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15-319 - (2009/03/23 (月) 14:45:53) の編集履歴(バックアップ)


宮中晩餐会、歓待されるは隣国の王と麗しの姫。
饗応する我が国の王と王妃には、これまた白皙美貌の王子がおわした。
「本当に、殿下は御聡明でいらっしゃるのね。
 まつりごとは言うに及ばず、書物にも星の読みにもお詳しい。馬術も剣もお強くって。
 かと思えば、はやりの髪型、練り香の名もご存じ、
 古詩をそらんじられたときは夢心地でしたわ、またその声のお美しいこと」
姫君はいたく王子をお気に召したようだ。
両国の間を強固なものとするため睦まじからんとするふたりの仲は、
周囲の思惑どおり順調に進んでいるようだった。
「わたくしに、もっと詩をお聞かせ願えませんか? 殿下。
 そうだわ、殿下のお部屋のテラスには、夜に香る薔薇がおありだとか、そこで今夜……」

「どうだ、私は上手くやったろう?
 次は何だ、百年前の恋人の歌でも覚えればいいのか。
 まったく、女ってのはどうしてこう益体もないことばかり欲しがるのか!」
人払いした控え部屋で、王子は輝く金の髪をかきむしった。
少年から青年になろうとする齢になり、美貌に加えて逞しさも備えつつある姿は
威厳ある次期王のそれだ。が、口を開けば幼い。
「殿下、御髪を乱してはなりません」
世話係である私が、すかさずお止め申し上げる。
忠義を尽くして王子をお育てしてきた私の言うことを、王子は素直にお聞きになる。


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「御心配には及びませんよ、何事も私の申し上げるとおりに」
「では早く教えよ! 五日もの間、お前の言うとおりに努めたぞ。
 確かに、お前の言うたようなことを姫は御所望であった。
 いずれ后に迎える姫、機嫌は取らねばらなぬのであろう、さ、詩でも芝居でも覚えてやる」
「おそれながら殿下、姫君は詩をお望みなのではありません」
「なんだと?」
「かの国には婚礼の前に一夜の契りを結ぶ習わしがあるとか」
王子は首をかしげた。
「そのようなことは知らぬ。どのようにいたすのだ」
「殿下にはまだお教えしておりませぬ……互いに口づけを交わし、胸を触り、秘め事を行うのです」
「お前の言ってることはよくわからぬ」
思わず頬が緩むのを感じた。
「口では何とも、お教えし辛うございます。では殿下、失礼して、私めに腕をこう」
「こうか」
「女というものは優しゅうに扱わねばなりません、さ、ここでございます、これが、こう……」

かつて滅ぼされた故郷の敵にと、王子を見目だけは良く愚鈍に育て、
復讐の機会をうかがっていたのに、思いもよらない形で願いを成した。……成してしまった。
密会が不首尾に終わったことはきっかけに過ぎなかったが、隣国との協定が結ばれなかったことから
坂を転がるように、王家は潰えてしまった。
未だに、王子は私を裏切り者だとは知るまい。
傍らに眠る、これだけは今も豪華な金髪にそっと、手を触れる。
胃の辺りに苦い物を飲んだまま、私は今も忠実な世話係だ。
それは、口には甘い甘い果実であった。王子と共になってむさぼったのだ。