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ふたりは平行線 - (2015/10/23 (金) 09:19:28) の1つ前との変更点

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*ふたりは平行線  死骨ヶ原ステーションホテル。  禍々しい地名にちなんでそう名づけられたホテルは、かつて──それも、二度に渡って──ある惨劇の舞台となった場所であった。  ある一人の天才マジシャンのトリックノートを巡る、弟子たちの欲望の殺人。  そして、その天才マジシャンの遺志を受け継ぎ、その欲望を断罪した一人の天才犯罪者による忌まわしき連続殺人事件。  ……結果的に、これらの事件の真相は、天才的頭脳を持つ一人の高校生名探偵によって暴かれた。  だが、それは、「天才探偵」と「天才犯罪者」の因縁の始まりでしかなかった。  この後、彼らは幾つかの事件で再び合い見え、殺人計画と推理の対立を演じ続けてきたのである。  トップアイドルの誘拐事件を発端とするマネージャー殺し。  ベストセラー小説家の遺産を巡る、不思議な館の暗号殺人事件。  複雑怪奇な事件を巡る二人の因縁に決着が着く日はだんだんと近づいていた──。  そして。  ──再び。  彼らは、凄惨な殺し合いに引き寄せられるとともに、全ての始まりのこの場所に引き戻された。  一切の恣意性のない完全なランダムの配置が、偶然にも彼らをここに呼びつけたのだ。  あのオープニングから目を覚ました天才探偵と、天才犯罪者の前にあったのが、此処の天井だった。  決して交わらない平行線の二人は、果たしてどう動くのか──。  そして、この殺し合いは彼らをどう突き動かすのか──。 ◆  ホテルの隣にある劇場──ここは死骨ヶ原ステーションホテルに来る客がマジックショーを見る為に作られた劇場だ、劇場の周囲は池になっている──の観客席に立ったまま、舞台上を物憂げに見つめる一人の美青年がいた。  彼の名は、高遠遙一。  殺人の罪状で全国指名手配を受けている犯罪者ゆえ、本来、安易に素顔を見せるべきではないのだが、今はそれを隠すのに適当な仮面や覆面もない。  ……いや、この殺し合いの状況下、「高遠遙一」の名が名簿に載っている状態で仮面の男が混じっているというのも少し奇妙だろうか。  まあいい。  ともかく、相手が刑事事件の事情に乏しく、手配書をあまり見ない普通の相手である事を祈り、高遠はこの殺し合いで行動する事にしたのだが── 「……おや」  ──いやはや、早速、この劇場で一人、他の参加者に見つかってしまったようである。  高遠にとっては大きな不覚である。  誰とも知らぬ人物にこんな殺し合いに連れ去られた事そのものが不覚と言わざるを得ないのだが、それを除いても──まず、この場ではいきなりの不覚だ。流石に状況をよく理解して警戒したつもりではあったのだが。  これは、高遠自身が、初期位置が基本的に無人であると勝手に錯覚していた事と、まだ状況に慣れ切っていない中で、彼にとっていわくつきの場所に辿り着いてしまって気が抜けていた事が原因だろう。  しかし、言い訳をどう繕っても意味はない。  ──どうやら、舞台上の黒い暗幕(カーテン)の裏に、一人隠れていたようだ。  高遠も観客席側にいた故、しっかりとはそれを確認できなかったが、彼にはわかった。  その人間が、今、ちらりと顔を出して観客席の高遠を見てから、またすぐに慌てて同じ場所に隠れたのである。  あのスペースに違和感なく忍び込み、体格を見せない事からも分かる通り、それはとても痩せた小柄な人間だった。皺の間に収まってもおかしくないほどだ。  高遠にはその人間の姿が見えたが……ひとまず、気づかない振りをした。 (まあいいか……)  ああしてカーテンの裏などに必死に隠れなければならないという事そのものが、戦力を持たない事と戦意のない事の証である。そして、相手はこちらを殺す為に機を伺っている様子ではなかった。ただ怯えて過ぎ去るのを待っているだけだ。  何せ、そこに隠れていたのは── (……どうせ、相手は“子供”だ)  ──幼い、金髪の少女だった。  一目見た所、それは日本人ではなかった。イギリスに住んでいた高遠が見ても、そのブロンドはなかなか見かけないほど綺麗な金色である。彼女は一昔前の洋服を着ていた。  外見上のデータはたったそれだけだが、高遠はこの状況から、彼女のパーソナリティを、ただ一つだけ考察した。  ──彼女は、少なからずマジシャンの素質がある、という事だ。  普通、こうして自分が隠れる場所を探す場合、裏にある楽屋など、もっと隠れやすい場所に隠れる。そこが最も目につきにくい場所であるからだ。  ──だが、本当に一流のマジシャンは、“わざと見えやすい場所に、最も見られたくない物を隠す”のである。  そう、今の彼女のようにだ。  高遠も、この劇場に来たばかりの時、まさかあんなに目立つ舞台上に子供が隠れていようなどとは思っていなかった。だから、油断して、向こうに姿を見られてしまったというわけである。  とはいえ、やはりそこにいたのは幼い少女ゆえに手際が悪い。  相手はまだ隠れているつもりだろうが、高遠にはもう彼女の形がしっかり見えてしまっている。もし顔を出さずに息を殺していればこちらに感づかれる事もなかっただろうに、その一点だけは残念だ。まあ……所詮真相は、「慌てて手近な所に隠れた」なのだろうが。 (こうして待っているのも少し意地が悪いか……?)  高遠がクスクス笑っている間にも、その少女は今も、心臓をバクバクと高鳴らせている事だろう。今、彼女の側には高遠のスタンスを読む材料がない。  距離があるので、高遠から逃げようと思えば逃げのびる事もできるだろうが……かといって、この状況だ。  信頼できる大人に会う事ができなければ、彼女は残酷な人間の手にかかるかもしれない。 「……」  さて。  高遠はどうしようか考えた。  相手が子供となれば、高遠の顔や名前もそこまで認知されてはいない。ただでさえ、ミステリーマニアでもない限りは滅多に看破されないくらいである。  また、犯罪者となってからは日本を拠点に活躍してきた関係上、高遠の名は海外には知れ渡ってもいないので、相手が日本人でなければ、高遠を知る事はほぼないだろう。  まあ、エトランゼの子供であるとはいえ、おそらく日本語理解のある相手である可能性は高く、更にもっと高い確率で日本住まいだと思われるので、そこは安心できない点でもあるが(何せ、日本語で行われた説明を聞き、日本語で書かれた名簿を支給されているのだから、全くそれらが理解できない人間では殺し合いも成り立たない)。  あの身なりから、おそらくフランス人と推測したが、だとすると、「イリス・シャトーブリアン」、「マチルダ・ランドー」あたりが彼女の名前ではないだろうか。  あのまま放っておくか、いっそ殺してしまうというのも“殺人者”らしい手のように思う。しかし、もとより無関係な人間を無差別に殺すのは高遠の主義ではない。  果たして、どうしようか、とほんの少し考えた。  そして──あっさりと答えは決まった。 「……大丈夫だよ。姿を見せてごらん」  高遠は、屈託のない笑みで、その少女に、ひとまず日本語を投げかけた。フランス語がわからないわけではないが、日本語圏であるかどうかをまず確かめておく為である。  もしこの姿を、高遠という男を知る者が見ていたのなら、その笑みは邪心がないからこそ、不気味に映ったに相違ない。  何と言っても、この男は今日この時までに四人の人間を手にかけてきた生粋の殺人鬼なのだから。  周囲を軽く眺め、他には人がいないのを確認してから、高遠はデイパックを舞台に投げて、両手を挙げ、舞台にそっと近寄っていった。  ばっ、と音を立てて、震えていたカーテンをめくる。      !? 「きゃあっ!」 「──大丈夫。お兄さんは、きみの敵じゃないよ」  と、高遠は驚き怯える彼女の前で屈んで見せた。  藍色の瞳を広げる彼女は、まるでフランス人形のようだった。  ブロンドの髪の上にはピンクの大きなリボンが結ばれており、どうしても年齢より幼い印象を感じさせる。黄緑色の生地に真っ白なエプロンを縫い付けたような服は、高遠に『不思議の国のアリス』を思い起こさせた。  しかし、何といっても──殺し合いの場に呼び出すには、あまりにも明るく不釣り合いな姿だと思えて仕方が無い。 「お嬢さん、お名前は?」 「……お兄ちゃんは?」 「僕かい? そうか、先に名乗るべきだったね。……僕は、高遠遙一」 「……私はアイリス。本当はイリス・シャトーブリアンだけど、アイリスでいいよ」 「アイリスか。良い名前だね。じゃあ、そんなアイリスにプレゼントをあげよう」  少女が全く怖がっていないのを確認した高遠は、本名を名乗った。  それから、高遠は、彼女の前で両手を広げて見せて、手首を回して表と裏を確認させてから、右手を左手で強く握って少し唸る。  う~ん、う~ん……と。  その時、アイリスという少女の瞳は、高遠の右手に注目した。じっくりと無防備に高遠の右手だけを見つめるアイリス。  再び高遠は、左手で右手の拳を撫ぜた。     !?  ──すると、次の瞬間、高遠の右手からは、一輪の薔薇が煙のように現れたのである。 「え……!? どうやったの……!? 教えて! ねえ、教えて!」 「ダメダメ! お兄さんは、マジシャンなんだ。だから、タネは教えられないんだよ!」  くすくす、と不敵に笑い、そっとアイリスに棘のない薔薇の花を一輪渡す高遠。  アイリスの目は、プレゼントされた薔薇など忘れて、すっかり高遠のマジックの虜である。  種を明かせば簡単で、懐にあった薔薇を握り込んだだけだ──ローズマジックと呼ばれる基本動作だった。  高遠も、殺傷能力を持つようなマジックアイテムはほぼ奪われていたが、普段仕込んでいる幾つかの簡単なマジックのタネは身体に幾つも残っている。  しかし、武器が没収されている事だけわかれば充分だ。それは、これが本当に危険と隣り合わせの状況なのだと彼に実感させる根拠になった。彼は言う。 「──もう少し、マジックショーを見たいかい?」 ◆ 「参ったなぁ~」  金田一一(きんだいちはじめ)もまた、偶然、このステーションホテルの近くに配置されており、長いボサボサの後ろ髪を掻きながら劇場に近づいていた。  先ほど人が死んだのを前にしたというのに、一般的な高校生と比べると嫌に冷静に事を運んでいた。  それもその筈である。  彼は、一見すると頭の悪そうな容姿とは裏腹に、かの名探偵・金田一耕助の血を受け継ぐIQ180の天才少年だった。やはり血は争えないのか、これまで幾つもの難事件に偶然遭遇し、それを鋭い頭脳で解決してきたのである。  しかも、その大半は、不可解な連続殺人事件だった。  彼は、今日まで30件以上の連続殺人事件に偶々遭遇し、あらゆる悲しい死を目撃して修羅場をくぐった少年なのだ。  その度に彼は怒り、悲しみ、命の大切さを知ってきた。  その中でもう一つ知った事がある。死んだ人間に対して出来る事は、『前に進む事』、『彼らの無念をわかってあげる事』、そして、彼にしか出来ない『謎を解いてやる事』なのだ。  勿論、彼もそれだけ正義感の強い人間だったから、二人の人間(片方は人間に見えなかったが……)が殺された事には強い怒りを覚えている。しかし、それによって冷静さを失うのではなく、まずは自分らしく、“考える”のである──。 「ったく、よりにもよってこんな場所に来るなんてな……それに、あの“10を、1に変えちまうトリック”……」  ブツブツ呟きながら歩くはじめ。  名探偵の金田一少年にとっても、まずこの殺し合いは不可解な事だらけだ。  まずは、東京タワー、蒲生屋敷、死骨ヶ原ホテルという、ばらばらな土地にあるはずの場所が一つのマップに集約された不可解な地図だった。  物理的には不可能ではない事であっても、東京タワーをもう一つ建造するだけでもはじめが想像しえない莫大な資産が必要とされる事になる以上、やはり無理だと考えて良い。  だが、少なくとも、マップにはそれらは、「ある」という事になっている。  実際に確かめなければ、そこに東京タワーがそびえたっているのかはわからない。嘘かもしれない。──だが、もし、このホテルと同じように、そこに本当に“あったら”?  第一、このホテルだって、貸し切りなんて難しいだろう。従業員も多かったし、ホテルの性質上、無人という事はありえない。まして、目的が殺し合いなのだ。  東京タワーなど存在しておらず、このマップそのものが「錯覚」させる為のトリックだという事をまず考えたが──こればかりは、この外に出て見なければわからない話だろう。  それから、高遠遙一はともかく、今は逮捕されて少年院で服役している筈の親友・千家貴司までが参加させられているという事が書かれている参加者名簿だ。  何せ、少年院にいるはずの千家を連れ出すのは難しいし、高遠だって、神出鬼没の指名手配犯だ。決して簡単にこんな風に捕まりはしない。  ──強いて言うなら、高遠という男は、むしろこういう事を考える側の人間だ。  しかし、もしこの殺し合いとやらを考えたのが彼ならば、この名簿に彼の名前がある事自体がおかしい事になる。  彼は、他者の復讐計画を作り上げる事をしたとしても、そこに絶対に手を貸さず、堂々と姿を現そうとはしない人間なのだ。このゲームならば迷わず主催側を選ぶに違いないし、参加したとしても、絶対に「高遠遙一」という名前を明かしたりしない。  だとすれば、やはり彼も巻き込まれたと言う結論で間違いない、とはじめは推理する……。  それから、──おそらく、同姓同名だと推測したが──それでも気にかかるのは、亡くなったはずの「和泉さくら」や「小田切進」の名前だ。  どちらも、ごく平凡な名前で、探し出せば何人も見つかってもおかしくない。いや、実際、はじめもきっとそうなのだろうと思っている。苗字・名前ともによくある物で、高遠や千家に比べると、同姓同名が何人も存在していても不思議ではないだろう。  特に、「さくら」という名前は名簿に四つも存在しているくらいだ。やはり珍しい名ではないのだろう。  しかし……そう割り切ったはずだが、どうも引っかかる。  主催者──『ノストラダムス』という人物の言葉によれば、人間を生き返らせる技術があるとかないとか……。  ──あの言葉に、何か関係がある気がしてならない。これは、はじめらしい推理ではなく、どちらかといえば、時折命中する彼の勘であった。  だが、いつもは当ててきた勘も、今度ばかりは簡単に信じる気にはならない。  人の命が生き返る方法など存在しない。──それは、常識である。 (そうだぜ、金田一! これまでだって、死者の呪いなんて嘘だったじゃないか……! さくらたちが生きてるなら、それに越した事はないけど……そんな事はないんだ……絶対に)  考える事を放棄してはならない。死から逃れてはならない。全ての事象は推理で説明がつく。オカルトに逃げてはならないのだ。  ──これは、日本では有名な偉大な祖父の教えだ。  金田一は──耕助も、はじめも──、これまでどんな事件に遭遇しても、それを決して不可能なオカルトの事象だと結論づけようとはしなかった。  その信念を持ち続ける彼は、ワニの怪物もこれまでの“怪人たち”同様、人間が被った着ぐるみだという前提で考えているし、周囲にちらほらといた変わった姿の人間たちも本当にそんな姿だとは思っていない。  参加者とされている側にもサクラがいる……と考えると、殺し合いが本当に行われているかも疑わなければならないはずだが、この首輪が巻かれている事などからも、ひとまずは「殺し合いは行われている」という前提で、警戒して歩いた方がいいだろう。仮に、いつかのようなテレビのドッキリ企画だとしても……まずは注意に越した事はない。  しかし……やはり、ここにもまた、『重大な見落とし』をしている気がしてならなかった。  それに、クロコダインと呼ばれたあのワニの怪物に駆け寄った子供たち──彼らの悲痛の叫びが偽物とは到底……思えない。 「ん……?」  そんな事を考えながら歩いていた彼の目の前に、池を跨ぐ橋が見えていた。  考える事に夢中になると、周囲が見えなくなるはじめだ。今も、こうして、ほとんどホテルの外に出ている事に全く気づいていなかったらしい。  しかし、目の前に見えて来た物を見つめると、そんな思考が一瞬遮断される。  そう、元々、今はこの場所を目的に歩いていたのである。 「やっぱり……ここにあったのか」  この橋を渡ると、ステーションホテルの劇場に繋がっているのだ。  彼の前には、ドームのように丸い屋根の小さな劇場が見えてきていた。  この建物は、確かにはじめも過去に見た事がある。……いや、以前ステーションホテルに来た時、まさにここに足を運んだのだ。 「……」  ……だが、はじめも、まさか、こんな時にまたここに来るとは思わなかった。  あの天才犯罪者──『地獄の傀儡師』が生みだされる原因になった、ある不幸な事件が起こった場所が、ここなのだから。 ◆      !?  ──そして、劇場に入ったはじめの前では、至極奇妙な光景が繰り広げられていた。  どこか暗い面持ちでこの劇場に入ったはずの金田一の顔が、「空いた口が塞がらない」を体現するように、どこかマヌケになった。  劇場には、小さな外国人少女の高い声が響いている。  少女は、全く邪心も見せずにはしゃいでぴょんぴょん跳ねていた。 「すご~い! これどうやったの~!? ねえねえ、教えて!」 「だからダメだってば! 自分で考えないと、名探偵になれないぞっ!」  はじめの顔見知りの“ある男”が、何やら奇妙なマジックショーを一人の少女にだけ向けて行っている。  それを眺めて、その男も笑っていた。  ……“顔見知りの男”、“ある男”という言い方では、少しじれったいだろうか。 「『地獄の傀儡師』──高遠遙一……!」  それは──ここで犯罪者として誕生した男・高遠遙一である。  彼は、ニコニコと笑いながらアイリスの方を見て、トランプを宙に浮かせてシャッフルしていた。しかし、劇場にはじめが入った事に気づいたようで、一瞬、きりっと真面目な顔付ではじめを遠く睨んだ。  子供相手にも、割と本格的なマジックを見せているようだ。──さすがはプロ、と思い、はじめは少しばかり苦い顔で高遠を睨み返した。 「どうしたの……? お兄ちゃん」 「……いや。どうやら、もう一人、お客さんが来たようだね。──でも、大丈夫。嬉しい事に、あれは僕の友達だから」  はじめと高遠──因縁の二人は、思ったより早く出会えたようである。  再びここで出会った二人の視線が重なっているのを、アイリスが少し不安そうに見つめていた。  彼女も、そこで二人の間に渦巻いた悪意を、どこかで直感していたのかもしれない。  このアイリスという少女の正体は後ほど明かす事になるが、ひとまず、今ははじめと高遠の事だけを見てみよう。  はじめは、ゆっくりと舞台に近づいて行った。  はじめが一度舞台の前で止まったが、それを見て高遠が言った。 「ステージに上がっても構いませんよ、金田一くん。今日ばかりは歓迎します」 「じゃあ、お言葉に甘えて! よっと!」  そう言い合いつつも、どこかピリピリしたムードがはじめと高遠の間に流れ、アイリスは不安げな表情を見せていた。  高遠の顔付きも、どこか先ほどより強張ったようで、アイリスに直感的な恐ろしさを植え付けた。  この二人……ただの仲が良い友達には見えない。 「あ、このお兄ちゃん……」  アイリスは、近くで見てみて、金田一一という男にどこか見覚えがあったのを思い出す。そう、あの凄惨な殺人現場で、主催に最後の質問を行ったのが、彼だったのだ。 47 :ふたりは平行線 ◆V1QffSgaNc:2015/10/22(木) 00:22:13 ID:kTkCcgbk0  あの時の事を思い出し──戦争を嫌うアイリスは、ぐっとスカートの裾を握った。  やはり、どう楽しい記憶で塗り替えても、先ほど人が死んだのは確かだった……。 「……」  はじめも黙り込んだまま、近づいて来る。  はじめという男は、あの船上での様子を見るに、おそらく──悪い人間ではない。アイリスもそう思っている。しかし、真顔の彼はどこか恐ろしかったのだろう。  アイリスの前で、はじめは、ふぅ、と息を吐いてから、強張った表情を崩して、少し高等部を掻いて、高遠に、馴れ馴れしく言った。 「……ったく、気が抜けるぜ。まあ、正直言うと、あんたに会いたくなかったわけじゃないけどさ。まさか、こんな時にもマジックショーなんて」  はじめの顔は、緊張しながらも、どこか高遠を前に肩の力を抜く事が出来たようだ。 「……おや。これはこれは。意外にも私と同意見のようですね。少なくとも、一度は……金田一くん、君と会っておきたかった」  高遠も、どこか薄く笑っているような表情で、はじめを見つめていた。  それで、アイリスはすぐにほっと息をついた。  はじめと高遠は、どうやら険悪な関係に見えたが、そういうわけでもないらしいと思った。それで、安心しきったまま、アイリスは高遠に訊いた。 「えっと……お兄ちゃんのお友達……なんだよね?」 「そうだよ、アイリス。このお兄ちゃんは、金田一一。有名な名探偵の孫なんだ」 「へへっ……。いや、友達っていうとちょっと違うような気もするけど」  はじめは否定したいように冷や汗をかいていたが、高遠は淡々と「友達」などという言葉を口にする。まあ、厳密な関係を口にすれば、それこそ誰も人が寄らなくなるので致し方ないとも言えるが……。 「……ふふ。アイリス、それじゃあマジックショーは終わりだよ。裏の楽屋でこっちのお兄ちゃんとお話があるから、その間だけ別の部屋に居てもらえないかな?」 「え~……マジック終わりなの~? つまんな~い!!」  丁度、はじめも高遠と二人で話したいと思っていた所だ。  そもそも、高遠の正体を前提とした上で話し合うならば、他の人間はその場に置いておくわけにはいかない。  しかし、アイリスは、高遠のマジックに夢中だったらしく、どこかはじめを疎ましそうにも見ていた。  よりによって、殺人鬼の方が子供に懐かれてしまうとは、はじめとしても癪だった。 「大丈夫、すぐに終わるからね。それまで良い子にしていたら、今度は金田一のお兄さんが面白いマジックを見せてくれるよ」 「アイリス子供じゃないもん!」 「そうかそうか、ごめんごめん!」  そう宥める彼の姿は、彼をよく知るはじめにさえ、四人の人間を殺した犯罪者には見えなかった。 ◆  劇場の楽屋であった。楽屋では、舞台上でどんな姿を演じている者も、素の姿を現す事が出来る。──まさに今は、彼らの舞台裏であった。  はじめと高遠は、それぞれ越しかけながら、日常でも殺人を演じてきた者とは思えないほどにくつろいで、友人とでも会話するかのように向かい合っている。  額やに置いてある幾つかのマジック道具を高遠は興味深く見つめていた。近宮のトリックに使われる道具ばかりである。  しかし、すぐに興味を失った。  今は──目の前には、もっと興味を示すべき人物がいる。 「……さて、金田一くん。訊かせてもらおうか。君ともあろう物が、この『地獄の傀儡師』と会いたいとは、一体どんな理由があっての事なのか」 「この状況だぜ? 理由くらいわかるだろう」 「だからといって、君が私の力を借りたいなどと言うはずがないでしょう?」 「……そう思うかい?」  どこか調子の良いはじめである。  彼は、順序立てて高遠に対して、自分の高遠遙一という人物の認識に関する「推理」を教える事にした。 「まず一つ。俺は一応、あんたの知能や才能だけは認めている。これが大前提だ」 「ほう。しかし、それだけ、という事は、私の人間性を信用しているわけではないのでしょう? それこそが、ここが本当に殺し合いの現場ならば──最も重要な前提となりそうですが」  確かに、連続殺人鬼である高遠を仲間に引き入れるというのは、はじめらしくはない。  しかし、彼はそれを選ぶ事にしたのだ。──決して、高遠の本質を信頼せずに、高遠の主義を信頼する、という形で。 「それが、もう一つの理由だよ。確かにあんたは信用できないけど、これが“あの”高遠なら、『他人に殺人を強要させる』事はあっても、『他人が強要する殺し合いに乗る』事はない」 「なるほど」 「……そして、それからもう一つ。少なくとも、あんたは自分にとって恨みがない人間や、復讐計画を遂行する犯罪者以外には殆ど手を出さない事だ。……そう、例えば、ああいう子供なんかを殺したりはしないと思ってる」 「流石だ、金田一くん。この私の性格を概ね言い当てていると言っていいでしょう。私も、別に無差別殺人犯というわけではないからね」  いや、お前はむしろそっちに近いだろ、よく言うぜ……とはじめは思ったが、刺激しても仕方が無いので黙っておいた。  幻想魔術団のメンバーを殺害したのは私怨や復讐かもしれないが、『道化人形』を利用して始末したのは、無差別的な愉快犯としか言いようがない。  だが、それでも、やはり彼なりのポリシーというのは存在するのである。  地獄の傀儡師──高遠遙一はそういう意味で、不思議な犯罪者だった。  警戒するに越した事はないが、それでも一定の信頼値の置ける相手だというのは、ある事件を通して知って間もない事だった。 「……で、まあ、正直言っちゃえば、俺もお手上げなんだよね。この殺し合いってやつ。今んところ、あんまり実感もないしさ」 「そうですね。……ただ、最初の二件の殺人。あれだけは、まず考えておく必要がありそうです。お互いの結論を言っておきましょう」  まるで明智警視と会話をしているような気分だが、まあ、高遠が刑事だったとしてもあんな感じになるのだろうな、とはじめは思う。  それから、口を揃えて二人は言った。 「「────あれは本物だ!!」」  つまり──オープニングの時点で、二人の人間が死んでいるという事だ。あれは人間を怯えさせる偽物の死などではない。  普段、死体を見慣れている二人だから、それがよくわかったのだろう。  はじめにとっては、それは直感でしかなかったのだが、高遠にはマジックと本物の死の区別はもっとよくつくらしい。 「あの死体は、確かに作り物なんかじゃない。確かに一瞬でスポットライトが消えて見えなくなっちゃったけど、本当に人が死んでいたと思う」 「同感です。ワニ男の方は……おそらく、外装は精巧な作り物でしょう。──いや、これは、あくまで触れる機会もなかったので確かめる事はできませんが、常識として、その可能性が高い。……しかし、気になるのは、そこまでしてあんなサクラを用意する必要があるか、という事です」 「それなんだよ。どうも引っかかる。よほど人相が悪くない限り、あんな所で着ぐるみなんて着る意味はないし。それに、駆け寄った子供だ……。あれは、テレビのスター怪獣の最期を観ちまったってわけでもなさそうだった。知り合いの亡骸に抱きつくみたいで……」  死体という“モノ”を理解する高遠と、死体に駆け寄る人間の“感情”を理解するはじめ。  その点において、過程は対立しているが、結局、二人の結論は同じだった。 「とにかく、あのクロコダイル・マンを知っている少年たちを探す必要もありそうですね。できれば、最初の道化師の知り合いも」 「ああ……。色々と事情も聞いておかないとな」  二人の意見は、そこについても同じだった。  それから、またはじめはまくしたてるように高遠に問うた。 「……でも、それを除いても、もう一つ疑問が残るんだ。この殺人劇の目的だよ」 「……」 「こんな事をしたって、何の意味もないだろ? それに、あの『ノストラダムス』とかいう奴だって、目的は教えてくれなかった」 「……」 「あの二人に恨みがあったとか、ここにいる人間に何か特別な共通点があるとか……そういう理由があるんじゃないかと思ってさ」  彼が素直に疑問としている部分は、おそらく高遠に訊くような意味だった。  はじめも多くの犯罪者を見てきたが、それでも、これだけの事をする犯罪者はこれまでいない。逆に、高遠ならばそうした犯罪者側の心情もよくわかるだろうと、ひとまずカマをかけてみたのだ。  しかし、高遠は“動機”については深く考えようとはしていなかった。 「確かに、随分手の込んだ事のように思いますね。──しかし、露西亜館の事件を忘れましたか? 金田一くん。大がかりな犯罪を行うのに、大した理由など必要ありません。いえ、大がかりであればあるほど、快楽以上の意味はないのです。復讐ならば終えれば済むだけですからね。山之内恒聖もそうだったでしょう?」 「……忘れてなんかいないさ。でも、俺はあの時言ったはずだぜ? 俺はあんたのような人間は認めないって……! こんな事をするからには、何か必ず理由があるはずなんだよ!」 「私はそうは思いません。いいえ、むしろ、手間と金をかけてまでこんな事を目論む愉快犯の方が、私にはずっと共感できる……まあ、巻き込まれた手前、素直に褒める気にはなりませんが」  淡々と言う高遠である。  実際、はじめも、高遠の言っている事は理解できる。  たとえば、高遠が殺人を犯した理由は、当初こそそれなりに納得できたかもしれないが、今となっては、殺人者を教唆してはじめを嘲笑う愉快犯になっている。あんな真似をしても、高遠にとってメリットなんてないはずだというのに、彼は殺人を行い続けるのだ。  そして、彼らが話している露西亜館の事件では、犯人の目的は金であったし──更にそれを操っていた“もう一人の犯人”山之内恒聖の動機で、はじめと高遠は、真向から意見を対立させたのである。  はじめが認めていないとしても──完全な愉快犯の犯罪者は、“いる”のだ。 「くっ」 「この話はそれこそ平行線です。やめておきましょう。……他に、何か私に訊きたい事は?」  高遠は巧妙に話題を逸らした。  はじめの方も熱くなりすぎたので、一度熱を冷ます。こうして、根本的な考えの食い違いを議論しても仕方が無い。  今すべきは、この犯罪者に協力を仰いででも、殺し合いについてもっと推理を深める事だ。 「そうだな。あんたとこんな話をするのはやめにしよう。……で、今あんたに一番訊きたいのは、このデイパックについてだよ」 「ほう」  腕を組んでいた高遠も、その時、少し興味深そうにはじめを見た。  誰もが持っている小道具の名前が出て来た事に少し驚いているのかもしれない。 「実は、このデイパックにもちょっとしたトリックが仕掛けられてるんだ。これくらいなら、あんたならもしかしたら解けるんじゃないかと思って、あんたを探してみたわけ。ホテルを探すよりも、こっちの劇場を探した方が、あんたがいるんじゃないかな~と思って来てみたら、案の定いるんだもん、流石に驚いちゃったよ」 「……それで、君が解けなかったトリックというのは何かな?」  はじめは、無理して少し普段通りのおどけた口調で熱を冷まそうとしていた。  しかし、高遠はそれを見抜いており、簡単にその要件だけ聞こうと考えていた。  それを悟って、はじめは、すぐに言った。 「ヒスイだよ」  それでも少し勿体付けた言い方になってしまうのは、はじめの悪癖だ。彼特有の演出癖と言ってもいいかもしれない。  しかし、高遠はしっかりと彼の言葉に訊き返す。 「ヒスイ?」 「ああ、ずっと前にどっかの誰かさんが間抜けにも置き忘れて、この俺にヒントを与えた、あのヒスイと全く同じ物さ」 「……その下手な皮肉はひとまず置いておきましょう。そのヒスイがどうかしましたか?」  死骨ヶ原ステーションホテルに設置されているヒスイの石は、かつて高遠の犯罪が暴かれる証拠となった物である。  はじめも、今思うと高遠のあのミスは間抜けすぎて笑ってしまうのだが、もしかすると、それも含めて、わざと手がかりを残したのではないか──と思ってしまう。まあ、余裕ぶった本人を前にしても、真相は藪の中だが。  とにかく、はじめは答えた。 「実は俺、さっき、あの部屋にあったヒスイを二つとも貰ってきたんだ。部屋は、あの事件の時のままだったからね。……流石に死体まではなかったけどな」 「……夕海の死体が吊るされていたら、とうに腐っているでしょう」 「それもそうか。……で、話を戻すけど、俺が覚えているところだと、あのヒスイの重さは一つあたりだいたい5kg程度。だから、今俺は10kgのヒスイを持ってきている事になる」 「10kg?」 「ああ。普通に考えれば、俺みたいにそんなに力もない人間じゃあ、片手で軽々とは持てないだろ? ……だけど、ホラ!」  はじめは、デイパックを片手で平然と持っている。いや、それどころか、そんな物が入っているデイパックは、少し形がいびつになる物だろうに、それは綺麗な形を保持していて、到底、二個の翡翠が入っているようには見せなかった。  はじめは、それを高遠に渡した。 「試しにあんたも持ってみなよ」  そう言うと、高遠はあまり警戒せずに片手で受け取った。  あまり重くはない──。  いや、どう見積もっても10kgはない。トランプ一枚の重さがわかる高遠が見積もっても、これは1kg丁度の重さだ。 「私のデイパックの重さと、変わらないな……。いや、これは1kgもない……中を確認しても?」 「ああ、構わないぜ」  高遠が確認すると、二個のヒスイが取りだされる。それは、片手で取りだすには大きく歪で、その重さは確かに5kgあった。──以前、抱えたのと同じ重さだ。  それを見て、高遠は呟いた。 「……信じられない。確かに、不思議な“魔法”だ」  はじめも、高遠がこれほど驚いている顔は初めて見たような気がする。  しかし、高遠ならこれくらいの魔法を可能にしてしまうトリックくらいは持っていてもおかしくない。  はじめですら解けなかった物だが、奇術のプロならばどうだろうか。 「だろ? どう考えたって、10kgのヒスイをデイパックに入れてたら、重くて歩いていられないよ。でも、このデイパックに入れると、急にその重さがなくなったんだ。一体、どんなトリックが仕掛けられてたらこんな風になるのか、って思ったんだよ。マジシャンのお前なら、このくらいわかるかと思ってさ」  それで高遠を頼ったのだ。はじめも、マジックは祖父に多数教わっているので得意としている所だが、それでも本業マジシャンには敵わない。このトリックはどれだけ考えても全くわからなかったのだ。  それで、──彼らしくはないが──答えを探ろうとしたのである。  高遠が、デイパックと翡翠を見つめながら、少し頭を悩ませた。  それから、少し躊躇して口を開いた。 「ええ、本来ならば、そうですね。ですが、これに関しては……トリックは、ありません」 「何だって!?」  今度は、はじめの方が驚いてしまった。  いや、流石に──はじめも、お手上げだったとはいえ、トリックがないという言葉が高遠の口から出てくるなど、信じがたい事である。  彼らほど、トリックというものに精通している人間はいないだろう。 「君も薄々勘付いているでしょうが、重さを感じなくなるトリックは、だいたい別の場所に荷物を隠していたり、重さを感じにくいように持たせたり──というタネがあります。しかし、現に君はホテルからここまで何なく10kgのヒスイを持ち歩いている……。君はここまで歩く間、背中にそれほどの重さを感じなかったんでしょう?」 「ああ……でも、だからってそんな……」 「……それならば、トリックはありません。つまり、このデイパックに物体を入れれば、その質量が一時的に軽減する効果を持っている、という事になります。君が嘘をついているわけじゃなければね」 「質量がなくなるだって……!? そんなバカな!」  はじめが驚きを露骨に表しているのに対して、高遠は至って冷静に言った。  彼も驚いていないわけではないが、少なくとも、あらゆる事態に冷静に──あるいは冷徹に対処する性格であった。  自分の信念さえも、時には冷徹に覆して現実を見る事が出来るのが高遠のある種の長所だ。 「……残念ながら、我々は認めざるを得ないようだ。主催側が持っている力は決して単純ではない、と」 「そんなものを認めろだって!?」 「私だって……いええ、私の方こそ、こんな事を簡単に認めたくはありませんよ。仮にもマジシャンの一人として、ね。よりによって、こんな物が出来てしまえば、私たちの商売は上がったり無しだ。──いや、それは探偵の君も同じ……か」 「くそっ……! どうなってるんだ! きっと何かトリックがあるはずなんだ!」  はじめは、オカルトや魔法を簡単には認めない性格だ。  現実に、不思議な事は山ほどある。──以前、ある場所で起きた怪事件では、『死体の服が赤いちゃんちゃんこのように塗られていた』という怪現象が起きた事もあるが、その時には図書館で必死に勉強を初めて、美雪たちを呆れさせたほどである。  はじめは、もう一度デイパックを確認し、焦りながら中身を見つめている。  そんなはじめを、「無駄だ」と思いながら見下ろしている高遠。  彼も、とにかく一つだけ、はじめに胸の内を言ってやる事にした。 「……金田一くん。どうやら、ここでは私の求める芸術犯罪を行う価値は本当になくなったようです」  そんな高遠の意外な言葉に、一瞬、はじめの動きが止まった。  はじめは、そんな高遠の方を凝視した。 「私は自然界の法則と人間の心理の穴を駆使してこそ、私の計画は芸術として完成される。そう、推理小説もマジックも、その条件で作られたからこそ、一つの芸術になるのです。……しかし、こんな魔法は、私を侮辱しているとしか思えない。──君も同じでしょう?」  はじめは、そう言われて、デイパックの仕掛けを見抜こうとする動きを止めた。  ……認めたくはなかったが、やはり、高遠の言う通りなのだろう。  いや、むしろ──こんな魔法を最も忌避するであろう高遠が認めたのだ。こうしてトリックを探そうとする事こそ、駄々をこねる子供のようだった。  はじめも、すぐに諦めた。  犯罪は芸術なんかじゃない──と言いたかったが、これも無駄だろう。 「ああ……! くそ……まったく、わけわかんねえぜ。でも、一度認めるしかないみたいだな……。これは、トリックなんかじゃないよ!」 「ええ。仮にトリックがあるとしても、それは、今の私たちにはまだわかりません。しかし、私も、ひとまずは、“こんな魔法のデイパックが存在する”という前提で動きましょう。……まあ、我々の主義や性格に目を瞑って認めてしまえば、こんな鞄も便利ですしね」  クスクスと笑う高遠を、はじめは何か言いたげな目で見つめる。  はじめも、別に納得はしていないが、納得せざるを得ないのだった。  と、そのクスクス笑いをやめて、高遠が思い出したように言った。 「そうだ、私からも、君に頼みがあるんでした」 「……あんたが俺に頼みだって?」  それから、高遠は少し躊躇した。  頼み事をするだけで驚くはじめである。高遠がこんな事を口にすれば余計に驚くのではないかと──高遠は、そう思った。  しかし、やはり、彼もすぐにはじめに要件を伝える事にした。  案の定、それははじめを驚かせる事になる。 「あのアイリスという少女についてです。──彼女を、君の手で保護してもらえませんか?」 「何だって!?」  はじめは、魔法の存在を知るよりも、彼がこんな事を言い出した事の方がずっと驚いているようだ。  いや──確かに、露西亜館の事件では、高遠は己の主義を守って、はじめたちの前で犯人の命を守ってみせた。  しかし、だからって、高遠の方が先にこんな事を頼むなどとは思いもしなかったのだ。 「……こう見えて、私もマジック好きの子供は嫌いではありません。しかし、『殺す』のはともかく、『守る』というのは、少しニガテでね。明智警視や剣持警部もいない以上、こんな事を頼むならば、君くらいしかいないと思っていたんですよ。それが、私が君に会いたかった理由の一つです」 「あんたがそんな事言うなんて……流石にそこまで考えてなかったぜ。だけど、それなら俺とあんたが一緒に行動するっていうのも一つの手じゃないか?」  はじめは、まるで誘い込むかのように言ったが、自分でもそんな言葉が出たのが不思議だった。  高遠との協力……? ──自分はそう言ったのだろうか。  しかし、やはり──高遠の返答は、否定だった。 「……私と君は決して交わる事のない平行線だ。共に行動しても反発するだけに過ぎない。──たとえば、いくら殺し合いに乗らず、芸術犯罪が完成しないとしても、もしこのゲームからの脱出に邪魔な人間が現れれば、その時は──」 「やめろ!!」  高遠が何を言うかを読んだはじめは、思わず遮るようにそう叫んだ。それから、震えるように息をあげた。  そうして高遠の本質を忌避した時に、はじめも、なるほど、と思った。  確かに──はじめと高遠は、時に協力出来たとしても、結局“平行線”なのだ。  しかし、それを確認して、はじめ自身がどこか安心していた。 「……フッ。そう。だから、私と君とは、同じ目的を持っていても、たとえどこか一か所理解し合ったとしても、結局は対立せざるを得なくなるという事です」 「……」 「それでは、二人きりの話はこれくらいにしておきましょうか。改めて、またアイリスも交えて情報交換をしましょう。この場で選ばれたという事を考えると、やはり彼女にも二、三は特殊な部分があるかもしれないし、そろそろ一人が怖いでしょうしね。……まあ、プロフィールを明かすという程度でも構いません。そこから先は別行動です。そうですね、その後で、また会う約束でも取り付けておくべきでしょうか」  意外な事ずくめで、流石のはじめも困惑していたが、彼も状況を飲み込むのは早い。  数秒の沈黙が流れた後で、彼は、納得を示して言った。 「……ったく、仕方ねえな。でも、高遠。一つだけ訊かせてくれ」  いまだ高遠という男を完全には理解できなかったはじめは、ふと疑問を口にした。 「もし……あんたがこの殺し合いの主催者だったら、あれくらいの子供も巻き込むのか?」  そう。そんな疑問である。  アイリスを守れといった彼であるが、それは「マジック好きの子供」という非常に限定的な理由によるものである。それとも、彼自身は本質的に「子供を巻き込まない」のだろうか?  少し迷った後で、高遠は答えた。 「どうでしょうね。私にもわかりません。神のみぞ知る……という所でしょうか」  はじめは、思った。──やはり、こいつが刑事じゃなくて良かった。  あの“明智警視”みたいな上司が二人に増えたら、剣持のオッサンや捜査一課の人たちが心労で倒れちまう、と。  だが、それでも──こんな人間でも、殺人者にはならないでほしかったのははじめの本心だ。高遠にとっても、殺人など知らないただのマジシャンであるのが本当は一番幸せだっただろう。  はじめは、誰よりも犯罪を憎み、許さない人間であると同時に、誰よりも犯罪者を憎まず、許す心を持った少年なのだ──。 ◆  その裏で──。  彼らが“魔法”の話をしている横の部屋で、実は──、“魔法”は起きていた。  隣の楽屋に準備されていたマジック道具は、空中に浮いている。  本来なら糸で釣るトリックがあるはずなのだが、今はそんな物が全く使われておらず、本当に、マジック道具たちはふわふわと空を飛んで、少女を囲んでいる。 「アイリスだって出来るも~ん。ホラ! アイリスすご~い!」  これは、なんと、アイリスの仕業であった。  別に、あの僅かな時間で高遠のマジックを覚えたというわけでも、ここにある道具を浮かせるトリックを看破したわけでもない。  彼女は、強い“霊力”を持っていて、こうした魔法のような芸当が本当に出来るのである。  しかし、霊力の事は基本的には、「ヒミツ」なのだった。使えるのは緊急時か、あるいは、こうして、隠れてこっそり使う場合だけだろう。 (う~ん……でも、高遠のお兄ちゃんは霊力がなくてもこういう事が出来るんだよね……本当にあんな凄いマジックが出来るのかなぁ。──一体、どうやってるんだろう?) 53 :ふたりは平行線 ◆V1QffSgaNc:2015/10/22(木) 00:25:27 ID:kTkCcgbk0  そんなアイリスですら、高遠のマジックのタネは全くわからない。  それだけ高遠の手際が良いと言う事である。まるで本当の魔法のように見せなければ一流のマジシャンにはなれないというのだ。 (まあいっか……! ……それより、早くお兄ちゃんたちと合流する事を考えなきゃ)  マジックのタネを考えるのをやめたアイリスが次に考えたのは、ある特殊部隊の仲間の事である。  実は──ここからが、アイリスの正体の確信である。  彼女が無邪気な一人の少女であるのは確かだが、それでもただの少女ではない。  帝国華撃団。──実は、アイリスは、この幼い年齢にも関わらず、高い霊力を認められて、その特殊部隊の戦士の一人をやっているのだ。  そして、この殺し合いの現場には、同じ帝国華撃団の大神一郎や真宮寺さくら、李紅蘭という頼もしい仲間もいる。三人は特にアイリスと仲の良い団員でもある。  一刻も早く彼らと合流し、この殺し合いを終わらせなければならない。  あの“ピエロさん”や、あの“ワニさん”のように、誰にも悲しい目には遭ってほしくないのだ……。 (まあ、いざとなったら、アイリスが、高遠のお兄ちゃんも、金田一お兄ちゃんも守ってあげなきゃね……!)  大人ぶりたいアイリスは、二人に対してそんな姉のような使命感を持っていた。  高遠のマジックに惹かれている姿は子供そのものだというのに、彼女は自分が子供扱いされる事をとにかく否定する。  そして、何より、自分を大人に見せたいのだ。  何より、彼女は、力ある者として、力なき二人を守ってあげる義務がある。守られたくはないのだ──。 (それにしても、あの金田一のお兄ちゃん、随分変な恰好してたなぁ……)  それから、外見年齢だけ見ていると全くわからない、彼ら自身は全く理解していない、ある“差異”も存在していた。 (最近の流行りなの……? でも、帝都にもあんな変な恰好している人、いなかったけどなぁ……)  そう──実は、このアイリスという少女の生年は、なんと金田一一の祖父・金田一耕助と同じ、1913年なのである。はじめからすれば、少女というより、「ばあちゃん」である。  だから、彼女やその仲間たちに、「金田一耕助」などという戦後の有名な名探偵の名前は全く伝わっていなかった。  大神も、さくらも、紅蘭も、金田一耕助という名前を聞いてもピンと来ないだろう。  ……まあ、実年齢や人生経験は、現時点でははじめより下でる。  彼女たちは、1925年(太正14年)やその前後から連れてこられたのである。  これらの事実は、邪魔が入らなければ、これからの情報交換ではじめや高遠たちにも明らかになっていく事だろう……。 ◆ 次 回 予 告 (嘘) へっへーん、アイリス、この二人よりもずーーーっと年上だったんだよ!! これなら、アイリスも、立派に大人の仲間入りだよね? じゃあじゃあ、こう呼んでもいいでしょ?“はじめちゃん”に“遙一くん”! 次回! 90’s ばとるろいやる! タイトルは、えっと……まだわかんな~い! とにかく、太正櫻に浪漫の嵐! お兄ちゃんの~名にかけて~!! ※この予告は仮のものです。  実際の内容とは異なるかもしれませんし、こういう内容になるかもしれません。 ◆ 【G-4 死骨ヶ原ステーションホテル・劇場の楽屋/1日目 深夜】 【金田一一@金田一少年の事件簿】 [状態]:健康 [装備]:不明 [道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3(確認済)、ヒスイ×2 [思考] 基本行動方針:殺し合いを止め、脱出する。 0:高遠、アイリスとの情報交換。その後、高遠とは別れる。 1:高遠との約束通り、アイリスを守る。高遠の正体はなるべく教えない。 2:クロコダインの死体に駆け寄った少年を探す。 [備考] ※参戦時期は、「露西亜人形殺人事件」終了~「金田一少年の決死行」開始までのどこか。 ※トリックでは説明できない事象をそれなりに認める事にしました。 【高遠遙一@金田一少年の事件簿】 [状態]:健康 [装備]:不明 [道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3(確認済)、マジック用のアイテム(没収漏れ) [思考] 基本行動方針:殺し合いから脱出する。 0:金田一、アイリスとの情報交換。その後、金田一とは別れる。 1:殺し合いからの脱出を行う。ただし、邪魔な者は容赦なく殺害する。 [備考] ※参戦時期は、「露西亜人形殺人事件」終了~「金田一少年の決死行」開始までのどこか。 ※マジック用のアイテムは、殺傷能力を持つ物(毒入りの薔薇など)や、懐などに仕込めない大き目の物や生物(ボックス、鳩など)のみ没収されています。簡単なテーブルマジックならば行う事ができますが、基本的に戦闘では活かせません。 ※トリックでは説明できない事象をそれなりに認める事にしました。 【イリス・シャトーブリアン@サクラ大戦シリーズ】 [状態]:健康 [装備]:不明 [道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3、作り物の薔薇一輪 [思考] 基本行動方針:殺し合いには乗らない。 0:高遠のマジックがもっと見たい。 1:大神一郎、真宮寺さくら、李紅蘭との合流。 2:霊力は人前では使わないが、いざという時はそれを使ってみんなを守る。 [備考] ※参戦時期は「サクラ大戦2」のどこか(太正14年の為)。 *時系列順で読む Back:[[乾いた風を素肌に受けながら]] Next:[[]] *投下順で読む Back:[[乾いた風を素肌に受けながら]] Next:[[]] |Back:[[オープニング]]|[金田一一]]|Next:[[]]| |COLOR(BLUE):GAME START|[[ベガ]]|Next:[[]]|
*ふたりは平行線  死骨ヶ原ステーションホテル。  禍々しい地名にちなんでそう名づけられたホテルは、かつて──それも、二度に渡って──ある惨劇の舞台となった場所であった。  ある一人の天才マジシャンのトリックノートを巡る、弟子たちの欲望の殺人。  そして、その天才マジシャンの遺志を受け継ぎ、その欲望を断罪した一人の天才犯罪者による忌まわしき連続殺人事件。  ……結果的に、これらの事件の真相は、天才的頭脳を持つ一人の高校生名探偵によって暴かれた。  だが、それは、「天才探偵」と「天才犯罪者」の因縁の始まりでしかなかった。  この後、彼らは幾つかの事件で再び合い見え、殺人計画と推理の対立を演じ続けてきたのである。  トップアイドルの誘拐事件を発端とするマネージャー殺し。  ベストセラー小説家の遺産を巡る、不思議な館の暗号殺人事件。  複雑怪奇な事件を巡る二人の因縁に決着が着く日はだんだんと近づいていた──。  そして。  ──再び。  彼らは、凄惨な殺し合いに引き寄せられるとともに、全ての始まりのこの場所に引き戻された。  一切の恣意性のない完全なランダムの配置が、偶然にも彼らをここに呼びつけたのだ。  あのオープニングから目を覚ました天才探偵と、天才犯罪者の前にあったのが、此処の天井だった。  決して交わらない平行線の二人は、果たしてどう動くのか──。  そして、この殺し合いは彼らをどう突き動かすのか──。 ◆  ホテルの隣にある劇場──ここは死骨ヶ原ステーションホテルに来る客がマジックショーを見る為に作られた劇場だ、劇場の周囲は池になっている──の観客席に立ったまま、舞台上を物憂げに見つめる一人の美青年がいた。  彼の名は、高遠遙一。  殺人の罪状で全国指名手配を受けている犯罪者ゆえ、本来、安易に素顔を見せるべきではないのだが、今はそれを隠すのに適当な仮面や覆面もない。  ……いや、この殺し合いの状況下、「高遠遙一」の名が名簿に載っている状態で仮面の男が混じっているというのも少し奇妙だろうか。  まあいい。  ともかく、相手が刑事事件の事情に乏しく、手配書をあまり見ない普通の相手である事を祈り、高遠はこの殺し合いで行動する事にしたのだが── 「……おや」  ──いやはや、早速、この劇場で一人、他の参加者に見つかってしまったようである。  高遠にとっては大きな不覚である。  誰とも知らぬ人物にこんな殺し合いに連れ去られた事そのものが不覚と言わざるを得ないのだが、それを除いても──まず、この場ではいきなりの不覚だ。流石に状況をよく理解して警戒したつもりではあったのだが。  これは、高遠自身が、初期位置が基本的に無人であると勝手に錯覚していた事と、まだ状況に慣れ切っていない中で、彼にとっていわくつきの場所に辿り着いてしまって気が抜けていた事が原因だろう。  しかし、言い訳をどう繕っても意味はない。  ──どうやら、舞台上の黒い暗幕(カーテン)の裏に、一人隠れていたようだ。  高遠も観客席側にいた故、しっかりとはそれを確認できなかったが、彼にはわかった。  その人間が、今、ちらりと顔を出して観客席の高遠を見てから、またすぐに慌てて同じ場所に隠れたのである。  あのスペースに違和感なく忍び込み、体格を見せない事からも分かる通り、それはとても痩せた小柄な人間だった。皺の間に収まってもおかしくないほどだ。  高遠にはその人間の姿が見えたが……ひとまず、気づかない振りをした。 (まあいいか……)  ああしてカーテンの裏などに必死に隠れなければならないという事そのものが、戦力を持たない事と戦意のない事の証である。そして、相手はこちらを殺す為に機を伺っている様子ではなかった。ただ怯えて過ぎ去るのを待っているだけだ。  何せ、そこに隠れていたのは── (……どうせ、相手は“子供”だ)  ──幼い、金髪の少女だった。  一目見た所、それは日本人ではなかった。イギリスに住んでいた高遠が見ても、そのブロンドはなかなか見かけないほど綺麗な金色である。彼女は一昔前の洋服を着ていた。  外見上のデータはたったそれだけだが、高遠はこの状況から、彼女のパーソナリティを、ただ一つだけ考察した。  ──彼女は、少なからずマジシャンの素質がある、という事だ。  普通、こうして自分が隠れる場所を探す場合、裏にある楽屋など、もっと隠れやすい場所に隠れる。そこが最も目につきにくい場所であるからだ。  ──だが、本当に一流のマジシャンは、“わざと見えやすい場所に、最も見られたくない物を隠す”のである。  そう、今の彼女のようにだ。  高遠も、この劇場に来たばかりの時、まさかあんなに目立つ舞台上に子供が隠れていようなどとは思っていなかった。だから、油断して、向こうに姿を見られてしまったというわけである。  とはいえ、やはりそこにいたのは幼い少女ゆえに手際が悪い。  相手はまだ隠れているつもりだろうが、高遠にはもう彼女の形がしっかり見えてしまっている。もし顔を出さずに息を殺していればこちらに感づかれる事もなかっただろうに、その一点だけは残念だ。まあ……所詮真相は、「慌てて手近な所に隠れた」なのだろうが。 (こうして待っているのも少し意地が悪いか……?)  高遠がクスクス笑っている間にも、その少女は今も、心臓をバクバクと高鳴らせている事だろう。今、彼女の側には高遠のスタンスを読む材料がない。  距離があるので、高遠から逃げようと思えば逃げのびる事もできるだろうが……かといって、この状況だ。  信頼できる大人に会う事ができなければ、彼女は残酷な人間の手にかかるかもしれない。 「……」  さて。  高遠はどうしようか考えた。  相手が子供となれば、高遠の顔や名前もそこまで認知されてはいない。ただでさえ、ミステリーマニアでもない限りは滅多に看破されないくらいである。  また、犯罪者となってからは日本を拠点に活躍してきた関係上、高遠の名は海外には知れ渡ってもいないので、相手が日本人でなければ、高遠を知る事はほぼないだろう。  まあ、エトランゼの子供であるとはいえ、おそらく日本語理解のある相手である可能性は高く、更にもっと高い確率で日本住まいだと思われるので、そこは安心できない点でもあるが(何せ、日本語で行われた説明を聞き、日本語で書かれた名簿を支給されているのだから、全くそれらが理解できない人間では殺し合いも成り立たない)。  あの身なりから、おそらくフランス人と推測したが、だとすると、「イリス・シャトーブリアン」、「マチルダ・ランドー」あたりが彼女の名前ではないだろうか。  あのまま放っておくか、いっそ殺してしまうというのも“殺人者”らしい手のように思う。しかし、もとより無関係な人間を無差別に殺すのは高遠の主義ではない。  果たして、どうしようか、とほんの少し考えた。  そして──あっさりと答えは決まった。 「……大丈夫だよ。姿を見せてごらん」  高遠は、屈託のない笑みで、その少女に、ひとまず日本語を投げかけた。フランス語がわからないわけではないが、日本語圏であるかどうかをまず確かめておく為である。  もしこの姿を、高遠という男を知る者が見ていたのなら、その笑みは邪心がないからこそ、不気味に映ったに相違ない。  何と言っても、この男は今日この時までに四人の人間を手にかけてきた生粋の殺人鬼なのだから。  周囲を軽く眺め、他には人がいないのを確認してから、高遠はデイパックを舞台に投げて、両手を挙げ、舞台にそっと近寄っていった。  ばっ、と音を立てて、震えていたカーテンをめくる。      !? 「きゃあっ!」 「──大丈夫。お兄さんは、きみの敵じゃないよ」  と、高遠は驚き怯える彼女の前で屈んで見せた。  藍色の瞳を広げる彼女は、まるでフランス人形のようだった。  ブロンドの髪の上にはピンクの大きなリボンが結ばれており、どうしても年齢より幼い印象を感じさせる。黄緑色の生地に真っ白なエプロンを縫い付けたような服は、高遠に『不思議の国のアリス』を思い起こさせた。  しかし、何といっても──殺し合いの場に呼び出すには、あまりにも明るく不釣り合いな姿だと思えて仕方が無い。 「お嬢さん、お名前は?」 「……お兄ちゃんは?」 「僕かい? そうか、先に名乗るべきだったね。……僕は、高遠遙一」 「……私はアイリス。本当はイリス・シャトーブリアンだけど、アイリスでいいよ」 「アイリスか。良い名前だね。じゃあ、そんなアイリスにプレゼントをあげよう」  少女が全く怖がっていないのを確認した高遠は、本名を名乗った。  それから、高遠は、彼女の前で両手を広げて見せて、手首を回して表と裏を確認させてから、右手を左手で強く握って少し唸る。  う~ん、う~ん……と。  その時、アイリスという少女の瞳は、高遠の右手に注目した。じっくりと無防備に高遠の右手だけを見つめるアイリス。  再び高遠は、左手で右手の拳を撫ぜた。     !?  ──すると、次の瞬間、高遠の右手からは、一輪の薔薇が煙のように現れたのである。 「え……!? どうやったの……!? 教えて! ねえ、教えて!」 「ダメダメ! お兄さんは、マジシャンなんだ。だから、タネは教えられないんだよ!」  くすくす、と不敵に笑い、そっとアイリスに棘のない薔薇の花を一輪渡す高遠。  アイリスの目は、プレゼントされた薔薇など忘れて、すっかり高遠のマジックの虜である。  種を明かせば簡単で、懐にあった薔薇を握り込んだだけだ──ローズマジックと呼ばれる基本動作だった。  高遠も、殺傷能力を持つようなマジックアイテムはほぼ奪われていたが、普段仕込んでいる幾つかの簡単なマジックのタネは身体に幾つも残っている。  しかし、武器が没収されている事だけわかれば充分だ。それは、これが本当に危険と隣り合わせの状況なのだと彼に実感させる根拠になった。彼は言う。 「──もう少し、マジックショーを見たいかい?」 ◆ 「参ったなぁ~」  金田一一(きんだいちはじめ)もまた、偶然、このステーションホテルの近くに配置されており、長いボサボサの後ろ髪を掻きながら劇場に近づいていた。  先ほど人が死んだのを前にしたというのに、一般的な高校生と比べると嫌に冷静に事を運んでいた。  それもその筈である。  彼は、一見すると頭の悪そうな容姿とは裏腹に、かの名探偵・金田一耕助の血を受け継ぐIQ180の天才少年だった。やはり血は争えないのか、これまで幾つもの難事件に偶然遭遇し、それを鋭い頭脳で解決してきたのである。  しかも、その大半は、不可解な連続殺人事件だった。  彼は、今日まで30件以上の連続殺人事件に偶々遭遇し、あらゆる悲しい死を目撃して修羅場をくぐった少年なのだ。  その度に彼は怒り、悲しみ、命の大切さを知ってきた。  その中でもう一つ知った事がある。死んだ人間に対して出来る事は、『前に進む事』、『彼らの無念をわかってあげる事』、そして、彼にしか出来ない『謎を解いてやる事』なのだ。  勿論、彼もそれだけ正義感の強い人間だったから、二人の人間(片方は人間に見えなかったが……)が殺された事には強い怒りを覚えている。しかし、それによって冷静さを失うのではなく、まずは自分らしく、“考える”のである──。 「ったく、よりにもよってこんな場所に来るなんてな……それに、あの“10を、1に変えちまうトリック”……」  ブツブツ呟きながら歩くはじめ。  名探偵の金田一少年にとっても、まずこの殺し合いは不可解な事だらけだ。  まずは、東京タワー、蒲生屋敷、死骨ヶ原ホテルという、ばらばらな土地にあるはずの場所が一つのマップに集約された不可解な地図だった。  物理的には不可能ではない事であっても、東京タワーをもう一つ建造するだけでもはじめが想像しえない莫大な資産が必要とされる事になる以上、やはり無理だと考えて良い。  だが、少なくとも、マップにはそれらは、「ある」という事になっている。  実際に確かめなければ、そこに東京タワーがそびえたっているのかはわからない。嘘かもしれない。──だが、もし、このホテルと同じように、そこに本当に“あったら”?  第一、このホテルだって、貸し切りなんて難しいだろう。従業員も多かったし、ホテルの性質上、無人という事はありえない。まして、目的が殺し合いなのだ。  東京タワーなど存在しておらず、このマップそのものが「錯覚」させる為のトリックだという事をまず考えたが──こればかりは、この外に出て見なければわからない話だろう。  それから、高遠遙一はともかく、今は逮捕されて少年院で服役している筈の親友・千家貴司までが参加させられているという事が書かれている参加者名簿だ。  何せ、少年院にいるはずの千家を連れ出すのは難しいし、高遠だって、神出鬼没の指名手配犯だ。決して簡単にこんな風に捕まりはしない。  ──強いて言うなら、高遠という男は、むしろこういう事を考える側の人間だ。  しかし、もしこの殺し合いとやらを考えたのが彼ならば、この名簿に彼の名前がある事自体がおかしい事になる。  彼は、他者の復讐計画を作り上げる事をしたとしても、そこに絶対に手を貸さず、堂々と姿を現そうとはしない人間なのだ。このゲームならば迷わず主催側を選ぶに違いないし、参加したとしても、絶対に「高遠遙一」という名前を明かしたりしない。  だとすれば、やはり彼も巻き込まれたと言う結論で間違いない、とはじめは推理する……。  それから、──おそらく、同姓同名だと推測したが──それでも気にかかるのは、亡くなったはずの「和泉さくら」や「小田切進」の名前だ。  どちらも、ごく平凡な名前で、探し出せば何人も見つかってもおかしくない。いや、実際、はじめもきっとそうなのだろうと思っている。苗字・名前ともによくある物で、高遠や千家に比べると、同姓同名が何人も存在していても不思議ではないだろう。  特に、「さくら」という名前は名簿に四つも存在しているくらいだ。やはり珍しい名ではないのだろう。  しかし……そう割り切ったはずだが、どうも引っかかる。  主催者──『ノストラダムス』という人物の言葉によれば、人間を生き返らせる技術があるとかないとか……。  ──あの言葉に、何か関係がある気がしてならない。これは、はじめらしい推理ではなく、どちらかといえば、時折命中する彼の勘であった。  だが、いつもは当ててきた勘も、今度ばかりは簡単に信じる気にはならない。  人の命が生き返る方法など存在しない。──それは、常識である。 (そうだぜ、金田一! これまでだって、死者の呪いなんて嘘だったじゃないか……! さくらたちが生きてるなら、それに越した事はないけど……そんな事はないんだ……絶対に)  考える事を放棄してはならない。死から逃れてはならない。全ての事象は推理で説明がつく。オカルトに逃げてはならないのだ。  ──これは、日本では有名な偉大な祖父の教えだ。  金田一は──耕助も、はじめも──、これまでどんな事件に遭遇しても、それを決して不可能なオカルトの事象だと結論づけようとはしなかった。  その信念を持ち続ける彼は、ワニの怪物もこれまでの“怪人たち”同様、人間が被った着ぐるみだという前提で考えているし、周囲にちらほらといた変わった姿の人間たちも本当にそんな姿だとは思っていない。  参加者とされている側にもサクラがいる……と考えると、殺し合いが本当に行われているかも疑わなければならないはずだが、この首輪が巻かれている事などからも、ひとまずは「殺し合いは行われている」という前提で、警戒して歩いた方がいいだろう。仮に、いつかのようなテレビのドッキリ企画だとしても……まずは注意に越した事はない。  しかし……やはり、ここにもまた、『重大な見落とし』をしている気がしてならなかった。  それに、クロコダインと呼ばれたあのワニの怪物に駆け寄った子供たち──彼らの悲痛の叫びが偽物とは到底……思えない。 「ん……?」  そんな事を考えながら歩いていた彼の目の前に、池を跨ぐ橋が見えていた。  考える事に夢中になると、周囲が見えなくなるはじめだ。今も、こうして、ほとんどホテルの外に出ている事に全く気づいていなかったらしい。  しかし、目の前に見えて来た物を見つめると、そんな思考が一瞬遮断される。  そう、元々、今はこの場所を目的に歩いていたのである。 「やっぱり……ここにあったのか」  この橋を渡ると、ステーションホテルの劇場に繋がっているのだ。  彼の前には、ドームのように丸い屋根の小さな劇場が見えてきていた。  この建物は、確かにはじめも過去に見た事がある。……いや、以前ステーションホテルに来た時、まさにここに足を運んだのだ。 「……」  ……だが、はじめも、まさか、こんな時にまたここに来るとは思わなかった。  あの天才犯罪者──『地獄の傀儡師』が生みだされる原因になった、ある不幸な事件が起こった場所が、ここなのだから。 ◆      !?  ──そして、劇場に入ったはじめの前では、至極奇妙な光景が繰り広げられていた。  どこか暗い面持ちでこの劇場に入ったはずの金田一の顔が、「空いた口が塞がらない」を体現するように、どこかマヌケになった。  劇場には、小さな外国人少女の高い声が響いている。  少女は、全く邪心も見せずにはしゃいでぴょんぴょん跳ねていた。 「すご~い! これどうやったの~!? ねえねえ、教えて!」 「だからダメだってば! 自分で考えないと、名探偵になれないぞっ!」  はじめの顔見知りの“ある男”が、何やら奇妙なマジックショーを一人の少女にだけ向けて行っている。  それを眺めて、その男も笑っていた。  ……“顔見知りの男”、“ある男”という言い方では、少しじれったいだろうか。 「『地獄の傀儡師』──高遠遙一……!」  それは──ここで犯罪者として誕生した男・高遠遙一である。  彼は、ニコニコと笑いながらアイリスの方を見て、トランプを宙に浮かせてシャッフルしていた。しかし、劇場にはじめが入った事に気づいたようで、一瞬、きりっと真面目な顔付ではじめを遠く睨んだ。  子供相手にも、割と本格的なマジックを見せているようだ。──さすがはプロ、と思い、はじめは少しばかり苦い顔で高遠を睨み返した。 「どうしたの……? お兄ちゃん」 「……いや。どうやら、もう一人、お客さんが来たようだね。──でも、大丈夫。嬉しい事に、あれは僕の友達だから」  はじめと高遠──因縁の二人は、思ったより早く出会えたようである。  再びここで出会った二人の視線が重なっているのを、アイリスが少し不安そうに見つめていた。  彼女も、そこで二人の間に渦巻いた悪意を、どこかで直感していたのかもしれない。  このアイリスという少女の正体は後ほど明かす事になるが、ひとまず、今ははじめと高遠の事だけを見てみよう。  はじめは、ゆっくりと舞台に近づいて行った。  はじめが一度舞台の前で止まったが、それを見て高遠が言った。 「ステージに上がっても構いませんよ、金田一くん。今日ばかりは歓迎します」 「じゃあ、お言葉に甘えて! よっと!」  そう言い合いつつも、どこかピリピリしたムードがはじめと高遠の間に流れ、アイリスは不安げな表情を見せていた。  高遠の顔付きも、どこか先ほどより強張ったようで、アイリスに直感的な恐ろしさを植え付けた。  この二人……ただの仲が良い友達には見えない。 「あ、このお兄ちゃん……」  アイリスは、近くで見てみて、金田一一という男にどこか見覚えがあったのを思い出す。そう、あの凄惨な殺人現場で、主催に最後の質問を行ったのが、彼だったのだ。  あの時の事を思い出し──戦争を嫌うアイリスは、ぐっとスカートの裾を握った。  やはり、どう楽しい記憶で塗り替えても、先ほど人が死んだのは確かだった……。 「……」  はじめも黙り込んだまま、近づいて来る。  はじめという男は、あの船上での様子を見るに、おそらく──悪い人間ではない。アイリスもそう思っている。しかし、真顔の彼はどこか恐ろしかったのだろう。  アイリスの前で、はじめは、ふぅ、と息を吐いてから、強張った表情を崩して、少し高等部を掻いて、高遠に、馴れ馴れしく言った。 「……ったく、気が抜けるぜ。まあ、正直言うと、あんたに会いたくなかったわけじゃないけどさ。まさか、こんな時にもマジックショーなんて」  はじめの顔は、緊張しながらも、どこか高遠を前に肩の力を抜く事が出来たようだ。 「……おや。これはこれは。意外にも私と同意見のようですね。少なくとも、一度は……金田一くん、君と会っておきたかった」  高遠も、どこか薄く笑っているような表情で、はじめを見つめていた。  それで、アイリスはすぐにほっと息をついた。  はじめと高遠は、どうやら険悪な関係に見えたが、そういうわけでもないらしいと思った。それで、安心しきったまま、アイリスは高遠に訊いた。 「えっと……お兄ちゃんのお友達……なんだよね?」 「そうだよ、アイリス。このお兄ちゃんは、金田一一。有名な名探偵の孫なんだ」 「へへっ……。いや、友達っていうとちょっと違うような気もするけど」  はじめは否定したいように冷や汗をかいていたが、高遠は淡々と「友達」などという言葉を口にする。まあ、厳密な関係を口にすれば、それこそ誰も人が寄らなくなるので致し方ないとも言えるが……。 「……ふふ。アイリス、それじゃあマジックショーは終わりだよ。裏の楽屋でこっちのお兄ちゃんとお話があるから、その間だけ別の部屋に居てもらえないかな?」 「え~……マジック終わりなの~? つまんな~い!!」  丁度、はじめも高遠と二人で話したいと思っていた所だ。  そもそも、高遠の正体を前提とした上で話し合うならば、他の人間はその場に置いておくわけにはいかない。  しかし、アイリスは、高遠のマジックに夢中だったらしく、どこかはじめを疎ましそうにも見ていた。  よりによって、殺人鬼の方が子供に懐かれてしまうとは、はじめとしても癪だった。 「大丈夫、すぐに終わるからね。それまで良い子にしていたら、今度は金田一のお兄さんが面白いマジックを見せてくれるよ」 「アイリス子供じゃないもん!」 「そうかそうか、ごめんごめん!」  そう宥める彼の姿は、彼をよく知るはじめにさえ、四人の人間を殺した犯罪者には見えなかった。 ◆  劇場の楽屋であった。楽屋では、舞台上でどんな姿を演じている者も、素の姿を現す事が出来る。──まさに今は、彼らの舞台裏であった。  はじめと高遠は、それぞれ越しかけながら、日常でも殺人を演じてきた者とは思えないほどにくつろいで、友人とでも会話するかのように向かい合っている。  額やに置いてある幾つかのマジック道具を高遠は興味深く見つめていた。近宮のトリックに使われる道具ばかりである。  しかし、すぐに興味を失った。  今は──目の前には、もっと興味を示すべき人物がいる。 「……さて、金田一くん。訊かせてもらおうか。君ともあろう物が、この『地獄の傀儡師』と会いたいとは、一体どんな理由があっての事なのか」 「この状況だぜ? 理由くらいわかるだろう」 「だからといって、君が私の力を借りたいなどと言うはずがないでしょう?」 「……そう思うかい?」  どこか調子の良いはじめである。  彼は、順序立てて高遠に対して、自分の高遠遙一という人物の認識に関する「推理」を教える事にした。 「まず一つ。俺は一応、あんたの知能や才能だけは認めている。これが大前提だ」 「ほう。しかし、それだけ、という事は、私の人間性を信用しているわけではないのでしょう? それこそが、ここが本当に殺し合いの現場ならば──最も重要な前提となりそうですが」  確かに、連続殺人鬼である高遠を仲間に引き入れるというのは、はじめらしくはない。  しかし、彼はそれを選ぶ事にしたのだ。──決して、高遠の本質を信頼せずに、高遠の主義を信頼する、という形で。 「それが、もう一つの理由だよ。確かにあんたは信用できないけど、これが“あの”高遠なら、『他人に殺人を強要させる』事はあっても、『他人が強要する殺し合いに乗る』事はない」 「なるほど」 「……そして、それからもう一つ。少なくとも、あんたは自分にとって恨みがない人間や、復讐計画を遂行する犯罪者以外には殆ど手を出さない事だ。……そう、例えば、ああいう子供なんかを殺したりはしないと思ってる」 「流石だ、金田一くん。この私の性格を概ね言い当てていると言っていいでしょう。私も、別に無差別殺人犯というわけではないからね」  いや、お前はむしろそっちに近いだろ、よく言うぜ……とはじめは思ったが、刺激しても仕方が無いので黙っておいた。  幻想魔術団のメンバーを殺害したのは私怨や復讐かもしれないが、『道化人形』を利用して始末したのは、無差別的な愉快犯としか言いようがない。  だが、それでも、やはり彼なりのポリシーというのは存在するのである。  地獄の傀儡師──高遠遙一はそういう意味で、不思議な犯罪者だった。  警戒するに越した事はないが、それでも一定の信頼値の置ける相手だというのは、ある事件を通して知って間もない事だった。 「……で、まあ、正直言っちゃえば、俺もお手上げなんだよね。この殺し合いってやつ。今んところ、あんまり実感もないしさ」 「そうですね。……ただ、最初の二件の殺人。あれだけは、まず考えておく必要がありそうです。お互いの結論を言っておきましょう」  まるで明智警視と会話をしているような気分だが、まあ、高遠が刑事だったとしてもあんな感じになるのだろうな、とはじめは思う。  それから、口を揃えて二人は言った。 「「────あれは本物だ!!」」  つまり──オープニングの時点で、二人の人間が死んでいるという事だ。あれは人間を怯えさせる偽物の死などではない。  普段、死体を見慣れている二人だから、それがよくわかったのだろう。  はじめにとっては、それは直感でしかなかったのだが、高遠にはマジックと本物の死の区別はもっとよくつくらしい。 「あの死体は、確かに作り物なんかじゃない。確かに一瞬でスポットライトが消えて見えなくなっちゃったけど、本当に人が死んでいたと思う」 「同感です。ワニ男の方は……おそらく、外装は精巧な作り物でしょう。──いや、これは、あくまで触れる機会もなかったので確かめる事はできませんが、常識として、その可能性が高い。……しかし、気になるのは、そこまでしてあんなサクラを用意する必要があるか、という事です」 「それなんだよ。どうも引っかかる。よほど人相が悪くない限り、あんな所で着ぐるみなんて着る意味はないし。それに、駆け寄った子供だ……。あれは、テレビのスター怪獣の最期を観ちまったってわけでもなさそうだった。知り合いの亡骸に抱きつくみたいで……」  死体という“モノ”を理解する高遠と、死体に駆け寄る人間の“感情”を理解するはじめ。  その点において、過程は対立しているが、結局、二人の結論は同じだった。 「とにかく、あのクロコダイル・マンを知っている少年たちを探す必要もありそうですね。できれば、最初の道化師の知り合いも」 「ああ……。色々と事情も聞いておかないとな」  二人の意見は、そこについても同じだった。  それから、またはじめはまくしたてるように高遠に問うた。 「……でも、それを除いても、もう一つ疑問が残るんだ。この殺人劇の目的だよ」 「……」 「こんな事をしたって、何の意味もないだろ? それに、あの『ノストラダムス』とかいう奴だって、目的は教えてくれなかった」 「……」 「あの二人に恨みがあったとか、ここにいる人間に何か特別な共通点があるとか……そういう理由があるんじゃないかと思ってさ」  彼が素直に疑問としている部分は、おそらく高遠に訊くような意味だった。  はじめも多くの犯罪者を見てきたが、それでも、これだけの事をする犯罪者はこれまでいない。逆に、高遠ならばそうした犯罪者側の心情もよくわかるだろうと、ひとまずカマをかけてみたのだ。  しかし、高遠は“動機”については深く考えようとはしていなかった。 「確かに、随分手の込んだ事のように思いますね。──しかし、露西亜館の事件を忘れましたか? 金田一くん。大がかりな犯罪を行うのに、大した理由など必要ありません。いえ、大がかりであればあるほど、快楽以上の意味はないのです。復讐ならば終えれば済むだけですからね。山之内恒聖もそうだったでしょう?」 「……忘れてなんかいないさ。でも、俺はあの時言ったはずだぜ? 俺はあんたのような人間は認めないって……! こんな事をするからには、何か必ず理由があるはずなんだよ!」 「私はそうは思いません。いいえ、むしろ、手間と金をかけてまでこんな事を目論む愉快犯の方が、私にはずっと共感できる……まあ、巻き込まれた手前、素直に褒める気にはなりませんが」  淡々と言う高遠である。  実際、はじめも、高遠の言っている事は理解できる。  たとえば、高遠が殺人を犯した理由は、当初こそそれなりに納得できたかもしれないが、今となっては、殺人者を教唆してはじめを嘲笑う愉快犯になっている。あんな真似をしても、高遠にとってメリットなんてないはずだというのに、彼は殺人を行い続けるのだ。  そして、彼らが話している露西亜館の事件では、犯人の目的は金であったし──更にそれを操っていた“もう一人の犯人”山之内恒聖の動機で、はじめと高遠は、真向から意見を対立させたのである。  はじめが認めていないとしても──完全な愉快犯の犯罪者は、“いる”のだ。 「くっ」 「この話はそれこそ平行線です。やめておきましょう。……他に、何か私に訊きたい事は?」  高遠は巧妙に話題を逸らした。  はじめの方も熱くなりすぎたので、一度熱を冷ます。こうして、根本的な考えの食い違いを議論しても仕方が無い。  今すべきは、この犯罪者に協力を仰いででも、殺し合いについてもっと推理を深める事だ。 「そうだな。あんたとこんな話をするのはやめにしよう。……で、今あんたに一番訊きたいのは、このデイパックについてだよ」 「ほう」  腕を組んでいた高遠も、その時、少し興味深そうにはじめを見た。  誰もが持っている小道具の名前が出て来た事に少し驚いているのかもしれない。 「実は、このデイパックにもちょっとしたトリックが仕掛けられてるんだ。これくらいなら、あんたならもしかしたら解けるんじゃないかと思って、あんたを探してみたわけ。ホテルを探すよりも、こっちの劇場を探した方が、あんたがいるんじゃないかな~と思って来てみたら、案の定いるんだもん、流石に驚いちゃったよ」 「……それで、君が解けなかったトリックというのは何かな?」  はじめは、無理して少し普段通りのおどけた口調で熱を冷まそうとしていた。  しかし、高遠はそれを見抜いており、簡単にその要件だけ聞こうと考えていた。  それを悟って、はじめは、すぐに言った。 「ヒスイだよ」  それでも少し勿体付けた言い方になってしまうのは、はじめの悪癖だ。彼特有の演出癖と言ってもいいかもしれない。  しかし、高遠はしっかりと彼の言葉に訊き返す。 「ヒスイ?」 「ああ、ずっと前にどっかの誰かさんが間抜けにも置き忘れて、この俺にヒントを与えた、あのヒスイと全く同じ物さ」 「……その下手な皮肉はひとまず置いておきましょう。そのヒスイがどうかしましたか?」  死骨ヶ原ステーションホテルに設置されているヒスイの石は、かつて高遠の犯罪が暴かれる証拠となった物である。  はじめも、今思うと高遠のあのミスは間抜けすぎて笑ってしまうのだが、もしかすると、それも含めて、わざと手がかりを残したのではないか──と思ってしまう。まあ、余裕ぶった本人を前にしても、真相は藪の中だが。  とにかく、はじめは答えた。 「実は俺、さっき、あの部屋にあったヒスイを二つとも貰ってきたんだ。部屋は、あの事件の時のままだったからね。……流石に死体まではなかったけどな」 「……夕海の死体が吊るされていたら、とうに腐っているでしょう」 「それもそうか。……で、話を戻すけど、俺が覚えているところだと、あのヒスイの重さは一つあたりだいたい5kg程度。だから、今俺は10kgのヒスイを持ってきている事になる」 「10kg?」 「ああ。普通に考えれば、俺みたいにそんなに力もない人間じゃあ、片手で軽々とは持てないだろ? ……だけど、ホラ!」  はじめは、デイパックを片手で平然と持っている。いや、それどころか、そんな物が入っているデイパックは、少し形がいびつになる物だろうに、それは綺麗な形を保持していて、到底、二個の翡翠が入っているようには見せなかった。  はじめは、それを高遠に渡した。 「試しにあんたも持ってみなよ」  そう言うと、高遠はあまり警戒せずに片手で受け取った。  あまり重くはない──。  いや、どう見積もっても10kgはない。トランプ一枚の重さがわかる高遠が見積もっても、これは1kg丁度の重さだ。 「私のデイパックの重さと、変わらないな……。いや、これは1kgもない……中を確認しても?」 「ああ、構わないぜ」  高遠が確認すると、二個のヒスイが取りだされる。それは、片手で取りだすには大きく歪で、その重さは確かに5kgあった。──以前、抱えたのと同じ重さだ。  それを見て、高遠は呟いた。 「……信じられない。確かに、不思議な“魔法”だ」  はじめも、高遠がこれほど驚いている顔は初めて見たような気がする。  しかし、高遠ならこれくらいの魔法を可能にしてしまうトリックくらいは持っていてもおかしくない。  はじめですら解けなかった物だが、奇術のプロならばどうだろうか。 「だろ? どう考えたって、10kgのヒスイをデイパックに入れてたら、重くて歩いていられないよ。でも、このデイパックに入れると、急にその重さがなくなったんだ。一体、どんなトリックが仕掛けられてたらこんな風になるのか、って思ったんだよ。マジシャンのお前なら、このくらいわかるかと思ってさ」  それで高遠を頼ったのだ。はじめも、マジックは祖父に多数教わっているので得意としている所だが、それでも本業マジシャンには敵わない。このトリックはどれだけ考えても全くわからなかったのだ。  それで、──彼らしくはないが──答えを探ろうとしたのである。  高遠が、デイパックと翡翠を見つめながら、少し頭を悩ませた。  それから、少し躊躇して口を開いた。 「ええ、本来ならば、そうですね。ですが、これに関しては……トリックは、ありません」 「何だって!?」  今度は、はじめの方が驚いてしまった。  いや、流石に──はじめも、お手上げだったとはいえ、トリックがないという言葉が高遠の口から出てくるなど、信じがたい事である。  彼らほど、トリックというものに精通している人間はいないだろう。 「君も薄々勘付いているでしょうが、重さを感じなくなるトリックは、だいたい別の場所に荷物を隠していたり、重さを感じにくいように持たせたり──というタネがあります。しかし、現に君はホテルからここまで何なく10kgのヒスイを持ち歩いている……。君はここまで歩く間、背中にそれほどの重さを感じなかったんでしょう?」 「ああ……でも、だからってそんな……」 「……それならば、トリックはありません。つまり、このデイパックに物体を入れれば、その質量が一時的に軽減する効果を持っている、という事になります。君が嘘をついているわけじゃなければね」 「質量がなくなるだって……!? そんなバカな!」  はじめが驚きを露骨に表しているのに対して、高遠は至って冷静に言った。  彼も驚いていないわけではないが、少なくとも、あらゆる事態に冷静に──あるいは冷徹に対処する性格であった。  自分の信念さえも、時には冷徹に覆して現実を見る事が出来るのが高遠のある種の長所だ。 「……残念ながら、我々は認めざるを得ないようだ。主催側が持っている力は決して単純ではない、と」 「そんなものを認めろだって!?」 「私だって……いええ、私の方こそ、こんな事を簡単に認めたくはありませんよ。仮にもマジシャンの一人として、ね。よりによって、こんな物が出来てしまえば、私たちの商売は上がったり無しだ。──いや、それは探偵の君も同じ……か」 「くそっ……! どうなってるんだ! きっと何かトリックがあるはずなんだ!」  はじめは、オカルトや魔法を簡単には認めない性格だ。  現実に、不思議な事は山ほどある。──以前、ある場所で起きた怪事件では、『死体の服が赤いちゃんちゃんこのように塗られていた』という怪現象が起きた事もあるが、その時には図書館で必死に勉強を初めて、美雪たちを呆れさせたほどである。  はじめは、もう一度デイパックを確認し、焦りながら中身を見つめている。  そんなはじめを、「無駄だ」と思いながら見下ろしている高遠。  彼も、とにかく一つだけ、はじめに胸の内を言ってやる事にした。 「……金田一くん。どうやら、ここでは私の求める芸術犯罪を行う価値は本当になくなったようです」  そんな高遠の意外な言葉に、一瞬、はじめの動きが止まった。  はじめは、そんな高遠の方を凝視した。 「私は自然界の法則と人間の心理の穴を駆使してこそ、私の計画は芸術として完成される。そう、推理小説もマジックも、その条件で作られたからこそ、一つの芸術になるのです。……しかし、こんな魔法は、私を侮辱しているとしか思えない。──君も同じでしょう?」  はじめは、そう言われて、デイパックの仕掛けを見抜こうとする動きを止めた。  ……認めたくはなかったが、やはり、高遠の言う通りなのだろう。  いや、むしろ──こんな魔法を最も忌避するであろう高遠が認めたのだ。こうしてトリックを探そうとする事こそ、駄々をこねる子供のようだった。  はじめも、すぐに諦めた。  犯罪は芸術なんかじゃない──と言いたかったが、これも無駄だろう。 「ああ……! くそ……まったく、わけわかんねえぜ。でも、一度認めるしかないみたいだな……。これは、トリックなんかじゃないよ!」 「ええ。仮にトリックがあるとしても、それは、今の私たちにはまだわかりません。しかし、私も、ひとまずは、“こんな魔法のデイパックが存在する”という前提で動きましょう。……まあ、我々の主義や性格に目を瞑って認めてしまえば、こんな鞄も便利ですしね」  クスクスと笑う高遠を、はじめは何か言いたげな目で見つめる。  はじめも、別に納得はしていないが、納得せざるを得ないのだった。  と、そのクスクス笑いをやめて、高遠が思い出したように言った。 「そうだ、私からも、君に頼みがあるんでした」 「……あんたが俺に頼みだって?」  それから、高遠は少し躊躇した。  頼み事をするだけで驚くはじめである。高遠がこんな事を口にすれば余計に驚くのではないかと──高遠は、そう思った。  しかし、やはり、彼もすぐにはじめに要件を伝える事にした。  案の定、それははじめを驚かせる事になる。 「あのアイリスという少女についてです。──彼女を、君の手で保護してもらえませんか?」 「何だって!?」  はじめは、魔法の存在を知るよりも、彼がこんな事を言い出した事の方がずっと驚いているようだ。  いや──確かに、露西亜館の事件では、高遠は己の主義を守って、はじめたちの前で犯人の命を守ってみせた。  しかし、だからって、高遠の方が先にこんな事を頼むなどとは思いもしなかったのだ。 「……こう見えて、私もマジック好きの子供は嫌いではありません。しかし、『殺す』のはともかく、『守る』というのは、少しニガテでね。明智警視や剣持警部もいない以上、こんな事を頼むならば、君くらいしかいないと思っていたんですよ。それが、私が君に会いたかった理由の一つです」 「あんたがそんな事言うなんて……流石にそこまで考えてなかったぜ。だけど、それなら俺とあんたが一緒に行動するっていうのも一つの手じゃないか?」  はじめは、まるで誘い込むかのように言ったが、自分でもそんな言葉が出たのが不思議だった。  高遠との協力……? ──自分はそう言ったのだろうか。  しかし、やはり──高遠の返答は、否定だった。 「……私と君は決して交わる事のない平行線だ。共に行動しても反発するだけに過ぎない。──たとえば、いくら殺し合いに乗らず、芸術犯罪が完成しないとしても、もしこのゲームからの脱出に邪魔な人間が現れれば、その時は──」 「やめろ!!」  高遠が何を言うかを読んだはじめは、思わず遮るようにそう叫んだ。それから、震えるように息をあげた。  そうして高遠の本質を忌避した時に、はじめも、なるほど、と思った。  確かに──はじめと高遠は、時に協力出来たとしても、結局“平行線”なのだ。  しかし、それを確認して、はじめ自身がどこか安心していた。 「……フッ。そう。だから、私と君とは、同じ目的を持っていても、たとえどこか一か所理解し合ったとしても、結局は対立せざるを得なくなるという事です」 「……」 「それでは、二人きりの話はこれくらいにしておきましょうか。改めて、またアイリスも交えて情報交換をしましょう。この場で選ばれたという事を考えると、やはり彼女にも二、三は特殊な部分があるかもしれないし、そろそろ一人が怖いでしょうしね。……まあ、プロフィールを明かすという程度でも構いません。そこから先は別行動です。そうですね、その後で、また会う約束でも取り付けておくべきでしょうか」  意外な事ずくめで、流石のはじめも困惑していたが、彼も状況を飲み込むのは早い。  数秒の沈黙が流れた後で、彼は、納得を示して言った。 「……ったく、仕方ねえな。でも、高遠。一つだけ訊かせてくれ」  いまだ高遠という男を完全には理解できなかったはじめは、ふと疑問を口にした。 「もし……あんたがこの殺し合いの主催者だったら、あれくらいの子供も巻き込むのか?」  そう。そんな疑問である。  アイリスを守れといった彼であるが、それは「マジック好きの子供」という非常に限定的な理由によるものである。それとも、彼自身は本質的に「子供を巻き込まない」のだろうか?  少し迷った後で、高遠は答えた。 「どうでしょうね。私にもわかりません。神のみぞ知る……という所でしょうか」  はじめは、思った。──やはり、こいつが刑事じゃなくて良かった。  あの“明智警視”みたいな上司が二人に増えたら、剣持のオッサンや捜査一課の人たちが心労で倒れちまう、と。  だが、それでも──こんな人間でも、殺人者にはならないでほしかったのははじめの本心だ。高遠にとっても、殺人など知らないただのマジシャンであるのが本当は一番幸せだっただろう。  はじめは、誰よりも犯罪を憎み、許さない人間であると同時に、誰よりも犯罪者を憎まず、許す心を持った少年なのだ──。 ◆  その裏で──。  彼らが“魔法”の話をしている横の部屋で、実は──、“魔法”は起きていた。  隣の楽屋に準備されていたマジック道具は、空中に浮いている。  本来なら糸で釣るトリックがあるはずなのだが、今はそんな物が全く使われておらず、本当に、マジック道具たちはふわふわと空を飛んで、少女を囲んでいる。 「アイリスだって出来るも~ん。ホラ! アイリスすご~い!」  これは、なんと、アイリスの仕業であった。  別に、あの僅かな時間で高遠のマジックを覚えたというわけでも、ここにある道具を浮かせるトリックを看破したわけでもない。  彼女は、強い“霊力”を持っていて、こうした魔法のような芸当が本当に出来るのである。  しかし、霊力の事は基本的には、「ヒミツ」なのだった。使えるのは緊急時か、あるいは、こうして、隠れてこっそり使う場合だけだろう。 (う~ん……でも、高遠のお兄ちゃんは霊力がなくてもこういう事が出来るんだよね……本当にあんな凄いマジックが出来るのかなぁ。──一体、どうやってるんだろう?) 53 :ふたりは平行線 ◆V1QffSgaNc:2015/10/22(木) 00:25:27 ID:kTkCcgbk0  そんなアイリスですら、高遠のマジックのタネは全くわからない。  それだけ高遠の手際が良いと言う事である。まるで本当の魔法のように見せなければ一流のマジシャンにはなれないというのだ。 (まあいっか……! ……それより、早くお兄ちゃんたちと合流する事を考えなきゃ)  マジックのタネを考えるのをやめたアイリスが次に考えたのは、ある特殊部隊の仲間の事である。  実は──ここからが、アイリスの正体の確信である。  彼女が無邪気な一人の少女であるのは確かだが、それでもただの少女ではない。  帝国華撃団。──実は、アイリスは、この幼い年齢にも関わらず、高い霊力を認められて、その特殊部隊の戦士の一人をやっているのだ。  そして、この殺し合いの現場には、同じ帝国華撃団の大神一郎や真宮寺さくら、李紅蘭という頼もしい仲間もいる。三人は特にアイリスと仲の良い団員でもある。  一刻も早く彼らと合流し、この殺し合いを終わらせなければならない。  あの“ピエロさん”や、あの“ワニさん”のように、誰にも悲しい目には遭ってほしくないのだ……。 (まあ、いざとなったら、アイリスが、高遠のお兄ちゃんも、金田一お兄ちゃんも守ってあげなきゃね……!)  大人ぶりたいアイリスは、二人に対してそんな姉のような使命感を持っていた。  高遠のマジックに惹かれている姿は子供そのものだというのに、彼女は自分が子供扱いされる事をとにかく否定する。  そして、何より、自分を大人に見せたいのだ。  何より、彼女は、力ある者として、力なき二人を守ってあげる義務がある。守られたくはないのだ──。 (それにしても、あの金田一のお兄ちゃん、随分変な恰好してたなぁ……)  それから、外見年齢だけ見ていると全くわからない、彼ら自身は全く理解していない、ある“差異”も存在していた。 (最近の流行りなの……? でも、帝都にもあんな変な恰好している人、いなかったけどなぁ……)  そう──実は、このアイリスという少女の生年は、なんと金田一一の祖父・金田一耕助と同じ、1913年なのである。はじめからすれば、少女というより、「ばあちゃん」である。  だから、彼女やその仲間たちに、「金田一耕助」などという戦後の有名な名探偵の名前は全く伝わっていなかった。  大神も、さくらも、紅蘭も、金田一耕助という名前を聞いてもピンと来ないだろう。  ……まあ、実年齢や人生経験は、現時点でははじめより下でる。  彼女たちは、1925年(太正14年)やその前後から連れてこられたのである。  これらの事実は、邪魔が入らなければ、これからの情報交換ではじめや高遠たちにも明らかになっていく事だろう……。 ◆ 次 回 予 告 (嘘) へっへーん、アイリス、この二人よりもずーーーっと年上だったんだよ!! これなら、アイリスも、立派に大人の仲間入りだよね? じゃあじゃあ、こう呼んでもいいでしょ?“はじめちゃん”に“遙一くん”! 次回! 90’s ばとるろいやる! タイトルは、えっと……まだわかんな~い! とにかく、太正櫻に浪漫の嵐! お兄ちゃんの~名にかけて~!! ※この予告は仮のものです。  実際の内容とは異なるかもしれませんし、こういう内容になるかもしれません。 ◆ 【G-4 死骨ヶ原ステーションホテル・劇場の楽屋/1日目 深夜】 【金田一一@金田一少年の事件簿】 [状態]:健康 [装備]:不明 [道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3(確認済)、ヒスイ×2 [思考] 基本行動方針:殺し合いを止め、脱出する。 0:高遠、アイリスとの情報交換。その後、高遠とは別れる。 1:高遠との約束通り、アイリスを守る。高遠の正体はなるべく教えない。 2:クロコダインの死体に駆け寄った少年を探す。 [備考] ※参戦時期は、「露西亜人形殺人事件」終了~「金田一少年の決死行」開始までのどこか。 ※トリックでは説明できない事象をそれなりに認める事にしました。 【高遠遙一@金田一少年の事件簿】 [状態]:健康 [装備]:不明 [道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3(確認済)、マジック用のアイテム(没収漏れ) [思考] 基本行動方針:殺し合いから脱出する。 0:金田一、アイリスとの情報交換。その後、金田一とは別れる。 1:殺し合いからの脱出を行う。ただし、邪魔な者は容赦なく殺害する。 [備考] ※参戦時期は、「露西亜人形殺人事件」終了~「金田一少年の決死行」開始までのどこか。 ※マジック用のアイテムは、殺傷能力を持つ物(毒入りの薔薇など)や、懐などに仕込めない大き目の物や生物(ボックス、鳩など)のみ没収されています。簡単なテーブルマジックならば行う事ができますが、基本的に戦闘では活かせません。 ※トリックでは説明できない事象をそれなりに認める事にしました。 【イリス・シャトーブリアン@サクラ大戦シリーズ】 [状態]:健康 [装備]:不明 [道具]:支給品一式、ランダム支給品1~3、作り物の薔薇一輪 [思考] 基本行動方針:殺し合いには乗らない。 0:高遠のマジックがもっと見たい。 1:大神一郎、真宮寺さくら、李紅蘭との合流。 2:霊力は人前では使わないが、いざという時はそれを使ってみんなを守る。 [備考] ※参戦時期は「サクラ大戦2」のどこか(太正14年の為)。 *時系列順で読む Back:[[乾いた風を素肌に受けながら]] Next:[[]] *投下順で読む Back:[[乾いた風を素肌に受けながら]] Next:[[]] |Back:[[オープニング]]|[金田一一]]|Next:[[]]| |COLOR(BLUE):GAME START|[[ベガ]]|Next:[[]]|

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