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生きる屍―桜という代名詞 - (2007/09/04 (火) 19:53:38) の編集履歴(バックアップ)




 心地よい風の中を桜が散る。

 ああ。その美しい花弁の色は、美しい血から成るものなのか。


「桜ももう終りだな」
「……」
 部屋の窓からは、青い葉がちらほらと生えている桜が見える。一週間前にやっと満開になったと思ったらもう葉が生え始めていたのだ。全く、どうして桜はすぐに散ってしまうのだろうか。こうも早く見時を終えてしまうのが分かっていたなら写真か何かにその姿を留めておくべきだった。俺が小さく後悔のため息を吐くと隣に座り込んでいた兄者がピクリと反応してこちらを見る。
「なんでもない。心配しないで」
 俺がそう声をかけてやると兄者はホッと胸を撫で下ろした。俺の吐いたため息の原因が自分に無いと分かったからだろう。俺は持っていた本に再び目を落とした。今俺が読んでいるこの話には桜を中心として物語が展開されている。しかも中心となっている桜はただの桜ではないのだ。
『血桜』。よくホラー系の話に取り上げられる桜にまつわる言い伝えだ。桜の木の下には人柱が埋められていて、桜はその生き血をすすって綺麗な花を咲かせる、と。誰が考えたんだろうなぁと内心感心しながら、丁度良いところでしおりを挟んで机に置く。
大分部屋の中に空気が篭ってしまったようなので空気を入れ替えるために窓を開ける。やはり春の風はいい。すがすがしくて、さっぱりしていて、そしてなによりも温かい。俺が思っていたよりも意外に強かった風は桜の細い枝々をいとも容易くしならせる。何かに取り憑かれたようにぼーっと桜を眺めていると、兄者の居るであろう隣から何か遠慮気につつかれた。
「どうした?」
 俺がにっこり笑いながら問いかけると兄者は口パクでたった三文字を俺に伝えた。兄者が、一体何が言いたかったのか良く分からなかったが、もう一度というのは何故か気がひける。俺が止まっている理由が分かったのか兄者は桜を指差した。そしてさっきとは違う三文字を口パク。
『ほしい』
 ああ、そういう事か。俺は小さく笑みを浮かべて頷いてやり、近くにあったなるべく太い枝をへし折った。それを兄者に差し出すと兄者は大事に受取ってベッドに座り込む。ギィ、とベッドのスプリングが軋む。
「懐かしい匂いがするな……」
 俺の呟いた言葉に兄者はコクリと頷いた。未だに閉じている蕾をやさしく撫でたり皺がよってしまっている花弁には皺を伸ばすような撫をしたり。
「……でも、どうして懐かしいんだろうな」
 兄者はゆっくり知らないと首を振った。その答えに俺は再び笑みを浮かべてそうか、と小さく声を漏らす。俺は答えを知っていたが兄者に問いかけたのはあることを確かめるためだ。もし、ここで兄者が首を縦に振ったらもう一度――あの日からの記憶や思い出の全て排除、および削除をやり直さなければならなくなっていたところだ。あんなこと二度とやるのはごめんだが、互いがこの裏世界で生きてゆくためにはどうしても避けられない道なのだ。

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かみんぐすーん