夢追人の妄想庭園内検索 / 「『絵のココロ』」で検索した結果

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  • 『絵のココロ』
          『絵のココロ』       雪華綺晶は、ゴールデンウィークの連休を利用して、別荘を訪れていた。 ただ、趣味のためだけに。 普段は忙しくて、なかなか打ち込むことが出来ない、彼女の趣味。 それは、油絵を描くことだった。 別荘のベランダからの眺望は、絶景の一言に尽きる。 緑豊かな森と、山々の懐に抱かれた、小さな湖。 彼女は、小さな頃から、この景色が大好きだった。  「さて、と。少し休んだら、デッサンに行きましょう」 部屋の隅に荷物を置いて、スケッチブックとペンケースを取り出す。 ペンケースの中には、様々な芯の鉛筆が収められている。 どの芯も、先が鋭く削られていた。  「今日は、湖の畔まで歩いてみようかしら」 ベランダ越しに、煌めく水面を見遣る。 すると、湖の岸辺に、小さな人影が見えた。 遠い上に、陽光の反射で良く判らないけれど、髪の長さから女の子らしいと見当が付いた。 そ...
  • 保管場所 その2
    ... 『もしも・・・』 『絵のココロ』 『コワイ話』 『秘密の庭園』 『君と、いつまでも』 『退魔八紋乙女・狼漸命伝』~御魂の絆~ 『愛って、なんですか?』    (※百合) 『貴女のとりこ』    (※百合) 『甘い恋より 苦い恋』 『寝かせた恋は 甘い恋』 『褪めた恋より 熱い恋』 『約束の場所へ』    (※百合) 『家政婦 募集中』 『山桜の下で』 『ひょひょいの憑依っ!』 『ある休日のこと』 『Panzer Garten』 †アリスの胎動† 『冬と姉妹とクロスワード』 『メビウス・クライン』 『孤独の中の神の祝福』    (※百合) 『誰より好きなのに』『パステル』『カムフラージュ』【愛か】【夢か】『歪みの国の少女』 ~繋げる希望~【雨の】【歌声】『七夕の季節に君を想うということ』【みっちゃんの野望 覇王伝】 ・短編『夢うつつ』 『春の夜は……』 『理想郷 ~イーハトーブ~』 ...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.12
        『ひょひょいの憑依っ!』Act.12 玄関に立つ眼帯娘を目にするなり、金糸雀は凍りついてしまいました。 そんな彼女に、「おいすー」と気の抜けた挨拶をして、右手を挙げる眼帯娘。 ですが、暢気な口調に反して、彼女の隻眼は冷たく金糸雀を射竦めています。 「あ、貴女……どうし……て」 辛うじて訊ねた金糸雀に、眼帯娘は嘲笑を返して、土足で廊下に上がりました。 ヒールの高いブーツが、どかり! と、フローリングを踏み鳴らす。 その重々しい音は、ピリピリした威圧感を、金糸雀にもたらしました。 「……お久しぶり。元気そう……ね?」 どかり……どかり……。 眼帯娘は、一歩、また一歩と、竦み上がったままの金糸雀に近づきます。 妖しい笑みを湛えた唇を、ちろりと舌で舐める仕種が、艶めかしい。 その眼差しは、小さな鳥を狙うネコのように、爛々と輝いて―― 「……イヤ。こ、こないで……かしら」 ...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.11
      『ひょひょいの憑依っ!』Act.11 白銀のステージライトを浴びて、ゆるゆると路上に佇む、眼帯娘。 だらりと肩を下げ、今にも大きな欠伸をしそうな、さも怠そうな様子は、 立ちはだかるというより寧ろ、寝惚けてフラフラ彷徨っていた感が強い。 冷えてきた夜風を、緩くウェーブのかかった長い髪に纏わせ、遊ばせて…… 水晶を模した髪飾りが、風に揺れる度に、鋭い煌めきを投げかけてきます。 でも、人畜無害に思えるのは、パッと見の印象だけ。 めぐと水銀燈の位置からでは逆光気味でしたが、夜闇に目が慣れた彼女たちには、 ハッキリと見えていたのです。 眼帯娘の面差し、金色に光る瞳、口の端を吊り上げた冷笑さえも。 「貴女……どっかで見た顔ねぇ」 水銀燈は、一歩、めぐを庇うように脚を踏み出します。 午前一時を回った深夜まで、独りでほっつき歩いている娘―― しかも、出会い頭に妙なコトを口走ったとあれば、胡乱...
  • 第十六話  『サヨナラは今もこの胸に居ます』
    どちらかを、選べ―― 右手は、大好きな姉に辿り着くための片道切符。 左手は、頑ななまでに蒼星石を繋ぎ止める、論詰という名の首輪。 本来なら、迷うハズがなかった。蒼星石は、翠星石に会うために、追いかけてきたのだから。 自らの羨望が生み出した、偶像の姉。彼女を選んでしまえば、目的は、ほぼ達成される。 左手を掴んでいる、姿の見えない者の声になど、耳を貸す義理も、謂われもない。 徐に、蒼星石は右手を挙げた。眼前に掲げられた、偶像の手を取るために。 でも――――本当に……これで、良いの? 指が触れる寸前、胸の奥から問いかける声が、蒼星石の腕を止めた。 それっきり、蒼星石の右手は、ビクともしなくなった。明らかな握手の拒絶。 置き去りにされる寂しさ、悲しさ、辛さをイヤと言うほど味わってきたからこそ、 祖父母や親友たちにまで、同じ想いをさせることに、罪悪感を抱いてしまったのだ。 たとえ、そ...
  • 『いつわり』
      鏡に映る、若い娘。 ――それは、私。他の誰でもない、自分自身。 湯上がりの、薄桃色に染まった肌から幽かに立ちのぼる淡い色香は、 いくらも保たずに、濡れたままの洗い髪へと溶けてゆく。 なにも……変わらない。変わってなどいない。 瑞々しく細い喉、胸元を点々と飾るホクロ、薄蒼く血管の浮いた白い肌。 全ては、いつもどおりの、見慣れた景色。 「ステキな身体……私のカラダ……」 鏡の中の自分に見とれながら、そんな戯れ言を、口にしてみた。 夢の中で、いつも逢う彼女が、熱っぽい吐息と共に囁く言葉を。 だけど、彼女の姿は、ハッキリと思い出せない。 白いモヤモヤしたイメージしか、残っていない。 ここ最近、毎晩のように、同じ夢を見ているというのに。 そのくせ、彼女の声だけ、不思議と明瞭に憶えているのは、何故? 実際に、鼓膜が震わされた感覚が、刻み込まれているのは、何故? 「どうして、あんなワケの...
  • ―卯月の頃 その1―
          ―卯月の頃―  【4月5日  清明】 四月に入り、長かった春休みも、残すところ数日。 三月末まででバイトは終了しているので、今は四年目の大学生活に向けて、 あれこれと準備を進めているところだ。 就職か、修士課程への進学か……それも迷っていた。 「早いもんですぅ。もう四年生になっちまったですね」 翠星石は、自室の壁に掛けたカレンダーを眺めて、しみじみと独りごちた。 もう、四月。蒼星石が海外の大学の編入試験に合格して、この家を出てから、 半年以上が過ぎたことになる。 留学というと、費用面など諸々の問題で、大概は半年間を選択する。 しかし、蒼星石が選んだのは、一年間のコースだった。   『半年で学べる量なんて、高が知れてるでしょ。    だから、ボクは一年間、勉強してくるよ。    中途半端な留学なら、しない方がマシだと思うから』 そんな台詞を残して、彼女は海外へと...
  • 『パステル』 -13-
    静寂だけが随所に鏤められた、茫洋たる空間。 凍てつくような夜の冷気に包まれて、ソレは、眠っていた。 威圧的ですらある巨体に、数多の人間を呑み込んで、ひっそりと……。 ソレの正式な名称は、有栖川大学病院、という。 重たい――としか喩えようのない、漆黒と気配に満ちた、1階ロビー。 ハエの羽音のように、うるさく絡みついてくるのは、自動販売機のノイズ。 彼女たちは硬い表情のまま、自販機の脇にあるソファーで身を寄せ合っていた。 夜闇の中で、灯りに群がる昆虫のように、身じろぎもせず。 「大丈夫なのよ、きっと」 沈黙に押し潰されまいと、雛苺は両手をグッと握り、努めて明るく言う。 だが、そんな気休めは却って、隣で項垂れている水銀燈のココロを逆撫でた。 「どうして、そう言い切れるのよ」 水銀燈は、僅かに顔を斜にして、雛苺を睥睨した。 「安っぽい慰...
  • 第18話  『あなたを感じていたい』
    逸るココロが、自然と足取りを軽くさせる。 募る想いが、蒼星石の背中を、グイグイ押してくる。 あの街に、姉さんが居るかも知れない。 もうすぐ……もう間もなく、大好きな翠星石に会えるかも知れない。 蒼星石の胸に込みあげる喜びは、留まることを知らない。 早く、触れ合いたい。 強く、抱きしめたい。 今の彼女を衝き動かしているのは、その想いだけだった。 「結菱さん! 早く早くっ!」 「気持ちは解るが、少し落ち着きたまえ、蒼星石。  そんなに慌てずとも、この世界は無くなったりしないよ」 苦笑する二葉の口振りは、春の日射しのように温かく、とても優しい。 蒼星石は、先生に叱られた小学生みたいに、ちろっと舌を出して頸を竦めた。 言われれば確かに、はしゃぎすぎだろう。 端から見れば、双子の姉妹が、再会を果たすだけのこと。 でも、逢いたい気持ちは止められない。蒼星石をフワフワとうわつかせる。 無邪気...
  • 第十二話  『君がいない』
    始業のチャイムが、校舎に静寂をもたらす。 医薬品のニオイが仄かに香る部屋に、翠星石は独り、取り残されていた。 保健室の周囲には、教室がない。 さっきまで居た保健医も、今は所用で出かけたきり。 固いベッドに横たわり、青空を眺める翠星石の耳に届くのは、風の声だけだった。 「蒼星石――」 青く澄みきった高い空を横切っていく飛行機雲を、ガラス越しに眺めながら、呟く。 胸裏を占めるのは、妹のことばかりだった。 「あの夜……蒼星石の気持ちを受け止めていれば、良かったですか?」 でも、それは同情しているだけではないのか。 可哀相だからと哀れみ、抱き寄せて、よしよしと頭を撫でてあげるのは容易い。 今までだって、ずっと……蒼星石が泣いていれば、そうしてきた。 しかし――ふと、自分の内に潜んでいる冷淡な翠星石が、疑問を投げかける。 お姉さんぶって、妹を慰めながら、優越感に浸っていたのではないか? ...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』
      『ひょひょいの憑依っ!』     就職を機に、ジュンは故郷を離れ、独り暮らしを始めました。 ところが…… 破格の値段で借りた事故物件には、金糸雀という娘の幽霊が住み着いていたのです。  『ひょひょいの憑依っ!』Act.1  『ひょひょいの憑依っ!』Act.2  『ひょひょいの憑依っ!』Act.3  『ひょひょいの憑依っ!』Act.4  『ひょひょいの憑依っ!』Act.5  『ひょひょいの憑依っ!』Act.6  『ひょひょいの憑依っ!』Act.7  『ひょひょいの憑依っ!』Act.8  『ひょひょいの憑依っ!』Act.9  『ひょひょいの憑依っ!』Act.10  『ひょひょいの憑依っ!』Act.11  『ひょひょいの憑依っ!』Act.12  『ひょひょいの憑依っ!』Act.13  『ひょひょいの憑依っ!』エピローグ          次回から、第二部。 はいはーい。私、柿崎めぐ...
  • 第十三話  『Time goes by』
        ――温かい。     身体の内――ローザミスティカから、絶えず不可思議な熱と力が湧いてくる。 それは全身へと、彼女を蝕む激痛を駆逐しながら、伝播してゆく。 すごい。他に形容のしようがない。それほどまでに、効果は覿面だった。 指先、爪先、髪の先にさえ火照りを感じながら、雪華綺晶は、ぽぅ……っと。 およそ経験したことのない恍惚に、身もココロも包まれ、溺れきっていた。 「どうだい、気分は?」 「とっても……いい気持ちですわ。あぁ……なんてステキ」 「それは、なによりだ」 短くとも、はち切れんばかりに感情を詰め込んだ槐の声が、真上から降ってくる。 もうすぐ愛しい娘を取り戻せる。その期待が、一言半句にも滲み出していた。 子供のように歓喜を露わにする彼の様子が、なんとも愛おしくて―― 雪華綺晶は微笑みながら、胸に募った想いを、瞳から溢れさせた。 「これで……元に戻れるのね。二年前の、あの...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.10
      『ひょひょいの憑依っ!』Act.10 金糸雀を、成仏させてやって欲しい―― それは元々、ジュンが頭を下げて、めぐと水銀燈に請願したこと。 カゴの中の小鳥に等しい生活を、半永久的に強いられている金糸雀が哀れで、 大空に解き放ってあげたいと思ったから……。 でも……四肢を失い、力無く横たわったままの金糸雀と、 その彼女を、無慈悲に始末しようとする水銀燈を目の当たりにして、疑問が生じました。 ――違う。これは、自分の期待していた結末じゃない。 金糸雀を捕らえている縛鎖を断ち切ってあげてくれとは頼みましたが、 こんな、一方的かつ事務的な…… 害虫駆除さながらに排斥することなど、望んではいなかったのです。 (僕が、あいつの立場だったなら、こんなの――) とても受け入れられずに、猛然と刃向かったでしょう。 手も足も出ない状況でも。逆立ちしたって敵わないと、解っていても。 権利は自ら勝ち...
  • ―文月の頃 その4―
          ―文月の頃 その4―  【7月23日  大暑】 今日は大暑。一年で最も暑さの厳しい時期とされる、日曜日。 大学が夏期休暇に入るまで、残すは一週間となっていた。 明日の試験に備えて、机に向かっていた翠星石だが、勉強など手に着かなかった。 窓の外に眼を向ければ、カラリと晴れ渡った空の青さが目に滲みる。 気も漫ろで、胸が騒ぐ。ココロがざわめいて、仕方がない。 身体がウズウズして、ギラギラ照りつける日射しの下に、飛び出したい気分だった。 「あうぅ……あ、あと少し……我慢……するです」 なんて言いつつ、机の下では、そわそわと足踏みしている。 事情を知らない他人が見たら、トイレでも我慢しているのかと思っただろう。 だが、違う。待ちわびた至福の瞬間を目前にひかえて、落ち着けなかったのだ。 しかし……足踏み程度では、却って、気忙しさが募る感じだった。 時計を見遣ると、現在、午前10...
  • 前編 瞳を逸らさないで
     「おとーさま」 ここには、私の欲しかったものが、すべて有った。 ふかふかのベッドも、美味しい食事も、愛情に満ちた温かい両親も。 けれど、育ちがよくない私は貪欲で、満ち足りるということを知らずに…… いつだって、あなたの広く逞しい背中に縋りつくため、なにかしらの口実を探していた。  「どうしたんだい?」 そして、あなたは―― どんな時でも。たとえ仕事中であろうと、家事の途中だろうと。 私の呼びかけに振り返って、柔和に微笑み、膝に抱き上げてくれた。 いかにも職人らしい傷だらけの大きな手で、私の髪や頭を撫でてくれた。 私にとって至福と呼べるのは、お父さまに愛惜されることだけ。 かけがえのない愛情と温もりを独り占めにできる、その瞬間こそが、最高の幸せなのだ。  「寂しそうな顔をしてるね。独りにして、悲しませてしまったのかな。ごめんよ」  「...
  • 幕間1 『恋文』
        ひとりの乙女が綴った、手紙。 想いを包み込んだ、日焼けした封筒は、いま―― 知り合って間もない、純朴そうな男性の手の中に横たわり、眠りに就いている。   遠くて高い青空に、真一文字の白線が、引かれてゆく。 彼は、その飛行機雲を目で追いながら、ふぅん……と、呻るように吐息した。 そんな彼の横顔を見つめながら、私は温いコカ・コーラを口に含む。 ワインのテイスティングをするみたいに、そっと舌先で転がすと、しゅわぁ…… 弾ける泡の音が、耳の奥で、蝉時雨とひとつに溶けあった。     「大きなお屋敷に住んで、お抱えの運転手がいたり、使用人を雇ったり……  話を聞いてる限りじゃあ、君の家は、随分と資産家だったんだね」   やおら口を開いたかと思えば、その三秒後。 彼はいきなり、あっ! と大きな声をあげて、気まずそうに頭を掻いた。 本当に突然だったので、私は危うく、飲みかけのコーラで咽せ返りそう...
  • ―葉月の頃 その7―
          ―葉月の頃 その7―  【8月24日  湯屋】① 闇と虫の声に包まれていた山の夜が、ひっそりと明けゆく頃―― 翠星石もまた、夢を見た憶えのないまま、浅い眠りから覚めた。 開け放した障子の向こう、窓越しに仰ぎ見る東の空は、仄白い。 まだ未練がましく居残っている夜の部分さえも、もう淡い紫に色づいていた。 夏の夜明けは早いものながら、こんなに早起きしたのは、久しぶりだった。 空気のニオイとか、マクラや布団が違ったせいかも知れない。 ここ最近、翠星石がベッドを起き出すのは、午前8時を過ぎたくらい。 気温が上がって、暑苦しさに耐えかねた挙げ句に、仕方なく起きるのである。 (ん……いま、何時ですかぁ?) 時間を気にしながらも、翠星石は既に、二度寝モードに突入しかけていた。 抜けきらない眠気に一寸すら抗おうともせず、腫れぼったくて重たい瞼を瞑る。 いつもの調子で、ふぁ――と、大...
  • エピローグ 『ささやかな祈り』 4
        オディールさんは、揺れる瞳で、僕を見つめていた。 情けない話だけれど、その目に射竦められて、僕は声も出せなくなっていた。 彼女が、掠れた声を絞り出すまでは――   「どうして……二年なの?」 「――実は、僕の受け持つクラスに、素晴らしい才能を持った生徒が居るんだけどね……  ある時、彼のココロを、深く傷つけてしまったんだ。僕の軽挙妄動によって。  良かれと思ってたんだ。こんなにも優秀な才能は、もっと広く評価されるべきだ、と」 「……けれど、彼は注目され、批評されることを望んでいなかった?」 「そうだね。彼は同年代の子たちより、感受性が研ぎ澄まされ過ぎてたんだと思う。  誰よりも純粋に物事を捉え、誰よりも繊細な方法で表現できた――  だからこそ、彼の造る物はどこか儚げで、それゆえにピュアな輝きを放っていたんだ」 「純粋にして繊細……針の上に置かれたコインみたいに、絶妙のバランスですわ...
  • 第17話  『風が通り抜ける街へ』
    あの男の人は、何の目的があって、この丘の頂きに近付いてくるのだろう。 分からない。解らないから、怖くなる。 もしかしたら、ただの散歩かも知れない。 でも、もしかしたら蒼星石の姿を認めて、危害を加える腹づもりなのかも。 (どうしよう……もしも) 後者だったら――と思うと、足が竦んで、膝がカクカクと震えだした。 住み慣れた世界ならば気丈に振る舞えるけれど、今の蒼星石は、迷子の仔猫。 あらゆる物事に怯えながら、少しずつ知識を蓄え、自分の世界を広げていくしかない。 「こんな時、姉さんが居てくれたら」 蒼星石は、そう思わずにいられなかった。 知らず、挫けそうなココロが、弱音を吐き出させていた。 彼女だったら、どうするだろう? なんと言うだろう? 止まらない身体の震えを抑えつけるように、ギュッと両腕を掻き抱いて、考える。 答えは、拍子抜けするほど呆気なく、蒼星石の胸に当たった。 もし彼女だっ...
  • 『パステル』 -5-
    「ふざけないでっ!」 突然の喝破に、雛苺は身体を震わせ、猫のように首を竦めた。 不思議な『パステル』の効能について、洗いざらいを話し終えたときのことだ。 あのパステルを使えば、良かれ悪しかれ、真紅の人生を狂わすことになる。 下手をすれば、一生の恨みを買うことにさえも。 だからこそ、隠し事なんて、したくなかったのだ。 いい返事を得たいがためと邪推されるのは、雛苺の本意ではなかったから。 半身を起こした真紅が、脚に落ちたタオルを掴み、雛苺に投げつけようと腕を振り上げる。 その瞬間、夢で見た病室でのシーンが、脳裏に甦って―― 雛苺の怯えた瞳が、水銀燈の悲しげな眼差しと重なり、真紅の激情は急速に冷めていった。 「――ごめんなさい。お客さまに対して、声を荒げてしまうなんて……  ダメね、私。腕を失くしてから、たまに、自分を抑えられなくなるの」 「風が...
  • 『パステル』 -16-
    2人に席を外してもらうと、雛苺はドアを閉めるだけに止まらず、施錠までした。 ここは病院。看護士の入室すら拒むなんて、もってのほかと承知はしている。 だが、闖入者の出現で気を散らされる嫌悪感のほうが、今は勝っていた。 覚悟はしてきた。雛苺なりに、熟慮だってしたつもりだ。 けれども、いざ事に当たろうとすると、怖じ気づいてしまう。 内側から肺腑を圧迫してくる怖れが、雛苺に歪んだ昂りをもたらし、手を震えさせた。 「なんのお構いもできないけど、ゆっくりしていってね」 のほほんとした口調は、雛苺の緊張を見抜いての心遣いか。 めぐはベッドに仰臥すると、ひとつだけあるスツールを、雛苺に勧めた。 「ごめんね。あなたにも予定があって忙しいでしょうけど、少しだけ休ませて。  あーぁ、これしきで疲れるなんて……体力、かなり落ちてるなぁ」 了承のしるしに、雛苺が頷...
  • 『カムフラージュ』
      『カムフラージュ』  ともだち以上の気持ち  ずっと閉じこめてきたけれど    ココロがもう  ウソを吐けなくて       こんなに切ない……  【1】  【2】  【3】  【4】
  • 幕間3 『True colors』
        そこまで話すと、私は口を閉ざして、真横に座る男性の反応を観察した。 遙かな過去の物語――ましてや他人事ならば、これはもう、おとぎ話に等しい。 しかも、オカルト紛いな内容ときている。正気を疑われても仕方がないほどの。   彼としても、私を介抱した行きがかり上、仕方なく聞いているのだろう。 本当はもう、辟易しながら、私の話が終わるのを待っているんじゃないかしら。 ――そんな私の見立ては、どうやら間違っていたらしい。 だって、彼は優しげな瞳を好奇心いっぱいに輝かせて、耳を傾けていたのだから。   「あの……退屈じゃあ、ありませんか?」 「いいや、ちっとも。君の話し方は、とても臨場感に溢れているからね」   ほつれひとつなく紡がれた彼の言葉は、多分、本音そのものだろう。 でなければ、今までに嘲笑のひとつも浮かべていたはずだ。 もしくは、とっくのとうに中座しているか――   「もっと聞かせて...
  • 第20話  『悲しいほど貴方が好き』
    茨の蔦は、想像していた以上に太く、複雑に入り乱れている。 しかも、異常な早さで再生するから、始末が悪い。 一本の蔦を丹念に切り、取り除いていく間に……ほら、別の蔦が伸びてくる。 その繰り返しで、なかなか前に進めなかった。 すっかり夜の帳も降りて、降り注ぐ月明かりだけが、辺りを青白く照らすだけ。 翠星石は薄暗い茨の茂みに目を遊ばせ、蒼星石の手元を見て、またキョロキョロする。 彼女の落ち着きのなさは、不安のあらわれに違いない。 (早く、こんな茨の園を抜け出して、安心させてあげなきゃ) 焦れて、無理に切ろうとした鋏の刃が滑り、跳ねた茨が蒼星石の肌を傷付けた。 「痛ぃっ!」 しんと静まり返った世界に、蒼星石の小さな悲鳴が、よく響いた。 それを聞きつけて、翠星石は表情を曇らせ、蒼星石の隣に寄り添う。 「大丈夫……です?」 「あ、うん。平気だよ、姉さん。ちょっと、棘が刺さっただけだから」 ...
  • 『家政婦 募集中』 後編
    こよみは梅雨に入り、各地で例年にない雨量が記録され、少なからぬ被害が出ていた。 地球温暖化の影響だろうか。ここ数年、世界各地で異常気象が目立つ。 今日も朝から土砂降りで、さすがに仕事に行けず、私はテレビで天気予報を眺めていた。 彼から電話が入ったのは、そんな時だった。 『ドレスが完成したんだ。雨足も弱まったし、これから見せに行くよ』 「え? いいわよ、明日で」 『1秒でも早く、由奈に着て欲しいんだよ』 「でも、危ないわ。ドレスだって、びしょ濡れになっちゃう」 渋る私に「大丈夫だって」と安請け合いして、ジュンは通話を切った。 まったく、変なところで強情なんだから。 とは言うものの、正直なところ、すごく楽しみだった。 イラストを見て、完成イメージは分かっている。早く、袖を通してみたい。 私は、緩む頬をピシャピシャ叩いて、彼が来たときのために、タオルなどの用意を始めた。 ポットのお湯を沸か...
  • 『パステル』 -6-
    その世界は、新たに創造されたのではなく、元々そこにあったのかも知れない。 すべてを、ミルクのような濃い霧に、覆い隠されていただけで。 端麗、かつ鮮やかに彩色を施された、パステル画―― 開かれた、異世界への扉。 それを見つめる真紅の顔には、驚きと戸惑いの色が、ありありと滲んでいた。 「これが、貴女から見た、いまの私?」 「うい。ヒナが見て、感じたままの真紅なのよ」 見た目にも柔らかそうなソファに、深々と身を沈めた妙齢の乙女。 精巧な金細工をおもわすブロンドは、肩のラインに沿って、滝のように流れ落ちている。 たおやかに弓張り月を描いた、桜色の唇。 僅かに開いた隙間の奥に見え隠れする、美しく並んだ白い歯。 スケッチブックの中の真紅は、少女のような眩しい笑みを浮かべていた。 なんの悩みも迷いも感じさせない、無垢な微笑みを。 それなのに、細められた瞼...
  • 第十九話  『きっと忘れない』
    射し込む朝日を瞼に浴びせられて、蒼星石を包んでいた眠りの膜は、穏やかに取り払われた。 なんだか無理のある姿勢で寝ていたらしく、身体が疲労を訴えている。 ベッドが、いつもより手狭な気がした。それに、とても温かい。 まるで……もう一人、収まっているみたい。 もう一人? 朦朧とする頭にポッと浮かんだ取り留めない感想を、胸裡で反芻する。 ――なんとなく、ぽかぽか陽気の縁側に布団を敷いて昼寝した、子供の頃が思い出された。 あの時、背中に感じた姉の温もりと、今の温かさは、どこか似ている。 ココロのどこかで、まだ、翠星石を求め続けている証なのだろう。 (夢でもいい。姉さんに逢えるなら) もう少し、夢に浸ろう。蒼星石は目を閉じたまま、もそりと寝返りを打ち、朝日に背を向けた。 途端、そよ……と、微風に頬をくすぐられた。 それは一定の間隔で、蒼星石の細かな産毛を揺らしていく。 次第に、こそばゆさが募って...
  • ―長月の頃 その1―
          ―長月の頃―  【9月8日  白露】     月が変わったとは言え、まだまだ残暑の厳しい9月の初め。 部屋の窓を全開にしても、吹き込んでくる風は、若い柔肌に汗を誘う。 エアコンのない柴崎家にあっては、尚のこと。 風の通りのよい二階に居ても、陽光照りつける日中は、決して涼しくはなかった。   「うぁ~。あっちぃですぅ~」   白露と言えば、二十四節気のひとつ。 いよいよ秋の気配が強くなり、野原にも露が降り始める頃を指している。 ――のだが。 「あーもう。暦の上じゃ秋なんですから、もちっと涼しくなりやがれってんですー」 「まぁた、無茶苦茶なことを」 だらしなく椅子にもたれて、ウチワで首筋を扇ぎながらブチブチ言う姉に、 蒼星石は溜息まじりの苦笑を漏らす。 そして、スーツケースに荷物を詰めていた手を休め、翠星石と目を合わせて続けた。 「キミは髪が長すぎるから、余計に暑く感じるんじ...
  • 『パステル』 -4-
       ◆   ◇ 「あはははっ! ねえ、見て! 真紅ぅ!」 アタマの芯にまで響いてくる、うら若い娘の、無邪気で嬉々とした声。 「みんな元気に……いい感じに育ってくれてるわぁ」 ――ここは? はたと我に返って、真紅は静かに、ぐるり見回す。 目に飛び込んできたのは、猫の額ほどの畑と、灌木の列―― 忘れるはずもない。水銀燈と2人で、山の中腹に拓いた、最初の茶畑だった。 「もう。どぉしたのよぉ、ボ~っとしちゃってぇ」 のんびりとした、それでいて気遣わしげな声に誘われ、ゆるゆると顎を引くと…… 「大丈夫?」と言わんばかりの顔をした銀髪の幼なじみと、視線がぶつかった。 彼女は茶樹のそばに両の手と膝を突いて、茫然と立ち尽くす真紅を見あげていた。 また、なのね。真紅には口の中で、そう呟いていた。 解っている。これは、女々しさというスクリーンに...
  • 第十五話  『負けないで』
    かさかさに乾いた肌に引っかかりながら流れ落ちてゆく、紅い糸。 心臓の鼓動に合わせて、それは太くなり……細くなる。 けれど、決して途切れることはなくて―― 「……ああ」 蒼星石は、うっとりと恍惚の表情を浮かべながら、歓喜に喘いだ。 これは、姉と自分を繋ぐ、たった一本の絆。 クノッソスの迷宮で、テセウスが糸を辿って出口を見出したように、 この絆を手繰っていけば、きっと翠星石に出会える。 そう信じて、疑いもしなかった。 命を育む神秘の液体は、緩く曲げた肘に辿り着いて、雫へと姿を変える。 そして、大地を潤す恵みの雨のごとく、降り注ぎ…… カーペットの上に、色鮮やかな彼岸花を開かせていった。 「そうだ…………姉さんの部屋に……行かなきゃ」 足元に広がっていく緋の花園を、ぼんやりと眺めながら、蒼星石は呟いた。 自分が足踏みしていた間に、翠星石はもう、かなり先に行ってしまっている。 だから、...
  • 最終話  『永遠』 -後編-
    蒼星石の問いを、澄ました顔で受け止め、二葉は言った。 「ラベンダーの花言葉を、知っているかね?」 訊ねる声に、少しだけ含まれている、気恥ずかしそうな響き。 花言葉という単語は、男がみだりに使うべきものではないと…… 女々しいことだと、思っているのだろうか。 いつまでも黙っている蒼星石の様子を、返答に窮したものと見たらしく、 翠星石が助け船を出すように、口を挟んだ。 「あなたを待っています……ですぅ」 二葉は満足げに頷いて、まるでラベンダーの庭園がそこにあるかの如く、 ティーカップを並べたテーブルに、優しい眼差しを落とした。 「中庭のラベンダー。実を言うと、あれは僕が育てたものだ」 「結菱さんが? と言うか、よくラベンダーの種を持ってましたね」 「まったくです。用意がいいヤツですぅ」 「……ふむ。君たちは、まだ来たばかりだから、そう思うのも仕方ないか」 なんだか言葉が噛み合っ...
  • 最終話  『Good-bye My Loneliness』
    1日が10日になり、1ヶ月が経ち、いつの間にか4年という歳月が過ぎて―― 翠星石の居ない日々が、当たり前の日常となりつつあった。 祖父母や、巴や水銀燈や、かつての級友たち…… 双子の妹として、誰よりも長い時間を一緒に過ごしてきた蒼星石ですらも、 彼女の存在を、だんだんと遠く感じ始めていた。 ――薄情だろうか。 そう。とても、酷薄なことかも知れない。 ただ会えないというだけで、どんどん記憶の片隅に追いやってしまうのだから。 でも……それは、ある意味、仕方のないこと。 生きている者たちをマラソン選手に喩えるならば、 翠星石はもう、道端で旗を振って声援を送る観客の一人に過ぎない。 それぞれのゴールを目指して走り続けなければならない選手たちは、 いつまでも、たった一人の観客を憶えてなどいられないのだ。 それほどまでに、現代社会は目まぐるしく、忙しない。 高校卒業。大学入試、入学。成人式。...
  • 第八話  『Feel My Heart』
        「二葉さんはね、日本という極東の島国から、訪ねてきたのよ」   そう語るコリンヌの声は、雪華綺晶の耳を、右から左へと通り抜けてゆく。 写真の中の、優しそうな目元と、社交的であることを思わせる微笑。 潤んだ金色の瞳は、二葉という青年に、釘付けとなっていた。     この既視感は、なに? ずっと以前にも逢っている……みたいな。 だが『いつ、どこで』に当たるパズルのピースは、見つからなかった。 二年前に、二葉が渡仏した際のことか。それとも、もっと他の時期なのか。   雪華綺晶が手繰る記憶の糸は、どれも、ぷっつりと途切れてしまう。 コリンヌと出逢うまでの経緯さえ、夜霧に巻かれたように、茫漠としていた。   「二葉さまは、どのくらい、このお屋敷に滞在なさってたのですか?」 「そうね……一ヶ月以上は、お泊まりになっていたはずよ。  わたし、殆ど毎晩のように、二葉さんに日本の話を聞かせてもらって...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.13
        『ひょひょいの憑依っ!』Act.13 ――こんなに、広かったんだな。 リビングの真ん中で胡座をかいて、掌の中でアメジストの欠片を転がしながら、 ぐるり見回したジュンは、思いました。 間取りが変わるハズはない。それは解っているのに…… なぜか、この狭い部屋が、茫洋たる空虚な世界に感じられたのです。 一時は、本気で追い祓おうと思った、地縛霊の彼女。 だのに……居なくなった途端、こんなにも大きな喪失感に、翻弄されている。 彼のココロに訪れた変化――それは、ひとつの事実を肯定していました。 はぁ……。 もう何度目か分からない溜息を吐いたジュンの右肩に、とん、と軽い衝撃。 それは、あの人慣れしたカナリアでした。 左肩に止まらなかったのは、彼のケガを気遣ってのこと? それとも、ただ単に、医薬品の臭いを忌避しただけなのか。 後者に違いない。すぐに、その結論に至りました。 意志の疎通...
  • 第八話  『愛が見えない』
    知らず、翠星石の肩を掴む手に、力が込められていたらしい。 尋常ならざる妹の気迫に言葉を失っていた翠星石が、思い出したように抗議の声を上げた。 「い、痛いです、蒼星石っ」 「答えてよっ! ボクと、彼女と……どっちを選ぶの!」 「手を離すですぅっ!」 噛み合わない会話に焦れて、蒼星石はベッドから腰を浮かせ、脅える姉を威圧的に見下ろす。 「ずぅっと一緒に居るって言ったのに! 約束したのにっ!」 詰め寄られて、翠星石はバランスを崩し、ベッドの上で仰向けに倒れた。 手にしていたマグカップから零れたレモネードが、彼女の胸元に降りかかる。 まだ温くなっていない液体がパジャマを濡らし、肌に貼り付かせた。 「熱ぃっ」 か細い悲鳴を聞いてもなお、蒼星石は力を緩めず、姉の身体にのし掛かった。 重なり合った二人のパジャマに、レモンの香りが染み込んでいく。 レモンの花言葉は『誠実な愛』『熱意』そして...
  • 第19話  『星のかがやきよ』
    何を言ってるの? 蒼星石には、悪い冗談としか聞こえなかった。 翠星石は、自分の気持ちを表現するのが下手な女の子。 気恥ずかしさから、つい、意地悪をしてしまう精神的な幼さを残していた。 本当は嬉しいのに、素直に喜びを言い表せなくて…… からかい口調で茶を濁した結果、落ち込む彼女を宥めることは、幾度もあった。 きっと、今の冗談も、いつもの悪ふざけに違いない。 蒼星石は、そう思おうとした。からかわれているのだ、と。 だから、翠星石が「ウソですよ」と戯けてくれるコトを大いに期待していたし、 その時には、ちょっと拗ねて見せて……そして、一緒に笑い飛ばすつもりだった。 ――なのに、蒼星石の期待は、あっさりと裏切られた。 「私……誰……です?」 「な、なに言ってるのさ。やだな……いい加減にしないと、怒るよ」 「ふぇ?」 「どうして、再会できたことを、素直に喜んでくれないのさ。  ボクが、どんな想...
  • プロローグ  『愛のカケラ』
        彼女を見かけたのは、夏の暑さも真っ盛り、八月初旬の昼下がりだった。   焼けたアスファルトから、もやもやと立ちのぼる陽炎を抜けて、歩いてくる乙女。 つばの広い麦わら帽子で強い日射しを避けつつ、鮮やかなブロンドを揺らめかせていた。 右肩から吊したハンドバッグの白が、やたらと眩しい。   僕は、彼女を目にしたとき、一瞬だけれど、幻かナニかだと思ってしまった。 ――何故って? そのくらい、彼女は人間ばなれした美貌を、兼ね備えていたからさ。 陳腐だけど、もしかしたら本当に美の女神なんじゃないかと、思えるほどにね。     さて……男だったら誰しも、こんな美人とお近づきになりたいと思うはずだ。 かく言う僕のココロも、その意味では健全な男子として、素直に反応してしまう。 日常会話でもいい。ほんの挨拶だって構わない。 とにかく、なんでもいいから、彼女と言葉を交わす方便を探した。 目を皿にして、お...
  • 『家政婦 募集中』 中編
    桜田家で、家政婦の仕事をするようになって、三日目のこと―― 初めて、彼の方から声を掛けてくれた。 今までは、ずっと部屋に籠もりっきりか、たまに廊下で顔を合わせると、 吐き気をもよおしてトイレに駆け込んでいたのだ。 それからすると、だいぶ打ち解けてくれた証拠だろう。 なんとなく、野生動物に懐かれたような喜びを覚えて、私は彼に笑い掛けていた。 「どうしたの、桜田くん。お腹すいた?」 「……いや、その……いつも、ありがとな」 家事のことだろうか。それとも、彼が嘔吐する度に、介抱していることだろうか。 私は「気にしなくても良いのに」と、応じる。 これは仕事なのだし、半分は、私が好きでやっていることだ。 だから、彼に感謝される謂われはない。 「ねえ。ちょっと、お話しましょうか」 仕事の手を止めて、私が提案すると、桜田くんはコクリと頷いた。 「貴方は座ってて。お茶、煎れるね」 他人の家だ...
  • 第五話 『Dear My Friend』
        ――どこからか、途切れ途切れにグランドピアノの妙なる調べが、流れてくる。 初めて耳にする旋律なのに、なんだか……ずっと以前に聞いたことがあるような。 そのくせ、記憶を辿ろうとすると、ちぐはぐなメロディしか浮かんでこない。   「うーん……なにか引っかかるんですけどぉ……思い出せませんわねぇ」   そう口にする雪華綺晶は、しかし、大して考え悩んだ様子でもなかった。 漏れ聞こえるピアノに合わせ、ふんふんとハミングしながら、腰を揺らしている。 彼女は今、コリンヌの部屋を掃除している最中だった。   窓辺に据え置かれた広い机の上を、おろしたての布巾で丁寧に拭いてゆく。 ひととおり拭いた後で、布巾を裏返してみても、塵芥は殆ど付いていなかった。 埃が積もる間もないほど、頻繁に使われている証しだろう。   「本当に勤勉な方ですのね、マスターは」   雪華綺晶は感嘆の息を吐きながら、机の隣に鎮座し...
  • 『パステル』 -3-
    雛苺は、まるで手品でも見るかのような眼差しを、真紅の所作へと注いでいた。 女主人は、客人の奇異な視線を気にする風もなく、片腕だけで紅茶を注いで見せる。 ひとつひとつの仕種が、無駄のない、習熟した職人の洗練された技を思わせる。 思わず見惚れてしまうほど、優雅だった。 「お待ちどおさま。さあ、どうぞ。冷めないうちに」 ティーカップを載せたソーサーが、ことり……。硬い音を立てて、雛苺の前に置かれた。 深紅の液体からは、温かな湯気と、得も言えぬ薫香が立ちのぼってくる。 ここで生産されている、真紅ご自慢の紅茶『ローザミスティカ』なのだろう。 お茶請けに……と、てんこ盛りの桜餅も供された。 けれど、上質の紅茶も、美味しそうなお菓子でさえ、雛苺の関心を惹ききらない。 無礼と承知しつつも、彼女の眼は、どうしても真紅の右肩へと向いてしまう。 ただならぬ気配を察したらし...
  • 第十六話  『出逢った頃のように』
        なんとしても、喉から手が出るほどに、この身体が欲しい。 それも、なるべく綺麗な状態で。 故に、『彼女』は、このまま喉を噛み続けて、縊る手段を選んだ。   ナイフで急所を突いたり、喉笛を斬るなんて、まったくもって問題外。 手や荊で絞め殺すのも、頸に一生モノの痣が残ってしまうかもしれない。 その点、ちょっとくらいの噛み傷なら、数日もすれば癒えて、目立たなくなろう。 喉元なら、チョーカーなどのアクセサリで隠すことも可能だ。   程なく、コリンヌが痙攣を始めた。 肌に食い込ませた歯に、なにかが喉を駆け上がってゆく蠕動が伝わってくる。 密着させた下腹部にも、温かい湿気が、じわり……。 嘔吐と失禁――窒息から死に至る際の、典型的な兆候だった。 ここまでくると酸欠で脳が麻痺するので、苦しみはもう感じず、むしろ気持ちいいのだとか。   実に上々。もうすぐ、コリンヌの息吹は永久に絶えて、理想の器が手...
  • 『ひょひょいの憑依っ!』Act.3
      『ひょひょいの憑依っ!』Act.3 朝方のゴタゴタから心機一転、ジュンは梱包されていた品々の荷ほどきを始めました。 こういう事は、先延ばしにすると絶対に片づかないもの。 研修が始まれば、尚のこと、時間は割きづらくなるでしょう。 独り暮らしの荷物など、それほど多くありませんから、ここは一念発起のしどころです。 「いいか、邪魔すんなよ。ドジなお前が手を出すと、余計に散らかしかねないからな」 『ふーんだ! こっちからお断りかしら』 釘を刺すジュンの身体から、金糸雀はするすると抜け出して、アカンベーをしました。 ちょっと幼さを残す仕種は微笑ましいのですが―― (なんと言っても、天下無敵の自爆霊だもんなぁ) 触らぬカナに祟りなし。素晴らしい格言です。 やれやれ……と頭を掻きながら、服や食器などの日用品から開梱し始めます。 殆どの服は冬物で、夏服は6月のボーナスをもらったら、買い揃える...
  • 第十八話  『さわやかな君の気持ち』
    窓の外は、紫紺の海。たなびく雲が白波のようで、黄昏空は大海を連想させた。 昼と夜が溶けあう束の間に、ふたつの影もまた、ひとつに重なる。 太陽の勤めが終わり、地を照らす仕事は、月が引き継いでいた。 月影が斜に病室の闇を分かつ中、密やかに流れる、健やかな息づかい。 ベッドでは時折、差し向かいで収まった二人が、もぞもぞと窮屈そうに身じろぎする。 まだ、夜は始まったばかり。いくら病人とは言っても、就寝するには早すぎた。 「そろそろ、夕食の時間みたいね」 廊下を行き交うさざめきを耳にして、巴が囁く。 蒼星石は「うん」と答えながら、心持ち、抱きしめる腕に力を込めた。 汗ばんだ肌が触れ合って、ぺたぺたと吸い付くけれど…… 真夏の満員電車で味わうような暑苦しさや、ジトジトした不快感は全くない。 ――むしろ、その逆。どうしようもなく、気持ちが良かった。 まるで酸と塩基が化学反応するかのように、ココ...
  • 『パステル』 -7-
    「まったく、おめーらときたら!」 早朝の静けさを引き裂いて、応接間に轟く、ヒステリックなキンキン声。 遠慮会釈もない衝撃波が、酒気の抜けきらない4人娘の脳天を突き抜ける。 酔っていようが素面だろうが、むりやり眠りを破られるのは、不快なもの。 真紅たちは顔を顰め、しょぼしょぼと恨みがましい双眸で、声の主を睨みつけた。 「騒がしいわ、翠星石……静かにしてちょうだい」 「まぁだ寝言ほざいてやがりますか、真紅っ!  朝っぱらに呼びつけといて、酔いつぶれてるなんて、以ての外ですよ。  ほんっとに、もう――呆れ果てて、言葉もないですぅ」 「ウルサイなぁ、翠星石は。だったら、黙ってればいいのに」とサラ。 「……気が利かない……かしら~。うぅっ……アタマ痛ぃ」そこに金糸雀も続いた。 「きぃ――っ! 口の減らねえサラ金コンビですね。ムカツクですぅ!」 翠星石と...
  • プロローグ
         プロローグ   ―師走の頃―  【12月22日  冬至】 クリスマスも差し迫った年の瀬に、夜更けの街を歩く、独りの影。 その周囲を、疲れた顔のサラリーマンや、OL、若いカップルが流れていく。 彼等の間を縫うようにして、翠星石は背中を丸めながら、歩いていた。 特別、行きたい場所があった訳ではない。 と言って、なんとなく、まだ家に帰る気にもなれずにブラついていた。 凍てつく真冬の風に吹き曝されて、ぶるっと身震い。 翠星石は歩きながら、羽織ったコートの襟元を掻き寄せて、重い溜息を吐いた。 吐息は白い霞となって棚引き、夜の闇の中に流されていく。 冬という季節は、どうにも陰気なイメージで、昔から好きになれない。 とりわけ、今年の冬は憂鬱だった。 「蒼星石……」 俯きながら、ポツリと妹の名を呼ぶ。彼女の呼びかけに応える者は、居ない。 去年の今頃は、隣を歩いていた蒼星石。 ...
  • ―弥生の頃 その2―
          ―弥生の頃 その2―  【3月3日  上巳】 後編 真紅、金糸雀と相次いで轟沈する中、三番手に名乗りを上げたのは、水銀燈。 「それじゃあ、口直しに、私の甘酒を召し上がれぇ」 「あぁ、助かったです。これは、まともそうですぅ」 「本当ですわね。良い香りですわ」 「うっふふふふ……当然よぉ。私の辞書に、不可能の文字なんてないわぁ」 ちらり……。萎れている真紅と金糸雀を横目に見遣って、 水銀燈はニタァ……と、口の端を吊り上げた。 「真紅や金糸雀みたいな、薔薇乙女ならぬバカ乙女なんかとじゃあ、  端っから勝負になるワケないじゃなぁい♪」 「……き、聞き捨てならないのだわ」 「でも、反論できないかしらー」 「二人とも、そう落ち込まないでなの。とにかく、飲んでみるのよー」 雛苺のフォローで、全員が「では――」とコップを手に取り、口元に運ぶ。 見た目、良し。匂い、良し。あとは、口に...
  • ―卯月の頃 その2―
          ―卯月の頃 その2―  【4月17日  春の土用入り】 自室のベッドに深々と身を沈めながら、翠星石は、悶々と喘いでいた。 胸の上に重石を載せられているような、鬱陶しくて、異様な息苦しさ。 払い除けようとする右手は、虚しく空を切る。 (……なんなのです、一体) 意識が明瞭になるにつれて、全身に重みを感じるようになっていた。 まるで、誰かに――のし掛かられているみたいに。 だがモチロン、そんなイタズラをする者は、居ない。 この家から蒼星石の姿が消えた日を境に、二度と起こり得なくなったのだ。 ならば、いま感じている、この重みは一体……なに? 圧迫された肺を、風船のように膨らませるべく、翠星石は大きく息を吸い込む。 すると、懐かしい匂いが、彼女の鼻腔をくすぐった。 いつか、どこかで嗅いだ憶えのある匂い。 胸がキュンとなる、愛しい匂い。 (まさか、蒼星石っ!?) ビック...
  • 『パステル』 -15-
    そういう風に、口裏を合わせてもらったのだ――と。 水銀燈は、なんの捻りもない事実を、自嘲を交えて語った。 「病院から連絡を受けて、お父さまが、すぐに駆けつけたわ」 「怒られなかったなの?」 「決まってるでしょ、おもいっきり撲たれたわよぉ」 まあ、当然か。けれども、それは愛情の籠もった平手打ちだったろう。 愛娘に、愚かな考えを翻させるための、優しい暴力だったに違いない。 槐の邸宅で世話になっていたのも、愛想を尽かされて勘当されたと言うよりは、 リハビリ期間といった意味合いではなかったのか。 雛苺に訊かれ、こくり……。水銀燈は、首振り人形のように頷く。 「私が、お願いしたのよ。別人として生きることを、許して欲しいって」 「そこまでして、真紅から遠ざかりたかったの?」 「今にして思えば、思考停止してたのよねぇ。逃げることしか考えてなかったわ」 そ...
  • 『パステル』 -2-
    ――どこかで、カラスの群れが騒いでいる。 いつ聴いても、不安を掻き立てられる声だ。 近い。耳を澄ますまでもなく、気づいた。窓のすぐ外で啼いているのだ、と。 いつ籠もったのか記憶にないが、雛苺はベッドの中に居た。渇ききった喉が痛い。 腫れぼったい瞼を押し上げて、枕元の時計に目を遣れば、午前八時を少し回ったところ。 普段より30分ほど早い目覚めだった。カーテンの隙間から、眩い朝日が射し込んでいる。 まだ眠い――が、喧しいカラスを散らさないことには、二度寝もできそうにない。 指先で、目元を、こすりこすり……欠伸を、ひとつ。 その直後だった。なにか重たい物が、ドサッ! と、彼女の上に落ちてきたのは。 「ぴゃっ?! 痛ぁ……ぃ。もぉ、なんなの~?」 呂律の回らない口振りで、雛苺は頭を浮かせて、重みを感じる腹部を見遣った。 布団の上に、なにやら見慣れないモ...
  • 第16話  『この愛に泳ぎ疲れても』
    どちらかを、選べ―― そう言われたところで、蒼星石の答えは、既に決まっていた。 こんな場所まで歩いてきた今更になって……躊躇いなど、あろうハズがない。 二つの目的を果たすためならば、地獄にすら、進んで足を踏み入れただろう。 ただ夢中で、翠星石の背中を追い続け、捕まえること。 そして、夜空に瞬く月と星のように、いつでも一緒に居ること。 たとえ、それが生まれ変わった先の世界であっても――ずっと変わらずに。 蒼星石は無言で、右腕を上げた。そして……偶像の手を、しっかりと握った。 置き去りにする人たちへの後ろめたさは、ある。 けれど、今の蒼星石のココロは、出航を待つ船に等しい。 姉を求める気持ちの前では、現世への未練など、アンカーに成り得なかった。 過ちを繰り返すなと諫めた声など、桟橋に係留するロープですらない。 「いいのですね?」 こくりと頷きながら、なんとは無しに、蒼星石は思ってい...
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