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イラン神話 - (2005/03/12 (土) 01:24:21) のソース

[[Index]]


*概要
 イラン(ペルシア)の神話のこと。
 ペルシアとは、普通はイランのことをギリシア側から呼んだ他称の事だが、言語学的には、イランを古代のスキタイ語やサルマティア語、現代のクルド語、オセット語などを含んだイラン語派のことをまとめてイランと呼び、狭い意味でのイランをペルシアと呼んで区別することがある。たとえばパフラヴィー語は中期イラン語の一種で、中期ペルシア語のことである。楔形文字で残っているアケメネス帝国の碑文は古代ペルシア語で、アヴェスター語とともに古代イラン語を形成する。これはイラン諸語の話者にもあてはまり、スキタイ人やサルマティア人はペルシア人と同じイラン系民族である、という言い方がなされる。
 しかし、神話という観点に限ると、現在までまとまった形で神話が残されているのは「ペルシア」だけであるため、イラン神話といえば、狭義のイラン語・イラン民族における神話のことを意味する。要するにペルシア神話である。

 なかでも重要なのは、[[ゾロアスター教]]の神話である。ゾロアスター教創始以前の神話は、ほとんどがゾロアスター教資料を通してしか知られていない(これも厳密に言えば、誕生の地はペルシアではない)。
**イラン前史
 イラン語は、その多くがインド語に互いに似ているため、先史時代はインド・イラン語という共通の言語を話していたと考えられている。このことは、イラン最古層の言語であるガーサー語とインドの最古の言語であるヴェーダ語が非常によく似ていることなどから証明される。神話や宗教についても同様のことが言え、インド・イラン共通の原型が多く想定されている。だが、最古のインド・イラン宗教の証拠はインドでもなければイランでもなく、北メソポタミアのミタンニ王国にあるものが知られている。
 この記録は前1380年にさかのぼる。当時、ミタンニはエジプトとバビロニア、アッシリア、そしてヒッタイトの中継地点に存在する国家だった。ミタンニの人口の多くはフリ人([[ヒッタイト神話]]にも重要な影響を及ぼした)だったが、貴族階級は非常に古いインド系の言語を話していた。弱体化したミタンニの王マッティワザ((またはサッティワザ、クルティワザ。この王の名前の最初に使われている楔形文字は一つの文字に複数の読みがあるので、どれが正しいかはわからない。))は、ヒッタイトの王スッピルリウマ(シュッピルリウマシュ)と条約を結び、勢力を保とうとした。そこでマッティワザが王国守護神として並べ挙げたのが、ミトラ、ウルワナまたはアルナ、インダラ、そしてナサッティヤ、その他である。これはインドの[[リグヴェーダ]]に知られている重要な神々である[[ミトラ]]、[[ヴァルナ]]、[[インドラ]]、ナーサティヤ双神([[アシュヴィン双神]])にほとんどそのまま対応する。
 なぜインド系のミタンニ上流階級が、わざわざ自分たちとは逆方向に行ったイラン人たちの土地を越えてメソポタミアにまで行ったのかは、謎のままである。
 インド人はミタンニ以外はインド亜大陸北部を拠点に南下していったが、イラン人たちは北ユーラシアの広大な土地で遊牧生活を送っていた。先史時代には南ロシアのスキュティアからカスピ海のソグディア、ホラズミア、中央アジアのホータンまで広がっていた。現代ではアフガニスタンやタジキスタンもイラン系民族の土地になっている。
**ペルシア帝国とスキタイ人
 イランの歴史は、西イラン系のペルシア人によるアケメネス朝(古代ペルシア語ではハカーマニシュ)ペルシアに始まる。彼らはイラン南西部のパールサ地方(彼らの自称に由来する。古代ギリシア語でペルシス、ラテン語でペルシア)に拠点を定め、だいたい前7世紀から6世紀ごろにかけてパールサ地方の支配権を確立した。キュロス2世からダレイオス2世に至るまで、このペルシア帝国はオリエントの広大な領土を支配していた。しかしそれもマケドニアのアレクサンドロス大王の遠征によって滅亡し、ヘレニズムの時代へと移行する。
 ペルシア本土はこのような状態だったが、北西イランには騎馬民族のスキタイ人などがいた。彼らについての最古の記録はヘロドトスの『歴史』である。『歴史』には同時にペルシアやメディアの宗教も記録されてはいるが、自身で記録を残さなかったスキタイ人の神話もまた記録されている。古代の北西イラン人たちの伝承は、現代、カフカス地方のロシア連邦北オセチアなどに住んでいるオセット人の「ナルト叙事詩」によって継承されている。ただしオセット人はすでに一神教に改宗しているので、神話上の神々はすべて英雄や精霊のようにランクが下がっている。また、広大なユーラシア大陸を駆け回った彼らの神話や民間伝承とでも言うべきものの一部は、現在もなお、アルメニアからアフガニスタン、そしてモンゴルにいたる地域で知られている。
**ゾロアスター教
 ペルシア人やメディア人のおもな領域はイラン西部だったが、イラン東部では、神話や宗教の分野で[[ザラスシュトラ]](Zaraθuštra。英語でゾロアスターZoroaster、ドイツ語でツァラトゥストラZarathustra、ギリシア語でゾロアストレスZoroastresまたはザトラウステスZathraustes)によって重大な改革が行われた。ザラスシュトラの教えは賛歌「ガーサー(Gāθā)」にまとめられ、より大きなゾロアスター教の聖典『[[アヴェスター]](Avesta)』に含まれて、現代にまで伝わっている。しかし、『アヴェスター』の3/4は現在失われている。
 ザラスシュトラの本来の教えは聖典『アヴェスター』のなかの「ガーサー」だけだったと考えられている。しかし、「ガーサー」以外の『アヴェスター』である「新層アヴェスター」(書かれた言語がガーサーのものより微妙に後代のもの)には多くの民間信仰的な要素が含まれており、また、ザラスシュトラによる改革以前の古い信仰への回帰も見られる。現在では、ザラスシュトラの教えを最重要なものとしながらも、『アヴェスター』全体に含まれる神話や信仰要素、祭儀などをまとめて[[ゾロアスター教]]と呼ぶ。イラン民族は文字で記録を残すことを好まなかった。その結果、現代にまで知られている古代イランの神話は、ほとんどゾロアスター教を通して知るしかない。ゾロアスター教のほかには、外部者による記録やイランの外の地域にまで達したイラン系宗教により[[ズルワーン教]]や[[ミトラス教]]があったことが知られており、宗教改革者マニによる[[マニ教]]は多くの書かれた経典を残したのでその神話がある程度知られている。
 ザラスシュトラがいつの時代の人で、どこに住んでいたか、はわかっていない。その言語は、古代ペルシア語などとの比較や『アヴェスター』に見られる地方の名前の研究などから、おそらく東イランにいたのだろう、というのが通説である。年代は、アケメネス朝の6世紀ごろだとする見方もあるが、前12世紀にまでさかのぼると見られるヴェーダ語とガーサー語との類似点、その古風な特徴、すでにアケメネス朝でザラスシュトラ改革への反動がある程度固まっていたように考えられることなどから、さらにさかのぼる可能性も指摘されている。たとえばメアリー・ボイスはヴェーダ語が前1500年以上にさかのぼれることから、ザラスシュトラの年代を前1500年から前1200年の間に設定している。
 どちらにしても、現存する『アヴェスター』が最初に記録されたのは紀元後のササン朝になってからである。
**ヘレニズム時代のイラン神話
**その終り
**イランとインド神話の対応
ことば同士が似ているのと、その役割やストーリーが似ているものの2種類がある。
アフラ/アスラとダエーワ/デーヴァのように、役割が完全に逆になっているのも知られている。
|イラン|インド|備考|
|[[アフラ・マズダー]](Ahra Mazdāh)|[[ヴァルナ]](Varuna)|イランは最高神、インドは水と関連する昔の最高神|
|[[アフラ]](Ahura)|[[アスラ]](Asura)|イランでは最高神、インドでは恐ろしい神族から悪魔族へ|
|[[ダエーワ]](Daēva)|[[デーヴァ]](Deva)|イランでは悪魔、インドでは「神」のこと|
|[[ドゥルジ]](Drug)|[[ドルフ]](Druh)|どちらも「虚偽」。イランでは大悪魔でもある|
|[[クシャスラ]](Xšaθra)|[[クシャトリヤ]](Kṣatrya)|イランでは「王国」の善霊、インドでは武人階級|
|[[アールマティ]](Ārmati)|[[アラマティ]](Aramati)|イランでは大地の善霊、インドでは女神|
|[[ミスラ]](Miθra)|[[ミトラ]](Mitra)|イランのは太陽・戦闘神、インドのは契約の神|
|[[ワユ]](Vayu)|[[ヴァーユ]](Vayu)|風の神|
|[[インドラ]](Indra)|[[インドラ]](Indra)|イランでは大悪魔、インドでは戦闘・天候神|
|[[サウルワ]](Saurva)|[[シャルヴァ>シヴァ]](Śarva)|イランでは大悪魔、インドではシヴァ神の別名|
|[[ノーンハスヤ]] (Nāŋhaiθia)| [[ナーサティヤ双神>アシュヴィン双神]](Nāsatyau)|イランでは大悪魔、インドでは治癒の双子神|
|[[ウルスラグナ]](Vərəθragna)|[[ヴリトラハン>インドラ]](Vṛtrahan)|イランは戦闘神、インドはインドラのこと。「ヴリトラ殺し」|
|[[スラエータオナ]](Θraētaona)|[[トリタ]](Trita)|どちらも三頭怪物殺しの英雄|
|[[イマ]](Yima)|[[ヤマ]](Yama)|どちらも最初の人間。インドのほうは閻魔様になる|
|[[アジ・ダハーカ]](Aži Dahāka)|[[アヒ・ヴリトラ>ヴリトラ]](Ahi Vṛtra)|どちらも蛇の怪物|
|[[ガンダルワ]](Gandarəβa)|[[ガンダルヴァ]](Gandharva)|イランでは人食い怪物、インドでは芸術の半神|
|[[バガ(イラン)]](Bagha)|[[バガ]](Baga)|イランは「神」を意味する言葉、インドは神々の一人|
|[[アータル]](Ātar)|[[アグニ]](Agni)|火の神|
|[[アイリヤマン]](Airyaman)|[[アリヤマン]](Aryaman)|どちらも小神。|
|[[アシャ]](Aša)、アルタ(Arəta)|[[リタ]](Ṛta)|どちらも宇宙の法則|
|[[ガーサー>アヴェスター]](Gāθā)|[[ガーター]](Gāthā)|どちらも「詩」「賛歌」|
|[[ハオマ]](Haoma)|[[ソーマ]](Soma)|神々の飲料|
|[[ワズラ]](Vazra)|[[ヴァジュラ]](Vajra)|イランではミスラの武器、インドではインドラの武器|
*イラン神話に関係する有名な名前
以下は、特に断り書きのない場合、いずれもアヴェスター語形。

たとえばアフラ・マズダー(Ahura Mazdā)はアヴェスター語だが、中期ペルシア語ではオフルマズド(Ohrmazd)である
(アヴェスター語と中期ペルシア語では、話されていた時代が1000年以上違う)。
同様に、アヴェスター語のアンラ・マンユ(Aŋra Mainyu)は、中期ペルシア語ではアフレマン(Ahreman)で、近世ペルシア語ではアーハルマン(Āharman)。
英語は中期ペルシア語形をベースにしているのでアーリマン(Ahriman)となる。
**神々
|名前|原語(ローマ字転写)|簡単な説明|
|[[アフラ・マズダー]]|Ahura Mazdā|[[ゾロアスター教]]、マズダー教の最高神。善の存在。|
|[[スプンタ・マンユ]]|Spənta Mainyu|「聖霊」。アフラ・マズダーと同一視されることもある。|
|[[アムシャ・スプンタ]]|Aməša spənta|ゾロアスター教の大天使。以下の6神だが、スプンタ・マンユも入れることがある|
|[[アシャ]]|Aša|「天則」。真理、正義。世界を支配する法則の擬人化。|
|[[ウォフ・マナフ]]|Voh Manah|「善思」。人々を導く神格。|
|[[クシャスラ]]・ワイリヤ(フシャスラ・ワイルヤ)|Xšaθra Vairya|「王国」。神の王国であり、他界の存在。|
|スプンタ・[[アールマティ]](アールマイティ)|Spənta Ārmaiti|「随心」。聖なる信心の具現。|
|[[ハルワタート]](ハウルワタート)|Haurvatāt|「完璧」「健康」((伊藤義教は、「完璧」という訳語を「訳者はこれが最も完璧な訳語であることを主張したい」としている。))。欠けるところのない完全な状態。水と関連がある。|
|[[アムルタート]]|Amərətāt|「不死」。植物と関連がある。|
|[[サオシュヤント]]|Saošyant|ゾロアスター教の救世主。|
|[[ヤザタ]]|Yazata|ゾロアスター教において、アムシャ・スプンタよりも格下の、普通の神々。|
|[[ミスラ]]|Miθra|契約の神。戦闘神でもあり、太陽神でもある。|
|[[ハオマ]]|Haoma|神々の飲料であり、祭儀のときにも使用されたハオマの神格。|
|[[アータル]]|Ātar|火の神。|
|[[アパム・ナパート]](アポンム・ナパート)|Apam Napāt|「水の子(孫)」。アータルと対になる水の神。|
|アルドウィー・スーラー・[[アナーヒター]]|Arəduuī Sūrā Anāhitā|豊穣の女神。インドにおける[[サラスヴァティー]]。|
|[[ティシュトリヤ]]|Tištrya|シリウスの神。雨を降らせる。|
|[[ワータ]]、[[ワーユ]]|Vāta、Vāyu|どちらも風の神。ワータは自然の風で、ワーユは神秘的な大気の神。|
|[[アイルヤマン]]|Airyaman|「友情の力」。ミスラのまわりの小神格。|
|[[スラオシャ]]|Sraoša|「傾聴」。祈祷の神。|
|[[アシ]]|Aši|幸運の女神。|
**悪魔
|名前|原語(ローマ字転写)|簡単な説明|
|[[アンラ・マンユ]]|Aŋra Mainyu|[[アフラ・マズダー]]または[[スプンタ・マンユ]]に対抗する大悪魔。悪の原理。|
|[[アエーシュマ]]|Aēšma|「血塗られた棍棒を持つ」狂乱の悪魔。|
|[[アジ・ダハーカ]]|Aži Dahāka|3つの頭がある竜。英雄と戦う。|
|[[ジャヒー]]|Jahī|魔女。|
|[[ダエーワ]]|Daēva|悪魔の総称。ダエーワ崇拝者は地獄に堕ちる。|
|[[アカ・マナフ]]|Aka Manah|「悪思」。[[ウォフ・マナフ]]に対抗する6大悪魔。アンラ・マンユの別称でもある。|
|[[ドゥルジ]]、ドルジュ|Druj|「虚偽」。[[アシャ]]に対抗する6大悪魔。|
|[[インドラ>インドラ(ゾロアスター教)]]|Indra|インドの[[インドラ]]のことだが、ここでは6大悪魔。[[アシャ]]に対抗する。|
|[[ノーンハスヤ]]|Nāŋhaiθya|インドの[[ナーサティヤ双神>アシュヴィン双神]]にあたる。[[クシャスラ]]に対抗する6大悪魔。|
|[[タローマティ]]|Tarōmati|「背教」。[[クシャスラ]]に対抗する6大悪魔。|
|[[サルワ]]、サウルワ|Saurva|「熱」という意味だとされる。[[ハルワタート]]に対抗する6大悪魔。|
|[[ザリチュ]]|Zairic|「油」という意味だとされる。[[アムルタート]]に対抗する6大悪魔。|
|[[アストー・ウィーザートゥ]]|||
|[[ウィーザルシャ]]|Vīzarəša|地獄の悪魔。|
|[[アパオシャ]]|Apaoša|旱魃の悪魔。[[ティシュトリヤ]]に対抗する。|
|[[ブーシュヤンスター]]|Būšyanstā|眠りの悪魔。インドの[[ウシャス]]に当たる。|
|[[ナス]]|Nasu|死体の悪魔。|
**英雄
**怪物
*文献
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なお、Wikipediaの「ゾロアスター教」にあるような「古代ミトラ教」の存在は資料や文献の意図的な曲解、恣意的な年代操作に基づくものである。少なくとも主流ではないような学説を「事典の項目」としてそれだけしか紹介しないのはあまり良いこととはいえない。