ふたば系ゆっくりいじめSS@ WIKIミラー
anko1753 行きて帰りしゆっくり一家(上)
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そのまりさは、幼いころに帽子を痛めた。
具体的には、帽子のつばに切れこみができてしまった。
命のつぎに大切な帽子が傷ものになってしまい、まりさは絶望し、泣きじゃくった。
だが、お家に奥底に縮こまって震えるしかなかったまりさは、やがて自信を快復する。
その契機となったのは、親れいむだった。
「おちびちゃん。ぺーろぺーろしてあげるね!」
そう言って、暗い穴底でせっせと我が子の頬をなめたのだった。
ちびのまりさは、どうしてぺーろぺーろする対象が帽子ではなく自分なのかと、疑問だった。
傷ついているのは、お帽子なのに。
「おちびちゃん。すーりすーりしてあげるんだぜ」
続いてやってきたのは親まりさだった。
自信にあふれた顔つきで、いつまでもいつまでも、頬ずりをしてくれた。
「ゆゆ~。いもーちょに くさしゃんを あげりゅんだじぇっ」
「いもーちょに あまあまとっちぇきったんだじぇ~」
「まりしゃ、ぺーりょぺーりょ しちぇあげりゅねっ」
姉妹たちも群がってくる。
両親も姉妹も、帽子の切れこみについては一言も口にしなかった。
繊細な日常を壊さないように、あるがままにふるまっている。
しだいに、まりさは穴倉に閉じこもっている自分がふしぎに思えてきた。
だから、
「おちびちゃん、おそとに でようっ」
と、家族が言ってきたときも、
「でりゅんだじぇ」
と、素直にうなずくことができた。
ちびまりさは、三日ぶりにお家の洞窟を出た。
陽光のもとに歩みでたとき、まりさは濃厚な春のにおいに包まれた。
やわらかな草が地面を覆っている。木々の黒々とした幹は逞しくかつ美しい。
樹木はことごとく冠を装備する。王冠からしたたる木漏れ日が、草原の上に躍っている。
とりわけ、草むらの中心にたたずんでいる樹木が幼いまりさの目をひいた。
それは、白い樹幹をもっていた。
中空に投げかけられた梢はたっぷりと葉をつけている。
静かな君主が、草むらのただなかにそびえていた。
「……ゆっきゅりぷれいちゅ」
まりさは呆然としながら呟いた。
それらは見慣れたはずの風景、日常の景色にすぎなかった。
だが。
暗い穴の底から這い出てきたまりさの目には、
「きょきょは とっちぇも ゆっきゅり できりゅんだじぇ!」
と、おもわず宣言してしまったほどに、みずみずしいものとして再生されていた。
その快活な声は、一点の濁りもない澄みわたる蒼天に吸いこまれていった。
白濁した空のもとで、ゆっくりたちが草むらにうごめいていた。
その顔には覇気も生気もない。
「むーちゃ、むーちゃ……。ゅげぇ……むーちゃ……。むーちゃ……ゅぐ……」
わきめもふらずに痩せこけた雑草をむさぼっている。
何十頭というゆっくりがいるのに会話もなければ歌声もない。
草と唾液がこねくりまわされる湿った音だけが、無言の生首の這いずりまわる草むらにこだましていた。
草むらの中心には、白い大樹が立ち枯れている。
すでに老樹と化してひさしい。子孫を残す機能などはるかな昔に失われていて、
もはや座して死をまつしかすることがない。しかし樹木であっても死は怖いのか、
まるで救いを求めるように葉のない梢を曇天へと伸ばしている。
その曲がりくねった梢のさき、はるかな高みには、数十もの、はばたかない鴉が悠々と飛んでいた。
それは、戦闘機の編隊だった。
しかしゆっくりたちは空飛ぶ機械などには目もくれない。
空など仰ぐ価値もないと言わんばかりに、ただひたすらに、
あしもとにたむろす痩せこけた雑草を胃の腑にものをつめてゆく。
永遠に続くかとおもわれていた静寂は、しかし突然にひきさかれた。
「ゆぴゃぁぁぁっ!」
悲鳴が草むらにこだまする。
ゆっくりが一斉にふりむく。
広場のすみで、一頭のれいむが野良犬の餌食となっていた。すでに半身を食いちぎられ
ていて、中身の餡子はとめどもなく流れだしていた。
「だっ、だずげっ、だずげでねぇっ!」
助けをもとめる濁った悲鳴が空にまう。
混沌が発生した。
ゆっくりできない、こっちこないでね。たすけて。にげるよ。
ゆっくりたちは金切り声をあげながら一目散に逃げだしていゆく。
救援に耳を貸すゆっくりは、ただの一頭もいなかった。
「だずげっ、だずげでっ! ど、どぼじでっ!」
ついにさいごの一頭がれいむの視界から消えた。
すべてのゆっくりが、一度たりとも、ふりむかなかった。
「どぼじでぇ……なんでぇ……ゆぐぅ……ゅぐっ!」
れいむが白目をむいた。
痩せこけた犬がれいむの肌を噛み、そのまま森の暗がりへとひきずりこもうとする。
れいむはあんよを踏ん張ってこれに抵抗した。
ぐるりと眼球が回転し、黒目がもどった。
「やべでぇ……やべ……だずげでっ、だれが、だずげでぇ」
哀訴はとどかない。
ずるずると森のなかへと引きずられてゆき、悲鳴は森の暗やみのなかに吸いこまれた。
こうして、一頭のれいむは仔犬の餌としての運命を歩むことになった。
翌日、草むらのすみには森へと伸びる餡子の道ができていた。
だが、ゆっくりたちはまるで気に留めることなく、草をはみつづけた。
すべては日常の光景だった。
だから驚くにはあたいしない。
猛獣に狩られる同胞も、
曇天に躍る戦闘機の群れも、
ときおり聞こえる爆撃音も、
日常のひとこまにすぎなかった。
星無き夜空の統治がはじまった。
森も山も、まったくの暗がりの満たすところとなる。
白い枯木の広場も例外ではない。
その広場からすこし離れたゆっくりの巣穴では、赤ゆのれいむがさんざんに泣いていた。
「ゆぴぃぃぃーーーー! おにゃきゃ ずいぢゃーーーー! おにゃきゃ ずいぢゃーーー!
でいびゅば おにゅぎゃ ずいぢぇりゅにょーーーーーっ! ごばんじゃぁぁーーーんっ!」
この癇癪はいまに始ったことではなかった。それどころか毎晩繰りかえされている。
慟哭がはじまると、家族はいつもおなじ手をつかう。
「おちびちゃん。おかーさんが すーりすーりしてあげるよ。すーりすーり……」
成体のれいむが頬ずりをしてこれをあやす。
「ごはんさんは もうないのぜ。がまんするのぜ。ぺーろぺーろ……」
成体のまりさは舌で頬をなめあげて空腹をまぎらわせようとしていた。
「ゆゅ。れいむがしっかりしないから。すーりすーり……」
成体間近に成長したれいむも、先達にならって頬ずりをする。
しかし赤ゆはいっこうに泣きやむ気配をみせないのだった。
「おなきゃ ずいだのぉぉーーーーっ! でいみゅは おなぎゃ ずいだのぉぉーーーーっ!
ゆんやぁぁぁぁーーーーー! ゆんやぁぁぁぁぁーーーーーーっ!」
いくらだだをこねても、食べものは出されない。
あたりまえだ。
巣にはひとかけらの食料も残されていなかったのだから。
だから、赤ゆに供されるものは腹のたしにならない愛情だけであった。
そして、無駄と知りつつ愛情をそそぐ三頭のゆっくりの姿を、
べつの二頭のまりさ種が心配そうな目で見つめている。
このさびれた巣穴には合計六頭のゆっくりが息づいていた。
まず、父まりさと母れいむ。
この二頭には四頭のこどもがいる。
生まれた順かられいむ、まりさ、まりさ、れいむだ。
両親とともに赤ゆをなぐさめているのは、長女たる姉れいむ。
すでにツガイを得ていてもおかしくない年頃だ。
姉まりさはまだ子供といえたが、分別のつかない童でもない。
赤ゆの段階を脱しているもののまだ頼りないのが、妹まりさだ。
そして末っ子れいむ。
けっきょく、赤ゆの嗚咽を止めたのは、
れいむ種の愛情のこもった頬ずりでもまりさ種の温かい舐めあげでもなかった。
泣き疲れと、眠気だった。
子供たちが寝静まると、父まりさはツガイのれいむにつぶやくように告げた。
「……ひっこし、するのぜ」
「ひっこし?」
「もう いやなのぜ」
どれだけ血眼になって探し集めても、土をはんでいるようなまずい草しか食べられない。
森には肉食獣が息づいている。遠雷のような爆音は昼夜をとわず聞こえてくる。
父まりさは限界に達していた。
「ゆぅ……」
母れいむはあいまいな態度をとり、子供たちを横目で見やった。
みんな泣きながら眠っている。涙の理由はよくわかる。子供たちは生まれてこのかた、
一度も満腹をあじわったことがない。寝ても覚めても、空腹がじくじくと痛んでいるにちがいなかった。
「ひっこし するのぜ。あたらしい ゆっくりぷれいすで おちびちゃんたちに おなか
いっぱい ごはんさんを たべさせるのぜ」
「……そんなゆっくりぷれいす、あるのかな」
「あるのぜ!」
父まりさが声をあらげた。
母れいむは慌てて子供たちにふりむいたが、起きた子供はいなかった。
「おちびちゃんたちは どーするの?」
桃源郷を探す旅は、長く厳しいものになるだろう。長旅に子供たちが耐えられるかどうか。
姉れいむは問題なくついてこられるはずだ。姉まりさも運動能力にすぐれている、問題はない。
妹まりさにしても、休憩をおおくとるといった工夫しだいでなんとかなる。
問題は、末っ子れいむだ。
「おちびちゃんは まりさが ぼうしのなかに いれて はこぶのぜ」
母れいむは冷たく返答した。
「……まりさのおぼうしには たべものを いれておかなくちゃ」
備蓄はない。
だが、旅に危険はつきものだ。今日食べものが得られてから、
明日も食べられるとは、かぎらない。だからみちみち食べものを集め、余裕をもちながら旅をしなければならない。
このとき運搬具としてまりさの帽子が役に立つ。
逆にいえば、まりさの帽子は食べもの運搬用であり、ここに赤ゆを閉じこめておくわけにはいかなかった。
「ゆぅ……」
父まりさが悲しげにうつむいた。そこにツガイの声がかかる。
「だから。おちびちゃんは れいむがおんぶするよ」
父まりさは顔をあげツガイを見た。母れいむの凛呼とした顔がそこにあった。
「くろうをかけるのぜ……」
翌朝、両親は族長まりさの巣におもむき、旅立ちのむねを伝えた。
族長まりさは特徴的な容姿をもっている。帽子のつばに切れこみがあるのだ。
族長は引っ越しの通告に接して、力なく首を横にふるだけだった。あきらかに反対の意をしめしていた。
だが、明確に反対したわけではなかったので、父まりさは旅立ちを決意した。
こうして、六頭家族は新天地めざして群れを出た。
その日も天空は膿んだ色をたたえていた。
出発してしばらくは、家族は非日常と格闘していた。
引っ越しという初めての経験が、家族にいいしれない不安と緊張と興奮を与えていた。
もっとも末っ子れいむだけは母の頭上で眠りこけていたので、身を切るような緊張とは無関係だった。
しかし、そうした緊張も時間もやがてほぐれていった。
まわりの風景は白の枯木のふるさととあまり変わらず、地獄も天国もそこにはない。
とはいえ、故郷とかわらない景色とは、
痩せさらばえた樹木が呼吸を止めたようにたたずみ、空には濁った雲が渦をつくるばかりの、
生も死も消えてしまったような朽ちかけた光景でせいかなかったのだが。
家族は一列縦隊で行進していた。
先頭をゆくのは父れいむだ。その後ろに補佐役として姉れいむがつづく。
列のまん中をしめるのは妹まりさ。四頭目は姉まりさ。しんがりを担うのは母れいむだ。
いちばん脆弱な赤ゆは、母の頭の乗せられて運ばれていた。
「ゆゆー。しずかなんだじぇー」
妹まりさがぼそりと言った。
その指摘に歯向かうように、末っ子れいむが目をさまし、起きるやいなや泣きだした。
「……ゅ……ゅ……ゆぴゃぁぁぁーーーーーーーーー! おにゃぎゃずいだーーーーーっ!
ゆんやぅわぁぁぁーーーーーっ! おにゃが ずいだよぉーーーーーー!」
「ゆぅ……」
行軍がとまり、赤ゆあやしがはじまった。
ただし父まりさは参加しない。
道の行く手に背をむけて、泣きくずれる末っ子れいむとそれをなぐさめる家族たちを見つめるだけだ。
しかし、家族のなかでも一等悲痛な目つきをたたえていたのは、父まりさにほかならなかった。
これからずっと見知らぬ土地を歩くのだ。
どこに危険がひそんでいるか、わかったものではない。
そして、避けられる危険は避けるにこしたことはない。
そのためには息をひそめて、ふかく静かに行軍するのがいちばんだ。
ところが末っ子れいむは親の心配など露知らず、それが赤ゆの本能とはいえ、
ひたすらに自己の欲望を主張するばかりで抑えることをしらない。
こんなことで約束の地に辿りつけるのか。
森に息づき舌なめずりをする危険の網をかいくぐることができるのか。
それを思うと暗澹たる気持ちを抱かざるをえない。
いっそ今からでも戻るべきか……?
とさえ、思いはじめていた。
今なら間に合う。今なら……。
「おちびちゃん、しずかにしてね! なけばいーってもんじゃないよ!」
その叱責は、姉れいむのものだった。
家族は水をうったように静まりかえった。
めったに怒りを表明しない姉れいむの怒声は、それだけの効果があった。
「……ゅ……ゅ……!」
末っ子れいむは、母の頭上でふるえた。そして、
「ゆびゃぁぁぁぁーーーーーーーーーっっ! ぼねーぢゃんぎゃ いじばりゅーーーーっ!」
火がついたように泣きだした。
姉れいむの馴れない叱責は、かんぜんに逆効果だった。家族のほうがうろたえてしまう。
ただ父まりさだけは、姉れいむの慌てる姿をみて微笑みをうかべていた。
そのとき、父まりさの背後でかさりと音がした。
家族が音に反応する。
野道のまん中に、猫がいた。
その黒い体毛はひどく薄い。筋肉のもりあがりはすさまじく、ほとんど異形と化している。
爪は曇天からもれる光をふうじて冷たくきらめいている。
その怪物が、琥珀の両眼でゆっくり六頭をしずかに見つめている。
末っ子れいむは狂乱した。
「ゆぎやぁぁぁぁぁーーーーーーー! ぎょばいよぉぉぉぉぉーーーーっ! ねござんば
ゆっぎゅり でぎにゃいよぉーーーーー! でいびゅぎょばいぃぃぃーーーーーーーーっ!
あっぢ いっでねぇーーーーっ! あっぢ いっでーーーーーっ!」
六頭は立ちすくんでいた。父まりさにいたってはしきりに歯を噛みならしておびえている。
魔物が足を踏みだした。
すると、父まりさの震えがとまった。一家の庇護者たる役割をおもいだした。
一気に頬をふくらまし、
「ぷくぅぅぅーーーーーっっ!」
と、涙ながらに威嚇を展開した。
姉妹たちもそれにつづく。
「ぷ、ぷ、ぷっ……ぷくうぅぅぅっ!」
「ぷきゅーーーーーっ!」
「ぷきゅぅぅぅぅーーーーっ!」
母れいむだけは赤ゆをきづかい、戦闘には参加しなかった。
魔獣とゆっくりによる闘争は、ゆっくりたちの勇気に軍配があがった。
黒猫はしばらくゆっくりを睨みつけていたのち、ぷいと顔をそむけ、草むらに消えた。
家族たちは抱き合っておのれの無事をよろこんだ。
「ぎょばぎゃっだぁぁぁーーーーーーーーーっ! ぎょばがっだぁぁぁーーーーーーーっ!」
しかし末っ子れいむは泣きやまない。
「おちびちゃん、ねこさんは もういないのぜ! かったのぜ!」
父まりさが戦勝を誇ってみせた。
だが赤ゆは、
「おなぎゃずいぢゃぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!」
と、叫びかえした。
その嗚咽を聞き、父まりさはゆるゆるとかぶりをふった。
末っ子れいむの嗚咽をすておいて、行軍の再開を宣言した。
子供らは心配そうな目をしていたが、父まりさは厳しい目つきをするばかりでとりあわなかった。
家族は無言で、背の高い草むらを両脇にしたがえているけものみちを進んだ。
赤ゆはいつしか叫ばなくなっていた。泣きやんだわけではない。
号泣がむせび泣きにかわっただけだ。
「おにゃぎゃ……ゆぐっ……おにゃぎゃっ……ひぐっ」
などと、つぶやいている。
父まりさが口をひらく。
「おちびちゃんたち、おうたを うたって ほしいんだぜ」
すこしでも家族の不安を和らげようとする一家の長の知恵だった。
「おうちゃー、ききちゃーい」
確信があったわけではなかったが、効果があった。末っ子れいむはぴたりと泣きやみ、
母れいむの飾りの上できゃっきゃとさわぐ。
姉れいむが音頭をとった。
「ゆ~は~、ゆっくりの~、ゆぅ~」
ほがらかな歌声がひっそりとした森に広がった。
母と姉妹が声をあわせる。
「ゆ~、ゆ~、ゆ~、ゆっくり~、ゆっくり~、ゆっくりのゆ~」
葬列のような雰囲気は消しとんでいた。上々だと父まりさは胸をなでおろしていた。
赤ゆだけは、
「ゆっくちぃー! ゆっくちぃー!」
と、叫び散らしていたが。本人は歌っているつもりなので、父まりさはよしとした。
ところが、歌声は闖入者によってさえぎられることとなった。
突然、左右に横たわる背のたかい草むらのなかから、ゆっくりが飛びだしてきた。
ありす種だった。
ありすは一列縦隊で進む家族のまんなかを横切ると、そのまま道の反対側に消えた。
「……ゆ?」
先頭をゆく父まりさが振りかえったときには、ありすの姿はすでにない。
「なにかとーったのぜ?」
「ありしゅがいたんだじぇー」
姉まりさが元気よくこたえた。
母れいむも無言でうなずき同意し、しかし直後に悲鳴を上げた。
「おちびちゃんがぁっ! おちびちゃんがいないよぉー!」
一隊のまんなかを歩いていた妹まりさの姿がない。
「まさか……そのありすに……れいむ!」
父まりさが鋭い声を放った。
「ゆゆ?」
「おちびちゃんを みていて ほしいのぜ! さっきのありす なのぜ、おちびちゃんを
さらったのぜ! とりかえしてくるのぜ!」
一気呵成にそう言うと、母れいむの了解を待たずして、父まりさは草むらに分けいった。
草むらの向こうで、なにかが逃げてゆく音がする。
あたりの草はおしなべて背がたかく、視界が晴れない。
「はなちぇぇぇーーーー! まりしゃをはなちぇぇーーーー! げしゅぅーーーーーっっ!
ゆわぁぁぁーーーーーん! ゆわぁぁーーーーーーーんっっ!」
妹まりさの悲鳴が聞こえてきた。だいぶ遠い。父まりさは殺気立った叫びをあげた。
「おちびちゃんをはなすのぜぇぇぇーーーーー!」
「……ゅ……? ぉ、ぉ、お、おどーじゃぁぁーーーーーーん! だずげでーーーーーっ!
ばりざを だずげでぇぇーーーーっ! はなぢぇぇぇーーーーーっ!」
「たすけるのぜぇぇーーっっ」
と、叫びながらも父まりさは焦燥にかられていた。
おもいのほか誘拐犯は足が速かった。
敵には地の利があるらしく、父まりさはなんども石や樹木といった障害物にさえぎられた。
子供の助けをもとめる声も、しだいに小さくなってゆく。
やがて、完全に誘拐犯を見失った。
父まりさはがむしゃらにあたりの草をかきわけた。鋭い葉にあんよが切れる。
石をふみつぶして激痛がはしった。それでも探索の手はやすめなかった。
だが、いくら草むらをかき分けても、痕跡ひとつつかめない。動悸がはやまる。
そのとき、左手方向の遠くから死にいろどられた悲鳴がきこえてきた。
「ゆんやああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっっ!」
父まりさは目をみひらく。
方向を転じて、跳ぶように走った。
「おちびぢゃぁぁぁーーんっ!」
返答はなかった。
もどかしい。
父まりさは歯ぎしりした。
悲鳴を耳にして身をこがすような不安にかられていたのに、
いまはその返事の不在が不安でたまらず、悲鳴でもいい、妹まりさの声がききたかった。
「ゆんっ!?」
とつぜん、藪のような草むらが途切れ、背のひくい草が繁茂する広場に転がり出た。
「おちびちゃん!」
がばりと起きあがりあたりを見回す。
灰色の葉をつけた大樹の足もとに、ありすがいた。
父まりさを蒼ざめた瞳で見つめている。
「……」
二者は黙して対峙した。
「……おちびちゃんは、どこなのぜ」
ありすの体が、びくついた。その目に涙がたまってゆく。
が、それも一瞬のことでしかない。
一転して獰猛な目つきをたたえると、猛然と飛びかかってきた。
父まりさは横っとびに飛びのいて、奇襲を回避した。
敵は着地に失敗してバランスを崩す。
父親はすかさず背後をとった。
地面に落ちていた小枝をひろいあげ、あかいカチューシャのちかく、脳天にふかぶかと突き刺した。
絹を裂くようなするどい悲鳴が、しずかな森をさわがした。
父まりさはありすの上に飛びのり、全力でこれを押しつぶす。
白いクリームがぶっと吐き出された。もういちど、全力で踏みしだく。
こんどは口のみならず肛門と性器からも白濁液が流出した。
ありすは痙攣をはじめた。
父まりさは誘拐犯からおりて、詰問をはじめた。
「おちびちゃんはどこなのぜ。いうのぜ! いますぐ!」
「ゆ……ぐ……あなだの……ごども……」
瀕死の重傷だった。
「そーなのぜ! どこなのぜ! いうのぜ!」
尋問官の目は血走っている。ありすはクリームの涙をながしながら答えた。
「……ゆ……ゅ……ごべ……ごべんな……ざい…………あがぢゃん……が……おなが……
ずいでだがら……ゅ……だがら……」
「ど……どーでもいーことなのぜ! げすのこどもが おなかすいてたから なんなのぜ!
こたえるのぜ! おちびちゃんは どこにいるのぜ!」
「……ごべんなざいぃ……」
さいごに謝罪をくりかえすと、ありすはひときわ大きく痙攣し、
せいだいに中身を吐きもらして事切れた。
父まりさは舌打ちして、あたりを見回した。焦燥が父まりさの胸を騒がしていた。
謝罪とは、過去の行いに対する反省の弁にほかならない。
すなわち、ありすは既に何かを実行してしまったことになる。
「おちびちゃーん!」
叫び声は森林に吸い込まれてゆく。
「……?」
どこからか声が聞こえてくる。
くぐもった、甲高い響きだ。
音源へと歩く。
樹木の根もとに、まりさ種の帽子が置かれていた。その帽子のつばには石が置かれている。
大きさから察するに、もちぬしは成体まりさ種であろう。
そして、ゆっくりがお飾りや帽子をその身からはずすことはありえない。
もちぬしのいない帽子など、不気味なだけだ。
振りかえり、ありすの死骸を見やった。ぴくりとも動かない。完全に死んでいる。
また黒帽子を見つめた。
父まりさは帽子に顔を近づけて耳をそばだててみた。
甲高い声が、帽子のなかに渦巻いていた。
『……みゅーちゃ……みゅーちゃ……みゅーちゃ……みゅーちゃ……おいちぃぃーーーー!』
『……おいちぃーわ……とっちぇも ときゃいひゃな おあじにぇ!』
『……ちあわちぇー……。まりしゃは とっちぇも ゆっきゅりしちぇいりゅんだじぇ……』
吹き飛ばすように、帽子をのけた。
蓋の下には、窪みがあった。
そこに七頭の赤ゆがいた。
窪みの底には藁がしかれている。巣のつもりか。
赤ゆらはいきなり明るくなった空をあおぎ、じぶんたちを睨みつける巨大な顔を見つけた。
かれらは同時に失禁し、蜂の巣をつついたような大騒ぎを呈した。
「ゆぴぃぃぃぃーーーーー! しりゃにゃい ゆっきゅりが いりゅぅぅーーーーーーーー!
ゆっぐぢ でぎにゃのじぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーっっ!」
「ぶぎゃぁぁぁっ! ゆっぎゅり でぎにゃいぃぃーー! みゃみゃぁぁぁぁーーーーーー!
みゃみゃぁぁぁーーーーーー! どっどど だじゅげりょぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!」
「……ま、ま、まままま、まり、まりっ、ま、まりまりまり、まり、まりしゃっ、まりしゃはっ、
ちゅ、ちゅ、ちゅよっ、ちゅちゅちゅちゅ、ちゅよい、ちゅちゅちゅちゅ、ちゅよいっ」
「ゆわぁぁーーーん! ゆわぁぁぁーんっっ! ごっぢごなびでぇぇーーーーーーーっっ!」
曇天のもと、父まりさはひどく澄んだ目つきで、騒然と泣きわめく赤ゆたちを観察した。
まりさ種が三頭と、ありす種が四頭だった。
その口もとは、ことごとく、べったりと黒く汚れていた。
窪みのすみには、もちぬしのいない四つ目の小さな帽子が座っている。
赤ゆのまりさのそれにくらべると、少しばかり大きかった。
草むらのなかから父まりさがその姿を見せると、子供たちはよろこびに沸いた。
母れいむも安堵のため息をもらす。ところが、奪い返しにいったはずの妹まりさの姿が
みえず、黒い不安が胸のうちで頭をもたげてきた。
「ね、ねえまりさ」
「おちびちゃんたち。ごめんなのぜ」
父まりさはツガイの呼びかけを無視して、群がってくる子供たちのもとにすすんだ。
そして黒帽子からなにか白い塊をとりだして子供たちの前にさしだした。
それは大量のあまあまだった。カスタードクリームと餡子の混合塊だ。濃厚な甘ったる
い匂いが、子供たちの鼻孔を直撃する。
「ゆゆぅぅぅぅーーーーーーーーっっ!」
狂ったような歓声をあげた。
それと同時に。
ぷしっ。
と、いっせいに子供の肛門から尿が吐き出された。唾液はまたたくまによだれとなってあごをつたう。
目は食欲にきらめき、凝然と甘味を見つめている。
父まりさは包容力のある笑みをうかべる。
「すーぱー むーしゃむーしゃ たいむなのぜ。……たべるのぜ」
「ゆ゛ん゛や゛あ゛ぁぁぁぁーーーーーーっ!」
自制心など吹きとんでいた。
三頭のゆっくりは我先にと餡子にむらがって、一心不乱にをむさぼりはじめた。
しかし、母れいむは素直にはよろこべなかった。
妹まりさはどうしたのだ?
父まりさの横顔を見てもよろこんでいるようにはみえない。むしろ悲痛でさえあった。
それに、こんなに大量のあまあまをどこから調達してきたのだろうか。
餡子もクリームも自然界には存在していないのに。
いやちがう。
唯一存在する場所があるが、それは……。
「ねえ、まりさ。これって もしかして」
「れいむ。いうんじゃないのぜ」
おおいかぶせるように言って、ツガイの疑問を遮断した。
「さあ、まりさたちもゆっくりたべるのぜ」
「……これを?」
「おちびちゃんだけに たべさせちゃ だめなのぜ」
母れいむは息を呑んだ。
「わかったよ……」
と、答えたときだった。
「ちあわちぇぇぇぇーーーーっっ!」
末っ子れいむの雄叫びが森にこだました。
「えぐっ……ゆぐっ……ぢあばぢぇぇ……ぢあばじぇだよぉ……」
姉女れいむにいたっては、ふってわいたような幸せかみしめ、むせび泣いている。
その喜悦は想像するにあまりある。
ゆっくりは頭上から茎を生やし、その先に実をつけるように子を成らすことで繁殖する。
その茎型の生殖管は子供が生まれたときにへし折られて食事として子に与えられる。
砂糖水をたっぷりと沁しみこませた茎は極上のあまあまだ。
姉れいむはそのとき以来、一度も甘味をたのしんだことがなかった。
そして、一生涯、二度とあまあまは食べられないものだと悟り、あきらめてさえいた。
忘れかけていた砂糖の味は、陶酔するほどおいしかった。
「おどーじゃん……おいぢーよぉ……ありがどぉ……あり……?」
姉れいむは父を見て声を失った。
父まりさは甘みを一心に見つめるばかりでいっこうに食べようとしていない。
空腹にはちがいないのに。あきらかに挙動が不審だった。
それでも意を決したように甘みを口にふくんだ。その瞬間、目をむいた。苦しんでいる。
甘みと格闘し、死にものぐるいでのみくだした。
どうしてこんなにおいしいのに苦しむのだろう。
姉れいむはクリームと餡子のかたまりを見下ろした。
大量の甘みは、家族にたしかな活力をあたえた。
それから数日間は旅程の消化もはかどった。
さしたる危険を感じずに過ごすことができた。
ときおり上空を戦闘機の轟音が駆けぬけていったが、馴れたものだ、気にしなかった。
唯一の気がかりといえば、
「ゆんやぁぁぁーーーーーーーっ! おねぇぇじゃぁぁーーーーーーーんっ!」
と、ときおり末っ子れいむが思い出したように姉の不在を強調することだけだった。
妹まりさについては、
「しっそう」
ということにされた。追跡したが見失ったと父まりさは言った。
それが嘘だと、すくなくとも母れいむと姉れいむは気づいた。
姉まりさの話題は禁忌となった。しかし、赤ゆに泣きわめかれては家族の努力もむなしくなる。
妹まりさが失踪してから七日目のことだった。
道行く家族の目のまえに、一頭の見知らぬゆっくりが踊り出た。
「ゆゆ!?」
家族はひさしぶりに見たゆっくりに安堵をおぼえた。
ちかくに群れがあるならば迎え入れてもらおう。そんなことさえ思いはじめた。
だが驚きと戸惑いはすぐに恐怖へと転じた。
左右と背後からもゆっくりが飛び出してきて、五頭の家族をすきまなく包囲したためだ。
一家を包囲するゆっくりたちは、一様に瞳を欲望にたぎらせている。
だれもが尖った白い棒で武装していた。それは研磨した動物の骨だった。
「な……なんなのぜ」
父まりさは正面のゆっくりまりさに問いかけた。
「へへ。ひさしぶりの えものなんだぜ」
リーダー格と思わしきゆっくりまりさは、家族を品定めするようにねめつける。
母れいむ、姉れいむ、姉まりさは父まりさの背中によりそった。
末っ子れいむは本能的に事態を察して母の髪の毛のなかにもぐりこむ。
「みちをあけるのぜ……」
乾いた声で、父まりさは言った。
「いやなんだぜ」
リーダーはほくそ笑みながら即答する。
「ぜんいん ここで いただくんだぜ」
「いただくって、なんなのぜ」
リーダーだけではない。襲撃者たちは全員、おびえる家族を見すえてあざ笑っている。
「ふん。どれいにしてやるんだぜ」
「どりぇい!」
その単語に鋭く反応した姉まりさが、父まりさのかたわらに進み出た。
「なにいっちぇるのじぇー!」
「おちびちゃん、さがってるのぜ!」
父まりさは襲撃者をにらみながら大声を張った。ところが姉まりさは下がろうとしない。
「まりしゃは げしゅの どりぇいに なんきゃ ならないんだじぇーっ!」
涙をこらえつつ、姉まりさは朗々と宣言した。
「こいつ……なんなんだぜ?」
山賊頭のまりさは、勇敢なるゆっくりを睥睨した。
「ゆぴっ!」
あらごとに馴れた山賊の敵意はほんものだった。壮絶な敵意をあてられて、
姉まりさは失禁した。それでも引き下がりはしなかった。それどころか対抗した。
「まりしゃは ちゅよいんだじぇ!? しゃっしゃと みちをあけにゃいと……」
「あけないと、なんなんだぜ?」
「せ、せ、せ……」
「おちびちゃん、さがるのぜ、ここはおとーさんに まかせるのぜ!」
「せ?」
姉まりさは目をつむって悲鳴をあげるようにさけんだ。
「せ、せ……『せいっさいっ』しゅるんだじぇーーーっっ!」
「へぇ……やってみてほしいんだぜ、なあ?」
リーダーまりさは仲間を見渡した。七匹の仲間は嗤っていた。侮蔑の笑みだった。
「ま、ま……まりしゃを わりゃうにゃーーーーっ! ゆりゅせにゃいんだじぇーーーっ!
もう、あやまっちぇも おしょいんだじぇー! まりしゃの『ぷきゅー』をくりゃえーっ!」
「お、おちびちゃん、おとーしゃんも てつだうのぜ!」
父まりさも同調した。二頭のまりさが息をすいこむ。
「せーの……」
父と子は呼吸をあわせて、
「ぷくぅぅぅぅぅーーーーーーっ!」
「ぷきゅぅぅぅぅーーーーーーっ!」
全身全霊の「ぷくぅ」を見舞った。
はたして勇敢な姿をつきつけられた襲撃者たちは爆笑した。
「ひ……ひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ! うぎゃー。こ、こわいんだぜー! ぷくーはー、
こわいんだぜー。……ってかぁ!? ゆひゃひゃはははひゃはっっ!」
「こわいよ~、くくっ……ぷくーはやめてね~、ぷくーはこわいよー、くくっ。あははっ、
くくっ……こわいよ~、げっひゃひゃひゃっひゃっ!」
『ぷ、ぷ、ぷくくぅぅぅぅーーーーーっっ!』
攻撃意志を表明するたびに哄笑は高まっていった。
「あはははは、まだ、まだやってるんだぜー! けっさくなんだぜー!」
姉れいむの目は涙が落涙した。母れいむも唇をかみしめている。
末っ子れいむは母の髪の毛のなかで震えていた。
そして父まりさと姉まりさは、山賊たちの侮辱など聞こえないとでも言いたげに、
効果のない威嚇を壊れたようにくりかえしていた。
「ひひ……わかったんだぜ。そのぷくーにめんじて……」
威嚇行動が止まった。
父まりさの瞳に希望が差す。
だが、直後に発せられた襲撃者の一言により、一縷の望みはあっけなく断ちきられた。
「……ひとりでゆるしてやるんだぜ」
「ゆ?」
リーダーは父まりさに鋭い眼光を投げつつ、ことばを重ねた。
「ひとりさしだすんだぜ。それでゆるしてやるんだぜ」
「お、おちびちゃんはさしだせないのぜ!」
父まりさは金切り声を発した。
リーダーの笑みが止まった。侮蔑がひっこみんだ。
「なにいってるんだぜ。おちびちゃんが だめなら おまえでもいーんだぜ。おちびちゃ
んを さしだすひつようは ないんだぜ。どーして おちびちゃんが ぜんてい なんだ
ぜ? けっ……。ぽーずだけ なんだぜ……」
父まりさは言葉に詰まった。ちがうと言いたかった。
じっさい、そんなことは露ほども考えていなかった。
ではなぜおちびちゃんが奪われると思ったのかと問われれば、その理由は思いつかなかった。
「さあ。どいつにするんだぜ?」
「だ、だれも だめなのぜ……」
顔をうつむかせてこたえた。そんな返答で許してもらえるとは思えなかった。
「じゃあ、ぜーいん どれいにして やるだけなんだぜ」
「それは だめなのぜ」
「じゃあ、きめるんだぜ。えらぶんだぜ」
「え、えらべないのぜ……」
「……れいむが!」
姉れいむが凛々と叫んだ。
その場にいたすべてのゆっくりにとり予想外の反応だった。
リーダーはどことなく困惑した顔つきを浮かべつつれいむを見やった。
「れ、れいむが……いくよ」
れいむは震えていた。尿も垂れ流している。涙も浮かべている。
だが口調はしっかりしていた。その毅然とした態度をみて、山賊頭まりさは目をほそめた。
部下に命令をくだす。
「みあげたゆっくりなんだぜ。わかったんだぜ。おい、つれていくんだぜ!」
その命令に従い、部下のゆっくりが姉れいむを家族から引き離した。
襲撃者たちが引き上げてゆく。しかしリーダーは最後まで残っていた。
呆然自失している父まりさを心底から蔑んでいた。
「おやだったら、もっと ていこうするべき なんだぜ。こいつ、あんしんして やがるん
だぜ。へどが でるんだぜっ! こどもがさらわれるってのに どうして あんしん で
きるんだぜっ! しねっ!」
山賊ゆっくりは力いっぱいぶちかました。
父まりさはかるがると吹き飛ばされ、いくばくかの餡子を吐きもらした。
山賊に前後左右をかためられて、姉れいむは道を歩いている。
おそらくは、もう家族と再会することはない。
「へっ。どーしようもないおやだったんだぜ」
前方を行くリーダーまりさは独りごとのように言った。姉れいむは答えない。
「ほんとうに どーしようもない……」
「あなたも」
姉れいむが静かに口をはさんだ。
「あなたも、いえあなたは、おやにすてられたの?」
リーダーまりさの足が止まった。それにあわせて七匹の仲間も停止した。
姉れいむは金色の後ろ髪を一心にみつめて返答を待った。
「……むかしのことなんて わすれたんだぜ」
そう言って、また歩き出す。
一行は無言で歩きつづけた。
やがて。
前方を行くリーダーまりさが、それを踏みつけた。
人間はそれを、地雷とよんでいる。
爆音が森をおどろかし、爆風が草をなぎ倒す。
火焔があたりの腐った植物をなめ、黒煙が曇天を汚した。
ほどなく、濁った空から砕け散ったゆっくりの残骸が降ってきた。餡子が大地に森にばらまかた。
こうして姉れいむをふくむ九頭のゆっくりは、
悲鳴をあげる権利さえあたえられぬまま、
爆炎にのまれて全滅した。
(下に続く)
具体的には、帽子のつばに切れこみができてしまった。
命のつぎに大切な帽子が傷ものになってしまい、まりさは絶望し、泣きじゃくった。
だが、お家に奥底に縮こまって震えるしかなかったまりさは、やがて自信を快復する。
その契機となったのは、親れいむだった。
「おちびちゃん。ぺーろぺーろしてあげるね!」
そう言って、暗い穴底でせっせと我が子の頬をなめたのだった。
ちびのまりさは、どうしてぺーろぺーろする対象が帽子ではなく自分なのかと、疑問だった。
傷ついているのは、お帽子なのに。
「おちびちゃん。すーりすーりしてあげるんだぜ」
続いてやってきたのは親まりさだった。
自信にあふれた顔つきで、いつまでもいつまでも、頬ずりをしてくれた。
「ゆゆ~。いもーちょに くさしゃんを あげりゅんだじぇっ」
「いもーちょに あまあまとっちぇきったんだじぇ~」
「まりしゃ、ぺーりょぺーりょ しちぇあげりゅねっ」
姉妹たちも群がってくる。
両親も姉妹も、帽子の切れこみについては一言も口にしなかった。
繊細な日常を壊さないように、あるがままにふるまっている。
しだいに、まりさは穴倉に閉じこもっている自分がふしぎに思えてきた。
だから、
「おちびちゃん、おそとに でようっ」
と、家族が言ってきたときも、
「でりゅんだじぇ」
と、素直にうなずくことができた。
ちびまりさは、三日ぶりにお家の洞窟を出た。
陽光のもとに歩みでたとき、まりさは濃厚な春のにおいに包まれた。
やわらかな草が地面を覆っている。木々の黒々とした幹は逞しくかつ美しい。
樹木はことごとく冠を装備する。王冠からしたたる木漏れ日が、草原の上に躍っている。
とりわけ、草むらの中心にたたずんでいる樹木が幼いまりさの目をひいた。
それは、白い樹幹をもっていた。
中空に投げかけられた梢はたっぷりと葉をつけている。
静かな君主が、草むらのただなかにそびえていた。
「……ゆっきゅりぷれいちゅ」
まりさは呆然としながら呟いた。
それらは見慣れたはずの風景、日常の景色にすぎなかった。
だが。
暗い穴の底から這い出てきたまりさの目には、
「きょきょは とっちぇも ゆっきゅり できりゅんだじぇ!」
と、おもわず宣言してしまったほどに、みずみずしいものとして再生されていた。
その快活な声は、一点の濁りもない澄みわたる蒼天に吸いこまれていった。
白濁した空のもとで、ゆっくりたちが草むらにうごめいていた。
その顔には覇気も生気もない。
「むーちゃ、むーちゃ……。ゅげぇ……むーちゃ……。むーちゃ……ゅぐ……」
わきめもふらずに痩せこけた雑草をむさぼっている。
何十頭というゆっくりがいるのに会話もなければ歌声もない。
草と唾液がこねくりまわされる湿った音だけが、無言の生首の這いずりまわる草むらにこだましていた。
草むらの中心には、白い大樹が立ち枯れている。
すでに老樹と化してひさしい。子孫を残す機能などはるかな昔に失われていて、
もはや座して死をまつしかすることがない。しかし樹木であっても死は怖いのか、
まるで救いを求めるように葉のない梢を曇天へと伸ばしている。
その曲がりくねった梢のさき、はるかな高みには、数十もの、はばたかない鴉が悠々と飛んでいた。
それは、戦闘機の編隊だった。
しかしゆっくりたちは空飛ぶ機械などには目もくれない。
空など仰ぐ価値もないと言わんばかりに、ただひたすらに、
あしもとにたむろす痩せこけた雑草を胃の腑にものをつめてゆく。
永遠に続くかとおもわれていた静寂は、しかし突然にひきさかれた。
「ゆぴゃぁぁぁっ!」
悲鳴が草むらにこだまする。
ゆっくりが一斉にふりむく。
広場のすみで、一頭のれいむが野良犬の餌食となっていた。すでに半身を食いちぎられ
ていて、中身の餡子はとめどもなく流れだしていた。
「だっ、だずげっ、だずげでねぇっ!」
助けをもとめる濁った悲鳴が空にまう。
混沌が発生した。
ゆっくりできない、こっちこないでね。たすけて。にげるよ。
ゆっくりたちは金切り声をあげながら一目散に逃げだしていゆく。
救援に耳を貸すゆっくりは、ただの一頭もいなかった。
「だずげっ、だずげでっ! ど、どぼじでっ!」
ついにさいごの一頭がれいむの視界から消えた。
すべてのゆっくりが、一度たりとも、ふりむかなかった。
「どぼじでぇ……なんでぇ……ゆぐぅ……ゅぐっ!」
れいむが白目をむいた。
痩せこけた犬がれいむの肌を噛み、そのまま森の暗がりへとひきずりこもうとする。
れいむはあんよを踏ん張ってこれに抵抗した。
ぐるりと眼球が回転し、黒目がもどった。
「やべでぇ……やべ……だずげでっ、だれが、だずげでぇ」
哀訴はとどかない。
ずるずると森のなかへと引きずられてゆき、悲鳴は森の暗やみのなかに吸いこまれた。
こうして、一頭のれいむは仔犬の餌としての運命を歩むことになった。
翌日、草むらのすみには森へと伸びる餡子の道ができていた。
だが、ゆっくりたちはまるで気に留めることなく、草をはみつづけた。
すべては日常の光景だった。
だから驚くにはあたいしない。
猛獣に狩られる同胞も、
曇天に躍る戦闘機の群れも、
ときおり聞こえる爆撃音も、
日常のひとこまにすぎなかった。
星無き夜空の統治がはじまった。
森も山も、まったくの暗がりの満たすところとなる。
白い枯木の広場も例外ではない。
その広場からすこし離れたゆっくりの巣穴では、赤ゆのれいむがさんざんに泣いていた。
「ゆぴぃぃぃーーーー! おにゃきゃ ずいぢゃーーーー! おにゃきゃ ずいぢゃーーー!
でいびゅば おにゅぎゃ ずいぢぇりゅにょーーーーーっ! ごばんじゃぁぁーーーんっ!」
この癇癪はいまに始ったことではなかった。それどころか毎晩繰りかえされている。
慟哭がはじまると、家族はいつもおなじ手をつかう。
「おちびちゃん。おかーさんが すーりすーりしてあげるよ。すーりすーり……」
成体のれいむが頬ずりをしてこれをあやす。
「ごはんさんは もうないのぜ。がまんするのぜ。ぺーろぺーろ……」
成体のまりさは舌で頬をなめあげて空腹をまぎらわせようとしていた。
「ゆゅ。れいむがしっかりしないから。すーりすーり……」
成体間近に成長したれいむも、先達にならって頬ずりをする。
しかし赤ゆはいっこうに泣きやむ気配をみせないのだった。
「おなきゃ ずいだのぉぉーーーーっ! でいみゅは おなぎゃ ずいだのぉぉーーーーっ!
ゆんやぁぁぁぁーーーーー! ゆんやぁぁぁぁぁーーーーーーっ!」
いくらだだをこねても、食べものは出されない。
あたりまえだ。
巣にはひとかけらの食料も残されていなかったのだから。
だから、赤ゆに供されるものは腹のたしにならない愛情だけであった。
そして、無駄と知りつつ愛情をそそぐ三頭のゆっくりの姿を、
べつの二頭のまりさ種が心配そうな目で見つめている。
このさびれた巣穴には合計六頭のゆっくりが息づいていた。
まず、父まりさと母れいむ。
この二頭には四頭のこどもがいる。
生まれた順かられいむ、まりさ、まりさ、れいむだ。
両親とともに赤ゆをなぐさめているのは、長女たる姉れいむ。
すでにツガイを得ていてもおかしくない年頃だ。
姉まりさはまだ子供といえたが、分別のつかない童でもない。
赤ゆの段階を脱しているもののまだ頼りないのが、妹まりさだ。
そして末っ子れいむ。
けっきょく、赤ゆの嗚咽を止めたのは、
れいむ種の愛情のこもった頬ずりでもまりさ種の温かい舐めあげでもなかった。
泣き疲れと、眠気だった。
子供たちが寝静まると、父まりさはツガイのれいむにつぶやくように告げた。
「……ひっこし、するのぜ」
「ひっこし?」
「もう いやなのぜ」
どれだけ血眼になって探し集めても、土をはんでいるようなまずい草しか食べられない。
森には肉食獣が息づいている。遠雷のような爆音は昼夜をとわず聞こえてくる。
父まりさは限界に達していた。
「ゆぅ……」
母れいむはあいまいな態度をとり、子供たちを横目で見やった。
みんな泣きながら眠っている。涙の理由はよくわかる。子供たちは生まれてこのかた、
一度も満腹をあじわったことがない。寝ても覚めても、空腹がじくじくと痛んでいるにちがいなかった。
「ひっこし するのぜ。あたらしい ゆっくりぷれいすで おちびちゃんたちに おなか
いっぱい ごはんさんを たべさせるのぜ」
「……そんなゆっくりぷれいす、あるのかな」
「あるのぜ!」
父まりさが声をあらげた。
母れいむは慌てて子供たちにふりむいたが、起きた子供はいなかった。
「おちびちゃんたちは どーするの?」
桃源郷を探す旅は、長く厳しいものになるだろう。長旅に子供たちが耐えられるかどうか。
姉れいむは問題なくついてこられるはずだ。姉まりさも運動能力にすぐれている、問題はない。
妹まりさにしても、休憩をおおくとるといった工夫しだいでなんとかなる。
問題は、末っ子れいむだ。
「おちびちゃんは まりさが ぼうしのなかに いれて はこぶのぜ」
母れいむは冷たく返答した。
「……まりさのおぼうしには たべものを いれておかなくちゃ」
備蓄はない。
だが、旅に危険はつきものだ。今日食べものが得られてから、
明日も食べられるとは、かぎらない。だからみちみち食べものを集め、余裕をもちながら旅をしなければならない。
このとき運搬具としてまりさの帽子が役に立つ。
逆にいえば、まりさの帽子は食べもの運搬用であり、ここに赤ゆを閉じこめておくわけにはいかなかった。
「ゆぅ……」
父まりさが悲しげにうつむいた。そこにツガイの声がかかる。
「だから。おちびちゃんは れいむがおんぶするよ」
父まりさは顔をあげツガイを見た。母れいむの凛呼とした顔がそこにあった。
「くろうをかけるのぜ……」
翌朝、両親は族長まりさの巣におもむき、旅立ちのむねを伝えた。
族長まりさは特徴的な容姿をもっている。帽子のつばに切れこみがあるのだ。
族長は引っ越しの通告に接して、力なく首を横にふるだけだった。あきらかに反対の意をしめしていた。
だが、明確に反対したわけではなかったので、父まりさは旅立ちを決意した。
こうして、六頭家族は新天地めざして群れを出た。
その日も天空は膿んだ色をたたえていた。
出発してしばらくは、家族は非日常と格闘していた。
引っ越しという初めての経験が、家族にいいしれない不安と緊張と興奮を与えていた。
もっとも末っ子れいむだけは母の頭上で眠りこけていたので、身を切るような緊張とは無関係だった。
しかし、そうした緊張も時間もやがてほぐれていった。
まわりの風景は白の枯木のふるさととあまり変わらず、地獄も天国もそこにはない。
とはいえ、故郷とかわらない景色とは、
痩せさらばえた樹木が呼吸を止めたようにたたずみ、空には濁った雲が渦をつくるばかりの、
生も死も消えてしまったような朽ちかけた光景でせいかなかったのだが。
家族は一列縦隊で行進していた。
先頭をゆくのは父れいむだ。その後ろに補佐役として姉れいむがつづく。
列のまん中をしめるのは妹まりさ。四頭目は姉まりさ。しんがりを担うのは母れいむだ。
いちばん脆弱な赤ゆは、母の頭の乗せられて運ばれていた。
「ゆゆー。しずかなんだじぇー」
妹まりさがぼそりと言った。
その指摘に歯向かうように、末っ子れいむが目をさまし、起きるやいなや泣きだした。
「……ゅ……ゅ……ゆぴゃぁぁぁーーーーーーーーー! おにゃぎゃずいだーーーーーっ!
ゆんやぅわぁぁぁーーーーーっ! おにゃが ずいだよぉーーーーーー!」
「ゆぅ……」
行軍がとまり、赤ゆあやしがはじまった。
ただし父まりさは参加しない。
道の行く手に背をむけて、泣きくずれる末っ子れいむとそれをなぐさめる家族たちを見つめるだけだ。
しかし、家族のなかでも一等悲痛な目つきをたたえていたのは、父まりさにほかならなかった。
これからずっと見知らぬ土地を歩くのだ。
どこに危険がひそんでいるか、わかったものではない。
そして、避けられる危険は避けるにこしたことはない。
そのためには息をひそめて、ふかく静かに行軍するのがいちばんだ。
ところが末っ子れいむは親の心配など露知らず、それが赤ゆの本能とはいえ、
ひたすらに自己の欲望を主張するばかりで抑えることをしらない。
こんなことで約束の地に辿りつけるのか。
森に息づき舌なめずりをする危険の網をかいくぐることができるのか。
それを思うと暗澹たる気持ちを抱かざるをえない。
いっそ今からでも戻るべきか……?
とさえ、思いはじめていた。
今なら間に合う。今なら……。
「おちびちゃん、しずかにしてね! なけばいーってもんじゃないよ!」
その叱責は、姉れいむのものだった。
家族は水をうったように静まりかえった。
めったに怒りを表明しない姉れいむの怒声は、それだけの効果があった。
「……ゅ……ゅ……!」
末っ子れいむは、母の頭上でふるえた。そして、
「ゆびゃぁぁぁぁーーーーーーーーーっっ! ぼねーぢゃんぎゃ いじばりゅーーーーっ!」
火がついたように泣きだした。
姉れいむの馴れない叱責は、かんぜんに逆効果だった。家族のほうがうろたえてしまう。
ただ父まりさだけは、姉れいむの慌てる姿をみて微笑みをうかべていた。
そのとき、父まりさの背後でかさりと音がした。
家族が音に反応する。
野道のまん中に、猫がいた。
その黒い体毛はひどく薄い。筋肉のもりあがりはすさまじく、ほとんど異形と化している。
爪は曇天からもれる光をふうじて冷たくきらめいている。
その怪物が、琥珀の両眼でゆっくり六頭をしずかに見つめている。
末っ子れいむは狂乱した。
「ゆぎやぁぁぁぁぁーーーーーーー! ぎょばいよぉぉぉぉぉーーーーっ! ねござんば
ゆっぎゅり でぎにゃいよぉーーーーー! でいびゅぎょばいぃぃぃーーーーーーーーっ!
あっぢ いっでねぇーーーーっ! あっぢ いっでーーーーーっ!」
六頭は立ちすくんでいた。父まりさにいたってはしきりに歯を噛みならしておびえている。
魔物が足を踏みだした。
すると、父まりさの震えがとまった。一家の庇護者たる役割をおもいだした。
一気に頬をふくらまし、
「ぷくぅぅぅーーーーーっっ!」
と、涙ながらに威嚇を展開した。
姉妹たちもそれにつづく。
「ぷ、ぷ、ぷっ……ぷくうぅぅぅっ!」
「ぷきゅーーーーーっ!」
「ぷきゅぅぅぅぅーーーーっ!」
母れいむだけは赤ゆをきづかい、戦闘には参加しなかった。
魔獣とゆっくりによる闘争は、ゆっくりたちの勇気に軍配があがった。
黒猫はしばらくゆっくりを睨みつけていたのち、ぷいと顔をそむけ、草むらに消えた。
家族たちは抱き合っておのれの無事をよろこんだ。
「ぎょばぎゃっだぁぁぁーーーーーーーーーっ! ぎょばがっだぁぁぁーーーーーーーっ!」
しかし末っ子れいむは泣きやまない。
「おちびちゃん、ねこさんは もういないのぜ! かったのぜ!」
父まりさが戦勝を誇ってみせた。
だが赤ゆは、
「おなぎゃずいぢゃぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!」
と、叫びかえした。
その嗚咽を聞き、父まりさはゆるゆるとかぶりをふった。
末っ子れいむの嗚咽をすておいて、行軍の再開を宣言した。
子供らは心配そうな目をしていたが、父まりさは厳しい目つきをするばかりでとりあわなかった。
家族は無言で、背の高い草むらを両脇にしたがえているけものみちを進んだ。
赤ゆはいつしか叫ばなくなっていた。泣きやんだわけではない。
号泣がむせび泣きにかわっただけだ。
「おにゃぎゃ……ゆぐっ……おにゃぎゃっ……ひぐっ」
などと、つぶやいている。
父まりさが口をひらく。
「おちびちゃんたち、おうたを うたって ほしいんだぜ」
すこしでも家族の不安を和らげようとする一家の長の知恵だった。
「おうちゃー、ききちゃーい」
確信があったわけではなかったが、効果があった。末っ子れいむはぴたりと泣きやみ、
母れいむの飾りの上できゃっきゃとさわぐ。
姉れいむが音頭をとった。
「ゆ~は~、ゆっくりの~、ゆぅ~」
ほがらかな歌声がひっそりとした森に広がった。
母と姉妹が声をあわせる。
「ゆ~、ゆ~、ゆ~、ゆっくり~、ゆっくり~、ゆっくりのゆ~」
葬列のような雰囲気は消しとんでいた。上々だと父まりさは胸をなでおろしていた。
赤ゆだけは、
「ゆっくちぃー! ゆっくちぃー!」
と、叫び散らしていたが。本人は歌っているつもりなので、父まりさはよしとした。
ところが、歌声は闖入者によってさえぎられることとなった。
突然、左右に横たわる背のたかい草むらのなかから、ゆっくりが飛びだしてきた。
ありす種だった。
ありすは一列縦隊で進む家族のまんなかを横切ると、そのまま道の反対側に消えた。
「……ゆ?」
先頭をゆく父まりさが振りかえったときには、ありすの姿はすでにない。
「なにかとーったのぜ?」
「ありしゅがいたんだじぇー」
姉まりさが元気よくこたえた。
母れいむも無言でうなずき同意し、しかし直後に悲鳴を上げた。
「おちびちゃんがぁっ! おちびちゃんがいないよぉー!」
一隊のまんなかを歩いていた妹まりさの姿がない。
「まさか……そのありすに……れいむ!」
父まりさが鋭い声を放った。
「ゆゆ?」
「おちびちゃんを みていて ほしいのぜ! さっきのありす なのぜ、おちびちゃんを
さらったのぜ! とりかえしてくるのぜ!」
一気呵成にそう言うと、母れいむの了解を待たずして、父まりさは草むらに分けいった。
草むらの向こうで、なにかが逃げてゆく音がする。
あたりの草はおしなべて背がたかく、視界が晴れない。
「はなちぇぇぇーーーー! まりしゃをはなちぇぇーーーー! げしゅぅーーーーーっっ!
ゆわぁぁぁーーーーーん! ゆわぁぁーーーーーーーんっっ!」
妹まりさの悲鳴が聞こえてきた。だいぶ遠い。父まりさは殺気立った叫びをあげた。
「おちびちゃんをはなすのぜぇぇぇーーーーー!」
「……ゅ……? ぉ、ぉ、お、おどーじゃぁぁーーーーーーん! だずげでーーーーーっ!
ばりざを だずげでぇぇーーーーっ! はなぢぇぇぇーーーーーっ!」
「たすけるのぜぇぇーーっっ」
と、叫びながらも父まりさは焦燥にかられていた。
おもいのほか誘拐犯は足が速かった。
敵には地の利があるらしく、父まりさはなんども石や樹木といった障害物にさえぎられた。
子供の助けをもとめる声も、しだいに小さくなってゆく。
やがて、完全に誘拐犯を見失った。
父まりさはがむしゃらにあたりの草をかきわけた。鋭い葉にあんよが切れる。
石をふみつぶして激痛がはしった。それでも探索の手はやすめなかった。
だが、いくら草むらをかき分けても、痕跡ひとつつかめない。動悸がはやまる。
そのとき、左手方向の遠くから死にいろどられた悲鳴がきこえてきた。
「ゆんやああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーっっ!」
父まりさは目をみひらく。
方向を転じて、跳ぶように走った。
「おちびぢゃぁぁぁーーんっ!」
返答はなかった。
もどかしい。
父まりさは歯ぎしりした。
悲鳴を耳にして身をこがすような不安にかられていたのに、
いまはその返事の不在が不安でたまらず、悲鳴でもいい、妹まりさの声がききたかった。
「ゆんっ!?」
とつぜん、藪のような草むらが途切れ、背のひくい草が繁茂する広場に転がり出た。
「おちびちゃん!」
がばりと起きあがりあたりを見回す。
灰色の葉をつけた大樹の足もとに、ありすがいた。
父まりさを蒼ざめた瞳で見つめている。
「……」
二者は黙して対峙した。
「……おちびちゃんは、どこなのぜ」
ありすの体が、びくついた。その目に涙がたまってゆく。
が、それも一瞬のことでしかない。
一転して獰猛な目つきをたたえると、猛然と飛びかかってきた。
父まりさは横っとびに飛びのいて、奇襲を回避した。
敵は着地に失敗してバランスを崩す。
父親はすかさず背後をとった。
地面に落ちていた小枝をひろいあげ、あかいカチューシャのちかく、脳天にふかぶかと突き刺した。
絹を裂くようなするどい悲鳴が、しずかな森をさわがした。
父まりさはありすの上に飛びのり、全力でこれを押しつぶす。
白いクリームがぶっと吐き出された。もういちど、全力で踏みしだく。
こんどは口のみならず肛門と性器からも白濁液が流出した。
ありすは痙攣をはじめた。
父まりさは誘拐犯からおりて、詰問をはじめた。
「おちびちゃんはどこなのぜ。いうのぜ! いますぐ!」
「ゆ……ぐ……あなだの……ごども……」
瀕死の重傷だった。
「そーなのぜ! どこなのぜ! いうのぜ!」
尋問官の目は血走っている。ありすはクリームの涙をながしながら答えた。
「……ゆ……ゅ……ごべ……ごべんな……ざい…………あがぢゃん……が……おなが……
ずいでだがら……ゅ……だがら……」
「ど……どーでもいーことなのぜ! げすのこどもが おなかすいてたから なんなのぜ!
こたえるのぜ! おちびちゃんは どこにいるのぜ!」
「……ごべんなざいぃ……」
さいごに謝罪をくりかえすと、ありすはひときわ大きく痙攣し、
せいだいに中身を吐きもらして事切れた。
父まりさは舌打ちして、あたりを見回した。焦燥が父まりさの胸を騒がしていた。
謝罪とは、過去の行いに対する反省の弁にほかならない。
すなわち、ありすは既に何かを実行してしまったことになる。
「おちびちゃーん!」
叫び声は森林に吸い込まれてゆく。
「……?」
どこからか声が聞こえてくる。
くぐもった、甲高い響きだ。
音源へと歩く。
樹木の根もとに、まりさ種の帽子が置かれていた。その帽子のつばには石が置かれている。
大きさから察するに、もちぬしは成体まりさ種であろう。
そして、ゆっくりがお飾りや帽子をその身からはずすことはありえない。
もちぬしのいない帽子など、不気味なだけだ。
振りかえり、ありすの死骸を見やった。ぴくりとも動かない。完全に死んでいる。
また黒帽子を見つめた。
父まりさは帽子に顔を近づけて耳をそばだててみた。
甲高い声が、帽子のなかに渦巻いていた。
『……みゅーちゃ……みゅーちゃ……みゅーちゃ……みゅーちゃ……おいちぃぃーーーー!』
『……おいちぃーわ……とっちぇも ときゃいひゃな おあじにぇ!』
『……ちあわちぇー……。まりしゃは とっちぇも ゆっきゅりしちぇいりゅんだじぇ……』
吹き飛ばすように、帽子をのけた。
蓋の下には、窪みがあった。
そこに七頭の赤ゆがいた。
窪みの底には藁がしかれている。巣のつもりか。
赤ゆらはいきなり明るくなった空をあおぎ、じぶんたちを睨みつける巨大な顔を見つけた。
かれらは同時に失禁し、蜂の巣をつついたような大騒ぎを呈した。
「ゆぴぃぃぃぃーーーーー! しりゃにゃい ゆっきゅりが いりゅぅぅーーーーーーーー!
ゆっぐぢ でぎにゃのじぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーっっ!」
「ぶぎゃぁぁぁっ! ゆっぎゅり でぎにゃいぃぃーー! みゃみゃぁぁぁぁーーーーーー!
みゃみゃぁぁぁーーーーーー! どっどど だじゅげりょぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!」
「……ま、ま、まままま、まり、まりっ、ま、まりまりまり、まり、まりしゃっ、まりしゃはっ、
ちゅ、ちゅ、ちゅよっ、ちゅちゅちゅちゅ、ちゅよい、ちゅちゅちゅちゅ、ちゅよいっ」
「ゆわぁぁーーーん! ゆわぁぁぁーんっっ! ごっぢごなびでぇぇーーーーーーーっっ!」
曇天のもと、父まりさはひどく澄んだ目つきで、騒然と泣きわめく赤ゆたちを観察した。
まりさ種が三頭と、ありす種が四頭だった。
その口もとは、ことごとく、べったりと黒く汚れていた。
窪みのすみには、もちぬしのいない四つ目の小さな帽子が座っている。
赤ゆのまりさのそれにくらべると、少しばかり大きかった。
草むらのなかから父まりさがその姿を見せると、子供たちはよろこびに沸いた。
母れいむも安堵のため息をもらす。ところが、奪い返しにいったはずの妹まりさの姿が
みえず、黒い不安が胸のうちで頭をもたげてきた。
「ね、ねえまりさ」
「おちびちゃんたち。ごめんなのぜ」
父まりさはツガイの呼びかけを無視して、群がってくる子供たちのもとにすすんだ。
そして黒帽子からなにか白い塊をとりだして子供たちの前にさしだした。
それは大量のあまあまだった。カスタードクリームと餡子の混合塊だ。濃厚な甘ったる
い匂いが、子供たちの鼻孔を直撃する。
「ゆゆぅぅぅぅーーーーーーーーっっ!」
狂ったような歓声をあげた。
それと同時に。
ぷしっ。
と、いっせいに子供の肛門から尿が吐き出された。唾液はまたたくまによだれとなってあごをつたう。
目は食欲にきらめき、凝然と甘味を見つめている。
父まりさは包容力のある笑みをうかべる。
「すーぱー むーしゃむーしゃ たいむなのぜ。……たべるのぜ」
「ゆ゛ん゛や゛あ゛ぁぁぁぁーーーーーーっ!」
自制心など吹きとんでいた。
三頭のゆっくりは我先にと餡子にむらがって、一心不乱にをむさぼりはじめた。
しかし、母れいむは素直にはよろこべなかった。
妹まりさはどうしたのだ?
父まりさの横顔を見てもよろこんでいるようにはみえない。むしろ悲痛でさえあった。
それに、こんなに大量のあまあまをどこから調達してきたのだろうか。
餡子もクリームも自然界には存在していないのに。
いやちがう。
唯一存在する場所があるが、それは……。
「ねえ、まりさ。これって もしかして」
「れいむ。いうんじゃないのぜ」
おおいかぶせるように言って、ツガイの疑問を遮断した。
「さあ、まりさたちもゆっくりたべるのぜ」
「……これを?」
「おちびちゃんだけに たべさせちゃ だめなのぜ」
母れいむは息を呑んだ。
「わかったよ……」
と、答えたときだった。
「ちあわちぇぇぇぇーーーーっっ!」
末っ子れいむの雄叫びが森にこだました。
「えぐっ……ゆぐっ……ぢあばぢぇぇ……ぢあばじぇだよぉ……」
姉女れいむにいたっては、ふってわいたような幸せかみしめ、むせび泣いている。
その喜悦は想像するにあまりある。
ゆっくりは頭上から茎を生やし、その先に実をつけるように子を成らすことで繁殖する。
その茎型の生殖管は子供が生まれたときにへし折られて食事として子に与えられる。
砂糖水をたっぷりと沁しみこませた茎は極上のあまあまだ。
姉れいむはそのとき以来、一度も甘味をたのしんだことがなかった。
そして、一生涯、二度とあまあまは食べられないものだと悟り、あきらめてさえいた。
忘れかけていた砂糖の味は、陶酔するほどおいしかった。
「おどーじゃん……おいぢーよぉ……ありがどぉ……あり……?」
姉れいむは父を見て声を失った。
父まりさは甘みを一心に見つめるばかりでいっこうに食べようとしていない。
空腹にはちがいないのに。あきらかに挙動が不審だった。
それでも意を決したように甘みを口にふくんだ。その瞬間、目をむいた。苦しんでいる。
甘みと格闘し、死にものぐるいでのみくだした。
どうしてこんなにおいしいのに苦しむのだろう。
姉れいむはクリームと餡子のかたまりを見下ろした。
大量の甘みは、家族にたしかな活力をあたえた。
それから数日間は旅程の消化もはかどった。
さしたる危険を感じずに過ごすことができた。
ときおり上空を戦闘機の轟音が駆けぬけていったが、馴れたものだ、気にしなかった。
唯一の気がかりといえば、
「ゆんやぁぁぁーーーーーーーっ! おねぇぇじゃぁぁーーーーーーーんっ!」
と、ときおり末っ子れいむが思い出したように姉の不在を強調することだけだった。
妹まりさについては、
「しっそう」
ということにされた。追跡したが見失ったと父まりさは言った。
それが嘘だと、すくなくとも母れいむと姉れいむは気づいた。
姉まりさの話題は禁忌となった。しかし、赤ゆに泣きわめかれては家族の努力もむなしくなる。
妹まりさが失踪してから七日目のことだった。
道行く家族の目のまえに、一頭の見知らぬゆっくりが踊り出た。
「ゆゆ!?」
家族はひさしぶりに見たゆっくりに安堵をおぼえた。
ちかくに群れがあるならば迎え入れてもらおう。そんなことさえ思いはじめた。
だが驚きと戸惑いはすぐに恐怖へと転じた。
左右と背後からもゆっくりが飛び出してきて、五頭の家族をすきまなく包囲したためだ。
一家を包囲するゆっくりたちは、一様に瞳を欲望にたぎらせている。
だれもが尖った白い棒で武装していた。それは研磨した動物の骨だった。
「な……なんなのぜ」
父まりさは正面のゆっくりまりさに問いかけた。
「へへ。ひさしぶりの えものなんだぜ」
リーダー格と思わしきゆっくりまりさは、家族を品定めするようにねめつける。
母れいむ、姉れいむ、姉まりさは父まりさの背中によりそった。
末っ子れいむは本能的に事態を察して母の髪の毛のなかにもぐりこむ。
「みちをあけるのぜ……」
乾いた声で、父まりさは言った。
「いやなんだぜ」
リーダーはほくそ笑みながら即答する。
「ぜんいん ここで いただくんだぜ」
「いただくって、なんなのぜ」
リーダーだけではない。襲撃者たちは全員、おびえる家族を見すえてあざ笑っている。
「ふん。どれいにしてやるんだぜ」
「どりぇい!」
その単語に鋭く反応した姉まりさが、父まりさのかたわらに進み出た。
「なにいっちぇるのじぇー!」
「おちびちゃん、さがってるのぜ!」
父まりさは襲撃者をにらみながら大声を張った。ところが姉まりさは下がろうとしない。
「まりしゃは げしゅの どりぇいに なんきゃ ならないんだじぇーっ!」
涙をこらえつつ、姉まりさは朗々と宣言した。
「こいつ……なんなんだぜ?」
山賊頭のまりさは、勇敢なるゆっくりを睥睨した。
「ゆぴっ!」
あらごとに馴れた山賊の敵意はほんものだった。壮絶な敵意をあてられて、
姉まりさは失禁した。それでも引き下がりはしなかった。それどころか対抗した。
「まりしゃは ちゅよいんだじぇ!? しゃっしゃと みちをあけにゃいと……」
「あけないと、なんなんだぜ?」
「せ、せ、せ……」
「おちびちゃん、さがるのぜ、ここはおとーさんに まかせるのぜ!」
「せ?」
姉まりさは目をつむって悲鳴をあげるようにさけんだ。
「せ、せ……『せいっさいっ』しゅるんだじぇーーーっっ!」
「へぇ……やってみてほしいんだぜ、なあ?」
リーダーまりさは仲間を見渡した。七匹の仲間は嗤っていた。侮蔑の笑みだった。
「ま、ま……まりしゃを わりゃうにゃーーーーっ! ゆりゅせにゃいんだじぇーーーっ!
もう、あやまっちぇも おしょいんだじぇー! まりしゃの『ぷきゅー』をくりゃえーっ!」
「お、おちびちゃん、おとーしゃんも てつだうのぜ!」
父まりさも同調した。二頭のまりさが息をすいこむ。
「せーの……」
父と子は呼吸をあわせて、
「ぷくぅぅぅぅぅーーーーーーっ!」
「ぷきゅぅぅぅぅーーーーーーっ!」
全身全霊の「ぷくぅ」を見舞った。
はたして勇敢な姿をつきつけられた襲撃者たちは爆笑した。
「ひ……ひゃひゃひゃひゃひゃひゃっ! うぎゃー。こ、こわいんだぜー! ぷくーはー、
こわいんだぜー。……ってかぁ!? ゆひゃひゃはははひゃはっっ!」
「こわいよ~、くくっ……ぷくーはやめてね~、ぷくーはこわいよー、くくっ。あははっ、
くくっ……こわいよ~、げっひゃひゃひゃっひゃっ!」
『ぷ、ぷ、ぷくくぅぅぅぅーーーーーっっ!』
攻撃意志を表明するたびに哄笑は高まっていった。
「あはははは、まだ、まだやってるんだぜー! けっさくなんだぜー!」
姉れいむの目は涙が落涙した。母れいむも唇をかみしめている。
末っ子れいむは母の髪の毛のなかで震えていた。
そして父まりさと姉まりさは、山賊たちの侮辱など聞こえないとでも言いたげに、
効果のない威嚇を壊れたようにくりかえしていた。
「ひひ……わかったんだぜ。そのぷくーにめんじて……」
威嚇行動が止まった。
父まりさの瞳に希望が差す。
だが、直後に発せられた襲撃者の一言により、一縷の望みはあっけなく断ちきられた。
「……ひとりでゆるしてやるんだぜ」
「ゆ?」
リーダーは父まりさに鋭い眼光を投げつつ、ことばを重ねた。
「ひとりさしだすんだぜ。それでゆるしてやるんだぜ」
「お、おちびちゃんはさしだせないのぜ!」
父まりさは金切り声を発した。
リーダーの笑みが止まった。侮蔑がひっこみんだ。
「なにいってるんだぜ。おちびちゃんが だめなら おまえでもいーんだぜ。おちびちゃ
んを さしだすひつようは ないんだぜ。どーして おちびちゃんが ぜんてい なんだ
ぜ? けっ……。ぽーずだけ なんだぜ……」
父まりさは言葉に詰まった。ちがうと言いたかった。
じっさい、そんなことは露ほども考えていなかった。
ではなぜおちびちゃんが奪われると思ったのかと問われれば、その理由は思いつかなかった。
「さあ。どいつにするんだぜ?」
「だ、だれも だめなのぜ……」
顔をうつむかせてこたえた。そんな返答で許してもらえるとは思えなかった。
「じゃあ、ぜーいん どれいにして やるだけなんだぜ」
「それは だめなのぜ」
「じゃあ、きめるんだぜ。えらぶんだぜ」
「え、えらべないのぜ……」
「……れいむが!」
姉れいむが凛々と叫んだ。
その場にいたすべてのゆっくりにとり予想外の反応だった。
リーダーはどことなく困惑した顔つきを浮かべつつれいむを見やった。
「れ、れいむが……いくよ」
れいむは震えていた。尿も垂れ流している。涙も浮かべている。
だが口調はしっかりしていた。その毅然とした態度をみて、山賊頭まりさは目をほそめた。
部下に命令をくだす。
「みあげたゆっくりなんだぜ。わかったんだぜ。おい、つれていくんだぜ!」
その命令に従い、部下のゆっくりが姉れいむを家族から引き離した。
襲撃者たちが引き上げてゆく。しかしリーダーは最後まで残っていた。
呆然自失している父まりさを心底から蔑んでいた。
「おやだったら、もっと ていこうするべき なんだぜ。こいつ、あんしんして やがるん
だぜ。へどが でるんだぜっ! こどもがさらわれるってのに どうして あんしん で
きるんだぜっ! しねっ!」
山賊ゆっくりは力いっぱいぶちかました。
父まりさはかるがると吹き飛ばされ、いくばくかの餡子を吐きもらした。
山賊に前後左右をかためられて、姉れいむは道を歩いている。
おそらくは、もう家族と再会することはない。
「へっ。どーしようもないおやだったんだぜ」
前方を行くリーダーまりさは独りごとのように言った。姉れいむは答えない。
「ほんとうに どーしようもない……」
「あなたも」
姉れいむが静かに口をはさんだ。
「あなたも、いえあなたは、おやにすてられたの?」
リーダーまりさの足が止まった。それにあわせて七匹の仲間も停止した。
姉れいむは金色の後ろ髪を一心にみつめて返答を待った。
「……むかしのことなんて わすれたんだぜ」
そう言って、また歩き出す。
一行は無言で歩きつづけた。
やがて。
前方を行くリーダーまりさが、それを踏みつけた。
人間はそれを、地雷とよんでいる。
爆音が森をおどろかし、爆風が草をなぎ倒す。
火焔があたりの腐った植物をなめ、黒煙が曇天を汚した。
ほどなく、濁った空から砕け散ったゆっくりの残骸が降ってきた。餡子が大地に森にばらまかた。
こうして姉れいむをふくむ九頭のゆっくりは、
悲鳴をあげる権利さえあたえられぬまま、
爆炎にのまれて全滅した。
(下に続く)