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『川の流れは絶えずして』 - (2007/01/12 (金) 10:27:25) のソース

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  『川の流れは絶えずして』<br>
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★そして、僕らは交際を始めた。<br>
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「実はさ、いま、とっても後悔してるんだ」<br>
「……何を?」<br>
「どうして僕は、もっと早くに、気持ちを伝えなかったんだろうって」<br>
「うふふ……そうだね~。ジュンってば奥手なんだもん」<br>
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――でもね。<br>
と、彼女は僕の左胸を、細くしなやかな人差し指でつついた。<br>
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「それが、あなたの良いところだよっ♪」<br>
「……ばか」(こういうのって、なんか照れるな)<br>
「えへへっ。私はね、いま……世界で一番、幸せよ」<br>
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バカップルって呼ばれてもいい。僕は、薔薇水晶が大好きだ。<br>
世界中の、誰よりも。<br>
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★一年後:僕らの幸せに、怪しい影が落ちた。<br>
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「具合……どうなんだ」<br>
「今は平気。ごめんね……心配かけちゃって。ただの……貧血だと思う」<br>
「……そっか。この頃、忙しかったもんな。出産の支度とか、いろいろ。<br>
 僕がもっとシッカリしてれば、君の苦労を減らしてあげられたのに……ゴメン!」<br>
「……謝らないで。私なら、大丈夫。きっと……元気な赤ちゃんを産むから」<br>
「…………ありがとう」<br>
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こんな時、気の利いた台詞を言えない自分に腹が立った。<br>
もうすぐ父親になるっていうのに、僕は――――相変わらず、ダメな奴だ。<br>
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★三年後:僕らの間に産まれた太陽でも、怪しい影を消せはしなかった。<br>
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「ママー!!」<br>
「こらこら、雪華綺晶。病室では、静かにしなきゃダメだって」<br>
「ふふっ……。お見舞いに来てくれたの? ありがと、雪華綺晶」<br>
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僕と彼女の娘、雪華綺晶は、やたらとママに懐いている。<br>
一緒にいる時間は、僕の方がずっと長いのに……なんでだよ?<br>
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娘の面倒は彼女に任せて、僕は主治医の元に向かった。<br>
病状は、思わしくない。彼は、そう宣告した。<br>
妻の退院は、まだ先延ばしになりそうだ。<br>
ちょっとだけ……寂しい。<br>
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★五年後:影は徐々に大きくなっていく。<br>
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「おはよう、薔薇水晶」<br>
「おはよ。……雪華綺晶は?」<br>
「幼稚園だよ。それより、調子はどうだい?」<br>
「いつもよりは…………ちょっとだけ、マシ」<br>
「そっか。安心した」<br>
「今日は、一緒に居られる?」<br>
「ゴメン……これから仕事なんで、もう行かなきゃいけないんだ」<br>
「そう――――ガンバってね」<br>
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寂しげに微笑む彼女に見送られて、僕は病室を後にした。<br>
本当は、僕だって彼女の側に居たい。<br>
彼女を蝕んでいるのは、脳の病気。だんだんと記憶を失っていくのだと言う。<br>
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★八年後:僕らは闇に閉ざされていた。<br>
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「おはよう」<br>
「……」<br>
「今日も、いい天気だよ」<br>
「……」<br>
「雪華綺晶も、小学生になったんだ。結構、成績が良いんだぜ。君に似たのかもな」<br>
「……」<br>
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「最後まで、ジュンのこと忘れないよ」<br>
その約束どおり、薔薇水晶は最後に僕の名を呟いて、記憶を失い尽くした。<br>
今の彼女は、ただ呼吸しているだけの、温かい人形。<br>
横たわる薔薇水晶の澄んだ瞳に、僕の顔が映っている。<br>
ははは……なんだよ、間抜けな面してるなあ。<br>
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僕の頬を伝い落ちた涙が、彼女の頬を打つ。<br>
だけど、薔薇水晶は反応してくれない。<br>
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★十年後:疲れた。僕はもう、生きることに疲れ切っていた。<br>
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ひと気のない病室で、僕は――<br>
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「……薔薇水晶。今…………楽にしてあげる」<br>
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痩せ細った彼女の首に、ロープを巻き付けた。<br>
ゆっくり……ゆっくり……締め上げていく。<br>
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「…………」<br>
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彼女は顔色ひとつ変えずに、黙って、僕のなすが儘になっている。<br>
違うっ! 僕は、こんなコトをしたいんじゃない!<br>
これじゃあ、自分が楽になりたいばかりに、厄介払いしてるだけじゃないか。<br>
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 あんなに、愛していたのに――<br>
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堪えきれず、僕はロープを手放し、頭を抱えて泣き喚いた。<br>
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★十年後の翌日:僕は決断した。<br>
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「長い間、お世話になりました」<br>
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車椅子に座らせた薔薇水晶を伴い、僕は病院を後にした。<br>
いままで、間違っていたんだ、僕は。<br>
大好きな彼女のことを、他人任せにしてきた自分が、信じられない。<br>
結婚の約束をした、あの日――僕は、誓ったじゃないか。<br>
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 ――どんな時でも、一緒に居ると。<br>
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彼女の看病をするため、僕は会社を辞め、自宅で出来る仕事を始めた。<br>
暫くは経済的にキツかったけれど、友人達の協力もあり、なんとか暮らしている。<br>
苦しいけれど…………今は家族三人で、幸せだ。<br>
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★十一年後:この歳になって、初めて気付いた。明けない夜はないってことに。<br>
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「おはよう、薔薇水晶」<br>
「お母様、おはよう。今朝は、私がご飯つくったのよ」<br>
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僕らが、にこやかに話しかける先で――<br>
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「……ホン……ト? お……いし……そうね」<br>
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彼女は、ぎこちなく微笑む。まだ、身体を思い通りには動かせないみたいだ。<br>
でも、僕の愛妻は、ゆっくりとだけど記憶を取り戻し始めている。<br>
そもそも、記憶って失われないものらしい。<br>
脳内の神経ネットワークの繋がりかた次第で、ド忘れしたり、思い出したりするんだってさ。<br>
もしかしたら、本当に薔薇水晶を蝕んでいたのは、彼女の寂しさだったのかも知れない。<br>
それを癒せる特効薬は、僕だけが持っている。<br>
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「今日も綺麗だよ、薔薇水晶」<br>
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娘の前だろうと構わずに、僕は彼女にキスをした。<br>
だから、いつも雪華綺晶にからかわれている。<br>
でも、愛してる気持ちは…………止められないから。<br>
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「愛してる」<br>
「……アイ……シテル」<br>
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魔法の言葉を唱えあって、僕たちは再び、唇を重ねる。<br>
さあ! 今日も、幸せな一日を始めよう。<br>
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<br>
  終わり</p>
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<p>とあるSSに刺激を受けて即興書き。</p>