「先輩、正月は帰ってこないんですか」 思わず携帯を取り落としそうになった。 『悪い。友人に金貸したら返ってこなくなった。チケットがとれない』 すんでの所で「えぇー」という落胆の声を飲み込む。そんなことを言うのは子供の証みたいだし、先輩を困らせても仕方がない。 その友人の頭上に隕石が直撃しますようにと願いつつ、俺はとっさに平静を装って 「なら仕方ないですよね。先輩、今からでも年賀状いりますか?」と軽口を交えて言うに留める。 「っていうか先輩、ちゃんと金ありますね? 年越せますよね? 凍死とか餓死とかしないで下さいよ」 年の割に子供っぽいこの先輩、ゴールデンウィークもバナナと水だけで生き抜こうとして失敗している凶状持ちだ。 うっかり灯油とか買い損ねてたり、おやおや食べ物がもうないぜ! 的な状況に陥ってしまうことも有り得る。 …パトラッシュとネロを思い出した。なおまずいことに先輩は犬派だった。 『それは平気。他の居残り組と仲良く助け合うさ。今晩は材料持ち寄り鍋だ。餅入れたりして』 なにそれ、結構楽しそうじゃん。笑いを含んだ声に一転してムッとしてしまう。 もういっそ俺がそっちに行くかと思い立つが、高校生の身の上ではどうにもままならない。そういう所がすごくもどかしい。 『あ、そうそう我が後輩』 「ハイハイ。なんですか、我が先輩」 『重大な用件を伝えようと電話したんだが……』 充分重大な用件はもう既に聞いた気もした。だって先輩帰ってこないんじゃないですか。俺の冬休みパーですよパー。 コタツとか、カウントダウンとか、俺今年受験だから初詣で祈願とか。何の為の冬休みなんだよ。 あー先輩帰ってこないんだもんなあ。しかもそっちで楽しそうだしなあ。畜生、新年に地球に隕石が墜ちてくればいい。馬鹿馬鹿しいけど、そんな心情だった。 そんな押し殺した内心なぞ露ほども知らない先輩は、うん、と電話越しに重々しくその指令を伝えた。 『お前、新年迎えた瞬間ジャンプしろ』 「はい?」唐突に何を言いだすんだこの人。 「この年で『新年の瞬間、私は地球にいませんでしたゴッコ』なんて恥ずかしいマネしたくないですよ! 中学生じゃあるまいし! アンタ大学生でしょうがっ」 『別にいいだろ、俺もやる。二人一緒に宇宙にいるとしよう』 今年受験なのに初詣とか一緒にいけなくて悪い、と子供っぽい考えの先輩は続けた。 『じゃ、地球外でまた会おう』