兄さん! ---- それは、俺が小学校4年生の時だったと思う。 俺は、校内写生大会で、大賞をとった。学年で、たった一人しかもらえない賞だ。 俺は、喜んで母さんや父さんに報告した。もちろんほめられた。 ふと見ると、兄さんが悲しげな顔をしてた。 あとで兄さんの同級生に聞いたら、兄さんは、先生に写生大会の時、「まじめに描け」 って怒られていたらしい。 そんな事情は知らなかったけど、兄さんが悲しそうな顔をしたから、俺は次の日、 誰よりも早く学校に行って、絵をビリビリにやぶいた。 俺にとって、兄さんっていうのは、そういったもんなんだ。 自意識過剰。人間嫌い。孤独主義。でも、さびしがりや。素直じゃないし、物言いも かわいくないし、プライドも高い。自分のことを知り尽くしているけれど、自分を 嫌いになれない弱さをもっている。何も持っていない自分を、つきはなせない。 「お前は、何でも持っていていいな」と、俺に対して言って、言ったそばから、自分を 責めて暗くなる兄さんが好きだった。だから、兄さんが、家からあまり出なくなった時は、 嬉しかったよ。 母さん。父さん。そして俺。三人で囲む夕食。 全て食べ終わった後、夕食を兄さんに持っていくのは、俺の役目。 「孝に、言っておいて。たまには、母さんや父さんも、孝と一緒にごはん食べたいって」 母さんが、言う。俺は、「分かった」というと、「いっそ、孝の部屋で一家団欒するか」と、 のん気に父親が言う。俺は、笑う。 ごめん。でも、その伝言は伝えられない。 「兄さん」 ちょっと低めの声で呼ぶと、ドアが開いた。 俺は、夕食のお盆を持ったまま部屋にもぐりこむ。 俺は、夕食ののったお盆をテーブルに置くと、スープをスプーンですくって、兄さんにさしだした。 兄さんは、当然のように、そのスプーンにかぶりつく。 またスプーンを口に運ぶと、兄さんはそれを飲み下す。 兄さん! 叫びたいほどの思いを、スプーンにのせて、俺は運ぶ。 一生こうしていたいな。兄さんも、そう思ってくれているといいな。 毎日思っていることを、今日も思った。 俺にとって、兄さんが全てなんだ。本当なんだ。 ---- [[布団の中で>4-359]] ----