「7-559-1」の編集履歴(バックアップ)一覧に戻る

7-559-1 - (2011/04/17 (日) 03:26:02) のソース

欠乏症 
---- 
正樹は病室の白いベッドの上に、白い顔をして横たわっていた。
看護師に「彼は何の病気なのか」と聞いても、「私の口からは・・・」と言って首を横に振るだけだった。

正樹は病室に入った俺を見ると、白い顔には不釣合いな赤い唇を動かし、言った。
「よお。おひさ、タキチ」
懐かしい呼び名。こいつ以外は使う事のない、間の抜けたあだ名。
「・・・タキチと呼ぶな。タキチと呼ぶくらいなら苗字で呼んでくれ」
照れ隠しの発言だったと、自分でも自覚している。
呼ばれるのが嬉しい反面、気恥ずかしくもある。こいつだけが使う、俺の呼び名。
「どうしたんだ。何の病気だ?」
「んー。 『欠乏症』だってさ」
「何が欠乏したんだ。 お前、相変わらず不規則な食生活を送っていたのか?」
大学生の頃のこいつは、毎日三食をインスタントで済ましていた。
さすがにあの食生活は心配だったから、たまに手料理を差し入れてやった事もある。
まさか、またあのような生活を送っていたというのだろうか。
「栄養の欠乏じゃあないさ」
「? じゃあ、何が欠乏したんだ」
聞くと、あいつは手招きをして「耳を貸せ」と言ってきた。
言われたとおりに、耳を近づけてみた。
「俺が欠乏していたのはな

お前とのキスさ」

何を言うんだ、と思う暇もなく、突然口付けをされた。
看護師が俺の後ろで小さい悲鳴をあげるのが聞こえる。
…こいつが病人でなければ、殴ってやっていた所だ。



あいつの病気は、ある不治の死病だったと言う。
感染性は極めて薄い病気のため、ああして面会も許されていたらしい。
そのことを俺が知った時には、もうあいつは俺の手の届かない所へ行ってしまっていた。

出来ることなら、あの口付けのときに、俺にも病気が移ってしまえばよかったのに。
そうすれば、俺はあいつと同じ病気で、同じ時期に、同じ病原菌であいつと同じ所へ逝けたかもしれなかったのに。

今の俺はきっと、正樹と一緒にいる事のできる時間を欠乏している。
どんな医者でも治せない、不治の欠乏症。

----   
[[受をいじめるのが大好きな攻と、同性愛に抵抗もっているけれど攻のことが好きな受>7-569]] 
----