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音楽院 - (2009/06/14 (日) 07:42:27) の編集履歴(バックアップ)



 ……豊かな感性、深い知識、揺るぎない技術を身に付け、社会に貢献できる人材になって下さい。そして、音楽を愛する心を、音楽の歓びを、より多くの人々に伝えてほしいのです。
                     ―入学式での音楽院院長の挨拶より―

L:音楽院 = {
 t:名称 = 音楽院(施設)
 t:要点 = 音楽院,音楽,鳴らす
 t:周辺環境 = コンサートホール

○はじめに

 詩歌藩国立イリューシア音楽院は、吟遊詩人達によってこの詩歌藩国に脈々と受け継がれてきた“音楽”という伝統文化を育み、この伝統を守りつつ、国の内外を問わずこの音楽の歓びを広く伝えることで、この国の新たな産業として発展させると共に、音楽を通じ、社会に貢献できる人材を育成することを目指し、ここ、王都イリューシアに設立されました。
古き良き伝統が息づき、そこから新たな文化を発信するイリューシアの地であなたも音楽人生を始めてみませんか?



施設案内

 院内は中央のコンサートホールを取り囲むように東西南北に赤煉瓦造りの建物を配置する構造になっています。その内、校舎は南棟、東棟、西棟の3つから成り、北側の一棟は学生寮として利用されています。東西南北の4棟は赤煉瓦造りの重厚な外観が特徴となっており、中央の純白のコンサートホールと対照的になっています。

・南棟 ~なりたい自分を目指す。そのまなざしに宿すは未来への意志~


音楽院の正面玄関を過ぎて最初に目に飛び込んでくるのが、このアーチ状の正面玄関と、そこへ伸びる大きな階段が特徴の赤煉瓦造りの建物です。4F建てのこの建物はエントランスフロアが吹き抜けになっており、学内のイベントなどでミニコンサートが開かれることもあります。この南棟は主に座学を中心とした授業で用いられており、各教室に備えられたオーディオ、プロジェクターなど視聴覚設備を用い、視覚、聴覚の両面から音楽を学ぶことができます。作詞、作曲の理論と実践に始まり、詩歌藩国が誇るトルバドールによる音楽史や、果てはミンストレル達の経験から語られる四方山話など様々な授業を受けることができます。

・東棟 ~絶え間無く響く槌の音。生み出すのは心に響く一音~


 コンサートホールの東側に位置するこの建物は地上1F、地下1Fからなります。ここは管楽器、弦楽器、打楽器など、様々な楽器の製作と修繕、調律に関する技術を学ぶための工房として利用されています。詩歌藩国内の多くの吟遊詩人や演奏家に楽器を提供してきた優れた職人達をマイスターとして招き、少人数での指導を行うことで確かな技術と深い知識、優れた感性を身に付けることができます。

・西棟 ~数限りない音の奔流。最高の調和を目指して~


コンサートホールの西側に建つ4F建ての建物は楽器演奏や歌唱など、実技の授業で使用されます。内部は、ジャズやロックなど少人数セッション用の小スタジオからオペラ、ミュージカルなどの授業で用いられる大きなスタジオまで、各種防音スタジオが設けられています。また、TV、ラジオ等放送に用いられる音響技術に関する授業も行われています。

・コンサートホール ~音楽院のシンボル。白銀に輝くドームを満たすのは音楽への熱意~

 当音楽院の敷地中央に位置し、ひときわ目立つこの純白の建物。円柱形の建物に緩やかなカーブを描く丸天井、これこそが当音楽院の誇るコンサートホールです。中には巨大なパイプオルガンが設置されており、神殿音楽科など、通常の授業で利用される他、年に数回、大神殿に祭られた神様に演奏が奉納されます。クラシックからロックまで幅広い音楽のコンサートにも利用されています。

・学生寮 ~生徒達の憩いの場。語り合い、時に切磋琢磨する~


 音楽院に所属する多くの生徒が住まう場所。基本的には学生により自治が行われており、学生の自立心を養うのに一役買っているとか。海外からの留学生も受け入れるため、広めに作られています。また、地下フロアーが練習用スタジオとして整えられており、放課後や休日には練習に使用することができます。

学科案内
学科と講義内容は要請に応じて新設、または統廃合される事があります。
イリューシア音楽院の現在の学科は以下の通り。

 ・楽器演奏科(管楽器、弦楽器、打楽器、)
 ・声楽科(声楽科)
 ・総合科(ミンストレル、トルバドゥール、バード)
 ・作詞/作曲科(作曲学科、作詞科)
 ・工房科(弦楽器製作・リペア、管楽器製作・リペア、打楽器製作・リペア、ピアノ調律)
 ・音楽教育科(音楽教育、音楽史、音楽療法)
 ・音楽デザイン科(音楽ビジネス、レコーディング、PAミキシング)
※括弧内は選択コースです

特定の学科に属さない特別講義として次のようなものもあります。

 ・音楽ジャンル(神殿音楽、ジャズミュージック、コンテンポラリーミュージック、ロックプレイヤー、ウィンドオーケストラ)
 ・舞踊/演劇(ダンス、ミュージカル、バレエ、オペラ)
 ・教養(音楽基礎教養、国際教養)

いくつかのコースについて説明します。

声楽

 歌唱力に磨きをかける事が出来ます。
独唱/合唱などに分かれてレッスンを行うのは学年が上がってからになります。

ミンストレル/トルバドゥール/バード

 それぞれ活躍の舞台は違いますが、三つ合わせて“吟遊詩人課程”と呼ばれています。
演奏と歌唱はもちろん、作詞/作曲や調律まで一人でこなす事が求められる学科です。

ミュージカルバレエ

 ミュージカル、バレエ、オペラなど専攻によってさらに分かれるためバレエ専攻の学院生などは独立クラスとしてレッスンを受けられます。
朗読やナレーターのレッスンも受けられるので、複数専攻によりマルチタレントも目指せます。

弦楽器製作・リペア

 優れた音楽を生み出すには良い楽器と、メンテナンスが欠かせません。
工房科に属するこの講義ではバイオリン(フィドル)など弦楽器の製作とメンテナンスを学びます。

音楽療法

 良い音楽は心と体を健康に保つ手助けとなる事が知られています。
音楽療法科はメロディアス病院などの医療機関と提携し、音楽療法士を育成します。

音楽院の生活
 イリューシア音楽院は4月から翌年3月までを1年の課程として、4年間の課程を終えた段階で卒業資格を得られます。
学期末及び年度末に試験があり、その結果によって飛び級や留年が発生するため、在籍期間は前後します。あまりにひどければ退学となる事も……。
このように充分な実力がなければ卒業する事もままならないため、音楽院の卒業生となれば実力の証明ともなります。

 反面、入学するのはそこまで難しいわけではありません。
音楽を0から教えるようには出来ていませんが、何か光る1があり、音楽院で学ぶに足りると判断されれば年齢・出身に関わらず入学できます。
知らないことは学べばいいが、才能を見つけることは難しい……ゆえに、学ぶ機会は公平に与えられるべきだというのが学院の方針です。
(そのため、機会を生かす気のない生徒は容赦なく切り捨てられるのですが)

 学生の生活は、比較的自由です。
寮には寮生達によって定められた規則があり、あまりに生活が乱れれば罰則もありますが、普段の講義には私服での受講が許されていますし、法律の許す範囲で飲酒や喫煙も認められています。
声楽を学ぶ生徒などは、自主的に喫煙を避けるのが普通ですが。
これは自主性を重んじるというよりも、規則で縛らなければ自分を律せないようでは卒業できないという事を意味します。
音楽院は人格形成の場ではなく、自ら望んで音楽の腕を磨くもののために開かれているのです。


 さて、私服での受講が許可されていますが、音楽院には正装としての制服が存在します。
普段から着用する生徒も多いですが、もっぱら学内行事やコンクールでの参加のために使用されるようです。

コート

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ブレザー

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年間行事

創立記念祭

イリューシア音楽院の創立を記念して5月に行われます。
新入生の歓迎会も兼ね、各学科の優秀者による演奏が披露されます。

夏至祭

音楽院は夏期休暇になりますが、白夜にあわせて藩国中の神殿で行われるお祭りで演奏・歌唱を披露するのは学院生にとっては毎年の恒例です。

収穫祭

秋の収穫祭には国を問わず、著名な音楽家を招いての演奏会が音楽院で催されます。
(地元の吟遊詩人たちは収穫祭の方に借り出されます)

フィールドワーク

夏季・冬季の休暇にあわせて、各国のお祭りや行事に参加するフィールドワークが行われます。
自由参加ですが、人気の高い講義です。

音楽会、コンクールへの参加

その他、ファミリーコンサートや慰安演奏会、音楽会やコンクールには積極的に参加しています。

留学について
イリューシア音楽院は国の境界を越え、広く留学生を受け入れています。
なお、所属国の許可を得て留学の際には留学補助が行われます。
暮らしに慣れるまでの助け合いを促進するパートナー制度、相談室などが設置されていますのでご利用ください。




音楽事始
 音楽とは、大変優れたコミュニケーションのツールだといえる。

 言語とは異なり、その音色から伝わる感情の波は、別の文化圏の人々にも何かを伝えられる。

 あるいはそれは、違う生き物相手でも同じかもしれない。
 相手が、耳を傾ける限り。

 音楽事始 前書き

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 高く青い空が広がっている。
 夏や秋のそれとは違い、冬の印象を色濃く残すその空にはのどかさというものが感じられない。

 風は無く、雲も浮かばぬその空から強烈な日差しが差し込んではいるものの、その陽光は暖かさよりも眩しさばかりが強調されているようである。

 その島に生える木々にも、厚い雪化粧が残っている。木々の下や枝の上を移動する動物達の姿もない。未だ、その国の冬は終わっていない。

 空気もまだ冷たく、厚手のコートは手放せないだろう。吐き出された息は白くみえるに違いない。手はかじかみ、鼻の頭は赤くなる。暖炉の炎が何よりも人の心を鎮め、温かい飲み物や強い酒が手放せない。そこに住む人々の目には外出よりも家や酒場での座談に興じる方が魅力的に映るはずだ。

 だが、時の流れは正確だ。
 人々が暖炉の前で居眠りする間も、酒場で酒を交えて談笑している間も、季節は確かに巡っていた。

 透き通った空の下に広がる海には、日ごとにヒビが入り始めた。 氷で覆われた海面は、少しずつ白から群青へと本来の色を取り戻しつつある。
 島の港の地面は、解けた雪で湿っている。舗装された道には、溶け出した雪の残骸がその両端に固められている。今は閉じられた商店の軒先には、水を滴らせたツララの姿もあった。

 耳をすませば、時折聞こえるのは鳥の声、そして木々から落ちる雪の音。
 春は、確かに近づきつつある。最北端の島国、詩歌藩国へも。


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 詩歌藩国 王都イリューシア


 王都イリューシアは、傷ついていた。
 復興作業で街の大半は修復されている。瓦礫の山や割れたガラス、むき出しの配線、ひび割れた道路。そういった荒廃は確かに無くなっている。

 治安維持を目的とした軍の出動は終了している。
 完全武装した歩兵や兵士の搭乗した支援装甲兵器の姿は無い。

 交番も街灯の数も以前に比べれば明らかに増えている。治安は安定し、人々は震えながら夜を明かす必要もなくなった。
 怒号と共に大通りを進む暴徒の群れは姿を消し、子供の泣き声が町中をこだますることも無い。
 少し前まで空へと昇っていた数々の黒煙も、その町の風景からは随分現実味のないものとなった。


 だが、それだけだった。

 街の至る所で起きていた笑いは、めっきり聞こえなくなった。
 道を駆ける子供の姿も、積もった雪に残る足跡も無い。雪が道の端に寄せられて、人がそこを歩けば、その足音がひどく耳につきそうである。
 真新しい民家の屋根は、どれも目が痛くなるほど白い。閑散、という言葉が似合っていた。


 街は、美しくなった。でも、静かになった。
 つい先日まで繰り広げられていたこの島での戦闘は、再び非現実の産物となり始めた。


 ただ、過ぎた日々のなかで聞こえた日常の喧騒が、とても大切で、心穏やかにするものだと人々は新しい家の中で気づかされた。


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 詩歌藩国の王都、再び整然とした町並みを取り戻したその場所に、復興した町並みとは趣を異とし、真新しさを感じさせる建物がある。



 その建物は、赤レンガで造られている。

 四階建てで、商店や民家のように三角の屋根はない。
 長方形の見た目から、役所や研究所といった印象を受ける。
 アーチ状の正面玄関へ伸びる大きな階段、これも赤レンガで組まれている。


 その建物の裏手には、まだ舗装された赤レンガの地面が続く。その先には同じ赤レンガの建物が幾つか目に留まる。
 点々と設置された街灯の下には、金属製のバスケットの形をしたゴミ箱が置かれている。深い緑色のペンキが剥げているものは一つもない。


 赤レンガの建物の道すがら、木で組まれた幅の長いベンチが二脚、木で作られた大きなテーブルを挟んで置かれている。同様の物が建物の近辺にも数組置かれている。

 建物に沿って背の高い木が等間隔に植えられている。綺麗に刈り込まれた木々の姿は、建物とセットという印象が強い。森に生える木々の逞しさは感じられない。

 人が出入りできそうな大きさの窓が、建物の随所に見られる。
 はめ込まれたガラスには埃も指紋もなく、磨き上げられている。降り注ぐ陽光が、キラキラと反射している。


 そして、敷地の中心、そこに一際大きな建物がある。

 色は、赤レンガとは対照的な白。
 外観も周囲の建物とは対照的である。
 敷地に点在する建物は、みな長方形で個性的とは言いがたい。歴史や伝統、そういったものを表現するための様式なのかもしれない。

 だが、敷地の中心に位置するそれは、ひどく特徴的だ。歴史や伝統というよりも先進的という言葉が似合う。

 全体は円柱型、天井は緩やかなカーブを描いた丸天井、窓はひとつも無く壁は随分厚い。
 四方にある出入り口は、分厚い両開きの扉できちんと閉じられている。用も無く足が向く場所には、見えない。

 しかし、その出入り口からすこし離れた所には広場がある。
 隙間無く白い石で組まれた、簡単な石舞台。雪や雨を防ぐ屋根もない。

 人の姿は、ない。そのせいか、その場所はどこか現実味がなかった。
 ずっとそこに一人でいると、落ち着かない。
 そこに居る自分自身が随分場違いなのではないか、そんなことを感じさせるほどに、深い静寂があった。

 だが、喧騒から切り離されたその場所では、どこからか必ず聞こえてくる音がある。


 時にそれは軽快で、またある時は重厚な響き。
 耳にすると苦笑いしてしまうようなものや、つい聞き惚れてその場に立ちつくしてしまうようなものもある。
 木管楽器に金管楽器、打楽器や鍵盤楽器、そして声。
 それらが生み出す数限りない音の波。時にそれは一人で、数人のセッションで、大人数のオーケストラで。



 そこで生まれる音は、音を愛した人々の、音に愛されるための努力の姿。

 真新しいその場所には、この島国の歴史の切っ先たる人々が集まっている。

 数多くの動乱や戦争があったけれど、この努力は未だ続いている。

 わんわん帝国所属 詩歌藩国。その源を絶やすことなく残そうとするその場所の名は。

 詩歌藩国立イリューシア音楽院。


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 「あー、一旦休憩に入ります。練習再開は三十分後、さっき注意を受けた人は適宜修正しておくように。」

 初老の男はそう言うと、指揮台から下りた。そのまま、ホールの外へと向かっていく。
 そのすぐ後に、場の空気から緊張は消えた。
 安堵や疲労などのため息が、ホールに居る人々から漏れる。
 そして各々は談笑したり、連れ立ってホールから出て行くなど様々に動き始めた。

 彼らの手元、あるいは座っていた場所には様々な楽器がある。
 大きく分けて二種類、木製のものと金属製のもの。それに加えて、大きな太鼓。

 木で作られた楽器は、艶やかで、深みを増した木の色である。
 叩いて音を出すものや、張られた弦を擦ることで音をだすものが多い。
 とくに後者は、形はくびれのある瓢箪型で統一されているが大きさは様々である。小さいものは腕の長さほど、大きいものは人の背ぐらいある。

 金属製の楽器は、どれも磨き上げられている。
 照明の光が反射し、輝きは一層増している。色は、銀か金。おそらく、別の金属にその色をコーティングしているのだろう。
 形状は、様々である。
 単純な形のものや、あまりに複雑でどのように作られているのか想像できないものもある。だが、多くは息を吹き込んで音をだす楽器のようである。



 「にしても、厳しいよなー。俺が楽器始めた頃、こんなに練習つらかったかなー。」

 手に弦楽器を持った若い銀髪の男が、隣で熱心に楽譜を読む男に話しかける。
 話し相手の年齢は同じぐらいで、同じ銀色の髪を短くしている。 その男の手元にも同じ楽器があった。


 楽譜から目を離すこともなく、


 「そりゃ、始めた頃だからつらくはないだろ。大体、楽器始めたといっても今みたいに学校行って習ってたわけじゃないんだから、癖みたいなのも出来ちゃってるんじゃないか?そういうのを直していくっていうのが苦痛なんじゃない?」


「なるほどな。確かに、俺が受けた注意ってそういう基礎的なのばっかりだったな。スタンダードってやつにも慣れていくしかないか。」


「ま、そういうことになるな。とにかく練習だ、練習。」


 話を切り上げると、男は楽譜から楽器へと視線を移す。
 指を弦に乗せ、楽器を肩と顎ではさむ。弓を持ちあげ、軽く弾き始めた。


 それを見て、話しかけたほうの男は楽譜へと目を落とす。
 赤い印がされている部分を、まじまじと眺め、楽器を持ちなおした。何気なく弾き始め、暫くして止まる。


 そんな繰り返しが、幾度か繰り返されたあと。


 「はい、それでは練習を再開します。全員席に戻ってください。」

 声と共に、初老の男がホールに戻ってきた。
 その声は、高い天井のせいか、ホール全体に響き渡る。
 それまで談笑していた面々は、自分の席へと戻っていく。自身の楽器を手に取り、楽譜のページをめくる。

 初老の男が、指揮台に上った。手をかざし、


 「では、通しでもう一度。さっきの注意、きちんと生かすように。」


 そして、演奏は始まる。


 指揮者の腕が上がる。様々な楽器が一斉にその姿を見せた。照明の光を受けて、楽器達が光り輝く。
 そこには表情が確かにあった。自分の居場所はここだと、それは主張していた。

 なでるように動く指揮棒にクラリネットが応えた。
 はじまりはソロ。緩やかに、そして高らかに立春の快哉をさけぶ小鳥のように。
 次第に鳥の声は増え始める。今度はその喜びを仲間達と語り合うように。踊るように、舞うように。軽やかなテンポを刻む。


 クラリネットの次に立ち上がったのはフルート。幅広く柔らかな音は広がる一面の雪景色を、明るく輝かしい音は陽光に映える雪化粧をした木々を想起した。


 そのさえずりに加わるのはヴァイオリンの音色。冴え返る空の下、雪解け水の流れのように弱々しく。けれど、時には薄氷がひび割れるように力強く。


 そして鳴り響くコントラバスの太く低い音。時間の流れが遅くなるうららかな春が待ち遠しくなる響き。一音奏でる度に花の蕾が膨らむかのようだった。


 トランペット、チューバ、ホルンにトロンボーンも後に続く。音の軽快さと深さが入り混じる。別れ霜を溶かす陽光。啓蟄を促した輝かしき音色だった。
 最後に加わったのはティンパニ。眠っていた山から聞こえる山の笑い、雪崩の力強さを思い出させる。


 その音楽はこの国の春そのものだった。長く険しい冬の余寒の中聞こえてくる春の足音。その姿を今か今かと待ちわびる草木山川それに地に降り立つ物達。氷雪の中から芽吹く喜びは人々の音楽の中にしっかりと根を生やしていた。


音楽院設定文:タルク
音楽事始:士具馬 鶏鶴
編集/補足:九音・詩歌
絵:星月 典子、豊国 ミルメーク、花陵、駒地真子、経
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