ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1565 れいむの義務
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春が野山をひたしつつある。
ついに、春が冬を打ち負かしたのだ。身を切るような寒さだけが取り柄の季節は、は北に逃走するしかない。
この勝利を、鳥も樹木も、さかんに歌いあげてはその悦びをあらわしていた。
ゆっくりもまた、勝鬨を上げた生きものの一員だ。
かれらは春が来るや巣穴から飛びだし、新芽を食み、歌を奏でて、のどかな幸せを存分に味わった。
そのれいむが群れにやってきたのは、去年の冬のことだった。
一人立ちして間もない、やや未熟ながらも活動的なれいむは、群れに歓迎された。空いていた巣穴を授けられ、越冬用の食糧まで援助された。
当然のことだ。
と、思いつつも口には出さず、歓迎物資を受けとった。これらの恩寵のおかげで、れいむは一切の労苦をあじあわずに冬を越すことができた。
南東に太陽がかかりだす頃合いに、れいむは樹木の根もとに掘られた家を出た。
ちょうど、まりさが狩りを一段落させて家に戻ってくる頃でもあった。
そのまりさは、群れの幹部格だった。
「れいむ。はなしがあるんだぜ」
まりさは帽子の中に茸やら野草やらを詰め込んでいた。それは外から見てもその膨れ具合で察せられた。
「ゆ? はなし?」
「れいむがこのむれにやってきたときだぜ。おれたちは、れいむにたくさんのたべものをわけたんだぜ」
「おぼえているよ?」
覚えてはいるが感謝はしていなかった。まりさは一瞬だけ俯いた。
「あれは、かんげいのしるしってだけじゃないんだぜ。むれのぎむなんだぜ」
「ぎむ?」
この群れは、ゆっくりの群れとしては相当に安定した秩序を打ちたてていた。
幹部の合議制によって意思決定がなされ、個体に応じた役割が振られている。また、集団として生き残る確率を高めるために、相互扶助の原則も根付いていた。
れいむが去年の冬に群れを訪れたとき、群れのゆっくりたちはこれを援助した。それは歓迎の象徴であるとともに、扶助の義務にもとづいた行為だった。
「れいむも、ちゃんとぎむをはたしてほしいのぜ」
群れへの忠誠を尽くせ、と言っている。
「つまり……むれのために、なにかしろってこと?」
まりさは微かに眉をひそめた。
「ま……ありていにいえば、そうなんだぜ」
自信満々にれいむは答える。
「とうぜんでしょ? れいむはれいむのとくぎをいかして、このむれにやくだってみせるよ!」
れいむはそのように言い捨てて、まりさの前から立ち去って、森の暗がりへと消えていった。
その後ろ姿を、まりさはじっと見つめていたが、やがて視線を切って巣穴に戻り、戦果を巣に還元すると、また食糧探しへと出立した。
義務を果たせ。
それがまりさからの忠告だった。
云われるまでもない。れいむは、れいむの天才をもって群れに貢献するつもりだった。
その魅力とはなんだろうか。
(……やっぱり、れいむっていったら……このびぼう! うたごえ! みりょく!)
と、少なくとも本人は確信していた。
(ほんとうなら、れいむはただゆっくりしているだけでむれにこうけんしているんだよ!)
とも思っていた。
その理屈は、その美貌でもって他者を癒し、その歌声が活力を与え、存在そのものがゆっくりをゆっくりさせるから、といったところか。
(でも、れいむはそれだけでまんぞくしないよ! みんなをめろめろにしちゃうよ! みりょくをますますみがきあげて、むれにこうけんして、むれをしはいするよ!)
みちみち、奉仕精神の面をかぶった野心をこねるのだった。
人間世界ではもっとも性質の悪い人間と目されるのだが、そんなことはゆっくりたるれいむには知ったことではない。
やがてれいむは群れから離れた広場に出た。左右を見回してもゆっくりの姿はない。
そこで、魅力磨きをする腹積もりだった。
魅力の筆頭は、なんといっても麗しい容姿。指一本触れずして万人の膝を折らせしめる美貌。
まずはこれを鍛え上げるべきだろう。
れいむは声を張った。
「かわいくってごめんね!」
片目をつむり、宝石のような笑顔を浮かべ、斜め四十五度を演出して、ポーズを決める。
しばらく停止する。やがて、れいむは軽くため息をついた。
「ちがうよ……」
もっとだ。
なるほど、今のままでも訴求力はきわだっている。ありすを嫉妬のあまり憤死させるだけの魅力がある。
だが、足りない。
もっと、それこそ暴力的なまでに、魅力を高めなければいけない。
単なるカリスマでは不足している。
れいむが欲している魅力とは、嫉妬ではなく諦念を起こさせるほどの、異質とさえいえる魅惑だった。
しばらく熟考した。
答えが出た。早速実験にとりかかる。
まずは、少し俯いて溜めをつくった。
「きゃわいくってぇ……」
声にも微かに悲痛が宿っている。
「ぎょめんぬえ!」
続いて、一気に顔を起こして、輝かしい笑みをうかべた。
わずかに翳のある表情をあえて作ってから、一転して嘘のような燦然たる笑顔。静から動へ移りゆく、ダイナミックな演出だ。
(さっきよりは……いいよ! かくだんによくなっているよ!)
ところが、まだ不満だった。自分の潜在能力はこんなものではないと、本能が訴えかけてくるのだった。
「そうだね……。もっと、こう……さーびすしたほうがいいね!」
れいむは悟った。義務を果たすのだ。出し惜しみはいけない。そう、全ては群れへの忠誠のため。
またも熟慮に入る。
風が流れる。小鳥が啼いている。太陽はまぶしい。
爽やかな陽気が、れいむに素晴らしいアイディアを授けた。
それを閃いた瞬間、れいむは自らの悪魔的発想に身震いしてしまった。
それは、「かわいくってごめんね」でありながら「かわいくってごめんね」ではない。
具体的な手順は、次の通りだった。
今、れいむがアイディアを実践しようとしている。
「きゃあわいくってぇ……!」
まずは先ほどと同じく、うつむいて翳をつくり、見る者に悲劇を想起させる。
次に、おもむろに一回転した。
ふたたび前を向いたときには、前方斜め上四十五度に、あんよを高々と掲げていた。
そして、腹部に力を籠める。
「……ァ、ぎょめんぬぇェッ!」
決め台詞とともに。
れいむの肛門から、湿り気のある餡子糞が射出された。
糞餡は、青空に舞い、重力にひっぱられて、かさりと草の上に落ちた。
「これだよ……!」
背中を地面につけたまま、空に肛門をつきつけたまま、絞り出すような声を発した。
「これだよ! これなら、みんないちころだよ!」
静かなる俯きから始り、一回転という動作を加えて相手を幻惑、気がつけば眼前にはれいむの聖なる肛門。
それだけでも悶絶すべき魅力であるにもかかわらず、あまつさえ、黄金にも等しいうんうんを与えられる。
これだ。
いける。
なんということだろう。
(このみりょく……これじゃあ……まるでぶきだよ!)
新たなる決めポーズに確かな手ごたえを感じるとともに、来たるべき称賛の嵐に想いを馳せて、しばし身悶えするのだった。
れいむが想うれいむの魅力は、容姿容貌だけにとどまらない。
歌声も忘れべからざる要素だ。
(おうたもきかせてあげなくちゃね……)
れいむの歌声。それは鳥獣をも魅了して、草木をも眠らせる。ゆっくりなど言うまでもない。本当の音楽というものに触れて、感激にむせび泣くにちがいない。
そもそも練習など必要だろうか。
(ゆだんはきんもつだよ)
自戒のことばをあたまに浮かべる。万事に備えるのが、できるゆっくりの宿命だ。
れいむは、みずからの遠慮を自賛してから、歌の練習にかかった。
まずは頬に大気をつめこむ。吸っては吐くだけの空気のかたまりが、れいむを媒介にすると歌に変わる。まるで魔法だ。
と、れいむは考えていた。
独唱がはじまった。
「ゆっ! ゆぅ? ゅゆ! ゆばっ! ゆ゛ッぐりの? ゆ゛~~~? ゆッゆ゛ッゆッ」
野山にほとばしる天使の歌声。
なんて麗しい音響なんだろう。
その証拠に、ほら、小鳥たちが飛び立っている。
れいむは上機嫌になり、歌をつづけた。
「まっだり! ま゛っだり! まっだり! ま゛っだりの! ひッッ!」
音がつむがれるたびに、のどの調子がよくなってくる。
歌はしばし続き、クライマックスへと突入する。
「ゆっぐりのおオォぉォぉオオおおおォッッ!」
不意に、れいむの動きが止まる。
死んでしまったのではないかと疑わしくなるほど、微動だにしない。
止まったときと同じくらい突然に、れいむが絶叫した。
「びいいいィぃイぃいいィイっッ! ……げふっ、ごほっ」
少々調子に乗ってしまった。
れいむは咳き込み、かすかな喉の痛みを自戒の念に変えた。
ともかく、最大の武器は磨きあげられた。
美貌を最大限に生かす演出は決まった。
歌声はまるで問題がない。
この二つをもって、義務を……そう、義務を果たしてみせる。
群れに忠義を尽くしてみせる。糞不味い越冬用食糧の、何百倍もの価値にして返還してやる。
れいむには三以上の数の概念を理解することは不可能なのだが、とにかくそんなことを思いつつ、広場を飛びだした。
森の道へと飛び出ると、そこにはまりさがいた。
群れの幹部であり、朝方に群れの掟と義務について忠告してきた、あのまりさだ。
「ゆ? またあったんだぜ」
まりさは口に加えていた葉っぱを離した。その上には、食糧が満載されていた。なかには、野山に住むゆっくりの垂涎の的である、野苺も混ざっていた。
その野イチゴを、れいむは目ざとく発見した。思わず喉を鳴らす。
「まりさ! そののいちごさん、ちょうだいね!」
上等の笑顔で命令した。だが、まりさは面食らいながらもこれをやんわりに拒絶しにかかる。
「これはだめなのぜ。おちびちゃんたちにくわせるものなんだぜ」
何がおちびちゃん、か。下種の腹から産まれた下種のくせに野イチゴなどとはおこがましい。と、れいむは内心嘲るとともに怒りを覚えた。
「それに、のいちごさんじゃなくても、ただではやれないのぜ」
何か差し出せと言っている。
「そのことばにうそはないね?」
「ないぜ。しかしのいちごさんだぜ? なまなかなたべものじゃああげられないんだぜ」
れいむはほくそ笑んだ。
幸先がいい。やはり自分は運命に見込まれているのだ。新開発の魅惑のポーズがいかほどの威力があるのか、まりさで実験してやろうと、れいむは思う。
「わかったよ! とびっきりをくれてあげるよ!」
「ゆ? それはいいんだけど……れいむ、なにももっていないんだぜ?」
一見してれいむは手ぶらだ。草舟で食糧を運搬しているのみならず、帽子の中も戦果で満杯にしているまりさとは対照的だった。
「それはみてのおたのしみだよ! いい、まりさ? れいむにちゅうもく!」
「お、おう……」
れいむは一呼吸置いてから、俯いた。顔を地面にあてて、後頭部をまりさに見せつける。人間で言うならば立位体前屈にあたる構えをとり、まりさを訝しがらせた。
「れいむ、なにしてるんだぜ?」
声にはあきらかに困惑の色が混ざっている。その困惑が、次の瞬間には歓喜の雄叫びに変化するのかと思うと、れいむはほくそ笑みを打ち消すのに苦労せざるをえない。
「かわいくってえッ!」
森にれいむの声が響く。
つづいて、練習通りに、あざやかに一回転した。
振り向いたときには、れいむのあんよが天を向いている。
ちょうど、まりさの目のまえにあにゃるが出現した格好となった。
「……ぎょめんぬぅぇぇェェッッ!!」
掛け声が一閃すると、まりさの眼前に突き出された肛門から、何やら黒い物体がせり上がってきて、射出された。
尿も混ぜ込んでいるために粘性を増している古餡子は、みごとな放物線を描き、
「……ぁ」
まりさの、帽子のつばに墜落した。
(……やった! かんぺきね! これでまりさはめろめろね! れいむのどれい、だいいちごうのかんせいだよ! れいむったら、つみなゆっくり!)
れいむは心中、自賛することしきりだった。まりさの反応を見てみると、惚けてしまっている。その反応はれいむを満足させるとともに戦慄させた。
心神を喪失させるほど感激してしまったなんて、予想を遥かに超える威力だった。
この調子なら、群れの有象無象どもが自分の魅力に屈するのに、蟻の一匹を踏みつぶすほどの苦労も要らないだろう。
「まりさ! やくそくははたしたよ! れいむのうんうんをあびられるなんて、しあわせものだね! かんだいなれいむは、そのうんうんをたべるけんりをしんていしちゃうよ!」
そう言うと、れいむはまりさが曳いていた、食べものを満載した草を略奪し、まりさの前から立ち去った。
しばし呆然したまりさも、れいむが完全にその姿を消したころになると、意識を快復し、帽子を穢されたことに思い立ち、狼狽し、悲鳴をあげた。
茫然自失のまりさを捨ておき、れいむは群れに帰還した。
群れの大多数は、狩りのために巣穴を留守にしている。
すると、群れの広場で遊んでいる、ゆっくりありすを見つけた。まだ子供……というか、赤子だ。
ありすは、れいむを見つけると、遊び相手発見と思ったのか、とび跳ねながられいむに近づいてきた。
「ゆゆ~、れいみゅ、れいみゅ~」
れいむは露骨に舌打ちした。
子ゆっくりが嫌いなのだ。特に赤子は大嫌いだ。死ねばいいのにとさえ思っている。
うるさいし、よく泣き喚くし、すこしでも腹が減れば不満を垂れ、親をののしり、いざ空腹が満たされれば後先考えずに糞尿を撒き散らす。まったく世界の害悪だ。
といったことを、常日頃から考えている。
が、そんなことが赤子ありすには知る由などあるはずがなく、いつの間にか子ありすはれいむの周りを飛び跳ねていた。
遊んでくれると思っているらしい。
つくづくゆっくりできないゆっくりだ。
れいむはののしりたくなる。潰したくなる。だがあんよが汚れるのは面倒だ。
「ゆゆ~、おうた~、おうた~」
突然、ゆっくりありすが謳いはじめた。
「ゆゆ~! おうた~。ゆっくりのゆ~♪ ゆったりのゆ~♪」
れいむは露骨に嘲りの表情をうかべた。こんなものは歌ではない。餡子が腐り落ちそうだ。
「おちびちゃん! そんなおうたはやめてね!」
思わず激昂してしまった。
「ゆぅ!」
ありすは驚き、わずかに漏らした。
「……ふふ。おちびちゃん、ほんとうのおうたをきかせてあげるよ!」
「ゆぅ!」
恐怖から一転して、子ありすは、その場に鎮座して静聴の構えをとった。音に聞くありす種の歌を心待ちしている。そんな様子だった。
れいむが、子ありすと対峙した。
その頬に、大気をめいっぱいにとりこむ。
全身に力がこもる。
歌がはじまる。
「ゆぼぁああァああぁアアぁあァッっッうぁっ、ウーぁああッ!」
首を絞められたかのように飛び出る眼球。
電気が宿ったかのように逆立つ髪。
重力に逆らうかのように揺れる飾り。
そして、発狂寸前の奇声。
ありすは泣きだした。
「ふぎゃああぁあぁ! ァアアぁあぁァッ! ゆ、っ、ゆぁ、ふぎゃぁああぁっ」
れいむの歌は止まらない。
「ゆぅぅぅッッぐりのぉぉぉぉおおおおっっ!」
ありすの慟哭も止まらない。
「いぎゃああぁああァ!」
れいむはますます盛りだす。
「ゆゥゥゥうううううう゛う゛う゛う゛ッッ!! おぎゃああぁあぁじゃんっ、おぎゃああぁぁぁじゃあぁんっ!」
ありすはそれだけ泣きだす。
れいむの歌が止まったとき、子ありすは失神していた。
脱糞もしていた。
みずからの歌声のそなえている魅力の強度に、恐怖にも似た感動を覚えるのだった。
そして、赤子ゆっくりの情操にも確かな影響を与えられたにちがいないとする確信を抱き、またひとつ群れへの忠誠を果たしたことに満足した。
れいむは眼下に置かれた野苺を眺め、舌なめずりをした。
それは、まりさから交換によって獲得した甘味だ。
野苺もろともふんだんに食糧を得たのだが、それらは食べつくしてしまっていて、残されているのはこの野苺だけだ。
「ふふ……あまあまさん……」
れいむは邪悪な表情とともに呟き、そして、歓喜の声を上げた。
「れいむのォ! すぅッぱぁッ! むーしゃむーしゃ! ……」
「れいむ! いるの?」
ところが、幸福は闖入者の鋭い声によって遮られた。巣穴の入り口へと視線を向けると、群れの幹部格が雁首を並べていた。一様にれいむを睨みつけている。
れいむは幸福の絶頂から不機嫌の奈落へと急降下した。
「ゆゆ! れいむはいそがしいんだよ! むーしゃむーしゃでいそがしいんだよ! でていってね!」
取りつく島もない。
と、思ったのか、幹部たちはれいむの許可を得ていないにもかかわらず巣穴に立ちいって、ますますれいむを不機嫌にさせた。
「あなたにききたいことがあるの」
家主の前にすすみでたのは、ぱちゅりーだった。寡頭合議制を採るこの群れにあって幹部格はみな同等だが、そのなかでも、
このぱちゅりーは群れの第一人者と目されていて、その発言力は他の幹部を圧倒している。
特に、群れのゆっくりに対する司法権は、このぱちゅりーにだけ赦されている特権でもあった。
「れいむはないよ!」
「しらないわよ」
「れいむがないのに、ぱちゅりーがあるなんてへんだよ! おかしいよ!」
ぱちゅりーは少しの間、れいむに冷たい視線を投げかけた。次に口が開いたとき、弾劾の言葉が飛び出した。
「あなた、ほかのゆっくりから たべものを とったでしょ?」
「ゆ?」
身に覚えがなかった。獲る? ほかのゆっくりから? 交換物も無しに? そんな無法をするはずがない。
ぱちゅりーの言葉が続く。
「しかも。そのとき、まりさにあなたの……きたないものをなげつけた」
「ゆゆ?」
れいむは、困惑とともに怒りを覚えた。群れの構成員に汚いものを投げるなんて、するはずがない。
言いがかりにもほどがある。理不尽だ。許せない。
「こどもには いかくをしてなかせたわ」
「ゆゆゆ?」
威嚇?
馬鹿?
れいむの混乱は絶頂に達しつつあった。
「すべてあなたがやったことでしょ?」
れいむは唖然とするしかなかった。
幹部連中を改めて見渡した。幹部筆頭のぱちゅりーに、ありす、まりさ、それから別個体のれいむ種もいる。
可愛らしい姿を拝ませる対価として野イチゴを交換した、あのまりさも混じっていた。やけにこちらを睨んでいる。
なぜ怒っているのだろうか?
れいむは考えた。
考えぬいた挙句、一個の結論に到着した。
その結論を得た瞬間、れいむは晴れがましい顔を、訪問者らに見せつけたのだった。
「みんな! れいむのあれをみたかったんだね! もう、すなおじゃないね!」
彼らがれいむを攻撃している理由は、悔しさだ。
と、れいむは断じた。
それが結論だった。
れいむがかわいすぎた悔しさのあまり、悔しさの元凶たるれいむを攻撃しにかかっているに違いない。
それが判明したとき、れいむは眼前のゆっくりたちが急に可愛らしく思えた。
と同時に、あらためて魅惑のポーズを決めてやり、魅了して、みずからの理不尽さを思い知らせてやろうと思った。
「ちが……」
ぱちゅりーの制止は間に合わない。れいむは止まらない。
「いっくよ~♪」
朗らかに声を張ると、前屈した。
「きゃわいくってぇ!」
次に一回転。
「ごめんね!」
肛門を前方上空に向けて、餡子糞発射。
べちゃり。
嫌な音を立てて、うんうんがれいむの巣穴を汚した。
「ゆぅ……」
幹部たちは巣穴の左右に寄ってうんうんを回避していた。
(なんでさけたの……こいつら……れいむのうんうんをなんだとおもっているの!)
れいむは叫びたい気持ちをぐっと堪えて、無反応の原因を自分に求めた。そうだ。きっと、威力が足りなかったのだ。
少々、侮ってしまったのかもしれない。
もう一度、れいむは体を畳んだ。
「きゃァァわいくっちぇぇェッッ!」
絶叫する。高速で一回転。
今度は、あんよの角度が増していた。
前方斜め四十五度から、九十度へと。
つまるところ、逆立ちした格好となる。
「ぎゅぅぉめンにぇえええぇえェっ!」
そして発射される餡子。
量に到っては、ひねりだせるだけ出しており、一発目の三倍はあった。
うんうんは、巣穴の天井へと発射され、重力が加わり、真っ直ぐ下へと、発射された軌道をなぞるように落下した。
そのころには、れいむは起きあがっている。
べちゃり。
うんうんは自然の摂理に従って、れいむの頭上に付着した。
れいむは絶叫した。
「ぎゅおぉぉおお! くさいぃぃイぃぃ! きちゃなぃィィぃい!」
暴れるれいむ。身をねじり、よじり、体を地面にたたきつける。が、うんうんはれいむの髪の中にまで浸透してしまっていて、暴れるだけではとれなかった。
「とれぇぇええぇ! さっさと、このきたないうんうんをのけろぉぉおォぉ!」
まわりの幹部格に叫んでいる。
だが、何と言うことだろうか。
誰もかれも、見下げるばかりでれいむを助けようとしない。
暴れまくった甲斐があり、うんうんは頭上からとり除くことに成功した。が、巣穴は糞尿が飛び散って悪臭が充満しはじめていた。
「はぁ! はっ! ……」
れいむは、幹部らに向きなおる。
「なんでいじわりゅするの!」
れいむの目は怒りに爛々と輝いていた。
「かわいいれいむにきたないうんうんをなげるなんて、さいていだよ!」
やはり侵入者たちに反応はない。
「なんであやまらないの?」
不思議でならない。
れいむにとって、眼前のゆっくりたちは、謂れなき罪状を押しつけてきた無法者であるばかりではなく、れいむにうんうんを押しつけた外道だった。
「……ゆるせないよ。もうゆるせないよ!」
ついにれいむは堪忍袋の緒が切れた。
事ここに到り、もはや手段は選ばなかった。
以前から温めていた、全てのゆっくりを屈服させるだけの威力をもつ技を、ここで使おうと決めた。
その手段は、れいむが思うに、あまりの神々しさに憤死するゆっくりが出ると思われる危険技だった。
今、れいむの奥義が炸裂する。
まず、大きく体を逸らした。
後頭部ではなく、腹をみせつける形となった。
「れいむの!」
その言葉が発せられたとき、幹部ゆっくりたちはいっせいに身構えた。
「まむまむあたっく~~~♪」
そう叫ぶと同時に、れいむはそのもみあげを器用に使い、両腹を左右へと伸ばした。
すると、れいむの腹に穿たれていたまむまむが、体を反ることによる上下への力と、もみあげによる左右の力によって、開帳した。
全てのゆっくりが憧れてやまない、れいむのまむまむ。
それを見せつけて、問答無用に膝を折らせる。それがれいむの戦略だった。
体を逸らしているために、れいむには幹部たちの姿が見えない。
だが、
(……ふふ。みえる。みえるよ! あのぱちゅりーが、れいむのこうごうしさにひれふしているすがたが!)
知恵者たるゆっくりぱちゅりーだけではない。愛と美に生きるゆっくりありすが、活力と豪気に溢れるゆっくりまりさが、れいむの脳裏では、平伏していた。
その予測を現実にするべく、しずかに、まむまむを閉じ、上体を起こした。
「ゆ?」
どうしたことだろうか。
ゆっくりたちは静かな視線を向けてくるばかりで、何故だろう、蔑視している。
「どうしたの? なんで、みんな、れいむをほめないの? れいむにひれふさないの? だまっているの? それがあなたたちのせいぎなの?」
「れいむ……」
ぱちゅりーは慰めるような声で言った。
「なによ?」
「のこっているものだけでいい。たべものをかえしなさい」
ぱちゅりーは決めた。まりさから食糧を強奪したことも、赤子のゆっくりありすを威嚇したことも、不問に帰すと。
その代わり、れいむは村の扶助構造から除外しようと。
追放はしない。
そのかわり助けもしない。
ただ、奪った食糧はいくばくか残存していたので、それぐらいは取り返しておこうと思ったのだった。
とはいえ、余っているのは野苺一つしかなかったのだが。
「ゆゆ!」
ところが、れいむは拒絶の反応を示す。
「やだよ! このあまあまさんはれいむのだよ! あまあまさんだけはゆずれないよ! あまあまさんは、ぱちゅりーなんかにはたべさせないよ!」
「なにをいっているの?」
ぱちゅりーは、不法な手段によって獲得した物品を返還せよと言っているだ。残されている食べものが、あまあまかどうかは、関係ない。
それにその野苺はまりさのものだ。ぱちゅりーが食べるものではない。
それを言ったが、れいむは頑として譲らない。
「ふん! あさましいぱちゅりーのことばなんてきかないよ!」
ぱちゅりーは諦めた。
「やりなさい」
一声命じると、ぱちゅりーの背後に控えていた幹部たちがれいむを抑えつけ、ほかのゆっくりが野苺をさらってしまった。
「それはれいむのだよ! かってにとらないでね!」
もはや嘆きを聞くゆっくりなどいなかった。
「はなしてね!」
と言うと、放り投げるように解放された。
「ゆべ!」
地面に叩きつけられる。ぱちゅりーらは、そのれいむに背中を見せて巣穴を立ち去ろうとした。
慌ててれいむがこれに追いすがる。
「ぱ……ぱちゅりー!」
呼びかけると、ぱちゅりーが振り返った。
「その……」
「なに?」
「わかっていないんなら、おしえてあげるね。ぱちゅりーの、かわいそうなあたまでもりかいできるように、おしえてあげるね。
やさしいれいむが、かんだいなれいむが、じっくりと、はっきりと、おしえてあげるね」
「のうがきはいいわ。はやくはなして」
「……あのね」
「うん」
「……しっとは、みぐるしいんだよ」
ぱちゅりーは押し黙った。
その瞳には、憤激が宿っていたが、やがて哀しみによって上書きされ、最後に諦念に取って代わられたときに、ようやく口を開いた。
「いきましょう」
「あ……」
幹部たちがれいむに背中をみせる。
「……れいむ、まだ、あまあまさんをたべてないのに!」
それが、幹部たちの背中に投げかけられた言葉だった。
その日から、れいむは誰にも相手にされなくなった。村八分に処せられていた。脆弱なゆっくりにとって、協力相手がいないのは実に辛い。
さしたる技能を持たないれいむにとっては、なおさらだった。
それでも、れいむは諦めなかった。
現在の境遇は、全てあの強欲幹部どもにあると信じて疑わない。だからこそ、れいむは自らの魅力を訴えるべく行動に出た。
正確にいえば、魅力を訴えて食糧を得ようとした。
「かわいくってごめんね!」
ある朝。
とびきりの笑顔とともに、れいむは近所のありすにうんうんを噴出した。
ありすは仰け反るほど驚いていた。
何しろ、巣穴から出てきたところを待ちかまえていて、奇襲でもって糞尿を投げつけたのだから、驚くのも無理はない。
「さあ! ありす! たべものをよこしてね! あまあまさんがはいっていなかったらしょうちしないよ!」
誇らしげに命じるれいむだったが、何度か殴られただけだった。
こいつもだ。見るだけみて対価を寄越さない。なんて外道なのだろう。
れいむは、世の理不尽を呪った。
れいむは諦めない。
次に狙いを付けたのは、幹部候補との呼び声高き、狩りの名手たるまりさだった。
れいむは、まりさが狩りに出かけたその後ろを尾行した。
そして隙を見つけて、
「かわいくってごめんね!」
今回はうんうん無しだ。
どうやら、あの動作の高尚さはほかのゆっくりの理解を超越している、とれいむは思っている。
若手のまりさは、樹の影から飛び出してきたれいむに驚きながらも、それを無視して立ち去ろうとした。
「ちょっと! みるだけみてたちさるなんて、ずるいよ!」
いささか押し問答があったが、結局まりさは立ち去ってしまった。
れいむはなぜ自分がかくも酷い仕打ちを受けるのかまるで分からない。
「まぢゅい……」
れいむは苔生す岩を舐めている。
極端なまでに狩猟採集能力が劣るれいむにとって、自力で得られる食糧はこの程度のものだった。
虫や動物、草木などはしっかりとほかのゆっくりの支配下に置かれていて、手を出せばなにをされるのかわからない。
「ゆゆ~♪」
どこからか、ゆっくりの暢気な声が聞こえてきた。
れいむは岩の影から、そっと顔を出して様子をうかがう。
見ると、日当たりのよい草むらに、三匹の子ゆっくりが遊んでいる。
れいむが一匹。まりさが二匹。
そのうちの一頭、子れいむが声を張った。
「きゃわいくっちぇごめんにぇ!」
きゅっと目をつむり、あんよを空に向けていた。
それはまさしく、岩の影から様子をうかがっているれいむが開発した技だった。
(と、とうさくだよ……)
れいむは愕然とした。
アイディアを盗まれたこともさることながら、あのような小汚いクソガキどもが真似をしているということが、何よりも赦しがたかった。
あんよを嬉しそうに振りまくっている子供の姿は見ているだけで吐き気がする。
救いがたい。
ところが、れいむを困惑させる出来事が発生した。
「うわー、れいむだー、うんうんれいむがでたにょじぇ~♪」
子まりさは、笑いながら、ぴょんぴょんと、子れいむのまわりをとび跳ねている。
「うんうんがでりゅ~、うんうんのあめがふる~♪」
子ありすも、楽しそうに怖がるふりをしている。
一方のれいむは、
「きゃーわいくっちぇー、きゃーわいくっちぇー♪」
やはり嬉しそうに、あんよをブリブリと振りまくるのだった。
子ゆっくりたちの踊りは続く。
「うんうんれいみゅがでたんだじぇ~、うんうんれいみゅ~♪」
「きちゃないれいみゅがいるんだじぇ~、きちゃないれいみゅ~♪」
「きゃ~わいくっちぇ~、きゃ~わいくっちぇ~♪」
もはや妄想で事実を上塗りすることはできなかった。
子ゆっくりたちは、「れいむごっこ」を愉しんでいる。ようやくれいむは、自分が玩具にされていることを知ったのだった。
殺してやる。
と、思った時、鋭利な叱責が飛んできた。
「おちびちゃんたち! なにしてるんだぜ!」
声の主はまりさだった。その姿を見たとき、子供たちがまた騒ぎだした。
「おきゃーしゃんだ!」
「ごはん、ごはんっ!」
嬉しそうに飛びよってくる子供たちだったが、まりさの顔は険しかった。
「なにしてたんだぜ!」
「ゆ?」
親の不機嫌をぶつけられて、子供たちは顔を見合わせた。
「うんうんれいむごっこはだめだっていったんだぜ!」
「ゆぅ……」
子ゆっくりたちは途端に落ち込んだ。
「そんなにうんうんれいむごっこしてたら……!」
まりさが声に力を籠める。
「ほんとうに、あんなれいむみたいになっちゃうんだぜ!」
その言葉を耳にして、盗み聞いていたれいむは怒りのあまり卒倒しそうになった。
だが、子ゆっくりたちの反応を見ているうちに怒りは自然のうちに鎮まってしまった。
うんうんれいむになってしまう。
そう聞いたとき、
「やじゃああ、あんにゃれいむになりちゃくにゃいぃぃ!」
子れいむは絶叫した。怖ろしさのあまり、漏らしてしまっている。
「やじゃあああぁぁぁッ! げしゅはやじゃあぁぁ!」
子まりさも悲鳴を上げる。
「ゆげぇ……」
もう一匹の子まりさに到っては、あまりの衝撃のためか、失神したのだった。
「おちびちゃん! いいすぎたんだぜ! まだまにあうんだぜ、もうにどとうんうんれいむのまねなんかしなきゃ、げすなんてぜったいにならないんだぜ!」
気絶するとは思わなかったのだろう、親まりさは慌ててフォローに入るのだった。
子ゆっくりたちは泣きながらも、「……ほんちょ?」と、聞き返した。
「ほんとなんだぜ、おちびちゃんはれいむとはちがって、ゆっくりできるんだぜ!」
まりさはそう言うと、子ゆっくりたちは二度と真似などはしないと誓いを上げた。まりさは子供たちを撫でて、帽子の中に子供を入れ、揚々とその場を立ち去った。
盗み聞きしていたれいむは、今更ながら、群れの中での自分の立ち位置を知り、慟哭の声を上げた。
「どうして、れいむのみりょくがわからないのぉぉぉッ!」
嗚咽を聞くのは、声を持たない草木ばかりだ。
苔と蟻ばかりの食事が三日も続くと、空腹に耐えきれなくなった。
ある朝、巣穴から出て、目のまえに広がっている新緑の山を食みはじめた。
「むーちゃ、むーちゃ……」
なぜ、広場の草だけは他のゆっくりに手出しされていないのか、れいむは思いも寄らない。
しばらく草を食っていると、赤ゆっくりたちが寄ってきた。
「あー! うんうんがいるー!」
れいむが取れている。
わたしの名前はうんうんじゃないよ。
うんうんれいむでしょう?
と、言いたかったが空腹がそれを阻止していた。
言葉を忘れたように一心不乱に雑草を貪っている。
「ほんとだー! すごいー! うんうんがくさたべてるー!」
木々が足を生やしたのを目撃したかのように目を丸くする子ありす。
「うんうんが、くさをたべて、またうんうんをだすんだじぇー」
子ありすの反応に追従する子まりさ。
そのほかの赤子たちも思い思いに、糞が飯を食うという異常事態に驚き呆れていた。
やがて赤ゆたちは、れいむの目のまえに踊り出ると、横に整列した。
一瞥すると、
「かわいくっちぇごめんにぇっ」
赤ゆたちは、一斉にあんよをこちらにむけて、ぷりぷりと振り回してきた。
れいむはこれを無視した。
「むーちゃ、むーちゃ……」
また空腹を満たしにかかる。
無視しつづければ赤ゆも諦めるだろうと踏んだが、赤ゆたちは一向に離れる様子はない。というか、れいむとは無関係に遊びはじめていた。
「う~んう~んれ~いみゅ~♪ う~んう~んれ~いみゅ~♪」
赤ありすが躍っている。
「れいむこうげきだぜ~♪」
赤まりさは、躍る赤ありすに臀部を振ってこれをはたく。
「かわいきゅっちぇぎょめんにぇ~、かわいくっちぇぎょめんにぇ~」
子供たちは躍っている。まるで調子の外れた節回しで、れいむの周りを躍っていた。
「れいむ!」
赤ゆたちが一斉に動きを止めた。そして、迫りくる幹部まりさを認めると、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「おちびちゃんたち、あとでしかってやらないと……なにしてるんだぜ! そのくさはたべちゃだめなんだぜ!」
れいむは動きを止めた。
草を食うな?
死ねと言うの?
「そ……」
れいむは力の限り声を荒げて抗議した。
「そんなにれいむをいじめたいの? よわいものいじめしてはずかしくないの?」
「このあたりのくささんは、ほぞんしょくなのぜ!」
広場は、群れの中央に立地している。そこに生えている草がアンタッチャブルであるのは、備蓄しているためだった。
草が一定まで伸びてきたらこれを刈り取り、倉庫にまわし、一部は残してまた繁殖を待つ。
「かんけいないよおぉぉぉお!」
「ないわけないのぜ!」
「れいむはおなかへっているのおぉっぉおぉっ!」
「しらないんだぜ!」
「れいむはゆっくりしたいのぉぉぉぉっ!」
「みんなゆっくりしたいんだぜ! れいむだけじゃないんだぜ!」
まりさは、体当たりをしてきた。疲弊してれいむはこれをさけきれない。
「べっ……」
まりさの体当たりが直撃すると、れいむは吹き飛ばされて転がった。
「はんせいするんだぜ! みなかったことにしてやるんだぜ!」
まりさとしては、備蓄に手を付けたとなるとこれを放っておくわけにはいかず、制裁が要る。
言わば温情をかけたに等しかった。
もっとも、その温情がれいむに通じたかどうかは、まりさには判らなかった。
春がたけてきた。
それでもれいむは慢性的な飢餓状態にあった。肌は傷つき、お飾りは泥にまみれ、口もとは苔がこびりついたままになっている。
「れいむ。おしごとだよ」
と、やせさらばえたれいむの家にやってきたぱちゅりーは、言った。
「ゆ……?」
空腹のために自分の排泄物を舐めているれいむが、ぱちゅりーに向きなおった。
「えんかいげいをやってもらうよ」
「えんかい……?」
収穫祭のようなものだ。群れのゆっくりが参集して大騒ぎする。言わばそれだけだったが、群れの全ゆっくりは春のこの日を楽しみにしている。
「そこで、ほら……いつものあれ、やってちょうだいね」
言葉を濁しつつぱちゅりーは頼みこむが、それでも何のことかは通じた。
「けっこうにんきなのよ」
とも、ぱちゅりーは重ねて言った。
「……ほんとに?」
訝しげな目つきを投げかけるれいむ。ぱちゅりーは疑念を晴らすべく断言した。
「ほんとよ。うけがよかったら、きっといいとおもうんだけどね、ほうしゅうがあるから、がんばってね」
ぱちゅりーはそう言い残すと去っていった。
れいむは、自分の運が尽きていないことを知った。
「ふ……ふふ……そうだね! なにかおかしいとおもったんだよ! やっぱりみんなれいむをそんけいしているんだね!」
これまでの苦労と理不尽は、やっぱり嫉妬が原因だったんだ。
でも、みんな反省してれいむを見直してくれたんだ。
だから、宴会におけるお披露目を頼みに来たんだ。
そうに決まっている。
それしかない。
れいむは、宴会でみずからの雄姿を披露すべく、翌日の宴会に向けて練習を開始した。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
巣穴から声が響く。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
出てくる言葉はただの一つだけだった。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
穴蔵のなかでは、れいむが天井にあんよを突き出している。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
何度も何度も、突き出している。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
狂ったようについている。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
その顔は汚辱の記憶に汚染されており、鬼の形相と化していた。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
目には涙が溜まっている。しかし口もとは笑っている。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
一突きごとに壮絶なまでの力がこめられていた。その力の源泉は、報復心か、虚栄心か。それはれいむ本人にも判らなかった。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
分かっていることは一つだけだ。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
翌日の宴会で、全ての汚名を返上してやるしかない。
翼を得たれいむの想像力は、きらびやかな未来を彼女に与えていた。
その未来において、れいむは群れの長として君臨し、食いきれないほどのあまあまを奉じられ、栄誉栄達を極めている。
ぱちゅりーの頭脳を私有し、まりさの食糧調達能力を酷使し、ありすの嫉妬に浴している姿が、数十のゆっくりが平伏している光景が、
目をつむればありありと浮かんでくる。
ただ、その未来とやらには、一滴の血も通っていない。
いよいよだ。
ついに来た。
報復の時が来た。
運命の時が来た。
れいむの高級さを認める度胸のなかったゆっくりたちの攻勢終末点がここにある。
南天には太陽がかかっている。空には一点の曇りもない。
宴会はすでに始っており、歌があり、躍りがあり、ゆったりとした時間が流れていた。
れいむは、舞台に上がっていた。
切株の上に立ち、ゆっくりたちを見下げている。
すべてのゆっくりたちが、固唾を呑んでれいむを見つめている。
いよいよ、全てが終わり、またはじまるときが来た。
れいむが頭を垂らし、前屈の姿勢をとった。
さあ、はじまる。
決め台詞は決まっている。
かわいくってごめんね、だ。
「きゅぅぅゥゥわいくッッつぇぇェェ……ッッ!!!」
全力で声を張った。
くるっと一回転。
すかさず背中を地面に押しつけ、あんよを高々と掲げる。
「ぎゅゥゥぅぅウォめんぬぅウェぇぇぇっっ!!!」
もはや出し惜しみなどしなかった。
出るだけ出してやるつもりだった。
れいむの決意は嘘ではなかった。
何かに挑戦するかのごとく掲揚されたあんよから、ひとつながりになったうんうんが放出され、蒼穹に黒い虹を描いた。
爆笑が起こった。
「ほんとにやってるんだぜ! なんてりょうなんだぜ! きたないんだぜ!」
「ほんものはちがうわ! いままでみくびっていたわ!」
「うんうんれいむ、ほんりょうはっきね!」
「ぎょめんにぇ~♪ ぎょめんにぇ~♪」
割れるような囃したてがれいむに押しよせてきた。
その笑い声は、どれだけ豊富な妄想力を持っていたとしても、称賛と捕らえられない力強さを秘めていた。
一方、嗤っていないゆっくりが一匹だけいた。
切株の隣、舞台袖にあたる位置に陣取っていた、ぱちゅりーだ。
「ほら。もっとよ」
と、ぱちゅりーはれいむを急かした。
「え……?」
「もっとやりなさい。わいているでしょ? もっとやんないと、おまんまはあげられないわ」
れいむは観衆を見つめた。
「うんうん! れいむ!」
「うんうん! れいむ!」
「うんうん! れいむ!」
間違いない。
それはアンコールだった。
れいむの目から、自然と涙が零れてきた。
れいむは俯いた。俯きは前屈になった。一回転した。あんよを高く上げた。あにゃるからしーしが飛び出した。
「きゃわいくっちぇぎょめんね……!」
うんうんなど、一発目で搾り切ってしまっている。もはや出るものなどない。
「きたない! れいむ! うんうん! れいむ!」
アンコールはとまらない。
「ぎゃわいぐっぢぇ……ぎょめんぇ……」
涙を振り向き、もう一度、空に向けてあんよを放つ。
「げすな! れいむ! うんうん! れいむ!」
群れは一体となっていた。幹部も手下も、大人も子供も、まりさもありすも、声をあわせてれいむを囃す。
「がわいぐっで……ごべんなざい……」
何度も、何度も、れいむは俯いては回転してあんよを向ける、その動作を繰りかえした。
「どれいの! れいむ! どれいの! れいむ! どれいむ! どれいむ!」
アンコールは止まらない。
一人、ぱちゅりーはほくそ笑んでいた。
これで群れの秩序は保たれる。
いまや、れいむは群れのヒエラルキーの最下層民に位置している。這いあがることは不可能だ。
誰もが、最下層に落ちることはないと安堵するだろう。
しかし一方で、れいむの貧困を見つめることで急き立てられるだろう。
「れいむ! れいむ! うんうん! れいむ!」
ぱちゅりーは、れいむに感謝さえしていた。
これほど群れに忠義を尽くしているゆっくりはいないとも、思っていた。
もっとも、それを口に出すつもりはない。
れいむを助けてやるつもりもない。
「ぎゃわいぐっづぇ……ぎょべんなざい……ぎょべんなざい……」
切株の上で、れいむはいつまでも己の姿を誇示していた。
(おわり)
ついに、春が冬を打ち負かしたのだ。身を切るような寒さだけが取り柄の季節は、は北に逃走するしかない。
この勝利を、鳥も樹木も、さかんに歌いあげてはその悦びをあらわしていた。
ゆっくりもまた、勝鬨を上げた生きものの一員だ。
かれらは春が来るや巣穴から飛びだし、新芽を食み、歌を奏でて、のどかな幸せを存分に味わった。
そのれいむが群れにやってきたのは、去年の冬のことだった。
一人立ちして間もない、やや未熟ながらも活動的なれいむは、群れに歓迎された。空いていた巣穴を授けられ、越冬用の食糧まで援助された。
当然のことだ。
と、思いつつも口には出さず、歓迎物資を受けとった。これらの恩寵のおかげで、れいむは一切の労苦をあじあわずに冬を越すことができた。
南東に太陽がかかりだす頃合いに、れいむは樹木の根もとに掘られた家を出た。
ちょうど、まりさが狩りを一段落させて家に戻ってくる頃でもあった。
そのまりさは、群れの幹部格だった。
「れいむ。はなしがあるんだぜ」
まりさは帽子の中に茸やら野草やらを詰め込んでいた。それは外から見てもその膨れ具合で察せられた。
「ゆ? はなし?」
「れいむがこのむれにやってきたときだぜ。おれたちは、れいむにたくさんのたべものをわけたんだぜ」
「おぼえているよ?」
覚えてはいるが感謝はしていなかった。まりさは一瞬だけ俯いた。
「あれは、かんげいのしるしってだけじゃないんだぜ。むれのぎむなんだぜ」
「ぎむ?」
この群れは、ゆっくりの群れとしては相当に安定した秩序を打ちたてていた。
幹部の合議制によって意思決定がなされ、個体に応じた役割が振られている。また、集団として生き残る確率を高めるために、相互扶助の原則も根付いていた。
れいむが去年の冬に群れを訪れたとき、群れのゆっくりたちはこれを援助した。それは歓迎の象徴であるとともに、扶助の義務にもとづいた行為だった。
「れいむも、ちゃんとぎむをはたしてほしいのぜ」
群れへの忠誠を尽くせ、と言っている。
「つまり……むれのために、なにかしろってこと?」
まりさは微かに眉をひそめた。
「ま……ありていにいえば、そうなんだぜ」
自信満々にれいむは答える。
「とうぜんでしょ? れいむはれいむのとくぎをいかして、このむれにやくだってみせるよ!」
れいむはそのように言い捨てて、まりさの前から立ち去って、森の暗がりへと消えていった。
その後ろ姿を、まりさはじっと見つめていたが、やがて視線を切って巣穴に戻り、戦果を巣に還元すると、また食糧探しへと出立した。
義務を果たせ。
それがまりさからの忠告だった。
云われるまでもない。れいむは、れいむの天才をもって群れに貢献するつもりだった。
その魅力とはなんだろうか。
(……やっぱり、れいむっていったら……このびぼう! うたごえ! みりょく!)
と、少なくとも本人は確信していた。
(ほんとうなら、れいむはただゆっくりしているだけでむれにこうけんしているんだよ!)
とも思っていた。
その理屈は、その美貌でもって他者を癒し、その歌声が活力を与え、存在そのものがゆっくりをゆっくりさせるから、といったところか。
(でも、れいむはそれだけでまんぞくしないよ! みんなをめろめろにしちゃうよ! みりょくをますますみがきあげて、むれにこうけんして、むれをしはいするよ!)
みちみち、奉仕精神の面をかぶった野心をこねるのだった。
人間世界ではもっとも性質の悪い人間と目されるのだが、そんなことはゆっくりたるれいむには知ったことではない。
やがてれいむは群れから離れた広場に出た。左右を見回してもゆっくりの姿はない。
そこで、魅力磨きをする腹積もりだった。
魅力の筆頭は、なんといっても麗しい容姿。指一本触れずして万人の膝を折らせしめる美貌。
まずはこれを鍛え上げるべきだろう。
れいむは声を張った。
「かわいくってごめんね!」
片目をつむり、宝石のような笑顔を浮かべ、斜め四十五度を演出して、ポーズを決める。
しばらく停止する。やがて、れいむは軽くため息をついた。
「ちがうよ……」
もっとだ。
なるほど、今のままでも訴求力はきわだっている。ありすを嫉妬のあまり憤死させるだけの魅力がある。
だが、足りない。
もっと、それこそ暴力的なまでに、魅力を高めなければいけない。
単なるカリスマでは不足している。
れいむが欲している魅力とは、嫉妬ではなく諦念を起こさせるほどの、異質とさえいえる魅惑だった。
しばらく熟考した。
答えが出た。早速実験にとりかかる。
まずは、少し俯いて溜めをつくった。
「きゃわいくってぇ……」
声にも微かに悲痛が宿っている。
「ぎょめんぬえ!」
続いて、一気に顔を起こして、輝かしい笑みをうかべた。
わずかに翳のある表情をあえて作ってから、一転して嘘のような燦然たる笑顔。静から動へ移りゆく、ダイナミックな演出だ。
(さっきよりは……いいよ! かくだんによくなっているよ!)
ところが、まだ不満だった。自分の潜在能力はこんなものではないと、本能が訴えかけてくるのだった。
「そうだね……。もっと、こう……さーびすしたほうがいいね!」
れいむは悟った。義務を果たすのだ。出し惜しみはいけない。そう、全ては群れへの忠誠のため。
またも熟慮に入る。
風が流れる。小鳥が啼いている。太陽はまぶしい。
爽やかな陽気が、れいむに素晴らしいアイディアを授けた。
それを閃いた瞬間、れいむは自らの悪魔的発想に身震いしてしまった。
それは、「かわいくってごめんね」でありながら「かわいくってごめんね」ではない。
具体的な手順は、次の通りだった。
今、れいむがアイディアを実践しようとしている。
「きゃあわいくってぇ……!」
まずは先ほどと同じく、うつむいて翳をつくり、見る者に悲劇を想起させる。
次に、おもむろに一回転した。
ふたたび前を向いたときには、前方斜め上四十五度に、あんよを高々と掲げていた。
そして、腹部に力を籠める。
「……ァ、ぎょめんぬぇェッ!」
決め台詞とともに。
れいむの肛門から、湿り気のある餡子糞が射出された。
糞餡は、青空に舞い、重力にひっぱられて、かさりと草の上に落ちた。
「これだよ……!」
背中を地面につけたまま、空に肛門をつきつけたまま、絞り出すような声を発した。
「これだよ! これなら、みんないちころだよ!」
静かなる俯きから始り、一回転という動作を加えて相手を幻惑、気がつけば眼前にはれいむの聖なる肛門。
それだけでも悶絶すべき魅力であるにもかかわらず、あまつさえ、黄金にも等しいうんうんを与えられる。
これだ。
いける。
なんということだろう。
(このみりょく……これじゃあ……まるでぶきだよ!)
新たなる決めポーズに確かな手ごたえを感じるとともに、来たるべき称賛の嵐に想いを馳せて、しばし身悶えするのだった。
れいむが想うれいむの魅力は、容姿容貌だけにとどまらない。
歌声も忘れべからざる要素だ。
(おうたもきかせてあげなくちゃね……)
れいむの歌声。それは鳥獣をも魅了して、草木をも眠らせる。ゆっくりなど言うまでもない。本当の音楽というものに触れて、感激にむせび泣くにちがいない。
そもそも練習など必要だろうか。
(ゆだんはきんもつだよ)
自戒のことばをあたまに浮かべる。万事に備えるのが、できるゆっくりの宿命だ。
れいむは、みずからの遠慮を自賛してから、歌の練習にかかった。
まずは頬に大気をつめこむ。吸っては吐くだけの空気のかたまりが、れいむを媒介にすると歌に変わる。まるで魔法だ。
と、れいむは考えていた。
独唱がはじまった。
「ゆっ! ゆぅ? ゅゆ! ゆばっ! ゆ゛ッぐりの? ゆ゛~~~? ゆッゆ゛ッゆッ」
野山にほとばしる天使の歌声。
なんて麗しい音響なんだろう。
その証拠に、ほら、小鳥たちが飛び立っている。
れいむは上機嫌になり、歌をつづけた。
「まっだり! ま゛っだり! まっだり! ま゛っだりの! ひッッ!」
音がつむがれるたびに、のどの調子がよくなってくる。
歌はしばし続き、クライマックスへと突入する。
「ゆっぐりのおオォぉォぉオオおおおォッッ!」
不意に、れいむの動きが止まる。
死んでしまったのではないかと疑わしくなるほど、微動だにしない。
止まったときと同じくらい突然に、れいむが絶叫した。
「びいいいィぃイぃいいィイっッ! ……げふっ、ごほっ」
少々調子に乗ってしまった。
れいむは咳き込み、かすかな喉の痛みを自戒の念に変えた。
ともかく、最大の武器は磨きあげられた。
美貌を最大限に生かす演出は決まった。
歌声はまるで問題がない。
この二つをもって、義務を……そう、義務を果たしてみせる。
群れに忠義を尽くしてみせる。糞不味い越冬用食糧の、何百倍もの価値にして返還してやる。
れいむには三以上の数の概念を理解することは不可能なのだが、とにかくそんなことを思いつつ、広場を飛びだした。
森の道へと飛び出ると、そこにはまりさがいた。
群れの幹部であり、朝方に群れの掟と義務について忠告してきた、あのまりさだ。
「ゆ? またあったんだぜ」
まりさは口に加えていた葉っぱを離した。その上には、食糧が満載されていた。なかには、野山に住むゆっくりの垂涎の的である、野苺も混ざっていた。
その野イチゴを、れいむは目ざとく発見した。思わず喉を鳴らす。
「まりさ! そののいちごさん、ちょうだいね!」
上等の笑顔で命令した。だが、まりさは面食らいながらもこれをやんわりに拒絶しにかかる。
「これはだめなのぜ。おちびちゃんたちにくわせるものなんだぜ」
何がおちびちゃん、か。下種の腹から産まれた下種のくせに野イチゴなどとはおこがましい。と、れいむは内心嘲るとともに怒りを覚えた。
「それに、のいちごさんじゃなくても、ただではやれないのぜ」
何か差し出せと言っている。
「そのことばにうそはないね?」
「ないぜ。しかしのいちごさんだぜ? なまなかなたべものじゃああげられないんだぜ」
れいむはほくそ笑んだ。
幸先がいい。やはり自分は運命に見込まれているのだ。新開発の魅惑のポーズがいかほどの威力があるのか、まりさで実験してやろうと、れいむは思う。
「わかったよ! とびっきりをくれてあげるよ!」
「ゆ? それはいいんだけど……れいむ、なにももっていないんだぜ?」
一見してれいむは手ぶらだ。草舟で食糧を運搬しているのみならず、帽子の中も戦果で満杯にしているまりさとは対照的だった。
「それはみてのおたのしみだよ! いい、まりさ? れいむにちゅうもく!」
「お、おう……」
れいむは一呼吸置いてから、俯いた。顔を地面にあてて、後頭部をまりさに見せつける。人間で言うならば立位体前屈にあたる構えをとり、まりさを訝しがらせた。
「れいむ、なにしてるんだぜ?」
声にはあきらかに困惑の色が混ざっている。その困惑が、次の瞬間には歓喜の雄叫びに変化するのかと思うと、れいむはほくそ笑みを打ち消すのに苦労せざるをえない。
「かわいくってえッ!」
森にれいむの声が響く。
つづいて、練習通りに、あざやかに一回転した。
振り向いたときには、れいむのあんよが天を向いている。
ちょうど、まりさの目のまえにあにゃるが出現した格好となった。
「……ぎょめんぬぅぇぇェェッッ!!」
掛け声が一閃すると、まりさの眼前に突き出された肛門から、何やら黒い物体がせり上がってきて、射出された。
尿も混ぜ込んでいるために粘性を増している古餡子は、みごとな放物線を描き、
「……ぁ」
まりさの、帽子のつばに墜落した。
(……やった! かんぺきね! これでまりさはめろめろね! れいむのどれい、だいいちごうのかんせいだよ! れいむったら、つみなゆっくり!)
れいむは心中、自賛することしきりだった。まりさの反応を見てみると、惚けてしまっている。その反応はれいむを満足させるとともに戦慄させた。
心神を喪失させるほど感激してしまったなんて、予想を遥かに超える威力だった。
この調子なら、群れの有象無象どもが自分の魅力に屈するのに、蟻の一匹を踏みつぶすほどの苦労も要らないだろう。
「まりさ! やくそくははたしたよ! れいむのうんうんをあびられるなんて、しあわせものだね! かんだいなれいむは、そのうんうんをたべるけんりをしんていしちゃうよ!」
そう言うと、れいむはまりさが曳いていた、食べものを満載した草を略奪し、まりさの前から立ち去った。
しばし呆然したまりさも、れいむが完全にその姿を消したころになると、意識を快復し、帽子を穢されたことに思い立ち、狼狽し、悲鳴をあげた。
茫然自失のまりさを捨ておき、れいむは群れに帰還した。
群れの大多数は、狩りのために巣穴を留守にしている。
すると、群れの広場で遊んでいる、ゆっくりありすを見つけた。まだ子供……というか、赤子だ。
ありすは、れいむを見つけると、遊び相手発見と思ったのか、とび跳ねながられいむに近づいてきた。
「ゆゆ~、れいみゅ、れいみゅ~」
れいむは露骨に舌打ちした。
子ゆっくりが嫌いなのだ。特に赤子は大嫌いだ。死ねばいいのにとさえ思っている。
うるさいし、よく泣き喚くし、すこしでも腹が減れば不満を垂れ、親をののしり、いざ空腹が満たされれば後先考えずに糞尿を撒き散らす。まったく世界の害悪だ。
といったことを、常日頃から考えている。
が、そんなことが赤子ありすには知る由などあるはずがなく、いつの間にか子ありすはれいむの周りを飛び跳ねていた。
遊んでくれると思っているらしい。
つくづくゆっくりできないゆっくりだ。
れいむはののしりたくなる。潰したくなる。だがあんよが汚れるのは面倒だ。
「ゆゆ~、おうた~、おうた~」
突然、ゆっくりありすが謳いはじめた。
「ゆゆ~! おうた~。ゆっくりのゆ~♪ ゆったりのゆ~♪」
れいむは露骨に嘲りの表情をうかべた。こんなものは歌ではない。餡子が腐り落ちそうだ。
「おちびちゃん! そんなおうたはやめてね!」
思わず激昂してしまった。
「ゆぅ!」
ありすは驚き、わずかに漏らした。
「……ふふ。おちびちゃん、ほんとうのおうたをきかせてあげるよ!」
「ゆぅ!」
恐怖から一転して、子ありすは、その場に鎮座して静聴の構えをとった。音に聞くありす種の歌を心待ちしている。そんな様子だった。
れいむが、子ありすと対峙した。
その頬に、大気をめいっぱいにとりこむ。
全身に力がこもる。
歌がはじまる。
「ゆぼぁああァああぁアアぁあァッっッうぁっ、ウーぁああッ!」
首を絞められたかのように飛び出る眼球。
電気が宿ったかのように逆立つ髪。
重力に逆らうかのように揺れる飾り。
そして、発狂寸前の奇声。
ありすは泣きだした。
「ふぎゃああぁあぁ! ァアアぁあぁァッ! ゆ、っ、ゆぁ、ふぎゃぁああぁっ」
れいむの歌は止まらない。
「ゆぅぅぅッッぐりのぉぉぉぉおおおおっっ!」
ありすの慟哭も止まらない。
「いぎゃああぁああァ!」
れいむはますます盛りだす。
「ゆゥゥゥうううううう゛う゛う゛う゛ッッ!! おぎゃああぁあぁじゃんっ、おぎゃああぁぁぁじゃあぁんっ!」
ありすはそれだけ泣きだす。
れいむの歌が止まったとき、子ありすは失神していた。
脱糞もしていた。
みずからの歌声のそなえている魅力の強度に、恐怖にも似た感動を覚えるのだった。
そして、赤子ゆっくりの情操にも確かな影響を与えられたにちがいないとする確信を抱き、またひとつ群れへの忠誠を果たしたことに満足した。
れいむは眼下に置かれた野苺を眺め、舌なめずりをした。
それは、まりさから交換によって獲得した甘味だ。
野苺もろともふんだんに食糧を得たのだが、それらは食べつくしてしまっていて、残されているのはこの野苺だけだ。
「ふふ……あまあまさん……」
れいむは邪悪な表情とともに呟き、そして、歓喜の声を上げた。
「れいむのォ! すぅッぱぁッ! むーしゃむーしゃ! ……」
「れいむ! いるの?」
ところが、幸福は闖入者の鋭い声によって遮られた。巣穴の入り口へと視線を向けると、群れの幹部格が雁首を並べていた。一様にれいむを睨みつけている。
れいむは幸福の絶頂から不機嫌の奈落へと急降下した。
「ゆゆ! れいむはいそがしいんだよ! むーしゃむーしゃでいそがしいんだよ! でていってね!」
取りつく島もない。
と、思ったのか、幹部たちはれいむの許可を得ていないにもかかわらず巣穴に立ちいって、ますますれいむを不機嫌にさせた。
「あなたにききたいことがあるの」
家主の前にすすみでたのは、ぱちゅりーだった。寡頭合議制を採るこの群れにあって幹部格はみな同等だが、そのなかでも、
このぱちゅりーは群れの第一人者と目されていて、その発言力は他の幹部を圧倒している。
特に、群れのゆっくりに対する司法権は、このぱちゅりーにだけ赦されている特権でもあった。
「れいむはないよ!」
「しらないわよ」
「れいむがないのに、ぱちゅりーがあるなんてへんだよ! おかしいよ!」
ぱちゅりーは少しの間、れいむに冷たい視線を投げかけた。次に口が開いたとき、弾劾の言葉が飛び出した。
「あなた、ほかのゆっくりから たべものを とったでしょ?」
「ゆ?」
身に覚えがなかった。獲る? ほかのゆっくりから? 交換物も無しに? そんな無法をするはずがない。
ぱちゅりーの言葉が続く。
「しかも。そのとき、まりさにあなたの……きたないものをなげつけた」
「ゆゆ?」
れいむは、困惑とともに怒りを覚えた。群れの構成員に汚いものを投げるなんて、するはずがない。
言いがかりにもほどがある。理不尽だ。許せない。
「こどもには いかくをしてなかせたわ」
「ゆゆゆ?」
威嚇?
馬鹿?
れいむの混乱は絶頂に達しつつあった。
「すべてあなたがやったことでしょ?」
れいむは唖然とするしかなかった。
幹部連中を改めて見渡した。幹部筆頭のぱちゅりーに、ありす、まりさ、それから別個体のれいむ種もいる。
可愛らしい姿を拝ませる対価として野イチゴを交換した、あのまりさも混じっていた。やけにこちらを睨んでいる。
なぜ怒っているのだろうか?
れいむは考えた。
考えぬいた挙句、一個の結論に到着した。
その結論を得た瞬間、れいむは晴れがましい顔を、訪問者らに見せつけたのだった。
「みんな! れいむのあれをみたかったんだね! もう、すなおじゃないね!」
彼らがれいむを攻撃している理由は、悔しさだ。
と、れいむは断じた。
それが結論だった。
れいむがかわいすぎた悔しさのあまり、悔しさの元凶たるれいむを攻撃しにかかっているに違いない。
それが判明したとき、れいむは眼前のゆっくりたちが急に可愛らしく思えた。
と同時に、あらためて魅惑のポーズを決めてやり、魅了して、みずからの理不尽さを思い知らせてやろうと思った。
「ちが……」
ぱちゅりーの制止は間に合わない。れいむは止まらない。
「いっくよ~♪」
朗らかに声を張ると、前屈した。
「きゃわいくってぇ!」
次に一回転。
「ごめんね!」
肛門を前方上空に向けて、餡子糞発射。
べちゃり。
嫌な音を立てて、うんうんがれいむの巣穴を汚した。
「ゆぅ……」
幹部たちは巣穴の左右に寄ってうんうんを回避していた。
(なんでさけたの……こいつら……れいむのうんうんをなんだとおもっているの!)
れいむは叫びたい気持ちをぐっと堪えて、無反応の原因を自分に求めた。そうだ。きっと、威力が足りなかったのだ。
少々、侮ってしまったのかもしれない。
もう一度、れいむは体を畳んだ。
「きゃァァわいくっちぇぇェッッ!」
絶叫する。高速で一回転。
今度は、あんよの角度が増していた。
前方斜め四十五度から、九十度へと。
つまるところ、逆立ちした格好となる。
「ぎゅぅぉめンにぇえええぇえェっ!」
そして発射される餡子。
量に到っては、ひねりだせるだけ出しており、一発目の三倍はあった。
うんうんは、巣穴の天井へと発射され、重力が加わり、真っ直ぐ下へと、発射された軌道をなぞるように落下した。
そのころには、れいむは起きあがっている。
べちゃり。
うんうんは自然の摂理に従って、れいむの頭上に付着した。
れいむは絶叫した。
「ぎゅおぉぉおお! くさいぃぃイぃぃ! きちゃなぃィィぃい!」
暴れるれいむ。身をねじり、よじり、体を地面にたたきつける。が、うんうんはれいむの髪の中にまで浸透してしまっていて、暴れるだけではとれなかった。
「とれぇぇええぇ! さっさと、このきたないうんうんをのけろぉぉおォぉ!」
まわりの幹部格に叫んでいる。
だが、何と言うことだろうか。
誰もかれも、見下げるばかりでれいむを助けようとしない。
暴れまくった甲斐があり、うんうんは頭上からとり除くことに成功した。が、巣穴は糞尿が飛び散って悪臭が充満しはじめていた。
「はぁ! はっ! ……」
れいむは、幹部らに向きなおる。
「なんでいじわりゅするの!」
れいむの目は怒りに爛々と輝いていた。
「かわいいれいむにきたないうんうんをなげるなんて、さいていだよ!」
やはり侵入者たちに反応はない。
「なんであやまらないの?」
不思議でならない。
れいむにとって、眼前のゆっくりたちは、謂れなき罪状を押しつけてきた無法者であるばかりではなく、れいむにうんうんを押しつけた外道だった。
「……ゆるせないよ。もうゆるせないよ!」
ついにれいむは堪忍袋の緒が切れた。
事ここに到り、もはや手段は選ばなかった。
以前から温めていた、全てのゆっくりを屈服させるだけの威力をもつ技を、ここで使おうと決めた。
その手段は、れいむが思うに、あまりの神々しさに憤死するゆっくりが出ると思われる危険技だった。
今、れいむの奥義が炸裂する。
まず、大きく体を逸らした。
後頭部ではなく、腹をみせつける形となった。
「れいむの!」
その言葉が発せられたとき、幹部ゆっくりたちはいっせいに身構えた。
「まむまむあたっく~~~♪」
そう叫ぶと同時に、れいむはそのもみあげを器用に使い、両腹を左右へと伸ばした。
すると、れいむの腹に穿たれていたまむまむが、体を反ることによる上下への力と、もみあげによる左右の力によって、開帳した。
全てのゆっくりが憧れてやまない、れいむのまむまむ。
それを見せつけて、問答無用に膝を折らせる。それがれいむの戦略だった。
体を逸らしているために、れいむには幹部たちの姿が見えない。
だが、
(……ふふ。みえる。みえるよ! あのぱちゅりーが、れいむのこうごうしさにひれふしているすがたが!)
知恵者たるゆっくりぱちゅりーだけではない。愛と美に生きるゆっくりありすが、活力と豪気に溢れるゆっくりまりさが、れいむの脳裏では、平伏していた。
その予測を現実にするべく、しずかに、まむまむを閉じ、上体を起こした。
「ゆ?」
どうしたことだろうか。
ゆっくりたちは静かな視線を向けてくるばかりで、何故だろう、蔑視している。
「どうしたの? なんで、みんな、れいむをほめないの? れいむにひれふさないの? だまっているの? それがあなたたちのせいぎなの?」
「れいむ……」
ぱちゅりーは慰めるような声で言った。
「なによ?」
「のこっているものだけでいい。たべものをかえしなさい」
ぱちゅりーは決めた。まりさから食糧を強奪したことも、赤子のゆっくりありすを威嚇したことも、不問に帰すと。
その代わり、れいむは村の扶助構造から除外しようと。
追放はしない。
そのかわり助けもしない。
ただ、奪った食糧はいくばくか残存していたので、それぐらいは取り返しておこうと思ったのだった。
とはいえ、余っているのは野苺一つしかなかったのだが。
「ゆゆ!」
ところが、れいむは拒絶の反応を示す。
「やだよ! このあまあまさんはれいむのだよ! あまあまさんだけはゆずれないよ! あまあまさんは、ぱちゅりーなんかにはたべさせないよ!」
「なにをいっているの?」
ぱちゅりーは、不法な手段によって獲得した物品を返還せよと言っているだ。残されている食べものが、あまあまかどうかは、関係ない。
それにその野苺はまりさのものだ。ぱちゅりーが食べるものではない。
それを言ったが、れいむは頑として譲らない。
「ふん! あさましいぱちゅりーのことばなんてきかないよ!」
ぱちゅりーは諦めた。
「やりなさい」
一声命じると、ぱちゅりーの背後に控えていた幹部たちがれいむを抑えつけ、ほかのゆっくりが野苺をさらってしまった。
「それはれいむのだよ! かってにとらないでね!」
もはや嘆きを聞くゆっくりなどいなかった。
「はなしてね!」
と言うと、放り投げるように解放された。
「ゆべ!」
地面に叩きつけられる。ぱちゅりーらは、そのれいむに背中を見せて巣穴を立ち去ろうとした。
慌ててれいむがこれに追いすがる。
「ぱ……ぱちゅりー!」
呼びかけると、ぱちゅりーが振り返った。
「その……」
「なに?」
「わかっていないんなら、おしえてあげるね。ぱちゅりーの、かわいそうなあたまでもりかいできるように、おしえてあげるね。
やさしいれいむが、かんだいなれいむが、じっくりと、はっきりと、おしえてあげるね」
「のうがきはいいわ。はやくはなして」
「……あのね」
「うん」
「……しっとは、みぐるしいんだよ」
ぱちゅりーは押し黙った。
その瞳には、憤激が宿っていたが、やがて哀しみによって上書きされ、最後に諦念に取って代わられたときに、ようやく口を開いた。
「いきましょう」
「あ……」
幹部たちがれいむに背中をみせる。
「……れいむ、まだ、あまあまさんをたべてないのに!」
それが、幹部たちの背中に投げかけられた言葉だった。
その日から、れいむは誰にも相手にされなくなった。村八分に処せられていた。脆弱なゆっくりにとって、協力相手がいないのは実に辛い。
さしたる技能を持たないれいむにとっては、なおさらだった。
それでも、れいむは諦めなかった。
現在の境遇は、全てあの強欲幹部どもにあると信じて疑わない。だからこそ、れいむは自らの魅力を訴えるべく行動に出た。
正確にいえば、魅力を訴えて食糧を得ようとした。
「かわいくってごめんね!」
ある朝。
とびきりの笑顔とともに、れいむは近所のありすにうんうんを噴出した。
ありすは仰け反るほど驚いていた。
何しろ、巣穴から出てきたところを待ちかまえていて、奇襲でもって糞尿を投げつけたのだから、驚くのも無理はない。
「さあ! ありす! たべものをよこしてね! あまあまさんがはいっていなかったらしょうちしないよ!」
誇らしげに命じるれいむだったが、何度か殴られただけだった。
こいつもだ。見るだけみて対価を寄越さない。なんて外道なのだろう。
れいむは、世の理不尽を呪った。
れいむは諦めない。
次に狙いを付けたのは、幹部候補との呼び声高き、狩りの名手たるまりさだった。
れいむは、まりさが狩りに出かけたその後ろを尾行した。
そして隙を見つけて、
「かわいくってごめんね!」
今回はうんうん無しだ。
どうやら、あの動作の高尚さはほかのゆっくりの理解を超越している、とれいむは思っている。
若手のまりさは、樹の影から飛び出してきたれいむに驚きながらも、それを無視して立ち去ろうとした。
「ちょっと! みるだけみてたちさるなんて、ずるいよ!」
いささか押し問答があったが、結局まりさは立ち去ってしまった。
れいむはなぜ自分がかくも酷い仕打ちを受けるのかまるで分からない。
「まぢゅい……」
れいむは苔生す岩を舐めている。
極端なまでに狩猟採集能力が劣るれいむにとって、自力で得られる食糧はこの程度のものだった。
虫や動物、草木などはしっかりとほかのゆっくりの支配下に置かれていて、手を出せばなにをされるのかわからない。
「ゆゆ~♪」
どこからか、ゆっくりの暢気な声が聞こえてきた。
れいむは岩の影から、そっと顔を出して様子をうかがう。
見ると、日当たりのよい草むらに、三匹の子ゆっくりが遊んでいる。
れいむが一匹。まりさが二匹。
そのうちの一頭、子れいむが声を張った。
「きゃわいくっちぇごめんにぇ!」
きゅっと目をつむり、あんよを空に向けていた。
それはまさしく、岩の影から様子をうかがっているれいむが開発した技だった。
(と、とうさくだよ……)
れいむは愕然とした。
アイディアを盗まれたこともさることながら、あのような小汚いクソガキどもが真似をしているということが、何よりも赦しがたかった。
あんよを嬉しそうに振りまくっている子供の姿は見ているだけで吐き気がする。
救いがたい。
ところが、れいむを困惑させる出来事が発生した。
「うわー、れいむだー、うんうんれいむがでたにょじぇ~♪」
子まりさは、笑いながら、ぴょんぴょんと、子れいむのまわりをとび跳ねている。
「うんうんがでりゅ~、うんうんのあめがふる~♪」
子ありすも、楽しそうに怖がるふりをしている。
一方のれいむは、
「きゃーわいくっちぇー、きゃーわいくっちぇー♪」
やはり嬉しそうに、あんよをブリブリと振りまくるのだった。
子ゆっくりたちの踊りは続く。
「うんうんれいみゅがでたんだじぇ~、うんうんれいみゅ~♪」
「きちゃないれいみゅがいるんだじぇ~、きちゃないれいみゅ~♪」
「きゃ~わいくっちぇ~、きゃ~わいくっちぇ~♪」
もはや妄想で事実を上塗りすることはできなかった。
子ゆっくりたちは、「れいむごっこ」を愉しんでいる。ようやくれいむは、自分が玩具にされていることを知ったのだった。
殺してやる。
と、思った時、鋭利な叱責が飛んできた。
「おちびちゃんたち! なにしてるんだぜ!」
声の主はまりさだった。その姿を見たとき、子供たちがまた騒ぎだした。
「おきゃーしゃんだ!」
「ごはん、ごはんっ!」
嬉しそうに飛びよってくる子供たちだったが、まりさの顔は険しかった。
「なにしてたんだぜ!」
「ゆ?」
親の不機嫌をぶつけられて、子供たちは顔を見合わせた。
「うんうんれいむごっこはだめだっていったんだぜ!」
「ゆぅ……」
子ゆっくりたちは途端に落ち込んだ。
「そんなにうんうんれいむごっこしてたら……!」
まりさが声に力を籠める。
「ほんとうに、あんなれいむみたいになっちゃうんだぜ!」
その言葉を耳にして、盗み聞いていたれいむは怒りのあまり卒倒しそうになった。
だが、子ゆっくりたちの反応を見ているうちに怒りは自然のうちに鎮まってしまった。
うんうんれいむになってしまう。
そう聞いたとき、
「やじゃああ、あんにゃれいむになりちゃくにゃいぃぃ!」
子れいむは絶叫した。怖ろしさのあまり、漏らしてしまっている。
「やじゃあああぁぁぁッ! げしゅはやじゃあぁぁ!」
子まりさも悲鳴を上げる。
「ゆげぇ……」
もう一匹の子まりさに到っては、あまりの衝撃のためか、失神したのだった。
「おちびちゃん! いいすぎたんだぜ! まだまにあうんだぜ、もうにどとうんうんれいむのまねなんかしなきゃ、げすなんてぜったいにならないんだぜ!」
気絶するとは思わなかったのだろう、親まりさは慌ててフォローに入るのだった。
子ゆっくりたちは泣きながらも、「……ほんちょ?」と、聞き返した。
「ほんとなんだぜ、おちびちゃんはれいむとはちがって、ゆっくりできるんだぜ!」
まりさはそう言うと、子ゆっくりたちは二度と真似などはしないと誓いを上げた。まりさは子供たちを撫でて、帽子の中に子供を入れ、揚々とその場を立ち去った。
盗み聞きしていたれいむは、今更ながら、群れの中での自分の立ち位置を知り、慟哭の声を上げた。
「どうして、れいむのみりょくがわからないのぉぉぉッ!」
嗚咽を聞くのは、声を持たない草木ばかりだ。
苔と蟻ばかりの食事が三日も続くと、空腹に耐えきれなくなった。
ある朝、巣穴から出て、目のまえに広がっている新緑の山を食みはじめた。
「むーちゃ、むーちゃ……」
なぜ、広場の草だけは他のゆっくりに手出しされていないのか、れいむは思いも寄らない。
しばらく草を食っていると、赤ゆっくりたちが寄ってきた。
「あー! うんうんがいるー!」
れいむが取れている。
わたしの名前はうんうんじゃないよ。
うんうんれいむでしょう?
と、言いたかったが空腹がそれを阻止していた。
言葉を忘れたように一心不乱に雑草を貪っている。
「ほんとだー! すごいー! うんうんがくさたべてるー!」
木々が足を生やしたのを目撃したかのように目を丸くする子ありす。
「うんうんが、くさをたべて、またうんうんをだすんだじぇー」
子ありすの反応に追従する子まりさ。
そのほかの赤子たちも思い思いに、糞が飯を食うという異常事態に驚き呆れていた。
やがて赤ゆたちは、れいむの目のまえに踊り出ると、横に整列した。
一瞥すると、
「かわいくっちぇごめんにぇっ」
赤ゆたちは、一斉にあんよをこちらにむけて、ぷりぷりと振り回してきた。
れいむはこれを無視した。
「むーちゃ、むーちゃ……」
また空腹を満たしにかかる。
無視しつづければ赤ゆも諦めるだろうと踏んだが、赤ゆたちは一向に離れる様子はない。というか、れいむとは無関係に遊びはじめていた。
「う~んう~んれ~いみゅ~♪ う~んう~んれ~いみゅ~♪」
赤ありすが躍っている。
「れいむこうげきだぜ~♪」
赤まりさは、躍る赤ありすに臀部を振ってこれをはたく。
「かわいきゅっちぇぎょめんにぇ~、かわいくっちぇぎょめんにぇ~」
子供たちは躍っている。まるで調子の外れた節回しで、れいむの周りを躍っていた。
「れいむ!」
赤ゆたちが一斉に動きを止めた。そして、迫りくる幹部まりさを認めると、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「おちびちゃんたち、あとでしかってやらないと……なにしてるんだぜ! そのくさはたべちゃだめなんだぜ!」
れいむは動きを止めた。
草を食うな?
死ねと言うの?
「そ……」
れいむは力の限り声を荒げて抗議した。
「そんなにれいむをいじめたいの? よわいものいじめしてはずかしくないの?」
「このあたりのくささんは、ほぞんしょくなのぜ!」
広場は、群れの中央に立地している。そこに生えている草がアンタッチャブルであるのは、備蓄しているためだった。
草が一定まで伸びてきたらこれを刈り取り、倉庫にまわし、一部は残してまた繁殖を待つ。
「かんけいないよおぉぉぉお!」
「ないわけないのぜ!」
「れいむはおなかへっているのおぉっぉおぉっ!」
「しらないんだぜ!」
「れいむはゆっくりしたいのぉぉぉぉっ!」
「みんなゆっくりしたいんだぜ! れいむだけじゃないんだぜ!」
まりさは、体当たりをしてきた。疲弊してれいむはこれをさけきれない。
「べっ……」
まりさの体当たりが直撃すると、れいむは吹き飛ばされて転がった。
「はんせいするんだぜ! みなかったことにしてやるんだぜ!」
まりさとしては、備蓄に手を付けたとなるとこれを放っておくわけにはいかず、制裁が要る。
言わば温情をかけたに等しかった。
もっとも、その温情がれいむに通じたかどうかは、まりさには判らなかった。
春がたけてきた。
それでもれいむは慢性的な飢餓状態にあった。肌は傷つき、お飾りは泥にまみれ、口もとは苔がこびりついたままになっている。
「れいむ。おしごとだよ」
と、やせさらばえたれいむの家にやってきたぱちゅりーは、言った。
「ゆ……?」
空腹のために自分の排泄物を舐めているれいむが、ぱちゅりーに向きなおった。
「えんかいげいをやってもらうよ」
「えんかい……?」
収穫祭のようなものだ。群れのゆっくりが参集して大騒ぎする。言わばそれだけだったが、群れの全ゆっくりは春のこの日を楽しみにしている。
「そこで、ほら……いつものあれ、やってちょうだいね」
言葉を濁しつつぱちゅりーは頼みこむが、それでも何のことかは通じた。
「けっこうにんきなのよ」
とも、ぱちゅりーは重ねて言った。
「……ほんとに?」
訝しげな目つきを投げかけるれいむ。ぱちゅりーは疑念を晴らすべく断言した。
「ほんとよ。うけがよかったら、きっといいとおもうんだけどね、ほうしゅうがあるから、がんばってね」
ぱちゅりーはそう言い残すと去っていった。
れいむは、自分の運が尽きていないことを知った。
「ふ……ふふ……そうだね! なにかおかしいとおもったんだよ! やっぱりみんなれいむをそんけいしているんだね!」
これまでの苦労と理不尽は、やっぱり嫉妬が原因だったんだ。
でも、みんな反省してれいむを見直してくれたんだ。
だから、宴会におけるお披露目を頼みに来たんだ。
そうに決まっている。
それしかない。
れいむは、宴会でみずからの雄姿を披露すべく、翌日の宴会に向けて練習を開始した。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
巣穴から声が響く。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
出てくる言葉はただの一つだけだった。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
穴蔵のなかでは、れいむが天井にあんよを突き出している。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
何度も何度も、突き出している。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
狂ったようについている。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
その顔は汚辱の記憶に汚染されており、鬼の形相と化していた。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
目には涙が溜まっている。しかし口もとは笑っている。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
一突きごとに壮絶なまでの力がこめられていた。その力の源泉は、報復心か、虚栄心か。それはれいむ本人にも判らなかった。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
分かっていることは一つだけだ。
「ごめんね! ごめんね! ごめんね!」
翌日の宴会で、全ての汚名を返上してやるしかない。
翼を得たれいむの想像力は、きらびやかな未来を彼女に与えていた。
その未来において、れいむは群れの長として君臨し、食いきれないほどのあまあまを奉じられ、栄誉栄達を極めている。
ぱちゅりーの頭脳を私有し、まりさの食糧調達能力を酷使し、ありすの嫉妬に浴している姿が、数十のゆっくりが平伏している光景が、
目をつむればありありと浮かんでくる。
ただ、その未来とやらには、一滴の血も通っていない。
いよいよだ。
ついに来た。
報復の時が来た。
運命の時が来た。
れいむの高級さを認める度胸のなかったゆっくりたちの攻勢終末点がここにある。
南天には太陽がかかっている。空には一点の曇りもない。
宴会はすでに始っており、歌があり、躍りがあり、ゆったりとした時間が流れていた。
れいむは、舞台に上がっていた。
切株の上に立ち、ゆっくりたちを見下げている。
すべてのゆっくりたちが、固唾を呑んでれいむを見つめている。
いよいよ、全てが終わり、またはじまるときが来た。
れいむが頭を垂らし、前屈の姿勢をとった。
さあ、はじまる。
決め台詞は決まっている。
かわいくってごめんね、だ。
「きゅぅぅゥゥわいくッッつぇぇェェ……ッッ!!!」
全力で声を張った。
くるっと一回転。
すかさず背中を地面に押しつけ、あんよを高々と掲げる。
「ぎゅゥゥぅぅウォめんぬぅウェぇぇぇっっ!!!」
もはや出し惜しみなどしなかった。
出るだけ出してやるつもりだった。
れいむの決意は嘘ではなかった。
何かに挑戦するかのごとく掲揚されたあんよから、ひとつながりになったうんうんが放出され、蒼穹に黒い虹を描いた。
爆笑が起こった。
「ほんとにやってるんだぜ! なんてりょうなんだぜ! きたないんだぜ!」
「ほんものはちがうわ! いままでみくびっていたわ!」
「うんうんれいむ、ほんりょうはっきね!」
「ぎょめんにぇ~♪ ぎょめんにぇ~♪」
割れるような囃したてがれいむに押しよせてきた。
その笑い声は、どれだけ豊富な妄想力を持っていたとしても、称賛と捕らえられない力強さを秘めていた。
一方、嗤っていないゆっくりが一匹だけいた。
切株の隣、舞台袖にあたる位置に陣取っていた、ぱちゅりーだ。
「ほら。もっとよ」
と、ぱちゅりーはれいむを急かした。
「え……?」
「もっとやりなさい。わいているでしょ? もっとやんないと、おまんまはあげられないわ」
れいむは観衆を見つめた。
「うんうん! れいむ!」
「うんうん! れいむ!」
「うんうん! れいむ!」
間違いない。
それはアンコールだった。
れいむの目から、自然と涙が零れてきた。
れいむは俯いた。俯きは前屈になった。一回転した。あんよを高く上げた。あにゃるからしーしが飛び出した。
「きゃわいくっちぇぎょめんね……!」
うんうんなど、一発目で搾り切ってしまっている。もはや出るものなどない。
「きたない! れいむ! うんうん! れいむ!」
アンコールはとまらない。
「ぎゃわいぐっぢぇ……ぎょめんぇ……」
涙を振り向き、もう一度、空に向けてあんよを放つ。
「げすな! れいむ! うんうん! れいむ!」
群れは一体となっていた。幹部も手下も、大人も子供も、まりさもありすも、声をあわせてれいむを囃す。
「がわいぐっで……ごべんなざい……」
何度も、何度も、れいむは俯いては回転してあんよを向ける、その動作を繰りかえした。
「どれいの! れいむ! どれいの! れいむ! どれいむ! どれいむ!」
アンコールは止まらない。
一人、ぱちゅりーはほくそ笑んでいた。
これで群れの秩序は保たれる。
いまや、れいむは群れのヒエラルキーの最下層民に位置している。這いあがることは不可能だ。
誰もが、最下層に落ちることはないと安堵するだろう。
しかし一方で、れいむの貧困を見つめることで急き立てられるだろう。
「れいむ! れいむ! うんうん! れいむ!」
ぱちゅりーは、れいむに感謝さえしていた。
これほど群れに忠義を尽くしているゆっくりはいないとも、思っていた。
もっとも、それを口に出すつもりはない。
れいむを助けてやるつもりもない。
「ぎゃわいぐっづぇ……ぎょべんなざい……ぎょべんなざい……」
切株の上で、れいむはいつまでも己の姿を誇示していた。
(おわり)