『ドラなの』第3章「誕生会」



「「はやてちゃん、お誕生日おめでとう!」」

十数人の歓声に続いて『パンッ、パンッ』と室内に轟く銃声・・・・・・じゃなかったクラッカーの破裂音。
そして頭から肩まで瞬時に出現した7色の紙テープを装備させられることになった八神はやては、身内・友人達を見回して

「みんな、ありがとう!」

と彼女の持てる精一杯の笑顔を返した。
検査から4時間を経て開催されたはやての誕生日会は総勢16人(ザフィーラ、アルフは犬形態で外なため、実質的には14人と2匹)と大規模なものであった。
さすがにここまで来るとそれなりの広さを持つ八神家でも収容しきれない。そのため会場は海鳴町でも1、2を争う豪邸であるすずか邸で行われていた。
そして金持ちであるからに―――――

「ああっ!ドラ屋のどら焼きがあんなにいっぱい!」

遠くから見てもメーカーがわかるらしい。
パーティーに呼ばれていたドラえもんが山と積まれたそれをロックオンすると、ミサイルもかくやという正確さとスピードで肉薄。目標に食らいついた!

「気に入ってもらえたかな?しずかちゃんから『ドラちゃんはどら焼きが大好きなのよ』って聞いて取り寄せたんだけど・・・・・・」

すずかに問われたドラえもんは

「うん!うん!」

と大きく頷いて見せる。

「もう大、大、大好き!これをくれるなら何でもやっちゃう!」

「うん、良かった。喜んでもらえて」

すずかはドラえもんの本当に美味しそうな食べっぷりに無邪気な笑みを浮かべるが、そこにスネ夫がほの暗い笑みを隠しながら介入する。

「じゃあこれから毎日どら焼き奢るからさ、僕の所来ない?」

「え?毎日!?どうしよっかな・・・・・・」

身を乗り出して考えてしまうドラえもん。しかし危険を感じ取ったのび太が駆けつけた。

「もう、そこは考えないでよぉ~!」

「ハハハ、ごめんごめん。じゃあスネ夫くん、明日からお願い―――――」

「ってそっちなの!?」

そんな風にドラえもん懐柔計画が進む中、スピーカーで拡大された声が武力介入した。

『それではこれより、はやてちゃんの誕生日を祝して、一曲贈りたいと思います!』

即席に作られた壇上に立ってマイクを握るは、剛田たけしことジャイアン!
その宣言にシグナムなどの守護騎士一同も、結婚式場レベルの豪華な食材が並ぶ机を囲っていたなのは達も一斉に血の気が失せた。
みんなの思いはただ1つ。


「「(ここで歌われたら死人が出る!)」」


歌エネルギー(音波による振動エネルギー)が外部に逐一逃げていく野外ですら恐ろしいのに、それが乱反射するであろう室内では壮絶な地獄が予想された。
しかし─────

「いよ!待ってました!気張っていきや!」

シンとした会場に上がる1つの歓声。

「はやてちゃんありがとう!」

はやての発破にジャイアンはさらに気分を良くしたようだ。持ち込んだラジカセを操作しながら礼の声を上げた。

「「(はやてちゃぁぁぁん!)」」

全員の心の悲鳴が響き渡る。
はやてはあの歌の恐ろしさを知らないのか!?
しかし主賓が言った以上、もう誰にも止められない!
こうなってしまっては彼女らは次善の策を講じるしかなかった。

『(フェイトちゃん!)』

『(うん!)』

念話による通信で瞬時に意志疎通を図った2人はそれぞれ待機状態の己のデバイスに命ずる。

「レイジングハート、物理防御バリア展開用意!最優先モード!」
「バルディシュ、対光波・音波バリア展開準備!」

『Alright.』
『Yes sir.』

両デバイスが同時に応じる。
ジャイアンの歌は時として"物理破壊を伴う"。そのため室内では落下物(例えば頭上に輝くシャンデリアなど)に対処するため、なのはのシールドは遮音以上に大切な生命を守る最終防衛ラインだ。
しかしそれだけしても遮音と物理防御の効果があるのは近くにいた静香とアリサ、守護騎士一同、そしてはやてだけだろう。
すずかやのび太達は肩を落としながら壇上前に集っており、距離が有りすぎる。
しかし視線を戻したなのはは、はやてが効果範囲から出ようとしている所を目撃した。

『(は、はやてちゃん!バリア張るから効果範囲から出ないで!)』

しかし彼女は

『(ウチのために歌ってくれるのに、聞かないなんて出来へん。それに"大丈夫"やて)』

と自身たっぷりに返信。
こちらに対応できる力があることを知らない静香、そして念話を解せないアリサも道連れに効果範囲から出てしまった。

「ど、どうするなのは!?」

フェイトが焦って呼び掛けてくる。
なのはが回答に詰まっていると、今度は守護騎士達が動いた。壇上前へと。

「シグナム!どこへ!?」

「ヴィータちゃん!シャマルさんも!」

2人の呼び止めに彼女らが振り返る。

「我ら守護騎士。"死する"時は、主(あるじ)と共に」

とシャマル。

そしてシグナムも

「・・・・・・最期になってしまったが、テスタロッサ。お前のような勇敢な魔導士に出会えて良かった」

と辞世の句のように告げる。
続いてヴィータが

「なのは、教導隊入り頑張れよ。"上"から応援してるからな」

と決めた。
台詞回しは申し分ない3人だが、足が震えていることがフェイトには少々滑稽に映った。
ともかく3人は効果範囲から出ていってしまった。


 ・・・・・・不意に、俯いたなのはが呟く。


「―――――フェイトちゃん、私、間違ってた」

「へ?」

「相手の短所も受けれなきゃダメだよね」

どこか清々しい表情を浮かべたなのははレイジングハートを胸ポケットへ。そして空いた左手を差し出してきた。

「"いこう"、フェイトちゃん」

その吸い込まれるような菩薩の微笑にフェイトの生存本能がオーバーライド。"いこう"が例え"逝こう"だろうと受け入れる覚悟を決めた彼女は、その手を取った。

(*)


『よぉし、みんな!準備はいいかぁ!?』

「「おぉーーー!!」」

自棄(ヤケ)になった人々は歓声を返す。
そして彼ら彼女らはこれから起こるであろう惨劇を予想して、ある者は竦み上がり、またある者は現実逃避に走る。
さらにこうゆう時(死期)は普段絶対に言えないことも言えるものだ。フェイトは彼女の大親友に最期の告白を行おうとしていた。

「なのは、実は私、なのはのことが─────」

「フェイトちゃん?」

その決意がもう少し早くて、もう少し早く言っていたならこの先の未来は違ったかも知れない。
しかしそうはならなかった。
周囲が身構える中、ジャイアンが大きく"腹式呼吸"。マイクを持つ右手の小指がピンと立つ。
そして─────


"瞳閉じれば 出逢えるのは何故─────"


聞こえてきたのは一曲の歌だった。
それは半年以上前に聞いたダミ声でも何でもない。透き通る春の風とも呼べばいいだろうか?それほどまでに暖かい歌声だった。
気づいた時には聴衆達はその歌に体を預けていた。
もうここにはあのガキ大将と怯える子供達などいない。舞台と客席が一体となり、ただ1つの歌があった。
曲は流れるようにサビへと突入。歌手、剛田たけしは手のひらを広げた左手を客席のただ一人、八神はやてへと向けて歌い上げる。


"─────蒼い地球を守りたい!君だけのために~!"


その熱を含んだ熱唱にはやては恥ずかしそうに微笑み返した。
こうした時を過ごして歌という名の永遠は、曲の終了という終わりを告げた。
しかし観客達は興奮冷め止まぬように盛大な拍手と歓声とを彼に送った。

「明らかに上手くなっている!」

「たけしさんステキぃーーー!」

「アンコール!アンコールを!」

そんな歓声にジャイアンはいつもの調子に戻って

「ありがとう!心の友よ!」

と歓声に応えた。
だがそれは止まない。

「「もう一曲!もう一曲!」」

と彼へのコールを続ける。
彼は初めてのことに涙し、声を張り上げる。

「いよっし、じゃあ一曲だけだ!だがこれはみんなで歌えよ!」

「「おぉ!!」」

再びジャイアンは腹式呼吸。その歌を紡ぎ出した。


"ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデー・・・・・・"


誰もが知る誕生日に歌う定番曲『ハッピーバースデートゥーユー』。しかしそれは全く違った、だが温かくウキウキしてくる曲に聞こえる。これがあのジャイアンに眠っていた真の実力なのであろうか?
そして武、なのは、フェイト、アリサ、すずか、シグナム、ヴィータ、シャマル、のび太、スネ夫、ドラえもん―――――全員の声が一人の少女に向けて唱和した。

「「♪ハッピーバースデー、はやてぇ~!♪」」

それと同時に少女は棒状のライター、いわゆる「チャッカマン」の火を、ロウソクのように吹き消した。
途端に剛田武のコンサートホールは

「「おめでとう!」」

と歓声溢れるパーティー会場へと戻った。


(*)

ジャイアンの歌の種明かししよう。
結論を言ってしまえばドラえもんは今回何もしていない。
これの主な関係者はジャイアン自身と"八神はやて"その人だ。
実ははやてはここ半年魔導の力が使えなくなって空いてしまった時間を様々なことに投資していた。
教育の充実によって短期化が遥かに進んだミッドチルダでは11歳ですでに中学卒業レベルの学問をこなしており、ある程度社会進出しても遜色ない歳と見なされているという。
もちろん管理局で戦技教官や執務官をやるだけなら、見合った技能と日本クラスの道徳観を持ち、義務教育を全うすれば何の問題もない。
しかしはやては『命令されてその通りに動く"手駒"にはなりたくない』という強い思いがあり、管理局の局員養成校『ミッドチルダ防衛アカデミー』の士官候補生になるため勉学に時間を投資していた。
そんなとき、はやてはある噂を耳にした。


「ジャイアンがまたリサイタルをやるらしい」


学校中を瞬時に駆け巡り、生徒達を恐怖のどん底へと叩き落としたその噂。
しかしはやてはこれを好機とした。ジャイアンは歌が物凄く下手なのは知っていたし、時として物理破壊を伴う彼の歌は丁度バリアジャケットの"対音波防御性能"のテストに最適だったのだ。
そして周囲の聴衆が耳を塞ぐなか開催されたリサイタル。
光波・音波防御(対閃光手榴弾設定とも言う)を最大に設定したバリアジャケットを着用したはやてはその歌を普通に聞くことができた。
そして彼女は聞いているうちにそれほど悪いものでもない事に気づき始め、さらに言えば彼に天性のものを感じていた。

  • 重心の低い体型。
  • 日々大きな声を出すことによって鍛えられた肺活量と喉。
  • 溢れる体力と気力。
  • ほぼ全員耳を塞いでいるのに挫けないで歌い続ける不屈の心などなど・・・・・・

それでも現状全く上手くない。ジャイアンにとって最大の悲劇は、初期値がアンバランスすぎて誰も真面目に聞けなかったことがもっとも大きい。
最後にははやては素で拍手を送っていた。
それからはジャイアンと歌で意気投合。週に2~3回のペースで歌の練習を開始した。
場所は学校の裏山。お陰で裏山から聞こえる歌を怪物の鳴き声と誤認した周辺住民が

「裏山に怪獣が住み着いたらしい」

と噂し、恐れられたが問題ない。
それが2ヵ月前。はやても歌の知識はほとんどなかったが、図書室で借りた"ウガ"とかいう出版社の出したあの本で何とか埋め合わた。
例えば今までやっていた胸式呼吸から腹式呼吸への転換などがその対処法だ。
ジャイアンは聞いて、アドバイスをくれる人がいて気分よく練習できる。
またはやても、未だ実用化されていない音波振動兵器(音波により対象物質の共通振動数を伝えて、共振によって内部から破壊するとされる兵器)の論文を書けそうなほどのデータを集める事ができた(これは『ミッドチルダ防衛アカデミー』の入学論文のためである)。
余談だがジャイアンの歌は超広域に渡る周波数の音波を発しており、どんな理屈か電磁波にも変換され、ギガヘルツ帯の携帯電話やデバイスのアクティブ・レーダーを妨害するなどECM(エレクトロニクス・カウンター・メジャー。電子妨害手段。)に近い能力を発揮することもあったという。
ともあれ、こうしてジャイアンの歌のスキルは格段に進歩。今に至っていた。

「はやてちゃんがそんなことをやっていたなんて・・・・・・」

シャマルがはやての説明に驚いたように口元を押さえる。

「シャマル、お前はずっと近くにいたのにこんな危険な行動も把握できていなかったのか?」

シグナムに非難のセリフをかけられ

「ごめんなさい・・・・・・」

と済まなさそうに謝る。

「プライバシーって言うから・・・・・・」

「プライバシー?・・・・・・ああ、あれか。難しい世の中になったものだ・・・・・・」

シグナムは何も考えずとも主を守るだけで良かった過去をほんの少し懐かしく思った。
しかしこれこそ"道具"である自分達、守護騎士システムに与えられた一人の人間として生きることの自由と独立の代償。甘んじて受け入れねばならぬものだった。

「ま、結果オーライってことで!な?」

「・・・・・・はい。わかりました。しかしあまり無理はなさらないでください。主に何かあったらと不安になってしまいます」

「了解や♪」

はやてがおどけて敬礼して見せる。この様子だとまだなにかやっているかもしれない。
しかしシグナムは口では言っても不思議と不安な気持ちにはならなかった。彼女の周りには我ら守護騎士だけでなく、頼もしい友人達がいる。
何かあっても、命を張ってでも助けようとしてくれる友人が。
我らが主は本当に、そういう得難い大切な人達に恵まれていた。

「はやてちゃ~ん、それにみんな~、ビンゴ大会始めるわよ~!」

アリサ・バニングスがビンゴカードの束を持ってこちらに呼び掛けてくる。
はやてはそれに

「今行くで!」

と応えると、小走りするように向かった。
しかしシグナムはその元気な後ろ姿に、もうすぐ魔導の力がなくなることを彼女が聞いて、どんなに落ち込んでしまうかと思うと気が気でなかった。


(*)


時空管理局艦船 L級巡察艦 56番艦『アースラ』

第97管理外世界近傍の次元空間で待機するこの艦艇では、艦長であるクロノ・ハラオウンがある人物と通信を行っていた。

『─────そっか・・・・・・はやてちゃんの病気はやっぱり・・・・・・』

「ああ。詳しい検査結果を見たが管理局の技術では太刀打ち出来そうにない。しかし原因はほぼ特定した。間違いなく闇の書だ」

『・・・・・・なるほど、それで珍しく連絡してきたってことか』

「そうだ。君の活躍にも"ちょっぴり"だが期待しているからな」

クロノの嫌味がかったセリフに画面の中の彼は

『ちょっぴりは余計だな。これでも無限書庫の司書なんだよ』

と苦笑いしてみせる。

『まぁ、実を言えば1週間ぐらい前に闇の書に関連しそうな古文書がここで発掘されたんだ。今は急ピッチで解読作業に掛かってるんだけど、こっちは見ての通り設備も人員も限られてるからなかなか進まないんだ。本局に行けば解析チームがいるんだけど・・・・・・』

彼のいる場所は砂漠の真ん中に一張りの中規模のテントがあるだけという寂しい場所だった。

「そこは第12管理外世界か。それなら近いから個人転送でアースラに来い。本局までの足ならこれが一番速い」

『うん。ここの発掘は本業の人達に任せてこれから古文書を持っていくよ。受け入れのほうをお願い』

「了解した。歓迎するよ。しかし出港は明日、はやてに検査結果を知らせてからだ。だからまだ急がなくてもいいぞ」

『いや、すぐに行くよ。こんな埃っぽい姿じゃなのは達に会わせる顔がないし、僕も早くシャワーでも浴びたい』

「最後の行水から1カ月と言ったか?水ならアースラにたっぷりある。必ず入れ。本艦の中で異臭を撒き散らすことは許さんからな」

『ハハハ、手厳しい。それじゃあ後で』

若き考古学者はそう告げると、通信を閉じた。

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最終更新:2011年01月20日 19:32