『ドラなの』第4章「遭遇」
「えっと・・・・・・どちら様でしょうか?」
はやては居間を挟んだ反対側に立つ、神話に登場するメデューサのように髪から2匹の蛇を生やした女と直立二足歩行するネコに尋ねる。
「・・・・・・お前が八神はやてか?」
その声色は妖艶であったが、冷たく思えてまったく友好的に聞こえなかった。
しかし偏見、主観による決めつけはいけないと自制し、努めて友好的に振る舞う。
「そうですが、あなた方はどちら様でしょうか?えっと・・・・・・もしかしてシグナム達のお友達ですか?」
「シグナム?ああ、『守護騎士システム』か。あの役立たずどもには昔世話になったが・・・・・・今は違う!」
明らかに敵意あるその口調。それにシグナム達を道具のように言うその言い方に腹が立ったが、『守護騎士システム』というセリフが引っ掛かった。
シグナム達がナチュラルに生まれてきた人間ではなく、『夜天の魔導書』のシステムであったという情報は時空管理局上層部、一部のアースラ乗員、なのはなどの友人というように極めて限られた関係者しか知らないはずなのだ。
なのにどうして知っている?
はやてがそうした事を問いただすと女は
「そんなことはどうでもいい!」
と一蹴し、続けた。
「八神はやて、“闇の書”を渡せ!」
「!!」
決定。こいつら次元犯罪者か知らないが悪人だ。
どうやら魔導書を自分がまだ持っていると勘違いしているようだ。
「(でも、おあいにく様。私は持ってませんよ~と)」
はやては応援を頼もうと念話で皆に呼び掛ける。しかし─────
「残念だが念話は通らん。ここは私の結界の中だからな。・・・・・・さぁ、お前に救援は来ない。大人しく渡してもらおうか?」
「・・・・・・」
シャマルが家中に張り巡らし、管理局にすら『短時間での突破は難しい』と言わしめた各種魔法結界を破っているとは思っていなかったはやては歯噛みする。
しかし相手の要求するものを持っていない。そして降参する気もないとなれば選択肢は1つだった。
はやては脱兎のごとき速業でカーテンの閉まった窓に体当たり。
そのままカーテンレールごと外れたカーテンとともに野外へと転がり出ると、バリアジャケットに換装した。
同時に後方より放たれたオレンジ色の魔力砲撃を右に鋭く転がって回避。自身の本型デバイス『蒼天の書』に命令する。
「スレイプニール、羽ばたいて!」
『Sleipnir.』
デバイスの応答と、白い魔力光を放つベルカ式魔法陣が展開。背中の漆黒の翼が展伸(てんちょう)された。
「(外にはシグナム達もなのはちゃん達もおるんや!助けは必ず来る!)」
はやてはそう確信すると、雲もないのに星1つ見えない不気味な夜空に飛翔した。
(*)
同時刻 壁紙秘密基地
そこでは回復したジャイアン達が目を覚ましていた。
「あれ?お前ら、どうしたんだ?」
ジャイアンがケロリとした口調で心配そうに覗き込んでいた人々に問う。
「良かったぁ、いつものジャイアンだ」
その内の1人、のび太が安堵のため息をつく。そして
「何があったか覚えてる?」
というドラえもんの問いに
「あ~ん、ネコを追いかけた所までは覚えてるんだが・・・・・・」
と頭を傾げる。
「よいしょっと・・・・・・そういえば僕らは誰にやられたの?」
先に起きていたスネ夫が棺桶から上体を起こしながら聞いてくる。
「それがよくわからないんだよ」
「ただ助けに行った僕達にも撃ってきて、助けるのに必死だったから・・・・・・」
ドラえもんとのび太が弁明する。そこで二人の意識の回復に安心して、イスに座っていた静香が物憂げにチラチラ壁を見上げながら介入してきた。
「・・・・・・ねぇ、いつまでここにいなきゃいけないの?私、早く帰らないとママが・・・・・・」
彼女の視線の先に固定されていた時計は8時45分を伝えていた。
「ドラえもん、もう大丈夫じゃないかな?」
「う~ん・・・・・・大丈夫だと思うけど、一回外の様子を見てみよう」
ドラえもんは応えると画面に向かっていく。
「ドラえもん、出口はこっちだよ」
「そのまま外に出たら危ないでしょ?だからまず、基地のレーダーとカメラで外の様子を見るんだ」
彼はそう言って
「ああ、そっか」
と頭を掻くのび太を横目に機器を操作すると、電磁波という名の探信波を放った。
「・・・・・・どうしたのドラちゃん?」
突然顔色が曇った彼に静香が画面を見に来た。
「・・・・・・おかしいんだ。このレーダーは20キロ先まで映るはずなのに、半径4キロ・・・・・・つまりこの海鳴町より外が、まるで壁があるみたいに映らないんだ」
ドラえもんは様々な手段を講じるが、やはり外は映らなかった。まるで世界が海鳴町だけになってしまったかのように・・・・・・
万策尽きた彼はとりあえず外を見てみようと『スパイ衛星』を基地の外に転送。映像を受信した。
「町は何ともないみたいね・・・・・・」
高度10メートルほどから見る夜景に家々の明かりが映える。
「でもよ、おかしいぜ。まだ9時なのに、海鳴駅にひとっこ1人いねぇ」
「え?そんなばかな・・・・・・」
ジャイアンのセリフにドラえもんは駅を拡大投影する。
駅はこの時間、帰宅ラッシュの後半を迎えているはずだ。しかしホームには乗客どころか駅員すらいなかった。
また線路上では電車が停車している。
回送列車かと思われたが、そうでない証拠に車内の電灯とヘッドライトは明々と灯っているのに運転手の姿は見えず、完全に乗り捨て状態だった。
路上の車も同様にへッドランプ点けっぱなしで放置されていた。マフラー(排気口)から白煙が上がっているところを見るとエンジンも掛かっているようだ。
「どうなってるの?気味悪いよぉ・・・・・・」
スネ夫がその小心っぷりを発揮してジャイアンに身を寄せる。しかしジャイアン自身も自らの町の生物絶滅現象に薄気味悪く、掛ける言葉がなかった。
「・・・・・・あら?今画面の上が光らなかった?」
「え?」
静香の言葉にカメラが上を向く。そこでは『なぜ今まで気づかなかった!?』というほど人為的な光に満ちていた。
流星のように高速飛翔する白い球のように見える光に向かってオレンジと黄色い光線が伸びる。しかし白い光もそれに当たるまいとしているのか小まめに軌道を変えていく。
「ねぇ、これってさっきのビームじゃない?」
「それに他の色した光線もあるわ」
「近づいて正体を探ってみようぜ」
相手が高速過ぎて捉えられないため、ドラえもんは手元の機器のスイッチを変えて『手動』から『最優先:追尾モード』にする。
すると衛星はスパイとしての隠密機動を棄ててレーダー波を使用。目標をがっちりと捕捉した。
そしてどうにか接近した衛星のカメラが捉えていたのは─────
「うっわぁ!?」
映し出されたものを見たのび太が悲鳴と共に体を画面からのけ反らせた。
かろうじて女とわかるそれは子供や大人に関わらずぜったいに遭遇したくはないような外見をしていた。
頭からは腰にまで届く長い白髪と、その頂点から同じような長さを持つ2匹の蛇が生えている。そして全体的にネガ反転したような肌は黒ずんだ赤っぽい色で邪悪さを醸し出し、極め付けには下半身にあるはずの足がなく、小学生であればだれもが恐れるであろうものを彷彿させていた。
「ゆ、幽霊だぁぁぁーーー!!」
のび太の叫びに顔から血の気が引く小学生組だが、同じように怖がっていたドラえもんがある事実からその可能性を否定する。
「そ、そんなことはないよ!スパイ衛星のレーダーで追えてるんだから、相手は実体がある生き物だよ!」
「そ、そっか・・・・・・」
露骨に安心するのび太を差し置いて、ようやくその存在に気付いたスネ夫が画面を指差しながら
「コイツさっきのネコだよ!ねぇ、ジャイアン?」
「ああ、間違いねぇ。俺たちを撃ってきたあのネコだ」
「でもこの女の人も空飛んでるわよ。どういうこと?」
それにネコと幽霊女はどちらもショックガンのような物でなく、やはり透明で円形をした板からビームを発射しているようだった。
伸びゆくビームがついに大きく蛇行していた白い光に着弾する。あわや撃墜かと思われたが、入射角が浅かったのか黄色い直線は30度ほど偏光されて建っていたビルに命中した。
その威力は圧巻の一言であった。
薙ぐようになったために直線状になった着弾部分の外壁が瞬時に白熱してバターのように溶け、それよりも上の部分が滑り落ちる様に崩れていったのだ。
生身のヒトが放つには破格過ぎる威力に、一同の額を冷たい汗が伝った。
そこでのび太が気付いた様に呟く。
「・・・・・・何か白いのを追いかけてるみたいだけど、いったい何だろう?」
のび太の呟きによって、一同の関心がそちらへ向く。
白い光を追うネコは、先ほど自分達を狙ってきた謎のネコだということは確かであるが、逃げている白い光は正体がまったくわからないのだ。
ドラえもんのスティック操作によってカメラが横にパンして白い光にロック。拡大していく。そうして
―――――包む白いオーラ
―――――人型
―――――白い帽子に白い服
―――――背中についた4枚の黒い翼と茶色い髪
というように徐々に輪郭が浮かび上がる。
そして全員一斉に声を上げた。
「「はやてちゃん!?」」
ピーッ、ピーッ、ピーッ
鳴り響く警告音。レーダー波を逆探知されたのかスパイ衛星が敵に発見されたのだ。
そしてドラえもんが何かしようとする前に、はやてらしき少女を映し出した画面は瞬時にブラックアウトした。
「画面が!?」
「衛星がやられたんだ!」
「で、でも今のはやてちゃんだよね!?」
「でも何で空を飛んでるの!?」
「ああ!あれははやてちゃんに違いねぇ!」
「ちょっとみんな落ち着いて!」
一瞬にして騒がしくなったのび太達をドラえもんが諌める。しかしジャイアンは止まらなかった。
「みんなで助けに行こうぜ!」
「うん!」
「行きましょう!」
のび太や静香が同調して出口へと走っていこうとする。それをスネ夫が立ち塞がるようにして止めた。
「なに言ってるんだよジャイアン!さっきの見ただろ!?あんな化け物なんかと戦ったら今度こそ僕たち死んじゃうよぉ!!」
撃たれた時の恐怖が蘇ったのか、その形相は必死そのものだった。
スネ夫の制止によって行け行けの空気に冷や水がかけられ、のび太達に迷いの表情が浮かぶ。
しかし山のように大柄なこの男にはそんなものは雑音に過ぎなかった。ジャイアンは火山が噴火したように憤然と言い放つ。
「それでも友達か!?」
その喝に基地全体が震え上がる。
「さっきのび太達は“あんな危険”なのに俺達を助けてくれた!俺は1人でも行くからな!」
彼の決意は固いようだった。
その力強い牽引力にのび太が
「ジャイアンだけにいいカッコはさせられないな。僕も行くよ」
と決意を新たにし、ドラえもんも
「僕らだってはやてちゃんとは友達なんだ。一緒に行くよ」
と続いた。静香ものび太のアイコンタクトに頷いて見せる。
そんな危険を犯してまで助けに行こうとするのび太達が信じられないのかスネ夫は困惑の表情を浮かべながら
「ぼ、僕は絶対行かないからね!!」
とその場に座り込んでその立場を堅持した。
「ケッ、勝手にしやがれ!」
ジャイアンは吐き捨てる様に告げて秘密基地の出入口へと続く階段に足を掛ける。
「お前ら、行くぞ!」
出撃の掛け声にスネ夫以外の返事が花を添え、階段を駆け上がる音が響く。しかしその中に静香とドラえもんの姿はなかった。
ドラえもんが後を追おうとした静香を引きとめたからだ。振り返った静香に「どうして?」という視線を投げられたドラえもんは、真剣な顔で応える。
「静香ちゃんはスネ夫君と留守を守って」
「でもはやてちゃんが・・・・・・!」
「帰る場所を守ることは人を助けるのと同じくらい大事なことなんだよ」
ドラえもんはそう説明して静香を無理矢理丸め込むと、残った2人に『ショックガン』、『空気砲』をそれぞれ残して出発した。
(*)
市街 上空
「(あかん・・・・・・全力が出せへん・・・・・・)」
2人組から逃げる八神はやては限界を感じ始めていた。
自らの特性である遠隔発生による攻撃や、爆撃による長距離支援という戦闘スタイルゆえ、前衛などの友軍がいない目視領域での戦闘は大の苦手とする。各種魔法も総じて威力は高いが詠唱とチャージ時間が長い。
それに加えリンカーコアの縮小でクラスAAに魔力出力が減少していて、飛行魔法でさえ音速巡航が出来ないほど弱体化している。
相手はクラスSとまではいかなくとも自分以上の魔力出力を誇っているようだ。でなければ飛行に専念した自分に砲撃を放ちつつ追随できるものではない。
さらにそんな相手が2人もいる事からすでに不利だ。もし片方に先回りでもされたら─────
「!!」
眼前より迫りし黄色い魔力砲撃。
どうやら仮定の話ではなくなってしまったようだ。
「盾!」
『PanzerSchild.』
着弾の寸でに展開されるベルカ式魔力障壁。それは雷光の如く飛来した砲撃を受け止めるが、急制動を掛けたので飛行速度の全てを奪われてしまった。
「く・・・・・・『刃持て、血に染めよ。穿(うが)て、ブラッディ─────』」
「キーッ!」
「痛い!」
噛みちぎられたかと思うほどの激痛に何を思う余裕もなく腕を振るう。しかし噛み付いた黒い影を振り落とそうとしたこの動作の代償は高かった。
「(杖が!)」
激痛からジンジンとする痛みにシフトした腕を見ると、握っていたはずの杖型デバイス『シュベルトクロイツ』が神隠しの如く手元から消えていた。反射的に下を走査すると、それはあった。
だがここは地上でも無重力空間でもない。その杖は目前で重力の位置エネルギーをどんどん運動エネルギーに変換させていく。
「ちょ、待って・・・・・・!」
魔導士達はミッドチルダ式、ベルカ式どちらであろうとデバイスがなければ魔法を使うことも、一部を除いて維持することもできない。
そしてその一部に魔力障壁は含まれていなかった。
シールドの消失したはやてはデバイスを急降下して追いかけるが、放たれた第2射に正確に射止められてしまった。
オーバーAAランクの魔力素粒子ビームの奔流は自らを呑み込み、ビルの1つに叩きつける。
バリアジャケットを着ていなければ即死だったであろうはやては何とかその身を起こす。
視界は立ち込める建材の粉塵とバリアジャケットの自爆で発生した白い雲のような霧で塞がれるが、高所特有の強風で瞬く間に晴れていく。
しかしその視線の先に希望はなかった。
「(ここまで・・・・・・なんか・・・・・・)」
敵が余裕な表情を見せながらこちらへと向かってくる。
一方自らの体は悲鳴を上げ、バリアジャケットも衝撃吸収のためにあらかた自爆。デバイスもないので満足な抵抗もできない。
そんなこちらの現状に見かねたのか女が呼び掛けてきた。
「観念して闇の書を渡せ。そうすれば命だけは助けてやる」
「お断りや!・・・・・・わたしがどうなろうと構わん!せやけど闇の書は・・・・・・夜天の魔導書は絶対に渡せへん!」
女は床にへたばりながらも毅然と言い放ってやったこちらを見つめると、小さくため息を漏らす。
「そうか・・・・・・残念だ」
黄色いミッドチルダ式魔法陣の投射面がこちらをロック。魔力が集束していく。そして、発射キーなのであろう腕が振り下ろされる。
・・・・・・そこへ黒い影が躍り出た。
To be continue・・・・・・
最終更新:2011年09月06日 21:25