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    プロローグ <大天空小娘飛翔>
  
  聖暦3353年 -霜月 七日-
  
  白い空間へ向けて。
  例えばそう、赤い手紙を届けてみてはどうだろう。
  それはきっと、とろけながら流れていき、白い空間のスミズミまで染めてしまうんだ。
  だからだれにも届きやしない。
  そんなこと、最初から知っているのに。分かりきっているのに。
  されど僕はペンを走らせる。
  この世で一番愛しい、兄さんの為に。
  どうしてこんなにも———————————
  いったい いつから———————————
  息をすることが苦しくなってしまったのだろう。
  
  ……結局今日も、目覚めてしまった。散らかりきった子供部屋の、ベッドの上で。
  ほんの少しだけ、あたたかい。カーテンからは穏やかな日差し。
  窓辺から、上辺だけは落ち着いてみえる世界がうっすら覘いている。実に綺麗だ。
  僕は、半分壊れている。とうに大切なひとを大勢無くしてしまった。無邪気にあいつらが全て奪っていった。
  さぁ早く、取り戻しに行かなければ。
  僕は世界へ侵略し、あいつらを、“エウレカ”を狩る。
  ひとまずは、上体を起こすとしよう。次いで視線を落とし、右という方向にある、腕と呼ばれるモノを見つめてみる。
 「……この腕は……?」
  禍々しい、灰色のソレ。びっしりと生えた小さな棘には、無数の蟲が潜んでいるのだろう。不快を覚え視線を逸らす。
  エウレカ入りの腕なんて、まったくロクなものじゃない。僕だけのものだ、忌まわしい。僕は、身体の中で化物を飼っている。
 未だに受け入れることのできない宿命。目を背けていたい。
  とりあえず、衣服を着てしまおう。裸で眠るという習慣は、前の前の身体を得てからも変わらない。
  立ち上がり、お気に入りの燕尾服と下着を探しに行く。足は意外としっかりしている。
  それにしても、床に散らかっているぬいぐるみと、エウレカの死骸が少し邪魔だ。それらを足で蹴散らす。
  途中、立て鏡には小柄な少女の裸体が写り、僕はクローゼットにたどり着く。
  左右にかけられた衣装は厳禁。エウレカの返り血で、もとの色も分からず。もはや洗えるような代物ではない。
 紫色の血は落ちにくいのだ。必然的に、手に取るものは限られてくる。
  ぶわっ、勢い良く、身につける。
  その後でソックスとヒールを穿けば出来上がる。ひとまず、外界へ移動するのにさして問題の無い姿が。
  食事のほうは、ただのひとくちで事足りるな。
  僕はそう判断し、さっと左手で空を軽く叩く。
  すると空中に透明な、黄色い文字が次々に浮かぶ。
  字の集まりがコップの形を作ると、不思議なことにそれは本当にコップに変わっていた。
  その中には、上手そうな暖かい匂いが渦巻いている。
  こうして一瞬のうちにコーヒーを“聖成”し、口へと運ぶ。薫社の即席にしては悪くないアジ、だ。
  コップを置き捨て、寝室を出る。
  
  ここは我が城、白き古の城。
  白い廊下を歩き、目の前にある白い階段へと向かう。
  降りる。降りる。
  無駄に美しい絵画が目に入る。以前、城を訪れた絵師に描かせたもの。
  まだ十二階だ。
  さらに降りる。降りる。降りる。もう一息。
  やっと着いた。
  好い加減、エレベーターというものを利用すべきだろうか。
  脳内のマイクロコンピューターは、すでに十五分の時を要したことを正確に示している。
  それが何を意味するか、今更ながら答は明白だ。
  メイド服を着た女の子のような少年が、一階に到着したばかりの僕を発見。走ってきて小言を述べる。
  
 「お嬢様ぁ。いささか、出立に時間をかけすぎではございませんか?
  ちょっとの間に、十や二十のエウレカが生誕すること、記憶に新しいかと思いますけど……最近お寝坊過ぎです」
  白い前掛けとフリルの付いた黒メイド服を揺らし、ぷりぷり怒っている。
 ずいぶんと可愛らしい格好をさせてあるが、こう見えてマロンは凄腕の技師でもある。
  あまりにも予想通りの小言と反応は、ある種、喜ばしい。
 「分かってるさ、マロン。ただ、僕も人間であった頃の行いは大切にしたいんだ」
  僕の言葉を聞き、若々しい執事は意地悪く微笑んだ。
 「でもお嬢様。三百年も前の慣習なんて、懐古するにもちょっと古すぎますよ」
 「あぁ。お前はまだまだ、機械人“シミラー”として若かったものな」
 「はい、お嬢様と違って、マロンはまだ六歳です!」
  そうだ。シミラーは、外見と実年齢とが一致しない。マロンは十四歳くらいの姿だが、実際は六歳。
  そして、戦役以前から生きている僕はといえば……
 「”ニド戦役”が終わって、どれくらいになる?」
 「もう三年です、お嬢様。いえ。半永久的に生きるわれわれシミラーにとっては、ほんのひと時と表現するべきでしょうか」
  腰に両手をあて、得意顔をするマロン。
 「気取っちゃって。そう……僕の兄さんが消えて、三年になるか」
 「はい。今日こそはお兄様を連れ戻してみせると、情報屋のトレマルさんが言ってましたよ」
 「ふふん、トレマルか……まっ、期待しないでおく」 
 せっかくだから、他にも質問しておこう。
  
 彼のつくる特殊な機械身が無いと、僕の日々の生活もままならない。僕は右腕を見せながら言った。
 「マロン。お前の調整だから、拒絶反応のリスクくらい制してあるのだろうが。この新しい右腕はどこまでの使用に耐えるんだ?
  ずいぶんと念入りに改造してあるようだけど、メディカル・スキルの強化だけに留まってないよね」
  彼は紅色の大きな目を輝かせ、待ってましたとばかりに語りだす。
 「三百六十時間、如何なる場においても、総性能のギガ倍のチャージズムが可能となっておりますよ。
  僕なりになんですけど、ゴールドジュエルの供給を内蔵されたエウレカからも行える仕組みを実装しました。
  そして必要とあればエウレカを自由に解放することも出来るんです!ちなみに、お嬢様がオペをする際にも便利で……」
  これは問題だ。全て聞こうとすると、恐らく今日中の外出は不可能になる。
  僕は無言で手を振って遮ると、だまって屋外へと移動した。
  
  上を見上げると、素晴らしく蒼い。
  花壇のある庭を突っ切る。
  僕を見送るマロンの目は、きっと優しい。
  振り返らず、広大な庭の一番端へ。そこに城門がある。
  僕の悠に三倍もの高さを誇る立派な城門。
  傍には、清掃員の身なりをした門番兼、庭師が控えている。
  彼女は庭に巣くう害虫を機械で吸っている最中だったが、僕に気付くと慌てて門についたレバーを下げた。
  それを合図に、門がばかでかい音をたてて開く。
 「……気を付けていってらっしゃいませ」
 「ありがとう、メロン」
  丁重に礼を言うと、マロンの姉は照れて固まってしまった。可愛い娘だ。
 「あとで、城の清掃もよろしく。また城内にエウレカが飛び込んでいたからさ、片付けておいて」
 「……かしこまりました!」
  そう言うとメロンは愛用の掃除機を担いで、城の中へと走り去った。
  僕は改めて、門の外を見つめる。
  
  門を開けた先に、道は無い。広がっているのは、天と同じくどこまでも青い空。
  はるか下には白い空間、雲の群れ。
  そう、我が城は天空にある。僕は、今日も発見を求めて旅立つ。
  さあ、第一歩を踏み出そう。
  両腕を横に伸ばす。身体で十字をつくる。
  そしてほんの少しだけ、身体の重心を前に傾けると。
  開放感。
  ものすごい速さで!
  僕は、落ちてゆく。
  まだまだ見えはしないけど、
  いまごろ地面というやつは必死で僕に向かっている。
  全身をえぐられるような感覚、それすら最高に気持ち良い。
  落ちながら、次第に鮮明になってくる菱形は、大陸の輪郭。
  遥か遥か彼方に、“世界樹”を見つける。
  大地の大半を占めている草原。
  緑をかきわけるようにして街が幾つもあり、ここからでは全て作りモノのように見える。
  おもちゃのような屋敷、民家、教会。
  世界なんてちっぽけなものだと、取るに足ら無い僕だって自覚できるよ。
  全身で風を受け流しながら。
  全身で空を切りながら!
  わずかな空中遊泳を精一杯満喫し、
  頃合見計らって靴のブースターエネルギーを最大限にする。
  その瞬間、急激に減速し、着地は今回もきわどく成功した。
  
  ドォ〜ン!
  地面ではすさまじい衝撃と土煙が起こり、鳥達があわてて飛び去る声がする。
 「さて、と……」
  ゆっっくりと周囲を見渡す。
  そこは深い森の中。
  上空を見上げると、我城“ブリュッセン”の姿は、もはや点としても視認できない。
  今度、アイカメラの調整も行っておくべきかな。
  金色のポニーテールと燕尾服をなびかせ、僕は鬱葱とした森の奥深くへと歩む。
  獣の、いや。もっと獰猛なモノ達の息吹が、密かに感じられる。
  僕はわざとぶっきらぼうに歩き、暗闇から覗く奴らの気を惹くように、悠々と歩み続ける。
  出てくるがいい、エウレカども。さあ、オペの始まりだ。
 
 
 
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