夢追人の妄想庭園内検索 / 「―葉月の頃 その1―」で検索した結果

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  • 翠×雛の『マターリ歳時記』
    ... その4―    ・―葉月の頃 その1―  ・―葉月の頃 その2―  ・―葉月の頃 その3―  ・―葉月の頃 その4―  ・―葉月の頃 その5―  ・―葉月の頃 その6―  ・―葉月の頃 その7―  ・―葉月の頃 その8―  ・―葉月の頃 その9―  ・―葉月の頃 その10―  ・―長月の頃 その1―  ・―長月の頃 その2―  ・――  ・――
  • ―葉月の頃 その1―
          ―葉月の頃―  【8月8日  立秋】 蒼星石がオディールを連れて帰宅してからは、あっと言う間の14日間だった。 祖父は、もうずっと浮かれ気味で、はっちゃけた日々を送っている。 三人の娘たちと一緒に料理をする祖母の顔にも、幸せそうな笑みが浮かぶ。 今まで口にしなかっただけで、本当は、祖父母も寂しかったのだろう。 「若い娘たちと一緒に暮らしていると、ついハッスルしてしまうのう」 「あらあら、お祖父さんたら……ほどほどしませんと」 朝食の席で、今日も張り切りモード全開の祖父、元治。 穏やかな口調で窘める祖母の額に、ビキビキと筋が浮かんだのを、 翠星石は見逃さなかった。 隣に座るオディールが、祖父母の会話に耳を傾けながら、 翠星石に小声で話しかけてくる。 「楽しいお祖父様たちね。とても賑やかで、素敵な家族だわ」 「……年甲斐もなく、はしゃいでるだけです。  今夜あたり、血の...
  • ―葉月の頃 その10―
          ―葉月の頃 その10―  【8月24日  怪談】 後編     「言い忘れてたけど、この辺りって、物の怪の伝承が残ってるのよねー。  妖怪『かゆうま』って、いうんだけど……知ってたぁ?」   なんとも胡乱な言葉と意味深長な流し目を残して、みっちゃんは雛苺と共に、 夜闇の中へと消えていった。   今や21世紀―― 地上600km上空にはハッブル宇宙望遠鏡が浮かび、 約7800万km彼方の火星に、探査機が降りる時代だ。 文明の波にココロを洗われた人々にとっては、アニミズムなど俗信に等しい。   そんなご時世に、よもや妖怪だなんて…… 待機している10人が10人とも、胸裡で苦笑っていたことだろう。 だが、夜も更けた山林の、冷たくおどろおどろしい空気は重たくて、 唇を開くことさえ億劫にさせていた。   街灯など無い山中のこと。明かりと言えば、手元にある5本のライトだけ。 仰ぎ見ても、生...
  • ―葉月の頃 その5―
          ―葉月の頃 その5―  【8月23日  処暑】② 高速道路で二度目のサービスエリアに入るや否や、 弾かれたように車を飛び出した翠星石は、タオル片手にトイレへと駆け込み、 ぽぉ~っと熱を帯びた顔をすぐにも冷やしたくて、ざぶざぶ洗った。 なんだか、まだ身体中がムズムズして、気分が落ち着かない。 それもそのハズ。『もふテク』108式すべてを体験してしまったのだから。 思い返すだけで、翠星石の背筋に悪寒が走り、顔から火が出そうだった。 「あー、ヤバかったですぅ。危なく溺れ乱――」 「なにで溺れそうになったのですか?」 タオルで顔を拭いながらの独り言に、背後からタイミング良く問い返されて、 翠星石は、わたわたと両腕をバタつかせた。一瞬にして、総毛立っていた。 ぎしぎしと頸椎を軋ませながら、翠星石が顔を向けた先には…… 「?」顔の雪華綺晶が、翠星石のことを見つめていた。 彼女...
  • ―葉月の頃 その3―
          ―葉月の頃 その3―  【8月13日  混家】後編 作者の名前を、じぃ……っと眺めていた蒼星石の唇が、物思わしげに動く。 「これって――」 そこは、ジュンと巴と、翠星石の時が止まった世界。 三人が三人とも、塑像のように固まったまま、続く蒼星石の言葉を待っていた。 心境は、さながら、裁判長の判決を待つ被告人といったところか。 本心では聞きたくないと思いながらも、 彼らは現実逃避――耳を塞ぎもせず、その場から逃げ出しもしなかった。 カラーコピーの表紙を眺めながら、蒼星石が口にしたのは―― 「外人さんが書いたマンガなんだね」 途端、硬直していた三人が、詰めていた息を吐き捨て肩を落とす。 翠星石は引きつった笑みを貼り付かせつつ、蒼星石の手から冊子をかっさらった。 「そそ、そうですぅ。きっと、ジュンたちは……えぇっと、そう!  雛苺の参考になればと思って、持ってきたですよ...
  • ―葉月の頃 その8―
          ―葉月の頃 その8―  【8月24日  湯屋】②     朝―― まさにペールギュント第一組曲の『朝』が、どこかから聞こえてきそうな、 とても清々しい山の朝を迎えた、午前八時のこと。 朝餉の席を囲む誰もが、質素ながら「これぞ純和風!」と言わしめる朝食を前に、 目を輝かせる。ご当地ならではの食事を楽しむのも、旅の醍醐味なのである。 ところが…… 大広間に顔を揃えているのは、7人。 そのため、美味しそうな山の幸を前にしていながら、誰ひとりとして、 料理に箸をつけられずにいた。 やっと身体も目覚め始めて、お腹が空いてきた頃合いだけに、これは拷問に近い。 雪華綺晶に至っては、じぃーっと料理を凝視して、ソワソワ肩を揺すっていた。 ここで膳を片づけようものなら、誰彼かまわず、痛快まるかじりしそうな雰囲気である。 ……と、徐に大広間のふすまが横すべりして、翠星石が仏頂面を覗かせた...
  • ―葉月の頃 その4―
          ―葉月の頃 その4―  【8月23日  処暑】① 処暑とは、二十四節気のひとつに挙げられ、暑さの和らぐ時期とされる。 だが、太陽は暦など無視して、強烈な真夏の日射しを投げかけていた。 それはもう、天日だけで鉄板焼きが楽しめてしまうほどに。 「はふぅ~。今日も朝から、あちぃですぅ~」 翠星石は、窓を開け放した居間のソファにデレ~っと身を沈ませながら、 足元に寝そべっているチビ猫の腹を、爪先でちょいちょい突っついていた。 そよ吹く風が、風鈴を揺らしながらサッシに掛けた簾を抜けて、吹き込んでくる。 だが、とにかく熱い。生ぬるいだとか、生やさしいものではない。 庭仕事なんぞしていようものなら、たちどころに熱中症になりそうだった。 柴崎家には、エアコンなる文明の利器が存在しない。 祖父母――ことに、祖母の方――が、極度の冷え性であるためだ。 そのため、古めかしい首振り型の扇風機...
  • ―葉月の頃 その2―
          ―葉月の頃 その2―  【8月13日  混家】前編 「いいですか。混家の語原はですね――」 炎天下の元、人差し指をピン! と立てて、自信たっぷりに能書きを垂れる翠星石。 「八百万の神様たちが日本中から集まってきて、  出雲大社がギュウギュウのおしくらまんじゅうになった事に由来してるですぅ」 そんな彼女に注がれる、二人の視線は、ちょっと違う。 オディールは「へえぇ……物知りなのね」と、感心しきりに頷いている。 片や、蒼星石は―― 「姉さん…………出だしからウソ吐かないでよ」 呆れ顔で、はふぅ――と、溜息を漏らした。 その一言を耳にして、素っ頓狂な声を上げるオディール。 「えぇっ? 今のって、ウソなの?」 「うん。ごめんね、オディール。姉さんの言うことは、話半分に聞いといて」 「なっ!? ちょっと待ちやがれです。人をウソツキみたいに言うなですぅ!」 胸の前で両手...
  • ―睦月の頃 その1―
      ―睦月の頃 その1―  【1月1日  元日】 一年の計は元旦にあり。 物事は出だしこそ肝心だから、しっかり計画を定めてから事に当たれという訓戒だ。 ――しかぁし。 柴崎夫妻が台所で、おせち料理や雑煮の準備をしていたところに、 寝癖だらけの髪を振り乱した翠星石が、どたどたと踏み込んできた。 「し、しし……しまったですっ! 寝坊したですぅ!」 「あらまあ、大変。ヒナちゃんとは、何時の約束だったの?」 「……五時半ですぅ」 初日の出を見に行こうと、待ち合わせの時間を事前に決めていた訳だが、 時計は既に、六時近くなっている。年明け早々、とんでもない大失態だ。 こんな事では、今年一年が思いやられる。 取り敢えず、自室に戻って、雛苺に電話で謝りつつ、素早く身支度を整える。 部屋の中はかなり寒いが、構ってなどいられない。 パジャマを乱雑に脱ぎ捨て、下着姿で震えながら、適当な服を見繕った...
  • ―葉月の頃 その9―
          ―葉月の頃 その9―  【8月24日  怪談】 前編     その報せが伝えられたのは、夕食の席に、みんなが顔を揃えた時だった。 誰もが、料理を食べ終え、どれが美味しかっただの思い思いの感想を述べつつ、 温かいお茶で喉を潤していた頃―― 「みんなー。食べ終わったら、あたしの部屋に集合だからねー」 みっちゃんの呼びかけに、あれ? と、翠星石が首を傾げる。 今夜は、この宿の近くにある山寺で、肝だめしをする予定ではなかったか。 そればかりが憂鬱で、食の進みもイマイチだったというのに…… 復活して間もない真紅や金糸雀を慮って、予定が変更されたのだろうか? 翠星石は、おずおずと右手を挙げてみた。 「あの……みっちゃん。ちょっと訊いてもいいです?」 「ん? なぁにかなぁ、翠星石ちゃん」 「どういうコトです? みんなで部屋に集まって、何するですか」 「あれ、聞いてないんだ? カナ、みん...
  • ―葉月の頃 その6―
          ―葉月の頃 その6―  【8月23日  処暑】③ 焼けつくような夏の日射しも、太陽が西へと傾くにつれて、和らいでいった。 だいぶ暑さが弱まって来た夕方、三台の車は無事に、旅館の駐車場に並んだ。 所要時間、およそ7時間。途中で何度か休憩を挟んだこともあるが、 その殆どは、一般道を抜けるためだけに費やされた時間だった。 お盆休みのピークを過ぎたとは言っても、まだまだ夏休みシーズン真っ直中である。 現に、この鄙びた温泉宿にも、彼女たち以外の車が何台も停められていた。 「ふぃ~。やっとこさ着いたですね。腰が……ちょっとだけ痛いですぅ」 翠星石は、身を捩ってシートベルトを解きながら、重い息を吐いた。 さすがに慣れない長距離ドライブで、気疲れしたのだろう。 ちょっとだけ――というのは、せめてもの強がりらしい。 そんな彼女に、助手席の雛苺が「お疲れさまなのよー」と、キンキン声...
  • ―葉月の頃 その7―
          ―葉月の頃 その7―  【8月24日  湯屋】① 闇と虫の声に包まれていた山の夜が、ひっそりと明けゆく頃―― 翠星石もまた、夢を見た憶えのないまま、浅い眠りから覚めた。 開け放した障子の向こう、窓越しに仰ぎ見る東の空は、仄白い。 まだ未練がましく居残っている夜の部分さえも、もう淡い紫に色づいていた。 夏の夜明けは早いものながら、こんなに早起きしたのは、久しぶりだった。 空気のニオイとか、マクラや布団が違ったせいかも知れない。 ここ最近、翠星石がベッドを起き出すのは、午前8時を過ぎたくらい。 気温が上がって、暑苦しさに耐えかねた挙げ句に、仕方なく起きるのである。 (ん……いま、何時ですかぁ?) 時間を気にしながらも、翠星石は既に、二度寝モードに突入しかけていた。 抜けきらない眠気に一寸すら抗おうともせず、腫れぼったくて重たい瞼を瞑る。 いつもの調子で、ふぁ――と、大...
  • ―卯月の頃 その1―
          ―卯月の頃―  【4月5日  清明】 四月に入り、長かった春休みも、残すところ数日。 三月末まででバイトは終了しているので、今は四年目の大学生活に向けて、 あれこれと準備を進めているところだ。 就職か、修士課程への進学か……それも迷っていた。 「早いもんですぅ。もう四年生になっちまったですね」 翠星石は、自室の壁に掛けたカレンダーを眺めて、しみじみと独りごちた。 もう、四月。蒼星石が海外の大学の編入試験に合格して、この家を出てから、 半年以上が過ぎたことになる。 留学というと、費用面など諸々の問題で、大概は半年間を選択する。 しかし、蒼星石が選んだのは、一年間のコースだった。   『半年で学べる量なんて、高が知れてるでしょ。    だから、ボクは一年間、勉強してくるよ。    中途半端な留学なら、しない方がマシだと思うから』 そんな台詞を残して、彼女は海外へと...
  • ―如月の頃 その1―
          ―如月の頃―  【2月3日  節分】 二月――後期の期末考査が無事に終わると、学生たちの長い春休みも幕を開ける。 受験シーズンと重なるため、二月初頭から四月の中頃まで、休暇となるのだ。 補習やら卒論研究などの理由で、他の学生より少しだけ長く大学に通う者も居るが、 殆どの学生は、この長い休暇を思い思いに過ごす。 ある者は交遊にうつつを抜かし、また、ある者はアルバイトに精を出した。 翠星石はと言うと、専ら後者の方だった。 祖父母の家は自営業で、世間のお父さん方のように、定年退職があるワケではない。 けれど、時計屋という職業柄、安定した収入が望めないのも、厳然たる事実だ。 そこで、彼女は自発的にアルバイトをして、教科書代や交通費を稼ぐばかりか、 学費の補助として、月々五万円を家に納めていた。 そのくらいで事足りているのは、国立大に進んだからである。 私立大の学費となると、と...
  • ―皐月の頃 その1―
          ―皐月の頃―  【5月2日  八十八夜】 早朝、みっちゃんの自宅に集合してから、タクシーと電車を乗り継ぎ、 やっとの思いで空港まで到着した頃には、既に八時を回ろうかという時刻だった。 「ほらほら。貴女たち、急いでね~」 空港のロビーを進む足取りも軽く、みっちゃんは付き従う娘たちに発破をかける。 娘たちとは、翠星石と、彼女に誘われて参加することとなった雛苺である。 軽装のみっちゃんとは異なり、二人とも両手にスーツケースを引きずっていた。 「急げと言われても、こう荷物が多いと、歩くのも儘ならねぇですぅ」 「殆どが、みっちゃんの持ち物なのよー」 ぶーぶーと、文句たらたらな二人。道中ずっと、こんな感じである。 二人の手荷物は、数日間の着替えや愛用の化粧品など、身の回りの物だけ。 それとて、大して多くないから、ボストンバッグひとつで事足りている。 翠星石と雛苺は、みっちゃんの...
  • ―文月の頃 その1―
          ―文月の頃―  【7月2日  半夏生】 夏至から11日が過ぎても、依然として梅雨が明けない、七月最初の日曜日。 翠星石は、週末恒例ゆるゆる朝寝を楽しんだ後、机上のノートパソコンに向かい、 文月の名に相応しく、蒼星石からの電子メールを確認していた。 この作業も、すっかり日常生活に織り込まれてしまった感がある。 「うふふ……今日も来てるですね。流石は、私の妹。律儀で感心ですぅ」 気忙しく、新着メールを開く。 ここ数日の話題は、専ら、夏休みのことばかりだった。 気が早いとアタマで解っていても、会いたい気持ちは抑えられない。 【おはよ、姉さん。そっちは、もう梅雨明けした?  こっちでは、だいぶ気温が上がって、夏らしくなってきたよ。  昨日は、オディールが――】 そこまで読むと、翠星石は眉間に深い皺を刻んで、メールを閉じてしまった。 昨夜から、心待ちにしていたにも拘わらず、...
  • ―長月の頃 その1―
          ―長月の頃―  【9月8日  白露】     月が変わったとは言え、まだまだ残暑の厳しい9月の初め。 部屋の窓を全開にしても、吹き込んでくる風は、若い柔肌に汗を誘う。 エアコンのない柴崎家にあっては、尚のこと。 風の通りのよい二階に居ても、陽光照りつける日中は、決して涼しくはなかった。   「うぁ~。あっちぃですぅ~」   白露と言えば、二十四節気のひとつ。 いよいよ秋の気配が強くなり、野原にも露が降り始める頃を指している。 ――のだが。 「あーもう。暦の上じゃ秋なんですから、もちっと涼しくなりやがれってんですー」 「まぁた、無茶苦茶なことを」 だらしなく椅子にもたれて、ウチワで首筋を扇ぎながらブチブチ言う姉に、 蒼星石は溜息まじりの苦笑を漏らす。 そして、スーツケースに荷物を詰めていた手を休め、翠星石と目を合わせて続けた。 「キミは髪が長すぎるから、余計に暑く感じるんじ...
  • ―水無月の頃 その1―
          ―水無月の頃―  【6月6日  芒種】前編 梅雨入りして間もない、六月初頭。 ここ数日、曇天ながら雨の降らない日が続いている。 そんな、ある日のこと。真紅の家の庭に、翠星石と雛苺が集っていた。 今日は、二十四節気のひとつ、芒種。 芒(のぎ)とは、稲や麦の種に付いている針状の毛のことを言う。 この時期、農家は田植えや畑仕事で、大忙しとなる。 だが、モチロン、翠星石たちは農作業を手伝いに来たのではない。 紫陽花の手入れが、イマイチよく分からないという真紅に、 梅雨の止み間を見計らって、駆り出されたのだ。 「まぁた随分と、健やかに伸びてるですねぇ。深ぁい愛情を感じるですぅ」 生い茂る紫陽花を見るなり、翠星石が放った感想である。 良い意味に聞こえるけれども、裏を返せば、伸び放題。 つまりは、全く手入れがされていないコトへの皮肉だった。 「……意地の悪いことを言わないでち...
  • ―弥生の頃 その1―
          ―弥生の頃―  【3月3日  上巳】 前編 世間一般に、雛祭りと呼ばれる日の朝。 翠星石はパジャマの上にカーディガンを引っかけ、PCを起動していた。 今日は金曜日。大学は春休みでも、バイトに行かなければならない時間だ。 にも拘わらず、翠星石は落ち着き払って、電子メールの確認などしている。 階下から、祖母の「起きなさ~い、翠ちゃ~ん」という声が届いた。 そう言えば……と思い出して、翠星石は席を立ち、ドアを開ける。 ひょこんと顔を覗かせると、階段の下で、祖母が見上げていた。 「何してるの? お仕事に、遅れるわよ?」 「言い忘れてたです。今日は、バイトが振り替え休暇になったですぅ」 「振り替え?」 「先週の土曜日に、休日出勤したですよね」 「ああ! そうだったわね。じゃあ、今日はお休みなのね?」 「だ~から、そう言ってるですぅ~」 若者と老人の会話は、少しばかり、時間と意志...
  • ―睦月の頃 その3―
          ―睦月の頃 その3―  【1月5日  小寒】 やけに冷え込む朝だった。 けれども、目が覚めてしまったのは、寒さのせいではない。 朝の早い祖父母に合わせて朝食を摂るため、早起きの習慣がついているのだ。 翠星石は寝惚けつつ、枕元で喧しく鳴り続ける目覚まし時計を黙らせるべく、 布団の中から右腕を伸ばした。 しかし、一度では時計を捉えられず、二度、三度と腕が宙を彷徨う。 漸くにして目覚まし時計のアラームを切った時には、 彼女の右腕は、すっかり冷たくなっていた。 (んん……なんてぇ寒さですかぁ。起きたくねぇですぅ) 今はまだ、冬休みの真っ最中。ムリに起きる必要も、用事もない。 ベッドの中に冷えた腕を引っ込めて、もそもそ……と寝返りを打つ。 右腕が体温を取り戻していくにつれて、翠星石は再び、眠気に襲われていた。 とろん、と微睡む感じが、どうしようもなく心地よい。 二度寝の誘惑に些...
  • ―睦月の頃 その4―
      ―睦月の頃 その4―  【1月17日  冬の土用入り】 冬休みも呆気なく過ぎ去り、大学の講義が始まって暫く経った、ある日の夕方。 翠星石は、雛苺を待つ傍ら、キャンパス内の図書館で課題レポートを書いていた。 館内には一人掛けのテーブルが、幾つも据え付けられていて、自由に使えるのだ。 あれこれと参考文献を漁りながら、レポートを書くには、もってこいである。 肩の凝りを覚えて、翠星石が頭を上げると、首がコキコキ鳴った。 なんだか気怠い。でも、今日は火曜日。今週も、まだ長い―― 「あー。流石に、くったびれたですぅ」 夕焼けに染まる窓辺の机で、翠星石は周囲を憚りつつ、大欠伸した。 椅子の背もたれにのし掛かって、縮こまっていた背筋を伸ばす。 すると、身体の節々から、小さな悲鳴が上がった。 まだ半分も纏まっていない内から、こんな事では先が思いやられる。 気分転換も兼ねて、翠星石は前後の机...
  • ―如月の頃 その2―
          ―如月の頃 その2―  【2月4日  立春】 日付が変わり、二月四日を迎えた頃―― 救急病院の、薄暗く、うら寂しいロビーに、二つの人影があった。 どちらの影も、常夜灯が点された真下のソファに腰を降ろし、項垂れている。 「なんという事だ…………まさか、翠星石が……」 両手で頭を抱えて、柴崎元治は嘆息した。 鎮痛剤を飲んで就寝していたところを、事故の知らせに叩き起こされたのだ。 事故を起こしたバイクのライダー共々、救急車で運び込まれた翠星石は、 いま、治療と精密検査を受けていた。 「あの子に、もしもの事があったら、儂は……かずきに合わせる顔が無い」 「お祖父さん――」 彼の妻、柴崎マツは、悲嘆に暮れる亭主の背中に、そっと手を当てて囁いた。 「しっかりして下さい。きっと、大丈夫ですよ」 ついさっき、担当の医師に簡単な説明を受けたばかりだ。 目立った外傷は無く、大きな骨...
  • ―睦月の頃 その5―
          ―睦月の頃 その5―  【1月20日  大寒】 雛苺の家で完成させたレポートを、教授に提出する日が、遂にやって来た。 結末は、二つに一つ。 今日は金曜日。レポートを受理されて、愉しい週末を過ごすか。 それとも、突き返されて、泣く泣く土日の間に書き直す羽目になるのか。 もっとも、受理されたからと言って、悠長に遊び回っても居られない。 週が明ければ、後期の期末試験に突入するのである。 進級に必要な単位数を取得できなければ、どのみち留年が待っていた。 翠星石は大学の図書館で、レポートの最終確認を済ませた。 ……が、待ち時間の長さだけ、不安も募る。 完成した大切なレポートを胸に抱えて、心配そうに、重い溜息を吐いた。 「ああ……心臓がバクバクするですぅ。こういうの、得意じゃねぇですよ」 「平気だと思うのよ。翠ちゃんのレポート、良く纏まってたもの」 雛苺の慰めを耳にして、一緒に...
  • ―皐月の頃 その2―
          ―皐月の頃 その2―  【5月5日  端午】前編 みっちゃんのお供で、蒼星石の留学先を訪れて、早三日が過ぎ―― 明日には帰国の途に就かねばならないのに、翠星石は依然として、 蒼星石に会えずにいた。 日中は、みっちゃんの手伝いでキャンパスに詰めているから、 昼食時や休み時間などに、ひょいと再会できると思っていたのだが……。 「……どうにも、私の考えが甘かったみてぇです」 雛苺と、みっちゃんに挟まれ、食堂のテーブルに着いていた翠星石が、 白いソーセージの付け合わせであるザワークラウトをフォークで突き突き、 憮然と呟いた。それを聞きつけて、みっちゃんがチラと視線を向ける。 「どうかしたの、翠星石ちゃん? もしかして、ザワークラウト嫌い?  まさか、ヴァイスブルストが苦手ってワケないよね」 「好き嫌いはダメなのー。だから、翠ちゃんはアタマに栄養が回らなくて、  肝心なとこ...
  • ―卯月の頃 その3―
          ―卯月の頃 その3―  【4月20日  穀雨】 パフェの食べ過ぎで、お腹を壊してから三日後のこと。 今日は、木曜日。明日を乗り切れば、やっと待ちわびた週末である。 だが、もっと待ち遠しかったのは、五月の大型連休の方だった。 就職組は着慣れないリクルートスーツに身を包み、ゴールデンウィークも関係なく、 会社回りにてんてこ舞いの日々を送っている。 真紅や、巴は、目下のところ就職活動中だった。 景気が上向いてきたとは言え、女子大生の就職は、なかなか大変らしい。 一方、翠星石と雛苺は大学院への進学を決意して、鋭意勉強中である。 試験の実施は、今月末。もう一週間も猶予が無い。 二人は朝から研究室に籠もり、机に向かって、最後の追い込みをかけていた。 そんな、ちょっとピリピリした空気が漂うなか―― ふと、教科書と睨めっこしていた雛苺が、顔を上げて翠星石に話しかけた。 「……翠...
  • ―文月の頃 その3―
          ―文月の頃 その3―  【7月20日  夏の土用入り】 いよいよ、待ちに待った夏休みが目前と迫ってきた、7月下旬の晴れた日。 多くの大学では、この時期に前期日程の期末考査が行われる。 講義の履修状況によっては、日に三つ四つと試験を受ける羽目になるのだが、 四年次ともなると必修科目も殆どなくなり、その数はグンと減る。 翠星石と雛苺も、十教科くらいしか履修しておらず、しかも、 その内の幾つかはレポート提出で単位がもらえる講義だから、気楽なものだ。 今週の火曜日から試験が始まり、既に三教科を済ませているので、 以後のスケジュールは一日に一教科のペースでよかった。 「お待たせ~。遅くなって、すまねぇですぅ」 午前の試験終了後、やや息を切らせ気味に学食へと駆け込んできた翠星石は、 既に待ちかまえていた親友に、片手をあげて挨拶した。 向かい合わせに座った翠星石に、雛苺は水を汲ん...
  • ―如月の頃 その3―
          ―如月の頃 その3―  【2月4日  立春】 空は、スッキリと晴れ渡っている。 大気が澄んでいるせいか、遠くに連なる山々の稜線まで、ハッキリと見えた。 けれど、眼下に見おろす街並みは灰色で、どこか暗く、寒々としていた。 暦の上では春となったものの、季節はまだ冬なのだと思い知らされる。 翠星石は、病室のベッドで半身を起こして、窓の外に広がる景色を眺めていた。 (はぁ……検査入院なんて、退屈ですぅ) 救いは、四階の病室で、眺望が悪くない点だ。 口の悪い人間は『バカと煙は高い所が好き』だなんて言うけれど、 翠星石は、見晴らしの良い場所が大好きだった。 山の頂上や、東京都庁の展望台、レインボーブリッジを歩いて渡ってみたり―― 思えば、二人で色々な場所に行ったものだ。 蒼星石と一緒に行けば、どんな所でも楽しかった。 同じ景色を見て、同じように感じて、心を動かした日々……。 今...
  • ―如月の頃 その4―
          ―如月の頃 その4―  【2月19日  雨水】 入院騒動があってから、早、半月が過ぎようとしていた。 結局、検査入院では何も異常が見られず、翌日の日曜日には退院できたのだ。 そして、月曜日からは通常どおり、バイトに勤しむ日々が訪れていた。 今日は日曜日だけれど、早起きをして通院し、経過を診てもらった。 問診だけで、もう精密検査などは行わない。お陰で、用件は直ぐに済んだ。 もう心配ないだろうと、医師の太鼓判(或いは、お墨付き)を頂けたので、 翠星石の気分は、頗る良かった。 取り敢えず、家に帰って祖父母に診察の結果を知らせてこよう。 それから、蒼星石にメールを送って―― そんなコトを考えながら、独り歩いていると、やや前方に見知った姿を認めた。 声を掛けようとして、思い留まる。相手はまだ、こっちに気付いていない。 翠星石は足音を忍ばせつつ、小走りに近付いて、バシン! と...
  • ―皐月の頃 その5―
          ―皐月の頃 その5―  【5月21日  小満】 帰国するなり、アッー! という間に過ぎてしまった二週間。 講義やら、レポートやら、卒論の準備やら……。 目まぐるしい日常に翻弄される翠星石にとって、気の休まる時は、週末しかない。 けれど、辛いとは思わなかった。 だって、蒼星石の写真が、心を奮い立たせ、力を与えてくれるから。 みっちゃんにもらった画像データを、携帯電話の待ち受け画像に設定して、 事ある毎に眺めては、気力を漲らせていたのである。 五月も、あと僅か。もうちょっとの辛抱で、また会える。 間近で言葉を交わし、触れ合う事ができる。 そう考えれば、殆どのことは我慢が出来た。 今日は、日曜日。 ぼけぼけ~っと朝寝坊を楽しんで、遅い朝食とも早い昼食ともつかない食事を摂り、 少しだけチビ猫と遊んでから、翠星石はジャージ姿で、庭の手入れを始めた。 花壇では、五月の誕生花である...
  • ―皐月の頃 その4―
          ―皐月の頃 その4―  【5月6日  立夏】 僅かに開いたカーテンの隙間を縫って、眩い光が、暗がりを割って射し込んでくる。 それは太陽の移動と共に位置を変え…… 今や、ベッドで寝息を立てていた翠星石の横顔を炙っていた。 ジリジリと日焼ける頬が熱を帯びて、とても暑い。 今日は立夏。暦の上では夏に入る。いわば季節の変わり目だった。 「…………んぁ? もう、朝……ですぅ?」 重い瞼を、しょぼしょぼと瞬かせ、起き上がった翠星石は、 隣に誰かの気配を感じて、ぎょっと眼を見開いた。 なんと! 自分が寝ていたシングルベッドに、もう一人いるではないか。 その人物は窮屈そうに縮こまって、いかにも寝苦しそうに、眉間に皺を寄せていた。 「み……みみ、み……みっちゃんっ?!  どうして私のベッドに、みっちゃんが居るですかぁっ!」 おまけに、よく見れば翠星石は、一糸纏わぬ姿だった。 「ひえ...
  • ―卯月の頃 その2―
          ―卯月の頃 その2―  【4月17日  春の土用入り】 自室のベッドに深々と身を沈めながら、翠星石は、悶々と喘いでいた。 胸の上に重石を載せられているような、鬱陶しくて、異様な息苦しさ。 払い除けようとする右手は、虚しく空を切る。 (……なんなのです、一体) 意識が明瞭になるにつれて、全身に重みを感じるようになっていた。 まるで、誰かに――のし掛かられているみたいに。 だがモチロン、そんなイタズラをする者は、居ない。 この家から蒼星石の姿が消えた日を境に、二度と起こり得なくなったのだ。 ならば、いま感じている、この重みは一体……なに? 圧迫された肺を、風船のように膨らませるべく、翠星石は大きく息を吸い込む。 すると、懐かしい匂いが、彼女の鼻腔をくすぐった。 いつか、どこかで嗅いだ憶えのある匂い。 胸がキュンとなる、愛しい匂い。 (まさか、蒼星石っ!?) ビック...
  • ―水無月の頃 その4―
          ―水無月の頃 その4―  【6月21日  夏至】 六月も終わりが見えてきた、周の真ん中の、水曜日。 研究室での午後イチのゼミを終えた翠星石と雛苺は、一息つくために、 キャンパス内にある学生生協へと歩を向けていた。 いつもなら、研究棟の一階にある自販機コーナーで缶ジュースを買うのだが、 今日に限って保守点検が行われていたのだ。 そんなワケで、やむを得ず別棟の学生生協を目指したものの―― 「うー。今日は、すっごく暑いの~」 翠星石の隣を歩く雛苺が、口を開くことすら気怠いと言わんばかりの声で、 胸に蟠る不平を吐き出した。 時刻は、14時40分。強烈な日射しが降り注ぐ夏では、最も暑い時間帯だ。 しかも、今日は夏至。 太陽が最も北により、北半球で、昼が一番長くなる日ときている。 日照時間が増すのだから、比例して、気温も上がる道理だった。 「つべこべ言ってねぇで、ちゃっちゃと歩...
  • ―文月の頃 その4―
          ―文月の頃 その4―  【7月23日  大暑】 今日は大暑。一年で最も暑さの厳しい時期とされる、日曜日。 大学が夏期休暇に入るまで、残すは一週間となっていた。 明日の試験に備えて、机に向かっていた翠星石だが、勉強など手に着かなかった。 窓の外に眼を向ければ、カラリと晴れ渡った空の青さが目に滲みる。 気も漫ろで、胸が騒ぐ。ココロがざわめいて、仕方がない。 身体がウズウズして、ギラギラ照りつける日射しの下に、飛び出したい気分だった。 「あうぅ……あ、あと少し……我慢……するです」 なんて言いつつ、机の下では、そわそわと足踏みしている。 事情を知らない他人が見たら、トイレでも我慢しているのかと思っただろう。 だが、違う。待ちわびた至福の瞬間を目前にひかえて、落ち着けなかったのだ。 しかし……足踏み程度では、却って、気忙しさが募る感じだった。 時計を見遣ると、現在、午前10...
  • ―睦月の頃 その2―
      ―睦月の頃 その2―  【1月1日  元日】 骨折り損のくたびれもうけだった初日の出見物から戻った翠星石は、 入浴後、おせち料理を少し摘んで、お婆さん特製の雑煮を味わった。 「ふっふっふ……この味、この香りこそ正月よ……ですぅ」 と、独りごちて、やおらキョロキョロと周囲を見回す。 誰にも聞かれていなかったコトを確認して、ホッと安堵の息を吐いた。 醤油仕立ての熱い汁を慎重に啜りながら、翠星石は去年の正月を回想した。   『これを食べないと、年が明けた気がしないんだよね』 そう言って、美味しそうに雑煮を食べる蒼星石。 一緒に雑煮を食べる事は、姉妹が幼い頃から遵守してきた年頭行事である。 それは、今は亡き両親との大切な思い出でもあった。 祖父母に引き取られてからも、絶やすことなく続けていこうと誓い合ったのだ。 それなのに、今年の正月は、蒼星石が居なかった。 寝耳に水も同然の...
  • ―水無月の頃 その2―
          ―水無月の頃 その2―  【6月6日  芒種】後編 みんながまだ、幼稚園児だった頃、記念に埋めたタイムカプセル。 まさか、こんなカタチで掘り返すことになるなんて、誰が予想しただろうか。 「何を入れたのか、もう自分でも忘れちまったですよ」 ベタベタと絡み付くガムテープに閉口しつつも開封を諦めない真紅の手元を、 翠星石はジッと見守りつつ、暢気に独りごちた。 真紅を手伝おうなんて気持ちは、端っから無い。 それ以前に、幼い頃、自分が納めた物が何なのかが気懸かりで仕方なかった。 他人への配慮など、二の次になっていたのだ。 ねちゃぁ……と、いやらしく糸を引いて、最後のガムテープが引き剥がされた。 「……ふぅ。やっと開いたのだわ」 真紅は詰めていた息を吐き出して、額に浮かんだ汗を、手の甲で拭った。 その拍子に、偶然、指にこびり付いていたガムテープが、真紅の前髪に絡み付く。 「...
  • ―皐月の頃 その3―
          ―皐月の頃 その3―  【5月5日  端午】後編 宿泊先のホテルに戻るなり、泣き寝入りして、どれだけ経っただろうか。 翠星石が目を覚ますと、辺りは、すっかり暗くなっていた。 枕元のインテリアスタンドに付属しているディジタル時計を見遣ると、 時刻は既に、20時を過ぎている。中途半端に寝たために、軽く頭痛がした。 (……ちょっと、お腹が空いたですぅ) 頭痛と気怠さを押し切って、翠星石は、むくっと身を起こした。 見れば、窓側のベッドが、こんもりと盛り上がっている。 耳を澄ますと、雛苺の健やかな寝息が聞こえた。 「もう寝てやがるですか。呆れたヤツですぅ」 老人じゃあるまいし、幾らなんでも、午後八時に就寝だなんて早すぎる。 今日日、小学生でも夜更かしするというのに。 とは申せ、雛苺の心理が解らなくもなかった。 海外に来ていながら、テレビばかり見ているのは勿体ないし、 かと...
  • ―文月の頃 その2―
          ―文月の頃 その2―  【7月7日  小暑】 暦の上で小暑を迎えて、本格的な暑さに見舞われる時期が訪れたものの、 今年の梅雨は未だに明けず、連日、曇天が続いていた。 世間では小暑よりも、五節句のひとつ、七夕と呼ぶ方が一般的である。 駅構内や、駅ビルの地下街、ショッピング・モールも、七夕一色。 金曜日ということもあって、道行く人の足取りは軽く、どこか楽しげだ。 それも、そのはず。 駅前の商店街では毎年、市の協賛で、七夕祭りが盛大に開催されるのである。 しかも、今日は午後から雲が切れ始めて、久しぶりに陽が降り注いでいた。 案外、2、3日の後には、梅雨明けなのかも知れない。 翠星石と雛苺も、午後三時には大学の研究室を後にして、街に繰り出していた。 正しくは、人混みが苦手だからと渋る翠星石を、お祭り大好き娘の雛苺が、 有無を言わせず引っ張ってきたワケだが―― 二人が到着し...
  • ―水無月の頃 その3―
          ―水無月の頃 その3―  【6月11日  入梅】 入梅。 読んで字の如く、暦の上で梅雨に入る頃を指している。 だが、世の中では既に、六月初旬から梅雨が始まっていた。 折角の日曜日だというのに、朝から雨のそぼ降る景色を見せられては、 気力も意欲も急降下。一気に、倦怠感と脱力感に襲われる。 翠星石も、カーテンを開いて窓に付く水滴を見た途端、二度寝モードに突入してしまった。 カリッ……カリカリカリッ……。 例によって、チビ猫が起こしに来たが、翠星石は瞼を閉じたまま、聞き流した。 やがて、ドアを爪で引っ掻く音が止み、チビ猫も諦めたものと思いきや、 今度はニャ~ニャ~と悲しげな声で鳴きだす始末。 (うっ…………流石に、胸が痛むですぅ……いやいやいや。  ここで起きたら、ヤツの思う壺です! 意地でも二度寝してやるですぅ!) すると、今度はトントンと階段を昇ってくる足音が響い...
  • ―長月の頃 その2―
          ―長月の頃 その2―  【9月9日  重陽】     相も変わらずの強い日射しが、露わな乙女たちの柔肌を、容赦なく炙る。 その炎天下を、怠そうに並んで歩くのは、翠星石と雛苺。 乾く間もなく汗が滲み、濡れた薄手のシャツが、背中に貼り付いていた。   けれど、彼女たちの一挙一動が精彩を欠く理由は、暑さばかりではない。 なにより大きな影響を及ぼしていたのは、重たく沈んだココロ。     フランスに発つ蒼星石とオディールを見送った、その帰り道―― 翠星石は、足元の濃い影に目を落としつつ、時折、力の抜けきった息を吐く。 祭りの後にも似た空虚と、喪失感。 空元気さえ絞りだせないほど、彼女の気力は萎えていた。   雛苺もまた、そんな翠星石の心境が解ってしまうだけに、胸を痛めていた。 どうにかして元気づけてあげたい。でも、どうすれば喜んでもらえるのか。 乗り継ぐ電車の中でも、あれこれ話題を振っ...
  • ―弥生の頃 その5―
          ―弥生の頃 その5―  【3月21日  春分】 日本全国、津々浦々。今日、春分の日は、休日に定められていた。 春分とは二十四節気のひとつ。昼と夜の長さが等しくなる日である。 しかし、バイトに精出す翠星石と雛苺にとっては、関係が無かった。 勤務先の食品工場が定めているカレンダーでは、通常の火曜日扱いなのだ。 当然、時給も通常どおり。休日出勤手当などは付くハズもない。 翠星石は、普段どおりに起きて、祖父母とチビ猫に朝の挨拶をすると、 朝食を済ませ、身支度を整えて、いつもより空いている道を通勤してゆく。 「この頃は、だいぶ温かくなって来たですぅ~」 食品製造工場の柵伝いに植えられた桜も、五分咲きと言ったところだ。 そろそろ、あちこちの公園が花見客で賑わう季節を迎える。 開花の早い場所では、今週末がピークになるだろう。 何を隠そう、翠星石は、夜桜見物が好きだった。 けれ...
  • ―弥生の頃 その2―
          ―弥生の頃 その2―  【3月3日  上巳】 後編 真紅、金糸雀と相次いで轟沈する中、三番手に名乗りを上げたのは、水銀燈。 「それじゃあ、口直しに、私の甘酒を召し上がれぇ」 「あぁ、助かったです。これは、まともそうですぅ」 「本当ですわね。良い香りですわ」 「うっふふふふ……当然よぉ。私の辞書に、不可能の文字なんてないわぁ」 ちらり……。萎れている真紅と金糸雀を横目に見遣って、 水銀燈はニタァ……と、口の端を吊り上げた。 「真紅や金糸雀みたいな、薔薇乙女ならぬバカ乙女なんかとじゃあ、  端っから勝負になるワケないじゃなぁい♪」 「……き、聞き捨てならないのだわ」 「でも、反論できないかしらー」 「二人とも、そう落ち込まないでなの。とにかく、飲んでみるのよー」 雛苺のフォローで、全員が「では――」とコップを手に取り、口元に運ぶ。 見た目、良し。匂い、良し。あとは、口に...
  • ―弥生の頃 その4―
          ―弥生の頃 その4―  【3月18日  彼岸】 穏やかに晴れた、土曜日の朝。 翠星石は、ベッドに横たわったまま両手を天に突き出し、大きな欠伸をした。 ひんやりとした空気に触れても、眠気はなかなか引かない。 普段の週末ならば、ここで二度寝モードに突入するところだ。 しかし、今日は、そうも行かなかった。 毎年、彼岸の入りに墓参りをすることは、柴崎家の恒例行事である。 墓前で、亡き祖先や両親を偲ぶ日だった。 彼岸――とは、春分・秋分の日の、前後三日を含めた七日間を言う。 気候の変わり目とされ、仏教で言うところの『さとりの世界』でもある事から、 多くの寺で法会が催される。 柴崎家の檀那寺でも、春と秋の彼岸には法会が執り行われ、多くの人が訪れていた。 「さぁて……そろそろ、起きるですぅ」 枕元の時計を手にして、ディジタル表示の時刻を見ると、既に八時を回っていた。 昨夜、十時...
  • ―弥生の頃 その3―
          ―弥生の頃 その3―  【3月6日  啓蟄】 その日のバイトを終えて、翠星石と雛苺が、ロッカーで着替えていた時のこと。 「ねえねえ、翠ちゃん。啓蟄って、どんな意味があるの?」 と、雛苺が訊ねてきた。 よもや雛苺から暦に関する質問をされるとは思っていなかったので、 翠星石は暫し口を閉ざし、考え込んでしまった。 「なんです? 藪から棒に」 「さっき、カレンダーを見たらね、書いてあったのよー。  何かのお祭りかなって、思ったの」 「ああ……なるほど、ですぅ」 らしいと言えば、いかにも雛苺らしい。 お祭り大好きな性分は、昔から変わっていなかった。 「そういうコトなら、特別のお慈悲で教えてやるですぅ。  耳の穴かっぽじって、良~く聞きやがれです」 「うぃー。了解なのっ」 「良いですか。啓蟄とは……」 「ふむふむ」 啓蟄。それは、冬眠していた動物たちが目を覚ます頃……を意味...
  • 『古ぼけた雑貨店』
      『古ぼけた雑貨店』 午前1時を過ぎる頃、私の足は、いつもの場所に向かう。 持ち物は、財布と携帯電話。それと、マフラー。 私のお目当ては、24時間営業のコンビニではない。 如月の夜風に揺れる、赤提灯でもない。 なにを隠そう、古ぼけた雑貨店なのだ。 その店を見つけたのは、去年の夏ごろ……蒸し暑い夜のことだったと記憶している。 会社の同僚と飲みに行って泥酔した私は、うっかり電車で寝過ごしてしまったのだ。 乗っていたのは終電で、反対方向の電車も既に走っていない。 と言って、乗り越したのは二駅だったから、タクシーを拾うのも馬鹿馬鹿しい。 やや迷った挙げ句、酔いざましも兼ねて、歩いて帰ることにした。 そして、普段は通ることのない路地裏で、件の雑貨店に巡り会ったというワケである。 ――こんな夜遅くまで、営業しているなんて。 我知らず、双眸を見開いていた。 辺り一面の夜闇の中で、明...
  • 『真夜中の告白』
          『真夜中の告白』 明日はテスト。 水銀燈は深夜まで、苦手科目の一夜漬けをしていた。 しかぁし――  「あ~ぁ、もぉ……集中力が続かないってばぁ」 見事に証明される『苦手 =キライ×メンドい』の黄金定理。勉強は一向に捗らない。 成果のないまま、時間ばかりが過ぎていく。 今日は切り上げて、明日の朝、早起きして続きをやろう。 普段なら、そう考えるのだが……今回は少し、状況が逼迫していた。 赤ザブトン――すなわち、モンダイ大有りの落第点。 一学期の通信簿を渡されて後、学園から自宅へ、ありがた~い手紙が届いた。 もう、両親には怒られた怒られた。 次も赤点を取ったら、小遣い減らすと脅されていた。 そんなのは、冗談じゃない。 女子高生には誘惑がいっぱい。 学校の帰り道に、みんなと喫茶店に寄ってお喋りしたいし、新しい服だって欲しい。 気になる化粧品もあるし、夏には水着だって新着しな...
  • 雑記メモ
    JKスレが終わるにあたって、Wikiの練習用として借りたけど……ここ、どうしよう。 -- (´゚ ω 。`) (2006-02-26 10 15 42) ま、放置でいっか。返すのもメンドクサイしぃ~。取り敢えずは、女の子スレの繁栄を願って。 -- (´゚ ω 。`) (2006-02-27 01 22 58) ……とりあえず、自分のSS保管庫にしようかな。何事も、有効活用ってことで。 -- (´゚ ω 。`) (2006-10-25 00 37 32) まいった……。ここにきて、多忙+気力どん底まで低下。しばらく映画と読書で、気力の回復を待ちますかねぇ。 -- (´゚ ω 。`) (2007-02-20 01 37 32) 不定期更新のブログみたいに使うのも、良いかもワカランね。激しく、グチの掃き溜めになりそな悪寒?! -- (´゚ ω 。`) (2007-02...
  • 気ままにヘタレ日記 5
    明けてました、よいお年を。orz 最近の寒さに負けないくらい、寒い挨拶で幕開けでございます。 本年、初更新! やっとこ、去年から引きずっていた長編を〆られました。 締め切りのない小説は完成しない――と、どこかで読んだ記憶が甦ります。 そもそもがチャランポランな性格の私には、耳の痛い言葉でございます。 自分なりに期限を切って、しっかり厳守できれば良いのですが…… ほら、人間って、どうしても自分に甘くなってしまうでしょう? まあ、とにかく。 次に書くものは、ある程度書き上げてから順次投下のカタチにするつもりです。 1話ずつの逐次投下は、まぁた投下間隔がまちまちになりそうなので。 ……さて、心機一転、頑張るですよー。 この頃は寒さでテンション下がらないように、 ちょっとノリのいい曲をききつつタイピングしております。 こんな感じの。 -- ヘタレ庭師 (2008-02-10 23 36 48...
  • 気ままにヘタレ日記 1
    折を見ては、ちょこちょこと庭いじり。だんだんと庭園っぽく体裁が整ってきたかなぁ?とりあえず、今は『その他』の充実を検討中。元々はオリジナル創作がメインだったハズが、気付けば、こんなにも二次創作に本腰を入れていたり……。ま、気ままに行きまっしょい。 -- ヘタレ庭師 (2007-05-14 23 44 45) オリジナルの方も、だいぶ設定・内容が練れてきた。あとは、いつくらいから書き始めるか……ですが。書き出しさえスルリと進めば、勢いに乗れるんですけどね。まずは未掲載分の加筆修正か――それと、途中で止めっぱなしのモノを完結させないとね。アレとか、アレとか、アレも。それにしても……人間のカラダというものは、想像以上に頑丈なモノのようです。衰弱していくのが自覚できたのに、くたばるどころか、驚異の回復をみせてしまいました。いや~、健康ってホンっトに、いいもんですねぇ~。 -- ヘタレ庭師 ...
  • 『山桜の下で…』
        その山桜は一本だけ、周囲の緑に溶け込みながら、ひっそりと咲き誇っていた。 満開の白い花と赤褐色の新芽に染まる枝を、私はただ、茫然と見上げているだけ。 時折、思い出したように花弁が降ってくる。青空との色合いが、とっても良い。 いつもなら、衝動的にスケッチブックを開いて、ペンを走らせているところだ。 でも、今は何も持っていない。持っていたとしても、描く気が湧かなかった。   そのときの私は、小学校低学年くらいの小さな女の子で―― どうしてなのか思い出せないけれど、泣いていた。   『…………』   ふと、誰かが私の名前を呼んだ。男の子と、女の子の声。 二人の声が重なって、なんだか奇妙な余韻を、私の胸に刻みつけた。 だぁれ? 止まっていた私のココロが、静かに動きだす。 身体を揺さぶられる感覚。そして――         気付けば、レールの継ぎ目を踏む車輪の音が、規則正しく私の耳を叩いてい...
  • 第十一話  『Rescue me』
        生まれ変わった、僕の大切な一人娘だ――     雪華綺晶の中で、あの人形師が吐いた言葉が、コールタールの如くどろりと渦巻いている。 自転車に飛び乗り、頭痛を堪えて必死にペダルを漕いでいたときも。 総身、冷や汗まみれになりながら、這々の体で屋敷に戻ってきたときも。 使用人部屋のベッドに、着の身着のままで倒れ込んでから、寝ても覚めても、ずっと。   かなり眠っていたらしい。窓の外は、夜の闇で満たされていた。雨も降ったようだ。 雪華綺晶は深く息を吐いて、額に貼りつく髪を掻きあげた。 コリンヌに薬を飲ませてもらったのに、頭痛は幾らも収まっていない。 そればかりか、右眼の奥底に、虫が這い回るようなムズ痒さを感じるほどだ。 どうにも不快で、彼女は苛立たしげに眼帯を毟りとると、瞼をぐしぐし擦った。   それにしても……この突発的な変調は、何だというのだろう? あの山小屋と、人形師の青年と、薔薇水...
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