ほんの数日前の出来事だった。あの幸せに包まれた瞬間。初めて触れた唇の感触も、ぎこちなく自分の手をとって指輪を嵌めてくれたあ の手つきも、昨日のことのように思い出せるというのに。 あの時純白の花嫁衣裳に身を包んでいたアーシェだったが、今は――彼の死を悼み、喪に服す為に漆黒のベールを纏っている。 「汝の肉体は大いなる父の祝福を受け、大地へと帰らん――」 厳かに祈りが捧げられる。祭壇の上には、棺があった。その棺の中には、――ラスラが、いる。 アーシェは棺のそばに立ち尽くしていた。誰よりも、ラスラの近くに立っていた。彼女の視界には入っていなかったが、礼拝堂には人が 溢れていた――誰もが涙を流し、若き王子の死を悼んでいる。 (どうして――) ナルビナに発つ前――戴剣式のときに、彼が見せた表情。 もう二度と会えなくなるなどと、誰が想像できただろう。もう二度と触れられなくなることに、誰が耐えられるのだろう。 涙が一筋、零れ落ちた。 (なぜ、いなくなってしまうの――) 膝をつく。棺に縋る。ラスラの、――愛する夫の、傷一つ無い顔。まるで寝ているだけのような、安らかな――顔。今にも目を開けて、 彼女に声を掛けてくれるような気がした。『どうしたんだ? アーシェ』少し眉をひそめて、涙を流す彼女の頬を優しく拭ってくれるよう な、そんな気がした。 だが――もう、そんな瞬間は訪れないのだ。永遠に。 「汝の魂は母なる女神の元、安らぎのときを迎えん」 (ラスラ…………) ラスラは死んだ。ダルマスカは、帝国の手に落ちた。不思議と怒りは感じなかった――ただ深い悲しみに心を支配されて、それ以外の感 情が表れていないだけかもしれないけれど。 「ファーラム」 鐘が鳴る。彼の魂を、安らかなる世界へと連れ去る音。 雨音が聞こえてくる。彼の死を悼むように、雨がダルマスカに降り注いでいた。 Final Fantasy XII 「Prelude」 了