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純「ほんのり桜色」 1 - (2013/03/01 (金) 00:21:41) のソース

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「でねでね、純ちゃん。
それでその時、りっちゃんがまた面白い事をやっちゃったんだよー」


唯先輩が楽しそうな声色で私に笑い掛けてくれる。
笑い掛けてくれてる――はず。
はず、って言い方のは変な感じだって自分でも思うけど、
私の位置からじゃどうやっても唯先輩の表情を見られないからだったりする。


「は、はあ……。
それは律先輩らしいと言うか何と言うか……」


苦笑いしながら何とか言葉を返してみる。
凄く曖昧な言葉だったのに、唯先輩の声色は楽しそうなままだった。
きゅっ、と私の首筋に回された唯先輩の腕に、ちょっとだけ力が込められる。


「そうそう、りっちゃんらしいよねー。
だから、澪ちゃんとあずにゃんも呆れた顔で笑ってて、
ムギちゃんも幸せそうにおっとりぽわぽわ笑ってたんだよ。
私もね、りっちゃんと一緒に大声で笑っちゃってた気がするなあ。
それでね、それでね――」


唯先輩の楽しそうなお話は止まらない。
普段からいつも楽しそうに見えてた唯先輩だけど、
こんなにずっと楽しそうにしてる人だなんて思わなかったなあ……。
まあ、私だって楽しいのは大好きだし、
唯先輩の話を聞くのが嫌ってわけじゃないんだけどね。

でも、今日、こんな状態で唯先輩の話を楽しく聞ける気がしないのも私の本音。
流石にこんな状態じゃ、集中して話なんて聞けないって……。
別に唯先輩の方に落ち度があるわけじゃないし、
憂や梓だったら逆に喜んで唯先輩の話を聞けるんだろうけどさ。
って言うか、こんな状態、二人に見られたらどう思われちゃうんだろう?
憂はともかく、梓の反応がちょっと怖い。
焼きもち焼いたりしないよね、梓……。

はぁ……、と唯先輩に気付かれない様に小さく溜息。
春の風が舞う中、私の小さな溜息は空気の中に溶けていく――。
なーんて、ちょっとポエムっぽかったかな?
まあ、ポエムなんて考えてる場合でもないんだけどね。


――あー……、どうしてこんな事になっちゃってるんだろう……。


溜息が春の空気に溶けていくのを感じながら、私はこんな事になっちゃった経緯を思い出してみる。
深く深く海よりも深い経緯――なんて別にあるはず無いんだけどね。
今現在、私がこんな事になっちゃってるのは、とっても簡単な経緯がある。
経緯とか気取った言い方も本当は必要無い。
ただ単に何となく思い付いて、私が平沢家を訪ねちゃったからなんだよね。
簡単過ぎる経緯でまた思わず溜息を吐いちゃいそうだよ……。

試験が終わって、唯先輩達の卒業式が終わって、
私達の三学期も終わって、春休みって言う学校の短いお休みの期間。
軽音部の新入部員をどう勧誘しようかな、って少しだけ真面目に考え始めた頃――。
つまり今日の昼下がり、私は春の暖かさに釣られて何となく散歩に出てた。
家で考えてても部員勧誘のいいアイディアは出なかったし、
机の上に積まれた春休みの宿題を目の前にしてるのも気が滅入ったんだもん。
勿論、宿題はちゃんと終わらせるつもりだよ?
今はちょっと見たくなかっただけ。見たくなかっただけなの。
うん、誰に言い訳してるわけでもないけど。

でも、散歩もすぐに飽きちゃったんだよね。
春の風は暖かったけど、逆に言うとそれ以外に感じる事は無かったし、
桜もまだほとんど咲いてなかったから、優雅にお花見って気分にもなれなかったし。
まあ、もうちょっと経って桜が満開になっちゃったら、
お花見客が増えてどっちにしてもお花見する気もなくなるかもだけどね。
それで私は思い付いちゃったんだ。


――そうだ、憂の家に行こう。


ってさ。
たまたま場所的に丁度いい位置に来てたし、
憂はいつも家で家事をやってるから、いきなり行っても家に居るはずって思ったんだよね。
だから、憂をちょっとだけ驚かせるつもりもあって、
私は特に携帯で連絡もせずに平沢家を訪ねてみる事にしたんだ。
『急にどうしたの、純ちゃん?』ってちょっと驚いた憂の顔を軽く期待して――。


――純ちゃん、いらっしゃーい!


そう言って平沢家のインターホンを押した私を出迎えてくれたのは、
憂によく似た顔立ちをしてるんだけど、中身や性格が憂じゃない人だった。
勿論、他の誰でもない――、憂のお姉ちゃんの唯先輩だった。
唯先輩は大学の寮に入るって聞いてたんだけど、まだ引っ越しは終わってなかったみたい。
別に急いで引っ越す必要も無いもんね。


――憂、居ますか?


首を傾げながら訊ねてみると、唯先輩は申し訳なさそうに頭を振って、
憂は梓と買い物に出掛けてて帰るのは夕方くらいになる、って教えてくれた。
うーん、それは残念、って私はちょっと落ち込んだ。
て言うか、買い物に行くんなら、二人とも私も誘ってよね――。
まあ、それから唯先輩が補足で説明してくれるには、
今日の八時頃、急に梓から憂に連絡が来たらしいから、仕方が無いって言えば仕方無いんだけど。
だって、私、春休みは八時過ぎまで寝てるもん。
二人ともそれが分かってるから、私の事を誘わなかったんじゃないかな?
とりあえず、その時の私はそういう事にしておいたんだ。

でも、憂と梓が出掛けちゃってるとなると、
私が平沢家にお邪魔する理由も無くなっちゃうなあ――。
そう思って私が家に帰ろうとすると、唯先輩が何故か私を引き止めた。
一人で寂しいのか、単なる気紛れなのか、他の理由があったのか、
そのどれなのかは分かんないけど、唯先輩は普段の無邪気な笑顔で私に言ったんだ。


――ねえ、純ちゃん。折角だし、ちょっとお菓子でも食べてかない?


三時のおやつの時間も近付いて、
丁度小腹が空き始めた私にとって、それはとても魅力的な提案だった。
正直、お菓子はすっごく食べたいし、考えてみれば、
唯先輩とは今までみたいに気軽に会う事も出来なくなるんだもん。
だったら、今の内に唯先輩とお話ししておいた方がいいよね――?
唯先輩と話したい気持ちが半分、お菓子を食べたい気持ちがもう半分。
二つの気持ちが私の背中を後押しして、私は平沢家にお邪魔する事に決めたんだ。
それこそが唯先輩の罠の一つだとも気付かずに――!

あ、いや、そんなに大袈裟な話でもないんだけどね。
でも、それが唯先輩の罠だったのも本当の話。
平沢家のリビングのテーブルの前にちょっとだけ私を待たせると、
唯先輩はとても手際良く、あっと言う間にお菓子を用意してくれた。
インスタントとは言え、美味しそうな紅茶までお供に添えて――。
ムギ先輩の給仕を見てて、いつの間にか覚えたのかな?
憂のお姉ちゃんの意外な手際の良さに舌を巻いて、
でも、空腹には勝てずに私がまずはチョコレートを口にした途端――!


――えっへへー、純ちゃーんっ!


嬉しそうな声と一緒に背中に飛び掛かられ、私は唯先輩に確保されてしまったのだった。
そうして、大きなぬいぐるみを身体全体で抱き締める女の子の様な体勢で、
『純ちゃんのモコモコ、やっぱり可愛いー!』と私はツインテールを撫でられる事になった。
何度も何度もそれはそれは愛おしげに――!

それは予想出来たはずの事だった。
前に何度かされた経験から想定しておくべき事だった。
なのに私は、目の前のお菓子に気を取られて、そこまで考える事が出来なかったのだ――!
唯先輩――、何て恐ろしい人――!

そんなこんなで。
実に一時間以上、私は唯先輩に抱き着かれて――抱えられて?――るんだよね。
前に抱き着かれた時はもう少し早く放してくれたのに、
今日の唯先輩はまだまだ私を解放してくれる様子を見せてくれない。
前は梓と憂が傍に居たから早く解放しただけで、
本当は今日みたいにもっと私に抱き着いていたかったのかな……。
うん、まあ、二人羽織みたいに手を伸ばして、
私にお菓子を食べさせてくれるのはせめてもの救いなんだけどね。


「ほら、純ちゃん、はい、あーん!」


唯先輩が多分笑顔を浮かべて私の口元にクッキーを運ぶ。
私は素直にクッキーの近くに口を運んで、唯先輩の手から受け取った。
細かく噛んでから、クッキーを飲み込む。
悔しいけど、こうして食べさせてもらうクッキーも美味しいなあ……。
私がそう考えてる事を天性の感覚で読み取ったのか、
唯先輩がまるで子供にそうするみたいに私のツインテールを優しく撫でる。


「美味しい、純ちゃん?」


「はい、美味しい……ですけど……」


何て答えたらいいか迷ったけど、嘘を言っても仕方無い。
私が素直に答えると、また唯先輩が私のツインテール――唯先輩曰くモコモコ――を撫でた。


「そっかー、それはよかったよー。
それでね、その時りっちゃんがね――」


「あの、唯先輩――」


唯先輩が話したい律先輩の話はまだ続いてたみたいだったけど、私は言葉を挟んだ。
私を確保してからもう一時間以上、
唯先輩は私のモコモコ――と呼んでおく――を嬉しそうに撫でてる。
撫でられるのは別に好きでも嫌いでもないけど、ここまで撫でられ続けるとやっぱり気になるんだよね。
唯先輩はどうして私のモコモコを撫でてるんだろう、って。
私がそれを口に出してわざと軽い感じに訊ねると、唯先輩はまた楽しそうな声で応じてくれた。


「だって、純ちゃん、可愛いんだもんー!」


「そんなに可愛い……ですか?」


「うんうん、すっごく可愛いよー!
モコモコも可愛いし、憂と一緒に遊んでる純ちゃんも可愛いし、
あずにゃん一緒に居る純ちゃんも可愛いし、澪ちゃんに憧れてる純ちゃんも可愛いし、
それにね、それにね――!」


やっぱり、唯先輩とってはそうなんだ、って私は思った。
何故だか分からないけど、唯先輩は私のモコモコを可愛いと言ってくれるんだよね。
ううん、モコモコだけじゃなくて、色んな時の私の姿も――。
可愛いかどうかはともかく、自分の髪質だけはあんまり好きじゃいんだけどな。
雨の日は髪を纏めるのが凄く大変だし、髪留めを外した途端に髪型が爆発する事もよくある。
梓や澪先輩の直毛に憧れた事も一度や二度じゃない。
自分自身で好きになれない私の髪質――。
唯先輩はその私の髪質を可愛いと言ってくれる。

でも、それをそのまま受け取っていいのかな。
唯先輩は本気で私の髪型を可愛いと思ってくれてるみたいなんだけど、
軽音部の亀――スッポンだっけ?――のトンちゃんを可愛いって言う人だし、
何だか天才肌で感性が人とは結構違っちゃってる人みたいだし……。
ひょっとして、トンちゃんと同じ感覚で可愛いって思われてるだけなのかも。
それもそれで可愛いって事には違いないんだろうけど、でも、ちょっと嫌かなあ……。


「でも、唯先輩は梓みたいなストレートの方が好きですよね?」


本当は言わない方がいい事だって分かってた。
でも、それだけは言っておきたかったのも本音なんだよね。
私は自分の髪質が好きじゃないし、出来る事なら梓や澪先輩みたいな直毛になりたい。
何だったら、癖毛は癖毛でも緩やかで上品なムギ先輩みたいな髪質でもいい。
どっちつかずの私の髪質なんて好きじゃない。
私が自分で好きじゃない髪質を誉められるのは、ちょっと嫌なんだもん。


「ねえねえ、純ちゃん――」


唯先輩が声色を少し低くして私の耳元で囁く。
私の態度はやっぱり唯先輩に失礼だったかもしれない。
唯先輩が気を悪くしても仕方無い事だったのかもしれない。
好きな物を好きだと言う人を否定するなんて、本当はやっちゃいけない事だよね。
もうすぐ今までみたいに会えなくなる唯先輩に対して、私は悪い事をしちゃったのかも――。

私がそうして後悔し始めた頃、唯先輩が私の首筋に回してる腕に軽く力を込めた。
首を絞めようとしてるわけじゃ勿論無い。
私を優しく抱き締めるみたいに力を込めただけだった。


「ちょっとだけ、目を閉じててくれる?」


「えっ、どうしてですか……?」


「いいから……、ね?
お願い、純ちゃん」


「は、はい……」


私は目を瞑ってから頷く。
鼓動が少しだけ高鳴っちゃう。
やっぱり、唯先輩を怒らせちゃったのかな……。
唯先輩の感触と温度が背中から離れる。
唯先輩が歩き回り、何かを準備してる音がリビングに響く。

ああ……、どうしよう……。
目を閉じたままでいると、胸の中に不安が広がっていく。
唯先輩ってどんな風に怒るんだろう……。
この物音は何か私を叱るための道具とか用意してるのかも。
えっと、ハリセン……とか……?
いや、ふざけてるわけじゃなくて、真面目な話で。
そう考えながら、また大きな溜息を吐こうとした瞬間。


「お待たせ、純ちゃん」


優しい声が響いて、また背中に唯先輩の体温と柔らかさを感じた。
今度は首筋に腕を回さずに、唯先輩は私の両肩に手のひらを置いてる。
まるで私の背中を押すみたいに――。


「目を開けてみて」


唯先輩に促されて、私は恐る恐る目蓋を開いていく。
完全に目蓋を開いた時、そこにあったのはいつもの私のモコモコ。
モコモコと――、もう一つの――。


「唯先輩――?」


「どう?」


私が呟くと、唯先輩がはにかんだ。
私の後ろに居る唯先輩のはにかんだその表情が何故か見える。
見える理由はとても簡単だった。
単にテーブルの上に折り畳みの鏡が置かれていたからだ。
その鏡の中には私の好きじゃないモコモコと――、
もう一つのモコモコ――唯先輩が頭の上の方の両側で纏めた髪――が見えた。
私がいつもしてるみたいなクルクルのツインテール――。


「あの――、これは――?」


事態が呑み込めず、唯先輩に間抜けな質問をしてしまう。
唯先輩は私の背中側で鏡に写り込みながら、はにかんだまま続けた。


「可愛いでしょ?」


何でも無い事みたいに、当たり前みたいに、唯先輩が微笑んでくれる。
心の底からの本音でそう思ってくれてるみたいに。


「前にね、ムギちゃんが私をこんな髪型にしてくれた事があったんだよ。
いつもと違う髪型だけど、和ちゃんもムギちゃんも可愛いって言ってくれたんだ。
ほら、この髪形、可愛いでしょ?
いやー、自分で言う事じゃ無いんだけどねー」


頭を軽く掻いて唯先輩が声を出して笑った。
可愛い――。
うん――、唯先輩の言う通り、新鮮な髪型の唯先輩は可愛かった。
私と似た髪型の唯先輩、とっても可愛いな――。
それ以上に、私は嬉しく感じた。
唯先輩は私の髪型を可愛く思ってくれてる。
変な意味での可愛さじゃなくて、自分でもその髪型をしてくれるくらいに。
それが――、とっても嬉しいな――。

あの梓が慕っちゃうわけだよね。
軽音楽部の人達は本当にカッコいいんだもん。
澪先輩のカッコ良さだけに目が行っちゃってたけど、
他の先輩達――、唯先輩だってすっごくカッコ良くて優しい。
私の背中を押してくれる。
髪質に自信が無かった私を可愛いと言ってくれる。
私の事を可愛いって言ってくれる人は、これから何人くらい出てくれるんだろう。
ひょっとしたら、もう何人も居ないかもしれない。
でも、少なくとも唯先輩は本気で私の事を可愛いって思ってくれてる。
それだけで十分だよね。
私は少しだけ微笑んでから、大きく頷いた。


「はい、可愛い髪型ですよね」


「うん、すっごく可愛いよ!
あ、今のは私の髪型じゃなくて、純ちゃんの髪型の事だよ?
私、純ちゃんの髪型が好きだし、勿論、髪型だけじゃなくて純ちゃんの事も好きだよ」


「私の事、好きですか?」


「うんっ!
さっき純ちゃん、あずにゃんのストレートヘアーの事を言ってたよね?
私ね、あずにゃんのサラサラの髪も好きだし、可愛いと思ってるんだ。

でもね、純ちゃんの髪型だって、同じくらい可愛いって思ってるんだよ。
触ってて気持ちいいし、人ごみの中で純ちゃんのモコモコを見つけた時、何だか落ち着くんだよね。
『あっ、純ちゃんが居る! 憂やあずにゃんと一緒に居てくれてる!』って」


喜んでいいのかな、それ。
それって単に目立つ髪型ってだけの気が……。
それと私の事が好きなのは憂と梓前提の話みたいだし……。
そう思わなくもなかったけど、私は溢れ出る笑顔を抑える事が出来なかった。
理由は何でも、きっかけは何でも、唯先輩は私の髪型を好きだって言ってくれてるんだから。
私だって最初に澪先輩に憧れたのは、ベース捌きが凄かったからってそれだけの理由だった。
それから色んな事を知って、今は本気で心の底から憧れてるんだもん。
だから、きっかけは何だっていいんだよね。


「私、純ちゃんの事、好きだよ」


繰り返して、唯先輩が言ってくれた。
今まで人にあんまり好きだと言った事も言われた事も無いから、ちょっと照れちゃうな。
これが唯先輩のいい所なんだと思う。
唯先輩は好きだって言葉をちゃんと誰かに伝えられる素直さがある人なんだ。
簡単に思えるけど、それって結構難しい事だよね。
だから、それが出来る唯先輩の周りに、色んな人が集まるんだろうなあ。
憂や梓だけじゃなくて、他の先輩達も。


「ありがとうございます、唯先輩」


はにかんで返すと、唯先輩がまた私のモコモコを撫でてくれた。
さっきまでと違って、撫でられた感触は何だか気持ちが良かった。


「お礼なんていいよ、純ちゃん。
私はただ可愛い純ちゃんの事が好きなだけなんだもん。
ホントはね、ずっと前から純ちゃんと色んな話がしてみたかったんだ。
チャンスが無くて、中々お話出来なかったんだけどね……。

だからね、今日は純ちゃんとお話が出来てすっごく嬉しいんだ!
引き止めるみたいな事して、ごめんね。
今日を逃しちゃったら、チャンスなんて当分無いって思ったんだよね」


「いいですよ。
私だって唯先輩と一回色んな事を話してみたかったですし」


「ホント?
だったら、嬉しいな。
私ね、ずっとずっと純ちゃんの事、気になってたんだ。
可愛い髪型をしてるし、憂やあずにゃんと仲良しだし、私も仲良くなりたかったんだよね。
今年度、あずにゃんが元気で居てくれたのは、純ちゃんのおかげだとも思うし――」


「そう……ですか?」


「うん、そうだよ。
私達は三年生だからあずにゃんとずっと一緒に居られなくて、
それで心配だった時もあったんだけど……、
でもね、たまに教室で見掛けるあずにゃんは楽しそうだったよ。
純ちゃんと一緒に居る時のあずにゃんは元気そうで楽しそうだったんだ。
心配なんてしなくてもよかったんだよね。
あずにゃんには純ちゃんや憂って友達が居るんだもん。
だから、私の方こそ『ありがとう』だよ、純ちゃん」


唯先輩がまた私の首筋に腕に回して、優しく抱き締めてくれる。
唯先輩が嘘を吐くなんて思えないから、きっと本気でそう思ってくれてるんだろうな。
そっか――。
私は――、ほんの少しでも梓の力になれたんだ――。
別に梓の力になるつもりなんて無かった。
私はただ梓に元気で居てほしかっただけ。
それで悩んでる梓の背中を押そうかと思っただけ。
結果的にそれが梓の力になったんだったら、それってとても嬉しい事だよね。


「これからもあずにゃんや憂の事、よろしくね、純ちゃん」


背中に感じる唯先輩の体温がどんどん温かくなっていく。
胸や心が色んな感情でいっぱいにしてくれてるのかもしれない。
私も何だか自分の頬が熱くなってくるのを感じる。
もしかしたら、顔が赤くなっちゃってるのかも。
でも、まあ、別にいいよね。
唯先輩は私の背中側に居るし、鏡越しじゃ表情も分かりにくいだろうし。
たまには気付かれずに、顔くらい赤くしちゃったって――。
多分、唯先輩が私の後ろで優しい笑顔を浮かべて、続けてくれる。


「ホントにありがとね、純ちゃん。
憂に聞いたんだけど、軽音部に入ってくれたんだよね?
ジャズ研をやってたのにごめ……、ありがとう」


「気にしないで下さいよ、唯先輩。
これは私と梓の約束してた事ですし、私が入りたいから入部するってだけなんですもん。
だから、唯先輩が気にする必要はありませんって。

でも、覚悟してて下さいよ、唯先輩?
私が入ったからには、軽音部をばんばん盛り上げちゃうつもりですから!
去年までの軽音部が何だったのかって言われるくらい、凄い部にしちゃいますからね!」


「もー、純ちゃんの意地悪ーっ!」


唯先輩が私のモコモコを弄る。
私もお返しとばかりに唯先輩のモコモコを弄り返す。
ううん、別に喧嘩してるわけじゃないもん。
これは私と唯先輩の距離が近付いた証。
長い間、あんまり話す機会が無かった私達の第一歩なんだ。
その証拠に私達はリビング中に溢れるくらい、大きな声で笑っちゃってるんだから。


「ありがとう、純ちゃん。
……大好きだよ!」


一頻り笑い合った後、唯先輩は私の耳元で囁いてくれた。
その瞬間、私の顔がかなり赤くなっちゃったのは、誰にも内緒だけどね。


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