「何てこった」 一人の青年が、未だ漆黒に包まれた空を仰いで呟いた。 その言葉には恐怖の色などは微塵もなく、あるのは自嘲と諦めだけだ。 彼の名前は棗恭介。 小さな友人グループ―――『正義の味方』リトルバスターズのリーダーだ。 個性派揃いのメンバーたちだが、その全員から慕われているということから、彼のカリスマ性が伺える。そして彼もその期待に応えてきた、まさに『理想のリーダー』だった。 そう。どこまでも彼は、リトルバスターズのリーダーだった。 繰り返される一学期。 リトルバスターズの物語は、修学旅行道中のバス事故に収束する。 だが、妹の棗鈴と親友の直枝理樹の心は弱すぎた。『俺達の居ない世界』で生きていけるだけの強さを得てもらうために、ただただ延々と一学期を繰り返し(リフレイン)。 虚構の世界で、いずれ終わらせる物語を引き延ばして。 そうまでして、恭介は親友を守ろうとした。 しかし、世界は無情にも崩壊を始めたのだ。 一人の仲間の心を土足で踏み荒らし、大切な妹の心を壊した。 もう、駄目だ。 そう思わざるを得ないほど恭介は追い詰められていた。 だが、彼を救ったのは他ならぬ守るべき者・直枝理樹。 理樹が変えた。 彼が壊してきた仲間達を救い、最後に恭介を救う為に、世界を変えた。 ああ―――こいつらはもう、大丈夫だ。 全てを終わらせる筈だったのに。物語は更なる悪性によりかき乱される。 「バトルロワイアル………ふざけやがって………!!」 心の中はごちゃごちゃだ。 どうせ結末には破滅しか待っていないという諦めと、自分がもっと早く二人を前に進ませていれば良かったという激しい後悔。そして何より、とてつもない怒り。 自分のかけがえのない仲間達を殺し合いなどという悪趣味極まりないゲームの『駒』として扱う行為が彼には何より許せない。今の彼の頭には、主催者への確かな敵意があった。 直枝理樹も棗鈴も井ノ原真人も宮沢謙吾も来ヶ谷唯湖も、大切な仲間だ。 いずれ終わりの時には別れなければならないが、それでも守りたい。 いや、自分が守らなければならないのだ。 リトルバスターズのリーダーとして、虚構世界のゲームマスターとして。 ――――上等だ、シャルル・ジ・ブリアニア、郷田真弓、朝倉涼子。 ――――お前等は今から晴れてリトルバスターズの敵だ。 必ずこのふざけきったゲームを潰してやる、と心中で宣言する。 支給された一本の槍を携える。 『海軍用船上槍(フリウリスピア)』。 槍を扱った試しなどないしこれから扱う予定もないが、護身用には上等だ。 慣れない手付きで突く動作を数回、虚空に向けて行う。 彼は理解していないだろうが、彼の持つ槍には1500回もの樹脂コーティングが為されている。樹木の年輪を象徴し、『植物の繁殖力』により硬度は増幅を続けるという代物だ。 とある少女が怒りに任せて作り出したこの仕組み。 恭介のように不慣れな人物でも、最悪盾として機能してくれる。 「うっし、行くか」 『リーダー』としての顔つきにすっかり戻った恭介は前方を見据える。 建っているのはまだ真新しい学校。この中になら誰かしらいるだろう。 志を同じくするなら良いが、道を違えた人物ならかなり危険。しかしここで怖じ気づかないのが×恭介だ。むしろ敵は撃破して仲間にする、くらいの心構えだった。 彼は、校舎の中にゆっくりと足を踏み入れる。 □ 「やれやれ。本当に――――困ったものですね」 青年は誰にともなく呟く。 『困った』などと言いながらもその端正なマスクには微笑みが浮かぶ。 彼は古泉一樹。とある機関を創設して所属する、『超能力者』だ。 突拍子もない。 『超能力者』なんて話、普通の人間なら大概はその一言で切り捨て、古泉一樹という青年は頭が残念な痛い人、などと不名誉なレッテルを貼り付けるのがオチだ。 が、しかし。今彼の右腕に浮かんでいる赤い光球を、どう証明するのか。 手品でなければCGでもなく、立体映像などでもない。正真正銘本物の、常人の理解の範疇を超えた力・『超能力』により生み出された理解不能の物体だ。 こじつけた理論でなら説明できるかもしれないが、古泉一樹は『本物』。 涼宮ハルヒを原因として発生する『閉鎖空間』内に進入し、内部で破壊活動を行う『神人』と呼ばれるモノを倒す能力を持ち、とある『機関』に所属する能力者。 その彼は、不測の事態に頭を悩ませていた。 「(やれやれ……涼宮さんの力がこんな事を引き起こすとは……予測していませんでしたね、特に不可解な様子は見られなかったので………不覚でした)」 涼宮ハルヒ―――神にも等しい力を持つ、世界を無意識に狂わす少女。 彼の考察では、ハルヒの力がマイナスに働いた結果この『バトルロワイアル』が発生した、というのが結論だった。故にあの主催者、シャルル・ジ・ブリタニアと郷田真弓、そして朝倉涼子も仕立て上げた悪。 少なくとも既に長門有希に敗北し、抹消された朝倉の存在は有り得ない。 『朝倉涼子』がどういう経路を辿ってどうなったのかを涼宮ハルヒは知らない筈、つまり『いきなり転校した』ということになっている朝倉が適当に選ばれた。 他の二名が生み出された存在か彼女の見た・聞いた存在なのかは分からない。しかしとにかく、このバトルロワイアルは涼宮ハルヒが望んだ非日常が最悪の形で実現したということ―――だが、まさか異世界なんてモノを作り出すとはさすがに思っていなかった。 「(さて………案の定この殺し合いにはSOS団の皆さんも巻き込まれている。彼女が望む非日常には我々のような存在も含まれるのはもはや必然ですね。 ともなれば、彼らが死んでしまうことで涼宮さんがこの世界そのものを放棄してしまう可能性も無きにしも有らず。この殺し合いで彼らが死んでしまうことは避けた方がいい)」 特に、ある人物が命を落とすことだけはあってはならないだろう。 涼宮ハルヒが無意識に支えとする人物―――名簿の名を借りて『キョン』。 彼が万一命を落とすことがあれば、支えを失った彼女が暴走することも考えられる。何せ観測上これほどの事態は一度たりとも無かった。 この空間そのものが彼女の生み出した空間なのだ、閉鎖空間に限りなく近いこの空間内において『神人』を発生させられでもすれば終わりだ。――――いや、そこまでせずとも彼女がこの世界の『破滅』を望みでもすればそれだけで終わる。 厄介な力だ。本人が自覚していないだけに、尚更。 まあ自覚されたとしてもこれまた更に厄介な事態を生むだけだろうが。 「(キョン君が死ぬことはあってはならない。涼宮さんが『世界の破滅』を望まないように支えてくれる人物が現れればいいのですが、極少の可能性に賭けるのは少々気が引けますからね。とすれば、残念ながら解決策は一つしか残っていないようです)」 その甘いマスクをまた笑顔の形にして、古泉は決めた。 「(殺し合いに乗らせて貰いましょう。尤も、生き残るのは涼宮さんただ一人ですが。彼女が『殺し合いが起きなかった未来』を望むことを願って、ね)」 涼宮ハルヒを優勝させる。 それが、古泉一樹の本当につまらないいつも通りの決断だった。 だがもう二つ、彼は考えている。 『片手間』の策と『最悪の事態』の策。 まず、殺し合いをする片手間に。 殺し合いに乗っていない者に、涼宮ハルヒについて説明する。 そして、涼宮ハルヒ以外の参加者を殺させる。 殺し合いに乗るような野心家は賞金を欲するだろうが、殺し合いに反対する平和主義者は全てが救われる終わりを望むだろう。それは人間としてとても正しい。 無論、話に乗ってこなかったなら問答無用で殺害させて貰うが。 もう一つは、『涼宮ハルヒが万一何者かに殺害された場合』だ。 彼女は文武両道の優等生だが、自らの力を自覚しない限り普通の人間。 いざ彼女を殺害するとなれば、物陰からの狙撃で十分に事足りる。そう考えれば涼宮ハルヒという少女がこのバトルロワイアルで死亡する可能性は決して低くない。 そうなった時、古泉一樹はどう動くのか。そんなものは決まっている。 SOS団の人間以外を殺し、SOS団の団員のみで脱出する。 古泉は今、あのSOS団を『機関』に次ぐ自らの居場所と捉えている。 その『居場所』の人間を殺してしまうのはどうも忍びない。 第二の守るべき存在として、責任を持って彼らを守る。 最悪の事態が起きた時、古泉一樹は『機関』としてではなく、SOS団の人間として行動することを決意していた。あくまで『最悪』の場合であったが。 「さて、ではそろそろ行きましょうか」 殺し合いをしに、と付け足していつもの笑顔で彼は教室を出た。 ■ 話は打って変わって美術室。 ショリショリという木を彫る際の独特の音だけが静寂の中響いていた。 蛍光灯の明かりに照らされて、一人の少女が木を星の形に彫っている。 「失礼ですね、どこから見ても可愛いヒトデですよ」 ………失礼。一人の少女が木を本人曰くヒトデの形に彫っている。 その行為をバトルロワイアル中に行う意味が分からない人が大半だろう。 むしろその彫刻刀を武器にして護身なり殺人なりするのが普通か。 だが彼女―――伊吹風子にとってはその行動こそが『普通』だった。 まあそれは置いておいて、伊吹風子という人物にとってこの状況は異常だ。 本人は気付いていないが、今ここに居る伊吹風子は『実体』を持っている。 風子はいわば『昏睡状態』に陥っている人間だ。 高校の入学式に交通事故に遭ってから現在まで意識を取り戻していない。 風子の存在は幽霊に近かった。 それが今此処に実体を持って存在している―――不可解。 「………ちょっといいですか?」 「ひゃぁっ!?」 風子が椅子から転げ落ちる。 おやおや、と言って。声をかけた一人の青年は微笑む。 「な、なんですか貴方はっ!!風子に忍び寄る謎の男ですかっ!?」 「そこまで驚いて下さるとは、背後から近寄った甲斐がありました」 ははは、と頭を掻く。 ただし、右腕には真っ赤な光球を浮かべたままで。 青年・古泉一樹の中で、既に伊吹風子をどうするかは決まっていた。 『処分』―――つまり、利用価値が無い。 また古泉一樹には、罪のない少女を殺す事への躊躇いなど存在しない。 「突然ですがクイズです。僕は一体、何者でしょうか」 「わっ、クイズですか!風子こう見えてもクイズは大得意ですよっ」 だから、これはただの暇潰し。 圧倒的優位な状況で、ちょっと遊び心を出してみただけ。 籠の中に閉じこめた小鳥に話しかけるような気軽さで。 反逆も逃亡も出来ない相手に、余裕の笑みで。 たった一つの問いかけを。 正解しようがどうしようが、結末は決まっている問いを。 右手には絶対の力を。 伊吹風子を確実に抹殺するだけの力を。 振るえばこの愛らしい顔面を肉塊に変えられる力。 さあ後は答えを待つだけ。 そしてその小さな口が緩やかに開いた―――― [[To be continued>Little Busters!(後半)]]