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満月手前
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「淳くんはどの月が一番好き?」
授業が終わり、駅へ向かう夜道の上で、横を歩く慧に不意に尋ねられた。
「月?」
「ほら、半月とか新月とか色々あるじゃん」
月の好みなど考えたこともなかった。
慧と知り合ってもうすぐ一年だが、未だに彼の言うことはよくわからない。よくわからないが、面白い。
「んー……三日月?」
「へー、なんで?」
「まあ、なんとなく」
何故かすぐに思い浮かんだのだが、理由までは分からなくて言葉を濁した。
「僕はね、あのくらいが一番好き」
慧が指さした先には、青白い月が冴え冴えと浮かんでいた。
少し歪な輪郭は、満月手前といったところか。
「意外だ」
「なんで?」
「もっとはっきりした、わかりやすい形のが好きだと思った」
俺が言うと、慧は「なにそれ」と少し憤慨してみせた。
「……咲きかけの蕾と一緒だよ。今から満ちてくって希望があって、完璧じゃない。
それくらいが一番いいんだよ。いっそずっと今のままならって、思うくらい」
「満月にならないほうが良いってことか?」
「そうかもしれない。一度完璧になってしまえば、後は欠けていくのを恐れなきゃいけない。
だったらいっそ、満月なんて来なくていいって思うんだ。僕はこう見えて臆病者だからね」
満ちきらない月を見上げたまま、慧は歌うように言った。
口調の軽さとは裏腹に、その横顔はどこか苦しそうだった。
俺は決して鋭い方ではないが、慧はただ月の話をしているのではないような気がした。
何か悩んでいるのだろうか。わからないが、そうだとしたら、少しでも力になりたい。
「慧」
「んー?」
「欠けてく月を見るのが怖いなら、俺も傍で見ててやる。
そうやって新月の夜もやり過ごしたら、今度は一緒に月が満ちるのを待てばいい」
未完成の月を見ながら、つぶやくようにそう告げた。
慧は何も答えない。嫌な気分にさせてしまっただろうかと、少し焦って顔を戻すと、
「……」
彼は黙ったまま、真顔で穴が空くほど俺の顔を見つめていた。
「なんだよ」
「いやー……反則でしょそれは」
「何が」
あまりに熱心に見つめられるので、なんだか居心地悪くなってぶっきらぼうに返す。
「なんでも。あー、淳くんにそんなこと言われたら、満月怖いとかバカらしくなってきた。
うん、むしろ見たいね満月!」
そう言いながら、妙に浮かれた調子で肩を組んできた。
さっきとは一転して明るい表情にホッとして、されるがままになっておく。
「今でもだいぶ丸いから、もうすぐ見れるぞ」
「うん。……きっと、もうすぐ見えるね」
俺のすぐそばで、慧は笑っていた。細められた眼が三日月に似ていると、その時気づいた。
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[[いくら俺が鈍くても気づく>24-439]]
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