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妖怪と天使 ---- 「驚いたな。本物を見たのは初めてだ」 頭上から淡々と降ってきた声に、〈男〉は地に伏したまま憮然として顔をあげた。 黄金の髪が絹糸のように流れ落ちる。 「お前は誰だ」 「さて」 食いしばった唇から漏れた問いは、飄々とした口調でいなされてしまう。 憤りに任せて身じろぎをしようとすると、途端に四肢を虚脱感が襲った。 纏わりつくように鬱蒼とした草の感触。 ――動けない。 じわり、と焦燥が広がる。 一段と緑の匂いが濃くなったような気がした。 この〈場所〉はおかしい。 否、場所だけではない。 「……お前は〈何〉だ? 私に何をした」 「何もしてないだろう? これからのことは知らないが」 〈それ〉はおかしげに肩をすくめてみせる。 闇色に揺れる髪。だが印象はそれだけだ。 年の頃、体格、顔立ち、その人物を表す特徴を捉えようとすると、それらはひどく不鮮明になった。 そのくせ、その得体のしれない存在感は、まるでその場所と一体化して男の体の自由を奪っているようだ。 「お前が動けないのは、俺のことを〈畏れ〉ているからだ。人の感情の中に産声を上げ、山の暗闇の中で育つ、曖昧で不純なものに」 男の思考を読んでいるかのように、それは言葉を続けた。 いや実際に読んでいるのか。 「何を……」 「この場所に加護はない。光は照らさない。世界中のありとあらゆる場所に届くお前の主の力は」 「我が主は、世界のすべてをお創りになった……!」 「では祈れ」 「く……っ」 不意にその口調が変わった。纏わりつく空気が重くなる。 力の入らない四肢が、体中が、強い力で地面に縫いとめられてぎしぎしと悲鳴を上げた。 強引に顎を掴まれる。 いつの間に近づいたのか、恐ろしいほど端正な顔が間近にあった。 だが、ようやく認識したそれの容貌を観察する余裕は男にはなかった。 「なあ」 「……ッ」 ちらりと開いた口の中で、赤い舌がいやに艶めかしく動いた。 「天使っていうのは〈穢れ〉たらどうなるんだ?」 ----   [[好きと言えなくて>24-759]] ----

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