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梓「いつかきっと、月光(つき)の下で」 1 - (2012/10/22 (月) 22:38:55) の最新版との変更点

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律「あーずさっ」 梓「何ですか、律先輩?」 律「ちょっとこっち来てくれないか?」 梓「え? でも、私、今夕飯の後片付けを……」 律「そんなの後でもいいからさ、ほら、早く早く!」 梓「うわっ、いきなり手を引っ張らないで下さいってば! 私、まだ手に洗剤が……」 律「気にしない気にしない、ほらほら、行くぞー!」 梓「もう……、律先輩ったらいっつもいきなりなんですから……」 律「思い立ったが吉日ってのが私のポリシーだからな!」 梓「何を自慢そうに言ってるんですか……」 律「あれっ? 結構自慢出来るポリシーだと思うんだが……」 梓「はいはい、分かりました。まあ、こんな時の律先輩は止めても聞いてくれませんし、何処にでも付いて行きますよ」 律「よっしゃ!」 ……… 梓「……律先輩?」 律「どうした、梓?」 梓「何処にでも付いて行くとは言いましたけど、ここうちの庭じゃないですか……」 律「そうだけど、何か不満か?」 梓「いえ、不満じゃないんですけど、庭なら別に夕飯の後片付けが終わってからでもよかったじゃないですか」 律「ははっ、かもな。でも、思い立ったら居ても立っても居られなくなっちゃってさ。ごめんな、梓」 梓「まあ、別にいいですけどね。それでうちの庭がどうしたんですか?」 律「ん、ほら、見てみろよ、空」 梓「星がいっぱい輝いてますね」 律「……それだけ?」 梓「それだけ? って言われましても……」 律「こんな時、女の子なら、「わあっ、素敵な夜空! ロマンティック!」とか言うもんだろー?」 梓「何なんですか、そのキャラ」 律「まあ、それは冗談なんだけどさ、でも、もっと感動してもいいじゃんかよ。ほら、こんなに綺麗な星空なんだし」 梓「確かに綺麗な星空ですよ。そんなの分かってますってば。そもそも……」 律「そもそも……?」 梓「そもそもこの家、庭から見る星空が綺麗だから、って理由で住むって決めたんじゃないですか」 律「そうだっけ?」 梓「そうですよ。しかも、律先輩が一番乗り気だったじゃないですか。憶えてないんですか?」 律「憶えとらん! 何故なら私は未来に生きる女だからな!」 梓「はいはい」 律「最近、どうも突っ込みがいい加減になってきたな、梓……」 梓「律先輩がいつも変な事ばっかり言ってるからですよ。それに本当は憶えてるんですよね?」 律「まあな。星空が綺麗だから住んでるって事憶えてなきゃ、こんな出勤に時間が掛かる所住めないって」 梓「夢の無い憶え方ですよね」 律「それだけここの星空が綺麗だったって事だよ。梓だってそうだからここに住んでるんだろ?」 梓「それはまあ、そうですけど……。私もうちの庭から見る夜空は好きですし……」 律「だろ? まあ、毎日見てると、少し感動が薄れてきちゃうのが難点だけどなー」 梓「ずっと見てるとそれは仕方ないかもですね。でも、ここの夜空が綺麗なのは変わりませんよ」 律「そうだよな。そういや、梓と一緒に住むようになって長いよなー。今年で何年くらいだっけ?」 梓「十……、えっと、二十? 確かに長いですよね」 律「まさか梓と一緒に住むようになるなんて、梓が入部してきた時には思ってなかったなー」 梓「私だってそうですよ、律先輩。正直言うと、最初はこの部でやってけるのかな、って不安だったんですから」 律「えー、何でだよー」 梓「そりゃ不安になりますよ。部長がいきなり飛び掛かってくるし、お茶ばかりしてますし……」 律「あー、そういや、そんな事もあったな。懐かしい。でも……、ははっ」 梓「? 何か面白かったですか?」 律「いや、あの頃から梓も変わんないなって思ってさ」 梓「そうですか? 自分では結構変わったと思うんですけど」 律「勿論、変わってった所もあるぞ? でも、一つだけあんまり変わってない所があるじゃん?」 梓「身長と胸……、とか言いませんよね?」 律「確かに身長も胸も変わってないな……。じゃなくて、言葉遣いだよ、言葉遣い」 梓「言葉遣いですか?」 律「ああ。だって、梓ってば会った時からずっと敬語のままじゃん 律「同居してたら敬語も消えるのかな、って思ってたんだけどさ」 梓「敬語が消えた方が、律先輩は嬉しかったですか?」 律「いやいや、そうじゃないって。単にちょっと気になってただけだよ」 梓「そうだったんですか……」 律「まあ、今更、言葉遣いを変えられても戸惑っちゃうんだけどな。その言葉遣いが梓だって感じもするし」 梓「あの……、律先輩に満足してもらえる答えじゃないかもしれませんけど……」 律「うん?」 梓「私にとって、律先輩はずっと律先輩なんですよね。いつまでも私の先輩で居てほしいんです」 梓「いつまでも部活の先輩で、そのままの律先輩で居てほしくて、だから、ずっと同じ言葉遣いで話しちゃってるのかもしれません」 梓「でも、それは単なる私の我儘なんで、律先輩がそれに悩んでたんでしたら、申し訳ないんですけど……」 律「そんな事無いよ、梓。こっちこそ変な事言っちゃったみたいでごめんな」 律「ムギがさ、入部してしばらくは敬語で話してたんだよ。まさにお嬢様って喋り方でさ」 律「でも、いつの間にか敬語が消えてて、親しみやすい人懐っこい奴になったんだ」 律「だから、仲良くなったら敬語が消えるもんだ、って勝手に思い込んじゃってたみたいだな」 梓「そうなんですか、ムギ先輩が……。はい、そうですね、ムギ先輩の方が本当は普通なんだと思います」 梓「私も何度か敬語をやめた方がいいのかな、って思わなくもなかったんですよ?」 梓「一緒に住んでるわけですし、敬語のままなんて変かなって思って」 梓「だけど、やっぱり駄目だったんですよね。私の中で律先輩は律先輩ですし、それに……」 律「それに?」 梓「私が大切にしたいのは、あの頃からずっと変えたくない私達の関係で」 梓「私が好きになったのは、あの頃からずっと変わらずに居てくれた律先輩ですから」 律「そ、そうか……」 梓「あ、律先輩、照れてますね?」 律「うっせ。おまえといい、唯といい、何でそんな気恥ずかしい台詞が言えるんだよ……」 律「ひょっとして、唯から色んな影響を受けてんじゃないか?」 梓「やきもちですか?」 律「だ、だから、違うって!」 律「そりゃ、未だに唯に抱き着かれても抵抗しないのは、ちょっと気になるけど……」 梓「お互い様ですよ、律先輩。律先輩だって唯先輩と会った時は抱き着き合ってるじゃないですか」 律「あれは再会を祝してって意味で……」 梓「私もですってば。再会を喜んじゃのはしょうがないじゃないですか」 梓「私だって、軽音部の皆さんの事が今でも大好きなんですから」 梓「皆さんと過ごした高校生活は、ずっと大切な宝物なんですから」 律「……私だってそうだよ、梓。軽音部で皆と楽しく過ごせた事、大切な思い出だ」 梓「ですよね? だから、妬かなくても大丈夫ですよ、律先輩」 律「だから、妬いてないって! ……そ、そういやさ、唯って老けないよなー」 梓「話を逸らしましたね、律先輩。でも、確かに唯先輩って老けませんよね」 梓「それどころか年々若返ってるような気までします……」 律「ホラーかよ……。前に何かで聞いた事があるんだけど、天才って老けないらしいぞ」 律「老けるというのは常人の発想。だから、天才は老けないんだとか何とか」 梓「とんでもない人ですよね……。でも、天才だって話には納得です」 梓「軽音部の中で一番の出世頭ですもんね」 梓「最近になってあの曲があんなに大ヒットするなんて、流石は唯先輩です」 律「何言ってんだよ、梓だってリリースしてたろ?」 梓「アルバム一本にまとまるかどうかってくらいでしたし、そんなに売れませんでしたけどね」 律「それでも、凄いだろ。普通の人は曲のリリース自体、出来ないもんだし」 梓「そう言ってもらえると嬉しいんですけど、ねえ、それより律先輩?」 律「何だ?」 梓「結局、庭に連れ出して、私に何の用事なんですか? 本当に星空が綺麗だったからってだけじゃないですよね?」 梓「私は別にそれだけでもいいんですけどね。昔の話が出来て嬉しかったですし」 律「あー、えっと……、確かに星が綺麗だったってだけじゃなくて、実はさ……」 梓「はい、何ですか?」 律「うー……、何だ……、ほら、これだ! これを持ってけ、梓! 梓「これを持ってけ……って、妙に可愛いラッピングの袋ですね。開けていいんですか?」 律「開けてよくなきゃ渡さないって。いいから開けて中身を確認してくれって! 恥ずかしいから!」 梓「わ、分かりました……。それでは遠慮なく……って」 梓「わあっ、可愛い髪留めじゃないですか! どうしたんですか、これ?」 律「プレゼントだよ。言わなくても分かってるだろ、もう……」 梓「ありがとうございます、律先輩。でも、急にどうしたんですか?」 律「急に、っておまえ、忘れてるのかよ?」 梓「何をですか? 今日って何かの記念日でしたっけ?」 律「マジで言ってんのかよ? ああ、もう、誕生日プレゼントだよ、誕生日プレゼント!」 梓「誕生日……ですか? 誰の……?」 律「何言ってんだよ、梓の誕生日に決まってんだろ? 自分の誕生日忘れてんのか?」 梓「いえ、今日、私の誕生日じゃありませんけど……。来月ですよ、誕生日」 律「マジでっ?」 梓「マジですよ。と言うか、どうしてそんな間違い方してるんですか……」 律「だって、私、三ヶ月前くらいにムギに梓の誕生日を確認したぞ?」 律「そういや、最近、梓の誕生日を祝ってないけど、何月何日だったかなって思ってさあ……!」 律「どういう事だ? まさかムギが皆の誕生日を間違えて憶えてるって事もないはずだし……」 梓「ねえ、律先輩……?」 律「な、何だよ?」 梓「ムギ先輩に私の誕生日を確認して、どうしたんですか?」 律「ちゃんとメモって机の中に入れといたぞ!」 梓「ひょっとして、字が汚かったから読み間違えたんじゃないですか?」 梓「律先輩ったら、メモを適当に書き殴ってる事が結構あるじゃないですか」 梓「前も買い物の時に渡してくれたメモで、卵が1パックなのか、2パックなのか分かりにくい事がありましたし」 律「マジかよ……。我ながら否定出来ないのが悔しい……」 梓「……」 律「……」 梓「……」 律「えっと……、ごめんな、梓。こんな事になっちゃって……」 梓「何がですか?」 律「何が、って誕生日プレゼントの事だよ。折角、サプライズで渡そうと思ってたのに台無しだな……」 梓「どうしてですか? 私、嬉しいですよ、律先輩」 律「えっ、でも、誕生日を間違えて……」 梓「そんな事関係無いですよ、律先輩。祝おうと思ってくれた事自体が嬉しいんです」 梓「律先輩が私の誕生日を忘れてしまったのは、私にも責任があると思いますし」 梓「この年齢になると誕生日のお祝いをするのも恥ずかしくて、あんまり誕生日の話とかしなくなってましたもんね」 梓「だから、すっごく嬉しいんです、律先輩が私の誕生日を祝おうって思ってくれた事!」 律「そっか……。ごめん、でも、ありがとな、梓」 梓「それに誕生日を間違えて憶えてるくらいが、律先輩らしいですしね」 律「何だと、中野ー!」 梓「きゃー、ごめんなさいごめんなさい」 律「楽しそうな顔しやがって、このー……」 梓「あははっ。でも、どうして髪留めなんですか? 勿論使わせて頂きますけど、少し疑問に思ってしまって」 律「形に残る物の方がいいかもって思ってさ」 律「それに梓と言えば、やっぱり髪を結んでるイメージがあるんだよな」 梓「流石にこの歳になってツインテールは無理ですよ……?」 律「わーってるって。でも、ツインテールじゃなくても、色んな髪型があるだろ?」 律「シニョン……だっけ? 前にやってたあの髪型、結構似合ってたしな」 梓「そうですか? 試しにやってみた髪型だったんですけど、似合ってたって言ってもらえるなら嬉しいです」 律「ああ、またやってみてくれよな。それと、えっと……、梓、誕生日おめでとう?」 梓「まだ来月ですけどね。でも、ありがとうございます、律先輩。すっごく嬉しいです!」 梓「この髪留め、大切にします! ずっとずっと大切にしますから!」 律「そう言ってもらえると、私も選んだ甲斐があったってもんだ」 律「こっちこそ喜んでもらえて嬉しいよ、梓」 梓「はい! ……でも、律先輩」 律「何だ?」 梓「急にどうしたんですか、律先輩? 誕生日なんて十年くらい祝ってなかったのに急に……」 律「まあ、何だ……。私ももうこんな歳だしさ、やれる事はやっておいた方がいいって思ったんだよ」 律「梓と一緒に暮らすようになって長いけどさ、思い返してみるとすっごく楽しかっんだよな」 律「勿論、嫌な事や大変な事もいっぱいあったけど、それ以上に楽しくて面白かった」 律「綺麗な夜空もあったしな」 律「それは傍に梓が居てくれたから、私は楽しく過ごせてきたんだって事なんだよ」 律「でも、気が付いたら私達はもうこんな歳で、それでさ……」 律「……」 梓「ねえ、律先輩?」 律「……どうした?」 梓「来年から二人の誕生日会を毎年開きましょうよ。二人の誕生日を忘れないためにも」 梓「何度だって祝いましょう? ずっとずっと……」 梓「その日のために演奏の準備をしたりとか、そういうの素敵だと思いません?」 律「ああ、素敵だな。私もずっとずっとおまえと誕生日を祝いたいよ。でも……」 梓「でも……?」 律「私は多分、おまえより先に……、死ぬぞ?」 梓「……」 律「いや、身体の何処かが悪いってわけじゃないし、私はまだ健康体だけどな」 律「でも、歳の順で言うと、私が先に死んじゃう事になると思う」 律「ずっとずっと、ってのは無理だと思う。梓を一人残しちゃう事になる。それでも……、いいのか?」 梓「ふふっ。何、当たり前の事言ってるんですか、律先輩」 律「当たり前の事?」 梓「私達の生活に終わりが近付いてるのは、私だって分かってますよ」 梓「私一人が残されるんじゃないか、って不安も勿論あります」 梓「でも、それはそれでいい事なんですよ。怖いですけど、不安ですけど、でも、喧嘩別れとかよりずっといいです」 梓「どっちかの最期の時まで一緒に居られるなんて、幸せに決まってるじゃないですか」 梓「だから、私は大丈夫ですよ、律先輩。一人になっても生きていきます」 律「そっか……。ごめんな、私、変な事言っちゃってさ……」 梓「いいんですよ、律先輩」 梓「こんなに不安になれるくらい、私は律先輩と一緒に暮らして幸せだったって事なんですもん」 梓「私、今、すっごく幸せなんです。でもですね……」 律「何だ?」 梓「出来る限り、長生きして下さいね? 幸せな時間を、出来る限り延ばしたいですしね」 律「勿論だ。梓が嫌になっちゃうくらい、長生きしてやるぞ!」 梓「その意気です、律先輩。それでも、もし律先輩が亡くなってしまったら……」 梓「私、律先輩の事を忘れずに、この夜空を見て過ごします」 梓「たまにギターも弾いたりして、私と演奏出来ないのを悔しがったりさせたりしますからね」 律「うわっ、性格悪いなー、梓」 梓「それくらいは私の当然の権利ですよ、律先輩」 梓「それでですね、その後に私も死んでしまう時が来たら、律先輩が迎えに来て下さいよ?」 梓「その時にはセッションしましょうよ。いつかきっと、この夜空の下で」 律「ああ、いい考えだ。いい考えだよな、梓……」 律「もし他に唯とか澪とかムギとか死んでたら、掻き集めておまえを迎えに行くよ」 律「それでセッションするんだ。いつかきっと、な」 律「でも、その時はまだずっと先の話だ。ずっと先の話にしようぜ?」 梓「はい、勿論!」 律「その時までは一緒に居るよ、梓。覚悟しろよ? めんどくさい婆さんになってやるからな?」 梓「こっちこそ、口うるさい小姑になってやるです!」 律「ははっ、だからさ、とりあえずは誕生日おめでとう、梓。来月だけどさ」 梓「ありがとうございます。来月ですけどね」 律「そそっかしくて悪かったな。でも、これからも……」 梓「ええ、こちらこそこれからも……」 律・梓「どうか、よろしく」 #openclose(show=あとがき){ これで終了です。 梓、誕生日SSでした。 } ---- [[戻る> 梓「いつかきっと、月光(つき)の下で」]]
律「あーずさっ」 梓「何ですか、律先輩?」 律「ちょっとこっち来てくれないか?」 梓「え? でも、私、今夕飯の後片付けを……」 律「そんなの後でもいいからさ、ほら、早く早く!」 梓「うわっ、いきなり手を引っ張らないで下さいってば! 私、まだ手に洗剤が……」 律「気にしない気にしない、ほらほら、行くぞー!」 梓「もう……、律先輩ったらいっつもいきなりなんですから……」 律「思い立ったが吉日ってのが私のポリシーだからな!」 梓「何を自慢そうに言ってるんですか……」 律「あれっ? 結構自慢出来るポリシーだと思うんだが……」 梓「はいはい、分かりました。まあ、こんな時の律先輩は止めても聞いてくれませんし、何処にでも付いて行きますよ」 律「よっしゃ!」 ……… 梓「……律先輩?」 律「どうした、梓?」 梓「何処にでも付いて行くとは言いましたけど、ここうちの庭じゃないですか……」 律「そうだけど、何か不満か?」 梓「いえ、不満じゃないんですけど、庭なら別に夕飯の後片付けが終わってからでもよかったじゃないですか」 律「ははっ、かもな。でも、思い立ったら居ても立っても居られなくなっちゃってさ。ごめんな、梓」 梓「まあ、別にいいですけどね。それでうちの庭がどうしたんですか?」 律「ん、ほら、見てみろよ、空」 梓「星がいっぱい輝いてますね」 律「……それだけ?」 梓「それだけ? って言われましても……」 律「こんな時、女の子なら、「わあっ、素敵な夜空! ロマンティック!」とか言うもんだろー?」 梓「何なんですか、そのキャラ」 律「まあ、それは冗談なんだけどさ、でも、もっと感動してもいいじゃんかよ。ほら、こんなに綺麗な星空なんだし」 梓「確かに綺麗な星空ですよ。そんなの分かってますってば。そもそも……」 律「そもそも……?」 梓「そもそもこの家、庭から見る星空が綺麗だから、って理由で住むって決めたんじゃないですか」 律「そうだっけ?」 梓「そうですよ。しかも、律先輩が一番乗り気だったじゃないですか。憶えてないんですか?」 律「憶えとらん! 何故なら私は未来に生きる女だからな!」 梓「はいはい」 律「最近、どうも突っ込みがいい加減になってきたな、梓……」 梓「律先輩がいつも変な事ばっかり言ってるからですよ。それに本当は憶えてるんですよね?」 律「まあな。星空が綺麗だから住んでるって事憶えてなきゃ、こんな出勤に時間が掛かる所住めないって」 梓「夢の無い憶え方ですよね」 律「それだけここの星空が綺麗だったって事だよ。梓だってそうだからここに住んでるんだろ?」 梓「それはまあ、そうですけど……。私もうちの庭から見る夜空は好きですし……」 律「だろ? まあ、毎日見てると、少し感動が薄れてきちゃうのが難点だけどなー」 梓「ずっと見てるとそれは仕方ないかもですね。でも、ここの夜空が綺麗なのは変わりませんよ」 律「そうだよな。そういや、梓と一緒に住むようになって長いよなー。今年で何年くらいだっけ?」 梓「十……、えっと、二十? 確かに長いですよね」 律「まさか梓と一緒に住むようになるなんて、梓が入部してきた時には思ってなかったなー」 梓「私だってそうですよ、律先輩。正直言うと、最初はこの部でやってけるのかな、って不安だったんですから」 律「えー、何でだよー」 梓「そりゃ不安になりますよ。部長がいきなり飛び掛かってくるし、お茶ばかりしてますし……」 律「あー、そういや、そんな事もあったな。懐かしい。でも……、ははっ」 梓「? 何か面白かったですか?」 律「いや、あの頃から梓も変わんないなって思ってさ」 梓「そうですか? 自分では結構変わったと思うんですけど」 律「勿論、変わってった所もあるぞ? でも、一つだけあんまり変わってない所があるじゃん?」 梓「身長と胸……、とか言いませんよね?」 律「確かに身長も胸も変わってないな……。じゃなくて、言葉遣いだよ、言葉遣い」 梓「言葉遣いですか?」 律「ああ。だって、梓ってば会った時からずっと敬語のままじゃん 律「同居してたら敬語も消えるのかな、って思ってたんだけどさ」 梓「敬語が消えた方が、律先輩は嬉しかったですか?」 律「いやいや、そうじゃないって。単にちょっと気になってただけだよ」 梓「そうだったんですか……」 律「まあ、今更、言葉遣いを変えられても戸惑っちゃうんだけどな。その言葉遣いが梓だって感じもするし」 梓「あの……、律先輩に満足してもらえる答えじゃないかもしれませんけど……」 律「うん?」 梓「私にとって、律先輩はずっと律先輩なんですよね。いつまでも私の先輩で居てほしいんです」 梓「いつまでも部活の先輩で、そのままの律先輩で居てほしくて、だから、ずっと同じ言葉遣いで話しちゃってるのかもしれません」 梓「でも、それは単なる私の我儘なんで、律先輩がそれに悩んでたんでしたら、申し訳ないんですけど……」 律「そんな事無いよ、梓。こっちこそ変な事言っちゃったみたいでごめんな」 律「ムギがさ、入部してしばらくは敬語で話してたんだよ。まさにお嬢様って喋り方でさ」 律「でも、いつの間にか敬語が消えてて、親しみやすい人懐っこい奴になったんだ」 律「だから、仲良くなったら敬語が消えるもんだ、って勝手に思い込んじゃってたみたいだな」 梓「そうなんですか、ムギ先輩が……。はい、そうですね、ムギ先輩の方が本当は普通なんだと思います」 梓「私も何度か敬語をやめた方がいいのかな、って思わなくもなかったんですよ?」 梓「一緒に住んでるわけですし、敬語のままなんて変かなって思って」 梓「だけど、やっぱり駄目だったんですよね。私の中で律先輩は律先輩ですし、それに……」 律「それに?」 梓「私が大切にしたいのは、あの頃からずっと変えたくない私達の関係で」 梓「私が好きになったのは、あの頃からずっと変わらずに居てくれた律先輩ですから」 律「そ、そうか……」 梓「あ、律先輩、照れてますね?」 律「うっせ。おまえといい、唯といい、何でそんな気恥ずかしい台詞が言えるんだよ……」 律「ひょっとして、唯から色んな影響を受けてんじゃないか?」 梓「やきもちですか?」 律「だ、だから、違うって!」 律「そりゃ、未だに唯に抱き着かれても抵抗しないのは、ちょっと気になるけど……」 梓「お互い様ですよ、律先輩。律先輩だって唯先輩と会った時は抱き着き合ってるじゃないですか」 律「あれは再会を祝してって意味で……」 梓「私もですってば。再会を喜んじゃのはしょうがないじゃないですか」 梓「私だって、軽音部の皆さんの事が今でも大好きなんですから」 梓「皆さんと過ごした高校生活は、ずっと大切な宝物なんですから」 律「……私だってそうだよ、梓。軽音部で皆と楽しく過ごせた事、大切な思い出だ」 梓「ですよね? だから、妬かなくても大丈夫ですよ、律先輩」 律「だから、妬いてないって! ……そ、そういやさ、唯って老けないよなー」 梓「話を逸らしましたね、律先輩。でも、確かに唯先輩って老けませんよね」 梓「それどころか年々若返ってるような気までします……」 律「ホラーかよ……。前に何かで聞いた事があるんだけど、天才って老けないらしいぞ」 律「老けるというのは常人の発想。だから、天才は老けないんだとか何とか」 梓「とんでもない人ですよね……。でも、天才だって話には納得です」 梓「軽音部の中で一番の出世頭ですもんね」 梓「最近になってあの曲があんなに大ヒットするなんて、流石は唯先輩です」 律「何言ってんだよ、梓だってリリースしてたろ?」 梓「アルバム一本にまとまるかどうかってくらいでしたし、そんなに売れませんでしたけどね」 律「それでも、凄いだろ。普通の人は曲のリリース自体、出来ないもんだし」 梓「そう言ってもらえると嬉しいんですけど、ねえ、それより律先輩?」 律「何だ?」 梓「結局、庭に連れ出して、私に何の用事なんですか? 本当に星空が綺麗だったからってだけじゃないですよね?」 梓「私は別にそれだけでもいいんですけどね。昔の話が出来て嬉しかったですし」 律「あー、えっと……、確かに星が綺麗だったってだけじゃなくて、実はさ……」 梓「はい、何ですか?」 律「うー……、何だ……、ほら、これだ! これを持ってけ、梓! 梓「これを持ってけ……って、妙に可愛いラッピングの袋ですね。開けていいんですか?」 律「開けてよくなきゃ渡さないって。いいから開けて中身を確認してくれって! 恥ずかしいから!」 梓「わ、分かりました……。それでは遠慮なく……って」 梓「わあっ、可愛い髪留めじゃないですか! どうしたんですか、これ?」 律「プレゼントだよ。言わなくても分かってるだろ、もう……」 梓「ありがとうございます、律先輩。でも、急にどうしたんですか?」 律「急に、っておまえ、忘れてるのかよ?」 梓「何をですか? 今日って何かの記念日でしたっけ?」 律「マジで言ってんのかよ? ああ、もう、誕生日プレゼントだよ、誕生日プレゼント!」 梓「誕生日……ですか? 誰の……?」 律「何言ってんだよ、梓の誕生日に決まってんだろ? 自分の誕生日忘れてんのか?」 梓「いえ、今日、私の誕生日じゃありませんけど……。来月ですよ、誕生日」 律「マジでっ?」 梓「マジですよ。と言うか、どうしてそんな間違い方してるんですか……」 律「だって、私、三ヶ月前くらいにムギに梓の誕生日を確認したぞ?」 律「そういや、最近、梓の誕生日を祝ってないけど、何月何日だったかなって思ってさあ……!」 律「どういう事だ? まさかムギが皆の誕生日を間違えて憶えてるって事もないはずだし……」 梓「ねえ、律先輩……?」 律「な、何だよ?」 梓「ムギ先輩に私の誕生日を確認して、どうしたんですか?」 律「ちゃんとメモって机の中に入れといたぞ!」 梓「ひょっとして、字が汚かったから読み間違えたんじゃないですか?」 梓「律先輩ったら、メモを適当に書き殴ってる事が結構あるじゃないですか」 梓「前も買い物の時に渡してくれたメモで、卵が1パックなのか、2パックなのか分かりにくい事がありましたし」 律「マジかよ……。我ながら否定出来ないのが悔しい……」 梓「……」 律「……」 梓「……」 律「えっと……、ごめんな、梓。こんな事になっちゃって……」 梓「何がですか?」 律「何が、って誕生日プレゼントの事だよ。折角、サプライズで渡そうと思ってたのに台無しだな……」 梓「どうしてですか? 私、嬉しいですよ、律先輩」 律「えっ、でも、誕生日を間違えて……」 梓「そんな事関係無いですよ、律先輩。祝おうと思ってくれた事自体が嬉しいんです」 梓「律先輩が私の誕生日を忘れてしまったのは、私にも責任があると思いますし」 梓「この年齢になると誕生日のお祝いをするのも恥ずかしくて、あんまり誕生日の話とかしなくなってましたもんね」 梓「だから、すっごく嬉しいんです、律先輩が私の誕生日を祝おうって思ってくれた事!」 律「そっか……。ごめん、でも、ありがとな、梓」 梓「それに誕生日を間違えて憶えてるくらいが、律先輩らしいですしね」 律「何だと、中野ー!」 梓「きゃー、ごめんなさいごめんなさい」 律「楽しそうな顔しやがって、このー……」 梓「あははっ。でも、どうして髪留めなんですか? 勿論使わせて頂きますけど、少し疑問に思ってしまって」 律「形に残る物の方がいいかもって思ってさ」 律「それに梓と言えば、やっぱり髪を結んでるイメージがあるんだよな」 梓「流石にこの歳になってツインテールは無理ですよ……?」 律「わーってるって。でも、ツインテールじゃなくても、色んな髪型があるだろ?」 律「シニョン……だっけ? 前にやってたあの髪型、結構似合ってたしな」 梓「そうですか? 試しにやってみた髪型だったんですけど、似合ってたって言ってもらえるなら嬉しいです」 律「ああ、またやってみてくれよな。それと、えっと……、梓、誕生日おめでとう?」 梓「まだ来月ですけどね。でも、ありがとうございます、律先輩。すっごく嬉しいです!」 梓「この髪留め、大切にします! ずっとずっと大切にしますから!」 律「そう言ってもらえると、私も選んだ甲斐があったってもんだ」 律「こっちこそ喜んでもらえて嬉しいよ、梓」 梓「はい! ……でも、律先輩」 律「何だ?」 梓「急にどうしたんですか、律先輩? 誕生日なんて十年くらい祝ってなかったのに急に……」 律「まあ、何だ……。私ももうこんな歳だしさ、やれる事はやっておいた方がいいって思ったんだよ」 律「梓と一緒に暮らすようになって長いけどさ、思い返してみるとすっごく楽しかっんだよな」 律「勿論、嫌な事や大変な事もいっぱいあったけど、それ以上に楽しくて面白かった」 律「綺麗な夜空もあったしな」 律「それは傍に梓が居てくれたから、私は楽しく過ごせてきたんだって事なんだよ」 律「でも、気が付いたら私達はもうこんな歳で、それでさ……」 律「……」 梓「ねえ、律先輩?」 律「……どうした?」 梓「来年から二人の誕生日会を毎年開きましょうよ。二人の誕生日を忘れないためにも」 梓「何度だって祝いましょう? ずっとずっと……」 梓「その日のために演奏の準備をしたりとか、そういうの素敵だと思いません?」 律「ああ、素敵だな。私もずっとずっとおまえと誕生日を祝いたいよ。でも……」 梓「でも……?」 律「私は多分、おまえより先に……、死ぬぞ?」 梓「……」 律「いや、身体の何処かが悪いってわけじゃないし、私はまだ健康体だけどな」 律「でも、歳の順で言うと、私が先に死んじゃう事になると思う」 律「ずっとずっと、ってのは無理だと思う。梓を一人残しちゃう事になる。それでも……、いいのか?」 梓「ふふっ。何、当たり前の事言ってるんですか、律先輩」 律「当たり前の事?」 梓「私達の生活に終わりが近付いてるのは、私だって分かってますよ」 梓「私一人が残されるんじゃないか、って不安も勿論あります」 梓「でも、それはそれでいい事なんですよ。怖いですけど、不安ですけど、でも、喧嘩別れとかよりずっといいです」 梓「どっちかの最期の時まで一緒に居られるなんて、幸せに決まってるじゃないですか」 梓「だから、私は大丈夫ですよ、律先輩。一人になっても生きていきます」 律「そっか……。ごめんな、私、変な事言っちゃってさ……」 梓「いいんですよ、律先輩」 梓「こんなに不安になれるくらい、私は律先輩と一緒に暮らして幸せだったって事なんですもん」 梓「私、今、すっごく幸せなんです。でもですね……」 律「何だ?」 梓「出来る限り、長生きして下さいね? 幸せな時間を、出来る限り延ばしたいですしね」 律「勿論だ。梓が嫌になっちゃうくらい、長生きしてやるぞ!」 梓「その意気です、律先輩。それでも、もし律先輩が亡くなってしまったら……」 梓「私、律先輩の事を忘れずに、この夜空を見て過ごします」 梓「たまにギターも弾いたりして、私と演奏出来ないのを悔しがったりさせたりしますからね」 律「うわっ、性格悪いなー、梓」 梓「それくらいは私の当然の権利ですよ、律先輩」 梓「それでですね、その後に私も死んでしまう時が来たら、律先輩が迎えに来て下さいよ?」 梓「その時にはセッションしましょうよ。いつかきっと、この夜空の下で」 律「ああ、いい考えだ。いい考えだよな、梓……」 律「もし他に唯とか澪とかムギとか死んでたら、掻き集めておまえを迎えに行くよ」 律「それでセッションするんだ。いつかきっと、な」 律「でも、その時はまだずっと先の話だ。ずっと先の話にしようぜ?」 梓「はい、勿論!」 律「その時までは一緒に居るよ、梓。覚悟しろよ? めんどくさい婆さんになってやるからな?」 梓「こっちこそ、口うるさい小姑になってやるです!」 律「ははっ、だからさ、とりあえずは誕生日おめでとう、梓。来月だけどさ」 梓「ありがとうございます。来月ですけどね」 律「そそっかしくて悪かったな。でも、これからも……」 梓「ええ、こちらこそこれからも……」 律・梓「どうか、よろしく」 #openclose(show=あとがき){ これで終了です。 梓、誕生日SSでした。 } ---- [[戻る> 梓「いつかきっと、月光(つき)の下で」]]

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