったりしたら……」
「ふふ……こんなにゆっくりできる粉さんが、毒なわけないんだねー。らんしゃまもそう言わずに吸って見ればいいんだねー」
そう言うと、ちぇんはどこからともなく取り出した包み紙を広げて、らんの口元に押し当てた。
らんはとっさに身を引いたが、ものが粉末なので微量ながらも吸い込んでしまう。途端にらんの表情が緩やかになり、頬の肌がつやつやと潤いを増し、目に強い力が宿った。
「んん……? なんだこれは? すごくゆっくりした気分になるぞ!!」
「ねー、ちぇんの言った通りでしょー? 幸せー、な気分になれるんだねー。ゆっくり理解してねー」
「ああ、らんはゆっくり理解した! こんなにゆっくりできる粉さんが、毒なわけがない! それはそうと、ちぇん。この粉さんは、もっとたくさんないのか?」
輝きを増した瞳で、らんは包み紙を差し出したちぇんに詰め寄った。するとその背後に控えるちぇんたちが子ちぇんほどの丈はありそうなほどの、包み紙の山をざらりと道路に置く。
「これだけ見つけたんだねー。群れのみんなで幸せー、な気分になろうよ、らんしゃまー!」
「そうだな! 幸せー! はみんなでわけるものだ!」
「わかるよー! ちぇんたちもしあわせー! なきぶんになりたいんだねー!」
らんの後ろに控えるちぇんたちも、未知の粉にわくわくとした気分を隠せない様子だった。
合流したちぇんの内、二匹が包み紙の山を持ってらんたちについて行く。残りの一匹は後ろに退いて単独行動に移ってゆくのだが、粉に気を取られたらんたちはそれに気づきもしなかった。
その、単独行動に入ったちぇん――否、ちぇんのおぼうしを被った黒スーツの男は、帽子を脱ぐと入れ替えるように胸ポケットから取り出したサングラスをかけて自販機の向かいに停めた車に乗り込んだ。
運転席に陣取っていたスーツの男が、サングラス男に話しかける。
「上手くいったようですね」
「ああ。だがさすがにらん種は勘が鋭い。あれが毒だと警戒するとは。押し切れたから良かったが、少し冷や汗が出たな。他の班にはもう少し慎重にやるよう、連絡しておかなければいけないね」
公餡の諜報部員を務めるサングラス男は、事前に目を付けていた野良ちぇんたちのグループを襲い、帽子を奪って『変装』することで群れの中に紛れ込んだのだ。ちなみに帽子を奪われた本ゆんたちはまとめてゴミ袋の中に入れられ、致死量の毒ガスを注入されて永遠にゆっくりしている。
そんな様子を見ていた後輩の運転手はサングラス男に好奇心を帯びた瞳で問いかけた。
「ところで、さっきらんたちにやった粉はなんなんですか?」
「なんだ、聞いていなかったのかい? あれは小麦粉だよ」
「小麦粉って……確か、ゆっくりにとっては麻薬と同等の効果を及ぼすんじゃないんでしたっけ」
「その通りさ。小麦粉はアップ系の作用があり、一時的に反射神経が鋭くなり気分も高揚する。だが、長く摂取し続けたり一度に大量摂取すると――」
「ゆっくりの皮の構成物と同じである以上、どんどん皮がぶ厚くなって思考能力と運動能力が低下、やがては身体機能が正常に機能しなくなり、死に至る……でしたよね?」
「正解だ。もっとも、餡子に作用せず皮にだけ取り込まれる分、依存率はゆっくり用麻薬としては低めだがね。ま、初心者向けというヤツさ」
「その言い方、なんかアレな予感がしますね」
「今回の駆除計画の概要は、次の群れのテリトリーに移動しながらするとしよう。まず、先ほどちぇんに扮してらんたちについていった我らが同僚は、各群れのねぐらとしている場所を特定する――」
車のドアがばたんっ、と勢い良く閉められた。
エンジンをかけられた車は排気ガスを撒き散らしながら町を行く。
差別・格差 同族殺し 野良ゆ 赤ゆ 子ゆ 希少種 現代 八作目 公餡 前と色々ネタ被っている
「ゆぐ……うぅ……お姉さん……お母さん……お父さん……どうして……」
暗い路地を、一匹のゆっくりがその体をずりずりとアスファルトに這わせていた。
おかざりも髪もボロボロに毟られ、体中は傷だらけの泥だらけで種は判別し難いが、片方だけ残っている動物型の耳や尻部に三、四ほど残っている尻尾の色からして、ゆっくりらんであろう。
らんの通ってきた道のりにてかてかと光る酢がまるでなめくじが這った跡のように残っている。
エアコンの室外機の前まで来て、らんは疲れ果てたようだ。体を止めて荒い呼吸を地面に向けて吐くと、額に生えた茎がつっかえた。
「どうして……どうしてこんなことに……」
ぽろぽろとらんの目から涙が零れ、アスファルトに染みる。
らんは、つい昨日まで飼いゆっくりだった。
生後一ヶ月で金バッジを取得し、娘一人の三人家族に買われて昨日まで何不自由のない幸せでゆっくりした生活を送ってきた。
そのことにらんは米粒一欠けら分ほどの不満も覚えなかったし、自分を可愛がってくれる家族に感謝と愛情を忘れたことはなかった。
なのに、捨てられた。車で見知らぬ遠くの町に連れられて、バッジを毟られて放置された。
――ありがとうらん。君が良く娘の面倒を見てくれて、本当に助かりました。でも、その役目はこれからさなえっていうゆっくりが引き継いでくれます。ええ、娘は、君に飽きちゃったんです。本当に今までありがとう。それじゃ、達者でね
お父さんはそんな言葉だけ残して、さっさと車に乗り込んで行ってしまった。
それかららんは、一晩明けただけでこんな有様になってしまった。
この町に住む野良ゆたちがらんを囲んで徹底的に痛めつけたのだ。毎日生と死の綱渡りをしている野良ゆたちから見て、燃え上がるような黄金の尻尾を揺らして主人の名を泣き叫ぶばかりのらんは、彼らの飼いゆに対する嫉妬と羨望で凝り固まった鬱憤を晴らす、これ以上ない捌け口だった。
らん種は野良ゆが束になっても敵わないほど高い戦闘能力を持つが、産まれてこの方ずっと家の中で花よ蝶よと愛でられていたらんに、命を懸けた殺し合いなどできるはずもなかった。瞬く間に組み伏せられ、いいように嬲られ、痛めつけられ、すっきりー! され、なんとか逃げ出してきたが、既にもう体力が残っていない。
「どぼしで……どぼしで……らんがこんな目に……」
これだけ酷い目に合っても、当たり前のように主人たちは助けに来なかった。それが自分はやはり捨てられたのだという証左として感じられ、らんの中に溜まった悲しみや絶望が、暗い怒りにかわって行く。
自分勝手にらんを愛でて、玩具のように捨てた人間。わけのわからない理由でらんを攻撃してきた野良ゆたち。
みんなゆっくりできないようになって、らんのように惨めに這いつくばって、死ねばいい。
そう思った瞬間、らんは自分はもう助からないのだと悟った。故になおさら怒りの濃さが増し、天を呪うように睨みつける。
すると、その見上げた視界に、室外機の上から垂れ下がる二本の紐状のものが見えた。
「…………ちぇん?」
本能からこみ上げてくるゆっくりできる心から、らんはその尻尾の持ち主の名前を呼んだ。
尻尾がぴくりと反応し、それはそれは愛らしい顔立ちをした一匹のゆっくりが室外機の下を覗き込んでらんと目を合わせた。
「……らんしゃま?」
まりさが嘲け笑いながら体当たりをしてきた。
よろけた所にれいむが何か口汚く罵りながら、毎日お姉さんにブラッシングしてもらっていたらんの髪を涎を引く口で噛み、毟る。
らんが悲鳴を上げるとみょんが下品な言葉を吐きながら口にくわえた枝で、らんの柔肌を切り裂いた。
れいぱーありすが性器を勃起させてらんのまむまむを蹂躙し、溢れ出すほどのカスタードクリームを注ぎ込んだ。
アスファルトに果てたらんを見て、ぱちゅりーが偉そうにらん種の尻尾はとてもゆっくりできるあまあまだと野良ゆたちに教え、おぞましい晩餐が始まる。
「うわああああああああああああ!!!」
「ゆにゃん!?」
らんは目覚め、今まで見ていたものが悪夢だったことを理解した。
ならばここは暖かい我が家で、お姉さんが「どうしたの? そんなに怯えて」と優しく声をかけてくれるはず――そう一瞬だけ期待して、らんは目の前に広がる光景に現実を突きつけられた。
何十年も暗い影の中で佇んできた、限りなく黒色に近い罅割れたコンクリート壁。
傍らで唸りを上げる室外機。
体を包む、ごわごわした新聞紙。
足下は体の芯まで冷えそうな、硬い硬いアスファルト。
らんはまだ、自分が悪夢の中に居続けていることを思い知った。
「う……うぅ……おねーさん……」
「わかるよー、らんしゃま。つらいことがあったんだねー。でも、らんしゃまはちぇんがまもってあげるよー。だからゆっくりしていってね!!!」
「……ゆ?」
ゆっくりした声が隣から聞こえ、らんはそちらを振り向いた。
帽子はどこか湿ってドブ臭く、皮に無数の泥の染みがあるものの、そこにはとてもゆっくりした一匹のちぇんが悠然と立っており、二本の尻尾をらんの体に巻きつかせていた。
そこで、はたとらんは最後の記憶を思い出す。
「ちぇぇぇぇん! まさか、ちぇんがらんのことを助けてくれたのか?」
「そうだよー。らんしゃまはちぇんのことをみたとたんきぜつしちゃったんだねー。すっごくつかれているみたいだったし、けがさんでたいへんそうだったから、ちぇんはできるかぎりのことをしてらんしゃまをたすけようとしたんだよー。
でも、からだをきれいきれいにして、ごはんさんをたべさせることくらいしかできなかったんだよー……らんしゃまのゆっくりしたおかざりさんも、もふもふしっぽさんも、もとにはもどせなかったんだよー……えーん! ごめんね、らんしゃまー!」
「そんな、謝ることはない! ちぇんは精一杯やってくれたじゃないか。らんが今こうして生きていられるのも、全部ちぇんのおかげだ!」
涙ぐむちぇんに、こちらも感極まって鼻がかった声でらんはお礼を言う。
今まで出会ってきた他の野良ゆのせいで、らんはこんなにゆっくりできない体にさせられてしまったのだ。それをこの野良ちぇんはらんを傷つけるどころか、助けてくれた。
らんはちぇんと向き合うために居住まいを正す。そして、頭にぶら下がっていたはずの茎が無くなっていることに気づいた。
視線かららんの意図を悟ったらしいちぇんは、少し目を伏せて説明した。
「らんしゃまのあたまにみのったおちびちゃんたちは、みんなありすだったよー……。このままにんっしんっ、していたららんしゃまはずっとゆっくりしちゃうっておもったから、ちぇんはゆっくりごろしをしたんだよー。わかってねー……」
「そうか、ちぇん。らんのためを思ってやってくれたんだな。ありがとう……」
「わかるよー。らんしゃまはやさしーんだねー。それじゃあ、らんしゃまもおきたことだしちぇんはかりにいくんだねー。らんしゃまはここでおるすば――」
「ゆげっへっへっへ!」
路地裏に、下品な感じの甲高い声が響き渡った。
そちらを見ると、ぱちゅりーにれいぱーありすを後ろに従えたゲスまりさが路地からの出口を塞ぐように立っていた。そのお飾りに見覚えがあることにらんは気づき、先ほど見た悪夢と記憶が結びつく。
「ちぇんがうすのろのらんをかくまったっていうのはほんとうだったのぜ! さあちぇん、らんをこっちにわたすのぜ。きのうたべそこねたあまあまなしっぽさんを、きょうこそぜんぶたべつくしてやるんだぜ!」
「んほおおおおおおおおおお!! かいゆのきつきつなまむまむもさいこうよねえええええええええ!!」
「むきゅ! もしらんのおちびちゃんがうまれたら、そいつをりようしてかいゆになれるわ!」
勝手なことばかり口にするゲスどもに、らんが怒りを表す前にちぇんが激怒して跳ね、三匹の前にたった一匹で立つ。
「わかるよー! おまえらがらんしゃまをいじめたゲスどもなんだねー! ゆっくりしねえええええええべにゃ!?」
「ちぇぇぇぇぇぇぇん!?」
「へっへっへ。ちぇんなんかがまりささまにかてるわけがないのぜ」
ちぇんはゆっくりとしてはとてつもない速度で飛び出し、まりさに体当たりを仕掛けたがみえみえの正面突撃だった。まりさは身を屈めて正面からぶつかってきたちぇんを受け止め、ウェイト差を利用して逆に弾き返し、壁に叩きつけた。
通常種最速の身のこなしを誇るちぇん種だが、体が小さいため単純な力比べでは不利なのだ。
すぐさまちぇんを助けに行こうとすると、まりさは壁にぶつけられて目を回すちぇんの傍に寄り、尻尾をあんよで踏みつける。
「ゆぎにゃ!? わがらないよー!!」
「おおっとらん、うごくななのぜー。らんがにげるとちぇんはぷちっ、なんだぜー?」
「な……卑怯な、このゲスめ!」
「へっへっへ。のらゆはゲスでなんぼなんだぜ! さーおしりをこっちにむけるんだぜ。しっぽさんをたべてやるんだぜー♪」
「んほおおおおお!! そのあとはおたのしみのとかいはなあいのじかんなのねえええ!!」
絶体絶命の危機だった。らんは歯を折れそうなほどに食い縛る。自分さえいなければ、ちぇんをこんな危険な目に合わせずに済んだものを……。
屈辱と悔しさを抱えるらんに、ダメ押しするようにまりさがさらに深くちぇんの尻尾を踏みつけた。「わがらな!?」という叫びに心が痛み、らんは泣く泣くまりさに背中を向ける。
「よーし、それじゃちぇんはありすにやるんだぜ。いっただきまーす!」
「んほおおおお!! ちぇんのまむまむもちっちゃくてきつそうだわああああああ!!」
「わかならないよおおおおおお!!? らんしゃまあああああああ!!」
背後から聞こえてくるそんなゆっくりできない声に、らんの中で死にかけた時に覚えた怒りが甦る。
そうだ、なぜ自分や、あんなにゆっくりしていたちぇんがこんなゲスどもの食い物にならねばいけないのだ。ゆっくりさせられなくされてしまうのだ。
お前らこそ、ゆっくりできなくしてやる。
「ちぇんをいじめるゲスどもは、ゆっくりしね!」
この時、生まれてこの方飼いゆとしてのゆっくりしたゆん生を送ってきたらんの中で、初めて闘争本能に火が点いた。それはらん種の能力を呼び覚ますトリガーだった。
酢飯を中に詰めたらん種の尻尾は、ただの非常食ではない。強い怒りと闘争本能によって圧力が尻尾内部に生じ、先端に空けられたごく小さな穴からエネルギーを逃がそうとすることによって、作動する――
「あべにゃ!?」
米粒弾発射装置なのだ。
らんの尻尾にかぶりつこうと大口を空けていたまりさは、無防備な口中にBB弾よろしく撃ち出された米粒弾を喰らって仰向けに倒れた。おそらく中枢餡をやられたのだろう。即死だった。
その戦果を確認する間もなく、らんは身を翻してちぇんを組み伏せるれいぱーありすに突撃する。
ちぇんのまむまむに挿入しようとしたぺにぺにに、らんは牙を剥いて思い切り噛みついた。
「あぎゃあああ!? ありすのとかいはなぺにぺにさんがああああ!?」
「どこが都会派だ、日本語喋れ!!」
ぺにぺにを路上に吐き捨て、痛みに悶えるありすの上にらんは飛び乗る。
上から押し付けられたらんの重みによって、ありすはぺにぺにの傷口から大量のカスタードクリームを噴出し、死んだ。
血走った目で、らんは次の標的であるぱちゅりーを睨みつける。しかしわざわざをとどめを刺すまでもなく、ぱちゅりーは既にこの光景と次に殺されるのは自分であるというプレッシャーに負けたのか、勝手にえれえれしてて永遠にゆっくりしていた。
気を取り直し、らんはアスファルトに横たわるちぇんに駆け寄る。
「大丈夫か、ちぇぇぇぇん!」
「だいじょうぶなんだねー! それより、らんしゃまってめちゃくちゃつよかったんだねー! わかるよー!」
「ちぇんのためだからこそ、出せた力だ。らんだって自分がこんなに強かったなんて知らなかった……」
本心かららんはそう言った。事実、らん種は温厚な性格で争いを嫌い、不必要な戦いは避ける傾向にある。そんならん種が秘めたる高い戦闘能力を発揮するのは、正にちぇん種に危険が及んだ時だ。
そもそもらん種の因子は劣性遺伝であり、個体数が少ない。そのためらん種はまずほぼ間違いなくちぇん種を番に選び、ちぇん種の子供を得る。この本能は、自分の遺伝餡子を守るため本能に刻まれたプログラムなのである。
ずっと人間の手によって餌も寝床も与えられ、バッジ試験ですら『人間の協力があってこそ取得できた』と教育されてきたらんにとって、この戦果は初めて自覚した『自分の実力』だった。
ちぇんにひたすら褒めちぎられてもどう対応していいのかわからず、呆然とするらんの腹がぐーと鳴る。
「あ、らんしゃま、おなかがすいたんだねー。わかるよー」
「あはは、そういえばちぇんが狩りに行くって話をしていたんだったな……でも、こんなことがあったばかりじゃちぇんを一人で出歩かせるのは心配だ。らんがボディーガードをしよう」
「わかるよー! らんしゃまとデート! なんだねー!」
そう言って、ちぇんはらんと頬をすり合わせて二本の尻尾の先端をハートマーク型にくっつけ合わせた。
ちぇんに案内された場所は、ゴミ捨て場だった。
すえるような生ゴミの臭いに、その臭いの元を食べなければいけないという事実にらんは気圧されたが、もうあの暮らしには戻れないのだ。
ちぇんは透明なゴミ袋の中身を物色してから、特に食べ物がたくさん入っていそうな袋を噛み切って中身を漁りだす。アスファルトにばら撒かれるゴミを見たらんは、ゴミ収集する人間さんにごめんなさい、と心の中だけで謝った。
「らんしゃま! らんしゃま! みてみてー! おさかなさんのあたまがあったんだねー!」
「そ……そーか。ちぇんはお魚さんが好きだもんな」
「そうなんだよー! おさかなさんはゆっくりできるんだねー! それじゃ、いっただきまー――」
「待て、ちぇん」
魚の頭や骨をはじめとした生ゴミばかりが入れられた、スーパーのゴミ袋を噛み切ろうとしたちぇんをらんは制止した。ちぇんは呆けた顔をする。
「にゃんで? わからないよー?」
「ここで食べていると、人間さんにやってきてゆっくりできなくさせられてしまうかもしれない。それに、他の野良ゆが来てもちぇんは喧嘩では勝てないだろう?」
「そうだよー。だからちぇんはそういうとき、おなかがへっていてもがまんして、にげるんだねー……」
「うん、その判断は間違っていない。でも、今日はらんがいるんだ。このくらいの大きさの袋さんなら、持ち運べる。安全な場所に移ってからゆっくり食べるとしよう」
「わかるよー! おうちにかえるんだねー!」
「いや、だめだ。あの室外機の近くのお家にはもう帰っちゃだめだ」
「にゃんでー!? わからないよー!?」
盲信と言っても良いらん種への信頼感から、ちぇんはらんの言うことを素直に聞いていた。だがさすがにねぐらを捨てろと言われて素直にはいそうですかとまではいかなかったようである。
むしろその事実に安心して、らんは事情を説明した。
「あそこにはあのゲスグズ通常種の死体があるだろう? そろそろ死臭が酷くなってきている頃だろうし、人間さんに見つかってあのあたり一帯が野良ゆを警戒する地域になってしまったかもしれない。……ったく、本当死んでも迷惑しかかけることしかできないな、あのゴミどもは……」
「ゆ、ゆぅー。わかるよー。わかったけど、それじゃちぇんたちはこれからどこでくらせばいいのー? わからないよー!」
「そうだな……ん? まずい、ゆっくりが来た。隠れるぞ、ちぇん」
「わかるよー、ゆっくりかくれるんだねー」
帽子に隠されたらんの大きな耳が、ゆっくりの声を逸早く感知した。らんとちぇんは生ゴミの入った袋を持ってゴミ捨て場の塀の後ろに隠れる。
しばらくすると、一匹のれいむがゴミを漁りに来た。れいむはらんたちが開けたゴミ袋の中身を調べ、牛乳パックやお菓子の袋の中身を舐めたりする。そしてまた他のゴミ袋を破き、めぼしいものを見つけるとがつがつとその場で貪り始めた。
十分ほどれいむは食事を続けていたが、まだ少し残っている生ゴミを全部食べきらず持ち帰ることにしたようだ。その時にれいむが零した独り言を、らんはしっかりと聞き届ける。
「ゆっゆー! これはおちびちゃんのためにとっておくごはんさんだよ! おちびちゃんたち、れいむはゆっくりしないですぐかえるからゆっくりまっててね!」
れいむの食事中にまとめていた算段が、その一言で完全に決定された。らんはちぇんに小声で話しかける。
「ちぇん、あのれいむを追うぞ。けど、気づかれないように、そーろそろとだぞ」
「わかるよー。そーろそろれいむをおいかけるんだねー」
「よし、いい子だぞちぇん」
無防備に背中を見せ、れいむはぽよんぽよんと跳ねて家路についたようだ。その後ろを、らんとちぇんはぴったりつけて後を追う。
れいむのねぐらはゴミ捨て場から少し離れた場所にある、自販機のようだった。ゴミ袋を引きずって歩くれいむを見つけ、自販機の裏から子ゆっくりのれいむが一匹、まりさが一匹現れにこやかな笑顔を浮かべる。
「おかーさん! ゆっくりおかえりなさい!」
「おちびちゃん! ゆっくりただいばぁ!?」
「「おかーさん!?」」
子ゆっくりたちに挨拶し返したれいむを、らんは背後から思い切り体当たりして突き飛ばした。れいむは路上に顔面をぶつけて倒れこむ。
その隙に、らんは猛然と自販機に近づいた。子ゆたちの怯えた表情が近づき、遂に泣き顔がらんの目の前に二つつ並ぶ。
らんは子れいむのリボンをくわえ、地面から浮かしてやった。びくりと驚く子まりさを尻尾で打ち払い、倒れたところに体重を軽くかけてやる。
「ゆぎいいいいい!! ゆっくりできないいいい! やめてえええ!」
「やめてね! やめてね! まりさがゆっくりできなくなるよ! ゆっくりしないでいますぐれいむをはなしてまりさからどいてね!」
「ゆああああ!? れいむのおちびちゃんたちがあああ!!」
地面から親れいむが体を起こすと、ついさっきまでゆっくりしていた子供たちはらんによってその命を危機に晒されていた。その驚愕の顔を堪能したらんは、子れいむのリボンを噛み切って口を自由にすると、親れいむに平坦な口調で話しかけた。
「おい、れいむ。おちびちゃんたちを返してほしいか?」
「かえしてね! れいむのおちびちゃんたちをゆっくりしないですぐかえしてね!」
「それじゃ、そこのごはんさんと、このお家をらんたちに寄越せ」
「なにいってるのおおおお!? そんなことできるわけないでしょおおおお!?」
「なら、おちびちゃんたちがゆっくりできなくなってもいいんだな?」
おかざりが不完全になって泣き喚く子れいむを噛み殺そうするかのように、らんは大口を開けてやる。びくりと震えた親れいむは大きく目を見開き、しかし、すぐに頷いた。
「わかったよ! おうちもごはんさんもらんにあげるよ! だからおちびちゃんたちをかえしてね!」
「バカか!? この程度のごはんさんで返してあげるわけないだろぉ!? もっと持ってこい! 今すぐだ! ゆっくりしないで早く行け! じゃないとおちびちゃんたちが永遠にゆっくりしちゃうぞぉ!?」
らんにそう言われたれいむの顔は、いっそ傑作ですらあった。ぼろぼろと涙を零しながら親れいむは我が子に視線を投げかけると、キッと目を吊り上げて叫ぶ。
「おちびちゃんたち! まっててね! すぐにおかーさんがたくさんごはんさんもってきて、ゆっくりさせてあげるからね!」
走り去って行くれいむの後ろ姿を見送ったらんは、さて、と一息ついて子まりさを解放した。自由になったまりさはれいむの傍に駆け寄ると、らんを睨みつけてぷくーっ、と体を膨らませながら威嚇する。
「このおお! ゲスならんはゆっくりしぬんだぜ!」
「そうだよ! ゲスらんはゆっくりしんでね!」
「うるさいな、お前らはもう用済みだ」
「ああ!? まりしゃのおぼーし!?」
威嚇するばかりで攻撃する気配のない子ゆっくりたちに辟易したらんは、子まりさの帽子を奪い取った。続けてれいむのリボンも髪ごと引きちぎり、泣き叫ぶ子ゆっくり二匹を踏み潰して殺す。
一仕事終えたらんは、ふぅと一息ついて事の成り行きを呆然と見ていたちぇんに笑顔を向けた。
「さ、ちぇん。新しいお家が手に入ったぞ」
「にゃ……にゃ……わからないよおおお!? いくららんしゃまでも、あんまりだよおお!! れいむたちがなにしたっていうのおお!?」
地面に顎をつけんばかりに大声を上げて糾弾するちぇんの言葉にらんはきょとんと目を丸くした。
「さっきのゲスを片付けた時は、あんなに喜んでいたじゃないか、ちぇん。なんで今回はそんなにゆっくりできない顔をするんだい?」
「なんでって、れいむはおちびちゃんとゆっくりしたかっただけなんだねー! わかるよー! ゲスじゃないゆっくりをころすなんて、らんしゃまはゲスだったの!? わからないよー!!」
信じていたのに裏切られた、と言わんばかりにちぇんは目尻に涙を浮かべる。
その姿を見て、らんは納得すると共に未だかつてない感情を――まるで母ゆっくりが赤ゆっくりに抱くような、保護欲をちぇんに対して抱いた。
「そうか……ちぇんは優しいな」
「……ゆ? わからないよ?」
「いいか、ちぇん……通常種のゆっくりというのはな、ゴミなんだ。クズなんだ。この世界にいるだけで永遠にゆっくりしなければいけないくらい、どうしようもなくゆっくりしてない糞饅頭なんだよ。だから、いくら潰したって構わないんだよ」
「……え? え?」
らんの言葉にちぇんは理解が追いつけず、ただただ戸惑うばかりだった。
無理もない。野良ゆにとって通常種だの希少種だのは関係のないことで、生まれた頃から野良ゆっくりである個体は、人間の区分である通常種や希少種などという言葉すら知らないからだ。
今やらんの通常種に対する目線は歪みきっていた。理不尽な理由で捨てられた怨み、捨てられた直後に通常種から受けた仕打ち、ちぇんと自分の命を危険に晒したこと、他ゆんを蹴落とさなければ野良ゆは生きていくのが難しいと直感的に判断したこと、何よりいざ戦えば自分は通常種より何倍も強いという自負が、らんの中の何かを捻じ曲げた。
「でも、ちぇんがそう言うんなら、これから殺すのはできるだけやめよう。クズ通常種どもはみんならんとちぇんの奴隷にして、ご奉仕させてあげるんだ」
「ゆ……?」
「そして、この町をらんとちぇんの楽園にしよう。面倒なことや危険なことは全部クズ通常種どもに押しつけて、らんとちぇんはずっとずっと楽しくゆっくりし続けるんだ」
「……わからないよ……わからないけど……」
野良ゆ生活を生まれてこの方ずっと続けてきたちぇんにとって、らんの言葉はさっぱり何がなんだわからなかった。ただ一つわかったことは、らんはこれからも変わらずちぇんを愛し続けてくれるということだけであった。
そもそも、ちぇん種はらん種の言うことならばほとんど何も考えずに丸呑みして信じてしまう傾向にある。
だからちぇんは、ぴょこんぴょこんと飛び跳ねてらんに近づくと、頬をすりすりとすり合わせた。
「わかるよー! らんしゃまはゆっくりできるんだねー!」
思考停止そのものであった。しかしらんはこれを了承と受け止め、野良ゆたちにとっては恐るべき計画を言い放つ。
「よし、それじゃあこの町のちぇんたちをみんな仲間に引き入れて、クズ種どもをゆ畜にしてやるぞ!」
「わかるよーーー!!」
そして、らんの計画はあまりにもあっさりと順調に進んで行った。
野生と違い、野良ゆというものは基本的に群れない。一箇所に集中し過ぎると人間に駆除されるからだ。また、食糧の確保も狩場争いが野生以上に多発するため、すぐいがみ合いに発展するのだ。
だが、ちぇん種にとってらんの存在はそんなゆっくり同士の不信や人間に対する警戒感をぶっ飛ばすほどの威力を伴っていた。番を見捨ててらんの下に下ったちぇんに、親下から逃げ出してらんについてきた子ちぇん、挙句らんと一緒にいられるという噂だけで飼いゆの身分を捨てて家出してきたちぇんまで現れ、見る見るうちにらんの傘下に集うちぇんたちは数を増やしていった。
個体や家族でばらばらに暮らしている野良ゆたちにとって、らんという強い絆で結ばれたちぇんの群れに対抗する術は絶無であった。子持ちの野良ゆは子供をゆん質に取られ、その子供はおかざりをゆん質の証拠という形に残すだけで、本ゆん自身は殺された。独身のゆっくりは適度に痛みつけられて、奴隷になることを了承すれば命を見逃され、拒めば殺された。
さらに、らんは傘下のちぇんたちと数え切れないくらいのすっきりーを行った。野良ゆたちを搾取しているらんたちにとって子育ては通常の野良ゆより楽で、また、親であるらんの言うことを聞くちぇんばかりが生まれたので教育もまた容易に進んだ。
生まれてくる赤ゆの中には、稀にらん種が混じっていることもあった。そのらん種たちは特別に英才教育を受け、らん一匹では面倒を見切れないほどに数を増やしたちぇんたちを分担して統率する長として育てられた。
こうして、らんが捨てられて一年が経つ頃。
異常に増えた野良ちぇんに対する被害報告と原因究明の要請が、市民から役所へと数多く届けられた。
「被害報告についてですが……まず、もっとも大きい声が騒音です。
ご存知のように、らん種とちぇん種は異常なまでに強固な結びつきが確認されており、その愛情表現のもっとも顕著な発露と言えるものが『ちぇぇぇん』『らんしゃまー』というお互いの名の呼びかけです。
このコミュニケーションはらん種とちぇん種を飼う上でも、近隣での迷惑になることを考慮され厳しく躾けられるものですが、野良のゆっくりにそのようなものは関係ありません。連中の住処の近隣住民は、四六時中、間断的に行われる呼びかけ行為に強いストレスを抱えており、早急な対処を要求しています。
また、糞被害報告も多く届けられています。説明を補足しますが、らん種の構成食物は酢飯であり、当然排泄物も酢飯です。
我々日本人にとって白米は国と同じ歴史を持つソウルフードでありますが、近年では欧米食も広く受け入れられ子供たちにとって米食は過去のものとなりつつあります。
その状況下で、道端に酢飯が糞として落ちるというシチュエーションが発生しているわけです。
この被害報告は、子供たちが米を食べなくなったというものや、粗末に扱うようになったという内容になります。また、成人した市民にとっても気分が良いものではありません。
また、この野良のらん種とちぇん種たちのコミュニティは、お互い以外の種のゆっくりたちについて極めて排他的な姿勢を取っており、野良の通常種はもちろん放し飼いや散歩中の飼いゆっくりたちにすら襲い掛かり、殺害したという報告が届けられております。その逆に、ちぇん種を捕食した飼い犬や飼い猫が食中毒を起こしたという被害報告も次いで多く届いています。
その他、野良ゆ被害では定例の被害報告も当然、多く出ています。それらについての被害内容と件数は各自資料に目を通して確認してください。
以上が、野良のらん種とちぇん種の異常大量発生に伴う特殊な被害状況についての報告になります。質問はありますか」
グラフや被害状況の写真、様々な資料を貼り付けたホワイトボードの前に立ったスーツ姿の男が、会議室に集まった面々の前で居住まいを正した。
公共生活環境部餡子型生物対策課、通称《公餡》。
本日、黒浦市役所で行われている公餡課の会議議題は、最近急激に大量発生した野良のらん種とちぇん種に対する被害状況の確認と、対策方法についてである。
ぎしり、とパイプ椅子を軋ませ、年若い顔立ちの課員が手を挙げた。
「そもそも、なぜこれほどちぇん種とらん種ばかり増えたんですか?」
「語弊がありました。配布した資料をご覧になれば理解していただけるかと思いますが、増えているのは正確にはちぇん種ばかりです。劣性遺伝であるらん種の個体数は、予測数ちぇん種の1/30程度としています」
「それでも、普通らん種の野良などそうそう目にするものではないからな。この資料が正確であるとするならば、この町にはびこる野良らんは100匹を越える計算になる。これほど狭い範囲に野良らんが集まったケースはごく稀だ」
議長席に腰を下ろす課長が説明を補足した。だが、年若い課員は面白くなさそうに眉間に皺を寄せ、ぴんとクリップで止めた資料束を指で弾く。
「だから、説明になってないじゃないですか。異常大量発生の理由は、なぜなんですか」
「根本原因は不明です。ですが、らん種の特性を鑑みれば大量発生に繋がる経緯は推測可能です。
ゆっくりらん。このゆっくりは俗に希少種と呼ばれる、劣性遺伝の因子から産まれるゆっくり種です。
希少種は概ね、ゆっくり特有の《思い込み》による恐るべき超自然現象を起こす能力を保有していますが、らん種はそういった能力は今の所全く確認されていません。
しかし、そのかわり全てのスペックが通常種を大きく上回ります。
つまり――れいむ種より出産成功率も養育能力も高く、まりさ種より狡猾にしてタフ、ありす種より器用で視界が広く、ぱちゅりー種より知能が高く記憶能力に優れ、みょん種より勇敢で戦闘に長け、ちぇん種より素早い。
また、種特有の大きな特徴としてゆっくりの中でも最高クラスの数学学習能力の高さを保有しています。おそらく、野良であろうとも小学生低学年レベルの加減乗除くらいならこなすでしょう。
これらの高い能力と、最大の特徴であるちぇん種との強いコミュニケーションがあれば――通常種の野良ゆなど、ひとたまりもなく駆逐されるでしょう」
「でも、自然環境下ではそういった現象は見られていないんですよね」
「いえ、報告はあります。ですが、最終的に個体数を増やしすぎて自滅するか、どこからともなく現れたゆかり種によって統制されるかという形で、バランスが取られているようです」
「わかりました。続けてください」
年若い課員は納得したように、背もたれに深く腰掛ける。
ホワイトボードの前に立つ課員は、手元の資料をめくり上げた。
「先ほどの説明でも申し上げましたが、らん種は知能が高く、数字に強いという特徴があります。これらの武器が、我々にお鉢が回ってきた原因でもあるのです。
先月、この町で一斉駆除が行われました。しかし被害は一時減ったものの、すぐ持ち直しています。一ヶ月という短い間に、いくらゆっくりであろうと元通りの数に戻るわけがありません。
そう、そもそも一斉駆除は失敗したのです。駆逐できた個体数が、常例より圧倒的に少なかった。完全に、ゆっくりに一斉駆除のタイミングを読まれて対策されたのです。結局、駆除要員の方々は通常種の住処をいくつか潰しただけで、ちぇん種が隠れ潜む場所をほとんど見つけられもできませんでした。
一斉駆除のタイミングを読むことは、らん種にとっては容易でしょう。人間の噂に上りますし、飼いゆっくりの散歩も前後にはぱたりと止む。そしてちぇん種に絶大な信頼を寄せられているらん種が逃亡を指揮すれば、杜撰な一斉駆除などやり過ごすことは容易なのです」
「餡子脳餡子脳とバカにし続け、我々人間のやり口も相当お粗末になっていたというわけだ。だが、らんどもにそれは通用しない」
課長の言葉に大きく頷いた進行役の課員は、ホワイトボードに描かれた図を指示棒で指摘した。
「諜報員がちぇん種の帽子を被り、情報を得たこの群れの構造です。
おおよそ、ちぇん種五十匹に対してらん種一匹。これが連中の基本的な群れ構造です。群れのリーダーはらん種が務めており、カリスマ的な指示力による絶対的な指揮能力を誇ります。反面、ちぇん種一匹一匹の判断能力は通常の野良ゆより劣っており、いわゆる『わからないよー』と口にするようなことが起こると、らん種に判断を任せるという形になっています。
これは一見弱点のように思えますが、知能が低い通常種のゆっくりであるちぇん種にとってはむしろ迅速な逃走に繋がっており、個体の安全を確保する戦略であると判断すべきです。
また、ちぇん種は必ず最低でも二、三匹で連携行動を取り、単独行動はまずありえません。それでも単独行動を取っている個体が確認されたならば、まず間違いなくどこかに他の固体が見張りとして隠れているでしょう。
通常、野良どころか野生であってもこれほど確かな命令遵守の群れはありえません。らん種に絶対の信頼を本能から預け置くちぇん種たちであるからこそ実現し得た生き残り戦略と言えるでしょう。
全ての『規則』を調査したわけではありませんが、諜報員が入手した『規則』は資料に記しています。ゆっくりでも覚えられる単純で少ない内容なので、皆さん必ず頭に叩き込んでおいてください」
紙をめくる音が会議室にがさがさと響き渡り、課員たちは各々に「規則」を確認し始めた。
間が置かれた会議室で、ほぼ全員が「規則」に目を通した様子を確かめると、課長は厳かに口を開く。
「それでは、具体的な対策方法を練るとしよう――とは言っても、もう既に私の案があるのだがな」
「手強そうな群れですけど、何か方法でもあるんですか?」
「簡単だよ。強い結束によってこの群れは形成されている。ならば、その結束を崩壊させれば良い。
内部から攻め落とすのだ。本当の駆除というものを、人間の恐ろしさというものを、ゆっくりに教育してやろうではないか」
マンション脇に建てられた公園に、一匹のゆっくりまりさが忙しげな様子で入っていった。
まりさは一目散に四、五本の桜が植えられた一角へと向かい、木陰の下でげっそりと痩せ細ったありすに声をかける。
「ありす、ただいまなのぜ。いまごはんさんをたべさせてやるのぜ」
「ありがとう……まりさ……」
礼を言うありすの頭には細く心なしか萎れた茎が生えており、その半ばほどには一匹の実ゆがぶら下っている。実ゆの表情も親の栄養が足りていないのか苦しげであった。
まりさはおぼうしを脱ぎ、その中に詰めていた生ゴミを取り出した。そうしてニンジンのヘタをありすの口元に持っていこうとした時、後ろからたどたどしく甲高いゆっくり特有の声がかけられる。
「まりさぁー。ゆっくりしていってねぇー?」
びくりっ、とまりさは体を硬直させた。ニンジンのヘタがぽとりと地面に落ち、砂まみれになる。
まりさが振り返ると、そこには五匹ばかりのちぇんと、一匹のらんが立っていた。ちぇんの内二匹はまだ小さな赤ゆで、一匹ずつ成体ちぇんの頭に乗せてもらっている。もう一匹のちぇんも成体ちぇんより一回り小さい子ちぇんだ。
らんもまた、まだ若い子らんであるのか成体ちぇんと同じ程度のハンドボールサイズしかない。しかしこの場にいるどのゆっくりよりも余裕と自信に満ち溢れた、ゆっくりした表情をしていた。
「ま、まつんだぜちぇん――ゆぶ!?」
おどおどとした様子で話しかけてきたまりさの頬を、成体ちぇんが尻尾ではたく。もう一匹の成体ちぇんが頭上の赤ちぇんにゆっくりした声で話しかけた。
「ちぇんのおちびちゃん、おちびちゃんはこんなゆっくりしてないクズまりさみたいに、ごあいさつされたのにごあいさつしかえすこともできない、ゆっくりしてないゆっくりになっちゃだめなんだねー」
「わきゃりゅよー! ちぇんはちゃーんと、ごあいさちゅできゅりょー!」
「ははは、全くもうちぇんはいつでもどこでも教育熱心だなぁ。らんは鼻が高いぞ」
和やかなようすで語り合うちぇんとらんたちの一挙手一投足に、びくびくとまりさは怯えながらも背後のありすを庇うように立って、口を開いた。
「まってくれなんだぜ! このごはんさんはありすのぶんなんだぜ! もうありすはきのうからなんにもたべてないのぜ! まりさはたべられなくていいから、このごはんさんだけはとっちゃだめなんだぜ!」
「わからないよー? そんなの、まりさのかりがへたなだけだったんだねー。ちぇんのものはらんしゃまのもの、まりさのものもらんしゃまのものなんだねー。わかれよー。ありすにごはんさんをたべさせたいなら、もっともっとたくさんのごはんさんをとってくればいいだけなんだねー。りかいできるー?」
「お、おねがいします! これいじょうありすがなんにもたべないと、まりさとありすのおちびちゃんがえいえんにゆっくりするんだぜ! だから、だからぁ!」
「わかったわかった。ちぇんの前でそんな下品な顔を晒すな。まったく、これだから通常種は品が無い……」
額を地面に何度も当てて頭を下げるまりさの姿に、らんはあからさまに顔をしかめて大きくため息を零した。
しかし路傍の糞でも見るかのような目で見られたまりさは、歓喜に涙を零し、ばっと顔を上げる。
「じゃあ、きょうのぶんの『みつぎもの』はゆるしてくれるんだぜ!?」
「アホか。こうすれば手間が省けるだろ?」
温度の無い声で言うや否やらんはありすの前まで一足飛び、実ゆをくわえて茎から引きちぎった。
力任せにちぎられた実ゆは、断末魔の声を上げる暇もなく体の半ばからちぎられ、微量のカスタードクリームを地面に撒き散らして生まれる前の命を散らした。
まりさとありすの顔色が変わり、絶叫を上げる。
「ゆがああああああああ!!? まりさのおちびちゃんがああああああ!!」
「おちびちゃん! ありすのおちびちゃん! ゆっくりしでえええええ!!」
らんがぷっ、と吹き捨てた実の残骸をありすはぺーろぺろと舐め、まりさは滂沱と涙を流す瞳を憤怒の色に染める。
「このおおお! なんでおちびちゃんをおおおおお!!」
「そんなのがいるから、いつまでたってもちぇんたちのごはんさんが用意できないんだろう。間引きしてやったんだ。感謝しろ」
「そうだよー! まりさとありすはやさしくってあたまのいーらんしゃまにありがとうっていうべきなんだねー! わかるよー!」
「おちびちゃんのかたきだあああ! ゆっくりし――ゆ!?」
まりさは怒りの衝動に身を任せ、らんを押し潰そうと跳ねようとした。しかしその前にらんが尻尾の先端でまりさの腹を一突きする。
顔色を真っ青に変えたまりさは、茶碗一杯分ほどの餡子を吐き出して力なく倒れこんだ。
「都合の悪いことが起きたらすぐ暴力に頼ろうとする……本当にどうしようもないな、通常種というクズどもは。こんなのに付き合っている分だけ時間の無駄だ。さ、ごはんさんを持っていって、さっさと次に行こうか、ちぇん」
「わかるよー、らんしゃま! こんなクズでもころさないなんて、らんしゃまはほんとーにやさしーんだねー!」
ぴくぴくと痙攣し、気を失っているまりさの横から生ゴミの食料を奪い取り、ちぇんたちは意気揚々と公園から引き上げる。
この町ではもうありふれた光景であった。ちぇん種以外の全ての野良ゆは毎日このように食糧や巣作りに必要な物資などを取り上げられ、取るものすら持たない個体は気晴らしのためになぶり殺される。正にこの町はらんとちぇんの天下である。
成体ちぇんの帽子に乗せられた赤ちぇんが、ぶんぶんと尻尾を振って子らんに話しかけた。
「らんちゃま! らんちゃま! しゃっきごみくじゅまりしゃにあんこしゃんをはきゃせちゃわじゃは、なんちぇいうのきゃきになりゅんだねー! ちぇんも、らんちゃまみたいにちゅよくなりちゃいよー!」
「ん? そうかそうか、ちぇんがその志を忘れないでいたら、きっと強くなれるぞ! そうだ、次に行くクズ種どもの所には、ちょうどクズのガキがいたな。あれでさっきの技を練習させてあげよう」
「わーい! くずじゃりをふるぼっこさんにしゅるのは、ゆっくりできりゅんだねー! わきゃりゅよー!」
「うふふ、ちぇんのおちびちゃんはやんちゃさんなんだねー。でもしょーらいたのもしいらんしゃまのしもべになるんだねー。わかるよー!」
にこにこと話し合いながららんとちぇんたちは道路を歩く。すると、その向こうから三匹のちぇんがやってきた。
同じ群れの仲間同士であるので、らんはすかさず挨拶をした。
「ちぇぇぇぇぇぇん! ゆっくりしていってね!」
「ん……らんしゃまー。ゆっくりしていってね」
先頭を歩く向こうのちぇんの挨拶に、らんは心配そうに首を傾げた。
「どうした、ちぇん? ちょっと挨拶に元気が足りないぞ? どこか具合でも悪いのか?」
「ああ……それは多分、この白い粉さんで幸せーな気分になってたせいなんだねー」
「しろいこなさん? わからないよー?」
らんとついていたちぇんたちが、一斉に首を傾げた。らんは訝しげに眉間に皺を寄せ、少し怖い顔つきをして向かい側のちぇんたちに低い声を放った。
「コラッ。なんだかよくわからないものがあったら、まずらんに聞いてから口にするようにって教えただろう?」
「ごめんなさいなんだねー。でも、らんしゃまもきっとこの白い粉さんを吸うと、ゆっくりできるんだねー」
「もう、らんはちぇんのことが心配で叱っているんだぞ。もしその白い粉さんが毒だったりしたら……」
「ふふ……こんなにゆっくりできる粉さんが、毒なわけないんだねー。らんしゃまもそう言わずに吸って見ればいいんだねー」
そう言うと、ちぇんはどこからともなく取り出した包み紙を広げて、らんの口元に押し当てた。
らんはとっさに身を引いたが、ものが粉末なので微量ながらも吸い込んでしまう。途端にらんの表情が緩やかになり、頬の肌がつやつやと潤いを増し、目に強い力が宿った。
「んん……? なんだこれは? すごくゆっくりした気分になるぞ!!」
「ねー、ちぇんの言った通りでしょー? 幸せー、な気分になれるんだねー。ゆっくり理解してねー」
「ああ、らんはゆっくり理解した! こんなにゆっくりできる粉さんが、毒なわけがない! それはそうと、ちぇん。この粉さんは、もっとたくさんないのか?」
輝きを増した瞳で、らんは包み紙を差し出したちぇんに詰め寄った。するとその背後に控えるちぇんたちが子ちぇんほどの丈はありそうなほどの、包み紙の山をざらりと道路に置く。
「これだけ見つけたんだねー。群れのみんなで幸せー、な気分になろうよ、らんしゃまー!」
「そうだな! 幸せー! はみんなでわけるものだ!」
「わかるよー! ちぇんたちもしあわせー! なきぶんになりたいんだねー!」
らんの後ろに控えるちぇんたちも、未知の粉にわくわくとした気分を隠せない様子だった。
合流したちぇんの内、二匹が包み紙の山を持ってらんたちについて行く。残りの一匹は後ろに退いて単独行動に移ってゆくのだが、粉に気を取られたらんたちはそれに気づきもしなかった。
その、単独行動に入ったちぇん――否、ちぇんのおぼうしを被った黒スーツの男は、帽子を脱ぐと入れ替えるように胸ポケットから取り出したサングラスをかけて自販機の向かいに停めた車に乗り込んだ。
運転席に陣取っていたスーツの男が、サングラス男に話しかける。
「上手くいったようですね」
「ああ。だがさすがにらん種は勘が鋭い。あれが毒だと警戒するとは。押し切れたから良かったが、少し冷や汗が出たな。他の班にはもう少し慎重にやるよう、連絡しておかなければいけないね」
公餡の諜報部員を務めるサングラス男は、事前に目を付けていた野良ちぇんたちのグループを襲い、帽子を奪って『変装』することで群れの中に紛れ込んだのだ。ちなみに帽子を奪われた本ゆんたちはまとめてゴミ袋の中に入れられ、致死量の毒ガスを注入されて永遠にゆっくりしている。
そんな様子を見ていた後輩の運転手はサングラス男に好奇心を帯びた瞳で問いかけた。
「ところで、さっきらんたちにやった粉はなんなんですか?」
「なんだ、聞いていなかったのかい? あれは小麦粉だよ」
「小麦粉って……確か、ゆっくりにとっては麻薬と同等の効果を及ぼすんじゃないんでしたっけ」
「その通りさ。小麦粉はアップ系の作用があり、一時的に反射神経が鋭くなり気分も高揚する。だが、長く摂取し続けたり一度に大量摂取すると――」
「ゆっくりの皮の構成物と同じである以上、どんどん皮がぶ厚くなって思考能力と運動能力が低下、やがては身体機能が正常に機能しなくなり、死に至る……でしたよね?」
「正解だ。もっとも、餡子に作用せず皮にだけ取り込まれる分、依存率はゆっくり用麻薬としては低めだがね。ま、初心者向けというヤツさ」
「その言い方、なんかアレな予感がしますね」
「今回の駆除計画の概要は、次の群れのテリトリーに移動しながらするとしよう。まず、先ほどちぇんに扮してらんたちについていった我らが同僚は、各群れのねぐらとしている場所を特定する――」
車のドアがばたんっ、と勢い良く閉められた。
エンジンをかけられた車は排気ガスを撒き散らしながら町を行く。