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20-109 - (2011/04/07 (木) 18:49:19) のソース

強く噛んで
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腕まくりをした、清潔そうなシャツから伸びる、すらりとした腕。 
別段細くはない、しっかりとした男の腕だ。 
でも、力を込めたときに色白の肌から浮かびあがる血管は、たまらなくセクシー。 
そんな腕が、猫のしっぽのようにくるくると動いて、目の前のキャンバスにモデルの輪郭をかたどっていく。 
本日のモデルさんはこちら。 
真っ赤に熟れた、セクシーな・・・リンゴ。 
まあ、ヌードモデルとかだったら俺ももうちょっと燃えるんだけど。 
相手は旬のリンゴちゃんだから、俺のキャンバスはなんだかまだ真っ白。課題は全然進まない。 
まあでも、裸婦デッサンとかだと彼は間違いなく逃げるだろうから、こうやって二人で居残りできるのは、ひとえにこのリンゴのおかげなんだけど。 
真っ白なうなじをじっと見つめていたら、形のいい頭がくるっと振り返った。 
「進んでる?」 
「んー?うん」 
「本当に?なんか全然描いてる音聞こえないんだけど」 
「そう?」 
やる気のない俺の返事にじれたのか、ひとつ盛大に溜め息を吐かれた。 
「お前はいいよな。天才肌で。俺なんてただの静物模写でも必死でやらないとダメだし」 
「別に天才じゃねえよ」 
「その余裕がうらやましいんだよ」 
そう言うと、またくるりと俺に背を向け、鉛筆を走らせはじめてしまった。 
かわいいお顔が見えなくなって、ちょっと、いやかなり残念。 

清廉な雰囲気。端正な顔。育ちの良さが伺える話し方。彼のすべては、およそ性的なものには結びつかない。でも、そのすべてが、俺を掻き乱すんだ。 
俺が余裕だって? 
余裕なんてあるはずない。 
本当は今すぐその、お綺麗な首筋に噛みつきたいんだ。 
手を伸ばせば届くところにある、糊の効いた襟から覗く白いうなじが、夏の熱気に当てられて、うっすら汗をかいている。その汗をやらしく舐めとりたいって思ったら、もう止まらなかった。 
鉛筆を滑らせる音が響く中、ゆっくりと、ことさらゆっくりと、目の前の首に顔を近づける。 
口を開けて吸血鬼よろしく、歯がうなじに食い込んだ瞬間。 

俺の視界はぐるんと動いた。あ、これ、天井。 
ガシャン!と、机と椅子が転がる音が響く。 

・・・え? 

途端に自覚する、ぶつけた後頭部と、喉元の鋭い痛み。 
ギョッとして視線をずらすと、艶やかな黒髪がめちゃくちゃ至近距離にあった。 

え?何?痛ぇ!とにかく痛ぇ!! 
「ちょ!ちょちょ、何やってんの?」 
ギリリと喉に食い込む感覚。これって・・・ 
目の前の黒髪がゆっくりと動いて、俺の大好きな顔がお目見えした。相変わらずの至近距離で。 

「噛むなら、このくらいやってくんなきゃ」 

清潔で真っ白な俺の天使ちゃんは、堂々と俺の腹の上で馬乗りになり、今までに見たことない表情で、唇をゆがめた。 
その唇が再び近づいてきたかと思うと、恐らく彼の歯形が残ってるであろう俺の喉を、ぞろりと舐める。やらしー舌使いで。 
なんで? 
さっきまで超健全に鉛筆を握ってた手は、俺の頬をいたずらにするすると撫でた。 
「俺、何かと痛い方がいいんだ。だから、やるなら」 

しっかりやって。 

耳元に囁かれた言葉は、普段俺をしかる言葉とまったく同じなのに、全然違う意味を持って腹の中に入り込む。 

そのまま、激情のままに目の前の唇に口づける。下唇を噛んで、引っ張って、離して、また噛む。どこまでも甘い甘い唇に夢中になっていると、キスの合間に、彼が言った。 

「もっと、強く、噛んで」 

唇がくっつくくらいの距離で、やらしー声で。 
清潔で、清廉な君のそんな表情、俺は知らない。知らないんだ。 
ゾクゾクと背中を駆け上がる、快感みたいな、旋律みたいなものに突き動かされるまま、俺は彼の唇に、強く、強く、強く噛みついた。
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[[寝込みを襲われたい >20-129]] 
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