「船長・・?」 「・・まだだ。油断するな、まだ終わっちゃいねえ。・・俺にはわかるんだ。海が警告してる。 畜生・・、ふざけやがって、なんて野郎だ。海の神様ってえやつは、とんでもねえ化けもんだ」 豪壮な船長からは予想もつかぬ、その弱々しい溜息のような呟きにセシルは訝しげに耳を 傾けていたが、やがてその意味するところを知ってしまった。 異変は、はるか遠くの海で、既に起こっていたのだ。 「・・まさか・・あれは」 「気づいたか、気づいたところでもうどうしようもねえがな。 おめーら! 浮かれてる場合じゃねえぞ、縄もってこい! 身体を船に縛り付けるんだ!!」 彼の声に海を見渡した船員たちも、ようやく現実に気づき始めた。 その異変は猛烈な勢いで迫り、もはや彼らに一刻の猶予も与えてはくれそうになかった。 ────巨大な津波が、押し寄せようとしていた。 「う、うわーーっ!!」 「助けてくれーー!」 はじめの一人がわめきだすと、船内はたちまち火のついたような騒ぎになった。冷静に動き まわる者など一割にも満たない。逃げ場の無い船の上を、叫び、駆け回り、挙げ句に錯乱して 海に飛び込もうとする輩まで現れる始末だ。 「くそっ!」 「おい、セシル! 離れんな!!」 どこから取り出したのか、既に太い荒縄を舵に結び始めている船長が、彼らをいさめんと 走り出そうとするセシルを引き留めた。 「しかし彼らが!」 「馬鹿野郎ッ、他人の心配なんぞしてる場合か!! あいつらも海の男なんだ、放っとけ!! いいか、俺たちが陛下から賜った仕事はな、おめーらを無事に送り届けることなんだぞ!! おめーらをだ! わあったか!! わかったら、こっちに来て身体をくくりつけろ!」 「クッ・・」 悔しいが、船長の言葉に誤りは無かった。多くをなそうとするあまりに、大きな目的を 見失ってはならない。どのみち、目の前の混乱は彼ひとりがかけずり回ったところで治められる ようなものでもなかった。