15-845「作家のキョンと編集者佐々木」

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『作家のキョンと編集者佐々木』 

激動の高校生活の後の大学生活は嫌にあっさりと終了してしまった。 
いや、それでもそれなりにいろいろとあったはずなのだがどうしても高校生活と比べると見劣りしてしまう。 
まぁ、何度この世界の命運を背負ったか分からんような高校生活と普通の大学生活を比べるのは酷というものだ。 
大学に入ってもSOS団を続けるとごねるだろうと思っていたハルヒは意外なことにみんなが自分の道へ進むことを容認した。 
それでもSOS団は不滅とか言っていたがな。 
俺たちはそれぞれの学力に会う大学にばらばらに進学することになった。 
大学生活は平和そのもの! 
量産型谷口や量産型国木田みたいな奴らとつるんでいるうちにあっという間に4年の歳月が過ぎた。 
さて、卒業した俺は今何をやっているか? 
何の因果か小説家なんて商売をやっている。 
高校のころ、文芸部の活動として似非恋愛小説を書いた時から思えばありえない未来だ。 
大学4年、遅々として進まない卒業論文の気晴らしにだらだらと書いていた小説。 
なぜそんなものを書こうとしたのかは解らない、多分書きたくも無い文章を欠かされるのに嫌気がさしていたからだろう。 
そしてなぜだか卒業論文より先に完成してしまった小説をせっかくだからとある出版社に送ってみたところ何故か入選。 
それは本となって今でも読書家の間でちょっとは話題に上るくらい売れているそうだ。 
それからはなんだかとんとん拍子に話が進んだ。 
この一年で文芸誌にいくつか連載を貰い単行本も最初のと合わせて2冊出している。 
ちょっとした売れっ子の俺は決して裕福ではないが俺の年齢としてはそれなりの生活が出来ていた。 
余りの好調さに不振を抱いた俺は古泉に連絡を取って裏で何かしていないか確認したものだ。 
返答は「機関と関わったことでチャンスは増えているかもしれませんがそれ以上はあなたの実力です」だったな。 
誓って言うが、俺はあの高校生活をネタにしたことは無い。 
古泉にもあれを書くのは止めておいてくれといわれているしな。 
ま、あの経験が俺のインスピレーションの根源にあるのは否定できないけどな。 


「……駄目だ、書けねぇ」 

そして今、上の愚痴を見ていただければ解るように筆が止まっている。 
しかも締め切りはすぐそこだ。 
にもかかわらず俺の指先はいくつかキーを叩いてはバックスペースを連打するルーチンに陥っていた。 
余りにも展開が思いつかない。 
頭をわしゃわしゃと掻き毟って脳みその端からアイディアをひねり出そうとするが室伏が絞った後の雑巾みたいに何も出てこない。 
どうしたもんかと頭を抱えていると俺のマンションのインターフォンがなった。 

「やべ、来たか……」 

締め切り間際の作家の家に来る人種など一種類しかいない。 
担当編集だ。 
この担当編集って言うのが曲者だ。 
なぜあいつが俺の担当なのだろう? 
以前そう聞いたら自分が一番俺から原稿を取ってこれるのだと言っていたな。 
居留守を使うわけにもいかないので玄関へ向かう。 
鍵を開け、扉を開く。 

「やぁ、キョン。調子はどうかな?」 

「佐々木か、まぁ上がってくれ」 

俺の担当編集は何の因果か中学からの親友、佐々木だった。 
大学卒業後、大手出版社に入社した佐々木は1年の研修期間のあと俺の担当になった。 
というのも、俺のもともとの担当が何かの病気で入院したときのピンチヒッターで担当をやったのが始まりだった。 
最初に臨時の担当だと紹介されたときはひどく驚いたものだ。 
もともと遅筆と陰口を叩かれていた俺だったのだが、俺の性格を良く知っている佐々木がせっつくからだろうか? 
俺は佐々木が担当になってから締め切りを破る事はなくなっていた。 
遅筆の売れっ子という出版社にとって結構厄介な俺から原稿を取れる佐々木は社内で評価され、臨時からそのまま俺の担当になったそうだ。
「だめだな、ちっとも思い浮かばん」 

「そんなことじゃないかと思っていたよ」 

毎日来てるんだから進行状況くらいわかってるんじゃないのか? 
というか佐々木よ、おまえ家にサボりに来てるんじゃないだろうな? 

「作家の家に担当が行くのは立派な仕事じゃないか……あ、またこんな食事で済ませて」 

テーブルの上に置きっぱなしになっていたカップ麺の容器を見ると佐々木は文句を言う。 
佐々木は小説の進行だけでなく俺の生活にも注文をつける。 
生活をきっちりすれば自然とアイディアも沸くとか何とか言ってたか。 

「締め切り間際で時間が無かったんだよ」 

「やれやれ、しょうがないな。昼、まだだろう?僕が作るよ」 

そういって佐々木は手に持ったスーパーの袋を見せた。 
何時も悪いな。 

「いいさ、それで原稿が出来るんならね」 

「ぐ……すまん、もうちょっと待ってくれ」 

佐々木は手際よく料理の準備を始めている。 
しばらくすると昼食を作り上げた佐々木が皿を持ってくる。 
因みにその間小説は一行も進んでいない。 
考えても浮かばないものは仕方が無い。 
とりあえず飯にしようとテーブルに向かう。 
いただきます。 
そういってから箸をトンカツに向ける。 

「ん、美味い」 

「そういってもらえると嬉しいよ」 

この辺はいつものやり取りだ。 
最近佐々木は俺の様子を見に来るついでに飯を作ってくれるようになっていた。 
食事をする間、雑談をする。 
中学時代から何も変わらない。いや、ちょっとボキャブラリーは増えたか。そんな会話だ。 

「しかし、俺が小説家になってるなんて未だに現実感の無い話しだ」 

「そうかい?」 

「そうさ、高校の時にハルヒの奴に書かされたのなんて今思えばひどいもんだぜ?」 

「くっくっ……あの君のファンの間でまことしやかにささやかれている噂の君の人生初小説かい?」 

「ああ、山も落ちも意味もないあれだ」 

「あれはあれで中々興味深かったけどね」 

「そんなんお前だけだ」 

「せっかくだから家の雑誌で公表してみようか?『あの売れっ子作家の人生初小説』なんて見出しで」 

「……勘弁してくれ」 
未だに俺はこいつに口で勝つことは出来ないでいる。 
昔から頭のいい奴だったししかたないな。 

「……ほんと、幸運だよな」 

「何がだい?」 

「あんないい加減に学生生活送っておいて、お前と肩を並べて仕事できる地位にいること」 

俺はどう考えても真面目な学生ではなかった。 
成績は谷口と争うようなものだったし、大学にしたって受験に成功したとはいえ二流のとこだ。 
あの時書いた小説を送らなかったら、俺は今頃三流の会社で馬車馬のように働いていることだろう。 

「収入で言ったら君のほうが多いじゃないか」 

「今はな、お前はこれからどんどん上がっていくだろうが俺は干されりゃフリーター同然になっちまう」 

「そうかな?君だって実力はあるしまだまだ伸びると思うよ。君のその地位だって幸運なんかじゃなく実力相応のものさ」 

「……そこまで自惚れる気にはなれねぇな。現に今だってスランプだし」 

「……幸運といえばね、キョン。人生で最もついている時っていつだと思う?」 

「そりゃ今だと思うぜ、こんな生活が出来るんだからな」 

「僕もそうだ、今が人生で一番ついていると思う」 

「……お前のは努力の結果だろ、俺と違って真面目に優秀な成績でやってきた結果だ」 

高校も一流進学校だったし、大学だって何処の誰に聞いたって知っているような文句なしの一流大学だしな。 
こいつのアレが幸運だというなら世の中に努力している人間はいないことになっちまう。 
俺なんか怠惰の極みだぜ。 

「そのことじゃないよ」 

「じゃ、何だ?」 

「僕はね、望んでこの業界に入ったわけだけど。やりたくない事だっていっぱいあったんだ」 

「ほう」 

「例えば、歳を食った偏屈な作家先生の担当になってヤニ臭い部屋で緊張して原稿待つとかね」 

なかなかありそうなたとえを出してくる。 
俺が新人賞を受賞したパーティーで必死に挨拶した某大家の先生はまさにそんな感じだった。 
あのパーティーは俺の胃に多大なダメージを与えてくれた、出来ることなら二度と行きたくない。 
ま、そういうわけには行かないんだけどな。 

「その点僕の人生最初の担当は君だよ?しかも相性が良いっていうんでまず変わることは無いと来ている。 
 おまけに君が売れっ子でいてくれるおかげで職場での僕の地位も上々だ、これを幸運といわずしてなんて言うんだい?」 

佐々木の口調はどこか嬉しそうだ。 
まぁ、確かに俺があのパーティーで味わったような胃のダメージを日常的に味わうのは御免こうむりたいだろう。 
にしても、だ。 

「人生で一番ついてる時、か……」 

佐々木の話を聞いて頭にある発想が生まれた。 
その発想は俺の脳にある知識やネタのストックと融合し一つの形を成していく。 
この感覚、俺が作家になってから覚えた感覚だ。 

「そう、それにね。こうして仕事を口実に毎日君の家に……」 

「よし、それで行こう」 

俺の発言は佐々木の言葉をさえぎってしまう、悪いとは思うが今は早く脳の中の発想を形にしたい。 

「え?」 

「この後の展開だ、人生で一番ついている時。これは使えるぜ。さすがだな佐々木」 

「あ、ああ。原稿のことか」 

「よし、忘れないうちに取り掛かるぜ。佐々木!今日中にあげれるかも知れんぞ」 

予想外にしっくり来るネタをつかんだ俺は少々ハイになっていた。 
俺はほとんど食べ終わっていた食事の残りを書き込むとすぐにパソコンに向かう。 
これはいい、マジでしっくりくる。 
俺と佐々木の相性が良いといったのは佐々木の上司だったか? 
その人はマジで見る目があるのかもしれん。 
これからネタが浮かばないときは佐々木を呼びつけて雑談することにしよう。 
俺の指先は佐々木が来る前とはうってかわって軽快なリズムでキーを叩いていた。 






「まったく、こういうところは変わらないな、キョン……ま、原稿が出来るんなら良しとしておこうか」 

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