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anko2905 ゆっくりまりさのサプライズ 中篇
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『ゆっくりまりさのサプライズ 中篇』 35KB
自業自得 差別・格差 育児 親子喧嘩 番い 群れ 赤ゆ ゲス 希少種 都会 現代 人間なし まりさのゆん生転落劇その2
「むきゅ、みんなのおうちはむこうにあるわ」
街ゆっくりの長であるぱちゅりーの先導でまりさ一家は公園の奥へと歩みを進めていた。
飼い主との唐突な別れを理不尽に押し付けられたまりさの表情は未だに晴れる事無く、
甘い糖質でなぞられた涙の跡が眼の下の隈を思わせる様に染み付き、頬から顎下に掛けて濃い線を残している。
まりさの自慢だった銀バッジは既にお帽子になく、その代わりに、
飼い主のお兄さんと入れ替わりにやってきた街ゆっくりの管理を請け負っているNPO法人『街ゆっくり友の会』の会員である初老の男性が、
連絡を受けて真新しい街バッジをお帽子に装着してくれた。
まりさの前を歩いているでいぶも子供達も、お揃いの街バッジがお飾りの上で踊っているが、
それを見るたびにまりさは現実を突きつけられる気がして、居た堪れない気持ちを抱いたまま視線を落として雑木林の奥を目指す。
「ついたわ、ここがきょうからまりさたちのおうちよ」
「ゆっ……!?」
林の向こうに拓けた平野の隅に置かれた多くの箱を見てまりさは思わず絶句した。
箱はずらりと向かい合わせで二列に並べられており、良く目を凝らせば、その箱の中に大勢のゆっくりたちが身を寄せ合っている。
おうちと紹介された場所が木作りの大き目な飼育箱であった事実にまりさはただただ驚愕を覚えるだけ、
ついさっきまで飼いゆっくりであったまりさには、これが到底おうちと呼べる代物に思える筈がなかった。
もっと大きくて広々としていてテレビがあってふかふかの座布団があって――。
想像していた当たり前の光景が一転し、せいぜい一家族が押し込める程度の、
まるで監獄を思わせる狭苦しい箱がこれからの生活スペースだと言われてまりさは納得できる訳がない。
「ま、まってね!こんなちいさなはこさんがおうちなのはおかしいよ!」
「むきゅ?おかしい?」
ぱちゅりーは後ろに居たまりさをちらりと一瞥すると、眉を吊り上げて小さく嘲笑した。
街ゆっくりの長というだけあって、捨てられ都落ちしてくる飼いゆっくりを大勢見てきたぱちゅりーは、
まりさの心情を透かし見る様に代弁した言葉を紡いで目を細めた。
「こんなせまくてきたないところはゆっくりできない、とでもいいたそうね」
「そ、そうだよ!おうちはもっとおおきくて、きれいなところだよ!こんなところじゃゆっくりできないよ!」
「そう……」
まるで小馬鹿にしたようにぱちゅりーは冷ややかな眼でまりさを見下すと、その辺の草が茂った場所に視線を向けて、こう言い放った。
「おおきくてきれいなところがいいのならまりさはそのあたりをおうちにしていいわ、さっ、れいむとおちびちゃんたちはあっちのおうちにいきましょう」
くるりと身体を翻して、ぱちゅりーは立ち止まったまりさを置いて箱で作られた団地の奥へ向かおうとする。
慌てたまりさは声を張り上げてぱちゅりーを引き止めると、出し尽くして枯れた筈だった涙を再び目尻に浮かべて震えながら懇願する。
「ど、どうじでそんなごどいうのっ!?こんなどころはまりさのおうぢだなんておかじいよっ!!べつのおうちをよういじでね!!」
「あまえたことはいわないでね!どんなにまりさがぱちゅりーにだだをこねても、まりさののぞむおうちはよういできないわ、
ここではこれがあたりまえよ!それがふゆかいならそのばっじさんをおいてどこへなりともいくがいいわ」
「ゆぅううっ……だってっ……だってぇ!」
「むきゅぅ、にどはいわないわ、じぶんでかんがえてじぶんでけつだんしなさい」
やや厳しく突き放す口調でぱちゅりーは吐き捨てると、
新聞紙をクシャっと丸めたような表情を浮かべてポロポロと涙を流すまりさに背を向けた。
街ゆっくりシステムがこの町に導入され、先代の長からこの群れの任されたぱちゅりーは、
今までに数多くの飼いゆっくりがこのまりさの様に捨てられ街ゆっくりになる姿を見てきた経緯があった。
純正の街ゆっくりたちより知性が高く素行も大人しく素直な個体であることは変わりないのだが、彼らには総じて欠点と言うべき劣った部分がある。
その一つが生活力の無さだ。
飼い主に頼り切ったゆん生を送ってきた飼いゆっくりは、他人に頼る事を前提とした生き方へと思考が偏ってしまう傾向がある。
当たり前の様に運ばれてきた美味しいご飯を何の疑問も抱かず食べ続けていれば、
それが当然だと刷り込まれ餡子脳が麻痺していくのは当然と言えるかも知れない。
こうしたゆっくりにまずぱちゅりーが何をするのかと言えば、甘えた根性を徹底的に叩き直す事だ、
我侭を言えば突き放し、癇癪を起こせば無視を決め込み、駄々を捏ねれば叩き付ける。
元々自分だけでは生きていけないゆっくりであり、どんなに当ゆんにとって厳しい事を言ったとしても、
その知性の高さから未知への恐怖だけはよく理解している故に逃げ出すことは出来ない。
「ゆぅううっ……」
結局まりさも、ぱちゅりーの思惑通り恨めしそうに唇を噛みながら後を付いて来た。
そしてついに到着したまりさ一家のおうちは、遠くから見るよりも遥かに汚らしくみすぼらしい貧相な外観の文字通りの簡素な箱だった。
「さっ、ついたわ。このおうちはじゆうにつかっていいわ」
「ここが……まりさのおうち……」
箱の側面、入り口に当たる部分に使い古しの暖簾が掛かっている、
まりさが徐に中を覗くとそこには床一面に薄汚れた毛布が敷き詰められているだけの小さな空間だった。
毛布は外から吹き込む砂でざらついており、前に住んでいたであろう家主のゆっくりがこびり付けたうんうんの跡や食べ粕がそこら中に散らばっている。
「きたないところだよ!くそじじいをどれいにしてせれぶなかいゆっくりになるよていだったのに、ひどいかくさだよ!まったく!」
しかめっ面のでいぶがそう言いながらも箱に入ると、ずてんと大きな物音を立てて奥の一角を陣取った。
遅れて赤ゆっくりの姉妹も入室するが、その表情は暗く何故か先ほどから一言も言葉を交わしていない。
「むきゅ、きょうはいろいろあってつかれたでしょう、またあしたよびにくるからもうやすんでいいわ」
「わかったよ……」
「わからないことがあったらぱちゅりーにききにくるのよ、いいわね?」
それだけ言い残して元来た道を引き返していくぱちゅりー、このままここで突っ立っていても仕方ないのでまりさはおずおずとおうちに入る、
暖簾の隙間から差し込む日差しだけが光源の薄暗い箱の中、まりさは心地の悪さから息詰まり感を覚えずにはいられなかった。
「まりさはうそつきのどうしようもないていしゅだよ!れいむをかいゆっくりにしてくれるやくそくをどうしてくれるの!?」
陣を構えたでいぶがこれまでの鬱憤を晴らす為か唐突に声を荒げた、
キィっと口を歪めて右眉毛だけを吊り上げた姿は臆病なまりさを怯ませるに十分な迫力だった。
「れ、れいむ……ご、ごめんね!まりさもこんなことに……こんなことに、なるとはおもってもみなかった……んだよ……」
「あやまってすめばけいさつさんはいらないよ!まったく、つかえないていしゅだよっ!」
ぷりぷりと余分な肉を震わせ涎を撒き散らしながら罵り続けるでいぶ、
繰り出される罵倒の数々にどうしてこんなにゆっくりできないでいぶと一緒になる事になってしまったんだろうかとまりさは頭を抱えながら溜め息を付くと、
でいぶに寄り添って密着していた我が子の存在を取っ手付けたかのように思い出して顔を上げた。
「そうだよ!まりさにはまだおちびちゃんたちがいるよ!おちびちゃん、まりさといっしょにゆっくりしようね!」
赤まりさに近付こうとした瞬間、まりさは予想だにしない拒絶を受けた。
「うるしゃいよっ!!だまっちぇねっ!!」
一瞬硬直して立ち止まったまりさ、見下ろした最愛の我が子が発した言葉が自身を受け入れない拒否の言葉だと気付いて後ずさる。
視線を落とせば、キュッと口元を強く結んで鋭利な視線を投げかけている赤まりさがでいぶの横に佇んでいる。
その隣の赤れいむも同様の表情を浮かべたまま不慣れな為か歪に膨らんだぷくーっをまりさに向けて峻拒の気概を示している。
「お、おちびちゃん……ど、どうしてまりさにそんなことするの!?いっしょにすーりーすーりーしようよ!!」
「ちかづかないじぇっていっちぇるでしょ!!れいみゅをいらないこあつかいしゅるぐじゅおやはきえちぇね!!」
れいむを要らない子扱いする愚図親――。
そのフレーズにまりさはたじろいだ。
子供達のこれらの態度は、さっきの飼い主のお兄さんとのやり取りの最中、まりさが思わず発してしまった一言、
『もうおちびちゃんなんかいらないからまりさをおうちにかえしてよぉ!』の反発から生まれたものだった。
子供達の心を傷付けたと知ったまりさは慌てて取り繕いを始めるが、既に遅く完全に時期を逃してしまっていた。
「あれはちがうんだよ!おちびちゃんはまりさのたいせつなおちびちゃんだよ!だから――」
「ちがわないよ!ぐじゅおやはまりしゃのおちゅーしゃんじゃないよ!!まりしゃはおかーしゃんとしゅーりしゅーりするよ!!」
「ゆふふっ、さすがはれいむのかわいいおちびちゃんだよ!あんなだめていしゅはほっといてみんなでゆっくりするよ!」
でいぶも子供達に親としての優劣を付けられた事で、ご満悦といった感じにドヤ顔を作ると、
その体型の為かやや野太くなった左右のピコピコで赤れいむと赤まりさを寄り添わせ頬を重ね始めた。
「ゆふーっ、おちびちゃんはとってもゆっくりできるよ!」
「ゆーん、おかーしゃんはおおきくてあっちゃかいよ!」
「ゆぅうっ、まりざのっ、おちびちゃん……」
結局まりさは3匹の寄り添う姿を羨ましそうに眺める事しかできず、その日はまりさは一度も子供達と触れる機会が与えられなかった。
日を跨ぎ深夜になった頃まりさは目が覚めた、正確には急激な環境の変化に対応出来ずはっきりと睡眠を取ったという感覚がないので、
一時のまどろみから開放されただけに過ぎないが、まりさは徐に冴えた頭を振ってでいぶと密着して寝息を立てている子供達を見下ろした。
昼間の憤怒の表情はなくすやすやと心地良さそうで何か楽しげな夢でも見ているようだ。
暖簾の隙間から吹く風がまりさの小麦粉の肌を叩く、秋の夜ともなればひんやりと軽い冷気を纏っていて身が疼く。
「ゆぅ……」
どうしてこんな事になってしまったのか、でいぶもおちびちゃんもまりさを全くゆっくりさせてくれない、
お兄さんが言っていた多過ぎるゆっくりは人間にとって毒だと例えた意味が今なら何となく理解出来るかも知れない、
とそんな事を思いながらまりさは再びあんよを休ませ、眠りの準備を始めるも眼は冴えるばかりだ。
不意に強く吹き込んできた風が暖簾を押し上げると、箱の中から見えた空が月を隠すほど酷く曇っていて、
まるでまりさの心情を映し出したかのような風景がそこに広がっていた――。
―――――――――――――――――
翌日、まりさは近所の駅前で大勢のゆっくりたちの中に混じり、投げ捨てられた空き缶やお菓子の袋などのゴミを集めていた。
ようやく眠りにつけたと思った矢先、まだ太陽が顔を出す前の夜明け前、まりさは迎えに来たぱちゅりーに叩き起こされ、
気が付けば公園から離れた駅前にまで連れて来られていた。
これが街ゆっくりの日課となるゴミ収集と教えられたまりさであったが、この世に生を受けお兄さんに飼われてから此の方、
時計の時針が8を指す時間以降にしか起きた試しが無く、太陽が昇る前の暗がりと東の空が僅かに白い光を宿した真空の世界はまさしく未知の経験だった。
こんなに冷たくて眠くてゆっくりできない時間に、どうして街ゆっくりのみんなはあんなに必死にゴミを集めているのだろう。
周囲のゆっくりたちを半ば内心で馬鹿にしながらも覚束ないまま作業を続けるまりさは、他のゆっくりよりも幾分か重い足取りでゴミを集めていた。
「まりさっ!あぶないよー!わかってねー!」
急に誰かに名前を呼ばれたかと思い振り返ると、まりさの顔面に丸い物体がぶつかり激しく転倒した。
「ゆぐゅっ!!な、なにずるのっ!?」
ぶつかってきた物体が丸まったゆっくりちぇんだと知って、赤くなった顔を痛みで震わせながらまりさは抗議した。
すると派手に転んだちぇんもむくりと立ち上がり、頭から湯気を上せて怒っているまりさと対峙する。
ちぇんはつい最近成体になったばかりの若いゆっくりのようで、まりさより一回り小さいがその眼付きはどこか鋭い。
「まりさはどんかんなんだねー、わかるよー。さっきまりさはにんげんさんのすぃーにひかれそうだったんだよー
ちぇんはぜんいでたすけてあげたのに、まりさはわからないんだねー」
「ゆっ……にんげんさんのすぃー?」
さっきまで居た場所を見ると、大きな車が物凄い速さで駆け抜けて行くところだった。
ひゅんっと中枢餡が一瞬にして冷え切ったような気がして、まりさは息を呑んだ。
「こんなのろまなまりさはあいてにしてられないよー、ちぇんはごみさんをあつめるよー」
まりさがお礼を言う間もなく、ちぇんはゆっくりらしからぬ早さで駅前のロータリーに向かうと、尻尾に結んだゴミ袋に空き缶を詰め込み始めた。
間も無くして太陽が東の空に浮かんで見えたところで、ぱちゅりーの号令が掛かった。
「あさのごみあつめはここまでよー、もうすぐにんげんさんのしゅっきんじかんだからゆっくりしないでかたづけるのよー!」
「「「ゆっくりりかいしたよー」」」
夢中になってゴミを漁っていたゆっくりたちがぱちゅりーの声に感化して呼び掛けに答える。
素早く準備を終えると整列して公園に戻る街ゆっくりたち、
まりさのゴミ袋は底に僅かなペットボトルのキャップや紙屑が入るに留まっているが、他のゆっくりはそれなりの量を確保したようだ。
公園に到着すると、ぱちゅりーの側近であるありすやみょんがゴミの集計に入る。
一列に並んでゴミを回収し、ついにまりさの番になった。
「あら、すくないわね。ごごのごみあつめはもっとたくっさんあつめるようがんばりなさいね」
そう言ってありすはまりさからゴミを受け取ると隣のみょんがまりさに小包を手渡した、今日のご飯であるゆっくりフードだ。
まりさはご飯を受け取って久しぶりにパァッと明るい笑顔を作るが、小包のそれが思った以上に軽く、その笑顔は直ぐに崩れた。
「ゆー……これだけじゃすくないよ!もっとたくっさんっごはんさんがほしいよ!
さっきのちぇんはいっぱいごはんさんをもらってたよ!!どうしてまりさはこんなにすくないの!?」
「ぜいたくいっちゃいけないみょん、まりさはごみさんをたくっさんっあつめられなかったからしかたないみょん」
「まりさはいなかものねぇ……ここのはいきゅうはぶあいせいなのよ、おなかいっぱいごはんさんがたべたかったらごみさんをいっぱいあつめることね」
「そ、そんなっ……」
後ろで待ち草臥れたれいむに背中を押され、列から弾き出されたまりさは、俯いたまま雀の涙程度の小包をおうちに持って帰ると、
きりきりと歯軋りを立てて、頭から煙を噴出したでいぶが仁王立ちして待っていた。
「おそいよっ!れいむとおちびちゃんはおなかぺこっぺこっだよ!!いつまでもまたせないでね!!」
まりさはまりさなりにも産まれて始めての重労働を必死にこなして来たと言うのに、でいぶは労いの言葉を掛ける訳も無く横柄な態度を取るばかりだった、
それでもまりさはでいぶの威圧的な姿が怖く、うんざりとしながらもへらへらと作り笑いを浮かべて小包を差し出した。
「なんなの!?ぜんっぜんったりないよ!!これっぽっちでれいむのおちびちゃんがまんぞくするわけないでしょぉお!!ふざけないでねっ!!」
小包を乱暴にピコピコで取り上げたでいぶは器用に封を開けると、中身の少なさに憤怒してまりさに迫った。
待たせたことは仕方ないにしても、やっとの思いで稼いだそれを馬鹿にされてまりさは反論せずにはいられなかった。
「だったられいむもてつだってね!まりさはにんげんさんのすぃーにひかれそうになったりしてたいへんだったんだよ!!」
「ばかいわないでね!れいむはこそだてがおしごとなんだよ!!かりはおっとのしごとなんだよ!!
そんなこともわからないなんてほんとうにまりさはぐずなていしゅだよ!」
「ぐじゅおや!ぐじゅおや!!はんせいしゅるんのじぇ!!」
隅を見れば相変わらず密着していた赤れいむと赤まりさが、でいぶの肩を持ちまりさを捲し立てる。
この場では味方がいないまりさは次第に萎縮し口数を減らしていった。
「ゆふーっ、おちびちゃんのいうとおりだよ。まりさがおやのつとめもはたせないようじゃおちびちゃんがかわいそうだよ、れいむはなさけなくなるよ!」
「ゆぅうう……」
結局言い返せば言い返すほど深みに嵌まると理解したまりさは貝の様に口を噤んで黙り込んでしまう。
それでも自分に楯突いたまりさを許せないのか、でいぶはこめかみに青筋を立てて罵倒を続け、
ついにはまりさの努力の結晶である今日の稼ぎを勝手に独占し、赤ゆっくりとでいぶだけでそれらを食らい尽してしまった。
文句も言えずまりさは部屋の隅で押し黙ったまま、でいぶと子供たちがべたべたと湿った舌を暴れさせゆっくりフードを頬張る姿をただ見つめることしか出来なかった。
―――――――――――――――――
あの日から数週間が経過した、相変わらずまりさは不器用で収入は少なく街ゆっくりの一員として馴染む事も出来ず、
日課のゴミ収集を黙々と孤独にこなす日々が続いていた。
まりさのおちびちゃんは、でいぶが猛烈に反対したもののぱちゅりーの強い勧めもあって同年代のゆっくりたちを集めた保育園に通わせる事となり、
飼い主のお兄さんが心配したような不幸な事故も起こらず着実に成長していったが、相変わらずまりさとの関係に埋まらない溝を作ったままだった。
午後のゴミ集めで、近くの河川敷に来ていたまりさは街ゆっくりたちの集団から離れ橋の下でゴミを探していた。
そんなまりさに1匹のゆっくりが近づいてきた、気配に気付いたまりさが振り返るとそこには年季の入った汚らしいカチューシャを装着しているゆっくりありすがいた。
その身形から一目で街ゆっくりの中でもかなりの古参であると見抜いたまりさは警戒しながら軽く会釈すると、対照的にありすは頬を緩めて小さく笑った。
「こんにちわ、まりさ。いっしょにゆっくりしていいかしら?」
「……ゆぅ、まりさはごみさんをあつめてるんだよ……ゆっくりはできないよ……」
「ゆふふ、そうだったわね」
ちらりとまりさがありすのゴミ袋を一瞥すると、そこには既に大量のゴミが詰まっていた。
あれだけ必死に頑張っていたまりさは、目の前のありすの半分にも満たない事実に恥ずかしくなって、
視線を逸らしゴミ収集を再開するが、ありすがそれを引き留めた。
「まりさ、よかったらありすのごみさんをわけてあげるわ」
「ゆっ!?わ、わけてくれるの?」
突然の提案にまりさは目を輝かせるが、それがお零れを貰う事だと気付いて表情を曇らせる。
この過酷な環境に僅かながらまりさにも本能と呼べる闘争心、プライドが蘇り始めていたからだろうか、
まりさは首を振ってありすの好意を受け流した。
「やっぱりいらないよ……まりさはじぶんのちからでごみさんをあつめるよ……」
「あら、きをつかわなくてもいいのよ。ありすはありすだけのごはんさんがあればじゅうぶんだから、こんなにひつようないのよ」
「ひつようないの?……だとしてもどうしてまりさなの?」
妙に馴れ馴れしいありすに困惑しながらもまりさは尋ねると、ありすは困ったように微笑んでまりさの円らな瞳を凝視した。
「ありすもおなじよ」
「おなじ?なにがおなじなの?」
「ありすもまりさといっしょでもとかいゆっくりだったのよ」
突然のカミングアウトにまりさはどう返事をしていいか迷っていると、ありすはここではないどこか遠いところを見ながら話を続けた。
「ひとりぼっちのまりさをみてるとなんだかむかしのありすをおもいだしてしまったのよ……あぶなっかしいまりさがどうしてもきになっていたの」
「ゆっ、あぶなっかしいはよけいだよ!」
「ゆふふ、ごめんなさいね」
ありすは今までにまりさが出会ったどのゆっくりよりも、とてもゆっくりしていた。
街ゆっくりの皆は本当の意味での『ゆっくり』を知らない者ばかりだが、まりさは嘗て経験した幸せの時の残り香をこのありすから仄かに感じた気がした。
ありすは色んな事を話してくれた、まりさもそれに応える様に今までの出来事を沢山話した。
まりさが捨てらた経緯や番のでいぶは全然ゆっくりしていない事や未だに懐かないおちびちゃんの事やまりさ自身の事など。
話の途中で感極まったまりさは思わず涙を滴らせてしまい、ありすが優しく宥め頬を擦り合わせた。
「だいじょうぶよ、ありすがそばにいるわ。さみしくなんかないわ」
「ゆぐぅっぅ……ゆぐっ……」
番がいる成体ゆっくりが他のゆっくりと頬を擦り寄わせるのはゆっくりの一般常識から言えばモラルに反する行為であったが、
介抱を受けるまりさは疚しい気持ちも一切の後ろめたさも感じてはいなかった。
これがまりさが唯一心を許したゆっくりありすとの出会いだった。
彼女は群れの中でもかなりの古株で、先代の長ぱちゅりーが台頭していた時代を知る数少ないゆっくりであった、
そんなありすはこれまで培ってきた経験を活かして無知で未熟なまりさに様々な助言をしてくれた。
神社や河川敷でゴミが集まりやすい穴場のポイントや、鉄線が張り巡らさせている危険な場所があることや、
街バッジを奪おうとする悪い野良ゆっくりのことや、街ゆっくりの中に他ゆんのゴミをこっそりくすねるゆっくりがいることなど、
どれもこれもまりさには全く知らなかった情報の数々で甚く感心するが、その中でも効率のいいゴミ集め法はとんでもない切り口でまりさは驚嘆を隠せなかった。
「あのにんげんさんのおばあさんならきっとだいじょうぶよ、さあ、やってみて!」
「ゆっくりりかいしたよ、まりさはやってみるよ!」
後日、駅前のコンビニのゴミ箱の後ろに身を隠していたまりさとありすは、こちらにやってくる着物姿の老婆を見て素早く表に飛び出した。
まりさは老婆を呼び止めると、顔中を皺だらけにした老婆は何事かとやや驚いた表情を作った。
「にんげんさんのおばあさんっ、まりさにそのごみさんをわけてね!」
たったそれだけ言うと、まりさは口を噤んでおっかなびっくりに老婆を見上げた。
すると老婆は二カーッと黒ずんだ歯を見せてカラカラと特有の笑い声を発しまりさの頭を撫でた。
「これがほしいのかい?あぁいいよ、もっておいき」
「ゆっ!?お、おばあさんゆっくりありがとう!!」
まりさに小さな袋を手渡すと老婆は手を振って駅の構内に消えていく、まりさは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねてありすに近付き、
老婆から受け取ったそれを自分のゴミ袋へと詰め直す、中に入っていたのは家庭ゴミの一部でお菓子の箱などであり、まりさのゴミ袋は直ぐにパンパンに膨らんだ。
「ゆぅうーっ!やったよ、ありすのいったとおりだったよ!」
「よかったわね!これだけあればまりさのおちびちゃんもきっとよろこんでくれるわ」
「ゆーん、これもぜんぶありすのおかげだよ!」
ありすの提唱したゴミ集め法とは、駅前のコンビニで待ち伏せ今まさにゴミを捨てようとしている人間から譲ってもらう事だった。
一見すると本来の美化活動から逸れた抜け駆けとも言える姑息な手段ではあるが、
ゴミを収集するに当たり明確なルールは決められていないのでグレーゾーンではあるもののこれらは全て一様にまかり通った。
無論こういった手法が蔓延するようになれば街ゆっくりが社会と共存する為の基盤が崩れ問題化するのは目に見えているので、
他の誰かに気付かれない様に細心の注意を払いながらこっそりと行うに留まっている。
「いいわね、なんどもいったけれどはなしかけるのはにんげんさんはおんなのひとにするのよ、それからひつよういじょうにしゃべらないこと」
安全面を考慮しゆっくりを良く思っていない人間と鉢合わせても直ぐに手を出す確立が少ない女性を選ぶ点は、ありすの知性の高さは如実に現していた。
ありすの狡猾さと暖か味はまりさを惹かれさせるのに十分な魅力に値した。
まりさはおうちで関係が冷え切ってしまった家族と居るよりもありすと一緒にゴミを集めるほうがとてもゆっくりできると感じ、
日に2回あるゴミ収集が楽しみで仕方が無かった。
そうして間抜けなところは多々あるものの物を覚える力があるまりさは、ありすの教える知識をまるで乾いたスポンジの様にどんどんと吸収していき、
2週間もすればまりさは街ゆっくりの中でもゴミを集めるのが上手い、狩り上手と称えられる程に腕を上げ長ぱちゅりーに一目を置かれる様になっていった。
だが、まりさのささやかな幸福は突然と打ち砕かれた。
ありすの事故死によって――。
突然の訃報を聞き息を切らせて公園の広場に向かったまりさはそこで信じがたい光景を目の当たりにした。
「むきゅ……まりさ……」
「う、うそだよ……ありずがっ、どうじでごんなっ……!」
そこには群れの共通の運搬道具として活用されているかつてはまりさの私物だったすぃーに、
頭をちょうど真っ二つ割る形で窪みを作り、黒いタイヤの跡を一直線に残したありすの無残な死体が乗せられていた。
運んできたみょんやれいむがありすの死骸を重たそうにすぃーから降ろすと、新聞紙を敷いた地面の上に転ばせた。
年季の入ったカチューシャもありす同様に真っ二つに圧し折れ、物言わぬ骸と化した主人に寄り掛かっている。
「ありずぅううっ、おめめをあげでよぉおおっ!!!どうじでっ、どうじでぇえええ!!」
その日のゴミ収集はたまたま2班に分かれて行われた為、まりさは神社、ありすは駅前のそれぞれ別の清掃活動に従事していた。
事故があったのは帰り際だったそうで、後ろから猛スピードでやってきた自転車に乗った高校生に轢き潰されたらしい。
周囲のヒソヒソ話を耳にして大体の状況を理解したまりさはよろよろとありすの亡骸に近寄り、
泣き崩れてゆんゆんと泣き腫らすと、ぱちゅりーがまりさの背中を突いてそれを静止した。
「まりさ、もうそのへんにしておきなさい。ごみさんをかいしゅうしてくれるにんげんさんがくるまでにありすのしょりをしないといけないわ」
「ゆぅうううっ!いやだよぉっ!!まりざはありずといっしょにいだいよぉおお!!!」
「いつまでもそうしてはいられないわ、みょん、まりさをひきはなしてちょうだい」
「わかったみょん、まりさっ、ゆっくりしないではなれるみょん」
「ゆぅううううっ、やべでよぉおお!!ありずぅううっーっ!!」
みょんにお下げを引っ張られずいずいと後退させられたまりさは、ぱちゅりーやれいむの手によって新聞紙で包まれるありすの最後の姿を目の当たりにした。
知り合って間もなく、限りなく短い時間を共有したに過ぎなかったが、それでもまりさの心の支えに成り得たありすとの関係はこうしてあっさりと途切れてしまった。
その現実を受け入れたくなくてまりさは頭を振って涙で頬を濡らしていると、死骸の処理を終えカスタードと死臭を僅かに纏ったぱちゅりーが話し掛けて来た。
「まりさはありすとなかがよかったわね、これからありすのおうちをかたづけにいくからいっしょにいらっしゃい」
「……わかったよ……」
ぱちゅりーの後を追って重い足取りで街ゆっくりたちの居住区である団地へ進む、
途中ぱちゅりーはありすと縁のあるゆっくりに話掛け、一緒にありすのおうちの片付けをする様に誘った。
ありすのおうちは団地の一番奥の角にあった、中に入るとありすの性格を現しているかの様に綺麗に整頓された室内が目に映る。
「このいすさんはちぇんがもらうよー」
「ゆーん、ふかふかのべっどさんだよ、れいむがつかってあげるよ!」
掃除をする為にやってきたゆっくりたちは、ありすの使っていた手作りの家具を次々に運び出していった。
ほんの少し前までありすの私物だったそれを何の躊躇もなく奪い去っていくゆっくりたちにまりさは腹立ちを覚えぱちゅりーに抗議する。
「ぱちゅりーっ!どうしてみんなありすのかぐさんをもっていっちゃうの!?ありすがっ、ありすがかわいそうだよ!!」
「もうありすがつかうことはないの……だからのこしておいてもしかたがないわ、それならだれかがつかってくれたほうがいいのよ」
ここではこれが当たり前の光景のようで、死亡したゆっくりに親族がいなければ私物を身近な者が引き取って構わないルールが敷かれていた。
ぱちゅりーの言い分も理解出来ない訳ではなかったが、まりさは喜々として家具を選別するゆっくりたちに心が無いと感じずにはいられなかった。
結局、まりさは他のゆっくりが家具を持っていくのを見守るしかなく、最後に誰も手を付けなかった物をぱちゅりーと一緒に運び出す事となった。
「これは……おぼうしさんっ……」
「むきゅー……こっちにはぼろぼろのしゃしんもあるわね……」
部屋の隅の一角に置かれたそれを手に取り、思わずまりさは驚いた。
それはまりさ種の黒いお帽子だった、サイズは小さく恐らく子ゆっくりサイズの物だと思われたが、
一体誰の物なのかは居合わせたぱちゅりーにも分からなかった、その形はまりさのお帽子とどことなく似ている気がした。
そしてぱちゅりーが手にした写真は、ありすの生前の、飼いゆっくりだった頃の姿を映した物だった。
まりさが徐に覗きこむとボロボロで掠れたそれの中にゆっくり用の毛糸のパンツに身を包み、
滑らかなブロンドの髪を揺らして満面に笑みを浮かべたありすと飼い主の女性と思しき人物と一緒に頬を寄せ合った姿がそこにあった。
写真の中で幸せそうな笑顔を振り撒くありすが、かつての自分の姿と重なりまりさは無意識に涙が溢れ出た。
きっと想像を絶する惨苦を経験し、今日にまで至ったのだろう。
こんな形でゆん生の幕を降ろす事になってしまった理不尽さに、
地べたを這いずり回ってでも懸命に生きようとしていた姿勢を一蹴し嘲笑う運命に、
まりさは途方もなく大きな壁を前にしている様な絶望感を知り、ただ平伏すしかなかった。
「にんげんさんっ、これがきょうのぶんのごみさんですっ、おねがいしますっ!」
「はい、ご苦労様。いつも助かるよ」
街ゆっくりたちが集めたゴミを回収しに来た人間の男性が業務用のゴミ袋に入ったそれを少し重そうに掲げて持っていった。
男の太い二の腕に揺られたゴミ袋の中にありすの死骸と大切に保管されていた黒いお帽子が一緒に混じっている。
ここで亡くなったゆっくりたちは文化的に埋葬されず、ああしてゴミと一緒に処分されるようで、まりさはその様子を押し黙ったまま見送った。
「ゆぅ……ありす……」
ありすの生前の姿を忘れない為に遺品として受け取ったボロボロの写真を徐に帽子裏から取り出すと、まりさは心苦しそうにそれを眺める。
ありすの死は、まりさが初めて直面したゆっくりの死でもあった――。
―――――――――――――――――
季節が秋から冬へ移り変わった。
ありすの死後、街ゆっくりの仲間たちが相次いで死没したり行方不明になった。
ぱちゅりー曰く、この季節は最もゆっくりが死ぬ確立が高いらしく一層警戒が必要な時期だとまりさは教えられた。
山や森に生きる野生のゆっくりは秋に備蓄した食糧を駆使して越冬を行うが、街ゆっくりにはゴミ集めという責務がある為にそうはいかないのが現状で、
支給された使い古しのゆっくり用毛糸のパンツを着込み、食すとその辛さから寒さに強くなるカラムーチョや暴君ババネロを携帯し、街の清掃活動に従事する。
だが街に居付いた野良ゆっくりに毛糸のパンツを奪われたり生命線の携帯食を食べ忘れたりして凍死する哀れなゆっくりは群れの中にも多く、気が休まる日はなかった。
そんな過酷な環境の中で今日も駅前へとゴミ収集に向かう一団に紛れてまりさが歩いていた。
各々に防寒着を身に纏い、口数少なく互いと目を合わせようともしないゆっくりたち。
さながらその姿は冬山を越えて行軍し寒さに喘ぐ軍隊の出で立ちのようだ。
ふとまりさは、前方からこちらにやってくるゆっくりに気付いて視線を向けた。
見ると胴付きのゆっくりゆうかが重い足取りで折れて拉げた日傘を杖代わりにして歩いており、
チェックの服と袖を通したシャツはところどころ破られ、淡いエメラルドグリーンの髪が乱暴に跳ね上がっていた。
その姿と同期した様に眼も虚ろで焦点はおぼろげ、どうやら深い傷を負っているらしく端正な顔立ちにはっきりと死相が現われている。
「……はぁ……はぁ……」
すれ違い様にゆうかの掠れた吐息が伝わる、脆弱な息遣いは命の灯火が限りなく小さい事を訴えている。
まりさはありすの死後、ゆっくりの死や自分の死について考える様になった。
あのゆうかに何があったのかは知らないが、きっとありすと同じに無機質なゆん生の終幕を迎えるのだろう。
消えていく者の哀愁は酷く寂しく、見ていられなくなったまりさが視線を前に戻そうとした時、ゆうかはその場で砂埃を上げて倒れ込んだ。
気付けば恐らく自身も驚く程に無意識に、街ゆっくりの列から離れゆうかの前に立っていたまりさ。
民家のコンクリートの壁に寄り掛かり、肩で息をしているゆうかを見てまりさは萎れる。
「ゆゆっ、まりさっ!?なにやってるの?」
まりさが列から脱線したのに気付いて隣を歩いていたれいむが慌てて追いかけてきた。
「きゅうにれつからはなれてどうしたの?」
「……このみなれないゆっくり……」
「ゆ?そいつはゆうかだね、えきまえのかだんでおはなさんをどくせんしてるわるいゆっくりだよ!!」
正確には花壇で花の世話をしているだけで、独占している訳ではないのだが、
花壇を荒らそうとするゆっくりに容赦ない姿勢が、少なくともこのれいむに悪いゆっくりと認識させてしまっているようだった。
「ゆぷぷっ、いいざまだよ!おはなさんをひとりじめしたばちがあたったんだね!」
れいむはケラケラと乾いた笑い声を上げて、ゆうかの不幸を面白がっている。
そんなゆうかを不憫に思ったまりさはお帽子の裏から、ぱちゅりーが出立前に渡してくれた暴君ババネロを取り出してその場に置こうとする。
だが、それに気付いたれいむが素早く揉み上げのピコピコでそれを取り上げて公然と怒鳴り散らした。
「まりさっ!?なんでそんなことするのっ!?ばかなの!?ばばねろさんはたいっせつっなんだよ!!」
「でも……かわいそうだよ、ほうっておけないよ!」
「ゆーん、じゃあれいむはもうなにもいわないよ。でもまりさがどんなにしにっそうっになってもれいむのからむーちょさんはわけてあげないよ!」
呆れた顔をしたれいむがピコピコで持ち上げた暴君ババネロをゆうかの前に置き直すと、不満気に半開きにした眼をしてまりさの様子をジッと伺う。
まりさはしたり顔のれいむと青白い顔をしたゆうかを交互に見比べて唸った。
このゆうかに暴君ババネロを差し出したとしてこのゆうかが助かるかどうかなんて分からない、
むしろ今の状態を見る限りたかが知れている僅かな食料だけで死地を脱するとは到底思えない。
でも誰かが永遠にゆっくりするのは見ていられない、ありすだってそうだ、死んでいった街ゆっくりの皆も、この見知らぬゆっくりも、
そう思ったからこそまりさはゆうかの前に立ったのだと、自分を納得させ列に戻ろうとしたまりさの動きが何故かピクリと止まり硬直する。
けれどこれで自分自身が死ぬとしたら――。
その思考にまりさが囚われた時、一瞬にして脳裏にありすの死に顔が鮮明に蘇った。
「……ゅっ!」
よろよろと重くなった右腕を精一杯持ち上げて、暴君ババネロを手にしようとしたゆうかの手を慌てて振り払い、まりさはそれを取り戻した。
「ゆゆーん、そうだよ。よのなか『じゃくにくっきょうしょくっ』なんだよ!まりさはまりさのことをいちばんにかんがえないといけないんだよ!」
「……ゆぅ……」
一部始終を見ていたれいむはほっこりとした笑顔を作り頷いた。
まりさは申し訳なくも思いながら、命の繋ぎとなる暴君ババネロを大事そうに帽子の中に入れ、れいむと2匹で街ゆっくりの列に戻る。
交差点の角にまで差し掛かった辺りで、まりさは一度だけ振り返るともうそこにゆうかの姿はなかった。
それから無事に仕事を終えたまりさは、冷たくなった身体を震わせながら公園に戻るといつもの様にゆっくりフードを受け取って帰宅した。
「ゆっくりただいま……」
「ゆっ、くずていしゅがかえってきたよ!ゆっくりしないできょうのごはんさんをよこすんだよっ!!」
「くしょどりぇい!きゃわいいれいみゅがうんうんしゃんをしちゃよ!くじゅくじゅしないでかたじゅけちぇね!!」
帰ってくるなり早速と罵倒を浴びせ憎たらしい顔をニヤつかせて今日の稼ぎを要求するでいぶと、
すっかり子ゆっくりサイズに成長した子れいむが、でいぶと肩を並べてまりさを貶し咎めた。
「おちびちゃんっ、まりさをどれいよばわりしちゃだめっていってるでしょ!」
「くしょどりぇいはくしょどりぇいだよ!うんうんしゃんがくちゃいよ、ゆっくちしないでしょりしちぇね!のろまなぐじゅはきらいだよ!!」
子れいむはまりさを親と思っていなかった、それどころか自分よりも劣った存在と認識しまりさを奴隷と呼ぶ様になっていた。
更にその成長した姿はどこか歪で茄子型にぷっくりと下腹部の妙な膨らみを作った、運動不足を示す典型的なおデブさんで、
あろうことか未だに赤ゆ言葉が抜けておらず、未発達な姿はまりさが外で見掛ける同年代の子ゆっくりと比べると明らかに異端であった。
これらの未成熟な姿には全て親であるでいぶの影響が色濃く現われていた。
おちびちゃんとゆっくりしたいからという理由で保育園に通わせるのを独断で止めさせ、毎日碌な運動もさせず、
おうちで好きなだけ寝て過ごし、役に立たない音程の外れたお歌を唄っては「とってもゆっくりしている」と褒めちぎっていれば、
苦労のくの字も知らない子れいむは我侭で自己中心的なゆん格を形成し、まりさの悩みの種になるのは仕方がない事だろう。
「むーちゃむーちゃ、しあわちぇぇえええええぇ!!!」
すっかり肥えた頬を動かしくちゃくちゃと下品な音を立ててゆっくりフードに齧り付く子れいむ、
ボロボロと食べ粕を溢し、その落ちた破片を卑しくも舌で掬い取ろうと部屋中をなぞり涎塗れにし、小汚い尻を振っては原始的な食事を楽しんでいる。
この節操を知らぬ惨めな我が子の姿に心を痛めたまりさは何度もぱちゅりーに相談したが、
冬というゆっくりにとって特殊な季節はぱちゅりーに様々な課題を与え、まりさの家族に時間を割く事が出来なかった。
「ゆーん、れいむのおちびちゃんとってもゆっくりしてるよ!ごはんさんをたべおわったら、いっしょにおうたをうたうよ!」
「ゆっきゅりりかいしちゃよ!れいみゅはむれのあいどるになっちぇ、みんなからあみゃあみゃしゃんをさくしゅするよ!」
「ゆふふっ、おちびちゃんならすーぱーあいどるになれるよ!れいむにもあまあまをわけてね!」
そのふてぶてしい形と腐った歌声で崇拝の的になろうなんておこがましいにも程があると、世間知らずな2匹を横目にまりさは項垂れる。
そんな2匹に嫌気がさしてまりさは視線を逸らしていると、でいぶや子れいむと少し距離を置いて蹲っている子まりさと目が合った。
どうせ子れいむ同様に拒絶されるのだろうと、半ば諦め気味に眺めているとどこか様子がおかしいのに気付いてまりさはギョッとなった。
凝視した子まりさの顔は酷くやつれており体型は明らかに痩せ細り、生気を欠いた眼差しが覇気のなさを現している。
「れいむっ!!」
「ゆっ!おうたのれっすんのじゃまをしないでね!れいむのおちびちゃんはみらいのすたーなんだよ!!」
戯言を無視してでいぶに近付くと、まりさは凄みを利かせて強い口調で問い質す。
「おちびちゃんのげんきがないよ!!れいむはちゃんといくじをしてるの!?おちびちゃんのたいちょうかんりはおやのつとめだよ!!」
「ゆっ?おちびちゃん??」
まりさが目配せした方向の子まりさを見てでいぶはにんまりと頬を緩めて笑った。
「ゆゆーん、あれはまりさにのおちびちゃんだよ。くずににたおちびちゃんがれいむのおちびちゃんとどうれつなんておかしなはなしだよ!」
「ふっ、ふざけないでねっ!!おちびちゃんにゆうれつをつけるなんてははおやしっかくだよ!!」
「ゆぶぅううー!!ばかいわないでね!!なんでれいむがあんなぐずのめんどうをみないといけないの!?いっしょにいるだけでもかんしゃしてほしいくらいだよ!!!」
「ゆぐぐっ……!」
でいぶは頭の足りないれいむ種によく見られる同種の子供にのみ愛情を注ぐ差別思考が見受けられた。
子まりさが栄養失調気味なのは言うまでも無く、まりさの稼ぎをちゃんと分配せずでいぶが差っ引いていたからだろう。
もはや贔屓と呼べる状態を超過し、児童虐待の域に達してしまっている深刻な事態だ。
もっと早く気付くべきだったと、家庭を蔑ろにした非を認めたまりさは自分を責め甚く反省をし、
元気のない子まりさを咥えておうちの外に出ると、でいぶが追ってこないのを確認してお帽子の裏から取り出したゆっくりフードをおちびちゃんに差し出した。
「おちびちゃん、これをたべてね……!」
「……おいちそうな、においがしゅるのじぇ……むーちゃ……むーちゃ……」
ただでさえ難癖を付けて稼ぎの取り分を多く要求するでいぶ対策に、予め取り除いて避難しておいたゆっくりフードの一部をまりさは分け与えた。
顔色が悪かった子まりさは、久方振りに味わったご飯をやつれた顔で嬉しそうに頬張ると「ちあわせー」と小さく歓喜の声を上げた。
「まりさははんせいするよ……おちびちゃんがこんなになってたのにきづかなかったまりさはちちおやしっかくだよ……」
「おちょーしゃん……しゅーりしゅーりしてほしいのじぇ……」
「ゆっ!?」
食事を終えた子まりさがまりさの頬に寄り掛かってスキンシップを図ろうとしているのを見て、まりさは感情が昂るのを覚えた。
もう随分と触れ合っていないお肌の寄せ合いに、まりさは目尻に涙を溜め込みながら微笑んでそれに応えた。
「おちびちゃんっ!やってあげるよ!!……いっぱいすーりすーりしてあげるよ!!」
「ゆぅうん……おちょーしゃん……」
弱々しい力で精一杯に身を引っ付けようとする子まりさを愛おしく思い、まりさは決心する。
「まりさのおちびちゃんはなにがあってもまもるよ……!」
それからまりさは、でいぶを強引に説得して子まりさだけでも保育園に通わせる事と、ゆっくりフードを均等に分け与える事を約束させた。
まりさが初めて見せる高圧的な態度に怯み、でいぶが渋々承諾した形だがその不満気な仏頂面は真に納得したとは思えなかった。
それ故に不安は拭いきれないが、まりさはでいぶに誓わせた言葉を信じゴミ集め中の留守を任せる事にした。
※後編に続きます
自業自得 差別・格差 育児 親子喧嘩 番い 群れ 赤ゆ ゲス 希少種 都会 現代 人間なし まりさのゆん生転落劇その2
「むきゅ、みんなのおうちはむこうにあるわ」
街ゆっくりの長であるぱちゅりーの先導でまりさ一家は公園の奥へと歩みを進めていた。
飼い主との唐突な別れを理不尽に押し付けられたまりさの表情は未だに晴れる事無く、
甘い糖質でなぞられた涙の跡が眼の下の隈を思わせる様に染み付き、頬から顎下に掛けて濃い線を残している。
まりさの自慢だった銀バッジは既にお帽子になく、その代わりに、
飼い主のお兄さんと入れ替わりにやってきた街ゆっくりの管理を請け負っているNPO法人『街ゆっくり友の会』の会員である初老の男性が、
連絡を受けて真新しい街バッジをお帽子に装着してくれた。
まりさの前を歩いているでいぶも子供達も、お揃いの街バッジがお飾りの上で踊っているが、
それを見るたびにまりさは現実を突きつけられる気がして、居た堪れない気持ちを抱いたまま視線を落として雑木林の奥を目指す。
「ついたわ、ここがきょうからまりさたちのおうちよ」
「ゆっ……!?」
林の向こうに拓けた平野の隅に置かれた多くの箱を見てまりさは思わず絶句した。
箱はずらりと向かい合わせで二列に並べられており、良く目を凝らせば、その箱の中に大勢のゆっくりたちが身を寄せ合っている。
おうちと紹介された場所が木作りの大き目な飼育箱であった事実にまりさはただただ驚愕を覚えるだけ、
ついさっきまで飼いゆっくりであったまりさには、これが到底おうちと呼べる代物に思える筈がなかった。
もっと大きくて広々としていてテレビがあってふかふかの座布団があって――。
想像していた当たり前の光景が一転し、せいぜい一家族が押し込める程度の、
まるで監獄を思わせる狭苦しい箱がこれからの生活スペースだと言われてまりさは納得できる訳がない。
「ま、まってね!こんなちいさなはこさんがおうちなのはおかしいよ!」
「むきゅ?おかしい?」
ぱちゅりーは後ろに居たまりさをちらりと一瞥すると、眉を吊り上げて小さく嘲笑した。
街ゆっくりの長というだけあって、捨てられ都落ちしてくる飼いゆっくりを大勢見てきたぱちゅりーは、
まりさの心情を透かし見る様に代弁した言葉を紡いで目を細めた。
「こんなせまくてきたないところはゆっくりできない、とでもいいたそうね」
「そ、そうだよ!おうちはもっとおおきくて、きれいなところだよ!こんなところじゃゆっくりできないよ!」
「そう……」
まるで小馬鹿にしたようにぱちゅりーは冷ややかな眼でまりさを見下すと、その辺の草が茂った場所に視線を向けて、こう言い放った。
「おおきくてきれいなところがいいのならまりさはそのあたりをおうちにしていいわ、さっ、れいむとおちびちゃんたちはあっちのおうちにいきましょう」
くるりと身体を翻して、ぱちゅりーは立ち止まったまりさを置いて箱で作られた団地の奥へ向かおうとする。
慌てたまりさは声を張り上げてぱちゅりーを引き止めると、出し尽くして枯れた筈だった涙を再び目尻に浮かべて震えながら懇願する。
「ど、どうじでそんなごどいうのっ!?こんなどころはまりさのおうぢだなんておかじいよっ!!べつのおうちをよういじでね!!」
「あまえたことはいわないでね!どんなにまりさがぱちゅりーにだだをこねても、まりさののぞむおうちはよういできないわ、
ここではこれがあたりまえよ!それがふゆかいならそのばっじさんをおいてどこへなりともいくがいいわ」
「ゆぅううっ……だってっ……だってぇ!」
「むきゅぅ、にどはいわないわ、じぶんでかんがえてじぶんでけつだんしなさい」
やや厳しく突き放す口調でぱちゅりーは吐き捨てると、
新聞紙をクシャっと丸めたような表情を浮かべてポロポロと涙を流すまりさに背を向けた。
街ゆっくりシステムがこの町に導入され、先代の長からこの群れの任されたぱちゅりーは、
今までに数多くの飼いゆっくりがこのまりさの様に捨てられ街ゆっくりになる姿を見てきた経緯があった。
純正の街ゆっくりたちより知性が高く素行も大人しく素直な個体であることは変わりないのだが、彼らには総じて欠点と言うべき劣った部分がある。
その一つが生活力の無さだ。
飼い主に頼り切ったゆん生を送ってきた飼いゆっくりは、他人に頼る事を前提とした生き方へと思考が偏ってしまう傾向がある。
当たり前の様に運ばれてきた美味しいご飯を何の疑問も抱かず食べ続けていれば、
それが当然だと刷り込まれ餡子脳が麻痺していくのは当然と言えるかも知れない。
こうしたゆっくりにまずぱちゅりーが何をするのかと言えば、甘えた根性を徹底的に叩き直す事だ、
我侭を言えば突き放し、癇癪を起こせば無視を決め込み、駄々を捏ねれば叩き付ける。
元々自分だけでは生きていけないゆっくりであり、どんなに当ゆんにとって厳しい事を言ったとしても、
その知性の高さから未知への恐怖だけはよく理解している故に逃げ出すことは出来ない。
「ゆぅううっ……」
結局まりさも、ぱちゅりーの思惑通り恨めしそうに唇を噛みながら後を付いて来た。
そしてついに到着したまりさ一家のおうちは、遠くから見るよりも遥かに汚らしくみすぼらしい貧相な外観の文字通りの簡素な箱だった。
「さっ、ついたわ。このおうちはじゆうにつかっていいわ」
「ここが……まりさのおうち……」
箱の側面、入り口に当たる部分に使い古しの暖簾が掛かっている、
まりさが徐に中を覗くとそこには床一面に薄汚れた毛布が敷き詰められているだけの小さな空間だった。
毛布は外から吹き込む砂でざらついており、前に住んでいたであろう家主のゆっくりがこびり付けたうんうんの跡や食べ粕がそこら中に散らばっている。
「きたないところだよ!くそじじいをどれいにしてせれぶなかいゆっくりになるよていだったのに、ひどいかくさだよ!まったく!」
しかめっ面のでいぶがそう言いながらも箱に入ると、ずてんと大きな物音を立てて奥の一角を陣取った。
遅れて赤ゆっくりの姉妹も入室するが、その表情は暗く何故か先ほどから一言も言葉を交わしていない。
「むきゅ、きょうはいろいろあってつかれたでしょう、またあしたよびにくるからもうやすんでいいわ」
「わかったよ……」
「わからないことがあったらぱちゅりーにききにくるのよ、いいわね?」
それだけ言い残して元来た道を引き返していくぱちゅりー、このままここで突っ立っていても仕方ないのでまりさはおずおずとおうちに入る、
暖簾の隙間から差し込む日差しだけが光源の薄暗い箱の中、まりさは心地の悪さから息詰まり感を覚えずにはいられなかった。
「まりさはうそつきのどうしようもないていしゅだよ!れいむをかいゆっくりにしてくれるやくそくをどうしてくれるの!?」
陣を構えたでいぶがこれまでの鬱憤を晴らす為か唐突に声を荒げた、
キィっと口を歪めて右眉毛だけを吊り上げた姿は臆病なまりさを怯ませるに十分な迫力だった。
「れ、れいむ……ご、ごめんね!まりさもこんなことに……こんなことに、なるとはおもってもみなかった……んだよ……」
「あやまってすめばけいさつさんはいらないよ!まったく、つかえないていしゅだよっ!」
ぷりぷりと余分な肉を震わせ涎を撒き散らしながら罵り続けるでいぶ、
繰り出される罵倒の数々にどうしてこんなにゆっくりできないでいぶと一緒になる事になってしまったんだろうかとまりさは頭を抱えながら溜め息を付くと、
でいぶに寄り添って密着していた我が子の存在を取っ手付けたかのように思い出して顔を上げた。
「そうだよ!まりさにはまだおちびちゃんたちがいるよ!おちびちゃん、まりさといっしょにゆっくりしようね!」
赤まりさに近付こうとした瞬間、まりさは予想だにしない拒絶を受けた。
「うるしゃいよっ!!だまっちぇねっ!!」
一瞬硬直して立ち止まったまりさ、見下ろした最愛の我が子が発した言葉が自身を受け入れない拒否の言葉だと気付いて後ずさる。
視線を落とせば、キュッと口元を強く結んで鋭利な視線を投げかけている赤まりさがでいぶの横に佇んでいる。
その隣の赤れいむも同様の表情を浮かべたまま不慣れな為か歪に膨らんだぷくーっをまりさに向けて峻拒の気概を示している。
「お、おちびちゃん……ど、どうしてまりさにそんなことするの!?いっしょにすーりーすーりーしようよ!!」
「ちかづかないじぇっていっちぇるでしょ!!れいみゅをいらないこあつかいしゅるぐじゅおやはきえちぇね!!」
れいむを要らない子扱いする愚図親――。
そのフレーズにまりさはたじろいだ。
子供達のこれらの態度は、さっきの飼い主のお兄さんとのやり取りの最中、まりさが思わず発してしまった一言、
『もうおちびちゃんなんかいらないからまりさをおうちにかえしてよぉ!』の反発から生まれたものだった。
子供達の心を傷付けたと知ったまりさは慌てて取り繕いを始めるが、既に遅く完全に時期を逃してしまっていた。
「あれはちがうんだよ!おちびちゃんはまりさのたいせつなおちびちゃんだよ!だから――」
「ちがわないよ!ぐじゅおやはまりしゃのおちゅーしゃんじゃないよ!!まりしゃはおかーしゃんとしゅーりしゅーりするよ!!」
「ゆふふっ、さすがはれいむのかわいいおちびちゃんだよ!あんなだめていしゅはほっといてみんなでゆっくりするよ!」
でいぶも子供達に親としての優劣を付けられた事で、ご満悦といった感じにドヤ顔を作ると、
その体型の為かやや野太くなった左右のピコピコで赤れいむと赤まりさを寄り添わせ頬を重ね始めた。
「ゆふーっ、おちびちゃんはとってもゆっくりできるよ!」
「ゆーん、おかーしゃんはおおきくてあっちゃかいよ!」
「ゆぅうっ、まりざのっ、おちびちゃん……」
結局まりさは3匹の寄り添う姿を羨ましそうに眺める事しかできず、その日はまりさは一度も子供達と触れる機会が与えられなかった。
日を跨ぎ深夜になった頃まりさは目が覚めた、正確には急激な環境の変化に対応出来ずはっきりと睡眠を取ったという感覚がないので、
一時のまどろみから開放されただけに過ぎないが、まりさは徐に冴えた頭を振ってでいぶと密着して寝息を立てている子供達を見下ろした。
昼間の憤怒の表情はなくすやすやと心地良さそうで何か楽しげな夢でも見ているようだ。
暖簾の隙間から吹く風がまりさの小麦粉の肌を叩く、秋の夜ともなればひんやりと軽い冷気を纏っていて身が疼く。
「ゆぅ……」
どうしてこんな事になってしまったのか、でいぶもおちびちゃんもまりさを全くゆっくりさせてくれない、
お兄さんが言っていた多過ぎるゆっくりは人間にとって毒だと例えた意味が今なら何となく理解出来るかも知れない、
とそんな事を思いながらまりさは再びあんよを休ませ、眠りの準備を始めるも眼は冴えるばかりだ。
不意に強く吹き込んできた風が暖簾を押し上げると、箱の中から見えた空が月を隠すほど酷く曇っていて、
まるでまりさの心情を映し出したかのような風景がそこに広がっていた――。
―――――――――――――――――
翌日、まりさは近所の駅前で大勢のゆっくりたちの中に混じり、投げ捨てられた空き缶やお菓子の袋などのゴミを集めていた。
ようやく眠りにつけたと思った矢先、まだ太陽が顔を出す前の夜明け前、まりさは迎えに来たぱちゅりーに叩き起こされ、
気が付けば公園から離れた駅前にまで連れて来られていた。
これが街ゆっくりの日課となるゴミ収集と教えられたまりさであったが、この世に生を受けお兄さんに飼われてから此の方、
時計の時針が8を指す時間以降にしか起きた試しが無く、太陽が昇る前の暗がりと東の空が僅かに白い光を宿した真空の世界はまさしく未知の経験だった。
こんなに冷たくて眠くてゆっくりできない時間に、どうして街ゆっくりのみんなはあんなに必死にゴミを集めているのだろう。
周囲のゆっくりたちを半ば内心で馬鹿にしながらも覚束ないまま作業を続けるまりさは、他のゆっくりよりも幾分か重い足取りでゴミを集めていた。
「まりさっ!あぶないよー!わかってねー!」
急に誰かに名前を呼ばれたかと思い振り返ると、まりさの顔面に丸い物体がぶつかり激しく転倒した。
「ゆぐゅっ!!な、なにずるのっ!?」
ぶつかってきた物体が丸まったゆっくりちぇんだと知って、赤くなった顔を痛みで震わせながらまりさは抗議した。
すると派手に転んだちぇんもむくりと立ち上がり、頭から湯気を上せて怒っているまりさと対峙する。
ちぇんはつい最近成体になったばかりの若いゆっくりのようで、まりさより一回り小さいがその眼付きはどこか鋭い。
「まりさはどんかんなんだねー、わかるよー。さっきまりさはにんげんさんのすぃーにひかれそうだったんだよー
ちぇんはぜんいでたすけてあげたのに、まりさはわからないんだねー」
「ゆっ……にんげんさんのすぃー?」
さっきまで居た場所を見ると、大きな車が物凄い速さで駆け抜けて行くところだった。
ひゅんっと中枢餡が一瞬にして冷え切ったような気がして、まりさは息を呑んだ。
「こんなのろまなまりさはあいてにしてられないよー、ちぇんはごみさんをあつめるよー」
まりさがお礼を言う間もなく、ちぇんはゆっくりらしからぬ早さで駅前のロータリーに向かうと、尻尾に結んだゴミ袋に空き缶を詰め込み始めた。
間も無くして太陽が東の空に浮かんで見えたところで、ぱちゅりーの号令が掛かった。
「あさのごみあつめはここまでよー、もうすぐにんげんさんのしゅっきんじかんだからゆっくりしないでかたづけるのよー!」
「「「ゆっくりりかいしたよー」」」
夢中になってゴミを漁っていたゆっくりたちがぱちゅりーの声に感化して呼び掛けに答える。
素早く準備を終えると整列して公園に戻る街ゆっくりたち、
まりさのゴミ袋は底に僅かなペットボトルのキャップや紙屑が入るに留まっているが、他のゆっくりはそれなりの量を確保したようだ。
公園に到着すると、ぱちゅりーの側近であるありすやみょんがゴミの集計に入る。
一列に並んでゴミを回収し、ついにまりさの番になった。
「あら、すくないわね。ごごのごみあつめはもっとたくっさんあつめるようがんばりなさいね」
そう言ってありすはまりさからゴミを受け取ると隣のみょんがまりさに小包を手渡した、今日のご飯であるゆっくりフードだ。
まりさはご飯を受け取って久しぶりにパァッと明るい笑顔を作るが、小包のそれが思った以上に軽く、その笑顔は直ぐに崩れた。
「ゆー……これだけじゃすくないよ!もっとたくっさんっごはんさんがほしいよ!
さっきのちぇんはいっぱいごはんさんをもらってたよ!!どうしてまりさはこんなにすくないの!?」
「ぜいたくいっちゃいけないみょん、まりさはごみさんをたくっさんっあつめられなかったからしかたないみょん」
「まりさはいなかものねぇ……ここのはいきゅうはぶあいせいなのよ、おなかいっぱいごはんさんがたべたかったらごみさんをいっぱいあつめることね」
「そ、そんなっ……」
後ろで待ち草臥れたれいむに背中を押され、列から弾き出されたまりさは、俯いたまま雀の涙程度の小包をおうちに持って帰ると、
きりきりと歯軋りを立てて、頭から煙を噴出したでいぶが仁王立ちして待っていた。
「おそいよっ!れいむとおちびちゃんはおなかぺこっぺこっだよ!!いつまでもまたせないでね!!」
まりさはまりさなりにも産まれて始めての重労働を必死にこなして来たと言うのに、でいぶは労いの言葉を掛ける訳も無く横柄な態度を取るばかりだった、
それでもまりさはでいぶの威圧的な姿が怖く、うんざりとしながらもへらへらと作り笑いを浮かべて小包を差し出した。
「なんなの!?ぜんっぜんったりないよ!!これっぽっちでれいむのおちびちゃんがまんぞくするわけないでしょぉお!!ふざけないでねっ!!」
小包を乱暴にピコピコで取り上げたでいぶは器用に封を開けると、中身の少なさに憤怒してまりさに迫った。
待たせたことは仕方ないにしても、やっとの思いで稼いだそれを馬鹿にされてまりさは反論せずにはいられなかった。
「だったられいむもてつだってね!まりさはにんげんさんのすぃーにひかれそうになったりしてたいへんだったんだよ!!」
「ばかいわないでね!れいむはこそだてがおしごとなんだよ!!かりはおっとのしごとなんだよ!!
そんなこともわからないなんてほんとうにまりさはぐずなていしゅだよ!」
「ぐじゅおや!ぐじゅおや!!はんせいしゅるんのじぇ!!」
隅を見れば相変わらず密着していた赤れいむと赤まりさが、でいぶの肩を持ちまりさを捲し立てる。
この場では味方がいないまりさは次第に萎縮し口数を減らしていった。
「ゆふーっ、おちびちゃんのいうとおりだよ。まりさがおやのつとめもはたせないようじゃおちびちゃんがかわいそうだよ、れいむはなさけなくなるよ!」
「ゆぅうう……」
結局言い返せば言い返すほど深みに嵌まると理解したまりさは貝の様に口を噤んで黙り込んでしまう。
それでも自分に楯突いたまりさを許せないのか、でいぶはこめかみに青筋を立てて罵倒を続け、
ついにはまりさの努力の結晶である今日の稼ぎを勝手に独占し、赤ゆっくりとでいぶだけでそれらを食らい尽してしまった。
文句も言えずまりさは部屋の隅で押し黙ったまま、でいぶと子供たちがべたべたと湿った舌を暴れさせゆっくりフードを頬張る姿をただ見つめることしか出来なかった。
―――――――――――――――――
あの日から数週間が経過した、相変わらずまりさは不器用で収入は少なく街ゆっくりの一員として馴染む事も出来ず、
日課のゴミ収集を黙々と孤独にこなす日々が続いていた。
まりさのおちびちゃんは、でいぶが猛烈に反対したもののぱちゅりーの強い勧めもあって同年代のゆっくりたちを集めた保育園に通わせる事となり、
飼い主のお兄さんが心配したような不幸な事故も起こらず着実に成長していったが、相変わらずまりさとの関係に埋まらない溝を作ったままだった。
午後のゴミ集めで、近くの河川敷に来ていたまりさは街ゆっくりたちの集団から離れ橋の下でゴミを探していた。
そんなまりさに1匹のゆっくりが近づいてきた、気配に気付いたまりさが振り返るとそこには年季の入った汚らしいカチューシャを装着しているゆっくりありすがいた。
その身形から一目で街ゆっくりの中でもかなりの古参であると見抜いたまりさは警戒しながら軽く会釈すると、対照的にありすは頬を緩めて小さく笑った。
「こんにちわ、まりさ。いっしょにゆっくりしていいかしら?」
「……ゆぅ、まりさはごみさんをあつめてるんだよ……ゆっくりはできないよ……」
「ゆふふ、そうだったわね」
ちらりとまりさがありすのゴミ袋を一瞥すると、そこには既に大量のゴミが詰まっていた。
あれだけ必死に頑張っていたまりさは、目の前のありすの半分にも満たない事実に恥ずかしくなって、
視線を逸らしゴミ収集を再開するが、ありすがそれを引き留めた。
「まりさ、よかったらありすのごみさんをわけてあげるわ」
「ゆっ!?わ、わけてくれるの?」
突然の提案にまりさは目を輝かせるが、それがお零れを貰う事だと気付いて表情を曇らせる。
この過酷な環境に僅かながらまりさにも本能と呼べる闘争心、プライドが蘇り始めていたからだろうか、
まりさは首を振ってありすの好意を受け流した。
「やっぱりいらないよ……まりさはじぶんのちからでごみさんをあつめるよ……」
「あら、きをつかわなくてもいいのよ。ありすはありすだけのごはんさんがあればじゅうぶんだから、こんなにひつようないのよ」
「ひつようないの?……だとしてもどうしてまりさなの?」
妙に馴れ馴れしいありすに困惑しながらもまりさは尋ねると、ありすは困ったように微笑んでまりさの円らな瞳を凝視した。
「ありすもおなじよ」
「おなじ?なにがおなじなの?」
「ありすもまりさといっしょでもとかいゆっくりだったのよ」
突然のカミングアウトにまりさはどう返事をしていいか迷っていると、ありすはここではないどこか遠いところを見ながら話を続けた。
「ひとりぼっちのまりさをみてるとなんだかむかしのありすをおもいだしてしまったのよ……あぶなっかしいまりさがどうしてもきになっていたの」
「ゆっ、あぶなっかしいはよけいだよ!」
「ゆふふ、ごめんなさいね」
ありすは今までにまりさが出会ったどのゆっくりよりも、とてもゆっくりしていた。
街ゆっくりの皆は本当の意味での『ゆっくり』を知らない者ばかりだが、まりさは嘗て経験した幸せの時の残り香をこのありすから仄かに感じた気がした。
ありすは色んな事を話してくれた、まりさもそれに応える様に今までの出来事を沢山話した。
まりさが捨てらた経緯や番のでいぶは全然ゆっくりしていない事や未だに懐かないおちびちゃんの事やまりさ自身の事など。
話の途中で感極まったまりさは思わず涙を滴らせてしまい、ありすが優しく宥め頬を擦り合わせた。
「だいじょうぶよ、ありすがそばにいるわ。さみしくなんかないわ」
「ゆぐぅっぅ……ゆぐっ……」
番がいる成体ゆっくりが他のゆっくりと頬を擦り寄わせるのはゆっくりの一般常識から言えばモラルに反する行為であったが、
介抱を受けるまりさは疚しい気持ちも一切の後ろめたさも感じてはいなかった。
これがまりさが唯一心を許したゆっくりありすとの出会いだった。
彼女は群れの中でもかなりの古株で、先代の長ぱちゅりーが台頭していた時代を知る数少ないゆっくりであった、
そんなありすはこれまで培ってきた経験を活かして無知で未熟なまりさに様々な助言をしてくれた。
神社や河川敷でゴミが集まりやすい穴場のポイントや、鉄線が張り巡らさせている危険な場所があることや、
街バッジを奪おうとする悪い野良ゆっくりのことや、街ゆっくりの中に他ゆんのゴミをこっそりくすねるゆっくりがいることなど、
どれもこれもまりさには全く知らなかった情報の数々で甚く感心するが、その中でも効率のいいゴミ集め法はとんでもない切り口でまりさは驚嘆を隠せなかった。
「あのにんげんさんのおばあさんならきっとだいじょうぶよ、さあ、やってみて!」
「ゆっくりりかいしたよ、まりさはやってみるよ!」
後日、駅前のコンビニのゴミ箱の後ろに身を隠していたまりさとありすは、こちらにやってくる着物姿の老婆を見て素早く表に飛び出した。
まりさは老婆を呼び止めると、顔中を皺だらけにした老婆は何事かとやや驚いた表情を作った。
「にんげんさんのおばあさんっ、まりさにそのごみさんをわけてね!」
たったそれだけ言うと、まりさは口を噤んでおっかなびっくりに老婆を見上げた。
すると老婆は二カーッと黒ずんだ歯を見せてカラカラと特有の笑い声を発しまりさの頭を撫でた。
「これがほしいのかい?あぁいいよ、もっておいき」
「ゆっ!?お、おばあさんゆっくりありがとう!!」
まりさに小さな袋を手渡すと老婆は手を振って駅の構内に消えていく、まりさは嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねてありすに近付き、
老婆から受け取ったそれを自分のゴミ袋へと詰め直す、中に入っていたのは家庭ゴミの一部でお菓子の箱などであり、まりさのゴミ袋は直ぐにパンパンに膨らんだ。
「ゆぅうーっ!やったよ、ありすのいったとおりだったよ!」
「よかったわね!これだけあればまりさのおちびちゃんもきっとよろこんでくれるわ」
「ゆーん、これもぜんぶありすのおかげだよ!」
ありすの提唱したゴミ集め法とは、駅前のコンビニで待ち伏せ今まさにゴミを捨てようとしている人間から譲ってもらう事だった。
一見すると本来の美化活動から逸れた抜け駆けとも言える姑息な手段ではあるが、
ゴミを収集するに当たり明確なルールは決められていないのでグレーゾーンではあるもののこれらは全て一様にまかり通った。
無論こういった手法が蔓延するようになれば街ゆっくりが社会と共存する為の基盤が崩れ問題化するのは目に見えているので、
他の誰かに気付かれない様に細心の注意を払いながらこっそりと行うに留まっている。
「いいわね、なんどもいったけれどはなしかけるのはにんげんさんはおんなのひとにするのよ、それからひつよういじょうにしゃべらないこと」
安全面を考慮しゆっくりを良く思っていない人間と鉢合わせても直ぐに手を出す確立が少ない女性を選ぶ点は、ありすの知性の高さは如実に現していた。
ありすの狡猾さと暖か味はまりさを惹かれさせるのに十分な魅力に値した。
まりさはおうちで関係が冷え切ってしまった家族と居るよりもありすと一緒にゴミを集めるほうがとてもゆっくりできると感じ、
日に2回あるゴミ収集が楽しみで仕方が無かった。
そうして間抜けなところは多々あるものの物を覚える力があるまりさは、ありすの教える知識をまるで乾いたスポンジの様にどんどんと吸収していき、
2週間もすればまりさは街ゆっくりの中でもゴミを集めるのが上手い、狩り上手と称えられる程に腕を上げ長ぱちゅりーに一目を置かれる様になっていった。
だが、まりさのささやかな幸福は突然と打ち砕かれた。
ありすの事故死によって――。
突然の訃報を聞き息を切らせて公園の広場に向かったまりさはそこで信じがたい光景を目の当たりにした。
「むきゅ……まりさ……」
「う、うそだよ……ありずがっ、どうじでごんなっ……!」
そこには群れの共通の運搬道具として活用されているかつてはまりさの私物だったすぃーに、
頭をちょうど真っ二つ割る形で窪みを作り、黒いタイヤの跡を一直線に残したありすの無残な死体が乗せられていた。
運んできたみょんやれいむがありすの死骸を重たそうにすぃーから降ろすと、新聞紙を敷いた地面の上に転ばせた。
年季の入ったカチューシャもありす同様に真っ二つに圧し折れ、物言わぬ骸と化した主人に寄り掛かっている。
「ありずぅううっ、おめめをあげでよぉおおっ!!!どうじでっ、どうじでぇえええ!!」
その日のゴミ収集はたまたま2班に分かれて行われた為、まりさは神社、ありすは駅前のそれぞれ別の清掃活動に従事していた。
事故があったのは帰り際だったそうで、後ろから猛スピードでやってきた自転車に乗った高校生に轢き潰されたらしい。
周囲のヒソヒソ話を耳にして大体の状況を理解したまりさはよろよろとありすの亡骸に近寄り、
泣き崩れてゆんゆんと泣き腫らすと、ぱちゅりーがまりさの背中を突いてそれを静止した。
「まりさ、もうそのへんにしておきなさい。ごみさんをかいしゅうしてくれるにんげんさんがくるまでにありすのしょりをしないといけないわ」
「ゆぅうううっ!いやだよぉっ!!まりざはありずといっしょにいだいよぉおお!!!」
「いつまでもそうしてはいられないわ、みょん、まりさをひきはなしてちょうだい」
「わかったみょん、まりさっ、ゆっくりしないではなれるみょん」
「ゆぅううううっ、やべでよぉおお!!ありずぅううっーっ!!」
みょんにお下げを引っ張られずいずいと後退させられたまりさは、ぱちゅりーやれいむの手によって新聞紙で包まれるありすの最後の姿を目の当たりにした。
知り合って間もなく、限りなく短い時間を共有したに過ぎなかったが、それでもまりさの心の支えに成り得たありすとの関係はこうしてあっさりと途切れてしまった。
その現実を受け入れたくなくてまりさは頭を振って涙で頬を濡らしていると、死骸の処理を終えカスタードと死臭を僅かに纏ったぱちゅりーが話し掛けて来た。
「まりさはありすとなかがよかったわね、これからありすのおうちをかたづけにいくからいっしょにいらっしゃい」
「……わかったよ……」
ぱちゅりーの後を追って重い足取りで街ゆっくりたちの居住区である団地へ進む、
途中ぱちゅりーはありすと縁のあるゆっくりに話掛け、一緒にありすのおうちの片付けをする様に誘った。
ありすのおうちは団地の一番奥の角にあった、中に入るとありすの性格を現しているかの様に綺麗に整頓された室内が目に映る。
「このいすさんはちぇんがもらうよー」
「ゆーん、ふかふかのべっどさんだよ、れいむがつかってあげるよ!」
掃除をする為にやってきたゆっくりたちは、ありすの使っていた手作りの家具を次々に運び出していった。
ほんの少し前までありすの私物だったそれを何の躊躇もなく奪い去っていくゆっくりたちにまりさは腹立ちを覚えぱちゅりーに抗議する。
「ぱちゅりーっ!どうしてみんなありすのかぐさんをもっていっちゃうの!?ありすがっ、ありすがかわいそうだよ!!」
「もうありすがつかうことはないの……だからのこしておいてもしかたがないわ、それならだれかがつかってくれたほうがいいのよ」
ここではこれが当たり前の光景のようで、死亡したゆっくりに親族がいなければ私物を身近な者が引き取って構わないルールが敷かれていた。
ぱちゅりーの言い分も理解出来ない訳ではなかったが、まりさは喜々として家具を選別するゆっくりたちに心が無いと感じずにはいられなかった。
結局、まりさは他のゆっくりが家具を持っていくのを見守るしかなく、最後に誰も手を付けなかった物をぱちゅりーと一緒に運び出す事となった。
「これは……おぼうしさんっ……」
「むきゅー……こっちにはぼろぼろのしゃしんもあるわね……」
部屋の隅の一角に置かれたそれを手に取り、思わずまりさは驚いた。
それはまりさ種の黒いお帽子だった、サイズは小さく恐らく子ゆっくりサイズの物だと思われたが、
一体誰の物なのかは居合わせたぱちゅりーにも分からなかった、その形はまりさのお帽子とどことなく似ている気がした。
そしてぱちゅりーが手にした写真は、ありすの生前の、飼いゆっくりだった頃の姿を映した物だった。
まりさが徐に覗きこむとボロボロで掠れたそれの中にゆっくり用の毛糸のパンツに身を包み、
滑らかなブロンドの髪を揺らして満面に笑みを浮かべたありすと飼い主の女性と思しき人物と一緒に頬を寄せ合った姿がそこにあった。
写真の中で幸せそうな笑顔を振り撒くありすが、かつての自分の姿と重なりまりさは無意識に涙が溢れ出た。
きっと想像を絶する惨苦を経験し、今日にまで至ったのだろう。
こんな形でゆん生の幕を降ろす事になってしまった理不尽さに、
地べたを這いずり回ってでも懸命に生きようとしていた姿勢を一蹴し嘲笑う運命に、
まりさは途方もなく大きな壁を前にしている様な絶望感を知り、ただ平伏すしかなかった。
「にんげんさんっ、これがきょうのぶんのごみさんですっ、おねがいしますっ!」
「はい、ご苦労様。いつも助かるよ」
街ゆっくりたちが集めたゴミを回収しに来た人間の男性が業務用のゴミ袋に入ったそれを少し重そうに掲げて持っていった。
男の太い二の腕に揺られたゴミ袋の中にありすの死骸と大切に保管されていた黒いお帽子が一緒に混じっている。
ここで亡くなったゆっくりたちは文化的に埋葬されず、ああしてゴミと一緒に処分されるようで、まりさはその様子を押し黙ったまま見送った。
「ゆぅ……ありす……」
ありすの生前の姿を忘れない為に遺品として受け取ったボロボロの写真を徐に帽子裏から取り出すと、まりさは心苦しそうにそれを眺める。
ありすの死は、まりさが初めて直面したゆっくりの死でもあった――。
―――――――――――――――――
季節が秋から冬へ移り変わった。
ありすの死後、街ゆっくりの仲間たちが相次いで死没したり行方不明になった。
ぱちゅりー曰く、この季節は最もゆっくりが死ぬ確立が高いらしく一層警戒が必要な時期だとまりさは教えられた。
山や森に生きる野生のゆっくりは秋に備蓄した食糧を駆使して越冬を行うが、街ゆっくりにはゴミ集めという責務がある為にそうはいかないのが現状で、
支給された使い古しのゆっくり用毛糸のパンツを着込み、食すとその辛さから寒さに強くなるカラムーチョや暴君ババネロを携帯し、街の清掃活動に従事する。
だが街に居付いた野良ゆっくりに毛糸のパンツを奪われたり生命線の携帯食を食べ忘れたりして凍死する哀れなゆっくりは群れの中にも多く、気が休まる日はなかった。
そんな過酷な環境の中で今日も駅前へとゴミ収集に向かう一団に紛れてまりさが歩いていた。
各々に防寒着を身に纏い、口数少なく互いと目を合わせようともしないゆっくりたち。
さながらその姿は冬山を越えて行軍し寒さに喘ぐ軍隊の出で立ちのようだ。
ふとまりさは、前方からこちらにやってくるゆっくりに気付いて視線を向けた。
見ると胴付きのゆっくりゆうかが重い足取りで折れて拉げた日傘を杖代わりにして歩いており、
チェックの服と袖を通したシャツはところどころ破られ、淡いエメラルドグリーンの髪が乱暴に跳ね上がっていた。
その姿と同期した様に眼も虚ろで焦点はおぼろげ、どうやら深い傷を負っているらしく端正な顔立ちにはっきりと死相が現われている。
「……はぁ……はぁ……」
すれ違い様にゆうかの掠れた吐息が伝わる、脆弱な息遣いは命の灯火が限りなく小さい事を訴えている。
まりさはありすの死後、ゆっくりの死や自分の死について考える様になった。
あのゆうかに何があったのかは知らないが、きっとありすと同じに無機質なゆん生の終幕を迎えるのだろう。
消えていく者の哀愁は酷く寂しく、見ていられなくなったまりさが視線を前に戻そうとした時、ゆうかはその場で砂埃を上げて倒れ込んだ。
気付けば恐らく自身も驚く程に無意識に、街ゆっくりの列から離れゆうかの前に立っていたまりさ。
民家のコンクリートの壁に寄り掛かり、肩で息をしているゆうかを見てまりさは萎れる。
「ゆゆっ、まりさっ!?なにやってるの?」
まりさが列から脱線したのに気付いて隣を歩いていたれいむが慌てて追いかけてきた。
「きゅうにれつからはなれてどうしたの?」
「……このみなれないゆっくり……」
「ゆ?そいつはゆうかだね、えきまえのかだんでおはなさんをどくせんしてるわるいゆっくりだよ!!」
正確には花壇で花の世話をしているだけで、独占している訳ではないのだが、
花壇を荒らそうとするゆっくりに容赦ない姿勢が、少なくともこのれいむに悪いゆっくりと認識させてしまっているようだった。
「ゆぷぷっ、いいざまだよ!おはなさんをひとりじめしたばちがあたったんだね!」
れいむはケラケラと乾いた笑い声を上げて、ゆうかの不幸を面白がっている。
そんなゆうかを不憫に思ったまりさはお帽子の裏から、ぱちゅりーが出立前に渡してくれた暴君ババネロを取り出してその場に置こうとする。
だが、それに気付いたれいむが素早く揉み上げのピコピコでそれを取り上げて公然と怒鳴り散らした。
「まりさっ!?なんでそんなことするのっ!?ばかなの!?ばばねろさんはたいっせつっなんだよ!!」
「でも……かわいそうだよ、ほうっておけないよ!」
「ゆーん、じゃあれいむはもうなにもいわないよ。でもまりさがどんなにしにっそうっになってもれいむのからむーちょさんはわけてあげないよ!」
呆れた顔をしたれいむがピコピコで持ち上げた暴君ババネロをゆうかの前に置き直すと、不満気に半開きにした眼をしてまりさの様子をジッと伺う。
まりさはしたり顔のれいむと青白い顔をしたゆうかを交互に見比べて唸った。
このゆうかに暴君ババネロを差し出したとしてこのゆうかが助かるかどうかなんて分からない、
むしろ今の状態を見る限りたかが知れている僅かな食料だけで死地を脱するとは到底思えない。
でも誰かが永遠にゆっくりするのは見ていられない、ありすだってそうだ、死んでいった街ゆっくりの皆も、この見知らぬゆっくりも、
そう思ったからこそまりさはゆうかの前に立ったのだと、自分を納得させ列に戻ろうとしたまりさの動きが何故かピクリと止まり硬直する。
けれどこれで自分自身が死ぬとしたら――。
その思考にまりさが囚われた時、一瞬にして脳裏にありすの死に顔が鮮明に蘇った。
「……ゅっ!」
よろよろと重くなった右腕を精一杯持ち上げて、暴君ババネロを手にしようとしたゆうかの手を慌てて振り払い、まりさはそれを取り戻した。
「ゆゆーん、そうだよ。よのなか『じゃくにくっきょうしょくっ』なんだよ!まりさはまりさのことをいちばんにかんがえないといけないんだよ!」
「……ゆぅ……」
一部始終を見ていたれいむはほっこりとした笑顔を作り頷いた。
まりさは申し訳なくも思いながら、命の繋ぎとなる暴君ババネロを大事そうに帽子の中に入れ、れいむと2匹で街ゆっくりの列に戻る。
交差点の角にまで差し掛かった辺りで、まりさは一度だけ振り返るともうそこにゆうかの姿はなかった。
それから無事に仕事を終えたまりさは、冷たくなった身体を震わせながら公園に戻るといつもの様にゆっくりフードを受け取って帰宅した。
「ゆっくりただいま……」
「ゆっ、くずていしゅがかえってきたよ!ゆっくりしないできょうのごはんさんをよこすんだよっ!!」
「くしょどりぇい!きゃわいいれいみゅがうんうんしゃんをしちゃよ!くじゅくじゅしないでかたじゅけちぇね!!」
帰ってくるなり早速と罵倒を浴びせ憎たらしい顔をニヤつかせて今日の稼ぎを要求するでいぶと、
すっかり子ゆっくりサイズに成長した子れいむが、でいぶと肩を並べてまりさを貶し咎めた。
「おちびちゃんっ、まりさをどれいよばわりしちゃだめっていってるでしょ!」
「くしょどりぇいはくしょどりぇいだよ!うんうんしゃんがくちゃいよ、ゆっくちしないでしょりしちぇね!のろまなぐじゅはきらいだよ!!」
子れいむはまりさを親と思っていなかった、それどころか自分よりも劣った存在と認識しまりさを奴隷と呼ぶ様になっていた。
更にその成長した姿はどこか歪で茄子型にぷっくりと下腹部の妙な膨らみを作った、運動不足を示す典型的なおデブさんで、
あろうことか未だに赤ゆ言葉が抜けておらず、未発達な姿はまりさが外で見掛ける同年代の子ゆっくりと比べると明らかに異端であった。
これらの未成熟な姿には全て親であるでいぶの影響が色濃く現われていた。
おちびちゃんとゆっくりしたいからという理由で保育園に通わせるのを独断で止めさせ、毎日碌な運動もさせず、
おうちで好きなだけ寝て過ごし、役に立たない音程の外れたお歌を唄っては「とってもゆっくりしている」と褒めちぎっていれば、
苦労のくの字も知らない子れいむは我侭で自己中心的なゆん格を形成し、まりさの悩みの種になるのは仕方がない事だろう。
「むーちゃむーちゃ、しあわちぇぇえええええぇ!!!」
すっかり肥えた頬を動かしくちゃくちゃと下品な音を立ててゆっくりフードに齧り付く子れいむ、
ボロボロと食べ粕を溢し、その落ちた破片を卑しくも舌で掬い取ろうと部屋中をなぞり涎塗れにし、小汚い尻を振っては原始的な食事を楽しんでいる。
この節操を知らぬ惨めな我が子の姿に心を痛めたまりさは何度もぱちゅりーに相談したが、
冬というゆっくりにとって特殊な季節はぱちゅりーに様々な課題を与え、まりさの家族に時間を割く事が出来なかった。
「ゆーん、れいむのおちびちゃんとってもゆっくりしてるよ!ごはんさんをたべおわったら、いっしょにおうたをうたうよ!」
「ゆっきゅりりかいしちゃよ!れいみゅはむれのあいどるになっちぇ、みんなからあみゃあみゃしゃんをさくしゅするよ!」
「ゆふふっ、おちびちゃんならすーぱーあいどるになれるよ!れいむにもあまあまをわけてね!」
そのふてぶてしい形と腐った歌声で崇拝の的になろうなんておこがましいにも程があると、世間知らずな2匹を横目にまりさは項垂れる。
そんな2匹に嫌気がさしてまりさは視線を逸らしていると、でいぶや子れいむと少し距離を置いて蹲っている子まりさと目が合った。
どうせ子れいむ同様に拒絶されるのだろうと、半ば諦め気味に眺めているとどこか様子がおかしいのに気付いてまりさはギョッとなった。
凝視した子まりさの顔は酷くやつれており体型は明らかに痩せ細り、生気を欠いた眼差しが覇気のなさを現している。
「れいむっ!!」
「ゆっ!おうたのれっすんのじゃまをしないでね!れいむのおちびちゃんはみらいのすたーなんだよ!!」
戯言を無視してでいぶに近付くと、まりさは凄みを利かせて強い口調で問い質す。
「おちびちゃんのげんきがないよ!!れいむはちゃんといくじをしてるの!?おちびちゃんのたいちょうかんりはおやのつとめだよ!!」
「ゆっ?おちびちゃん??」
まりさが目配せした方向の子まりさを見てでいぶはにんまりと頬を緩めて笑った。
「ゆゆーん、あれはまりさにのおちびちゃんだよ。くずににたおちびちゃんがれいむのおちびちゃんとどうれつなんておかしなはなしだよ!」
「ふっ、ふざけないでねっ!!おちびちゃんにゆうれつをつけるなんてははおやしっかくだよ!!」
「ゆぶぅううー!!ばかいわないでね!!なんでれいむがあんなぐずのめんどうをみないといけないの!?いっしょにいるだけでもかんしゃしてほしいくらいだよ!!!」
「ゆぐぐっ……!」
でいぶは頭の足りないれいむ種によく見られる同種の子供にのみ愛情を注ぐ差別思考が見受けられた。
子まりさが栄養失調気味なのは言うまでも無く、まりさの稼ぎをちゃんと分配せずでいぶが差っ引いていたからだろう。
もはや贔屓と呼べる状態を超過し、児童虐待の域に達してしまっている深刻な事態だ。
もっと早く気付くべきだったと、家庭を蔑ろにした非を認めたまりさは自分を責め甚く反省をし、
元気のない子まりさを咥えておうちの外に出ると、でいぶが追ってこないのを確認してお帽子の裏から取り出したゆっくりフードをおちびちゃんに差し出した。
「おちびちゃん、これをたべてね……!」
「……おいちそうな、においがしゅるのじぇ……むーちゃ……むーちゃ……」
ただでさえ難癖を付けて稼ぎの取り分を多く要求するでいぶ対策に、予め取り除いて避難しておいたゆっくりフードの一部をまりさは分け与えた。
顔色が悪かった子まりさは、久方振りに味わったご飯をやつれた顔で嬉しそうに頬張ると「ちあわせー」と小さく歓喜の声を上げた。
「まりさははんせいするよ……おちびちゃんがこんなになってたのにきづかなかったまりさはちちおやしっかくだよ……」
「おちょーしゃん……しゅーりしゅーりしてほしいのじぇ……」
「ゆっ!?」
食事を終えた子まりさがまりさの頬に寄り掛かってスキンシップを図ろうとしているのを見て、まりさは感情が昂るのを覚えた。
もう随分と触れ合っていないお肌の寄せ合いに、まりさは目尻に涙を溜め込みながら微笑んでそれに応えた。
「おちびちゃんっ!やってあげるよ!!……いっぱいすーりすーりしてあげるよ!!」
「ゆぅうん……おちょーしゃん……」
弱々しい力で精一杯に身を引っ付けようとする子まりさを愛おしく思い、まりさは決心する。
「まりさのおちびちゃんはなにがあってもまもるよ……!」
それからまりさは、でいぶを強引に説得して子まりさだけでも保育園に通わせる事と、ゆっくりフードを均等に分け与える事を約束させた。
まりさが初めて見せる高圧的な態度に怯み、でいぶが渋々承諾した形だがその不満気な仏頂面は真に納得したとは思えなかった。
それ故に不安は拭いきれないが、まりさはでいぶに誓わせた言葉を信じゴミ集め中の留守を任せる事にした。
※後編に続きます