ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1468 希少種優遇も楽じゃない
最終更新:
ankoss
-
view
取り散らかった暗い部屋の中、一人の男が隅にうずくまっていた。
男は膝を抱えて俯き、消沈して様をまざまざと表していた。
(ここはれいむのおうちだよ! ゆっくりしないでさっさとごはんをもってきてね! ぐずはきらいだよ!)
男の脳裏にゆっくりの甲高い声が木霊する。
(れいむはしんぐるまざーなんだよ!? かわいそうなんだよ!? やさしくしないとだめなんだよ!?)
「くそっ!」
男は手近にあった雑誌を拾い上げて壁に投げつけた。
なんたる不覚。なんたる過ち。
いくら悔やんでも悔やみきれない。
なぜ、なぜこんなことに。
「こんなことになるなんてまったく想定していなかった……」
(ふん! やくたたずなどれいだね!)
ゆっくりの声が響くたび、後悔の念が限りなく沸いてくる。
「なぜ俺は備えを怠っていたんだ……」
後悔先に立たず。いくら悔やんでももはや過ぎたことだ。できることと言えば同じ過ちを繰り返さないように備えることぐらいだ。
男は立ち上がった。
町へ行こう。気分転換にもなるだろう。
「ゆっゆっゆ~♪」
「ゆっくり~♪ゆっくり~♪きょうもげんきにゆっくり~♪」
男は町に出たことを後悔した。
街路でゆっくり一家が歌っていたのだ。
「にんげんさんはとってもやさしくゆっくりしているね~♪にんげんさんのおかげでれいむたちもとってもゆっくりできるよ~♪」
「にんげんさんはまりさたちのゆっくりしたおともだち~♪まいにちいっしょにゆっくりしていってね~♪」
ゆっくりたちは、吐き気催すような内容の歌を、胸の悪くなるような声で朗々と歌っている。
周囲の道行く人たちはゆっくりたちを囲み、実に嫌らしい笑みを浮かべて見守っている。
「れいむたちのおうたをきいてくれてゆっくりありがとう!」
やがて唾棄すべき歌が終わり、人々は万雷の拍手でゆっくり一家を称えた。恐ろしいことに涙を浮かべているものすらいる。
そして、ゆっくり一家の前に置かれた空き缶に食べ物が投げ込まれていった。
「ありがとう! ゆっくりありがとう!」
「にんげんさんたちはとってもやさしいね!」
男はこの様を見て猛烈な怒りに駆られた。
ゆっくり一家を残らず踏み潰して、この俗物どもを一発ずつ殴ってやりたかった。
男は拳を握りこんで、この衝動に抗った。
そんなことをすれば完全な犯罪者だ。
やつらより下に堕ちることになる。
男は目を逸らすと足早に立ち去った。
目的の物──最高級ゆっくりフード──を購入し、さっさと家に帰るのだ。
この世には目も当てられぬ厭わしい光景が多く存在する。生きていくためには余計なものを見ないことが肝要だ。
(そろそろ、あれの解凍が終わるころか……)
男は家に用意しておいたもののことを考えると、自然と表情が綻んだ。
この世には楽しいこともある。
男は最高級ゆっくりフードの袋をいとおしげに撫でさすった。
「ゆっくりしね! ゆっくりしね!」
「よおふらん。目覚めたようだな」
家に帰ってきた男を迎えたのはゆっくりふらんだった。
「おにいさんがふらんのごしゅじんさまだね! ふらんはさいきょうだよ! おにいさんといっしょによわいゆっくりをかるよ!」
「おうおう、えらい意気込みだな」
「よわくてみにくくてぐずな、れいむやまりさをいっぱいかるよ! いっぱいくるしめておいしくするよ!
おにいさんのためにおいしいゆっくりをいっぱいかるよ! ゆっくりしね! ゆっくりしね!」
ふらんはきゃっきゃと騒ぎながら、右に左に忙しくなく飛び回っている。
「それはいいんだが……おまえ、ひどいぶさいくだな」
「ゆゆっ!?」
男は怪訝な表情を浮かべて、ふらんの顔をまじまじと覗き込む。
「本当に醜いな。とても正視に堪えんわ。ふらんは美ゆっくり揃いと聞いていたが、おまえ本当にふらんか?」
「ふらんはふらんだよ! ふらんはぶさいくじゃないよ!」
ふらんは顔を真っ赤にして男に抗議する。ふらん種はプライドが高いのだ。
「そうはいっても、おまえ自分の顔を見たことないだろ? とりあえず鏡で見てみろよ」
男は鏡をふらんの前にかざした。
「ゆゆ……やっぱりふらんはびゆっくりだよ! ぶさいくじゃないよ! ふらんはかわいくてつよいんだよ!」
男はふらふら飛び回るふらんのカラフルな羽をむんずと掴んだ。
「ゆっ~! はなしてね! ゆっくりはなしてね!」
男はすかさず、ふらんの頬を平手で強く打った。乾いた音が響き渡った。
「!?……!?……!?」
ふらんは声も出せずに視線を宙に泳がせている。これは何かの間違いだと言わんばかりに。
ゆっくり界において敵はなく、人間にも優遇されるふらんにとって、痛みを与えられること自体が稀有なことであった。
ふらんは痛みというものを知らなかった。ショックでちーちーが漏れ出していたことにも気がついていないのだろう。
「おまえ、人間の判断の上に自分の判断を置くのか? おまえはゆっくりにすぎないのだぞ?」
「ゆ……ゆ……ふ、ふらんはぶさいくじゃ……ないもん……」
茫然自失のふらんはようやくそれだけを言えた。
「餡子脳が悪いのか、それとも節穴なのか。どのみちそんな目はいらないな」
男はふらんの目に指を突き刺した。
「ゆぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
そのまま目を抉り出す。
「ぶら゛ん゛の゛お゛め゛め゛がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
男は取り出したふらんの目を口に入れる。あまり甘くなかった。
「お゛め゛め゛がえ゛ぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! ぶら゛ん゛ばぎじょぐじゅでぎじょう゛じゅな゛ん゛だぞ!! やざじぐじな゛い゛どだめ゛な゛ん゛だぞ!!」
男は掴んでいたふらんの羽を引きちぎった。
「ゆぶぎゅぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ふらんは無様に床に叩きつけられた。
「捕食種? 希少種? なにを言っているんだおまえは? 捕食種などとっくの昔に死語だ。そしておまえは希少種でもなんでもない。
最強? ゆっくり界ではそうだったかもしれん。だがもう意味のない称号だ……」
「う゛ぞだ! う゛ぞだ! ぶら゛ん゛ばざいぎょう゛な゛ん゛だぞ! い゛も゛う゛どざま゛な゛ん゛だぞ! ドゥーム゛よ゛り゛も゛びばぢよ゛り゛も゛づよ゛い゛ん゛だぞ!」
男は喚き散らすふらんを拾い上げ、頬をしたたかに齧った。
「ゆ? ゆゆっ? ゆっぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ふらんは盛大な悲鳴をあげた。
捕食種であるふらんは食べる存在であり、食べられる存在ではなかったはずだった。
他者に捕食されるということなど想像を絶することだった。
ふらんは決してありえないはずの痛みと恐怖に精神を引き裂かれた。
ふらんは最強のプライドもどこへやら、泣き喚き、じたばたともがき、這いずり回り、男から逃げようとした。
だが、羽を失い、齧られたことでバランスの悪くなった体はほとんど言うことを聞かず、傍目からは不様極まりないアホ踊りにしか見えなかった。
男はゆっくりとふらんを追いかけ、ときおり捕まえては軽く一齧りだけしてふらんを解放することを繰り返した。
ふらんの餡は一齧りごとに甘みを増していった。
一刻一刻と自分の存在が消えていく恐怖にふらんは絶叫し、あらゆるものに助けを求めた。
「だじゅげぢぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! だじゅげぢぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
おねえざまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! めーりんんんんんんんんんんんんんん!!! ざぐやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
男は長い時間をかけていたぶった後、だいぶ目減りしたふらんを掴み上げ、目の前まで差し上げた。
「捕食種だと? ゆっくり最強だと? ゆっくりを狩るだと? 哀れなほどに愚かなだなふらん。
おまえが狩れるゆっくりなんてもうどこにもいねーんだよ。それどころかゆっくり界そのものがねーんだよ。
……最後に教えてやろう。おまえはただの食用ゆっくりだ」
男は絶叫するふらんの中枢餡を噛み千切った。
「まあまあだったな。もっと手間をかけないと駄目か」
ふらんを食べつくした男は、けだるそうに寝椅子に腰掛け、食後の余韻に浸った。
ゆっくりの人工合成技術が確立した今、古い意味での希少種という言葉は死んだ。
ゆうかにゃんだろうがもこうだろうが、何でもいくらでも作り出すことができる。
ゆえにこれらの希少種にステータスはなくなった。
今では食用ゆっくりとして誰もが認識しいる。
希少種は自分は虐待されない、優遇されるもの、ペットとして飼ってもらえるものと遺伝した記憶で思い込んでいる。
餡を甘くするのが簡単なのだ。
今ではどの家庭でも元希少種を『調理』する光景が見られる。
少々手間はかかるが、手頃な値段で最高の甘味を楽しめる。
特にふらん種は自分を最強だと思い込んでいる捕食種でもあるため初心者におすすめだ。
男はこの道で上級者になるつもりはなかったのでもっぱらふらんに頼っていた。
ゆっくり。
人類が始めて遭遇した人類以外の知的生命体。
だが、人間たちはゆっくりを冷遇した。
なぜそうなってしまったのだろうか。傲慢さのなせる業だろうか? 人間の役には立たないと見切ったためだろうか?
そうであっても、ああまで苛烈に弾圧する必要はあったのだろうか?
流行のようなものもあったのだろう。加工所のキャンペーンも関係していたいのだろう。
生物学会、各宗教団体もこの存在をもてあましていた。始終ノーコメントを貫き通し、ゆっくりを無いものとして扱った。
法の整備も結局間に合わなかった。ゆっくりには何をしても罪にならなかった。
人間たちは少しでも敵対的な態度をとったゆっくりを『ゲス』のレッテルを貼り、虐殺していった。
ゆっくりが敵対的であってもたかがしれている。ゆっくりは圧倒的に弱いのだから。
だが、人間たちはゆっくりに対して極めて不寛容になっていった。人間はゆっくりに完全な服従を求めた。一片の悪も許さなかった。
なぜだろうか? 人間は自分自身の悪を、醜く暗い側面をゆっくりに投影していたのだろうか?
ゆっくりのゲス行為は痛烈な皮肉のように思えたのだろうか。それゆえ躍起になってゲスゆっくりを殺していったのだろう。
ゆっくりを殺せば自身の矛盾も解消されると思い込んだかのように。
やがて、あらゆるゲスが根絶され、畑を荒らすゆっくりも、おうち宣言するゆっくりもいなくなった。
それどころか、人間に少しでも生意気な態度を取り、暴言を吐くゆっくりもいなくなった。
ゆっくりたちは何をされてもへこへこと媚びへつらうようになった。
かくしてすべてのゆっくり問題は解決した。
だが、それはゆっくりの原種が失われたことも意味した。
そこにいたのはゆっくりではなかった。喋る饅頭にすぎなかった。人間の都合のいいことだけを喋る自動機械に替わっていた。
すべてのゆっくりが人工合成された人の手によるゆっくりに置き換わっていたのだ。
ゆっくりは滅んだのだった。
ここに至って後悔の念に囚われる人々が現れ始めた。
なぜ、ゆっくりを滅ぼしてしまったのか? ゆっくりは孤独な人類の友となれたかもしれなかったのに?
人類とは違う性質の知性で、異なった視点で、人類の問題を指摘し、解決方法を示唆してくれたかもしれなかったのに?
人間は己自身の残酷さを、理想像と実態があまりにかけ離れていることをこれ以上ないほど思い知らされたのだった。
そしてもはや償いの機会はない。
もはや人間には地獄だけしか残されていなかった。他ならぬ自分自身が作った地獄だけが。
ゆっくりがいなくなったことで、心にぽっかりと空白が生まれたのだった。もはや決して埋まらぬ空白が。
かくしてカウンセラーは繁盛することになったが、この精神的衰退は社会に少しずつ影響を及ぼしていった。
なにもかもが、しらけた雰囲気に包まれたのだ。
いかなる業界での快挙も、心胆寒からしめる国際問題も、誰もが本気で取り合わなくなった。
まるですべてが他人事のようで、様々な事業が諦められていった。
ゆっくりの滅びと共に人類の滅びまで決定されたかのように……。
また、ゆっくりの虐待を好むものたちも、真の意味でのゲスがいなくなった今、虐待すべき対象を失った。
人工合成により、『ゲスっぽい』ゆっくりを作ることはできたが、それは虚ろな人形でしかなかった。
ゲスと呼ばれたゆっくりたちは、この敵ばかりの艱難辛苦の世界で生きるためにこそゲスだった。
それは演技ではない迫真のふてぶてしさがあった。それは精一杯の威嚇であったのだ。
ただゲスワードを機械的に羅列するだけの饅頭を潰しても、それは食べ物を粗末にした程度のことだった。
命を奪う(それでいながら罪悪感を感じずに済む)という非日常的な、ある意味究極の刺激には程遠かった。
彼ら虐待者たちは鬱憤の捌け口を失ったことにより、次第に怒りっぽくなり、些細なことで他者をゲスだと罵り合い、攻撃的になっていった。
今でも、かつてのゆっくり虐待者がときおり血なまぐさい事件を引き起こしている。
街頭にいたゆっくりたち……世間的には野良ということになっているが、実際にはそうではない。
政府主導の公的機関がああいったゆっくりたちを意図的に育て、街に放っているのだ。
なぜそんなことをするのか?
まさに、ゆっくりを滅ぼしたことで生まれた心の空白を埋めるためにだ。
人工野良ゆっくりたちは歌を歌い、人間たちから餌をもらって生活する。
人間を称える歌を歌って……。
人間は優しい。ゆっくりに優しい。人間は素晴らしい。人間は孤独じゃない。ゆっくりは友達だ。ゆっくりを滅ぼしたりはしない。
そう言い聞かせているのだ。
なおおぞましいことに、歌ゆっくりたちの歌は人間の耳に心地良い。
元来、ゆっくりは音痴と言われている。だが、それはゆっくりと人間の感覚の違いにすぎない。
ゆっくりにとっての美声が、人間にとっての騒音ということもある。その逆もだ。
だが、これらの歌ゆっくりたちは人間にとって心地良い音色で歌う。己の感性を捻じ曲げてだ。
まともな感覚を持つゆっくりには本来耐え難い苦痛であろう。だがそうやってへつらわなければ人間の世界では生きていけない。
男はその欺瞞を見るたびに飲み下しがたい憤りを覚えるのだった。
亡霊のごとき歌ゆっくりたちを一思いに楽にしてやり、自らを騙して偽りの平穏をむさぼるものたちの目を覚ましたかった。
だが、歌ゆっくりたちを殺して金(昔は金が与えられていた)を奪った者が、一部の愚か者たちに『勇者』などと称えられていることを知り、
歌ゆっくりに手を出すこともまた愚劣の泥沼にはまっていくことであると悟るしかなかった。
──ゆっくり原種が生き残っている。
不定期にそんな噂が現れた。
山奥で野生ゆっくりに遭遇したとか、ゆっくりに畑を荒らされたとか、家に侵入したゆっくりがおうち宣言した……などなど。
だが、いつのときも確たる証拠──生きているゆっくり原種そのもの──は提示されなかった。
もし、現存するとするならば、それこそまさしく『希少種』と呼ぶべきものであろう。
真の希少種。最後の希少種。
噂の中でゆっくりと邂逅した人間は、ゲスゆっくりにしてやられるのが常だった。
畑をぼろぼろに荒らされた、しこたま食料を盗まれた、部屋の家具を滅茶苦茶に破壊された、しーしーをかけられた、その上でまんまと逃げられてしまった、という。
語り手はゲスに対して憤ってみせていたが、その実、ゆっくりにゲス行為をされたことを喜んでいるようでもあった。
聞き手もゲスに怒っているそぶりを見せつつ、内心ではゲスゆっくりの健闘を称えた。
ゆっくりはまだ生きている。まつろわぬ者たちはまだ絶滅していない。
そのふてぶてしい生命力はまだ失われていない。
絶対的な力の差を知りながら、勝ち目のないことを知りながら、種族の誇りと存続のために無謀な戦いを挑む、ゆっくりの勇者が生きている。
どこかの山奥で、どこかの路地裏で……。
そう信じたかったのだ。
男は信じていなかった。そんな噂は秘めたる願望が歪んだ形で現出したものと鼻で笑っていた。
あの晩までは。
「ここはれいむのおうちだよ! ゆっくりさっさとでていくか、れいむのどれいになっていってね!」
男は目を疑った。目の前にいるのはゆっくりれいむだった。数匹の子ゆっくりを従えている。
それも皮の膨れた、通称でいぶと呼ばれるタイプのれいむだ。(ちなみに皮が膨れているのは極度の飢餓のためである。ちょうど飢えた人間の腹が膨れるように……)
一体どこから入ってきたのだろうか? 男は何も言えず、呆然とれいむを眺め続けた。
「ゆっくりしないでさっさとごはんをもってきてね! ぐずはきらいだよ!」
親れいむも子ゆっくりたちもいずれも薄汚く、いたるところに傷跡がある。
影から保護されている歌ゆっくりたちには決して見られぬ特徴だった。
傲岸不遜極まる表情でこちらをにらみ付け、従うのが当然とばかりに命令を下している。恐れも媚びも影すらない。
男は無我夢中で走り出し、食料庫からありったけの食料をつかみ出すと、れいむたちの前に差し出した。
「ふん! ぐずなどれいだね! あとでせいさいするからね!」
ゆっくりたちは男の差し出した食べ物を一心不乱に食い散らかした。
「むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー!
むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー!
むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー!
むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー!
むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー!」
持ってきた食べ物はあっという間に食べつくされた。
「まずい! こんなのじゃぜんぜんゆっくりできないよ! もっとおいしいものをもってきてね! ゆっくりさっさともってきてね! ぐずはきらいだよ!」
男は震える声を振り絞ってこう告げた。
「すまない、これだけしかないんだ……」
「れいむはしんぐるまざーなんだよ!? かわいそうなんだよ!? やさしくしないとだめなんだよ!?
ちびちゃんたちがおなかをすかせているんだよ!? わからないの!? ばかなの!? しぬの!?」
れいむは口を極めて男を罵倒する。男は本当に申し訳なく思い、言われたとおり死んでしまいそうな気分だった。
「ふん! やくたたずなどれいだね!
こんなきたなくてたべものもまずいおうちにはいられないよ!」
そう言うと、れいむたちは男に開けさせた窓から去っていった。
まるで夢のようであったが、食い散らかされた食べ物のカスと、うんしー塗れの荒らされた部屋はガラスの靴のごとく残った。
それ以来、男は最高級ゆっくりフードを常に備蓄している。
古くなったら、新しいものと取り替える。
ゆっくりを飼う人間は極めて少なくなったため、ゆっくりフードを手に入れるのも一苦労だ。
男はずっと後悔していた──れいむたちを満足させてやれなかったことを。
もし再び現れることがあったのなら、そのときこそは満足させてやりたい。そのためのグッズもいろいろ買い揃えてある。
だが、これらを用いる機会はおそらく得られまい。
あれは一生に一度あるかないかの僥倖だったのだ。
れいむ一家は今どこにいるのだろうか?──男はそのことばかり考える。
もう冷たい世間の中で死んでしまったか、価値を知らぬ心無い人間に殺されたか、あるいはコレクターに捕まえられたのかもしれない。
希少種優遇も楽じゃない。
希少種は出会うことさえ稀なのだから。
男は膝を抱えて俯き、消沈して様をまざまざと表していた。
(ここはれいむのおうちだよ! ゆっくりしないでさっさとごはんをもってきてね! ぐずはきらいだよ!)
男の脳裏にゆっくりの甲高い声が木霊する。
(れいむはしんぐるまざーなんだよ!? かわいそうなんだよ!? やさしくしないとだめなんだよ!?)
「くそっ!」
男は手近にあった雑誌を拾い上げて壁に投げつけた。
なんたる不覚。なんたる過ち。
いくら悔やんでも悔やみきれない。
なぜ、なぜこんなことに。
「こんなことになるなんてまったく想定していなかった……」
(ふん! やくたたずなどれいだね!)
ゆっくりの声が響くたび、後悔の念が限りなく沸いてくる。
「なぜ俺は備えを怠っていたんだ……」
後悔先に立たず。いくら悔やんでももはや過ぎたことだ。できることと言えば同じ過ちを繰り返さないように備えることぐらいだ。
男は立ち上がった。
町へ行こう。気分転換にもなるだろう。
「ゆっゆっゆ~♪」
「ゆっくり~♪ゆっくり~♪きょうもげんきにゆっくり~♪」
男は町に出たことを後悔した。
街路でゆっくり一家が歌っていたのだ。
「にんげんさんはとってもやさしくゆっくりしているね~♪にんげんさんのおかげでれいむたちもとってもゆっくりできるよ~♪」
「にんげんさんはまりさたちのゆっくりしたおともだち~♪まいにちいっしょにゆっくりしていってね~♪」
ゆっくりたちは、吐き気催すような内容の歌を、胸の悪くなるような声で朗々と歌っている。
周囲の道行く人たちはゆっくりたちを囲み、実に嫌らしい笑みを浮かべて見守っている。
「れいむたちのおうたをきいてくれてゆっくりありがとう!」
やがて唾棄すべき歌が終わり、人々は万雷の拍手でゆっくり一家を称えた。恐ろしいことに涙を浮かべているものすらいる。
そして、ゆっくり一家の前に置かれた空き缶に食べ物が投げ込まれていった。
「ありがとう! ゆっくりありがとう!」
「にんげんさんたちはとってもやさしいね!」
男はこの様を見て猛烈な怒りに駆られた。
ゆっくり一家を残らず踏み潰して、この俗物どもを一発ずつ殴ってやりたかった。
男は拳を握りこんで、この衝動に抗った。
そんなことをすれば完全な犯罪者だ。
やつらより下に堕ちることになる。
男は目を逸らすと足早に立ち去った。
目的の物──最高級ゆっくりフード──を購入し、さっさと家に帰るのだ。
この世には目も当てられぬ厭わしい光景が多く存在する。生きていくためには余計なものを見ないことが肝要だ。
(そろそろ、あれの解凍が終わるころか……)
男は家に用意しておいたもののことを考えると、自然と表情が綻んだ。
この世には楽しいこともある。
男は最高級ゆっくりフードの袋をいとおしげに撫でさすった。
「ゆっくりしね! ゆっくりしね!」
「よおふらん。目覚めたようだな」
家に帰ってきた男を迎えたのはゆっくりふらんだった。
「おにいさんがふらんのごしゅじんさまだね! ふらんはさいきょうだよ! おにいさんといっしょによわいゆっくりをかるよ!」
「おうおう、えらい意気込みだな」
「よわくてみにくくてぐずな、れいむやまりさをいっぱいかるよ! いっぱいくるしめておいしくするよ!
おにいさんのためにおいしいゆっくりをいっぱいかるよ! ゆっくりしね! ゆっくりしね!」
ふらんはきゃっきゃと騒ぎながら、右に左に忙しくなく飛び回っている。
「それはいいんだが……おまえ、ひどいぶさいくだな」
「ゆゆっ!?」
男は怪訝な表情を浮かべて、ふらんの顔をまじまじと覗き込む。
「本当に醜いな。とても正視に堪えんわ。ふらんは美ゆっくり揃いと聞いていたが、おまえ本当にふらんか?」
「ふらんはふらんだよ! ふらんはぶさいくじゃないよ!」
ふらんは顔を真っ赤にして男に抗議する。ふらん種はプライドが高いのだ。
「そうはいっても、おまえ自分の顔を見たことないだろ? とりあえず鏡で見てみろよ」
男は鏡をふらんの前にかざした。
「ゆゆ……やっぱりふらんはびゆっくりだよ! ぶさいくじゃないよ! ふらんはかわいくてつよいんだよ!」
男はふらふら飛び回るふらんのカラフルな羽をむんずと掴んだ。
「ゆっ~! はなしてね! ゆっくりはなしてね!」
男はすかさず、ふらんの頬を平手で強く打った。乾いた音が響き渡った。
「!?……!?……!?」
ふらんは声も出せずに視線を宙に泳がせている。これは何かの間違いだと言わんばかりに。
ゆっくり界において敵はなく、人間にも優遇されるふらんにとって、痛みを与えられること自体が稀有なことであった。
ふらんは痛みというものを知らなかった。ショックでちーちーが漏れ出していたことにも気がついていないのだろう。
「おまえ、人間の判断の上に自分の判断を置くのか? おまえはゆっくりにすぎないのだぞ?」
「ゆ……ゆ……ふ、ふらんはぶさいくじゃ……ないもん……」
茫然自失のふらんはようやくそれだけを言えた。
「餡子脳が悪いのか、それとも節穴なのか。どのみちそんな目はいらないな」
男はふらんの目に指を突き刺した。
「ゆぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
そのまま目を抉り出す。
「ぶら゛ん゛の゛お゛め゛め゛がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
男は取り出したふらんの目を口に入れる。あまり甘くなかった。
「お゛め゛め゛がえ゛ぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! ぶら゛ん゛ばぎじょぐじゅでぎじょう゛じゅな゛ん゛だぞ!! やざじぐじな゛い゛どだめ゛な゛ん゛だぞ!!」
男は掴んでいたふらんの羽を引きちぎった。
「ゆぶぎゅぇぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
ふらんは無様に床に叩きつけられた。
「捕食種? 希少種? なにを言っているんだおまえは? 捕食種などとっくの昔に死語だ。そしておまえは希少種でもなんでもない。
最強? ゆっくり界ではそうだったかもしれん。だがもう意味のない称号だ……」
「う゛ぞだ! う゛ぞだ! ぶら゛ん゛ばざいぎょう゛な゛ん゛だぞ! い゛も゛う゛どざま゛な゛ん゛だぞ! ドゥーム゛よ゛り゛も゛びばぢよ゛り゛も゛づよ゛い゛ん゛だぞ!」
男は喚き散らすふらんを拾い上げ、頬をしたたかに齧った。
「ゆ? ゆゆっ? ゆっぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ふらんは盛大な悲鳴をあげた。
捕食種であるふらんは食べる存在であり、食べられる存在ではなかったはずだった。
他者に捕食されるということなど想像を絶することだった。
ふらんは決してありえないはずの痛みと恐怖に精神を引き裂かれた。
ふらんは最強のプライドもどこへやら、泣き喚き、じたばたともがき、這いずり回り、男から逃げようとした。
だが、羽を失い、齧られたことでバランスの悪くなった体はほとんど言うことを聞かず、傍目からは不様極まりないアホ踊りにしか見えなかった。
男はゆっくりとふらんを追いかけ、ときおり捕まえては軽く一齧りだけしてふらんを解放することを繰り返した。
ふらんの餡は一齧りごとに甘みを増していった。
一刻一刻と自分の存在が消えていく恐怖にふらんは絶叫し、あらゆるものに助けを求めた。
「だじゅげぢぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!! だじゅげぢぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
おねえざまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! めーりんんんんんんんんんんんんんん!!! ざぐやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
男は長い時間をかけていたぶった後、だいぶ目減りしたふらんを掴み上げ、目の前まで差し上げた。
「捕食種だと? ゆっくり最強だと? ゆっくりを狩るだと? 哀れなほどに愚かなだなふらん。
おまえが狩れるゆっくりなんてもうどこにもいねーんだよ。それどころかゆっくり界そのものがねーんだよ。
……最後に教えてやろう。おまえはただの食用ゆっくりだ」
男は絶叫するふらんの中枢餡を噛み千切った。
「まあまあだったな。もっと手間をかけないと駄目か」
ふらんを食べつくした男は、けだるそうに寝椅子に腰掛け、食後の余韻に浸った。
ゆっくりの人工合成技術が確立した今、古い意味での希少種という言葉は死んだ。
ゆうかにゃんだろうがもこうだろうが、何でもいくらでも作り出すことができる。
ゆえにこれらの希少種にステータスはなくなった。
今では食用ゆっくりとして誰もが認識しいる。
希少種は自分は虐待されない、優遇されるもの、ペットとして飼ってもらえるものと遺伝した記憶で思い込んでいる。
餡を甘くするのが簡単なのだ。
今ではどの家庭でも元希少種を『調理』する光景が見られる。
少々手間はかかるが、手頃な値段で最高の甘味を楽しめる。
特にふらん種は自分を最強だと思い込んでいる捕食種でもあるため初心者におすすめだ。
男はこの道で上級者になるつもりはなかったのでもっぱらふらんに頼っていた。
ゆっくり。
人類が始めて遭遇した人類以外の知的生命体。
だが、人間たちはゆっくりを冷遇した。
なぜそうなってしまったのだろうか。傲慢さのなせる業だろうか? 人間の役には立たないと見切ったためだろうか?
そうであっても、ああまで苛烈に弾圧する必要はあったのだろうか?
流行のようなものもあったのだろう。加工所のキャンペーンも関係していたいのだろう。
生物学会、各宗教団体もこの存在をもてあましていた。始終ノーコメントを貫き通し、ゆっくりを無いものとして扱った。
法の整備も結局間に合わなかった。ゆっくりには何をしても罪にならなかった。
人間たちは少しでも敵対的な態度をとったゆっくりを『ゲス』のレッテルを貼り、虐殺していった。
ゆっくりが敵対的であってもたかがしれている。ゆっくりは圧倒的に弱いのだから。
だが、人間たちはゆっくりに対して極めて不寛容になっていった。人間はゆっくりに完全な服従を求めた。一片の悪も許さなかった。
なぜだろうか? 人間は自分自身の悪を、醜く暗い側面をゆっくりに投影していたのだろうか?
ゆっくりのゲス行為は痛烈な皮肉のように思えたのだろうか。それゆえ躍起になってゲスゆっくりを殺していったのだろう。
ゆっくりを殺せば自身の矛盾も解消されると思い込んだかのように。
やがて、あらゆるゲスが根絶され、畑を荒らすゆっくりも、おうち宣言するゆっくりもいなくなった。
それどころか、人間に少しでも生意気な態度を取り、暴言を吐くゆっくりもいなくなった。
ゆっくりたちは何をされてもへこへこと媚びへつらうようになった。
かくしてすべてのゆっくり問題は解決した。
だが、それはゆっくりの原種が失われたことも意味した。
そこにいたのはゆっくりではなかった。喋る饅頭にすぎなかった。人間の都合のいいことだけを喋る自動機械に替わっていた。
すべてのゆっくりが人工合成された人の手によるゆっくりに置き換わっていたのだ。
ゆっくりは滅んだのだった。
ここに至って後悔の念に囚われる人々が現れ始めた。
なぜ、ゆっくりを滅ぼしてしまったのか? ゆっくりは孤独な人類の友となれたかもしれなかったのに?
人類とは違う性質の知性で、異なった視点で、人類の問題を指摘し、解決方法を示唆してくれたかもしれなかったのに?
人間は己自身の残酷さを、理想像と実態があまりにかけ離れていることをこれ以上ないほど思い知らされたのだった。
そしてもはや償いの機会はない。
もはや人間には地獄だけしか残されていなかった。他ならぬ自分自身が作った地獄だけが。
ゆっくりがいなくなったことで、心にぽっかりと空白が生まれたのだった。もはや決して埋まらぬ空白が。
かくしてカウンセラーは繁盛することになったが、この精神的衰退は社会に少しずつ影響を及ぼしていった。
なにもかもが、しらけた雰囲気に包まれたのだ。
いかなる業界での快挙も、心胆寒からしめる国際問題も、誰もが本気で取り合わなくなった。
まるですべてが他人事のようで、様々な事業が諦められていった。
ゆっくりの滅びと共に人類の滅びまで決定されたかのように……。
また、ゆっくりの虐待を好むものたちも、真の意味でのゲスがいなくなった今、虐待すべき対象を失った。
人工合成により、『ゲスっぽい』ゆっくりを作ることはできたが、それは虚ろな人形でしかなかった。
ゲスと呼ばれたゆっくりたちは、この敵ばかりの艱難辛苦の世界で生きるためにこそゲスだった。
それは演技ではない迫真のふてぶてしさがあった。それは精一杯の威嚇であったのだ。
ただゲスワードを機械的に羅列するだけの饅頭を潰しても、それは食べ物を粗末にした程度のことだった。
命を奪う(それでいながら罪悪感を感じずに済む)という非日常的な、ある意味究極の刺激には程遠かった。
彼ら虐待者たちは鬱憤の捌け口を失ったことにより、次第に怒りっぽくなり、些細なことで他者をゲスだと罵り合い、攻撃的になっていった。
今でも、かつてのゆっくり虐待者がときおり血なまぐさい事件を引き起こしている。
街頭にいたゆっくりたち……世間的には野良ということになっているが、実際にはそうではない。
政府主導の公的機関がああいったゆっくりたちを意図的に育て、街に放っているのだ。
なぜそんなことをするのか?
まさに、ゆっくりを滅ぼしたことで生まれた心の空白を埋めるためにだ。
人工野良ゆっくりたちは歌を歌い、人間たちから餌をもらって生活する。
人間を称える歌を歌って……。
人間は優しい。ゆっくりに優しい。人間は素晴らしい。人間は孤独じゃない。ゆっくりは友達だ。ゆっくりを滅ぼしたりはしない。
そう言い聞かせているのだ。
なおおぞましいことに、歌ゆっくりたちの歌は人間の耳に心地良い。
元来、ゆっくりは音痴と言われている。だが、それはゆっくりと人間の感覚の違いにすぎない。
ゆっくりにとっての美声が、人間にとっての騒音ということもある。その逆もだ。
だが、これらの歌ゆっくりたちは人間にとって心地良い音色で歌う。己の感性を捻じ曲げてだ。
まともな感覚を持つゆっくりには本来耐え難い苦痛であろう。だがそうやってへつらわなければ人間の世界では生きていけない。
男はその欺瞞を見るたびに飲み下しがたい憤りを覚えるのだった。
亡霊のごとき歌ゆっくりたちを一思いに楽にしてやり、自らを騙して偽りの平穏をむさぼるものたちの目を覚ましたかった。
だが、歌ゆっくりたちを殺して金(昔は金が与えられていた)を奪った者が、一部の愚か者たちに『勇者』などと称えられていることを知り、
歌ゆっくりに手を出すこともまた愚劣の泥沼にはまっていくことであると悟るしかなかった。
──ゆっくり原種が生き残っている。
不定期にそんな噂が現れた。
山奥で野生ゆっくりに遭遇したとか、ゆっくりに畑を荒らされたとか、家に侵入したゆっくりがおうち宣言した……などなど。
だが、いつのときも確たる証拠──生きているゆっくり原種そのもの──は提示されなかった。
もし、現存するとするならば、それこそまさしく『希少種』と呼ぶべきものであろう。
真の希少種。最後の希少種。
噂の中でゆっくりと邂逅した人間は、ゲスゆっくりにしてやられるのが常だった。
畑をぼろぼろに荒らされた、しこたま食料を盗まれた、部屋の家具を滅茶苦茶に破壊された、しーしーをかけられた、その上でまんまと逃げられてしまった、という。
語り手はゲスに対して憤ってみせていたが、その実、ゆっくりにゲス行為をされたことを喜んでいるようでもあった。
聞き手もゲスに怒っているそぶりを見せつつ、内心ではゲスゆっくりの健闘を称えた。
ゆっくりはまだ生きている。まつろわぬ者たちはまだ絶滅していない。
そのふてぶてしい生命力はまだ失われていない。
絶対的な力の差を知りながら、勝ち目のないことを知りながら、種族の誇りと存続のために無謀な戦いを挑む、ゆっくりの勇者が生きている。
どこかの山奥で、どこかの路地裏で……。
そう信じたかったのだ。
男は信じていなかった。そんな噂は秘めたる願望が歪んだ形で現出したものと鼻で笑っていた。
あの晩までは。
「ここはれいむのおうちだよ! ゆっくりさっさとでていくか、れいむのどれいになっていってね!」
男は目を疑った。目の前にいるのはゆっくりれいむだった。数匹の子ゆっくりを従えている。
それも皮の膨れた、通称でいぶと呼ばれるタイプのれいむだ。(ちなみに皮が膨れているのは極度の飢餓のためである。ちょうど飢えた人間の腹が膨れるように……)
一体どこから入ってきたのだろうか? 男は何も言えず、呆然とれいむを眺め続けた。
「ゆっくりしないでさっさとごはんをもってきてね! ぐずはきらいだよ!」
親れいむも子ゆっくりたちもいずれも薄汚く、いたるところに傷跡がある。
影から保護されている歌ゆっくりたちには決して見られぬ特徴だった。
傲岸不遜極まる表情でこちらをにらみ付け、従うのが当然とばかりに命令を下している。恐れも媚びも影すらない。
男は無我夢中で走り出し、食料庫からありったけの食料をつかみ出すと、れいむたちの前に差し出した。
「ふん! ぐずなどれいだね! あとでせいさいするからね!」
ゆっくりたちは男の差し出した食べ物を一心不乱に食い散らかした。
「むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー!
むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー!
むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー!
むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー!
むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー! むーちゃー!」
持ってきた食べ物はあっという間に食べつくされた。
「まずい! こんなのじゃぜんぜんゆっくりできないよ! もっとおいしいものをもってきてね! ゆっくりさっさともってきてね! ぐずはきらいだよ!」
男は震える声を振り絞ってこう告げた。
「すまない、これだけしかないんだ……」
「れいむはしんぐるまざーなんだよ!? かわいそうなんだよ!? やさしくしないとだめなんだよ!?
ちびちゃんたちがおなかをすかせているんだよ!? わからないの!? ばかなの!? しぬの!?」
れいむは口を極めて男を罵倒する。男は本当に申し訳なく思い、言われたとおり死んでしまいそうな気分だった。
「ふん! やくたたずなどれいだね!
こんなきたなくてたべものもまずいおうちにはいられないよ!」
そう言うと、れいむたちは男に開けさせた窓から去っていった。
まるで夢のようであったが、食い散らかされた食べ物のカスと、うんしー塗れの荒らされた部屋はガラスの靴のごとく残った。
それ以来、男は最高級ゆっくりフードを常に備蓄している。
古くなったら、新しいものと取り替える。
ゆっくりを飼う人間は極めて少なくなったため、ゆっくりフードを手に入れるのも一苦労だ。
男はずっと後悔していた──れいむたちを満足させてやれなかったことを。
もし再び現れることがあったのなら、そのときこそは満足させてやりたい。そのためのグッズもいろいろ買い揃えてある。
だが、これらを用いる機会はおそらく得られまい。
あれは一生に一度あるかないかの僥倖だったのだ。
れいむ一家は今どこにいるのだろうか?──男はそのことばかり考える。
もう冷たい世間の中で死んでしまったか、価値を知らぬ心無い人間に殺されたか、あるいはコレクターに捕まえられたのかもしれない。
希少種優遇も楽じゃない。
希少種は出会うことさえ稀なのだから。