人外と人間

改造人間×吸血鬼娘 いつか、道の果て 1 SF

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いつか、道の果て 1 5-177様

夢を、見ていた。

故郷を失って数年、歳の離れた兄が居て、未だ兄の恋人ではなかった、思いを寄せる女性が居て。自分達は幸せなのだと、そう信じようと躍起になっていたころ。
揺り籠のような時間は最早、ここ暫く思い出すことの無かったもの。胸の痛みは無いと言ったら嘘になる。そして、少しだけ、自らの受けた傷の重さを意識する。

彼はさる術式を受けて、寿命と引き換えに桁外れの再生力を手に入れている。
精製者、と呼ばれる。人でありながら人でない存在。
死ぬ事は、ないのだろう。だから、一欠けらの不安もなかった。
誰かを守って、傷付いて。そんな行為の甘美さに、ずっと憧れて。

(……本望?)
もう1人の自分が、嘲笑しながら囁く。繰り返し、繰り返し。
肯定く他に、何ができるだろう。
ゆるやかな眠りの中で、幾度となく反復した無意味な遣り取り。

(抗生物質二種に、鎮静剤のカクテル。怪我人向けのポピュラーな処方箋)
かたり、とトレイが鳴る―――その音楽に、そっと意識が浮上する。
薬盆だろう、と推測して、薄く目蓋を上げる。薄明。
視界は、暈かしたように曖昧で、日の高さもまるでわからない。
室内にはどうやら、そっと滲むように佇む少女の姿があった。

(マリィ)
少女の名を呼ぶ。
唇は動かず、これもまた、夢かと、そう思う。

薬盆を下ろし、ぴんと背を伸ばして傍らに腰掛けた少女は、目線を自らの手元に落として凝と動かない。気丈な彼女が、隠すこともなく涙を堪える様子は久しく見なかったと覚えた。記憶を辿れば、最後に目にしたのは、
(ああ、そうだ)
こときれた育ての親の亡骸を抱いた少女に、自らの裏切りを告げたとき。
もう二年も過去のこと。
―――だとすれば、自分には過ぎた取り分。
願望を、夢に見ているのかもしれない。腹のあたりでじくじくと疼く、癒える最中の傷の痛みだけが現実の延長。それならばと、彼は上がりかけた瞼を下ろす。
このまま搖蕩うのも、悪くない。そう思った。
けれど不意に、ふわりと柔らかな感触が頬に掛かる。
結果的に、彼の意識は再び浮上することになる。

異種のちからを酷使してきた結果、背を埋めるまでに伸びた、真っ直ぐに真白い髪を思った。少女が自らを削って戦ってきた、証。
彼が彼女に供した血の、証。少女をささやかな幸せから引き離した、彼の罪の証。
その挙動は余りにも優しく、そして甘美だった。
柔らかな髪先に続けて触れたのは、氷にも似てひやりとした、人間の手のひらの感触。
目蓋かた前髪のあたりに、躇いがちな気配が触れる。
目を開かずとも網膜に浮かぶのは、泣き出しそうに歪む薄氷の瞳。
やはりこれは夢なのだと、自らに命じる。幾度も、幾度も。こんな顔をされては、心臓狙いの銃弾の前に身を露したことが、彼が傷ついたことが、少女にとって大きな意味を持つのだと、そう思えてしまうから。

一瞬とも、数分とも思えた。
まさに、夢中のように。
吐き出す吐息は言葉にならず、引き攣れて耳元に届く。
倒れる瞬間と、全く同じ言葉が、変わらぬ調子で。
どうして、と。






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