作品サンプル1

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hengue

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『みみず穴のむじな』/ヒモロギヒロシ
                                                                                              お題妖怪:狢(むじな)

  文化三年。白露。空には赤い黄昏月。苔蒸す石段の果ての境内。身の丈九尺の仁王と浮揚する超弩級南部鉄器が睨み合い、傍らには繋縛された小娘が捨て置かれている。

  鉄器の両側部から三本ずつ鉄腕が突きだしたのを契機に二怪の殴り合いが始まる。神域の静謐を侵す巨人の呻きと金属音の残響と小娘の嗚咽。そして社の格子戸が豁然と開き放たれる音。中から痩せこけた浪人が現れたので、二怪は驚き殴り合いの手を止めた。

「おちおち寝てもおれぬ。その方らは我が同類と見受けるが、一体いかなる諍いか」

  浪人は半眼で欠伸をしながら、自らの正体を旅の狢と明かした。

「私は狐だが、小娘を手込めにしようとしたところこいつが邪魔をした」と仁王が言い、「俺は狸だが、小娘を食おうとしたらこいつが邪魔をした」と南部鉄器が言い、そして小娘は「村は狐狸に犯し尽くされ食い尽くされ、私が最後の一人です」と泣くのであった。

「化比べで勝負をつけなされ。俺の出す題に上手く化けた方の勝ちということにしよう」

  狢は勝手に話をまとめると、一枚の瓦版を南部鉄器に突き出した。そこには丼のような形状の奇怪な船が描かれている。

「三年ほど前に常陸国に現れたうつろ舟、これに化けられるか? ……かような怪技術、お主の理解の範疇を超えておるかな」

  南部鉄器は真っ赤になって濛々と蒸気を吹いた。湯気が晴れると、そこには直立して腹鼓を連打する古狸の姿があった。

「侮るな。俺はひとつ鼓を打つごとにIQが1ずつ上昇するのだ」狢は感心したように頷くと、続いて仁王を見上げた。

「仁王の造作は運慶快慶に並び立つほど見事だが、所詮有形の物質にしか化けられまい」

「何の。狐変化の真骨頂は形而上にこそあり」

「では、難解な数式から導き出される解それ自体に化けることは可能かね?」

  狢は金属製の筆で半紙に数式を書き付けてみせた。狐はされこうべを頭に載せてぶつぶつ呪文を唱えた後、猛然と数式を解き始める。狢はそれを見て満足げに微笑んだ。

  一刻の後。狢の合図に従い両者一斉に変化を開始した。すなわち狸は未知の材質からなるアダムスキー型円盤に。狐はワームホール計量式から導き出される時空の歪みに。

「素晴らしい完成度だ。甲乙つけがたし」

「それは困る。白黒はっきりつけてくれい」

「ではまず、舟の乗り心地を検分しよう」

  狢は円盤に乗り込んで計器類をいじり、なにやら熱心に入力している。

「時空が正しく歪んでいるかも確かめよう」

  狢を乗せた円盤は音もなく浮揚し、ワームホールの渦に吸い込まれていった。それっきり狸も狐も狢も戻ってこなかった。円盤のハッチが閉まるとき、小娘は「やっと帰れる」と呟く狢の涙声を確かに聞いたという。しかし彼女はもちろん、現代の我々においてさえ、彼の帰還した故郷の景色を未だ知らない。
  
『へんぐえ ~茜~』収録(2010年12月)
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