ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko3669 一緒にゆっくりしたかったいく 終
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ankoss
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『一緒にゆっくりしたかったいく 終』 35KB
制裁 愛情 自業自得 差別・格差 追放 駆除 番い 群れ 飼いゆ 野良ゆ 都会 愛護人間 独自設定
16.
私は、ゆっくりいくの、いくと申します。
飼い主のお姉さんのお家で、飼いゆっくりをしております。
お姉さんとの出会いは、ゆっくりショップでした。
私は、生まれつき体が弱く、生まれてすぐは治療に専念しなくてはならなかったため、
バッチ試験の勉強を始めるのが遅く、銀バッチを取った時点で、お店に並ばなくてはならなくなりました。
そんな、他のゆっくりと比べてゆっくりしていない私を、お姉さんは飼ってくれました。そればかりか、
一年かけてお勉強をさせてもらい、私を金バッチにしてくれました。お姉さんには感謝し切れません。
そんな私にお姉さんは、こう言いました。
『いくも、もういい年だし、番を捜さなくちゃね』
少し年を取りすぎてしまった私には、誰かと一緒にゆっくりするなど、叶わないと思っていました。
番が許されるなら、出自も種類も、何でも構わないと思っていました。
ただ、若いゆっくりがいいなー、なんて思っていましたけど。
そんな事を考えながら、ある日、お姉さんに近所の公園に連れて行ってもらったとき。
「フィーバー!わたしたちのうしろに、まりさがいます!」
それが、私とまりさの出会いでした。
それから紆余曲折ありましたが・・・数日後、まりさは私と同じ、お姉さんの飼いゆっくりになりました。
野良ゆっくりを飼いゆっくりにした、と聞いて、誰もが驚くでしょう。
でも、まりさは普段よく聞く野良ゆっくりとは、全く違いました。
お家に入れてもらったときも、ご飯さんやあまあまを貰ったときも、遊んでもらったときも、飼い主のお姉さんへの、
感謝の言葉を忘れませんでした。
病院で体を診てもらっている時や、お風呂で体を洗ってもらうときもおとなしく、食事は静かに、
おうち宣言をする事も無く、寝るときはお飾りのお帽子を外すなど、元野良とは思えないほどでした。
そればかりか、まりさは、とてもストイックな性格のように見えました。
まりさが来た日の夜、お姉さんは私達に念のためと前置きした上で、すっきりーはしては駄目だと言いました。
私はもちろんゆっくり理解したといい、いたずらっぽくまりさに同意を求めましたが、
「もちろんだよ、おねえさんが、ゆっくりできないことはしないよ!」
お姉さんに対しはっきりと宣言しました。・・・少し傷ついたのは秘密です。
お姉さんはまりさが寝ている間に、お飾りのお帽子を洗濯してくれました。そのため、まりさは朝目覚めてすぐ、
お帽子が無い事に気付いたようですが、お姉さんを信じていたのか、全く慌てた様子はありませんでした。
飼いゆっくりになって、最初にまりさがしたがったことは、バッチ試験の勉強でした。
何かまりさに、ゆっくりらしからぬ雰囲気を感じていましたが、それでも、まりさとの生活は始まりました。
そして数日後・・・
「ねえ、まりさ。まいにちまいにちおべんきょうでは、からだによくありませんよ。おそとにいきませんか」
『そうねえ、まりさちゃん。近所にお散歩に行こっか。たまにはお外に出たいでしょう』
お家に来てから、お姉さんがいるときはバッチ試験の勉強、いないときは運動と、
ゆっくりしたがらないまりさに、お姉さんと二人で、外で行くように提案しました。
「ゆう、おねえさんがそういうなら」
初めての3人でのお出かけです。私はいつも通りお姉さんの腕に乗りましたが・・・。
「ゆっゆっゆっ」
『まりさちゃん?疲れないの』
「だいじょうぶだよ!」
まりさは自分で跳ねて、お姉さんの隣を歩きます。
それで、ゆっくり目とはいえ、お姉さんの歩く早さに追いつき、疲れる様子も無い・・・流石は元野良。敵いません。
そうして、とある空き地に差し掛かったとき。
「ゆっ?あきちが・・・」
『あら、お家が建つみたいね』
「ゆ・・・」
「ここは、ずっとまえから、あきちのままだったところですね」
『空き地のままだと見栄えがよくないしね・・・まりさちゃん?どうかしたの』
「ゆゆん、なんでもないよ」
空き地にブロックや木材が運ばれている様子を見て、ここにもお家が建つんだなあ、と眺めましたが、
それを見たまりさが、何かショックを受けているようでした。
推測ですが・・・まりさが野良だったころ、ここは遊び場だったのではないでしょうか。
野良ゆっくりは、人間さんがあまり近付かない、空き地などに集まるでしょうから。
まりさに野良の頃の話をあまりしたくなかったので、黙っていましたが・・・。
その後、ゆっくりも入店できる喫茶店でお茶を飲もうとしましたが、銅バッチのまりさは奇異の目で見られ、
早々に店を出てしまいました。
まりさは、自分のせいで、お姉さんがお店にいられなくなったと思い込み、何度もお姉さんに謝っていました。
勿論まりさのせいではありません。ならば代わりにと、近所のパン屋さんでドーナツを買い、
公園で遊ぶ事にしました。
ちなみにこの公園は、まりさがまだ野良だった頃、何度か会ってお話した事がある、特別な公園です。
「まってくださいまりさ・・・とてもかてません・・・」
「ゆふふ、かけっこならまけないよ!」
ためしに追いかけっこをしてみましたが、まりさは私の倍は速いのではないでしょうか。
勝負にならないのでかけっこは止め、お姉さんと3人でお喋りをしようとした矢先。
「ゆ、おねえさんが、だれかとおはなししているよ」
「ゆ?」
見るとお姉さんは、金バッチのゆうかを連れた別のお姉さんとお話をしていました。
お姉さんのお友達で、以前からよくお話していました。ゆうかも、私のお友達です。
「あのおねえさんは、おともだちです。わたしたちもあいさつにいきましょう!」
「ゆ・・・まりさはここにいて、にもつをみはっているよ」
「ゆ?・・・そうですか、では、ちょっといってきますね」
まりさは、ゆうかとお話しすることを嫌がりました。恐らく、自分の銅バッチの事を気にしてでしょう。
さっきの喫茶店での出来事もありますし、無理には勧めず、私一人で挨拶に行きました。
とはいっても、あまりまりさを一人ぼっちのままにしたくはありません。お姉さんも同意見の様で、
そこそこに会話を切り上げました。
『ええ、それじゃあね』
『またねー』
「じゃあいく、またおはながさいたら、みにきてちょうだいな」
「ええ、ぜひ」
お別れを言って、離れていくゆうかを見送ったとき、背後からゆっくりできない声が聞こえました。
「・・・いきるためなんだねーー!わるくおもわないでねーー!!!」
はっとして振り向くと、私たちの荷物が置いてある椅子で、まりさが野良ゆっくりと対峙していました。
野良ゆっくりは、ゆっくりちぇん。尖った木の枝を口に咥え、まりさに向けていました。
ちぇんは薄汚れ、お飾りはぼろぼろ、尻尾も一本しかなく、まりさを殺すといわんばかりの表情でした。
「まり・・・!」
『危・・・!』
思わず声を上げたその瞬間、ちぇんはまりさに飛び掛りました。
体の中の餡子が、さっと冷えました。体の一部が滑り落ちる感覚に、思わず目を見開きました。
ですが、まるで、スローモーションのようでした。
まりさは、ひょいと、右に小さく跳ねて、ちぇんの咥えていた木の枝をかわし、逆に、かわされたちぇんに、
体当たりをかけました。
「にゃぎゃ!」
ちぇんの咥えていた木の枝は弾き飛ばされました。まりさは、追撃しようとせず、一瞬にらみ合いになりましたが、
我慢できず、私たちは叫んでしまいました。
「やめてください!!」
『何してるの、止めなさい!!』
ちぇんは叫び声が聞こえたのでしょう、こちらを見ることも無く、公園の入り口へ跳ねだしました。
『いく、まりさちゃんを見てて!』
「はい!」
お姉さんは、ちぇんを追いかけようとしましたが、
「おねえさん、おいかけたらあぶないよ!」
まりさは大声で、お姉さんを止めました。お姉さんも、驚いたようで、ちぇんを追いかけるのをやめ、
まりさを振り返りました。
「にんげんさんがすてた、ないふさんや、ふぉーくさんを、もっているのらゆっくりもいるから、あぶないよ。
まりさはけがをしてないから、あんしんしてよ」
『そうなの?大丈夫なの?』
私も大急ぎで、まりさの様子を確認しました。
体当たりしたところが少し汚れていましたが、怪我などは一切ありませんでした。
「だいじょうぶです、けがはないですよ」
「うん、おねえさん・・・しんぱいかけて、ごめんなさい」
『とんでもない、まりさちゃんがぶじでよかった・・・』
お姉さんはまりさを抱っこし、泣きながらまりさを撫でていました。
私も、まりさが無事だった事に安心し、泣き出してしまいました。野良ゆっくりは、飼いゆっくりに危害を加える、
という事は知っていましたが、実際に体験したのは今回が初めてでした。ましてや、まりさの様な、
礼儀正しい野良ゆっくりに会ったばかりで、野良ゆっくりに対する不信感が薄らいでいたときです。
まりさは、悲しそうな表情が顔に張り付いたまま、お姉さんに抱かれていました。よほどショックだったのでしょう。
私たちは、野良ゆっくりに対する危機感不足と言う、厳しい現実を突きつけられました。
今日は念のため、もうおうちに帰ることにしました。
お姉さんは町の偉い人に、野良ゆっくりにゆっくり出来ないことをされた、と話をしてくれたそうです。
つい先日行われたばかりなので、一斉駆除は行われませんでしたが、小規模レベルで対策は取られたようでした。
町の人たちが何人か集まって、駆除パトロールが行われるようになりました。
町のゴミ収集所は以前に増して警備されるようになり、町内清掃も頻繁に行われ、
野良ゆっくりのご飯になりそうなものが放置されないようになりました。
飼いゆっくりの居るおうちにもチラシが配られ、野良ゆっくりに対する注意が細かく書かれていました。
元々野良ゆっくりに対しては、偏見レベルの感覚が蔓延していましたが、さらにそれが強固された内容でした。
お姉さんは元々野良に対し寛容でしたが・・・もう寛容な態度は、取らなくなりました。
それから、2週間ほどが経過しました。
まりさはあれから、バッチ試験の勉強、お姉さんのお手伝いに熱中しました。
まりさはすでに、100までの数字を数え、平仮名や漢数字を読み、お姉さんのおうちの住所を言う事ができます。
私が殆ど使わずにほったらかしていた、鍛錬のためのアスレチック遊具は、まりさが毎日のように使っています。
まりさはお姉さんから、絞られた雑巾を受け取ると、床、テーブル、テレビの画面を拭いて行きます。
飼いゆっくりとして、まりさはとても優秀なゆっくりです。私などあっという間に追い越されそうです。
・・・いい加減お姉さんに指摘されましたが、まりさと私の仲は、まるで進展しません。
いずれは番になってもらいたかったのですが・・・。もう少し、一緒にゆっくりする時間や機会が有れば・・・。
『ありがとうまりさちゃん、お手伝いはもういいわ』
「ふう、ふう、つかれましたね、まりさ。いっしょにゆっくりしませんか」
「ゆん、そうだね。じゃあいっしょに、おせろさんをやろうよ」
「ゆ・・・ゆ、そうですね」
すーりすーりしながら、お外を眺めたり、テレビを観たり、というのを想像していたのですが・・・。
まりさと一局、オセロで勝負する事になりました。
ぱちり。ぱたん、ぱたん。
ぱちり。ぱたん、ぱたん、ぱたん、ぱたん。
勝負は、私が角を3つ取っての勝利でした。
「ゆうう、いくはやっぱりつよいよ!」
「ゆふふ、でもいくは、なれてますからね」
『あらあ、残念だったわね、でもまりさちゃんも、角を一つ取れたじゃない』
こんな感じで、いくとまりさは、良き友人としてゆっくりできましたが・・・。
まりさはまるで意識しているのではないかと勘ぐりたくなる位、私との接触を避けてきました。
これにはお姉さんも、私たちにアドバイスのしようが無く、首を捻っていたのですが・・・。
私たちゆっくりは、他のゆっくりと一緒に過ごすものです。
一人で、ひたすら切磋琢磨し続けるまりさの姿に、だんだんゆっくり出来ないものを感じ始めました。
それから、さらに時が過ぎ・・・
まりさが、飼いゆっくりになってから、半年が経過しました。
今日は、お姉さんとまりさと私とで、飼いゆっくりバッチ試験、バッチ更新会場に来ています。
私の金バッチ更新はすぐ終わりました。そして、まりさのバッチ試験の後、私たちは、別室に呼ばれました。
『いや、すばらしい成績ですよ。記録によると、野良ゆっくり出身なのでしょう。信じられません』
『まあ、ありがとうございます』
『前回は、半年前に銅バッチを取得しておりますね。ブリーダー資格が無い方なのに、
いきなり金バッチに合格されるとは・・・』
お姉さんは、始めはまりさに銀バッチ試験を受けさせようと、勉強を教えていたようです。
ですが勉強を始めると、まりさには既に、銀バッチなどすぐ受かるほど素養も知識もあると気付き、
すぐ金バッチの勉強に切り替えたそうです。
ですがお姉さんはゆっくりのブリーダーではありません。私の金バッチ試験も一年かかってしまいました。
にもかかわらず、まりさはお姉さんの指導の元、半年で金バッチゆっくりになってしまったのです。
あ、ちなみに、ブリーダー資格のある人間さんが指導すれば、珍しくは無いですよ?
ゆっくりショップでは、生後半年になる前に、数十匹の単位で金バッチゆっくりを育て上げ、売り物にしますから。
『このまりさは、ただのゆっくりではありません。恐らく非常に優秀な餡子を受け継いでいるまりさです。
まあ、野良ゆっくり出身では、親や成長環境など分かりませんが。そこでですが・・・』
『あ、はい』
会場の人間さんのお話を、お姉さんも、まりさも私も、驚きの声を持って聞きました。
それは、専門のブリーダーの方に指導を受け、まりさにプラチナバッチの資格を取らせよう、というものでした。
プラチナバッチは、金バッチの更に上の、人間さんの社会に貢献できるレベルのゆっくりに許されるバッチです。
世界中でも、プラチナバッチのゆっくりは300体ほどしかおらず、その殆どが希少種ゆっくりです。
人間さんは、一人でも優秀なゆっくりを増やしたいため、ブリーダーを紹介するし、
お金もお姉さんは払わなくていいから、プラチナバッチを目指して、勉強をして欲しいんだそうです。
「ゆ・・・」
私は、まりさがプラチナバッチを目指すのを、正直嫌だなあ、と思いました。
まりさがブリーダーさんのところに行ってしまうと、プラチナバッチを取るまで、まりさに会えなくなってしまいます。
でも、プラチナバッチを目指すかどうかを決めるのはまりさです。
『まりさちゃん。まりさちゃんはどう』
「ゆ、まりさは・・・」
『今すぐ、答えを出す事は無いわ。更に上のバッチをめざして勉強してもいいし。金バッチでも十分立派だから、
これからはゆっくりしてもいいわ』
「・・・」
私は、プラチナの勉強なんて止めて欲しかったです。私とゆっくりして欲しかったです。
でも、今まで、私とゆっくりして欲しいと言って、まりさがそれに答えてくれた事は、一度もありません。
まりさが、選択を迫られたとき、どうするか、それは、
「おねえさんは、どうおもうの。まりさがどうしたら、おねえさんはゆっくりできる?」
そう、飼い主たるお姉さんが、ゆっくりできるか、どうか、です。
お姉さんは、そう言われて、少し困った顔になりました。
『・・・まりさちゃん。私は、まりさちゃんが・・・』
お姉さんは、まりさの目をじっと見て、話しはじめました。
まりさがこれからどう生きるのか、まりさ自身に、選んで欲しかったのでしょう。
だけど・・・
お姉さんは、ゆっくりとまりさを抱きしめ、言いました。
『そうね・・・まりさちゃんが、プラチナを目指してくれれば、ゆっくりできるわね・・・』
「ゆ、わかったよ!まりさは、ぷらちなばっちさんになるよ!」
お姉さんの言葉で、まりさの気持ちは決まりました。
まりさはどこまでも、お姉さんのゆっくりの為に生きるようでした。
そして、まりさのバッチが金色に輝いてから二日後。
金バッチ取得の喜びもそこそこに、まりさはブリーダーの人に連れられ、しばしの別れとなりました。
17.
まりさがブリーダーさんの元に行ってからも、二ヶ月に一回はお姉さんのお家に来てくれました。
帰ってくるたびに、まりさは飼いゆっくりとしてゆっくりしていくように感じました。
言葉遣いは上品に、身のこなしは優雅に。
お話をしているだけで、私もゆっくりできるほどでした。
でも、まりさがブリーダーさんの所に戻っていくと、どうしようもなくゆっくりできない気分になりました。
まりさが、自分とは違う世界のゆっくりになっていくようなのです。
考えてみれば、まりさの私への態度は、同じお家で一緒に暮らした者同士ではない、余所余所しさが有りました。
「おねえさん、まりさは・・・もうわたしのところに、きてくれないようなきがします」
『そうね・・・まさかまりさちゃんが、こんな事になっちゃうとはね・・・』
「どうしてぷらちなをめざしてって、おねえさんはいったんですか。まりさは、きんばっちでも・・・」
『まりさちゃんが、プラチナバッチに成りたがっている様に見えたから。私たちがどう望んでいるか以前にね。
だったら・・・まりさちゃんの望むようにさせてあげたかったの。・・・ごめんなさい、いく』
「い、いえ・・・さみしいですけど、まりさがそうのぞんでいたのなら、いくは、おうえんしてあげたいです。
それに・・・まりさといっしょのじかんがたくさんあっても、まりさはわたしをきにもとめないでしょう」
お姉さんは、いくの頬を撫でて、
『いくも、年をとっちゃったわね』
言いづらそうに、そんなことをいいました。
私はカレンダーを見ました。まりさが、飼いゆっくりに成ってから、一年がたっていました。
もう私は、若くはないゆっくりです。
「まりさに、ふられちゃいましたから」
『ごめんなさいね。でも、少しはお金が溜まったから、いくにお詫びをさせて頂戴』
「え・・・?」
そんな話をして暫くして、そう、まりさがプラチナの勉強を始めて八ヵ月後、まりさが、プラチナ試験に合格したと、
連絡が入りました。
飼いゆっくりプラチナバッチ試験合格会場から招待状が届き、お姉さんと私と、もう一人のゆっくりと計三人で、
合格表彰式に赴きました。
会場には、今回プラチナ合格者が、まりさの他に、れみりゃ、さくや、さなえ、ゆかりの、計5人、
そして、私たちと同じ、飼い主の人間さんたちや関係者など、20人が集まっておりました。
『・・・プラチナ試験に合格した事を証明する。おめでとう』
合格証書が読み上げられ、丸めてリボンで結ばれてそれぞれのゆっくりの前に置かれた後、
お飾りについている金バッチが外され、換わりにプラチナバッチが付けられました。
私もテレビでしか見たことが無いプラチナバッチが、まりさのお飾りにつけられているのです。
滞りなく式は終わり、まりさは、合格証書と書類を咥えて、私たちの方にやってきました。
「お姉さん、いく。みんなのお陰で、プラチナバッチになれたよ」
『おめでとう、まりさちゃん、がんばったわね・・・』
「まりさ、おめでとうございます。ぷらちなばっち、とってもゆっくりしてますよ」
「ありがとう、いく。はいお姉さん、合格証書と、餡統書だよ」
お姉さんは、まりさの餡統書を開きます。私も見せてもらいました。
まりさ種、プラチナランクの証明、通し番号、取得年月日。
所有者の欄にお姉さんの名前。
担当したブリーダーさんの名前とサイン。
お父さんとお母さんの欄は「野良・金ランク相当」とありました。まりさは野良出身だからしかたないでしょう。
そして、餡統金額、120・・・万円。
餡統書と餡統金額は、ブリーダー資格の有るブリーダーさんが指導し、バッチを取得した場合のみ、発生します。
まりさが金バッチを取得したときは、お姉さんが指導していたため、餡統書は有りませんでした。
私ですか?もちろんありますよ。もっとも、銀バッチの餡統書で、餡統金額も8000円ですけどね。
お姉さんは、餡統書を閉じ、まりさをぎゅっと抱きしめました。
『お疲れ様、まりさちゃん。大変だったわね・・・とってもゆっくりしているわ、まりさちゃん』
「うん、ありがとう。これからも、お姉さんがゆっくりできるように頑張るよ」
『え・・・ええ、ありがとう。私も、まりさちゃんの良い飼い主でいられるよう、頑張るわ』
「うん、・・・ところで・・・」
まりさは、お姉さんから視線を離し、私の後ろを見ました。
「そちらの、ゆっくりてんこは、誰なの?」
お姉さんと私と、一緒に来た金バッチのゆっくり。てんこは、自分が呼ばれたと気付いて、身を乗り出した。
『ええ、まりさちゃんは初対面ね・・・』
「わたしのことをいわれているのはかくていてきにあきらかね。おねえさんのかいゆっくりの、てんこよ。
ゆっくりしていってね、まりさ」
「うん、ゆっくりしていってね。てんこ」
『まりさちゃんがプラチナのお勉強を始めた後にお家に来たの・・・いくの番よ』
「えっ・・・」
・・・
まりさの驚き、動揺をつぶさに観察した私を、誰かは咎めるでしょうか。
その心の動きに、悲壮や後悔があることを願った私は、誰かに非難されるべきでしょうか。
「いくと、いっしょにゆっくりしてくれると、ちかってくれたんですよ。まだひはあさいけど、
いくのおなかのなかに、あかちゃんがいるんですよ」
「・・・そうだったんだ」
そういうと、まりさは、にっこり笑いました。
「おめでとう二人とも。ご免ねいく。おちびちゃんがいるのに、わざわざ来てくれて・・・」
「・・・う・・・ん」
「・・・いく?」
「いやいや、まりさのひょうしょうしきにこないなんて、どちかというとだいはんたいだからな。なせばなるという、
めいぜりふをしらないのかよ」
「ゆふふ、そうだね。てんこはとても頼りになる、ゆっくりしたゆっくりだね」
「そうだろうなわたし、ぱんちんぐましんで100とかふつうにだすし・・・」
そのあと、お姉さんが、ブリーダーさんや会場にいた偉い人と少し話をした後、まりさと一緒に帰路に着きました。
「でも、これでまりさも、ぷらちなばっちのおべんきょうからかいほうされて、ゆっくりできますよね」
『え?』
「うーん、そうだね。バッチ試験のお勉強は終わりだけど。プラチナバッチとしてのお仕事があるよ」
「おしごと?おしごとって・・・なんのことです?」
プラチナバッチとしてのお仕事・・・その時、私は何の話だか分かりませんでした。
ですが次の日の朝、その意味を知ることと成りました。
何故かいつもより早く朝食を済ますと、まりさはすばやく出立の準備を整えました。そして、それに合わせた様に、
人間さんがやってきました。
『お早うございます、まりさちゃんはおりますか』
『ええ、うちのまりさはこちらです』
「おはようございます。今日は、宜しくお願いします!」
『はい、よろしくね』
「じゃあ、お姉さん。行ってきます」
まりさは、人間さんに連れられて、表に停まっていたすぃーに乗り込みました。すぃーには他の、
プラチナバッチのゆっくりが数人乗っていました。
すぃーが発進していくのを見届け、お姉さんに尋ねました。
「あの、おねえさん。まりさは、きのういっていたおしごとに・・・?」
『ええ、今日は老人ホームに、奉仕活動に行くのよ』
家の中に戻りながら、まりさのお仕事の事を聞きます。
「ろうじんほーむはしってます。おとしをめしたにんげんさんが、きょうどうせいかつしているばしょですね」
『ええ、そこでお歌を歌ったり、御本を読んだりするのよ』
「まさかほんとうにおしごとを・・・ぷらちなばっちだから、やらなくてはならないのですか」
「おいぃ?まだあさ8じなのにすぃーでしゅっきんとは、さすがぷらちなはかくがちがった」
『ううん、本当は自由なんだけど。でもまりさちゃんが仕事をしたいって、強い希望でね・・・』
その日、まりさは夜8時になるまで戻りませんでした。
こんな遅くまで、と驚いておりましたが、こんな事は、まだ序の口に過ぎませんでした。
その二日後、まりさは、幼稚園に小さい人間さん達の遊び相手のため、出勤しました。
その次の日、まりさは、病院の患者さん達の奉仕活動のため、出勤しました。
まりさは、二日に一度、時には毎日、人間さんの為に朝から晩まで働きました。
普通のゆっくりなら、そんな長い間ゆっくりせずにいたら、過労で倒れてしまうでしょう。
ですが、まりさは十分に体を鍛え、食事もプラチナに相応しい、栄養十分なものを食べています。
まりさは、病気も怪我も無く、人間さんの依頼を断ることなくこなし続けました。
「・・・ゆゆ、みんな集まって・・・今からまりさたちがお歌を歌います・・・」
夜眠っているとき、まりさが寝言を行っているのを何度も聞きました。
まりさの声は、とても苦しそうでした。
私はてんこと顔を見合わせましたが、どうすることもできませんでした。
それから2週間ほど経ち、私もまもなく出産と言う頃になって、お姉さんが、別のプラチナバッチゆっくりの、
飼い主さんにお茶に招待され、出かけたことがありました。
私は妊娠中の身の上で動けませんし、そもそも場違いな気がします。てんこに傍に居てもらう事にし、
お姉さんとまりさが出かけていきました。
「ぷらちなばっちのおちゃかいですか・・・すごいですねあこがれちゃうなー」
「そんなおうごんのてつのかたまりでできていそうなおちゃかいに、きんばっちていどのわたしたちがでたら、
わたしのじゅみょうがすとれすでまっはになるわ。ここはあっぴるなどせず、けんきょにおうちでまっていましょう」
ですが、午後になって、お姉さんは複雑な表情で戻ってきました。
何かあったのかと思っていると、お姉さんは私に暖めたオレンジジュースを出し、落ち着いて聞いてね、
と前置きした上で話を始めました。
『今日お茶会で、プラチナバッチのゆっくりみまと話をしてきました』
「ゆ、ゆっくりみま?・・・みまって・・・まさか」
『ええ・・・。まりさちゃんに、みまの番になって欲しいって、言われたわ』
「まりさと?!・・・きょうあったばかりの、そのゆっくりみまとが?!」
「おちゃかいって、おみあいだったの?なにそのはかいりょくばつぎゅんのてんかい・・・」
驚いてまりさを見ました。まりさは無表情で、なんていうか、まるで他人事のようでした。
「でもなんでそんな、きょうあったばかりなのに・・・」
「実はまりさも、お仕事で何度も会った事があるゆっくりなんだ・・・」
そのゆっくりみまは、まりさと何度か一緒に仕事をして、すっかりまりさのことを気に入り、
自分の飼い主にまりさを紹介した事があったらしいです。
そのとき、みまの飼い主から、軽いノリで、みまと番になりたくないか、と聞かれたそうです。
まりさはその場の雰囲気で冗談と分かり、なれたら嬉しいですね、と返したと。
だがその飼い主さん、その後になって、みまとまりさを番にしたいという気が膨れ上がり、
今日のお茶会で切り出したそうです。
確かに、みま種とまりさ種の相性の良さは私でも分かりますし、プラチナバッチの基本種でしかも番がいない固体など、
そうそう会えないでしょう。みま本人も、みまの飼い主さんも、まりさを番に迎えたいでしょうね。
「それで、どうこたえるつもりなんですか」
『それがもう・・・番になる事に決まったわ』
「え?!そんなきゅうに!」
「いくらなんでもはなしがはやすぎて、そんなあさはかさはおろかしいわ!」
みまの飼い主が、非常に押しが強い方で、お姉さんも反対する理由が無いため、押されっぱなしだったそうです。
肝心のまりさとみまは、飼い主がゆっくりできるなら従うというスタンスで、自分の意見など無いようでした。
「まあ・・・てんこたちが、もんくをいうりゆうはないけど・・・」
「・・・あ、みまとまりさがいっしょにゆっくりするなら、それはどこで?」
『みまの飼い主さんのおうちよ』
「え、じゃあ、まりさのかいぬしさんは・・・」
『みまの飼い主さんが、まりさを引き取ることになったわ』
「それじゃ・・・まりさと、はなればなれなんですか」
『残念だけど・・・でも、会いに行く事はできるわよ。毎日とはいかないけど・・・』
「・・・まりさは・・・それでいいんですか?」
「ゆ?お姉さんがそういうんなら。まりさはそれに従うよ。それに一生のお別れじゃないよ!
また会ってゆっくりお話できる機会もあるよ!」
「・・・」
正直、あまりにまりさの意思や希望が分からなくて、始めは困惑していました。
でも話を続けていくうち、まりさの達観している感覚に、どうでも良くなってしまいました。
私もてんこも、まりさが、お姉さんを含めた人間さんたちに、振り回されているように見えていました。
でも実際はそんなことはなく、まりさは本当に与えられたゆん生に、納得しているのかもしれません。
まりさは、納得しているのか、耐え忍んでいるだけなのか。
そんなことは、私たちが代わりに悩んであげるほど、まりさは子供では有りません。
恐らく、お姉さんはもっと早く、そのことを悟っていたのでしょう。
・・・結局、お姉さんもてんこも私も、まりさとみまが番になる事に賛成しました。
次の日、私は無事おちびちゃんを出産することが出来ました。
いくが一人、てんこが一人です。てんこも、まりさも、喜んでくれました。
まりさがおちびちゃんを可愛がっている様子を見て、まりさもいいお母さんになれるだろうと、
少し安心した気持ちになりました。
そして4日後、まりさは、みまの飼い主さんの元へ行く事になりました。
餡統書の書き換えなども行われるので、お姉さんも一緒についていきます。おちびちゃん達をてんこに任せ、
私も連れて行ってもらいました。
みまの飼い主さんの家で、まりさの番になるみまに会いました。
私の、みまの第一印象は・・・「まるで人間さんみたい」
まりさよりも達観して、飼い主さんの為に生きていくと、その為に自分は存在すると、信じているように見えました。
餡統書の書き換え、そして餡統金額の受け渡しが行われました。
(まりさの飼い主が受け取るべき餡統金額の一部は、バッチ管理組織に流れる。
まりさがプラチナバッチ取得の際に援助を受けているため)
「みま、まりさと一緒に、ゆっくりしてね」
「まりさも、みまと一緒にゆっくりしておくれ」
その様子は、人間さんが行う結婚式のようでした。
そして、その帰り道・・・
「おねえさん、まりさ、しあわせそうでしたよね」
『ええ、そうね。まりさちゃんがいなくなって、ちょっと寂しくなっちゃうけど・・・』
「まりさがしあわせになってくれるなら・・・いくはそれでいいです」
『・・・てんこが待っているわ。留守番してくれたお礼に、ケーキを買って、帰りましょう』
まりさのことを話しながら、歩いていると。
「ゆっ、ゆっ、ゆっ」
「ゆゆっ、ゆゆっ」
『あら?』
曲がり角から、野良ゆっくりが出てきました。
れいむとまりさが1匹ずつ、そして小さいれいむが2匹。体もお飾りもひどく汚れています。
とたんに、お姉さんが私を抱きしめて、後ずさりました。
以前、まりさが野良ゆっくりのちぇんに襲われてから、野良ゆっくりを警戒するようになっていました。
すると、
「ゆ、にんげんさんがいるよ!」
「にんげんさんのじゃましちゃいけないよ!ゆっくりしないでかくれるよ!」
野良一家は、すばやく脇道に隠れ、走り去っていきました。
『ふう・・・』
「のらゆっくりをみたのもひさしぶりですね」
『そうね』
あの一家は、果たしてこれからどこに行くのでしょう。
何故か、久しぶりにゆっくりらしいゆっくりを見た気がします。
・・・ゆっくりである私が言うには、あまりにおかしいセリフですね。何を言っているのでしょう。
私は、壊れてしまったのかもしれません。
あれから二ヶ月経ちました。
私もてんこも、おちびちゃんの世話と躾けに忙しい中、まりさが妊娠したという報告を聞きました。
久しぶりのまりさの話を聞き、どうしてもまりさに会いたくなりました。
お姉さんにお願いし、まりさに会えないかと向こうに打診したところ、あっさりOKが出ました。
今日、お姉さんと私とてんことおちびちゃんとで、まりさのおうちに向かっています。
「どうしているでしょう、まりさ。おちびちゃんがおなかにいるなら、いろいろたいへんでしょうねえ」
『うーん、妊娠する前までは毎日お仕事だったらしいから、今の方がゆっくり出来てるんじゃないかしら』
「そうなんですか?あいかわらずだなあ・・・」
「つがいになってもまいにちおしごと?!わたしだったら、あたまがおかしくなってしぬわ」
「おかあさん、まりさおばさんの、おちびちゃんみられるの?」
「うーん、おちびちゃんは、まだうまれていないから、むりですよ」
そうこうしている内に、まりさの住んでいるおうちに着きました。
お姉さんが、まりさとみまの飼い主さんに挨拶し、私たちはまりさのいるお部屋に案内されました。
残念ながら、番のみまはお仕事でいないそうです。みまとはゆっくりとお話をしてみたかったのですが・・・
しかたありません、また会える機会もあるでしょう。
ノックすると、どうぞ、となつかしい声が聞こえました。扉を開けると、
「やあ、いく、てんこ、久しぶりだね・・・」
本をめくっていたまりさが、静かにこちらを向いて微笑みました。
「ゆ、まりさ!おひさしぶりです・・・」
嬉しくなってしまい、急いでまりさに近付き、その姿を見て、あんよを止めました。
でも、私たちのおちびちゃんの子いくと子てんこは、まりさに無邪気に近付きました。
「ゆ、ゆ、おちびちゃん。かわいいー」
「やあ、こんにちは。おちびちゃんたち、大きくなったねー。まりさの事憶えてるかな」
「いつも、まりさのはなしをしてますよ。おちびちゃんたち、あんまりはしゃいではいけません」
「おちびちゃん、あまりさわいだら、まりさのおちびちゃんがゆっくりできないわよ。さ、こっちにきて」
まりさが用意してくれたのでしょう。とっても柔らかなクッションの上に座りました。
まりさは、植物妊娠していました。
妊娠といえば、胎内妊娠を想像していたので、おちびちゃんは見れないと思っていましたが、
まりさの額の蔦にぶら下がり、ゆう、ゆう、と眠るおちびちゃんを見ることが出来ました。
みまが二人、まりさが二人。
「かわいいおちびちゃんね。みごとなしごとだとかんしんするわ」
「ありがとう、てんこ」
「しょくぶつにんしんだったんですね。てっきりたいないにんしんかと」
「うん・・・胎内妊娠より、植物妊娠の方が、早く生まれるからね。なるべく早く、バッチ試験の勉強を始めようって、
飼い主さんが言ってくれてるんだ」
「ゆ・・・ばっちしけんですか。かいぬしさんは、きょういくねっしんなんですね」
思わずてんこの方を振り向くと、てんこは何やら怪訝な顔で、まりさのおちびちゃんを見ていました。
「まりさ・・・そのつた、ひょっとしておれちゃった?ながさがふしぜんだし、せんたんをふさいだあとがあるわ」
え、と思ってまりさの額に生える蔦を見ると、確かに蔦の終わり方が不自然で、途中で折れた様です。
「あ、よく気付いたね。本当はまりさに似たおちびちゃんが7人いたんだけど、多すぎるからって、
飼い主さんが剪定したんだ」
「え・・・せんていって・・・おちびちゃんをころしちゃったんですか!?」
「いく!!」
「いやいや、良いんだ。その通りだよ。まりさに似たおちびちゃんと、みまに似たおちびちゃんと、
バランスが取れていないと、数の少ないおちびちゃんに良くないらしいんだ」
「ゆ・・・」
剪定されるとき、まりさが何を思ったか、思わず考えそうになったとき、
「あ、いま、またしゃべったよ、ゆうって、しゃべったよ」
「ゆゆう、かわいいねぇ」
おちびちゃん達は、まりさのおちびちゃんに大喜びの様子です。
「ゆふふ、ありがとう。いくとてんこのおちびちゃんは元気だね」
「げんきだけがとりえなんだから。まりさもおちびちゃんがうまれたら、たいへんですよー」
「まりさは大丈夫だよ。生まれたらすぐブリーダーさんに預けるからね」
「ゆ・・・すぐに?」
「うん、おちびちゃんに、なるべく早くバッチ試験の勉強を始めてもらわないといけないからね
それにまりさも、おちびちゃんのお世話をしていたら、仕事に復帰できないしね」
「・・・」
全然ゆっくり出来ない事を、まりさはゆっくりした表情で話します。
でもその様子は、私の知っているまりさになんら変わりなく、驚きや動揺をもたらす事はありません。
それでも・・・悲しさ、やるせなさが私たちを襲いました。
「ええと、そういえば、まりさがいまよんでいるごほんは、なにかしら」
「これ?近い将来、ダイヤモンドバッチの試験を受けるつもりだから、色々調べているんだ」
「ダイヤモンド?!」
ダイヤモンドバッチは、プラチナの更に上を行く、バッチ資格の最高峰です。
世界にも、ゆかり、かなこ、ゆゆこの三人しか、ダイヤモンドバッチを持っているゆっくりはいません。
「本当は寿命的にもう間に合わないって言われて、諦めていたんだけどね。まりさの体を調べたら、
まりさは他のゆっくりより、寿命が2年ぐらい長いみたいなんだよ」
「にねんも?」
「うん、それなら試験の勉強を受けて、ダイヤモンドバッチゆっくりとして活動する期間もあるかなって。
もちろん凄く難しいし、受かるかどうかは分からないけどさ」
「でも、まりさならきっと、」
「もし受かれば、まりさの餡子はダイヤモンドバッチの餡統の証明になるよ。まりさのおちびちゃん達も、
ダイヤモンドバッチに成れるかも知れないし、これからまりさも頑張っておちびちゃんを作って、
優秀なダイヤモンドバッチゆっくりを増やしていきたいんだ」
「え、ええ・・・すばらしいことだとおもうわ」
まりさはそれを聞いて、にっこりわらいました
「おちびちゃんを生んで、仕事も一段落したら、またブリーダーさんに付いてもらって、お勉強を始めるよ。
いくもてんこも、まりさが頑張れるよう、応援してね」
そして、お姉さんが部屋に来てまりさと久しぶりにお話をしました。
みまとまりさの飼い主さんに、美味しいお茶とお菓子をご馳走になり、私のおちびちゃんを見てもらいました。
そうしていると、外からすぃーの音が聞こえ、そしてチャイムが鳴り響きました。
『あらお客さん、ちょっと御免なさいね』
みまとまりさの飼い主さんにお客様が来たようです。
私たちが居たら邪魔じゃないか、と話していた所、ぱたぱたと慌てた足音がして、また飼い主さんが入ってきました。
その腕には、まりさの番の、みまがいました。
「ゆう、みま!」
『ごめんなさい、みまがお仕事が早く終わったって、急いで戻ってくれたわ』
「簡単な仕事だったからね、さっさと片付けてやったさ。おやおや、賑やかな事だねぇ」
表情もお飾りも、それどころか髪の毛一本にいたるまで、みまは自信とカリスマに溢れた姿でそこに居ました。
毎日お仕事に明け暮れているそうですが、疲れた様子もやつれた様子も微塵もなく、精気に満ちた雰囲気でした。
「みま、お帰り、お疲れ様!」
「はいはい、わたしゃここに居るよ。おちびちゃんはどうだい?」
みまもまりさも、仕事を通じて色んな人間さんやゆっくりと会い、社会の事、世の中の事を楽しく話してくれました。
普段から家でゆっくりし、交友関係といったら、公園に遊びに来るゆっくりぐらいしか居ない私やてんこと比べたら、
凄い違いです。
「みまはいろんなことをしっていますね」
「おばさんすごーい!」
「きゃっきゃ!」
「ゆゆ、ありがとうねおちびちゃん。私たちゆっくりも、こうして人間さんの社会に深く関わっていけば、
ゆっくりを認めてくれるように成るだろうさ」
『人間さんに認められる、ね』
「ゆっくりに仕事を依頼したり、バッチシステムを作ってくれたりしているんだ。人間さんも多かれ少なかれ、
私たちゆっくりに期待してくれているんだろうよ。だったら、それに答えたいもんさね」
「そうだね、ゆっくりの社会を少しずつでも変えて行こうね。これからもまりさはもっと頑張るよ」
みまとまりさは、お互いに共通した夢を語り、笑いあっていました。
その夢は、私が知っているのとはまた違う、ゆっくりの有り方でした。、
その帰り道、お姉さんの腕に抱かれ、きゃっきゃと笑うおちびちゃんが落ちない様に宥めておりました。
すると、てんこが、口を開きました。
「おねえさん、まりさやみまのしていることを、どうおもうかしら」
『ん・・・?』
お姉さんは、私たちを見た後、ゆっくりとまりさ達の事を、思い出しているようでした。
『ダイヤモンドバッチの事は・・・まりさちゃんなら、出来るかも知れないわ。でも、みまの事は・・・
あんな事を考えるゆっくりは始めてみたから、ちょっと分からないわ』
「おねえさん、わたしはばっちしけんのべんきょうでならったわ。ばっちしすてむは、にんげんさんが、
ゆっくりをかんりするために、つくったものだと」
『・・・』
「ゆっくりが、にんげんさんにめいわくをかけないように、ばっちしすてむをつくったのよ。それいじょうのことを、
ゆっくりにきたいしているはずがないわ」
『そうね、バッチシステムが、ゆっくりを管理するためなのは間違いないわね。でも、ゆっくりがより上を目指して、
努力し続けるのは、間違っていないわよ』
「よりうえをめざして?」
『努力するって事は、人間にとってもゆっくりにとっても、素晴らしい事だもの。それが、人間さんのためなら、
なおさらね』
「じゃあ、わたしや、いくを、どうおもいます」
『ああ・・・ごめんなさい。てんこたちも、まりさたちも、ゆっくりとして間違ってないと思うわよ。
どう生きるかは、人それぞれ。でも私は、てんこやいくと暮らしていて、とってもゆっくり出来ているわ』
そのとき、調子外れのお歌が聞こえてきました。
「・・・?」
気が付くと、いつもの公園の傍を歩いていました。
道の近くにあったベンチの下に、野良ゆっくりのれいむの親子連れが、歌を歌っていました。
お姉さんは足を止め、そのゆっくりの親子連れをみていると、向こうもこちらに気付いたのでしょう、親れいむは、
お歌を歌うのをやめ、お下げで子ゆっくりたちを抱きしめ、こちらを警戒するように伺いました。
『・・・貴方達は、自由に生きなさい』
親子連れは、ベンチの下から抜け出し、走り去っていきました。
私は、野良のように自由に生きられません。
まりさの様に、人間さんの為に生きることは、素晴らしいと思いますが、真似できません。
私は、飼いゆっくりとしての立場をわきまえつつ、自分の為に生きることが、一番ゆっくりできるのです。
生き方は、ゆっくりそれぞれ。それでも、
まりさには、もっとゆっくり生きて欲しかったな・・・。
過去の作品
anko3278 死を覚悟したにとり 上
anko3279 死を覚悟したにとり 下
anko3344 ゆ虐に目覚めたすいか
制裁 愛情 自業自得 差別・格差 追放 駆除 番い 群れ 飼いゆ 野良ゆ 都会 愛護人間 独自設定
16.
私は、ゆっくりいくの、いくと申します。
飼い主のお姉さんのお家で、飼いゆっくりをしております。
お姉さんとの出会いは、ゆっくりショップでした。
私は、生まれつき体が弱く、生まれてすぐは治療に専念しなくてはならなかったため、
バッチ試験の勉強を始めるのが遅く、銀バッチを取った時点で、お店に並ばなくてはならなくなりました。
そんな、他のゆっくりと比べてゆっくりしていない私を、お姉さんは飼ってくれました。そればかりか、
一年かけてお勉強をさせてもらい、私を金バッチにしてくれました。お姉さんには感謝し切れません。
そんな私にお姉さんは、こう言いました。
『いくも、もういい年だし、番を捜さなくちゃね』
少し年を取りすぎてしまった私には、誰かと一緒にゆっくりするなど、叶わないと思っていました。
番が許されるなら、出自も種類も、何でも構わないと思っていました。
ただ、若いゆっくりがいいなー、なんて思っていましたけど。
そんな事を考えながら、ある日、お姉さんに近所の公園に連れて行ってもらったとき。
「フィーバー!わたしたちのうしろに、まりさがいます!」
それが、私とまりさの出会いでした。
それから紆余曲折ありましたが・・・数日後、まりさは私と同じ、お姉さんの飼いゆっくりになりました。
野良ゆっくりを飼いゆっくりにした、と聞いて、誰もが驚くでしょう。
でも、まりさは普段よく聞く野良ゆっくりとは、全く違いました。
お家に入れてもらったときも、ご飯さんやあまあまを貰ったときも、遊んでもらったときも、飼い主のお姉さんへの、
感謝の言葉を忘れませんでした。
病院で体を診てもらっている時や、お風呂で体を洗ってもらうときもおとなしく、食事は静かに、
おうち宣言をする事も無く、寝るときはお飾りのお帽子を外すなど、元野良とは思えないほどでした。
そればかりか、まりさは、とてもストイックな性格のように見えました。
まりさが来た日の夜、お姉さんは私達に念のためと前置きした上で、すっきりーはしては駄目だと言いました。
私はもちろんゆっくり理解したといい、いたずらっぽくまりさに同意を求めましたが、
「もちろんだよ、おねえさんが、ゆっくりできないことはしないよ!」
お姉さんに対しはっきりと宣言しました。・・・少し傷ついたのは秘密です。
お姉さんはまりさが寝ている間に、お飾りのお帽子を洗濯してくれました。そのため、まりさは朝目覚めてすぐ、
お帽子が無い事に気付いたようですが、お姉さんを信じていたのか、全く慌てた様子はありませんでした。
飼いゆっくりになって、最初にまりさがしたがったことは、バッチ試験の勉強でした。
何かまりさに、ゆっくりらしからぬ雰囲気を感じていましたが、それでも、まりさとの生活は始まりました。
そして数日後・・・
「ねえ、まりさ。まいにちまいにちおべんきょうでは、からだによくありませんよ。おそとにいきませんか」
『そうねえ、まりさちゃん。近所にお散歩に行こっか。たまにはお外に出たいでしょう』
お家に来てから、お姉さんがいるときはバッチ試験の勉強、いないときは運動と、
ゆっくりしたがらないまりさに、お姉さんと二人で、外で行くように提案しました。
「ゆう、おねえさんがそういうなら」
初めての3人でのお出かけです。私はいつも通りお姉さんの腕に乗りましたが・・・。
「ゆっゆっゆっ」
『まりさちゃん?疲れないの』
「だいじょうぶだよ!」
まりさは自分で跳ねて、お姉さんの隣を歩きます。
それで、ゆっくり目とはいえ、お姉さんの歩く早さに追いつき、疲れる様子も無い・・・流石は元野良。敵いません。
そうして、とある空き地に差し掛かったとき。
「ゆっ?あきちが・・・」
『あら、お家が建つみたいね』
「ゆ・・・」
「ここは、ずっとまえから、あきちのままだったところですね」
『空き地のままだと見栄えがよくないしね・・・まりさちゃん?どうかしたの』
「ゆゆん、なんでもないよ」
空き地にブロックや木材が運ばれている様子を見て、ここにもお家が建つんだなあ、と眺めましたが、
それを見たまりさが、何かショックを受けているようでした。
推測ですが・・・まりさが野良だったころ、ここは遊び場だったのではないでしょうか。
野良ゆっくりは、人間さんがあまり近付かない、空き地などに集まるでしょうから。
まりさに野良の頃の話をあまりしたくなかったので、黙っていましたが・・・。
その後、ゆっくりも入店できる喫茶店でお茶を飲もうとしましたが、銅バッチのまりさは奇異の目で見られ、
早々に店を出てしまいました。
まりさは、自分のせいで、お姉さんがお店にいられなくなったと思い込み、何度もお姉さんに謝っていました。
勿論まりさのせいではありません。ならば代わりにと、近所のパン屋さんでドーナツを買い、
公園で遊ぶ事にしました。
ちなみにこの公園は、まりさがまだ野良だった頃、何度か会ってお話した事がある、特別な公園です。
「まってくださいまりさ・・・とてもかてません・・・」
「ゆふふ、かけっこならまけないよ!」
ためしに追いかけっこをしてみましたが、まりさは私の倍は速いのではないでしょうか。
勝負にならないのでかけっこは止め、お姉さんと3人でお喋りをしようとした矢先。
「ゆ、おねえさんが、だれかとおはなししているよ」
「ゆ?」
見るとお姉さんは、金バッチのゆうかを連れた別のお姉さんとお話をしていました。
お姉さんのお友達で、以前からよくお話していました。ゆうかも、私のお友達です。
「あのおねえさんは、おともだちです。わたしたちもあいさつにいきましょう!」
「ゆ・・・まりさはここにいて、にもつをみはっているよ」
「ゆ?・・・そうですか、では、ちょっといってきますね」
まりさは、ゆうかとお話しすることを嫌がりました。恐らく、自分の銅バッチの事を気にしてでしょう。
さっきの喫茶店での出来事もありますし、無理には勧めず、私一人で挨拶に行きました。
とはいっても、あまりまりさを一人ぼっちのままにしたくはありません。お姉さんも同意見の様で、
そこそこに会話を切り上げました。
『ええ、それじゃあね』
『またねー』
「じゃあいく、またおはながさいたら、みにきてちょうだいな」
「ええ、ぜひ」
お別れを言って、離れていくゆうかを見送ったとき、背後からゆっくりできない声が聞こえました。
「・・・いきるためなんだねーー!わるくおもわないでねーー!!!」
はっとして振り向くと、私たちの荷物が置いてある椅子で、まりさが野良ゆっくりと対峙していました。
野良ゆっくりは、ゆっくりちぇん。尖った木の枝を口に咥え、まりさに向けていました。
ちぇんは薄汚れ、お飾りはぼろぼろ、尻尾も一本しかなく、まりさを殺すといわんばかりの表情でした。
「まり・・・!」
『危・・・!』
思わず声を上げたその瞬間、ちぇんはまりさに飛び掛りました。
体の中の餡子が、さっと冷えました。体の一部が滑り落ちる感覚に、思わず目を見開きました。
ですが、まるで、スローモーションのようでした。
まりさは、ひょいと、右に小さく跳ねて、ちぇんの咥えていた木の枝をかわし、逆に、かわされたちぇんに、
体当たりをかけました。
「にゃぎゃ!」
ちぇんの咥えていた木の枝は弾き飛ばされました。まりさは、追撃しようとせず、一瞬にらみ合いになりましたが、
我慢できず、私たちは叫んでしまいました。
「やめてください!!」
『何してるの、止めなさい!!』
ちぇんは叫び声が聞こえたのでしょう、こちらを見ることも無く、公園の入り口へ跳ねだしました。
『いく、まりさちゃんを見てて!』
「はい!」
お姉さんは、ちぇんを追いかけようとしましたが、
「おねえさん、おいかけたらあぶないよ!」
まりさは大声で、お姉さんを止めました。お姉さんも、驚いたようで、ちぇんを追いかけるのをやめ、
まりさを振り返りました。
「にんげんさんがすてた、ないふさんや、ふぉーくさんを、もっているのらゆっくりもいるから、あぶないよ。
まりさはけがをしてないから、あんしんしてよ」
『そうなの?大丈夫なの?』
私も大急ぎで、まりさの様子を確認しました。
体当たりしたところが少し汚れていましたが、怪我などは一切ありませんでした。
「だいじょうぶです、けがはないですよ」
「うん、おねえさん・・・しんぱいかけて、ごめんなさい」
『とんでもない、まりさちゃんがぶじでよかった・・・』
お姉さんはまりさを抱っこし、泣きながらまりさを撫でていました。
私も、まりさが無事だった事に安心し、泣き出してしまいました。野良ゆっくりは、飼いゆっくりに危害を加える、
という事は知っていましたが、実際に体験したのは今回が初めてでした。ましてや、まりさの様な、
礼儀正しい野良ゆっくりに会ったばかりで、野良ゆっくりに対する不信感が薄らいでいたときです。
まりさは、悲しそうな表情が顔に張り付いたまま、お姉さんに抱かれていました。よほどショックだったのでしょう。
私たちは、野良ゆっくりに対する危機感不足と言う、厳しい現実を突きつけられました。
今日は念のため、もうおうちに帰ることにしました。
お姉さんは町の偉い人に、野良ゆっくりにゆっくり出来ないことをされた、と話をしてくれたそうです。
つい先日行われたばかりなので、一斉駆除は行われませんでしたが、小規模レベルで対策は取られたようでした。
町の人たちが何人か集まって、駆除パトロールが行われるようになりました。
町のゴミ収集所は以前に増して警備されるようになり、町内清掃も頻繁に行われ、
野良ゆっくりのご飯になりそうなものが放置されないようになりました。
飼いゆっくりの居るおうちにもチラシが配られ、野良ゆっくりに対する注意が細かく書かれていました。
元々野良ゆっくりに対しては、偏見レベルの感覚が蔓延していましたが、さらにそれが強固された内容でした。
お姉さんは元々野良に対し寛容でしたが・・・もう寛容な態度は、取らなくなりました。
それから、2週間ほどが経過しました。
まりさはあれから、バッチ試験の勉強、お姉さんのお手伝いに熱中しました。
まりさはすでに、100までの数字を数え、平仮名や漢数字を読み、お姉さんのおうちの住所を言う事ができます。
私が殆ど使わずにほったらかしていた、鍛錬のためのアスレチック遊具は、まりさが毎日のように使っています。
まりさはお姉さんから、絞られた雑巾を受け取ると、床、テーブル、テレビの画面を拭いて行きます。
飼いゆっくりとして、まりさはとても優秀なゆっくりです。私などあっという間に追い越されそうです。
・・・いい加減お姉さんに指摘されましたが、まりさと私の仲は、まるで進展しません。
いずれは番になってもらいたかったのですが・・・。もう少し、一緒にゆっくりする時間や機会が有れば・・・。
『ありがとうまりさちゃん、お手伝いはもういいわ』
「ふう、ふう、つかれましたね、まりさ。いっしょにゆっくりしませんか」
「ゆん、そうだね。じゃあいっしょに、おせろさんをやろうよ」
「ゆ・・・ゆ、そうですね」
すーりすーりしながら、お外を眺めたり、テレビを観たり、というのを想像していたのですが・・・。
まりさと一局、オセロで勝負する事になりました。
ぱちり。ぱたん、ぱたん。
ぱちり。ぱたん、ぱたん、ぱたん、ぱたん。
勝負は、私が角を3つ取っての勝利でした。
「ゆうう、いくはやっぱりつよいよ!」
「ゆふふ、でもいくは、なれてますからね」
『あらあ、残念だったわね、でもまりさちゃんも、角を一つ取れたじゃない』
こんな感じで、いくとまりさは、良き友人としてゆっくりできましたが・・・。
まりさはまるで意識しているのではないかと勘ぐりたくなる位、私との接触を避けてきました。
これにはお姉さんも、私たちにアドバイスのしようが無く、首を捻っていたのですが・・・。
私たちゆっくりは、他のゆっくりと一緒に過ごすものです。
一人で、ひたすら切磋琢磨し続けるまりさの姿に、だんだんゆっくり出来ないものを感じ始めました。
それから、さらに時が過ぎ・・・
まりさが、飼いゆっくりになってから、半年が経過しました。
今日は、お姉さんとまりさと私とで、飼いゆっくりバッチ試験、バッチ更新会場に来ています。
私の金バッチ更新はすぐ終わりました。そして、まりさのバッチ試験の後、私たちは、別室に呼ばれました。
『いや、すばらしい成績ですよ。記録によると、野良ゆっくり出身なのでしょう。信じられません』
『まあ、ありがとうございます』
『前回は、半年前に銅バッチを取得しておりますね。ブリーダー資格が無い方なのに、
いきなり金バッチに合格されるとは・・・』
お姉さんは、始めはまりさに銀バッチ試験を受けさせようと、勉強を教えていたようです。
ですが勉強を始めると、まりさには既に、銀バッチなどすぐ受かるほど素養も知識もあると気付き、
すぐ金バッチの勉強に切り替えたそうです。
ですがお姉さんはゆっくりのブリーダーではありません。私の金バッチ試験も一年かかってしまいました。
にもかかわらず、まりさはお姉さんの指導の元、半年で金バッチゆっくりになってしまったのです。
あ、ちなみに、ブリーダー資格のある人間さんが指導すれば、珍しくは無いですよ?
ゆっくりショップでは、生後半年になる前に、数十匹の単位で金バッチゆっくりを育て上げ、売り物にしますから。
『このまりさは、ただのゆっくりではありません。恐らく非常に優秀な餡子を受け継いでいるまりさです。
まあ、野良ゆっくり出身では、親や成長環境など分かりませんが。そこでですが・・・』
『あ、はい』
会場の人間さんのお話を、お姉さんも、まりさも私も、驚きの声を持って聞きました。
それは、専門のブリーダーの方に指導を受け、まりさにプラチナバッチの資格を取らせよう、というものでした。
プラチナバッチは、金バッチの更に上の、人間さんの社会に貢献できるレベルのゆっくりに許されるバッチです。
世界中でも、プラチナバッチのゆっくりは300体ほどしかおらず、その殆どが希少種ゆっくりです。
人間さんは、一人でも優秀なゆっくりを増やしたいため、ブリーダーを紹介するし、
お金もお姉さんは払わなくていいから、プラチナバッチを目指して、勉強をして欲しいんだそうです。
「ゆ・・・」
私は、まりさがプラチナバッチを目指すのを、正直嫌だなあ、と思いました。
まりさがブリーダーさんのところに行ってしまうと、プラチナバッチを取るまで、まりさに会えなくなってしまいます。
でも、プラチナバッチを目指すかどうかを決めるのはまりさです。
『まりさちゃん。まりさちゃんはどう』
「ゆ、まりさは・・・」
『今すぐ、答えを出す事は無いわ。更に上のバッチをめざして勉強してもいいし。金バッチでも十分立派だから、
これからはゆっくりしてもいいわ』
「・・・」
私は、プラチナの勉強なんて止めて欲しかったです。私とゆっくりして欲しかったです。
でも、今まで、私とゆっくりして欲しいと言って、まりさがそれに答えてくれた事は、一度もありません。
まりさが、選択を迫られたとき、どうするか、それは、
「おねえさんは、どうおもうの。まりさがどうしたら、おねえさんはゆっくりできる?」
そう、飼い主たるお姉さんが、ゆっくりできるか、どうか、です。
お姉さんは、そう言われて、少し困った顔になりました。
『・・・まりさちゃん。私は、まりさちゃんが・・・』
お姉さんは、まりさの目をじっと見て、話しはじめました。
まりさがこれからどう生きるのか、まりさ自身に、選んで欲しかったのでしょう。
だけど・・・
お姉さんは、ゆっくりとまりさを抱きしめ、言いました。
『そうね・・・まりさちゃんが、プラチナを目指してくれれば、ゆっくりできるわね・・・』
「ゆ、わかったよ!まりさは、ぷらちなばっちさんになるよ!」
お姉さんの言葉で、まりさの気持ちは決まりました。
まりさはどこまでも、お姉さんのゆっくりの為に生きるようでした。
そして、まりさのバッチが金色に輝いてから二日後。
金バッチ取得の喜びもそこそこに、まりさはブリーダーの人に連れられ、しばしの別れとなりました。
17.
まりさがブリーダーさんの元に行ってからも、二ヶ月に一回はお姉さんのお家に来てくれました。
帰ってくるたびに、まりさは飼いゆっくりとしてゆっくりしていくように感じました。
言葉遣いは上品に、身のこなしは優雅に。
お話をしているだけで、私もゆっくりできるほどでした。
でも、まりさがブリーダーさんの所に戻っていくと、どうしようもなくゆっくりできない気分になりました。
まりさが、自分とは違う世界のゆっくりになっていくようなのです。
考えてみれば、まりさの私への態度は、同じお家で一緒に暮らした者同士ではない、余所余所しさが有りました。
「おねえさん、まりさは・・・もうわたしのところに、きてくれないようなきがします」
『そうね・・・まさかまりさちゃんが、こんな事になっちゃうとはね・・・』
「どうしてぷらちなをめざしてって、おねえさんはいったんですか。まりさは、きんばっちでも・・・」
『まりさちゃんが、プラチナバッチに成りたがっている様に見えたから。私たちがどう望んでいるか以前にね。
だったら・・・まりさちゃんの望むようにさせてあげたかったの。・・・ごめんなさい、いく』
「い、いえ・・・さみしいですけど、まりさがそうのぞんでいたのなら、いくは、おうえんしてあげたいです。
それに・・・まりさといっしょのじかんがたくさんあっても、まりさはわたしをきにもとめないでしょう」
お姉さんは、いくの頬を撫でて、
『いくも、年をとっちゃったわね』
言いづらそうに、そんなことをいいました。
私はカレンダーを見ました。まりさが、飼いゆっくりに成ってから、一年がたっていました。
もう私は、若くはないゆっくりです。
「まりさに、ふられちゃいましたから」
『ごめんなさいね。でも、少しはお金が溜まったから、いくにお詫びをさせて頂戴』
「え・・・?」
そんな話をして暫くして、そう、まりさがプラチナの勉強を始めて八ヵ月後、まりさが、プラチナ試験に合格したと、
連絡が入りました。
飼いゆっくりプラチナバッチ試験合格会場から招待状が届き、お姉さんと私と、もう一人のゆっくりと計三人で、
合格表彰式に赴きました。
会場には、今回プラチナ合格者が、まりさの他に、れみりゃ、さくや、さなえ、ゆかりの、計5人、
そして、私たちと同じ、飼い主の人間さんたちや関係者など、20人が集まっておりました。
『・・・プラチナ試験に合格した事を証明する。おめでとう』
合格証書が読み上げられ、丸めてリボンで結ばれてそれぞれのゆっくりの前に置かれた後、
お飾りについている金バッチが外され、換わりにプラチナバッチが付けられました。
私もテレビでしか見たことが無いプラチナバッチが、まりさのお飾りにつけられているのです。
滞りなく式は終わり、まりさは、合格証書と書類を咥えて、私たちの方にやってきました。
「お姉さん、いく。みんなのお陰で、プラチナバッチになれたよ」
『おめでとう、まりさちゃん、がんばったわね・・・』
「まりさ、おめでとうございます。ぷらちなばっち、とってもゆっくりしてますよ」
「ありがとう、いく。はいお姉さん、合格証書と、餡統書だよ」
お姉さんは、まりさの餡統書を開きます。私も見せてもらいました。
まりさ種、プラチナランクの証明、通し番号、取得年月日。
所有者の欄にお姉さんの名前。
担当したブリーダーさんの名前とサイン。
お父さんとお母さんの欄は「野良・金ランク相当」とありました。まりさは野良出身だからしかたないでしょう。
そして、餡統金額、120・・・万円。
餡統書と餡統金額は、ブリーダー資格の有るブリーダーさんが指導し、バッチを取得した場合のみ、発生します。
まりさが金バッチを取得したときは、お姉さんが指導していたため、餡統書は有りませんでした。
私ですか?もちろんありますよ。もっとも、銀バッチの餡統書で、餡統金額も8000円ですけどね。
お姉さんは、餡統書を閉じ、まりさをぎゅっと抱きしめました。
『お疲れ様、まりさちゃん。大変だったわね・・・とってもゆっくりしているわ、まりさちゃん』
「うん、ありがとう。これからも、お姉さんがゆっくりできるように頑張るよ」
『え・・・ええ、ありがとう。私も、まりさちゃんの良い飼い主でいられるよう、頑張るわ』
「うん、・・・ところで・・・」
まりさは、お姉さんから視線を離し、私の後ろを見ました。
「そちらの、ゆっくりてんこは、誰なの?」
お姉さんと私と、一緒に来た金バッチのゆっくり。てんこは、自分が呼ばれたと気付いて、身を乗り出した。
『ええ、まりさちゃんは初対面ね・・・』
「わたしのことをいわれているのはかくていてきにあきらかね。おねえさんのかいゆっくりの、てんこよ。
ゆっくりしていってね、まりさ」
「うん、ゆっくりしていってね。てんこ」
『まりさちゃんがプラチナのお勉強を始めた後にお家に来たの・・・いくの番よ』
「えっ・・・」
・・・
まりさの驚き、動揺をつぶさに観察した私を、誰かは咎めるでしょうか。
その心の動きに、悲壮や後悔があることを願った私は、誰かに非難されるべきでしょうか。
「いくと、いっしょにゆっくりしてくれると、ちかってくれたんですよ。まだひはあさいけど、
いくのおなかのなかに、あかちゃんがいるんですよ」
「・・・そうだったんだ」
そういうと、まりさは、にっこり笑いました。
「おめでとう二人とも。ご免ねいく。おちびちゃんがいるのに、わざわざ来てくれて・・・」
「・・・う・・・ん」
「・・・いく?」
「いやいや、まりさのひょうしょうしきにこないなんて、どちかというとだいはんたいだからな。なせばなるという、
めいぜりふをしらないのかよ」
「ゆふふ、そうだね。てんこはとても頼りになる、ゆっくりしたゆっくりだね」
「そうだろうなわたし、ぱんちんぐましんで100とかふつうにだすし・・・」
そのあと、お姉さんが、ブリーダーさんや会場にいた偉い人と少し話をした後、まりさと一緒に帰路に着きました。
「でも、これでまりさも、ぷらちなばっちのおべんきょうからかいほうされて、ゆっくりできますよね」
『え?』
「うーん、そうだね。バッチ試験のお勉強は終わりだけど。プラチナバッチとしてのお仕事があるよ」
「おしごと?おしごとって・・・なんのことです?」
プラチナバッチとしてのお仕事・・・その時、私は何の話だか分かりませんでした。
ですが次の日の朝、その意味を知ることと成りました。
何故かいつもより早く朝食を済ますと、まりさはすばやく出立の準備を整えました。そして、それに合わせた様に、
人間さんがやってきました。
『お早うございます、まりさちゃんはおりますか』
『ええ、うちのまりさはこちらです』
「おはようございます。今日は、宜しくお願いします!」
『はい、よろしくね』
「じゃあ、お姉さん。行ってきます」
まりさは、人間さんに連れられて、表に停まっていたすぃーに乗り込みました。すぃーには他の、
プラチナバッチのゆっくりが数人乗っていました。
すぃーが発進していくのを見届け、お姉さんに尋ねました。
「あの、おねえさん。まりさは、きのういっていたおしごとに・・・?」
『ええ、今日は老人ホームに、奉仕活動に行くのよ』
家の中に戻りながら、まりさのお仕事の事を聞きます。
「ろうじんほーむはしってます。おとしをめしたにんげんさんが、きょうどうせいかつしているばしょですね」
『ええ、そこでお歌を歌ったり、御本を読んだりするのよ』
「まさかほんとうにおしごとを・・・ぷらちなばっちだから、やらなくてはならないのですか」
「おいぃ?まだあさ8じなのにすぃーでしゅっきんとは、さすがぷらちなはかくがちがった」
『ううん、本当は自由なんだけど。でもまりさちゃんが仕事をしたいって、強い希望でね・・・』
その日、まりさは夜8時になるまで戻りませんでした。
こんな遅くまで、と驚いておりましたが、こんな事は、まだ序の口に過ぎませんでした。
その二日後、まりさは、幼稚園に小さい人間さん達の遊び相手のため、出勤しました。
その次の日、まりさは、病院の患者さん達の奉仕活動のため、出勤しました。
まりさは、二日に一度、時には毎日、人間さんの為に朝から晩まで働きました。
普通のゆっくりなら、そんな長い間ゆっくりせずにいたら、過労で倒れてしまうでしょう。
ですが、まりさは十分に体を鍛え、食事もプラチナに相応しい、栄養十分なものを食べています。
まりさは、病気も怪我も無く、人間さんの依頼を断ることなくこなし続けました。
「・・・ゆゆ、みんな集まって・・・今からまりさたちがお歌を歌います・・・」
夜眠っているとき、まりさが寝言を行っているのを何度も聞きました。
まりさの声は、とても苦しそうでした。
私はてんこと顔を見合わせましたが、どうすることもできませんでした。
それから2週間ほど経ち、私もまもなく出産と言う頃になって、お姉さんが、別のプラチナバッチゆっくりの、
飼い主さんにお茶に招待され、出かけたことがありました。
私は妊娠中の身の上で動けませんし、そもそも場違いな気がします。てんこに傍に居てもらう事にし、
お姉さんとまりさが出かけていきました。
「ぷらちなばっちのおちゃかいですか・・・すごいですねあこがれちゃうなー」
「そんなおうごんのてつのかたまりでできていそうなおちゃかいに、きんばっちていどのわたしたちがでたら、
わたしのじゅみょうがすとれすでまっはになるわ。ここはあっぴるなどせず、けんきょにおうちでまっていましょう」
ですが、午後になって、お姉さんは複雑な表情で戻ってきました。
何かあったのかと思っていると、お姉さんは私に暖めたオレンジジュースを出し、落ち着いて聞いてね、
と前置きした上で話を始めました。
『今日お茶会で、プラチナバッチのゆっくりみまと話をしてきました』
「ゆ、ゆっくりみま?・・・みまって・・・まさか」
『ええ・・・。まりさちゃんに、みまの番になって欲しいって、言われたわ』
「まりさと?!・・・きょうあったばかりの、そのゆっくりみまとが?!」
「おちゃかいって、おみあいだったの?なにそのはかいりょくばつぎゅんのてんかい・・・」
驚いてまりさを見ました。まりさは無表情で、なんていうか、まるで他人事のようでした。
「でもなんでそんな、きょうあったばかりなのに・・・」
「実はまりさも、お仕事で何度も会った事があるゆっくりなんだ・・・」
そのゆっくりみまは、まりさと何度か一緒に仕事をして、すっかりまりさのことを気に入り、
自分の飼い主にまりさを紹介した事があったらしいです。
そのとき、みまの飼い主から、軽いノリで、みまと番になりたくないか、と聞かれたそうです。
まりさはその場の雰囲気で冗談と分かり、なれたら嬉しいですね、と返したと。
だがその飼い主さん、その後になって、みまとまりさを番にしたいという気が膨れ上がり、
今日のお茶会で切り出したそうです。
確かに、みま種とまりさ種の相性の良さは私でも分かりますし、プラチナバッチの基本種でしかも番がいない固体など、
そうそう会えないでしょう。みま本人も、みまの飼い主さんも、まりさを番に迎えたいでしょうね。
「それで、どうこたえるつもりなんですか」
『それがもう・・・番になる事に決まったわ』
「え?!そんなきゅうに!」
「いくらなんでもはなしがはやすぎて、そんなあさはかさはおろかしいわ!」
みまの飼い主が、非常に押しが強い方で、お姉さんも反対する理由が無いため、押されっぱなしだったそうです。
肝心のまりさとみまは、飼い主がゆっくりできるなら従うというスタンスで、自分の意見など無いようでした。
「まあ・・・てんこたちが、もんくをいうりゆうはないけど・・・」
「・・・あ、みまとまりさがいっしょにゆっくりするなら、それはどこで?」
『みまの飼い主さんのおうちよ』
「え、じゃあ、まりさのかいぬしさんは・・・」
『みまの飼い主さんが、まりさを引き取ることになったわ』
「それじゃ・・・まりさと、はなればなれなんですか」
『残念だけど・・・でも、会いに行く事はできるわよ。毎日とはいかないけど・・・』
「・・・まりさは・・・それでいいんですか?」
「ゆ?お姉さんがそういうんなら。まりさはそれに従うよ。それに一生のお別れじゃないよ!
また会ってゆっくりお話できる機会もあるよ!」
「・・・」
正直、あまりにまりさの意思や希望が分からなくて、始めは困惑していました。
でも話を続けていくうち、まりさの達観している感覚に、どうでも良くなってしまいました。
私もてんこも、まりさが、お姉さんを含めた人間さんたちに、振り回されているように見えていました。
でも実際はそんなことはなく、まりさは本当に与えられたゆん生に、納得しているのかもしれません。
まりさは、納得しているのか、耐え忍んでいるだけなのか。
そんなことは、私たちが代わりに悩んであげるほど、まりさは子供では有りません。
恐らく、お姉さんはもっと早く、そのことを悟っていたのでしょう。
・・・結局、お姉さんもてんこも私も、まりさとみまが番になる事に賛成しました。
次の日、私は無事おちびちゃんを出産することが出来ました。
いくが一人、てんこが一人です。てんこも、まりさも、喜んでくれました。
まりさがおちびちゃんを可愛がっている様子を見て、まりさもいいお母さんになれるだろうと、
少し安心した気持ちになりました。
そして4日後、まりさは、みまの飼い主さんの元へ行く事になりました。
餡統書の書き換えなども行われるので、お姉さんも一緒についていきます。おちびちゃん達をてんこに任せ、
私も連れて行ってもらいました。
みまの飼い主さんの家で、まりさの番になるみまに会いました。
私の、みまの第一印象は・・・「まるで人間さんみたい」
まりさよりも達観して、飼い主さんの為に生きていくと、その為に自分は存在すると、信じているように見えました。
餡統書の書き換え、そして餡統金額の受け渡しが行われました。
(まりさの飼い主が受け取るべき餡統金額の一部は、バッチ管理組織に流れる。
まりさがプラチナバッチ取得の際に援助を受けているため)
「みま、まりさと一緒に、ゆっくりしてね」
「まりさも、みまと一緒にゆっくりしておくれ」
その様子は、人間さんが行う結婚式のようでした。
そして、その帰り道・・・
「おねえさん、まりさ、しあわせそうでしたよね」
『ええ、そうね。まりさちゃんがいなくなって、ちょっと寂しくなっちゃうけど・・・』
「まりさがしあわせになってくれるなら・・・いくはそれでいいです」
『・・・てんこが待っているわ。留守番してくれたお礼に、ケーキを買って、帰りましょう』
まりさのことを話しながら、歩いていると。
「ゆっ、ゆっ、ゆっ」
「ゆゆっ、ゆゆっ」
『あら?』
曲がり角から、野良ゆっくりが出てきました。
れいむとまりさが1匹ずつ、そして小さいれいむが2匹。体もお飾りもひどく汚れています。
とたんに、お姉さんが私を抱きしめて、後ずさりました。
以前、まりさが野良ゆっくりのちぇんに襲われてから、野良ゆっくりを警戒するようになっていました。
すると、
「ゆ、にんげんさんがいるよ!」
「にんげんさんのじゃましちゃいけないよ!ゆっくりしないでかくれるよ!」
野良一家は、すばやく脇道に隠れ、走り去っていきました。
『ふう・・・』
「のらゆっくりをみたのもひさしぶりですね」
『そうね』
あの一家は、果たしてこれからどこに行くのでしょう。
何故か、久しぶりにゆっくりらしいゆっくりを見た気がします。
・・・ゆっくりである私が言うには、あまりにおかしいセリフですね。何を言っているのでしょう。
私は、壊れてしまったのかもしれません。
あれから二ヶ月経ちました。
私もてんこも、おちびちゃんの世話と躾けに忙しい中、まりさが妊娠したという報告を聞きました。
久しぶりのまりさの話を聞き、どうしてもまりさに会いたくなりました。
お姉さんにお願いし、まりさに会えないかと向こうに打診したところ、あっさりOKが出ました。
今日、お姉さんと私とてんことおちびちゃんとで、まりさのおうちに向かっています。
「どうしているでしょう、まりさ。おちびちゃんがおなかにいるなら、いろいろたいへんでしょうねえ」
『うーん、妊娠する前までは毎日お仕事だったらしいから、今の方がゆっくり出来てるんじゃないかしら』
「そうなんですか?あいかわらずだなあ・・・」
「つがいになってもまいにちおしごと?!わたしだったら、あたまがおかしくなってしぬわ」
「おかあさん、まりさおばさんの、おちびちゃんみられるの?」
「うーん、おちびちゃんは、まだうまれていないから、むりですよ」
そうこうしている内に、まりさの住んでいるおうちに着きました。
お姉さんが、まりさとみまの飼い主さんに挨拶し、私たちはまりさのいるお部屋に案内されました。
残念ながら、番のみまはお仕事でいないそうです。みまとはゆっくりとお話をしてみたかったのですが・・・
しかたありません、また会える機会もあるでしょう。
ノックすると、どうぞ、となつかしい声が聞こえました。扉を開けると、
「やあ、いく、てんこ、久しぶりだね・・・」
本をめくっていたまりさが、静かにこちらを向いて微笑みました。
「ゆ、まりさ!おひさしぶりです・・・」
嬉しくなってしまい、急いでまりさに近付き、その姿を見て、あんよを止めました。
でも、私たちのおちびちゃんの子いくと子てんこは、まりさに無邪気に近付きました。
「ゆ、ゆ、おちびちゃん。かわいいー」
「やあ、こんにちは。おちびちゃんたち、大きくなったねー。まりさの事憶えてるかな」
「いつも、まりさのはなしをしてますよ。おちびちゃんたち、あんまりはしゃいではいけません」
「おちびちゃん、あまりさわいだら、まりさのおちびちゃんがゆっくりできないわよ。さ、こっちにきて」
まりさが用意してくれたのでしょう。とっても柔らかなクッションの上に座りました。
まりさは、植物妊娠していました。
妊娠といえば、胎内妊娠を想像していたので、おちびちゃんは見れないと思っていましたが、
まりさの額の蔦にぶら下がり、ゆう、ゆう、と眠るおちびちゃんを見ることが出来ました。
みまが二人、まりさが二人。
「かわいいおちびちゃんね。みごとなしごとだとかんしんするわ」
「ありがとう、てんこ」
「しょくぶつにんしんだったんですね。てっきりたいないにんしんかと」
「うん・・・胎内妊娠より、植物妊娠の方が、早く生まれるからね。なるべく早く、バッチ試験の勉強を始めようって、
飼い主さんが言ってくれてるんだ」
「ゆ・・・ばっちしけんですか。かいぬしさんは、きょういくねっしんなんですね」
思わずてんこの方を振り向くと、てんこは何やら怪訝な顔で、まりさのおちびちゃんを見ていました。
「まりさ・・・そのつた、ひょっとしておれちゃった?ながさがふしぜんだし、せんたんをふさいだあとがあるわ」
え、と思ってまりさの額に生える蔦を見ると、確かに蔦の終わり方が不自然で、途中で折れた様です。
「あ、よく気付いたね。本当はまりさに似たおちびちゃんが7人いたんだけど、多すぎるからって、
飼い主さんが剪定したんだ」
「え・・・せんていって・・・おちびちゃんをころしちゃったんですか!?」
「いく!!」
「いやいや、良いんだ。その通りだよ。まりさに似たおちびちゃんと、みまに似たおちびちゃんと、
バランスが取れていないと、数の少ないおちびちゃんに良くないらしいんだ」
「ゆ・・・」
剪定されるとき、まりさが何を思ったか、思わず考えそうになったとき、
「あ、いま、またしゃべったよ、ゆうって、しゃべったよ」
「ゆゆう、かわいいねぇ」
おちびちゃん達は、まりさのおちびちゃんに大喜びの様子です。
「ゆふふ、ありがとう。いくとてんこのおちびちゃんは元気だね」
「げんきだけがとりえなんだから。まりさもおちびちゃんがうまれたら、たいへんですよー」
「まりさは大丈夫だよ。生まれたらすぐブリーダーさんに預けるからね」
「ゆ・・・すぐに?」
「うん、おちびちゃんに、なるべく早くバッチ試験の勉強を始めてもらわないといけないからね
それにまりさも、おちびちゃんのお世話をしていたら、仕事に復帰できないしね」
「・・・」
全然ゆっくり出来ない事を、まりさはゆっくりした表情で話します。
でもその様子は、私の知っているまりさになんら変わりなく、驚きや動揺をもたらす事はありません。
それでも・・・悲しさ、やるせなさが私たちを襲いました。
「ええと、そういえば、まりさがいまよんでいるごほんは、なにかしら」
「これ?近い将来、ダイヤモンドバッチの試験を受けるつもりだから、色々調べているんだ」
「ダイヤモンド?!」
ダイヤモンドバッチは、プラチナの更に上を行く、バッチ資格の最高峰です。
世界にも、ゆかり、かなこ、ゆゆこの三人しか、ダイヤモンドバッチを持っているゆっくりはいません。
「本当は寿命的にもう間に合わないって言われて、諦めていたんだけどね。まりさの体を調べたら、
まりさは他のゆっくりより、寿命が2年ぐらい長いみたいなんだよ」
「にねんも?」
「うん、それなら試験の勉強を受けて、ダイヤモンドバッチゆっくりとして活動する期間もあるかなって。
もちろん凄く難しいし、受かるかどうかは分からないけどさ」
「でも、まりさならきっと、」
「もし受かれば、まりさの餡子はダイヤモンドバッチの餡統の証明になるよ。まりさのおちびちゃん達も、
ダイヤモンドバッチに成れるかも知れないし、これからまりさも頑張っておちびちゃんを作って、
優秀なダイヤモンドバッチゆっくりを増やしていきたいんだ」
「え、ええ・・・すばらしいことだとおもうわ」
まりさはそれを聞いて、にっこりわらいました
「おちびちゃんを生んで、仕事も一段落したら、またブリーダーさんに付いてもらって、お勉強を始めるよ。
いくもてんこも、まりさが頑張れるよう、応援してね」
そして、お姉さんが部屋に来てまりさと久しぶりにお話をしました。
みまとまりさの飼い主さんに、美味しいお茶とお菓子をご馳走になり、私のおちびちゃんを見てもらいました。
そうしていると、外からすぃーの音が聞こえ、そしてチャイムが鳴り響きました。
『あらお客さん、ちょっと御免なさいね』
みまとまりさの飼い主さんにお客様が来たようです。
私たちが居たら邪魔じゃないか、と話していた所、ぱたぱたと慌てた足音がして、また飼い主さんが入ってきました。
その腕には、まりさの番の、みまがいました。
「ゆう、みま!」
『ごめんなさい、みまがお仕事が早く終わったって、急いで戻ってくれたわ』
「簡単な仕事だったからね、さっさと片付けてやったさ。おやおや、賑やかな事だねぇ」
表情もお飾りも、それどころか髪の毛一本にいたるまで、みまは自信とカリスマに溢れた姿でそこに居ました。
毎日お仕事に明け暮れているそうですが、疲れた様子もやつれた様子も微塵もなく、精気に満ちた雰囲気でした。
「みま、お帰り、お疲れ様!」
「はいはい、わたしゃここに居るよ。おちびちゃんはどうだい?」
みまもまりさも、仕事を通じて色んな人間さんやゆっくりと会い、社会の事、世の中の事を楽しく話してくれました。
普段から家でゆっくりし、交友関係といったら、公園に遊びに来るゆっくりぐらいしか居ない私やてんこと比べたら、
凄い違いです。
「みまはいろんなことをしっていますね」
「おばさんすごーい!」
「きゃっきゃ!」
「ゆゆ、ありがとうねおちびちゃん。私たちゆっくりも、こうして人間さんの社会に深く関わっていけば、
ゆっくりを認めてくれるように成るだろうさ」
『人間さんに認められる、ね』
「ゆっくりに仕事を依頼したり、バッチシステムを作ってくれたりしているんだ。人間さんも多かれ少なかれ、
私たちゆっくりに期待してくれているんだろうよ。だったら、それに答えたいもんさね」
「そうだね、ゆっくりの社会を少しずつでも変えて行こうね。これからもまりさはもっと頑張るよ」
みまとまりさは、お互いに共通した夢を語り、笑いあっていました。
その夢は、私が知っているのとはまた違う、ゆっくりの有り方でした。、
その帰り道、お姉さんの腕に抱かれ、きゃっきゃと笑うおちびちゃんが落ちない様に宥めておりました。
すると、てんこが、口を開きました。
「おねえさん、まりさやみまのしていることを、どうおもうかしら」
『ん・・・?』
お姉さんは、私たちを見た後、ゆっくりとまりさ達の事を、思い出しているようでした。
『ダイヤモンドバッチの事は・・・まりさちゃんなら、出来るかも知れないわ。でも、みまの事は・・・
あんな事を考えるゆっくりは始めてみたから、ちょっと分からないわ』
「おねえさん、わたしはばっちしけんのべんきょうでならったわ。ばっちしすてむは、にんげんさんが、
ゆっくりをかんりするために、つくったものだと」
『・・・』
「ゆっくりが、にんげんさんにめいわくをかけないように、ばっちしすてむをつくったのよ。それいじょうのことを、
ゆっくりにきたいしているはずがないわ」
『そうね、バッチシステムが、ゆっくりを管理するためなのは間違いないわね。でも、ゆっくりがより上を目指して、
努力し続けるのは、間違っていないわよ』
「よりうえをめざして?」
『努力するって事は、人間にとってもゆっくりにとっても、素晴らしい事だもの。それが、人間さんのためなら、
なおさらね』
「じゃあ、わたしや、いくを、どうおもいます」
『ああ・・・ごめんなさい。てんこたちも、まりさたちも、ゆっくりとして間違ってないと思うわよ。
どう生きるかは、人それぞれ。でも私は、てんこやいくと暮らしていて、とってもゆっくり出来ているわ』
そのとき、調子外れのお歌が聞こえてきました。
「・・・?」
気が付くと、いつもの公園の傍を歩いていました。
道の近くにあったベンチの下に、野良ゆっくりのれいむの親子連れが、歌を歌っていました。
お姉さんは足を止め、そのゆっくりの親子連れをみていると、向こうもこちらに気付いたのでしょう、親れいむは、
お歌を歌うのをやめ、お下げで子ゆっくりたちを抱きしめ、こちらを警戒するように伺いました。
『・・・貴方達は、自由に生きなさい』
親子連れは、ベンチの下から抜け出し、走り去っていきました。
私は、野良のように自由に生きられません。
まりさの様に、人間さんの為に生きることは、素晴らしいと思いますが、真似できません。
私は、飼いゆっくりとしての立場をわきまえつつ、自分の為に生きることが、一番ゆっくりできるのです。
生き方は、ゆっくりそれぞれ。それでも、
まりさには、もっとゆっくり生きて欲しかったな・・・。
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