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トップページ - (2009/12/19 (土) 18:14:00) の編集履歴(バックアップ)


トルコから寄贈され、野ざらしになっていた

『友好の銅像』をなんとかしたい! まとめ



■銅像が串本町へ移転することが決定したとのことです




wiki担当はしばらく不在だったため、状況のキャッチアップ中であります。
代表いわく「ここ二週間ほど様々な事がありましたが、後日詳しくご報告します」
ということでしたので、その詳細を待ち、追ってwikiの情報を更新いたします。

■署名活動まもなく終了です



「旧トルコ文化村内のムスタファ・ケマル像を当事者間の裁判から切り離し、問題の早期解決を求める要望書」
2009年4月14日(火)より署名活動が始まりました。
2009年12月、目標数を達成前に銅像の串本町移設が決まったことから、まもなく署名の受付を終了するとのことです。

■FAQより「トルコが反日化しているからやるのかな?」


最初にVIPでスレがたったきっかけが2009年2月のニュー速スレ「親日国で知られるトルコの日本への印象が悪化。原因は銅像か?」だったことから、
いまでも経緯としてこれに触れることはあるのですが、あくまできっかけであって今となってはそれだけが理由ではないため、
以前からFAQに掲載していた項目より抜粋したものをこちらにも掲載しておきます。

(初期スレで見かけたちょっといい一言)

今回の件は一国家から「友好の証」として寄贈された物に対してやっていい扱いじゃない
親日も反日もねえだろが。失礼なことしたら謝るのは当然だ

あのさぁ、トルコ人がどんな奴でどんなことしてるかは関係なくないか?
トルコという国から、友好の証として貰った向こうでは神様並の人の像を、2年以上草むらに転がして放置してる
これは相手がどうであれこっちが悪いんじゃないか?

■寄贈された銅像について


2009年4月24日(金)銅像が現在はこの場所になく、移動していることがわかりました。これにあわせwikiの名称を変更しています。
どこへ移動されたのかなどの詳細は不明ですが、2009年5月6日産経ニュースによると室内へ移動されたとのことです。
問題の解決に至ったとはいえない状況であるということで、署名活動については継続中です。

また、2009年5月16日(土)にはあらためて設置しなおされているという情報もありましたが、その後の確認で再建はされていないことがわかりました。
引き続き、お近くにお住まいの方で様子を見にいける方からの最新情報、お待ちしております。
(住人による話し合いはこちらの「現行スレ」で行われています)

■きっかけ


柏崎のテーマパーク「柏崎トルコ文化村」が経営難で閉園に。
その際、「トルコから寄贈された“建国の銅像”」を含む、跡地、建物、構築物が一括で売却されました。
銅像は2007年の地震を機に一旦台座からはずされて以来、野ざらし枕木状態!
(最近どこか別の場所に移動したらしいものの、詳細は不明)



これは流石にまずいので、トルコ大使館が送料手数料負担で
和歌山県串本町に移動させたいらしい、という説もある。

でも土地の所有者と業者と柏崎市との間で裁判となり、すぐにはどうにもできず…

2009年2月、
「親日国で知られるトルコの日本への印象が悪化。原因は銅像か?」
といった内容の記事を機に、VIPにもスレが立つ。

早速スレ住人で電凸してみたり、調べてみるとなんだか超ややこしい問題になってるし。

なにはともあれ、このままでは親日国のトルコに合わせる顔がねえ!
VIPPERのみんなでどうにかしようぜ

…というところから始まりました。

ムスタファ・ケマル・アタテュルク(Mustafa Kemal Atatürk, 1881年3月12日- 1938年11月10日)は、
トルコ革命の指導者、トルコ共和国の初代大統領(在任1923年10月29日 - 1938年11月10日)。
日本では、彼の革命当時の呼び名であるケマル・パシャの名で言及されることも多い。












































































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