ピカチュウ「昔はよかった・・・」@ ウィキ内検索 / 「第十三章」で検索した結果

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  • 第十三章
    「眼にも止まらん電光石火、っちゅーのはああいうことを言うんやな。  ワイらの研究の結晶なんて、君が培ってきたもんに比べたら、  石ころ同然やったことが証明された瞬間やったわ」 「ピカ、ピカピカ」 そう悲観するなよ。 あのライチュウは優秀だった。 僕の虚をついたあの複合攻撃は、なかなか比類しがたい代物だったぞ。 「気持ちだけ受け取っとくわ。  それ、君が言うと全部嫌味に聞こえるねん」 それもそうか。 「ピ、ピカチュ」 僕は笑った。 マサキは唇をアシンメトリーに歪めて笑った。 僕と彼との間に満ちた和やかな雰囲気は、しかし、鉄格子によって仕切られていた。 彼は白衣についた塵を払いながら、 「この処遇は半永久的に続くわけやない。  一ヶ月から二ヶ月後に、最終テストがある。それまでの辛抱や」 平坦な声でそう言った。責任を感じ...
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  • 第二十三章 上
    障子を透かした朝の日の光は、優しい。悪い夢を溶かしてくれる。 隣でぐっすり眠っているカエデをそのままに、寝床から身を起こす。 ぎし、ぎし、ぎし。 朝の空気に、廊下の軋む快い音が響き渡る。 静閑な日本庭園の一角に、あたしは薄紅色の人影を認めた。 「昨夜も、深い眠りは訪れなかったんですの?」 エリカさんは枝垂れ柳を仰いだまま言った。 「いえ、昨夜はよく眠れました」 逆説を続けたい気持ちを抑える。 ――でも、夢を見るんです。とても悪い夢を。 そう言うことで、余計な心配をエリカさんにかけたくなかった。 「だいぶ、落ち着いたみたいです」 エリカさんが振り返り、近づいてくる。 下駄と敷石が奏でる音はどこまでも優雅だった。 あたしは無理に微笑んで見せた。 それを見て安心したのかもしれない。 エリカさんはふと立ち止まると、告解する信者のよ...
  • 第二十三章 中
    マサキはこう前置きした。 『悪い知らせと最悪な知らせがある。どっちから聞きたい?』 鎮痛剤の副作用で感覚を失った。 命の蝋燭はいつ消えてもおかしくないほどに痩せ細っている。 これ以上の不幸が僕には想像できなかった。 「ピィカ、チュウ?」 それで、最悪な知らせというのは? 「ワイは歯に衣着せた物言いが苦手や」 知ってるよ。 「君の末路は、二つ限りや」 マサキは極めて平坦な声で言った。まるでそれが既定事項であるかのように。 「苦しみながらの死か。薬物による安楽死か。  どちらを選ぶか、その選択権は君にある。  でも君の死に目を看取るのは、ワイと、君の知らん人間や」 僕は感覚の希薄な体を流れる血液が、沸騰するのを感じた。 「ピィ……」 諧謔を弄するのはよしてくれ、マサキ。 僕には、ヒナタやそ...
  • 第二十三章 下
    翌朝。目覚めた僕は、昨日のマサキとの遣り取りが、 何もかも夢だったのではないか、という考えを振り払えずにいた。 僕の体には昨日と同じ箇所に同じ数だけ管が繋がっていた。 記憶が正しければ、マサキが繋ぎ直してくれたからだ。 記憶が偽りならば、そもそも僕は管を外していないからだ。 脱走したい、しかし単身ではこの病院からヒナタのところまで行けるはずもない――。 「脱走に協力したるわ」というマサキの言葉は、そんな葛藤が見せた都合の良い夢だったのか? それが現実であったことを確かめられたのは、 予測されていた雨が予測されていた通りの強さでタマムシシティを潤ばし始めた、正午前のことだった。 診察を名目に僕の個室を訪れたマサキは、 「返事、訊きにきたで」 惚けた様子でそう言った。僕は二つ返事で答えた。 「ピカ」 ――自然死を選ぶよ。 するとマサキは...
  • 鰐ノ仔煩悶記 第十四帖
    鰐ノ仔煩悶記 第十四帖「不安の種」 セキチクシティが近づくにつれて、空気からはどんどん湿気が消えていった。 おかげで俺の自慢の皮膚もぱさぱさだ。 休憩時間になるとスターミーさんが水を撒いてくれたけど、所詮、気休めでしかない。 保湿性の高いボールの中でぐうたらしていようかな、とも思ったけれど、できなかった。 理由? いつもの通り、ミニリュウのクソ野郎が俺のパウワウ姉さんにちょっかいをかけているからさ。 ミニリュウがこれ見よがしにヒレを振るう。 吐き気がした。 ミニリュウが僕や姉さんには見えない透明の敵に激しい攻撃を加えている。 姉さんは見向きもしていない。 へへん、ざまあみろ。 心の中で思い切り笑ってやる。と、そんな僕に気がついたのか、ミニリュウがこっちを睨んできた。 "今笑ったんじゃねえだろうな" そんな意図を察して、僕は大きく首を振った...
  • 第三章
    さて、ヒトデマンのその後を少しだけ話そう。 彼女――ヒトデマンは雌雄同体なのだが、便宜上雌とする――は、ヒナタがスピア―に襲われた場所の近くで、 寸分も変わらぬ姿勢で倒れ伏していた。ヒナタはすぐにヒトデマンを抱え上げ、 「ごめんっ、ヒトデマン! あなたを置いていくなんて、あたし、どうかしちゃってた……え??」 目を見開いた。僕はヒナタの肩によじ登り、彼女の反応に倣った。 ヒトデマンが受けていた傷は、キレイに快癒していた。そこから導き出される結論は一つだ。 「スピア―にあんなにいたぶられたのに……、どうして傷が治ってるのかしら?」 「ピカ、チュ」 僕はヒナタのバッグの、図鑑があるあたりを指した。 彼女はすぐに図鑑を取り出して起動した。機械音声が、ヒトデマンのステータスを読み上げる。 「―――覚えている技――みずでっぽう――...
  • 第十章 中
    マサキが研究室に姿を見せる回数は、一日に二度あれば多い方で、 専らメールチェックと書類審査をしては、ほんの少し僕と雑談して、またどこかに行ってしまう。 となればもう、この部屋は僕専用の軟禁室と行っても差し支えなく、 僕は与えられた莫大な自由時間を、部屋の中にある彼の私物を使って潰していた。 まずは、本。 書架には大量の専門書が並んでいて、僕はそれらの内容から、 彼の現在の研究課題を推測しようとした。 結果から言えば、それは全くの無駄に終わった。 量子力学、情報工学、電気工学、脳生理学、遺伝子工学――。 ポケモン転送装置の開発に携わるまで電気・電子設計エンジニアとして働いていた名残か、 特に電気・電子工学の専門書が多かった。彼はこと学問にかけては多才の一言に尽きる。 ここにある蔵書全てが、彼の"趣味"の範疇だと言ってしまっ...
  • 第十章 下
    「そこまでじゃ。ゲンガー、"シャドーパンチ"をお見舞いしてやりな」 割と本気で覚悟を決めたあたしの耳に聞こえてきたのは、 呪詛の言葉でも、怨嗟の声でもなく、キクコお婆さんの命令だった。 頭の中がパニックになる。 まさか、キクコお婆さんが、このゲンガーのマスターだったなんて。 たった数時間だけど、お話しして、大切なことを教えてもらって、仲良くなれたと思っていたのに。 キクコお婆さんは、出会った時から、あたしに狙いをつけていたんだ。 そしてゲンガーに命令して、、 誰も助けが来ない深夜のポケモンタワーの最上層に、あたしを呼び寄せて――。 「馬鹿言ってるんじゃないよ。  ヒナタちゃんはちょっと、物事を良い方向に考える力が欠けているんじゃないのかねぇ」 砂袋を地面に叩き付けたような、乾いた音を聞いた瞬間、 あ...
  • 第十章 上
    「ピッピ、指を振るのよ!」 あたしの呼びかけに、 ピッピは小さく頷いてから、同じく小さな指を降り始めた。 もくもくもくもく。 指の先から黒煙が湧き出て、瞬く間にピッピを覆い隠す。そして――。 「ぴぃっ!! ぴぃ、ぴぃ」 ケホケホ、と可愛らしく咳をしながら、 ピンク色のボールのような物が、いや、ピッピが煙の中から転がり出てきた。 もうっ、折角"煙幕"を張ったのに、自分から出てきてどうするのよ……。 「あのぅ、そろそろオレ、攻撃してもいいかな……」 オオスバメを肩に止めた少年は、哀れみの入り交じった声でそう言った。 レベル、技の練度、どれをとっても格下のポケモン相手に、攻撃するのを躊躇っているのだ。 「ピッピ、もういいわ。戻って」 閃光。 あたしはピッピの入ったボールをベルトに...
  • 第十五章 下
    ウツギ博士との面会が叶ったのは、セキチクシティに到着してから実に八日後のことだった。 「一週間近くも待たせてしまって悪かったねえ。  待ち人がいると知っていたらもう少し早く帰ってこれたのだけど。  それにしても私の部屋にこんなに見目麗しい女の子が二人もいるなんてなんだか信じられないね。  ポケモン協会本部というと聞こえはいいが、  実情は激務の多さを嫌って多くの若い人材が数年で辞めるか地方への転属を願い出てくるかで、  言うなればここは忙殺されることに耐性がついた中年の溜まり場なんだよ。  かくいう私も今年で五十五だ」 「は、はあ」 「私にも一応妻子がいるんだが、  妻との関係は冷めて久しいし、娘も難しい年頃でね。  まるで思春期に素直さを置き忘れてしまったかのように反抗ばかりしてくる。  ソーシャルスキルを養う過程において対外人格の形成は避けて通れない道だが...
  • 第十四章 上
    ――――――――――――――――――― 静止とは何もしないこと。 動態とは思い切り駆けること。 動静の緩急は常に鋭く。 息を吐くように電気を放ち。 躱し身は必ず紙一重。 攻撃が熾烈なら間隙を縫い。 防御に徹するならそれを剥がし。 晒された一分の虚には最高の一撃を。 虚が生まれなければ、作り出すまで。 思考は要らない。時間の空費に過ぎない。 反射を超えたその先で、識域下の何かが命令を下す。 『ピカチュウ、君に決めたッ!』 足が地面を捉える。遠くから声が聞こえた。 『サトシ! ピカチュウ! 頑張ってー』 『サトシー、負けたら今晩のシチュー抜きだからなー』 ああ、酷く懐かしい。 カスミとタケシが僕とサトシを応援してくれている。 ただそれだけのことなのに。 変わり映えのない光景なのに。 ――どうしてこんなにも胸臆が...
  • 第十二章
    覚醒には色々なパターンがあるが、 大別すれば以下の二つになる。 充分睡眠をとったことを示す、自然な目覚め。 誰かに揺り起こされたり、声をかけられたりして意識が浮上する、予期せぬ目覚め。 しかし、僕が白壁に囲まれた空間で目覚める時、 その目覚め方は決まって、自発的にでも無理矢理にでもない、奇妙なものだった。 例えるなら――、そう、底の深いプールで気持ちよく漂っていたところを、 栓を抜かれて、僕を支えていた浮力の源である水が流れ去り、 固い底に背中が触れて、それまでの快さが失われてしまったような、 もっと簡潔に言うなら、ずっと母親の陽水に浸っていたかった赤子が、 時期がきて外の世界に生まれ落とされたような、 ――不可抗力の、穏やかな目覚め。 「ピ……カ……」 慣れないな、まったく。 薬物を用いずとも、君たちが望むのなら僕は進んで目を瞑り、 この白...
  • 第十六章 上
    全ての手がかりを失ってから数日が経った今も、あたしは前に進むことが出来ずにいた。 あたしが傷ついていることを慮ってか、 ウツギ博士と面会した当日は何も言わなかったカエデも、 次の日には現実的な言葉を投げかけてきた。 『ピカチュウのことは可哀想だと思うわ』 『あたしだってあの子がいなくなってからずっと寂しいもの』 『でも今はとりあえず、ヒナタに出来ることをした方がいいんじゃない?』 『最初はお父さんに会うためにポケモンリーグ目指してたんでしょ』 『ここは一旦、バッジを集める旅に戻らない?』 『その過程で、新しい手がかりが見つかるかもしれないし』 あたしだって子供じゃない。 それが反論のしようのない正論だということは分かる。 でも、あたしのなかの子供染みた部分は首を縦に振らなかった。 『いや。いやよ』 『どうして?』 『カエデはピカチュウのことな...
  • 第十八章 下
    「だから発電所で偶然お前に会った時はマジでびっくりしたな」 とタイチは笑い混じりに言った。 タイチの話を聞いているあいだに、あたしの頭はすっかり冴えていた。 「あの時は、キャタピーにびびってた情けない俺を忘れたままでいてほしい気持ちと、  もしかしたら俺と友達になったことを……あの冒険を思い出してくれたらいいなって気持ちが半々だった。  ま、結局ヒナタは親父の話通り、完璧に俺のことを忘れてくれてたわけだが」 それは、あたしがタイチと一緒に家を抜け出して、森に入って、キャタピーに囲まれて、 見知らぬトレーナーに助けられて、気を失うまでの経緯を聞かされた今でも変わらない。 あたしの瞼の裏にはちっともそれらにリンクした映像が立ち上がらなかった。 「こうやって一緒に旅出来る今では、その方が良かったと思ってるんだ。  あの頃俺たちはまだ子供で、攻撃的なキャ...
  • 第十二章 Ⅱ
    屋上に通じるガラス製のドアを押し開くと、いっぱいの風があたしの髪を凪いでいった。 「涼しい……」 残暑もこの高さまでは熱気を運んで来られないようで、 まばらに設置されたガーデンベンチの許、同じくまばらな数の人間とポケモンが涼んでいた。 改装、改修が繰り返されたタマムシデパートだけど、 屋上だけは建造当時からちっとも変わらずに保存されているの、とカエデがバスの中で言っていたことを思い出す。 あたしは喉の渇きを覚えて、自動販売機で「ミックスオレ」を買って、近くのベンチに腰を下ろした。 レッドベルの店員さんも、ドラッグ・ストアの店員さんも、 とても親切に接してくれるのは嬉しいんだけれど……、 その分、手ぶらでお店を出る時の罪悪感がすごくて、何も買っていないのに疲れてしまった。 「隣、よろしいかしら?」 声がした方に、ちら、と視線を映すと、 秋空をそのま...
  • 第十八章 上
    帰ってきたエアームドが嘴で指したのは、 ヤマブキシティに本社を有する巨大企業にして、 ポケモン産業の中核を成すシルフカンパニーだった。 それからのあたしたちの行動は早かった。 タイチは既に荷物を小さく纏めていたし、 あたしの準備もあっという間に完了して、 エアームドは帰還早々、空の道を往復することになった。 「体力は大丈夫なの?」 「今なんか言ったか?」 声を張り上げるタイチ。 地上で十分だった声量は、空に上がった途端、小さな囁き声になってしまう。 「エアームドの体力は大丈夫なの?」 「問題ない。こいつは見かけ通りタフだからさ」 タイチの言葉を裏付けるように、エアームドが甲高い鳴き声を上げる。 「それよりヒナタ、お前の方は大丈夫なのか?」 「どういう意味?」 「寒いのが我慢できなくなったり、休憩したいときは無理せず言えってことさ...
  • 第十七章 下
    翌朝。 朝食をとるためにカエデと連れだって部屋を出たところで、 あたしは眠そうに欠伸をしているタイチを発見した。 「ふぁーあっ……よう、二人とも。遅かったじゃねえか」 ふにゃふにゃの顔はそのままに声をかけてくる。 服装もだらしない。 「おはよう」 わざわざこんなところで待ち伏せしてたの? あたしたちの部屋のドアをノックすれば良かったのに――と続ける間もなく、 「おーはーよーっ」 カエデが"ごく自然"な動作であたしとタイチの間に身体を割り込ませる。 「あたし思ったんだけど、タイチくんまだ疲れてるんじゃないの?  長旅を終えたその足でヒナタを助けに行ったんだし……、  あっ、あたし食堂から食事とってきてあげよっか?」 「いいっていいって。  食事ついでに雑談するのが目的だったんだよ。  さ、早いとこ三...
  • 第十九章 上
    ――――――― ――――― ―― ぼやけた視界に、10:46の数字が映る。 「こんな時間まで寝過ごすなんて」 自覚のないうちに、疲れが溜まっていたのかしら。 「ふぁ~あっ……」 大きな欠伸と伸びを一緒くたにしてから、ソファーセットの上で丸まっているタイチの存在に気付く。 見られてない? 見られてないわよね? あたしはタイチの長い睫を指先でそっとつついて、 熟睡していることを確かめてから、急いで着替えを済ませて、1Fのロビーに向かった。 「こんにちは」 昨夜の気さくなジョーイさんが話しかけてくる。 「あっ、おはようございます」 「ふふ、あなたには"おはよう"と言った方が良かったわね」 赤面する。ジョーイさんはくすくす笑って、 「お出かけ?」 「はい。ヤマブキシティは初めてなので、...
  • 第十一章
    荒々しい熱気が、僕の喉から容赦なく湿り気を奪っていく。 蹄を鳴らし、 「ぶるるっ」 と嘶く、火の馬ポケモンポニータ。 整った毛並み。色も一般的なトパーズ色と違って、雪のような純白だ。 乱すには惜しい―― が、自らその美しい体を強化骨格で覆っているのだ、 僕の配慮は無用を通り越して余計なお世話だろう。 「……ピカ」 さあ、早いところ始めてくれ。 僕も毛並みには気を遣っていてね。 あんまり長時間、君の熱気に晒していたら、毛が縮れてしまう。 アイシールドの奥の瞳が、鈍い赤色に光る。 挑発は一度で足りたようだ。 今まで心地よい音色を立てていた蹄が、 疾駆によって、小刻みな、機械的に正確な16拍子へと調子を変える。 僕は無防備な構えで、ポニータが距離を詰めるのを待った。 もっとも、攻撃を受けてやる...
  • 第十九章 下
    フユツグに服を用意するようにと告げられたその日の夜。 名刺にあった住所を元に有名服飾系ブランド『Gardevoir』直営店を訪れたあたしとタイチは、 閉店まで30分ほど待たされた後、店の裏に通された。 あたしが店を訪れた理由を話すと、二人は二つ返事で快諾してくれた。 そこまでは良かったんだけど……。 話を聞きつけたショップのコーディネーターやオーナーさんまで協力してくれることになって、 今は貸し切り状態の店内で、それぞれ男女に分かれて服を選んでもらっている。 「ドレスアップスーツは普段スーツを着慣れていることが重要なんスよ。  その点タイチさんはポケトレとして旅をしてるだけあって、正装にはほとんど縁がない。  だから無理に飾り立てるよりは、いっそのこと開き直った方がいいと思います」 「いいのか、そんなんで」 「全然オッケーっスよ。これでも一応勉強してるんで、ここ...
  • 第十七章 上
    元ロケット団の三人組が見舞いに来てから三日後の朝、 花瓶に瑞々しい花を生けながら、看護婦さんはまだ微睡みの中にいる僕に語りかけた。 「あともうしばらくで、サカキ様がお見えになります。  今のうちに準備をしましょうね」 「ピィカ……」 身体を起こしてもらい、濡れたタオルで身体を拭かれる。 口を開く。舌下に体温計を添えられる。口を閉じる。 やがて電子音が鳴り、看護婦さんが体温計の指数を確認する。 体温計を取り出すときにさりげなく頬をつままれたことは、眠気もあって不問にする。 彼女は点滴の薬液パックを手際よく交換し、調節弁に微妙な加減をする。 僕は余計な身動きをせずに、彼女の動きをじっと眺める。 この三日間の間に、僕は彼女を信頼できるようになっていた。 彼女が非常に優秀なポケモン医療従事者であることは明らかだった。 ただ、患者への献身的姿勢が倒錯的な保護欲に...
  • 第十五章 中
    アヤと会ってから数日後の夜。 再び地下牢のドアが開けられた。 複数の人間の気配を、僕は背中で感じた。 分厚い手袋で覆われた手が、僕の体に触れる。 気持ち悪かった。 だがここで抵抗することの愚かしさを僕は知っていた。 コンディションチェックが済むと、 白衣を着た人間たちは揃って満足げに頷き、牢を出て行った。 ――最終被験体の相手として条件を満たしている。 そう判断したのだろう。 最終テストの過程で死ぬかもしれない。 けれど僕はその未来に満足していた。 綺麗事を言えばこうだ。 コンディションチェックを通過せず、このまま記憶をみんな失い、 あのアヤという少女のポケモンになる道を選べば、 僕は一般的なポケモンよりもずっと長生きできるだろう。 しかしそんな余生に意味はあるだろうか。答えは否だ。 死ぬ可能性があるにしても、その最終被験体と相対し...
  • 第十六章 下
    「"火の粉"を撒き散らしなさい」 とアヤは言った。広範囲攻撃で炙り出すつもりなのだろうか。 しかしスターミーに対して火の粉はあまりに効果が薄すぎるし、 炎の渦を通り抜けた(水鉄砲で火力は弱められていたけど)ピッピがそれに動じるとは思えない。 キュウコンが九尾を波打たせる。 大量の火の粉が舞い上がる。 あたしは一瞬、夜空の星の数が倍になったように錯覚する。 「ポケモンよりも、自分の身を案じた方がいいですよ。  火の粉の攻撃範囲はあなたにまで及びます」 目は降り注ぐ火の粉に注がれたまま、 耳はアヤの自信に満ちたソプラノを聴いている。 花火の真下にいるようなものだ。 避けようがない。 「……っ」 恐怖に目を瞑る。 でも、いつまで経っても火の粉は降り注がなかった。 代わりにあたしは頭の上に若干の重みを感じて、 傘が雨粒を...
  • 第十九章 中
    マサラタウンの春を思わせる麗らかな午後だった。 僕は中庭を目指して病室から抜け出した。 何故「外に出た」のではなく「抜け出した」なのかというと、 看護婦さんが僕の外出を許してくれなかったからだ。 しかしそれは彼女の行き過ぎた看護責任が僕の外出を認められないだけで、 僕の健康状態は数値的にも表面的にも、それなりの回復を見せているはずだ。 サカキの允許もそれを見越してのものだろう。 病室の外の世界は新鮮だった。 一級リゾート地に建てられた別荘と聞いて、豪奢な建物を想像していたが、 なかなかどうして、ロココ様式の教会を想起させる落ち着いた保養所だ。 緩やかなカーブを描く階段を見つける。 一段一段を下るごとに、目に優しい装飾や丁度によって、良い意味で現実感がそぎ落とされていく。 この別荘に現代の知識や感覚は相応しくないように思える。 しかし現実として、ここには最新鋭...
  • 第十八章 中
    濡れた髪を梳りながら、名刺の上に小さくプリントされた文字を読む。 Gardevoir――『高級』『上質』が売りの、服飾系有名ブランドだった。 もちろんその知識はカエデから教わったものだ。 「カエデがいないのが残念ね……」 いたら飛び上がって喜んだあと、 あの二人組に掛け合って、格安でGardevoirの服を購入していたに違いなかった。 ポケモンセンターまでの道すがら、 二人組のうち背の高い方は、クチバで分かれてからの経緯を短く話してくれた。 『あのときは言いませんでしたけど、俺、親父に出頭命令食らってたんスよ。  才能がないお前がポケモントレーナーを続けても無意味だ、いい加減諦めて俺の仕事を手伝え、って。  親父は服飾プランナーって仕事なんスけど、俺は正直、そんな仕事を手伝うのはゴメンでした。  友達も一緒に連れてこい、って言われても乗り気じゃなかっ...
  • 第十六章 中
    「そんじゃあ次は俺たちの番かな」 「ニャースに比べるとつまんないかもしんないけどね」 ムサシとコジロウが、顔を見合わせて穏やかに笑う。 「ピカピィ?」 てっきり、君たち二人もペルシアンと同じく出世街道を歩んだとばかり思っていたのだが? コジロウが取り出した身分証明書に看護婦さんは目を丸くしていたしね。 「まあ、幹部に昇進する話はあったにはあったんだけど……」 「それが決定される直前に、あんたの元飼い主がロケット団を潰しちゃって……」 ムサシは遠い眼をして言った。 「白紙になった上に焼却処分された、って感じよね」 「ピ………」 ……それは悪いことをしたな。 僕が過去にしたことは社会的にとても評価されていることなのに、 こうして元ロケット団員の、それも馴染み深い相手の声を聞くと妙な背徳感に襲われる。 その後は?――そう...
  • 第十二章 Ⅳ
    ゲンガーは答えなかった。 「どうして無視するのよ?」 いつもみたいに「うーうー」言いなさいよ。 あたしは怒ったフリをして、ゲンガーが困ったように鳴くのを待った。 けれど、ゲンガーの視線が――その源の赤い瞳が、 服従を忘れ、暗い光を宿していることは明らかだった。 雲が夕月を完全に隠す。 西の空を赤く染めていた夕陽も、つい数分前に山の端に隠れてしまっている。 夜が、訪れようとしていた。 あたしが動揺して言葉を失っているうちに、ゲンガーが自然の影に同化していく。 「待って、ゲンガー! 勝手に戦ってはダメ!」 形振り構わず叫んでみても、反応はなかった。 声が届いていないの? それとも、届いた上で、無視されているの? エリカさんは眉根を寄せて、 「躾が行き届いていないようですわね」 あたしにそう言い放ち、次いで、ラフレシ...
  • 第十四章 下
    金髪ロングと茶髪ショートの子たちと出会ってから、二日目の朝。 あたしたちはセキチクシティの郊外にまでやってきていた。 順調に進めば今頃はポケモン協会にお邪魔しているところなんだろうけど、 そうなっていないのは、二人乗りの長距離走行に耐えきれず、 自転車のタイヤが二台ともパンクしてしまって、 結局四人で自転車を押しながらの徒歩になってしまったから。 三人以上の偶数人が集まると、 自然と二つの組が出来上がるもので、 今はあたしと茶髪ショートの子と、カエデと金髪ロングの子に分れていた。 「ちょ、カエデさんも"pixiey angel"好きなんですか!?  あたしもあそこ大好きなんですよねー。  ほら、このピアスも元彼からプレゼントしてもらったヤツでぇ~」 「う……なかなか良いセンスしてるじゃない」 ブランド談義で盛り上がっているあちらとは...
  • 第十二章 Ⅲ
    ――当日は曇天だった。 あたしは予定時刻の20分前に、タマムシシティジムに着いた。 案内の人に従って巨大な門をくぐり、 荘厳としか言い表しようのない庭園を抜けて、バトルフィールドに辿り着く。 この表現だけでは、敷地の広大さを伝えるには不充分かな。 「お嬢様は只今準備中で御座います。しばらくお待ちくださいませ」 そう言って、案内人が去っていく。 あたしは丈の低い植物が繁茂した緑の庭に、たった一人取り残された。 とりあえず、先鋒を出しておく。 ――閃光。 「ぴいっ」 元気よく鳴いて、手をぱたぱたさせるピッピ。 この子はどうしてこんなに嬉しそうなんだろう? 頭を傾げて、ピッピの視線を辿ると、謎が解けた。 雲の切れ間に、真っ白な夕月が覗いている。 「ピッピは望月の夜を特別に好むと聞きますが、  あなたのピッピはそれとは無関係に、月がお...
  • 第十五章 上
    あれから三度季節が巡った。 カスミは無事に出産を果たしていた。 ポケモンの院内立ち入りは厳禁されており、 僕はその朗報をサトシの母から聞かされた。 赤ん坊が女の子であると知ったとき、僕も飛び上がらんばかりに喜んだ。 カスミが女の子を望んでいたことが表面的な理由で、 男の子だった場合、成長の過程でカスミがサトシの面影を重ねてしまうかもしれないというのが、内面的な理由だ。 出産するまでも、出産してからも、近所の人間のカスミに対する風当たりは強かった。 "噂によればサトシはまだ旅を続けているという" "あのカスミという女は哀れにも捨てられたのだ" "大方、勝手に身籠もって実家に押しかけ、「この子を産んでサトシの帰りを待つ」とでも言い張ったのだろう" それが暗黙の了解だった。 しかしもちろん、現実...
  • 第十八章 下・続
    昨日待ち合わせした喫茶店があるビルの前に着くと、フユツグは支柱に凭れて雑踏を眺めていた。 服装は昨日の雰囲気と似た、落ち着いたものだった。 腕時計で時間を確認する。 約束の時間より、まだ15分も早い。 「ごめんなさい、待ちました?」 「僕もつい先程着いたところです。それでは行きましょうか」 と自然に嘘を吐くフユツグ。 「行き先は決めてあるんですか?」 「いえ、ノープランです。とりあえず歩き回ってみませんか。  時折僕がガイドとして、ヒナタさんの興味がありそうなところにお連れしますよ。  ところで、ヒナタさん」 「は、はい?」 「僕に対して敬語を使う必要はないと、以前言ったはずですが?」 「あっ……でも、それを言うならフユツグさんだってあたしには敬語を使っているじゃないですか」 「僕のは職業病で治しようがない。けれどヒナタさんの口調は意識一つで変...
  • fathers & mothers 28
    丘陵地帯の北東、一際深いドリーネの底に、ツガキリ大洞穴への入り口はあった。 ぽっかりと岩場に空いた暗闇からは、獣の吐息のような、湿った風が流れてくる。 その比喩は、あながち比喩とも言い切れない。 古くからこの洞穴は幾人もの探険家の命を貪り、帰らぬ者としてきた。そこにはハナコの父親も含まれる。 皆が無言になり、隊長は一度だけ振り返って全員の顔を見渡してから、洞穴に足を踏み入れた。 探険家二人と、顔に傷のある男、青年が間髪入れずに続く。 眼鏡をかけた男と、護衛要員二人は、互いに顔を見合わせてから、あわててその後に続いた。 数十分後。 「……そ、想像以上に狭いですね」と眼鏡をかけた男が息も絶え絶えに愚痴る。 「なんじゃ、洞窟が歩きやすいように横幅も縦幅も整えられとるとでも思っとったのか?」と隊長。 「…………」顔に傷のある男は、巨体を岩肌に体を擦らせながらも、黙々と歩み...
  • 第九章
    とても懐かしい音を聞いた。 何かの物音? 誰かの声? 分からない。判然としない。 何かに、或いは誰かに、呼ばれているような感覚。 ここは何処何だろう? 僕はどうしてこんなところにいる? ただ一つだけ分かるのは、ここは、僕がいるべき場所ではないということ。 ここを出よう、と思う。 でも、そう思ったそばから、思考が蕩けていく。 足場がない。一カ所に留まっていられない。 だから僕はたゆたう。果てしなく。何処までも。 与えられた眠りは優しくて心地よくて、 それと同じように目覚めも、まるで深海で留まっていた気泡が水面に浮上するみたいに穏やかだった。 頭を振って、まだ微睡んでいる思考を揺り起こす。 尻尾を振る。自在に動く。 手足を動かす。異常はない。 右耳と左耳を交互に動かす。支障はない。 電気袋から電流を迸らせる。まったくもってノープロブ...
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