*9が指定したカプ・シチュに*0が萌えるスレまとめ@ ウィキ内検索 / 「8-959」で検索した結果

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  • 8-959
    故郷 「そんな顔しないで。俺、頑張ってくるよ」 そういって君は、真っ白な羽二重のマフラーを巻いて行ってしまった。 もう二度と、故郷の土を踏めないことを知りながら。 君のいない春が来た。 僕は亡国の名を冠した病のおかげでここにいて。 あんなに元気だった君はいなくなった。 ふと目を落とした先に、小さな真っ白い花が咲いていた。 ああ、ここは。 僕が君にマフラーを渡した場所だ。 「…帰ってきて、くれたんだね」 震える肩
  • 18-959
    殺し愛 ずるり、と腕の中の体から力が抜け、そのまま地面へと崩れ落ちる。 ふう、とため息をつけば今補給した食事の鉄の味が口の中へと広がって、 なかなか甘美だと言えた。 そっとかがんで足元の体を持ち上げる。戯れに襲ったその青年は浅い息を立てていた。 今まで基本的に女を獲物としていたが、男も選べばなかなかのものだ。 しかし満ちる力とは別に、私はまるで凪の中で座るような気分だった。 何が不足か。そう仲間なら聞くだろう。なぜなら私もそうだった。 しかし今は違う。 一ヶ月。 たった一ヶ月で私は変わってしまった。 一ヶ月前の満月の日、あの夜あの場所あの時以来、いくら美女を捕まえれど、いくら 甘美な血を吸えど、私は満たされない。 それは遠大な戯れ。どんなに贅を尽くした晩餐、どんなに清らかな血、穢れた血よりも 甘美なもの。 銀色と青灰色と紅。それが私を支配して、ひととき...
  • 28-959
    にっこり笑顔が二つ あのさ、とか言っているこの人が愛おしかった。 オレの恋人は、高校のころの先輩で今は会社の上司で頼れる人だ。 バリバリ仕事をして、余暇はしっかりと取るし公私混同は絶対にしない。 それにめちゃくちゃ頼りになるし優しい。 たとえば、めちゃくっちゃ困難なことがあってそれで話を振るとする。 そうしたら、この人はどんな相手にだって (どんなにめんどくさい人にだってだ!)手を差し伸べる。 自分の仕事を抱えながらも、そっちの仕事もこなして、さらに周りに気も使える。 女子の同僚からは”高嶺の人”とか言われていて、 上司にしたい人理想の恋人私生活が気になる人ナンバー1。そんな人。 …のはずなんだけど、なぜかオレの前ではそんなそぶりは見せないし、 もっと力が抜けている。Jホラーの予告を見ただけで ぎゃーぎゃー悲鳴を上げるぐらいの怖がりだし、 甘...
  • 18-959-1
    殺し愛 「毎回思うんですけど」 男の腕に包帯を巻きながら、少年は嘆息した。 「本当、楽しそうですよね。あの人とやりあってるとき」 今しがた、男の切り裂かれた腕を縫合し終えたところだ。 まともな医学など学んでもいない自分の治療技術がここまで向上したのも、 目を逸らしたくなるような傷を前にして殆ど動揺しなくなったのも、半分以上この男が原因だと少年は思っている。 「上からの指令、ちゃんと覚えてますよね?」 「わーってるよ。……あーあ、邪魔が入らなけりゃもっと楽しめたんだがなぁ」 「楽しんでないで、殺してください」 「だからわかってるって。うるせえぞ」 ぞんざいな口調とは裏腹に、男はずっと上機嫌だった。利き腕に深い傷を負ったにも関わらず、 鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気だ。きっと二ヶ月ぶりの『最中』を思い出しているのだろう。 ニヤついている男に、少年はわざと聞こえる...
  • 3-959
    流されすぎな受! 「ねぇ、お茶でもしてこうよ」「やだ」 「じゃ、ご飯食べてこうよ。おごるから」「やだ」 「そんなら、ホホホ…ホテルにでも行こうか、俺が払うからさ」「……アホかお前」  根本的には何も変わらないお誘いを三度とも蹴り飛ばして、僕はすがるように追いかけてくる あいつを無視して大股で歩いた。 「ちぇっ、ツレナイなぁ。せっかくのコイビトのお誘いだってのに」 「誰がコイビトか、誰が」 「決まってるじゃない、あ・な・た・と・ワ・タ・シ」  妙なしなを作ってウインクされた。はっきり言って気持ち悪い。 「お前、アホか」  同じ悪態をもう一度繰り返す。 「そうだね……じゃ、いい。俺帰るよ。お休み」 「わ、分かればいいんだよ分かれば」  突然しゅんとうな垂れた情けない顔が、心に突き刺さる。いきなり前言撤回とは、それでも男かお前は。 ...
  • 2-959
    ツンデレ 「計算式はつまりF=maを表しています。ここでのFとはすべての力の合計です」  眼鏡のフレームを細い指で押し上げながら彼はそう言った。  期末テストまであと一週間。  馬鹿で運動しか能が無い俺の家にまでわざわざ来て、  今年知り合ったばかりのクラスメイトの彼は勉強を教えてくれていた。 「mは運動している物体の質量、aは加速度で…」  言葉に言いよどむことなく、説明を続ける。  彼との勉強会は、楽しかった。  俺が恥ずかしくなるようなおそらく基本的な質問にも、  彼は決してバカにしようとはせず、丁寧に答える。  彼は俺から何万光年もリードしそうな勢いで頭がいいのに、  バカな質問にも丁寧に、分かりやすく、優しく解説してくれる。  こんな態度、教師にさえとられた事さえない。 「さて、この運動方程式より、ⅹ方向への力の合計を...
  • 7-959
    口紅 鏡に映った俺の顔。 決して柔らかくはない顔の輪郭と、一重の細い目。 適当に短く切られた真っ黒な髪に、筋の浮く太い首。 そして、薄い唇。似合わない紅色。 色彩を増やしても男の顔でしかなく、溜息を吐く。 ヤツの好みは、丸い頬に大きな目を輝かせた少女だった。 ふわふわした長い茶色の髪に絡まるネックレスを、苦労して取っていたのも覚えている。 小首を傾げる少女の首は折れそうなほど華奢で、ぽってりとした唇がさくらんぼうのようだった。 昨日、ヤツは俺とは正反対のその少女に振られた。 慰める言葉は掛けられなかった。 浅ましい本音が透けて見えてしまいそうだったから。 鏡に映る醜い姿に、我に返ってティッシュの箱を引き寄せる。 だけど拭っても拭ってもティッシュは色を吸わない。 ただ、溢れた涙だけが染めていった。 お菓子作り
  • 4-959
    やっぱすきやねん 「やっぱすきやねん」 「…何なん、その不自然な関西弁は。いや、関西弁ちゃうでソレ」 「ふーん、そうなんだ」 「しゃあないから俺がほんまの関西弁で言うたるわ。 『やっぱ好きやねん』」 「…」 「ん、どないしたん?本場の発音にまいったんか?」 「いや、…お前にしては感情に乏しい言い方で珍しいなと」 「もっかい言って欲しいんやったら素直にそう言えばええんに…」 「ちげーよ、別にそんなことねえって―」 「やっぱ好きやで、お前のこと」 -------------------- 関西人と関東人で。 やっぱすきやねん
  • 5-959
    シーラカンス 「うお、シーラカンスの剥製!!」 「…あったって不思議じゃないだろ、水族館なんだから」 「そういえばシーラカンスってさ」 「何?」 「不味いんだってな」 「…」 「しかも肉にワックス入ってるから下痢になるって」 「…食うなよ」 「食わないよ」 「…なんでお前と水族館なんて来ちゃったんだろ…」 「そりゃお前、俺とお前が付き合ってるからだろー」 「ごめん、今すっげぇ後悔してる」 「うわひどっ!」 「…まぁ、でも」 「ん?」 「お前のシーラカンスみたいなところは結構好き」 「は!?どこ!?」 「…言わない」 …4億年だろうが、それ以上だろうが。 変わらぬ愛をくれそうなところ、なんて、絶対言わないから。 シーラカンス
  • 1-959
    お古のディスクトップパソコン×最新式ノートパソコン 「まだか?」 「うーん」 「じれったいな。まだかよ」 「えーと待って。もうちょっと……」 「イライラすらなあもう! 早くしろよ!」 「あっ来た! 来た来た来たキター!!」 「よっしゃあ! そのまま俺に流しこめ!」 「……あ。やば」 「ん? どうした」 「壊れちゃった」 「何ぃ!?」 「どどどうしよう。ええとこうしてこうしてこうやって」 「あー馬鹿よせ! 焦って抜くんじゃねえ!」  プツン。  コンセントをふたたび差し込み、再起動。 「きゅう……」 「大丈夫かデスクトップ! しっかりしろ!」 「ごめんノート。データ消えちゃったみたい」 「いいよ気にするな。せかした俺が悪かったよ……」 また最初からやり直しだ。がんばれPC! と、その持ち主! 「誕生日おめでとう」という...
  • 9-959
    4分遅れの時計 新入社員と入社して、もうすぐ1年。 俺が知る限り、俺の直属の上司である片岡さんは、一度もネクタイをゆるめたことも、 髪に寝癖がついたことも、忘れ物をしたと慌てることも無い。 いつも同じように、キッチリしている。(そして俺は、情けない姿ばかり見せている) さらに仕事はで完璧で、早い。接待もスマートにこなす。 堅物に見えるからか、女がいないようなのが、マイナスといえばマイナスなぐらいだ。 「木田。ぼんやりするな。考え事しないで手を動かせ」 書類をプリンタに打ち出しながら、静かな声で片岡さんは言った。 俺はビクッとして、あわててパソコンに向かう。 「木田、今こっちに届いたメール転送するから、書類に文面付け加えてくれ」 「はい」 返事している間に、メールは届いた。相変わらず仕事が早い。追いつくだけで必死だ。 『A社プレゼン資料について2   200...
  • 6-959
    俺様受の告白 A「はあ?俺様が告白?するわけねーだろ。何寝ぼけたこと言ったんだテメェ  ってーか誰によ?この俺様が一体誰に告白するってんですか?あぁ?」 B「相変わらずガラが悪いね。おとなしくしてりゃカワイイのに」 A「急に呼び出しといて、くだらねぇこと言ってんじゃねーぞ」 B「そんなムキになるなよ。まあ飲め」 A「ムキになんかなってねえよ」 B「そろそろ、ちゃんと言ってやってくんねえか」 A「だから何を、誰に?」 B「誰になんて言わなくても分かんだろ」 A「わかんねーな」 B「俺もいい加減、お前ら見ててイライラすんだわ」 A「知るかよ」 B「好きなんだろ?」 A「はあ?何言っちゃってんのお前、はあ?」 B「このままだとあいつ、ほんとに結婚しちまうぞ」 A「…するわけねーだろ」 B「いや、今回ばかりはわからんよ。親やら親類一同で回りをがっちり固められ...
  • 23-959
    そして僕は逃げ出した 「おっしー」 学校帰りに寄ったマックで、加藤が急に口を開いた。いつもはシェイク飲んでるときだけは黙っているのに。あといつも言ってるけどその呼び方やめろ。 「なんだよ加藤。おとなしくシェイク飲んどけ」 「いやー、おっしーっていい奴だよなと思って。おれこんななのに長いこと一緒にいてくれてるし」 「はぁ?」 こいつは急に何を言い出すのか。シェイクに変なものでも入ってたのか? 幼馴染ゆえ付き合いは長いが、こんな事言われたのはじめてだ。キモイ。 「だってさ、おれ超おしゃべりじゃん?」 「もう慣れた」 「おれ超ドジじゃん?」 「小学生のころよりマシだ」 「おれってば自ら危険に首突っ込むところあるじゃん?」 「何かあるとすぐ逃げる僕よりマシだ」 「おれゲイじゃん?」 「面食いだから僕に実害ないだろ」 「でもおれおっしーの事好きになっちゃったよ?...
  • 26-959
    泣くなよ ばか、泣くなよ、こっちも悲しくなるだろ。あきらめよう。 いやいや、待てって、そんなに泣くなって、悪かった。 長い人生、こういう日もある。風が吹くと桶屋が儲かる。 桶屋儲かってよかったよね。人生いいこともあるってこと。 え、棺桶?……そうなんだ。悪かった、そうじゃない。 人間万事塞翁が馬。じいさんが馬になることもある、何が起こるかわからない人生。 今日はこんなに最悪でも、明日はいいことがある。 ……だーかーらー。泣くなよ、俺また悪いこと言った?……あ、そう。ごめん。 困った、俺どうしたらいいんだろ。 もう酒は飲まない。飲み過ぎない。 夜は寝る。早寝する。徹夜、アンド、飲み過ぎ。これ最凶だった。まじ覚えてないもん。 ……また。泣くなよ、鼻かむ? これ、ティッシュ。 ちょ、やめろ、それ俺のシャツ! うわ、俺、どうやって帰ればいいの。 痛い、蹴るな、わ...
  • 10-959
    ひよこ鑑定士。 その養鶏場を訪れた者はまずそのあるじ家族の容姿に驚き、さらにその特殊技術に慄くこととなる。 「あんまじぃーッと見らんでくれん?恥ずかしいけん…」 そう言いながらも耕治の手は止まることなくひよこを選別していく。 畜舎の角に設えられたひよこの選別スペースでせっせと働く耕治は、 まるで鄙びた南国の田舎には似合わない人形のような美しさを備えていた。 それには理由がある。 耕治の親父さんは、昭和55年度全日本初生雛雌雄鑑別選手権大会優勝選手…つまり ひよこ鑑定士の日本大会で優勝し、農林水産大臣賞を授与されたのちに、ベルギーへ派遣されていた。 そこで、美しい奥さんと結婚し耕治とその兄の耕一さんが生まれたわけだ。 簡単に言うと、ベルギー人とのハーフだから耕一さんも耕治も日本人離れした容姿をしているわけだ。 耕治の、赤茶色のサラサラした髪に、ガラス玉...
  • 20-959
    露出狂×お巡りさん 2×××年、ネオ東京801番街。 この街は犯罪に溢れている。 秩序を失ったこの街で僕達は日夜、犯罪者と戦っていた。 事件はビルの隙間から夕日が沈み、夜のネオンが消えかけた深夜に起きた。 「屋良内科ビル付近に不審者がうろついている」との通報を受け、 僕と先輩は小雨の降る中、現場に向かった。 「アイツが今日の獲物か」 先輩がそう呟く視線の先には全裸で太鼓を叩く男の姿があった。 「ソイヤッ!ソイヤッ!」 男は僕達に気づくと逃げるどころか挑発するように股間を隆起させ向かってくる。 天高くそそり立つそれはまさに凶器。 「う、動くな!」 警棒を構え威嚇する僕を先輩が静止する。 「コイツはそんな棒じゃ収まらねぇぜ」 そう言うと先輩は自らも全裸になり股間の警棒を隆起させる。 犯人のモノに負...
  • 27-959
    真面目×真面目 無遅刻無欠席、校則遵守。何が楽しいのかって? 何も楽しくなんかない、ただ楽なだけだ。 昔から、「高木くんは真面目だよね」とよく言われた。 褒め言葉じゃないって気づいたのは、割と最近。 いつまで経っても友だちができない理由に気づいたのも、同じ頃。 「高木くん」 金曜日の帰り道、俺を呼び止めたのは遠山。こいつも無遅刻無欠席のぼっちだ。 授業で二人組を作る時は余り物同士で組むことが多いが、友人と言えるほどの会話はない。 遠山は休み時間、いつも背筋を伸ばして分厚い本を読んでいる。 周りがどんなに騒いでいようが、たまにつつかれようがお構いなしに。 寝たふりしか出来ない俺とは、大違いだ。 その遠山が、俺に何の用だろう。 「な、なに?」 今日初めて誰かに話しかけられたな、と思いながら振り返ると、 「単刀直入に言う。僕は君に好意を抱いている」 真...
  • 15-959
    人×異形の者 「また今日も残されたのですか。少しはお召し上がりいただきませんと……」  私は目の前にいる年若い主人にそう言った。  年若い主人と言っても、年齢は私とそう変わりない。 見た目は若い少年の姿。誰もが憧れる永遠の命。  彼は自ら望まずして、それに近い体を手に入れている。  彼は傷だらけの体を長椅子にまかせ、ぼんやりと外を見ている。  一夜にして白くなった髪は、日にあたると銀色に見える。  この方の髪は、昔はとても美しく黄金色に輝いていた。 「別にいいじゃないか。餓死してやろうかと思っても、お前がそうさせてくれない。 口から摂取するか、管から摂取するかの違いだけだ」 「……それでは、お下げいたします」  銀食器を私は片付けた。 「どうされました?」 「腕が痛い」 「ああ」  腐敗臭がどこからか漂っているのに気がついた。 また...
  • 24-959
    踏み台になる 「攻めさん攻めさん」 「なんだ、受け」 「踏み台になってください」 「ん?どうした」 「戸棚に置いてるマグカップ、棚の位置が高すぎて取れないのです」 「ああ、あれか。なら俺が取ってやるよ。ほら」 「あ。……ありがとうございます」 「せっかくだから一緒にココア飲むか」 「攻めせん攻めさん」 「なんだ、受け」 「踏み台になってください」 「ん?どうした」 「この壁を乗り越えて向こうへ行きたいのですが、まず上のところに手がかかりません」 「おお、これか。なら俺が通れるよう壊してやるよ。うおおおおお!」 「あ。……ありがとうございます」 「破片踏まないように気をつけろ。さ、行くか」 「攻めさん攻めさん」 「なんだ、受け」 「踏み台になってください」 「ん?どうした」 「身長180センチからの風景というものを見たいのですが、僕...
  • 21-959
    お前が大人になるのをずっと待っていた 小さい頃毎年夏になると、俺はじーちゃんの家によく泊まりに行っていた。 じーちゃんちはまあとにかく田舎にあって、俺の住んでいる場所から電車をいくつか乗り継いで、しかも鈍行しか止まらないような駅で降りる。 駅は当然のように無人駅で、着く時間を連絡しておくと、じーちゃんがにこにこして迎えに来てくれた。 ばーちゃんはスイカを用意してくれてて、じーちゃんととりあえずそれを食べて。 家の裏には川に下りられる階段があって、俺は必ずその川へ遊びに行っていた。 その川で、毎年一緒に遊ぶ友達がいた。 小柄な俺よりさらに少し背の低くてふわふわした髪をしたそいつは、田舎のガキらしく真っ黒に焼けて、麦わら帽子をいつもかぶっていた。 都会育ちの俺と、根っからの野生児のあいつは、滝からダイブしたり、洞窟を冒険したり、俺がじーちゃんちにいる間は毎日のように...
  • 19-959
    そら涙 1年ぶりの町は何も変わっていなかった。電車を降りてこじんまりとした駅に着くと 俺はまっすぐにあいつの元へと向かった。 空はオレンジ色に染まり、そろそろ日が沈もうという頃。田舎の小さな駅だけあって 行き交う人の姿もまばらだ。 そんな駅から歩いて10分程の墓地に、あいつは眠っている。 「去年ぶりだな」 墓石に水をかけて花を供えると、俺は奴に話しかけるようにそう声をかけた。 こうして毎年墓を訪れるようになって、もう5年になる。 「なあ」 一呼吸置いてから、俺は再び口を開いた。これも毎年のことだ。 「…俺はお前なんて嫌いだったよ」 こいつとはこの町で2年と3ヶ月一緒に暮らしたけれど、次第に嫉妬深くなり友人と遊びに 出かけただけで誰と何処へ行ってきたのか、俺に逐一報告させようとするこいつに段々と 嫌気がさしていったのはやむを得ないことだっただろう 暴力を...
  • 16-959
    妖精 「ちょ、ちょっと待ってください、斉藤君」 「待たない。高校の入学式で出合って、先生と生徒のままじゃ駄目だって 言われて、気持ちなんかわかりきってるのに卒業までキスもさせなかった 上に、未成年相手にそういう関係を持つのは問題だって、俺の二十歳の 誕生日の今日まで清い関係を続けさせられたんだよ?俺もよく我慢したと 思わない?先生」 「あ、はい。斉藤君が僕を大事にしてくれていたのは、よくわかっています」 「だから、もう待たない。二十歳の誕生日プレゼントに、先生をいただきますから」 「わかってます!わかってますから、覚悟はしてますから、ちょっと待って!!」 「この期に及んで、何を待てと?」 「あのですね。...妖精って知ってます?」 「は?!」 「この間、生徒に言われたんです。『先生、妖精だろ?』って。後で意味を 教えてもらったんですが、その、30歳すぎて...
  • 14-959
    お互いに恋愛感情のない友達とキス 和室だか洋室だか判らないような変な部屋で 俺は割り箸を握らされて 王様だと名乗る山ちゃんと呼ばれている奴が、 「3番と5番がチュー」とか言って、 俺の割り箸には3と書かれていて、 「あ、俺5番。僕が5番でーす。」と嬉しそうに斉藤が宣言した。 最悪だ。 俺の『初めてのキス』という、人が言うには なかなか素晴らしい思い出になるらしいイベントは よく知らない観衆の前で、酔っぱらった斉藤相手に行われるらしい。 「私は4番」「え~、私は7番」と 眼の周りをキラキラさせた女達が3番を探す。 5秒後には確実に騒がれて笑われて変な期待の眼差しを向けられるだろう。 それは何となく嫌だ。 仕方ない。 勢いよく立ち上がり、力任せに斉藤の肩を引いて、 驚く斉藤の顔を見なかったことにして目を瞑り、唇に当たりにいった。 これは当たっただけで...
  • 5-959-1
    シーラカンス 目の前で喋るアイツの顔をじっと見ていた。 よく動く口やなぁ。ノート見ながら、熱く語ってるなぁ。 そう思って酒を飲んでいたら、いつのまにか顔をものすごく近づけていた。 アイツと、目があう。「…何?」とアイツが聞く。 しばらくの沈黙。 アイツの目に、少し怯えがはいって、ふっと目をそらした。 俺は、その瞬間、アイツの唇にキスをした。 やわらかい感触。さっきまで喋っていたせいか、少し濡れている。 唇を離して、アイツの顔を観察した。アイツは、眉間にしわをよせて、俺を見ている。 「…どういうんや」とアイツがかすれた声で言った。 さっきまで、お前が熱心に喋っていた、テーブルの上のノートの絵が、視界に入った。 ヒレがたくさんついた魚。シーラカンスって言うてた。 シーラカンスを飼育したい。でも、捕獲したら、3日ぐらいで死んでしまうから 無理なんだって。...
  • 4-959-1
    やっぱすきやねん 「やっぱすきやねん」 一体、今度は何ですか。 いつものようにフローリングに正座し、無表情で年末年始お約束のお笑い特番を見ていた奴が急にこちらを向き、 人の両足首をクソ冷たい両手でガッシリ掴みながら、嬉々として繰り返す。 「やっぱすきやねん」 「何ソレ」 ちょっと動揺してしまったのを隠すために、奴が掴んだままの足を閉じる。 と、奴はバランスを崩したらしく俺の膝に額を強打した。やっぱアホだ、こいつ。 ―――って、なんかこっちもじんじんしてきたじゃねーか!アホ!! 2人で悶絶していると、付けっ放しのテレビからちょうどいいタイミングでお笑い芸人が「いってーー!」と叫んでいた。 芸人たちの気持ちがわかるのが、なんだか妙に悔しい… なんでこいつはクスリとも笑わないクセにいつもお笑い番組を見てるんだ。 今見てたのが『...
  • 24-959-1
    踏み台になる 「はい原くんどうぞ」 横矢が壁に背をついて、バレーのレシーブのように腕を構えた。手は足を乗せるため上に向けられている。 「…横矢お前、マジちゃんとついてこいよ?」 「わかったから原くん、早くのぼって」 「一人で帰んなよ!?」 「わかったってばあ」 いつからだろう。横矢がこんなふうになったのは。 自然と踏み台になり、高いものには必ず手を伸ばす、悲しいほど当たり前になってしまったこの身長差。 見下ろされる居心地の悪さ。 こいつに威張り散らす俺をどこまでも滑稽なものに変えてしまう目線の差。 思春期と呼ばれる俺には吐き気がして当然の違和感だった。 深夜の学校に忍び込もう、そう言ったのは俺だった。 下らない度胸試しの一つで、先週バスケ部の森崎がやったばかりだった。校庭に忍び込み白線で書いた「森崎最強」。 もちろん森崎は翌日には校長教頭揃い踏...
  • 19-959-1
    そら涙 正座させてからおよそ十五分。両手で顔を覆い、ぐしぐし鼻を啜るのを目の前にしても、胡坐をかい た俺は沈黙を守っていた。まだ、まだだ。なぜなら、いまの、こいつの、これは、 瞬間、「うぅぅ」と呻いて肩を窄め、身体を前に倒した。丸くなった背が震えるのを見て、ぎょっと した。あ、やばい。まずい、これは、 「おい、亮。あのな、」 思わず「もういい」などと口走りそうになって、慌てて思い留まる。危ない。またうっかり許しちま うところだった。こいつのいつもの手じゃないか。なんでこう同じ手に引っかかるんだ俺は。こいつ は、風呂上りに着替え一式(パンツ含む)を隠して、タオル一丁で部屋をうろうろする俺をニヤニヤ 眺めてたんだぞ。上下とも見つけても、肝心のパンツがこいつの尻の下にあったもんだから、上は着 てるのに下は相変わらずタオルだけという間抜けな格好の俺を笑いやがったの...
  • 12.5-959
    さみしんぼ 中学高校、大学まで同じだったあいつと俺は、いつも一緒だった。 休みにどっか行くのも、授業サボるのも、飯食うのも登下校も。何するにも二人で連れ立って動き回ってた。 他の奴らが彼女作ってやることやってる間も、俺たちは相変わらず遊んだり、喋ったり、家でだらだら過ごしたりしてた。 いつでも、当たり前のようにあいつの傍にいた。 一緒にいる時間の多さ、というより密度か。それがすごく高くて、家族よりも近い存在のように感じてた。 誰よりも、あいつといるのが一番楽しくて、気が楽で、自然なことだった。 きっとあいつもそうだったんだろう。 だから、いわゆる恋人という仲になったことも、自然な流れだった。 ずっと一緒だと、そう思ってた。 が。 今、あいつは海外出張中。 もう3ヵ月も会ってない。これだけ長く離れてるのは初めてだった。 電話やメールはしてる。毎日毎日ウ...
  • 8-909
    一番星 俯いて白い息を吐く。 厚いマフラーに口元を埋め、ポケットに手を入れてもまだ寒い。 周囲は夕焼けで紅に染まり、足元には黒々とした影が長く伸びている。 目を上げれば、空には気の早い一番星。 『一番星って俺に似てるよな』 ふと、いつも傍らにいた男の声を思い出した。 『気が早すぎるところは似てるかもな』 『ひっでー!いいじゃねーか思い出作りにちょこっと手を出すぐらいー』 『…手術は一ヵ月後だな』 『ああ』 『だったら無事完治した後にでも、いくらでも出せばいいだろう。 …縁起でもない』 『うん、でも、何があるか分からないしな。…一番星はさ、満天の星空の 中では光は紛れてしまうけど、少し早く光り始めるからこそ人の目を引くよな。 俺は、お前の心に残れるのなら、そういうのでもいいと思っている』 『…』 『俺がこのまま居なくなったら、俺が残...
  • 8-939
    悪いことしよう 「俺、今日から不良になる」 そう内容とは裏腹の笑顔をそえて宣言されたのが三週間前。 髪を染めたりピアスを開けたりしてくるかとドキドキ過ごした一週目。 タバコ吸ったり酒飲んで騒いだりで補導されやしないかとヒヤヒヤした二週目。 盗んだバイクで走り出すのか校舎の窓ガラスを割ったりするのかと歌いだしそうに悩んだ三週目。 とりあえず見たところ変化はないようだし、不良になるのはやめたのかなと楽観視したのが三十分前。 「先生、悪いことしよう」 そう上目がちで睨みつけるように顔を寄せてきたのが三秒前。 あまりの顔の近さに、思わず顔を退いた拍子に椅子ごと倒れた現在の俺、先生。 といっても大学に通う側バイトでしている家庭教師の先生。 見下ろす彼は、高校受験を間近に控えた悩み多き中学三年生。俺の生徒。 みっともなく倒れた俺を笑うでもなく彼は椅子から立ち上がり、俺に覆...
  • 8-969
    震える肩 ソファの隅っこで小さくなったまま動かない背中。 背もたれを掴んだ指先が白くなっている。 「なぁ……無理しなくていいんだぞ」 「うるさい!だ、大丈夫だって言ってるだろっ」 声も全く説得力がない。 「そう言うセリフはせめてこっちを向いてからにしろ」 「今向くよ!だから、待ってろ」 待って向いてくれるならいくらでも待つ。 だけどそれはいつになる事か。 ……まいったな。 こんな風に困らせるつもりなんてなかったのに。 隣にゆっくりと座ると、ビクリと反応する。 震えている背中。 そこに感じるのは怯え。 そんなにも、怖いのだろうか。 ……怖がらせるつもりなんてなかった。 自分の浅はかな行動に情けなくなる。 コイツより大切なものなんてないってわかっていたはずなのに。 それでも、聞いてしまった。 「……ごめん。諦めるから、無理すんなよ」 ...
  • 8-929
    ホットカーペット 「おい、なんでカーペットのスイッチ『半面』にしちゃうんだよ。電気代対策か?」 「『全面』にするとお前が離れるから」 悪いことしよう
  • 8-999
    ありがとうを伝えるために 「どうして帰ってきたんだよ」と中島様は声を震わせました。はてどうして、どうしてこんなに早くばれてしまったのか、私にも分かりません。今の私は中島様より背も高く、波打つ髪の持ち主の、一般的な青年であるはずです。かつての名残は跡形も無く消え去ってしまっているのに、再会した瞬間に、中島様は私の正体を見破ってしまわれました。 出自を述べさせていただきますと、私、元々は東京都は伊豆諸島に連なる小さな無人島、鳥島(とりしま)を出身地といたします、しがない海鳥にございます。 出会いを運命と申しますなら、それは今を去る事二ヶ月前、日差しの眩いある五月晴れの日のことでありました。長々と翼を広げ、若鳥特有の黒い背毛を陽光に照り返しながら、自由に空の散歩を楽しんでおりましたところ、助っ人外人の打ち放った8号場外ホームランが額に直撃し、私は脳天もくらくらと、駐車してあった...
  • 8-989
    さよならは言わない 「俺のどこがダメなんですか?  悪いところは全部直すから、だからそんなこと言わないでください。」 そういうところだよ。 俺の言うことなら何でも聞くところ。 俺のためならどんなことでもするところ。 俺のことを、誰よりも愛してくれているところ。 そんなことは言えなくて。 「もう、苦しいんだよ、おまえといるの。  これ以上いっしょにいたら、きっと俺はおまえの事が嫌いになる。  俺には、おまえみたいな愛し方は出来ないし、それを受け止めることももうできない。  だから、終わりにしよう。  まだ、おまえのことを好きでいられるうちに。」 俺のエゴだってことはわかってる。 でも、おまえと一緒にいて幸せだった時間も確かにあったんだ。 あの日々を、思い出したくはない過去にはしたくないから。 「さよならは言わない。  こんな俺...
  • 8-949
    ジャイアニズム 友達は選べという言葉があるが、俺は思う。それができれば苦労はしないと。 「とにかく、今度という今度は絶対に別れてやる。もちろんこの公演を俺の実力で  大成功させてから、だ」 「…ああ、うん。」 気のない返事がお気に召さなかったのか、目の前の美青年は蹴るように席を立って 恐ろしい形相で俺を睨み降ろした。俺は怒号を覚悟し無意識に眼鏡を押さえたが 予想に反し、テーブルの上に大量の紙資料がぶちまけられただけだった。 「わかったら、お前はさっさとこれを翻訳しろ。今夜中に」 「ええ…!?い、いや、いくらなんでも今夜中は…これから打ち合わせもあるし」 「てめぇの仕事は何だ?言ってみろ」 「え、あの、音響監督……」 「舞台の成功のために全能力をフル活用して献身することだろ!?主演俳優様が  演技のために必要な資料を用意しろっつってんだよ、最優先事項だろう...
  • 8-919
    小さな死 「ごめん、俺・・・男をそういう風に見れないから。」 今朝の占いは1位だった。 今月のラッキーデーは今日だった。 ラッキーアイテムのシルバーの指輪も、ポケットに入れてきた。 (あーあ、占いなんてやっぱ当たらないな) 自嘲気味に微笑んで目を閉じた・・・不意に頬に涙を感じた。 あいつが目の前で困ってる気配を感じながらも、どうしても笑って立ち去る事が出来なかった。 「失恋と死は似てる。失恋は、自分の一部が死ぬ事だから。」 いつだったか、どこかの作家が言った言葉。 ならば、俺の想いも今、死んでしまったのだろうか。 裂かれるような痛みを伴いながら、だけど苦しむ事も無く一瞬で途絶えた。 いつまで経っても形を失わないこの亡骸。 小さな死を想いながら見上げた空は、暗く滲んでた。 小さな死
  • 8-979
    カンタビレ 「泣くなよ」 「泣いてない」 「ボロ泣きじゃん」 「泣いてねーよ」 「泣き虫けむし~挟んで捨てろ~って言いだしっぺ誰なんだろうな」 「知らねーよ!」 馬鹿な事を言いながら背中を擦ってくる無骨な手。 楽器なんて似合いそうになく見えるのに、その手に触れたピアノはまるで 歌いだすかのように鮮やかに音を生み出していく。 この、指の長い手が、こいつのピアノが、俺は大好きだった。 『別にピアノが弾けなくなった訳じゃないんだよ。でも、音楽家として演奏会に出るための練習には耐えられないだろうと、医者は言っていた』 そう電話越しに聞こえてきた声は、響きは軽いのに色をなくしていたのをよく覚えている。 「馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ馬鹿だ何でお前は泣かないんだお前が一番辛くて悲しくて どうしようもないはずなのに!」 「でもお前が俺の代わりに泣いて...
  • 18-929
    甥っ子と、おじさんと、おじさんの後輩と 「おじゃましまーす。叔父さん? いないの、……」 「あ、ちょ、こら、」  叔父さんがソファに押し倒されていたので、とっさに持っていた酒瓶を振り上げました。 「おおっと危ないなァーあははは」 「ぎゃー!? 違うからタロちゃんこいつ暴漢とかじゃないから!」    *** 「えー、僕の後輩の新藤です」 「しんちゃんって呼んでね☆」 「はあ……」  白々しく先輩後輩の関係を装う二人に、俺はとりあえずしんちゃんが無事受け止めた日 本酒を差し出した。 「金貸した親戚だかに貰ったらしいんだけど、うち誰も飲めないから持ってけって」 「僕も飲めないよ。織賀家の下戸遺伝子をしっかり継いでるよ」 「園先輩はコップ一杯でふらっふらになっちゃってオレにむぐ」 「黙れ」  何でこの人これで隠せてると...
  • 28-979
    優しい復讐 その人の姿を庭先に見つけたとき、僕は自分が幻を見ているのだと思った。 まるでモデルのように均整のとれた体躯を仕立ての良いスーツを包んだその姿は、この田舎町にはあまりにも似つかわしくなくて現実離れしている。 けれどもそれは、6年前までは確かに僕のすぐ側に現実としてあったものだ。 「久しぶりだね」 少し低めの落ち着いた声とともに、その人は6年前と同じように僕の側まで来てしゃがんだ。 6年前はそうしてもらえば僕はその人と目線を合わせることが出来たけれども、 あの頃よりも背が伸びた今ではそうされると僕はその人を見下ろさなければならなかった。 僕と同じことに気が付いたのだろう。 その人は苦笑して立ち上がり、今度は僕が見下ろされることになった。 「……どうして」 どうしてここが分かったのか。 どうして僕がこの人の前から姿を消してから6年も経った今...
  • 18-979
    完璧  斜め前の席に座る奴に目を走らせる。俺が一番嫌いな奴。  不動の学年主席。頭が良いだけじゃなく、運動もできる。品行方正。顔も良い。人当たりも良い。家は医者だとかで、金もある。  つまるところ、完璧。どこのマンガのキャラだ。…いや、マンガなんて読んだことないけど。読んでる暇あるなら勉強する。  コイツのおかげで俺は万年次席。運動はできない。顔は…平凡?敵は山ほど作るけど友達は作らない。面倒なだけ。家も平凡。まあ、勝てることは何もないわけだ。  授業が終わった。机の上を片付けて席を立つ――目の前に、あいつ。 「どこ行くの?」  無視。教えてやる必要はない。よけて教室を出るが、後ろからついてくる気配があった。うっとうしい。  俺が人気のない方へ足を伸ばすとまた声をかけてくる。 「こっち、図書室だよね?昼ごはんは?食べないの?」  さっさと教室戻れ。俺は財布...
  • 18-919
    きれいなお兄さん×大型わんこ 太腿を撫でられるうちに、居ても立ってもいられなくなってきた。 「お、お、お兄さんは」 声がうわずる。そのことが余計に俺を逆上させた。 「……なんで俺なんかを構うんですか」 お兄さんは目を細め、俺の鼻をつまんだ。 「可愛いからさ。見てるとかわいくてかわいくて仕方がないんだよ」 ムガ、と鼻が鳴る。毎度毎度、この人の言っていることがわからない。 剣道、柔道で鍛えられたむくつけき大男である俺の、どこが可愛いというのだろう。 「俺はもう小学生じゃありません」 「知っている。高校生でも大学生でもないね、立派にお勤め人だ。むろん小さい頃も可愛かったが」 そういうお兄さんこそ可愛かったじゃないですか、と言いたいのを堪える。 美少女然とした子供だった3つ上の幼なじみは、いまや美女とも見紛うばかりの美青年とあいなったが、 自分の外面にとんと興味が...
  • 28-949
    真昼の決闘 「今日こそ勝つからな!」 「出来るもんなら」 「今日も始まったかー」 昼休みの教室の後ろでは毎日“決闘”が行われる。決闘と言っても勿論物騒な意味ではない。 事の始まりは共に剣道部に所属するクラス一のチビ、小西がクラス一のノッポ、大東に試合で負けたことからだった。 負けず嫌いな小西はそれから毎日昼休みになると掃除用具入れから箒を取り出し、大東に試合を臨んでいるのである。 それを誰かが「決闘だ」と言いだし、今では“二年八組の決闘”は有名になってしまった。 「頑張れよー小西」 それを俺と一緒に教室の隅で眺める南原も剣道部員で、度々小西にアドバイスをしているらしい。 「小西もよく諦めないよな」 「そこはまあ…色々あるんじゃない?プライドとか、三年になったらこんな事もしてらんないだろうし」 「三年になるまでに、ねぇ」 タイムリミットはすぐにや...
  • 18-909
    探偵(職業探偵でなくても可)と、助手(職業助手でなくても可) 殺人事件現場にて 「だからどうして君はそうわからずやなんだ!」 「君のために言っているんだ」 「そりゃどうも。君からすれば、僕なんて頭ののろい古臭い人間だろうよ!」 「そんなこと言ってないだろう」 「言ってるじゃないか!」  自分と比べて冷静な彼の取り澄ました顔が、こういうときは憎らしい。 「君が素晴らしい頭脳の持ち主だってことは認めるよ。でも僕だって子どもじゃ…」 「シッ」  彼が唇の間から素早く音を発した。  人差し指を唇に当てたポーズに、僕は口をつぐむ。  彼が足下の地面に視線を落としている。  獲物を見つけたアフガンハウンドのように目を輝かせ、きゅっと口を引き結ぶ。  いつもは、蝋人形のほうが血色がいいくらいなのに、こうなった彼の頬は赤みを帯び、生命力に満ちている。  彼がなにかを見...
  • 18-939
    腰まである長髪 今日も俺の幼馴染は煩い。 折角きれいな夕焼けだというのに、それに見とれもせずわめいている。 「奇跡だ! ミラクルだ! マジカルペシャルミラクルだ!」 「はいはいそうかそうか。そりゃ良かったな」 「なんだようーもっと祝えようー俺とお前は十年来の親友だろー?」  まあな。確かに幼稚園からのつきあいだわな。 「そうだな、十年来の親友だ。だからなんでもしってるぞ。お前があきもせず似たようなタイプに告白して付き合ってすぐ振られて泣きついてくるのがもうすぐ累計14回になるってこともな」 「あーなんだよそれ! 今回こそは大丈夫だって!」 「お前俺にもたれかかって泣くだろ。翌日肩が凝って大変なんだ。泣く時間を短くしてくれればまあ祝ってやらんでもないが?  あ、そうか、情がうつらなければいいのか。今回もすぐ別れればいいのに」 「ひでえ!  なんだようひがんでん...
  • 18-949
    嫌いだったハズのアイツ 角張ったあごにくちづける。髭が伸びてきていて唇を刺す。 この口が嫌みな台詞を吐くたびに苛々させられたことを思い出す。 カンに触ったのは、それが正論だったせい。むかついたのは鋭すぎたから。 「お前が担当だろう」と言ったのは、逃げたわけじゃなく俺の仕事を尊重しただけ。 残業するたびに眉をひそめたのは、安請け合いする俺を気遣ったせい。 わかりにくいんだよ、おかげで異動してきて半年も、お前のことが嫌いだった。 かつての職場は、能率が悪くて馴れ合いがはびこる吹きだまりだった。 お前が新しい風を入れた。能力と、誠実さで。 皆が変わった。最後まで残ったのは俺だった。 おかげで、上にまで火の粉がかかるようなヘマをするはめになった。 すんでのところでお前に救われ、かろうじて事を納めた。 お前は相当のとばっちりだったけど。 屈辱だった。嫌みだと思った。...
  • 28-929
    泣いてるときにいきなりキス 「あのさ、」 「なんですか」 「俺、なんでキスされたわけ」 「泣いていたので慰めないと、って思ったんです」 「それでキスなわけか、ませ過ぎだろ」 「でも、涙止まりましたよね」 「…男にキスしてもいいのかよ」 「あなたが嫌でないなら、僕は別に」 「…嫌、じゃないけどさ」 「ならよかった」 「よかったってなんだよ」 「僕があなたの恋人になれる可能性が見えたので」 僕じゃ、だめですか?なんて聞いてきたあいつは、俺に屈んで視線を合わす。 人生で3本の指に入るぐらい、こっぴどい振られ方をした日のこと。 いくら寂しくてもすぐに切り替えられるわけがない。 「すぐには、ムリだ」 「もう何年も待っているんですから、あと数年位待てますよ」 涙を止めるから、もうキスをしないでくれよ。 不覚にも、頷いてしまいそうだ。 ...
  • 28-939
    朝から元気 「……もう起きたのか」 黒から薄青い暗闇に変わった室内。時計をみればまだ早朝だ。 ベッドから上半身を起き上がらせた振動で、脇に寝るAが目を覚ましたようだ。 「仕事今日もあるだろ。早く支度しないと」 「えー。まだ余裕あるじゃんか。もっとゴロゴロしようぜー」 「俺シャワー浴びたいんだよ。昨夜そのまま寝ちまったし」 「――お前、あんな声出るんだな」 カアッ、と顔が火照る。 くそ。酒入ってたくせに覚えてるのかよ。 「しらねえよ、もう!シャワー行って――」 言いかけた言葉が途切れる。 Aがおもむろに身を起こし、唇を塞いできたから。 そして、布団の下の恥部に触れられる感覚。その手は、熱い。 「Bのあんな声、たまらなかった。……もっかい聞きたいなあ」 にやにやと笑う、Aの顔。 昨日まではただの同僚だったはずの、男の顔。 「……一回だけだぞ」 そして...
  • 18-969
    悪事に手を染める主と、心を痛めつつも手伝うことに喜びを感じる執事 旦那さまは近頃本当にお痩せになられた。 「辻野。いたのか」 「先刻から」 「ちょうどいい、コーヒーを」 「只今」 カップを受け取る指は頼りなく、いやに美しい関節の上に青い血管が模様のように走っている。 標本にしてしまいたくなるような、旦那さまの手。 悲しい手だ。 旦那さまの心がいくら拒もうと、この器官ばかりは、背徳の震えに耐えながら与えられた仕事を全うするほかない。 旦那さまはお煙草を嗜まれない。しかし、私は灰皿を片付ける。 「辻野」 「何でございましょう」 「お前は……私を軽蔑するか」 「ご冗談を」 灰皿を使うのは旦那さまの旧いご友人である。 旦那さまが断れないのを知っていて、件の仕事を持ち掛けてきたご友人。 昔から、旦那さまはその名前を至極嬉しそ...
  • 8-949-1
    ジャイアニズム 「お前のものは俺のもの」 とか言って上に乗っかって咥え込んでくれるのは大変うれしいんですがね? 俺もお前のを触ったりとか、イタズラしたいわけですよ。 なのになんで 「俺のものは俺のもの」 って怒るわけですか?とろけそうな可愛い顔してるくせに。 自分で弄ってないで俺にも触らせろ。 抗議の言葉に返ってきたのは、キッツイ締め付け。 「だ~め。今日は俺が王サマなの」なんて、すっげ色っぽい目をして言うな。 俺様の超我がままジャイアンに、うまうまと翻弄させてる自分が情けない。 ジャイアニズム
  • 8-909-1
    一番星 それが言い訳ではないなどと訴えたところで、一体誰が信じるというのだろう? 彼も、自分自身ですらも。 今もなお、根限りと力の込められた指の強さを忘れられない。 「分かっています、あなたにとって今が一番大事な時期だということは。俺なんかに構っちゃいられないって事も。 けど、どうか忘れないで。あなたが大事。 あなたが大好きです。 いつだって、どんなあなたでも見つめていたいんだ」 それが、最後に会った彼の言葉。 「あ、いちばんぼしーい」 小さな指が紺色の天を差す。 ああ、そうだなと適当に相槌を打ちながら、買い物袋を提げた方とは反対の手で、幼稚園鞄をカタカタいわせて今にも駆け出しそうな手をしっかりと握る。それをブンブンと振りながら、 「いちばんぼしは、お父さんのほしー」 「おいおい、何だそりゃ。一番でっかいからか」 「ちがうの。ぼくらのこと、いつ...
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