ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko3407 れいむのおしごと (後)
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『れいむのおしごと (後)』 37KB
制裁 思いやり 差別・格差 日常模様 野良ゆ 現代 後編という名の中編。虐待パート
※注
・anko3406「れいむのおしごと(前)」の後編となります
――扉を開けて、目の前に広がっていた光景。
それは、俺の想像していたものとははるかに異なったものであった。
「やっとかえってきたのぜ!!」
本来そこに居るはずの無いゆっくりが、俺を出迎えていたのだ。
大きさは、れいむとほぼ同じくらい。だが、その外見は明らかにれいむ種の物では無い。
頭にかぶった黒帽子。そこから覗く金髪の髪。人を見下したかのようなハの字眉。
『ゆっくりまりさ』と呼ばれるゆっくりが部屋の中央に陣取って、俺に向かって何やら叫んでいた。
「まりささまはかいゆっくりなんだぜ! それをまたせるとは、まったくつかえないどれいなんだぜぇ!!」
「飼い…ゆっくり…?」
突然の出来事に混乱するも、改めてまりさの外見を観察する。
本ゆんは飼いゆっくりだとかほざいていたが、全身が薄汚れ、色あせた帽子を被った姿はどう見ても野良にしか見えない。
ただ、その帽子には茶色く輝く物体が貼りついていた。
飼いゆっくりを証明する最低限の証、銅バッジだ。
「このばっじさんがめにはいらないのぜ!? かいゆっくりであるまりささまには、ゆっくりできるけんりがあるんだぜ!!」
「………一体、どういうことだ」
ふと部屋の奥を見ると、窓ガラスの下方が割れているのに気がついた。
昔、れいむが侵入してきた窓。このまりさはそこを強引に破って侵入してきたのだろう。
だが――
「……おい、糞饅頭」
「はぁぁぁああ!? どれいはみみがくさっているのぜぇぇ!? まりささまはかいゆっくりだっていってるだろうがあああ!!」
「れいむは何処だ」
「…ゆ!?」
――れいむの姿が、どこにも見当たらなかった。
「なっ、ななななななにいってるんだぜぇぇ!? れ、れれれいむなんかしらっないんだぜええ!!」
「……本当か?」
「ほっ、ほほほほんとうなんだぜぇぇ! ま、まままりささまはかいゆっくりなんだぜぜぜぜ!!」
「…………」
れいむと暮らしている間、俺は飼いゆっくりについての本を何冊か立ち読みしたことがあった。
単頭飼いの注意点として、成体ゆっくりは孤独な時間が多くなるとつがいの相手を欲しがるようになると。
そして飼いゆっくりになろうとする野良に言い寄られ、飼い主に迷惑をかける危険性が多々あるともその本には書いてあった。
俺はまりさを見た時、最初はれいむがまりさとつがいになろうと招き入れたのではないかとも考えていた。
つがいのことは今まで一度も口にしなかったが、れいむももう成ゆっくりだ。そういう考えを持つことは十分予想できる。
だが、もしそうだったとしても俺はれいむを許すつもりでいた。
長い間、就職活動のせいでれいむにも散々つらい思いをさせてきたのだ。他にゆっくりできる相手を欲しがろうとするのも無理はない。
だからせめてもの罪滅ぼしとして、つがいも一緒に面倒見てやるぐらいのことはしようとは思っていた。
……だが、俺の予想はすぐに疑惑へと変わった。
それはれいむを知らないと言い張る、まりさの挙動不審な言動からだけではない。
まりさが付けている銅バッジ。
それはれいむが、今までずっと着けていた物だったからだ。
れいむの飼いゆっくりの申請をして半年くらいのことだっただろうか。
俺がれいむのお飾りを洗っていた際、銅バッジを誤って踏みつけ、留め具部分をへし折ってしまうという事件があった。
その時、再申請を面倒がった俺はセロテープで応急処置をし、何食わぬ顔でれいむのリボンに戻したのだ。
元々飼いゆっくりのバッジにこだわりが無かったせいか、れいむはそのことに全く気付いていなかったが、セロテープで覆われた銅バッジは通常の物より明らかに違う光沢を放っていた。
――そのバッジを、なぜこのまりさが着けている?
「し、ししししんじてほしいんだぜ!! ま、まりさはれれれいむなんて、みたことないんだぜええ!!」
「……そうか」
「そう! そうそうそうそうなんだぜ!!」
軽くため息をつく俺を見て、まりさが安堵の表情を浮かべる。
その間抜け顔に視線を向けたまま俺は顔を上げ、部屋の奥に向かって思いっきり叫んだ。
「なぁんだ、れいむ、そんな所にいたんだ!」
「ゆぅぅっ!?」
まりさの表情が瞬時に固まり、勢いよく後ろを振り向く。
その視線の先が奥にある雑誌の山へと向けられていたのを、俺は見逃さなかった。
まりさの後頭部を蹴飛ばし、すぐさま雑誌の山へと駆け寄る。
積み重ねて置いてあったはずの雑誌の束は乱雑に崩されており、こんもりと小さな山を形成していた。
まるで、何かを隠しているかのように。
その山を一冊一冊、丁寧に剥がしていく。
山の先端が少しずつ削れていくに伴い、胸の動悸がどんどん激しくなる。
それでも俺は、黙々と手を動かし続けた。
――そして、六冊目の雑誌を持ち上げた時だった。
「………れい……む…?」
変わり果てたれいむの姿が、そこにあった。
頭髪が半分ほど抜け落ち、全身が枯れたように黒ずんだその姿だけでは、何のゆっくりだか分からなかっただろう。
残った黒髪にかろうじて引っかかっていた、持ち主の姿とは不釣合いなほどに鮮やかな赤リボン。
それだけが、このゆっくりが元れいむであったことを証明していた。
「お、おい……嘘…だろ………」
震える手で、ゆっくりとれいむを掴みあげる。
軽い
バスケットボールほどあったれいむの体は半分にまで縮み、余った皮によって皺だらけとなったその体は、驚くほど軽かった。
「れいむ起きろ! なあ、目を開けろよ!!」
れいむの頭には、植物型妊娠のものとおぼしき茎が何本も生えていた。
そのどれもが枯れ果てており、茎の先端には腐ったプチトマトのような黒い塊がいくつもくっついている。
限度を超えたすっきりによる、栄養失調死。
それがれいむの死因であることは、誰が見ても明らかだった。
「くそっ!!」
れいむの頭の茎を指でつまみ、一つ一つ丁寧に折っていく。
勢いよく全部引き抜いてしまいたかったが、れいむの体をこれ以上損傷させるわけにはいかない。
全ての枝を取り終わると、すぐさま俺は持っていた袋からオレンジジュースを取り出し、手に持ったれいむに向かって思い切りぶちまけた。
れいむの体をつたったジュースが、俺の手を、ズボンを、足元の雑誌の山を次々とオレンジ色に染め上げていく。
だが、そんなことはどうでもよかった。
わずかな希望にすがり、俺はひたすらジュースをれいむの体にかけ続けた。
その手の中に、まだ命の火が残っていることを信じて――
「どれい!! そのあまあまをまりささまにけんっじょうっ! するんだぜ!」
俺の背後で、先ほどのまりさがなにやら喚いている。
その耳障りな声に沸々とどす黒いものが湧き上がってくるが、今はれいむの命が最優先だ。
何とか自我でその感情を押しとどめ、目の前のことだけに集中しようとする。
「ゆっがあああああ!! むしするなあああああ!!」
れいむは、未だぴくりとも動かない。
手に持つジュースが軽くなっていくに従い、俺の不安はますます重さを増していく。
「頼む、少しの間だけでもいいんだ……」
れいむに、伝えなきゃいけないことがある。
俺が今まで、ずっと気づいてやれなかったことを。
だから――
「あのくず、まだしんでなかったのぜぇぇぇ!?」
――――クズ?
その一言に、俺の体がぴくりと反応した。
「ク…ズ……?」
「ゆぅ?」
振り返ると、俺を見上げるまりさと目が合った。
その口元には、今にも殴り倒したくなるような笑みが張り付いている。
「れいむが、クズ…だと……?」
「…ゆぷっ、ゆぷぷっ……げらげらげらげらげらげら! どれいはそんなこともしらないのぜ!? とんだあんこのうなんだぜ!!」
初めて俺が反応を示したことに気を良くしただろう。俺の問いに被せるように、まりさが下品な笑い声をあげた。
可笑しくてたまらない、とでも言いたそうに、おさげをばしばしと床に叩きつけながら。
「れいむは、なにもできないやくったたずの、くずゆっくりなんだぜ!! そんなのまりさがおちびちゃんのときからしってるじょうっしきっ! なんだぜええ!!」
「……………!」
――言葉が、出なかった。
「かりがへたくそで! あんよもおそくて! あたまもわるくて! おちびをうむぐらいしかつかいみちのないごみなんだぜ!!」
まりさの放つ、一言一言。
「じひぶかいまりささまは、そこのくずにまりささまをすっきりさせるけんりをあたえてやったんだぜ! もっとないてよろこぶべきなんだぜぇぇ!!」
それは俺が考えていた、れいむが仕事を求めていた答え、そのものだったからだ。
――俺は、れいむに対して、ある一つの疑問をずっと抱いていた。
それは、れいむとその母親が、群れを追われた理由についてである。
以前、れいむは自身が群れを追われた原因について、父親である「まりさ」が死んでしまったからだと言っていた。
だがはたして、群れの連中はそんな小さな理由でれいむ一家を群れから追い出そうとしたのだろうか?
ゆっくり種は基本的に、群れを作りたがる習性を有しているらしい。
所説では、自身の弱さを自覚しているからだとか、他のゆっくりと一緒にいることでより大きなゆっくりを堪能できるからだとか、様々な説が定義されているが詳しいことは未だ良く分かっていない。
だがゆっくりは「集まることでよりゆっくりできる」という思考を持つことだけは、確実であるようだ。
…最初は、れいむの母親がゲス、又はでいぶであったから。とも考えていた。
れいむ種は子育てに関わる機会が多い反面、我が子をダシに使ってまでゆっくりしようとする外道も数多く報告されている。
それらは一般的に「でいぶ」と呼ばれ、同属の間からでも忌み嫌われている存在とされ、敬遠される。
もし母れいむがそのようなゆっくりであったのならば、それがトラブルの種となり、結果的に群れを追い出されたことも十分予想できた。
だが、そう考えるとまた新たな疑問が浮上する。
はたしてそんなゆっくりが、我が子に対して「おたべなさい」などするのだろうか?
でいぶは、れいむ種の「ぼせい」が肥大化したものであるという説も定義されてはいるが、その行動・思考パターンは基本的にゲスのものとほぼ変わらない。
「自分がゆっくりするため」
ゆっくりにおいて至高ともいえる、その考えのためだけにゲスやでいぶは他者や我が子を踏み台にし、ゆっくりを得ようとする。
そんな自分本位の塊が、我が子とはいえ他ゆんに命を差し出すなどとは、まず考えられないことである。
…もちろん、途中で真の母性に目覚めたとか、やむを得ない理由だとか、万に一つという可能性はあるだろう。
――だが、こう考えるならば、今までの疑問点は全て解決する。
れいむ種は、意図的に迫害を受けていた
俺がその仮説を持つようになったのは、数ヶ月前。本屋で『ゆっくりの飼い方と基礎知識』という本を立ち読みしていた時であった。
最初は何気なくれいむ種の特徴だけを読んでいたのだが、やがてある項目で手が止まった。
『多頭飼いの際の注意点』
その項目の中で、俺はれいむ種についてこう書かれてあるのを発見したのだ。
『環境によっては、れいむ種は他種からいじめられる危険性があるので注意しましょう』
ゆっくり種の持つ害悪は多々あるが、その一つとして自分より下のものを見下し、迫害するという習性が挙げられる。
これはゆっくりがよりゆっくりを得るための習性からくるものらしく、通常はお飾りを失った固体や、足りないゆっくりなどがその対象とされる。
だが、それらの個体数が存在しない場合――れいむ種も、差別の標的とされることがあるというのだ。
れいむ種はゆっくりの中でも個体数が多い反面、他種に比べて特出した能力を持っていないとされている。
最も人間の目から見れば目糞鼻糞の違いでしかないのだが、その差はゆっくりからすれば無能の烙印を押すに十分な理由となるらしい。
…もしれいむとその母親が、群れの中でそのような迫害を受けていたのだとしたら?
そして、その仮説は先ほどのまりさの発言によって、完全に確信へと変わった。
――だから、父まりさが死に、れいむだけとなった二匹は役立たずとして群れから追放された。
他の群れを、仲間を頼ろうとしても、無能と呼ばれたれいむは誰も相手にしてくれなかった。
同じれいむ種達もまた、自分自身の保身で手一杯だったはずだ。誰も追放されたれいむに手を貸そうとはしなかっただろう。
そして、唯一の拠り所であった、母親の死。
その後もれいむは誰からも拒絶され続けた、ゆっくりできないゆん生を歩んできたのだろう。
そう、その姿はまるで――
「は……はは…は………」
無意識のうちに、俺の口からは乾いた笑い声が漏れ出していた。
「なんだよ…………れいむも俺と……一緒だったんじゃねぇか………」
俺は一体、今までれいむの何を見ていたんだろうか?
変わったゆっくり?
仕事が大好き?
――違う
れいむはただ、ゆっくりしたかっただけだったんだ。
拒絶され続けた自分を、初めて認めてくれた。
その人の傍で、ずっとずっと、一緒にゆっくりしたかった。ただそれだけだったんだ。
だからこそ、あんなにも俺から『おしごと』を貰おうと必死になっていた。
俺からあの言葉を貰えるのが、自分が認めてもらえる存在であることが、何よりも嬉しくて。
「…内定……貰えねぇわけだわ……」
気がつけば、俺は泣いていた。
今まで就活で何度も自身を否定され、とっくの昔に枯れ果てたとばかり思っていたのに。
次々と目から溢れ出る涙が、黒ずんだれいむの体に、ずぶ濡れになった床に、次々と染み込んでいく。
「目先のことばかり考えで…周りが見えない奴なんで、だ…誰も…欲しがるわげ無ぇもんな……」
(とってもゆっくりできたよ、れいむ)
れいむに何気なく放った、その一言。
それがれいむにとってどれほど衝撃的なものだったのか、今の俺には手に取るように分かる。
俺自身が自分を認めてくれた教授の恩に報いようとしたように、れいむもまた、今まで俺のために精一杯頑張っていたんだ。
(れいむのおしごとは、おにいさんをゆっくりさせることだよ!!)
いつもいつも聞き流していた、あの言葉。
あれはれいむの本心、そのものだったんだ。
「……こんな…ごんな目の前に、俺と同じ仲間が……い、いだっでのに…ぞんなごどにも気付かないなんでよ……」
それを、突き放してしまった。
誰が?
俺だ。
俺が、自分の手で――
「れいむ………」
オレンジジュースが空になっても、れいむの目は再び開くことは無かった。
それでも俺は手の中のれいむに向かって、呟かずにはいられなかった。
「……ありがとう…れいむ……とっても……ゆっくりできたよ……」
れいむに与えてやるはずだった、最高の報酬を。
「ゆひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! くずがしんだのをみて、おなじくずがえんえんないてるんだぜ!!」
目の前のゴミが再び放つ不快音。
それが、俺の意識を切り替えるスイッチとなった。
今まで高ぶっていた俺の感情が、急に冷めきったものへと変化していく。
「ゆひっ、ゆひぃっ…あのくずれいむは、いままででさいっこうっ! のくずだったんだぜ!! まむまむはきつきつのくせして、すっきりすらいわない、とんだまぐろだったんだぜぇ!!」
俺はもう一度、手の中にあるれいむの顔を覗き込んだ。
唇を噛み締め、固く目を閉じたその表情は、必死に何かに耐えているようにも見えた。
俺が部屋を飛び出した、あの時――
俺は引き留めようとするれいむに向かって「黙れ」と叫んだ。
…それが、俺ががれいむに与えた、最後の『おしごと』だった。
「あんなまぐろゆっくり、はじめてみたんだぜ!! それでもまりささまは、じまんの『びっぐまぐなむ』でまぐろをしょうってんっ! させてやったんだぜぇぇ!!」
俺に嫌われたくない一心で、れいむはずっと俺の命令を守り続けていたのか?
こんなゴミに犯されるのに耐えてまで、俺なんかともう一度、仲直りしたかったのかよ?
――全く、ドアの前でまごまごしてた俺が、本当に馬鹿みたいじゃないか。
「くずがしょうってんっ! したときは、さいっこうだったんだぜぇー! まむまむをきゅっきゅっとしめつけて、ごほうびにもういっぱつすっきりしてやったら、もっとびくびくして……」
俺は静かに立ちあがり、未だわめき続けるゴミの下へと近づいていく。
すると、それに気付いた足元のゴミがさらに一段と大きな声を張り上げた。
「どれい!! そこのくずみたいになりたくなかったら、いますぐまりささまにあまあまとびゆっくりをけんっじょうっ! するんだぜ!!」
そのゴミに向かって、俺は左足を大きく振り上げる。
そして――
「こんどはそこのうんうんみたいなれいむじゃなくて、ありすかぱちゅりーをつれビゅっ!?」
上を向いて叫ぶゴミ――まりさの脳天めがけて、俺は勢いよく左足をねじ込んだ。
ゴムボールを踏みつぶしたような柔らかい感触が、素足にダイレクトに伝わる。
俺が放った一撃は、頭にかぶった帽子ごとまりさの体を大きくひしゃげさせていた。
「あ……おご……お…!?」
「……俺は、自分自身が許せねェよ……」
踏み抜いた左足にさらに体重をかけ、爪先をまりさの奥深くにねじ込む。
みちぃっ
「おピゅイっ!?」
中枢餡に衝撃が入ったのだろうか、まりさが裏返った悲鳴を上げながら体をびゅくんと痙攣させた。
その悲鳴に習うように、俺はねじ込んだ左足を脳天から引き抜いてやる。
「…ゆぐ……ひ……」
「痛いか? そうだろうな。れいむはもっと痛かっただろうがなぁ…」
足を上げてしばらくすると、痙攣していたまりさが体勢を立て直し、こちらを睨みつけてきた。
先ほどの痛みも怒りで上書きされたのだろうか、全身をわなわなと震わせている。
「ごの…くずにんげぇん……まりざざまがやさしくしてやれば、つげあがりやがっでえええええ!!」
「……優しく…ねぇ」
「もうておくれなんだぜぇぇ! ばらばらにひきさいてやるんだぜぇぇぇ!!」
「……その優しさとやらを、れいむに――」
「がーぶがーぶじでやるぅぅぅ!!」
そう言うが否や、こちらに向かって勢いよく飛びかかってきた。
先ほどの発言と、口を大きく開いていることから噛みつき攻撃でもしようとしているのだろう。
それに合わせるように、俺はもう一度その汚い顔面に向かって足を突き出した。
「――分けてやってくれりゃぁ、なぁッ!!」
「ゆっじビゅうっ!?」
勢いよく突き出された俺の足が、無策に真正面から突っ込んできたまりさの顔面を正確に捉えた。
めり込んだ足の先端に、今度はぱきぱきと何かが割れる感触が伝わる。
足から離れたまりさの体はべしゃりと床に叩きつけられ、口からごぼりと一塊の餡子を吐き出した。
「ゆ…ごぼっ……な、なんなのぜ、ごれば……?」
吐き出された自分の中身を見て、まりさが弱々しく声を上げた。
目の前の餡子には、黄ばんだ小さな破片がいくつも散らばっている。
それが自分の歯であると悟る前に、俺はまりさの後頭部を踏みつけ、目の前の餡子の塊の中にその顔面を叩きつけた。
ぶちゃっ!
「ぶじ!! ぶ…ごぶびぃっ!」
踏みつけた足に、生温かい餡子が纏わりつく。
それすら構わず、俺は水道管に物が詰まったような声を出してもがくまりさに向かって、何度も黒く濡れた足を振り下ろす。
ぐちぃっ!
「がぼっ!!」
「…なぁ、教えてくれよ」
ぐじっ! ぐじっ! ぐじっ!
「あボっ!! おぶっ!! このくボッ!? なびッ!! ぐヂッ!! ぶじゅ!! やべヂッ!?」
「…お前をどうしたら、れいむは許してくれると思う?」
「ごべんばっ!! あぶっ!? おねばっ!! やベッ!! ぐぴょ!! えびっ!! ずボッ!?」
「なぁ、なぁ、なぁ、なぁ、なぁ、なぁ、なぁ、なぁ、なぁ、なぁ、なぁ! なぁッ!!」
何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!
暴れるまりさの頭部に、顔面に、後頭部に次々と俺の足がめり込んでいく。
足が上下するたびに、まりさは色とりどりの悲鳴を上げ、もがき続ける。
まるでそういう楽器を演奏しているかのように、俺はひたすらまりさに向かって何度も足を突き出し続けていた。
「…ゆぴッ……ゆげッ………」
――数分後、俺の目の前には顔をボコボコに腫らしたゴミ饅頭の姿が転がっていた。
仰向けに倒れたその体は幾度となく与えられた衝撃によっていびつに変形し、全身が涙と体液でぬめぬめと湿っている。
最初に俺に噛みつこうとした歯はあちこち破壊され、床や吐きだした餡子の中に散らばっていた。
あんよは緩んだしーしー穴から噴き出た自身の失禁物によってグズグズに濡れており、しばらくは歩くことすらままならないだろう。
「ぼぅ……やべで……ぐだざぃ……」
俺は静かに、まりさの前にしゃがみ込んだ。
突然俺との視線が近くなり、まりさの体がびくりと痙攣する。
「ごべん…なざぃ……まりざはんぜいじでまず……だがらぼう、いだいいだいはじないでぇ……」
開きっぱなしのしーしー穴から、再び液体がちょろちょろと溢れ出てきた。
それを見て、俺はほっと胸をなでおろす。
…全く、危ないところだった。
れいむを殺した凶器を、気付かずにそのままにしておくだなんて。
「ごべんなざぃ、ごべんなざぃ、ごべんなざぃぃ……」
握りしめていた右手の指をゆっくり開き、貫手に変える。
格闘技の経験など無いが、相手は生ゴミだ。見よう見まねでもどうとでもなる。
「ごんなにもはんぜいじてるんですぅぅ……だがら、まりざをゆるじてぐだざいぃぃ……イ゛!?」
静かに伸ばした左手が、まりさの顔面をがしりと掴んだ。
ゆっくりできない感触に、まりさが体をよじらせて必死に逃げようとする。
モルンモルンと間抜けな音を響かせるその抵抗を力づくで床に押さえつけ、俺は貫手にした右手を下へ下へと下げていく。
「や…やべ……やべでやべでやべでやべでやべでやべで!?」
体液を垂れ流し、開きっぱなしになったしーしー穴。
その入り口は肉眼でも一目で確認することができる。
そこに向かって、俺は勢いよく貫手にした右手を付き入れた。
ぐじゅっ!
「ピイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィ!!!!!」
ゆっくりのものとは思えない、小動物のような甲高い鳴き声が部屋中に響き渡る。
指の付け根まで突き刺さった右手にも、その振動が餡子を通してびりびりと伝わってきた。
ゆっくりは基本的に、雌雄同体性である。
普段はしーしー穴の奥に隠されている生殖器は、生殖の際にはぺにぺに、又はまむまむを形成する事によって性交を行う。
その生殖器を探りだすように、俺は手首をさらにねじり込んでいく。
ぐじゅっ、ぐじゅっ、ぐじゅ
「あぎゅピィィぃぃぃ!? いだいっ! いだいぃぃいいぃ!!」
手の中の餡子が擦れるごとに、まりさが断続的な悲鳴を上げた。
自身の内臓に等しい餡子を掻き回されいるのだ。その悲鳴は先ほどの踏み付けとは比べ物にならないほど悲痛なものである。
それでもなお、俺は手を動かすのを止めようとはしない。
手首を捻り、指を這わせ、ひたすらまりさの体内へと、右腕を突き進めていく。
ぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅ…
「えボあがあぁあああああああああぁぁ!? じぬっ! じヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
――やがて、指先に突っ張るような感触が伝わった。
ビニール袋に手を突っ込んだような、指先に纏わりつく触感をしたそれは、明らかに餡子とは違う『何か』だった。
それに向かって、貫手にした指をゆっくりと開いていく。
ぐじっ…
「おご!! …やべっ! やべやべやべやべでえぇっ!!」
ぐじじじじじじじっ……
「おびっ! おじびっ! おぢびじゃんでぎなぐなっじゃうぅぅぅ!!」
「やめて…だぁ?」
その悲鳴を遮るように、右手の中にあるものを巻き込むようにして指を閉じる。
まりさの体内にある餡子が圧迫され、勢いよく指の隙間から溢れ出た。
にゅちっ!
「おギょおぉ!?」
再び開く、握る、開く、握る
俺が力を込めるたびに、まりさの体内で餡子がにゅるにゅると掻き混ぜられていく。
そのリズムに合わせて、まりさの体がびくんびくんと小刻みに跳ね上がった。
にゅぢ にゅぢ にゅぢ にゅぢ にゅぢ にゅぢ
「あげ! ぼべ! ぼべ! ばべ!?」
「や め て だ と ?」
ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ!
「やべでっ! ギゅッ!? やべじぇぎゅじゃジャい!! おじぇ!! おジェがいじマジュぅ!!」
やがて、死のダンスを踊り続けるまりさの両目から、口から、あにゃるから大量の砂糖水が溢れ出してきた。
右手に塞がれて行き場を無くしたしーしーが、穴という穴から吹き出しているのだろうか。
まりさの懇願が醜く崩れ始めてきたのを見計らい、俺は右手をぴたりと止めた。
「あぼ………や…やべで…おじぇがい……」
「……」
手首まで埋まった右手を、今まで以上に大きく広げる。
指を動かし、少しずつ指に纏わりつく『それ』を手の中に引き込むと、ゆっくりと指先に力を込めていく。
「まり…ざの…まむまむがら…ぞれを、ぞれを…ぬいでくだざいぃぃ……」
「ああそうだな。抜いてやるよ」
俺の放った一言に、まりさの顔に僅かな安堵の表情が宿る。
その表情に微笑みを投げかけると、俺は手の中にあるものを掴んだまま、右腕を体外に引き出すべく力を込めた。
みちっ! みちみちみちみち!!
「あがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!?」
引き出そうとした右腕が、まりさの饅頭皮の内部でつっかえた。
貫手にしてねじ込んだ物が、今度は握りこぶしの状態で引き出されようとしている。
胎生出産でもない状態での異物の摘出に、まりさの饅頭皮がみちみちと張り詰めていく。
そして――
ぼんっ!!
びぢっ! びぢびぢびぢっ!!
まりさの体内から右腕が引き出されると同時に、床に、壁に、俺の体に黒い飛沫が勢いよく飛び散った。
静かに、引き抜いた右腕に視線を落とす。
手首まで真っ黒に染まった俺の右手の中には、餡子と一緒に薄い饅頭皮が垂れ下がっていた。
その塊を、足元でびくびくと痙攣しているまりさに向かって投げ捨てる。
びちゃっ
「ゆびっ!?」
目の前に叩きつけられた物体から飛び散る飛沫に、まりさが小さな悲鳴を上げた。
そしてゆっくりと、面前にある黒い塊を覗き込む。
「ゆ………ごれ……………なに…?」
「…おいおい、自分の体の中にあったものも分からないのかよ」
その言葉に、まりさの体がびくんと硬直した。
恐る恐る、自身の下半身を見下ろす。
先程まで異物が侵入し、絶えず激痛を与え続けていた場所。
そこには、ぐちゃぐちゃに裂けた自分のものが、ぽっかりと大きな口を広げていた。
「……ゆ゛………あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛…!?」
まりさがかすれた叫びをあげると同時に、その場所からどろりと餡子が溢れ出してきた。
慌てて床にへばりつき、中身の流出を止めようとする。
それでも体と床の隙間から、じわじわと砂糖水に溶け込んだ黒い液体がにじみ出ているのがここからでもよく見えた。
恐らく、そのままほっといても失餡死に至るのは時間の問題だろう。
「『それ』…何だか教えてやろうか?」
俺の問いに対し、まりさがぶるぶると懇願するような眼で俺を見上げてきた。
言わないでほしい。教えてほしくない。とでも言いたそうに。
その言葉に対する返事を聞く前に、俺は足で床に落ちた『それ』をまりさの前に盛りあげていく。
「あ゛…ぁぁ…ぁ………」
「『それ』はね――お前のおちびちゃんを作る、大事な部分だよ」
「あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」
「嬉しいだろ? はじめて自分の自慢のものを直に見ることができたんだからさぁ」
「ま゛、ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛り゛り゛り゛さ゛の゛の゛の゛の゛の゛の゛の゛!?」
「見てみろよ、びくびく動いてる。まだ生きてるんだぜ、これ?」
「ま゛ ま゛む゛ま゛む゛うううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
「ほら、ぺーろぺーろしたら、元に戻るかもよ? やってみろよ!」
「ま゛ふ゛ま゛……ぶじぃっ!!」
積み上がった『それ』に顔面を押し付けられ、まりさは自分の体の中にあったものに向かって必死で舌を這わせる。
その滑稽な姿を見下ろしながら、俺はまりさの背後で静かに呟いた。
「ぺーろ…ぺーろぉぉ…! …まりざのまむまむ、ばむばむぅぅぅ…」
「…美味いか? 自分の体ン中でこさえたモンはよぉ?」
「ぺぇろ…ぺぇろ…! ぺぇぇろ、ぺぇぇろぉぉ……!!」
「そいつでれいむを殺したんだろ? さぞ美味いだろうなぁ…あァ!?」
まりさが必死で舐め続ける黒い塊。
『それ』向かって、俺は握りしめた両腕を振り下ろした。
ぶちゃっ!!
「はごぉ!?」
「あーあ、潰れちゃった」
勢いよく叩きつけられた俺の両手は、まりさの舌ごとその塊を叩き潰していた。
手の隙間から、まりさが舐めていたものが破片となって辺りに飛び散る。
再び訪れた衝撃と激痛に、まりさが声にならない叫び声を上げた。
ゆっくりと、塊に埋もれた両手を持ちあげていく。
やがて、まりさの面前にぐちゃぐちゃのペースト状になった塊と、二倍の面積に広がった自分の舌が姿を現した。
「あ……あ゛ぁ……ぁ……」
「――さて」
自分の一部の成れの果てを見たまま固まったまりさの頭部を右手で鷲掴みし、そのままの格好で持ち上げた。
塞ぐものが無くなったまりさの下半身から、命ともいえる餡子がぼとぼとと垂れ落ちていく。
「最後に、言い残すことはあるか?」
「あ………あぅ………あ――」
無秩序な痙攣を続けるまりさに向かって、俺は静かに語りかける。
まりさは、何も答えない。
ただただ、濁った瞳でこちらを見つめ続けている。
――そして、その瞳の先に歪んだ笑みを浮かべた男の顔が映り込んでいた。
紛れもない、俺の顔だ。
だが、その笑顔は決して歓喜に満ち溢れたものではなかった。
無理矢理作り出した、仮面の笑顔。
その持ち主は今、己の行動の無意味さに虚しさを感じていた。
――もう、何もかもが嫌だった。
踏んでも、
蹴っても、
中身を引きずり出しても、
どれだけ憎しみの言葉をぶつけても、
まりさには、何も届いていない。
さっきから嫌というほど繰り返されている謝罪と懇願。
その中に、れいむに対して発せられたものは何一つとして無かった。
こいつはどうせ、今でも自分は何も悪いことをしていない。悲劇のヒロインだと思い続けているのだろう。
そんな奴に対して、俺はこれ以上痛めつけても何の意味をなさないことを悟りつつあった。
「……ゅ……」
吊り下げられたまりさの口から、僅かに声が漏れた。
「…ゆる………て…………だ……ざぃ……」
まただ。
中身のない、言葉だけの謝罪。
これ以上の発言は無駄だと感じ、俺は止めを刺すべくまりさを床へと叩きつけようと右手に力を込める。
――その時だった。
「なんで…も………じまず………だが…ら……だず…げ………」
「………!」
その一言に、俺のうつろな思考にある考えが宿った。
掴んだまりさの体を、れいむのいた場所――オレンジジュースの染み込んだ床の方へと投げ捨てる。
びちゃっ、という水音をたてて、ボロ雑巾のようになったまりさがオレンジジュース溜まりの中に着水した。
「…あぐ……ぁ…あば……あば………あまあまぁぁ……」
まりさが半分になった舌を動かし、必死で足元のジュースを舐めとっていく。
ぴちゃぴちゃとマナーの欠片も無い音を立てながらジュースを飲むその姿は、まさに不快感の塊でしかない。
そのまりさに向かって、俺は静かに言葉を投げかけた。
「そこの床を綺麗にしろ。でないと殺す」
「ばっ! ばいぃぃぃぃぃぃぃぃ…!! ぎれいにじばず! がんばっでぎれいにじばずぅぅぅ!!」
――俺は昔、同じ場所で同じ言葉を聞いたことがある。
それは、雨宿りをさせてもらおうとしたれいむが、俺に向かって放った言葉だった。
『なんでもします』
その一言で、れいむの命は助かり、俺の家で暮らすこととなった。
そして、今度は――
「……何でもする。確かにそう言ったな」
「はいぃぃっ! まりざはっ! むれでいぢばんのかりのめいじゅでじたっ!! あんよぼだれにぼまげまぜんっ!! だがら――」
「それは『れいむ』よりもか?」
「れいぶなんがより、まりざのぼうがもっどもっどゆうじゅうでずっ!! ぜっだいにまげまぜんっ!!」
「そうかそうかぁ、それは凄い な ぁ 」
目の前にしゃがみこんだ俺に見向きもせず、ひたすらまりさは床を舐め続けている。
それほどまでに、目先の生に縋りつきたいのだろうか。
必死な姿で『おしごと』を行うまりさを見下ろして、俺は今までに無いほどの笑顔を向けていた。
「――じゃあ、優秀なまりさちゃんには、れいむの代わりに『おしごと』を し て も ら お う か な ?」
俺がまりさに抱いた感情。
――それは、あの時のれいむに対して抱いたものとは、遥かにかけ離れたものであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「おい、こないだ頼んでた企画書についてなんだけど」
「あ、はい、何でしょうか」
「今日、広報の山本から届いてないって連絡あったんだが、お前、ちゃんと総務部に渡したのか?」
「あ、その…その時、ちょうど昼休みでして、事務の武田さんに渡して――」
「馬鹿野郎!!」
ドンッ!!
机を叩く大きな音と共に浴びせられたその声に、俺の体がびくりと硬直する。
何度も浴びせられてるせいか、今ではそのドスの聞いた声に体が敏感に反応するようになってしまった。
「事務の人に企画書見ても分かるわけ無ぇだろうが! それぐらいちょっと考えれば分かるだろ!!」
「え…でも、ちゃんと総務の人に渡して欲しいと――」
「武田さんがそのまま部長に渡しちゃったんだよ! 真ん中を挟まずに上に提出したから、広報に渡すはずだった奴に連絡がいかなかったんだよ!!」
「え、あ…す、すいませんでした!! 急いで総務に――」
「もう俺が全部やったよ!! あとはお前を怒るだけだ!!」
「すいませんでした!! 本当にすいませんでした!!」
…あれから半年後、俺は教授が推薦してくれた企業から内定を貰い、今は企画部の研修生として働いている。
土壇場で内定辞退を受け、よほど人材確保に急いでいたのだろう。入社試験は今までとは比べ物にならないほどとんとん拍子に進み、あっという間に最終面接まで進むこととなった。
それどころか何度も躓き、トラウマとなっていた面接でさえもほとんど雑談で終わり、なんとその日のうちに内定を通達されたのだ。
正直、あまりの急展開に驚く暇も無かった。
一年半もかけてやってきたことが、たったの一週間足らずで全て終わってしまったのだから。
…だが、その安堵も入社するまでであった。
海外からの輸出を大きな利益としていたうちの企業は円高の影響をまともに食らい、大きな赤字を算出しているというのだ。
社員の誰もが慌ただしく動き回る環境の中、新入社員である俺達はいきなり投げ出されることとなってしまった。
必要最低限のことを短時間で叩き込まれ、後方支援として限界近くまで働かされる日々。
就職活動の時とはまた違った苦しみを今、俺は十分すぎるほどに実感していた。
「――とにかく、今度からはちゃんと指示された通りにやってくれよ」
「はい、分かりました」
「会社は自分一人で動いちゃいないんだ。どこかの繋がりが切れたら、気付かんうちに取り返しのつかないことにだってなるんだからな!」
「すいませんでした、以後気を付けます!」
数分間にわたる説教を終え、俺はふらふらとした足取りで部屋の外の休憩室へと向かう。
そこで自販機で柑橘系のジュースを買うと、傍にあった椅子に勢いよく崩れ落ちた。
疲れた体をジュースの甘味で誤魔化しながら、俺はふと、半年前までれいむと一緒に過ごしていた日々を思い出していた。
周囲に無能と蔑まれながらも、己の見出したゆっくりのために精一杯生き抜いてきたれいむ。
あいつも俺の下で『おしごと』をしていた時は、こんな気持ちだったのだろうか?
――もしそうだとしたら、全くもって皮肉な話である。
今度は俺自身が『れいむ』となって、会社という飼い主の下で『おしごと』をすることとなったのだから。
「人間も、ゆっくりも、根っこの部分は皆同じ、ってか…?」
そう虚空に向かって呟きながら残ったジュースを一気に飲み干し、俺はゆっくりと立ち上がった。
俺よりもっとつらい立場にあったれいむでさえ、あそこまで必死に『おしごと』をしていたんだ。人間の俺がそれより早く音を上げちゃあ、それこそあいつに笑われちまう。
「――まずは、迷惑掛けた人達に謝罪しないとな…」
軽く伸びをし、昼からの予定を頭に紡ぎ出そうとした。その時だった。
「よう、お疲れさん」
突然背後から声を掛けられて振り返ると、同じ部署の先輩が休憩屋の入り口に寄りかかりながら眼鏡を吹いているのが見えた。
「今日はまた、一段と激しかったねぇー、坂口部長」
「…いえ、その原因を作ったのは、全部自分ですから……」
あっけからんとした表情で話しかける先輩を見て、一段と申し訳ない気分になる。
彼はここに配属した際に俺の教育を任されている上司であり、日々様々な指示や助言を頂いている。
恐らく、俺が出て行った後に連帯責任として同じように部長に怒鳴られていたのであろう。
それを考えると、先輩の問いに明るく答えることなどできやしなかった。
「本当にすいません、先輩…」
「あぁいや、気にしなくていいよ。俺も昔はそうだったし」
「でも…」
「それに、今回のトラブルは君の責任だけじゃ無いしね」
そう言いながら先輩は自販機の前まで歩いていき、ボタンを押す。
「何飲みたい?」
「あの…すいません、さっき飲んでしまって…」
「俺は飲んでないの」
「……じゃあ、コーヒーをお願いします」
「ほい、ブラックでいいね?」
目の前に置かれたコーヒーにちびちび口を付けていると、その隣で先輩が先ほどの話の続きを話し始めた。
「確かに、ちゃんと言われた部署の人に渡さなかったのはまずかったけど、資料に差し出し相手を明記していなかった部長にも、事務の人にも落ち度はある。だから一人で気に病むことは無いよ」
「そう…ですか?」
「そうそう、さっき部長も言ってたろ? 会社は自分一人で動いていないって。あの人だって上から色々言われて仕方なくやってる部分もあるんだから、さ」
「はい、わかりました…」
そう言ったところで話がひと段落し、しばしの間、沈黙が流れる。
なんとか話題を作ろうと試行錯誤するが、なかなか思いつかない。
「…同期の原野って、覚えてるか?」
そうしているうちに、先輩が再び口を開いた。
その名前には、確かに聞きおぼえがある。
今年入社した同期は入社式に顔を合わせてからずっと別々の部署で働いていたため、顔と名前が一致しない人は正直何名かはいた。
だがその名前だけは、他の同期とは違う。特別な存在でもあった。
「たしか一流大学から、うちの会社にトップの成績で入社してきた人ですよね。入社式に代表で取締役と話した」
「そいつ、先日退職届け出したんだと」
「…えっ?」
突然の一言に、思わず驚きの声をあげてしまった。
確かに内定式と歓迎会に話をした程度だったが、その時は全然辞めそうな印象は感じられなかった。
それなのに、なぜ?
「詳しいことは俺も知らないけど、その理由があんまり納得できるものじゃ無かったらしくてさ、ちょっとトラブルになったらしいんだよ」
「でも、たった半年くらいで辞めちゃうなんて――」
「いいや、珍しくもなんともないよ、そんなの」
「?」
まるで最初っから辞めるのを知っていたかのような平然とした先輩の発言に、吐き出そうとしていた言葉が詰まる。
「うちん所だけじゃない、大手だろうが、中小だろうが、三年以内に辞める奴はいるのはどこでも同じだよ」
「まさか!? でも会社の中には、離職率がほとんど無い所だって――」」
「…お前、そんなこと本気で信じてんかよ? おめでたいにも程があるわ」
くい、と紙コップの中の物を一気に飲み干すと、それをぐしゃぐしゃに潰して、続ける。
「そんなのいくらでも誤魔化しようがあるだろ。『退職』の受理だけ遅らせたり、一部の部署だけを対象にしたり…少しでも新卒が入りやすくするための餌だよ、餌」
「でもそんなの――」
「どこだって、表面は綺麗な部分しか見せないんだよ。だから入った一部はそのギャップに耐えきれずに辞めていく。それだけのことだ」
「……」
――全くもって、馬鹿馬鹿しい茶番劇だと俺は思った。
以前俺は、就職活動の学生がお互いを蹴落とし合い、自身の能力を誇張して取り入る様を野良ゆっくりのようだと比喩していた。
それがどうだ、蓋を開けてみれば飼い主だと思っていた会社までもが、全く同じことをしていたのだから。
今回は景気が悪く、買い手市場だったから会社が『飼い主』の立場として『ゆっくり』である学生を見下していた。
それが売り手市場に変わりさえすれば、あっけなく立場が逆転し、企業が『ゆっくり』の立場となって『飼い主』に媚を売る。
ぐるぐる回る『ゆっくり』と『飼い主』との騙し合い。
――それを茶番劇と言わず、何と言うだろうか。
「半年経った今だから言えるけどさ、お前がうちの部署に来た時にもかなり心配してたんだよ」
「へ? 心配…ですか?」
「なんだかすぐ辞められそうな気がして、部長もあれでも結構気を使ってたんだ。本当だぞ?」
「え…あ……」
まさか、今まで俺がそんな風に思われていたとは、微塵も思っていなかった。
これ以上先のことを聞くのに抵抗が生まれるが、恐る恐る続きを訪ねる。
「…どうして、辞められそう、なんて…思ったんですか?」
「…う~ん、そう言われると、何と言えばいいか――」
だが、その問いに対する答えは意外なものであった。
「何となく。かな」
「はぁ!?」
あまりの答えに、つい先輩の前で素っ頓狂な声をあげてしまい、慌てて猛省した。
…だが、それはあまりにも予想外――いや、あまりにも酷すぎる答えだったからだ。
「お前って見た目が気弱そうに見えるからさ、強く言ったらすぐ来なくなりそうだなって思ってね」
「そんな!? 自分はそんな――」
「あぁいや、解ってる。そうじゃ無かったことは今はよーく解ってる。ただ、第一印象がそんな感じに見えた。って言ってるだけだからさ」
――確かに、自分は身長も低く中性的な顔立ちで、見た目が気弱そうとは前々から思ってはいた。
でもそれは生まれつきであるし、変えることなど整形でもしない限り不可能なことだ。
俺は先輩から言われたその一言に対し、失礼とは分かっていても声を荒げずにはいられなかった。
「じゃあ、自分が就職活動がうまくいかなかった理由も――」
「……まぁ、第一印象じゃかなり不利になってただろうね。言いづらいことだけど」
「冗談じゃないですよ! 見た目とか、どうしようもない理由なんかで落とすんですか!? 人事ってのは!?」
「そんなもんだよ、人を決める基準なんて」
信じたくなかった。
就職活動が終わってからも、ずっと分からないままになっていた不採用の原因。
それが、こんな理不尽なことですら理由とされていたなんて。
「一緒に働いてすらいないのに、履歴書と数回の面接だけでそいつが使えるかどうかなんて分かるわけないだろ。しかも何百人もの応募の中から決めるんだ、見た目と直感、学歴ぐらいしか決めようがない」
「まぁ、確かにそう言われると……」
「野球のスカウトなんか、いい例だろ。ドラフトでもてはやされてた奴が2、3年で名前すら聞かなくなるなんてよくある話だ。所詮、他人の付ける評価なんてそんな程度だよ」
「……」
「だから落ち込むなよ、お前が本当に優秀かどうかが分かるのはこれからなんだ。今までの理不尽な評価なんて誰も気にしちゃいないよ」
「…でも、おかげで気分も晴れました。どうもありがとうございます」
「あぁ、でも無理はすんなよ、いきなり来なくなったら俺が怒られちゃうからさ」
「ははは…それなら、心配ないですよ」
椅子から立って伸びをする先輩に見えないように、俺はポケットの中に忍ばせていたものを強く握りしめた。
手の中にある、少し色褪せた赤リボン。
それはれいむの残した、唯一の形見でもある。
「俺には『おしごと』の、大先輩がついてますんで」
れいむはこれからもずっと、俺に『おしごと』をし続けてくれる。
俺に勇気を与えるという、最高の『おしごと』を――
※『まりさのおしごと』へ続く――
制裁 思いやり 差別・格差 日常模様 野良ゆ 現代 後編という名の中編。虐待パート
※注
・anko3406「れいむのおしごと(前)」の後編となります
――扉を開けて、目の前に広がっていた光景。
それは、俺の想像していたものとははるかに異なったものであった。
「やっとかえってきたのぜ!!」
本来そこに居るはずの無いゆっくりが、俺を出迎えていたのだ。
大きさは、れいむとほぼ同じくらい。だが、その外見は明らかにれいむ種の物では無い。
頭にかぶった黒帽子。そこから覗く金髪の髪。人を見下したかのようなハの字眉。
『ゆっくりまりさ』と呼ばれるゆっくりが部屋の中央に陣取って、俺に向かって何やら叫んでいた。
「まりささまはかいゆっくりなんだぜ! それをまたせるとは、まったくつかえないどれいなんだぜぇ!!」
「飼い…ゆっくり…?」
突然の出来事に混乱するも、改めてまりさの外見を観察する。
本ゆんは飼いゆっくりだとかほざいていたが、全身が薄汚れ、色あせた帽子を被った姿はどう見ても野良にしか見えない。
ただ、その帽子には茶色く輝く物体が貼りついていた。
飼いゆっくりを証明する最低限の証、銅バッジだ。
「このばっじさんがめにはいらないのぜ!? かいゆっくりであるまりささまには、ゆっくりできるけんりがあるんだぜ!!」
「………一体、どういうことだ」
ふと部屋の奥を見ると、窓ガラスの下方が割れているのに気がついた。
昔、れいむが侵入してきた窓。このまりさはそこを強引に破って侵入してきたのだろう。
だが――
「……おい、糞饅頭」
「はぁぁぁああ!? どれいはみみがくさっているのぜぇぇ!? まりささまはかいゆっくりだっていってるだろうがあああ!!」
「れいむは何処だ」
「…ゆ!?」
――れいむの姿が、どこにも見当たらなかった。
「なっ、ななななななにいってるんだぜぇぇ!? れ、れれれいむなんかしらっないんだぜええ!!」
「……本当か?」
「ほっ、ほほほほんとうなんだぜぇぇ! ま、まままりささまはかいゆっくりなんだぜぜぜぜ!!」
「…………」
れいむと暮らしている間、俺は飼いゆっくりについての本を何冊か立ち読みしたことがあった。
単頭飼いの注意点として、成体ゆっくりは孤独な時間が多くなるとつがいの相手を欲しがるようになると。
そして飼いゆっくりになろうとする野良に言い寄られ、飼い主に迷惑をかける危険性が多々あるともその本には書いてあった。
俺はまりさを見た時、最初はれいむがまりさとつがいになろうと招き入れたのではないかとも考えていた。
つがいのことは今まで一度も口にしなかったが、れいむももう成ゆっくりだ。そういう考えを持つことは十分予想できる。
だが、もしそうだったとしても俺はれいむを許すつもりでいた。
長い間、就職活動のせいでれいむにも散々つらい思いをさせてきたのだ。他にゆっくりできる相手を欲しがろうとするのも無理はない。
だからせめてもの罪滅ぼしとして、つがいも一緒に面倒見てやるぐらいのことはしようとは思っていた。
……だが、俺の予想はすぐに疑惑へと変わった。
それはれいむを知らないと言い張る、まりさの挙動不審な言動からだけではない。
まりさが付けている銅バッジ。
それはれいむが、今までずっと着けていた物だったからだ。
れいむの飼いゆっくりの申請をして半年くらいのことだっただろうか。
俺がれいむのお飾りを洗っていた際、銅バッジを誤って踏みつけ、留め具部分をへし折ってしまうという事件があった。
その時、再申請を面倒がった俺はセロテープで応急処置をし、何食わぬ顔でれいむのリボンに戻したのだ。
元々飼いゆっくりのバッジにこだわりが無かったせいか、れいむはそのことに全く気付いていなかったが、セロテープで覆われた銅バッジは通常の物より明らかに違う光沢を放っていた。
――そのバッジを、なぜこのまりさが着けている?
「し、ししししんじてほしいんだぜ!! ま、まりさはれれれいむなんて、みたことないんだぜええ!!」
「……そうか」
「そう! そうそうそうそうなんだぜ!!」
軽くため息をつく俺を見て、まりさが安堵の表情を浮かべる。
その間抜け顔に視線を向けたまま俺は顔を上げ、部屋の奥に向かって思いっきり叫んだ。
「なぁんだ、れいむ、そんな所にいたんだ!」
「ゆぅぅっ!?」
まりさの表情が瞬時に固まり、勢いよく後ろを振り向く。
その視線の先が奥にある雑誌の山へと向けられていたのを、俺は見逃さなかった。
まりさの後頭部を蹴飛ばし、すぐさま雑誌の山へと駆け寄る。
積み重ねて置いてあったはずの雑誌の束は乱雑に崩されており、こんもりと小さな山を形成していた。
まるで、何かを隠しているかのように。
その山を一冊一冊、丁寧に剥がしていく。
山の先端が少しずつ削れていくに伴い、胸の動悸がどんどん激しくなる。
それでも俺は、黙々と手を動かし続けた。
――そして、六冊目の雑誌を持ち上げた時だった。
「………れい……む…?」
変わり果てたれいむの姿が、そこにあった。
頭髪が半分ほど抜け落ち、全身が枯れたように黒ずんだその姿だけでは、何のゆっくりだか分からなかっただろう。
残った黒髪にかろうじて引っかかっていた、持ち主の姿とは不釣合いなほどに鮮やかな赤リボン。
それだけが、このゆっくりが元れいむであったことを証明していた。
「お、おい……嘘…だろ………」
震える手で、ゆっくりとれいむを掴みあげる。
軽い
バスケットボールほどあったれいむの体は半分にまで縮み、余った皮によって皺だらけとなったその体は、驚くほど軽かった。
「れいむ起きろ! なあ、目を開けろよ!!」
れいむの頭には、植物型妊娠のものとおぼしき茎が何本も生えていた。
そのどれもが枯れ果てており、茎の先端には腐ったプチトマトのような黒い塊がいくつもくっついている。
限度を超えたすっきりによる、栄養失調死。
それがれいむの死因であることは、誰が見ても明らかだった。
「くそっ!!」
れいむの頭の茎を指でつまみ、一つ一つ丁寧に折っていく。
勢いよく全部引き抜いてしまいたかったが、れいむの体をこれ以上損傷させるわけにはいかない。
全ての枝を取り終わると、すぐさま俺は持っていた袋からオレンジジュースを取り出し、手に持ったれいむに向かって思い切りぶちまけた。
れいむの体をつたったジュースが、俺の手を、ズボンを、足元の雑誌の山を次々とオレンジ色に染め上げていく。
だが、そんなことはどうでもよかった。
わずかな希望にすがり、俺はひたすらジュースをれいむの体にかけ続けた。
その手の中に、まだ命の火が残っていることを信じて――
「どれい!! そのあまあまをまりささまにけんっじょうっ! するんだぜ!」
俺の背後で、先ほどのまりさがなにやら喚いている。
その耳障りな声に沸々とどす黒いものが湧き上がってくるが、今はれいむの命が最優先だ。
何とか自我でその感情を押しとどめ、目の前のことだけに集中しようとする。
「ゆっがあああああ!! むしするなあああああ!!」
れいむは、未だぴくりとも動かない。
手に持つジュースが軽くなっていくに従い、俺の不安はますます重さを増していく。
「頼む、少しの間だけでもいいんだ……」
れいむに、伝えなきゃいけないことがある。
俺が今まで、ずっと気づいてやれなかったことを。
だから――
「あのくず、まだしんでなかったのぜぇぇぇ!?」
――――クズ?
その一言に、俺の体がぴくりと反応した。
「ク…ズ……?」
「ゆぅ?」
振り返ると、俺を見上げるまりさと目が合った。
その口元には、今にも殴り倒したくなるような笑みが張り付いている。
「れいむが、クズ…だと……?」
「…ゆぷっ、ゆぷぷっ……げらげらげらげらげらげら! どれいはそんなこともしらないのぜ!? とんだあんこのうなんだぜ!!」
初めて俺が反応を示したことに気を良くしただろう。俺の問いに被せるように、まりさが下品な笑い声をあげた。
可笑しくてたまらない、とでも言いたそうに、おさげをばしばしと床に叩きつけながら。
「れいむは、なにもできないやくったたずの、くずゆっくりなんだぜ!! そんなのまりさがおちびちゃんのときからしってるじょうっしきっ! なんだぜええ!!」
「……………!」
――言葉が、出なかった。
「かりがへたくそで! あんよもおそくて! あたまもわるくて! おちびをうむぐらいしかつかいみちのないごみなんだぜ!!」
まりさの放つ、一言一言。
「じひぶかいまりささまは、そこのくずにまりささまをすっきりさせるけんりをあたえてやったんだぜ! もっとないてよろこぶべきなんだぜぇぇ!!」
それは俺が考えていた、れいむが仕事を求めていた答え、そのものだったからだ。
――俺は、れいむに対して、ある一つの疑問をずっと抱いていた。
それは、れいむとその母親が、群れを追われた理由についてである。
以前、れいむは自身が群れを追われた原因について、父親である「まりさ」が死んでしまったからだと言っていた。
だがはたして、群れの連中はそんな小さな理由でれいむ一家を群れから追い出そうとしたのだろうか?
ゆっくり種は基本的に、群れを作りたがる習性を有しているらしい。
所説では、自身の弱さを自覚しているからだとか、他のゆっくりと一緒にいることでより大きなゆっくりを堪能できるからだとか、様々な説が定義されているが詳しいことは未だ良く分かっていない。
だがゆっくりは「集まることでよりゆっくりできる」という思考を持つことだけは、確実であるようだ。
…最初は、れいむの母親がゲス、又はでいぶであったから。とも考えていた。
れいむ種は子育てに関わる機会が多い反面、我が子をダシに使ってまでゆっくりしようとする外道も数多く報告されている。
それらは一般的に「でいぶ」と呼ばれ、同属の間からでも忌み嫌われている存在とされ、敬遠される。
もし母れいむがそのようなゆっくりであったのならば、それがトラブルの種となり、結果的に群れを追い出されたことも十分予想できた。
だが、そう考えるとまた新たな疑問が浮上する。
はたしてそんなゆっくりが、我が子に対して「おたべなさい」などするのだろうか?
でいぶは、れいむ種の「ぼせい」が肥大化したものであるという説も定義されてはいるが、その行動・思考パターンは基本的にゲスのものとほぼ変わらない。
「自分がゆっくりするため」
ゆっくりにおいて至高ともいえる、その考えのためだけにゲスやでいぶは他者や我が子を踏み台にし、ゆっくりを得ようとする。
そんな自分本位の塊が、我が子とはいえ他ゆんに命を差し出すなどとは、まず考えられないことである。
…もちろん、途中で真の母性に目覚めたとか、やむを得ない理由だとか、万に一つという可能性はあるだろう。
――だが、こう考えるならば、今までの疑問点は全て解決する。
れいむ種は、意図的に迫害を受けていた
俺がその仮説を持つようになったのは、数ヶ月前。本屋で『ゆっくりの飼い方と基礎知識』という本を立ち読みしていた時であった。
最初は何気なくれいむ種の特徴だけを読んでいたのだが、やがてある項目で手が止まった。
『多頭飼いの際の注意点』
その項目の中で、俺はれいむ種についてこう書かれてあるのを発見したのだ。
『環境によっては、れいむ種は他種からいじめられる危険性があるので注意しましょう』
ゆっくり種の持つ害悪は多々あるが、その一つとして自分より下のものを見下し、迫害するという習性が挙げられる。
これはゆっくりがよりゆっくりを得るための習性からくるものらしく、通常はお飾りを失った固体や、足りないゆっくりなどがその対象とされる。
だが、それらの個体数が存在しない場合――れいむ種も、差別の標的とされることがあるというのだ。
れいむ種はゆっくりの中でも個体数が多い反面、他種に比べて特出した能力を持っていないとされている。
最も人間の目から見れば目糞鼻糞の違いでしかないのだが、その差はゆっくりからすれば無能の烙印を押すに十分な理由となるらしい。
…もしれいむとその母親が、群れの中でそのような迫害を受けていたのだとしたら?
そして、その仮説は先ほどのまりさの発言によって、完全に確信へと変わった。
――だから、父まりさが死に、れいむだけとなった二匹は役立たずとして群れから追放された。
他の群れを、仲間を頼ろうとしても、無能と呼ばれたれいむは誰も相手にしてくれなかった。
同じれいむ種達もまた、自分自身の保身で手一杯だったはずだ。誰も追放されたれいむに手を貸そうとはしなかっただろう。
そして、唯一の拠り所であった、母親の死。
その後もれいむは誰からも拒絶され続けた、ゆっくりできないゆん生を歩んできたのだろう。
そう、その姿はまるで――
「は……はは…は………」
無意識のうちに、俺の口からは乾いた笑い声が漏れ出していた。
「なんだよ…………れいむも俺と……一緒だったんじゃねぇか………」
俺は一体、今までれいむの何を見ていたんだろうか?
変わったゆっくり?
仕事が大好き?
――違う
れいむはただ、ゆっくりしたかっただけだったんだ。
拒絶され続けた自分を、初めて認めてくれた。
その人の傍で、ずっとずっと、一緒にゆっくりしたかった。ただそれだけだったんだ。
だからこそ、あんなにも俺から『おしごと』を貰おうと必死になっていた。
俺からあの言葉を貰えるのが、自分が認めてもらえる存在であることが、何よりも嬉しくて。
「…内定……貰えねぇわけだわ……」
気がつけば、俺は泣いていた。
今まで就活で何度も自身を否定され、とっくの昔に枯れ果てたとばかり思っていたのに。
次々と目から溢れ出る涙が、黒ずんだれいむの体に、ずぶ濡れになった床に、次々と染み込んでいく。
「目先のことばかり考えで…周りが見えない奴なんで、だ…誰も…欲しがるわげ無ぇもんな……」
(とってもゆっくりできたよ、れいむ)
れいむに何気なく放った、その一言。
それがれいむにとってどれほど衝撃的なものだったのか、今の俺には手に取るように分かる。
俺自身が自分を認めてくれた教授の恩に報いようとしたように、れいむもまた、今まで俺のために精一杯頑張っていたんだ。
(れいむのおしごとは、おにいさんをゆっくりさせることだよ!!)
いつもいつも聞き流していた、あの言葉。
あれはれいむの本心、そのものだったんだ。
「……こんな…ごんな目の前に、俺と同じ仲間が……い、いだっでのに…ぞんなごどにも気付かないなんでよ……」
それを、突き放してしまった。
誰が?
俺だ。
俺が、自分の手で――
「れいむ………」
オレンジジュースが空になっても、れいむの目は再び開くことは無かった。
それでも俺は手の中のれいむに向かって、呟かずにはいられなかった。
「……ありがとう…れいむ……とっても……ゆっくりできたよ……」
れいむに与えてやるはずだった、最高の報酬を。
「ゆひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!! くずがしんだのをみて、おなじくずがえんえんないてるんだぜ!!」
目の前のゴミが再び放つ不快音。
それが、俺の意識を切り替えるスイッチとなった。
今まで高ぶっていた俺の感情が、急に冷めきったものへと変化していく。
「ゆひっ、ゆひぃっ…あのくずれいむは、いままででさいっこうっ! のくずだったんだぜ!! まむまむはきつきつのくせして、すっきりすらいわない、とんだまぐろだったんだぜぇ!!」
俺はもう一度、手の中にあるれいむの顔を覗き込んだ。
唇を噛み締め、固く目を閉じたその表情は、必死に何かに耐えているようにも見えた。
俺が部屋を飛び出した、あの時――
俺は引き留めようとするれいむに向かって「黙れ」と叫んだ。
…それが、俺ががれいむに与えた、最後の『おしごと』だった。
「あんなまぐろゆっくり、はじめてみたんだぜ!! それでもまりささまは、じまんの『びっぐまぐなむ』でまぐろをしょうってんっ! させてやったんだぜぇぇ!!」
俺に嫌われたくない一心で、れいむはずっと俺の命令を守り続けていたのか?
こんなゴミに犯されるのに耐えてまで、俺なんかともう一度、仲直りしたかったのかよ?
――全く、ドアの前でまごまごしてた俺が、本当に馬鹿みたいじゃないか。
「くずがしょうってんっ! したときは、さいっこうだったんだぜぇー! まむまむをきゅっきゅっとしめつけて、ごほうびにもういっぱつすっきりしてやったら、もっとびくびくして……」
俺は静かに立ちあがり、未だわめき続けるゴミの下へと近づいていく。
すると、それに気付いた足元のゴミがさらに一段と大きな声を張り上げた。
「どれい!! そこのくずみたいになりたくなかったら、いますぐまりささまにあまあまとびゆっくりをけんっじょうっ! するんだぜ!!」
そのゴミに向かって、俺は左足を大きく振り上げる。
そして――
「こんどはそこのうんうんみたいなれいむじゃなくて、ありすかぱちゅりーをつれビゅっ!?」
上を向いて叫ぶゴミ――まりさの脳天めがけて、俺は勢いよく左足をねじ込んだ。
ゴムボールを踏みつぶしたような柔らかい感触が、素足にダイレクトに伝わる。
俺が放った一撃は、頭にかぶった帽子ごとまりさの体を大きくひしゃげさせていた。
「あ……おご……お…!?」
「……俺は、自分自身が許せねェよ……」
踏み抜いた左足にさらに体重をかけ、爪先をまりさの奥深くにねじ込む。
みちぃっ
「おピゅイっ!?」
中枢餡に衝撃が入ったのだろうか、まりさが裏返った悲鳴を上げながら体をびゅくんと痙攣させた。
その悲鳴に習うように、俺はねじ込んだ左足を脳天から引き抜いてやる。
「…ゆぐ……ひ……」
「痛いか? そうだろうな。れいむはもっと痛かっただろうがなぁ…」
足を上げてしばらくすると、痙攣していたまりさが体勢を立て直し、こちらを睨みつけてきた。
先ほどの痛みも怒りで上書きされたのだろうか、全身をわなわなと震わせている。
「ごの…くずにんげぇん……まりざざまがやさしくしてやれば、つげあがりやがっでえええええ!!」
「……優しく…ねぇ」
「もうておくれなんだぜぇぇ! ばらばらにひきさいてやるんだぜぇぇぇ!!」
「……その優しさとやらを、れいむに――」
「がーぶがーぶじでやるぅぅぅ!!」
そう言うが否や、こちらに向かって勢いよく飛びかかってきた。
先ほどの発言と、口を大きく開いていることから噛みつき攻撃でもしようとしているのだろう。
それに合わせるように、俺はもう一度その汚い顔面に向かって足を突き出した。
「――分けてやってくれりゃぁ、なぁッ!!」
「ゆっじビゅうっ!?」
勢いよく突き出された俺の足が、無策に真正面から突っ込んできたまりさの顔面を正確に捉えた。
めり込んだ足の先端に、今度はぱきぱきと何かが割れる感触が伝わる。
足から離れたまりさの体はべしゃりと床に叩きつけられ、口からごぼりと一塊の餡子を吐き出した。
「ゆ…ごぼっ……な、なんなのぜ、ごれば……?」
吐き出された自分の中身を見て、まりさが弱々しく声を上げた。
目の前の餡子には、黄ばんだ小さな破片がいくつも散らばっている。
それが自分の歯であると悟る前に、俺はまりさの後頭部を踏みつけ、目の前の餡子の塊の中にその顔面を叩きつけた。
ぶちゃっ!
「ぶじ!! ぶ…ごぶびぃっ!」
踏みつけた足に、生温かい餡子が纏わりつく。
それすら構わず、俺は水道管に物が詰まったような声を出してもがくまりさに向かって、何度も黒く濡れた足を振り下ろす。
ぐちぃっ!
「がぼっ!!」
「…なぁ、教えてくれよ」
ぐじっ! ぐじっ! ぐじっ!
「あボっ!! おぶっ!! このくボッ!? なびッ!! ぐヂッ!! ぶじゅ!! やべヂッ!?」
「…お前をどうしたら、れいむは許してくれると思う?」
「ごべんばっ!! あぶっ!? おねばっ!! やベッ!! ぐぴょ!! えびっ!! ずボッ!?」
「なぁ、なぁ、なぁ、なぁ、なぁ、なぁ、なぁ、なぁ、なぁ、なぁ、なぁ! なぁッ!!」
何度も、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!
暴れるまりさの頭部に、顔面に、後頭部に次々と俺の足がめり込んでいく。
足が上下するたびに、まりさは色とりどりの悲鳴を上げ、もがき続ける。
まるでそういう楽器を演奏しているかのように、俺はひたすらまりさに向かって何度も足を突き出し続けていた。
「…ゆぴッ……ゆげッ………」
――数分後、俺の目の前には顔をボコボコに腫らしたゴミ饅頭の姿が転がっていた。
仰向けに倒れたその体は幾度となく与えられた衝撃によっていびつに変形し、全身が涙と体液でぬめぬめと湿っている。
最初に俺に噛みつこうとした歯はあちこち破壊され、床や吐きだした餡子の中に散らばっていた。
あんよは緩んだしーしー穴から噴き出た自身の失禁物によってグズグズに濡れており、しばらくは歩くことすらままならないだろう。
「ぼぅ……やべで……ぐだざぃ……」
俺は静かに、まりさの前にしゃがみ込んだ。
突然俺との視線が近くなり、まりさの体がびくりと痙攣する。
「ごべん…なざぃ……まりざはんぜいじでまず……だがらぼう、いだいいだいはじないでぇ……」
開きっぱなしのしーしー穴から、再び液体がちょろちょろと溢れ出てきた。
それを見て、俺はほっと胸をなでおろす。
…全く、危ないところだった。
れいむを殺した凶器を、気付かずにそのままにしておくだなんて。
「ごべんなざぃ、ごべんなざぃ、ごべんなざぃぃ……」
握りしめていた右手の指をゆっくり開き、貫手に変える。
格闘技の経験など無いが、相手は生ゴミだ。見よう見まねでもどうとでもなる。
「ごんなにもはんぜいじてるんですぅぅ……だがら、まりざをゆるじてぐだざいぃぃ……イ゛!?」
静かに伸ばした左手が、まりさの顔面をがしりと掴んだ。
ゆっくりできない感触に、まりさが体をよじらせて必死に逃げようとする。
モルンモルンと間抜けな音を響かせるその抵抗を力づくで床に押さえつけ、俺は貫手にした右手を下へ下へと下げていく。
「や…やべ……やべでやべでやべでやべでやべでやべで!?」
体液を垂れ流し、開きっぱなしになったしーしー穴。
その入り口は肉眼でも一目で確認することができる。
そこに向かって、俺は勢いよく貫手にした右手を付き入れた。
ぐじゅっ!
「ピイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィ!!!!!」
ゆっくりのものとは思えない、小動物のような甲高い鳴き声が部屋中に響き渡る。
指の付け根まで突き刺さった右手にも、その振動が餡子を通してびりびりと伝わってきた。
ゆっくりは基本的に、雌雄同体性である。
普段はしーしー穴の奥に隠されている生殖器は、生殖の際にはぺにぺに、又はまむまむを形成する事によって性交を行う。
その生殖器を探りだすように、俺は手首をさらにねじり込んでいく。
ぐじゅっ、ぐじゅっ、ぐじゅ
「あぎゅピィィぃぃぃ!? いだいっ! いだいぃぃいいぃ!!」
手の中の餡子が擦れるごとに、まりさが断続的な悲鳴を上げた。
自身の内臓に等しい餡子を掻き回されいるのだ。その悲鳴は先ほどの踏み付けとは比べ物にならないほど悲痛なものである。
それでもなお、俺は手を動かすのを止めようとはしない。
手首を捻り、指を這わせ、ひたすらまりさの体内へと、右腕を突き進めていく。
ぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅぐじゅ…
「えボあがあぁあああああああああぁぁ!? じぬっ! じヌゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
――やがて、指先に突っ張るような感触が伝わった。
ビニール袋に手を突っ込んだような、指先に纏わりつく触感をしたそれは、明らかに餡子とは違う『何か』だった。
それに向かって、貫手にした指をゆっくりと開いていく。
ぐじっ…
「おご!! …やべっ! やべやべやべやべでえぇっ!!」
ぐじじじじじじじっ……
「おびっ! おじびっ! おぢびじゃんでぎなぐなっじゃうぅぅぅ!!」
「やめて…だぁ?」
その悲鳴を遮るように、右手の中にあるものを巻き込むようにして指を閉じる。
まりさの体内にある餡子が圧迫され、勢いよく指の隙間から溢れ出た。
にゅちっ!
「おギょおぉ!?」
再び開く、握る、開く、握る
俺が力を込めるたびに、まりさの体内で餡子がにゅるにゅると掻き混ぜられていく。
そのリズムに合わせて、まりさの体がびくんびくんと小刻みに跳ね上がった。
にゅぢ にゅぢ にゅぢ にゅぢ にゅぢ にゅぢ
「あげ! ぼべ! ぼべ! ばべ!?」
「や め て だ と ?」
ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ!
「やべでっ! ギゅッ!? やべじぇぎゅじゃジャい!! おじぇ!! おジェがいじマジュぅ!!」
やがて、死のダンスを踊り続けるまりさの両目から、口から、あにゃるから大量の砂糖水が溢れ出してきた。
右手に塞がれて行き場を無くしたしーしーが、穴という穴から吹き出しているのだろうか。
まりさの懇願が醜く崩れ始めてきたのを見計らい、俺は右手をぴたりと止めた。
「あぼ………や…やべで…おじぇがい……」
「……」
手首まで埋まった右手を、今まで以上に大きく広げる。
指を動かし、少しずつ指に纏わりつく『それ』を手の中に引き込むと、ゆっくりと指先に力を込めていく。
「まり…ざの…まむまむがら…ぞれを、ぞれを…ぬいでくだざいぃぃ……」
「ああそうだな。抜いてやるよ」
俺の放った一言に、まりさの顔に僅かな安堵の表情が宿る。
その表情に微笑みを投げかけると、俺は手の中にあるものを掴んだまま、右腕を体外に引き出すべく力を込めた。
みちっ! みちみちみちみち!!
「あがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ!?」
引き出そうとした右腕が、まりさの饅頭皮の内部でつっかえた。
貫手にしてねじ込んだ物が、今度は握りこぶしの状態で引き出されようとしている。
胎生出産でもない状態での異物の摘出に、まりさの饅頭皮がみちみちと張り詰めていく。
そして――
ぼんっ!!
びぢっ! びぢびぢびぢっ!!
まりさの体内から右腕が引き出されると同時に、床に、壁に、俺の体に黒い飛沫が勢いよく飛び散った。
静かに、引き抜いた右腕に視線を落とす。
手首まで真っ黒に染まった俺の右手の中には、餡子と一緒に薄い饅頭皮が垂れ下がっていた。
その塊を、足元でびくびくと痙攣しているまりさに向かって投げ捨てる。
びちゃっ
「ゆびっ!?」
目の前に叩きつけられた物体から飛び散る飛沫に、まりさが小さな悲鳴を上げた。
そしてゆっくりと、面前にある黒い塊を覗き込む。
「ゆ………ごれ……………なに…?」
「…おいおい、自分の体の中にあったものも分からないのかよ」
その言葉に、まりさの体がびくんと硬直した。
恐る恐る、自身の下半身を見下ろす。
先程まで異物が侵入し、絶えず激痛を与え続けていた場所。
そこには、ぐちゃぐちゃに裂けた自分のものが、ぽっかりと大きな口を広げていた。
「……ゆ゛………あ゛……あ゛あ゛あ゛あ゛…!?」
まりさがかすれた叫びをあげると同時に、その場所からどろりと餡子が溢れ出してきた。
慌てて床にへばりつき、中身の流出を止めようとする。
それでも体と床の隙間から、じわじわと砂糖水に溶け込んだ黒い液体がにじみ出ているのがここからでもよく見えた。
恐らく、そのままほっといても失餡死に至るのは時間の問題だろう。
「『それ』…何だか教えてやろうか?」
俺の問いに対し、まりさがぶるぶると懇願するような眼で俺を見上げてきた。
言わないでほしい。教えてほしくない。とでも言いたそうに。
その言葉に対する返事を聞く前に、俺は足で床に落ちた『それ』をまりさの前に盛りあげていく。
「あ゛…ぁぁ…ぁ………」
「『それ』はね――お前のおちびちゃんを作る、大事な部分だよ」
「あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛
あ゛あ゛あ゛ あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!」
「嬉しいだろ? はじめて自分の自慢のものを直に見ることができたんだからさぁ」
「ま゛、ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛ま゛り゛り゛り゛さ゛の゛の゛の゛の゛の゛の゛の゛!?」
「見てみろよ、びくびく動いてる。まだ生きてるんだぜ、これ?」
「ま゛ ま゛む゛ま゛む゛うううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」
「ほら、ぺーろぺーろしたら、元に戻るかもよ? やってみろよ!」
「ま゛ふ゛ま゛……ぶじぃっ!!」
積み上がった『それ』に顔面を押し付けられ、まりさは自分の体の中にあったものに向かって必死で舌を這わせる。
その滑稽な姿を見下ろしながら、俺はまりさの背後で静かに呟いた。
「ぺーろ…ぺーろぉぉ…! …まりざのまむまむ、ばむばむぅぅぅ…」
「…美味いか? 自分の体ン中でこさえたモンはよぉ?」
「ぺぇろ…ぺぇろ…! ぺぇぇろ、ぺぇぇろぉぉ……!!」
「そいつでれいむを殺したんだろ? さぞ美味いだろうなぁ…あァ!?」
まりさが必死で舐め続ける黒い塊。
『それ』向かって、俺は握りしめた両腕を振り下ろした。
ぶちゃっ!!
「はごぉ!?」
「あーあ、潰れちゃった」
勢いよく叩きつけられた俺の両手は、まりさの舌ごとその塊を叩き潰していた。
手の隙間から、まりさが舐めていたものが破片となって辺りに飛び散る。
再び訪れた衝撃と激痛に、まりさが声にならない叫び声を上げた。
ゆっくりと、塊に埋もれた両手を持ちあげていく。
やがて、まりさの面前にぐちゃぐちゃのペースト状になった塊と、二倍の面積に広がった自分の舌が姿を現した。
「あ……あ゛ぁ……ぁ……」
「――さて」
自分の一部の成れの果てを見たまま固まったまりさの頭部を右手で鷲掴みし、そのままの格好で持ち上げた。
塞ぐものが無くなったまりさの下半身から、命ともいえる餡子がぼとぼとと垂れ落ちていく。
「最後に、言い残すことはあるか?」
「あ………あぅ………あ――」
無秩序な痙攣を続けるまりさに向かって、俺は静かに語りかける。
まりさは、何も答えない。
ただただ、濁った瞳でこちらを見つめ続けている。
――そして、その瞳の先に歪んだ笑みを浮かべた男の顔が映り込んでいた。
紛れもない、俺の顔だ。
だが、その笑顔は決して歓喜に満ち溢れたものではなかった。
無理矢理作り出した、仮面の笑顔。
その持ち主は今、己の行動の無意味さに虚しさを感じていた。
――もう、何もかもが嫌だった。
踏んでも、
蹴っても、
中身を引きずり出しても、
どれだけ憎しみの言葉をぶつけても、
まりさには、何も届いていない。
さっきから嫌というほど繰り返されている謝罪と懇願。
その中に、れいむに対して発せられたものは何一つとして無かった。
こいつはどうせ、今でも自分は何も悪いことをしていない。悲劇のヒロインだと思い続けているのだろう。
そんな奴に対して、俺はこれ以上痛めつけても何の意味をなさないことを悟りつつあった。
「……ゅ……」
吊り下げられたまりさの口から、僅かに声が漏れた。
「…ゆる………て…………だ……ざぃ……」
まただ。
中身のない、言葉だけの謝罪。
これ以上の発言は無駄だと感じ、俺は止めを刺すべくまりさを床へと叩きつけようと右手に力を込める。
――その時だった。
「なんで…も………じまず………だが…ら……だず…げ………」
「………!」
その一言に、俺のうつろな思考にある考えが宿った。
掴んだまりさの体を、れいむのいた場所――オレンジジュースの染み込んだ床の方へと投げ捨てる。
びちゃっ、という水音をたてて、ボロ雑巾のようになったまりさがオレンジジュース溜まりの中に着水した。
「…あぐ……ぁ…あば……あば………あまあまぁぁ……」
まりさが半分になった舌を動かし、必死で足元のジュースを舐めとっていく。
ぴちゃぴちゃとマナーの欠片も無い音を立てながらジュースを飲むその姿は、まさに不快感の塊でしかない。
そのまりさに向かって、俺は静かに言葉を投げかけた。
「そこの床を綺麗にしろ。でないと殺す」
「ばっ! ばいぃぃぃぃぃぃぃぃ…!! ぎれいにじばず! がんばっでぎれいにじばずぅぅぅ!!」
――俺は昔、同じ場所で同じ言葉を聞いたことがある。
それは、雨宿りをさせてもらおうとしたれいむが、俺に向かって放った言葉だった。
『なんでもします』
その一言で、れいむの命は助かり、俺の家で暮らすこととなった。
そして、今度は――
「……何でもする。確かにそう言ったな」
「はいぃぃっ! まりざはっ! むれでいぢばんのかりのめいじゅでじたっ!! あんよぼだれにぼまげまぜんっ!! だがら――」
「それは『れいむ』よりもか?」
「れいぶなんがより、まりざのぼうがもっどもっどゆうじゅうでずっ!! ぜっだいにまげまぜんっ!!」
「そうかそうかぁ、それは凄い な ぁ 」
目の前にしゃがみこんだ俺に見向きもせず、ひたすらまりさは床を舐め続けている。
それほどまでに、目先の生に縋りつきたいのだろうか。
必死な姿で『おしごと』を行うまりさを見下ろして、俺は今までに無いほどの笑顔を向けていた。
「――じゃあ、優秀なまりさちゃんには、れいむの代わりに『おしごと』を し て も ら お う か な ?」
俺がまりさに抱いた感情。
――それは、あの時のれいむに対して抱いたものとは、遥かにかけ離れたものであった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「おい、こないだ頼んでた企画書についてなんだけど」
「あ、はい、何でしょうか」
「今日、広報の山本から届いてないって連絡あったんだが、お前、ちゃんと総務部に渡したのか?」
「あ、その…その時、ちょうど昼休みでして、事務の武田さんに渡して――」
「馬鹿野郎!!」
ドンッ!!
机を叩く大きな音と共に浴びせられたその声に、俺の体がびくりと硬直する。
何度も浴びせられてるせいか、今ではそのドスの聞いた声に体が敏感に反応するようになってしまった。
「事務の人に企画書見ても分かるわけ無ぇだろうが! それぐらいちょっと考えれば分かるだろ!!」
「え…でも、ちゃんと総務の人に渡して欲しいと――」
「武田さんがそのまま部長に渡しちゃったんだよ! 真ん中を挟まずに上に提出したから、広報に渡すはずだった奴に連絡がいかなかったんだよ!!」
「え、あ…す、すいませんでした!! 急いで総務に――」
「もう俺が全部やったよ!! あとはお前を怒るだけだ!!」
「すいませんでした!! 本当にすいませんでした!!」
…あれから半年後、俺は教授が推薦してくれた企業から内定を貰い、今は企画部の研修生として働いている。
土壇場で内定辞退を受け、よほど人材確保に急いでいたのだろう。入社試験は今までとは比べ物にならないほどとんとん拍子に進み、あっという間に最終面接まで進むこととなった。
それどころか何度も躓き、トラウマとなっていた面接でさえもほとんど雑談で終わり、なんとその日のうちに内定を通達されたのだ。
正直、あまりの急展開に驚く暇も無かった。
一年半もかけてやってきたことが、たったの一週間足らずで全て終わってしまったのだから。
…だが、その安堵も入社するまでであった。
海外からの輸出を大きな利益としていたうちの企業は円高の影響をまともに食らい、大きな赤字を算出しているというのだ。
社員の誰もが慌ただしく動き回る環境の中、新入社員である俺達はいきなり投げ出されることとなってしまった。
必要最低限のことを短時間で叩き込まれ、後方支援として限界近くまで働かされる日々。
就職活動の時とはまた違った苦しみを今、俺は十分すぎるほどに実感していた。
「――とにかく、今度からはちゃんと指示された通りにやってくれよ」
「はい、分かりました」
「会社は自分一人で動いちゃいないんだ。どこかの繋がりが切れたら、気付かんうちに取り返しのつかないことにだってなるんだからな!」
「すいませんでした、以後気を付けます!」
数分間にわたる説教を終え、俺はふらふらとした足取りで部屋の外の休憩室へと向かう。
そこで自販機で柑橘系のジュースを買うと、傍にあった椅子に勢いよく崩れ落ちた。
疲れた体をジュースの甘味で誤魔化しながら、俺はふと、半年前までれいむと一緒に過ごしていた日々を思い出していた。
周囲に無能と蔑まれながらも、己の見出したゆっくりのために精一杯生き抜いてきたれいむ。
あいつも俺の下で『おしごと』をしていた時は、こんな気持ちだったのだろうか?
――もしそうだとしたら、全くもって皮肉な話である。
今度は俺自身が『れいむ』となって、会社という飼い主の下で『おしごと』をすることとなったのだから。
「人間も、ゆっくりも、根っこの部分は皆同じ、ってか…?」
そう虚空に向かって呟きながら残ったジュースを一気に飲み干し、俺はゆっくりと立ち上がった。
俺よりもっとつらい立場にあったれいむでさえ、あそこまで必死に『おしごと』をしていたんだ。人間の俺がそれより早く音を上げちゃあ、それこそあいつに笑われちまう。
「――まずは、迷惑掛けた人達に謝罪しないとな…」
軽く伸びをし、昼からの予定を頭に紡ぎ出そうとした。その時だった。
「よう、お疲れさん」
突然背後から声を掛けられて振り返ると、同じ部署の先輩が休憩屋の入り口に寄りかかりながら眼鏡を吹いているのが見えた。
「今日はまた、一段と激しかったねぇー、坂口部長」
「…いえ、その原因を作ったのは、全部自分ですから……」
あっけからんとした表情で話しかける先輩を見て、一段と申し訳ない気分になる。
彼はここに配属した際に俺の教育を任されている上司であり、日々様々な指示や助言を頂いている。
恐らく、俺が出て行った後に連帯責任として同じように部長に怒鳴られていたのであろう。
それを考えると、先輩の問いに明るく答えることなどできやしなかった。
「本当にすいません、先輩…」
「あぁいや、気にしなくていいよ。俺も昔はそうだったし」
「でも…」
「それに、今回のトラブルは君の責任だけじゃ無いしね」
そう言いながら先輩は自販機の前まで歩いていき、ボタンを押す。
「何飲みたい?」
「あの…すいません、さっき飲んでしまって…」
「俺は飲んでないの」
「……じゃあ、コーヒーをお願いします」
「ほい、ブラックでいいね?」
目の前に置かれたコーヒーにちびちび口を付けていると、その隣で先輩が先ほどの話の続きを話し始めた。
「確かに、ちゃんと言われた部署の人に渡さなかったのはまずかったけど、資料に差し出し相手を明記していなかった部長にも、事務の人にも落ち度はある。だから一人で気に病むことは無いよ」
「そう…ですか?」
「そうそう、さっき部長も言ってたろ? 会社は自分一人で動いていないって。あの人だって上から色々言われて仕方なくやってる部分もあるんだから、さ」
「はい、わかりました…」
そう言ったところで話がひと段落し、しばしの間、沈黙が流れる。
なんとか話題を作ろうと試行錯誤するが、なかなか思いつかない。
「…同期の原野って、覚えてるか?」
そうしているうちに、先輩が再び口を開いた。
その名前には、確かに聞きおぼえがある。
今年入社した同期は入社式に顔を合わせてからずっと別々の部署で働いていたため、顔と名前が一致しない人は正直何名かはいた。
だがその名前だけは、他の同期とは違う。特別な存在でもあった。
「たしか一流大学から、うちの会社にトップの成績で入社してきた人ですよね。入社式に代表で取締役と話した」
「そいつ、先日退職届け出したんだと」
「…えっ?」
突然の一言に、思わず驚きの声をあげてしまった。
確かに内定式と歓迎会に話をした程度だったが、その時は全然辞めそうな印象は感じられなかった。
それなのに、なぜ?
「詳しいことは俺も知らないけど、その理由があんまり納得できるものじゃ無かったらしくてさ、ちょっとトラブルになったらしいんだよ」
「でも、たった半年くらいで辞めちゃうなんて――」
「いいや、珍しくもなんともないよ、そんなの」
「?」
まるで最初っから辞めるのを知っていたかのような平然とした先輩の発言に、吐き出そうとしていた言葉が詰まる。
「うちん所だけじゃない、大手だろうが、中小だろうが、三年以内に辞める奴はいるのはどこでも同じだよ」
「まさか!? でも会社の中には、離職率がほとんど無い所だって――」」
「…お前、そんなこと本気で信じてんかよ? おめでたいにも程があるわ」
くい、と紙コップの中の物を一気に飲み干すと、それをぐしゃぐしゃに潰して、続ける。
「そんなのいくらでも誤魔化しようがあるだろ。『退職』の受理だけ遅らせたり、一部の部署だけを対象にしたり…少しでも新卒が入りやすくするための餌だよ、餌」
「でもそんなの――」
「どこだって、表面は綺麗な部分しか見せないんだよ。だから入った一部はそのギャップに耐えきれずに辞めていく。それだけのことだ」
「……」
――全くもって、馬鹿馬鹿しい茶番劇だと俺は思った。
以前俺は、就職活動の学生がお互いを蹴落とし合い、自身の能力を誇張して取り入る様を野良ゆっくりのようだと比喩していた。
それがどうだ、蓋を開けてみれば飼い主だと思っていた会社までもが、全く同じことをしていたのだから。
今回は景気が悪く、買い手市場だったから会社が『飼い主』の立場として『ゆっくり』である学生を見下していた。
それが売り手市場に変わりさえすれば、あっけなく立場が逆転し、企業が『ゆっくり』の立場となって『飼い主』に媚を売る。
ぐるぐる回る『ゆっくり』と『飼い主』との騙し合い。
――それを茶番劇と言わず、何と言うだろうか。
「半年経った今だから言えるけどさ、お前がうちの部署に来た時にもかなり心配してたんだよ」
「へ? 心配…ですか?」
「なんだかすぐ辞められそうな気がして、部長もあれでも結構気を使ってたんだ。本当だぞ?」
「え…あ……」
まさか、今まで俺がそんな風に思われていたとは、微塵も思っていなかった。
これ以上先のことを聞くのに抵抗が生まれるが、恐る恐る続きを訪ねる。
「…どうして、辞められそう、なんて…思ったんですか?」
「…う~ん、そう言われると、何と言えばいいか――」
だが、その問いに対する答えは意外なものであった。
「何となく。かな」
「はぁ!?」
あまりの答えに、つい先輩の前で素っ頓狂な声をあげてしまい、慌てて猛省した。
…だが、それはあまりにも予想外――いや、あまりにも酷すぎる答えだったからだ。
「お前って見た目が気弱そうに見えるからさ、強く言ったらすぐ来なくなりそうだなって思ってね」
「そんな!? 自分はそんな――」
「あぁいや、解ってる。そうじゃ無かったことは今はよーく解ってる。ただ、第一印象がそんな感じに見えた。って言ってるだけだからさ」
――確かに、自分は身長も低く中性的な顔立ちで、見た目が気弱そうとは前々から思ってはいた。
でもそれは生まれつきであるし、変えることなど整形でもしない限り不可能なことだ。
俺は先輩から言われたその一言に対し、失礼とは分かっていても声を荒げずにはいられなかった。
「じゃあ、自分が就職活動がうまくいかなかった理由も――」
「……まぁ、第一印象じゃかなり不利になってただろうね。言いづらいことだけど」
「冗談じゃないですよ! 見た目とか、どうしようもない理由なんかで落とすんですか!? 人事ってのは!?」
「そんなもんだよ、人を決める基準なんて」
信じたくなかった。
就職活動が終わってからも、ずっと分からないままになっていた不採用の原因。
それが、こんな理不尽なことですら理由とされていたなんて。
「一緒に働いてすらいないのに、履歴書と数回の面接だけでそいつが使えるかどうかなんて分かるわけないだろ。しかも何百人もの応募の中から決めるんだ、見た目と直感、学歴ぐらいしか決めようがない」
「まぁ、確かにそう言われると……」
「野球のスカウトなんか、いい例だろ。ドラフトでもてはやされてた奴が2、3年で名前すら聞かなくなるなんてよくある話だ。所詮、他人の付ける評価なんてそんな程度だよ」
「……」
「だから落ち込むなよ、お前が本当に優秀かどうかが分かるのはこれからなんだ。今までの理不尽な評価なんて誰も気にしちゃいないよ」
「…でも、おかげで気分も晴れました。どうもありがとうございます」
「あぁ、でも無理はすんなよ、いきなり来なくなったら俺が怒られちゃうからさ」
「ははは…それなら、心配ないですよ」
椅子から立って伸びをする先輩に見えないように、俺はポケットの中に忍ばせていたものを強く握りしめた。
手の中にある、少し色褪せた赤リボン。
それはれいむの残した、唯一の形見でもある。
「俺には『おしごと』の、大先輩がついてますんで」
れいむはこれからもずっと、俺に『おしごと』をし続けてくれる。
俺に勇気を与えるという、最高の『おしごと』を――
※『まりさのおしごと』へ続く――