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律「繭を壊して」 5 - (2012/10/19 (金) 20:19:23) の1つ前との変更点

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私が呆れた感じに呟いてやると、急に菖が「何をー!」と叫んで私に飛び掛かって来た。 勿論、私を押し倒そうとしたわけじゃない。 単に照れと自分の涙を隠すために飛び掛かって来ただけだ。 私は腹と腰に力を入れて、菖の身体を正面から抱き留めてやった。 菖の体温を感じる。生きている熱を感じる。 菖の心臓の音が強く聞こえる気がするのは、菖が緊張してるからだろうか。 それとも……。 「もう……。 りっちゃんったら、抵抗しないんだね……。 私の事を信じてくれてるんだ……」 菖が私の胸の中で小声で呟いた。 「当たり前だろ?」って言いながら、私は菖の綺麗な金髪を撫でた。 パーマが当てられてるから凄くサラサラってわけじゃない。 でも、十分過ぎるくらい指通りのいい髪質だった。 何だ、やっぱり菖も十分可愛い女の子じゃん。 もうしばらく菖の髪を撫でていたかったけど、菖が不意に胸の中で震える声をまた出した。 今までみたいに緊張してるわけじゃなくて、 何かを申し訳なく感じてるみたいな声色だった。 「ありがとう……。 でも、ごめん、りっちゃん……」 「いきなり何の話だ?」 「私ね、思ったんだ。 この真っ白い部屋って、結局、何なんだろうって。 部屋自体より私達の身体の方が変になっちゃってるこの部屋……。 私達がもう死んじゃってるって考え方も出来るけど、 私、一つ心当たりって言うか、想像しちゃった事があるんだよね。 ひょっとしたらね……、 ここは私の心が創っちゃった心の中の世界なんじゃないかって」 「心の中の世界……?」 「漫画とかでよくあるでしょ? 何か辛い事があった時とか、現実から逃げたい時とかに誰かが心の中に世界を創るって漫画。 私はそんなに辛い事があったわけじゃないけど、もしかしたらって思うんだよね。 さっきも言ったけど、こんな事でもないと、 私、りっちゃんに好きだって言う事は無かったと思う。 これでも墓場まで持ってくつもりだったんだよ? りっちゃんは絶対澪ちゃんと付き合ってるって思ってたしね……。 だから、思ったんだ。 この白い部屋は、私がりっちゃんと仲良くなりたくて無意識に創った部屋なんじゃないかって。 りっちゃんを独り占めしたくて、創り上げちゃった部屋なんじゃないかって。 だからね……、ごめん……」 私の胸の中で菖が身体を震わせ始める。 真偽はともかくとして、菖は本気でそう思い始めているらしい。 言われてみれば、その可能性は確かにあった。 この白い空間が人間の手で作られた物じゃないのは見るからに明らかだ。 何より、私達の身体の異常が、この空間が現実世界じゃないって証明してるようなものじゃないか。 私達の意識が死んだ後に残ってるって考えるより、 ここが菖の心の中の世界って考えた方がかなり理屈に適うしな。 そう言えば、菖はこう言っていた。 『私は幸せなんだよね、りっちゃんが傍に居てくれて』って。 それは言葉通りの意味だったのかもしれない。 私の傍に居たくて、菖の心の中にこんな白い空間が出来ちゃったのかもしれない。 小さく溜息を吐いてから、私は胸の中に居た菖の両肩を掴んだ。 そうやって自分の身体から引き離して、真正面から辛そうな菖の瞳を見つめてやる。 菖は今にも泣き出しそうな顔をしていたけど、私から視線を逸らさなかった。 何を言われても私の言葉を受け取める覚悟があるって事なんだろう。 私は大きく頷いて、その言葉を菖に届けた。 「だったら、この空間の名前は『殺女フィールド』で決定だな」 「……えっ?」 「勿論、あやめは殺す女って書くやつだぞ。 かなりいいネーミングだと思わないか? いやー、困ってたんだよなー、この空間の呼び方が決まらなくてさ。 ああでもないこうでもない、って結構悩んでたんだぜ? 何はともあれ、名前を決められてよかったよ」 「えっ? えっ?」 菖が今まで見た中で一番間抜けな表情を浮かべて、戸惑いの声を何度も上げる。 ネーミングセンスを褒めてくれなかったのは残念だけど、 私は口の端をニヤリと曲げてから、悪い笑顔で話を続けてやった。 「むー、何だよー。 折角、いい名前が決まったんだから褒めてくれよ、菖ー」 「別にそんなにいい名前じゃな……じゃなくて、りっちゃんったら何を言ってるの? この部屋は私の心が創っちゃった部屋なのかもしれなくて、 それにりっちゃんが巻き込まれちゃってるのかもしれないんだよ? だったら、もっと……」 「もっと……、何だよ? この『殺女フィールド』は確かに菖が創った空間なのかもしれない。 私と仲良くなりたくて創っちゃった空間なのかもしれない。 でもさ、それって可能性だろ? ねえ、菖さん? 可能性に踊らされるほど、私は単純じゃなくてよ?」 「で、でも、一番高い可能性だと思うよ? こう考えれば色んな事に説明が出来るし、 りっちゃんとずっと一緒に居られて嬉しかったのは本当だし……。 私、りっちゃんと二人きりになりたいって何度も思ってたし……」 「でもさ、菖は晶や幸ともまた会いたいだろ?」 私が言うと、菖ははっとした表情になって言葉を止めた。 言っていいものなのか迷ったけど、私は昨日寝ていた時に見たものを伝える事にした。 「私、見たんだよな。 菖がさ、昨日寝ながら泣いてたのを。 それも晶と幸の名前を呼びながらさ。 それってやっぱりまた晶達に会いたいからだろ? 晶達だけじゃない。 澪や唯やムギや家族ともまた会いたいだろ? 私だって会いたいよ。また皆と会って遊びたいよ。 なあ、菖……、私も思ったんだ。 菖は私と一緒に居られて嬉しかったって言ってくれた。 二人っきりになりたいって何度も思ってたって言ってくれた。 でも、菖の中の想いはそれだけじゃないだろ? 菖は好きな人以外の皆も大切にする奴だろ? 迷惑かもしれないけど、私の中では菖はそういう奴なんだ。 友達や仲間を大事にする奴なんだよ。 そんな菖が私だけを一人占めして喜ぶわけないよ。 皆と一緒に楽しみたいはずなんだ。 『君さえいれば他に何もいらない』。 ……なんてよく聞くフレーズだけど、実際はそんな事無いよな。 私だったら嫌だな。欲張りなんだよ、私。 誰か一人だけ居れば他の物はいらない、って言えるほど謙虚じゃないもんな。 仲良くなった皆といつまでも仲良くしてたいんだ。 一人だけなんて選べるかよ。 ……菖は違うのか?」 「私……、私は……」 菖が視線を彷徨わせる。 私の言葉に自分の本当の気持ちを見失いそうになってしまってるのか。 いや、そうじゃない。 本当は気付いてるはずなんだ。 菖だって大勢の大切な仲間を持ってる奴なんだから。 しばらく経って、菖が視線を私の瞳に戻した。 瞳を強く輝かせて、私を真正面からじっと見つめて強く言ってくれた。 「うん、私もまた晶や幸と遊びたい。 澪ちゃんや唯ちゃん、ムギちゃん達とだってもっと仲良くなりたい。 りっちゃんと一緒にまた外で遊びたいよ。 特にりっちゃんとショッピングとかしたい! りっちゃんをもっともっと可愛くしてあげて、皆をびっくりさせたいし!」 それはちょっと勘弁してほしかったけど、菖の意志が固まったのならそれでよかった。 菖が私の好きな菖で居てくれて、本当によかった。 私は少しだけ微笑んでから、胸の中に菖の頭を抱き留めて言った。 「だったら、それでいいんだよ、菖。 ここが菖の心の中なのかどうかなんてどうでもいいよ。 もし本当に菖の心の中でも、菖がここから出たいと思ってくれてるんなら、その内出られるだろうしな。 だからさ、絶対、ここからどうにかして脱出してやろうぜ? ショッピング……も、まあ、気が向いたら付き合わないでもないぞ? 多分な!」 「えー、ショッピング行こうよ、りっちゃーん! りっちゃんをもっと可愛くしてあげたいよー!」 「うーん……、じゃあ、こういうのはどうだ? この『殺女フィールド』から脱出した後、ドラムで対決するってのは。 勝った方が負けた方に何でも一つ命令出来るって事で。 二人ともドラマーなわけだしな!」 「あ、言ったね、りっちゃん。 この前の学園祭の結果を忘れたのかなー?」 「いや、あれはバンド対決だったからな。 別に私と菖の対決じゃなかったわけだし、私を甘く見てたら痛い目見るぜ?」 そう言った後で、私はまた菖の頭を強く抱いた。 菖は私の胸の中で笑ってくれてるみたいだった。 この空間に閉じ込められて初めて、これでいいんだってやっと思えた。 私達はこの空間から脱出してみせる。 その先に何が待ってたって、私達は脱出してまた皆で遊んでみせるんだって。 |*| また三日ほど経った。 菖は私に想いを伝えてくれたけど、私と菖の関係はそう変わってなかった。 菖が私の事を自然に『好き』と言うようになったくらいだ。 勿論、まだ菖のその想いについて返事はしてない。 ン系なんていきなり変わるもんでもないし、二人とも口に出さなくても決めていた。 私達の関係を本当の意味で変えるのは、この空間から脱出してから。 その時にこそ、本当の意味で私達の関係を始めるんだって。 ぶっちゃけた話、もうちょっと時間も欲しいしな。 だけど、私がそう思っていたのが悪かったんだろうか。 何かは変わらないように見えても、少しずつ確実に変わっている。 気付いた時には大きな変動が起こってしまってる事も多いんだ。 私達はその事を深く実感させられて、途方に暮れてしまっていた。 いや、正直、こんな事が起こるなんて想像もしてなかった。 「何だろうな、これ……」 「いくら何でもこれはねえ……」 二人して立ち竦んで、突然この空間に現れたそれを見つめる。 それ、と言うのは大きな穴の事だった。 床にぽっかり空いた一畳分くらいの長方形の穴だ。 さっき目を覚ましたら、先に起きていた菖がその穴を見て立ち竦んでいたんだ。 菖曰く、目を覚ましたらいつの間にか穴が開いてたんだそうだ。 こんなの、いくら何でも唐突で理不尽過ぎるだろ……。 「出口……かな?」 菖が自信無い感じで呟いていたけど、私はそれに反応出来なかった。 菖の質問に答えられるだけの判断材料が無かった。 この空間の何処かにスイッチを見つけて、それを押したから開いた穴とかならまだ分かる。 そっちだったら、何の躊躇いもなくこの穴の中に二人で飛び込んで行けるだろう。 もしそうなら、どんなによかっただろうか。 でも、残念ながら、事態はそう単純じゃなかった。 何せ寝てる間にいつの間にか開いてた穴なんだ。 こんなのいくら何でも胡散臭過ぎる。 間違いなく嫌がらせの罠か何かだ。 つーか、寝返りを打った時に、穴に落ちちゃってたらどうする気なんだよ……。 「出口だと思うか?」 「ど、どうかなー……? 絶対、誰かの罠の気がする……」 私が訊ね返すと、菖もやっぱり首を横に振りながら言った。 そりゃそうだ。 ここから脱出する気は満々だったけど、 こんな形でこれ見よがしに穴を開けられても信用しろって方が無理だ。 「でもなあ……」と私は口を尖らせる。 罠じゃない可能性もあるし、罠だったとしてもこの穴に入らなきゃ話が始まりそうにない。 今までどうやったってここから出る方法は見つからなかったんだ。 この空間から出られる可能性が出来た以上、罠でも飛び込んで行くしかない。 そんなの分かり切ってる事だ。 私は隣で立ち竦む菖に、宣言するみたいに言ってみる。 「罠でも……、飛び込むしかないよな……?」 それに対して菖は何の反応も見せなかった。 ただ深刻そうな表情を浮かべて、全身を震わせているように見えた。 いくら何でも突然の事態だし、先の展開が未知過ぎる。 皆と遊ぶ決心をしていても、やっぱり怖いんだと思う。 私だって怖い。 身体の芯から震えが起こり出しそうだ。 だから、私は独り言みたいに呟いてみる事にした。 「罠かどうかは分かんないけどさ、多分、罠なんだろうな。 映画のお約束とかであるじゃん? 密室を抜け出せたと思ったら、そこからが本当の惨劇の始まりだった、ってやつ。 何故かいきなり変な怪物に襲われる展開になったり、 急に密室じゃなくて迷宮脱出アドベンチャーな展開になったり、とかさ。 手垢が付き過ぎてて、そんなに映画を観ない私だって飽きちゃってるお約束だよ。 もしかしたら……、この穴に飛び込んだ途端にそんな事になっちゃうのかもな……」 菖は何も言わない。 もしもここが本当に菖の心の中だったとして、 自分の深層心理がそんな事にするのか思いを巡らせているのか。 それとも、この空間は自分の心の中じゃないんだと考え直しているのか。 その真意を掴めないまま、私はまた話を続けた。 「このまま穴に飛び込まないって手もあるよな。 この空間の中に閉じこもっていれば、とりあえず命の危険は無いもんな。 お腹も空かないし、トイレに行く必要も無いしな。 安全を考えるんだったら、この穴に飛び込まない方が利口なのかもしれないぞ。 だって、ほら……」 言いながら伏せて、ぽっかりと空いた穴を覗き込んでみる。 予想通りだったけど穴の中は真っ暗で、 何があるのかどころか底が深いのか浅いのかすら分からなかった。 こう言うのも何だけど、絶望への入口みたいに見えたくらいだ。 「どうする、菖?」 私は立ち上がってもう一度菖に訊ねてみる。 菖はまだ少し震えてるみたいだった。 これだけ不安材料を並べてみたんだ。 不安を感じない方が無理って話だった。 だけど……。 私は、菖を信じたい。 いや、菖を信じてるから。 じっと菖の次の言葉を待った。 どれくらい経っただろう。 一分か、五分か、それ以上か……。 とにかくそれくらい長い時間が経った時、菖が私の方を顔を向けて言った。 強い意志のこもった視線を向けて、言ってくれた。 「飛び込もうよ、りっちゃん。 何があるのか分かんないけど、りっちゃんと約束したもんね。 一緒にショッピングに行こうって。 ショッピングに行って、りっちゃんをもっと可愛くしてあげるって。 それが出来なきゃ、りっちゃんと二人きりで居られても嬉しくないしね!」 その言葉が聞きたかった。 我ながら意地悪だと思ったけど、菖自身に決めてほしかったんだ。 どんなに怖くても、どんなに不安でも菖に決めてほしかった。 菖は私と二人で居れば幸せだと言ってくれた。 でも、それでいいはずないんだ。 皆と手に入れられる幸せこそ私と菖の本当の幸せだと思うから。 二人だけじゃなく、皆と一緒に居られる幸せに勝るものは無いはずだから。 私は嬉しくなって笑顔になりながらも、 それを悟られないように菖の頭を軽く叩いてやった。 「ショッピングの約束はしてないだろ、菖ー。 私達が約束したのはドラムの対決だけだろ? 過去を勝手に改竄するのはやめい!」 「あれ? そうだったかなー?」 「そうだそうだ! そんな事言ってたら、ドラムの対決もやめにしちゃうぞー?」 「あはっ、ごめんごめん。 でも、ドラム対決の勝敗ってどうやって決めるの? 部長達にでも判断してもらう?」 「部長達に任せるとろくな事にならなそうだからやめとこうぜ……。 そうだな……、自己申告でいいんじゃないか? 自己申告で負けを申告した方が負けって事でさ」 「えー、自己申告ー?」 菖が頬を膨らませながら笑う。 ちょっとは不満もあるみたいだけど、それで納得してくれたみたいだ。 こんな事を考えるのも情けないけど、ドラム対決は私の負けで終わるだろう。 私と菖のドラムのテクニックにはそれくらいの差があるって事くらい、自分でも分かってる。 それでもいいかなって思う。 これは私達の一つのけじめのつけ方でもあるんだから。 曲がりにもドラマーとして……な。 勿論、ただ負けるつもりはないけどな。 精一杯戦ってやって、その結果負けたならそれでいいと思う。 もし万が一勝てたとしたら、その時は菖に私のショッピングの荷物持ちでもしてもらう事にしよう。 「りっちゃんもそれでいい?」 それでいい? と言うのは、ドラム対決の事じゃなくて、この穴に飛び込んでいいのか、って事だろう。 私は菖の顔を見つめてから、笑ってみせる。 輝く髪と輝く笑顔を持ってる菖に負けないように、精一杯の笑顔で。 「勿論だよ、菖。 罠だとしても飛び込んでやろうぜ。 おのれー、『殺女フィールド』めー! こんな物で私達が怯むと思ったら大間違いだぞー!」 「その名前で呼ばないでってば。 でも、りっちゃんの言う通り! 私達はこんな罠に負けたりしないんだからね!」 菖が笑い、私も重ねて笑った。 どちらともなく手を重ねて、握り締め合う。 これから先どうなるのかは分からない。 どんな困難が待ち受けているのかも分からないし、不安ばっかりだ。 それをよく分かっているからこそ、最後に菖が私に確認してくれた。 「ねえ、りっちゃん? りっちゃんは本当にこの穴に飛び込んでもいいの? もしかしたら、ここに居た方が安心して暮らせるかもよ? 娯楽は全然無いけど、少なくとも危険が無くて安全な暮らしが出来ると思う」 「分かってるって。 そっちの方が安心だって事も、これから先が不安ばっかりって事もさ。 でも、私、考えてた事があるんだよ。 この前、菖は言ったよな? 『人は一人きりで生まれ、一人きりで死んでいく』って。 実際、そうなのかもしれないけど、思ったんだ。 人は生まれる時も死ぬ時も一人でも、生きてる時は一人じゃないはずなんだってさ。 一人で生きてるわけじゃないんだよ、私達。 考えてもみてくれよ、私達がこの空間に閉じこもってたらどうなると思う? それこそ、生きてるけど死んでるようなもんなんじゃないか? この空間の外がどうなってるのかは分かんないけど、 もしここから出る事を私達が諦めたら、私達自体はともかく、 外で私達の帰りを待ってくれてるはずの澪や晶達は、私達が死んだんじゃないかって思うはずだよ。 多分、泣かせる事になっちゃうと思う。 自分に生きてる価値があるのかどうかなんて分かんないけど、 少なくとも澪達に悲しい思いをさせたくないって思うんだよな。 そう言う意味で私達は生きている間は一人じゃないんだよ」 「うん、そう……だね。 そうだよね! 晶もさ、ああ見えて涙脆いから、私が死んだら泣いちゃうと思うな。 晶の泣き顔は面白いけど、悲しくて泣かせるのは私だって好きじゃないもん。 晶が泣いていいのは、私がからかった時だけなんだから! だから……、 こんな所なんてさっさと出てやらなきゃね!」 「その意気だ」 笑い合って、二人で強く手を握り合う。 これから先は不安に溢れてるけど、怖いけど……。 でも、二人なら、何とかやっていけると思う。 どんな罠や困難が待ってたって乗り越えてやる。 まあ、意外と穴に飛び込んだ途端に、寮に戻ってたりもするかもしれないしな。 だから、私達はこの穴に飛び込んで、この空間を後にしてやるんだ。 そうして私達は「せーの!」と声を上げてから、 「さらばだ、『殺女フィールド』!」 「だから、その名前はやめてよー!」 二人で笑顔を浮かべて、その穴に飛び込んでやった。 皆と再会するために。 ドラム対決をして、菖との関係を一歩進めるために。 輝く笑顔を見せてくれる大切な菖の笑顔を、もっと輝かせてみせるために |*| 「ねえ、りっちゃん、憶えてる?」 「んー? 何を?」 「ドラム対決だよ、ドラム対決。 折角またドラムを叩けるようになったんだから、早く対決しちゃおうよ! 私、もう行きたいお店決まってるんだよねー。 それとも、ドラム対決の約束、忘れちゃったの?」 「忘れてねーよ、菖。忘れるもんか。 よっしゃ! じゃあ、今から部室で対決すっか! ぎゃふんと言わせてやるから、覚悟しとけよ、菖ー!」 「そっちこそ、覚悟しててよー!」          おしまい [[戻る>律「繭を壊して」]]

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