ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1593 あまあまがほしかったれいむのおはなし
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「れいむのおちびちゃんかわいいでしょ!?ゆっくりできたでしょ!?だからあまあまちょうだいね!!」
「「「「「きゃわいくってごみぇんにぇ~!!!!!」」」」」
「れいむはしんぐるまざーなんだよ!かわいそうなんだよ!はやくあまあまちょうだいね!!」
「「「「「あまあまよこしぇー!じじい!!」」」」」
「……はぁ?」
……想像して欲しい。
早朝、珍しく早起きしたことでテンションが上がり、「よーし、ジョギングでもすっか!」と玄関を開けた途端、
汚い饅頭共が分も弁えず「よこせ」だの「じじい」だの騒ぎ立てていたら……
「うるせぇぞ糞饅頭共!!」
「ゆぶっ!!!」
「ゆぎゃぁああああ!!れいむのおちびちゃんがぁああああ!!」
「「れいみゅのいもうちょぎゃぁあああ!!」」「「おにぇーちゃんぎゃぁあああ!!」」
思わず踏み潰したくなっても仕方無いだろう。
「あーあ……爽やかな朝だってーのに、なんで朝っぱらから饅頭に罵倒されなきゃならんのかね。
……やっべ、これおニューのシューズじゃねぇか!うっわ餡子塗れ……テンション下がるわぁ…………」
何やらぶつくさ言いながらお家に引っ込もうとする人間。微塵も反省のない姿にれいむは激怒した。
「こぉおおおのぉおげすじじぃいいいいいっ!!よぐもおぢびぢゃんをごろじだなぁあああっ!!」
「……は?何言ってんだお前、挑発したのはお前だろうに」
「ゆ゛っ゛!?な゛に゛い゛っ゛でる゛の゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ゛!?!?!?」
地獄の悪鬼もかくやと言わさんばかりの表情で迫って来るれいむに、知ったことかとばかりに気怠げに返された返答。
れいむには理解出来ない意味不明の台詞に、彼女の怒りはあっさり沸点を突破した。
(わざわざにんげんなんかにかわいいれいむのおちびちゃんをみせて、ゆっくりさせてやろうとおもったのに!おれいのあまあまもよこさないなんて!
……もういいよ!おちびちゃんをころしたげすはせいっさいっするよ!ゆっくりくるしんでしね!!)
余りにも自己中心的な思考、だがそれはれいむにとって、否、ゆっくりにとっては常識だった。
人間や他の生物が第一に上げるのは自己の生存である。しかしゆっくり達にとっての第一はゆっくりすることだ。ゆっくりする為なら命すら投げ出すほどに。
高い所から転落する、人間や鳥に連れ去られるなどの事態に陥った際、危機的状況にも関わらず「おそらをとんでるみたい!」と喜ぶのもその一端だ。
そしてゆっくりはその認識を他人にも強要する。共有ではなく、強要だ。
自分の快楽を他人に押し付けて「ゆっくり出来るだろう」と無理矢理同意させるという、居直り強盗のような真似をする。
このれいむにとって自分の子供がゆっくり出来るのは確定事項だった。だから、それを殺した人間は問答無用でゆっくり出来ないゲスと認識されたのだ。
「れいむのおぢびぢゃんをごろじだげずはゆっぐりじないでじねぇ!!」
ゆっくり社会は時に人間よりも厳しい。ゆっくり出来ないものを排除する本能が、ゲスゆっくりへの強烈な差別意識につながるからである。
虐めや村八分は当たり前、ゆん権を剥奪して奴隷に堕としたり、最悪の場合ストレス解消用のサンドバッグとして使われる程に。
生かさず殺さず、出来るだけ長く苦痛を続かせて虐め殺す。時には虐待お兄さんすらドン引きするほど、ゆっくりの制裁は残酷なものなのだ。
例え相手がその過程で命を落としたとしても、それは禁忌にはなり得ない。相手はゆっくり出来ないゲスなのだから。
「うるせぇ!この糞饅頭!!ご近所に迷惑だろうがぁっ!!!」
「ゆぶっ!?」
しかし、それはあくまでゆっくりの常識だった。人間の知ったことではない。
飛び掛かってくるれいむの顔面を鋭い蹴りが迎え撃つ。ランニングシューズのつま先がれいむの鼻っ柱にめり込み、その体を吹き飛ばした。
ぼでんぼでん、と転がっていくれいむの姿を呆然と見送る赤ゆ達。
姉妹が殺され、仇を討とうとした母がゲスなじじぃに返り討ちにされた。その事実を認識するまでの僅かな時間が、赤ゆにとって命取りとなった。
「ぶぎゃっ!?」
突如振ってきたランニングシューズの底が、呆然と母を見つめていた赤れいむを踏み潰す。
ぷちっという嫌な音を立てて視界から消えた姉妹と、顔に降り掛かる餡子の飛沫を見て、ようやく赤ゆ達も自分達が置かれた危機的状況に気が付いたらしい。
「いやじゃぁああああっ!!でいびゅぢにだぐないぃいいいいいっ!!」
「ごべんなじぁああああいぃっ!!ぼうぢないぎゃりゃゆるぢでぇえええええ!!」
「おぎゃぁあじぁああああんっ!!だぢげでぇえええええっ!!どぼぢでだじゅげでぐれにゃいのぉおおおっ!?」
とはいえ、赤ゆは赤ゆ。
どうして母が蹴られたのか、なんで姉妹が潰されたのか、それも解らぬまま耳障りな鳴き声で喚き、反省の欠片も無い謝罪と命乞いを繰り返す。
何故か逃げ出そうともしない赤ゆ達をウザいものを見る目で眺め、男は更に一歩を踏み出す。
その先にいたのは母に見当違いな罵声を浴びせていた赤れいむ。頭上に靴底が迫ってきて尚、れいむは母を罵倒し続けていた。
「でいびゅをゆっぐぢざぜないおやはじびゅっ!?」
足下で潰れる赤ゆの感触。エアパッキンを潰したような小気味良い音と共に、えも言われぬ快感が背筋を走る。
生き物(?)を殺す背徳感と、神経を逆撫でする下種を制裁した爽快感が重なって脳髄に届いたそれは、麻薬にも似た快感を伴っていた。
「うっわー……やべ、なんかハマりそうだわこれ」
虐待にハマる人達の気持ちがよく解る。
如何に動き回ろうが、人の言葉を話そうが、ゆっくりはゆっくり。学会でさえ生物とは認めていないのだから、幾ら潰そうが殺したことにはならない。
殺していないのだから、罪悪感は一切湧いてこない。背徳感だけを味わいたいのなら、まさにうってつけだった。
「やべでぇえええええっ!?でいびゅだぢなんにもじでにゃいでぢょぉおおおおおおっ!?」
「どぼぢでごんなごとじゅりゅのぉおおおおおっ!?ぼうやべでぇええええええええっ!?」
残った赤ゆが一層騒ぎ立てる。自分達は何もしていないのだから当然だ。
ただ、母が「きょうはあまあまさんをもらいにいくよ!」と赤ゆ達を引き連れて来たお家で、自分達の可愛さをアピールしただけだ。
それなのにこの仕打ち。何故、どうして、世界で一番可愛い自分達がこんな目に遭わねばならないのか!?
悲鳴とも罵声とも思える質問に、男は苛立ちも露に怒声で返した。
「うるせぇ!大体、希少種でも無ぇ癖に食い物せびろうなんざ虫が良すぎるっつーの!」
「「ゆぴっ!?」」
希少種ではないから、たったそれだけで自分達は殺されるのか?
余りに理不尽な答えに赤ゆの思考が止まる。それを無視して、男は残った赤れいむ二匹に靴底を乗せた。
「やべてぇえええええっ!?ぢにだぎゅにゃあああああいいいいいぃいい!!」
「やじゃぁああああっ!!いやじゃぁああああ!!でいびゅはゆっぎゅりじゅりゅんだぁああああっ!!」
のしかかる重みに泣き叫ぶ姉妹に、殊更ゆっくりと踏み付ける力を強くしていく。
じわじわと重くなるランニングシューズ。徐々に潰されていく感覚に、赤れいむ達の悲鳴が一層高くなる。
「「ぢゅぶりぇりゅぅうううううっ!!」」
遂に姉に当たるれいむの皮が内圧に耐えきれなくなり、赤ゆ特有の柔らかい肌に裂け目が入る。いや、柔らかいからこそ今まで保ったのだろう。
小さな裂け目は、増々重くなる靴底に圧迫された餡子によりあっという間に広がっていく。
そして、
「もっぢょばっ!?!?!?」
姉れいむが内側から弾けた。あんよの辺りから縦一文字に入った亀裂がれいむを真っ二つに裂き、勢い良く餡子を打ち撒ける。
妹より先に生まれた分、体内の餡子も多かったのが原因だった。
末期の言葉も残す間もなかった姉の死に様を、妹れいむは見ていなかった。
「ん゛~っ、ん゛ん゛~っ!!」
口を閉じ、喉元まで競り上がってくる餡子を必死に押し返すのに忙しかったからだ。もっとも、無駄な抵抗には違いないのだが。
間近に迫った死に涙を浮かべて抵抗しながられいむの脳裏に浮かんでいたのは、「何故、こうなったのか?」という疑問だった。
(れいみゅは……わるくない………じゃあどうちて、れいみゅはころしゃれりゅの?…………れいみゅは………おきゃあしゃんのいうとおりに……)
そこまで考えて、はたと気付く。そうだ、自分達は母れいむに言われてこの死地に来たのだ。
なら、悪いのは自分でもこの人間でもない。悪いのは、一番悪いのは、母だ!
その瞬間、れいむの頭から痛みも苦しみも全てが消え去った。残ったのは餡子が沸騰しそうな怒りだけ。
「ゆごぼぉっ!!!」
そして怒りのままに口を開けた途端、それまで押さえられていた餡子が出口を求めて殺到する。
一言も発せられる間もなく押し出される餡子。怒濤の勢いで口から吐き出されるそれを見ながら、赤れいむが思い浮かべたのは、
(でいびゅをゆっぐぢざぜないくじゅおやばゆっぐぢじないでじねぇええええええええ!!)
あれほど慕った親への罵倒の言葉だった。
「……ああ、新品だってのに……」
下ろしたてのランニングシューズが餡子塗れになったことを嘆く男。自業自得であるとはいえ、ゆっくり如きに絡まれた不運は同情に値するだろう。
アスファルトに靴底をなすり付け、こびりついた餡子を落としていた男には先程までの高揚はない。
男には虐待趣味は無かったし、赤ゆを潰した時に知った快感も既に餡子塗れの靴に対する苛立ちに流されてしまっていた。
そもそも虐待なんて激情や興奮があればこそ出来るもの。
一時の熱狂が過ぎれば後に残るのは虚脱感しか無い。新品のシューズを汚されるというおまけが付けば尚のこと。
こうなってはランニングどころの騒ぎではない。
今しがた出てきたばかりの玄関を戻り、シューズを洗う為に風呂場に向かう男の頭からはゆっくりのことなど消え失せていた。
「……ゆっ、じじぃがいなくなったよ!」
玄関の扉が閉められ、静寂を取り戻した早朝の町。
その静けさを破るように、ゴミの日でもないのに不法投棄されたゴミ袋の影から一匹のれいむが顔を覗かせた。
先程蹴り飛ばされた母れいむだ。跳ね飛ばされてゴミ袋の影に転がり込んた拍子に気を失っていたのである。
最愛の我が子の悲鳴で気が付いたものの、手負いの状態では我が子の元に駆けつけることも叶わず、そのまま子供達が虐殺される様を涙を呑んで見ているしか出来なかったのだ。
「ゆぅうううっ……れいむのかわいいおちびちゃんがぁ………」
まさに悲劇としか言えない出来事。突然襲い掛かった不幸にれいむは声を抑えて嘆き悲しむ。
例え子供達を連れてきたのが自分であろうと、男を挑発したのがれいむ自身であろうと、その怪我が実際には軽傷であり、動くのには支障がなかろうとも、これは悲劇であった。
最愛の子を一遍に失った悲しみに暮れるれいむだったが、ふと見上げた空に子供達の笑顔が浮かんでいるのが見えた。
(なかないでおかーしゃん!れいみゅたち、ゆっくりしちぇいちゃよ?)
(れいみゅたちのかわりにゃら、またつくればいいよ!)
(もうおかーしゃんのおうたをきけないけれど、れいみゅたちのぶんまでいもうちょたちにうたってあげちぇね!)
(だからおきゃーしゃん……)
(((((ゆっきゅりしちぇいっちぇにぇ!!)))))
青空に浮かぶ子供達が次々と語り掛けてくる。その健気な言葉に勇気づけられて、れいむは泣くのを止める。
確かに子供達を失ったのは悲しい。だが、その悲しみをいつまでも引き摺り続けることを、あの子達が望むだろうか?
「そうだね……いつまでもないてちゃ、おちびちゃんたちがゆっくりできないよ!」
鳴いたカラスがもう笑う。
心に語り掛けてきた子供達の幻影が、余りにもれいむに都合良いことしか言わなかったことに一切の疑問を挟まず、彼女は涙を流しつつ微笑みを浮かべる。
しかしその微笑みがすぐに曇る。
「ゆぅぅ、でも……またおちびちゃんがころされるのはゆっくりできないよ……」
驚くべきことにこの惨劇にもかかわらず、れいむはまた男にあまあまをせびるつもりであった。
だが流石の餡子脳であっても、只子供を見せただけではいけないことは理解出来たらしい。
子供を潰されずにあまあまを貰う算段を、無い頭をひねって考えていたれいむの脳裏に、男の台詞が甦る。
「ゆっ!そうだよ!きしょうしゅのおちびちゃんをうめばいいんだよ!」
そう、れいむの子供達が殺された時、あの人間は確かに言った。「希少種でも無い癖にあまあまをせびるな」と。
それは逆に言えば「希少種ならあまあまが貰える」と言うことではないか、とれいむは思い至ったのだ。
「ゆっ!そうときまったらさっそくおむこさんをさがしにいくよ!れいむはかわいいから、すぐみつかるよ!」
意気揚々とその場を離れるれいむ。
アスファルトに咲いた五つの染みを振り返ることは、もう無かった。
日差しも高くなり、町が本格的に動き始める午前十時。
決して広くはない庭に水を撒いていた男は、馴染みの挨拶を耳にした。
「こんにちは!ゆっくりおてつだいにきたよ!」
庭と道を隔てる柵の外から声をかけてきたのは、小さな花を刺した黒いとんがり帽子を被ったゆっくりまりさ。
野良らしく草臥れてはいたが、それでも不潔ではない程度に身なりを整えた子供を数匹連れている。
声をかけられた男は、早朝のれいむ達とは正反対の態度で応対した。
「おお、来たか。……すまんが、今日は手伝って欲しいことは無いな」
「ゆゆっ?それはざんねんだよ……じゃあ、またくるね!」
男とまりさは顔見知りであった。いや、この付近の住民とまりさが顔見知りと言った方が正しい。
半月ほど前に突如現れたまりさ親子は、駆除の為に迫る人間達に土下座しながらこう持ち掛けたのだ。
「人間さんのお手伝いをする代わりに、ここに住むことを許可して欲しい」と。
必死に頼み込んでくるまりさに心動かされたのか、あるいは何故ここまで低姿勢なのか疑問に思ったのか、ある住民が事情を尋ねた。
何でも番のれいむがとんでもないDV嫁だったらしい。
子供をにんっしんっするや否や、それまでしおらしくしていた態度を一変。まりさを奴隷扱いするようになったと言う。
子供が生まれたら生まれたで、れいむ種の子供とまりさ種の子供をあからさまに差別し始めた。
まりさが集めてきた餌の大部分を自分とれいむ種の子供だけで食べ、まりさ達は喰い散らかした食べ滓を嘗めるように食べて飢えをしのぐ。
そんな日々が続いたある日、遂に一匹の子供が死んだ。
赤ゆであるにも拘らず、碌に食事も摂れない上にすーりすーりもぺーろぺーろもして貰えなかったことによって発症した非ゆっくち症が原因だった。
非ゆっくち症、正式名「非ゆっくりアレルギー症候群」はゆっくり出来ないものに過剰に反応する症状で、長期間ゆっくり出来ない事態に晒されたゆっくりが罹る病気だ。
本来最もゆっくりするべき時期である赤ゆにとって、母のDVは命取りになるほどゆっくり出来なかったのだろう。
そして嘆き悲しむまりさとまりさ種の姉妹に向かい、れいむとれいむ種の子供達は嘲りながらこう言い放ったと言う。
「ゆっくりできないおちびちゃんは、れいむのおちびちゃんじゃないよ!」
その言葉を聞き、まりさは遂に離婚を決意したそうだ。
まりさ種の子供達を引き連れ、夜中れいむ達が寝静まった頃を見計らっておうちを飛び出したまりさが放浪の末辿り着いたのがこの町だったらしい。
だが人間の町はゆっくりにとって危険なジャングルのようなもの。
野良犬、野良猫、野良カラスといった猛獣や、些細なことで死に至るトラップだらけの環境で生きていくには、町の主である人間の協力が絶対に必要なことをまりさは理解していた。
だが対価無くして人間は協力などしてはくれない。ゆっくりの身で差し出せるものなど己自身しか思い付かなかったまりさは、人間への隷属を条件に庇護を申し出たのであった。
事情を聞いた住民は町外れの空き地に住む許可を与え、とりあえず様子を見る事にした。
帽子に花を刺したのはまりさ自身である。人間にはゆっくりの区別がつかないと知った彼女が、他のまりさと混同されないように工夫した結果だ。
その工夫の甲斐あってか、まりさ親子は他の野良のように潰される事無く今に至る。
「ちょっと待て、まりさ」
「ゆっ?」
手伝えることは無いと知って踵を返しかけたまりさを呼び止める男。
ポケットをあさり、キャラメルの箱を引っ張り出すと、数粒取り出してまりさに差し出した。
「ほら、喰ってけ。今日はまだ喰ってないんだろ?」
「ゆっ?だめだよ!まりさたちなんにもしていないのに、あまあまはもらえないよ!」
このキャラメルは草むしりや害虫駆除などの手伝いを頼んだ際、手間賃として渡すためのもの。
男の家はまりさ達が住む空き地に隣接している。そのため、まりさのお手伝い廻りは男の家から始まるのだ。
そのことは周知の事実であり、まりさ達がお手伝いと称する草むしり、実際には雑草を貪る行為を行うために食事を抜いていることも男は知っていた。
だから腹が減っているだろうとおやつでも与える感覚で差し出したのだが、まりさはきっぱりと断る。
「ん?でも腹減ってるんじゃないのか?」
「おなかはすいてるけど、それでもだめなんだよ!まりさたちはにんげんさんのおてつだいをするかわりに、ここにいられるんだから」
「おちょーしゃん!まりしゃ、あまあまたべちゃいよ!」「まりしゃもおにゃかしゅいちゃよ!おにーしゃん!あみゃあみゃちょうだい!!」
まりさが頑固に受け取り拒否をする中、それまで黙っていた子まりさ達が騒ぎ始めた。
目の前にぶら下がったご馳走が食べられないことが余程不満だったらしい。口々にキャラメルを要求する子まりさ達を、まりさは一喝した。
「だめだよ!!」
「「ゆびぃっ!?」」
まりさの怒声に口を噤む子供達。
そしてまりさは険しい顔で子供達に言い聞かせる。
「おちびちゃん、あまあまはにんげんさんのものだってなんどもいったよね?
……たしかにあまあまはゆっくりできるけど、それはにんげんさんのためににんげんさんがそだてたおやさいからにんげんさんがつくったものだよ。
だからまりさたちはあまあまをもらったら、そのぶんにんげんさんをゆっくりさせてあげないといけないって、なんどもおしえたよね?
なんにもしないのにあまあまをほしがるのはげすのしょうこだよ?それがわからないなんて、おちびちゃんたちはばかなの?しぬの?」
「ちぎゃうよぉっ!!まりしゃげしゅじゃにゃいよ!!」「まりしゃ、ちゃんとおちょーしゃんのいうこちょききゅよ!」
まりさの説教に子まりさ達は泣きながら反省している。
それを見てまりさも溜飲を下げたらしく、子供達をあやして泣き止ませる。
「ゆん、わかったらいいんだよ。……それじゃ、まりさたちもういくよ。あまあまはおにーさんがたべてね」
「ああ。済まんな、余計なことをしたみたいだ」
「ううん。おてつだいするってやくそくだから、それをまりさたちがやぶっちゃいけないんだよ。つぎにごようじあったらそのときにちょうだいね」
そう言って今度こそ踵を返すまりさ。その後をしゃくり上げながら着いていく子まりさ達。
隣の庭先で同じように声をかけ、家主に招き入れられるまりさ達を見送った男は水まきを再開した。
一方、れいむの婿探しは難航していた。
「ゆぅ~……きしょうしゅのおむこさんがみつからないよ……」
公園や川原の空き地など、野良が巣食うポイントを駆けずり回っても、希少種の影も形も見えない。
当たり前だ。希少種とは文字通り希少であるからこそ希少種足り得るもの、そこらに転がっているようならもてはやされたりはしないだろう。
逆に言えば稀にいるからこそ見つかる訳で、当ても無く彷徨い続けるれいむの目の前を横切ったのは、そう言うゆっくりであった。
「ゆっ!?あれは……」
それは白と緑を基調にしたゆっくり用の服に包まれ、緑色の髪に蛙と蛇を象った飾りを付けたゆっくりさなえ。紛うことなき希少種である。
おまけに胸元(?)には最高級の飼いゆっくりであることを証明する金色のバッジが光っていた。
間違ってもこんな野良の縄張りで見掛けるような存在ではない。
「こまりました……ここはどこなんでしょう?……おねえさーん!かなこさまー!すわこさまー!さなえはここですよー!?」
どうやら道に迷ったようだ。さなえのような希少種を一匹で外に出すなぞ考えられないから、飼い主と逸れたのだろう。
何かを探すようにきょろきょろと見回しながら、時々大声で飼い主を呼ぶ。
しかし、大声で自分の存在をアピールしてしまっては野良ゆっくりを呼び寄せるだけだ。
やっと見つけたお婿さん候補を横取りされては敵わない。れいむは早速行動を起こした。
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっ!?ゆっくりしていってくださいね!」
れいむのご挨拶に一瞬驚いたものの、さなえは満面の笑みを浮かべてご挨拶を返す。
バッチ持ちの飼いゆはご挨拶を返さないよう躾けられているものが多い。野良に襲われた際にご挨拶をされて隙を作るのを防ぐ為のものだが、弊害もあった。
野良との違いを認識することで選民思想を持ってしまい、ゲス化する飼いゆが続出したのだ。
それを防ぐため、室内飼いを前提にしたゆっくりにはわざとこの躾を施さないことがある。このさなえもそのケースだ。
だが、さなえのそう言った経歴のことをれいむは知らない。
流石に金バッジの存在ぐらいは知っているが、飼いゆのことは「ご挨拶も返さないお高くとまったゆっくり」としか思っていない。
その「お高くとまったゆっくり」である筈のさなえがご挨拶を返したことで、れいむは確信した。
こいつは自分に惚れている、と。
三段論法どころか間の諸々を一足飛びですっ飛ばした結論を、れいむは何の疑いも無く信じ込む。
突然薄気味悪い笑みを浮かべてぐねぐねと体をくねらせたれいむを、不思議そうに見やるさなえ。
飼いゆとして純粋培養された彼女にとって、野良との遭遇は初体験だ。その上、共に過ごすかなことすわこも同様の出自であり、ゆっくり社会よりも人間社会の方が身近にある。
要するに「世間知らずな箱入り娘」そのものなのである。れいむの一方的な思い込みなぞ察することすら出来なかった。
「ゆっ!れいむがかわいいからって、さなえはだいたんだね!」
「はぁ……?と、とりあえず、さなえはかいぬしのおねーさんをさがしているんですが、こころあたりはありませんか?」
にへらにへらと締まりのないお顔で妙なことを口走るれいむに若干引きつつも、さなえは逸れた飼い主のことを尋ねてみる。
駄目で元々、一応念のために聞いたに過ぎなかったが、それはさなえにとって最悪と言うべき行動だった。
ピンク色に染まっていたれいむの餡子脳が、さなえの台詞を聞いた途端に狡猾さを取り戻す。
どうやらさなえは逸れた飼い主を捜すうちにここまで来たらしい。だが、この辺りは野良ゆっくりの縄張りだ。
「お高くとまったゆっくり」はこんな所には来ないし、居たとしてもさなえのように無警戒にはならない。野良ゆっくりに酷い目に遭わされるからだ。
つまり、さなえは飼いゆとしても相当な箱入りである、と言うことだ。ならば、とれいむは早速行動を起こした。
「ゆっ!そういえば、さっきさなえをさがしていたにんげんさんがいたよ!」
「ほんとうですか!?」
いかにも腹に一物ある、と言わさんばかりのニヤニヤ笑いを貼付けたれいむの白々しい嘘に食いつくさなえ。
さなえが飼い主との日課だった朝の散歩中、突如壊れて暴走したスィーから投げ出されて二時間あまり。
その間、人間はおろかゆっくりにすら遇えずに彷徨っていたさなえにとって、れいむの言葉は天からの救いに他ならない。
蝶よ花よと育てられた純真無垢なさなえには、野良の邪悪な思惑なぞ理解出来る筈も無かった。
「ほんとうだよ!れいむがつれてってあげるよ!」
「あ、ありがとうございます!!よろしくおねがいします!!」
大喜びでれいむに頭(?)を下げるさなえ。もちろん、ここで言う「ありがとう」は案内してくれることに対するものである。
そんなさなえの姿を、れいむの餡子脳は見事に曲解した。
「れいむさまのようなびゆっくりのおむこさんにしてもらえるなんて、ゆめのようです!
はやくすっきりーっ!してゆっくりしたあかちゃんをつくって、あまあまをいっぱいもらいましょうね!」
何をどう変換すればこうなるのかは定かではないが、れいむの耳にはそう聞こえていたのだ。
やっと飼い主に会えると安堵するさなえの潤んだ瞳でさえ、れいむの視界では情欲に濡れた狩人の目つきに変わっている。
まむまむの奥が熱くなるが、幾らなんでも天下の往来ですっきりーっ!する訳にはいかない。
「こっちだよ!ついてきてね!!」
「わかりました!」
歩き出したれいむの後を追うさなえ。先を行くれいむが人気の無い辺鄙な場所に分け入っても、疑うこと無く着いていく。
手入れのされていない空き地の草むらを越え、建物と建物の僅かな隙間が作り出した袋小路の奥にあったのは小さな段ボールハウスだった。
大きさこそ瓶ビールのケース程度ではあったが、雨避けのビニールで覆われたそれは野良ゆのおうちとしては最高クラスの物件である。
「ここだよ!ゆっくりいらっしゃい!!」
「は、はあ……」
先に入ったれいむに勧められるままにさなえは段ボールハウスの中へ入る。
中には雨水を溜める為のプラスチックのお皿や使い古してボロボロになったタオル、貯蔵庫に使われていたらしい小さな発泡スチロールの箱が転がっていた。
もっとも皿は完全に乾いていたし、箱の中身は空っぽ、タオルに至っては天日に当てていないのか据えた匂いが染み付いていたが。
人間なぞ影も形も見えない。こんな小さな空間に入り込める人間なんか居ないのだから当たり前だ。
「あ、あの……おねえさんは、どこに………?」
段ボールハウスの奥で何やらごそごそやっていたれいむに、さなえは飼い主のことを尋ねてみる。
さなえの問い掛けにゆっくりと振り返るれいむ。その口には何やら怪しげな茸がくわえられていた。
むーしゃむーしゃと咀嚼する度に茸が短くなっていく。それが完全に口の中に収まった瞬間、れいむはさなえに飛び掛かった。
「な!なにを……むぐっ!?」
ふぁーすとちゅっちゅすら未経験の唇にれいむのソレが押し付けられる。そして口内に何かが流し込まれた。
突然のことに理解が追い付かないさなえはソレをそのまま飲み込んでしまう。全て飲み下したことを確認してから、れいむはようやく唇を離した。
「な、なんてことを……さなえのじゅんけつが……」
「ゆふふっ、おたのしみはこれからだよ!」
呆然とするさなえの服の裾をくわえて剥ぎにかかる。ここでようやく、さなえは自分が貞操の危機に陥ったことを悟る。
途端に溢れて来る嫌悪感。先程までの無抵抗が嘘のようにさなえは暴れ出した。
「や……いやぁああああああっ!!やめてぇ!はなしてぇ!!」
「ゆふふ、さなえはつんでれだね!!」
実はありすなのではないか、そう思わせるほど自分に都合良く変換する餡子脳がさなえの訴えを却下する。
中々脱げないさなえの服に四苦八苦するれいむと、れいむの魔手から逃れようとするさなえ、二人の揉み合いは突如響いた小さな音が中断した。
びりっ!
何かが裂けるような音。恐る恐る自らの体を見下ろしたさなえの目に、縫い目から裂けた服が飛び込んで来た。
「い……い……いやぁああああああああぁああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛っ゛っ゛!!!!!!!!!」
「ゆ゛っ゛!?」
れいむも思わず怯んでしまうほど、深い絶望が込められたさなえの絶叫。
この服は、飼い主が手ずから作ってくれたさなえの宝物だった。
室内着である筒状のものとは違い、丈夫な布地でさなえのあんよを保護する靴の役目も担う袋状に作られたこの服は、さなえのたった一つの我侭の為に用意されたもの。
「おそとにいきたい」
生まれてからずっとお外を歩いたことの無いさなえがポツリと漏らした一言に応え、飼い主のお姉さんが一生懸命作ってくれたかけがえのないもの「だった」。
それが今、目の前で無惨に破かれようとしている。さなえにはその裂け目が深淵の口を開けて飼い主との絆を引き裂くクレバスに見えたのだ。
「やだ!やだぁああああっ!おねえさんがつくってくれたおようふくがぁ!はなして!はなしてぇ!!」
かなり上等な生地を使っているさなえの服だったが、縫い目まではカバー出来なかったらしい。
その上、れいむは未だに服の裾をくわえている。その状態でさなえが暴れ出した為に、裂け目は少しずつ少しずつ広がっていく。
見ようによってはさなえが自ら破っているように見えるかも知れない。
「ゆふっ、さなえったらだいたんだね!」
事実、れいむはそのように解釈した。
れいむが服を剥ぎ取りにかかったのは、服に隠されたぺにぺにを露出させるためだ。
人間に着せられた服を自ら脱ぐさなえの姿は、れいむの餡子脳に「そんなにれいむとすっきりーっ!したいんだね!」という感想しかもたらさない。
それはれいむの獣欲を増々昂らせるだけであった。
「ゆふ~っ、ゆふ~っ、もうすぐじゃまなおようふくさんをぽーい!できるよ!まっててね!」
「やめてぇええええええっ!!たすけてぇえええええっ!!おねぇさぁああああああんっ!!」
さなえの抵抗空しく、いや、抵抗したが為に思い出の服は大きく裂ける。その下から現れたのは、屹立するさなえのぺにぺにだった。
「いやぁあああああああああああああああああっ!!どおしてぇえええええええええええええっ!?」
「ゆっ!りっぱなぺにぺにだね!!こんなおおきいの、はじめてみるよ………」
すっきりーっ!はおろかゆなにーすら未経験のさなえである。普段はまむまむとして収まっている自分のぺにぺにを見るのはこれが初めてだった。
無理矢理犯されようとしている今の状況においてぺにぺにが勃ったという事実が、さなえの自尊心を打ちのめす。
そしてれいむは想像以上にご立派なさなえのぺにぺにに若干怯んでいた。それまでくわえていた服の裾を思わず放してしまうほどに。
突然訪れた逃亡の機会、だがさなえは絶好のチャンスであったにも拘らず逃げ出す気配を見せなかった。
いや、逃げ出すことすら考えることが出来なかったと言うべきだろう。
「いやぁ……いやなのにぃ………どおしてぇ………」
……どうして、さなえはれいむとすっきりーっ!したいの!?
餡子の底から湧き上がる衝動、それは飼い主との絆を破り捨てた憎き仇である筈のれいむに対する劣情であった。
無論さなえとてすっきりーっ!の意味ぐらい知っている。だが自分がすっきりーっ!するのはずっと先のことだと思っていた。
いつか白馬ならぬ真っ白なスィーに乗った素敵なゆっくりと電撃的な恋に落ち、飼い主とかなことすわこに祝福されながらゆっくりした赤ちゃんを授かる。
それがさなえの抱いていた夢であった。断じて今の自分の姿ではない。なのに、何故こんなにすっきりーっ!したくなるのか?
餡子の底から突き上げる衝動に流されそうになりながら、さなえはそんな疑問を浮かべていた。
「ゆふふっ、やっとすなおになったね!やっぱりばいゆぐらはすごいよ!」
にやりと口角を歪めて笑うれいむ。そう、さなえの異変はれいむが食べさせた茸が元凶だった。
一部のありすにのみ伝わる、ゆっくり専用の強壮剤「バイゆグラ」。
幻覚作用のある茸をレイパーの精子餡に漬け込んで作られるそれは、食べたゆっくりの精子餡を増大させた上で発情させる、言わば即席レイパー製造薬である。
一回すっきりーっ!してしまえば元に戻る程度の効き目ではあるが、注目すべきは如何なるゆっくりであってもレイパー化させる効能だろう。
本来ゆっくりには雄雌の区別がない。父役、母役を決めるのはあくまで個体の性格である。
さなえは明らかに母役型の性格だった。そのため、れいむは以前知り合いのありすから手に入れたバイゆグラを使ったのだ。
もっとも、れいむはバイゆグラの効果を「ツンデレなゆっくりを素直にさせる」ものだと思い込んでいたが。
「いやぁ………いや………あ…………………ああああああっ!れぇえええいぶぅうううううううっ!!!!!」
「ゆっほぉおおおおおおおおっ!!」
必死に劣情を押さえていた理性が遂に崩壊したのだろう。さなえはれいむに襲い掛かる。
待ち受けていたれいむが尻を高く掲げてさなえを誘い、さなえのぺにぺにがれいむの中に沈んでいく。
暫くの間、路地裏は聞くに堪えない嬌声と汚らしい音に満たされていた。
それから四日後の早朝。
珍しく早起きしたことでテンションが上がり、「よーし、ジョギングでもすっか!」と玄関を開けた男が見たものは、
「れいむのおちびちゃんかわいいでしょ!?ゆっくりできたでしょ!?だからあまあまちょうだいね!!」
「きゃわいくってごみぇんにぇ~!!!!!」
「「「「……ごみぇんにぇ……」」」」
「れいむはきしょうしゅのおかあさんなんだよ!はやくあまあまちょうだいね!!」
「あみゃあみゃよこしぇー!じじい!!」
「「「「……あみゃあみゃ……ゆええええん!!」」」」
「………はぁ?」
自信たっぷりにふんぞり返るれいむと赤さなえ、そして何やら悲嘆にくれている赤れいむ達だった。
「れいむはけさしゅっさんっしたばかりでつかれてるんだよ!だからゆっくりしないでさっさとあまあま「黙れ」ぶぎゅっ!」
「ゆわぁああっ!!おきゃーしゃぁああああんっ!!!」「「「「ゆっ!?」」」」
汚い歯を剥き出しにして唾を飛ばしながら捲し立てていた親れいむに蹴りをぶち込む。
ランニングシューズのつま先が鼻先に突き刺さり、れいむはいとも簡単に吹き飛ばされる。
ぼでんぼでんと跳ねながら道の反対側に設置されていたゴミ集積所に突っ込み、積み上げられていたゴミ袋を崩して下敷きになった辺りでようやく止まった。
先程までれいむと瓜二つな態度で食糧を要求していた赤さなえは親の無様な姿に絶叫し、めそめそと泣き崩れていた赤れいむ達はその様に呆然とする。
その隙をつき、男は赤さなえを摘まみ上げた。
「ゆっ!?おしょらをとんじぇるみちゃ……ぴぎっ!?ゆぎゃぁああああああっ!!しゃなえのうつきゅしいびきゃきゅぎゃぁああああっ!!!」
呑気に喜ぶ赤さなえにデコピンをぶち込む。顔面ではなく、多少頑丈なあんよを狙ったので命に別状はない。
しかし赤ゆには充分すぎる激痛であった。文字通り生まれて初めて味わう苦痛にさなえは泣き叫ぶ。
「……ゆっ!いもうちょのくしぇにおにぇーちゃんをばきゃにしゅるきゃら、いちゃいいちゃいになりゅんだよ!」
「いちゃい?くりゅちい?りぇいみゅたちはもっちょくりゅちきゃっちゃんだよ!」
「おきゃーしゃんも、さにゃえばっきゃりきゃわいぎゃりゅきゃらああなっちゃったんだよ!」
「ゆっくちできにゃいくしょおやとげしゅにゃいもうちょはゆっくちちにゃいでちね!」
苦痛に顔を歪ませるさなえの姿を見た赤れいむ達が口々に罵声を上げる。余程鬱憤が溜まっていたのだろう。
姉達から口汚く罵られたさなえは泣くのをピタリと止めて反論し始めた。
「うるしゃいよ!きしょうしゅでもにゃいくしぇにしゃなえをばきゃにしゅりゅくじゅおねーちゃんこしょちね「黙れってんだろうが!!」えぶっ!?」
否、反論しようとした所でさなえを掴んでいた男がその手に力を込める。ごく軽くではあったが、その程度でさえピンポン球サイズの赤ゆにとっては致命傷になりかねない。
そしてさなえを掴んだまま、足下で男に怯えていた赤れいむ達に警告した。
「お前らも黙ってろ。五月蝿くするなら………潰すぞ」
「「「「ゆ……ゆっくちわきゃっちゃよ!!!」」」」
恐ろしーしーを漏らしながら男の言葉に従う赤ゆ達を一瞥して、男は手の中でもがくさなえに目を向ける。
若干手の力を緩めてやった処で一息ついたのか、さなえは男に憎々しげな眼差しを向けてきた。男を罵らないのは先程の苦痛を怖れているのだろう。
「さて……お前ら、何しに来たんだ?」
「だきゃら、きゃわいっくってきしょうしゅのしゃなえにあみゃあみゃをよこしぇっていっちぇるでしょう!?
いちどいわれちゃきょとをもうわしゅりぇりゅにゃんちぇ、じじいはばきゃにゃの?ちぬぎゃぁあああああっ!?!?」
しかし所詮は餡子脳。あっさりと調子に乗って暴言を吐き、再び握りつぶされて苦悶するさなえを見て、男にある疑問が浮かぶ。
「……コイツ本当に希少種か?ここまで性格悪いのは初めて見るぞ?」
希少種がもてはやされている理由は、なにも数の少なさだけではない。
ゆっくりは甘やかされると調子に乗ってゲス化する。これは全てのゆっくりに共通している欠点ではあるが、希少種は比較的ゲスになりにくい。
勿論なりにくいと言うだけで、度を過ぎればゲスになるのだが、通常種よりは耐性があるので飼いゆ初心者が陥りやすい躾の失敗でのゲス化が少ない。
だが、このさなえは見事なゲスっぷりを見せている。希少種であるさなえを、しかも赤ゆのうちにここまでゲスに仕立て上げるのは逆に難しいだろうに。
苦痛にもがくさなえを解放する。途端にさなえが悪態をつく。
「なんちぇきょとしゅりゅのぉおおおっ!?しゃなえはきしょうしゅにゃんだよ!きゃわいいんだよ!わかっちゃらあみゃあみゃよこちぇ、じじい!!」
「……しかも頭の出来も悪いと来た。つい先刻の事が思い出せないようならペットショップでも二束三文だろうな……」
呆れた事に先刻まで誰に苦しめられていたのか、あっさり忘れてしまったようだ。
都合の悪い記憶を素早く失う忘却力、切り替えの早さはゆっくりの特徴ではあるが、此処まで酷いのはゲスであっても滅多に居ない。
希少種は文字通り希少なため、ペットショップやブリーダーに持ち込めば高額で買い取ってくれる。ただし「将来有望な」という枕詞が付く個体のみ、という制限がつくが。
赤ゆの時点から口も悪ければ頭も悪いゲスであるさなえでは良くて通常種以下、最悪買い取り拒否だって有り得るだろう。
もっとも虐待用としてなら尋常じゃない需要があるだろうし、加工所に売り込めば一財産にもなろうが、あいにく男にはそっち方面の知識はなかった。
「きゃわいいしゃなえのめいりぇいぎゃききぇにゃいの!?しゃなえおこりゅよ!!ぷきゅーっ!!」
男が思索に没頭したのを良い事に、散々喚き散らした上で膨れるさなえ。
その台詞の端々に散らばるキーワードに気付いた男が問いただす。
「おい、先刻から希少種、希少種五月蝿ぇが、んなこと誰から聞いたんだ?」
「おきゃーしゃんがしゃなえはきしょうしゅできゃわいいきゃら、いっぱいゆっくちできりゅっちぇいっちゃよ!
だきゃらじじいはゆっくちしにゃいであみゃあみゃをよこちちぇね!!」
「親?……ああ、あの時の奴だったのか。しぶとい奴だな」
さなえの言葉に、男は五日ほど前にも同じように野良ゆに絡まれた事を思い出す。
その時確かに「希少種でもないくせに餌をねだるな!」と怒鳴った覚えがある。
どうやら親れいむはそれを聞きつけ、さなえをにんっしんっして物乞いのリベンジを果たしに来たらしかった。
「……ん?待てよ、さなえを生んだって事は、さなえと番になったって事だよな?」
そう、いくらゆっくりの思い込みが理不尽なまでに強くとも、全く関わりのない餡統の種属を産み落とすような器用な真似が出来る程ではない。
だが、野山ならともかく街中で飼いゆ以外の希少種なぞ居ない筈だ。ならばその相手は必然的に飼いゆ、と言う事になる。
「こいつら、どう見ても野良だしなぁ……なら、もしかして誘拐か?」
飼いゆになる為に飼いゆを誘惑して番の座に納まろうとするゆっくりは後を絶たない。
中にはれいぽぅして無理矢理番になろうとするものもいるが、大体は箱入りで世間知らずな飼いゆを言葉巧みに騙す方法を取る。
そして騙された飼いゆの中には、家出をして野良に付いていってしまうものが居るのだ。
これを「誘拐」と呼ぶ。ゆっくりによる被害、略してゆ害では結構上位に入っていた。
詳しい話を聞き出すべく、男は赤ゆ達の尋問を開始する。
「おい。お前ら、いつ生まれた?」
「「「「れ、れいみゅたちはうみゃれちゃびゃっきゃりだよ!」」」」
「はやきゅあみゃあみゃよこちぇぇええ!!」
生まれたばかりでこの態度、余程のゲス親の餡子を継いだのだろうか。喚き散らすさなえを締め付けて黙らせ、赤れいむ達の尋問を続ける。
「で、お前ら何処から来た?父親は何処だ?」
「れいみゅたちはあっちきゃりゃきちゃよ!」
「とってもゆっくちしちゃだんぼーりゅしゃんのおうちだよ!」
「おっきにゃはらっぱをぴょんぴょんしてきちゃよ!」
「おちょーしゃんもさにゃえじゃよ!おうちにいりゅよ!」
「くるちぃいいいっ!ちゅぶりぇりゅぅうううううっ!!」
鳥の雛の如く一斉に口を開く赤れいむと、潰されかけたさなえの上げる悲鳴が重なって良く聞き取れないが、聞きたい事は聞き出せた。
断片化された情報を統合しつつ、欠けた部分を推論で埋めていく。
「つまり、お前らは生まれたてで、原っぱを抜けた先にある段ボールを巣にしてんだな?で、そこにさなえも居る、と。
……あっちって、二丁目の空き地かな?そこを渡って来たって事は、どこかの家の裏手か隙間辺りに住み着いてるのか、こいつら?」
「れいみゅたちのおうちはかべしゃんがまもってりゅんじゃよ!」
「ねこしゃんもいぬしゃんもはいってきょれないゆっくちぷれいしゅだよ!」
「壁に囲まれてて犬猫も入って来れないっつうと……鬼意さんと愛出さんの間にある袋小路か。確かにあそこは盲点だわな」
聞きもしない事を口走る赤ゆ達が男の推論を補強する。大体の当たりを付けた男はやおら携帯を取り出し、登録された番号を呼び出す。
早朝にも拘らずコール一発で繋がった相手とごく短い言葉を交わし、携帯を切る。
そして電話の最中も悪態をつき続けた赤さなえと、親鳥に餌を強請る雛のように騒がしい赤れいむ達に向かい、告げた。
「もう良いや。お前ら、死ね」
「「「「………ゆ゛っ゛!?」」」」
突然の死刑宣告に固まる赤ゆ一同。それに構わず男は足を振りかぶり、赤れいむ達に向けて蹴りを繰り出した。
「ゆぎゃっ!!」「ぶびゃっ!!」「ゆびぃっ!?」
蹴りは狙い過たずに一列に並んでいた赤れいむの中央に陣取る二匹を粉砕し、右端の一匹の側面を擦る。
「ゆ゛っ゛ぎゃ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!でい゛びゅ゛の゛ぶり゛ぢぃ゛に゛ゃ゛お゛ぎゃ゛お゛ぎゃ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!」
「ゆ゛わ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!でい゛びゅ゛の゛ぎゃ゛わ゛い゛い゛い゛も゛う゛ぢょ゛ぎゃ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!?」
顔の端を翳めただけの筈だったそれは、赤れいむの頬から側頭部の大部分に至るまでを見事に抉り取る。
生まれたての状態で長距離を移動したため、皮が非常に脆くなっていたのだ。
明らかに致命傷な断面からどくどくと流れ出す餡子を見てパニックに陥る赤れいむ姉妹の頭上に影が差す。
最後に赤れいむ姉妹が見たものは、全然ゆっくりしていない靴底だった。
ぷちっと言う小さな音が、男の手の中に居る赤さなえに届く。
それが断末魔の定型詩すら吐く間もなく潰された姉達の末期であることを知り、赤さなえは口の端を歪ませて嘲笑った。
「ゆふふ、いいきみだよ!きゃわいくてきしょうしゅにゃしゃなえをびゃきゃにちたかりゃ、ゆっくちできにゃくなっちゃうんだよ!」
姉達の無惨な死に唾を吐き、赤さなえは未だ自分を掴み上げている男に命令を下す。
「いちゅまじぇつきゃんでりゅの!?しゃっしゃときゃわいくちぇきしょうしゅなさなえをおろちちぇね!
あとおねーしゃんをきょろちたしゃざいとばいしょうにあみゃあみゃをもってきちぇね!たくしゃんでいいよ!」
つい先刻嘲笑った姉の死。それをも利用して甘味を要求する赤さなえ。
男は凍えるような目でさなえを一瞥すると、きっぱりと宣言する。
「断る、お前も死ね」
「……ゆ゛っ゛!?」
再び固まる赤さなえ。しかし先程とは意味合いが微妙に異なる。
「どぼぢでぞんなごぢょいうのぉおおおおっ!?じゃなえはぎじょうじゅにゃんじゃよ!?どぐべぢゅなゆっぐぢにゃんぢゃよ!?」
ゆっくりは都合の悪い記憶を書き換え、自分に都合のいい事実を捏造して記憶をすり替えてしまう。
既にさなえの餡子脳内ではこの男は奴隷であり、先程の殺戮もさなえが命じて処刑させた事になっている。
とは言え、自分を殺しかけた、全然ゆっくり出来ない人間を、それも殺されかけた直後であるにも拘らず奴隷扱いするような真似、いくらゆっくりでも普通は有り得ない。
さなえは確かに特別だった。悪い意味で、だが。
「……希少種だろうと何だろうと、ゲスなゆっくりに価値なんか無ぇんだよ」
「しゃなえはげしゅじゃにゃいぃいいいいいっ!!!!」
さなえは泣き叫んだ。生まれる前から母に祝福され、通常種の姉達とは雲泥の差の扱いを受けて来た自分が、事もあろうにゲス呼ばわりされた事に対して。
ゲスとはゆっくり出来ないゆっくりに対する最上級の蔑称だ。決して希少種で特別な自分に向けられる言葉ではなかった。
「しゃなえはきしょうしゅにゃんだよ!?とくべちゅできゃわいいんだよ!?げしゅじゃないよ!!
しゃなえをげしゅよばわりしゅりゅげしゅにゃじじいはちねぇ!!!!」
ガッチリと掴まれた掌の中で必死にもがき、さなえはゲス呼ばわりした男に向かって吼える。
だが、さなえの言葉を聞いた男は呆れたように言葉を返した。
「馬鹿かお前。いいか、本当に可愛い奴は自分から可愛いなんて言わないんだよ。何も言わなくても、廻りが可愛いって言ってくれるからな。
自分で自分の事を可愛いだの特別だの言う奴は、自分でそう言わなきゃ誰も言ってくれないような奴なのさ」
「………ゆっ!?!?」
「なあ、お前は誰に可愛いって言われたんだ?誰に特別って言われたんだ?」
「しょ、しょれは、おきゃーしゃんが……」
「阿呆かお前。親にとって子供が可愛くて特別なのは万国共通だろうが。……じゃあ、父親はどうだったんだ?姉妹は?他に、お前を可愛いって言った奴が居るのか?」
「ゆっ………」
男の台詞に、さなえは生まれてからの、決して長くないゆん生を反芻する。
さなえが生まれた時、母親は「ゆっくりしたさなえだよ!かわいすぎるよ!」と言ってくれた。けれど、その目は笑ってなかった気がする。
父親は何も言わず、憔悴しきったお顔でさなえを一瞥しただけだった。姉達に至っては仇を見る目で睨み付けて来た。
さなえはそれを「ゆっくりしていないおねーちゃんが、ゆっくりしたさなえにぱるぱるしてる」と思っていたが、もしかしたらそれは醜いさなえを拒絶していたのだろうか?
だとしたら、さなえは自分が可愛いと思い込んでいる道化でしかない事になる。そしてその想像は、何故かとても正しいように思えた。
「……ちぎゃぁあああああうぅっつつつつっ!!!しゃなえはとくべちゅにゃんだぁあああ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!」
だからさなえはその想像を否定した。それを肯定してしまったら、さなえは決してゆっくり出来なくなってしまうから。
今まで自分が信じていたものが、ただの思い込みに過ぎない事を自覚してしまったら、さなえはきっとどうにかなってしまうだろう。
もっともそんな事、男にとってはどうでも良かった。さなえの行く末なぞ、最早一つしか有り得ないのだから。
「……矯正不可か。こりゃ、ペットショップでも買い取ってくれないな。……じゃあな」
言うが早いか、男はさなえを握った手を大きく振りかぶり、地面に向かって投げ付けた。
「おちょ………」ぱぁんっ!
小さな破裂音を残し、さなえはアスファルトの染みになった。
先に逝った姉達と同じく、末期の言葉すら残す間もない、至極あっさりとした末路だった。
「くっそ、朝からツイてないな……あぁ、またシューズが餡子塗れに……」
五日前と同じような台詞を吐きながら家の中に引っ込む男。
その後ろ姿が玄関に消えるのを見届けてから、れいむはゴミ袋の影から姿を現した。
「ゆぅ……また……おちびちゃんが………」
流石に二度目にもなると衝撃は薄い。
だからといって悲しくない訳ではないのだが、れいむは今度の子供達に対してさほど愛情を抱いていなかった。
そもそも赤さなえを望んだのは「希少種ならあまあまがもらえる」という理由だ。だからあまあま入手に失敗した今、赤さなえに対する評価は地の底に落ちている。
赤れいむ達はそれ以下の扱いだ。折角さなえと事に及んだと言うのに、さなえに似ずに生まれ落ちた愚図な子供達を可愛がる理由など何処にも無い。
結論として「あまあまももらえない、ぐずでげすなゆっくりできないちび」と言う感想に行き着いたれいむは溜め息を吐く。
何故、どうしてこうなった?何故、あまあまが貰えないのだろう?
しかしその答えはあの人間が教えてくれた。
(本当に可愛い奴は自分から可愛いなんて言わないんだよ。何も言わなくても、廻りが可愛いって言ってくれるからな)
成程、思い返してみればあの赤さなえは全然可愛くなかった。自分が希少種である事を鼻に掛け、姉や親たるれいむに暴言を吐くさなえを見ても、全くゆっくり出来なかった。
それは赤れいむ達も同様だった。しきりに「れいみゅのほうがゆっくちできりゅよ!」などとアピールして来たが、その表情はゆっくりしていたとは言い難かった。
そう考えれば最初の子供達が潰されたのも理解出来る。あの子供達もやたら騒がしくて、盛んに自分がゆっくり出来る子供である事を自慢していた。だから潰されたのだろう。
ならば、あまあまを貰えるゆっくりの条件とは自己アピールをしない控えめな希少種、と言う事になる。
「ゆっくりりかいしたよ!おうちにかえったらすぐさなえとすっきりーっ!するよ!こんどはちゃんとかわいいこにそだてるよ!」
二度の失敗と、尊い犠牲の末に辿り着いた答えである。れいむは餡子にしっかりとその答えを刻み付け、自分のゆっくりプレイスである段ボールハウスへ引き返す。
アスファルトに咲いた五つの染みを振り返ることは、やはり無かった。
れいむが手入れのされていない空き地の草むらに辿り着いた頃には、既に太陽は空高く昇りきっていた。
にんっしんっ期間中、れいむは碌なものを食べていない。さなえの狩りが凄まじく下手で、ご飯を全然集められなかったせいだ。
今日は生ゴミの回収日だったこともあって久しぶりの狩りに夢中になっているうち、気が付くとこんな時間になっていた。
「ゆっ!ひさしぶりのかりだったからむちゅうになっちゃったよ!……やくたたずのおっとをもつとれいむがくろうする……ゆっとっと、いけないいけない」
狩り下手なさなえに対する不満から、つい不幸のヒロインであることをアピールしそうになって慌てて口を塞ぐ。
「ほんとうにかわいそうなら、じぶんでかわいそうっていわないんだよ!だかられいむはそんなこといわないよ!
こんどのおちびちゃんにはそうおしえるよ!そうしたらきっとあまあまがもらえるよ!だからじじいはあまあまをよういしてね!たくさんでいいよ!」
この期に及んであまあまへの執着を見せる根性だけは評価するべきだろうか?
空き地に生えていた雑草を適当に引き抜き、おうちで留守番をしているさなえのお土産にする。子作りしか能の無い夫への、れいむのなけなしの愛情であった。
見るからに苦そうな草を口にくわえ、れいむは手入れのされていない空き地を突っ切って、建物と建物の僅かな隙間が作り出した袋小路の奥へ跳ねる。
「ゆっくりただいま!さなえ、いまからすっきりーっ!する………よ……?」
袋小路の突き当たり、そこには、何も無かった。
小さくとも立派な段ボールハウスも、ゆっくり出来ない雨かられいむを守ってくれたビニールも、ぬくぬくしたタオルも、お皿も、貯蔵庫も、何よりさなえも。
一切合切何もかもが奇麗さっぱり消え失せていた。
「………………………………どぼ、ぢで?」
れいむの口から草の束がこぼれ落ちる。その事にも気付けないほど、れいむは混乱の極地に陥っていた。
今朝まで、生まれたての子供達を引き連れてあの男の家に向かうまで、間違いなくれいむのおうちは此処にあった。
なのに、此処には何も無い。ここにあったはずのおうちは、そしてれいむのだんなさんは、幻のように消えてしまった。
「どぼぢででいぶのおうぢがなぐなっでるのぉおおおおおおおおおおおおっ!?」
誰も居ない路地裏に、れいむの叫びがこだました。
時間を少し、遡る。
「きゃわいきゅちぇきしょうしゅのしゃなえがゆっくちうみゃれるよ!」
「おちびちゃんたち、じゃまだよ!とくべつなおちびちゃんがうまれるんだから、さっさとどいてね!」
「「「「どおちちぇしょんにゃこちょいうのぉおおっ!?」」」」
れいむの額から伸びる茎、その根元に生っていた赤さなえが誕生を宣言するのを聞き、れいむは先に生まれていた赤れいむ達を陣取っていたタオルから追い払う。
生まれてすぐのご挨拶にさえ「うるさいよ!このごくつぶし!!」と言う罵声を返され、懸命に自分の可愛さをアピールしていた赤ゆ達は抵抗も出来ずにころころと追い払われる。
泣き叫ぶ我が子達を無視しながら、れいむは己の欲望を背負う赤さなえの為にタオルを敷き直してその瞬間を待つ。
柔らかいタオルが自分の真下に来た事を確認した赤さなえが身震いすると、茎に繋がるへたの部分から頭が外れて落下する。
ぽふんとタオルに落着した赤さなえは見るものを虜にする魅惑の微笑み(と思い込んでいるもの)を浮かべて産声代わりのご挨拶を叫ぶ。
「ゆっくちちていっちぇにぇ!」
「ゆっくりしていってね!……ゆぅうん、ゆっくりしててすごくかわいいよぉ………さすが、れいむのとくべつなおちびちゃんだね!」
「「「「ゆゆゆっ!?」」」」
れいむの言葉を聞いた赤れいむ達に衝撃が走る。
自分達のご挨拶には罵声しか返さなかった親が、あんな変な色をした妹にはお返事を返したばかりか事もあろうに「ゆっくりしてる」と言ったのだ。
あんなリボンも付けていない、緑色の髪に不気味なお飾りを付けた妹に!
「おきゃーしゃん!しょんにゃいもうちょよりれいみゅのほうがゆっくちちてりゅよぉ!」
驚愕はそのまま憎悪に、そして嫉妬に変わる。身を焦がす嫉妬に駆られた赤れいむの叫びに、母は残酷な一言を返した。
「うるさいよ!きしょうしゅじゃないおちびちゃんがゆっくりできるわけないでしょう!」
「「「「ゆ゛っ゛!?」」」」
「きしょうしゅじぇとくべちゅにゃしゃなえといっしょにしにゃいじぇね!ゆぷぷっ」
思っても見なかった母の言葉に硬直する赤れいむ達と、その様を見て嘲笑う赤さなえ。
赤れいむ達が口を噤んだのを見て満足したのか、れいむは赤さなえを頭に乗せて外へ向かう。
「さあ、いまからあまあまさんをもらいにいくよ!きしょうしゅでかわいい、とくべつなおちびちゃんをみたら、きっとじじいもめろめろだよ!」
「あみゃみゃさんはゆっくちできりゅよ!しゃなえはとくべちゅだきゃら、たくしゃんよういしちぇね!」
「ゆふふっ、たくさんもらおうね!……そっちのおちびちゃんもついてきてね!」
「ゆ……ゆゆゆっ!?」「むりじゃよぉ!?」「れいみゅ、うみゃれちゃばっきゃりなんじゃよ!?」「れいみゅもおきゃーしゃんにのせちぇよぉおおっ!?」
突然無茶振りされた赤れいむ達が一斉に騒ぎ出す。当たり前だ。
生まれたての赤ゆの肌は柔らかい。だがそれはゴムのような弾力やしなりを持たない、紙の如き脆さを持った柔らかさだ。
個体差はあれど、赤ゆのあんよが外出に耐えられる丈夫さを持つのは生後一週間前後、それまではおうちの中で親の庇護を受けつつ、大事に育てられる。
生まれた直後に外出を宣言するなど、死刑宣告を受けたも同然だ。いや、この場合は拷問と言うべきか。
それでも、赤れいむ達が上げる悲鳴にも似た抗議の声は母には届かない。
「なにいってるの!そんなあまえたおちびちゃんはれいむのおちびちゃんじゃないよ!だったられいむのおうちからでてってね!」
「「「「ゆびぃっ!?」」」」
甘えるも何もれいむの方が育児放棄しているのだが、この脅し文句は赤ゆ達には有効だった。
ただでさえゆっくり出来ていない現状である。この上、おうちを追い出されてしまったら待っているのは確実な死だ。
ならば少しでも生き残る確率が多い方を選ぶだろう。たとえそれが0.000000001%の確率だったとしても、0ではないのだから。
「わ……わきゃっちゃよ!」「れいみゅ、おきゃーしゃんのいうとおりにしゅりゅよ!」「ゆっくりおきゃーしゃんのあちょをついていくよ!」「……ゆぅ」
「ゆん、わかったならさっさといくよ!ついてこれなかったらおいていくからね!」
「きしょうしゅじゃにゃいおねーちゃんたちは、ほんちょうにゆっくちちてにゃいね!ゆぷぷ……」
母の罵声と妹の嘲笑に歯を食いしばり、赤れいむ達は屈辱に耐える。
そして赤ゆの歩行速度なぞ全く考慮していない早さで跳ねていくれいむを追い、赤れいむ達は死の行進を開始した。
「いちゃいっいいいいっ!!いししゃんいじわるしないじぇぇえええっ!!」
「ゆぎっ!?れいむのびゅーちふりゅにゃおきゃおがきれちゃぁああっ!!」
「まっちぇえええっ!れいみゅしょんにゃにはちれにゃいよぉおおおっ!!」
「ゆわぁあああんっ!どぼぢで……どぼぢでこんにゃこちょにぃ……………」
段ボールハウスの外から聞こえる騒音が徐々に遠くなって行く。
そして路地裏が本来の静けさを取り戻した頃、おうちの奥に臥せっていたさなえがゆっくりと這い出して来た。
「……ゆぅ………」
さなえはかつて「月刊ゆっくりの手帖」のグラビアに載った事もある程の美ゆっくりだった。だが、今のさなえを見たものは同じゆっくりだとは思わないだろう。
毎日手入れを欠かさなかったサラサラの髪は酷く汚れ、土気色と緑のまだら模様になっている。
見るものを魅了した瞳も濁っていたし柔らかくもちもちしていた肌がボロボロに荒れ、艶を失いくすみ切っていた。
そして何より目を引いたのは頬に大きく刻まれ、じくじくと餡子を滲ませる大きな傷だった。
こうなった原因は勿論れいむである。
にんっしんっしたれいむは子供を盾にさなえを狩りに行かせた。さなえの方も望まなかったとは言え自分の子供を見殺しにも出来ず、言われた通りに狩りに向かったのだが。
生まれながらの飼いゆである彼女には、野生の餌なぞ見分けが付かなかった。
ゆん生初の狩りから手ぶらで帰って来たさなえに、れいむはあらん限りの罵声と体当たりを浴びせた後、ある提案をした。
「あきちのくささんをたべてきてね!たくさんだよ!」
青臭く、苦い草を咀嚼する度に餡子を吐きそうになるのを「おちびちゃんのため」と堪え、限界まで膨れ上がったお腹を抱えて戻って来たさなえに、れいむはとんでもない命令を下した。
「さなえのほっぺたにあなをあけてね!れいむはそこからあんこさんをたべるよ!」
ゆっくりの食事とは減った餡子の補充のことだ。そのため草や虫、生ゴミなど食べられるものなら全て餡子に変える構造をしている。
逆に言えば、普段はとても食べないような苦い草であっても、ゆっくりの体を通せば極上のあまあまになるのだ。
とはいってもうんうんとして排出された餡子は食べられない。その為、れいむはさなえの体内から直接餡子を啜ろうとしたのだ。
れいむの恐ろしい提案に仰天したさなえは当然拒絶した。だが、れいむの説得と言う名の脅迫は逃げる事を許さなかった。
「このままじゃれいむがしんじゃうよ!そうしたらおちびちゃんもしんじゃうよ!さなえはおちびちゃんをころすつもりなの!?
そんなゆっくりはげすだよ!げすなゆっくりはいきてちゃいけないんだよ!そんなこともわからないなんて、さなえはばかなの?しぬの?」
子供を宿せば、その分多く食べて餡子を補充する必要がある。体内の餡子を赤ゆが吸い上げるため、放っておくと待っているのは死あるのみ。
母体が死ねば当然子供も道連れになる。子供を見捨てられない時点で、さなえには逃れる術なぞ残されていなかった。
自らコンクリートの角にぶつかって開けた穴から、命そのものである餡子を啜られる。捕食種もかくやと言わんばかりの光景は、それから三日三晩続いた。
そして四日目の今日、生まれた赤ちゃんは一度もさなえを顧みる事無く、あまあまとやらを貰いに行ってしまったのである。
さなえも金バッチの飼いゆっくりだ。人間さんが何を嫌がるのか、どんなゆっくりがゲスと呼ばれるのか、ゲスと呼ばれるゆっくりが何故嫌われるのかを良く知っていた。
先程の赤さなえの言動はどう贔屓目に見てもまともでは無い。その上、人間さんや他のゆっくりを見下している。もはや真性ゲス以外の何物でもない。
ゲスになりにくい筈の希少種たる赤さなえがああも見事にゲス化した理由、それも全てれいむが原因だった。
にんっしんっ中、れいむは胎教と称して一匹だけ生った赤さなえを甘やかし、鈴生りになった赤れいむ達を罵倒し続けた。
「ゆ~♪きしょうしゅのおちびちゃんはとってもゆっくりしているね♪おかーさんもはながたかいよ♪」
「それにひきかえ、ふつうのおちびちゃんはぜんぜんゆっくりできないね!
ほんとうならちゅうっぜつっしてるところだけど、とくべつなおちびちゃんまでしんじゃうからやめてあげるよ!かんしゃしてね!」
れいむの計画では赤さなえを大量に産み、あの人間からあまあまを搾れるだけ搾り取るつもりだった。
だが、いざにんっしんっに踏み切ってみれば、あの人間に潰された無能な姉達そっくりの赤ゆばかりで、肝心のさなえ種は一匹のみと言う体たらく。
期待も大きかっただけに落胆も激しく、積もる鬱憤を赤れいむ達に当たり散らして発散する。
生まれる前から贔屓される赤さなえと、謂れのない罵倒を受け続ける赤れいむ達。如何にゲス化しにくいとは言え、これ程の悪状況が赤さなえに影響を及ぼさない訳がない。
次第に赤さなえの餡子脳に「希少種=勝ち組」、「その他=負け組」の図式が焼き付けられて行く。
そしてその偏った思考は赤さなえに絶対的な選民思想を植え付け、己の事しか考えないゲスの下地を構築していたのだ。
さなえがれいむに従っていたのは、子供を盾にされていたからである。その子供がどうしようも無いゲスであった事実は、さなえの迷いを断ち切るのは充分であった。
結局れいむはさなえを一顧だにする事なく、あまあまを強奪すべく出て行ってしまった。
千載一遇の好機である。致死量ギリギリの餡子を数日に渡り吸われ続け、衰弱し切った体を引き摺り、さなえは段ボールハウスから逃げ出そうと行動を起こした。
「……ずーり………ずーり………ゆっ?あれは………?」
段ボールハウスの床に残されていたのは、先程まで赤さなえ達が生っていた茎だった。
呆れた事に、あまあまに気を取られるあまり、れいむは赤ゆ達に茎を喰わせる事を忘れてしまったらしい。親としてはあるまじき事だ。
しかし、この場において、いや、衰弱しきったさなえにとって、これは幸運であった。
ほのかに甘い香りを放つそれを、さなえは本能的に口へ運ぶ。
「む……むーしゃ……むーしゃ……し、ししししあわせぇえええええっ!!」
芳醇で味わい深い甘みの中にほろ苦さと渋味を併せ持つ、郷愁を誘うどこか懐かしい味に、さなえは思わず声を上げる。
躾けられたマナーも、それが赤ゆのご飯である事も頭から吹き飛んだ。まるでさなえ自身が生まれたての赤ゆであるかのように一心不乱に茎を貪る。
瞬く間に茎を食べ尽くし、一息つく。徐々にではあるが、さなえは衰弱した体に活力が戻って来るのを実感していた。
ゆっくりにとって茎とは離乳食であり、免疫を付ける為のワクチンでもある。その薬効は赤ゆだけではなく、実は成体のゆっくりにも効果があるのだ。
衰弱したさなえの体は抵抗力が著しく落ち、様々な微生物に蝕まれていた。それがさなえを苦しめ、更なる抵抗力の低下を促すという堂々巡りに陥れた。
茎の力で回復したとはいえ、数日間に渡って啜られた餡子を埋めるほどではなかったし、跳ねて移動できるほど体力も回復していない。
しかしこのまま留まっていては、折角の逃げ出すチャンスを失う事になる。
悩んだ末、さなえは体力を回復させる事を優先した。れいむ達が帰ってこない事を祈りながら、さなえは目を閉じた。
それから暫く経った頃。ふと、段ボールハウスの外から聞こえる人間の声に、さなえは目を覚ました。
「……おい、ここだ。あれがそうじゃないのか?」
「多分そうだな。成程、三方を壁に囲まれてるから多少騒ぎ立てても気付かれないし、猫や犬も入りにくい。上手く考えたもんだな」
「でも、通報ではれいむ種だったんだろ?子持ちのゲスでれいむって言ったら、十中八九でいぶで決まりだ。そんな知能あるのか?」
「……元々は違う奴の巣だったんじゃないか?まりさかぱちゅりー辺りの。番になって愛想を尽かされたか、難癖付けて乗っ取ったかしたんだろうさ」
「……最悪だな。まあ、でいぶだしなぁ」
声からして二人居るようだ。さなえは助けを求めようとして、口を噤んだ。
今のさなえには飼いゆの証明たるバッジが無い。バッジの付いていたお洋服はビリビリに破かれ、れいむのうんうん拭きにされてしまっている。
すなわち現状において、さなえはそこらの野良と変わりない。そして野良ゆの扱いは悲惨の一言に尽きる。害獣として駆除される事だってあるのだ。
飼いゆを虐待する事に血道を上げる人間さんすら居るのに、野良ゆ同然に落ちぶれたさなえを助けてくれる奇特な人間さんが都合良く現れる筈がない。
さなえは息を殺し、人間さんをやり過ごす事にした。
だが、そんな事はおかまい無しに二人組の声は近付いてくる。
「しっかし、どうして今まで見つからなかったんだ?気付かれにくいっつっても、こうも丸見えなら解りそうなもんだが」
「見ろよ、入口付近だけ草が生えてない。周りの草の生え方からして、ここも草で覆われていたんだ」
「……けっかいって奴か?」
「多分な。……元々住んでた奴はそこそこ知能が高かったんだろう。出入り口が草で隠されていたから、ここを選んだんだ。
で、乗っ取った方はそんな事おかまい無しに草を貪り尽くして、こうして丸見えの巣に変えちまった、と言う訳さ」
「……阿呆だな」
「油断するなよ?ここのでいぶがたまたま馬鹿やっただけだ。でいぶに限らず、ゲス気質のある奴は悪知恵だけは働くからな。
誘拐した飼いゆをゆん質に取って色々要求して来た事例の事、知らない訳じゃないだろう?」
「……ここの奴も、ゆん質を取ってくるかもしれないってことか」
「可能性があるってだけだがな。とにかく、まずはあの巣を引きずり出そう。話はそれからだ」
「OK、そっちは任せた。折角の新装備だ、反抗する間もなく逝かせてやんよ」
声が段々近くなってくる。それに焦りながら、見つからないように息を潜めて身を竦ませるさなえ。
次の瞬間、段ボールハウスに激震が走った。ぐらぐら揺れるおうちにさなえが悲鳴を押し殺す。
揺れは収まるどころか、何かを引き摺るような音と共に増々酷くなっていく。それに気付いたさなえは何が起きているのかを理解した。
(も……もしかして……おうちごと、ひっぱりだされているの?)
慌てて逃げ出そうとするが、音や揺れから察するに段ボールハウスの出入り口方向に引っ張られているらしい。
ならは、今出て行ってもそこで待ち構えている人間さんと鉢合わせするだけだ。反対方向を蹴破って行こうにも、さなえの体力はそこまで回復していない。
そもそもこのおうちのあった場所は袋小路、逃げ場所など何処にも無い。つまり、完全に詰んでいるのだ。
がたがた震えながら、逃げ場のない恐怖に怯えるさなえ。そして入口を塞いでいたビニールが捲られた瞬間、さなえの忍耐は決壊した。
「ゆんやぁああああああああああああっ!!たすけてぇえええええええっ!!おねぇさぁああああああ゛あ゛あ゛ん゛!!!」
届かないと解っていても、さなえは飼い主に助けを求める。絆たるお洋服が無くなっても、さなえにとって飼い主は特別で大切な存在だった。
「うわっ!?……いたぞ!さなえだ!!他は居ない!!」
「よし、確保!!」
さなえが挙げた悲鳴に臆する事なく、段ボールハウスの中に大きな手が伸びる。避ける事も、逃げる事も出来ずにさなえは鷲掴みにされて引き摺り出された。
そこに居たのは喪服のような黒いスーツに身を包んだ二人の男。喪服と違うのはネクタイの柄と、左腕に付けられた腕章の色だった。
「バッジは?……付いてないな。確か服を着せていたらしいから、そっちの方に付いてるのか?」
さなえを掴み出した男がお飾りを検分し、バッジが付いていない事を確認する。その台詞を受け、もう一人の男が段ボールハウスを逆さに振った。
乾いたプラスチックのお皿、薄汚れたタオル、空っぽの発泡スチロールの箱、餡子塗れの布切れに混じって落ちてくる、金色に光る小さなバッジ。
素早く拾い上げ、こびり付いた餡子……れいむのうんうんを拭き取って、パッジに印刷されたバーコードをリーダーで読み取り、そこに表示された番号を照合する。
「……間違いない!捜索願いの出ていたさなえだ!」
「本当か!?……これでようやくあのおばちゃんのヒスを聞かなくて済むのか……」
「そう言うなよ。確かにあのおばちゃんはアレだが、飼い主の娘さんはまともだったろう?」
「……良く出来た娘さんだったよなぁ………確か………さん、だったよな?」
愚痴混じりの男達の会話、その中に自分に取って大事な固有名詞を聞きつけたさなえが慌てて確認する。
「ゆっ!?お、おねえさんのこと、しってるんですか!?」
「ん?あ、ああ。飼っているさなえが行方不明になったんで探して欲しいって、直接市役所の方に来たのさ」
「しやくしょ?……!、まさか、おにーさんたちは「こうあん」ですか!?」
「お、良く知ってるな。その通り、俺たちは「公餡」だよ」
さなえが驚くのも無理は無い。話だけは聞いていた市役所の対ゆっくり活動のエキスパート達が、目の前に居るのだから。
公共生活環境課、餡子生物対策班。通称「公餡」。年々増加して行くゆ害を解決すべく設けられた、新設の部署である。
その業務は幅広く、ゆっくりの駆除から行方不明になった飼いゆの捜索まで、二十四時間体勢で対応しているのだ。
黄色地に緑で力強くプリントされた「公餡」の文字を呆然と見やるさなえだが、ふと気になった事を聞く。
「で、でも、どうしてさなえのいばしょがわかったんですか?」
「通報があったのさ。さなえを誘拐した野良ゆが居たってな。最近行方不明になったさなえはお前さんだけだったし、これは当りかなと思ってたんだが……
見事ビンゴ!って訳だ。……ああ、安心して良いぞ。れいむなら通報した市民が制裁したらしいから、お前さんが仕返しされる事は無いよ」
「……おいおい、無駄口叩いてないで事後処理ぐらい手伝えよ」
二人組の片割れがさなえと話し込んでいる間、段ボールハウスやら小物やらをゴミ袋に詰め込んでいた男が呆れた風に声をかける。
「おお、済まん……って、大体終わってるじゃないか」
「まだ忌避剤の散布が残ってるよ。お前さんご自慢の新装備なんだろ?」
「いや、忌避剤は違うんだが……新装備はこっち、13mmジョロキア炸裂弾頭装填済みエアガンの方で……」
「んなもん唐辛子で苦しむ前に破裂すんだろうが!後片付けの面倒なもん作るなよ!!ほらさっさと忌避剤撒いとけ!!」
「はいはい解ったよ……んじゃ、お前さんは下がってな。万が一、お前さんに掛かっちまったら大変な事になるからな」
その言葉に従い、さなえが充分な距離を置いた事を確認した男は懐から大型の霧吹きを取り出した。
園芸用のありふれたものだったが、唯一違う点はれいむ種のリボンがタンクに沈んでいたことだろうか。
僅かに赤褐色に濁る液体を袋小路に満遍なく吹き付けていく。距離を置いているにも拘らず漂う臭気に、思わずさなえの顔が青くなった辺りでようやく散布が終わった。
「ふう、こんだけ撒いときゃ大丈夫だろう」
「……今度はどんなブレンドにしたんだ?見ろ、さなえが怯えてるぞ」
「ふっふっふ、聞きたいか?」
「いや別に」
「どぼじでぞんなごどいうのぉ!?」
「お前の説明、無駄に長いし。ほら終わったんならさっさと帰るぞ。さなえを忘れんなよ」
雑談を交わしながら撤収する二人と一匹。さなえが数日に渡って監禁された牢獄のあった場所には、何も残されていなかった。
余談ではあるが、保護されたさなえは無事飼い主の元に帰されたものの、外出を極端に怖れるようになって一歩も外に出ようとしなくなったそうだ。
また、れいむ種に対して異常な敵意を持つようになり、れいむ種を見掛けると「ぜったいにゆるさなえ」などと叫びながら襲い掛かるようになってしまったと言う。
れいむが帰宅するまでの間、この袋小路で起きた幾つかの出来事を知る術は無い。
しかし、「おうちが奇麗さっぱり消え失せた」という結果だけは確実にれいむの目の前に広がっていた。
「おうちが!れいむのゆっくりしたおうちが!いじわるしないででてきてねぇえええええっ!!」
あまりの事に半狂乱になりながら、段ボールハウスのあった辺りに駆け寄るれいむのあんよがピタリと止まる。
感じるのは匂い。全身が総毛立つ、ゆっくり出来ない匂い。今朝、子供の死体から立ち上っていた匂い。
「い……い……………」
れいむの全身に鳥肌が立つ。どっと冷や汗が吹き出す。目をカッと見開き、れいむは絶叫した。
「いやじゃぁああああああっ!!どぼぢで!どぼじでゆっぐぢできないのぉおおおおおおおおお゛お゛お゛お゛っ゛!?」
れいむが取り乱した匂いの正体、それは死臭だった。
公餡が吹き付けて行った液体の正体、それは死臭の染み込んだお飾りを漬け込んだ水だったのである。
ゆっくりの死臭はゆっくりにしか嗅ぎ分ける事が出来ない。人間や他の動物には全く影響しないのだ。
それを応用して作り出された、忌避剤と命名されたこの液体。これを吹き付けてゆっくりを追い払い、再度住み着く事を防ぐ公餡の正式装備だった。
効果のほどは、今現在のれいむの状況を見れば一目瞭然だろう。
「ゆ゛っ゛!ゆ゛っ゛!!ゆ゛げぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛っ゛!!!」
餡子を吐いてのたうち回る。まるで猛毒でも打ち込まれたような有様だが、ゆっくりにとってはどちらも変わりない。
しかもこの忌避剤、公餡の正式装備のものに、拷問されたゆっくりのうんうんを溶かしてある特別製だ。
ゆっくりはゆっくり出来ない記憶をうんうんとして排除する。その記憶が酷ければ酷いほど、ゆっくりが感じる臭気は強くなる。
うんうんを「ゆっくりできない」と敬遠するのはその所為なのだ。
拷問という生き地獄の記憶を封じたうんうんなら、その臭気は想像を絶する。
腐乱死体を大量に放り込んだ肥だめに浸かるに等しい、と言えばその苦痛が理解できるだろうか。
「ぼう゛や゛じゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!お゛う゛ぢがえ゛る゛ぅ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛っ゛!!」
涙と餡子を靡かせて、れいむは一目散にその場から逃げ出した。帰るべき「おうち」は、もうどこにも無いと言うのに。
空き地を突っ切り、住宅街を走り抜け、ただただ闇雲に駆け続ける。周囲に夕闇が迫る頃、れいむはようやく走るのを止めた。
「ゆはーっ、ゆはーっ……ゆっ、どうしてこんなことにぃ……」
ぽたぽたと汗と涙を零しつつ、れいむは己の不遇を呪う。
どうしてこうなった?何故、誰もれいむに優しくしてくれないのか?
「れいむはしんぐるまざーだったんだよ!かわいそうなんだよ!だからゆっくりさせ……ろ…………?」
お定まりの台詞、自分か如何に可哀想なのかを語ろうとして、れいむは固まった。
気付いてしまったのだ。自分が何を言おうとしたのか、それが一体何を意味するのかを。
(本当に可愛い奴は自分から可愛いなんて言わないんだよ。何も言わなくても、廻りが可愛いって言ってくれるからな)
あの人間の言葉、普段ならすぐ忘れてしまうであろうそれに、れいむは確かに共感した。それが正しいと思ってしまった。
嫌な事、苦痛の記憶はすぐ忘れてしまうのがゆっくりだ。記憶を都合良くすり替え、自分が絶対に正しいと思い込む、それがゆっくりなのだ。
しかし「あまあまがほしい」と言う欲望の為に我が子さえ道具にしたれいむは、男の言葉をその為の手段としてしっかり餡子脳に焼き付けた。
元々欲望に忠実な生き物だ。欲望に忠実であるが故に、欲望を叶える為の言葉を忘れる事は出来ない。
だが、その言葉はこの現状を招いたのが誰なのかを突付ける諸刃の刃となって、れいむ自身に突き刺さった。
「……………れいむがほんとうにかわいそうなら……………れいむはこんなこといわないよ………………」
そうだ、れいむが本当に可哀想なしんぐるまざーだったなら、何も言わなくても優しくされていた筈だ。
可哀想だから優しくしろ、などと言う脅迫じみた要求を出していた時点で、れいむは可哀想なんかじゃなくなっていた。
れいむは、自分で自分を可哀想だと、自分で自分を可愛いと呼んだ。ゆっくり出来ない赤ゆ達と同じ事を、れいむは確かに言ったのだ。
自分の赤ゆ達がれいむに向かってそんな事を言って来たら、彼女は絶対せいっさいっに走っていただろう。
あの男はそれと同じ事をしただけ、れいむをせいっさいっしただけなのだ。
と、言う事は……………全ては、れいむの所為と言う事になる。
「ゆ……ゆ……ゆゆゆっ!」
違うと思いたかった。何かの間違いだと思いたかった。自分は何も悪くない、悪いのはれいむをゆっくりさせないゲス達だと、そう信じたかった。
けれど、れいむはもう信じる事が出来ない。それを否定すれば折角見えたあまあまへの道は閉ざされる。でも肯定すれば、れいむは自分がゲスであると認める事になる。
欲望と願望の二律背反。どちらも捨て去る事の出来ないものである以上、れいむはこの矛盾から逃れられない。
「ゆゆっゆゆゆゆゆっゆゆゆゆゆゆっゆゆゆゆゆゆ~ゆゆゆゆゆゆっゆゆ…………………………」
忘れる事も出来ず、曲解する事も出来ない。れいむの思考は堂々巡りに陥った。
それからどれくらい経ったのか。とっぷりと夜が更けてもなお、れいむは未だぐるぐる回る思考に囚われていた。
日差しを失って急激に下がった体温も、食事をとらなかったせいで空腹を訴えてくるお腹も、れいむを正気に戻す事は出来なかった。
当然と言えば当然の事だ。れいむを縛っているのはれいむ自身なのだから、自分で答えを見つけ出さない限り呪縛はほどけない。
そう、「自分自身」では無理なのだ。だから背後から聞き覚えのある声がかけられるまで、れいむは身動き一つ取れなかった。
「……ゆ?だれ?…………ゆゆゆっ!れいむ!?!?」「おきゃーしゃん!?」「……ゆゆっ!?」
れいむの記憶をくすぐる懐かしい声に、れいむが急いで振り返る。そこには一匹のまりさと、二匹の赤まりさが居た。それを見たれいむの目が見開かれる。
忘れる筈も無い、皺一つ入ってない混じりっ気無しの真っ黒な帽子に、少しだけ先端の折れている青みがかった帽子、そしてちょっとだけグレーの混じったフリルの多い帽子。
白い花のお飾りが余計だったが間違いない、そこに居たのは紛れも無く半月ほど前に失踪した番のまりさと、二人の子供だった。
「ば……ばでぃざぁああああっ!!」
この瞬間、れいむは後夫のさなえと、さなえとの間に生まれた赤ゆ達を記憶の外に追いやった。
(れいむがゆっくり出来なくなってしまったのは、まりさが子供を連れて出て行ったせいでしんぐるまざーになってしまったから)
恐るべき勢いで事実とは程遠い虚構の記憶をでっち上げ、現実とすり合わせて行く。
(れいむは謙虚だから自分を可哀想だとは思わないけれど、そんな健気なれいむの近況を知ったまりさが反省して助けに来てくれた)
先程まで苦しんでいた矛盾すら都合良く組み合わせ、自分の立場を作り上げて行く。
(れいむの子供は死んじゃったけど、まりさが連れ出した子供達は無事だから、この子達を教育しよう。れいむと同じ、可愛いゆっくりにする為に)
それは何処までも都合のいい、何処までも己を甘やかす、独善的なゆっくり特有の思考。
(そうすれば、今度こそあまあまを貰ってゆっくり出来る筈だから)
この期に及んでまだ見せるあまあまへの執着が、現実とは程遠い真実を作り上げ、れいむをゆっくりさせようとする。
自分で矛盾を解決できなかったれいむが、まりさという外部要素を得て、彼女を軸に状況の再構築を図ったのだ。
それはゆっくりとしては当然の思考。ゆっくりするためになら都合良く記憶を作り替えてしまう、それがゆっくりなのだから。
もっとも……
「「「こっちくるなぁああああああっ!!」」」
「ゆ゛っ゛!?!?」
それが他のゆっくりに理解されるかというのは、別の話なのが。
感極まって駆け寄ろうとしたれいむに、まりさ達が激しい拒絶の言葉を叩き付けたように。
「ど………どうしたの?まりさ……おちびちゃん……れいむだよ?まりさの、れいむだよ?わかるでしょう?」
「そんなことはしってるんだぜ!まりさたちになにをしたのか、もうわすれたんだぜ!?」「「しょーだ!しょーだ!!」」
想定外の反応に、れいむが激しく動揺しながら自分の事をアピールする。まりさ達が自分の事を忘れてしまったのでは?と考えたからだ。
しかし、まりさ達はれいむの事を覚えていた。覚えていた上で、れいむを拒絶したのだ。
れいむに受けた仕打ちの全てを覚えていたから、忘れたくても忘れられないから、拒絶したのだ。
「まいにちまいにち、まりさがとってきたごはんをれいむたちだけでひとりじめして!まりさたちだっておなかがすいていたのに!」
「れ……れいむは、こそだてでつかれてて………」
「なにがこそだてだ!まりさにのおちびちゃんをいくじほうきしていたくせに!」
「そ……それは……れいむにのおちびちゃんを、いじめるげすだったから………」
「まりしゃはいじめてにゃんかにゃいよ!いっちょにあちょんでいただけじゃよ!」
「で……でも、おちびちゃんはそういって………」
「れいみゅちゃちのいうこちょしきゃ、ききゃなかっちゃくしぇに!」
「だ……だって、まりさたちが、ゆっくりできなかったから……」
「ゆっくりできなかったのはせいだぜぇええええっ!!!!」
「「ゆっくちできにゃいおきゃーしゃんはゆっくちちないでちね!ぷきゅーっ!!」」
れいむは訳が解らなかった。
自分を助けに来てくれた筈のまりさ達からの冷たい拒絶。おちびちゃんに至ってはぷくーっ!までしてれいむを拒む。
もしかするとまりさ達はゲスで、れいむをゆっくりさせないために来たのか?
そんな考えが一瞬浮かぶ。だが、れいむはそれにすら縋る事が出来なかった。
今まで、自分がやって来た事を思い返してみる。
もし、赤さなえをちゃんと教育できていたなら、今頃親子であまあまに舌鼓を打っていたのではないか?
もし、赤れいむ達もきちんと教育できていたなら、あまあまだってたくさん貰えていたのではないか?
もし、バイゆグラに頼らずさなえと円満な家庭を築けていたなら、おうちで一緒にあまあまを食べていたのではないか?
もし、最初のおちびちゃんをゆっくり出来る子に育てていたなら、おちびちゃん達とあまあまに囲まれてゆっくり出来たのではないか?
いや、そもそも………先の番だったまりさにもっと優しくしていたなら、こんなに苦しむ事も無かったのではないだろうか?
あの空き地でまりさと出会い、瞬く間に恋に落ち、ゆっくりした子供を授かったあの日、れいむはまりさに何と言っただろう?
「れいむはおかーさんになるんだよ!だからこれっぽっちじゃたりないよ!まりさはれいむがかわいそうだとおもわないの!?
かわいいれいむをゆっくりさせないまりさなんか、れいむのおっとじゃないよ!わかったらゆっくりしないでごはんをあつめてきてね!たくさんでいいよ!!」
れいむ似の子供達が転んで怪我をした時、れいむはまりさ似の子供達に何と言っただろう?
「れいむにのかわいいおちびちゃんをいじめるなんて、ぐずなおとーさんにのおちびちゃんはやっぱりぐずなんだね!!
れいむはぐずはきらいだよ!!ぐずなおちびちゃんにあげるごはんなんてないからね!!これはぜんぶれいむとかわいいおちびちゃんがたべるよ!!」
でっち上げたばかりの偽の記憶が綻び始める。元々無理のある設定だったうえに、れいむ自身が疑い始めた以上、それを維持できる筈がない。
まりさは言った。「ゆっくりできなかったのは、れいむのせい」だと。
れいむがゆっくりさせなかったから、まりさ達は出て行った。ならば、れいむはまりさをゆっくりさせないゲスということになる。
れいむがゲスだったから、おちびちゃんが死に、さなえが去り、おうちを失い、あまあまも貰えなかったのではないか?
先刻までれいむを縛り付けていた矛盾が再び餡子脳を回り始める。いきなり黙り込んだれいむを見たまりさ親子は、それを勝利の証と捉えた。
「ゆぁあああああん?なにをだまりこんでいるんだぜぇ?いまさらあやまったって、おそいんだぜぇ?まりささまをゆっくりさせなかったつみはおもいんだぜぇ?」
「よきゅもきゃわいいまりしゃをげしゅっちぇよんじゃね?ゆっくちできにゃいおきゃーしゃんこしょげすじゃなーい♪」
「きゃわいいまりしゃをゆっくちしゃしぇないかりゃこんなこちょになりゅんだよ!おお、あわりぇあわりぇ!げらげらげら………」
厭らしい目つきで斜めに体を捻り、覗き込むようにれいむをねめつけながら因縁をつけるまりさ。
歌うように節をつけてれいむの事を小馬鹿にする子まりさと、れいむを見下し切って嘲笑する子まりさ。
その姿は決してゆっくりしたものではない。見下され、馬鹿にされている事を除いてもなお、醜悪な姿だとれいむは思った。
だけど、その姿にれいむは思い当たるものがある。
そう、あの子供達に、あまあまを貰いに行って皆殺しにされた子供達の姿に、そして自分自身の姿に重なって見えたのだ。
醜悪で、身勝手で、図々しい、ゆっくり出来ないその姿が。
(……ああ、そうか。だから、れいむたちは……)
不意に餡子脳に閃く答え。そしてれいむは、未だ罵詈雑言を撒き散らすまりさ親子に向かって一歩踏み出した。
翌日の早朝。
珍しく二日続けて早起きしたことでテンションが上がり、「よーし、今日こそジョギングでもすっか!」と玄関を開けた男が見たものは、
「……なんだこれ?」
二つの黒い染みと、ぼろぼろのゆっくり二匹だった。
近付いて良く観察してみる。
遠くからだと染みにしか見えなかったそれは、よく見れば金髪に黒い帽子を着けたまりさ種の子供であった。
一匹は仰向けで全身が扁平に潰れており、もう一匹は少し離れてうつ伏せになって体の半分を潰され、口から餡子を打ち撒けて果てていた。
そして少し離れた所に転がっているのは、へし折れた割り箸を口に銜えて全身に無数の傷痕を刻んだ成体のれいむとまりさだった。
まりさは帽子を失い、後頭部に深い裂傷を負っていた。
ほぼ無傷の帽子がすぐそばに転がってる所から察するに、帽子を跳ね飛ばされ、拾い上げようと振り返った瞬間に背中を滅多刺しにされたのだろう。
状況から見て一緒に転がっているれいむがやったのだろうが、その隙を作るまでどれだけ戦っていたのか、想像できないほどれいむの姿は酷かった。
まず、お飾りが無かった。それ所か、ゆっくりの大部分を覆うはずの髪の毛がごっそり消えていた。
所々に空いている穴から察するに、力任せに引き抜かれたのだろう。その際に皮も一緒に捲れて穴が空いたのだ。
右目が無かった。目玉が破裂したらしく、タピオカのようなゼラチン質の何かが眼窩から溢れている。
れいむの特徴であるリボンがあった後頭部は抉られるように消えていた。よく見れば歯形のような跡がある。リボンごと喰われたのだろうか?
あにゃるだかまむまむだかがあった部分には引き裂かれて出来た穴が空いていた。ご丁寧に刺してから抉ったらしく、広がりきった穴から未だに出餡している。
腫れ上がった体のあちこちが鬱血したように赤黒く変色していた。丁度、試合後のボクサーの顔を取り外せばこんな感じになるのかも知れない。
「……もしかして、せいっさいって奴か?」
ゆっくり殺しはゆっくりにとっての禁忌だが、例外もある。
ゆっくりをゆっくりさせないものに対して、彼女らは決して容赦しない。それは同じゆっくりであっても同様だった。
なによりゆっくりしている事が至上の彼女達に取って、ゆっくりしていないものはそれだけで罪であり、状況によってはゆん権すら剥奪される。
そうやって大義名分を得て自分や家族、あるいは仲間達に危害を及ぼしたゆっくりを生贄にして執拗に苦しめ、その様を嘲笑って見下す事でゆっくりしようとする。
それがせいっさいっと呼ばれる行為だった。
「まったく、ゆっくりって奴はよぉ……人ん家で何やってんだよ。後片付けぐらいして行けよなぁ……」
しかし、人間にとっては実に迷惑千万な話である。
制裁中のゆっくりが上げる悲鳴、それを囲んでゲラゲラ笑うゆっくり共、後に残される死体。
騒音公害に路上へのゴミ放置、軽犯罪法や市の景観保全条例違反のオンパレードだ。
これが現行犯なら公餡へ通報するか、バットでも持って叩き潰しに行っているだろうが、生憎全て終わってしまっている。
残された死体はただのゴミだ。ゴミの処理までは流石に公餡の管轄外であるから、それを発見した市民の裁量に任される。
犬猫の死体とは違い、死んだゆっくりは大きい饅頭にしか過ぎないので普通に生ゴミに出せば済む。
わざわざゆっくり如きに税金をかける事もあるまい、と役所と市民が妥協した結果であった。
「やれやれ……ん?コイツは………」
溜息を吐きつつ、ゴミ袋を取りに戻りかけた男がふと立ち止まる。死体のそばに転がる帽子、それに刺してある白い花に見覚えがあったからだ。
それは紛れも無く、町外れの空き地に居を構えていたまりさ親子であった。
「ふむ……まあ、一応な」
そう言い残して一旦家に引き返す男。暫くして玄関から現れたとき、その手には生ゴミ用の袋とオレンジジュースのパックがあった。
完全に潰れてしまった子供達は無視して、とりあえずまだ形を残している親まりさの方にオレンジジュースを浴びせる。
「………ゆ゛………ゆ゛ゆ゛ゆ゛っ゛!」
オレンジジュースの恩恵か、それともゆっくりの生命力の賜物か、死体にしか見えなかったまりさが息を吹き返す。
弱々しく震えながら目を開くまりさ。そして目の前に立つ男よりも先に、まりさはあるものを見つけてしまった。
「ゆ゛っ゛……れ゛ぇ゛え゛え゛え゛い゛ぶぅ゛う゛う゛う゛う゛う゛っ゛!!!!」
そう、ズタボロの死体と化したれいむの姿を。
次の瞬間、まりさの口から飛び出して来たのは、普段の彼女からは想像もつかないような口汚い罵声であった。
「よくも!よくもまりささまのくろしんじゅのようにえれがんとなおぼうしと!せかいがしっとするびゅーてぃーなきんぱつさんをけがしたなぁああああああああっ!!!!
ぜったいにゆるさないんだぜ!!ぜんしんなますにきりきざんで、くるしんでくるしんでくるしみぬいて、ゆっくりゆっくりゆぅうううううっくり、じわじわとなぶりごろしにしてやるのぜぇ!!」
それはどれ程の恨みだったのだろうか。
血の涙を流さんばかりにれいむの死体を睨み付け、口汚く罵りながらも未だ完全復調とは程遠いはずの体を引き摺り、れいむににじり寄る姿は鬼か修羅の如し。
すぐ傍にいる男のことなぞ目に入らない有様で、まりさはれいむを罵倒し続ける。
「このくず!げすのぶんざいでまりささまにさからおうなんて、とんだげすゆっくりなんだぜ!!ちょうどいいからどれいのにんげんにせいっさいっしてもらうんだぜ!!
まりささまのゆっくりしたきゅーとなえんぎでめろめろだから、めいれいすればなんでもきいてくれるのぜ!!ゆへへっ、いいきみなんだぜ!!」
次第に聞き捨てならない台詞が混じってくるまりさの罵声だが、それを聞いたはずの男は顔色一つ変えないまま、まりさの独演会を静聴している。
「まったく!ばかなにんげんをだますなんてちょろいんだぜ!ちょっとへりくだってみせればいちころだったんだぜ!!すべてはまりささまのずのうのしょうりなんだぜ!!
……なのに、このげす!まりささまのかんっぺきっなさくせんのじゃまだったからわざわざりこんっしたのに!なんでまりささまのじゃまをするんだぜ!!」
段々自慢なのか罵声なのか解らなくなってくる。
流石に付き合い切れなくなったのだろう、それまで沈黙していた男が口を開く。
「……それがお前の本性か」
「ゆっ!?……どぼぢでにんげんざんがごごにいるんだぜぇえええっ!?」
「……先刻からいたんだがな………」
予想外の人間の登場に、まりさは慌てふためく。
彼女が言うところの「完璧な作戦」を人間に知られてしまったら、自分の命は無い事を良く理解していたためだ。
一年程前、ある野良ゆが飼いゆをゆん質に取ってあまあまやらおうちやらを要求した事があった。
まりさはその犯ゆだった番の子供である。碌にご飯も食べさせられなかった我が子に、せめてゆっくりして欲しいと願う親心からの犯行だった。
だがその目論みは、当時新設されたばかりの公餡の投入により脆くも崩れ去った。
かろうじて子供だったまりさだけは逃げ出したものの、両親と姉妹合わせて七匹が帰らぬゆっくりになり、ゆっくりの間に「公餡」の名が恐怖と共に刻まれる切っ掛けになったのである。
その後、まりさはあちこちを彷徨い、人間に楯突くゆっくりの末路を沢山見て来た。
人間のおうちに忍び込んで「おうち宣言」を行い、虐待の果てに苦しみ抜いて死んで逝ったまりさ一家。
人間が大勢行き交う大通りでおうたを歌い、潰されてゴミ箱に投げ込まれたれいむとその子供達。
人間が育てたお花を横取りして、生き埋めにされて肥料になったちぇんとありすの番。
人間が捨てた生ゴミをあさって散らかし、収集車に生きたまま放り込まれたみょんの一党。
人間が整備した公園を我が物顔で乗っ取り、公餡に一斉駆除されたぱちゅりーの群れ。
やがて全く人間の手が入っていない空き地と、伸び放題の草に隠された人気の無い袋小路を発見したまりさはそこにおうちを作って住み着くようになった。
積極的に関わろうとしなければ、人間もゆっくりに関心を持たない。人間との力の差に気付いたまりさは、ゆっくりとしては懸命な部類だったのだろう。
けれど、まりさは決して善良な個体ではなかった。幼い頃からゆっくりとも人間とも関わりを持たなかったために、まりさのゆん格は歪み切っていたのだ。
「ゆっ!あのまりさがころされてるあいだにごはんをもらってとんずらするぜ!」
「ゆっ!れいむがつぶされたんだぜ!あきかんのなかみはぜんぶもらうんだぜ!」
「ゆっ!ちょうどいいのぜ、あそこのちぇんたちにつみをなすりつけるんだぜ!」
「ゆっ!みょんとにんげんがいなくなったんだぜ!のこったごはんはもらった!」
「ゆっ!こうえんのむれがくじょされたのぜ!いまのうちにかりをするんだぜ!」
同じゆっくりを犠牲にして、まりさは生き延びた。そのまま誰とも関わらなければ、ゲスとは言えゆっくり過ごせたのかも知れない。
実際まりさはゆっくりしていた。他のゆっくりが人間の街というアウェーでゆっくり出来ずに生きているのを尻目に、ゆっくりと日々を過ごしていた。
そこに、目を付けられた。
「ああああああっ!れぇえええいぶぅうううううううっ!!!!!」
「ゆっほぉおおおおおおおおっ!!」
突然現れたれいむに怪しい茸を食わされたまりさはそのまますっきりーっ!してしまい、合計八匹もの大家族を抱える羽目になってしまった。
逃げ出しても良かったが、やはり自分の子供は可愛いもの。まして子供の頃から孤独に生きて来たまりさである。ようやく手に入れた家族の団欒は手放せない。
少々れいむが我侭に過ぎるような気がしたが、それでも初めて持った家族のために、まりさは一家の大黒柱として頑張っていた。
……ある日、人間さんと一緒に現れたゆっくりを見るまでは。
人間さんの後をスィーに乗って付いて行く緑の髪のゆっくり。初めて見るさなえにも驚いたが、それ以上に「人間と共に居るゆっくり」の存在に度肝を抜かれた。
さなえ達の後をつけ、彼女達のおうちを特定したまりさはそれから毎日、さなえ達を観察し続けた。
さなえのおうちには他にもすわこ、かなこと呼ばれるゆっくりが住んでいる事、毎日ゆっくりしたご飯を食べてゆっくり過ごしている事、そのために危険な狩りをしなくても良い事。
そして、さなえ達が人間に気に入られて一緒に暮らす事を許された「飼いゆっくり」である事。
ほとんどストーカーにも似た観察を続けたせいで狩りの成果は減り、毎日れいむになじられた上にまりさとまりさ似の子供達のご飯が減らされたが、それでもまりさは観察を続けた。
何故、さなえ達は毎日楽しそうなのだろうか?まりさは毎日苦しかったのに。
何故、さなえ達は家族でもないのに仲が良いのだろうか?まりさの家族は分解寸前なのに。
何故、さなえ達はあんなにゆっくり出来るのだろうか?まりさは全然ゆっくり出来ていないのに。
家族を持って以来、なりを潜めていた自己中心思考がむくむくと起き上がってくる。
そしてある日、まりさの不注意で赤まりさを一匹死なせてしまい、れいむがまりさを滅茶苦茶に罵倒したことで彼女の不満は爆発した。
「よくもおちびちゃんをころしたなぁああああっ!!まりさなんかれいむのだんなさんじゃないよ!とっととでてってね!!このおうちはいしゃりょうがわりにもらっとくよ!!」
「ああ、よぉくわかったんだぜ!こっちこそ、まりさをゆっくりさせなかったれいむなんかおくさんじゃないんだぜ!!まりさにのおちびちゃんのしんけんはもらっていくんだぜ!!」
売り言葉に買い言葉でりこんっを成立させ、まりさは二匹の赤まりさを連れて家を飛び出した。
おうちを作ったのはまりさなのだから、れいむこそ追い出すべきだったと気付いたのはその後暫くしてから。とは言え、飛び出してしまった手前、今更戻るのも癪である。
二匹の乳飲み子を抱え、しんぐるふぁーざーと化したまりさが悪知恵をフルに働かせて思い付いたのが、人間への詐欺行為だった。
放浪時代の経験と、さなえ達へのストーカー行為で学んだ「人間に好かれるゆっくりの振る舞い」を元に、まりさは人間を騙すためのキャラ作りをした。
それこそが人間に語って聞かせたバックストーリーと、人間を手伝う代わりに住む許可を乞うた取引、そして子供達をも使った小芝居だったのだ。
人間の強さは良く知っている。まりさでは到底敵わないだろう。
だから、まりさは人間と敵対するのではなく、人間のテリトリーを侵すのでもなく、人間に好かれるゆっくりを演じる事で逆に人間を利用する事を思い付いたのだった。
それが今、人間にバレてしまった。それもよりにもよってまりさ自身の口から、隠し通していた本性と共にである。
全身から砂糖水で出来た脂汗を流しつつ、まりさは人間への言い訳を模索していた。幸い、相手はいつもあまあまを勧めてくれた優しいカモだ。口八丁で丸め込みさえすれば挽回のチャンスはある。
「ち……ちがうんだよ、これは……」
「まあ、お前の本性なんかとっくに解ってたんだが」
「ゆ゛っ゛!?」
そしてどうにか言い訳の内容を纏めたまりさの弁解は、始まる前に男に潰された。
(わかっていた……?まりささまが、ばかなにんげんをだまそうとしていたのが、わかっていた……?)
男の言葉は、まりさを混乱に陥れるには充分過ぎた。
解っていたと言うのなら、なぜあまあまを用意していたのだ?
キャラ作りのためとは言え、折角のあまあまをいつも断腸の思いで断っていたまりさの苦労は何だったのか?
言いたい事や聞きたい事が山ほどあったが、結局まりさの口をついて出て来たのは、ごくありふれた疑問の台詞一つだけだった。
「ど……どうして……わかったの……?」
「ん?簡単だよ……お前ら、今まで一度も、ありがとうって言った事無いだろう?だからだよ」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛っ゛!?ぞれ゛だげな゛の゛ぉ゛っ゛!?」
男の答えは、まりさを更に混乱させた。
ありがとうと言わなかったから、たったそれだけでまりさの完璧な計画が無惨にも崩れ去ったという事実。
それは、まりさには決して理解できない倫理の産物であった。
「お前、あの空き地に巣を作っても良いって許可を出した時、何と言ったか覚えてるか?」
「ゆゆっ?……そんなむかしのこと、おぼえてないんだぜ……」
「なら教えてやる。お前あの時、じゃあゆっくりおうちつくるよ!ってしか言わなかったんだ。直前まで泣き喚いてたくせに、ピタリと泣き止んで、な。
普通、そう言う時には許可を出した事に対する感謝か、俺たちに迷惑を駆けた事に対する謝罪が出て来るはずなんだよ、まともなゆっくりならな」
「ゆゆゆ゛っ゛!?」
人間にとって、善良なゆっくりとは迷惑をかけないゆっくりの事ではない。
何かをしてもらったら感謝をする、悪い事をしたら反省して謝罪をする。人間の道徳を弁えたゆっくりを指して、善良と呼ぶのだ。
ゆっくりの善悪の基準はゆっくりしている事、ただそれだけ。そんなもの、人間社会では意味を成さない。
人間に合わせられないゆっくりは、それがゲスだろうがレイパーだろうが、無害なゆっくりだろうが関係なく「悪」なのだ。
「それに、俺が伊達や酔狂でお前に餌をやろうとしていたと思ってるのか?お前の反応を見るためだよ。お前の巣から一番近いのは俺の家だからな、お前らが最初に尋ねて来るのは解ってたんだよ。
だから毎日、お前が餌にどういう反応を見せるのかをチェックしてたんだ。そうしたらお前、毎日同じ事を繰り返しただろうが。ご丁寧に、子供に泣きまねまでさせながらな」
「ゆゆゆゆ゛っ゛!?」
毎日繰り返される三文芝居、あからさまな嘘泣き、そして不自然なまでに人間に媚を売った台詞回し。
これだけ状況証拠が揃えば後は誰にだって解るだろう。事実、町内会では何度も駆除が提案されていたくらいだ。今まで駆除されなかったのは、単に面倒臭かっただけにしか過ぎない。
実害は無いのだから、公餡を呼ぶまでも無い。たったそれだけの、シンプルな理由であった。
「まあ、こうやって野良と殺し合ったのがバレていたら、また話は違っていたのかも知れんが、まあ今更だわな。
ってな訳で、お前の言う完璧な作戦とやらは最初っからバレバレだったのさ。今、お前が生きてるのは俺たちの気まぐれにしか過ぎんよ」
「…………」
まりさは言葉を失っていた。
この半月の間、まりさは人間を手玉に取る優越感だけを頼り、人間にへりくだる屈辱に耐えていた。人間の手伝いと称する重労働にも耐えて来た。
その努力が、ゆっくりしないで頑張って来た日々が、ゆっくり出来ない人間を見下して来た自分が、ただの道化にしか過ぎない事を突付けられた。
真実を知ってしまった以上、もうまりさはゆっくり出来ない。内心で馬鹿にしていた人間の掌で踊らされていた事実はもう覆せない。
だから、まりさに残された道はたった一つしかない。それは……
「……う、うるさいんだぜぇえええええっ!!まりささまをだまそうったって、そうはとんやがおろさないんだぜぇええええっ!!」
……真実を否定し、事実を捩じ曲げ、記憶を捏造する、ゆっくり最後の逃げ道だった。
ゆっくりするために命を捨てる矛盾したナマモノが、ゆっくりした記憶を綴って目の前に迫った死から逃避するための、哀しい本能。
「まりささまのさくせんはかんっぺきっなんだぜぇ!だからばかでおろかでゆっくりしていないにんげんなんかにばれるはずがないんだぜぇえええっ!!」
「いや、しっかりバレてるだろ。お前が認めなくても、現実は変わらないんだよ」
「うそをつくんじゃないんだぜぇえええっ!!……はっ!れいむ!れいむのせいなんだぜ!?まりささまのさくっせんっをれいむがばらしたのぜ!?
きっとそうなんだぜ!!せかいをねらえるまりささまのはいいろのずのうにしっとしたんだぜ!!だかられいむのしわざでまちがいないんだぜ!!」
「……ここまで来ると哀れだな。あくまでも自分の非を認めない、か……もし生まれ変わるにしても、ゆっくりだけは嫌だな。こんな奴の同類にだけはなりたく無いわ」
ゆっくりと言う名に反して全くゆっくりしていないその姿に、男は怒りを通り越して哀れみさえ覚える。だからといって見逃す訳でもないのだが。
まだ騒ぎ立てるまりさに足を乗せ、ゆっくり力を入れて行く。一気に踏み潰すのではなく、じわじわと苦しめる方法だが、べつに虐待が目的ではない。
……ビーチボールの空気を抜く要領で、まりさの息の根を確実に止めるためである。
「まあ、こんな怪我じゃあ先は長くないだろ。わざわざ公餡に来てもらう程じゃないし、ここで死んどけ。死体はきちんとゴミの日に出しといてやるから」
「ばでぃざはごびじゃないぃいいいいいいいいっ!!!ごのあじをどげろぉおおおおおおおおおおっ!!!」
段々重くなるシューズが、まりさの餡子を押し出して行く。命そのものが抜け落ちて行く感覚に恐怖と焦燥を募らせながら、まりさは必死に逃げ出そうとする。
けれども、まりさを捉えた死神の足を振り払う事は出来ない。それ所か、ささやかな抵抗を嘲笑うかのように増々重さを増したそれに、まりさの体が押し潰されて行く。
「やべろぉおおおおおおおおっ!!づぶれるぅうううううううううっ!!ざっざどごのぎだないあじをどげろぉおおおおおおっ!!」
「潰してんだよ。いい加減諦めたらどうだ?ここで俺が見逃したところで、そんな重傷の体で生きて行ける訳無いだろうに」
「どうでもいいがらばりざざまをだずげろぉおおおおおおおおおっ!!」
「……人の話を聞けよ……いや、話を聞かないのなら余計にここで殺しておくべきだな、うん」
まりさの体が扁平になって行く。傷口からの餡子の流出が止まらない。
「やじゃああああっ!いやじゃぁあああああああああっ!!じにだぐない!ばりざじにだくないぃいいいいいっ!!」
「黙れよ。近所迷惑だろう?」
「たじゅげでぇええええええっ!!おどうじゃんっ!!おぎゃあじゃんっ!!ばでぃじゃをだじゅぎぇぢぇええええええっ!!」
まりさの口調がどんどん幼くなって行く。遂に記憶を司る餡子が流出し始め、幼児退行を起こしているのだ。
この餡子が無くなれば、残るのはゆっくりの魂とも言うべき中枢餡のみ。もはやまりさの命は王手がかかった状態だ。
無意識のうちに、まりさは両親に助けを求めていた。もうこの世には居ない両親に、記憶の中にも残っていない家族に。
救いの手なぞ何処にも残っていないのに、それでもまりさが最後に求めたのは両親の愛だった。
「どきょ……おちょーしゃん………おきゃーしゃん………まりしゃはきょきょだよ………もっちょ、ゆっくち……」
「……これはもう終わりだな。んじゃ、一気に楽にしてやりますかね」
餡子の大部分を失い、ペラペラになったまりさの体。
最後まで残った餡子を勢い良く踏み潰した瞬間、まりさの意識は闇へと消えた。
「……これでよし。さて、こっちも片付けますかね」
まりさの死体と大量の餡子をゴミ袋に詰め、男はもう一つの死体に目を向ける。
「ん?こいつ、もしかして昨日の奴か?」
「……………ゅ……………」
不意にれいむがうめき声を上げた。
驚くべきことに、ここまでボロボロになりながらも、まだ生きていたのだ。
「おいおい、こんなになってもまだ生きてるのか?しぶとい饅頭だな」
とどめを刺すべく、思いっきり足を振りかぶる。
渾身の力を込めた蹴りを繰り出そうとした刹那、れいむが消え入りそうな声で何かを言い始めた。
「……ご……べんなざ……い……で………いぶ……が………わる……がっだ……です………」
「……は?」
いきなりの謝罪に困惑していると、れいむは更に言葉を重ねた。
「……で……いぶ……は………かわい……そう………なんか…………じゃ……ありば……ぜん………で……じだ………
……お…………ぢび……じゃん…………も……ぜん……ぜん、がわい………ぐ……ありば……ぜん……でじ……だ……
………でい……ぶは……ただ………の……ぐずで……じ……だ………ご……べん………な……ざい………ごべ……ん………なざ……い……」
れいむは今までの遣り取りを全て聞いていた。
まりさがとんでもないゲスだった事は驚きだったが、納得もしていた。
それはまりさの性格の事ではなく、まりさの計画の事でもなく、男が漏らしたたった一つの言葉のため。
「お前ら、今まで一度も、ありがとうって言った事無いだろう?」
そうだ、れいむは一度もまりさにお礼を言われた事は無い。謝罪を受けた事も無い。
まりさが常に口に出していたのは、自分自身を褒めたたえる言葉だけ。
「まりさはかりのめいじんなんだぜ!だからこんなにごはんをあつめられるんだぜ!」
「まりさににてかわいいおちびちゃんなんだぜ!まりさにはかなわないけれど!」
「こんなにゆっくりしたおうちは、まりさにしかつくれないんだぜ!すごいんだぜ!」
「まりさのすっきりーっ!てくにっくはすごいんだぜ!れいむもいっぱつでしょうってんっ!なんだぜ!」
共に暮らしていた時、れいむは傲慢にふんぞり返るまりさの姿しか見ていない。
当時はそんなまりさが誇らしかった。れいむのだんなさんは凄いゆっくりで、そんなまりさの番である自分はきっと特別なんだと思えたから。
けれども、それは幻想にしか過ぎなかった。
「本当に可愛い奴は自分から可愛いなんて言わないんだよ。何も言わなくても、廻りが可愛いって言ってくれるからな。
自分で自分の事を可愛いだの特別だの言う奴は、自分でそう言わなきゃ誰も言ってくれないような奴なのさ」
昨晩までれいむを縛っていた男の言葉。それは、狩りの上手さやおうちを造ること、なによりゆっくりする事であっても同じなのではないか?
あの時、まりさと再会したあの時、まりさと子供達が代わる代わるれいむを責め立てたあの時、れいむは何と思ったのか?
全然ゆっくりしていないと、思わなかっただろうか?
れいむと同じ姿だと、思わなかっただろうか?
今なら解る。今なら言える。
れいむは、全然ゆっくりなんかしていなかった。
可愛いれいむをゆっくりさせろ?
冗談じゃない。こんな醜いゆっくりなんか、誰だって相手にしない。
れいむはしんぐるまざーだから可哀想?
馬鹿を言うな。子育て一つできなかったくせに何が母親だ。
あまあまをよこせ?
知った事か。れいむなんかにくれてやるあまあまなどこの地上に存在しない。
そう、きっとれいむとまりさは似た者同士だったのだ。
バイゆグラを食べ物と勘違いして、れいむから強奪して貪り喰ったまりさとすっきりーっ!したのも、生えて来た子供を見捨てられずなんとなく番になったのも。
きっと似た者同士だったから互いに惹かれ、きっと似た者同士だったから互いに反発して喧嘩になったのだ。
だから、れいむをこんなにボロボロにしたまりさの最期を看取っても、怒りや嘲笑よりも先に、悲しみが湧いて来たのだろう。
あれはきっと、れいむが受けるべき罰だったはずだから。
あそこにいたのは、もう一人のれいむ自身だったはずだから。
気付けば、れいむは自然に謝罪を口にしていた。
それは目の前の男に向けたものではなく、ここにいない誰かに向けたものだった。れいむ自身にも、誰に向かって謝っているのか理解できてはいないだろう。
生んでくれた両親や一緒に過ごした姉妹に謝った事も、感謝した事も無かったこと。
半ば強制的に巣立ちさせられた事を恨み、復讐と称して発情したありす達を両親と姉妹にけしかけたこと。
ゆっくりしていた家族を襲い、強盗やおうち乗っ取りを繰り返していたこと。
あるありすの家族を襲った際に手に入れたバイゆグラでにんっしんっ詐欺を計画したこと。
実行に移す前にまりさと出会い、授かった子供達をゆっくり出来ない子供に育ててしまったこと。
余りにゆっくり出来ない子供にイラッと来たまりさが、見せしめのために踏み潰した子まりさが原因でりこんっしたこと。
ゆっくり出来ない人間はれいむにあまあまを献上するのが当然と思い込み、追い剥ぎ同然に因縁をつけたこと。
殺されて行く子供達を見捨てる自分を正当化して、罪の意識から逃れたこと。
通りすがりのさなえを騙して自分の欲望を叶える道具に利用したこと。
生まれて来た子供達を全然ゆっくりさせないまま、再び死地へ追いやったこと。
折角まりさが残してくれたおうちを失ったこと。
散々やり込められて自分の価値観が揺らいだこと。
その状態でゆっくりできないまりさ親子と再会したこと。
その姿が今までの自分達に重なったこと。
そのおかげで自分達がいかにゆっくり出来ないゆっくりだったかを悟ってしまったこと。
だから人間さんに制裁されたのだと理解したこと。
そして、あまりにゆっくり出来ない子まりさの姿が、自分達の悪行を映し出す鏡のようで、我慢出来ずに踏み潰したためにまりさと戦いになったこと………
掠れた小声で弱々しく語るれいむ。その声が段々小さくなっていく。
息も絶え絶えに最後まで語りきると、れいむは残された目を閉じる。
「ゆっぐりじでなぐで…………ごべん……………なざい……………」
それを最後に、れいむは動かなくなった。
れいむの告悔を最後まで聞き届けた男は、もはや物言わぬ饅頭と化したれいむの目の前にキャラメルの箱を置く。
「やれば出来るじゃないか。今のお前……とても、かわいそうだぜ?」
れいむが手段を問わず焦がれる程欲し、もの言わぬ饅頭に成り果ててまで手に入れたあまあま。
念願のそれを目の前にしたれいむの死に顔は、あまあまを食べられないにも拘らず、何かをやり遂げた安らかなものだった。
「「「「「きゃわいくってごみぇんにぇ~!!!!!」」」」」
「れいむはしんぐるまざーなんだよ!かわいそうなんだよ!はやくあまあまちょうだいね!!」
「「「「「あまあまよこしぇー!じじい!!」」」」」
「……はぁ?」
……想像して欲しい。
早朝、珍しく早起きしたことでテンションが上がり、「よーし、ジョギングでもすっか!」と玄関を開けた途端、
汚い饅頭共が分も弁えず「よこせ」だの「じじい」だの騒ぎ立てていたら……
「うるせぇぞ糞饅頭共!!」
「ゆぶっ!!!」
「ゆぎゃぁああああ!!れいむのおちびちゃんがぁああああ!!」
「「れいみゅのいもうちょぎゃぁあああ!!」」「「おにぇーちゃんぎゃぁあああ!!」」
思わず踏み潰したくなっても仕方無いだろう。
「あーあ……爽やかな朝だってーのに、なんで朝っぱらから饅頭に罵倒されなきゃならんのかね。
……やっべ、これおニューのシューズじゃねぇか!うっわ餡子塗れ……テンション下がるわぁ…………」
何やらぶつくさ言いながらお家に引っ込もうとする人間。微塵も反省のない姿にれいむは激怒した。
「こぉおおおのぉおげすじじぃいいいいいっ!!よぐもおぢびぢゃんをごろじだなぁあああっ!!」
「……は?何言ってんだお前、挑発したのはお前だろうに」
「ゆ゛っ゛!?な゛に゛い゛っ゛でる゛の゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛っ゛!?!?!?」
地獄の悪鬼もかくやと言わさんばかりの表情で迫って来るれいむに、知ったことかとばかりに気怠げに返された返答。
れいむには理解出来ない意味不明の台詞に、彼女の怒りはあっさり沸点を突破した。
(わざわざにんげんなんかにかわいいれいむのおちびちゃんをみせて、ゆっくりさせてやろうとおもったのに!おれいのあまあまもよこさないなんて!
……もういいよ!おちびちゃんをころしたげすはせいっさいっするよ!ゆっくりくるしんでしね!!)
余りにも自己中心的な思考、だがそれはれいむにとって、否、ゆっくりにとっては常識だった。
人間や他の生物が第一に上げるのは自己の生存である。しかしゆっくり達にとっての第一はゆっくりすることだ。ゆっくりする為なら命すら投げ出すほどに。
高い所から転落する、人間や鳥に連れ去られるなどの事態に陥った際、危機的状況にも関わらず「おそらをとんでるみたい!」と喜ぶのもその一端だ。
そしてゆっくりはその認識を他人にも強要する。共有ではなく、強要だ。
自分の快楽を他人に押し付けて「ゆっくり出来るだろう」と無理矢理同意させるという、居直り強盗のような真似をする。
このれいむにとって自分の子供がゆっくり出来るのは確定事項だった。だから、それを殺した人間は問答無用でゆっくり出来ないゲスと認識されたのだ。
「れいむのおぢびぢゃんをごろじだげずはゆっぐりじないでじねぇ!!」
ゆっくり社会は時に人間よりも厳しい。ゆっくり出来ないものを排除する本能が、ゲスゆっくりへの強烈な差別意識につながるからである。
虐めや村八分は当たり前、ゆん権を剥奪して奴隷に堕としたり、最悪の場合ストレス解消用のサンドバッグとして使われる程に。
生かさず殺さず、出来るだけ長く苦痛を続かせて虐め殺す。時には虐待お兄さんすらドン引きするほど、ゆっくりの制裁は残酷なものなのだ。
例え相手がその過程で命を落としたとしても、それは禁忌にはなり得ない。相手はゆっくり出来ないゲスなのだから。
「うるせぇ!この糞饅頭!!ご近所に迷惑だろうがぁっ!!!」
「ゆぶっ!?」
しかし、それはあくまでゆっくりの常識だった。人間の知ったことではない。
飛び掛かってくるれいむの顔面を鋭い蹴りが迎え撃つ。ランニングシューズのつま先がれいむの鼻っ柱にめり込み、その体を吹き飛ばした。
ぼでんぼでん、と転がっていくれいむの姿を呆然と見送る赤ゆ達。
姉妹が殺され、仇を討とうとした母がゲスなじじぃに返り討ちにされた。その事実を認識するまでの僅かな時間が、赤ゆにとって命取りとなった。
「ぶぎゃっ!?」
突如振ってきたランニングシューズの底が、呆然と母を見つめていた赤れいむを踏み潰す。
ぷちっという嫌な音を立てて視界から消えた姉妹と、顔に降り掛かる餡子の飛沫を見て、ようやく赤ゆ達も自分達が置かれた危機的状況に気が付いたらしい。
「いやじゃぁああああっ!!でいびゅぢにだぐないぃいいいいいっ!!」
「ごべんなじぁああああいぃっ!!ぼうぢないぎゃりゃゆるぢでぇえええええ!!」
「おぎゃぁあじぁああああんっ!!だぢげでぇえええええっ!!どぼぢでだじゅげでぐれにゃいのぉおおおっ!?」
とはいえ、赤ゆは赤ゆ。
どうして母が蹴られたのか、なんで姉妹が潰されたのか、それも解らぬまま耳障りな鳴き声で喚き、反省の欠片も無い謝罪と命乞いを繰り返す。
何故か逃げ出そうともしない赤ゆ達をウザいものを見る目で眺め、男は更に一歩を踏み出す。
その先にいたのは母に見当違いな罵声を浴びせていた赤れいむ。頭上に靴底が迫ってきて尚、れいむは母を罵倒し続けていた。
「でいびゅをゆっぐぢざぜないおやはじびゅっ!?」
足下で潰れる赤ゆの感触。エアパッキンを潰したような小気味良い音と共に、えも言われぬ快感が背筋を走る。
生き物(?)を殺す背徳感と、神経を逆撫でする下種を制裁した爽快感が重なって脳髄に届いたそれは、麻薬にも似た快感を伴っていた。
「うっわー……やべ、なんかハマりそうだわこれ」
虐待にハマる人達の気持ちがよく解る。
如何に動き回ろうが、人の言葉を話そうが、ゆっくりはゆっくり。学会でさえ生物とは認めていないのだから、幾ら潰そうが殺したことにはならない。
殺していないのだから、罪悪感は一切湧いてこない。背徳感だけを味わいたいのなら、まさにうってつけだった。
「やべでぇえええええっ!?でいびゅだぢなんにもじでにゃいでぢょぉおおおおおおっ!?」
「どぼぢでごんなごとじゅりゅのぉおおおおおっ!?ぼうやべでぇええええええええっ!?」
残った赤ゆが一層騒ぎ立てる。自分達は何もしていないのだから当然だ。
ただ、母が「きょうはあまあまさんをもらいにいくよ!」と赤ゆ達を引き連れて来たお家で、自分達の可愛さをアピールしただけだ。
それなのにこの仕打ち。何故、どうして、世界で一番可愛い自分達がこんな目に遭わねばならないのか!?
悲鳴とも罵声とも思える質問に、男は苛立ちも露に怒声で返した。
「うるせぇ!大体、希少種でも無ぇ癖に食い物せびろうなんざ虫が良すぎるっつーの!」
「「ゆぴっ!?」」
希少種ではないから、たったそれだけで自分達は殺されるのか?
余りに理不尽な答えに赤ゆの思考が止まる。それを無視して、男は残った赤れいむ二匹に靴底を乗せた。
「やべてぇえええええっ!?ぢにだぎゅにゃあああああいいいいいぃいい!!」
「やじゃぁああああっ!!いやじゃぁああああ!!でいびゅはゆっぎゅりじゅりゅんだぁああああっ!!」
のしかかる重みに泣き叫ぶ姉妹に、殊更ゆっくりと踏み付ける力を強くしていく。
じわじわと重くなるランニングシューズ。徐々に潰されていく感覚に、赤れいむ達の悲鳴が一層高くなる。
「「ぢゅぶりぇりゅぅうううううっ!!」」
遂に姉に当たるれいむの皮が内圧に耐えきれなくなり、赤ゆ特有の柔らかい肌に裂け目が入る。いや、柔らかいからこそ今まで保ったのだろう。
小さな裂け目は、増々重くなる靴底に圧迫された餡子によりあっという間に広がっていく。
そして、
「もっぢょばっ!?!?!?」
姉れいむが内側から弾けた。あんよの辺りから縦一文字に入った亀裂がれいむを真っ二つに裂き、勢い良く餡子を打ち撒ける。
妹より先に生まれた分、体内の餡子も多かったのが原因だった。
末期の言葉も残す間もなかった姉の死に様を、妹れいむは見ていなかった。
「ん゛~っ、ん゛ん゛~っ!!」
口を閉じ、喉元まで競り上がってくる餡子を必死に押し返すのに忙しかったからだ。もっとも、無駄な抵抗には違いないのだが。
間近に迫った死に涙を浮かべて抵抗しながられいむの脳裏に浮かんでいたのは、「何故、こうなったのか?」という疑問だった。
(れいみゅは……わるくない………じゃあどうちて、れいみゅはころしゃれりゅの?…………れいみゅは………おきゃあしゃんのいうとおりに……)
そこまで考えて、はたと気付く。そうだ、自分達は母れいむに言われてこの死地に来たのだ。
なら、悪いのは自分でもこの人間でもない。悪いのは、一番悪いのは、母だ!
その瞬間、れいむの頭から痛みも苦しみも全てが消え去った。残ったのは餡子が沸騰しそうな怒りだけ。
「ゆごぼぉっ!!!」
そして怒りのままに口を開けた途端、それまで押さえられていた餡子が出口を求めて殺到する。
一言も発せられる間もなく押し出される餡子。怒濤の勢いで口から吐き出されるそれを見ながら、赤れいむが思い浮かべたのは、
(でいびゅをゆっぐぢざぜないくじゅおやばゆっぐぢじないでじねぇええええええええ!!)
あれほど慕った親への罵倒の言葉だった。
「……ああ、新品だってのに……」
下ろしたてのランニングシューズが餡子塗れになったことを嘆く男。自業自得であるとはいえ、ゆっくり如きに絡まれた不運は同情に値するだろう。
アスファルトに靴底をなすり付け、こびりついた餡子を落としていた男には先程までの高揚はない。
男には虐待趣味は無かったし、赤ゆを潰した時に知った快感も既に餡子塗れの靴に対する苛立ちに流されてしまっていた。
そもそも虐待なんて激情や興奮があればこそ出来るもの。
一時の熱狂が過ぎれば後に残るのは虚脱感しか無い。新品のシューズを汚されるというおまけが付けば尚のこと。
こうなってはランニングどころの騒ぎではない。
今しがた出てきたばかりの玄関を戻り、シューズを洗う為に風呂場に向かう男の頭からはゆっくりのことなど消え失せていた。
「……ゆっ、じじぃがいなくなったよ!」
玄関の扉が閉められ、静寂を取り戻した早朝の町。
その静けさを破るように、ゴミの日でもないのに不法投棄されたゴミ袋の影から一匹のれいむが顔を覗かせた。
先程蹴り飛ばされた母れいむだ。跳ね飛ばされてゴミ袋の影に転がり込んた拍子に気を失っていたのである。
最愛の我が子の悲鳴で気が付いたものの、手負いの状態では我が子の元に駆けつけることも叶わず、そのまま子供達が虐殺される様を涙を呑んで見ているしか出来なかったのだ。
「ゆぅうううっ……れいむのかわいいおちびちゃんがぁ………」
まさに悲劇としか言えない出来事。突然襲い掛かった不幸にれいむは声を抑えて嘆き悲しむ。
例え子供達を連れてきたのが自分であろうと、男を挑発したのがれいむ自身であろうと、その怪我が実際には軽傷であり、動くのには支障がなかろうとも、これは悲劇であった。
最愛の子を一遍に失った悲しみに暮れるれいむだったが、ふと見上げた空に子供達の笑顔が浮かんでいるのが見えた。
(なかないでおかーしゃん!れいみゅたち、ゆっくりしちぇいちゃよ?)
(れいみゅたちのかわりにゃら、またつくればいいよ!)
(もうおかーしゃんのおうたをきけないけれど、れいみゅたちのぶんまでいもうちょたちにうたってあげちぇね!)
(だからおきゃーしゃん……)
(((((ゆっきゅりしちぇいっちぇにぇ!!)))))
青空に浮かぶ子供達が次々と語り掛けてくる。その健気な言葉に勇気づけられて、れいむは泣くのを止める。
確かに子供達を失ったのは悲しい。だが、その悲しみをいつまでも引き摺り続けることを、あの子達が望むだろうか?
「そうだね……いつまでもないてちゃ、おちびちゃんたちがゆっくりできないよ!」
鳴いたカラスがもう笑う。
心に語り掛けてきた子供達の幻影が、余りにもれいむに都合良いことしか言わなかったことに一切の疑問を挟まず、彼女は涙を流しつつ微笑みを浮かべる。
しかしその微笑みがすぐに曇る。
「ゆぅぅ、でも……またおちびちゃんがころされるのはゆっくりできないよ……」
驚くべきことにこの惨劇にもかかわらず、れいむはまた男にあまあまをせびるつもりであった。
だが流石の餡子脳であっても、只子供を見せただけではいけないことは理解出来たらしい。
子供を潰されずにあまあまを貰う算段を、無い頭をひねって考えていたれいむの脳裏に、男の台詞が甦る。
「ゆっ!そうだよ!きしょうしゅのおちびちゃんをうめばいいんだよ!」
そう、れいむの子供達が殺された時、あの人間は確かに言った。「希少種でも無い癖にあまあまをせびるな」と。
それは逆に言えば「希少種ならあまあまが貰える」と言うことではないか、とれいむは思い至ったのだ。
「ゆっ!そうときまったらさっそくおむこさんをさがしにいくよ!れいむはかわいいから、すぐみつかるよ!」
意気揚々とその場を離れるれいむ。
アスファルトに咲いた五つの染みを振り返ることは、もう無かった。
日差しも高くなり、町が本格的に動き始める午前十時。
決して広くはない庭に水を撒いていた男は、馴染みの挨拶を耳にした。
「こんにちは!ゆっくりおてつだいにきたよ!」
庭と道を隔てる柵の外から声をかけてきたのは、小さな花を刺した黒いとんがり帽子を被ったゆっくりまりさ。
野良らしく草臥れてはいたが、それでも不潔ではない程度に身なりを整えた子供を数匹連れている。
声をかけられた男は、早朝のれいむ達とは正反対の態度で応対した。
「おお、来たか。……すまんが、今日は手伝って欲しいことは無いな」
「ゆゆっ?それはざんねんだよ……じゃあ、またくるね!」
男とまりさは顔見知りであった。いや、この付近の住民とまりさが顔見知りと言った方が正しい。
半月ほど前に突如現れたまりさ親子は、駆除の為に迫る人間達に土下座しながらこう持ち掛けたのだ。
「人間さんのお手伝いをする代わりに、ここに住むことを許可して欲しい」と。
必死に頼み込んでくるまりさに心動かされたのか、あるいは何故ここまで低姿勢なのか疑問に思ったのか、ある住民が事情を尋ねた。
何でも番のれいむがとんでもないDV嫁だったらしい。
子供をにんっしんっするや否や、それまでしおらしくしていた態度を一変。まりさを奴隷扱いするようになったと言う。
子供が生まれたら生まれたで、れいむ種の子供とまりさ種の子供をあからさまに差別し始めた。
まりさが集めてきた餌の大部分を自分とれいむ種の子供だけで食べ、まりさ達は喰い散らかした食べ滓を嘗めるように食べて飢えをしのぐ。
そんな日々が続いたある日、遂に一匹の子供が死んだ。
赤ゆであるにも拘らず、碌に食事も摂れない上にすーりすーりもぺーろぺーろもして貰えなかったことによって発症した非ゆっくち症が原因だった。
非ゆっくち症、正式名「非ゆっくりアレルギー症候群」はゆっくり出来ないものに過剰に反応する症状で、長期間ゆっくり出来ない事態に晒されたゆっくりが罹る病気だ。
本来最もゆっくりするべき時期である赤ゆにとって、母のDVは命取りになるほどゆっくり出来なかったのだろう。
そして嘆き悲しむまりさとまりさ種の姉妹に向かい、れいむとれいむ種の子供達は嘲りながらこう言い放ったと言う。
「ゆっくりできないおちびちゃんは、れいむのおちびちゃんじゃないよ!」
その言葉を聞き、まりさは遂に離婚を決意したそうだ。
まりさ種の子供達を引き連れ、夜中れいむ達が寝静まった頃を見計らっておうちを飛び出したまりさが放浪の末辿り着いたのがこの町だったらしい。
だが人間の町はゆっくりにとって危険なジャングルのようなもの。
野良犬、野良猫、野良カラスといった猛獣や、些細なことで死に至るトラップだらけの環境で生きていくには、町の主である人間の協力が絶対に必要なことをまりさは理解していた。
だが対価無くして人間は協力などしてはくれない。ゆっくりの身で差し出せるものなど己自身しか思い付かなかったまりさは、人間への隷属を条件に庇護を申し出たのであった。
事情を聞いた住民は町外れの空き地に住む許可を与え、とりあえず様子を見る事にした。
帽子に花を刺したのはまりさ自身である。人間にはゆっくりの区別がつかないと知った彼女が、他のまりさと混同されないように工夫した結果だ。
その工夫の甲斐あってか、まりさ親子は他の野良のように潰される事無く今に至る。
「ちょっと待て、まりさ」
「ゆっ?」
手伝えることは無いと知って踵を返しかけたまりさを呼び止める男。
ポケットをあさり、キャラメルの箱を引っ張り出すと、数粒取り出してまりさに差し出した。
「ほら、喰ってけ。今日はまだ喰ってないんだろ?」
「ゆっ?だめだよ!まりさたちなんにもしていないのに、あまあまはもらえないよ!」
このキャラメルは草むしりや害虫駆除などの手伝いを頼んだ際、手間賃として渡すためのもの。
男の家はまりさ達が住む空き地に隣接している。そのため、まりさのお手伝い廻りは男の家から始まるのだ。
そのことは周知の事実であり、まりさ達がお手伝いと称する草むしり、実際には雑草を貪る行為を行うために食事を抜いていることも男は知っていた。
だから腹が減っているだろうとおやつでも与える感覚で差し出したのだが、まりさはきっぱりと断る。
「ん?でも腹減ってるんじゃないのか?」
「おなかはすいてるけど、それでもだめなんだよ!まりさたちはにんげんさんのおてつだいをするかわりに、ここにいられるんだから」
「おちょーしゃん!まりしゃ、あまあまたべちゃいよ!」「まりしゃもおにゃかしゅいちゃよ!おにーしゃん!あみゃあみゃちょうだい!!」
まりさが頑固に受け取り拒否をする中、それまで黙っていた子まりさ達が騒ぎ始めた。
目の前にぶら下がったご馳走が食べられないことが余程不満だったらしい。口々にキャラメルを要求する子まりさ達を、まりさは一喝した。
「だめだよ!!」
「「ゆびぃっ!?」」
まりさの怒声に口を噤む子供達。
そしてまりさは険しい顔で子供達に言い聞かせる。
「おちびちゃん、あまあまはにんげんさんのものだってなんどもいったよね?
……たしかにあまあまはゆっくりできるけど、それはにんげんさんのためににんげんさんがそだてたおやさいからにんげんさんがつくったものだよ。
だからまりさたちはあまあまをもらったら、そのぶんにんげんさんをゆっくりさせてあげないといけないって、なんどもおしえたよね?
なんにもしないのにあまあまをほしがるのはげすのしょうこだよ?それがわからないなんて、おちびちゃんたちはばかなの?しぬの?」
「ちぎゃうよぉっ!!まりしゃげしゅじゃにゃいよ!!」「まりしゃ、ちゃんとおちょーしゃんのいうこちょききゅよ!」
まりさの説教に子まりさ達は泣きながら反省している。
それを見てまりさも溜飲を下げたらしく、子供達をあやして泣き止ませる。
「ゆん、わかったらいいんだよ。……それじゃ、まりさたちもういくよ。あまあまはおにーさんがたべてね」
「ああ。済まんな、余計なことをしたみたいだ」
「ううん。おてつだいするってやくそくだから、それをまりさたちがやぶっちゃいけないんだよ。つぎにごようじあったらそのときにちょうだいね」
そう言って今度こそ踵を返すまりさ。その後をしゃくり上げながら着いていく子まりさ達。
隣の庭先で同じように声をかけ、家主に招き入れられるまりさ達を見送った男は水まきを再開した。
一方、れいむの婿探しは難航していた。
「ゆぅ~……きしょうしゅのおむこさんがみつからないよ……」
公園や川原の空き地など、野良が巣食うポイントを駆けずり回っても、希少種の影も形も見えない。
当たり前だ。希少種とは文字通り希少であるからこそ希少種足り得るもの、そこらに転がっているようならもてはやされたりはしないだろう。
逆に言えば稀にいるからこそ見つかる訳で、当ても無く彷徨い続けるれいむの目の前を横切ったのは、そう言うゆっくりであった。
「ゆっ!?あれは……」
それは白と緑を基調にしたゆっくり用の服に包まれ、緑色の髪に蛙と蛇を象った飾りを付けたゆっくりさなえ。紛うことなき希少種である。
おまけに胸元(?)には最高級の飼いゆっくりであることを証明する金色のバッジが光っていた。
間違ってもこんな野良の縄張りで見掛けるような存在ではない。
「こまりました……ここはどこなんでしょう?……おねえさーん!かなこさまー!すわこさまー!さなえはここですよー!?」
どうやら道に迷ったようだ。さなえのような希少種を一匹で外に出すなぞ考えられないから、飼い主と逸れたのだろう。
何かを探すようにきょろきょろと見回しながら、時々大声で飼い主を呼ぶ。
しかし、大声で自分の存在をアピールしてしまっては野良ゆっくりを呼び寄せるだけだ。
やっと見つけたお婿さん候補を横取りされては敵わない。れいむは早速行動を起こした。
「ゆっくりしていってね!」
「ゆっ!?ゆっくりしていってくださいね!」
れいむのご挨拶に一瞬驚いたものの、さなえは満面の笑みを浮かべてご挨拶を返す。
バッチ持ちの飼いゆはご挨拶を返さないよう躾けられているものが多い。野良に襲われた際にご挨拶をされて隙を作るのを防ぐ為のものだが、弊害もあった。
野良との違いを認識することで選民思想を持ってしまい、ゲス化する飼いゆが続出したのだ。
それを防ぐため、室内飼いを前提にしたゆっくりにはわざとこの躾を施さないことがある。このさなえもそのケースだ。
だが、さなえのそう言った経歴のことをれいむは知らない。
流石に金バッジの存在ぐらいは知っているが、飼いゆのことは「ご挨拶も返さないお高くとまったゆっくり」としか思っていない。
その「お高くとまったゆっくり」である筈のさなえがご挨拶を返したことで、れいむは確信した。
こいつは自分に惚れている、と。
三段論法どころか間の諸々を一足飛びですっ飛ばした結論を、れいむは何の疑いも無く信じ込む。
突然薄気味悪い笑みを浮かべてぐねぐねと体をくねらせたれいむを、不思議そうに見やるさなえ。
飼いゆとして純粋培養された彼女にとって、野良との遭遇は初体験だ。その上、共に過ごすかなことすわこも同様の出自であり、ゆっくり社会よりも人間社会の方が身近にある。
要するに「世間知らずな箱入り娘」そのものなのである。れいむの一方的な思い込みなぞ察することすら出来なかった。
「ゆっ!れいむがかわいいからって、さなえはだいたんだね!」
「はぁ……?と、とりあえず、さなえはかいぬしのおねーさんをさがしているんですが、こころあたりはありませんか?」
にへらにへらと締まりのないお顔で妙なことを口走るれいむに若干引きつつも、さなえは逸れた飼い主のことを尋ねてみる。
駄目で元々、一応念のために聞いたに過ぎなかったが、それはさなえにとって最悪と言うべき行動だった。
ピンク色に染まっていたれいむの餡子脳が、さなえの台詞を聞いた途端に狡猾さを取り戻す。
どうやらさなえは逸れた飼い主を捜すうちにここまで来たらしい。だが、この辺りは野良ゆっくりの縄張りだ。
「お高くとまったゆっくり」はこんな所には来ないし、居たとしてもさなえのように無警戒にはならない。野良ゆっくりに酷い目に遭わされるからだ。
つまり、さなえは飼いゆとしても相当な箱入りである、と言うことだ。ならば、とれいむは早速行動を起こした。
「ゆっ!そういえば、さっきさなえをさがしていたにんげんさんがいたよ!」
「ほんとうですか!?」
いかにも腹に一物ある、と言わさんばかりのニヤニヤ笑いを貼付けたれいむの白々しい嘘に食いつくさなえ。
さなえが飼い主との日課だった朝の散歩中、突如壊れて暴走したスィーから投げ出されて二時間あまり。
その間、人間はおろかゆっくりにすら遇えずに彷徨っていたさなえにとって、れいむの言葉は天からの救いに他ならない。
蝶よ花よと育てられた純真無垢なさなえには、野良の邪悪な思惑なぞ理解出来る筈も無かった。
「ほんとうだよ!れいむがつれてってあげるよ!」
「あ、ありがとうございます!!よろしくおねがいします!!」
大喜びでれいむに頭(?)を下げるさなえ。もちろん、ここで言う「ありがとう」は案内してくれることに対するものである。
そんなさなえの姿を、れいむの餡子脳は見事に曲解した。
「れいむさまのようなびゆっくりのおむこさんにしてもらえるなんて、ゆめのようです!
はやくすっきりーっ!してゆっくりしたあかちゃんをつくって、あまあまをいっぱいもらいましょうね!」
何をどう変換すればこうなるのかは定かではないが、れいむの耳にはそう聞こえていたのだ。
やっと飼い主に会えると安堵するさなえの潤んだ瞳でさえ、れいむの視界では情欲に濡れた狩人の目つきに変わっている。
まむまむの奥が熱くなるが、幾らなんでも天下の往来ですっきりーっ!する訳にはいかない。
「こっちだよ!ついてきてね!!」
「わかりました!」
歩き出したれいむの後を追うさなえ。先を行くれいむが人気の無い辺鄙な場所に分け入っても、疑うこと無く着いていく。
手入れのされていない空き地の草むらを越え、建物と建物の僅かな隙間が作り出した袋小路の奥にあったのは小さな段ボールハウスだった。
大きさこそ瓶ビールのケース程度ではあったが、雨避けのビニールで覆われたそれは野良ゆのおうちとしては最高クラスの物件である。
「ここだよ!ゆっくりいらっしゃい!!」
「は、はあ……」
先に入ったれいむに勧められるままにさなえは段ボールハウスの中へ入る。
中には雨水を溜める為のプラスチックのお皿や使い古してボロボロになったタオル、貯蔵庫に使われていたらしい小さな発泡スチロールの箱が転がっていた。
もっとも皿は完全に乾いていたし、箱の中身は空っぽ、タオルに至っては天日に当てていないのか据えた匂いが染み付いていたが。
人間なぞ影も形も見えない。こんな小さな空間に入り込める人間なんか居ないのだから当たり前だ。
「あ、あの……おねえさんは、どこに………?」
段ボールハウスの奥で何やらごそごそやっていたれいむに、さなえは飼い主のことを尋ねてみる。
さなえの問い掛けにゆっくりと振り返るれいむ。その口には何やら怪しげな茸がくわえられていた。
むーしゃむーしゃと咀嚼する度に茸が短くなっていく。それが完全に口の中に収まった瞬間、れいむはさなえに飛び掛かった。
「な!なにを……むぐっ!?」
ふぁーすとちゅっちゅすら未経験の唇にれいむのソレが押し付けられる。そして口内に何かが流し込まれた。
突然のことに理解が追い付かないさなえはソレをそのまま飲み込んでしまう。全て飲み下したことを確認してから、れいむはようやく唇を離した。
「な、なんてことを……さなえのじゅんけつが……」
「ゆふふっ、おたのしみはこれからだよ!」
呆然とするさなえの服の裾をくわえて剥ぎにかかる。ここでようやく、さなえは自分が貞操の危機に陥ったことを悟る。
途端に溢れて来る嫌悪感。先程までの無抵抗が嘘のようにさなえは暴れ出した。
「や……いやぁああああああっ!!やめてぇ!はなしてぇ!!」
「ゆふふ、さなえはつんでれだね!!」
実はありすなのではないか、そう思わせるほど自分に都合良く変換する餡子脳がさなえの訴えを却下する。
中々脱げないさなえの服に四苦八苦するれいむと、れいむの魔手から逃れようとするさなえ、二人の揉み合いは突如響いた小さな音が中断した。
びりっ!
何かが裂けるような音。恐る恐る自らの体を見下ろしたさなえの目に、縫い目から裂けた服が飛び込んで来た。
「い……い……いやぁああああああああぁああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛っ゛っ゛!!!!!!!!!」
「ゆ゛っ゛!?」
れいむも思わず怯んでしまうほど、深い絶望が込められたさなえの絶叫。
この服は、飼い主が手ずから作ってくれたさなえの宝物だった。
室内着である筒状のものとは違い、丈夫な布地でさなえのあんよを保護する靴の役目も担う袋状に作られたこの服は、さなえのたった一つの我侭の為に用意されたもの。
「おそとにいきたい」
生まれてからずっとお外を歩いたことの無いさなえがポツリと漏らした一言に応え、飼い主のお姉さんが一生懸命作ってくれたかけがえのないもの「だった」。
それが今、目の前で無惨に破かれようとしている。さなえにはその裂け目が深淵の口を開けて飼い主との絆を引き裂くクレバスに見えたのだ。
「やだ!やだぁああああっ!おねえさんがつくってくれたおようふくがぁ!はなして!はなしてぇ!!」
かなり上等な生地を使っているさなえの服だったが、縫い目まではカバー出来なかったらしい。
その上、れいむは未だに服の裾をくわえている。その状態でさなえが暴れ出した為に、裂け目は少しずつ少しずつ広がっていく。
見ようによってはさなえが自ら破っているように見えるかも知れない。
「ゆふっ、さなえったらだいたんだね!」
事実、れいむはそのように解釈した。
れいむが服を剥ぎ取りにかかったのは、服に隠されたぺにぺにを露出させるためだ。
人間に着せられた服を自ら脱ぐさなえの姿は、れいむの餡子脳に「そんなにれいむとすっきりーっ!したいんだね!」という感想しかもたらさない。
それはれいむの獣欲を増々昂らせるだけであった。
「ゆふ~っ、ゆふ~っ、もうすぐじゃまなおようふくさんをぽーい!できるよ!まっててね!」
「やめてぇええええええっ!!たすけてぇえええええっ!!おねぇさぁああああああんっ!!」
さなえの抵抗空しく、いや、抵抗したが為に思い出の服は大きく裂ける。その下から現れたのは、屹立するさなえのぺにぺにだった。
「いやぁあああああああああああああああああっ!!どおしてぇえええええええええええええっ!?」
「ゆっ!りっぱなぺにぺにだね!!こんなおおきいの、はじめてみるよ………」
すっきりーっ!はおろかゆなにーすら未経験のさなえである。普段はまむまむとして収まっている自分のぺにぺにを見るのはこれが初めてだった。
無理矢理犯されようとしている今の状況においてぺにぺにが勃ったという事実が、さなえの自尊心を打ちのめす。
そしてれいむは想像以上にご立派なさなえのぺにぺにに若干怯んでいた。それまでくわえていた服の裾を思わず放してしまうほどに。
突然訪れた逃亡の機会、だがさなえは絶好のチャンスであったにも拘らず逃げ出す気配を見せなかった。
いや、逃げ出すことすら考えることが出来なかったと言うべきだろう。
「いやぁ……いやなのにぃ………どおしてぇ………」
……どうして、さなえはれいむとすっきりーっ!したいの!?
餡子の底から湧き上がる衝動、それは飼い主との絆を破り捨てた憎き仇である筈のれいむに対する劣情であった。
無論さなえとてすっきりーっ!の意味ぐらい知っている。だが自分がすっきりーっ!するのはずっと先のことだと思っていた。
いつか白馬ならぬ真っ白なスィーに乗った素敵なゆっくりと電撃的な恋に落ち、飼い主とかなことすわこに祝福されながらゆっくりした赤ちゃんを授かる。
それがさなえの抱いていた夢であった。断じて今の自分の姿ではない。なのに、何故こんなにすっきりーっ!したくなるのか?
餡子の底から突き上げる衝動に流されそうになりながら、さなえはそんな疑問を浮かべていた。
「ゆふふっ、やっとすなおになったね!やっぱりばいゆぐらはすごいよ!」
にやりと口角を歪めて笑うれいむ。そう、さなえの異変はれいむが食べさせた茸が元凶だった。
一部のありすにのみ伝わる、ゆっくり専用の強壮剤「バイゆグラ」。
幻覚作用のある茸をレイパーの精子餡に漬け込んで作られるそれは、食べたゆっくりの精子餡を増大させた上で発情させる、言わば即席レイパー製造薬である。
一回すっきりーっ!してしまえば元に戻る程度の効き目ではあるが、注目すべきは如何なるゆっくりであってもレイパー化させる効能だろう。
本来ゆっくりには雄雌の区別がない。父役、母役を決めるのはあくまで個体の性格である。
さなえは明らかに母役型の性格だった。そのため、れいむは以前知り合いのありすから手に入れたバイゆグラを使ったのだ。
もっとも、れいむはバイゆグラの効果を「ツンデレなゆっくりを素直にさせる」ものだと思い込んでいたが。
「いやぁ………いや………あ…………………ああああああっ!れぇえええいぶぅうううううううっ!!!!!」
「ゆっほぉおおおおおおおおっ!!」
必死に劣情を押さえていた理性が遂に崩壊したのだろう。さなえはれいむに襲い掛かる。
待ち受けていたれいむが尻を高く掲げてさなえを誘い、さなえのぺにぺにがれいむの中に沈んでいく。
暫くの間、路地裏は聞くに堪えない嬌声と汚らしい音に満たされていた。
それから四日後の早朝。
珍しく早起きしたことでテンションが上がり、「よーし、ジョギングでもすっか!」と玄関を開けた男が見たものは、
「れいむのおちびちゃんかわいいでしょ!?ゆっくりできたでしょ!?だからあまあまちょうだいね!!」
「きゃわいくってごみぇんにぇ~!!!!!」
「「「「……ごみぇんにぇ……」」」」
「れいむはきしょうしゅのおかあさんなんだよ!はやくあまあまちょうだいね!!」
「あみゃあみゃよこしぇー!じじい!!」
「「「「……あみゃあみゃ……ゆええええん!!」」」」
「………はぁ?」
自信たっぷりにふんぞり返るれいむと赤さなえ、そして何やら悲嘆にくれている赤れいむ達だった。
「れいむはけさしゅっさんっしたばかりでつかれてるんだよ!だからゆっくりしないでさっさとあまあま「黙れ」ぶぎゅっ!」
「ゆわぁああっ!!おきゃーしゃぁああああんっ!!!」「「「「ゆっ!?」」」」
汚い歯を剥き出しにして唾を飛ばしながら捲し立てていた親れいむに蹴りをぶち込む。
ランニングシューズのつま先が鼻先に突き刺さり、れいむはいとも簡単に吹き飛ばされる。
ぼでんぼでんと跳ねながら道の反対側に設置されていたゴミ集積所に突っ込み、積み上げられていたゴミ袋を崩して下敷きになった辺りでようやく止まった。
先程までれいむと瓜二つな態度で食糧を要求していた赤さなえは親の無様な姿に絶叫し、めそめそと泣き崩れていた赤れいむ達はその様に呆然とする。
その隙をつき、男は赤さなえを摘まみ上げた。
「ゆっ!?おしょらをとんじぇるみちゃ……ぴぎっ!?ゆぎゃぁああああああっ!!しゃなえのうつきゅしいびきゃきゅぎゃぁああああっ!!!」
呑気に喜ぶ赤さなえにデコピンをぶち込む。顔面ではなく、多少頑丈なあんよを狙ったので命に別状はない。
しかし赤ゆには充分すぎる激痛であった。文字通り生まれて初めて味わう苦痛にさなえは泣き叫ぶ。
「……ゆっ!いもうちょのくしぇにおにぇーちゃんをばきゃにしゅるきゃら、いちゃいいちゃいになりゅんだよ!」
「いちゃい?くりゅちい?りぇいみゅたちはもっちょくりゅちきゃっちゃんだよ!」
「おきゃーしゃんも、さにゃえばっきゃりきゃわいぎゃりゅきゃらああなっちゃったんだよ!」
「ゆっくちできにゃいくしょおやとげしゅにゃいもうちょはゆっくちちにゃいでちね!」
苦痛に顔を歪ませるさなえの姿を見た赤れいむ達が口々に罵声を上げる。余程鬱憤が溜まっていたのだろう。
姉達から口汚く罵られたさなえは泣くのをピタリと止めて反論し始めた。
「うるしゃいよ!きしょうしゅでもにゃいくしぇにしゃなえをばきゃにしゅりゅくじゅおねーちゃんこしょちね「黙れってんだろうが!!」えぶっ!?」
否、反論しようとした所でさなえを掴んでいた男がその手に力を込める。ごく軽くではあったが、その程度でさえピンポン球サイズの赤ゆにとっては致命傷になりかねない。
そしてさなえを掴んだまま、足下で男に怯えていた赤れいむ達に警告した。
「お前らも黙ってろ。五月蝿くするなら………潰すぞ」
「「「「ゆ……ゆっくちわきゃっちゃよ!!!」」」」
恐ろしーしーを漏らしながら男の言葉に従う赤ゆ達を一瞥して、男は手の中でもがくさなえに目を向ける。
若干手の力を緩めてやった処で一息ついたのか、さなえは男に憎々しげな眼差しを向けてきた。男を罵らないのは先程の苦痛を怖れているのだろう。
「さて……お前ら、何しに来たんだ?」
「だきゃら、きゃわいっくってきしょうしゅのしゃなえにあみゃあみゃをよこしぇっていっちぇるでしょう!?
いちどいわれちゃきょとをもうわしゅりぇりゅにゃんちぇ、じじいはばきゃにゃの?ちぬぎゃぁあああああっ!?!?」
しかし所詮は餡子脳。あっさりと調子に乗って暴言を吐き、再び握りつぶされて苦悶するさなえを見て、男にある疑問が浮かぶ。
「……コイツ本当に希少種か?ここまで性格悪いのは初めて見るぞ?」
希少種がもてはやされている理由は、なにも数の少なさだけではない。
ゆっくりは甘やかされると調子に乗ってゲス化する。これは全てのゆっくりに共通している欠点ではあるが、希少種は比較的ゲスになりにくい。
勿論なりにくいと言うだけで、度を過ぎればゲスになるのだが、通常種よりは耐性があるので飼いゆ初心者が陥りやすい躾の失敗でのゲス化が少ない。
だが、このさなえは見事なゲスっぷりを見せている。希少種であるさなえを、しかも赤ゆのうちにここまでゲスに仕立て上げるのは逆に難しいだろうに。
苦痛にもがくさなえを解放する。途端にさなえが悪態をつく。
「なんちぇきょとしゅりゅのぉおおおっ!?しゃなえはきしょうしゅにゃんだよ!きゃわいいんだよ!わかっちゃらあみゃあみゃよこちぇ、じじい!!」
「……しかも頭の出来も悪いと来た。つい先刻の事が思い出せないようならペットショップでも二束三文だろうな……」
呆れた事に先刻まで誰に苦しめられていたのか、あっさり忘れてしまったようだ。
都合の悪い記憶を素早く失う忘却力、切り替えの早さはゆっくりの特徴ではあるが、此処まで酷いのはゲスであっても滅多に居ない。
希少種は文字通り希少なため、ペットショップやブリーダーに持ち込めば高額で買い取ってくれる。ただし「将来有望な」という枕詞が付く個体のみ、という制限がつくが。
赤ゆの時点から口も悪ければ頭も悪いゲスであるさなえでは良くて通常種以下、最悪買い取り拒否だって有り得るだろう。
もっとも虐待用としてなら尋常じゃない需要があるだろうし、加工所に売り込めば一財産にもなろうが、あいにく男にはそっち方面の知識はなかった。
「きゃわいいしゃなえのめいりぇいぎゃききぇにゃいの!?しゃなえおこりゅよ!!ぷきゅーっ!!」
男が思索に没頭したのを良い事に、散々喚き散らした上で膨れるさなえ。
その台詞の端々に散らばるキーワードに気付いた男が問いただす。
「おい、先刻から希少種、希少種五月蝿ぇが、んなこと誰から聞いたんだ?」
「おきゃーしゃんがしゃなえはきしょうしゅできゃわいいきゃら、いっぱいゆっくちできりゅっちぇいっちゃよ!
だきゃらじじいはゆっくちしにゃいであみゃあみゃをよこちちぇね!!」
「親?……ああ、あの時の奴だったのか。しぶとい奴だな」
さなえの言葉に、男は五日ほど前にも同じように野良ゆに絡まれた事を思い出す。
その時確かに「希少種でもないくせに餌をねだるな!」と怒鳴った覚えがある。
どうやら親れいむはそれを聞きつけ、さなえをにんっしんっして物乞いのリベンジを果たしに来たらしかった。
「……ん?待てよ、さなえを生んだって事は、さなえと番になったって事だよな?」
そう、いくらゆっくりの思い込みが理不尽なまでに強くとも、全く関わりのない餡統の種属を産み落とすような器用な真似が出来る程ではない。
だが、野山ならともかく街中で飼いゆ以外の希少種なぞ居ない筈だ。ならばその相手は必然的に飼いゆ、と言う事になる。
「こいつら、どう見ても野良だしなぁ……なら、もしかして誘拐か?」
飼いゆになる為に飼いゆを誘惑して番の座に納まろうとするゆっくりは後を絶たない。
中にはれいぽぅして無理矢理番になろうとするものもいるが、大体は箱入りで世間知らずな飼いゆを言葉巧みに騙す方法を取る。
そして騙された飼いゆの中には、家出をして野良に付いていってしまうものが居るのだ。
これを「誘拐」と呼ぶ。ゆっくりによる被害、略してゆ害では結構上位に入っていた。
詳しい話を聞き出すべく、男は赤ゆ達の尋問を開始する。
「おい。お前ら、いつ生まれた?」
「「「「れ、れいみゅたちはうみゃれちゃびゃっきゃりだよ!」」」」
「はやきゅあみゃあみゃよこちぇぇええ!!」
生まれたばかりでこの態度、余程のゲス親の餡子を継いだのだろうか。喚き散らすさなえを締め付けて黙らせ、赤れいむ達の尋問を続ける。
「で、お前ら何処から来た?父親は何処だ?」
「れいみゅたちはあっちきゃりゃきちゃよ!」
「とってもゆっくちしちゃだんぼーりゅしゃんのおうちだよ!」
「おっきにゃはらっぱをぴょんぴょんしてきちゃよ!」
「おちょーしゃんもさにゃえじゃよ!おうちにいりゅよ!」
「くるちぃいいいっ!ちゅぶりぇりゅぅうううううっ!!」
鳥の雛の如く一斉に口を開く赤れいむと、潰されかけたさなえの上げる悲鳴が重なって良く聞き取れないが、聞きたい事は聞き出せた。
断片化された情報を統合しつつ、欠けた部分を推論で埋めていく。
「つまり、お前らは生まれたてで、原っぱを抜けた先にある段ボールを巣にしてんだな?で、そこにさなえも居る、と。
……あっちって、二丁目の空き地かな?そこを渡って来たって事は、どこかの家の裏手か隙間辺りに住み着いてるのか、こいつら?」
「れいみゅたちのおうちはかべしゃんがまもってりゅんじゃよ!」
「ねこしゃんもいぬしゃんもはいってきょれないゆっくちぷれいしゅだよ!」
「壁に囲まれてて犬猫も入って来れないっつうと……鬼意さんと愛出さんの間にある袋小路か。確かにあそこは盲点だわな」
聞きもしない事を口走る赤ゆ達が男の推論を補強する。大体の当たりを付けた男はやおら携帯を取り出し、登録された番号を呼び出す。
早朝にも拘らずコール一発で繋がった相手とごく短い言葉を交わし、携帯を切る。
そして電話の最中も悪態をつき続けた赤さなえと、親鳥に餌を強請る雛のように騒がしい赤れいむ達に向かい、告げた。
「もう良いや。お前ら、死ね」
「「「「………ゆ゛っ゛!?」」」」
突然の死刑宣告に固まる赤ゆ一同。それに構わず男は足を振りかぶり、赤れいむ達に向けて蹴りを繰り出した。
「ゆぎゃっ!!」「ぶびゃっ!!」「ゆびぃっ!?」
蹴りは狙い過たずに一列に並んでいた赤れいむの中央に陣取る二匹を粉砕し、右端の一匹の側面を擦る。
「ゆ゛っ゛ぎゃ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!でい゛びゅ゛の゛ぶり゛ぢぃ゛に゛ゃ゛お゛ぎゃ゛お゛ぎゃ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!」
「ゆ゛わ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!でい゛びゅ゛の゛ぎゃ゛わ゛い゛い゛い゛も゛う゛ぢょ゛ぎゃ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!?」
顔の端を翳めただけの筈だったそれは、赤れいむの頬から側頭部の大部分に至るまでを見事に抉り取る。
生まれたての状態で長距離を移動したため、皮が非常に脆くなっていたのだ。
明らかに致命傷な断面からどくどくと流れ出す餡子を見てパニックに陥る赤れいむ姉妹の頭上に影が差す。
最後に赤れいむ姉妹が見たものは、全然ゆっくりしていない靴底だった。
ぷちっと言う小さな音が、男の手の中に居る赤さなえに届く。
それが断末魔の定型詩すら吐く間もなく潰された姉達の末期であることを知り、赤さなえは口の端を歪ませて嘲笑った。
「ゆふふ、いいきみだよ!きゃわいくてきしょうしゅにゃしゃなえをびゃきゃにちたかりゃ、ゆっくちできにゃくなっちゃうんだよ!」
姉達の無惨な死に唾を吐き、赤さなえは未だ自分を掴み上げている男に命令を下す。
「いちゅまじぇつきゃんでりゅの!?しゃっしゃときゃわいくちぇきしょうしゅなさなえをおろちちぇね!
あとおねーしゃんをきょろちたしゃざいとばいしょうにあみゃあみゃをもってきちぇね!たくしゃんでいいよ!」
つい先刻嘲笑った姉の死。それをも利用して甘味を要求する赤さなえ。
男は凍えるような目でさなえを一瞥すると、きっぱりと宣言する。
「断る、お前も死ね」
「……ゆ゛っ゛!?」
再び固まる赤さなえ。しかし先程とは意味合いが微妙に異なる。
「どぼぢでぞんなごぢょいうのぉおおおおっ!?じゃなえはぎじょうじゅにゃんじゃよ!?どぐべぢゅなゆっぐぢにゃんぢゃよ!?」
ゆっくりは都合の悪い記憶を書き換え、自分に都合のいい事実を捏造して記憶をすり替えてしまう。
既にさなえの餡子脳内ではこの男は奴隷であり、先程の殺戮もさなえが命じて処刑させた事になっている。
とは言え、自分を殺しかけた、全然ゆっくり出来ない人間を、それも殺されかけた直後であるにも拘らず奴隷扱いするような真似、いくらゆっくりでも普通は有り得ない。
さなえは確かに特別だった。悪い意味で、だが。
「……希少種だろうと何だろうと、ゲスなゆっくりに価値なんか無ぇんだよ」
「しゃなえはげしゅじゃにゃいぃいいいいいっ!!!!」
さなえは泣き叫んだ。生まれる前から母に祝福され、通常種の姉達とは雲泥の差の扱いを受けて来た自分が、事もあろうにゲス呼ばわりされた事に対して。
ゲスとはゆっくり出来ないゆっくりに対する最上級の蔑称だ。決して希少種で特別な自分に向けられる言葉ではなかった。
「しゃなえはきしょうしゅにゃんだよ!?とくべちゅできゃわいいんだよ!?げしゅじゃないよ!!
しゃなえをげしゅよばわりしゅりゅげしゅにゃじじいはちねぇ!!!!」
ガッチリと掴まれた掌の中で必死にもがき、さなえはゲス呼ばわりした男に向かって吼える。
だが、さなえの言葉を聞いた男は呆れたように言葉を返した。
「馬鹿かお前。いいか、本当に可愛い奴は自分から可愛いなんて言わないんだよ。何も言わなくても、廻りが可愛いって言ってくれるからな。
自分で自分の事を可愛いだの特別だの言う奴は、自分でそう言わなきゃ誰も言ってくれないような奴なのさ」
「………ゆっ!?!?」
「なあ、お前は誰に可愛いって言われたんだ?誰に特別って言われたんだ?」
「しょ、しょれは、おきゃーしゃんが……」
「阿呆かお前。親にとって子供が可愛くて特別なのは万国共通だろうが。……じゃあ、父親はどうだったんだ?姉妹は?他に、お前を可愛いって言った奴が居るのか?」
「ゆっ………」
男の台詞に、さなえは生まれてからの、決して長くないゆん生を反芻する。
さなえが生まれた時、母親は「ゆっくりしたさなえだよ!かわいすぎるよ!」と言ってくれた。けれど、その目は笑ってなかった気がする。
父親は何も言わず、憔悴しきったお顔でさなえを一瞥しただけだった。姉達に至っては仇を見る目で睨み付けて来た。
さなえはそれを「ゆっくりしていないおねーちゃんが、ゆっくりしたさなえにぱるぱるしてる」と思っていたが、もしかしたらそれは醜いさなえを拒絶していたのだろうか?
だとしたら、さなえは自分が可愛いと思い込んでいる道化でしかない事になる。そしてその想像は、何故かとても正しいように思えた。
「……ちぎゃぁあああああうぅっつつつつっ!!!しゃなえはとくべちゅにゃんだぁあああ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!!」
だからさなえはその想像を否定した。それを肯定してしまったら、さなえは決してゆっくり出来なくなってしまうから。
今まで自分が信じていたものが、ただの思い込みに過ぎない事を自覚してしまったら、さなえはきっとどうにかなってしまうだろう。
もっともそんな事、男にとってはどうでも良かった。さなえの行く末なぞ、最早一つしか有り得ないのだから。
「……矯正不可か。こりゃ、ペットショップでも買い取ってくれないな。……じゃあな」
言うが早いか、男はさなえを握った手を大きく振りかぶり、地面に向かって投げ付けた。
「おちょ………」ぱぁんっ!
小さな破裂音を残し、さなえはアスファルトの染みになった。
先に逝った姉達と同じく、末期の言葉すら残す間もない、至極あっさりとした末路だった。
「くっそ、朝からツイてないな……あぁ、またシューズが餡子塗れに……」
五日前と同じような台詞を吐きながら家の中に引っ込む男。
その後ろ姿が玄関に消えるのを見届けてから、れいむはゴミ袋の影から姿を現した。
「ゆぅ……また……おちびちゃんが………」
流石に二度目にもなると衝撃は薄い。
だからといって悲しくない訳ではないのだが、れいむは今度の子供達に対してさほど愛情を抱いていなかった。
そもそも赤さなえを望んだのは「希少種ならあまあまがもらえる」という理由だ。だからあまあま入手に失敗した今、赤さなえに対する評価は地の底に落ちている。
赤れいむ達はそれ以下の扱いだ。折角さなえと事に及んだと言うのに、さなえに似ずに生まれ落ちた愚図な子供達を可愛がる理由など何処にも無い。
結論として「あまあまももらえない、ぐずでげすなゆっくりできないちび」と言う感想に行き着いたれいむは溜め息を吐く。
何故、どうしてこうなった?何故、あまあまが貰えないのだろう?
しかしその答えはあの人間が教えてくれた。
(本当に可愛い奴は自分から可愛いなんて言わないんだよ。何も言わなくても、廻りが可愛いって言ってくれるからな)
成程、思い返してみればあの赤さなえは全然可愛くなかった。自分が希少種である事を鼻に掛け、姉や親たるれいむに暴言を吐くさなえを見ても、全くゆっくり出来なかった。
それは赤れいむ達も同様だった。しきりに「れいみゅのほうがゆっくちできりゅよ!」などとアピールして来たが、その表情はゆっくりしていたとは言い難かった。
そう考えれば最初の子供達が潰されたのも理解出来る。あの子供達もやたら騒がしくて、盛んに自分がゆっくり出来る子供である事を自慢していた。だから潰されたのだろう。
ならば、あまあまを貰えるゆっくりの条件とは自己アピールをしない控えめな希少種、と言う事になる。
「ゆっくりりかいしたよ!おうちにかえったらすぐさなえとすっきりーっ!するよ!こんどはちゃんとかわいいこにそだてるよ!」
二度の失敗と、尊い犠牲の末に辿り着いた答えである。れいむは餡子にしっかりとその答えを刻み付け、自分のゆっくりプレイスである段ボールハウスへ引き返す。
アスファルトに咲いた五つの染みを振り返ることは、やはり無かった。
れいむが手入れのされていない空き地の草むらに辿り着いた頃には、既に太陽は空高く昇りきっていた。
にんっしんっ期間中、れいむは碌なものを食べていない。さなえの狩りが凄まじく下手で、ご飯を全然集められなかったせいだ。
今日は生ゴミの回収日だったこともあって久しぶりの狩りに夢中になっているうち、気が付くとこんな時間になっていた。
「ゆっ!ひさしぶりのかりだったからむちゅうになっちゃったよ!……やくたたずのおっとをもつとれいむがくろうする……ゆっとっと、いけないいけない」
狩り下手なさなえに対する不満から、つい不幸のヒロインであることをアピールしそうになって慌てて口を塞ぐ。
「ほんとうにかわいそうなら、じぶんでかわいそうっていわないんだよ!だかられいむはそんなこといわないよ!
こんどのおちびちゃんにはそうおしえるよ!そうしたらきっとあまあまがもらえるよ!だからじじいはあまあまをよういしてね!たくさんでいいよ!」
この期に及んであまあまへの執着を見せる根性だけは評価するべきだろうか?
空き地に生えていた雑草を適当に引き抜き、おうちで留守番をしているさなえのお土産にする。子作りしか能の無い夫への、れいむのなけなしの愛情であった。
見るからに苦そうな草を口にくわえ、れいむは手入れのされていない空き地を突っ切って、建物と建物の僅かな隙間が作り出した袋小路の奥へ跳ねる。
「ゆっくりただいま!さなえ、いまからすっきりーっ!する………よ……?」
袋小路の突き当たり、そこには、何も無かった。
小さくとも立派な段ボールハウスも、ゆっくり出来ない雨かられいむを守ってくれたビニールも、ぬくぬくしたタオルも、お皿も、貯蔵庫も、何よりさなえも。
一切合切何もかもが奇麗さっぱり消え失せていた。
「………………………………どぼ、ぢで?」
れいむの口から草の束がこぼれ落ちる。その事にも気付けないほど、れいむは混乱の極地に陥っていた。
今朝まで、生まれたての子供達を引き連れてあの男の家に向かうまで、間違いなくれいむのおうちは此処にあった。
なのに、此処には何も無い。ここにあったはずのおうちは、そしてれいむのだんなさんは、幻のように消えてしまった。
「どぼぢででいぶのおうぢがなぐなっでるのぉおおおおおおおおおおおおっ!?」
誰も居ない路地裏に、れいむの叫びがこだました。
時間を少し、遡る。
「きゃわいきゅちぇきしょうしゅのしゃなえがゆっくちうみゃれるよ!」
「おちびちゃんたち、じゃまだよ!とくべつなおちびちゃんがうまれるんだから、さっさとどいてね!」
「「「「どおちちぇしょんにゃこちょいうのぉおおっ!?」」」」
れいむの額から伸びる茎、その根元に生っていた赤さなえが誕生を宣言するのを聞き、れいむは先に生まれていた赤れいむ達を陣取っていたタオルから追い払う。
生まれてすぐのご挨拶にさえ「うるさいよ!このごくつぶし!!」と言う罵声を返され、懸命に自分の可愛さをアピールしていた赤ゆ達は抵抗も出来ずにころころと追い払われる。
泣き叫ぶ我が子達を無視しながら、れいむは己の欲望を背負う赤さなえの為にタオルを敷き直してその瞬間を待つ。
柔らかいタオルが自分の真下に来た事を確認した赤さなえが身震いすると、茎に繋がるへたの部分から頭が外れて落下する。
ぽふんとタオルに落着した赤さなえは見るものを虜にする魅惑の微笑み(と思い込んでいるもの)を浮かべて産声代わりのご挨拶を叫ぶ。
「ゆっくちちていっちぇにぇ!」
「ゆっくりしていってね!……ゆぅうん、ゆっくりしててすごくかわいいよぉ………さすが、れいむのとくべつなおちびちゃんだね!」
「「「「ゆゆゆっ!?」」」」
れいむの言葉を聞いた赤れいむ達に衝撃が走る。
自分達のご挨拶には罵声しか返さなかった親が、あんな変な色をした妹にはお返事を返したばかりか事もあろうに「ゆっくりしてる」と言ったのだ。
あんなリボンも付けていない、緑色の髪に不気味なお飾りを付けた妹に!
「おきゃーしゃん!しょんにゃいもうちょよりれいみゅのほうがゆっくちちてりゅよぉ!」
驚愕はそのまま憎悪に、そして嫉妬に変わる。身を焦がす嫉妬に駆られた赤れいむの叫びに、母は残酷な一言を返した。
「うるさいよ!きしょうしゅじゃないおちびちゃんがゆっくりできるわけないでしょう!」
「「「「ゆ゛っ゛!?」」」」
「きしょうしゅじぇとくべちゅにゃしゃなえといっしょにしにゃいじぇね!ゆぷぷっ」
思っても見なかった母の言葉に硬直する赤れいむ達と、その様を見て嘲笑う赤さなえ。
赤れいむ達が口を噤んだのを見て満足したのか、れいむは赤さなえを頭に乗せて外へ向かう。
「さあ、いまからあまあまさんをもらいにいくよ!きしょうしゅでかわいい、とくべつなおちびちゃんをみたら、きっとじじいもめろめろだよ!」
「あみゃみゃさんはゆっくちできりゅよ!しゃなえはとくべちゅだきゃら、たくしゃんよういしちぇね!」
「ゆふふっ、たくさんもらおうね!……そっちのおちびちゃんもついてきてね!」
「ゆ……ゆゆゆっ!?」「むりじゃよぉ!?」「れいみゅ、うみゃれちゃばっきゃりなんじゃよ!?」「れいみゅもおきゃーしゃんにのせちぇよぉおおっ!?」
突然無茶振りされた赤れいむ達が一斉に騒ぎ出す。当たり前だ。
生まれたての赤ゆの肌は柔らかい。だがそれはゴムのような弾力やしなりを持たない、紙の如き脆さを持った柔らかさだ。
個体差はあれど、赤ゆのあんよが外出に耐えられる丈夫さを持つのは生後一週間前後、それまではおうちの中で親の庇護を受けつつ、大事に育てられる。
生まれた直後に外出を宣言するなど、死刑宣告を受けたも同然だ。いや、この場合は拷問と言うべきか。
それでも、赤れいむ達が上げる悲鳴にも似た抗議の声は母には届かない。
「なにいってるの!そんなあまえたおちびちゃんはれいむのおちびちゃんじゃないよ!だったられいむのおうちからでてってね!」
「「「「ゆびぃっ!?」」」」
甘えるも何もれいむの方が育児放棄しているのだが、この脅し文句は赤ゆ達には有効だった。
ただでさえゆっくり出来ていない現状である。この上、おうちを追い出されてしまったら待っているのは確実な死だ。
ならば少しでも生き残る確率が多い方を選ぶだろう。たとえそれが0.000000001%の確率だったとしても、0ではないのだから。
「わ……わきゃっちゃよ!」「れいみゅ、おきゃーしゃんのいうとおりにしゅりゅよ!」「ゆっくりおきゃーしゃんのあちょをついていくよ!」「……ゆぅ」
「ゆん、わかったならさっさといくよ!ついてこれなかったらおいていくからね!」
「きしょうしゅじゃにゃいおねーちゃんたちは、ほんちょうにゆっくちちてにゃいね!ゆぷぷ……」
母の罵声と妹の嘲笑に歯を食いしばり、赤れいむ達は屈辱に耐える。
そして赤ゆの歩行速度なぞ全く考慮していない早さで跳ねていくれいむを追い、赤れいむ達は死の行進を開始した。
「いちゃいっいいいいっ!!いししゃんいじわるしないじぇぇえええっ!!」
「ゆぎっ!?れいむのびゅーちふりゅにゃおきゃおがきれちゃぁああっ!!」
「まっちぇえええっ!れいみゅしょんにゃにはちれにゃいよぉおおおっ!!」
「ゆわぁあああんっ!どぼぢで……どぼぢでこんにゃこちょにぃ……………」
段ボールハウスの外から聞こえる騒音が徐々に遠くなって行く。
そして路地裏が本来の静けさを取り戻した頃、おうちの奥に臥せっていたさなえがゆっくりと這い出して来た。
「……ゆぅ………」
さなえはかつて「月刊ゆっくりの手帖」のグラビアに載った事もある程の美ゆっくりだった。だが、今のさなえを見たものは同じゆっくりだとは思わないだろう。
毎日手入れを欠かさなかったサラサラの髪は酷く汚れ、土気色と緑のまだら模様になっている。
見るものを魅了した瞳も濁っていたし柔らかくもちもちしていた肌がボロボロに荒れ、艶を失いくすみ切っていた。
そして何より目を引いたのは頬に大きく刻まれ、じくじくと餡子を滲ませる大きな傷だった。
こうなった原因は勿論れいむである。
にんっしんっしたれいむは子供を盾にさなえを狩りに行かせた。さなえの方も望まなかったとは言え自分の子供を見殺しにも出来ず、言われた通りに狩りに向かったのだが。
生まれながらの飼いゆである彼女には、野生の餌なぞ見分けが付かなかった。
ゆん生初の狩りから手ぶらで帰って来たさなえに、れいむはあらん限りの罵声と体当たりを浴びせた後、ある提案をした。
「あきちのくささんをたべてきてね!たくさんだよ!」
青臭く、苦い草を咀嚼する度に餡子を吐きそうになるのを「おちびちゃんのため」と堪え、限界まで膨れ上がったお腹を抱えて戻って来たさなえに、れいむはとんでもない命令を下した。
「さなえのほっぺたにあなをあけてね!れいむはそこからあんこさんをたべるよ!」
ゆっくりの食事とは減った餡子の補充のことだ。そのため草や虫、生ゴミなど食べられるものなら全て餡子に変える構造をしている。
逆に言えば、普段はとても食べないような苦い草であっても、ゆっくりの体を通せば極上のあまあまになるのだ。
とはいってもうんうんとして排出された餡子は食べられない。その為、れいむはさなえの体内から直接餡子を啜ろうとしたのだ。
れいむの恐ろしい提案に仰天したさなえは当然拒絶した。だが、れいむの説得と言う名の脅迫は逃げる事を許さなかった。
「このままじゃれいむがしんじゃうよ!そうしたらおちびちゃんもしんじゃうよ!さなえはおちびちゃんをころすつもりなの!?
そんなゆっくりはげすだよ!げすなゆっくりはいきてちゃいけないんだよ!そんなこともわからないなんて、さなえはばかなの?しぬの?」
子供を宿せば、その分多く食べて餡子を補充する必要がある。体内の餡子を赤ゆが吸い上げるため、放っておくと待っているのは死あるのみ。
母体が死ねば当然子供も道連れになる。子供を見捨てられない時点で、さなえには逃れる術なぞ残されていなかった。
自らコンクリートの角にぶつかって開けた穴から、命そのものである餡子を啜られる。捕食種もかくやと言わんばかりの光景は、それから三日三晩続いた。
そして四日目の今日、生まれた赤ちゃんは一度もさなえを顧みる事無く、あまあまとやらを貰いに行ってしまったのである。
さなえも金バッチの飼いゆっくりだ。人間さんが何を嫌がるのか、どんなゆっくりがゲスと呼ばれるのか、ゲスと呼ばれるゆっくりが何故嫌われるのかを良く知っていた。
先程の赤さなえの言動はどう贔屓目に見てもまともでは無い。その上、人間さんや他のゆっくりを見下している。もはや真性ゲス以外の何物でもない。
ゲスになりにくい筈の希少種たる赤さなえがああも見事にゲス化した理由、それも全てれいむが原因だった。
にんっしんっ中、れいむは胎教と称して一匹だけ生った赤さなえを甘やかし、鈴生りになった赤れいむ達を罵倒し続けた。
「ゆ~♪きしょうしゅのおちびちゃんはとってもゆっくりしているね♪おかーさんもはながたかいよ♪」
「それにひきかえ、ふつうのおちびちゃんはぜんぜんゆっくりできないね!
ほんとうならちゅうっぜつっしてるところだけど、とくべつなおちびちゃんまでしんじゃうからやめてあげるよ!かんしゃしてね!」
れいむの計画では赤さなえを大量に産み、あの人間からあまあまを搾れるだけ搾り取るつもりだった。
だが、いざにんっしんっに踏み切ってみれば、あの人間に潰された無能な姉達そっくりの赤ゆばかりで、肝心のさなえ種は一匹のみと言う体たらく。
期待も大きかっただけに落胆も激しく、積もる鬱憤を赤れいむ達に当たり散らして発散する。
生まれる前から贔屓される赤さなえと、謂れのない罵倒を受け続ける赤れいむ達。如何にゲス化しにくいとは言え、これ程の悪状況が赤さなえに影響を及ぼさない訳がない。
次第に赤さなえの餡子脳に「希少種=勝ち組」、「その他=負け組」の図式が焼き付けられて行く。
そしてその偏った思考は赤さなえに絶対的な選民思想を植え付け、己の事しか考えないゲスの下地を構築していたのだ。
さなえがれいむに従っていたのは、子供を盾にされていたからである。その子供がどうしようも無いゲスであった事実は、さなえの迷いを断ち切るのは充分であった。
結局れいむはさなえを一顧だにする事なく、あまあまを強奪すべく出て行ってしまった。
千載一遇の好機である。致死量ギリギリの餡子を数日に渡り吸われ続け、衰弱し切った体を引き摺り、さなえは段ボールハウスから逃げ出そうと行動を起こした。
「……ずーり………ずーり………ゆっ?あれは………?」
段ボールハウスの床に残されていたのは、先程まで赤さなえ達が生っていた茎だった。
呆れた事に、あまあまに気を取られるあまり、れいむは赤ゆ達に茎を喰わせる事を忘れてしまったらしい。親としてはあるまじき事だ。
しかし、この場において、いや、衰弱しきったさなえにとって、これは幸運であった。
ほのかに甘い香りを放つそれを、さなえは本能的に口へ運ぶ。
「む……むーしゃ……むーしゃ……し、ししししあわせぇえええええっ!!」
芳醇で味わい深い甘みの中にほろ苦さと渋味を併せ持つ、郷愁を誘うどこか懐かしい味に、さなえは思わず声を上げる。
躾けられたマナーも、それが赤ゆのご飯である事も頭から吹き飛んだ。まるでさなえ自身が生まれたての赤ゆであるかのように一心不乱に茎を貪る。
瞬く間に茎を食べ尽くし、一息つく。徐々にではあるが、さなえは衰弱した体に活力が戻って来るのを実感していた。
ゆっくりにとって茎とは離乳食であり、免疫を付ける為のワクチンでもある。その薬効は赤ゆだけではなく、実は成体のゆっくりにも効果があるのだ。
衰弱したさなえの体は抵抗力が著しく落ち、様々な微生物に蝕まれていた。それがさなえを苦しめ、更なる抵抗力の低下を促すという堂々巡りに陥れた。
茎の力で回復したとはいえ、数日間に渡って啜られた餡子を埋めるほどではなかったし、跳ねて移動できるほど体力も回復していない。
しかしこのまま留まっていては、折角の逃げ出すチャンスを失う事になる。
悩んだ末、さなえは体力を回復させる事を優先した。れいむ達が帰ってこない事を祈りながら、さなえは目を閉じた。
それから暫く経った頃。ふと、段ボールハウスの外から聞こえる人間の声に、さなえは目を覚ました。
「……おい、ここだ。あれがそうじゃないのか?」
「多分そうだな。成程、三方を壁に囲まれてるから多少騒ぎ立てても気付かれないし、猫や犬も入りにくい。上手く考えたもんだな」
「でも、通報ではれいむ種だったんだろ?子持ちのゲスでれいむって言ったら、十中八九でいぶで決まりだ。そんな知能あるのか?」
「……元々は違う奴の巣だったんじゃないか?まりさかぱちゅりー辺りの。番になって愛想を尽かされたか、難癖付けて乗っ取ったかしたんだろうさ」
「……最悪だな。まあ、でいぶだしなぁ」
声からして二人居るようだ。さなえは助けを求めようとして、口を噤んだ。
今のさなえには飼いゆの証明たるバッジが無い。バッジの付いていたお洋服はビリビリに破かれ、れいむのうんうん拭きにされてしまっている。
すなわち現状において、さなえはそこらの野良と変わりない。そして野良ゆの扱いは悲惨の一言に尽きる。害獣として駆除される事だってあるのだ。
飼いゆを虐待する事に血道を上げる人間さんすら居るのに、野良ゆ同然に落ちぶれたさなえを助けてくれる奇特な人間さんが都合良く現れる筈がない。
さなえは息を殺し、人間さんをやり過ごす事にした。
だが、そんな事はおかまい無しに二人組の声は近付いてくる。
「しっかし、どうして今まで見つからなかったんだ?気付かれにくいっつっても、こうも丸見えなら解りそうなもんだが」
「見ろよ、入口付近だけ草が生えてない。周りの草の生え方からして、ここも草で覆われていたんだ」
「……けっかいって奴か?」
「多分な。……元々住んでた奴はそこそこ知能が高かったんだろう。出入り口が草で隠されていたから、ここを選んだんだ。
で、乗っ取った方はそんな事おかまい無しに草を貪り尽くして、こうして丸見えの巣に変えちまった、と言う訳さ」
「……阿呆だな」
「油断するなよ?ここのでいぶがたまたま馬鹿やっただけだ。でいぶに限らず、ゲス気質のある奴は悪知恵だけは働くからな。
誘拐した飼いゆをゆん質に取って色々要求して来た事例の事、知らない訳じゃないだろう?」
「……ここの奴も、ゆん質を取ってくるかもしれないってことか」
「可能性があるってだけだがな。とにかく、まずはあの巣を引きずり出そう。話はそれからだ」
「OK、そっちは任せた。折角の新装備だ、反抗する間もなく逝かせてやんよ」
声が段々近くなってくる。それに焦りながら、見つからないように息を潜めて身を竦ませるさなえ。
次の瞬間、段ボールハウスに激震が走った。ぐらぐら揺れるおうちにさなえが悲鳴を押し殺す。
揺れは収まるどころか、何かを引き摺るような音と共に増々酷くなっていく。それに気付いたさなえは何が起きているのかを理解した。
(も……もしかして……おうちごと、ひっぱりだされているの?)
慌てて逃げ出そうとするが、音や揺れから察するに段ボールハウスの出入り口方向に引っ張られているらしい。
ならは、今出て行ってもそこで待ち構えている人間さんと鉢合わせするだけだ。反対方向を蹴破って行こうにも、さなえの体力はそこまで回復していない。
そもそもこのおうちのあった場所は袋小路、逃げ場所など何処にも無い。つまり、完全に詰んでいるのだ。
がたがた震えながら、逃げ場のない恐怖に怯えるさなえ。そして入口を塞いでいたビニールが捲られた瞬間、さなえの忍耐は決壊した。
「ゆんやぁああああああああああああっ!!たすけてぇえええええええっ!!おねぇさぁああああああ゛あ゛あ゛ん゛!!!」
届かないと解っていても、さなえは飼い主に助けを求める。絆たるお洋服が無くなっても、さなえにとって飼い主は特別で大切な存在だった。
「うわっ!?……いたぞ!さなえだ!!他は居ない!!」
「よし、確保!!」
さなえが挙げた悲鳴に臆する事なく、段ボールハウスの中に大きな手が伸びる。避ける事も、逃げる事も出来ずにさなえは鷲掴みにされて引き摺り出された。
そこに居たのは喪服のような黒いスーツに身を包んだ二人の男。喪服と違うのはネクタイの柄と、左腕に付けられた腕章の色だった。
「バッジは?……付いてないな。確か服を着せていたらしいから、そっちの方に付いてるのか?」
さなえを掴み出した男がお飾りを検分し、バッジが付いていない事を確認する。その台詞を受け、もう一人の男が段ボールハウスを逆さに振った。
乾いたプラスチックのお皿、薄汚れたタオル、空っぽの発泡スチロールの箱、餡子塗れの布切れに混じって落ちてくる、金色に光る小さなバッジ。
素早く拾い上げ、こびり付いた餡子……れいむのうんうんを拭き取って、パッジに印刷されたバーコードをリーダーで読み取り、そこに表示された番号を照合する。
「……間違いない!捜索願いの出ていたさなえだ!」
「本当か!?……これでようやくあのおばちゃんのヒスを聞かなくて済むのか……」
「そう言うなよ。確かにあのおばちゃんはアレだが、飼い主の娘さんはまともだったろう?」
「……良く出来た娘さんだったよなぁ………確か………さん、だったよな?」
愚痴混じりの男達の会話、その中に自分に取って大事な固有名詞を聞きつけたさなえが慌てて確認する。
「ゆっ!?お、おねえさんのこと、しってるんですか!?」
「ん?あ、ああ。飼っているさなえが行方不明になったんで探して欲しいって、直接市役所の方に来たのさ」
「しやくしょ?……!、まさか、おにーさんたちは「こうあん」ですか!?」
「お、良く知ってるな。その通り、俺たちは「公餡」だよ」
さなえが驚くのも無理は無い。話だけは聞いていた市役所の対ゆっくり活動のエキスパート達が、目の前に居るのだから。
公共生活環境課、餡子生物対策班。通称「公餡」。年々増加して行くゆ害を解決すべく設けられた、新設の部署である。
その業務は幅広く、ゆっくりの駆除から行方不明になった飼いゆの捜索まで、二十四時間体勢で対応しているのだ。
黄色地に緑で力強くプリントされた「公餡」の文字を呆然と見やるさなえだが、ふと気になった事を聞く。
「で、でも、どうしてさなえのいばしょがわかったんですか?」
「通報があったのさ。さなえを誘拐した野良ゆが居たってな。最近行方不明になったさなえはお前さんだけだったし、これは当りかなと思ってたんだが……
見事ビンゴ!って訳だ。……ああ、安心して良いぞ。れいむなら通報した市民が制裁したらしいから、お前さんが仕返しされる事は無いよ」
「……おいおい、無駄口叩いてないで事後処理ぐらい手伝えよ」
二人組の片割れがさなえと話し込んでいる間、段ボールハウスやら小物やらをゴミ袋に詰め込んでいた男が呆れた風に声をかける。
「おお、済まん……って、大体終わってるじゃないか」
「まだ忌避剤の散布が残ってるよ。お前さんご自慢の新装備なんだろ?」
「いや、忌避剤は違うんだが……新装備はこっち、13mmジョロキア炸裂弾頭装填済みエアガンの方で……」
「んなもん唐辛子で苦しむ前に破裂すんだろうが!後片付けの面倒なもん作るなよ!!ほらさっさと忌避剤撒いとけ!!」
「はいはい解ったよ……んじゃ、お前さんは下がってな。万が一、お前さんに掛かっちまったら大変な事になるからな」
その言葉に従い、さなえが充分な距離を置いた事を確認した男は懐から大型の霧吹きを取り出した。
園芸用のありふれたものだったが、唯一違う点はれいむ種のリボンがタンクに沈んでいたことだろうか。
僅かに赤褐色に濁る液体を袋小路に満遍なく吹き付けていく。距離を置いているにも拘らず漂う臭気に、思わずさなえの顔が青くなった辺りでようやく散布が終わった。
「ふう、こんだけ撒いときゃ大丈夫だろう」
「……今度はどんなブレンドにしたんだ?見ろ、さなえが怯えてるぞ」
「ふっふっふ、聞きたいか?」
「いや別に」
「どぼじでぞんなごどいうのぉ!?」
「お前の説明、無駄に長いし。ほら終わったんならさっさと帰るぞ。さなえを忘れんなよ」
雑談を交わしながら撤収する二人と一匹。さなえが数日に渡って監禁された牢獄のあった場所には、何も残されていなかった。
余談ではあるが、保護されたさなえは無事飼い主の元に帰されたものの、外出を極端に怖れるようになって一歩も外に出ようとしなくなったそうだ。
また、れいむ種に対して異常な敵意を持つようになり、れいむ種を見掛けると「ぜったいにゆるさなえ」などと叫びながら襲い掛かるようになってしまったと言う。
れいむが帰宅するまでの間、この袋小路で起きた幾つかの出来事を知る術は無い。
しかし、「おうちが奇麗さっぱり消え失せた」という結果だけは確実にれいむの目の前に広がっていた。
「おうちが!れいむのゆっくりしたおうちが!いじわるしないででてきてねぇえええええっ!!」
あまりの事に半狂乱になりながら、段ボールハウスのあった辺りに駆け寄るれいむのあんよがピタリと止まる。
感じるのは匂い。全身が総毛立つ、ゆっくり出来ない匂い。今朝、子供の死体から立ち上っていた匂い。
「い……い……………」
れいむの全身に鳥肌が立つ。どっと冷や汗が吹き出す。目をカッと見開き、れいむは絶叫した。
「いやじゃぁああああああっ!!どぼぢで!どぼじでゆっぐぢできないのぉおおおおおおおおお゛お゛お゛お゛っ゛!?」
れいむが取り乱した匂いの正体、それは死臭だった。
公餡が吹き付けて行った液体の正体、それは死臭の染み込んだお飾りを漬け込んだ水だったのである。
ゆっくりの死臭はゆっくりにしか嗅ぎ分ける事が出来ない。人間や他の動物には全く影響しないのだ。
それを応用して作り出された、忌避剤と命名されたこの液体。これを吹き付けてゆっくりを追い払い、再度住み着く事を防ぐ公餡の正式装備だった。
効果のほどは、今現在のれいむの状況を見れば一目瞭然だろう。
「ゆ゛っ゛!ゆ゛っ゛!!ゆ゛げぇ゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛え゛っ゛!!!」
餡子を吐いてのたうち回る。まるで猛毒でも打ち込まれたような有様だが、ゆっくりにとってはどちらも変わりない。
しかもこの忌避剤、公餡の正式装備のものに、拷問されたゆっくりのうんうんを溶かしてある特別製だ。
ゆっくりはゆっくり出来ない記憶をうんうんとして排除する。その記憶が酷ければ酷いほど、ゆっくりが感じる臭気は強くなる。
うんうんを「ゆっくりできない」と敬遠するのはその所為なのだ。
拷問という生き地獄の記憶を封じたうんうんなら、その臭気は想像を絶する。
腐乱死体を大量に放り込んだ肥だめに浸かるに等しい、と言えばその苦痛が理解できるだろうか。
「ぼう゛や゛じゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ゛!お゛う゛ぢがえ゛る゛ぅ゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛う゛っ゛!!」
涙と餡子を靡かせて、れいむは一目散にその場から逃げ出した。帰るべき「おうち」は、もうどこにも無いと言うのに。
空き地を突っ切り、住宅街を走り抜け、ただただ闇雲に駆け続ける。周囲に夕闇が迫る頃、れいむはようやく走るのを止めた。
「ゆはーっ、ゆはーっ……ゆっ、どうしてこんなことにぃ……」
ぽたぽたと汗と涙を零しつつ、れいむは己の不遇を呪う。
どうしてこうなった?何故、誰もれいむに優しくしてくれないのか?
「れいむはしんぐるまざーだったんだよ!かわいそうなんだよ!だからゆっくりさせ……ろ…………?」
お定まりの台詞、自分か如何に可哀想なのかを語ろうとして、れいむは固まった。
気付いてしまったのだ。自分が何を言おうとしたのか、それが一体何を意味するのかを。
(本当に可愛い奴は自分から可愛いなんて言わないんだよ。何も言わなくても、廻りが可愛いって言ってくれるからな)
あの人間の言葉、普段ならすぐ忘れてしまうであろうそれに、れいむは確かに共感した。それが正しいと思ってしまった。
嫌な事、苦痛の記憶はすぐ忘れてしまうのがゆっくりだ。記憶を都合良くすり替え、自分が絶対に正しいと思い込む、それがゆっくりなのだ。
しかし「あまあまがほしい」と言う欲望の為に我が子さえ道具にしたれいむは、男の言葉をその為の手段としてしっかり餡子脳に焼き付けた。
元々欲望に忠実な生き物だ。欲望に忠実であるが故に、欲望を叶える為の言葉を忘れる事は出来ない。
だが、その言葉はこの現状を招いたのが誰なのかを突付ける諸刃の刃となって、れいむ自身に突き刺さった。
「……………れいむがほんとうにかわいそうなら……………れいむはこんなこといわないよ………………」
そうだ、れいむが本当に可哀想なしんぐるまざーだったなら、何も言わなくても優しくされていた筈だ。
可哀想だから優しくしろ、などと言う脅迫じみた要求を出していた時点で、れいむは可哀想なんかじゃなくなっていた。
れいむは、自分で自分を可哀想だと、自分で自分を可愛いと呼んだ。ゆっくり出来ない赤ゆ達と同じ事を、れいむは確かに言ったのだ。
自分の赤ゆ達がれいむに向かってそんな事を言って来たら、彼女は絶対せいっさいっに走っていただろう。
あの男はそれと同じ事をしただけ、れいむをせいっさいっしただけなのだ。
と、言う事は……………全ては、れいむの所為と言う事になる。
「ゆ……ゆ……ゆゆゆっ!」
違うと思いたかった。何かの間違いだと思いたかった。自分は何も悪くない、悪いのはれいむをゆっくりさせないゲス達だと、そう信じたかった。
けれど、れいむはもう信じる事が出来ない。それを否定すれば折角見えたあまあまへの道は閉ざされる。でも肯定すれば、れいむは自分がゲスであると認める事になる。
欲望と願望の二律背反。どちらも捨て去る事の出来ないものである以上、れいむはこの矛盾から逃れられない。
「ゆゆっゆゆゆゆゆっゆゆゆゆゆゆっゆゆゆゆゆゆ~ゆゆゆゆゆゆっゆゆ…………………………」
忘れる事も出来ず、曲解する事も出来ない。れいむの思考は堂々巡りに陥った。
それからどれくらい経ったのか。とっぷりと夜が更けてもなお、れいむは未だぐるぐる回る思考に囚われていた。
日差しを失って急激に下がった体温も、食事をとらなかったせいで空腹を訴えてくるお腹も、れいむを正気に戻す事は出来なかった。
当然と言えば当然の事だ。れいむを縛っているのはれいむ自身なのだから、自分で答えを見つけ出さない限り呪縛はほどけない。
そう、「自分自身」では無理なのだ。だから背後から聞き覚えのある声がかけられるまで、れいむは身動き一つ取れなかった。
「……ゆ?だれ?…………ゆゆゆっ!れいむ!?!?」「おきゃーしゃん!?」「……ゆゆっ!?」
れいむの記憶をくすぐる懐かしい声に、れいむが急いで振り返る。そこには一匹のまりさと、二匹の赤まりさが居た。それを見たれいむの目が見開かれる。
忘れる筈も無い、皺一つ入ってない混じりっ気無しの真っ黒な帽子に、少しだけ先端の折れている青みがかった帽子、そしてちょっとだけグレーの混じったフリルの多い帽子。
白い花のお飾りが余計だったが間違いない、そこに居たのは紛れも無く半月ほど前に失踪した番のまりさと、二人の子供だった。
「ば……ばでぃざぁああああっ!!」
この瞬間、れいむは後夫のさなえと、さなえとの間に生まれた赤ゆ達を記憶の外に追いやった。
(れいむがゆっくり出来なくなってしまったのは、まりさが子供を連れて出て行ったせいでしんぐるまざーになってしまったから)
恐るべき勢いで事実とは程遠い虚構の記憶をでっち上げ、現実とすり合わせて行く。
(れいむは謙虚だから自分を可哀想だとは思わないけれど、そんな健気なれいむの近況を知ったまりさが反省して助けに来てくれた)
先程まで苦しんでいた矛盾すら都合良く組み合わせ、自分の立場を作り上げて行く。
(れいむの子供は死んじゃったけど、まりさが連れ出した子供達は無事だから、この子達を教育しよう。れいむと同じ、可愛いゆっくりにする為に)
それは何処までも都合のいい、何処までも己を甘やかす、独善的なゆっくり特有の思考。
(そうすれば、今度こそあまあまを貰ってゆっくり出来る筈だから)
この期に及んでまだ見せるあまあまへの執着が、現実とは程遠い真実を作り上げ、れいむをゆっくりさせようとする。
自分で矛盾を解決できなかったれいむが、まりさという外部要素を得て、彼女を軸に状況の再構築を図ったのだ。
それはゆっくりとしては当然の思考。ゆっくりするためになら都合良く記憶を作り替えてしまう、それがゆっくりなのだから。
もっとも……
「「「こっちくるなぁああああああっ!!」」」
「ゆ゛っ゛!?!?」
それが他のゆっくりに理解されるかというのは、別の話なのが。
感極まって駆け寄ろうとしたれいむに、まりさ達が激しい拒絶の言葉を叩き付けたように。
「ど………どうしたの?まりさ……おちびちゃん……れいむだよ?まりさの、れいむだよ?わかるでしょう?」
「そんなことはしってるんだぜ!まりさたちになにをしたのか、もうわすれたんだぜ!?」「「しょーだ!しょーだ!!」」
想定外の反応に、れいむが激しく動揺しながら自分の事をアピールする。まりさ達が自分の事を忘れてしまったのでは?と考えたからだ。
しかし、まりさ達はれいむの事を覚えていた。覚えていた上で、れいむを拒絶したのだ。
れいむに受けた仕打ちの全てを覚えていたから、忘れたくても忘れられないから、拒絶したのだ。
「まいにちまいにち、まりさがとってきたごはんをれいむたちだけでひとりじめして!まりさたちだっておなかがすいていたのに!」
「れ……れいむは、こそだてでつかれてて………」
「なにがこそだてだ!まりさにのおちびちゃんをいくじほうきしていたくせに!」
「そ……それは……れいむにのおちびちゃんを、いじめるげすだったから………」
「まりしゃはいじめてにゃんかにゃいよ!いっちょにあちょんでいただけじゃよ!」
「で……でも、おちびちゃんはそういって………」
「れいみゅちゃちのいうこちょしきゃ、ききゃなかっちゃくしぇに!」
「だ……だって、まりさたちが、ゆっくりできなかったから……」
「ゆっくりできなかったのはせいだぜぇええええっ!!!!」
「「ゆっくちできにゃいおきゃーしゃんはゆっくちちないでちね!ぷきゅーっ!!」」
れいむは訳が解らなかった。
自分を助けに来てくれた筈のまりさ達からの冷たい拒絶。おちびちゃんに至ってはぷくーっ!までしてれいむを拒む。
もしかするとまりさ達はゲスで、れいむをゆっくりさせないために来たのか?
そんな考えが一瞬浮かぶ。だが、れいむはそれにすら縋る事が出来なかった。
今まで、自分がやって来た事を思い返してみる。
もし、赤さなえをちゃんと教育できていたなら、今頃親子であまあまに舌鼓を打っていたのではないか?
もし、赤れいむ達もきちんと教育できていたなら、あまあまだってたくさん貰えていたのではないか?
もし、バイゆグラに頼らずさなえと円満な家庭を築けていたなら、おうちで一緒にあまあまを食べていたのではないか?
もし、最初のおちびちゃんをゆっくり出来る子に育てていたなら、おちびちゃん達とあまあまに囲まれてゆっくり出来たのではないか?
いや、そもそも………先の番だったまりさにもっと優しくしていたなら、こんなに苦しむ事も無かったのではないだろうか?
あの空き地でまりさと出会い、瞬く間に恋に落ち、ゆっくりした子供を授かったあの日、れいむはまりさに何と言っただろう?
「れいむはおかーさんになるんだよ!だからこれっぽっちじゃたりないよ!まりさはれいむがかわいそうだとおもわないの!?
かわいいれいむをゆっくりさせないまりさなんか、れいむのおっとじゃないよ!わかったらゆっくりしないでごはんをあつめてきてね!たくさんでいいよ!!」
れいむ似の子供達が転んで怪我をした時、れいむはまりさ似の子供達に何と言っただろう?
「れいむにのかわいいおちびちゃんをいじめるなんて、ぐずなおとーさんにのおちびちゃんはやっぱりぐずなんだね!!
れいむはぐずはきらいだよ!!ぐずなおちびちゃんにあげるごはんなんてないからね!!これはぜんぶれいむとかわいいおちびちゃんがたべるよ!!」
でっち上げたばかりの偽の記憶が綻び始める。元々無理のある設定だったうえに、れいむ自身が疑い始めた以上、それを維持できる筈がない。
まりさは言った。「ゆっくりできなかったのは、れいむのせい」だと。
れいむがゆっくりさせなかったから、まりさ達は出て行った。ならば、れいむはまりさをゆっくりさせないゲスということになる。
れいむがゲスだったから、おちびちゃんが死に、さなえが去り、おうちを失い、あまあまも貰えなかったのではないか?
先刻までれいむを縛り付けていた矛盾が再び餡子脳を回り始める。いきなり黙り込んだれいむを見たまりさ親子は、それを勝利の証と捉えた。
「ゆぁあああああん?なにをだまりこんでいるんだぜぇ?いまさらあやまったって、おそいんだぜぇ?まりささまをゆっくりさせなかったつみはおもいんだぜぇ?」
「よきゅもきゃわいいまりしゃをげしゅっちぇよんじゃね?ゆっくちできにゃいおきゃーしゃんこしょげすじゃなーい♪」
「きゃわいいまりしゃをゆっくちしゃしぇないかりゃこんなこちょになりゅんだよ!おお、あわりぇあわりぇ!げらげらげら………」
厭らしい目つきで斜めに体を捻り、覗き込むようにれいむをねめつけながら因縁をつけるまりさ。
歌うように節をつけてれいむの事を小馬鹿にする子まりさと、れいむを見下し切って嘲笑する子まりさ。
その姿は決してゆっくりしたものではない。見下され、馬鹿にされている事を除いてもなお、醜悪な姿だとれいむは思った。
だけど、その姿にれいむは思い当たるものがある。
そう、あの子供達に、あまあまを貰いに行って皆殺しにされた子供達の姿に、そして自分自身の姿に重なって見えたのだ。
醜悪で、身勝手で、図々しい、ゆっくり出来ないその姿が。
(……ああ、そうか。だから、れいむたちは……)
不意に餡子脳に閃く答え。そしてれいむは、未だ罵詈雑言を撒き散らすまりさ親子に向かって一歩踏み出した。
翌日の早朝。
珍しく二日続けて早起きしたことでテンションが上がり、「よーし、今日こそジョギングでもすっか!」と玄関を開けた男が見たものは、
「……なんだこれ?」
二つの黒い染みと、ぼろぼろのゆっくり二匹だった。
近付いて良く観察してみる。
遠くからだと染みにしか見えなかったそれは、よく見れば金髪に黒い帽子を着けたまりさ種の子供であった。
一匹は仰向けで全身が扁平に潰れており、もう一匹は少し離れてうつ伏せになって体の半分を潰され、口から餡子を打ち撒けて果てていた。
そして少し離れた所に転がっているのは、へし折れた割り箸を口に銜えて全身に無数の傷痕を刻んだ成体のれいむとまりさだった。
まりさは帽子を失い、後頭部に深い裂傷を負っていた。
ほぼ無傷の帽子がすぐそばに転がってる所から察するに、帽子を跳ね飛ばされ、拾い上げようと振り返った瞬間に背中を滅多刺しにされたのだろう。
状況から見て一緒に転がっているれいむがやったのだろうが、その隙を作るまでどれだけ戦っていたのか、想像できないほどれいむの姿は酷かった。
まず、お飾りが無かった。それ所か、ゆっくりの大部分を覆うはずの髪の毛がごっそり消えていた。
所々に空いている穴から察するに、力任せに引き抜かれたのだろう。その際に皮も一緒に捲れて穴が空いたのだ。
右目が無かった。目玉が破裂したらしく、タピオカのようなゼラチン質の何かが眼窩から溢れている。
れいむの特徴であるリボンがあった後頭部は抉られるように消えていた。よく見れば歯形のような跡がある。リボンごと喰われたのだろうか?
あにゃるだかまむまむだかがあった部分には引き裂かれて出来た穴が空いていた。ご丁寧に刺してから抉ったらしく、広がりきった穴から未だに出餡している。
腫れ上がった体のあちこちが鬱血したように赤黒く変色していた。丁度、試合後のボクサーの顔を取り外せばこんな感じになるのかも知れない。
「……もしかして、せいっさいって奴か?」
ゆっくり殺しはゆっくりにとっての禁忌だが、例外もある。
ゆっくりをゆっくりさせないものに対して、彼女らは決して容赦しない。それは同じゆっくりであっても同様だった。
なによりゆっくりしている事が至上の彼女達に取って、ゆっくりしていないものはそれだけで罪であり、状況によってはゆん権すら剥奪される。
そうやって大義名分を得て自分や家族、あるいは仲間達に危害を及ぼしたゆっくりを生贄にして執拗に苦しめ、その様を嘲笑って見下す事でゆっくりしようとする。
それがせいっさいっと呼ばれる行為だった。
「まったく、ゆっくりって奴はよぉ……人ん家で何やってんだよ。後片付けぐらいして行けよなぁ……」
しかし、人間にとっては実に迷惑千万な話である。
制裁中のゆっくりが上げる悲鳴、それを囲んでゲラゲラ笑うゆっくり共、後に残される死体。
騒音公害に路上へのゴミ放置、軽犯罪法や市の景観保全条例違反のオンパレードだ。
これが現行犯なら公餡へ通報するか、バットでも持って叩き潰しに行っているだろうが、生憎全て終わってしまっている。
残された死体はただのゴミだ。ゴミの処理までは流石に公餡の管轄外であるから、それを発見した市民の裁量に任される。
犬猫の死体とは違い、死んだゆっくりは大きい饅頭にしか過ぎないので普通に生ゴミに出せば済む。
わざわざゆっくり如きに税金をかける事もあるまい、と役所と市民が妥協した結果であった。
「やれやれ……ん?コイツは………」
溜息を吐きつつ、ゴミ袋を取りに戻りかけた男がふと立ち止まる。死体のそばに転がる帽子、それに刺してある白い花に見覚えがあったからだ。
それは紛れも無く、町外れの空き地に居を構えていたまりさ親子であった。
「ふむ……まあ、一応な」
そう言い残して一旦家に引き返す男。暫くして玄関から現れたとき、その手には生ゴミ用の袋とオレンジジュースのパックがあった。
完全に潰れてしまった子供達は無視して、とりあえずまだ形を残している親まりさの方にオレンジジュースを浴びせる。
「………ゆ゛………ゆ゛ゆ゛ゆ゛っ゛!」
オレンジジュースの恩恵か、それともゆっくりの生命力の賜物か、死体にしか見えなかったまりさが息を吹き返す。
弱々しく震えながら目を開くまりさ。そして目の前に立つ男よりも先に、まりさはあるものを見つけてしまった。
「ゆ゛っ゛……れ゛ぇ゛え゛え゛え゛い゛ぶぅ゛う゛う゛う゛う゛う゛っ゛!!!!」
そう、ズタボロの死体と化したれいむの姿を。
次の瞬間、まりさの口から飛び出して来たのは、普段の彼女からは想像もつかないような口汚い罵声であった。
「よくも!よくもまりささまのくろしんじゅのようにえれがんとなおぼうしと!せかいがしっとするびゅーてぃーなきんぱつさんをけがしたなぁああああああああっ!!!!
ぜったいにゆるさないんだぜ!!ぜんしんなますにきりきざんで、くるしんでくるしんでくるしみぬいて、ゆっくりゆっくりゆぅうううううっくり、じわじわとなぶりごろしにしてやるのぜぇ!!」
それはどれ程の恨みだったのだろうか。
血の涙を流さんばかりにれいむの死体を睨み付け、口汚く罵りながらも未だ完全復調とは程遠いはずの体を引き摺り、れいむににじり寄る姿は鬼か修羅の如し。
すぐ傍にいる男のことなぞ目に入らない有様で、まりさはれいむを罵倒し続ける。
「このくず!げすのぶんざいでまりささまにさからおうなんて、とんだげすゆっくりなんだぜ!!ちょうどいいからどれいのにんげんにせいっさいっしてもらうんだぜ!!
まりささまのゆっくりしたきゅーとなえんぎでめろめろだから、めいれいすればなんでもきいてくれるのぜ!!ゆへへっ、いいきみなんだぜ!!」
次第に聞き捨てならない台詞が混じってくるまりさの罵声だが、それを聞いたはずの男は顔色一つ変えないまま、まりさの独演会を静聴している。
「まったく!ばかなにんげんをだますなんてちょろいんだぜ!ちょっとへりくだってみせればいちころだったんだぜ!!すべてはまりささまのずのうのしょうりなんだぜ!!
……なのに、このげす!まりささまのかんっぺきっなさくせんのじゃまだったからわざわざりこんっしたのに!なんでまりささまのじゃまをするんだぜ!!」
段々自慢なのか罵声なのか解らなくなってくる。
流石に付き合い切れなくなったのだろう、それまで沈黙していた男が口を開く。
「……それがお前の本性か」
「ゆっ!?……どぼぢでにんげんざんがごごにいるんだぜぇえええっ!?」
「……先刻からいたんだがな………」
予想外の人間の登場に、まりさは慌てふためく。
彼女が言うところの「完璧な作戦」を人間に知られてしまったら、自分の命は無い事を良く理解していたためだ。
一年程前、ある野良ゆが飼いゆをゆん質に取ってあまあまやらおうちやらを要求した事があった。
まりさはその犯ゆだった番の子供である。碌にご飯も食べさせられなかった我が子に、せめてゆっくりして欲しいと願う親心からの犯行だった。
だがその目論みは、当時新設されたばかりの公餡の投入により脆くも崩れ去った。
かろうじて子供だったまりさだけは逃げ出したものの、両親と姉妹合わせて七匹が帰らぬゆっくりになり、ゆっくりの間に「公餡」の名が恐怖と共に刻まれる切っ掛けになったのである。
その後、まりさはあちこちを彷徨い、人間に楯突くゆっくりの末路を沢山見て来た。
人間のおうちに忍び込んで「おうち宣言」を行い、虐待の果てに苦しみ抜いて死んで逝ったまりさ一家。
人間が大勢行き交う大通りでおうたを歌い、潰されてゴミ箱に投げ込まれたれいむとその子供達。
人間が育てたお花を横取りして、生き埋めにされて肥料になったちぇんとありすの番。
人間が捨てた生ゴミをあさって散らかし、収集車に生きたまま放り込まれたみょんの一党。
人間が整備した公園を我が物顔で乗っ取り、公餡に一斉駆除されたぱちゅりーの群れ。
やがて全く人間の手が入っていない空き地と、伸び放題の草に隠された人気の無い袋小路を発見したまりさはそこにおうちを作って住み着くようになった。
積極的に関わろうとしなければ、人間もゆっくりに関心を持たない。人間との力の差に気付いたまりさは、ゆっくりとしては懸命な部類だったのだろう。
けれど、まりさは決して善良な個体ではなかった。幼い頃からゆっくりとも人間とも関わりを持たなかったために、まりさのゆん格は歪み切っていたのだ。
「ゆっ!あのまりさがころされてるあいだにごはんをもらってとんずらするぜ!」
「ゆっ!れいむがつぶされたんだぜ!あきかんのなかみはぜんぶもらうんだぜ!」
「ゆっ!ちょうどいいのぜ、あそこのちぇんたちにつみをなすりつけるんだぜ!」
「ゆっ!みょんとにんげんがいなくなったんだぜ!のこったごはんはもらった!」
「ゆっ!こうえんのむれがくじょされたのぜ!いまのうちにかりをするんだぜ!」
同じゆっくりを犠牲にして、まりさは生き延びた。そのまま誰とも関わらなければ、ゲスとは言えゆっくり過ごせたのかも知れない。
実際まりさはゆっくりしていた。他のゆっくりが人間の街というアウェーでゆっくり出来ずに生きているのを尻目に、ゆっくりと日々を過ごしていた。
そこに、目を付けられた。
「ああああああっ!れぇえええいぶぅうううううううっ!!!!!」
「ゆっほぉおおおおおおおおっ!!」
突然現れたれいむに怪しい茸を食わされたまりさはそのまますっきりーっ!してしまい、合計八匹もの大家族を抱える羽目になってしまった。
逃げ出しても良かったが、やはり自分の子供は可愛いもの。まして子供の頃から孤独に生きて来たまりさである。ようやく手に入れた家族の団欒は手放せない。
少々れいむが我侭に過ぎるような気がしたが、それでも初めて持った家族のために、まりさは一家の大黒柱として頑張っていた。
……ある日、人間さんと一緒に現れたゆっくりを見るまでは。
人間さんの後をスィーに乗って付いて行く緑の髪のゆっくり。初めて見るさなえにも驚いたが、それ以上に「人間と共に居るゆっくり」の存在に度肝を抜かれた。
さなえ達の後をつけ、彼女達のおうちを特定したまりさはそれから毎日、さなえ達を観察し続けた。
さなえのおうちには他にもすわこ、かなこと呼ばれるゆっくりが住んでいる事、毎日ゆっくりしたご飯を食べてゆっくり過ごしている事、そのために危険な狩りをしなくても良い事。
そして、さなえ達が人間に気に入られて一緒に暮らす事を許された「飼いゆっくり」である事。
ほとんどストーカーにも似た観察を続けたせいで狩りの成果は減り、毎日れいむになじられた上にまりさとまりさ似の子供達のご飯が減らされたが、それでもまりさは観察を続けた。
何故、さなえ達は毎日楽しそうなのだろうか?まりさは毎日苦しかったのに。
何故、さなえ達は家族でもないのに仲が良いのだろうか?まりさの家族は分解寸前なのに。
何故、さなえ達はあんなにゆっくり出来るのだろうか?まりさは全然ゆっくり出来ていないのに。
家族を持って以来、なりを潜めていた自己中心思考がむくむくと起き上がってくる。
そしてある日、まりさの不注意で赤まりさを一匹死なせてしまい、れいむがまりさを滅茶苦茶に罵倒したことで彼女の不満は爆発した。
「よくもおちびちゃんをころしたなぁああああっ!!まりさなんかれいむのだんなさんじゃないよ!とっととでてってね!!このおうちはいしゃりょうがわりにもらっとくよ!!」
「ああ、よぉくわかったんだぜ!こっちこそ、まりさをゆっくりさせなかったれいむなんかおくさんじゃないんだぜ!!まりさにのおちびちゃんのしんけんはもらっていくんだぜ!!」
売り言葉に買い言葉でりこんっを成立させ、まりさは二匹の赤まりさを連れて家を飛び出した。
おうちを作ったのはまりさなのだから、れいむこそ追い出すべきだったと気付いたのはその後暫くしてから。とは言え、飛び出してしまった手前、今更戻るのも癪である。
二匹の乳飲み子を抱え、しんぐるふぁーざーと化したまりさが悪知恵をフルに働かせて思い付いたのが、人間への詐欺行為だった。
放浪時代の経験と、さなえ達へのストーカー行為で学んだ「人間に好かれるゆっくりの振る舞い」を元に、まりさは人間を騙すためのキャラ作りをした。
それこそが人間に語って聞かせたバックストーリーと、人間を手伝う代わりに住む許可を乞うた取引、そして子供達をも使った小芝居だったのだ。
人間の強さは良く知っている。まりさでは到底敵わないだろう。
だから、まりさは人間と敵対するのではなく、人間のテリトリーを侵すのでもなく、人間に好かれるゆっくりを演じる事で逆に人間を利用する事を思い付いたのだった。
それが今、人間にバレてしまった。それもよりにもよってまりさ自身の口から、隠し通していた本性と共にである。
全身から砂糖水で出来た脂汗を流しつつ、まりさは人間への言い訳を模索していた。幸い、相手はいつもあまあまを勧めてくれた優しいカモだ。口八丁で丸め込みさえすれば挽回のチャンスはある。
「ち……ちがうんだよ、これは……」
「まあ、お前の本性なんかとっくに解ってたんだが」
「ゆ゛っ゛!?」
そしてどうにか言い訳の内容を纏めたまりさの弁解は、始まる前に男に潰された。
(わかっていた……?まりささまが、ばかなにんげんをだまそうとしていたのが、わかっていた……?)
男の言葉は、まりさを混乱に陥れるには充分過ぎた。
解っていたと言うのなら、なぜあまあまを用意していたのだ?
キャラ作りのためとは言え、折角のあまあまをいつも断腸の思いで断っていたまりさの苦労は何だったのか?
言いたい事や聞きたい事が山ほどあったが、結局まりさの口をついて出て来たのは、ごくありふれた疑問の台詞一つだけだった。
「ど……どうして……わかったの……?」
「ん?簡単だよ……お前ら、今まで一度も、ありがとうって言った事無いだろう?だからだよ」
「ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛ゆ゛っ゛!?ぞれ゛だげな゛の゛ぉ゛っ゛!?」
男の答えは、まりさを更に混乱させた。
ありがとうと言わなかったから、たったそれだけでまりさの完璧な計画が無惨にも崩れ去ったという事実。
それは、まりさには決して理解できない倫理の産物であった。
「お前、あの空き地に巣を作っても良いって許可を出した時、何と言ったか覚えてるか?」
「ゆゆっ?……そんなむかしのこと、おぼえてないんだぜ……」
「なら教えてやる。お前あの時、じゃあゆっくりおうちつくるよ!ってしか言わなかったんだ。直前まで泣き喚いてたくせに、ピタリと泣き止んで、な。
普通、そう言う時には許可を出した事に対する感謝か、俺たちに迷惑を駆けた事に対する謝罪が出て来るはずなんだよ、まともなゆっくりならな」
「ゆゆゆ゛っ゛!?」
人間にとって、善良なゆっくりとは迷惑をかけないゆっくりの事ではない。
何かをしてもらったら感謝をする、悪い事をしたら反省して謝罪をする。人間の道徳を弁えたゆっくりを指して、善良と呼ぶのだ。
ゆっくりの善悪の基準はゆっくりしている事、ただそれだけ。そんなもの、人間社会では意味を成さない。
人間に合わせられないゆっくりは、それがゲスだろうがレイパーだろうが、無害なゆっくりだろうが関係なく「悪」なのだ。
「それに、俺が伊達や酔狂でお前に餌をやろうとしていたと思ってるのか?お前の反応を見るためだよ。お前の巣から一番近いのは俺の家だからな、お前らが最初に尋ねて来るのは解ってたんだよ。
だから毎日、お前が餌にどういう反応を見せるのかをチェックしてたんだ。そうしたらお前、毎日同じ事を繰り返しただろうが。ご丁寧に、子供に泣きまねまでさせながらな」
「ゆゆゆゆ゛っ゛!?」
毎日繰り返される三文芝居、あからさまな嘘泣き、そして不自然なまでに人間に媚を売った台詞回し。
これだけ状況証拠が揃えば後は誰にだって解るだろう。事実、町内会では何度も駆除が提案されていたくらいだ。今まで駆除されなかったのは、単に面倒臭かっただけにしか過ぎない。
実害は無いのだから、公餡を呼ぶまでも無い。たったそれだけの、シンプルな理由であった。
「まあ、こうやって野良と殺し合ったのがバレていたら、また話は違っていたのかも知れんが、まあ今更だわな。
ってな訳で、お前の言う完璧な作戦とやらは最初っからバレバレだったのさ。今、お前が生きてるのは俺たちの気まぐれにしか過ぎんよ」
「…………」
まりさは言葉を失っていた。
この半月の間、まりさは人間を手玉に取る優越感だけを頼り、人間にへりくだる屈辱に耐えていた。人間の手伝いと称する重労働にも耐えて来た。
その努力が、ゆっくりしないで頑張って来た日々が、ゆっくり出来ない人間を見下して来た自分が、ただの道化にしか過ぎない事を突付けられた。
真実を知ってしまった以上、もうまりさはゆっくり出来ない。内心で馬鹿にしていた人間の掌で踊らされていた事実はもう覆せない。
だから、まりさに残された道はたった一つしかない。それは……
「……う、うるさいんだぜぇえええええっ!!まりささまをだまそうったって、そうはとんやがおろさないんだぜぇええええっ!!」
……真実を否定し、事実を捩じ曲げ、記憶を捏造する、ゆっくり最後の逃げ道だった。
ゆっくりするために命を捨てる矛盾したナマモノが、ゆっくりした記憶を綴って目の前に迫った死から逃避するための、哀しい本能。
「まりささまのさくせんはかんっぺきっなんだぜぇ!だからばかでおろかでゆっくりしていないにんげんなんかにばれるはずがないんだぜぇえええっ!!」
「いや、しっかりバレてるだろ。お前が認めなくても、現実は変わらないんだよ」
「うそをつくんじゃないんだぜぇえええっ!!……はっ!れいむ!れいむのせいなんだぜ!?まりささまのさくっせんっをれいむがばらしたのぜ!?
きっとそうなんだぜ!!せかいをねらえるまりささまのはいいろのずのうにしっとしたんだぜ!!だかられいむのしわざでまちがいないんだぜ!!」
「……ここまで来ると哀れだな。あくまでも自分の非を認めない、か……もし生まれ変わるにしても、ゆっくりだけは嫌だな。こんな奴の同類にだけはなりたく無いわ」
ゆっくりと言う名に反して全くゆっくりしていないその姿に、男は怒りを通り越して哀れみさえ覚える。だからといって見逃す訳でもないのだが。
まだ騒ぎ立てるまりさに足を乗せ、ゆっくり力を入れて行く。一気に踏み潰すのではなく、じわじわと苦しめる方法だが、べつに虐待が目的ではない。
……ビーチボールの空気を抜く要領で、まりさの息の根を確実に止めるためである。
「まあ、こんな怪我じゃあ先は長くないだろ。わざわざ公餡に来てもらう程じゃないし、ここで死んどけ。死体はきちんとゴミの日に出しといてやるから」
「ばでぃざはごびじゃないぃいいいいいいいいっ!!!ごのあじをどげろぉおおおおおおおおおおっ!!!」
段々重くなるシューズが、まりさの餡子を押し出して行く。命そのものが抜け落ちて行く感覚に恐怖と焦燥を募らせながら、まりさは必死に逃げ出そうとする。
けれども、まりさを捉えた死神の足を振り払う事は出来ない。それ所か、ささやかな抵抗を嘲笑うかのように増々重さを増したそれに、まりさの体が押し潰されて行く。
「やべろぉおおおおおおおおっ!!づぶれるぅうううううううううっ!!ざっざどごのぎだないあじをどげろぉおおおおおおっ!!」
「潰してんだよ。いい加減諦めたらどうだ?ここで俺が見逃したところで、そんな重傷の体で生きて行ける訳無いだろうに」
「どうでもいいがらばりざざまをだずげろぉおおおおおおおおおっ!!」
「……人の話を聞けよ……いや、話を聞かないのなら余計にここで殺しておくべきだな、うん」
まりさの体が扁平になって行く。傷口からの餡子の流出が止まらない。
「やじゃああああっ!いやじゃぁあああああああああっ!!じにだぐない!ばりざじにだくないぃいいいいいっ!!」
「黙れよ。近所迷惑だろう?」
「たじゅげでぇええええええっ!!おどうじゃんっ!!おぎゃあじゃんっ!!ばでぃじゃをだじゅぎぇぢぇええええええっ!!」
まりさの口調がどんどん幼くなって行く。遂に記憶を司る餡子が流出し始め、幼児退行を起こしているのだ。
この餡子が無くなれば、残るのはゆっくりの魂とも言うべき中枢餡のみ。もはやまりさの命は王手がかかった状態だ。
無意識のうちに、まりさは両親に助けを求めていた。もうこの世には居ない両親に、記憶の中にも残っていない家族に。
救いの手なぞ何処にも残っていないのに、それでもまりさが最後に求めたのは両親の愛だった。
「どきょ……おちょーしゃん………おきゃーしゃん………まりしゃはきょきょだよ………もっちょ、ゆっくち……」
「……これはもう終わりだな。んじゃ、一気に楽にしてやりますかね」
餡子の大部分を失い、ペラペラになったまりさの体。
最後まで残った餡子を勢い良く踏み潰した瞬間、まりさの意識は闇へと消えた。
「……これでよし。さて、こっちも片付けますかね」
まりさの死体と大量の餡子をゴミ袋に詰め、男はもう一つの死体に目を向ける。
「ん?こいつ、もしかして昨日の奴か?」
「……………ゅ……………」
不意にれいむがうめき声を上げた。
驚くべきことに、ここまでボロボロになりながらも、まだ生きていたのだ。
「おいおい、こんなになってもまだ生きてるのか?しぶとい饅頭だな」
とどめを刺すべく、思いっきり足を振りかぶる。
渾身の力を込めた蹴りを繰り出そうとした刹那、れいむが消え入りそうな声で何かを言い始めた。
「……ご……べんなざ……い……で………いぶ……が………わる……がっだ……です………」
「……は?」
いきなりの謝罪に困惑していると、れいむは更に言葉を重ねた。
「……で……いぶ……は………かわい……そう………なんか…………じゃ……ありば……ぜん………で……じだ………
……お…………ぢび……じゃん…………も……ぜん……ぜん、がわい………ぐ……ありば……ぜん……でじ……だ……
………でい……ぶは……ただ………の……ぐずで……じ……だ………ご……べん………な……ざい………ごべ……ん………なざ……い……」
れいむは今までの遣り取りを全て聞いていた。
まりさがとんでもないゲスだった事は驚きだったが、納得もしていた。
それはまりさの性格の事ではなく、まりさの計画の事でもなく、男が漏らしたたった一つの言葉のため。
「お前ら、今まで一度も、ありがとうって言った事無いだろう?」
そうだ、れいむは一度もまりさにお礼を言われた事は無い。謝罪を受けた事も無い。
まりさが常に口に出していたのは、自分自身を褒めたたえる言葉だけ。
「まりさはかりのめいじんなんだぜ!だからこんなにごはんをあつめられるんだぜ!」
「まりさににてかわいいおちびちゃんなんだぜ!まりさにはかなわないけれど!」
「こんなにゆっくりしたおうちは、まりさにしかつくれないんだぜ!すごいんだぜ!」
「まりさのすっきりーっ!てくにっくはすごいんだぜ!れいむもいっぱつでしょうってんっ!なんだぜ!」
共に暮らしていた時、れいむは傲慢にふんぞり返るまりさの姿しか見ていない。
当時はそんなまりさが誇らしかった。れいむのだんなさんは凄いゆっくりで、そんなまりさの番である自分はきっと特別なんだと思えたから。
けれども、それは幻想にしか過ぎなかった。
「本当に可愛い奴は自分から可愛いなんて言わないんだよ。何も言わなくても、廻りが可愛いって言ってくれるからな。
自分で自分の事を可愛いだの特別だの言う奴は、自分でそう言わなきゃ誰も言ってくれないような奴なのさ」
昨晩までれいむを縛っていた男の言葉。それは、狩りの上手さやおうちを造ること、なによりゆっくりする事であっても同じなのではないか?
あの時、まりさと再会したあの時、まりさと子供達が代わる代わるれいむを責め立てたあの時、れいむは何と思ったのか?
全然ゆっくりしていないと、思わなかっただろうか?
れいむと同じ姿だと、思わなかっただろうか?
今なら解る。今なら言える。
れいむは、全然ゆっくりなんかしていなかった。
可愛いれいむをゆっくりさせろ?
冗談じゃない。こんな醜いゆっくりなんか、誰だって相手にしない。
れいむはしんぐるまざーだから可哀想?
馬鹿を言うな。子育て一つできなかったくせに何が母親だ。
あまあまをよこせ?
知った事か。れいむなんかにくれてやるあまあまなどこの地上に存在しない。
そう、きっとれいむとまりさは似た者同士だったのだ。
バイゆグラを食べ物と勘違いして、れいむから強奪して貪り喰ったまりさとすっきりーっ!したのも、生えて来た子供を見捨てられずなんとなく番になったのも。
きっと似た者同士だったから互いに惹かれ、きっと似た者同士だったから互いに反発して喧嘩になったのだ。
だから、れいむをこんなにボロボロにしたまりさの最期を看取っても、怒りや嘲笑よりも先に、悲しみが湧いて来たのだろう。
あれはきっと、れいむが受けるべき罰だったはずだから。
あそこにいたのは、もう一人のれいむ自身だったはずだから。
気付けば、れいむは自然に謝罪を口にしていた。
それは目の前の男に向けたものではなく、ここにいない誰かに向けたものだった。れいむ自身にも、誰に向かって謝っているのか理解できてはいないだろう。
生んでくれた両親や一緒に過ごした姉妹に謝った事も、感謝した事も無かったこと。
半ば強制的に巣立ちさせられた事を恨み、復讐と称して発情したありす達を両親と姉妹にけしかけたこと。
ゆっくりしていた家族を襲い、強盗やおうち乗っ取りを繰り返していたこと。
あるありすの家族を襲った際に手に入れたバイゆグラでにんっしんっ詐欺を計画したこと。
実行に移す前にまりさと出会い、授かった子供達をゆっくり出来ない子供に育ててしまったこと。
余りにゆっくり出来ない子供にイラッと来たまりさが、見せしめのために踏み潰した子まりさが原因でりこんっしたこと。
ゆっくり出来ない人間はれいむにあまあまを献上するのが当然と思い込み、追い剥ぎ同然に因縁をつけたこと。
殺されて行く子供達を見捨てる自分を正当化して、罪の意識から逃れたこと。
通りすがりのさなえを騙して自分の欲望を叶える道具に利用したこと。
生まれて来た子供達を全然ゆっくりさせないまま、再び死地へ追いやったこと。
折角まりさが残してくれたおうちを失ったこと。
散々やり込められて自分の価値観が揺らいだこと。
その状態でゆっくりできないまりさ親子と再会したこと。
その姿が今までの自分達に重なったこと。
そのおかげで自分達がいかにゆっくり出来ないゆっくりだったかを悟ってしまったこと。
だから人間さんに制裁されたのだと理解したこと。
そして、あまりにゆっくり出来ない子まりさの姿が、自分達の悪行を映し出す鏡のようで、我慢出来ずに踏み潰したためにまりさと戦いになったこと………
掠れた小声で弱々しく語るれいむ。その声が段々小さくなっていく。
息も絶え絶えに最後まで語りきると、れいむは残された目を閉じる。
「ゆっぐりじでなぐで…………ごべん……………なざい……………」
それを最後に、れいむは動かなくなった。
れいむの告悔を最後まで聞き届けた男は、もはや物言わぬ饅頭と化したれいむの目の前にキャラメルの箱を置く。
「やれば出来るじゃないか。今のお前……とても、かわいそうだぜ?」
れいむが手段を問わず焦がれる程欲し、もの言わぬ饅頭に成り果ててまで手に入れたあまあま。
念願のそれを目の前にしたれいむの死に顔は、あまあまを食べられないにも拘らず、何かをやり遂げた安らかなものだった。